熟年の文化徒然雑記帳

徒然なるままに、クラシックや歌舞伎・文楽鑑賞、海外生活と旅、読書、生活随想、経済、経営、政治等々万の随想を書こうと思う。

佐川嘉夫写真展「はばたきⅡ優雅と厳粛」

2014年09月30日 | 展覧会・展示会
   知人のアマチュア写真家佐川さんが、佐原中央公民館を会場に、野鳥の写真をテーマにした個展を開いた。
   早速、今日の開会式の日に、出かけて拝見したのだが、「はばたき」は、二回目だと言うことで、大分熱が入っていた。
   前回は、カワセミのランデブーなどコミカルな写真があったのだが、今回は、スズメの親子愛をテーマにした一連の写真以外は、タイトルの「優雅と厳粛」と言うことで、飛翔する野鳥の雄飛が異彩を放っていた。

   
   白鳥をテーマにして、毎年、白鳥の湖に通って、優雅な舞姿を撮っているのだが、今年は、相当シャッタースピードの遅い流し撮りの白鳥を撮ったので、羽の細部が消えて非常に優雅なシルキータッチの柔らかい感触が秀逸で、下部に流れる一直線の光の軌跡が絵を荘厳していて美しい。
   いくら、飛ぶ時には頭と足は微動だにしない白鳥だと言っても、白鳥が正確に水平方向に飛び、白鳥の飛翔とカメラの移動スピードが、一致しないと、このように、鳥の頭部と足にピントが合わないので、チャンスに恵まれた上に、相当のテクニックがないと撮れない筈。
   何日も通ってチャンスを待つと言うのだから、まず、その根気強さに舌を巻く。
   

   今回は空高く舞うオオタカやハヤブサなどのタカ科の写真がかなりあったのだが、フリーズして切り取った飛翔姿の一瞬が、実に優雅で美しく、正に、荘厳である。
   高く飛んでいるので、肉眼では、その迫力なり雄姿は気付かないのだが、このように写真で見るとその面構えや飛翔の優雅さを実感できる。
   私など、望遠で狙うのは不可能なので、普通レンズくらいでカメラを構えて写真を撮り、トリミングせざるを得ないのだが、佐川さんは、撮った写真には、一切手を振れずに、そのままの状態でプリントすると言うのだから、何時も、一発勝負なのである。
   
   
   

   静止している野鳥だと言っても、野山を踏み分けて行かなければ撮れない鳥もあるのだろうが、結構いろいろな鳥も撮っていて、梟が並んでいる写真や、ハスの花に止まっているカワセミの写真等も面白い。
   花と鳥が遭遇する写真などは、タイミングが難しいのであろう。
   
   
   

   私が興味を持ったのは、スズメの親子を撮ったセット写真で、日頃何となく身近に見ていて、特に注意さえ払わない鳥が、このような写真にすると、実に優雅に物語を語っているのである。
   私など殆ど被写体の意識さえなかったのだが、これからは、一寸、身近に観察しようと思っている。
   佐川さんの優しくて温かい眼差しが光っている写真で、感動的である。

   ところで、上の写真は、晴れの日、下の写真は雨の日、と言うことだが、光の関係で、シャッタースピードの違いが、絵作りを変えていて、微妙に、雰囲気が変わっているのが面白い。
   
   
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マイケル・ポーター:80年代日本企業が失速した理由

2014年09月29日 | 経営・ビジネス
   近著の「ハーバード・ビジネス・レビューBEST10論文―世界の経営者が愛読する」と言う本が売れていて、アマゾンでも、「一時的に在庫切れ; 入荷時期は未定です。」と言うことだが、ここに収載の論文は、ヘンリー・ミンツバーグの「マネジャーの仕事」などは、1975年度マッキンゼー賞受賞論文であり、かなり古いのもあり、半分くらいは読んでいるので、久しぶりに、ポーターの当該論文「戦略の本質」を読んで見た。
   この論文も、1996年11-12月号HBR収載なので、大分古いのだが、先日ブックレビューした同じハーバードのリタ・マグレイス著「競争優位の終焉」やシンシア・モンゴメリー著「ハーバード戦略教室」の戦略論との違いと言うか変化が見え隠れしていて、非常に興味深く感じた。

   冒頭で、Operational Effectiveness is Not Strategyと書き出して、事業効率化は、戦略ではないと述べている。
   HBRでは、Operatinal Effectivenessを、業務改善だとか業務効果と翻訳しているが、どう訳すべきか、いずれにしろ、個々の企業が適当だと考えて取っている現実の経営実態なり業績と言うことである。
   ポーターは、この事業効率化と戦略とは分けて考えるべきで、
   業務効率化とは、様々な活動を競合他社より優れて行うことだが、それだけでは競争優位を持続できない。
   したがって、持続的競争優位を生み出すためには、競合他社とは異なる活動を行うこと、あるいは、同様の活動を競合他社とは異なるやり方で行うことが大切で、これが、戦略であり、戦略的ポジショニングの本質は、独自性と価値の高いポジションを創造することであると言うのである。

   ところで、ポーターの競争優位の基本戦略は、コストリーダーシップ、差別化、集中であったが、この論文で、日本企業の1970~80年代の快進撃について、次の「業務効果と戦略的ポジショニング」と言う表で説明していて、「生産性の限界線」では、差別化とコストのトレードオフで示している。
      

   興味深いのは、赤線の弧を「生産性の限界線(state of best practice)」として考えていて、原点から赤線に至るまでは、トレードオフではなく、低コストと高品質とを同時に実現可能だとしていることである。
   従って、日本企業が欧米企業に勝ち得たのは、原点に近かった欧米企業を、経営効率をアップして低コストと高品質を同時に実現して、業務効果の差を大きく引き離したからだと言う。
   しかし、「ある特定の製品やサービスを提供する企業が、一定のコストの下で利用し得る最高の技術、最高のスキル、最高の経営手法、最高の資材などを使用することで生み出し得る最大価値」、すたわち、既存のベストプラクティスすべての合計からなる「成長の限界線」に至ってしまえば、それ以上の成長が止まってしまう。
   快進撃を続けてきた日本企業だが、その限界に達したことに気付かずに、ライバルの欧米企業や新興国企業の追い打ちにあって業務効果の差が縮まって来ると、戦略無き故に自縄自縛に苦しみ始めたと言うのである。

   ところで、ポーターは、新しい技術やマネジメント手法が開発される、あるいは、新たなインプットが利用できるようになると、この生産性の限界線は、だんだん、外側に移動して行くと指摘している。すなわち、経営上の創造的破壊の現出によってと言うことである。
   実際にも、ICT革命や経営手法の向上などで生産性の限界線は外に拡大し、業務効果は飛躍的に向上した。
   しかし、1990年代には、新手法の経営ツールが駆使され、ベストプラクイティスはあっという間に広まり、次第に同質化して競争が収れんして行き、価格競争主体のゼロサム競争となって、どんどん、業績が悪化して来たと言う。
   普通のイノベーション関連の経営学書なら、この「生産性の限界線」を外側に押し出すために、どのようなイノベーション戦略を打つかを論じるのであろうが、ポーターは、業務効果アップの戦略論として展開しているのが面白い。

   それでは、成長戦略とは何か。
   戦略とは、トレードオフを作ることであり、戦略の本質は、「何をやらないか」を選択することで、トレードオフがなければ、選択の必要がないので、戦略は無用だと言う。
   この論文では、更に、戦略的ポジショニングには、トレードオフが不可欠だとして、トレードオフについても突っ込んで論じている。
   また、企業の各活動を最強度に繋がったバリューチェーンで適合化して、競争優位と持続的可能性を強化するトータルシステムの構築が、重要な戦略だとしながら、成長への企業の要求が、戦略を機能不全にした最大の要因だと言っているのが興味深い。

   さて、日本企業の成長ストップ、凋落の要因だが、ポーターは、生産性の限界線に達して、それを突破できなかったとしている。
   差別化かコスト削減か、業務効果の低さ故のトレードオフの幻想を打ち破った日本の貢献は大きかったが、結局は、当時のベストプラクティスを最高度に活用して伸し上って、Japan as No.1を築き上げたに過ぎなかったと言うことであろうか。
   言うならば、生産性の限界線を突き破って、イノベーションと創造的破壊を生み出し得なかったが故に、独自の成長戦略を打ち出せなかったと言うことであろう。

   ポーターは、日本企業は、コンセンサス重視、個人間の違いを協調するより、調整する傾向が強い、戦略には厳しい選択が求められるとして、打破しがたい文化的障壁を乗り越えるべきで、日本企業は戦略を学ぶ必要があると言っている。
   これは、戦略の問題ではなく、ポーターが指摘している文化的障壁の方で、日本人のものの考え方、人生観、気質、哲学の問題であろうと思う。
   
   戦後の欧米へのキャッチアップ姿勢にどっぷりと浸かり切って、ベストプラクティスの吸収には秀でていても、トップランナーとして未知の世界を見通して走れなかった、前述した「生産性の限界線」カーブを外側に押し出そうとする経営戦略のなさと言うよりも、その発想なり意思さえなかった創造性の欠如と言うことが、大きかったように思えて仕方がない。
   そのことを、ポーターは、「生産性の限界」と言う戦略論で指摘して、20年以上の日本経済の停滞を予見したのであろうと思っている。
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わが庭:一気に秋の気配

2014年09月27日 | わが庭の歳時記
   冷気に誘われて庭に出て見たら、菊枝垂れ桜の枝の先に、赤とんぼがとまっていた。
   鎌倉に来て始めて見る赤とんぼで、千葉の庭で飛び交っていたのと、当然同じだが、体全体が、もっともっと深く真っ赤になるのには、もうしばらく、時間がかかりそうである。
   

   秋咲きのバラも、花を咲かせ始めた。
   夏の手入れが、少し悪かった所為もあって、花付きは思わしくない感じだが、初冬まで、室内の花瓶に生けて楽しむのには、不自由はなさそうである。
   私の場合には、その時々に庭に咲いている花を切って来て、適当な一輪挿しや小さな花瓶に、インテリア感覚で生けるので、豪華な花は必要がない。
   ひっそりと咲いていて、存在感のある花が好きである。
   

   中秋の名月は、遥か彼方になってしまったが、秋の月は、澄んだ夜空に輝いていて美しい。
   雲の切れ間から煌々と輝く月を眺めると嬉しくなる。
   昔、若い頃には、明月を訪ねて京都や奈良を歩いたが、鎌倉山の端に傾く月も悪くはない。
   今までに一番印象的だった月光は、イスタンブールで見たアジアとヨーロッパを跨ぐボスポラス海峡に輝く月であったが、満天の星と競いながら輝いていたアンデスの月光も忘れられない、あっちこっち歩いていて、最も望郷の思いを深くするのは、そんな美しい月を眺めている時である。
   秋の月には、風に揺れるススキであろう。
   遅ればせながら、庭のススキが、穂を広げ始めて風情が出て来た。
   ススキも、何故か、私には旅での思い出が多い。
   

   プーンとふくよかな甘い香りがするのは、キンモクセイの花。
   花言葉は、「謙遜」「真実」「陶酔」「初恋」とか。
   主が去った千葉の私の庭のキンモクセイも、良い香りを漂わせているのであろう。
   この花は、切り花にして生けておけば、暫くは芳香を漂わせてくれて良いのだが、命が短い。
   

   紅葉には、まだ早いのだが、一番初めに色付き始めたのは、アメリカハナミズキである。
   この調子だと、この秋は、綺麗な紅葉が楽しめそうである。
   桜でも柿でも、落葉樹は、自然環境が合うと、綺麗に紅葉するのだが、モミジもそうだけれど、関東に来てからは、奈良の田舎などで見た美しい柿や桜の錦のような紅葉を見たことがない。
   鎌倉の秋はどうなのか、これまでは、観光客としてしか接してこなかったのだが、今年は住人なので、じっくりと楽しめそうである。
   
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万作・萬斎の和泉流「舟渡聟」

2014年09月26日 | 能・狂言
   前回は、千五郎家の大蔵流狂言「船渡聟」について、印象記を書いたが、今回は、日本能楽会東京公演で、観世能楽堂で行われた和泉流「舟渡聟」を観る機会を得た。
   聟入りしようと出かけた男が、道中の渡し舟の船頭にねだられて、祝儀の酒樽を空けてしまうと言う話で、ここまでは両流派とも殆ど同じなのだが、
   大蔵流の方は、舅に対面して、祝儀に持参した酒樽が空であることがばれて、聟が大恥をかくことなっている。
   ところが、和泉流の方は、この酒を飲んだ船頭が、舅本人であることで、面会する訳にも行かず断わろうとするのだが、妻に諭されて、髭を剃って姿を変えて会うものの見つかってしまうと言う一寸捻った話になっている。

   今回は、船頭・舅が万作、聟が萬斎、姑が石田幸雄で、万作萬斎父子の呼吸ぴったりの演技が実に面白い。
   この舞台では、船頭は、ほくそ頭巾をかぶり長い髭をつけて登場し、その特徴のある髭と頭巾が、後段の変装の小道具となる。
 

   両流派の間に、多少の差があり、その違いも興味深い。
   大蔵流では、婿は酒樽として葛桶を持って登場するが、和泉流では、角棒に笹の枝のついた大きな鯛と杉手樽を担って出て来る。
   そして、大蔵流では、盃は葛桶の蓋だが、和泉流では、船頭が腰に挿している船底の水をくみ出す時に使う淦取を代用するのが面白い。
   聟が舟に乗るところなどは、和泉流では、狂言「薩摩守」で不慣れな客が飛び乗って舟が大揺れするシーンを援用しており、大蔵流では、船頭の棹捌きに合わせて聟が器用に体を左右に揺らせて舟の揺れを表現するのだが、和泉流では、婿は微動だにせずに座っている。
   大蔵流では、船頭は最初から酒を飲むのだが、和泉流では、匂いだけでも嗅がせよと言ってエスカレートして行き、聟が樽の口をしようとすると、船頭は左手で聟の手を押さえて「一献酒は飲まぬものじゃ」と二杯目を注がせる、このあたりの微妙な仕草の違いにも笑いを誘う。

   さて、聟が舅宅に到着して出迎えるのは、姑だが、帰宅していないので迎えに行き、帰って来た舅が、聟を見てびっくり。
   橋掛かりの二の松まで逃げて行き、器量よしと聞いていたが、あのような醜男を聟にすることはならぬ、と妻に言うも、妻に責められて、顛末を語って髭を剃られるのである。

   聟と対面しても、舅は、左手で袖を持って顔を隠し通しで、杯事の時も、「酒の匂いを嗅ぎましても酔いまする」と言って飲まずに我慢し続けているのが面白い。
   最後には、聟が顔を見知るためにと言って、嫌がるのを無理に袖を引いて舅の顏を見るのだが、びっくり仰天。
   面目ないと謝る舅に、「いやいやそれは苦しからず、とにもかくにも舅殿に、参らせんがためなり」。

   興味深いのは、聟が「さらば暇申さん」と別れを告げると名残を惜しみながら、二人は、「山の端にかかった・・・」と謡ながら、扇を開いて舞って、ガッシ止め。

   シテは、聟のようだが、この舞台では、万作の船頭・舅が、シテであろうか。
   聟の萬斎の余裕綽々で真面目な表情ながら、笑みを感じさせながら万作の船頭・舅の至芸を受け止めて対応している真摯な姿が、中々素晴らしい。
   万作の船頭・舅は、地なのか芸なのか、虚実皮膜、私などには、まだ、よく分からないが、何時も、万作の舞台では、人生とはこう言うものなのであろうと、しみじみとした感慨に似た思いを感じながら観させてもらっているのだが、今回の船頭・舅も、滋味深い味が滲み出ていて良い。
   石田幸雄の姑は、大蔵流の太郎冠者に代わる役柄だが、わわしさの片鱗もない優しい女をさらりと演じながら、存在感を示していた。

   さて、今回の「日本能楽会東京公演」だが、
   狂言方の人間国宝山本東次郎の語・大蔵流「那須」の素晴らしさも特筆ものだが、
   五流の能の番組は、舞囃子・宝生流「砧」高橋章、舞囃子・金剛流「野守」豊嶋三千春、能・観世流「杜若 恋之舞」観世清河寿、
   そして、一調・金春流「高砂」本田光洋・三島元太郎、仕舞・観世流 「白楽天」浅見真州、「笠之段」梅若玄祥、仕舞・喜多流 「松風」友枝昭世、「天風」香川靖嗣
   人間国宝ほかトップ演者たちの豪華な出演であり、負けず劣らず、素晴らしい地謡や囃子方の登場で、大変な公演であった。

   私など、初歩の鑑賞者にとっては、勿体ないくらいである。
   昔、行く行くは、関西に帰って、京都か奈良に住もうと思ったのだが、やはり、何かと言った時には首都圏を離れない方が良いと思って止まり、この鎌倉が、終の棲家になりそうながら、このような機会を持つと、正解だったような気がしている。
   故郷は遠きにありて思うもの、・・・今では、行きたい時に行けばよいのだと思っている。

(注記)バックは、国立能楽堂の舞台。
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ボローニャ歌劇場フィルハーモニー

2014年09月25日 | クラシック音楽・オペラ
   昨夜、トリフォニーホールに、吉田裕史指揮ボローニャ歌劇場フィルハーモニーのコンサートを聞きに行った。
   Ⅰ部 オペラ『蝶々夫人』よりハイライト 
   Ⅱ部 「プッチーニ!プッチーニ!」プッチーニ名曲集
   と言うコンサート方式のオペラの夕べで、
   出演者は、ソプラノ:ヌンツィア・サントディロッコ、メゾソプラノ:アントネッラ・コライアンニ、テノール:アントニオ・デ・パルマ、バリトン:マルツィオ・ジョッシ、テノール:石倉真 で、
    テノール、バリトンの出演者が変更になっていて、ソプラノのアンナリーザ・ラスパリージョも直前になって代役を立てると言う状態で、少し、異常であった。

   吉田裕史が、ボローニャ歌劇場フィルハーモニー芸術監督になったと言うことは大変な快挙で、このボローニャ歌劇場(Teatro Comunale di Bolognaであるから、ボローニャ市立劇場と言うのが正しいかも知れない)は、250年の歴史を持つイタリア屈指の歌劇場であり、その劇団の主要メンバーによる楽団であるので、日本のオペラを世界に紹介したいと言っているから、オペラ『夕鶴』なども舞台に乗るのであろう、大いに期待したい。

   昔、アムステルダムにいた頃に、ボローニャ歌劇場の公演があって、チケットの手配が遅くなったためにミスってから、遅ればせながら、その実力に気付いた状態で恥かしい限りだが、
   私が、ボローニャの名前を覚えたのは、全く別口で、半世紀も前、羽仁五郎の講演を聞いていて、ボローニャ大学(Alma mater studiorum - Università di Bologna)が、世界最古の総合大学で、「母なる大学」だと言うことを知った時である。
   大学と言えば、コロンブスも航海学を学んだサラマンカ大学を訪れた時に、ヨーロッパ最古の大学に思いを馳せた。
   ローマからベニスに汽車で行く途中、TEEが駅に暫く停車したので、ああここが、あのボローニャかと懐かしかったのを覚えている。

   私が、今回、このコンサートに行く気になったのは、
   チケットが、プレミアム席 10000円、S席 5000円、A席 3000円、B席 2000円 と非常に安くて、吉田裕史指揮でボローニャ・フィルハーモニカを聞けるのなら、御の字だと思ったからである。
   ソリストについては、何の期待もなく、ボローニャだから、それなりの歌手を揃えて、それなりの演奏を楽しませてくれるであろうと思っていた。
   METやスカラ座、ロイヤルやウィーンなら、ソリストなどまで調べるのだが、とにかく、コンサートだから、楽しいプッチーニ節が聞ければよいのである。

   今回のオリジナル・メンバーのたった一人のメゾソプラノのアントネッラ・コライアンニは、10月に、ボローニャで、吉田の指揮するマルティーニのドン・キホーテのネリーナを歌うようであり、スマートで中々魅力的であった。
   来日予定であったアンナリーザ・ラスパリョージは、2月のトスカを歌っており、是非聞きたかったが残念であった。

   今回のコンサートについては、最初、オーケストラの音色の不安定さが気になったが、法華の太鼓と言うと語弊があるが、どんどん、調子を上げて行き、流石にボローニアである。
   吉田裕史が言っていたが、カンタール、歌うと言うよりも歌いまくるオーケストラのようで、それも、イタリアであるから、ボローニャ市立劇場で聴くオペラは、途轍もなく高揚して楽しいのであろう。
   ダンディなイタリア男のように粋に振舞う吉田と相性ピッタリのボローニャ・フィルハーモニカの流れるような、それでいて、ダイナミックな明るくて輝きのあるサウンドは、プッチーニには格別なのであろう。

   ところで、歌手だが、やはり、イタリアだけあって、一線級の歌手と言わなくても、或いは、往年の張りと輝きをうしなったと言えども、層の厚さ・水準の高さを見せつけてくれて、それなりに、感動的な歌唱を聴かせてくれた。
   とにかく、名場面を鏤めたアリアの連続なので、美音と甘美なメロディーに装飾されたプッチーニ節を楽しませてくれたのである。

   蝶々夫人については、色々な思い出があるが、最初に聴いたのは、サンパウロ市立劇場でのサンパウロオペラで、ボリショイ歌劇場でタイトルロールを歌って人気を博していた東敦子の圧倒的な舞台であった。
   次に印象深いのは、渡辺葉子のロンドンのロイヤル・オペラでの蝶々夫人で、感動して2回行った。スカラ座やウィーン国立歌劇場などトップ歌劇場を総なめにしたのだから凄い歌手であった。
   コンサートなどでも、ヨーロッパ人のソプラノの蝶々夫人を聴いて来たが、このオペラだけは、日本女性の素晴らしい歌声を聞きたいと思っている。

   今回のコンサートの最後は、トーランドットの「誰も寝てはならぬ」
   思い出すのは、ベローナの野外劇場アリーナでのホセ・クーラのカラフの素晴らしい舞台。
   随分古い話だが、METでのフランコ・コレッリのカラフも忘れられない。

   私の場合は、欧米で聴いたオペラの印象の方が強いのだが、今でも、そのオペラが生まれ育った土壌で聴くのが、一番良いと思っている。
   素晴らしいオペラの殆どは、METやヨーロッパのTOP歌劇場で聴いて来たので、このような美しいアリアやメロディの数々を聴くと、苦労に苦労を重ねて走り回っていた当時の異国での思い出が、走馬灯のように脳裏を駆け巡って、涙が零れるほど懐かしい。

   ところが、まず、小澤征爾のコンサートにアメリカで感激し、そして、大野和士に、またまた、吉田裕史にと、日本の指揮者たちが、ヨーロッパ生まれのオペラを自家薬籠中の音楽にしてしまっている、この驚異。
   あれだけ寸暇を惜しんで通い続けたオペラだが、最近では、大分、遠ざかってしまい、CDを聴くこともDVDを見ることも少なくなったのだが、歳の所為であろうか。

   
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伊藤元重著「流通大変動」

2014年09月23日 | 書評(ブックレビュー)・読書
   日本経済の動きは流通の現場に集約されていると言う視点に立って論じられた、いわば、戦後の日本経済史と言うべき興味深い本である。
   アマゾンのレビューで評価が低いので、読んで見たら、周知の事実、知っていることばかりだなどと酷評だが、何も分かっていない読者のレビューの程度の低さを露呈しただけ。

   本書は、小売業・流通業に踏み込んだ国際経済学者が、日本経済史を踏まえながら、グローバルベースで日本の流通大変動を展望し、良くも悪くも日本経済が辿って来た道を、綜合した概説書であって、随所で、著者の国際経済学者としてのバックボーンである豊かな知見が示唆に富んでおり、
   日本の政治経済社会が、どこへ行くべきなのか、我々が、ここでじっくりと考えるのに参考となる、非常に時宜を得たレポートだと思っている。
   切り口は小売り流通だが、扱っているのが、少子高齢化、ICT革命、都市化、グローバリゼーション等々歴史の大きな潮流を、広い視点から網羅して俎上に乗せており、消費者、すなわち、国民を起点とした考察であるので、格好の課題提起となっている。
   私など、自分自身が歩んできた道なので、走馬灯を見ているような感じで、読ませて貰った。

   冒頭、著者は、大店法で維持されていた旧態依然たる静岡の小売業態が、大店法の規制緩和によって、大型店やコンビニの進出で切り崩されて行く様子から始めて、熾烈な競争を促進し小売業の競争構造が大きく変わって行く現実を、日本版GMSのダイエーの価格破壊を引いて、流通革命の幕開けを語る。
   ビジネスモデルが時流に合わなくなってバブル崩壊後凋落したものの、ダイエーが、1972年に創業以来十数年で売り上げで三越を追い抜いたことはエポックメイキングであったのみならず、その軌跡は、イノベーターとして日本経済に残した功績の偉大さを語って余りある。

   さて、少子高齢化と同時に、日本経済のみならず、国内の消費市場の成熟化によって、需要が頭打ちとなった今日、製品で差別化するのが難しい小売業にとっては、如何に独自のビジネスモデルを確立して競合他社との違いを出すかが鍵となる。
   これまでのように、顧客を増やそうとする狩猟型ではなくて、今付き合っている顧客とより深く継続的に取引を増やして行こうとする農耕型のビジネスモデルを構築することが重要になってきており、スーパーやコンビニまで、ICT技術を駆使して、ネットスーパー・システムを拡大していると言う。
   ネットショッピングによるダイレクトマーケティングのビジネスモデルを構築した立役者は、ヤマト運輸であって、その宅配システムが、ICT革命の潮流に乗って急速に発展拡大して、流通革命の核となっている。

   もう一つの興味深い価格破壊は、ユニクロ現象である。
   このビジネスモデルは、SPA(specialty store retailer of private label apparel)と呼ばれる業態が基本となっていて、小売業でありながら、製品の生産から物流までのトータルの仕組みを主導権を持って決定するシステムで、
   徹底した少品種多量販売の自社ブランドで勝負するところに特色があり、最先端の繊維を東レから大量に購入し、アジアの際だった低コストで生産するために、非常に安い価格で売りながら、高い小売りマージンを稼ぎ出す。
   店舗数、ブランド認知、アジアでの有力法制工場の手配、メーカーからの新製品の調達等々一気通貫のワンセット・システム、すなわち、先日レビューしたシンシア・モンゴメリーの「企業の競争力や独自性の土台となる”価値創造システム”のユニクロ版の構築であり、
   正に、「創造的破壊」であるから、他の追随を許さない。

   かって、百貨店の背広販売を震撼させたアオキや青山のシステムだが、快進撃のZARA、H&M、フォーエバー21も、このSPAでもある。
   トヨタ同様に、ローエンドから破壊的イノベーションに突入して行ったユニクロだが、クリエイティブ時代の今日、独創的で質の高いデザイン性やファッション性で、更に力をつけて時の潮流に乗ってブランド力を涵養して行けば、どのようになるのか、流通革命の更なる進展となろう。

   
   昔から、競争優位に立つためには、マイケル・ポーターの競争戦略が説く「事業が成功するためには低価格戦略か差別化(高付加価値)戦略のいずれかを選択する必要がある」と言う考えに立って、価格で勝つか、差別化で勝つか、二者択一であったが、
   W・チャン・キムとレネ・モボルニュが「ブルーオーシャン論」を展開して、競争のない未開拓市場であるブルー・オーシャン市場の開拓を説いた。
   全く無消費、無競争の新製品や新サービスを生み出せと言うことで、これこそ、シュンペーターの言う創造的破壊であり、クリステンセンの破壊的イノベーションであるのだが、伊藤教授の語る流通大変動は、正に、このブルーオーシャンとも言うべき新しい価値創造システムの軌跡であった。
   ダイレクトマーケティング、GMS,プライベートブランド、ストアカードなど、流通産業におけるイノベーションの多くを生み出し一世を風靡したシアーズ・ローバックでさえ、everyday low priceのウォルマートに駆逐されてしまったのだが、その超巨大なウォルマートでさえ、今や、ICT革命によって情報権を奪って主導権を握った消費者パワーの前に魅力を失いつつあると言うのである。
   正に、イノベーターのジレンマそのものである。

   スティーブ・ジョブズのアップルが何故あれだけ儲かるのかで、チャネルリーダーの地位の確保の重要性を説いているのだが、これは、かって良く議論されていたグローバル・スタンダード、デファクトスタンダード(de facto standard)を確保せよと言うことに相通じる考え方で、謂わば、winner-takes-allのイノベーションの完結体であり、かつ、システムのリーダーであるから、その確立は非常に難しい。
   伊藤教授は、メーカーと小売業との間の価格決定権、生産販売の企画主導権、流通ルートなどの問題点について、系列店とリベート、再販制度、プライベートブランド、直販、自動販売機等々身近な例を挙げて説明しており面白い。
   私自身は、これから、もっと、興味深くなるのは、ビッグデータやクラウドで、益々、ICT革命の恩恵を受けてインターネットで情報装備した消費者パワーの炸裂で、流通市場においても、主導権、チャネルリーダー権を確保するであろう消費者の動きではないかと思っている。

   政治の分野でも囁き始められているインターネット民主主義もそうだが、情報と知の爆発と言う未曽有の事態に直面して、人類はどう対応するのか、気の遠くなるような話が、我々の眼前に広がっている。
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キウイは収穫後に追熟すべし

2014年09月21日 | ガーデニング
   車庫の上が、キウイの棚になっていて、沢山のキウイの実が鈴なりになっている。
   200個どころか、それよりはるかに多くて大変な豊作である。
   大分経つので、捥いでみたのだが、まだ固い。
   果物では、完熟した状態で食べれば、美味しいものや、収穫後に追熟しないと、食べられないものなど、種類によって、扱い方が違うのを、すっかり忘れていたのである。
   

   農水省のHPの「果物の扱いかた」と言うところに、
   ”エチレンに注意”
   エチレンは果物を成熟させる植物ホルモンです。果物は自分でエチレンを出して追熟します。このエチレンの量は果物によって量が違いますのでエチレンをたくさん出すものとあまり出さないものを一緒に保存する場合は、ビニール袋などに入れて分けて保存しましょう。
   と書いてあり、キウイは、収穫後には、エチレンを操作して、追熟をしなければならないのである。

   
   どうすれば良いのか、インターネットを叩いていたら、NHKの「ためしてガッテン」で、素人でも出来る追熟方法を放映したと言う。
   NHKのHPから、次の情報を得た。
   ”完熟スイッチは机に「ゴン」!”
   キウイを簡単に熟させる方法とは?
   研究歴30年の博士に教えてもらったところ、なんと、キウイを机などに「ゴン」とたたきつけるだけのとっても簡単な方法でした!
   実は、キウイは強い衝撃が加わると、それがストレスとなり、自らエチレンを出すのです。たたくときは、軽くへこむくらいの力を目安にします。皮が破れると、そこから腐敗しやすくなるので力加減にはご注意ください。
   品種などによっても異なりますが、たたいたキウイは、1週間ほどで熟します。また、1個だけ「ゴン」とやれば、周りにある他のキウイもエチレンを吸収してくれるので、すべてをたたく必要はありません。一緒にポリエチレンなどの袋に入れて常温で保管されることをおすすめします。

   5~60個はあろうか、試みに収穫して、指示通りに、台所の流し台の縁に、キウイを強くたたき付けたのだが、中々、へこむ気配がない程かたい。
   何度かたたき付けて少し表面がへこんだところで止めたのだが、一つ二つでは、心もとないので、多々益々弁ずと言うことでもあるし、下手な鉄砲数撃ちゃ当たると考えて、10個くらいたたいて、大きなビニール袋に入れて、口を縛った。
   常温と言うことなので、邪魔にならないリビングの外れに置いて置いた。

   10日ほど経ったであろうか、忘れかけていたのだが、キウイを押さえてみると、市販されているような状態に柔らかくなっている。
   追熟に成功したのである。
   味は、まずまずなので、もうしばらく、このまま置こうと思っている。
   

   昔、イギリスのキュー・ガーデンに住んでいた時、裏庭に、随分背の高い、大きなサクランボの木があった。
   春には、きれいな花が咲いて、たわわに沢山の実を付けて壮観であった。
   当然、手に取って口に含んでみたのだが、全然、美味しくはない。
   しかし、あまりにも、きらきら光って美しく、他の花よりも魅力的であったので、大枝を切って、大きな花瓶に生けて楽しんでいた。
   数日後、一つ実を取って、何の気なしに食べてみたら、市販のアメリカン・チェリーと同じ味がして美味しいのである。

   気付かなかったのだが、サクランボも追熟すべきだったのであろう。
   ところで、日本でなら、サクランボは貴重品だが、イギリスで、果物店で安く売っていて、気にするほどのこともないので、結局、庭のサクランボは食べなかったのだが、
   ある日、沢山のクロウタドリの大群が飛来して来たかと思ったら、瞬く間に、食べつくしてしまった。
   自然のの摂理、エコロジー・システムの神秘の凄さを悟った思いであった。
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中国切手を鑑定して見たら

2014年09月20日 | 海外生活と旅
   1980年の夏に、出張で、北京に行ったことがあり、その頃、長女が切手集めをしていたので、少し買って帰った。
   昨年末、鎌倉への移転で、色々なものを整理していたら、その一部が出て来たので、最近、中国の切手に人気が出ていると聞いていたので、どんなものか、鑑定して貰おうと思って、新宿の専門店へ持ち込んだ。

   100枚ほどの切手を、店主が非常に丁寧に一枚一枚、1時間ほどかけて鑑定してくれた。
   結果的には、〆て8000円くらいで、多少、高ければ、買い取って貰おうとしたのだが、1枚100円以下と言うことは、原価にもならないし、面白い切手もあるので、孫には記念になると思って、感謝して持ち帰った。

   
   文革の頃、すなわち、1966年から1977年頃までの、中国切手品薄時代の特別な切手は高いようなのだが、それを外れると二束三文のようである。
   私の場合には、この口絵写真の切手のような1977年の切手など、文革終期の切手が大半だったので、ダメだったのであろう。
   しかし、私の持ち込んだ切手は、中国切手コムの、
   価値の高い可能性のある切手は、・・・T1~103、J1~99になります。と書いてあるのだが、それに該当する切手が、大半であったことは確かである。

   偶々、切手のことで、その頃のことを思い出したので、中国の思い出を記しておきたい。
   
   丁度、文革後の混乱期が終息して、中国政府が海外に門戸を開き、日本企業が中国にオフイスを開き始めて、中国との商談で日本からの出張が認められた頃である。
   しかし、中国には、オフィス・スペースなどなかったので、商社など日本企業の事務所は、ホテルの部屋が使われていた。
   また、出張の場合には、入国ビザが中々下り難くて、長い間待たされた。
   聞くところによると、宿泊施設がないので、ホテルの部屋が空くのを待って、その空きスペースによって、ビザを発給していたようであり、入国前から部屋が決められていて、私の場合には、同僚とツインであった。

   我々は、シンガポールの強力な華僑ビジネスマンに誘われて、ホテルプロジェクトの建設許可の可能性打診に出かけた。
   商談は、当然、政府の役人とで、彼らは、事務所が貧弱なので、我々の部屋にやって来てネゴをした。
   一回で終わらず、何回かにわたるのだが、いつ来るのか分からず、殆どホテルに釘付け状態であったが、万里の長城には行けなかったものの、合間を見て、紫禁城や天壇、頤和園などには、行くことが出来、貴重な経験をした。
   写真撮影には制限がなかったので、紫禁城など、当時の中国の姿を随分写真に撮ったのだが、どこにあるのか。
   余談ながら、まだ、北京随一の目抜き通り王府井を、荷馬車が走っていた頃なので、空気は綺麗であったし、良き時代であった。

   さて、買い物だが、我々外人は、入国時に、外人と華僑に特定された兌換紙幣と交換させられて、その紙幣で、主に、外人及び華僑用の特別な指定店で買い物をさせられていた。
   その紙幣の一部が、次の口絵写真の右半分である。
   
   尤も、同じ店で、1階が華人用、2階が我々様と言った店が多くて、普通の店でも買い物は出来た。
   百貨店に行って、商品を見たが、勿論、交換レートで換算しても、物価は非常に安くて、最高級の胡弓でも非常に安かったので、まがい物だと思ってしまって買えなかったのだが、買えば記念になったのにと思って、今になって後悔している。
   当時買った景徳鎮の鶴首の花瓶が、残っていて懐かしい。

   さて、この時、これらの切手も、確か、外人用の店で買ったと思うのだが、その時買った切手で、梅蘭芳の切手セットだけは異常に高かったの覚えており、大切だと思って別に保管していたのが仇となって、なくしてしまった。
   もう35年も前の話で、オランダやイギリスや、あっちこっち宿替えを続けて来たのだから、少しでも、中国切手が残っているだけでも、奇跡と言うべきだと思っている。
   
   とにかく、中国がこれだけ成長発展するなどとは夢にも思わなかったのだが、私にとっては、終戦時代のどん底からの人生のスタートであったので、天変地異でなければ、それ程の驚きでもないことも事実である。
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コンビニ:ポイントカードの効用

2014年09月19日 | 経営・ビジネス
   良く行くコンビニのレジで、ポイントカードはお持ちですか?と良く聞かれる。
   129円のお茶を買っても、そうである。
   ポイントがついても、たったの1ポイントであり、殆ど無意味なので無視し続けていた。

   ところが、電車の中で、伊藤元重教授の「流通大変動」を流し読みしていて、その理由が分かった。
   ポイントカードの使用は、客の為ではなく、コンビニの為だったのである。
   結論から言えば、客の詳しい情報を補足するために、客が特定できるポイントカードが非常にコンビニにとっては役立つと言うのである。

   コンビニのお客の多くがリピーターであるので、このリピーターの客の把握のためには、これまでのPOSシステムでは、全く駄目だが、ポイントカードの情報を入れれば、「中年男性おにぎり3つ」だったのが、この客が、大坂から出張で偶々立ち寄った横山さんなのか、リピーターの隣の大工の熊さんなのか、瞬時に把握できる。
   客の商品情報に加えて、顧客情報が取得可能となるのであるから、更にコンビニにとっては大切な情報が加わる訳で、情報処理システムにプラスとなる訳である。
   本来なら、顧客のクレジットカードで支払いの処理が出来れば良いのであろうが、何しろ少額の買い物が多いので、コストが掛かってダメであろうし、それに、サンプルが多くなくては、役に立たないのであろう。

   その点、百貨店やスーパーなどは、割引制度などを実施して、積極的に自社のためのクレジットカードの使用を奨励している。
   先日、何時も通過しており、結構買い物をするので、大船駅に隣接するルミネで、クレジットカードを作ったのだが、そのクレジットカードを使えば、5%割引だが、他の店などとは違って、カードを示して、現金で買っても割引はないと言う。
   クレジットカードに固守する政策である。
   ところが、大船駅の構内の店は、何故か、顧客情報の把握には、全く関心がないのか、現金かSUICAしか使えなくて、一切、クレジットカードは認めない天然記念物のような店なのが面白い。 

   このリピーター情報を積極的に多用しているのがアマゾンで、最近、他のネットショップよりも、かなり安い時があるので、本以外にも利用することがある。
   情報収集するためにクリックしただけで、「表示履歴 」が、一定期間保存されていて、関連商品などに関するダイレクトメールが頻繁に来る。
   「この商品を買った人はこんな商品も買っています」と言うシステムなどは、他のショップでもやっているが、グーグルの検索と同じで、全く、関係のないような情報が飛び出していて、偶には、役に立つことがある。

   とにかく、価格コムでも、楽天でも、アマゾンでも、クリックすれば、思いがけないページやHPなどに、その商品の広告が、煩い程、ポップアップしてきて、実に煩わしい。
   これが、インターネットのインターネットたる所以なのであろうが、我々の個人情報が、クレジットカードや会員・メンバー入会情報や購買履歴などで、あっちこっちに無尽蔵に出ていて、それが、ネット上を駆け回っていて、いわば、我々はまる裸状態で、これらの情報を、何らかの形で総合すれば、個人の全体像が浮き彫りにされると言う。
   コンビニのポイントカードから、大分脱線してしまったが、個人情報の保護と言いながら、いくら、ガードを張っても、保護できないのが、個人情報かも知れない。
   デジタル時代のネット社会では、この情報が、正に、タカラであるからである。
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シンシア・モンゴメリー著「ハーバード戦略教室」

2014年09月18日 | 書評(ブックレビュー)・読書
   「世界中から集まるトップエリートたちへの秘密講義を全公開」と言う触れ込みのハーバード大教授の経営戦略論。
   しかし、内容は、イケアやグッチ、アップルなどと言った数社のエクセレントカンパニーを例示しながら、シュンペーターやポーターを引き合いに出して戦略論を論じているのだが、特に特別斬新な理論であるわけでもなく、私には、それ程新鮮味は感じられなかった。
   尤も、現在の企業経営者は、須らくストラテジストとしてのリーダーでなければならないと云う視点に立って論じているので、実際に自分たちの企業を直視し、改めて、企業戦略を構築し直して、経営の改善向上を図ろうとするためには、どうすれば良いのか、非常に役に立つツールを提供している。

   冒頭で、戦略とは、決まりきった方策でも問題の答えでもなく、むしろ、企業の競争力や独自性の土台となる価値創造システムであり、閉じたものではなく、開かれたものであるべきで、進歩し、発展し、変化し続けるひとつのシステムだと指摘している。
   どんなに優れた戦略を立案しても、永遠には続かないので、ストラテジストであるべき経営者は、他を大きく引き離す決定的な優位を確立すべく、常に変化し、企業価値を高め続けなければならないと言うことである。

   
   戦略の目的は、長期にわたって持続できる競争上の優位を獲得することだとされてきたが、瞬時に激変する激烈な競争下の現在の経営環境においては、そのような優位が持続して行く筈がない。
   従って、競争上の優位はいずれ失われることを前提にして、戦略は変化するものだと言う考え方に立って、堅実で明確な良い目標を立てて、その実現のための価値創造システムを構築して、果敢に経営を行うことが重要だと説くのである。

   これは、先日、このコラムでレビューしたリタ・マグレイス著「競争優位の終焉」で説かれていた、
   ”企業の持つ優位が、競争を通じてあっという間に消えてしまう「超競争」時代に突入してしまった以上、これまでのように「持続的競争優位」にしがみ付くのではなくて、「一時的競争優位」を前提にした経営戦略への転換が急務であり、そのために、イノベーション経営志向を目指したダイナミックな経営を推進すべし”と大胆に提言した理論と非常によく似た考え方であり、両書を併読すれば、HBSの経営戦略論の一端が垣間見えそうで興味深い。

   企業の成功と存続にとって何より重要なのは、その企業が何故存在し、どのようなニーズを満たそうとしているのか、堅実で明確な良い目標を持っているかどうか、企業のその目標如何が、ファーム・エフェクトの差を大きく分けるのだと説く。
   この本では、卓越した経営資源を活用すべく家具業界に進出するも、手痛い失敗をした日用品の巨人マスコ社をケースにして講義を始めていて、インダストリー・エフェクトが非常に非協力的で極めて収益性の低い家具業界で、成功を収めているイケアについて、かなり詳細に論じている。
   

   このブログでも、R.ユングブルート著「IKEA 超巨大企業、成功の秘訣」をレビューしたり、イケアについて論じて来たので、目新しいトピックスではないのだが、引用すると、
   
   ウォルマートのサム・ウォルトンとイケアのイングバル・カンプラードの共通点は、どちらも田舎暮らしの中で、経済的に余裕のない客を喜ばせる術を学び、ローコストの小売業と言う計画を育んでいたことで、更に重要なのは、利益を奪い合うのではなくて、「商品の価値を高めることが大切だと理解していたことである。
   イケアは成長する過程で、安く出来る家具をデザインして供給業者のコストを削減し、組み立てキット式のフラットパック・システムで配送と組み立てコストを大幅に削減した。
   更に注目すべきは、独特なデザインとアプローチで、ブランドが通用し難い家具業界で知名度を上げ、ファッション性を高めて、一生モノと言う家具の概念を変えた。
   無料の託児所や安くて美味しいレストランら娯楽設備を併設して、家具の購入を億劫がる客を引き付けて長時間にわたって釘づけにして、楽しませながら安い家具や生活関連商品を買えるようにして、家具に関わる全てに価値を生み出し続けているのである。
   私は、昔、アムステルダムとロンドンのイケアに入って買い物をし、今でも使っているのだが、最近、イケア船橋に行ってみたら、随分雰囲気が良くなっていて、その進歩発展にびっくりした。

   「優れたデザインと機能性を兼ね備えたホームファニッシング製品(家を快適にするために必要なものすべて)を幅広く取り揃え、より多くの人が買えるように、出来る限り手ごろな価格で提供し、『より快適な毎日を、より多くの人に』」と言う素晴らしい目標を掲げて、今日あるような快適なイケア・トータル・システムと言うべき価値創造システムを構築して、日夜、更なる革新イノベーションの追求を続けていると言う。
    アメリカでSTORと言うブランドの家具業者がイケアを真似て開店したようだが失敗したとかで、中国でも全くイケアそっくりの店が出来たようだが、トータルでイケア・システムを構築不可能であろうから、泡沫に終わるのは必定であろう。

   さて、アップルだが、ジョブズは、シュンペーターの「創造的破壊」のメッセージを直観的に理解していて、アップルを、「創造的破壊」マシーンと化して、優れた製品を世に送り出し、製品の共食いが始まる前にまた次の製品を出し、懸命に後を追う他社を振り切って先頭を走り続けている。
   私が関心を持ったのは、著者が、イノベーションと表現せずに、ストレートに「創造的破壊」と言っていることである。
   また、別のところでも、市場の成長と収益のピークは、安定によってではなく、大きな変化によって齎されると述べていて、シュンペーターの「創造的破壊」の様な潮流の変化に乗ることこそが、競争優位を確立するための要諦であることを示唆している。
   かっては、わが日本のエース・ソニーが、創造的破壊の盟主であり、破竹の勢いのイノベーターであった。

   この本で、目標を支える価値創造システムの構築のために、「目標」を核とした伝統的アプローチである「戦略の輪」を使ってグッチなどの価値の創造システムを分析していて、参考になる。
   ハーバードは、私が学んだ講義方式のウォートンと違って、ケース・メソッドなので、このような戦略論を学ぶのには、非常に威力を発揮するのであろうが、本になると叙述が散漫になるキライがあるような気がしている。
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花便り:鎌倉鎖大師も秋の気配

2014年09月17日 | 花鳥風月・日本の文化風物・日本の旅紀行
   ツクツクボウシが、しきりに鳴いている。
   暑さが急に緩んだと思ったら、一気に秋の気配である。

   久しぶりに、秋を感じたくて、鎖大師を訪れて見たら、やはり、境内に萩が咲いていた。
   このお寺は、鎌倉に多い剛直と言うか厳めしい感じの禅寺とは違って、イングリッシュ・ガーデンのように、ひょろりと、あっちこっちに草花が咲いていて、風に靡いているのである。
   萩も、大株ではなく、野生美には、程遠い。
   
   
   
   

   コスモスも、あっちこっちに、顔を覗かせている感じで、頼りなく揺れていて、何となく、儚いような雰囲気である。
   やはり、コスモスには、自分なりにイメージがあって、昔、大和路を散策して居た時に見た、路傍にひっそりと咲くコスモスや、休墾田に咲き乱れていたコスモスを思い出した。
   
   
   

   いざ、花の名前と言われれば、知っているのは、ホトトギス、シュウメイギク、ホウセンカくらい。それに、コムラサキシキブ、ケイトウ。
   園芸店で新しい花を買ってきて、庭に植えても、タグをなくしてしまえば、その花の名前を忘れてしまう状態で、比較的記憶の残っているのは、好きで植えている椿やバラくらいであろうか。
   ひっそりと咲いている草花や実は、次の通りである。
   小さな池には、綺麗な錦鯉が泳いでいた。
   
   
   
   
   
   
   
   
   

   帰り道にも、彼岸花など雑草に交じって、秋の花が咲いていて、住宅街の思い思いに植えられている花木も、完全に、秋の気配濃厚である。
   
   
   
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国立能楽堂・・・千五郎家の「文荷」

2014年09月16日 | 能・狂言
   先日、国立能楽堂での普及公演で、大蔵流茂山千五郎家の狂言「文荷」を鑑賞した。
   これまでに、2回ほど、同じく大蔵流だったと思うが、この「文荷」を見ていて、深刻な物語である能の「恋重荷」のパロディ版として、捻った狂言らしい曲としての面白さがあって、興味深く観ているのである。

   今回は、シテ/太郎冠者が七五三、アド/主が千五郎、アド/次郎冠者があきらと言う茂山千五郎家のトップたちが演じるのであるから、大変素晴らしい舞台であった。
   千作が残した千五郎一門の、非常に質の高く層の厚い狂言グループの醸し出す舞台は、京都と言う上質な上方の文化と伝統を色濃く継承体現している所為であろう、芸に膨らみと奥行きがあって、私は好きである。

   話は極めてシンプル。
   主人の命令で、恋文を届けに行くのだが、気が進まず交互に持ったり、竹に結び付けて二人で担ったりして、能の「恋重荷」の一節を謡いながら歩き、途中で、恋の文は重いと道に座り込む。
   中身を読みたくなって文を開き、奪い合って読むうちに引き裂いてしまう。
   困った二人は、「風の便りに届け」と小歌を口遊みながら、二つに千切れた手紙を扇で煽っているところへ、帰りが遅いので心配になった主人がやって来て、ことの顛末を知って二人を叱る。

   さて、この文のあて先は、「左近三郎殿」と言うことだが、相手は稚児で、当時流行っていたと言う男色趣味を主題にしているのである。
   狂言「老武者」も、美しい稚児巡っての争いを扱っていて面白い。
   また、片山幽雪の「関寺小町」を観た時の私の印象記も次の通りで、これは老女が稚児にうっとりと言うので男色とは違うが、日本にも、プラトンの説くプラトニックラブの世界が展開されているようで興味深い。
   (プラトンのプラトニック・ラブ(Platonic love)は、「肉体的な欲求を離れた、精神的な愛」と言うことではなくて、男同士の愛で、プラトンの時代にはパイデラスティアー(paiderastia、少年愛)が一般的に見られ、プラトン自身も、若くて綺麗な少年を愛する男色者であったと言う。)
   関寺の住僧たちが寵愛する稚児を連れて登場し、老女小町が、稚児に酒を注がれてほろりとして優雅な舞に触発されて、よろよろしながらも、五節の舞を思いながら舞うと言うシーンがあるのだが、当時、乙女のように初々しく着飾った稚児に思いを馳せると言う男色趣味が普通であったと言う反映であろう。あの能を大成した世阿弥さえも、義満の男色の相手だったと言うし、信長と蘭丸の男色関係も有名である。

   この文のあて先は、せんみつ殿としたり、女性名の花子としたりするバージョンもあるようだが、いずれにしろ、ラブレターであるから、「恋重荷」故に重いのである。
   文を開いて、「さてもさてもいつぞやのかたじけなきこと、海山海山」と書いてあり海山だからとか、こいしこいしで小石が沢山だからと、重いのも道理と揶揄しながら読み興じるのであるから、能「恋重荷」との落差の激しさが、面白い。

   恋文なので、奥様に悪いと言うバージョンもあるようだが、いずれにしろ、頼りにならないズッコケた太郎冠者と次郎冠者に恋のメッセンジャーを頼む主人も主人で、どこからともなく聞こえて来る「風の便り」を、大真面目に扇を扇いで風を吹かせて文を届けようとするアクションに替える突拍子もないギャグが、狂言の本領かも知れない。

   「アホとちゃうか」と思って狂言を観れば、それもそうかも知れない。
   イギリスを筆頭にユーモアを大切にする欧米文化と比べると、何となく屈折した陰に籠った笑いと言うか、捻りに捻った可笑しみが日本的なのであろうか。
   落語、漫才、狂歌等々、笑いを誘う芸能や文化があるのだが、どうも、主役には程遠い。

   歌舞伎にしろ文楽にしろ、あるいは、能にしろ、暗くて悲劇ばかりの多い古典芸能の中で、その意味では、松羽目ものとして歌舞伎にも影響を与えるなど、狂言の存在意義は非常に大きいと言うべきであろう。
   一方、ギリシャ劇にも西洋劇にも、悲劇と同時に、非常に質の高い素晴らしい喜劇が沢山あって、抱腹絶倒、腹の底から観客を喜ばせており、パーフォーマンス・アーツに対する文化感の差が興味深い。

(追記)この日、上演された能は、観世流の「阿漕」(シテ/観世恭秀、ワキ/宝生閑)であった。
    殺生の報いを描く能と言うことで、殺生を禁じられていた阿漕が浦で、密かに漁を続けていた漁師の物語で、捉えられて沖に沈められ、幽霊として現われて旅僧に弔いを頼むも、成仏できずに海の底へ帰って行くと言う実に悲しいストーリーである。 
   
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秀山祭九月大歌舞伎・・・「絵本太功記」「連獅子」ほか

2014年09月15日 | 観劇・文楽・歌舞伎
   夜の部は、「絵本太功記 尼ヶ崎閑居の場」「連獅子」「曽我綉俠御所染 御所五郎蔵」で、ポピュラーな演目だが、吉右衛門は、冒頭の「太十」には、これまで2度しか演じておらず、今回の光秀(武智光秀 )は、平成5(1993)年5月の大阪中座以来だと言う。
   吉右衛門ともなれば、例え初演であっても、誰にも負けない重厚かつ威厳と風格のある光秀を演じられるので、むしろ、どのような新しい光秀像を見せて魅せるのか、その方の期待の方が大きい筈。

   「夕顔棚のこなたより、現れいでたる武智光秀・・・」の浄瑠璃に乗って、笠で顔を隠した吉右衛門の光秀が、裏庭の茂みから現れて、竹藪から竹を切って先をそぎ落とした竹槍を持って、座敷にいる筈の久吉を殺しにいく見せ場が始まるのだが、このシーンからして、実録の歴史とは全く違っていて、創作の妙が面白い。
   まして、光秀の三日天下を阻止した秀吉(ここでは、真柴久吉 歌六 )が、旅僧として、昨晩からこの母の庵室に身を寄せていて、それを追ってきた光秀が、竹槍で刺し殺そうとするのだが、誤って、母皐月 (東蔵)をついてしまうと言う話になっていて、史実に多少近いとすれば、母が光秀の謀反を心良しとはしていなかったと言うことくらいであろうか。

   舞台の冒頭は、光秀の嫡男武智十次郎(染五郎 )が、傷心し切って、祖母に、初陣の許しを得るために訪れる。
   討死の覚悟を悟った皐月と母操(魁春)が勧めて、許婚の初菊(米吉)と祝言を挙げて出陣して行くのだが、染五郎の清楚で凛々しい十次郎と初々しい米吉の初菊の別れが中々雰囲気があって良い。
   若手女形を育成しようと言う強い意欲があるのであろう。米吉は、昼の部の「菊畑」でも、皆鶴姫を演じていて、最近重要な役柄を演じながら、めきめき力をつけて来ており、癖のない爽やかな演技が冴えていて素晴らしい。

   一方、染五郎の方も、水も滴る良い男を演じ、鏡獅子の小姓弥生を踊れば、今回の御所五郎蔵でヤクザまがいの大啖呵を切り、今度は、勧進帳の弁慶を演じると言う、八面六臂の活躍が出来る素晴らしい役者で、それが総て、遥かに水準を越えた演技の連続だと言うから見上げたものである。
   最初に染五郎の舞台に接したのは、ロンドンで、ハムレットの歌舞伎版「葉武列土倭錦絵」の葉叢丸と実刈屋姫を演じた時で、その後、関東オリジンでありながら、近松門左衛門の心中ものを実に器用に演じているのを見てから、非常に注目しており、幸四郎と吉右衛門の薫陶よろしく、益々、芸道に精進しているのであるから、楽しみである。

   光秀の暴挙を諌める母皐月の「これ見給え、光秀殿・・」のクドキの東蔵、皐月を介抱し、十次郎をみとって嘆き悲しむ操の魁春、風格のある久吉の歌六、佐藤正清の又五郎、役者揃っていて華麗な舞台を見せてくれて素晴らしい。
   私としては、勘十郎の襲名披露公演で、玉男はじめ文楽界総出演の素晴らしい舞台が、一番印象に残っている。

   ところで、天邪鬼かもしれないが、このような決定版とも言うべき完全に伝統を踏襲した古典歌舞伎で、結晶し昇華した錦絵の様な舞台ばかりを見ていると、多少、消化不良を感じる。
   早い話、シェイクスピア戯曲は、たったの37曲しかなく、同じ台詞で何度も何度も演じられてはいるのだが、その度毎に、役者は勿論、演出や舞台も変わっていて、見る方の解釈の仕方も変わって行くなど変化がある。
   オペラでもそうだが、モーツアルトやベルディの舞台が、現在のニューヨークやラスベガスに代わり、スカートを履いた麗人や背広姿の行かれポンチが登場するなど、結構面白い。
   日本には、伝統だから(なんでも?)尊いのだと言った学者がいたのだが、さて、そうであろうかと思うことがある。

   昨日、文楽の「不破留寿之太夫」について書いたが、作曲の鶴澤清治師が、新作文楽について、「昔はすべて新作だったわけで、お客さまに喜んでいただくために大変な仕掛けを行っていたようです。文楽は、昔からそうしてきたんですよ。現代のお客さまに『喜んでいただけるものを一つでも多く作りたい。」と言っている。
   シェイクスピアの時代には、新作がどんどん出て、翌日には、同じ演目が別の劇場で演じられていると言った状態で、剽窃や真似や編曲は日常茶飯事であり、どんどん、昇華されて行って良い作品が生まれてきた。

   この前の新作文楽シェイクスピアの「テンペスト」も、非常に意欲的な面白い作品で、楽しませて貰った。
   今月の文楽でも、第一部の意欲的な通し狂言「双蝶々曲輪日記」と第三部の新作「不破留寿之太夫(ふぁるすのたいふ)」は、満員御礼であっても、第二部の「近江源氏先陣館/日高川入相花王」は空席が目立つことを見ても、古典の一部を並べたアラカルト的公演への客の醒めた対応が分かろうと言うものである。
   伝統を重んじる歌舞伎の世界にも新作歌舞伎が結構沢山あるし、何とも言えないのだが、初代吉右衛門所縁の素晴らしいプログラムだろうと思いながらも、今回の秀山祭の舞台の古色蒼然とした出し物を見ていると、同じ舞台を何時も観続けていると言う思いとマンネリズムを感じたのである。

   さて、「連獅子」だが、仁左衛門 の狂言師右近後に親獅子の精と、孫の千之助の狂言師左近後に仔獅子の精が踊る華麗な舞台が、素晴らしかった。
   親獅子と仔獅子の情愛を描いた舞踊で、最後の毛振りが呼び物だが、仁左衛門の毛が、途中で絡まって中断はしたものの、千之助に負けないくらいの、古希を迎えたとは思えない迫力で、立ち台に、寸分の乱れも呼吸の乱れもなくすっくと立った姿は流石であった。
   先日、落語と狂言の「宗論」について書いたが、この狂言の宗論を取り入れて、法華僧の日門と浄土僧の専念が清涼山を訪れ、途中で巡り合って、お互いの宗派が違うところから口論するも、おどろおどろしい山風が吹いて退散し、その後、素晴らしい井出達の親獅子と仔獅子の精が現れ、勇壮に毛を振って舞う。
   浄土僧専念を錦之助が、法華僧日門を又五郎が、コミカルに演じて、狂言とは違った可笑しみがあって良い。

   最後の「曽我綉俠御所染」は、”男伊達の粋と意地を黙阿弥の名せりふで彩る絢爛の舞台”と言うことだが、
   御所五郎蔵を染五郎、星影土右衛門を松緑、傾城皐月を芝雀、傾城逢州を高麗蔵、甲屋女房お松を秀太郎と言う役者陣で、
   五郎蔵の元妻皐月を巡って、五郎蔵と土右衛門が恋の鞘当。
   五郎蔵に200両の金を工面するために、皐月は土右衛門に靡いた風を装うが、誤解した五郎蔵が、土右衛門に付き添っての花魁道中に、皐月を闇討ちするのだが、身替りになっていた逢州を誤って殺すと言う惨劇。
   若い染五郎と松緑の持ち味を生かした芝居をベテランが支えたと言う感じで、勢いのある芝居で面白かった。
   



   
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国立劇場・・・九月文楽「不破留寿之太夫 ファルスタッフ」

2014年09月14日 | 観劇・文楽・歌舞伎
   この口絵写真(HPより借用)を見れば一目瞭然だが、シェイクスピア戯曲のファルスタッフを主役にした新作文楽「不破留寿之太夫」は、正に、良質のミュージカルを鑑賞している感じで、非常に密度の高い喜劇でもあり楽しませてくれる。
   舞台展開が実にスムーズでダイナミックなので、インターミッションなしの1時間20分の一幕物の舞台だが、そこは、シェイクスピア戯曲を凝縮した作品なので、魅力満載で、息もつかせぬ舞台展開が、これまでの文楽と大きく違っていて新鮮である。
   舞台劇としても、ストーリーを凝縮してオリジナリティを出しての舞台展開でありながら、シェイクスピア劇やオペラの舞台にも遜色なく上出来である。

   人間国宝三味線の鶴澤清治師の監修作曲で、シェイクスピアを知り尽くした河合祥一郎東大教授の脚本、イングリッシュ ナショナル オペラで舞台芸術を学び多くの斬新な舞台デザインで定評のある石井みつる氏の衣装とセットを含めた美術であるから、全く、別世界の文楽である。

   最後に、春若(和生)に追放された不破留寿之太夫(勘十郎)が、琴と胡弓の奏するグリーンスリーブスの楽に乗って、舞台から降りて、花道の位置の客席通路を静かに退場して行くラストシーンなどは、実に感動的で、通い詰めたロイヤルシェイクスピア劇場の舞台を彷彿とさせて、涙がこぼれるほど懐かしかった。
   丁度、5-12の私の座席の真横を、勘十郎の遣う不破留寿之太夫が、通って行ったのだが、ひょうきんながら堂々とした人形の姿が、臨場感たっぷりで、感激であった。

   さて、この文楽「不破留寿之太夫」は、シェイクスピアの「ヘンリー4世」と「ウインザーの陽気な女房たち」をミックスした舞台だが、後者をベースにしたヴェルディのオペラ「ファルスタッフ」やオットー・ニコライのオペラ「ウィンザーの陽気な女房たち」、狂言の「法螺侍」と違うのは、この文楽だけは、「ヘンリー4世の舞台」を核にして、ウィンザーの方の二人の陽気な女房たちとその夫を取り込んで面白くしたところである。


   ヘンリー四世の頭痛の種は、皇太子のハル王子(後のヘンリー五世)が、ごろつきどもと居酒屋などで遊び回っていることで、その一番の親友が放蕩無頼で悪いことなら何でもやってのけるサー・ジョン・ファルスタッフなのだが、その無頼漢ぶりが遺憾なく発揮されているのが「ヘンリー4世」の舞台で、ヘンリー4世の死去によって、ハルが、ヘンリー5世となった途端に、即刻、ファルスタッフをお払い箱にして追放する。
   とにかく、ハル王子に、追剥強盗等々あらん限りの悪行を教え込んだ太鼓腹の放蕩無頼の巨漢ファルスタッフは、肩書こそサー(騎士)だが、国家の運命などわれ関せず、欲と言う欲はひとつ残らず味わい尽くし、名誉心など一かけらもない勝手気ままな自由人で、居酒屋猪首亭に入り浸り。
   この入り浸っていた居酒屋に、ウインザーの陽気な女房たちに姿を変えて登場して貰って、居酒屋のお早(簑二郎)と蕎麦屋のお花(一輔)となって、同じ文面のラブレターを出しての恋のドタバタ騒動を取り込んだのがこの文楽で、基本的な筋は、ファスタッフとハルの放蕩三昧の生き様とファルスタッフの追放なのである。

   エリザベス一世女王も、ヘンリー4世をご覧になったのであろう。
   ファルスタッフに痛くご執心で、シェイクスピアに、ファルスタッフを主人公にして恋の物語を書けとお命じになって生まれたのが「ウインザーの陽気な女房たち」であって、ファルスタッフは、ヘンリー5世かヘンリー6世か忘れたが、この舞台で、寂しく世を去っている。
   このウィンザーの戯曲のために、ファルスタッフの株が一挙に上がったわけだが、二人の女房たちにお仕置きとして、洗濯籠に詰め込まれてウィンザー川に投げ込まれるのだが、この文楽では、ラブレターを貰ったと思って読み始めたら、勘定書きで、満座の前で大恥をかくと言う、歌舞伎にはよくある復讐劇に代わっていて面白い。
   

   ミュージカルのように、次々と移り変わる影絵のようなエキゾチックな照明に浮き上がる舞台が美しく、その上に、美意識を強調したファルスタッフをはじめとして、春若やお早やお花などの登場人物の衣装が、洋風を加味しながら日本風に装飾して、エキゾチックで素晴らしい。
   人形は、何故か、お早だけは、クレオパトラの様な頭の洋風美人で、中々魅力的である。

   さて、ヘンリー5世となったハル王子は、国家の疲弊に加えてフランスとの熾烈な戦争に直面しており、無頼漢のファルスタッフが身近にいては示しがつかず、国家の舵取りが出来ないので、追放してしまうのだが、この文楽でも、春若は、これからは厳しい冬の時代だから真面目に働けと檄を飛ばし、不破留寿之太夫を追放する。
   何故だと聞いた不破留寿之太夫に、「太りすぎじゃ」と意味深な返答を帰すのが面白い。

   心憎いのは、冒頭とラストにシェイクスピアを登場させており、それに、居酒屋と蕎麦屋の賑やかな舞台の後方で、一人静かに酒を飲んでいるシェイクスピアの姿を垣間見せるのも、この文楽の隠し味として味わい深い。
   RSCの公演では、よく、前後にナレーターが、登場して舞台に奥行きを醸し出すのだが、この手法の応用であり、新境地で面白い。

   戦争派のハルと、厭戦派のファルスタッフを対比する向きもあるが、真面目で高潔な平和主義者ならいざ知らず、生きて行くためにはどんなことをしてでも戦場から逃げ隠れする無節操かつインモラルなファルスタッフであるところが、シェイクスピアのアイロニー的平和主義かも知れない。

   とにかく、イギリスで、ロイヤル・シェイクスピア・カンパニーなどの「ヘンリー4世」や「ウィンザーの陽気な女房たち」を何度か見て楽しんできたが、この文楽は、それにも負けないくらい面白く、舞台展開も舞台も、そして、大夫や三味線、そして、人形の繰り広げるシェイクスピア劇の魅力は秀逸で、出来れば、ストラトフォード・アポン・エイヴォンで、上演できれば、草葉の陰からシェイクスピアのみならず、劇場を訪れるイギリス人も大喜びするだろうと思っている。
   劇場前の公園に立つファルスタッフも、にんまりとするかも知れない。

   独断で、HPの写真を借用して、魅力の一端をお見せしたい。
   2枚目は、不破留寿之太夫に手紙を渡してすり寄るお早とお花、3枚目は、不破留寿之太夫と春若である。
   
   
   
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雨模様の江の島を歩く

2014年09月12日 | 花鳥風月・日本の文化風物・日本の旅紀行
   保育園を休んだ孫を連れて、雨模様の合間をぬって、江の島に出て見た。
   シーズン期には、観光客でごった返す江の島だが、9月に入っての週日で、はっきりしない空模様だから、浜辺には、殆ど人は居ない。

   水浴をする若者が二人、サーフライダーの若者が数組、それに、浜辺を散策する若者が数人、それに、我々だけだから、黒ずんだ広い砂浜は、全くのオープンスペースで、いかにもさびしい。
   砂州の外れに、黒い江の島が横たわっている。
   鎌倉の浜よりは美しい綺麗な砂浜が広がっていて、砂浜が殆ど消えてしまった日本には、貴重な存在であろう。
   遠くに、逗子や葉山、岬半島が遠望出来、カラフルなヨットが江の島の係留所に向かっている。
   実に、静かである。
   片瀬西浜からは、富士が遠望できるようだが、曇っていてダメであった。
   
   

   江の島の浜から西折れして、片瀬海岸に入って、少し歩いて、新江の島水族館に向かった。
   非常にこじんまりした水族館で、ここだけは、かなり客が集まっていた。
   子供を連れた家族連れや若いカップル、団体は中国の観光客であった。

   久しぶりの水族館で、直に、珍しい魚の姿を見られるので面白かったが、やはり、圧巻は、巨大な相模湾大水槽で、悠々と泳ぐサメやエイの大きな魚を尻目に、華麗に群舞するイワシの大群は、素晴らしかった。
   幼児連れなので、すぐに水族館を出た。
   

   この日は、これだけで、大船行きのモノレールに乗って帰ったのだが、殆ど乗客は居なかった。
   やはり、人気のある鎌倉駅に向かう江ノ電の方が客が多い感じだが、閑古鳥の鳴くシーズン外れの江の島は、寂しい。
   江の島本島の方へは、最近行っていないので分からないけれど、とにかく、シーズンには、一本しかない鎌倉からのアクセス道路は、超ビジーで、砂嘴上の道路に入ったら、身動き取れないくらいとなる。
    

(追記)NHKのBSワールドニュースでは、オバマ大統領の「イスラム国」への空爆をシリアに広げる意向表明関連ニュースが深刻さを加えている。
   たった3万人の過激派に、シリアとイラクの平和が蹂躙されて、欧米を震撼されている。
   いつか来た道。オバマは、ヴェトナム・イラクの悪夢を忘れてしまって、とうとう、ルビコン川を渡ってしまった。
   過激派の中に、何百人もの欧米国籍を持ったメンバーが参加していると言うことで、最早、宗教戦争ではなくなって、不満派分子のテロ集団化してしまった。
   イスラム国が、スンニ派を標榜しているのなら、膨大な富を持ったスンニ派アラブ国家、ないし、団体や個人が、経済的にバックアップしている筈であるから、モグラたたきに終わりそうで、あのウクライナもそうだし、ガザもそうだが、軍拡兵器や戦争が拡散して行くだけとなり、地球船宇宙号を窮地に追い込むだけである。
   それでは、どうするのか。
   朝ドラの「花子とアン」で描かれている、ほんの70年前の無様な戦争時代の日本の狂気を思うと、先は真っ暗である。
   しかし、一生懸命に知恵を絞って、何が出来るか考えなければならない。

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