熟年の文化徒然雑記帳

徒然なるままに、クラシックや歌舞伎・文楽鑑賞、海外生活と旅、読書、生活随想、経済、経営、政治等々万の随想を書こうと思う。

マイケル・ポーター:80年代日本企業が失速した理由

2014年09月29日 | 経営・ビジネス
   近著の「ハーバード・ビジネス・レビューBEST10論文―世界の経営者が愛読する」と言う本が売れていて、アマゾンでも、「一時的に在庫切れ; 入荷時期は未定です。」と言うことだが、ここに収載の論文は、ヘンリー・ミンツバーグの「マネジャーの仕事」などは、1975年度マッキンゼー賞受賞論文であり、かなり古いのもあり、半分くらいは読んでいるので、久しぶりに、ポーターの当該論文「戦略の本質」を読んで見た。
   この論文も、1996年11-12月号HBR収載なので、大分古いのだが、先日ブックレビューした同じハーバードのリタ・マグレイス著「競争優位の終焉」やシンシア・モンゴメリー著「ハーバード戦略教室」の戦略論との違いと言うか変化が見え隠れしていて、非常に興味深く感じた。

   冒頭で、Operational Effectiveness is Not Strategyと書き出して、事業効率化は、戦略ではないと述べている。
   HBRでは、Operatinal Effectivenessを、業務改善だとか業務効果と翻訳しているが、どう訳すべきか、いずれにしろ、個々の企業が適当だと考えて取っている現実の経営実態なり業績と言うことである。
   ポーターは、この事業効率化と戦略とは分けて考えるべきで、
   業務効率化とは、様々な活動を競合他社より優れて行うことだが、それだけでは競争優位を持続できない。
   したがって、持続的競争優位を生み出すためには、競合他社とは異なる活動を行うこと、あるいは、同様の活動を競合他社とは異なるやり方で行うことが大切で、これが、戦略であり、戦略的ポジショニングの本質は、独自性と価値の高いポジションを創造することであると言うのである。

   ところで、ポーターの競争優位の基本戦略は、コストリーダーシップ、差別化、集中であったが、この論文で、日本企業の1970~80年代の快進撃について、次の「業務効果と戦略的ポジショニング」と言う表で説明していて、「生産性の限界線」では、差別化とコストのトレードオフで示している。
      

   興味深いのは、赤線の弧を「生産性の限界線(state of best practice)」として考えていて、原点から赤線に至るまでは、トレードオフではなく、低コストと高品質とを同時に実現可能だとしていることである。
   従って、日本企業が欧米企業に勝ち得たのは、原点に近かった欧米企業を、経営効率をアップして低コストと高品質を同時に実現して、業務効果の差を大きく引き離したからだと言う。
   しかし、「ある特定の製品やサービスを提供する企業が、一定のコストの下で利用し得る最高の技術、最高のスキル、最高の経営手法、最高の資材などを使用することで生み出し得る最大価値」、すたわち、既存のベストプラクティスすべての合計からなる「成長の限界線」に至ってしまえば、それ以上の成長が止まってしまう。
   快進撃を続けてきた日本企業だが、その限界に達したことに気付かずに、ライバルの欧米企業や新興国企業の追い打ちにあって業務効果の差が縮まって来ると、戦略無き故に自縄自縛に苦しみ始めたと言うのである。

   ところで、ポーターは、新しい技術やマネジメント手法が開発される、あるいは、新たなインプットが利用できるようになると、この生産性の限界線は、だんだん、外側に移動して行くと指摘している。すなわち、経営上の創造的破壊の現出によってと言うことである。
   実際にも、ICT革命や経営手法の向上などで生産性の限界線は外に拡大し、業務効果は飛躍的に向上した。
   しかし、1990年代には、新手法の経営ツールが駆使され、ベストプラクイティスはあっという間に広まり、次第に同質化して競争が収れんして行き、価格競争主体のゼロサム競争となって、どんどん、業績が悪化して来たと言う。
   普通のイノベーション関連の経営学書なら、この「生産性の限界線」を外側に押し出すために、どのようなイノベーション戦略を打つかを論じるのであろうが、ポーターは、業務効果アップの戦略論として展開しているのが面白い。

   それでは、成長戦略とは何か。
   戦略とは、トレードオフを作ることであり、戦略の本質は、「何をやらないか」を選択することで、トレードオフがなければ、選択の必要がないので、戦略は無用だと言う。
   この論文では、更に、戦略的ポジショニングには、トレードオフが不可欠だとして、トレードオフについても突っ込んで論じている。
   また、企業の各活動を最強度に繋がったバリューチェーンで適合化して、競争優位と持続的可能性を強化するトータルシステムの構築が、重要な戦略だとしながら、成長への企業の要求が、戦略を機能不全にした最大の要因だと言っているのが興味深い。

   さて、日本企業の成長ストップ、凋落の要因だが、ポーターは、生産性の限界線に達して、それを突破できなかったとしている。
   差別化かコスト削減か、業務効果の低さ故のトレードオフの幻想を打ち破った日本の貢献は大きかったが、結局は、当時のベストプラクティスを最高度に活用して伸し上って、Japan as No.1を築き上げたに過ぎなかったと言うことであろうか。
   言うならば、生産性の限界線を突き破って、イノベーションと創造的破壊を生み出し得なかったが故に、独自の成長戦略を打ち出せなかったと言うことであろう。

   ポーターは、日本企業は、コンセンサス重視、個人間の違いを協調するより、調整する傾向が強い、戦略には厳しい選択が求められるとして、打破しがたい文化的障壁を乗り越えるべきで、日本企業は戦略を学ぶ必要があると言っている。
   これは、戦略の問題ではなく、ポーターが指摘している文化的障壁の方で、日本人のものの考え方、人生観、気質、哲学の問題であろうと思う。
   
   戦後の欧米へのキャッチアップ姿勢にどっぷりと浸かり切って、ベストプラクティスの吸収には秀でていても、トップランナーとして未知の世界を見通して走れなかった、前述した「生産性の限界線」カーブを外側に押し出そうとする経営戦略のなさと言うよりも、その発想なり意思さえなかった創造性の欠如と言うことが、大きかったように思えて仕方がない。
   そのことを、ポーターは、「生産性の限界」と言う戦略論で指摘して、20年以上の日本経済の停滞を予見したのであろうと思っている。
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