高木晴光の 『田舎と都市との ・ 日々こうかい記』

「新田舎づくり」を個人ミッションとし、田舎と都市とを行き来する人生・仕事のこうかい(公開・後悔・航海)日記

地域分散型小規模低額大学

2020-05-27 17:42:19 | 日記

都市への人口集中、地方の過疎化は大きな社会問題であろう・・。しかし、AI化がどんどん進んでゆくと、都会で働き口がなくなるんじゃあなかろうか・・、そして、自然と人は都会から地方への移動が起こるかもしれない・・。 そのくらいのスパンでコロナ後の社会を考えていいのかもしれないなあ・・。 その時、知の集積が地方にない・・。 もう50年くらい前になるのだろうか、地方県庁所在地に次々と国立大学が創設され「駅弁大学」なんて言われた時代があった。そして、それに続き、首都圏や関西圏にある私立大学も地方にキャンパスを増やしていった・・。それでも都会への大学進学の勢いは止まらず、今や地方大学は撤退する箇所も多い・・・。

しかし、AI社会になり、インターネットの仕組みが、どんどんと発展してゆくと、都市はいったいどうなってゆくのだろうか。新型コロナだけでなく、自然界のつながりシステムが壊れた人間社会に脅威をもたらす感染症は再び生じる感染症社会になってくるかもしれない。 また、巨大地震への不安は拭えない・・、地球サイズの地殻変動など人間が防ぐことはできやしない・・・。 いずれ、しぜんと都市から田舎への人口移動が起こるやもしれぬ・・。 であると、高等教育機関は地方にあったほうがいい・・。が、また改めて巨大投資をする必要もないだろう。 インターネット社会での学びは、座学とリアルな地域社会体験によってなされる時代がくるはずだ。 そんなことにも思いを馳せながら、地域側に拠点がある大学を作ろうという動きがあります。大学と言っても文科省の設置基準に合わせたものでなくていい。 もっと市民大学、オルタナティブな大学・・・。

そんな 夢の議論をしています・・。

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東アジア地球市民村

2020-05-27 11:24:29 | 日記
日中台韓(主に漢字圏・・韓国は日常に漢字はなくなりましたが・・)の市民で新しい世界を作ってゆこうということを目的にした、フォーラムを年に一回開催してきました。上海で3回、韓国、日本で1回ずつ。そして
 
 
 
 
 
 
 
 
今年の東アジア地球市民村は、中国昆明開催が決まっていましたが、このコロナ騒動で中止となりました。
 
 
 
 
秋開催はねらっているようですが、どうなることやら・・・。
 
 
 
 
 
 
本大会閉会
5月26日本大会の閉会。来年度開催地は中国昆明にしようと合議されました。時期については、COP20生物多様性世界会議に合わせて秋にするか、これまでとおりに5月末にするかは、今後......
 

 

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コロナ後

2020-05-26 04:43:56 | 日記

休業状態の続いている自然学校です。

コロナ明けあるいはコロナ等新しい感染社会で生きる……ということで、「新しい生活様式へ」とかで、国や行政がガイドラインなるものを盛んに出して意識喚起しています。飲食店で隣どおしに座らない、買い物は複数ですいた時間帯へ行く、ソーシャルディスタンスを定着させるとか・・ね。新しい生活様式と言ったって、そんなお行儀のようなことだけを国や都道府県が音頭をとってすることかあ……、それはそれで、信頼できる行政リーダーが宣伝?することは大切だけどさあ……、もっと大きなビジョンがほしいよなあ!!!。
例えばさあ、
都会から会社ごとや能力高いフリーランスの人材の引っ越し促進ができるようなインターネット環境よろしいオフィスへの遊休施設・古民家のリノベーションを進めるとかさ・・・、高等教育機関の学びの環境再整備とかさあ・・、
田舎は求人が実はたくさんあるんですよ。(試しに、人口3000人を切ったわが町を「北海道黒松内町・求人」で検索してくださいな)そりゃあ、都会に比べれば時給・給与、バイト料は安いですが、でもね、エンゲル係数はむちゃ低いです。食料は生産者さんから直接手に入れ安いですし、自分でも作れる場所はたくさんあります。我が家も米、魚は大丈夫だな、今年はイモもちゃんと集めよう・・・。そして、安い住居もあるんだね(新しい民間アパート賃貸は意外と高いこともあるが・・)。
 学生さんの学べる・働ける仕組みを充実させれば、小中高校のギガスクールだけでなく、この際、大学・専門学校のICT?の学びの仕組みにも広げて、リモート講義授業を拡大充実させて、学生が田舎に住んでも学びが深まる仕組みを創れるチャンスであるんじゃあ、ないかなあ。都会に本拠があって、地方都市に分校を創ってきた私立大学や地方大学や地方都市に拠点がある専門学校は、真剣に考えて、それこそ地域自治体と協働で、地域政治・政府に新しい学びの仕組みづくりを国や都道府県に訴えてほしいなあ。
どこの大学でも地方田舎に住んでも卒業できる仕組みは創れると思うんだよね。 隣町の長万部町には東京理科大の教養部があるのですが、撤退らしいし・・、それはたいそうもったいないことだよ。
都会集中型の経済・学問から地方に分散していく大きなチャンスでもあると思うなあ・・。
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樹木の成長

2020-05-24 12:26:11 | 日記

自然学校の校舎裏手には白樺並木があります。今や体育館の屋根まで届く高さになりましたが、20年ほど前に植えた時は人の背丈も満たない1mくらいでした。 結構成長するものだなあ。 自然学校前の車道沿いに並んでいた白樺は歩道拡張工事が予定されており、一昨年全てが伐採され、土建より苗木をもらいました。 校庭のあちこちに植樹をNICEボランティアとしました。 

まだ、ひょろひょろとしていますが、樹木は幼期?を過ぎると一気に成長しますから、これからが楽しみです。ハンモックや空中テントが設置できるくらいの樹間をとっています。 風景が徐々に変わってゆくでしょう。

一方、裏の川沿いのトドマツは数十年、胸高で直径30cmくらいの樹もありましたが、おととしの台風で倒木、電線切断、停電の原因ともなり、これらもみごとに伐採されてしまいました。 そのあとに、みごとに成長を始めたのは、日陰ものだったクルミです。これらは、自然に生えてきた連中で、樹上(頭上)を覆いかぶさるものがなくなり、元気いっぱいに背伸びを始めています。 近い将来はクルミ林になるかな。

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類人猿から人類へ

2020-05-20 15:16:11 | 日記

たまたまなのですが、男女・雄雌の性差についてテーマにした本を並行して読んでいます。一冊はゴリラの生態・社会性についてその道の研究者の座談形式の本で、もう一冊は、かのフェミニズムの論客、田島先生の男女論です。 直接の現人類の祖先ではないものの、その祖先分岐前は同じだった霊長類のゴリラ。オスとメスの役割・生態は「分岐前」からも今もおよそ変わってはいない野生の社会生態性のままでしょう。 派生した人類は、彼らに比べてひ弱な肉体を持ったまま森から平原に追いやられ、そこでさらに分岐していった人類系統の霊長類等の種間でも殺し合いをしてきて、現代の高度な社会性をもったホモサピエンス・サピエンス、つまり私たちに進化してきたのが、一般通説でしょう。

雌雄の野生的性差は、我々も動物ですから持ち続けているはずですが、田島先生はその原始的な男女差について滅多滅多に切裂き論法を連ねます。 高度な精神性をもって高度な社会性を獲得して来た我々だからこと、男女格差のない社会を作り出せるはずなのですが・・・なかなかそうはなっていない・・・。

田島先生の論じることには、いちいち頷きながら、「人間の男」というしょうがない、それこそ最高度な能力である「共感力がなかなか育めない、乏しい人類である生き物としての男人類に悲哀すら感じるのですが、でもさ・・「オレ達も動物なんだよなあ・・」という観点が女史には足りないんじゃあないかなとも思ってしまいます。(とってもじゃあないが、面と向かっても書評でも言ったり書いたりできませんが・・、そんな機会もないな・・)

しかし、高度な社会性がある人類としての立ち位置からの考え方と、動物生態学という研究者からの立ち位置で書かれた本を並行して読んでいると、人類の精神的・社会的な進化にも思いを馳せつつ、なかなか面白いですよ。

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