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高木晴光の 『田舎と都市との ・ 日々こうかい記』

「新田舎づくり」を個人ミッションとし、田舎と都市とを行き来する人生・仕事のこうかい(公開・後悔・航海)日記

5/29 今日もDMZを巡礼す。

2019-05-29 16:48:40 | 国際交流

5月29日

昨夜のライブは最後だった。 日本からの参加者のミュージッシャン平魚泳さんが作曲歌う、♫世界は信じられるかな♫は、最高だった。みんなとの大合唱にはまりましたがな。頭の中でリフレインし続けています。

芸術村をバスで出発し小一時間ほどした金浦市の国境付近の小山に登る。この当たりには北からの脅威に備えた城壁がめぐらされていた。時間も限られていたので登頂ならず。(まっ、いずれにしても私は下で待っていましたが・・・)

その後バス移動。山間道を抜けて、水路沿いに鉄条網(針ではなくてカミソリ刃がついているタイプ)フェンスが続く田園のコンクリート農道を5kmほどあるき、昔の高貴な方の邸宅跡の展望台着。ここが今回のウォークの終了地点でした。

     

     

暑かったなあ。

     

舞踏の講師が先についていて、簡単なふりの平和を願う輪踊りをみんなでしました。

 

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5/29 アーティスト村

2019-05-28 16:21:47 | 国際交流

5/28のお泊まり場所は、Pajuという場所のアーティスト村。村と言ってもおしゃれなカフェや雑貨屋さんもあり、宿泊場所もおしゃれな別荘のような場所でした。(記録写真がほとんどなし・・。あまり興味がなかったということでしょう)

オーナーといういう通訳解説だったが、たぶんこの村というよりも街の不動産開発にお金を投じた人で、今も店舗の大家さんかもしれないご老人、チョンホゲンさんは、なんでも韓国でも有名なファッションブランドを創りあげた成功者らしい。ショッピングモールもあり(遠くなのでのぞきに行かなかった)、田畑芸術学校という専門学校なのか、カルチャー教室なのか、そういったことが実施される三階経ての長いビル校舎も遠望された。ただ、話を聞いていると・・・、

「農家の目で芸術をし、芸術家の目で農業をしています」「最高のデザインは種をまいて、育てて実る」「農業をして生命と一体となる」「農業は瞑想だ、周りの生命と一緒になる農業は平和だ」「本当の美しさは田舎にある」「この土地のオーナーはモグラであると気が付いてからは農業がうまくいった」「普通にあるものが大事なものだ」などとはレクチャーではおしゃっているが、建物は散策も意識しているようなおしゃれで体裁もいいが、屋上にあるというオーガニックな畑は貧相なものだったなあ。農的なことをファッションとして見ていて、土や作物とはお話している感じではなかったな・・。(辛口)

 

食事は、同行している旅行学校の学生さんがボランティアでキッチン係でした。何食べても辛いといいながら御満悦の三木師匠。

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5/28 太陽と土と水農場

2019-05-28 14:21:15 | 国際交流

5月28日

昨夜の宿はとある集落(たぶん、柳村里)の公民館の板の間でした。爺さんにはだんだんと辛くなっておりますが、まあ、睡眠はとれています。 

       

昨日、到着後一度見にいったオーガニック農場でしたが、朝に農場主と共に再訪しました。

「太陽と土と水農場」 ヨンチョンという場所かなあ・・。 農場主は松山千春風貌の ryosok Hongさん。この人は大地と生きてきたと感じる存在感が多大でした。 有機農法を展開しているのですが、作物の植え方もとてもユニークに見とれました。 畑の小路のすぐ脇の幅3,40cmの帯状の場所にカボチャが植えてある、ツルが伸び出したらどう処理をするのだろう・・?、葉物の密植・・・。 最初は、日本の有機農法の大師匠である、福岡さんや川口さんの翻訳本を一生懸命読んで実践していたそうだが、そのうち、作物と話せるようになり、「お水が欲しいのか、もっと別の場所に植えて欲しいか」など、作物が、教えてくれる、どうして欲しいかわかるようになったとのことでした。

サイン帳にメッセージが欲しいとお願いしたら、ハングルで、

「壮大な友達、自然と共に幸せになるように・・!!」と書いてくださいました。

本日の歩行距離も4kmほどで楽勝でした。昨日とは別の鉄道路線の国境駅へ。ドランゴ?駅かな。南北開通を目指して近代的な駅舎は新幹線も来そうな感じでした。ここがつながると、シベリア鉄道にも接続され、ソウルからヨーロッパまで鉄道でゆけるらしいです。

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サンサリ

2019-05-25 12:35:43 | 国際交流

5月25日

昨夜は映画を見にゆかなかった人たちは会場の野外でライブがありました。東京三鷹からの大友さんグループのライブを最後だけ堪能できました。 私より先輩の大友さんのシャウトはすてきです!! その後は、焚き火を囲んでマッコリパーティもあったようですが、私は失礼して就寝。 深夜2時ころだろうか、引けてきた人たちが焚き火くさい匂いをさせて帰ってきて、話はするわ、すぐに大いびきをかく人ありで、12人の大部屋雑魚寝は、まあ、眠れんかった・・。 先に寝ていた三木さんが翌日に曰く・・

「平和を語り、祈っている連中が、こんなことではイカン。 まるで地球温暖化で沈むツバルの住人のような気持ちを味わあったワイ」

早朝は、韓国のヨガ?の先生のプログラムに参加。ゆっくりと寝不足の身体を起こした。 今日は暑そうだ。なんでも北海道が日本で一番暑かったようで30度越え続出、オホーツクでは40度近くまであがったとか・・・。 この時期に正しく地球温暖化、異常だね!!

AMは、昨日のサンサリ集落のサード基地入口のゲートまで散策。サードはもう配備されてしまったので、第一ゲートには反対派のテントはあるものの、物々しさはなかった。のんびりとした中山間地だった。 この村は円仏教の二代目の太師様の生家があるそうで、その後そこを訪ねるグループもあったが、アタシは売店の縁側に地元爺さんに誘われて、韓国焼酎をごちそうになりましたが、昼食に家族が連れに来て先に帰ってしまったので、みんなが帰ってきた時にはバツが悪かったなあ・・・。

会場の寺に戻り、13;30-15:30までは、私も分科会を持って、日本の自然学校と足ものとの黒松内ぶなの森自然学校の照会。15名ほどさんかしてくれました。旅行学校の学生さんが数人参加。フリースクールと混同しながらもの質問を受けて、有意義な時間を過ごせました。

15:30-17:30 は、2020の生物多様性会議が北京で開催されるので、(コノ後、中国昆明開催決定の報が入った)それに対して、地球市民村は何ができるかという坂田さん主宰の分科会に勉強のために参加。国際会議へのNGOとしての参画という、一般的には雲の上のできごと企画でもあるので、アイディア出しはちょっと難しかったなあ・・。  しかし、この東アジア地球市民村自体が、生物多様性の人間の暮らし・文化、そのものであるので、来年の市民村の開催地を昆明としてCOOP20のサブイベントの位置づけにしたらどうでしょうという・・、という提案を大会最終日に行うことになりました。

討論は、同時通訳イヤホンが配られるのですが、日本語でしゃべって中国、韓国語に翻訳される。韓国語を日本語ができる韓国通訳が話し、日本語ができる通訳が中国語にするなど、通訳ボランティアもたいへんなご苦労です。 翻訳機械ポケトークの性能があがっているらしいが、そんな遠くない未来には、イヤホーンみたいに耳に装着して、同時通訳的に会話ができるようになるんじゃあないかな。

夕食後はふたたびサンサリ集落に全員で移動して野外ライブ。 寛平さんや韓国ミュージッシャンも良かったけれど、旅行学校の皆さんのダンスとドラムライブはかなりのクオリティでした。ドラムは20人以上のエネルギーあふれるパワフルなライブとなり、全員で踊りまくりました。その中心にいたドラマー、私はクレイジードラマーと彼をのちのち呼んでいましたが、ずっと学生と思っていましたが、先生でした。それもびっくりだったなあ。

「時には生徒が先生、私たちが生徒」と言っていました。 そのフラットな関係性がすてきでした。

本日も12人での雑魚寝・・・。

 

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白樺植樹

2019-05-01 16:39:22 | 国際交流

毎年、受け入れを続けているNICE国際ワークキャンプの春グループの令和第1団は、インドネシア、タイ、中国、日本から7名の参加で1週間自然学校回りの営繕やコミュニティファームで汗を流してもらいました。

自然学校前の道路の歩道と排水路拡張工事が予定されていて、道路沿いの敷地の立木が見事に伐採されてしまいました。その代替として、背丈1ー2mほどの白樺の苗木を25本(たぶん)土木現業所からもらいました。 NICEメンバーに植樹をお願いしました。 ひとつひとつに記念の看板をネーム入りでつけてもらいました。

伐採された白樺も20年近く前に苗木を植えたものですでに立派な白樺に成長していました。今回植えてもらった苗木も10数年もすれば見ごたえが出てくるでしょう。 それを見に、再び皆さんが家族連れで訪れてくれることをたのしみにしたいです・・、

が・・、あと10年、自然学校は存続しているんかなあ・・・。 永劫でありたいのではあるが・・・。

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NICE 春の隊

2019-04-25 15:59:07 | 国際交流

NICE国際ワークキャンプはここ数年、毎年3隊がやってきます。ゴールデンウィーク期間と夏の子ども長期体験村1ヶ月は国際混成チーム、6月にはウエールズの学生さんを主体としたチームです。 今回の春隊は、日本人リーダーふたりに、インドネシア、ベトナム、中国からでした。 陽気でにぎやかな働き者でした。 

自然学校の薪作り、鶏小屋補修、白樺の苗木↑、ブルーベリー農場の整備、地域交流などに頑張ってもらいました。 ありがとうね。

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香港からのゲスト最終夜

2018-12-21 16:47:46 | 国際交流

香港からのお客様がおふたり4泊の滞在をされました。 冬の黒松内の田舎暮らしがしたいという目的でした。

なんでも かつて黒松内ぶなの森自然学校に滞在にきた台湾人(だれだろう・・??)の講演を聞いた(それも、別の催事に参加するつもりだったが、間違った・・、という縁)ことがあり、その人は話しながら最後に感涙していたのだという。それを見て聞いて、「黒松内」に興味を持ったとのことでした。 日本旅行は今回は4回目だそうで、これまでは、京都、奈良、東京、日光等。そして今回は黒松内と札幌のみという北国旅でした。

除雪や薪割り、お掃除ボランティアの自然学校お仕事、町の観光交流会にでたり、森や寿都の港町見学と日々過ごし、夕食は自然学校スタッフと校舎食堂で、高木家離れや居間で、町内のレストランや観光交流でと毎晩異なりました。

楽しんでいただけたようです。  ありがとうございました。

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雪の田舎暮らし体験

2018-12-19 09:34:51 | 国際交流

17日から4泊5日の予定で香港からお客様がおふたり滞在中です。 人伝いに黒松内ぶなの森自然学校のことを知り、旅行会社経由ではなくて直接、滞在を申し込まれてきた方々です。 すでに日本旅行は4回目。東京、京都、奈良、日光などの観光地ツアーでは飽き足らず、日本の生活文化体験、それも雪国の冬での滞在が希望。 香港芸術ミュージアムの館長さんと理学療法士の肩書きを持つおふたりです。

いわゆる観光ツアーとはいっぷう異なる日本体験インバウンドお客です。 本州にあるような典型的中山間地域・里山ではない、ましてや積雪期ですからね・・・。 しかし、香港人ですから 雪そのものがめずらしいのです。

食事はスタッフと共にすることもあれば、我が家での食卓。地域の食事処など 場所を変えています。 いつものように森のガイドや漁街寿都のご案内もしますが、除雪や薪割り、家畜の世話などボランティア的な体験、地域の観光協会主催の関係者の懇親交流会にも参加します。

こういったツアーは、大人数では組立がたいへんですが、小人数であれば、手間暇は同じようにかかっても、私たちは可能な限り対応させていただいています。

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中国出張雑感

2018-10-31 11:08:13 | 国際交流

秋恒例になったような中国出張の10日間を終えた。 昨年は交通事故後に退院を目指して出かけたが、生きていて良かったなあと、感じる旅と今年はなった。

そもそも中国に関わるようになったのは、日中市民ネットワーク(CSネット)のファンシーが、日本エコツーリズムセンターの広瀬さん(ホールアース自然学校創設者)とJICAに支援を働きかけた「中国での自然教育のネットワークづくり」が発端だった。中国各地で自然教育や環境問題に関心がある市民団体のネットワーキングフォーラムをしかけていたのだが、広瀬さんが病に倒れ、4年前だっただろうか・・、成都を会場にした大会に、広瀬さんの名代のようなカタチで私を指名してくれたことだった。

学生時代に、香港で国境まで行って、あちら側が中華人民共和国なのかあと遠望したことはあったが、初めて中国本土を訪れた。映像だけでみたことがある日中戦争の中国の都市や田舎の姿のままで私の中国像は止まっていた。高層ビルが立ち並ぶ都市に驚愕した。現地受け入れ団体のNGOの女性が環境問題にかかわったのは、見渡す限りの田園だった成都がどんどんと開発される中、日本のイトーオーカドーが進出してきた時に、自分の息子に「イトーヨウカドーにはトンボが売っているか?」と聞かれた時に、はたと環境問題に気がつかされたと通訳を通じて聞いた。 日本は太平洋戦争の大戦災の中から、わずか20年で東京ー大阪間に新幹線を走らせ東名高速道路を造り、昭和39年の東京オリンピックを開催した。そしてさらに20年くらいをかけて、東京などの高層ビルが立ち並ぶ大都市を造り上げてきたのだが、中国は毛沢東の文化大革命によって返って社会経済が破綻したあとに社会主義資本経済という相対峙する社会システムを導入、混合させながら今の急発展を行ってきた。現在は鈍化しているとは言え、経済は急激な右肩あがりを続け、いわゆる中産階級の中国世帯は数億人の規模に達している。人口の10%、日本の人口に匹敵するほどのチョー大金持ちとその3倍以上の貧困層に残りは世帯収入が500万円は越える一般家庭というのが、実勢ではないだろうか。 そして、私たちと同じ感覚を持ち、自然や環境問題に対して憂え活動をしている人々は、人口比からして日本の15倍は存在しているということが実感できた。

それから毎年中国のネットワークフォーラムに訪れ、CSネットの北海道視察団を受け入れるようになり、中国側に知り合いも増えてきた。 その流れの中から、中国の自然学校へ研修へ赴くというような関係性が生まれているのだ。 現習近平政権は、「生態文明」というスローガンを掲げて環境問題にも実は真剣に取り組もうとしている。 日本は戦後の公害を乗り越え、そしてこれから超高齢社会を人類初めての経験として突入し始めている。 中国も近未来に想像できる、人口が多いだけに日本以上にとてつもない社会課題になることは多くに中国人が気づき始めている。 この社会問題は、一国だけでは解決できないだろう。 現在の日本の国会でも外国人の在留資格の緩和が論議されているが、グローバリズムとは経済だけの問題ではない。人類という生命種の国境を越えるあらゆる社会システムの問題であるのだ。

これはたやすいことではない・・・。

これまでの中国での講演や研修は、自然体験型環境教育の分野に限って行ってきた。すでに自然教育や関わる分野の専門家を世界中からよび、自らも各地を視察している彼らが、なぜに私に何を期待するのかが不思議であったが、その理念がぶれないような私の姿勢が評価されて、大地之野自然学校もSunnystone集団も私を講師として招聘してくれているのだと、今回の旅では痛感した。 この地球の健康のために働く人材を育て、それを実践できる場を日本国内ばかりでなく、世界中につくりたいものだ。

               

大地之野自然学校の代表のマンゴーさん(右から二人目)と。今回の研修チームのぼーぼー(久恒さん)と通訳兼コーディネイターのりーはんと。

中国にも同じ方向を向いて活動をする若い世代が着々と現れ育っている。

大地之野自然学校のセンスある職員さん等に見送られて、次の訪問地へ移動だ。

彼らを勇気づけ、「それでいいんだよ」と背中を押してあげることが、アタシの役割だな・・・。

 

10月27日

中国最後の夜は上海まで移動。上海のおしゃれな街で今回をふりかえろうと目論んでいたが、浦東国際空港に近い宿だったので市街地までは遠く、ホテル近くの下町まで2kmほど歩いて、見つけた焼き鳥屋で旅を振り返り乾杯!!

翌日、28日に成田空港まで飛んで、うまい接続便がないので、空港近くのホテルにひとりでもう一泊して10月29日に黒松内に戻りました。

これからの人生終盤のありようを考えるにも 良い旅でした。

 

 

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花彩小鎭の研修

2018-10-31 10:38:02 | 国際交流

10月26日

Sannystone Groupの1日半の研修。 自然教育・体験教育についての下地のない社員さんがほとんどなので、プログラム開発担当のリトルサンと呼ばれる方の理解促進・エンパワーメントを目標としてスタート。 責任者の Fuさんは別に開催されている経営幹部研修(昨夜同席した香港交通大学の経営学者さんが講師らしい)とかけもちなので、アピィールができるか不安ね・・。

Boh2のアイスブレイクで場をほぐして、研修の目的を共有してゆくためのカクティルパーティなどのアクティビティを実施。自然体験型学習・プログラムの解説(プレゼンスライドデーターを持参していなくてちょっと慌てる。ボーボーがインタネット知識と中国の規制をくぐり抜けるような裏技を駆使して普通にインターネット環境にあるので、黒松内の私のパソコンからデーターを転送してもらった・・・、中国もいい加減に普通にインターネット解禁をしたらいいのにね)

地域資源、素材とは何かへの理解を深め、それらをどうプログラム化するかをレクチャー。そして、グループ分けしてプログラム企画素案を作るところまでを今日の目標とした。 稚拙ながらもウォークラリーやらツツジをテーマにしたプログラムフローが夕方には上がったので、まあ、よかったなあ。

                   

まったく場違いのような会社本部から来たお化粧ばっちりの経営者付きの幹部女性(中国北部の山東省出身なので、われわれは、サントンマダムとかげで呼んでいた・・)から、一日目終了後に 「ディテールまでしっかりと築く日本のプログラムデザインは表面がちになる中国のものに比してたいへん参考になる」とのご評価をいただいたので、ひと安心でありました。

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