熟年の文化徒然雑記帳

徒然なるままに、クラシックや歌舞伎・文楽鑑賞、海外生活と旅、読書、生活随想、経済、経営、政治等々万の随想を書こうと思う。

あたたかい医療と言葉の力

2008年10月30日 | 学問・文化・芸術
   一橋講堂で、医療機関の3人のトップが一堂に会して、「あたたかい医療と言葉の力」と言うテーマで、医療の現場などにおける会話やコミュニケーションについて語るシンポジウムが開かれた。
   文字・活字文化推進機構と朝日新聞の共催だが、パネリストたちが推薦本を紹介していたし、丁度、隣の神保町で、古本祭りを行っていたので、読書の秋としては格好の企画でもあった。

   中京大学稲葉一人教授の司会で、日本医師会唐沢祥人会長、日本歯科医師会大久保満男会長、日本薬剤師会児玉孝会長に、エッセイストの岸洋子さんが加わって、医師や薬剤師の立場から、或いは、患者・一般人の立場から、夫々、医療の現場での言葉の交換やコミュニケーションにおける複雑な思いや人間関係などについて、非常に含蓄のある意見交換が行われた。
   聴衆は、やはり、、医療関係の人たちや文学関係の人たちが多かったのであろうが、沢山の昔のお嬢さんたちや昔のお兄さんたちも参集して熱心にメモを執っていた。

   冒頭、唐澤会長が、昔は、医者はぺらぺら喋っては駄目だと言われていたのだが、最近では、インフォームド・コンセントで、患者さんに納得して貰えるように説明しなければならないので、お互いに意思の疎通を図るために、良く話し合う機会を作り出すことが大切になったと語った。

   大久保会長は、患者と医師との言葉のやり取りは、普通とは違った環境の中での会話であり、これを理解していないと、一番大切な信頼が築けなくなる。口を開けて治療中に、「痛かったら言って下さい」と言って喋れるわけがないのだから、口を開ける前の、体を通したコミュニケーションは、病気の情報以上に大切であり、それを分かる鋭敏さが必要だと言う。

   児玉会長は、薬物療法が多くなってきた昨今の状況を踏まえて、薬は副作用との戦いであるから、如何に使い方を正しく伝えるか十分な会話・コミュニケーションが大切だと語った。薬店を訪れる人は、病気前の人、未病の人が多く、元気な中に適切なコミュニケーションを取れる立場にあるので、昔は、地域の一番の知恵者であり相談相手であったと、薬店の役割の大切さを語る。
   そう言われれば、昔、サンパウロに住んでいた時、病院に行けば長く待たされていい加減な治療しか受けられない貧しい人たちは、殆ど薬店に行って注射を打って貰ったりして、病気を治していたのを思い出した。

   岸本さんは、ご自身の癌との戦いを通じての体験から、医者や医療の場でのコミュニケーションの大切さを、実に、穏やかに誠実に語った。
   検査中に打たれた注射の痛みに耐えかねて(痛いと言ったら悪いと思って)ヒーッと言って耐えたら、看護婦さんに、「痛ければ痛いと言った方が気が休まりますよ」と言われたこと。
   手術を受けた夜、麻酔が効いているので大丈夫だと言われたが、痛みが酷くて、麻酔の入れ忘れかやり方が悪くてコントロールが利かないのか、雑菌が入って化膿したのかなど考えて不安になり、我慢していたがナースコールを押した。医師が飛んで来て丁寧に状況を説明し、医療ミスではなく想定内の痛みだと言われて、安心して気が休まり、痛みは同じだったが、眠りにつけたこと。
   聞いて貰った、受け止めてもらった、伝わったとの思いの大切さ、言葉を発することの大切さを感じたと言う。

   岸本さんが、医療の現場の人々は、非常に多忙なので、質問や疑問があれば、前もってメモに質問状を書いて渡しておくのだといったことについて、医療側も、図や絵を描いて説明したり、チャートを書いたりして、極力、患者に分かり易いように心がけているのだと語っていた。

   岸本さんが、「××日に検査の結果が出るので、その結果によって一緒に治療方法を考えましょう」と医師に言われて、自分も頑張らなければと連帯意識を持てたことなど、医師と患者との対応の仕方などを語ると、
   唐澤会長が、「対面スタイルが良くない、資料を前にして医師と患者が横並びでコミュニケーションを交わすスタイルが良い」とか、
   大久保会長が、「治療する時などの患者との距離のとり方、その対応の上手下手が重要である」とか、
   児玉会長が、「薬店のカウンターを低くして座って話せるようにしたり、仕切りを作って対話できるようにするなど心がけている」とかと、どんどん、医療関係者と一般の人々とのコミュニケーションのとり方への意欲的な試みに話が弾んで行った。

   司会の稲葉教授が、このように3巨頭が一堂に会するなど殆どないのだと言っていたが、文字・活字文化推進機構も気の利いたイベントをするものである。
   帰途、提灯に照らされた神保町の古本祭りのワゴンで、文化勲章のドナルド・キーン先生の読みそびれていた「明治天皇」上下巻を見つけたので、買って帰った。
   
   
   
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ソニーは復活できるか・・・T.G.バックホルツ

2008年10月29日 | イノベーションと経営
   先日、マクドナルドのレイ・クロックを紹介した「伝説の経営者たち」で、バックホルツは、盛田昭夫を取り上げており、その中で、ソニーの成功と失敗の項で、昔のような革新的で人々をわくわくさせるようなソニーの良さが消えてしまって、袋小路に嵌まり込んでいることを慨嘆して、「ソニーは復活できるか」と問うている。
   私の記憶では、一頃一株15000円以上していたソニー株が、いくら、世界同時不況だと言っても、今日の最安値が1950円にダウンして、先のソニー・ショックの時よりも低くなってしまった。

   バックホルツによると、人々は、ソニーは常にトップの座を占め、デザイン性やイノベーションや洗練されたイメージのために、割り増し価格を厭わずに払ってでもソニー製品を求め続けてきたのだが、最近では、その魅力が薄れ徐々に市場を失い、ブランド価値も急速にダウンして、サムスンに追い抜かれてしまった。

   ソニーの問題は、データだけに頼って市場を追及するMBA社員の所為だとか言う巷の批判とは違って、バックホルツは、ソニーの病は、中途半端な姿勢、スタイルの漂流、関心の分散の三つから来ていると説く。
   この原稿もVAIOで書いていると言うソニー・ファンのバックホルツにとっては、ソニーの姿勢は、自信過剰と敗北主義がないまぜになってしまっていて歯がゆいのである。
   図々しくなってはいけないところで図々しくなり、もっと自信を見せるべきところで怖気づいており、ストリンガーが、iPodに負けたことを事実上認めるのを聞いてがっかりしたとして、iPodが、500年先、いや、5年先も健在だと言える確信はないじゃないかと言う。
 
   ファンド・マネジメントの世界では、ポートフォリオ・マネージャーが、約束とは異なる取引を始めた場合、そのマネージャーは、「スタイル・ドリフト」していると非難されるらしい。
   ソニーも、全くスタイル・ドリフトして、手を広げすぎて隅々までコントロール出来なくなっており、ソフトに手を出して、ハードウエアの分野での戦力を損なってしまったから、フラットパネルをサムソンに頼らざるを得ないような失態を演じるんだと言うのである。

   何故、ソニーは、アップルに先駆けてiPodやiTunesを開発しなかったのか。
   CDの売り上げや映画スタジオの収益を気にして、アップルが推進しているような民主的なダウンローディングに思い切って飛び込むことが出来なかったと言う。
   ソニーが、ビデオレコーダーを開発した時に、盛田昭夫は、ハリウッドが、ダビングされて自分たちの利益が奪われると訴えた時に、敢然と民衆の側に立って裁判で戦って勝ったではないか。
   今回も民衆の側に立つべきだったのに、自分たちの売り上げが奪われることを心配して、中途半端な道を選んだ故に、アップルに負けたのだと言う。

   ソニーは復活できるかと言う問いについては、現在は製品のライフ・サイクルが、非常に短くなっており、新しい戦いのゴングが絶えず鳴っているので、復活のチャンスはいくらでもあると言う。  

   あのアップルのiPodは、記録媒体や、楽曲の取り込みなど、完全にこれまでのビジネス・モデルを変えてしまった製品なのに、ソニーは、いつまでも同じ携帯テープレコーダーと言う範疇でしかものを考えられなかったのではないか。
   それに、PS3にしても、ゲーム機の延長と言う考え方に囚われたのみならず、テクノロジーのソニーとしての自信と誇りに溺れて、どんどん技術の深みに嵌まり込んで持続的イノベーションを追求し、経済社会そのものが、大きく変わってしまって、クリエイティビティと知識情報、そして、喜びを求める社会へと急旋回して行った潮流に気付かなかったために、任天堂やマイクロソフトに負けてしまったのではないのであろうか。
   任天堂のWiiも機器としてはゲーム機の延長であろうが、その機器を媒体としてカスタマーに提供しているサービスもビジネスモデルも、全く、似ても似つかないものであることが分かっていなかったとしか思えない。
   出井会長が、VAIOなどの導入まで、ソニーはアナログ一辺倒で、デジタル技術への志向が全くなかったと信じられないようなことを本に書いているのだから、ソニー技術陣のフリーズした石頭振りも相当なものだったのであろう。

   何度も書いているが、今でも、ソニーは、テクノロジーの深堀の持続的イノベーションばかり追及しているような気がするのだが、現在のソニーのコア・コンピタンスのコンシューマー・エレクトロニクスなどは、殆ど何処のメーカーも同じようなものを作っている謂わばコモディティ製品であり、コンシューマーにとっては、この程度の差別化などでは殆ど意味がない。
   ソニーがダントツのブランド価値を有して市場をリードして来たのは、小さくて、美しくて、素晴らしい技術を駆使して磨き上げられた携帯ラジオ、TVやテープレコーダー、そして、ウォークマン、初期のPSなど、何処にもない、誰も作れなかった製品であった筈で、この破壊的イノベーターであったソニーのDNAを忘れてしまったら、ただの歌を忘れたカナリアに終わってしまう。

   オムツのぶら下がった下町の小さな工場から、重さ45キロのテープレコーダーをおんぼろダットサンに積み込んで東京中を走り回って売り込みに悪戦苦闘していた盛田昭夫が、ニューヨークで、自社のテープレコーダーやマイクやトランジスター・ラジオの買い手を捜していた時、ブローバが、小型ラジオを10万台欲しいと言ったが、製品にSONYではなくブローバの商標をつけろと条件をつけたので、涙を呑んで受注を蹴って、SONYのブランドを死守したと言う。                     
   バックホルツは、ソニーは、総て、SONY一本で偉大なブランドを築き上げてきたが、松下は、パナソニック・ブランドを宣伝するのに2倍の費用をかけなければならなかったと書いている。
   
   しかし、その後、もう50年以上も前になるが、ニューヨークで電化製品の倉庫に泥棒が入り、他の製品には目もくれず、盗んだのはソニーの携帯ラジオ4000台だけだったと、ニューヨーク・タイムズなどが報道したので、大変な宣伝になったと言う。
   その素晴らしいSONYが、もたついているので、ファンであるバックホルツが、盛田昭夫の獅子奮迅の戦いを語りながら、ソニーにエールを送っているのが、この本の「盛田昭夫」の章である。  

   
   
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芸術祭十月大歌舞伎・・・玉三郎の「本朝廿四孝」

2008年10月28日 | 観劇・文楽・歌舞伎
   今回の「本朝廿四孝」は、「十種香」と「狐火」であるから、長尾謙信の息女八重垣姫(玉三郎)が主役の舞台で、その八重垣姫が、前半の「十種香」では、亡くなったと思って回向していた許婚武田勝頼(菊之助)に遭遇して、恋に燃える深層の令嬢としての初々しいお姫様を演じる。
   ところが、後半の「狐火」では、がらりと変わって、追っ手を差し向けられた勝頼に危機を知らせたいとの一念が適って、諏訪明神が遣わした狐の助けを借りて氷湖を渡る激しい舞の舞台となる。
   その起承転結、メリハリの利いた舞台が、玉三郎の魅力全開で、観客を魅了する。

   この「本朝廿四孝」は、人形浄瑠璃が本来であるから、歌舞伎も、義太夫狂言の舞台で、語りと台詞が微妙なタイミングで交錯し、「十種香」など、役者の動きが非常に少ないのだが、音曲のリズムが、それを補って雰囲気を盛り上げている。
   先月、豊松清十郎襲名披露公演で、吉田清之助が八重垣姫を遣って素晴らしい舞台を創り上げたのは、このブログでも書いたが、「十種香」の舞台は、文楽も歌舞伎も殆ど似たような舞台だが、奥庭の狐火の段になると、自由奔放に動ける人形と生身の役者が演じる歌舞伎との差が歴然と現れて、夫々の良さを出すのが面白い。

   この「狐火」の舞台は、私などは、八重垣姫の勝頼への思い情念をストレートに表現する文楽の方が分かりよいのだが、玉三郎は、人形振りではなくて、歌右衛門型を踏襲して、途中で白い衣装に変えるなどして舞踊劇で表現しているので、もう少し人間的で内証的な表現になっている。
   正に、八重垣姫役者の独壇場の場であり、「十種香」の深窓の姫君の激しい一途の恋心を表現する舞台も女形としては非常に卓越した芸を要求されるのではあろうが、この「狐火」も、流石に玉三郎で、下手な役者が到底やりおおせる場ではない。
   そうでなければ、文楽においては、主遣いの簔助や清十郎を、勘十郎の左、簔紫郎の足でサポートする鬼気迫る八重垣姫の迫真の演技に対抗できる訳がないのである。
   何となく、狐の縫いぐるみを持って舞台を走り回る人形遣いの尾上右近の演技が浮いた感じになってしまっていたのが惜しい気はする。

   ところで、「十種香」の舞台の玉三郎の八重垣姫だが、冒頭の、床の間に掲げた許婚直後に書かせた勝頼の絵姿を、「見れば見るほど美しい。・・・可愛とたったひと言の、お声が聞きたい、聞きたい」と涙に咽びながら読経する御簾越しの後姿から、素晴らしい舞台を見せてくれる。
   夫であった花作りの蓑作を回向する濡衣(福助)の忍び泣きを聞いて、障子戸を開けて座敷を見ると、絵姿そっくりの匂うように美しい偽蓑作(菊之助)が居るのを見て、「ヤ、勝頼さまか」と一瞬飛び出そうとするところから、八重垣姫の激しい恋心に火がつく。
   思い直して回向に戻るがやはり諦め切れずに部屋を飛び出して勝頼に縋り付き、人違いだと言われても濡衣に恋の仲立ちを頼み、勝頼と知れてからは、思いの丈が聞き入れらないと「いっそ殺して」と迫る。
   しかし、乙女の恥じらいも見せ、逡巡しながらも、激しい恋心を示す八重垣姫を、気品と美しさを保ちながら、殆ど、赤い着物の袖と顔の表情だけで演じ切ろうとするのであるから、立女形の大変な技量を示す場で、玉三郎の演技は、正に、八重垣姫の決定版なのであろう。

   ところが、ことの次第を盗み聞いていた厳つい謙信(團蔵)が出て来て、蓑作実は勝頼を塩尻へ行くよう命じて立ち去らせ追っ手を送り出すので、二人の恋はあっけなく終わってしまうので、この幕は、何となく消化不良でフラストレーションを残して幕切れとなる。
   
   菊之助の勝頼は、玉三郎の八重垣姫と揃うと、雛人形のように素晴らしい舞台となり、黒いシックな衣装の福助の濡衣との3人の舞台は絵のように美しい。
   このあたりの視覚芸術としての歌舞伎の魅力は、文楽とは一寸趣を異にした素晴らしさかも知れない。
   勝頼の菊之助だが、とにかく美しく、動きもたおやかな感じで非常に気品があって素晴らしいのだが、着付けが何となく女形風であり、若殿としての凛々しさ逞しさに欠けていたような感じがしたのだが、気の所為であろうか。

   福助の濡衣は斎藤道三の娘で、実夫・蓑作が殺され、身代わりの偽蓑作である勝頼の妻と言う立場で、武田家の隠密として入っている影の存在なのだが、控え目で、しっとりとした演技が良い。
   八重垣姫に、偽蓑作との仲を「可愛がってたもるように、仲立ちを頼む」と迫られ、「大名のお娘御とて、油断はならぬ恋の道」と言いながら間に立って、父親から諏訪法性の兜を盗み出せと交換条件を出すなど、このあたりの呼吸なども中々すらりと鮮やかで面白い。
   玉三郎が、一寸、天然記念物のような演技をしているのに比べて、福助の場合は、身の丈に合った役作りなので自然体で行けたからでもあろうか。

   團蔵の長尾謙信、追っ手を演じて勝頼討ちの術を披露する白須賀六郎の松緑と原小文治の権十郎なども、新鮮な芸を見せていて夫々良い味を出していた。
   
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恒例の神田古本まつり開幕

2008年10月27日 | 書評(ブックレビュー)・読書
   恒例の神田の古本まつりが始まったので、朝から出かけた。
   週末の土日には、狭いすずらん通りが歩行者天国になって、出版社や各種団体などが店を出し、オークションなど催し物があり面白いのだが、平日は、神保町の交差点と岩波ビルの裏の路地、それに、古書店が自分たちの店の前の歩道にワゴンを出して店開きをする。
   日暮れ時から大雨になったが、朝から天気に恵まれていたので、かなりの人出で賑わっていた。
   私自身は、何処の店にどのような本があるのか分かっていて、毎年変わり映えがしないので、一通り歩けば用が足りる。

   都合がつけば殆ど毎年出かけており、以前は、箱一杯本を買って宅配で送っていたのだが、この頃は、数冊しか買わなくなった。
   今日も、経済か経営の本でもあればと思って出かけたのだが、大体、古本まつりに、こんな本を求めるのが間違っているのか、何時もほどは出ていなかった。
   結局、しばらくワゴンを回って買ったのは、次の3冊だけ。
   エリエッテ・フォン・カラヤン著「カラヤンとともに生きた日々」
   片岡仁左衛門著「芝居譚」
   関容子著「海老蔵そして團十郎」 すべて新古書である。

   その後、定期健診で山王病院に出かけたのだが、待ち時間に、関容子の本を読んでいたが、退屈せずに済んだ。
   歌舞伎には良く出かけるが、それほどのファンでもないので、役者など内幕話など殆ど知らないのだが、一芸に秀でた素晴らしい役者たちの芸談や逸話などには興味があるので、結構この方面の本は好んで読んでいる。

   選挙が近づいた所為か、神保町の交差点脇に車を停めて、民主党の海江田万里氏が、街頭演説を始めた。
   与謝野馨大臣との一騎打ちなので力が入っており、イギリスの民主政治について熱っぽく語っていたが、立ち止まって聞いている人は殆ど居なかった。

   ところで、古本を探している人々だが、大体、それなりの身軽な格好をしてバッグなどを持ってやって来ている。
   古い和綴じの本を漁っているような人も居れば、大きな美術書や事典を買っている人も居り、何故か、こんな所で「淫乱何とか」と言ったタイトルの本を熱心に品定めしている人も居て、人ごとながら面白い。
   不景気な所為か、今年は、宅配のカウンターが暇にしていた。
   5000円以上買えば、宅配料を負担してくれるので助かるのだが、暇だと言うことは、本を纏め買いする人が少ないと言うことであろうか。
   午前中は、少し上がったようだが、今日、日経平均株価は、バブル崩壊以降の最安値7162.90円をつけたのであるから、仕方がないのかも知れない。
   本離れが加速しているようだし、少し寂しい気がしている。
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T.G.バックホルツ著「伝説の経営者」・・・マクドナルドのレイ・クロック

2008年10月26日 | 経営・ビジネス
   ブッシュ父子に仕えたエコノミスト・T.G.バックホルツが著名なカリスマ経営者の略伝を紐解きながら経営の極意と成功の秘密を機知に富んだユーモアを交えながら書いたのが、この書物「伝説的な経営者」である。
   盛田昭夫やディズニーなど、とにかく、冒頭のマクドナルドのレイ・クロックから面白く、肩の凝らない書物ながら、教えられることが多い良書である。

   欧米旅行の徒路では、時間が惜しい時に、このマクドナルドに良くお世話になったので、昔から馴染みであるが、しかし、正直なところ、美味しいから食べたいと思って行くことは殆どない。
   最近でこそスターバックスなどの登場で便利になったが、特に、ヨーロッパでは、日本のように簡単に昼食などを済ませられる場所がなく、昔、ナポリの一寸したホテルでスパゲッティを食べるのに2時間近くも掛かってしまって、ポンペイの入り口まで行きながら入れなかったことがあった。
   アメリカのファーストフッドはそれなりに便利であるが、良く考えると、日本のファーストフッド紛いの昼食は、非常に簡便であり、ビジネス慣行にマッチした食文化の豊かさであると思う。

   ところで、このクロックは、マクドナルドの創業者ではなく、マクドナルド兄弟から会社を買い取って全国展開したカリスマ経営者なのである。
   学校嫌いで勉強はからっきし駄目で、ピアノが弾けたので妖しげなクラブで弾いていたこともあるようだが、持ち前の研究熱心と商才が爆発して紙コップのセールスでビジネス感覚を磨いた。

   ドラッグストア・チェーンのウォルグリーンに商品を納めていたのだが、店に併設されているソーダー・カウンターには十分なイスがなくて何時も込み合っており、これを解消して売り上げを伸ばすために紙コップを利用するテイクアウト方式を提案した。
   紙コップのコストは自分持ちで始めたら大盛況となり、紙コップの売り上げが増加し、成長企業のウォルグリーンと共に繁盛した。
   教訓は、クライアントの効率向上法を見つけよ、費用は進んで自ら負担せよ、新規の客を引き寄せクライアントを利せよ、成長する企業と付き合えetc.で、その後、これを見ていて「社員ランチ休憩」ビジネスを編み出してU.S.スチールなど大企業の工場と契約を結んだと言う。
   
   面白いのは、次の商売が、ミルクシェイクを同時に5杯分作れるマルチミキサーの販売である。
   ビジネスマンのみならず顧客にとっても「時は金なり」なので、早くて能率の上がるミキサーの人気は上々だったが、一度に8台も注文したのが当のハンバーグ店で、マクドナルドとの遭遇となったと言う。
   その前に、戦争で砂糖が統制となりシェイクが作れなくなったが、砂糖をコーンシロップに変えたレシペを編み出してミキサーの販売を維持し続けた。

   ところで、クロックは、マクドナルドのハンバーガーとポテトチップの店に惚れ込んで、アメリカ全土にマクドナルドのフランチャイズ店を展開する契約にこぎ付けた。
   ところが、焦ったあまり、契約が杜撰であった上に、マクドナルド兄弟が締結していた瑕疵のある契約などが明るみに出て問題山済みで、結局、最後には、巨額の大金を払って全権利を買い取ったが、6年間1ドルも報酬を受け取れなかったと言う。
   
   クロックの偉い所は、フランチャイズ権を付与するフランチャイザーである自分よりも、付与されるフランチャイジーの利益を優先させたことである。
   自分のビジネスの未来に、万全の自信と誇りを持っていたので、フランチャイジーが成功するのなら、自分が金持ちになるペースが彼らより遅れても一向に構わないと考えたのである。
   競合他社は長期的な成長を考えずに、高い代金で儲けの多い機器設備や食材を売りつけるなどして、フランチャイズ店を搾取していたのとは大きな違いであった。
   クロックは、サプライヤーとの交渉には厳しかったが、一度契約すると途中で値切るなどと言ったことは一切せずに長期的な関係維持に努めたし、好条件の調達は、そのままフランチャイズ店の利益となり売上増加に繋がるので、サプライヤーも満足していた。

   ところが、当初は、大企業のサプライヤーは、一切相手にしてくれず、一つ一つ中小企業を掘り起こして、新しい業者を探して育成しなければならなかった。
   昔、ソニーが東京通信工業と称していたベンチャーに近かった頃、住友が融資を断り、取引先にも取引を勧めなかったので、その後長い間、これらの会社は、ソニーから出入りを禁止されていたと言うが、これに、近い姿であろうか。
   これらの弱小サプライヤーは、殆ど、マクドナルドだけの取引を続けて大企業に育って行ったのだが、クロックは、最終的には、巨大な市場支配力を手に入れたのである。

   ところで、今、食の安全が厳しく求めれれているが、クロックは、品質向上への飽くなき努力を続けた。
   あやしいと思うと、サプライヤーの倉庫を夜討ち朝駆けで急襲して調査するし、検査チームが、全国各地のフランチャイズ店に出向いて、包括的な「食肉検査」を実施するなど、品質管理には極めて厳しかったと言う。

   クロックのマクドナルドへの執念とも言うべき経営への情熱は、やはり、カリスマ経営者の典型であろうが、
   アンドリュー・キャンベルとロバート・パークが著書「成長への賭け」で、成長街道をひた走りに驀進していたマクドナルドやインテルが、成長が鈍化したので、新規ビジネスの立ち上げを精力的に続けているが、いくら苦心惨憺して努力しても、悉く失敗しているのだが、何故そうなのか、面白い分析をしている。
   マクドナルドは、新たな出店を目指すのではなく、「既存店舗への来店客を増やす」ことに重点を置く「バック・トゥ・ベーシックス」戦略を取る事にしているとしているが、果たして、現在はどうであろうか。
   この本の最後の付属資料で、多くの経営学者のマクドナルド経営戦略論を撫ぜ切りにしているのが面白い。
   
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金融危機に揺れる新興国BRIC's

2008年10月25日 | 政治・経済・社会
   今回の世界的な金融危機では、アメリカやヨーロッパだけではなく、ディカップリング論が飛び出るなど経済成長を牽引して来た筈の新興国にも、大きな被害を引き起こしている。
   国によって、影響が区々なので、 A taxonomy of trouble と言う面白い表題の記事を、エコノミストが掲載しているのだが、正に、グローバル時代で、今回の金融危機により、経済は、完全に世界全体が繋がっていることを示した。

   エコノミストは、新興国別に、交換レート、経常収支、外貨準備高、対外資産を表示しているのだが、
   世界経済の減速で、貿易に打撃を受けている国、
   外資の純輸入国で、資金の流入が止まって歳出削減に追い込まれた国、
   国自体は問題ないが企業や金融機関が資金繰りに困窮している国
   に分類できると言う。   
   
   通貨の交換レートについては、どの国も壊滅的な打撃を受けて下落しているが、ドルにペッグしている中国だけが、6.9%の元高になっているのが興味深い。
   期せずして、ドル以外の通貨には元の切り上げが実現したと言うことである。
   尤も、アメリカ発の金融危機でありながら、日本を除いた世界中の通貨が、悉くドル以上に減価して、日本円に対して大暴落した筈のドルが独歩高と言う考えられないようなことが起こっているのだから、不思議でも何でもないのかも知れない。

   プラチナと金の輸出国南ア連邦などは、アイスランドに継ぐ38.7%もの暴落で、続いて、コモディティの輸出国ブラジルを直撃し、市場の40%もの比重を持つペトロブラスの暴落で株式市場を混乱させていると言う。

   インドは、ルピーの大幅下落だが、石油などの価格下落で多少助かっている面もあるが、世界中の金融機関の経営危機でIT関連業務が壊滅的な打撃を受け、インド企業は、金融機関などに提供したIT関連ソフト・サービスへの支払いを憂慮している。
   インドの場合には、経常収支の大幅な赤字が問題で、このギャップを海外からの直接投資で埋めていたのだが、最近、異常な経常収支の悪化に加えて、企業が外資で起債するなど膨大な外資の導入をはかっているので、これらが大いなる重荷となって来ている。

   面白いのはロシアで、豊かな石油とガスの輸出で、2007年度だけでも、1660億ドルもの収入を得ており、外貨で溢れている筈だが、金融機関や企業は、債務超過で、ドル調達に血眼になっていると言うのである。
   ロシアの純資産比率は56%。ロシアの銀行の資産に対する純対外債務は、1035億ドルもオーバーしている。
   21世紀に入って、ロシアは外貨保有高を5600億ドル積み増しているのだが、逆に、銀行は、4600億ドル債務を増やしている。
   ロシア政府は、石油やガスの輸出には高い税率をかけて外貨を吸収し、中央銀行と安定基金にリザーブしているので余裕の外貨などないのだと言う。
   ロシアは、余剰資金を欧米の銀行に貸し出し、それを、再び借り入れている勘定になる。

   ところが、今回の金融危機で、欧米の銀行がロシアの銀行への貸し出しを停止したので、ロシアは、外資の循環を止めざるを得なくなった。
   今度は、ロシア政府は、500億ドルを国有銀行に預託して、外資調達に困窮しているロシアの金融機関や企業に貸し出すことにした。
   皮肉なことに、金融に行き詰った欧米の金融機関が、石油とガスで溢れ返っていたロシアの政府ファンドを当てにしていたのだが、今度は、これが、ロシアの企業を助けるための政府ファンドになってしまったのである。

   ところで、エコノミスト誌の表で、経常収支が赤字で、純資産比率がマイナスの国は、ブラジル、ハンガリー、インド、韓国、ウクライナで、
   ロシアは、経常収支が黒字、
   南ア連邦は、対外純資産比率が128%、
   両方の数字がプラスで好成績なのは中国だけで、群を抜いている。
   この中国でさえ、経済成長率が9%にダウンしたとして、危機意識を持っているのだから、今回の金融危機は、正に、世界中を巻き込んだ深刻な世界規模のリセッションなのである。

   もう一つの教訓は、世界同時好況の時には見えなかったが、成長街道を驀進していた新興国も、先進国あっての新興国であり、まだまだ、経済体質は脆弱であったと言うことである。
   尤も、先進国といえども、最先端の金融ビジネスで、資本主義の屋台骨を揺るがせて、経済社会を一瞬にして危機に陥れたのであるから、自慢出来たものでもない。
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世界経済の牽引車中国がグローバル・スランプに直面

2008年10月24日 | 政治・経済・社会
   表題のタイトルは、ニューヨーク・タイムズの記事のタイトルである。
   この30年間、中国は、世界の工場として安価な輸出品の輸出者として世界経済の発展を支えて来たのだが、今回の世界的な大不況と中国製品の輸出減退によって経済成長が鈍化し、中国共産党としては、どのようにしてこの金融危機を乗り切り、経済成長の奇跡を持続できるか重要な局面に直面していると言うのである。

   しかし、今や、中国経済の浮沈は、中国自身だけの問題ではなく、欧米経済が大変な金融危機に遭遇しており、世界経済にとっても致命的な影響力を持っている。
   この難局を乗り切るためには、中国の輸出主導型の経済構造を改変して、政府の公共投資と増大と驚異的な高貯蓄性向を消費に導くなど内需拡大政策への転換が必須だと言うのである。

   中国の銀行の国際化の遅れが幸いして、今回の欧米主体の金融危機の影響は軽微にとどまったが、最近5年間の経済成長の鈍化は顕著であり、地方での工場閉鎖が相次ぎ、職を追われた失業者が工場を取り巻き騒ぎ始め、株式市場が65%もダウンするなど経済情勢に暗雲が垂れ込み始めている。
   中国では、増加する労働者に十分な職を維持するためには、最低8%の経済成長が必須であり、2008年には、この水準を維持出来ないと言う。

   1990年代後半のアジアの経済危機の時には、中国は、道路や空港建設などへの公共投資を増大して苦境を乗り切ったが、今後の更なる工業製品の輸出競争力を涵養するためにも、鉄道や電力などインフラ整備への公共投資の拡大が期待されていると言う。
   民主主義政治のインドと違って、共産党一党独裁の中国では、豊かな財力を活用して思い切った公共投資を行うには殆ど問題なく、必要なら、果敢に実施するであろう。

   一方では、経済の近代化に向けて、中国にとってもっと大切なことは、ヘルスケア・システムの構築、教育費の削減、基本的なセイフティネットの整備などソフト面での充実で、都会に住む労働者や8億人もいる農民として格付けされている貧しい消費者に安心を与えて内需を拡大することだと言われている。
   最近発表された土地制度改革で、初めて、農民たちに土地のリースや移転の権利が認められることになったが、これらの一連の改革が地方の所得を拡大するなど地方経済の活性化を促進するものと期待されている。
   しかし、これらの改革効果も即効性には程遠いので、とどのつまりは、中国政府の強力な公共投資の拡大以外に、中国経済の落ち込みを解決する方法はないであろう。

   ところで、中国経済にとって大きな意味を持つのは、1.9兆ドルと言う驚異的な外貨準備保有高で、いくら、アメリカがじたばたしても、中国が、この外貨準備を他のドル資産に転換するなど操作するだけでアメリカ経済に大混乱を引き起こす程の破壊力を持っているので、ポールソンや政府高官が毎日のように、中国のトップと電話でコンタクトしていると言う。
   アメリカは、ことある毎に、元の切り上げを叫んでいるが、大体、輸出競争力の低下以前の問題として、元高自体が、アメリカに一部借金の棒引き、すなわち、徳政令を敷かせるようなもので、中国の国富を毀損する。
   したがって、おいそれと飲めないし、また、ドルの暴落は中国としても避けざるを得ず、正に、今や、経済的には、両国は一蓮托生、運命共同体になってしまったのである。

   中国政府高官は、この外貨を使って欧米企業の株を取得して、取締役会に役員を派遣するなどして、グローバル・ビジネスの技術を磨いたり経験を積もうと考えていると言っている。
   実際には、中国の国営石油会社が米国の石油会社ユノカルを買収しようとした時に、米国政府の横槍で頓挫したが、米国が、自国の金融危機を救済するために、中国の政府系ファンドや中国企業の資金を当てにしている以上、徐々に中国支配が進展するのは時間の問題であろう。
   尤も、中国政府も、政府系ファンドが米国で損失を出していることに、最近では国民が厳しく口を挟み始めたことを憂慮していると言うのだが、中国としても、この国家保有の外貨の活用のためには、今後、実質的なドル資産の実効支配に向かうことは必然だと考えられる。

   アメリカ発の金融危機のために、中国経済もとばっちりを受けて悪化し始めているが、いずれにしろ、アメリカやヨーロッパ経済の弱体化は避けられず、新しい世界金融システムの構築のためにも、中国の影響力が益々増大し、経済的にもスーパーパワーとして益々重きを成してくることは間違いないと考えられている。

   まだまだ、アメリカの資本主義経済システムの優位性やその経済力には侮れないものがあるが、しかし、アメリカの覇権国の弱体は、実際の軍事力競争ではなく、案外、経済競争で綻びが生じるかも知れない。
   尤も、外交関係においても、隣のならず者国家を温存させて緩衝地帯として、アメリカに対抗して東アジアの覇権を掌握しようとするのは勿論、旧ソ連地域を含めた西アジア・中東、アフリカ、そして、はるかラテンアメリカにまで至る世界中に張り巡らしたしたたかな資源掌握戦略など目を見張るものがある。
   一人当たり国民所得は非常に低く、多くの深刻な経済問題を抱えた開発途上国だと自他共に主張し、されているが、巨大な人口と国土を持ち快進撃を続ける途轍もなく大きなマスの破壊的なパワーに対抗すべきもないことは明白であろう。
   
   
   

   
   
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日経「景気討論会」

2008年10月23日 | 政治・経済・社会
   世界同時株安で、前日に引き続いて、日経平均株価指数が瞬間8000円を割れた今日、日経ホールで恒例の「景気討論会」が開かれた。
   小孫茂日経編集局長が、日経平均が8000円割れたら携帯に連絡が入るのだと言いながら司会をする一寸異常な雰囲気の中で、参加の論客たちも戸惑いながら発言していたが、
   全体的には、今回の金融恐慌のような状態は、大恐慌には至らないが、世界の経済情勢は相当深刻であり、回復に時間を要し、2008年度に底入れして、回復に向かうのは2009年半ば以降であろうと言う見解で一致していた。

   日本経済研究センター深尾光洋理事長の予測は、経済成長が、2008年は-0.1%、2009年は-0.2%、為替(年末)は、ドル95円、ユーロ120円、日経平均株価(年末)は9000円、石油は70ドル。
   野村証券木内登英チーフエコノミストの予測は、夫々、+0.1%、+0.6%、95~105円、110~140円、野村は8000~11000だが、本人は7600~9000円
   武藤敏郎大和総研理事長は、0%(マイナス基調)、0%(プラス基調)、100円、130円、9000円、60~80円
   小島順彦三菱商事社長は、夫々マイナス基調の0%、95~100円、120円、9000~10000円、80~100円

   私の印象だが、これだけ大恐慌に近いと世界中が騒いでいる金融恐慌状態下の未曾有の大不況なのであるから、GDP成長率が、ゼロや、小数点以下のプラス、マイナスと言った下落幅の少ない安易な数字で終わる筈がないと思うし、それに、為替や、日経平均にしろ、石油価格にしろ、何れも現状に引きずられた数字で、全く真面目な予測になっていないと思った。
   当る筈のない数字をよくも公表してくれたと、小孫編集局長が最後に締めくくっていたが、とにかく、最近の株式相場の乱高下は異常であり、何が起こるか分からない。

   サブプライムに始まった現状の金融危機およびその対策等については、新聞などメディアで報道されているのと殆ど変わらない見解が述べられていたが、
   木内氏が、アメリカの金融危機ばかりが強調されているが、今回の金融危機による不良債権は、ヨーロッパ発がかなりあり、140兆円ではなく、実際は230兆円くらいで、ヨーロッパの不況がもっと深刻であることを指摘していた。

   確かに、国家経済の崩壊の危機に瀕しているアイスランドの金融危機は、実際には、サブプライムとは無縁で、高金利に引かれて流入してきた資金を銀行が大量に借り入れて、国内外の企業へ投融資したり住宅ローンなどに注いで運用していたのが、アメリカの金融危機で投資ファンドが資金の引き上げたことによって起こっているし、
   ハンガリーが、不況下でありながら国内経済を犠牲にしてまで高金利政策を実施して外資の流出を阻止しようとするのも、ハンガリーの経済成長と将来性を見越して流入して来ていた投資目的の投機的な外資の引きあげによるもので、かなりアメリカとは様相が異なっている。
   (ニューヨーク・タイムズ報では、エストニア、ラトヴィア、チェコ、ポーランド、ルーマニアetc.のVulnerability脆弱性が非常に高い)

   アイスランドと同じように、ヨーロッパの小国の経済が問題で、スイスでも2大銀行がGDPの7倍もの借金を抱えており、また、各国がばらばらに金融政策を打つなど不協和音が起こっているが、ヨーロッパ全体としての協調金融政策の実施が必須だと言う。
   スペイン、北欧などヨーロッパ各地の住宅バブルは、アメリカ以上に深刻で、東欧の経済不況などヨーロッパ自身の経済環境が悪化しており、経済の回復は2011年へずれ込む模様だとも言うのである。
   ドルの暴落の筈だったのに、それに加えて、基軸通貨への道をひた走っていたユーロの凋落振りは、このような経済状況を反映していて、1ユーロ160円台まで上がったのが今では120円台に暴落している。

   深尾理事長は、サブプライムだけなら日本の場合よりもかなり傷が浅い筈だが、今回は複雑なデリバティブ・バブルで極めて深刻であり、今回の金融危機で、金融機関や企業の信用が地に堕ちてしまい、この信用の回復が進まない限り不況は収束しないと言う。
   CDSについて、2002年に、バフェットが、「金融版の大量破壊兵器」だと言ったことに言及して、AIGは、不良債権にはならないと言う一方に賭けて、ゼロサムゲームの賭けであるにも拘わらず、保証料を総て利益に計上して暴利を貪ったのであり、許せないと言った口ぶりで、これから、金融危機の総ての情報を開示してゼロサムゲームの損益をはっきりさせるべきだと強調していた。

   大体臭いものに蓋をして有耶無耶にしてしまうのだが、クルーグマンがニューズウイークのインタビューで、「過去8年間の記録を公開すべきだ」と言って、イラン・コントラ問題の真相を明らかにしなかったので事件に関わったものたちが次の政権に戻ってこようとしたと非難している。
   ブッシュ政権の仕事を暴くとは興味津々だが、オバマならやるであろう。
   余談だが、高橋洋一教授が、今回の日本経済の不況の本当の原因は、サブプライムではなく、2006年の金融引き締めであって、その責任者は、現在の白川方明総裁と与謝野馨経済財政担当大臣であったと言っているが、やはり、グリーンスパンと同様に過ちは過ちであり、真実ははっきり公表すべきである。

   木内氏が、日本の金融機関が比較的健全なので、余剰資金を活用して世界のリスクマネーセンターとなるべきだと説いたところ、
   深尾氏が、株が8000円だと日本の金融機関の自己資本はお寒い限りで、そんな実力はないと諭していた。
   麻生政権の今回の特別減税については、そんなことをやるよりは、外国留学生や知的移民を促進するなど外向きの国威発揚策などに金を使うべきだと言う意見が大勢を占めるなど、後半は、多少余裕の出てきた討論会であった。
   私見を交えて長くなったので、後は端折ることにする。
   
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ヒメアカタテハ蝶のラブシーン

2008年10月21日 | 花鳥風月・日本の文化風物・日本の旅紀行
   秋晴れの美しい日、庭のイスに座って本を読んでいたら、ツゲの木の下から手を広げて今を盛りに咲き乱れているツワブキの花に、ヒメアカタテハが飛んで来て蜜を吸い始めた。
   その上を、小さな蝶や仲間の蝶などが舞い始め、一匹のタテハが傍の花に止まり少しづつ近寄り始めた。

   始まるなと思って、カメラを取りに家の中に入った。
   ほんの1~2分ほどの間だったが、花には蝶がいなくなっていた。
   程なく、傍の地面の上で蝶がばたついているのに気付いた。
   一匹だけだと思ったら、もう一匹の方が、上から押さえつけられて片方の羽の下に組み敷かれていたので見えなかったのだが、頭が二つ動いているので2匹いることが分かった。
   メスの蝶が、横倒しにされて翅が二枚重ねに折り畳まれてオスの左翅の下になり、胴体は、横向きになってオスの左翅と胴体に押さえ込まれてオスの体と平行に並んでいて、尻尾の先はドッキングしているようであった。

   暫く見ていると体が離れて、また、オスがばたばたし始めて、オスが再度ドッキングするために尻尾をメスの翅の下から滑り込ませようと試みている。
   メスは大人しくしていて動かないのに、オスが何回も試みるのだが上手く行かない。(口絵写真は、このシーン。左の綺麗な蝶がメス)
   後でデジカメ写真を見ると、メスは、尻尾を高く持ち上げてオスを避けているのが分かった。
   オスは、しばらく、メスの周りを回っていたが諦めて花に返って蜜を吸い始めた。
   メスの方は、1~2分じっと地面にそのままの姿で動かなかったが、良く似ていると言うのか、オスと言うものの自己本位の行動が面白い。

  蝶の姿を、こんなかたちで見たのは初めてだったので面白かった。
   普通は、蝶でも蝉でも、交尾の場合、尻尾の部分だけドッキングして、体は、お互いに反対の方を向いて繋がっている、要するに、交尾中の姿ばかりしか見る機会がないのだが、このように、オスがメスを上から押さえ込んで激しく行動している自然の摂理を見るのは面白いというか、四六時中昆虫を観察していたファーブルの気持ちも分かるような気がした。
   しかし、何となく、見てはいけないものを見た後ろめたさも感じてしまった。
   

   
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強そうで頼りないのは阪神・朝潮・日本円

2008年10月20日 | 花鳥風月・日本の文化風物・日本の旅紀行
   随分昔の話だが、「女性の好きなものは、巨人・大鵬・玉子焼き」と言う言葉が流行った。
   丁度その頃だったと思うが、流行ったかどうかは知らないが、「強そうで頼りにならないのは阪神・朝潮・日本円」と言う言葉を新聞で見て、なるほどと思った記憶がある。
   
   阪神はさて置き、朝潮とは今の高砂親方で、朝青龍のコントロールに梃子摺っているが、当時は強くて横綱や大関をころころ投げ倒し、北の海などには勝ち越しの成績を残している程だが、如何せん、大切なところで土をつけられ、何度も優勝の機会を逃すなど、結局大関止まりに終わってしまった。
   本人は男前だと笑っているが、ころころしていてあの風貌だから、ファンも多く、期待してTVを見ているのだが、ここぞと言う所で、負けてしまうので、フラストレーションが溜まって仕方が無かった。
   強そうで期待を裏切るので、正に、「強そうで頼りにならない」と言う典型であった。

   日本円については、プラザ合意前だったので、固定相場制で殆ど動きがなかった筈だが、丁度日本経済の成長期であり、その後の円安で景気浮揚を喜ぶと言った後ろ向きの風潮ではなく、日本全体が円高で国威発揚に燃えていた頃なので、国民は円高を期待するのだが、すぐに、円安に戻ると言う時代だったのである。

   北京の時もそうだし、日本の野球もサッカーも、いざと言う時に勝てずに期待を裏切る。
   破竹の勢いであった今年の阪神も同じで、13ゲーム差であったのを最後は2ゲーム負け越し、言うならば、巨人に15連敗し続けたと言うことで、本来考えられないことだが、これは、阪神のマネジメントが失敗を重ねた結果で、巷で言われているように、巨人のミラクルでもレジェンドでも何でもない。

   阪神の落日は、点が取れなくて延長になりサヨナラ勝ちする試合が多くなり始めた頃からで、真夏に入ってからは、勝つ日が少なくなり、試合すればまた負けるかも知れないと言うような状態になってしまった。
   点が取れなくて、打たれるのだから勝てる筈がない。

   このブログで2005年9月13日に、吉田監督とのパリでの会食の思い出を書いたが、あの時、優勝した翌年に、惨憺たる阪神の状態について語ったことを思い出す。
   どんな手を打っても負け続けると言った後で、「朝起きたら、真っ先に空を見まんねん。何でや思いはります? 雨やったら負けずに済みますやろ。」
   今年の8月以降の阪神は、正に、このような状態であった。

   最後の試合をNHK BS1で放映していたが、私は見れずに、パソコンで米国メディアの記事を読みながら、平行してヤフーの画面をちらちら見ていた。
   最終回2死3塁で、4番ウッズであるから、私は、画面に映る数字は、0か2だろうと思ったが、案の定阪神にとって最悪のホームランで2点を取られたのである。
   その直後、TV画面を直接見たが、大写しにされた藤川と矢野の絶望感が総てを物語っていた。
   いくら不調だとは言え、この場合には、ウッズを歩かせるのが常道だと思うのだが、矢野と藤川は勝負に出て、負けた。
   勝負の世界は、運も作用するが、極めて厳粛である。
   最終回の阪神の攻撃は、3晩4番5番が打てずに三者凡退。藤川で負けたと言うことを含めて、阪神の現状を象徴している。

   先のウッズの打席で、勝負に出るか歩かせるかは、正に戦術だが、このような戦術のみならず、もっと大切な戦略において、阪神は多くの失敗を重ねている。
   岡田監督は、藤川・矢野・新井をオリンピックに取られたのが戦力低下を加速したのではないかと問われて、これは既定の路線であって、問題は球団の人事管理など他にあるとコメントしていた。
   私は、スポーツの世界でも、或いは、政治の世界でも、統治する立場に立つ人間は、経営学の基礎をしっかり学んで身につけるべきであって、その上での、戦略であり戦術だと思っている。
   球団の代表も監督も、ピーター・ドラッカーを読んで勉強すべきなのである。

   
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ボストン美術館浮世絵名品展

2008年10月19日 | 展覧会・展示会
   江戸東京博物館で、浮世絵の歴史を一度に展望できるような素晴らしい浮世絵名品展が開かれている。
   一昨年11月に開かれたボストン美術館展は、同じ浮世絵展でも、あの時は、江戸の誘惑と言うタイトルで、貴重な肉筆浮世絵絵画が主体であったが、今回は、殆ど門外不出の為に退色を免れた色彩鮮やかな版画や版本が展示されている。

   先日、NHKで、写楽の役者絵を参考にして当時の歌舞伎の舞台を再現して、その役者のしぐさや見栄を切る瞬間をフリーズした作品の解説を行っていたが、今回の名品展にも、ポスターなどにも使われていた歌川国政の「市川蝦蔵の暫」など歌舞伎の舞台や役者絵が沢山展示されていて興味深かった。
   今のモード雑誌やファッション雑誌に匹敵するのであろうが、浮世絵が、当時の最新の髪型や着物や装いを発信するビークルだったので、当然、遊女や歌舞伎役者の姿絵が多かったのであろう。

   浮世絵が江戸文化の華として開花したのは、豪華な多色刷りの錦絵の完成であろうが、誇りの高い江戸の人間は絶対口にしないが、この素晴らしい江戸浮世絵を開花させたのが京都の絵師鈴木春信だと言うのが面白い。
   狩野派の伝統を受け、光琳風の着物を着た胸元ポロリの京美人で優雅な京風エロチシズムを描いた京都の西川祐信と共に江戸に下って浮世絵師として活躍したと言うのだから、春信の浮世絵に雅と粋の風格が漂っているのも当然であろう。

   春信の浮世絵は、かなりの作品が展示されているが、私は、「坐鋪八景 ぬり桶の暮雪」が面白いと思った。
   乙女が、ぬり桶の上に広げた綿を帽子のようにしてかぶせて、雪を頂いた山の景色に見立てる手仕事をしている姿を描いた絵で、横に座ったキセルを持って立膝をした母親か女将と言った風情の女性が、出来上がったぬり桶の雪山を眺めている、そんなワンシーンだが、物語があって素晴らしい。
   真っ白な綿だが、ナイフで切り込んだ版を重ねて刷っているので、良く見ると綿の輪郭線が見えたり、着物や帯の文様の繊細で微妙な美しさなど、彫師の巧みな技術に舌を巻く。
   春信の他の絵では、真っ黒なバックに菊花を浮かび上がらせて二人の美人を配した「寄菊」、定家、寂蓮、西行と美人たちを描いた「見立三夕」など素晴らしい絵があったが、師匠の絵のエロチシズムは消えていて、女性像は、夫々細面の楚々とした美人になっているのが面白い。

   テクニック的には、春信以前の二代目鳥居清信の「二代目市川団十郎の曽我五郎と初代袖崎伊勢野の化粧坂の少将」などの漆黒の黒が素晴らしい。
   今話題の黒色強調のTVの画像と同じように、顔料に膠を入れて光沢を出して黒を浮き出させているのだが、この漆黒の部分の着物など、掘り込んだ模様を重ね刷りしているので、屈んで下から見上げると、複雑で綺麗な飾り文様が浮かび上がって美しい。
   同じ色のべた塗りと思える細部にも、何層もの重ね刷りで模様や透かしなどを埋め込む芸の細やかさは、正に、日本の匠の技である。

   浮世絵は、庶民のものだと公家や武家など支配階級などは蔑んでいたようだし、実際にも、庶民が楽しむブロマイドのような、あるいは、宣伝用のチラシや、絵暦のような普段の生活の中での庶民の楽しみの一つに過ぎなかったのだが、絵師や彫師や刷師の芸術性とテクニックははるかに高度な水準に達していたのである。
   そうでなければ、19世紀のヨーロッパの芸術家をあれほど熱狂させてジャポニズムを開花させ、印象派絵画のさきがけになる筈がない。

   しかし、悲しいかな、刷った顔料が退色の激しいものだったので、いくらボストン美術館の浮世絵の保存が素晴らしいと言っても、肉筆浮世絵の色彩豊かで鮮やかな美しさとは比べ物にならず、今回の浮世絵でも、紫色が残っていると嬉しくなるほどで、やはり、色彩が命であるから、デジタル化するなど、今時点でも急いで保存方法を考えるべきだと思う。

   北川歌麿は、何故か、枕絵の印象が強いのだが、吉原で催されるにわか狂言で役を演じる三人の女芸者を描いた「青楼仁和嘉女芸者之部 扇売 団扇売 麦つき」など、特色の胸元から上をクローズアップで描く美人画が、小道具など工夫していて現在の肖像画写真の雰囲気で面白い。
   顔の表情が、現代の女性に近いのは歌麿だけかも知れないと思った。

   葛飾北斎の「冨嶽三十六景 山下白雨」が展示されていた。
   山裾に稲妻が走る有名な赤富士の絵だが、広重の絵など日本の浮世絵の風景画は実に素晴らしいと思う。
   実に斬新な構図や自然描写の巧みさは、油絵で画面を濃厚に塗り潰した絵画にはまねの出来ない簡潔さと空気の流れを一瞬にしてフリーズする素晴らしさがある。
   
   風景画ではないが、歌川国芳の椿説弓張月を舞台にした「讃岐院眷属をして為朝をすくふ図」のダイナミックなスケールの大きさにびっくりした。
   三枚の絵を繋ぎ合わせて、ドラクロア流の激しく逆巻く大海原に、助けに来た獰猛な形相の鰐鮫を画面上部全体に描き上げ、大波に翻弄される船上の為朝を沢山の天狗が飛来してきて助けると言う図だが、暗い画面に線描だけの白抜きの天狗を描くなど、その発想と躍動感漲るイマジネーションの豊かさには恐れ入る。

   平日だったが、日中は人で一杯だったであろうが、私は、閉館間際の一時間半を狙って行くので、十分に楽しむことが出来た。
   もう何十年も前に、ボストン美術館に行ったが、勿論、浮世絵など展示されていなかったであろう。
   マネの真っ赤な豪華な日本の着物を纏って後ろを振り向いた西洋婦人を描いた絵だけが、何故か印象に残っている。
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国立劇場十月歌舞伎・・・大老

2008年10月18日 | 観劇・文楽・歌舞伎
   NHKの「篤姫」で、梅雀が渋い役を演じた井伊直弼を主人公にした北条秀司の「大老」が、半蔵門の国立劇場で、吉右衛門のタイトルロールで、演じられている。
   10月には、菊五郎や玉三郎の歌舞伎座の舞台があり、平成中村座では、勘三郎や仁左衛門の「仮名手本忠臣蔵」が演じられているので、素晴らしい「大老」の舞台だが、惜しいことに空席がかなり目立つ。
   
   この井伊直弼を主人公とした芝居は、以前に、北条が歌舞伎のために書き下ろした「井伊大老」の舞台を観ている。
   大老が吉右衛門で、お静の方が歌右衛門で、今回の舞台の「千駄ヶ谷井伊家下屋敷一室」の場と殆ど同じで、桜田門外で直弼が暗殺される前夜の場面である。
   歌右衛門の最晩年の舞台で、小さくなって動きが大人しくなった所為か、非常に可愛くなった歌右衛門を観た印象を持っている。
   父の八代目幸四郎が演じた直弼を吉右衛門が踏襲し、お静の方を、これも歌右衛門の子供の魁春が演じているのであるから、新しい世代への芸の継承である。
   
   井伊直弼をどのような人物として捉えるのかと言うことが、この芝居の最も重要な点だが、北条は、鬼畜あるいは国賊との世間の謗りに苦しむ直弼が、最後に、一緒に死ぬ覚悟をしているお静の「それでよいのでは」と言う言葉に宿命を悟って、「信じる道を貫いて、捨石となる」と決然と意を決して、お静を抱きしめながら平安を得ることになっている。
   流石に北条で、薄倖の側室お静の方との純愛が、実に感動的で美しく、芝居としては良く出来たエンディングだが、私には、直弼は最後まで悟れずに心の中は苦悶と煩悶に煮えたぎっていたように思える。

   私は、俗に言われているように、例え方便であっても、直弼の開国論は正しい選択で、開国して富国強兵策を取る以外に日本が生きる道はなかったと思っている。
   直弼の死後、遺品として大部の洋書や地図などが残されていたと言うから、アヘン戦争で西洋列強の餌食になった中国の苦衷を知り過ぎるほど知っていた筈であり、英明な直弼ゆえ、日本の進むべき道は、はっきり見えていたと思う。
   しかし、坂本竜馬と同じで、二人とも時代の流れより早過ぎたのである。
   
   やはり、問題は、安政の大獄のやり過ぎで、多くの有能な人材を殺めたのみならず、米国との和親条約の無断調印の責任を取らせて開国派の重鎮堀田正睦や松平忠固を遠ざけ、また多数の有為の幕臣を排除するなど、徹底的な恐怖政治を敷いて専横を極めたことであろうか。
   箍が緩んで統治能力の無くなった幕府の権威を維持して日本国を束ねることは大変であっただろうが、そして、学芸には卓越した能力を誇ってはいたが、君主として上に立って統治し、政治を行った経験が殆ど無かったことなどが災いし、日本国の首相としての統治および管理能力が欠如していたと言うことである。

   年間300俵の捨扶持の貧乏暮らしに明け暮れる「彦根城外埋木舎」から舞台が始まり、12文の豆腐を自分で買いに出かけてとぼとぼと帰ってくる花道の出から吉右衛門が登場し、桜田門外の暗殺で終わるまでの、波乱万丈の直弼の半生がこの歌舞伎の舞台だが、その間に、水戸藩の不穏な動きや、和親条約に纏わる日米の駆け引きや井伊家江戸屋敷でのハリスなどの歓迎パーティなどのシーンがあって結構面白い。

   こう言った風雲急を告げる時代を背景に、スケールの大きな人物を演じさせれば並ぶものの無い吉右衛門だから、最初から最後まで素晴らしい緊張の連続の井伊大老であり、それに、これを守り立てる助演陣が、総てこれまた人を得ていて、気合を入れての熱演なので、非常に見ごたえのある舞台となっている。
   直弼の先生でもあり、その後忠実な参謀であった唯一の友長野主膳を梅玉が則を弁えて丁寧に演じており、直弼に着きつ離れつ、謂わば黒衣の存在だが、安政の大獄では、吉田松陰の罪を一等減じてくれとの直弼の願いを一蹴する決然としたあたりなど、吉右衛門と互角の貫禄である。
   しかし、本来は、国学者で、何故、水戸や一ツ橋派を排除したのか良く分からない。

   もう一人の重要な登場人物のお静の魁春だが、やはり、歌右衛門の芸の継承者としての自負もあり、日陰の悲哀をかみ締めながら直弼を思う健気で一途な気持ちを初々しく演じていて爽やかである。
   珍しく魁春の艶のある女の姿を垣間見て新鮮な驚きを感じた。

   昌子の方のおっとりとした優しい風格のある正妻の姿は、やはり、芝雀の本領発揮で、これほど嫌味の無い恵まれた役も少ないであろうし、実に優雅にのびのびと演じている。
   劇中劇での、能舞台での舞い姿も中々良い。

   飄々として枯淡の境地に入った仙英禅師の段四郎、直弼の忠臣宇津木六之丞の東蔵、剛直で強情な水戸斉昭を演じた歌六、それに、歌六と歌昇兄弟の演じるしんみりとした水戸藩士古関兄弟など脇役陣の活躍が著しい。
   大谷桂三のヒュースケンと澤村由次郎のハリスのアメリカ組と、老女琴浦の吉之丞と老女雲之井の松江の侍女陣も素晴らしい味を出している。

   とにかく、通し狂言調の舞台で、歴史劇としての楽しさも存分で面白かった。
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本籍日本・現住所海外の日本企業・・・早大松田修一教授

2008年10月17日 | 経営・ビジネス
   日本の実効税率は、40.7%だが、超優良企業の筈のHOYAの2008年3月期の連結ベースでの税負担率は15.3%で、
   中村改革以降快進撃(?)を続け、パナソニックとなった松下電器の税負担率は、26.3%で、対前年比17.4%もダウンしている。
   こんなデータを示しながら、早大松田修一教授は、早稲田大学グローバルイノベーションフォーラム2008で、「グローバルの元での国益と企業益 進む製造業の本籍日本・現住所海外」を語った。

   日本の法人所得税など企業の負担する実効税率が、先進国の中で最も高く、日本企業が、海外での利益を日本に還流せずに海内での投融資などで海外に温存していると言うので、日本政府も慌てだして対策を講じ始めた。
   しかし、資本主義の原則から言っても、あるいは、企業経営の立場から言っても、企業が利益極大化の為に経営資源を最適配分するのは当然で、このような海外へのキャッシュアウト戦術を取るのは褒められこそすれ非難されるべき筋合いのものではなく、むしろ、消極的過ぎたくらいである。
   国益からすれば、逆行するのだが、実効税率の高すぎる日本での納税を避けて、税率の低い海外に所得を移転して節税し、利益を確保するのは経営者の最も重要な善管注意義務であり忠実義務である筈なのである。

   ここでは、日本税制の不備についてのコメントは避けるが、前に、従業員10万人で最も儲けている巨大コンサルタント会社のアクセンチュアが、本部を従業員3人のバーミューダにおいて、米国平均税率が36.9%なのに7%しか支払っていないことや、スエーデンの大臣が節税の為に住所をエストニアに移していたことなどを書いたが、モラルなど何のその、
   利益のためには、グローバルベースで、経営資源などの最適配分を図ると言うのは、悲しいけれど、資本主義の厳粛なる事実なのである。

   日本の製造業の海外売り上げ比率(08.3)は、45.3%で、その内自動車は68.2%、電機は50.1%、機械は49.3%であり、正に、本籍日本・現住所海外の様相を呈しており、国内市場が益々縮小して行く現状を考えれば、工業立国日本の明日のためにも、税制はじめ産業政策を根本から検討し直さなければならない筈である。

   松田教授は、日本製造業の現状の苦悩として次の問題を指摘した。
   ①細る労働人口と高まるインフラコスト、資源国への付加価値の移動
   ②同一産業内の過大な存続企業数による国内消耗戦による低収益
   ③先行投資リスクを負担する経済体力の減退

   ガラパゴス化の最たる携帯電話では、撤退企業が出て来ているが、デジカメなど新製品が出荷された瞬間から価格がつるべ落としでダウンし、テレビやビデオデッキなどの価格低落は目を被うばかりだが、それでも懲りずに製造し続けて過当競争で赤字を継続するのは何の為か。
   アメリカの銀行さえ、日本のメガバンクのように3~4銀行グループに集約されようとしており、寡占競争であっても、一業種3~4社で十分な筈である。

   松田教授は、超成熟国家となる日本の将来への布石として、
   ①縮小する日本経済圏からの脱皮(最適地主義経営)
   ②総合垂直型企業の専業水平分業型企業へ(進む統廃合)
   最後に、日本の産業のイノベーションエンジンを何に求めるのか問題提起を行った。

   イノベーション立国を鳴り物入りで標榜している日本だが、一向に進まない、何が抵抗勢力なのか。
   日本の学者がノーベル賞ラッシュを現出した。しかし、その殆どは海外での研究に触発された知の爆発で、日本オリジナルがどんどん先細っている。
   クール日本、世界中の若いギャルを巻き込む「カワイイ現象」や、アニメ漫画人気・・・日本のソフトパワーを活性化するのも、日本のブレイクスルーになるかも知れない。
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10月の新宿御苑

2008年10月16日 | 花鳥風月・日本の文化風物・日本の旅紀行
   久しぶりに、秋晴れの美しい日であったので、遅い午後、新宿御苑を訪れた。  
   紅葉や菊にはまだ早いので、御苑内は殆ど緑一色であり、特色がないので魅力に欠けるのだが、陽の光を浴びて明るく輝いている広々としたイギリス庭園には、多くの人々が三々五々、芝生の上で憩っていた。 
   平日であったので、小さな子供を伴った若い母親たちや若い二人連れなどが多く、結構、外人客の多いのにはびっくりした。
   天気の良い日の、綺麗に刈り込まれた芝生の広がる都会の真ん中のオープンエアーは、格別で、上空を舞う観光用の無粋なヘリの爆音さえなければ、最高である。

   この日は、新宿門から入って、中の池の周りを散策して、フランス式整形庭園に向かった。
   この仰々しい名前の庭園だが、長方形のバラ花壇が真ん中にあって、左右に綺麗なプラタナスの並木道が続いているだけなのだが、落ち葉の舞い落ちた砂利道を、さくさく音を立てながら歩くのが楽しい。
   こんなにに綺麗に手入れの良く行き届いた並木道は稀なのだが、ここだけは、本当にヨーロッパの雰囲気を彷彿とさせてくれる。
   
   もう少し秋が深まると、プラタナスの葉が黄金色に色づいて美しくなる。
   日本の秋は、紅葉などの鮮やかな赤が綺麗だが、ヨーロッパの秋は、黄色基調で、林全体が黄金色に輝く豪華さには目を奪われる。
   そして、もう少し秋が深まると、風景が、赤紫を帯びたワインカラーに変わり、一気に寒くなってクリスマスに向かう。

   私は、並木道のはずれのベンチに座って、心地よい秋の冷気を楽しみながら本を読むことにした。
   イギリスの湖水地方の森では、ワーズワースなどが似つかわしいのだろうが、この時持っていた本は、キャンベルの「成長への賭け」と日経ビジネス。何とも無粋な話だが、しかし、後から来たアベックが、10数メートル離れた横のベンチで、親しくなり始めたので、気が散ってしまって幸か不幸か読書にはならなかった。

   このプラタナスの葉も少し色づき始めているが、他に、カツラやハナミズキがやや黄ばみ始めた感じで、緑のままで葉を落とし始めた落葉樹もあり、もう、秋たけなわで、11月に入ると一気に冬支度になるのかも知れない。
   花は、バラ園は盛りを過ぎてしまったが、サザンカ、キンモクセイが花をつけ、木陰でツワブキが黄色い花を開いている。
   芝庭のはずれで、風にはかなく揺れている鮮やかなコスモスの花の風情も中々良いものである。

   私は、3年間、キューガーデンの傍に住んでいて、週末など時間が取れるとカメラをぶら下げて通っていたので、懐かしくなるとこの新宿御苑を訪れる。
   キューガーデンは、観光と言うよりも、イギリスのみならず世界の植物学研究の牙城であるから、もっと自然に近く、新宿御苑のように観賞用の美しい庭園ではないが、巨木が鬱蒼と茂る森や花の咲き乱れる広大な林や熱帯植物でむんむんする温室など、訪れるたびごとに姿を変えて新しい発見を感じさせてくれた。
   この日の新宿御苑は、カラスばかりが目に付いたが、キューガーデンには、雉もいれば、極彩色の金鶏もいるし、白鳥など色々な渡り鳥も飛んで来て営巣するのだが、糞はそのまま放置されるので自然そのものである。
   少し上ると渓谷に入るのだが、公園の横をテムズ川がゆっくり蛇行していて、実にのどかである。

   ヨーロッパ大陸には、幾何学文様で公園をデザインして、力で押さえ込んだような整形庭園が多いものの、ギリシャローマに憧れの強いイギリスでは、廃墟のような古代建造物をあっちこっちに配して擬似自然を演出したイングリッシュ・ガーデンが主体である。
   中国の庭園も何となく強力な人工を加えた造形美を感じるのだが、国によってガーデンのコンセプトは違うが、私自身は、手入れの行き届いた哲学的な雰囲気を秘めた日本庭園の美しさは、格別だと思っている。
   学生の頃、京都の庭園を足しげく鑑賞し続けていたので、その影響か、何時も、日本庭園の視点から、あっちこっちのガーデンを見ているような気がしている。
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ICT新時代の潮流・・・大前研一

2008年10月15日 | 経営・ビジネス
   大前研一氏が、ビッグサイトで開かれているIT PRO EXPO 2008で、「ICT新時代の潮流~プロが取り組むべきこと」と言う演題で、基調講演を行った。
   オバマが、80万のインターネットサポーターを糾合して、30万のヒラリーに勝利し、マケインを追い上げて次期大統領のイスをほぼ確保しつつあるのは、正に、クラウド・コンピューティング戦略のなせる技と、いう話から、
   世界中を震撼させている金融危機について、21世紀のサイバー・パニックの様相を呈するICT新時代の潮流を語り始めた。

   金融危機になると、昔なら、銀行窓口に預金者が殺到する取り付け騒ぎが定番だが、イギリスのワシントン・ミューチュアルの場合には、インターネットのシステムをとめなかったので、サイバー取り付けと言うべきか、一気に、8兆円と言う大金が流出し、破局に追い込んでしまった。
   日本は、幸いにも、50万円までと言う制限がかかっているので、こんなことは起こらない幸せな国だとのコメントに会場が沸く。

   興味深かったのは、IT大国インド経済の凋落振りで、アメリカの金融機関のパニックと半崩壊で、バックをサポートしていたインドのIT関連業界が壊滅的な打撃を受けていると言う。
   インドのITエンジニアは、アメリカンビジネスに慣らされて、スペックなり何らかの指示がないと仕事が出来ない性癖があるが、暇になると必ず何かを考えるので、本来レガシーに弱いが、日本や中国に分のある組み込みソフトに雪崩れ込むであろうと大前氏は説く。

   インド同様、ITエンジニア大国はロシア。
   ソ連崩壊時に、インテルやボーイングなどのアメリカ企業は、ロシア人技術者を大量に採用したが、今や、年間22万人のエンジニアを輩出する技術大国で、優にインドに対抗している。
   インド人は、詳細に指示しないと仕事が出来ないが、ロシア人エンジニアには、何をしたいか何を望むかベイシックな指示さえすれば、意図したICTシステムやソフトを作り上げると言うのである。

   IT技術者の宝庫は、インド、ロシア、中国、そして、ものによってはフィリピン、
   周辺技術では、チェコ、モーリシャス。
   日本のICT技術を向上させるためには、これら世界のエンジニアを如何に使いこなせるかと言うことだが、如何せん、日本人は、言われたことしか出来ない、人の言うことを聞かない技術者しかいないので、これが問題だと言う。

   これを克服するためには、日本人エンジニアは次の3点に磨きをかけなければならない。
   ①コンセプトが出来ること。
   ②センスを磨くこと。
   ③スピードを上げること。
   特に、自身の翻訳本ダニエル・ピンクのハイセンス革命を引き、如何に、センスが大切かを、iPodのデザインや伊右衛門(容器のくびれが女性を連想させてついつかんでしまうと言うのだが良く分からない)を例に上げて説いていた。センスある価格が取れる製品を開発することに止めを刺すと言うのである。
   PS3のハイスペックに対して、Wiiの、まず母親をファンにしてゲームに対する毒気を抜く戦略など見上げたものなのである。

   世界中には、もっともっといくらでも安く仕事をする素晴らしいエンジニアが充満しているのだから、これらのエンジニアをフル活動して、価値のあるものを生み出す、そんな人間になって欲しいと言う。
   その為には、コンセプトができ、センスのある、かつ、ハイスピードで決断してアクションが取れる人間でなければならない。
   日本人総エンジニア、まず、総ての日本人が、まず、エンジニアであるべきで、それから、法律や経営を勉強すれば良い、と言う。

   この最後のコメントである総エンジニア論は別として、理系と文系のダブルメイジャー、π型人間の育成は是非とも必要な教育指針である。

   大前氏が元原子力技術者であるから、エンジニア優先論を説いているが、以前、日本企業の経営が迷走してコーポレート・ガバナンスが無茶苦茶であった時、神田秀樹教授が、理系出身のトップに問題があると指摘していたのを聞いたことがある。
   今回の金融危機も、トップがどうだったか知らないが、ファイナンシャル・エンジニアーである理系出身者が暴走に加担したことは自明で、どっちもどっち、やはり、両面のバランス感覚が重要だと言うこと、正に、経営のセンスが試されているのであろう。
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