熟年の文化徒然雑記帳

徒然なるままに、クラシックや歌舞伎・文楽鑑賞、海外生活と旅、読書、生活随想、経済、経営、政治等々万の随想を書こうと思う。

国立劇場:歌舞伎~「日本振袖始」「曽根崎心中」

2011年11月30日 | 観劇・文楽・歌舞伎
   今回の舞台は、時間的にインフレートしたと言うか、「日本振袖始」には、序幕の「出雲国簸の川川岸桜狩の場」を付け加えたり、「曽根崎心中」の「北新地天満屋の場」で、お初(藤十郎)と徳兵衛(翫雀)が、夜陰に紛れて逃走した後に、九平次(鶴亀)が落とした筈の印判が見つかって悪事がばれて、徳兵衛の義父平野屋久右衛門(竹三郎)に取っちめると言うシーンが、挿入されている。
   後者は、本来なら、悪者が罰せられると言う結末が見えて観客にとっては、溜飲が下がるところだが、近松の原文のように、「顔を見合わせ、あゝ嬉しと、死にに行く身を喜びし。あわれさ、つらさ、あさましさ、後に火打ちの石の火の、末こそ、短けれ。」で終わる方がはるかに、余韻があって良い。
   全くの蛇足である。
   憎々しくてパンチの利いた鶴亀の迫力のある九平次の良さが完全に死んでしまっている。
   「日本振袖始」の方は、話が良く分かって、これは、これで成功だと思う。

   「日本振袖始」は、素戔嗚尊(梅玉)が、八岐大蛇(魁春)を成敗して、生贄に差し出された稲田姫(梅丸)を助けて、宝剣を取り戻すと言うだけの単純な神話の世界で、ようするに、軽量なスペクタクルを見せる芝居だが、一寸気になったのは、登場人物の衣装が、あの神話の世界のムードではなくて、平安朝モードであることである。
   魁春の八岐大蛇の迫力と、7人の小型の大蛇の群舞に、胴体に成ったり尾に成ったりと変化する造形の美しさは流石であった。
   侍女くまざさの松江のコミカルな演技や個性的な乳母くまざさの歌江などが面白かったが、梅玉としては定番の演技でまずまず、梅丸の稲田姫が可愛かったものの一寸声が悪くて興ざめであったのだが、気が付かないのであろうか。

   藤十郎のお初は、国立劇場では初めてのようだが、襲名披露の時の舞台でもあったし、既に何度か見ている。
   非常に上手くて、今回も、随所に意欲的に新趣向を取り入れていて、びっくりする程芸の確かさに感動するのだが、やや、マンネリで、1300回と言うが回を重ねれば良いと言うものではない。
   私は、むしろ、翫雀の徳兵衛に、扇雀のお初の方を見たいと思っている。
   人形浄瑠璃と違って、舞台で演じる役者の場合には、視覚芸術である以上、イメージも大切な筈なのである。

   私は、「曽根崎心中」は、はるかに、文楽の方が良いと思っている。
   玉男と簑助 の舞台は最高だと思っているし、特に、「曽根崎の森の場」での、冒頭の「この世のなごり、夜もなごり、死にに行く身をたとふれば、あだしが原の道の霜、一足づつに消えて行く、夢の夢こそあはれなれ」と大夫が語り始めると、堪らなくなってしまう。
   この歌舞伎も、それまでに、対話劇が、一気に語りと三味線に合わせた舞踊劇のような様子を呈するのだが、あの文楽の切れ味の良い悲痛感と言うか一種の恍惚感は、滲み出て来ない。
   最後の幕切れだが、徳兵衛が、お初に脇差を突きつけたところで幕がおりる。
   あのカルメンでも最後のシーンは演じるし、文楽のように潔く断末魔の崩れ折れと言う程リアルにする必要があるとは思えないが、いつも、消化不良の感じがして落ち着かない。
   批判ついでにもう一つ、曽根崎の場のバックシーンは、巨大な松が何本も植わった鬱蒼とした森だが、曽根崎は、梅田(埋めた田)にあって、田んぼが広がっていて、多少茂った鎮守の森でも、ドイツのブラック・フォレストのような森ではない。
   同じ境内でも、大坂の街中の森は、もう少し優しい筈であるから、悲劇が生きて来るのである。


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佐倉城址公園の晩秋の香り

2011年11月29日 | 花鳥風月・日本の文化風物・日本の旅紀行
   時々、思い立ったように佐倉城址公園を訪れることがある。
   春の桜シーズンや、秋の紅葉シーズンには、特に休日など、結構沢山の人出で賑わうのだが、普段は、ひっそりとしいて、婦人たちの小グループや、犬を連れた近所の人や、散策をする老夫婦がちらほら見える程度で、寂しいくらいである。
   園内のくらしの植物苑の古典菊展示も終わって、そろそろ、冬支度である。

   何時もなら、紅葉の美しいシーズンなのだが、至って殺風景で、彩が少ない。
   かなり紅葉が密集していて華やかな空堀のもみじが、まだ、青々とくすんで色をしているので、華やかな紅葉は、もう少し先の話になるのであろう。
   茶室の庭のモミジは、大杯であろうか、鮮やかな赤色に染まっていて、大きな葉を広げている。
   しかし、どんよりとした曇り空では、折角の彩が死んでしまって、残念である。
   紅葉は、綺麗な秋晴れの空をバックに、逆光で見るのが一番美しい。

   くらしの植物苑前片側の銀杏並木は、今、美しい。
   2百メートル弱の長さだが、気候条件が違うのか、殆ど葉が散った木もあれば、公園に面した方は、綺麗な黄金色に染まっていて、1本だけ、まだ、緑の葉をつけている木が残っている。
   東大の銀杏並木も、美しい頃であろうか。

   姥が池のスイレンも終わって、葉っぱだけが広がっている。
   池畔に近い枯れ木の塊の上に、4羽のカモが眠っている。
   夫々、頭を反転して体に埋めて、一本足で立って寝ているのだが、鶴もそうだと言うことで、一本足の方が地面にしっかりと固定するのであろうか。

   一本の枯れ木に、烏瓜の赤い大きな実が、沢山ぶら下っている。
   子供の頃に、宝塚の田舎で随分見たのだが、あの頃は、カラスのマクワウリと呼んでいたような気がする。
   卵より少し小さな細長い楕円形の実で、潰して中から種を採り出すと、頭のない奴のような形をしたおかしな形の硬い実なので、良く覚えている。
   打ち出の小槌のような形でもあるので、縁起が良いと言うことで財布に入れるらしい。
   図鑑で調べると、夏に、五弁の白い花をつけて、その花さきに、白くて細い沢山の糸状の紐を伸ばしている。
   葉が枯れて、柿より少し濃い赤色の実だけが、枯れ木に纏わりついているので、木の実のように見える。
   カラスが食べたのか、一つだけ、半分食いちぎられた実が残っていた。

   
   
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国立能楽堂・・・狂言の会

2011年11月28日 | 能・狂言
   先月、茂山会の狂言を見るために、初めて、国立能楽堂を訪れたのだが、今回も、狂言単独の舞台が公演されると言うことで、興味を感じて出かけた。
   狂言では、狂言師が幼少の砌、初舞台を踏み最初に拓く演目が、「靱猿」と言うことで、私の場合、狂言鑑賞には、全くの初歩でもあり、千五郎一門の舞台なので、非常に期待できそうだったし、それに、昨年亡くなった万之介に代わって万作が演じると言う「酢薑」や、祇園祭の出し物が主題だと言う「鬮罪人」も面白そうで、楽しみであった。
   
   「靱猿」は、遠国の大名が、遊山に出かけた途中で、猿引に出会い、その猿の毛並みに惚れて、矢を入れる靱を猿の皮で飾りたいと思ったので、強引に皮を貸せと猿引に強要するのだが、皮を剥げば猿が死ぬと断る。
   大名が矢を構えて脅すので仕方なく同意して、猿に言い聞かせて鞭を振り上げるのだが、その鞭を奪った猿が、船を漕ぐ芸を始めるので、猿引は可哀そうになって号泣する。
   大名も猿を哀れに思って思い止まると、猿引は喜んで、猿歌を謡って猿に舞を舞わせる。
   大名は、舞う猿の可愛らしさに引かれて、猿引に褒美を与えて、自分も、猿の舞を真似て一緒に舞う。

   こんな話だが、居丈高で傍若無人に振る舞っていた大名が、次第に、情愛に触れて心を入れ替え、猿の可愛いしぐさに惚れ込んで、無邪気になって自ら踊り出すと言う天真爛漫の人の良さと、猿引の猿への愛情が滲み出ていて、それに、猿を演じる子役が実に可愛くて、和ませてくれる。
   太郎冠者は、この猿引と大名の間を右往左往して取り持つ役割なのだが、中々、愛嬌があって面白い。
   大名を当主千五郎、猿引をその弟の七五三、太郎冠者は千五郎の長男正邦、猿を正邦の弟茂の長女莢が演じていて、親子兄弟3代の舞台である。

   猿を演じる莢ちゃんが女の子であることもあって、実に優しい仕種で、寝転がったり、ノミ取りで手足を掻いたり、それに、船漕ぎや後半の猿歌に合わせて踊る舞などは、どちらと言えば、多少たどたどしい感じなのだが、それが、実に、可愛らしさと健気さを増幅させて、ほろりとさせる。
   大音声で大見得を切る千五郎の大名の迫力と居丈高さは流石であるが、その千五郎が、猿引の猿への情愛に絆されたと思うと、今度は、幼稚園の児童よろしく、不器用な仕種で、小猿を真似て、床を転がったり遊戯(?)をする可笑しさ。とにかく、変わり身の鮮やかさが、流れるようで素晴らしい。
   その分、やや、スマートで灰汁のない七五三の猿引の実直さ真面目さは秀逸で、その対照の妙が面白い。
   正邦の太郎冠者は、非常にオーソドックスな感じで、シチュエーションの変化を微妙に感じながら、二人の間を上手く取り持っている。
   普通は、子供が猿になると親が猿引になり、祖父が大名になると言うケースが多いようだが、やはり、親子での協演の心の通いや、猿引よりは、大名の方が、芸の習熟度と年季が要求されると言うことからであろうか。

   次の「酢薑」だが、摂津の国の薑売り(石田幸雄)と、和泉の国の酢売り(万作)とが、都で出会って売り場争いをして、お互いに、夫々の由緒正しさを、洒落や言葉遊びを入れて言い争うと言う狂言だが、とにかく、系図に天皇が飛び出すなど話はあっちこっちに飛んで展開するのだが、殆ど、ふたりの言葉、すなわち、台詞の応酬なので、狂言初歩の私には、よく聞き取れないところがあって、まだ、その良さが分からず仕舞いであった。
   素囃子の「中ノ舞」は、囃子方の演奏だけなのだが、クラシック音楽を聞くと言った調子には行かず、私には、胡蝶の精や西王母の仙女だと言われても、良く分からなかった。

   最後の「鬮罪人」は、非常に面白かった。
   大蔵宗家の吉次郎が、シテ/太郎冠者を、彌太郎が、アド/主を演じ、善竹十郎他が立衆/客を演じる。
   主が祇園会の世話役になったので、祭礼の行列に出す山の趣向を決めるために、町衆を呼んで相談するのだが、色々な趣向が出るけれど、話の中に割り込んで来て、悉く、太郎冠者が潰してしまう。
   逆に、案を聞かれた太郎冠者が、山と広い河原を作って、地獄で鬼が罪人を責める趣向を提案し、主は反対するのだが、決まってしまう。
   主が、罪人のなり手は誰もいないと言うので、鬮で決めることにするのだが、運悪く、主が罪人になり、太郎冠者が鬼になる。
   早速、稽古が始まるのだが、日頃の憂さ晴らしにと、太郎冠者が、調子に乗って、主を杖で打ち据える。
   結局、怒った主が、逃げる太郎冠者を追いかけて幕となる。

   睨まれれば、袖で顔を隠して逃げ回る小心者の太郎冠者が、知恵を活かして、主に一矢報いると言うところだが、何かと言うと口を挟む太郎冠者を、あっちへ行っておれと主が怒って座を外させるのだが、遠くで聞いていて、何かと言うと即座にしゃしゃり出て決まりかけた話を壊してしまう。
   イライラして、主は睨みつけ遠ざけるのだが、「言わずばなるまい」としゃしゃり出る太郎冠者との、ミスマッチの人間模様が、二人のキャラクターや容貌の妙もあるのだが、兄弟とは思えない程対照的で、非常に面白い。
   
   これまで、シェイクスピアやその他の多くの喜劇を見て来たつもりだが、やはり、狂言の、非常に短時間の中に凝縮して、殆ど、舞台装置や道具類を使わずに、研ぎ澄まされた台詞と仕種だけで、人間の心の奥底に潜む笑いと諧謔、ウイットを浮き上がらせる芸の素晴らしさは、短歌や俳句にも通じる良質な芸術だと言うことであろうか。
   いずれにしろ、楽しむためにも、もっともっと、鑑賞の機会を重ねて勉強すべきだと言うのが、今の心境である。
   
   
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福澤諭吉は漫画を読んだであろうか

2011年11月27日 | 生活随想・趣味
   インターネットを見ていたら、慶應大学での売り上げNo.1の本は、漫画であると言う記事が載っていて、大体、どこの大学でも、学生間のベストセラーは、漫画だとか、試験や資格取得のためのノウハウ本だとかと言った実利的、安直な本が多くなったと言うことである。
   他のブログでも、慶應と早稲田の生協のベストセラーは、漫画だと公表されていたが、それに、学生が読む本の平均が、月1.4冊だと言うことであるから、我々が学生であった頃の読書傾向と大いに違っていて興味深い。
   先日、地下鉄の中で、ビル・クリントンの新著「BILL CLINTON Back to Work」を読んでいたら、隣に座ったパリッとスーツで決めた若いビジネスマン(?)が、徐に、厚い漫画雑誌をカバンから取り出して読み始めたので、私は、日経ビジネスに切り替えた。
   この私の行動が良いか悪いかは別にして、最近、若い男性が、電車の中で、漫画を読んでいる姿をよく見かけるのだが、逆に、若い女性が、日経新聞を読んでいるのに出くわすことが多いのと、対照的で面白い。

   私は、孫に、学習漫画「日本の歴史」を買ってやっているが、「全国学校図書館協議会」と「日本子どもの本研究会」の選定図書であり、東大教授などの歴史学者の監修であり、中身を見てもかなり高度で、分かり易いのだが、マルクスの「資本論」スミスの「国富論」などが、どこまで、漫画本でフォローできるのか難しいであろうと思う。
   しかし、本屋の店頭でパラパラ見てみたが、漫画雑誌の多くは、それ程高度で知的満足を与えてくれるようには思えないし、競馬新聞を持っていた御仁の読んでいた漫画雑誌を、ちらりと覗きこんだら、赤面せざるを得なかったのだが、いずれにしろ、同じ絵であっても、漫画本の絵は、美術館の絵のような知的美的感覚を満足させてくれるようなものを期待するのは無理であろうと思う。

   漫画と言うか、アニメと言うか、このジャンルの本や絵やグッズなどが、欧米で大変な人気を博して、若者たちの関心を集めていると言うことであり、ジャパン・クール人気の一角を占めていると言うことで、誇るべき日本文化なのかどうかは、私には分からないが、某総理が漫画好きでゴルゴ13に入れあげて、漫画館と言うか、国家施設を作ろうとした国であるから、とにかく、日本の今様文化の発露なのであろうは思っている。
   それに、比較的程度の高い専門書的な本は、元々、売れる部数も少なくて、漫画や一世を風靡したようなベストセラー小説などは、販売部数も格段に多いのだから、比率的にも、ベストセラーに躍り出るのは必然だと考えてもおかしくないので、気にすることもないのかも知れない。
   大体、新聞や書店のベストセラー・ランク表も、ジャンル別だし、いくら売れても、漫画本などは、勘定に入れていないのである。

   私に言えることは、同じものを、物語で読む場合でも、或いは、専門的に勉強する場合でも、私は、漫画本ではなく、活字本で読みたいと思うし、漫画で扱うようなジャンルの本には興味がないし、漫画を読むことはないであろうと言うことだけである。
   私が問題にしたいのは、安直な直観感覚で読める漫画云々よりも、むしろ、学生の読書量の少なさの方である。
   インターネットなどを筆頭に多くの手段があるので、本だけに拘ることもないとは思うのだが、それでは、何でもって、人格や教養を磨いたり、また、質の高い知的美的満足を得るのであろうかと言うことである。
   私は、先達の叡智が凝縮された書物程、素晴らしいものはないと思っているし、その素晴らしさの片鱗にでも触れて、感動することが、如何に幸せかを知っているので、本を読むことが、自分を磨くためには、一番良いことだと思っている。

   先日、大学生に、試験の時に、教授が教えたことを出来るだけ正確に回答した方が良い成績を貰えるのかと聞いたら、そうだと言っていたので、知識だけを叩き込んだコピー学生ばかりを生み出す大量生産時代のスペアパーツ製造教育から一歩も進んでいないことを知って愕然とした。
   欧米では、教授の教えたことだとか、教科書や参考書等から得た知識だけでは最低限の要求さえ満たしておらず、貴方はどう考えるのかを求められており、自分でさらに考えて付加価値を付けて回答しなければ合格点は貰えない。

   私は、京都の学生の時には、授業に出たことのない科目でも、学生団体が売っていた講義ノートを買って受験して単位を取った経験があるのだが、アメリカでのビジネス・スクールでは、毎日、100ページ以上もあるリーディング・アサインメントをこなすなど膨大な専門書や資料を読み続けたし、他の専門書なども含めて、2年間に大変なボリュームの本を読んできたので、今もその習性が続いている。
   本を読めば読むほど、どんどん、問題意識や興味の対象が広がって行くので、次から次へ読み続けると言う連鎖反応が起こるので、止められないと言うのが正直なところである。
   
   手元に、サミュエル・スマイルズの「自助論 Self-Help」がある。
   当時、慶應大学の創始者福澤諭吉の「学問のすゝめ」とともに、最も読まれた本だと言う「人生指針の書」と言うことだが、本について、「本は少なくともいい、とにかく「一流」を繰り返し読む」とか、「「暇つぶし」の本が一生を決めることも」と言ったサブ・タイトルがある。
   文章の全体や後先を考えないと誤解を招くのだが、ここで言っている本は、一流の本のことで、とにかく、良書に接することや良書の効能を述べていることは間違いがない。
   とにかく、自分を磨くためには、良書を求めて本を読めと言うことであろう。
   
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ジム・ロジャース:今こそ日本買いの好機だと言う

2011年11月26日 | 経営・ビジネス
   何回かチャンスがあったのだが、初めて、ジム・ロジャースの講演を聞いた。
   「世界経済と私の戦略」と言う演題だが、中長期的な中国の将来性やコモディティ投資の有望性など、殆ど基本的な投資戦略については、これまでの理論展開とは変っていなかったが、今回は、特に日本株や日本円への投資の有望性について強調して居たのが印象的であった。
   騒がれている新興国については、現在の中国の直面する経済的な苦境についても、短期的には比較的悲観的な見方をしており、インドについては、観光は良いが投資はダメで空売りしたし、自分の冒険旅行本を読んでくれと言った調子で有望視しておらず、現下では、経済不況が当分続きそうなアメリカやヨーロッパと同じように、投資先としては、ペシミスティックな見方をしており興味深かった。

   私が読んだジム・ロジャースの著書は、2冊の自動車とバイクの世界発見冒険旅行本と、「中国の時代」と「商品の時代」で、娘のために書いた2冊は読んでいないが、ギネスブックにも載ったと言う116ヵ国を踏破した政治経済社会視察の冒険旅行は、大したものだと思っている。
   エール大とオックスフォード大(修士)で学んだ俊英で、ジョージ・ソロスとともにクォンタム・ファンドを設立して投資業界で一世を風靡したジム・ロジャースが、第一線を引いた後、自分の脚で、苦労惨憺を重ねて世界中を回って、実地に政治経済社会の現状を視察したと言うのだから、その上での、世界経済論であるから、一寸毛色が変っているが深みがあり、それに、非常に重みがある。
   面白かったのは、フィアンセと旅を初めて途中で結婚し、その後、新世紀初めに、娘を授かり、時間の無駄だと拒否していた子供がこれほど大切なものかを悟って、100%自分の考え方が間違っていたと懺悔して、二人の小さな娘とのべたべたのシンガポール生活を目を細めて語っていたことである。
   「I'M The DADDY」と白く染め抜いた黒いTシャツを着て、愛娘と写した2ショットを、誇らしそうに披露していた。

   アジアが投資先として有望なのは、須らく、中国の将来性に大きく期待しているからで、カナダが経済的に成長したのはアメリカに隣接していたからだと言う例を引いて、いわば、昔、日本経済の驀進で東南アジア経済が発展を続けた時の雁行理論のようなことを語っていた。
   投資先としては、ミャンマーについては、ワクワクする程刺激的だが、アメリカ人だから国交断絶で投資できないが残念だと言い、北朝鮮も、スリランカも、魅力的だと言う。
   要するに、これまで、政治的な問題や戦争などで危機的な状態にあって沈滞していた国が、平和になったり政治的に安定してくると動き出すので、経済発展が大いに見込めると言うことである。

   日本経済については、今後の成長見込みや将来性については、一切語らなかったが、長らくの低迷で、28年前の株価に下がった割安の日本株は買いの好機だと言う見方を示し、また、アメリカやヨーロッパ経済圏が経済不況で混乱するなか、円は逃避先として資金流入が見込まれるので、当分、円高基調が継続すると言う。
   損をした円が、日本に還流してくるが、この資金は、投資には回らず、商品や株式に向かう。
   ただし、株なども安いからと言って買うのではなく、中国の場合にも言えるのだが、まだ、もっと下がる可能性もあるので、どこまで下がるのか、見極めが大切だと言う。
   日本株については、津波の後、買い増したと言いながら、少子化の将来を見越してか娘のためなのか、タカラトミーやサンリオ株も買っていると言う。
   面白いのは、中国株は、買っていないが、持ち株を売らずにホールドしているのは、娘や孫のためだと言っており、短期悲観、長期楽観の中国観が面白い。

   今回、興味深かったのは、アメリカ経済に対するかなりの悲観的な見方で、アメリカは、世界最悪の債務超過国であり、B/Sが最悪で、実態は、EUのどこの国よりも悪いと言う見解である。
   アメリカを見限って、ニューヨークの家を売り払って、中国の将来を見込んで、中国語が幅を利かせる治安や環境に心配のないシンガポールに移り住んでしまったのであるから、当然であろうが、バフェットなどと考え方が違っていて興味深い。

   投資先としては、まず、農業が最も有望で、次は、貴金属で、次は、日本のETFだと言う。
   投資判断は、何を基本に考えているのかと言うことだが、指標については、バランス・シートについては、かなり、チェック検討しているようだが、他のPERやPBRと言った投資指標などは参考程度で殆ど考慮していない感じで、もっと、根本的な経済状況や経営状況など基本的な歴史上のファンダメンタルを考えているようである。
   特に、そのような見方が顕著なのは、コモディティ投資への姿勢で、長期的には、天然資源不足、食糧不足のトレンドであるから、将来的にはブル相場が期待できるのだが、長期的な価格低下傾向が継続し、その業界での生産設備等の投資が長く滞っているようなコモディティについては、価格が低迷している割安の時に、投資を仕掛けているようである。
   本人は、船が傾いたら反対の方へ行くと言っていたが、世界や世の中の趨勢とは、全く違った逆の方向を目指すことで、特に、長期的なベア相場が続いて、世界全体が沈滞ムードに沈潜している時こそ買い時だと言うことであろうか。

   今、1970年代の状況に良く似た状況にあると言う。
   日本が、特にそうだと言うのだが、もう一度、ゆっくり振り返ってみようと思っている。
   いずれにしろ、10年で60%の円高でも、びくともせずに、いまだに貿易の黒字基調を続ける日本であるから、円高など乗り越えるであろうし、このまま、殆どの有望企業の株価が、帳簿価値よりもはるかに低い価格で推移して行く筈がなく、将来、必ず、ブル相場が復活してくると言うのが、ジム・ロジャーズの日本経済論であろうか。
   円も、日本株も買い時だと言うのだが、まだ、下がって行くような気がしている。
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徒然なるままの友との語らい

2011年11月24日 | 生活随想・趣味
   還暦を過ぎると、大体、一線を離れる人が多いので、かなり時間に余裕が取れる所為か、何故か、同窓会など、日頃あまり頻繁に会わない人たちとの、出会いの機会が増す。
   私など付き合いが悪い方なので、この同窓会にも遠慮勝ちで、高校以下は、関西なので、殆ど行くこともない。
   大学は、京都ながら、関東にいる人が多いので、東京の同窓会もかなり活発であるが、私の場合には、アメリカの大学院の同窓会には、出ることが多いのだが、大学でも同窓会には出ることが少ない。
   何故かと言われても、特に、理由がある訳ではなく、友人に聞いてみると、出る人は殆ど同じで、出ない人は出てこないと言うことである。

   会社関係の場合でも、同期入社の集まりには出かけて行くが、OB会のような組織には入っていないし、今更、会社の同窓会でもなかろうと思っている。
   私のケースは、特別なのかも知れないが、友達と一緒に時間を過ごすことよりも、自分でやることややりたいことが多くて、時間を持て余すとか、時間つぶしに困ると言うことがない所為ではないかと思っている。
   例えば、本でも、読みたい本がいくらでもあって、時間が足らないくらいである。

   しかし、親しい友人たちや、何らかの形で繋がっている人たちとの会合は、比較的小グループの集まりだが、いそいそと出かけて行くことが多い。
   これは、理屈なしに、会っていて楽しいからである。

   会って話す場所だが、昔から考えると、大分変ってきたように思う。
   アラスカでプロジェクトを追っかけて来た呉越同舟の仲間との会合だが、上野の杜の桜並木に面した「韻松亭」の茶室で、昼の時間を楽しんでいる。
   かなり人通りのあるところだが、非常に閑静な雰囲気で、ゆっくりと、和食を頂きながら、美酒を楽しむと言う寸法である。
   4人とも、海外経験が長くて、その方面の話が多いのだが、悲しいかな、グローバリゼーションの時代だと言いながらも、日本では、大ぴらに海外の話をすると嫌がる人が多くて、こんな仲間としか話せないと言うこともあるのだが、お茶の先生の博士もいるし、フィギュア・スケートの役員もいるし、貿易商もいるので、結構、話が弾むのである。
   
   イタリアン・レストランを会合場所にして、2か月毎くらいに会ってだべっているのは、親しい大学の同期生の集まりだが、これは、長い間続いていて、レストランが潰れたりして、何度か場所を変えているのだが、これは、話題は、政治経済などカレント・トピックスが多い。
   同じ同期生でも、既に鬼籍に入った友もいたり、体調を崩している友達もかなりいるのだが、この5人のグループは、皆、至って元気である。
   頻繁に会っているので、大学の頃の話や、京都の話は、何故か、殆ど出てこない。

   いろいろ他にもあるが、もう一つ一寸異質なのは、アメリカ時代のウォートン・スクールの同期会で、私などは年嵩の方で、まだ、現役パリパリで重職についている人が多いので、参加者は日によって違うが、話題は、結構高度な話が多い。
   もう、かれこれ40年近く前の話になるので、フィラデルフィアの話よりも、インドや中国の話の方が多くなる。
   これは、これまで、各企業が保有していた、或いは、保有している倶楽部が、会場になっている。
   やはり、日銀など、或いは、トップ企業は素晴らしい施設を持っていて、羨ましいと思っていた。

   私の場合には、やはり、最近は、家族関係の会食の方が多くなってきた感じである。
   忘年会シーズンが近づいてきたが、昔のように、気持ちが動くことも少なくなってきた。
   
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中国の電気自動車・・・正に、破壊的イノベーション

2011年11月22日 | イノベーションと経営
   中国の電気自動車については、バフェットが投資しているBYDが先行していると言う話は聞いていたが、「決別―大前研一の新・国家戦略論」に書かれている中国のドラスティックな「電気自動車の普及支援策」を読んで、クレイトン・クリステンセンの「イノベーターのジレンマ」を思い出した。
   今、中国では、北京、上海、長春、深圳、杭州、合肥の六つを個人向け新エネルギー車の普及モデル都市に指定して、個人が電気自動車やプラグイン式ハイブリッド車を購入する際に補助金を付けることとして、1台売れるごとに約60万円の補助金が、メーカーに入るので、対象車の販売価格は大幅に下げられ、更に、一部のモデル都市では、補助金を上乗せしたり、タクシーも公用車も補助の対象になるのだと言う。

   これが普及し標準化すると、中国全土に波及し、世界の自動車産業は、間違いなく中国がリードすることになると言うのであるが、興味深いのは、EUやアメリカや日本は、伝統的な自動車産業が強く、道路網やスタンドのネットワークなどがほぼ全国に固まってしまっているので、急速なキャッチアップは、無理だろうと言うことである。
   日米欧の自動車メーカーは、内燃機関を突き詰め、エレクトロニクスを駆使して精密で高性能なエンジンを創り上げて来ており、動力がエンジンからモーターに変れば競争力が失われてしまうわけだから、既存の自動車メーカーのエンジニアとしては、電気自動車には手を出したくないのが本音であり、どうしても一歩遅れがちになると言うのである。
   それに、最近、マツダが、帆船効果よろしく、ハイブリッド車に比肩する燃費効率の良いガソリンエンジン車を開発したと言うのであるから、持続的イノベーションにも、まだ、望みがありそうである。
   ところが、中国の場合には、今やっと、モータリゼーションの時代に入ったのであるから、いきなり電気自動車にシフトしても、失うものは何もない。
   車は、あくまで移動手段であり、モータリゼーションの歴史の浅い中国では乗り心地などを求める人など殆どいないであろうし、時速160キロも出れば十分で、ガソリンの半分の値段で目的地に到着できれば良いと言うのなら、そして、60万円の補助金が付くと言うのなら、まだ、世界標準が確立していない電気自動車の普及に傾くのは当然だと言う。

   日米欧の先進国の自動車産業は、成功して頂点を極めているが故に、現存の優良な顧客や膨大な設備等現状のビジネスモデルから撤退して、いくら有望だと言ってもすぐに電気自動車にはハンドルを切れないので、電気自動車と言う新規のイノベーションで追い上げてくるイノベーターに、早晩、凌駕されてしまうかもしれないと言う可能性が出て来た。
   これは、正に、かってのイノベーターであった既存の自動車産業が、持続的イノベーションを追求しながらも、まだ、未熟で高い電気自動車と言うローエンド・イノベーションからスタートして技術を磨き、破壊的イノベーションを推進して追い上げてくる中国のメーカーに、いつかは追い抜かれて凌駕されるかも知れないと言う、正に、クリステンセンが描いたイノベーターのジレンマの構図である。

   中国政府としては、否が応でも、電気自動車を普及せざるを得ない至上命令がある。
   世界第一位に躍り出た自動車大国として、このまま進んで行けば、深刻なエネルギー問題と環境問題に遭遇してしまって、中国そのものの存続自体が危機に立つ。
   特に、排ガスによる大気汚染の深刻さは致命的で、これ以上のガソリン車によるモータリゼーションの拡大の阻止は、正に、国是であり、この中国政府の意気込みと強力なインセンティブを考えれば、中国が電気自動車で、先行し、国際標準を取るのは、必然だろうと言うのである。

   三井物産戦略研究所の西野浩介氏によると「2010年9月の国務院常務会議での「戦略的新興産業の育成を加速することに関する決定」では、新エネルギー車を、次世代情報技術、バイオテクノロジーなどと並んで、7大戦略的産業の一つに位置付けた。並行して同年8月の「新エネ車産業発展計画(2011~2020年)」では、EV化を自動車産業転換の主要戦略とし、二次電池、モーター、電子制御技術を向上させて産業化を推進することを掲げ、国内のEV保有台数目標を2015年に50万台、2020年に500万台と設定した。これらを実現するために、政府はメーカーに対する開発支援を行うと同時に、「十城千輌」プロジェクト2などモデル都市における新エネルギー車の走行試験の実施、EVの購入補助、公用車への優先調達、充電インフラ整備などの施策を計画・実行中であり、そこに投入される資金は10年間で総額1,000億元(約12.5兆円)に上る。」と言うことである。

   中国の自動車の販売台数は、フォルクスワーゲンのトップは揺るがないにしても、2位は上海汽車、3位は長安汽車で、日本勢は勿論、GM,現代よりも上位にあり、電気自動車になれば、更に、モジュラー化が進んで、製造が簡単になり、下請けや部品メーカーなども簡略化され、ビジネスモデルがはるかにシンプル化されて、中国自動車産業のリバース・イノベーションの余地が、益々拡大して、競争力が強化されて来るであろう。
   それに、リバース・イノベーションの場合にも、プラハラードのBOT市場でのイノベーションでも、その時の最も先端を行くテクノロジーをターゲットにしてイノベーションが生まれ出るのは常識なのであるから必然でもある。
   もう一つの典型的なリバース・イノベーションは、インドの2000ドルの車タタナノであり、今や、アメリカに乗り込んでローエンド・イノベーションから出発してビッグ・スリーを凌駕したトヨタと違って、新興国市場自体の中で、ローエンドの、リバース・イノベーションが起こる時代であり、恐らく、ニッサンや三菱の電気自動車とは違った、ローエンドのもっとはるかに安くて便利な電気自動車が、中国で生まれ出てくるような気がしている。
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わが庭の歳時記・・・紅妙蓮寺椿が咲き誇る

2011年11月21日 | わが庭の歳時記
   椿は、早ければ、9月末頃から咲き出す品種もあるのだが、枯れさせてしまったりして、今では、私の庭では、西王母が一番早い。
   次に咲くのは、この口絵写真の紅妙蓮寺で、今は、満開である。
   この花の良いところは、かなり長い間咲き続けて、春の始め頃まで、花を楽しむことができることである。
   やや、濃い赤っぽいピンクだが、花弁の形が歪な一重の抱え咲きで、武士が嫌ったと言う椿の典型と言うか、しっかりした花のままで、花弁が落ちてしまう。

   椿の生育は、梅ほど遅くはないが、私の庭で一番古い乙女椿でも、多少剪定はしているのだが、まだ、3メートルくらいである。
   尤も、種類によっては、かなり、生命力に差があって、四海波や曙椿などは、ぐんぐん大きくなる感じで、それに、花は小さいが侘助椿の種類も、結構、成長が早い。
   庭の広さを考えれば、あまり、大きくなるのも困るので、適当に剪定をしているのだが、本当に、椿の花を楽しもうと思えば、やはり、大きく育たないとだめのようである。
   少し前までは、12月の初め頃に咲いた椿の花の写真を撮り込んで年賀状に使っていたのだが、今年は、どうなるであろうか。

   咲いていた黄色いツワブキの花も終わってしまった。
   斑入りの大きな葉が、逆光を浴びて透き通ると美しい。
   少し、株が大きくなって来たので、株分けをしようと思っている。

   バラが、咲き続けている。
   ハイブリッド・ティのモダン・ローズの花は、しっかりと咲いているが、イングリッシュ・ローズの中には、びっしりと詰まった重い花弁を、か細い茎が支えているので、放射状に垂れ下がっている。
   モダン・ローズとの掛け合わせで生まれているので、片方のオールド・ローズの性格を引き継いでいるのであろう。
   下から見れば優雅なのだが、ある瞬間、急に、花弁が一斉に落下することがあり、その潔さが良い。

   もうすぐ、バラの花も終わるので、パンジーやビオレなど、寒中でも咲く草花を買って来て、鉢植えにした。
   玄関先や、庭先が寂しくなるからである。
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松竹花形歌舞伎・・・獅童の「瞼の母」 日本青年館 

2011年11月20日 | 観劇・文楽・歌舞伎
   話は、どちらかと言えば、中村美津子の歌謡曲「瞼の母」で聞いたうろ覚えの印象の方が強いのだが、まだ、芝居も歌舞伎も舞台では見たことがなかったので、日本青年館に出かけて行った。
   会場は、どちらかと言えば、質素な場末の劇場と言う感じで、勿論、花道もなければ、定式幕はあるけれども引幕ではなく幕切れは緞帳が降りると言った調子で、一寸、他の歌舞伎の舞台とは違うのだが、全国行脚の公演のようなので、これが似つかわしいのかも知れない。
   
   長谷川伸の作品には、殆ど縁がないのだが、錦之助の映画を見たような気がするし、先月、錦之助の得意としていた一心太助を、甥の獅童が好演していたので、同じ番場の忠太郎を演じるので、何となく、その芸と言うか良く似た雰囲気の舞台が見られるのを楽しみにしていたのである。
   それに、母親・水熊のおはまを秀太郎が、そして、妹・お登勢を笑也が演じると言うのであるから、期待がさらに増す。

   秀太郎は、ブログで心境を書いていて、以前に話があったのだが、私には出来ないと言って拒み続けていて、あの「女将おはま」非常に難しく、悩んでいます。と言いながら、抵抗を踏み越えて、淡々と芝居が出来るようにならなければならないと言う母の訓戒を思い出して、でも私もいつのまにか七十歳、「そろそろ出来るかな~」と思ってお受けしたのですが…、と言う程の決意の舞台。
   それに、猿之助の薫陶を受けた笑也の女形が期待外れの筈がない。

   この物語は、忠太郎が、幼い頃に生き別れた母を慕って、追われるヤクザ渡世の身ではあるが、母に会って一言忠太郎と呼ばれたいばっかりに、母を訪ね歩き、江戸でも名のある料理屋「水熊」から突き出されて出て来た夜鷹のおとら(徳松)の話を聞くと、この料亭の女将おはまが、江州出身だと聞き母だと確信する。
   母は、どうせ金目当てで名乗り出たヤクザな渡世人と取り合わず、あくまでも息子は死んだと突き放す。長い間会わぬ間に情も薄れており、また、店も繁盛しており、おはまの娘お登世は木綿問屋の若旦那長二郎と近く祝言をあげることになっているのだが、この今の幸せを壊したくない。
   必死に思いの丈をかき口説いてすがりつく忠太郎だったが、おはまの「親子の名乗りがしたかったら、堅気の姿で訪ねて来い」と言う一言で、
   30年近く思い描いた母への思慕と面影を、無惨にも母親自身に打ち叩き潰された忠太郎は、「笑わしちゃいけないぜ、親にはぐれた小雀が、ぐれたを叱るは無理な話よ、愚痴じゃねえ、未練じゃねえ おかみさん 俺の言うことを良く聞きなせえ 尋ね尋ねた母親に倅と呼んでもらえぬような こんなやくざに誰がした」と、肺腑を抉るような台詞を残して去って行く。
   出先から帰って来た妹のお登勢が、兄だと気付いておはまを説得し、やっと、理不尽さに気が付き息子を思って動転するおはまだが、われに返って二人で後を追っかけて、荒川堤で、忠太郎の名前を呼び続ける。
   しかし、物陰に隠れて聞いていた忠太郎は、「何が、今更、忠太郎だえ 俺のおっかさんは、俺の心の底にいたんだ 上と下の瞼を合わせりゃ 会わねえ昔のやさしいお母の面影が浮かんでくらあ 逢いたくなったら 俺あ 瞼を閉じるんだ。」と、二人を見過ごして去って行く。

   この舞台の前半で、子分の金町の半次郎(宗之介)が、親元に先に逃げ帰っているを、忠太郎が訪ねて行くのだが、追手が半次郎を殺害に来たので逆に切り殺す。
   文字が書けない忠太郎が、この人たちを切ったのは忠太郎だと書置きを残すために、半次郎の母親おむら(松之丞)に手を添えて書いて貰うのだが、おむらが、忠太郎の背後から覆いかぶさるように顔を近づけて、左手で肩に手をかけて優しく助けはじめると、忠太郎は、堪らなくなって涙がこみ上げてくる。
   母親の愛の縁の薄い忠太郎が、母恋しさに感涙する姿を感じて、手を離したおむらも目頭を押さえて立ち尽くす。
   今回の舞台で、前述の夜鷹の徳松も、この松之丞も、そして、三味線を弾く路傍の老婆の蝶紫も、実に、しんみりとした味のある人情味溢れる演技を披露していて感動的であった。

   忠太郎は、どうせ、博打で稼いだ金であろうが、会った時に、母が生活に困っていたら渡そうと、100両小判を、肌身離さずに懐に入れていて持っているのだが、原作者の長谷川伸は、徹頭徹尾、母恋しさ一途に思い続けて生き抜いて来た優しい忠太郎像を核にして、移り行く人情の儚さ悲しさを抉り出している。
   逢わなけりゃ良かった 泣かずに済んだ これが浮世と言うものか と言う忠太郎の述懐は、泣き笑いの人生を余すところなく語っているような気がする。

   昔、中国孤児の話で、今の日本での幸せな生活のみならず、幸せに生きている親族を苦しめたくないと思って、自分の子供だと分かっておりながらも、親子の名乗りが出来ないと言う婦人の話を聞いたことがある。
   私が、一時帰国からブラジルから帰国した時に、自分の身内がブラジル移民だと言うことを知られたくないと思い続けて音信不通なのだが、様子を知りたい、ブラジルの話をして欲しい と言って来た老夫婦がいた。
   30年も経てば、いくら人情が厚くても、そう簡単に、リセット、プレイバックは、出来ないのかも知れない。

   ところで、余談だが、人生の途中には、あの人に会いたい話をしたいと思う人が必ずいる筈なのだが、さて、いざ、会った時に何をどのように話せばよいのか、忠太郎とおはまの会話を見ていて、思ったのだが、後先を考えると、将棋の駒のように、中々読めないのが悩みではある。
   最後になったが、獅童の忠太郎は、正に、適役で、颯爽としていて、かつ、しみじみと味のある演技で感動的であったし、秀太郎は、徹頭徹尾考え抜いた会心のおはま像を創り上げたのであろう。
   笑也の描く女性像は、後の「お祭り」の芸者もそうだが、演技ではない、どこか生身の女を感じさせてくれる良さがある。
   
(追記)口絵写真は、歌舞伎美人より借用。
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アゾレス海ピコ島のポルトガル・ワイン

2011年11月19日 | 生活随想・趣味
   昨日、NHKの”世界遺産 時を刻”む で、「ワイン~大地を育む生命の水~」と言うタイトルで、ピコ島の琥珀色の・ワインを語っていた。
   ピコ島(Ilha do Pico)は、1427年に、ポルトガル人が植民したポルトガルの最高峰火山ピコで知られるアゾレス諸島の島で、大航海時代に、中継地として使われていたと言う。
   2004年に、「ピコ島のブドウ畑文化の景観」はユネスコの世界遺産に登録され、ピコ島で産するワインは、ピコ・ワイン (Vinho do Pico) としてポルトガル政府の原産地統制 (VLQPRD) の対象であり、優れた品質で知られると言うのだが、迂闊にも、ポルトガルワインの素晴らしさは知っていたが、ポルト・ワイン程度しか知らなかった。

   丁度、この島は、アイルランドのアラン島を思いださせる。
   アラン島は、司馬遼太郎の街道を行くの愛蘭土紀行にも登場するのだが、岩盤で出来たこの島での農業は、土が風で飛ばされないように畑を石垣で囲み、岩盤を槌で砕き海藻と粘土を敷き詰めて土をつくると言う過酷な環境の島である。
   このピコ島も、真っ黒な溶岩を砕いて、石垣を積み、溶岩を砕いた隙間に、ブドウの苗木を置いて、その上に溶岩を小さく砕いた欠片を被せて育てると言う、そんなブドウ畑が、海岸線から山に向かって這い上がって、島を遠巻きにしているのである。
   ブドウの木が枯れないように、海からの潮風を避けるために、丁度、半畳くらいに小さく区切られた歪な長方形のセル状の畑地の周りに、砕いた溶岩の石組みが間仕切り壁のように積み上がっているのだが、それが、延々と続いていて、壮観だが、異様な景観でもある。
   
   嵐が近づき、風が強くなり始めると、ブドウの伸びた枝先を、一本一本地面に伏せて小石を置いて抑え込むと言う大変な作業があるのだが、実が大きくなり始めると、黄ばんだ葉っぱを間引いて、太陽を当てて乾燥させて糖度を上げるのだと言う。
   収穫時には、葉を掻き分けて、小さなマスカット風の実が沢山ついたブドウの房を手摘みで収穫する。
   足で踏み潰したり、古い絞り器で絞ったり、昔ながらの醸造作業が行われているようだが、美味しいと好評のようである。
   昔、ベルリンの崩壊後に、ハンガリーの田舎で、ワイン醸造工場を訪れた時に、古風な製造器具などを見たのを思い出した。
   このピコのブドウも地面を這っている。ブドウはブドウ棚に植えられているものだと思っていたのに、イタリアで、最小に地面に直接植えつけられているのを見て驚いたが、焼けつくような大地を這う方が、太陽に照りつけられて乾燥し甘くなるのかも知れないと思っている。

   ところで、ワインの起源は、グルジアだとかアルメニアだとか、或いは、イランだとかシュメールだとか色々言われているが、いずれにしろ、コーカサスから中東にかけての辺りらしい。
   キリストが、最後の晩餐で、私の血だと言ったので、キリスト教には縁が深いようで、このピコ・ワインも、修道士が始めたらしい。
   あのコーヒーもアラビア半島発祥で、イスラムの導師が、説教前に、スーフィー教徒たちに飲ませたと言うから、人間にとって貴重な飲み物は、宗教団体経由と言うことであろうか。


   とろっと蕩けるような感触のスナック・ブランと言う白カビのナチュラル・チーズを肴に、今年のボジョーレ・ヌーヴォー、樹齢65年と言う古木で仕込まれたと言うシャトー・ド・ピエール・フィランを賞味しながら、この番組の録画を見ていたのだが、チーズだけで、これ程美味しく頂けるのは、やはり、口当たりの軟らかい新酒ワインであるためであろうか。
   黄金色の白ワインではなく、とろりとくすんだ琥珀色のピコ・ワインを見ていると、脂ののった魚の刺身を肴に、味わいたくなってしまった。

   ところで、私など、晩酌の習慣はないので、酒飲みではないのだが、ワインや日本酒など、主に、醸造酒だが、食事とともに飲んでいて、本当に美味しいと思うことがあるので、世の中には、酒が飲めないと言う人があることを思えば、幸せだと思っている。
   西洋では、白人も黒人も、体内に、アルコール消化酵素を持っているとかで、酒類の消化が早くて強いようで、会食などやパーティの時などでは、殆ど間違いなく、ワイングラスを持っているのだが、日本人には、1~2割の人は、酒を受け付けないようだし、半数近くは、すぐに酔ってしまって、沢山は飲めないと言う。
   歌舞伎などでは、酒だけ、ガブガブ飲んだり、一気に飲み干すシーンが多いのだが、これなども、酒を賞味すると言う次元の酒飲みではないので、可哀そうだと思う。
   百薬の長だとは思えないが、人間が作り出した産物の中では、トップクラスだとは思っている。
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ボジョレー・ヌーヴォー解禁、

2011年11月17日 | 生活随想・趣味
   今日、11月第3木曜日、ボジョレ・ヌーヴォーの解禁日である。
   最近は、インターネットで予約をしているので、間違いなしに宅配されて来る。
   特別な銘柄志向とか好みがある訳ではないので、いつも、ワインを買っている店舗のホームページを見て、適当に気に入ったのに、オーダーを入れているだけだが、これで、結構満足している。
   ワインには、多少の年季が入っている心算であるし、その年の新酒であり、それ程高くはないので、程々のもので安物は避けていると言うことで、1本千円以下でスーパーなどで売られているものには、これなどはいくら良いと言われても、勿論、買う気持ちにはなれない。
   ペットボトルや、紙パックで安く売られていると言うケースがあるようだが、どうかと思う。
   複数本買って、娘たち夫婦に分けてやるのだが、今年は、近いうちに来そうにないので、どうしようかと思っている。

   ウイキペディアによると、”ボジョレー・ヌヴォー(Beaujolais Nouveau)とはフランスのブルゴーニュ地方南部に隣接する丘陵地帯・ボジョレーで生産されるヌヴォー(プリムールまたは試飲新酒)仕様の赤ワインである。したがって、ボジョレーの通常の赤ワインとは異なる。試飲酒だけに、通常のワインが出来上がるより早く試飲できなければ意味がないために、ヌヴォー(試飲新酒)用のボジョレーは、ブドウを収穫したら速やかに醸造してボトルへ詰め、収穫したその年の11月に出荷を済ませる。ヌヴォー(試飲新酒)仕様で軽い仕上がりの赤ワインである。”と言うことである。

   私は、以前に、ヨーロッパにかなり長く住んでいたが、この11月の解禁日に、ボジョレー・ヌーヴォ―を買って飲むと言う習慣はなく、これは、日本に帰ってからのことである。
   レストランなどで食事をすることが多かったのだが、日本ほど、騒いでいるようなことはなかったし、昼食に良く行ったパブなどで、申し訳程度に張り紙がしてあったので、ああそうかと思って、飲むことの方が多かったような気がする。
   フランスで、この時期に居たことがないので分からないのだが、ボジョレー・ヌーヴォ―解禁に飛びつくのは、日本人のハツモノ好き、お祭り騒ぎ好きのなせる業ではないかと思ったりしている。

   昔は、空港まで行って、0時にボジョレー・ヌーヴォ―を飲んだと言う話を聞いたことがあるが、最近では、一か月も前に航空便で到着しているので、私の家には、朝早くに宅配で送られて来た。
   梱包箱に、「2011年11月17日午前0時以前の販売および消費 厳禁」と言うことが書いてあるだけで、試飲用の新酒だから、とっくに呑めるのであるが、出荷競争を急いで、中途半端なワインが出回っては困るために、期限を指定したと言うことのようである。

   久しぶりに、フランス製のブリ―・チーズなどナチュラル・チーズを買って来て、賞味したが、中々、乙な味で楽しませてくれた。
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顔見世大歌舞伎・・・夜の部

2011年11月15日 | 観劇・文楽・歌舞伎
   夜の部は、松緑の「外郎売」、菊之助の「京鹿子娘道成寺」、それに、菊五郎の「髪結新三」なのだが、前者二つの舞台は、話と言うか、筋書きが殆どないような、松緑と菊之助の芸を鑑賞すると言う感じだが、両方とも、二人にとっては適役で、非常に生きの良い粋な舞台で楽しませてくれた。
   「外郎売」は、私は、團十郎の舞台しか知らないが、松緑のパンチの利いた元気溌剌、颯爽とした舞台も悪くはない。
   娘道成寺は、かなりのバージョンがあって、いろいろ見たような記憶があるが、最近は、菊之助のこの舞台で、所化たちが入れ替わるだけであり、舞踊については良く分からないので、実に美しくて艶やかだし、楽しませてくれるので、今様の決定版だと思っている。

   さて、この髪結新三だが、河竹黙阿弥の「梅雨小雨昔八丈」の前半部分で、今回の舞台にはない後半で、白子屋のお熊(梅枝)が夫殺しを試みるので、亭主殺しは重罪犯なので、江戸市中引回しの上、鈴ヶ森で、処刑になり、その時に、着ていたのが、黄八丈の着物で、それ以降、江戸の女は一時はこの黄八丈と言う物を着る者が居なかったと言うことらしい。
   島帰りの悪党髪結新三(菊五郎)は、白子屋のお熊を騙して誘拐し金を強請るのだが、一枚上手の狡賢い家主長兵衛(三津五郎)に遣り込められて、お熊を釈放させられた上に保釈金を半分翳み取られると言う結果になり、その前にお熊保釈交渉に乗り込んで来た弥太郎源七(左團次)に大恥をかかせて突っ返したので、遺恨に思った源七に、待ち伏せられて、閻魔堂橋で殺されると言うところで、髪結新三の舞台は終わる。
   冒頭は、全く箸にも棒にもかからない、情け容赦の片鱗も見せない悪人と思しき新三が、少しずつ弱気になってころりと家主に遣り込められると言う結末が、私には、落差が大き過ぎてすんなりとは解せないのだが、これは、元々、落語の話であったのを、歌舞伎に変えたようだから、黙阿弥の罪でもなかろう。

   落語から歌舞伎へ、歌舞伎から、再び、六代目三遊亭円生が「髪結新三」噺としたようだが、この話の方が、歌舞伎より、お熊の誘拐話の経緯が、良く分かって面白い。
   歌舞伎では、白子屋へ、手代忠七(時蔵)の髪結に来た新三が、嫌な相手と結婚させられるお熊が、恋仲の忠七に連れて逃げてくれと話しているのを立ち聞きして、忠七を騙して、自分の家で匿うからと納得させて誘拐し、忠七を追っ払うのだが、
   落語では、新三が、店の者の髪を直して、お熊さんの髪をやっていて、あまりにもイイ女なので何とかならないものかと邪恋。袖口から手紙が覗いていたので、素早く抜き取り見ると忠七に宛てた恋文。忠七に会って手紙を渡し、匿うからお熊と私の家に一緒に逃げろと誘惑する。
   その後、お熊を駕籠に乗せて先に行かせて、後から、二人で連れ立ったのだが、永代橋川端で、諍いを起して、本性を現した新三が、傘と下駄で忠七を打ち据えて放置しお熊を我が物にすると言った展開だが、落語の方は、身代の傾いた白子屋に既に持参金500両を結納金にして入り婿が入っているのだが、お熊は同衾を拒否していると言う設定。

   ところで、私が見た髪結新三の舞台は、勘三郎の襲名披露の時で、ポンポン威勢の良い江戸言葉の啖呵が心地よいリズムを刻んで、視覚的にも聴覚的にも、如何にも気風の良い江戸の歌舞伎だと思って楽しませて貰ったのだが、菊五郎の場合には、芸の差であろうか、同じ、小悪党でも、しみじみとした人間味を感じさせる世話物的な雰囲気の方が濃厚で、根っからの悪党でもない人間の弱さ悲しさが見え隠れしていて、非常に後味の良い舞台であった。
   勘三郎の舞台でも、大家は、三津五郎で、私は、その時の感想を、
   ”勘三郎のぽんぽん飛び出す活きの良いキザな江戸弁の啖呵が身上、それが、理屈と脅しすかしに弱く上げ下げ自在な悪辣な大家の説得に崩れて行く弱さを実に巧みに演じている。「店子は子も同然。大家は親も同然。」こんな白々しい台詞が宙に浮くようなそんな新三と大家の泣き笑いの駆け引きが客を引きつけて離さない。”
   ”特筆すべきは、老獪で一枚上の小悪党大家を演じる三津五郎の芸の巧みさ、素晴らしい熱演で勘三郎も引き込まれて苦笑交じりの受け答えが、また、しんみりとさせる。”
   今回、最初、舞台姿が随分変わっていたので、三津五郎かどうか訝ったくらいで、森繁久弥を少し小型にしたような好々爺ぶりにびっくりして、三津五郎の新しい舞台バージョンを見たような気がした。
   昼の部の「傾城反魂香」の浮世又平と正に対照的ながら、そして、実に風格のあるお殿様・磯部主計之助共々、どんな役でも熟して抜群に素晴らしい芸を披露する実に器用な役者であると、いつも感心して見ている。

   面白いのは、この白子屋の亡くなった当主庄三郎は紀伊国屋文左衛門の番頭であったが、紀伊国屋が傾いてきたのを察知して独立した。千両の金と強引にお得意さんをもらい受け、新材木町に白子屋を興した。ところが、その後紀伊国屋は倒産し、文左衛門夫妻は、深川に二人で細々と暮らし、葬儀も出せない程困っていたので、奥方が白子屋に借用に行ったのだが、庄三郎は仮病を使って会う事を拒み、端金しか包まず、奥方は受け取らずに涙をこぼして帰って行った。と言う話である。
   この薄情な仕打ちが、正に、因果応報で、白子屋の悲劇が起こると言う落語の設定だが、興味深い噺である。

   白子屋後家お常の萬次郎、忠七の時蔵、お熊の梅枝、源七の左團次の脇役陣は、正に適役で、素晴らしい味を出してサポートしており、また、新三の子分の下剃勝奴の菊之助は実に菊五郎の新三との呼吸ぴったりで面白い芸を披露しており、老獪な三津五郎の大家に一歩も引かない程エゲツナイ家主女房おかくの亀蔵も、中々、得難いキャラクターであった。
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秋深き京成バラ園の妖艶な輝き

2011年11月14日 | 花鳥風月・日本の文化風物・日本の旅紀行
   今、秋バラの白鳥の歌と言うべきか、秋の深まりと共に、バラの色彩が少しずつ鮮やかに深まって行くような気がするのだが、もうすぐ、霜が降りはじめると枯れて行く。
   京成バラ園のバラは、遠目では美しく見えるのだが、殆どの花が満開を過ぎているので、少しずつ縮れて枯れ始めている。
   雨に打たれた後でもあるので、薄い花びらの色の浅い花などは傷んでいて、写真を撮ろうとしても、良くてもシミや斑点がついていたりして、殆ど不可能で、特に、青や白い系統の花は、一枚も撮れなかった。
   ところが、淡い黄色の花でも、黄色くてややオレンジがかった花は、花弁が比較的厚くて強いので、咲きかけや満開直前の花などには、美しい花がかなり残っていて、楽しませて貰った。

   平日の午後の庭園は、殆ど人がまばらで、バラの木の下に潜って手入れをしているガーディナーの人の方が目立つくらいだが、しかし、一本一本のバラの美しさを確かめながら、シーンと静まり返った庭園を、微かに匂うバラの優雅な芳香を楽しみながら、散策するのも、中々オツナものである。
   
   やはり、気になるので、真っ先にイングリッシュ・ローズの植わっているガーデンに出かけたが、花は、殆ど咲いておらず、むしろ、私の庭や鉢植えのイングリッシュ・ローズの方が、花が咲いていて、毎日切り花にしている。
   春には、零れんばかりに妍を競って咲き誇っていたガートルード・ジェキルの大株などは、今では、正に枯れ木と言った感じなのだが、これが、来春には、また、豪華にかつ鮮やかに咲き競うのであるから、バラの生命力は大したものなのである。
   私のガートルード・ジェキルは、一輪だけだったが豪華な花を咲かせてくれて、かなり、長く一輪挿しで咲いてくれていた。
   本当は、この京成バラ園のように、イングリッシュ・ローズやフレンチ・ローズは、秋には花を咲かせずに、休ませる方が良いのかも知れないが、デビッド・オースチンの四季咲き表示のあるものは、適当に咲かせて楽しんでいる。

   春も秋も、バラを楽しもうと思えば、四季咲きのモダンローズのハイブリッド・ティやフロリパンダが良いのであろうが、それでも、手入れを十全にしないと、まともに花が咲かないし楽しめない。
   私は、椿が趣味なので、沢山植え続けて来ているが、椿の世話は、植え場所さえ間違わず水遣りさえ欠かせなければ、多少手を抜いても綺麗な花を咲かせてくれるが、バラは、植え場所にも気を遣って、薬剤散布や施肥には格別の注意を払わなければならないし、本当に愛情を注いで大切に育てないと、言うことを聞いてくれない。
   それだからこそ、あんなにも、綺麗で魅力的なのであろうと思うのだが、ある意味では、恋をするようなものなのかもしれないと思うことがある。
   
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鎌倉市民大学で「ブラジル経済」を語る

2011年11月13日 | 生活随想・趣味
   久しぶりに、講演の機会を頂いて、鎌倉市の市民大学で、「ブラジル経済について語る」と言う演題で講演を行った。
   「BRIC’s経済について語る」の第一弾目の講演なのだが、やはり、BRICsの中では、中国、インドなどと比べて現地での経営実務経験者が少ないので、私などにお鉢が回って来たのであるが、同時に、今月末から、3回にわたって大学でブラジルについて講義を持つことになっているので、これ幸いと、年初から積極的にブラジルについて勉強して来た。
   私がブラジルに駐在していたのは、「ブラジルの奇跡」で大ブームに沸いていた前後の1970年代後半なので、その後、10数年、永住ビザ維持のために訪伯したにしても、随分前の話なのではあるが、確かに、時代の流れが激しいので激変しているであろうと思いきや、ブラジルの特質と言うか、ブラジルそのものは、良さも悪さもそのまま残っていて、殆ど変っていないことに気付いたのである。

   このブログで連載している「BRIC’sの大国ブラジル」も、その勉強の一環として、講義資料をも意図して書き続けて来たものなのだが、長い間ブラジルに駐在していたアメリカ人ジャーナリストの目から見た辛口ブラジル論を下敷きにして、私なりの解釈を加えてブラジルを語りたいと思った。
   BRIC’sの中でも、最も知られていないのがブラジルなのだが、日本語で出ている良質なブラジル本は殆どないし、私が読んで勉強したのは、アメリカで書かれた学者やジャーナリストの専門書や、ロンドンのエコノミストやニューヨークタイムズなどメディアの特集やアーカイブ記事などと言った英米の資料が大半で、参考にさせて頂いた日本の資料は、金七紀男教授の「ブラジル史」、鈴木孝憲氏のブラジル経済関連の2冊、そして、ジェトロ関連の資料やDATA程度である。

   ブラジルへの日系企業の進出の走りは、1950年代のイシブラス、ウジミナス、トヨタなどで、次いで、1960年代から1970年代の初めにかけて、「ブラジルの奇跡」で沸く大ブームに多くの日系企業がブラジルに殺到したのだが、石油危機で一気に経済が悪化すると、殆どの企業が撤退して、その後の日本の好景気でブラジルとの経済関係が下火になってしまった。
   ところが、ブラジルは、1994年のカルドーゾ大統領のレアルプランで、一気にハイパーインフレを克服して経済を起動に乗せて門戸を海外に開いて躍進を始めたのだが、欧米企業は大挙してブラジルに進出したものの、悲しいかな、日本企業は、バブル崩壊後の失われた10年に呻吟してブラジルどころではなかった。
   結局、BRIC’sと脚光を浴び始めた今世紀に入って、やっと、日本企業が、ブラジル市場に目を向け始めたのだが、欧米企業と比べれば、2歩も3歩も遅れており、資源確保のために猛烈な攻勢をかけている中国や韓国にも、はるかに及ばない。

   私は、農業生産の拡大が可能なBRIC’Sなり新興国は、ブラジル以外にはないと思っているし、鉄鉱など鉱業や天然資源の豊かさはほぼ無尽蔵で、高度な工業国でもあり、農業・鉱業・工業三拍子揃っているのは、ブラジルだけで、日本経済にとって、最も補完関係を享受しながら経済協力をして共存共栄して行ける国だと思っているので、BRIC’sの中でも、中国やインド、ロシアにばかり向いて、日本の官民ともにブラジルに対して消極的で無関心なのを非常に奇異に感じており、心配している。
   距離の問題以外に、ブラジルは、ラテンアメリカの国で、法社会の英米と違って法律や契約など順法精神が緩いアミーゴの国なので、ビジネス慣行などの違いや多くのブラジルコストの問題など、中々、馴染みにくい障害もあるのだが、幸いなことに、日本に理解のある日系ブラジル人が、150万人住んでいて、学歴水準も非常に高く多くの分野で活躍していて、助力や有効な助言サポートを期待出来ると言う素晴らしい財産が存在している。
   私がブラジルに駐在していた頃には、南米銀行やコチア農業組合など日系ブラジル人の企業や団体が活躍していて、ガルボンブエノの日本人街が活況を呈していたが、今では消えてしまったり見る影もないと言うのだが、これも、日本政府や日系企業のサポート欠如の結果であり、悲しい限りである。

   私は、今回の講演で、エタノール開発やガソリンでもエタノールでも走るフレックス車、プレサルの深海油田、アマゾンの環境問題、高騰するレアル通貨の問題などカレントピックスについても話した。
   しかし、経済については、やはり、ブラジル経済のアキレス腱であったハイパーインフレを終息させたレアルプランあってこそのブラジル経済だと思っているので、レアルプラン以降の経済について詳述し、その後の、固定相場制から変動相場制、インフレターゲット、そして、財政責任法の実施によるプライマリーバランス堅持の3本柱が如何にブラジル経済を支えたか、そして、ルーラ政権による貧困撲滅運動と貧民救済のボルサファミリア政策が如何に所得水準と市場経済を嵩上げに貢献したかなど、ブラジル経済の暗部も含めて、光と陰を語りながら、BRIC’sとして注目を浴びる今日のブラジルを語ろうと努力した。

   しかし、ブラジルの経済を語ることも大切だが、本当のブラジルを出来るだけ知ってもらおうと、講義時間のほぼ半分を、大航海時代のポルトガルから説き起こして、何故、ラテンアメリカで、ブラジルだけがポルトガル語で、そして、他の国は、原住民インディオとの混血が多いのだが、ブラジルは、黒人との混血のムラトが多いのか、カーニバルからペレの話と言った卑近な例から、砂糖、金、コーヒー、ゴムと言ったモノカルチュア経済の内幕や歴史を交えながら、オランダ病との関連で工業政策を論じたり、ブラジルの歴史や文化・文明などを語ることに費やした。

   ぶっつけ本番の2時間だったが、私としては、短時間に多くのトピックスを詰め込み過ぎたので、多少消化不良のきらいがして、お役に立ったかどうかは自信はないのだけれど、やはり、民度の高い鎌倉であり、寛容な皆さまに、有難くも熱心に聴いて頂き、ほぼ、及第点を頂いたようで、ほっとしていると言うのが正直なところである。
   何よりも、このような機会を与えて頂き、貴重な時間を共にして頂いた鎌倉の皆様には心から感謝している。
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福祉国家の行き詰まりを象徴する欧州危機(?)

2011年11月12日 | 政治・経済・社会
   これは、WSJ紙の電子版の社説記事である。
   ”ギリシャやスペイン、ポルトガル、またフランスと同様、イタリアでは社会福祉制度が行き詰まりをみせている。これまで欧州各国の政府は右派・左派にかかわらず、高い税金と累積債務を使って給付の大盤振る舞いを続けてきた。ところが、それを支える経済の成長が止まり、昨年、ついに資金の枯渇が始まった。彼らが報いを受ける時が来たのである。”と言うのだが、後半は正しいとしても、これは、「福祉国家の行き詰まり」と言う言葉で表現できる現象であろうか。
   例えば、ギリシャの場合など、公務員が勤労者の40%を占め、国民の年金額は、アメリカよりも高額で、年に何回かのボーナスがつくと言うのであるから、これなどは、野放図な国民への異常なばらまきであって、社会福祉制度などと言える代物では決して有り得ない。

   昔、子供の頃に、イギリスは、「ゆりかごから墓場まで」国民生活が保障されている福祉国家の国だと習ったが、或いは、税金など個人負担が70%を越えてはいるけれど国民生活が保障されている北欧の国などの制度のように、政府が、然るべき制度を構築して、しっかりと国民に必要な負担を課して社会福祉制度を維持している国ならいざ知らず、ポピュリズムに徹した人気取り政治家が、偶々、経済状況が良い時に、大盤振る舞いをして異常とも言えるような給与水準に引きあげて福祉給の名目で過剰給付したのは、モラル欠如以外の何ものでもない。
   先日、ギリシャの腐敗度指数は、欧米でも異常に高く、公的モラルの欠如とその低さが群を抜いて悪過ぎることを示したが、前述の国家は、すべてラテン国家であり、ヨーロッパ先進国でも、フランス以下スペイン、ポルトガルなど以上に悪い国はなく、今、危機的状況にあるイタリアンなどは、ギリシャ並みに悪くて、モラルの悪さは驚異的で、それに、アングラ経済の比率が異常に高い国であるから、本来、欧米日などで定番の国民所得統計で、経済を云々すること自体が不思議な国なのである。

   アメリカのITバブル崩壊後の21世紀の初頭から、サブプライムやリーマンショックで一挙に悪化した世界的金融不況の間まで、何ら目ぼしいイノベーションも生産性の向上もないのに、バブル景気の伝播した世界的同時好況で、異常に経済が高揚した時期に、後先も考えずに実力以上に経済を膨張させて、大盤振る舞いをした結果が、今回、WSJの言う福祉国家政策だが、一挙に経済が悪化して、財政が収取してしまったために、自転車操業が出来なくなってしまっただけなのである。
   したがって、WSJのタイトルの「福祉国家の行き詰まり象徴する欧州危機」などでは、絶対に有り得ない。

   もっと、悪いのは、あのサブプライムで窮地に陥って苦境に立った筈のフランス、イギリス、ドイツなどのヨーロッパの銀行が、吹けば飛ぶような経済力の国の国債を、性懲りもなく買いに買ったのだから、どうしようもないのだが、アメリカの場合と同様に、これらの銀行を助けないと世界中に伝播して金融システムそのもののが危うくなると言うのだが、本来なら、異常債務で危機に瀕している国と同じで、助ける必要などさらさらない筈である。
   このことも、金融機関のモラル欠如と言うか、ガバナンス欠如、経営能力のなさの最たるものであろうが、一時、今回の世界的金融危機で、格付け会社がやり玉に挙がったのだが、資金の貸し手のプロである銀行の場合には、要するに、与信は自己責任であるから、完全に、能力の欠如である。 
   
   WSJは、「欧州が陥っているのは、浪費家で傲慢かつ非効率的な政府がもたらした債務スパイラルなのだ。 これは福祉国家の危機であり、イタリアはその様々な特徴を備えたモデルケースだ。」と言い、「真面目な改革がデモを誘発することへの恐れが欧州各国にまん延、政府をまひさせている。福祉国家の悲しい副産物とは、国にコストがどれだけかかろうとも、既得権益を最後まで守ろうとする人々を生み出すことだ。 しかし今となっては、身を切る選択は先送り不可能だ。福祉国家の解体とまでいかなくとも、せめて改革への着手が欧州債務危機の打開策だ。」と言う。
   国がデフォルト寸前にある「腐敗横行のギリシャには、殆ど国民に危機意識がない」と言うのだから、救いようがないのだが、それでも、助けないと、EU経済が暗礁に乗り上げるのみならず、更なる大規模な世界不況を引き起こすと言うのだが、自立不可能な救いようのないギリシャにいくら援助資金を注ぎ込んでも、神風が吹かない限り、何の解決にもならないことは事実である。

   無能な政治家が、殆ど経済活性化に貢献しない既得利権者を保護するために、人気取りのためにばらまきをした無責任な大盤振る舞いを、社会福祉制度だと称して、今回の欧州国家債務危機を、福祉国家の行き詰まりなどと表現するのは、非常識も甚だしいと思っている。
  
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