埼玉県の川島町に、B級グルメ決定戦で優勝したと言う「すったて」がある。
摺りゴマ入り味噌の冷たい汁につけ麺のうどんで、暑い夏がその季節になる。
煎りゴマとシソをすり鉢で摺り、味噌と砂糖を加えさらに摺って冷水を差す。
冷たい汁に細切りのキュウリや茗荷を加えて、つけ麺でうどんを食べる。
私の住む北川辺では」「ひやしる」と言っているものと、ほとんど同じ内容だ。
仕様は同じでも、呼び名と発信力の違いで確かなB級グルメ王になった。
ゴマや味噌を摺って待つので、名を「すったて」と呼ぶようになったらしい。
真夏の暑い日、病院の帰り道に川島町まで「すったて」を食べに行った。
今回は、町内の上伊草という地区にある手打うどんのお店 「庄司」に伺った。
うどんを 手打ちする場所が見え、大釜で茹であげるのが見えるところもいい。
メニューは、小盛りが麺500グラムで普通盛りも大盛りもあって さらには
特大盛りは何と1200グラムだというから、私達は 普通盛りを注文したが
隣席の若い男は特大らしい「ものすごい量」のすったてを食べていた。
ここのゴマ汁は、胡麻が半摺り状態でお味噌は色の濃い塩味の強い味だった。
うどんは、ほうとうに近い太い手打ちの麺で 黒みのある素朴な姿をしていた。
小麦粉は埼玉県産品らしく、それもこの地で穫れる 地粉を使っていると言う。
キュウリやシソに茗荷が添えて出さらるのは、我が家の「冷や汁」と同じだ。
加須市も川島町も、関東平野部の同じような土地柄だからルーツは同じ筈だ。
「そう言えば・、宮崎にご飯用の冷や汁があったっけ」と、ひげ爺の独り言。
ひげ爺的には、冷や汁(09年7月ブログで紹介)の方が美味い感じがする。
先月末からドイツで開催されていた女子サッカーW杯。18日早朝の決勝
で、日本代表チーム「なでしこジャパン」が強敵アメリカを破って優勝した。
今回の日本チームはアジア予選を経て出場し目標をメダルにおいていた。
まず予選リーグでは、ニュージーランドとメキシコを予定どおり破り、イング
ランドには敗れたものの、グループ2位で決勝トーナメントに進んだ。
決勝トーナメントの準々決勝では、優勝候補の地元ドイツと戦い 延長の末
1-0で破り、続く準決勝では、スウエーデンに先制されながらも 3-1で
逆転勝利し勢いをつけ、この時点でメダルを確定していた。
18日の決勝戦では、過去2回優勝し世界ランク1位のアメリカと対戦した。
先制されたが追いついて延長になり、延長後半に得点されながら終了間
近に同点とし、PK戦を3―1で制して神懸かり的に優勝を勝ち取った。
世界を驚かせた日本の快進撃は、得意のパスワークに加えて「諦めない」
と「チームワーク」がかみ合った結果で、戦う姿は感動させるものだった。
私は、決勝T3試合をテレビ観戦していて、目頭を何度も熱くしていた。
聞くところでは、イングランドに敗れた後にチーム戦略を立て直し、東北の
被災地のビデオを見せて「諦めない」団結力を誓い合ったと言う。
選手の努力や頑張りに加え、後押しする何かがあったのだろうと思える。
気温だけ高く元気のない日本に、元気出るホットな話題を提供してくれた。
それは、大震災の復興に向け「不屈」のメッセージが送られたとも言える。
「ナデシコという優しい名の娘集団が世界一になって」と、ひげ爺の独り言。
大津波での「釜石の奇跡」とW杯の「なでしこの軌跡」に多くを教えられた。
で、日本代表チーム「なでしこジャパン」が強敵アメリカを破って優勝した。
今回の日本チームはアジア予選を経て出場し目標をメダルにおいていた。
まず予選リーグでは、ニュージーランドとメキシコを予定どおり破り、イング
ランドには敗れたものの、グループ2位で決勝トーナメントに進んだ。
決勝トーナメントの準々決勝では、優勝候補の地元ドイツと戦い 延長の末
1-0で破り、続く準決勝では、スウエーデンに先制されながらも 3-1で
逆転勝利し勢いをつけ、この時点でメダルを確定していた。
18日の決勝戦では、過去2回優勝し世界ランク1位のアメリカと対戦した。
先制されたが追いついて延長になり、延長後半に得点されながら終了間
近に同点とし、PK戦を3―1で制して神懸かり的に優勝を勝ち取った。
世界を驚かせた日本の快進撃は、得意のパスワークに加えて「諦めない」
と「チームワーク」がかみ合った結果で、戦う姿は感動させるものだった。
私は、決勝T3試合をテレビ観戦していて、目頭を何度も熱くしていた。
聞くところでは、イングランドに敗れた後にチーム戦略を立て直し、東北の
被災地のビデオを見せて「諦めない」団結力を誓い合ったと言う。
選手の努力や頑張りに加え、後押しする何かがあったのだろうと思える。
気温だけ高く元気のない日本に、元気出るホットな話題を提供してくれた。
それは、大震災の復興に向け「不屈」のメッセージが送られたとも言える。
「ナデシコという優しい名の娘集団が世界一になって」と、ひげ爺の独り言。
大津波での「釜石の奇跡」とW杯の「なでしこの軌跡」に多くを教えられた。
毎日散歩している私は、道ばたの畑で実の付いたトウモロコシを見ている。
種まきの時期によって、収穫を迎えたものやこれからのものなど差がある。
なかにはカラスの害を予防する為、糸や脅しを付けているものも多くある。
先日、親戚の叔母さんが自家で作った「トウモロコシ」を持ってきてくれた。
さっそく茹でて、食べきれない分は皮を剥いた実のまま冷凍しておいた。
今年は、天候が良かったためか 実は軟らかくて甘さも良く美味しかった。
私の家では、昔からの言い伝えがありトウモロコシを作ることが出来ない。
近所にある我が家と同姓の家でも、この言い伝えを堅く守って栽培しない。
そのことを知っている親戚が、わざわざ作った物を持ってきてくれるのだ。
我が家には、代々の言い伝えから作ってはいけない作物がもう一つある。
それは、瓢箪やヘチマのように蔓にぶら下がって沢山なる瓢箪型のもの。
子供の時、庭に小さな瓢箪池を作って 父に諭され作り直した記憶がある。
何故この二種類の作物を栽培できないのか・・、正確な理由は判らない。
子供の頃親父が言っていたことの記憶に、秀吉の関東征伐で先祖様が滅
ぼされたので、その馬印である千成り瓢箪には恨みがあって作れないと。
でも、そんな大層な家柄でも家系でもないから本当の理由とは思えない。
もしそうだとしても、トウモロコシが作れない理由には結びつかないのだ。
いずれ、言い伝えの経緯を調べたり 本当の訳を解明してみたいと思う。
「姿 形は似ているのだが、キュウリは昔から作ってる」と、ひげ爺の独り言。
グリーンカーテンも、朝顔やインゲンで作るが 瓢箪やゴーヤでは作らない。
種まきの時期によって、収穫を迎えたものやこれからのものなど差がある。
なかにはカラスの害を予防する為、糸や脅しを付けているものも多くある。
先日、親戚の叔母さんが自家で作った「トウモロコシ」を持ってきてくれた。
さっそく茹でて、食べきれない分は皮を剥いた実のまま冷凍しておいた。
今年は、天候が良かったためか 実は軟らかくて甘さも良く美味しかった。
私の家では、昔からの言い伝えがありトウモロコシを作ることが出来ない。
近所にある我が家と同姓の家でも、この言い伝えを堅く守って栽培しない。
そのことを知っている親戚が、わざわざ作った物を持ってきてくれるのだ。
我が家には、代々の言い伝えから作ってはいけない作物がもう一つある。
それは、瓢箪やヘチマのように蔓にぶら下がって沢山なる瓢箪型のもの。
子供の時、庭に小さな瓢箪池を作って 父に諭され作り直した記憶がある。
何故この二種類の作物を栽培できないのか・・、正確な理由は判らない。
子供の頃親父が言っていたことの記憶に、秀吉の関東征伐で先祖様が滅
ぼされたので、その馬印である千成り瓢箪には恨みがあって作れないと。
でも、そんな大層な家柄でも家系でもないから本当の理由とは思えない。
もしそうだとしても、トウモロコシが作れない理由には結びつかないのだ。
いずれ、言い伝えの経緯を調べたり 本当の訳を解明してみたいと思う。
「姿 形は似ているのだが、キュウリは昔から作ってる」と、ひげ爺の独り言。
グリーンカーテンも、朝顔やインゲンで作るが 瓢箪やゴーヤでは作らない。
6月中旬から、キュウリやトマト茄子など夏野菜の収穫が本格化している。
トマトの栽培は、ハウス内で有機肥料中心に 減農薬とで完熟栽培している。
苗床の元肥に藁 堆肥 油粕 鶏糞 米糠等を埋め、ハウス側面には防虫ネット。
ひげ爺がこだわる 「完熟トマト栽培」、今年の栽培経過は 次の通りである。
4月08日 ハウス内に深溝を掘り、堆肥等を埋めて移植床作り。
4月10日 移植床に黒マルチを敷き、支柱・吊り紐を設置。
4月14日 接木苗「ホーム桃太郎Ⅱ」を購入し、日陰で暫時保管。
4月17日 苗を移植床に植え、水やりして支柱に軽く固定。
4月25日 一番花が咲くが、樹勢保護のため摘み取る。
5月06日 虫取り紙をぶら下げ、二番花の開花に着果剤を散布。
随時、下葉取り 横芽摘み 花揺すり 着果剤散布の作業継続。
有機肥料を与え 腰ビニールを解放し 自家製防虫剤を散布する。
5月24日 吊り紐にトマト幹を吊し、支柱に安定させる。
6月上~下 自家製防虫剤と農薬「オルトラン」の液剤を噴霧。
6月10日 追い肥2回目、吊し紐の位置換えで幹降ろし。
6月19日 一段目に着果の実のうち、2個が完熟し初収穫。
6月30日 「完熟」が収穫最盛期、数が多くて「完喰き」出来ない。
トマトに加えて、キュウリ 小松菜に 茄子 インゲンも最盛期になっている。
さらに、ピーマン シシトウ カボチャ スイカ 茗荷 オクラ シソなども収穫。
「今年は卯年、我が家は暫くの間 ウサギ暮らしだ」と、ひげ爺の独り言。
野菜偏重食は、鈴虫やコオロギの 鳴き声が終わる頃まで 続くことだろう。