この度、当自然学校の大類幸子さんが台湾での講演に招聘されました。 こうして、ぶなの森自然学校と台湾との交流が次世代にもつながって、なんだか感慨深いなあ。
台湾との交流について下記とどめておこう。
黒松内に移住して、元小学校だった施設を借り受けて黒松内ぶなの森自然学校を始めたのが1998年?そして、私たちが黒松内に札幌から移住したのが2000年だっただろうか。 札幌に拠点をおいていたNPO法人ねおすに、北大に留学していた台湾人チャーシェンがねおすにもボランティアスタッフで関わっていました。 黒松内の仕事も順調になったころ、2010年くらいだったでしょうか、台湾の文科省の殷さんという女性からある日電話をもらいました。なんでも日本の公立廃校舎の利活用taいかを調べていて今函館にいるとのことで、黒松内ぶなの森自然学校のことを知ったので、訪ねてもいいかとの照会でした。 ここにチャーシェンが関わっていたのかは不明なのですが・・、
黒松内駅に現れた彼女は元気な私よりちょっと若めな人で、お互いに下手な日本語と英語で事務所で語り合いました。妙に馬が合うというか、楽しい2,3時間を過ごし帰ってゆきました。 その後しばらくして、チャーシェンから「殷さんが、台湾に招聘したい、とある大会で自然学校の話をして欲しい」という照会が来ました。 「ほんとかいなと、思いつつ、いいですよ」と応えたところ、 数日して 台湾高雄行きの航空券が送られてきました。
台湾でも児童数が減って来て、各地に廃校舎ができだして、その利活用が問題になっているということでした。 また、台湾には社区大学・コミュニティカレッジという制度があって、それは社会人向けの様々な教育活動(実際に見学をしたら日本の文化教室のような感じでした)が盛んでした。 その全国大会が毎年あるのですが、これまでは大都市ばかりで開催されていたのですが、その年は、大会初の地方開催(それが高雄郊外の美濃・めいのう)ということでした。 大会の地元団体である美濃社区大学の張さんにお世話になり、彼の活動(教室講義,都市からの参加者への農村ツアープログラム)にも見学参加をしました。 その帰りに、「黒松内へ美濃社区大学のスタッフを連れて見学ツアーに行きたい」との申し出があり、「ほんとかいなと、思いつつ、いいですよ。」と応えたところ、その翌年に皆さんで黒松内へやってきました。
そして、その時に通訳引率して来られたのが、高雄実践大学の李先生でした。 その帰りがけに彼女から「海t外実習先としてうちの学生を送り込んでいいですか」との申し出があり、「ほんとかいなと思いつつ、いいですよ。」と応えたところ、その翌年から夏期間に台湾の学生さんが1か月ほど黒松内に滞在することになりました。 コロナやらもあり今は途切れていますが、その後他の大学からも依頼があり、3校ほどと実習契約をしたり、話が広がり自然体験活動や自然公園職員なども長期滞在をするようになっています。 その経緯から リーハンがスタッフ応募をしてきて、一時期は職員として滞在することになりまり、台湾との交流はより発展してきたのでした。
こうして、台湾との交流が今でも続いています。 そのきっかけを作ってくださった殷さんは、その後台湾国営放送局の副総統に就任したとの噂は聞きましたが、彼女の名刺を失してしまい、tあその後の経過やらお礼を言いたかったのですが、連絡が取れませんでした。
そして、つい先日に張さんから「高木さんが探している人は、この方かな」とメールをもらいました。 したのお名前までは失念しているので???でしたが、 その現在の肩書から推測すると、さもありなんと思い、先ほどその方のアドレスにメールをしてみました。 はたして、巡り合えるでしょうかあ・・・。
最近、ときどきfacebookに登場してくる写真をジブリアニメ風に変換するアプリを自分でもやってみたかったんだよなー。 と、娘が孫3号の ゆこちゃんとの写真を変換して送ってくれました。 案外と私に似てるもんだ。
