高木晴光の 『田舎と都市との ・ 日々こうかい記』

「新田舎づくり」を個人ミッションとし、田舎と都市とを行き来する人生・仕事のこうかい(公開・後悔・航海)日記

神社奉納 演芸大会から「縁」を思う

2008-09-14 19:30:30 | コラム風味

山村留学の子ども達が通っている地域・白井川地区の熱郛神社のお祭りの「奉納演芸大会」が夜に開催されました。

カラオケは同好会の方々の演歌、なかなか歌いこんでいるようで上手いです。お年寄りが大半だからかな・・、ちょっとボリュームが大きいのが難ですが、聞かせてくれます。郵便局長、校長先生、議員さんも壇上にあがります。

でも、年配の方ばかりなので、この演芸奉納もいつまで続けれるのかな・・ちょっと心配かな。

これまた、今年2月に行ったミャンマーの田舎話ですが・・・
地域のお祭り(電気が通った)の会場に居合わせたことがありました。村中の老若男女が集まり、若者、年寄り、子ども達の演技がたくさん続きました。会場がどっと沸いたり、大笑いしたり、皆が一緒に楽しんでいる雰囲気がとても素敵で温かでした。 今の日本のようにたくさんの娯楽・レジャー、テレビやインターネットがあるわけではありませんから、村人にとって本当に楽しみな時間なのです。午後から始まるのに、朝8時前から会場で座って待ってたと聞いてびっくりしました。

  

黒松内でも20年、30年前のお祭りは、ここ作開(60戸)でもたいそう賑やかだったと土地の人の話を聞きます。

時代の波、コミュニティの崩壊と言ってはそれまでですが・・・、人間にとってやはり、同時にたくさんの仲間と喜怒哀楽の共感が持てるコミュニティは、必要でしょう。

今までの地域社会の中に、「かつて」を取り戻すのは難しい・・というよりも、もう無理かもしれません。 それでも、それに代わる 「なんらか」のコミュニティの創造は絶対に必要だと思います。

多くの仲間達と所属を同じくしている・・この安心感が人間には必要です。情報社会ではインターネット上でそれを求める人達もいる訳です。人間は一人では生きてゆけません。

「会社」というものは、地域コミュニティに代わる存在でもありましたが、上流・下流なんて分けてしまう現社会では、会社にコミュニティは求めれなくなっているでしょうし・・。

これからの時代のコミュニティのあり方は、地縁、血縁、仕事縁だけでなく、もっと広域的な「知り合い関係」 知縁というものも考えてゆく必要があると思います。

自然学校を そんな「知縁関係づくり」に役立つ存在にしてゆきたいものです。
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機織り

2008-09-14 17:35:28 | プログラム

今日の自然学校は、機織工房をなっています。K先生が持ち込んでくださった小さな機織器械を使って織物体験。細かい作業を得てとしない不器用な私は敬遠して、参加者の2歳と4歳のお子さん保育預かりしてました。

ところで、この機織器は小さいけれど、なかなかの優れ物のようです。

ミャンマーに行った時、大きな機織器が並んだ工場を見学しましたが、そのどれもが、流木やそのへんに落ちていた材木?みたいな部材で作られていましたが、立派に機能していました。
                  
                 

つまり、機織器の問題ではなくて、縦糸と横糸を織り成す過程、織り方そのものを編み出した人間の知恵に結晶性を感じます。

 

♪ 縦の糸はあなた  横の糸は私・・・織り成す糸の・・・♪と 人生の絢を歌った中島みゆきの歌があります。

 没頭して織っていた二人の男スタッフに 人生を感じつつ織るんだぞ、と外野からチャチャを入れるだけの私でした。

                  

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