熟年の文化徒然雑記帳

徒然なるままに、クラシックや歌舞伎・文楽鑑賞、海外生活と旅、読書、生活随想、経済、経営、政治等々万の随想を書こうと思う。

多摩川花火大会、ラグビー対サモア戦

2019年10月05日 | 今日の日記
   今日は、午後、いつもの山王病院での定期検診を受けた。
   この日は、久しぶりに、頭部のMRI撮影を行った。
   認知症や脳血管疾患の心配はなく、特に異常がないと言うことで、安心した。

   その後、長女の家族に誘われて、多摩川花火大会を見ることにして、東横線多摩川から沼部に向かった。
   長女たちは、桜坂の直ぐ側に住んで居るので、そこから、多摩川駅近くの丸子橋に出て、河岸ぶちの斜面に座って見ようと言うわけである。
   この花火大会は、正式には、「第78回川崎市制記念多摩川花火大会」
郷橋で川開きとして始まったのがきっかけの、二子橋付近の多摩川河川敷で行われる花火大会。二子橋下流河川敷一帯には例年多くの観客が集まり、テーマに即した花火や音楽花火のほか、スターマインなどが秋の夜空を彩る。この花火大会は、多摩川をはさみ、「世田谷区たまがわ花火大会」との同時開催で、川崎会場では2大会の花火を観ることができる。と言うことである。
   丸子橋近辺には、田園調布近くからの見物客で大変な人出で、良く見えるのだが、花火の打ち上げ場所が、多摩川橋より北側の上流で、かなり、距離が遠いのが難で、それに、途中に、東横線の電車の鉄橋があるので、視野が遮られる。
   6時から7時まで、丁度気持ちの良い涼風を感じながら、ピクニックスタイルで、飲食を楽しんでいたので、まずまずの花火見物であった。
   
   
   ゆっくり、長女宅に帰ってくつろいでいると、ラグビーの日本対サモア戦が始まった。
   特に興味があるわけではないので、結果が良ければ、ダイジェストなどを見る程度で、野球でもそうだが、球場へ行けば別だけれど、最初から最後まで、試合を見ることは、滅多にないのだが、この日は、家族と一緒に、試合を全部見た。
   やはり、日本人であるから、次第に興奮しながら見ていたが、国際色豊かな日本チームの良さを感じて、閉鎖国家日本も、ここまで来たのかと思って感激していた。

   そのつもりで見れば、スポーツも、楽しめるのだが、要するに、根気がないのである。
   オペラでもクラシックでも映画でも、結構、ビデオ撮りするのだが、特別な場合を除いて、じっくりと見ることがないので、ダビングしたDVDばかりが増えている。

   サンパウロに居た時に、一度だけサッカーの試合を見に行っただけで、我が母校ペンシルバニア大学にも、巨大なアメリカンフットボールの競技場があったし、ロンドンに居た時には、ラグビーワールドカップやアメフト大会も実施される世界屈指のサッカー競技場ウェンブリー・スタジアムの近くに住みながら、興味がないと言うのは恐ろしいことで、一度も見に行かなかったことを、今になって後悔している。
   ゴルフの全英オープンのチケットをフイにしたり、ウインブルドンにも行かなかったり、しかし、英国人の友人に誘われて、アスコットの競馬へ何度か、そして、クリケットの試合などを英国流の特別観覧席で鑑賞する機会を得たのが、せめてもの慰めかも知れない。

   賭け事が、飯より好きなイギリス人、
   なんでも、すぐに、賭けよかと言うイギリス人、
   私の経験だが、シティのギルドホールで開かれた大晩さん会で、フィリップ殿下のスピーチ中に、何分で終わるか帽子を客席に回して札とお金を入れて賭けるイギリス人、
   こんな国民気質から、ラグビーもサッカーも、そして、殆どのスポーツが生まれたイギリス、
   とにかく、こんなイギリス人を相手にして、10年近くも切った張ったのビジネスを続けてきたが、別に他意はないが、日本チームが、スコットランドやイングランドやウエールズ等ラグビーの故郷イギリス勢に、更に、勝利することを祈りたいと思っている。
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鎌倉国宝館「国宝鶴岡八幡宮古神宝」&鎌倉宮「鎌倉薪能」

2017年10月07日 | 今日の日記
   久しぶりに鎌倉に出た。
   鎌倉に居て、出たも何もないのだが、西鎌倉の方だから、鎌倉山を越えて、大仏や長谷寺をパスしないと、鎌倉の旧市内には、出られないのである。
   この日は、夕刻5時からの鎌倉宮での「鎌倉薪能」に行くことになっていた。
   昨日は、薪能の初日であったのだが、鎌倉は大雨だったので中止となっており、幸い二日目を選んでいたので、鑑賞することが出来た。

   少し早く出たので、時間があり、これも、久しぶりに、鎌倉国宝館に立ち寄った。
   特別展示として、「国宝鶴岡八幡宮古神宝」をやっていた。
   

    国宝の古神宝としては、朱漆弓 1張 、黒漆矢 6隻 、沃懸地杏葉螺鈿平胡籙 1腰 、 沃懸地杏葉螺鈿太刀
   どのくらいの価値があるのか、よく分からなかったが、太刀は、武具ではなく貴族の所有物とかで、細工など豪華であった。
   もう一つの国宝は、頼朝が後白河法皇から下付されたと言う籬菊螺鈿蒔絵硯箱 1合 、籬菊螺鈿蒔絵硯箱内容品 1組
   これも、螺鈿の蒔絵が素晴らしかった。
   丁度、能を観に行く前だったので、興味を感じたのだが、舞楽面が、5面展示されていて、菩薩の美しさと陵王のエキゾチックで精巧な造形が気に入った。
   誰かの病気快癒に役立ったと言って、顔は象、体は人間の2体の像が抱き合っている歓喜仏があって、比較的珍しいので興味を惹かれた。
   後で、新作歌舞伎のマハーバーラタを観る予定で、マハーバーラタの本をかじり始めたのだが、エロチックな話ばかりで、あのインドの歓喜仏や豊満な女神が満艦飾のインドのヒンズー教寺院を思い出した。
   丁度、技芸員の解説があったので、鶴岡八幡宮のことについて、少し勉強になって良かった。

   鎌倉宮へ行く道すがらなので、頼朝の墓地に立ち寄った。
   歴史に燦然と輝く偉大なリーダーの一人でありながら、ポツンと、それ程立派でもない墓が立っているので、いつも不思議な感じがしている。
   

   少し、西方向に歩いて、荏柄天神社に出た。
   学問の神様の神社であり、漫画家たちの絵筆塚もあるので、参道の両端に、漫画家たちが描いた灯篭が並んでいて面白かった。
   

   さて、鎌倉宮の「薪能」は、私としては、初めてだったので、非常に興味があって、楽しめた。
   金春流 素謡 翁 金春憲和
   金春流 仕舞 養老 山井綱雄
          井筒 本田光洋
   和泉流狂言  樋の酒 野村万作
   金春流能   融  金春安明

   鑑賞記は、明日、書くことにしたい。
   
   
   
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今日の一日:国立演芸場、神保町、国立能楽堂

2017年08月03日 | 今日の日記
   今日は、忙しい一日であった。
   朝、早く鎌倉を出て、二か月ごとに通っている山王病院に行き、定期検診を受けた。
   もう、何十年も前からの持病と言うか、高血圧症のチェックと薬剤の取得が目的なのだが、ホームドクターのような感じで、色々とお世話になっているので、助かっている。
   有名病院なので、待ち時間が長いので、時間が縛られるのだが、私の場合には、その間、本を読んでさえおれば良いので、別に気にならない。

   その後、メトロで一駅、永田町から歩いて国立演芸場。
   上席で、トリは、落語協会会長の柳亭市場。
   「妾馬」と言うお殿様とがらっぱちの長屋の住人八五郎との愉快な会話が主体で、別題「八五郎出世」と言うのだが、落差の激しい頓珍漢の対話が面白い。

   長屋の前を通りがかった大名・赤井御門守が、行列の駕籠から長屋口で八五郎の妹お鶴を見初めて側室にし、世継ぎが生まれたので、八五郎を呼び出す。
   大家は八五郎に、着物や履物を貸し与え、御前へ出たら言葉を丁寧にとアドバイスをして送り出したが、側用人の三太夫につつかれながら話すが一向に通じず、無礼講だから朋友に語るごとく話せと言われて、振舞われた酒肴に酔っぱらった勢いもあって、一気にべらんめえ調となって思いのタケをぶちまける。
   八五郎は、殿の傍にいる立派になったお鶴に気が付いて、母がお鶴を見れば喜んで泣きゃあがると感極まって涙をこぼし、御門守に、母を一度呼んで初孫を見せてやって欲しい、お鶴を末永くかわいがってくれと頼んで、景気直しに都々逸を唸る。
   そんな八五郎を気に入った御門守は彼を侍に取り立てる。と言う話である。

   この話は、長屋の住人と大名と言う、殆ど接点のない二人が対話する面白さもそうだが、八五郎が、庶民にかえって、お鶴に向かって、兄と妹に戻って労りの言葉をかけ、殿様に、老母の喜びと孫でありながら見ることさえままならない苦衷を訴えて一目戸の隙間からでもよいから見せてやってくれ、お鶴をかわいがってやってくれと言う、しんみりとした人情を語りかけていて、泣かせるところが良い。

 市場のまくらは、師匠小さんが、天皇陛下の前に呼ばれたとき、
   「最近、落語はどうですか」と聞かれて、上がってしまったのか何を考えていたのか、「大分、良くなりました。」と応えたと話し、
   昔も今も身分の違いの対面の機会はないのだが、士農工商、身分違いの殿様と庶民の対話が実現するのは、有難くも落語の世界、と、一気に、本題を語り始めた。
   30分弱の高座、
   八五郎の都都逸「しめたはかたのおびがなく・・・」と得意の名調子を、ひとくさり披露して観客を喜ばせていた。

   五明樓玉の輔の色っぽい「宮戸川」が面白かった。
   柳家小のぶの「風呂敷」と古今亭菊太郎の「変わり目」は、酔っ払いの噺。
   柳家さん助が語った「七度狐」は、上方落語だが、江戸前に調子を変えており、二人の旅人が、誤って狐に悪さをした罰に、七度騙されると言う話で、初めて聞いた。
   「牛ほめ」の柳家市江は、二つ目で市場の弟子。
   

   落語がはねた後、何時もの調子で、時間があれば、お濠を越えて神保町の古書店へ。
   この日は、三省堂で時間を過ごしたが、特に、食指を動かすような本は見つからなかった。
   「神保町セレクション」と言うコーナーがあって、
   ”現在、毎日200冊もの新刊がでています。年間にすると約7万冊。どの本を読んでいいのか、分からない読者に贈る「今、読んでおきたい本」を分野別に紹介します。”との能書きで、本が、半分以上はビジネス関連だが、5段にわたって整理されている。
   以前にも同じような感想を持って、このブログにも書いたのだが、何をもって「今読んでおきたい本」であって、誰がどのような価値基準で選んでいるのかと言うことである。
   私の独善と偏見だが、ビジネスの棚で、「LIFE SIFT」だとか、クリステンセンの「ジョブズ理論」とか数冊を除いて、ほかの殆どは、読みたいとは思わなかったし、役に立つとは思えなかった。

   田宮書店の店頭で、二十年以上も前に出版されたダンテの「新曲」を見つけて買った。
   膨大な大冊の本だが、平川祐弘教授の解説を読むだけでも、値打があると思った。
   

   国立能楽堂は、「働く貴方に贈る」と銘打った「企画公演」。
   対談 古川日出男×松原隆一郎
   狂言和泉流「雁礫」 佐藤友彦
   能喜多流「鵺」 大友定

   二人の対談は、鵺の舞台など神戸における平家物語の世界に会話が弾んだ。

   狂言は、シテ大名の佐藤友彦が、中々頑固で偉丈夫な大名を演じていて面白かった。

   「鵺」は、「平家物語」の頼政の鵺退治から題材を取っているようだが、頼政ではなく、成敗されて流された敗者の鵺の立場から、その苦悩と悲哀を描いているのが興味深い。
  シテの大友定の舞も秀逸だが、囃子と地謡も上手く調和して感動的な舞台であった。
   世阿弥作と言うが、シテは、頼政の鵺退治や褒賞シーンを舞うものの、暗い舞台で、杓を背首に当てて、流れゆく鵺の姿が切ない。  

   これだけ、一日の予定を詰めると、分刻みの移動もあって、能がはねた後、北参道に急いで、急行に駆け込み、最終バスで、帰宅したのは11時半。
   好きなことをしているので、文句は言えない。
   
   
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国立能楽堂・能「二人静」から湘南シネマ「パイレーツ・オブ・カリビアン/最後の海賊」

2017年07月08日 | 今日の日記
   今日は、朝鎌倉を出て、昼の国立能楽堂での
   普及公演、
   解説・能楽あんない 音阿弥、天下無双のマエストロ 松岡心平
   狂言 入間川 茂山千五郎(大蔵流)
   能 二人静 梅若万三郎(観世流)
   を鑑賞した。
   その後、北参道ー横浜ー辻堂ルートで、109シネマズ湘南に行って、「パイレーツ・オブ・カリビアン/最後の海賊」を見た。

   途中、少し時間があったので、辻堂のブックオフで小一時間暇つぶしをした。
   古書店は、神保町通いを続けてきたのだが、行きつけの書店がどんどん潰れて面白くなくなってきており、それなりのブックオフの店舗に行けば、古い本を含めて、大型書店よりも、結構、本が揃っている場合があって、それに、時には、新しい新本が30%オフくらいで買えるので、時々、これを利用している。
   今回買ったのは、読みそびれていたフリーク・ヴァーミューレンの「ヤバい経営学」。

   能楽堂での普及公演は、冒頭30分間、専門家の能・狂言や上演プログラムの解説など興味深い話が聞けるセッションがあるので、私の様な初歩ファンには好都合である。
   音阿弥については、今の観世流の直流なのであり、偉大な功績を残して将軍に認められているので、松岡教授の「天下無双のマエストロ」と言う高名についてはよく分かるのだが、先年、上演された梅原猛の創作能「世阿弥」では、世阿弥が元雅を後継者とすべく、執拗に音阿弥を拒否していたような趣があったので、多少、その印象が頭に残っていて複雑な気持ちである。

   狂言は、襲名なった千五郎が、芸と舞台が一気に大きくなった感じがして、堂々たる偉丈夫で貫禄のある大名役を演じていて感服して見入っていた。
   ベテラン狂言師の七五三の真面目でコミカルな雰囲気を醸し出した芸の奥深さ巧みさも凄いが、このおじの七五三を食っている感じさえする。
   この狂言は、何でも反対のことを言う入間言葉を巧みに織り込んだ掛け合いが面白いのだが、太郎冠者を演じる茂山茂も上手く、大蔵流の京都茂山家の芸の確かさを示していた。

   観世流の能「二人静」は、これまで、鑑賞してきた「二人静」の舞台とは、変わっていて興味深かった。
   後場で、同じ衣装を着けた、本物の静の霊(シテ)と霊が乗り移った菜摘女と言う二人の静が、相舞すると言う華麗な見せ場を備えた舞台が見ものであったのだが、このバージョンでも、舞台での相舞は、ツレ静の霊が、一ノ松の床几にかけて、シテ菜摘女一人が序ノ舞を舞うのを見ていて、最後キリだけ相舞すると言う「立出ノ一声」のケースもある。
   しかし、今回は、ツレ静の霊(梅若紀彰)は、前場で、菜摘女に僧への回向を頼むだけで橋掛かりに登場して、そのまま、消えて行き、後場は、一切、シテの菜摘女(梅若万三郎)だけの登場で、二人静の相舞シーンなどはない。
   私は、この三種類のバージョンを見ているので、興味を感じて観ていたが、こうなると、「二人静」の意味が希薄になる。

   さて、映画「パイレーツ・オブ・カリビアン/最後の海賊」だが、特に、見たくて行ったわけではなく、一寸、気分を変えたくて、久しぶりに映画館へ行ったのである。
   これまでのシリーズは、孫と一緒に通っていたので、適当に雰囲気は分かっており、当時の海賊とは違っているものの、英国海軍が登場したり、植民都市の港町の模様などが出てくるので、興味を感じて見ている。

   以前に、ピーター・T・リーソンの「海賊の経済学」をブックレビューしたのだが、私にとっての海賊は、フック船長の雰囲気ではなく、あくまで、ナイトの称号を得た海賊の頭目ドレイクのような悪人か偉人か分からないような歴史で暗躍した人物である。
   私掠船(privateer)などと言う、政府から敵国の船を攻撃しその船や積み荷を奪う許可、すなわち、私掠免許を得た個人の船が、正に、ドレイクなどの船なのだが、このあたりの大航海時代以降の歴史は、非常に面白くて、如何に、力をつけ始めたヨーロッパの列強が、世界制覇への歩を歩み始めたのか、その一端が垣間見えて興味深いのである。
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国立劇場・歌舞伎「毛抜」から宝生能楽堂・能楽祭「船弁慶」

2017年06月20日 | 今日の日記
   今日は、11時開演の「毛抜」の鑑賞に出かけた。
   夏期間の国立劇場の歌舞伎は、歌舞伎鑑賞教室主体で、6月は、「歌舞伎十八番の内 毛抜」で、7月は、「鬼一法眼三略巻 一條大蔵譚」で、社会人のための公演もあるが、主に、高校生など学生のための公演で、前半に、若手歌舞伎役者による解説 歌舞伎のみかたがあるが、その後は、纏まった一幕形態の名舞台が上演される。
   演者は、今回の毛抜は、中村錦之助、次回の一條大蔵譚は、尾上菊之助が主役を演じるなど、全く、本公演と同じ手抜きなしの舞台が上演されるので、見ごたえ十分である。
   学生主体で、予約の大半が埋まるので、我々一般ファンは、3階の2等席しか取れないことが多い。

   この「毛抜」は、磁石を小道具にしたお家乗っ取り芝居で、江戸時代の庶民の関心事が磁石にあったと言うことが分かって、何となく不思議な気がするのだが、面白い。
   錦之助や孝太郎など芸達者なベテランが、若手の良さを存分に引き出して、素晴らしい舞台を展開して楽しませてくれる。

   前半の解説は、舞台装置や歌舞伎のシステムなどの紹介は同じだが、毎回、工夫を凝らして、少しずつその内容やプログラムを変えながら、興味深い話題を取り上げて進めていて、勉強にもなるし面白い。
   今回は、毛抜きの主役・粂寺弾正を演じた錦之助の長男中村隼人が、タレント並みの歯切れのよい解説を行って、好評であった。
   中村隼人オフィシャルブログのタイトルをバックにディスプレイして、歌舞伎の良さ楽しさをSNSで発信してほしいと言って、許可を取ったので、スマホで撮って良いと言って舞台から客席に降りて花道に上がったり、ポーズを取っていた。
   3階からのデジカメ写真を引き伸ばしたのでピンボケだが、その一部を紹介したい。
   
   
   

   その後、何時ものように、神保町に出て、書店をはしご。
   岡野弘彦の「恋の王朝絵巻 伊勢物語」を買った。
   能舞台で、在原業平をシテにした曲があったり、結構、伊勢物語から主題を取った曲があって、勉強も必要であるし、恋と言う一字に惹かれて、読んでみようと思ったのである。
   帰りの横須賀線で読んだのだが、いつも読む無色無臭の経済学や経営学書よりは、リラックスできて、はるかに面白い。

   2時半からは、宝生能楽堂で、能楽協会主催の恒例の「能楽祭」。
   能楽祭のプログラムは、次の通り。
    舞囃子 宝生流「八島」 シテ金井雄資
    独吟 金剛流「放下僧」 種田道一
    仕舞 喜多流「井筒」 香川靖嗣
    一調 金春流「百万」 本田光洋
    狂言 大蔵流「文山立」 シテ大藏彌太郎
    能 観世流「船辨慶 重キ前後之替」 シテ観世喜正

   船弁慶は、何度か観ているのだが、義経の大物浦からの船出を主題にした曲で、前半は、静御前との別れ、後半は、怨霊として現れた知盛との対決である。
   シテの観世喜正は、前場では、優雅で美しい静御前を、後場では、勇壮な平知盛の怨霊を舞って、非常に印象的な素晴らしい舞台を見せてくれた。
   
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今日は国立能楽堂から歌舞伎座へ

2017年06月07日 | 今日の日記
   今日は、朝、鎌倉を出て、夜遅く帰ってきた。
   国立能楽堂と歌舞伎座を、はしごすると、一日仕事になるのだが、最近では、歳の所為もあり、パフォーマンスを考えて、予定を合わせて、出ていくことが多くなった。

   能楽堂は、定例公演で、
   京都の茂山家の大蔵流狂言「蝸牛」と観世流能「雷電」であった。
   1時からの能楽堂の公演が終わってから、木挽町の歌舞伎座の4時半からの歌舞伎座へ行くのは、普通では、難しいのだが、この日の能「雷電」は、短い60分の演目なので、十分に間に合った。

   狂言「蝸牛」は、主(茂山茂)に、祖父の長寿の薬に、蝸牛(かたつむり)を藪の中から取って来いと言われた太郎冠者(茂山童司)が、かたつむりを知らないので、頭が黒くて腰に貝を付けた、時々角を出すのだと教えられて、誤って、藪に寝ていた山伏(網谷正美)を連れて帰ってきて、主は怒るが、つられて3人揃って「でんでんむしむし」と踊る、他愛もない話。
   同じように、太郎冠者が、知らないものを都に買いに行って、詐欺師に騙される「末広がり」があるのだが、ほかにも、太郎冠者が、知ったかぶりをして失敗する狂言など、狂言きってのパーフォーマー太郎冠者の何とも言えないほろ苦くて切ないストーリーが面白い。

   能「雷電」は、菅原道真(菅丞相)が怨霊・雷神(シテ/関根知孝)として登場し、法性坊僧正(ワキ/野口能弘)の千手陀羅尼の功徳と帝からの天満大自在天神の官位授与で鎮まるという話。
   厳つい能面・顰(しかみ)を付けたおどろおどろしい雷神と僧正との対決シーンなど、結構、視覚的なシーンもあり、歌舞伎や文楽で、神聖を帯びた菅丞相の舞台ばかりを見ていて、そのイメージが強いので、興味深く鑑賞した。

   歌舞伎は、4時半からの「夜の部」だったが、演目は、
   鎌倉三代記 絹川村閑居の場
   曽我綉俠御所染 御所五郎蔵
   一本刀土俵入
   の、夫々1時間半近くに及ぶ大作の舞台で、非常に充実した公演であった。
   夫々、幸四郎、雀右衛門、仁左衛門、左團次、猿之助、歌六などのベテランが好演し、松也や米吉が、先輩に伍して素晴らしい舞台を務めるなど、楽しませてくれた。

   興味深いのは、外人客、アメリカ人のグループだと思うが、かなり幕見席に入って鑑賞していた。
   
   

   インターミッションの時に、地下に降りて、木挽町広場に行って小休止するのだが、結構、日本の伝統工芸など懐かしい雰囲気が見られて興味深い。
   扇子、彫金、簪、家紋・・・
   
   
   
   
   
   
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今日の一日・・・国立能楽堂、神田祭の神輿、国立演芸場

2017年05月13日 | 今日の日記
   昼頃には、かなり、激しい雨が降り、少し寒い日であった。
   朝、青山の病院に立ち寄って、午後、開演の国立能楽堂の「普及公演」に出かけた。
   普及公演なので、冒頭に、天野文雄氏の能楽案内の話があり、その後、狂言・大蔵流「呼声」と能・観世流「清経」が上演された。
   風邪をひいており、薬の所為もあって、冴えない観劇であった。
   

   その後、夜6時からの国立演芸場での「国立名人会」まで、時間があったので、いつものように、神田神保町の書店街に行った。   
   古書店で、書棚を見ていたら、調子のよいお囃子の音が聞こえてきた。
   外に出てみたら、笛や鐘など鳴り物入りの屋根付きの車が先導して、お神輿が見えた。
   猿楽町の神輿である。
   
   

   この日は、神田祭の神幸祭の日で、神輿が、”江戸・東京の下町を巡行し、祭礼絵巻を繰り広げる神田祭のメイン神事”を行うと言うことである。
   私が見たのは、猿楽町と神田一丁目の神輿である。
   猿楽町の神輿は、靖国通りを行ったので、そのまま見過ごしたが、神田の神輿は、すずらん通りをねって三省堂裏で、拍子木を打って小休止するところまで見ていた。
   
   
   
   
   
   
   
   
   

   その後、靖国通りの駿河台下あたりで、神輿が合流して、大変な賑わいであったが、時間の関係で、遠望しただけで、北参道に向かった。
   

   この日の「国立名人会」は、「小朝が愛する人々 2」と言うタイトルであったが、まだ、小朝の高座を聞いたことがなかったので、聞いてみたかったのである。
   落語は、ぴっかりの「動物園」、正蔵の「鼓ヶ滝」は二度目、木久蔵の「看板のピン」は、これまでに聞いているので、それなりに、話術の差があって面白かった。
   マツモトクラブは、相手の言葉や自分の心象をナレーションで語る一人芝居で、ウィットやギャグが利いて面白い。
   尼神インターは、吉本の上方漫才で、パンチの利いた大阪の女の子の話で、故郷感覚。

   小朝は、新作であろうか、「お見舞い」。
  先輩の噺家の病気見舞いに病院に通う男の述懐で、その度毎に色々話し込むのだが、患者には感謝されていなかったことが、患者の書き残した日記で分かり、金輪際見舞いには行かないと言う話。
   弟子が、先輩の見舞いに行くと言うので、これで、何かを買ってお見舞いにしろとお金を渡すのだが、持って行ったのは、「沢尻エリカのヘアーヌード本」。
   師匠が、病人に持って行ったのが、「五月みどりと小柳ルミ子と西川峰子のヌードの本」で失敗したと言う話を逆手に取った強烈なオチである。
   高座にだけ照明を当てた舞台で、病院での会話では、更に照明を落として語り、日記を読むときには、バックのナレーションにあわせて表情を変えるなど、芸の細かい舞台であった。
   
   
   
  
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今日の一日:歌舞伎座、神保町、そして、国立能楽堂

2017年04月21日 | 今日の日記
   今日は、11時からの歌舞伎座での昼の部、そして、夕刻の国立能楽堂での定期公演:能狂言の鑑賞を予定していた。
   ところが、能楽協会主催の「納涼能」の予約が、この日の10時から始まるので、私の場合は、スマホを持っていないし、ノートパソコンを電車に持ち運ぶのも難なので、10時に家にいて、パソコンを叩かなければならない。
   電話なり、国立能楽堂の窓口、ファミリーマートの店頭マシーンでも予約可能なのだが、一寸、無理であり、結局、イープラスのネットで、予約を完了した。
   何故、「納涼能」に拘るのかと言うことだが、人間国宝の友枝昭世の「枕慈童」、同じく人間国宝の野村万作の「文荷」、観世清和宗家の「安宅」、それに、宝生和英、金剛永謹、金春安明の各宗家が仕舞を舞うと言う豪華版の公演であるから、駆け出しの私のような能狂言ファンでも見逃すわけには行かないのである。

   結局、歌舞伎座には、最初の演目「醍醐の花見」を諦めて、次の「伊勢音頭恋寝刃」の開演12時6分に間に合えばよいと思って、10時17分の大船行きの江ノ電バスに乗った。
   大船から、上野東京ラインに乗ったのは良いのだが、東京駅の人身事故で、電車は、川崎で長い間停車して品川どまり。
   手前のホームの京浜東北線に駆け込んで乗ったが快速で、新橋、有楽町に止まらず、浜松町で、山手線に乗り換えて、さらに、新橋でメトロを乗り継いで東銀座へ、劇場に着いた時には、予鈴が鳴っていた。

   どうにか、間に合ったのだが、「伊勢音頭恋寝刃」は、染五郎と猿之助ほかの好演で非常に面白い舞台。
   その後の「一谷嫩軍記」は、幸四郎、猿之助、染五郎、高麗蔵、左團次などの凄い舞台。
   とにかく、鴈治郎の秀吉を見過ごしたが、満足な歌舞伎公演であった。

   その後は、能狂言の公演まで時間があったので、当然のルートとして、神保町の三省堂から古書店周り。
   エドワード・ヒュームズの「移動の未来 DOOR TO DOOR」ほか、5冊も衝動買いしてしまった。
   悪い癖が治らない。
   友人たちは、殆ど本を読まないようだが、読むなら、図書館へ行くと言うのだが、私には、その気が知れない。
   精々2~3千円の本なのだし、経済的に困っているわけでもないのであるから、著者に対する礼儀としても、本を買って読むべきだと思っている。

   適当に途中で夕食をとって、国立能楽堂へ。
   公演は、萬斎などの狂言「苞山伏」と渡邊筍之助の宝生流能「雲林院」。
   楽しませてもらった。
       

   能楽堂を出て、北参道からメトロに乗って、東横線直通で横浜に行き、JRで大船へ。
   発車寸前の江ノ電バスの運転手さんは、老骨に鞭を打って駆け込んだので、待ってくれた。
   自宅に着いたのは、10時40分、長い一日であった。

   
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式能チケット、歌舞伎:忠臣蔵、そして、国立能楽堂

2016年12月16日 | 今日の日記
   今日は、朝に11時開演の国立劇場歌舞伎「仮名手本忠臣蔵 第三部」を観て、夕刻、国立能楽堂に行って、狂言 胸突 野村 又三郎(和泉流) 、能  船弁慶 後之出留之伝 辰巳 満次郎(宝生流)を観る予定であった。
   問題は、来年2月の式能のチケットの販売が、10時からなのだが、早く家を出なければならないので、パソコンを叩いて、ぴあで予約ができない。
   電話などでは、10時の瞬間から繋がりぱなっしで、掛かる筈がない。
   仕方がないので、少し、早く家を出て、国立能楽堂のチケットオフィスに行って、直接買おうと考えた。

   10時10分くらいに着いたら、10数人列に並んでいる。
   本来、窓口は、2つ開いているのだが、不公平になってはいけないと言うことで、この日は、窓口は1つだけで、何時もになく、沢山のスタッフが並んで慎重に対処していた。
  私など、いい加減な所為もあって、数秒で席を選ぶのだが、ああでもない、こうでもない、と言った老人のチケット取得者が一人でもいると、中々、列が進まない。

   今回も、1・2部通しでチケットを買ったので、この通しだけしか見ていないのだが、公演会場である能楽堂に割り当てられたチケットは、正面12,000円と脇・中正面8,000円、それぞれ、10数枚ずつしかない。
   10時前にチケットオフィスに並んで通しチケットを買った人のすべてが、正面席を買っていたことが分かった。
   結局、私は、正面席は、後方か端しか残っていなかったので、不思議にも、まだ、誰も買っていない脇正面の前方のチケットを選んだ。

   帰ってから、ぴあの「式能」を見たら、2部のチケットが残っているだけで、通しと1部のチケットは、ソールドアウトになっていたので、能楽堂に行ってチケットを取得したのが正解であったのかも知れない。
   この2部だが、昨年も最後までチケットが残っていたのだが、今回は、能 金剛流「雪 雪踏拍子」 シテ 豊嶋三千春、狂言 大蔵流「左近三郎」シテ 山本東次郎、能 観世流「花筐」 シテ 観世銕之丞、狂言 和泉流「苞山伏」 シテ 野村万作、能 金春流「土蜘 シテ 櫻間金記 と言う凄い能楽師たちの舞台なのである。

   
   式能は、これで、5回くらいだと思うが、江戸時代の正式な形式に則って、翁を皮切りに、能5曲、狂言4曲が演じられていて、演者は、宗家か人間国宝と言った各流派のトップ能楽師が出演すると言う超豪華版である。
   私は、欧米に居た時に、随分、オペラなど鳴り物入りのフェスティバル公演など、素晴らしい観劇を経験しているが、この式能だけは、どこの舞台と比べても、絶対に引けを取らない素晴らしい舞台だと思っている。

   結局、チケットを取得したのは、10時35分で、それから、北参道から永田町にメトロで出て、国立劇場に着いたのは、11時15分。
   すでに、八段目 道行旅路の嫁入 は、富士をバックにした美しいシーンが終わって、舞台転換するところであった。

   今回の舞台では、九段目 山科閑居の場が、出色の出来であった。
   十段目 天川屋義平内の場は、期待したが、歌六の「天川屋義平は、男でござる」の名セリフと大見得の素晴らしさは、絶品であったが、その後、この義平を脅しあげた取り手が由良之助の家来たちで、義平の信義を確かめるための芝居であったと分かった後のしらじらしさ。
   殆ど上演されないと言うのも、このあたりの稚拙な肩透かしにあるのであろう。
   大詰めの十一段目は、観客が本来一番期待する舞台の筈だが、作品が悪いのかはわからないが、これ程、味気ない面白くもない舞台もなかろう。
   それ程、空席があるとは思わなかったが、やはり、国立劇場開場50周年記念と銘打った以上、空席があると困るのか、後半、ぴあでは、会員に対して、殆ど、上級席チケットをを半額で売っているのだが、同時に上演している小劇場の文楽「仮名手本忠臣蔵」が、開演前に完売したことを考えると、3か月連続と言うのが裏目に出たのであろうか。

   能楽堂の能「船弁慶」は、良かった。
   前シテが静御前で、後シテが平知盛の怨霊と言う面白い舞台だが、シテ辰巳満次郎は、優雅で艶やかな静と、勇壮な知盛を器用に演じ分けて、楽しませてくれた。
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三菱商事株主総会、同期会、そして、国立能楽堂

2016年06月24日 | 今日の日記
   今日は、私にしては、かなり早く鎌倉を出た。
   東京に出るのは、いくら早くても、大体、11時の歌舞伎公演開演を目指すのでもっと遅い。
   この日は、三菱商事とみずほFHに行けたのだが、面白いのは商社だと思って、浜松町で下りて増上寺を目指した。

   さて、三菱商事の株主総会だが、
   何故、面白いと言ったのか、資源に入れ込み過ぎて、エネルギーと金属部門で、大赤字を出して、初の赤字に転落したことである。
   詳しい説明がなかったので、以前に報じられた現代ビジネスの記事を借用すると、
   ”4,300億円と予想される減損損失の内訳は、AAS社株(チリで鉱山と製錬所を運営する「アングロ・アメリカン・スール(AAS)社」に対する出資(簿価4,700億円)への出資分が2,800億円。豪州のLNG開発計画の見直しに伴う減損が400億円、同じく豪州の鉄鉱石事業の減損が300億円、南アフリカのフェロクロム事業の減損が200億円などとなっている。これらと比べると損失額は30億円と小さいが、シェールガス事業の再評価に伴う減損も発生する見通しだ。”と言うことである。
   事業の損益で赤字が積み上がった訳ではなく、バランスシート上の減損なので、市況の激変と言う側面があるけれど、要するに、予測なり経営判断を誤ったと言うことであって、経営戦略なり戦術のお粗末さの帰結であろう。
   会長は、原油が50ドルから70ドルへと5年間も上昇基調にあった時期の経営判断であったと言うのだが、その投資戦略なり経営判断が適切であったのか、問われるところであろう。
   
   これに懲りてか、向こう3年間の経営の考え方として4本柱を打ち立てているのだが、
   その内、「経営基盤の再整備」で、「キャッシュフロー重視の経営」は当然として、「資源」と「非資源」のバランスの見直し、
   「成長に向けた打ち手」で、「事業のサイクルを踏まえた入れ替えの加速」なども当たり前だと思うのだが、「事業投資」から「事業経営」へシフト、の2点については、疑問を感じる。
   資源分野は、原料炭・銅・天然ガスへ経営資源を集中して他を抑え、主体的に強みや機能を発揮できる分野に投資を集中すると言うのだが、セグメント別の売上高や事業費率が分からないので何とも言えないのだが、要するに、資源に偏っていた経営を非資源へ比重を移すと言うことであろうか。
    さて、「事業投資」から「事業経営」へのシフトだが、単純な投資ではなくて、事業の中に入り、三菱商事の「経営力」をもって主体的に価値を生み出し成長して行くと言うこと。
   簡単に言えば、商事の社員が、投資先の会社に入って経営を行う経営に参画すると言うことだが、そんなことが出来る十分な能力なり資質を持った社員がいると言うのであろうか。
   ローソンで実績を上げた新浪剛史社長のケースもあるのだが、これは、投資するだけではなく、その経営にも最大の関心を払って運営すると言う姿勢だととらえておくのが無難であろうか。
   いずれにしろ、大三菱が、今後の経営の柱として、今更、打ち出すべき戦略なのであろうか、疑問に思った。

   もう一つ、興味深かったのは、大株主でもある三菱自動車の燃費詐称問題について質問された時に、改変の激しい自動車業界において、三菱自動車が、果たしてこのままでよいのか、グループに入ってシナジーを追及することも大切で、むしろ、日産との統合は、そのチャンスを得たのではないか、と言ったニュアンスの回答をしていたことである。
   社長が、東南アジアで三菱自動車の車を売っているので、サポートしたいと言っていたが、私自身は、三菱自動車は、企業のコンプライアンスなど経営には問題があっても技術力などは十分にあるのだし、いわば、バーゲン価格で、大三菱グループを巻き込んだのであるから、日産にとっては、願ってもない統合だと思っている。

   昼から、前の会社での同期会があったので、途中で、三菱商事の総会を出た。
   都営に一つ乗って三田に出て、田町の「牡丹」に向かった。
   集まったのは9人、現役はわずかで、殆ど、悠々自適の老人生活である。
   途中、イギリスのEU離脱如何が心配で、何度もスマホでチェックして、テレビをつけっぱなしにしている妻からの電話を待っていたのだが、仲間たちは、殆ど関心がなかった。
   ゴルフや病気の話、とにかく、いまだに、半分故郷でもあるイギリスの帰趨や国際経済の動きに気を揉んでいる私の方がおかしいのかも知れない。
   お開きの少し前に、妻から、EU離脱が決定的と言うテレビ報道の情報が入った。
   お開きの後、田町の駅近くの居酒屋で、騒いで来年の再会を約して別れた。
   その後、しばらく時間があったので、神保町で本屋をはしごして、夕食を取り、北参道から国立能楽堂に行った。

   この日は、「能楽鑑賞教室」のうちの「外国人のための能楽鑑賞教室」であった。
   日本人用の公演は、10回あるのだが、普及公演なので学生や生徒の団体目当てのために空席が少なくて思うように予約できなかったので、解説は英語でも問題はないし、偶々、最後まで空席が残っていた外国人用のチケットを取ったのである。
   解説は、リチャード・エマート、能に見えて殆ど半世紀で、武蔵野大学文学部教授。
   歌うように美声で能を謡う、凄い先生で、語り口も簡潔で清々しい。
   狂言は、野村万蔵と小笠原匡の「柿山伏」。
   能は、「小鍛冶」。
   シテ/観世喜正、ワキ/殿田謙吉ほか。
   このシリーズの公演のなかでも、是非鑑賞したいと思っていた演者出演のプログラムであったので、素晴らしい舞台を楽しむことが出来た。

   
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映画「神々の山嶺」から能「名取ノ老女」

2016年03月25日 | 今日の日記
   久しぶりの「今日の日記」であるが、この日は、温かったのが急に冬に逆戻りしたような寒くて陰鬱な気候で、夜に千駄ヶ谷の国立能楽堂に行くことになっていた。
   いつものように、庭に出て、何となく庭の手入れをして過ごしたのだが、昼前に、思い立って、辻堂の湘南シネマ109に行って、「エヴェレスト 神々の山峰」を見ることにした。
   大船撮影所があった鎌倉には、映画館がなくて、隣町のシネコンに行かないと、映画は見られないのである。
   美しい日本を維持するために、古都保存と言う文化都市の宿命であろう。

   丁度、春休み時期と重なって、映画館は、大変な賑わいであるが、子供のいない、この映画のシアターも、結構、一杯であった。
   
   この映画は、夢枕獏の作で、実際にエヴェレストに出かけて、5000メートル以上の山の中で、1ヵ月に渡る命懸けの過酷なネパールロケを敢行して作り上げた映画だと言う。
   私は、スイスのモンブランとマッタ―ホーンの麓やユングフラウヨッホ、マッキンレーの麓くらいには行って、雪山を見てはいるが、エヴェレストは、憧れの世界である。
   今でも、鮮明に覚えているが、昔、ボリビアのラパスからサンパウロに向かう飛行機が急降下して、6402メートルの白雪を頂いた高峰イリマニ山を最接近して横切ったり、サンチャゴからブエノスアイレスへの飛行で、遠く南米の最高峰7000メートル弱のアコンカグアを仰ぎ見た思い出が、蘇ってくる。

   さて、この映画は、登頂に成功したのかどうかエベレスト登山史上最大の謎となっているジョージ・マロリーの遺品であるカメラ「ヴェストポケット・オートグラフィック・コダック・スペシャル」を、クライマー兼カメラマン深町 誠(岡田准一)が故買商で見つけて、
   それを発見したビカール・サン(日本国内で数々の登攀記録を打ち立てながら、ヒマラヤ遠征で消えた羽生丈二 (阿部寛)を追って、エヴェレスト登頂を目指す凄い作品である。
   羽生を慕う岸凉子 の 尾野真千子が、良い味を出していて、そのほかのベテラン俳優も健闘していて、素晴らしい映像とエヴェレストの威容が、感動的な映画を紡ぎ出している。
   ラストに流れるベートーヴェンの第九の歓喜の歌はネパール語で歌われているのであろうか、コンサートホールでとは違った感慨である。

   その後、JRで横浜に出て、書店で小時間を過ごして、東横線で北参道に向かった。
   私の場合には、余裕をもって劇場に出かけることは少なくて、遅れたりすることも結構多い。
   この日は、復興と文化と言う企画公演で、復曲能である「名取ノ老女」で、解説書などは、今回発行された特別なプログラムしかなく、残念ながら、遅く着いたので、事前に十分読む時間が取れなかった。

   最初に、毛越寺の延年「老女」が演じられたので、舞台正面には幕が張られていて、老女が、上手の幕間から登場する趣向であった。
   その後、複曲に関わった小田幸子さんや小林健二さんのトーク解説があり、この日は、名取ノ老女を梅若玄祥、護法善神を宝生和英が舞った。
   明日は、夫々、大槻文藏、金剛龍謹が舞う。
   関西の能役者の舞台なので、明日も行くことにしており、印象記などは、その後にしたいと思っている。
   名取からであろう、宮城からバスが来ていて、かなりのお客さんが脇正面席を占めていた。
   
   
   
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国立劇場:文楽・・・「靭猿」「信州川中島合戦」

2016年02月19日 | 今日の日記
   今日は何となく忙しい一日であった。
   11時開演の国立劇場の午前中の文楽第一部の予約をしていたので、そのつもりで鎌倉を出たのだが、10時から始まる能楽祭のチケットを予約しなければならなかったので、電話だけの予約故に、どこかで、電話をしなければならない。
   横浜駅から、何回も電話をしたのだが、予約開始の時間帯には、予約電話の殺到で電話が錯綜していてつながる筈がない。
   結局、車内では電話が出来ないので、渋谷についてから電話をしたところ、繋がったものの、既に時遅しで、意図したチケットは取れなかった。

   劇場のチケットは、普通は、インターネットで予約ができるのだが、能楽協会の公演のチケット取得者は老人が多いので、ITディバイドで、電話予約だけにしている感じである。
   都民劇場のチケット取得も、はがきか電話だけで、インターネット予約ができないのだが、やはり、老人の会員が多いので、抵抗があるのであろう。

   2年前に、ロシアのマリインスキー劇場やボリショイ劇場のチケットをネットで取得したのだが、この時など、ロシア語が時々出てきて戸惑ったが、予約が完了すれば、バーコード付きのチケットがメールされてきて、それをプリントアウトして直接劇場に持ち込んだら、全く造作なく入場できた。
   それ以前に、解放直後のチェコのプラハのオペラでも、それに、イギリスのロイヤル・オペラやニューヨークのメトロポリタン・オペラなど、欧米の劇場のチケットは、もう、思い出せないほど以前からインターネットで取得しているが、何の問題もなかった。
   ロンドンのハー・マジェスティー・シアターなど、20年以上も前だが、「オペラ座の怪人」のチケットを紛失して困ったのだが、これはクレジット・カードで取得していたので、劇場に行ったら、追跡してくれて、すぐに再発行してくれた。

   余談だが、日本は、インターネットに関しては、完全に後進国で、チケット販売は勿論、e-taxなどITガバメントが一向に進展しないのも当然であろうと思う。
   IOT,クラウド等々、ITC革命の凄まじさが、鳴り物入りで騒がれているのだが、企業は勿論多くの組織などでもそうであろうが、日本の老人を主体としたITディバイド、ICT革命への抵抗のために、日本社会全体のインターネット嫌悪環境の存在が、どれほど、日本の経済社会の発展進歩の阻害要件になっているか、考えてみれば恐ろしいと思っている。

   無駄話がながくなってしまったが、あれやこれやで、劇場に着いたのは、11時15分で、「靭猿」は、半分終わっていて、横暴な大名に脅されて、猿引きが、猿を殺そうとして鞭を振り上げたところ。
   これは、先日も、茂山七五三家の狂言「靭猿」をレビューしたが、元々は狂言の曲で、これが、歌舞伎に、文楽に脚色されている人気舞台である。

   興味深いのは、殺されるのも知らずに、猿引きの鞭を取った猿が、鞭を竿代わりにして舟を漕ぐ仕草で踊り出し感動した大名が、猿の命を助けるのだが、その後、狂言では、心を許した大名が、猿と一緒に浮かれて踊ると言うほのぼのとした曲になっている。
   ところが、歌舞伎や文楽は、喜んだ猿引きが、武運長久、御家繁盛、息災延命、富貴万福を祈って、猿を舞わせて、自分や大名たちも踊ると言う安直な祝祭劇になっている。
   文楽の場合は、人形遣いが猿の人形を遣うので、それえほど感じないのだが、狂言や歌舞伎は、可愛い子方や子供役者が猿をコミカルに演じるので、楽しめる。
   猿曳が、三輪大夫、勘壽、大名が、始大夫、文司、太郎冠者が、南都大夫、清五郎、猿は、玉誉、三味線は、清友、團吾ほか。
   軽快な舞台が、面白かった。

   さて、次の「信州川中島合戦」は、「輝虎配膳の段」と「直江屋敷の段」を続けて、2時間の長舞台で、一気に魅せて楽しませてくれる。
   玉男の山本勘助や玉也の長尾輝虎の堂々たる威容も素晴らしいが、やはり、この舞台の主役を遣う和生の勘助の母越路であろう。
   動きを殆どセーブしながら、人形の表情を微妙に変化させて心の襞を丁寧に表現していて、流石である。

   とにかく、この舞台は、実際の信玄と謙信との5次にわたる信州川中島の合戦とは、史実と違っていて、この最後の戦いで、勘助も戦死しており、ウィキペディアによると、
   江戸時代の文学・美術における勘助は、『甲陽軍鑑』をもとに江戸前期から、武田信玄に仕えた「軍師」としての人物像が軍談や実録、浄瑠璃、絵画作品を通じて定着し、勘助の人物像が確立した。また、勘助の家族、とりわけ母の越路(架空の人物)が劇化され、たびたび取り上げられている。特に著名な二作は、
   近松半二、三好松洛ら6人合作の浄瑠璃『本朝廿四孝』の三段目「筍掘り」
   近松門左衛門作の浄瑠璃『信州川中島合戦』の三段目立端場「輝虎配膳」とのこと。
   三国志の諸葛孔明のような「軍師」とあがめられた勘助人気にあやかった近松門左衛門の創作の冴えと言うべきであろうか。

   川中島の合戦で、武田信玄に負けたのは、武田側に、山本勘助と言う素晴らしい軍師がいるからで、これを、逆に、召し抱えようと、長尾輝虎が、直江山城守(幸助)を介在して、勘助の母越路を呼び寄せて仲立ちさせようとするのだが、その意図を見抜いた越路が、輝虎が将軍から拝領した小袖を古着は着ないと突き返し、老母を餌にして勘助を釣ろうとするのかと、輝虎が自ら捧げ持って提供した配膳を蹴飛ばすと言う暴挙。
   越路に付き添ってきた言葉の不自由な勘助女房お勝(簑二郎)が、琴の調べに歌を乗せて舅の命乞いをするのも感動的。
   義太夫と三味線の、希大夫と清馗、咲甫大夫と清介、清公(琴)の名調子、
   和生の越路は勿論、簑二郎のお勝、直江女房唐衣の一輔の女形の素晴らしさ、そして、幸助の直江の凛々しさなど、人形も魅せてくれる。

   「直江屋敷の段」では、お勝の名を語った直江女房唐衣(実は、勘助の妹)の母大病と言う手紙に誘き寄せられて、勘助が、直江屋敷に登場。
   偽手紙の一件で切り結ぶお勝と唐衣の刃に、母越路が、倒れ込んで自害を試み、瀕死の身で、輝虎への詫びと勘助の命乞いを切々と訴える。
   感激した輝虎が、敵に塩を送って、勘助を解放。
   出来すぎたハッピーエンドだが、門左衛門のフィクションながら面白い。
   特筆すべきは、この段で、引退した住大夫の愛弟子文字久大夫の満を持した感動的な義太夫に、源大夫の子息藤蔵の素晴らしい三味線が、観客を魅了する。

   素晴らしい文楽の舞台だと思うのだが、第二部の嶋大夫引退披露狂言が、早々に完売ながら、残念ながら、空席が目立つ。
   第二部と第三部は、千穐楽に観劇することにしている。
   国立劇場前庭の梅は、満開を過ぎた感じ。
   
   
   
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今日一日歌舞伎座で過ごす

2015年10月02日 | 今日の日記
   観劇のはしごは結構するのだが、同じ劇場では、文楽以外は殆どなかった。
   しかし、今日は、珍しく、朝11時から夜の9時前まで、ずっと、歌舞伎座で過ごした。
   本来なら、顔見世公演の11月の方が、良いのであろうが、今月の歌舞伎座の公演は、非常に充実していて、楽しめるのである。
   2日目なので分からないが、何故か、かなりの空席がある。

   私の一番観たかったのは、「阿古屋」で、豪華な衣装に身を固めた玉三郎が、琴,三味線,胡弓を、優雅に演奏して魅了する素晴らしい舞台なのである。
   何年か前に玉三郎の舞台を観て、感激して、今回期待して鑑賞させて貰ったのだが、素晴らしかった。
   また、秩父庄司重忠を演じた菊之助が、凛々しくて良い。

   「人情噺文七元結」は、菊五郎の独壇場の芝居。
    時蔵の女房お兼が、江戸下町の長屋のおかみを好演していて、実に良い。
    玉三郎が、角海老女将お駒を演じているが、淡々と情感豊かに語り部風に、そして、抑揚を付けずに穏やかに語っている語り口が、雰囲気にしっくりと合っていて、上手いと思った。
   この舞台では、涙を誘い聞かせるのは、娘お久だが、尾上右近は、恐らく、決定版と言っても良い程の出来であろう。
   それに、実に美しい知的な乙女姿である。

   「一條大蔵譚」は、仁左衛門の芝居を観に行くようなもの。
   吉右衛門や勘三郎の素晴らしい大蔵卿を観ているが、仁左衛門の大蔵卿は、また、それらとは違った風格と味があって、もう少し、上方風と言うか、京都のお公家さんに近いような雰囲気があって、面白い。

   「髪結新三」は、二世尾上松緑の追善狂言であるから、正に、松緑のために演じられている芝居である。
   これまでの勘三郎などの新三とは、ニュアンスが全く違うが、恐らく、威勢が良くてパンチが利いた憎めないチンピラヤクザ然とした新三のイメージは、松緑のような人物ではなかったかと思わせる上出来の舞台であった。
   亡くなった三津五郎も素晴らしかったが、左團次の家主長兵衛が、抜群に良い。

   とにかく、今月の歌舞伎座は面白い。
   この日、何時もバッグに入っているソニーRX100が電池切れで、歌舞伎座の写真が撮れなかった。

   歌舞伎座の前の交差点を挟んで、群馬県のサテライトショップと言うか、総合情報センター「ぐんまちゃん家」と称する店があって、群馬県産の商品を売っている。
   丁度、「県産品30%OFF実施中」と言うポスターが貼ってあり、利き酒コーナーもあったので、覗いてみた。
   衝動買いで、日本酒とチーズなどの酒の肴を少し買った。
   群馬県に上等なものがないとは思えないが、数軒隣の岩手県のパノラマショップと比べて、例えば、民芸工芸品だと南部鉄瓶だとか岩手には良いのがあるのだが、ぐんまちゃん家の方には、食指を動かすようなものがなく、もう一寸趣味の良い質の高い高級品を置いても良いのではないかと思う。
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国立劇場歌舞伎から国立能楽堂へ

2015年07月23日 | 今日の日記
   梅雨明け合間の雨模様、蒸し暑くて過ごし難い。
   昼前、少し早く鎌倉を出て、澁谷に向かい、国立劇場の歌舞伎まで、少し時間があったので、何時ものように、時間つぶしに、神保町に向かった。
   書店離れと言われながらも、三省堂は、一階だけだが、結構客が入っている。
   古書店は、入れ替わりがあって、私の買っている経済学や経営学、文化文明歴史関連本の新古書を比較的揃えて売っている店が、一軒もなくなってしまった。

   2階に読書スペースのある喫茶コーナーを設けて、本を買った客に飲み物を提供する古書店が出来て、小休憩に重宝している。
   特に専門はなさそうで、雑多な本を売っているのだが、気付いていなかったような古い本の新本があったりして、結構面白い。

   国立劇場は、歌舞伎鑑賞教室の「義経千本桜」。
   今回は、「渡海屋の場」と「大物浦の場」を、渡海屋銀平実は新中納言知盛を演じるのが菊之助、銀平女房実は典侍の局を梅枝が演じると言う人気狂言であるので、殆ど、発売直後に完売すると言う盛況である。
   この義経千本桜は、吉右衛門の監修で、硬軟取り混ぜて殆どどのような役柄でも水準以上に器用にこなす菊之助が、岳父の吉右衛門の十八番の知盛を直々の指導で演じると言うのであるから、日頃、断トツに美しくて華麗な女形の菊之助の魅力にゾッコンの観客にとっては、願っても叶ってもない素晴らしいチャンスなのである。
   ところが、この歌舞伎のチケットは、親子で楽しむ歌舞伎教室で、更に安く先行販売されているので、ソールドアウトと言っても、観客の大半は、小学生くらいの子供を伴った親子連れ。
   当然、客席の雰囲気は、違ってくる。
   歌舞伎の舞台は、菊之助や梅枝の名演で、大変な熱気。
   尤も、小学生が多い観客席にしては、流石に日本人で、捨てたものではない。
   この舞台の印象記は、後日に。

   何時もの通り、観劇を梯子しているので、歌舞伎が撥ねたのは、5時10分で、次の国立歌劇場の開演時間は、6時きっかり。
   急がなくてはならない。
   メトロは、永田町から渋谷乗り換えで、北参道へ、ギリギリである。

   国立能楽堂のプログラムは、企画公演で、
   仕舞・宝生流「藤」 高橋章ほか
   仕舞・観世流「藤」 木月孚行ほか
   狂言・大蔵流「鬼ケ宿」 茂山あきら、茂山茂
   能・観世流「梅」彩色之伝 シテ観世清和宗家、ワキ福王茂十郎、アイ茂山七五三

   「梅」は、賀茂真淵などの新作能だと言う。
   花と言えば桜、と言うばかりが古説ではないと、梅を愛で、後シテ梅の精が優雅に舞い、序ノ舞が、素晴らしく美しい。
   清和宗家がシテを舞う素晴らしい舞台であったが、直前までチケットが残っていたのは、曲が珍しかった所為であろうか。
   京都の重鎮狂言師茂山七五三が、実に真面目で真剣な舞台を務めていたのが印象的であった。

   同じく京都の茂山家の狂言「鬼ケ宿」は、井伊直弼が死の前年に作曲した曲で、茂山家を後援していたと言うから、茂山千五郎家にとっては大変な狂言なのである。
   安政の大獄については多少行き過ぎがあったかもしれないが、私は開国派であるし、直弼にこれ程のエスプリ心があったとは、驚きでもあった。
   かなり込み入った重厚な狂言で、あきらの飄々とした狂言舞が結構見せてくれたし、茂のパンチの利いた女も面白かった。


   8時40分に舞台が終わって、帰宅したのは、2時間後、そんなものである。
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梅雨の合間の晴れた日の観劇(能・狂言&歌舞伎)

2015年07月12日 | 今日の日記
   一昨日から、急に天気が良くなって、太陽が出てきた。
   鎌倉からなので、同じ、観劇に東京へ出かけて行くためにも、晴天で気持ちの良い日の方が良く、何となく楽しさが増すようで面白い。
   何も、鎌倉と言っても、普通のビジネスマンなら、通勤なのだが、偶に出かけて行く人間にとっては、多少、意識が変わってくる。

   この日は、国立能楽場で、普及公演に行くことになっていて、偶然に、歌舞伎座の夜の部でチケットが取れたので、梯子することになった。
   歌舞伎座へは、3日にダブルブッキングで、次女に代わって行って貰っていたので、諦めていたのだが、圓朝の牡丹燈籠の歌舞伎バージョンを観たくて、歌舞伎座のインターネットを叩いていたら、3階A席が、たった、1枚だけ、11日夜の部が残っていた。
   1階や2階の上等な席は、かなり残っているのだが、復活観劇であるので、安いチケットで辛抱することにした。
   多少遠くて上からの観劇なのだが、新しくなってからは、花道のすっぽんは良く見えるし、ニコンの双眼鏡のお世話になれば、全く、不都合はない。
   4列目のほぼ中央で、前の席の人たちが女性で背が低かったので、観劇には、何の支障もなかった。

   さて、この牡丹燈籠の歌舞伎の舞台は、8年前に、この歌舞伎座で、玉三郎と仁左衛門で観ているのだが、殆ど記憶がなくて、昨年、歌丸で聴いた牡丹燈籠の「お札はがし」の方の印象が強く、それに、圓朝の「牡丹燈籠」の噺を、全編読んで見て、印象が全く違って来たので、俄然、今回の「牡丹燈籠」を見たくなったのである。
   この観劇記は、後日に書きたい。
   

   面白いのは、歌舞伎座の対面にある岩手県のアンテナショップの「いわて銀河プラザ」で、政府が設置した「地域住民生活等緊急支援のための交付金」を活用する地方創生キャンペーンとして岩手県の物産を3割引きで売っていた。
   時間がなかったので、良く考えずに、急いでワインのお伴にと思って肉製品を何種類か買って帰ったのだが、結構、楽しむことが出来た。


   国立能楽堂は、普及公演なので、冒頭に解説があって、今回は、松岡心平教授の「働いている江戸期の能楽」。
   今月は、「江戸時代と能」と言う月間特集なので、これに関連して選ばれたテーマだが、私にとっては、少しずつ能楽についての知識が増すと言った話であった。
   興味深かったのは、「能はリベラルアーツだ」と言う教授の見解で、能には、源氏物語や平家物語や伊勢物語や、和歌集・詩歌など多くの芸術を内包していると言うことであろう。
   江戸時代に、源氏物語を教養の書として権力者たちが学んだと言う話を知ったのだが、知性教養を養って高い知見を求めて学び、精神を高みに高揚して行く、と言うことはいずれの時代においても大切なのであろう。
   欧米でのりベラル・アーツの概念は、もっと広範囲の基礎的な学問、科学や芸術などをカバーするので、能がリベラルアーツと言うのには、多少違和感があるのだが、日本人が国際舞台で活躍する場合に最も欠けていると言われており、日本の古典芸術に秀でると言うのも、良いことかも知れない。

   私の場合、能・狂言の鑑賞を始めて、やっと、4年弱。
   少しずつ、楽しめるようになったと言うところだが、むしろ、文学や歴史の勉強や、土地勘と言った外堀から、近づいて行っているような気がしている。

   この日の狂言は、三宅右近ほかの和泉流「簸屑」。
   能は、シテ井上裕久、ワキ工藤和哉ほかの観世流「大瓶猩々」。
   酒好きの猩々たち5人が、舞台上で、優雅に群舞すると言う変わった趣向の能で、江戸時代の綱吉の頃に作曲されたと言う。
   観世流にしかない曲とかで、殆ど上演機会がないと言う。
   猩々たちは、頭髪も衣装も赤づくめなのだが、殆ど同じ舞姿ながら、赤く彩色された5人の猩々の面の表情が、夫々に相当異なっていて、そのキャラクターの差が興味深かった。
   正味2時間であるから、この能楽堂主催の舞台は、私には格好で、多岐に亘ってプログラムが上手く組まれて上演されているので、かなり、能・狂言へのアクセスを助けて貰ったと思っている。
   
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