熟年の文化徒然雑記帳

徒然なるままに、クラシックや歌舞伎・文楽鑑賞、海外生活と旅、読書、生活随想、経済、経営、政治等々万の随想を書こうと思う。

幻想のシルク・ロード

2008年07月31日 | 学問・文化・芸術
   全く訪れたこともないような土地を歩いていて、以前にこの風景はどこかで見た記憶がある、前にここへ来たような気がする、と思うようなことがよくある。
   話の次元が全く違うが、
   平山郁夫氏の対談集「芸術がいま地球にできること」で、渡辺淳一氏との対談のところで、平山氏が世に出た名作「仏教伝来」に描いた釈迦の騎行の姿は想像で描いたことや、
   また、井上靖氏が、司馬遼太郎との共著「西域をゆく」で、あの大作である「敦煌」も想像で書いたことを語っていたのを思い出して、想像と現実が人間の頭の中で無意識的に一致することがあるのではないかと思ったのである。

   平山氏も井上氏も、実際には、インドやシルクロードを訪問せずに、想像で素晴らしい作品を生み出したのだが、平山氏は、その後、西域やシルクロードなどを訪れた時に、自分の描いたのと全く同じ風景に接して、その場にお釈迦様を置けば全く同じだと感じた経験があると言う。
   また、井上氏は、渡航が許されていなかったので、実際に敦煌を訪れたのは、ずっと後だが、この敦煌にしても、「おろしや国酔夢譚」のイルクーツクにしても、行かずに描いていて、その後から、実際にその舞台の土地を訪ねるのが楽しいと語っていて、司馬氏に、私はそのような贅沢をしたことがないと羨ましがらせている。

   最近の小説や絵画では、海外旅行や移動が非常に便利になったので、徹底的な取材旅行を行って、その上で、作品が生まれることが普通になって来ているようだが、昔は、実見せずに、資料や文献、写真や絵画等を頼りにして作品を創作するのが普通で、マルコポーロなど、実際に、中国へなど行っておらずに「東方見聞録」を書いたと言う説もあるくらいである。
   京都の古社寺などにある国宝のトラなど動物の絵でも、実際に見たことがないので、絵師達は毛皮を見て想像で描いたので、リアリズムには欠けるのだが、迫力や芸術性には全く問題はないと言うところであろうか。
   尤も、虎や豹の知識がなかったので、豹をメス虎と間違えて描いたと言うから、作品のモチーフとしては正しかったのかどうかは疑問ではある。

   ところで、最近の小説を読んでいて、自分が良く知っている場所やその土地の状況が描かれていると非常に興味を持って、井上靖氏のように、反復・確認しながら追経験するような楽しみがあるのだが、このことは、紀行文や旅行記を読んでいても感じるし、歴史的な書物なら、時代の変遷などが感じられて、また興味が湧いて来る。
   しかし、このような作品が描かれた場所のイメージが読者を刺激して、その読者の実経験を強く印象付けて作品に接することが、特に小説などの場合に、作品鑑賞と言う面から好ましいことなのかどうかと思い始めている。

   ところで、井上靖は、莫高窟などから膨大な敦煌文書が出土したことから、風雲急を告げる乱世を眼前にして、敦煌の偉大な文化文物を後世に残すべく必死に守ろうとした人が必ずいた筈だと言う発想があって、「敦煌」を書いたとどこかで読んだ記憶があるのだが、西夏文字なども含めて、当時の中国文化や歴史或いは東西交渉史等の膨大な文献資料などを駆使して、想像力を働かせて壮大な歴史絵巻を現出したのであろう。
   司馬遼太郎氏の、資料と緻密な分析に裏付けられた歴史的なバックグラウンドに、透徹した司馬史観と豊かな人間性を具備した作品とは違った、大らかでスケールの大きな想像の世界が展開されていて面白い。
   私の書架には、岩波から出た井上靖の歴史紀行文集が並んでいて時々ページを繰るのだが、前述の想像で描いた歴史小説とは違って、実地に歩いて現場を実見した紀行文には、逆に、井上氏が反復復習しながら、納得しながら頷いているような気楽さがあって楽しい。
   偉大な芸術家は、想像の世界でも真実を描けるのだと言う感慨から、一寸、話がずれてしまったが、これは、最近、経済や経営関係の本ばかり読んでいて、スケールのおきな文学から遠ざかっているのを反省しての雑感でもある。
   
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世界の標的となったバーゲン価格のアメリカ企業

2008年07月30日 | 政治・経済・社会
   28日の日経朝刊1面に、「米企業も買われる側に 国外から買収3割 ドル・株下落で割安感」と言う記事が出ていた。
   グラフで見ると、2007年から8年にかけて、米企業のM&Aが急増している。
   最近、ベルギーのビール最大手のインペブが、バドワイザーを傘下に持つ米最大手のアンハイザー・ブッシュを520億ドルで買収することで合意したと発表したが、その前にも、スイスのロシュが、米バイオ医薬品大手のジェネンテックに437億ドルを投じて完全子会社にすると報じるなど、名だたる米企業の外資によるM&Aも日常茶飯事になってしまった。

   チャールズ・R・モリスが、「なぜ、アメリカ経済は崩壊に向かうのか 信用バブルと言う怪物 The Trillion Dollar Meltdown」と言う近著で、長期化は必至としてサブプライム危機の次のアメリカ経済の展開と、その凋落の可能性について論じているのだが、この中で、
   「アメリカの財政赤字を外資が喜んで穴埋めしてくれていた時代は終わった。今後は家宝を売ることになる。IBMはどうだろう。2007年には、時価総額は約1600億ドルに過ぎない。サウジアラビアなら一気に飲んでしまう。」と言った調子で、
   アメリカが生きて行くためには、米企業の切り売りは当然であると言わんばかりの口調で、ドル安・株下落でバーゲン価格になってしまったアメリカ企業が、巨大な外資のM&A攻勢に曝されると、自嘲気味に論じている。
   
   モリスは、
   永年の巨大な経常収支赤字の蓄積で、2006年末段階のアメリカの対外資産負債残高は、2兆5千ドルに達しており、これまで、外国が巨額のドル資産を保有しているのは安全で他に選択の余地がなかったからで、労せずして巨額の赤字を外国が資金提供して埋めてくれていたとする新ブレトンウッズ体制は、過去のものとなりつつある。
   実際には、ドルの暴落などドル資産を保有することが不利になってきており、外国勢がアメリカの貯蓄不足を吸収し続けることに消極的になっており、ドル離れが進行している。 
   ドル暴落を避けるためには、金利を高めに維持しなければならないが、そうすれば、景気後退に拍車をかける事になり、更にドル暴落を誘発し、原油高騰のように輸入品価格の上昇によりインフレが国民経済を直撃する。
   アメリカ経済は、袋小路に追い込まれて出口がなくなっている。と言う。

   米財務省の2007年の推計によると、外国政府が管理する外貨は、総ての準備通貨を合計して7兆6千億ドル、世界のGDPの約15%、世界の年間貯蓄率の60%以上になっている。
   これが、世界中の政府系ファンドの勃興を促しており、これに目を付けたアメリカの買収ファンドとヘッジ・ファンドが、資金引き寄せに必死となっており、その狂騒ぶりはほとんど見苦しいほどだと言うのである。

   アメリカが投資と成長に不可欠な貯蓄を生み出す方法は、ただ二つ、アメリカ人が生活様式に苦しい選択を加えてカネの使い方を改めるか、外国の貯蓄の一部を惹きつけるかしかない。
   しかし、外国人が、対価を要求することなく赤字を喜んで埋めてくれるような時代は終わってしまった。虎の子の超優良企業が、バーゲン価格で買い取られてしまう。
   超大国アメリカ、市場の効率性や企業と労働者の生産性で世界をリードしてきたアメリカが、世界でもとりわけぞっとするような体制のいくつかの国に、絶望的なほど依存するようになると言う最悪の事態に陥っている。
   だが、これは、四半世紀にわたって自由市場と言う神に懸命に犠牲をささげてきた結果である。何とも屈辱的なことだ。
   と、モリスは、金融エンジニアリングなどと言う悪魔の打ち出の小槌の威力に騙されて、花見酒の経済に酔いしれていたキリギリス大国アメリカを慨嘆する。

   ところが、このアメリカの姿は、そっくり、日本に当て嵌まらないであろうか。
   日本経済に魅力がないだけで、世界の金余り成金は、まだ、日本には直接目を向けていないようだが、今度は、アメリカ型のハゲタカ・ファンドより、もっと野蛮で獰猛なリバイヤサン・ファンドが日本に襲って来て一網打尽にする筈である。
   IBMがモリスの言うようにバーゲン価格なら、日本のトップ企業と言えども、新興国の巨大政府系ファンドなら、はした金で買える。
   日本経済を野ざらしにして活性化を図る能力のない日本政府、M&A対策ばかり熱心で、経営の質と効率を高めて企業価値を向上できない日本企業の現実を見ていると、漁夫の利で、喧嘩をしていて漁夫にさらわれたシギとハマグリのような気がして仕方がない。
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帝国劇場・・・「ミス・サイゴン」

2008年07月29日 | 観劇・文楽・歌舞伎
   20年ほど前、ロンドンにいた頃、コベントガーデンのミュージカル・シアターで、「ミス・サイゴン」が舞台にかかった。
   チケットを手配して見に行く心算だったが、都合がつかなくて、「どうせ、プッチーニの「蝶々夫人」のミュージカル版・焼き直しであろう」と思って、代わりに、「オペラ座の怪人」が好きで良くウエストエンドの劇場に連れて行っていた小学生だった娘を妻と行かせたら、「お色気たっぷり」と笑っていたので、しまったと思った記憶がある。
   年初のニューヨーク旅行の時も、オペラ鑑賞ばかりで、ブロードウエイを端折ったのだが、最近、ミュージカルから遠ざかっているので、久しぶりに見るミュージカル「ミス・サイゴン」は面白かった。

   冒頭、ヘリコプターの爆音が聞えると、旧サイゴンの歓楽街のナイトクラブの猥雑な喧騒のシーンが現れるのだが、何時も、擬似的な女の世界である歌舞伎を見慣れているので、若くてはちきれそうな綺麗な女の子(?)の身も露わな踊りを見るとどきりとする。
   雀右衛門が著書で、この世にない女を演じているから歌舞伎の女は美しいのだと書いているが、しかし、女優を女性として見ている方が美しくて楽しい場合もある。  

   ベトコンに陥落する前のサイゴンで、若い米兵とベトナムの乙女が恋に落ちるラブロマンスで、終戦が二人を引き離す。アメリカに帰って結婚した米兵が、再びサイゴンを訪れて乙女を探し出そうとするが、乙女は二人の間の子供を米兵に託してピストル自殺を図る。
   長崎をサイゴンに置き換えただけで、基本的には「マダム・バタフライ」と同じで殆どテーマは変わらないが、やはり、このような悲劇的な話は、多少雰囲気の軽くなるミュージカル仕立てで異国の話のほうが日本人には良さそうである。
   日本の誇る名ソプラノ歌手渡辺葉子が、ロイヤル・オペラで「マダム・バタフライ」のタイトル・ロールを歌って好評を博していたのだが、感激して2度目の切符を手配したものの、可哀想で見て居れないと言って、誘っても妻も同僚も行かなかった。

   ところで、この「ミス・サイゴン」の舞台だが、オリジナル版と同じで、暗くてよく見えないが、実際のヘリコプターが舞台に降り立つシーンを演出し、豪華で強大な実物のキャデラックが舞台に登場するなど手を抜いていない所が流石である。
   畳みかける様な舞台展開も心地よいが、戦後のホーチミン市(旧サイゴン)のGARLSと銘打ったキャバレーの雰囲気など中々面白く、腰をくねらせて媚を売る女優達の熱演もご苦労だが、それを、取り囲んでわあわあ騒いでいる男たちを見て、多くの女性の観客が「アホとちゃうか」と思って白けた視線を送っているのを見ていると、これまた複雑な気持ちになる。

   この「ミス・サイゴン」は、ダブルキャストどころかやたらと同じ役を複数の役者に演じさせているのだが、私が見た舞台のミス・サイゴン役のキムは、ソニンであった。
   在日コリアン3世とかで、アジア系で日本離れしたマスクとスタイルが雰囲気に合っていて、それに、25歳だと言うことだが、幼さの抜け切らない清新な表情と演技が実に斬新で良い。
   この幼妻のようなキムが、キャバレーに立つと妖しい色香を醸し出し、米兵クリスに対する愛には限りなき愛しさを示し、あどけない息子を守るためには必死になって尽くそうとする、健気で瑞々しい演技は魅力的である。
   歌声については、最初、マイクの所為か、やや金属的なサウンドと声量不足が気になったが、後半は、表情と合うようになり表現力も良くなった。
   しかし、素質は素晴らしいと思うのだが、ミュージカル歌手を目指すのなら、このままでは、器用な歌手に終わりそうで、本格的にみっちりと歌の勉強しないと大きな飛躍は望めないような気がする。

   狂言回しのような役割を演じるエンジニアの筧利夫だが、混乱期の世の中を賢しく泳ぎながらアメリカン・ドリームを追い求めるフランス系ヴェトナム人と言う複雑な役作りながら、実に上手い。
   キャバレーのマネージャーと言う、役としては実に不埒で誠実さに欠ける役どころであり、演じ方によっては、チンピラヤクザのような嫌味が前面に出てしまうのだが、軽妙なタッチと冴えた演技で、舞台を大きく膨らませており、適役である。

   キムと恋に落ちるクリスを演じたのは、藤岡正明。声が実に素晴らしく浪々としており、ソニンと同じ様な一途さと健気さが二人の舞台を支えて清々しい。
   上手いと思ったのは、クリスのアメリカ妻エレンを演じたベテランの鈴木ほのかで、陰影があり情緒たっぷりの独唱など素晴らしく、この舞台で、最もミュージカル歌手としての実力を発揮していたのは彼女かも知れない。
   ジジを熱演した菅谷真理恵は、プロフィールによると玉大の学生だと言うのだが、実に老成した堂々とした歌と演技に圧倒されたが、将来が楽しみである。
      
   ところで、「ミス・サイゴン」は、何よりも、最初から最後までの実に甘美で素晴らしい音楽。
   指揮は、塩田明弘氏だと思うが、とにかく、オーケストラから実にダイナミックな素晴らしいサウンドを引き出し、ミュージカルの醍醐味を楽しませてくれていた。
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リチャード・S・テドロー著「アンディ・グローブ」・・・(その4)ペンティアム・バグ騒動

2008年07月28日 | イノベーションと経営
   電気製品の欠陥や食品偽装などに対するリスク管理の対応の拙さによって、企業が危機的な状態に追い込まれることがある。
   インテルも、それまで386などとナンバーを打って発売していたマイクロプロセッサの新製品を、1993年に、ペンティアムと銘打って新発売したのだが、このバグで大変な試練に遭遇した。1994年10月30日のことである。
   ことの発端は、バージニア州のリンチバーグ大学のトーマス・ナイスリー教授が、ペンティアムに問題があるのではないかとと言う趣旨の電子メールを、数多くの個人や組織に送信したこと。
   タイトルは、「ペンティアムのFPU(浮動小数点数演算ユニット)のバグ」で、「・・・特定の除算を行うと、ペンティアムのFPUは誤った結果を出す」と言うもので、専門誌報道やIBMの発売停止などで追い討ちをかけられる等、その後のインテルの対応が悪く、社運を賭けて開発したペンティアムのバグ処理にグローブ等首脳陣は振り回されたのである。
   
   当時、コンピュータ技術の世界では、バグは珍しくなく、不満の声はあがっていたがクレームの大合唱と言う程ではなく、社内でも欠陥については極一部の人間しか知っておらず、それ程深刻に考えずに処理しようとしたのが問題で、グローブ自身がインテルのあまりの繁栄に身震いしたと言う程であるから、世間にはインテルに対する根深い嫌悪感が広がっていた。

   ペンティアムのバグが、インターネット上の議論になっているのを業界誌の注意を引き、「エレクトロニクス・エンジニアリング・タイムス」が記事として掲載して、更に、インターネット上の書き込み内容を知らされたりNASAからの電話を受けるなどで興味を持ったCNNのスティーブ・ヤング記者がインテルに押しかけて取材をして、CNNの番組「ナイトライン」でトップニュースとして放映したのである。
   この番組は、インテルがペンティアムの欠陥に無頓着な様子を浮き彫りにした。
   インテルのテクニカル・マネージャーが、「地球から太陽までの距離が、およそ数フィート違っている、そう言ったレベルの話です」と答え、それに、この問題を心配するメッセージが何百もネット上に掲載されて顧客からインテルの信頼性を疑られているにも拘らず、チップの交換に応ずるかどうかを検討すると言って、ペンティアムのリコールを発表する気配さえ示さなかったのである。

   更に、悪いことに、comps.sys.intelにグローブ自身がメッセージを書いたのは良かったが、「お詫び致します。当社は無条件で総てのペンティアムを交換します。」と言うだけでよいのに、長々と技術的な説明などを書いて適切なメッセージを伝えられなかったと言う。
   1982年と86年に発生したジョンソン&ジョンソンのタイレノールの異物混入事件の時には、間髪を入れずに全品改修して対応したのに比べると、あまりにも落差が激しく、その違いを聞かれた時に、J&Jは死人が出たが、インテルは人を殺していないと回答したと言うのであるから、リスク管理に対しても企業倫理やCSRに対しても、当時の超優良企業インテルのマネジメントは、お粗末限りなかったのである。
     
   追い討ちをかけたのは、インテルの面目を潰そうと反撃のチャンスを覗っていたIBMのルイス・ガースナーで、品質の疑わしい製品の搭載を許さないと、ペンティアム搭載のパソコンの出荷中止を発表したのである。
   その日の午前、インテルの株価は、1時間で、67.8ドルから58.4ドルへと急落したと言う。

   このペンティアム・バグ事件は、何度も修羅場を潜ってきたグローブにとっても、絶対絶命のピンチであったようで、インテルが、押しも押されもしないトップ企業として君臨していたにも拘わらず、インテルの自己認識が着いて行っていなかったと言うか、急成長企業の悲劇を味わったのである。
   結局インテルは、膨大な損失引当金を計上して処理したが、最後まで、徹底的に謝ると言う潔さに欠けて未練がましかったとテドローは記している。

   しかし、このペンティアム・バグ事件で、製品が完璧でなければ、そっくりリコールして交換すると言う先例が出来上がった。

   何故ここまで問題が深刻化したのか、グローブなりに反省したようで、
   1.「インテル・インサイド」キャンペーンで、消費者への知名度が上がったが、社内にブランド・マネジメントの専門が一人も居らず、販売戦略の稚拙がCEOに跳ね返ってきた。
   2.あまりにも、インテルが急速に巨大化し過ぎた。
   3.インターネットの普及とその威力。 だったと述べているのだが、実際には、社内全体に蔓延していた慢心にあったと言うことらしい。

   非常に面白いのは、パソコンの心臓部を製造販売しているインテルのCEOでありながら、インターネットの驚異的な威力については、この事件で思い知らされたようで、その後、インターネットには注意を払ったと言う。
   出来すぎた話だが、グローブは、世の中の企業を電子メールを利用しているかどうかによって二つのカテゴリーに分けて、電子メールを利用している会社の方が、数段に仕事が速く組織の階層も少なく・・・業務の進め方も民主的になるようで・・・と高く評価していた。
   ペンティアム騒動は、インターネットの威力を示す画期的な出来事だとテドローは言っているが、グローブが、自分自身が開発に心血を注いできた製品の素晴らしい活躍によって、窮地に追い込まれてしまったと言う笑えないような話も忘れてはならない。

   インテルが、どれほど、ワシントンでロビー活動をしているのか書かれていないが、同じ様に快進撃を続けてトップ企業に躍り出たウォルマートも、同じ様に広報やリスク管理等で問題を起こしており、やはり、成長企業にとっては、身の丈に合った社会へのCSR対応やIRやPRは難しいようである。
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ドーハ・ラウンドと日本の農業のあり方

2008年07月27日 | 政治・経済・社会
   ジュネーブで開かれているWTOの閣僚会合もほぼ大詰のようだが、日本にとっては、農業問題で大幅な譲歩が求めれるようである。
   大幅な関税引き上げたの例外対象となる「重要品目数」が、全農業品目の4%とされたが、低関税の輸入枠を増やせば、更に、2%上乗せして最大6%に出来る可能性があると言う。
   しかし、日本が主張している8%には届かず、6%の場合では、対象になるのは80品目で、コメ類だけでも17品目あり、これに麦や乳製品を加えると96品目になり6%のラインを超えてしまう。

   詳細は良く分からないが、私が気になったのは、毎日新聞のコンニャクについての次のような記事である。
   重要品目以外は関税を7割削減しなければならず、現在1706%の高関税を課しているコンニャク芋が重要品目から外れれば、税率は一気に約510%に下がり、中国など低価格のコンニャクの輸入量が急増するのは必至で、国内4200戸のコンニャク農家には死活問題となる。
   たかがコンニャクと言う気はないが、17倍も関税をかけているのも驚きだが、それが、4200戸のコンニャク農家を保護していると思っている農水省の時代錯誤振りには呆れざるを得ない。
   そして、それだけではないであろうが、貿易立国であり一等国を自認する日本が、この程度の態度で重要な国際会議に大臣を派遣して国際場裏で国益を死守すると言って議論しているのかと思うと何とも言えない気持ちになったのである。
   
   先日の片山前鳥取県知事の話を思い出した。
   徹底した官依存体質による補助金漬けで、今年は何を作れば良いでしょうか(補助金が出るのは何でしょうか)と聞きに来る農業団体の無為無策かつ無能ぶりを慨嘆していた話である。
   日本の農業を、徹頭徹尾、外圧から遮断して過保護にし、農業から、創意工夫して自活して行く企業家精神を、根底から削いでしまってきたと言うのである。
   話ついでに無駄話を言えば、NHKでも放映していたが、農産品を市場に運搬する目的で何十億円もかけて作った農業空港で、1年の離着陸した飛行機は6機だけで、空港長は、離着陸がないのに、毎日、カラスの落とした小石を拾うために滑走路を歩いている姿を放映ししていたが、飛行場や漁港、農道や水路や灌漑施設等々、日本中に無駄な農業土木による記念構築物が無数にある。

   食料自給率が39%と、先進国でも極端に悪く、食糧安全保障問題に赤信号がついている日本であり、特に最近、食品の安心・安全問題が緊急課題として浮かび上がっており、農業政策の重要性は、最重要課題である。
   特に、食料の輸入については真剣に取り組むべき問題であるが、新聞報道などによると今回の日本の農産物に対するドーハ・ラウンドへの対応には、一切他国からのサポートはなかったと言うから、日本の農業政策は国際基準から異常なのであろうか。
   アメリカの農業への巨大な補助金支出などの強力な保護政策やEU間での農業保護に対する熾烈な争いなど見ていると、どこの国も国益を守る為には必死であり、こと、食料に関しては国運をかけているのだが、ピントがずれているのであろうか。

   貿易に関しては、今も昔も、リカードの比較優位説は厳然と生き続けており、ある程度は、フェアーな自由貿易を維持するために国際社会に譲歩すべきであり、何時までも、農水省の方針を貫く訳には行かないと思うが、もっと大切なことは、高関税や貿易障壁によって海外からの輸入をブロックするだけではなく、日本の農業を構造改革して国際競争力をつけて、輸出志向を目指すことも考えるべきではなかろうかと思っている。
   遺伝子組み換えはともかく、バイオテクノロジーなど日本のハイテクかつ最先端の理工学&農学テクノロジーを活用することによって、グリーン及びフード・イノベーションを追求することが可能であろう。

   余談だが、先日、娘のユカタを買うのについて行った時に、ついでに店の奥で素晴らしい琳派模様の帯を見せて貰ったのだが、これが、本来の西陣の職人さんが手織りしていた頃と比べたらビックリするほど安くなっていた。
   IT革命の技術を活用してコンピュータ制御によって織られているのだが、職人さんの技術をハイテク技術に置き換えて到達した新しい西陣の生き方を見て、日本の製造業は、激しい国際競争に曝されながら日進月歩、進み続けているのに感動を覚えた。

   日本は、最もグローバル化に遅れた先進国だとドラッカーが言っていたが、熾烈な国際競争に打って出ている輸出産業の国際競争力は世界有数の実力を誇っているが、政府の過保護政策に温存されている内需型産業は、非常に能率が悪く生産性が低くて日本の経済社会の進化発展を阻害していると言われている。
   土建や農業等は、その際たるケースだと思うが、農業の構造改革とオープン化、近代経営化は、日本の食料安全保障のためにも最優先課題ではなかろうか。
   それに、農業を、生産者の立場から行政を行うのではなく、消費者の立場に立てばどうあるべきなのか、消費者の視点からの農水行政を考えるべき時期に来ていると思っているので付言しておきたい。
   
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リチャード・S・テドロー著「アンディ・グローブ」・・・(その3)「インテル・インサイド」

2008年07月26日 | イノベーションと経営
   私のパソコンもそうだが、多くのパソコンには、「intel inside」と言うステッカーが貼られている。
   パソコンのOSが、VistaかXPかと言うのも重要だが、消費者心理とは不思議なもので、「インテル・インサイド」と銘打たれていないパソコンだと二流品のような感じがしてくるのが不思議である。
   それくらいウインテルが、パソコンでは驚異的な力を持っているので、パソコン・メーカーは、コモデティのパーツを寄せ集めて箱を作っているようなものだから、価格競争が総てで、利益など出る訳がなく、
   如何に、スマイルカーブの両端、すなわち川上と川下、オンリーワンとも言うべき消費者に直結した高度なソフトと他の追随を許さないパーツを供給する企業がドミナントで強力かと言うことが良く分かる。
   しかし、ここで重要なことは、本来表舞台には出るはずのない川上のパーツ企業インテルが、名乗りを上げて前面に躍り出て自己を主張しているところにある。

   メモリ企業からマイクロプロセッサ企業に転進したインテルに取って、次の課題は、ハイテク重視のイノベイティブ企業であり、その自分達の生み出す高度な価値を如何に前進させアピールするかであった。
   ブランドが、会社と顧客との絆から生まれる価値と定義するならば、インテル製品搭載のパソコンが人気がある以上、マイクロプロセッサをブランド化すれば、その効果はきわめて大きいと考えた。
   企業間取引商品で、一般消費者との接点はなかったが、これまでのプッシュ戦略によるメーカーへの売り込みではなく、消費者にじかに訴えかけて、386の需要を呼び覚ます、パソコンユーザーの力で流通チャネルを動かすプル戦略を取る事にしたのである。
   その為に、コンピュータ・メーカーが、広告や製品に、「インテル・インサイド」と言う文字やステッカーを添えるなら、インテルが広告コストの一部を負担すると言う戦術に出た。
   
   ここで特筆に価するのは、社内で消費者向けマーケティングに懐疑的な見方が支配的であったので、プル戦略の有効性を示す為に、新聞広告で、旧製品286の文字の上に赤の×印をつけて新製品386の利点を書き連ねる「レッドX」キャンペーンを実施したのだ、これが、インテルは自社製品を共食いしてでも優秀な製品を造り続ける覚悟である、エンドユーザーも、コンピュータ・メーカーも、これに従って欲しいと言う強烈なメッセージとなり、効果はてき面であったことである。

   1990年から1993年にかけて、エンドユーザーにインテルブランドを印象付けるために、コーポレート・マーケティング・グループが投じた額は実に5億ドルに上ると言うが、その後、インテルは、はるかに膨大な利益と企業価値の向上をエンジョイしており、
   何よりも、重要なことは、インテルと言うブランドネームを不滅にして、ゲイツが築き上げつつあった巨大マシーンに飲み込まれずにすみ、極めて強力なバーゲニング・パワーを得た事であろう。
   
   モータ生産で快進撃を続けている日本電産の永守社長が、自分たちも「インテル・インサイド」のようになりたいのだと言っていたが、エンドユーザーには殆ど直接見えない部品にブランドを確立して、セールス・プロモーションに活用すると言うこのインテルの斬新なマーケティング手法は、いわば、一種のビジネスモデル上のイノベーションであり、グローブも当初から諸手を上げて推進したと言うから、インテルは、技術だけではない優良企業なのである。

   企業及び製品のブランドの確立、レピュテーション向上戦略が、たとえエンドユーザーである消費者に見えないパーツ生産企業であっても、如何に大切な経営戦略であるのか、革新的で重要な部品を生産して世界のものづくりに貢献している日本の企業にとっては、インテル・インサイドは、正に貴重な教訓であり、世界標準を取ると言うことと同時にものづくり企業にとって重要な戦略であることを肝に銘ずべきであろう。
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リチャード・S・テドロー著「アンディ・グローブ」・・・(その2)イノベーション戦略

2008年07月25日 | イノベーションと経営
   インテルの創業者であり経営者であったゴードン・ムーア博士が、「半導体の集積密度は、18~24ヶ月毎に倍増する」と言う経験法則を打ち立てたのは有名な話で、実際、IT社会はそのような急速な進歩発展を遂げて来た。
   インテルが、膨大な資金をR&Dに注ぎ込みイノベーションに邁進して、自社の既存製品を共食いしながらも新製品を追及し続けてきたのは、グローブのパラノイア経営のみならず、ムーアの法則と言う恐ろしい踏み車によって、そうせざるを得ない状況に追い込まれていたからで、回転速度を落したり停止すれば、奈落の底へ転げ落ちると言う恐怖心、脅迫観念があったからだと、テドローは言う。
   それに、技術革新は、たとえ自分たちがやらなくても、いずれ他の誰かが実現するのであって、自社でイノベーションを実現できれば極めて重要な追い風になると言う強い信念がインテルにはあった。

   私にとって重要だと思えたのは、インテル創業当初よりゴードン・ムーアの念頭にあった先行者利益追求の考え方で、コモデティ化の危険を避ける為に、既存の他社を視野に入れず、半導体をまだ使っていない製品分野を標的に、数段上を行く製品を開発していた。
   これこそ、イノベーションによる創業者利潤追求の基本的な考え方で、この考えがあった為に、社運を賭けてでも、イノベーションの成果である虎の子の最新マイクロプロセッサをライセンス供与してセカンド・ソースすると言う方針を止めて、IBMに独占供給を申し入れたのである。
   
   イノベーションで興味深いのは、1998年のインテル・セールス・マーケティング会議で、グローブが、次の年にビジネス書を一冊読むとするなら、クレイトン・クリステンセンの「イノベーションのジレンマ」を読むべきだと言ったと言う。
   この本が一世を風靡したのは、イノベーションで成功した巨大企業は、その成功ゆえに身を滅ぼすと論じたことで、何故、イノベーションが企業の持続的成長と発展を保証できないのかをイノベーターのジレンマとして説いたのである。
   イノベーションによって市場のリーダーとなったハイテク企業は、どんどんその製品分野で技術を磨きあげ、更なる高みへと持続的イノベーションを続けて行くが、しかし、必ず、破壊的イノベーションを行って新しい企業が市場に参入して来るが、それに対応して転進出来ずに駆逐されてしまう。
   この場合の破壊的イノベーションについては、新市場を開拓する破壊型イノベーション(例えば、真空管に対するトランジスター、ガス灯に対する電球、ラジアル・タイヤなど)とローエンドの破壊型イノベーション(米国自動車市場への初期のトヨタの参入)をクリステンセンは説いている。

   先日のこのブログで書いたが、日本企業の挑戦を受けて全く競争力を消失して勝ち目のないメモリ市場を諦めきれずに逡巡したインテルも、清水の舞台を飛び降りる一大決心をしてマイクロプロセッサへと転進したインテルも、このイノベーションのジレンマの洗礼を受けたと言えるのかも知れない。一歩間違えば、市場から駆逐されていたのである。
   また、非常に興味深いのは、この虎の子のマイクロプロセッサだが、技術面では大きなブレイクスルーだと言う認識はあったようだが、当時は、開発チームも50以上の製品仕様の用途を考えていたようだが、パソコンは候補にさえ挙がっておらず、一時は、その意匠権を売却する寸前だったと言うのであるから分らないものである。
   
   ここで、グローブが注目していたのは、ローエンドの破壊型イノベーションの挑戦で、インテルが高度な製品を追求して行けば行くほど、安価でさほど性能の高くない製品を提供すると言う方針で参入して来た新規企業が、安価な製品で足場を築き、規模の経済を手に入れ、やがてインテルの領域であるアップマーケットへ食い込んでくるのを心配したのである。
   トヨタなど日本の自動車産業が、アメリカ市場で、それまでになかった小型市場で、安価なエネルギー効率の良い自動車を生産してローエンド市場で生産しながら生産性をアップして高度化してアメリカ自動車産業を追い詰めて行ったのは、正に、このローエンド・イノベーションの好例で、実際に、日本の家電メーカーの成長発展も、このローエンド・イノベーションの線上にあり、今や、その日本企業も、新興国のローエンド・イノベーションの挑戦を受けている。

   ところで、このローエンド・イノベーターの挑戦を防止するために、インテルは、あえて、幅広い製品を提供すると言う方針を取っていると言うのである。
   とにかく、インテルの非常に限られ専門化された製品分野においては、自ら他の追随を許さないようなアグレッシブなイノベーション戦略を打ちながら、ローエンドからアップマーケットまで、イノベーターの挑戦と参入を許さないと言う鉄壁の構えで、オンリーワン戦略の経営を続けているのであるから、尋常でない驚異的な会社と言うべきである。
   シュンペーターが、あの世で、イノベーターであった兄貴のソニーと同じ様に、愛い奴だと愛でているであろう。
   
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リチャード・S・テドロー著「アンディ・グローブ」・・・(その1)一か八かの賭け

2008年07月24日 | イノベーションと経営
   ユダヤ系ハンガリー人として、ヒットラーとスターリンによる地獄に等しい弾圧と圧政に耐えながら生き抜き、文無しの亡命者としてアメリカに新天地を求めたインテルの偉大な経営者アンディ・グローブの生き様と飽くなき挑戦に明け暮れた経営を、克明に活写したのがリチャード・S・テドローの大著「アンディ・グローブ Andy Grove : The Life and Times of an American」。
   ハーバードの経済と経営を専門とする歴史学者R・S・テドロー教授の、翻訳版でも上下で700ページを越える大著だが、1960年代から21世紀の初頭までのIT産業の動向が非常にビビッドに描かれていて、アメリカ資本主義のダイナミズムに感動さえ覚える「修羅場がつくった経営の巨人」アンドリュー・グローブを主人公とした一大叙事詩でもある。

   インテルの成功の多くは、「ムーアの法則」の偉大な師であり上司であったゴードン・ムーアを追いかけサポートしながら経営に邁進したグローブの経営の才に負うところが極めて大きい。
   グローブ自身、シリコン・バレー屈指の極めて卓越したエンジニアでありながら、経営やビジネスに関する学術書をグローブほど多読した経営者は居ないと言うほど経営について勉強している。
   最初に職に就いたフェアチャイルドが経営不在で失敗し、ノイス、ムーアと共に追い出てインテルを設立したのだが、ハイテク・ベンチャーこそ、如何に健全な経営が必要かを知悉していたのである。
   
   ドラッカーの「現代の経営」で、理想のCEOの姿を学んだ。
   全体を統括して、マネジメントの知識と理解を元にシステムを構築する経営者が必須であることを熟知し、無秩序な膨張を回避すべく、R&Dと生産部門、生産とマーケティングの調整など、貴重な経営戦略についても学んでいた。
   殆ど半世紀前の話であり、理系の高度なバックグラウンドと経営学の知識の融合と言うダブルメイジャーのπ型経営者が、如何に重要かを地で示している。

   今でこそ、パソコン市場では、OSをマイクロソフトが押さえ、マイクロプロセッサ等ハードをインテルが押さえるウインテル時代だが、インテルといえども順風満帆の歴史ばかりではなく、生きるか死ぬか、一か八かの岐路に立たされたことが何度かある。
   その一つが、1980年代に、日本企業に大攻勢をかけられて存亡の危機に直面して、インテルの命であった筈のメモリチップ市場から撤退してマイクロプロセッサを主軸とする戦略へ大転換したことである。
   インテルでさえ、既に売上でメモリよりマイクロプロセッサが多くなっており、絶対に勝つ見込みのない戦いでありながらも、過去の成功体験に基づく信念に縛られて、インテル・テクノロジーの牽引役であり命でもあったDRAM、メモリ事業からの撤退は至難の業であり、経営陣は悩みに悩み抜いたと言う。
   結局、長い苦しい激論の末、新任の経営者ならどうすると聞かれたムーアが、「メモリ事業から撤退する」と答えたので、次の社長兼CEOであるグローブがルビコン川を渡ったと言うのである。

   次の決断は、IBMへの独占供給の提示である。
   当時、IBMへの部品供給には、必ず、セカンド・ソース(代替供給者)を義務付けられていたのだが、折角高度な最先端のハイテク製品を開発しながら、他社にライセンスを供与して価格競争に追い込まれコモディティ化を促進するだけなので、ムーアがこれを嫌い、グローブは、巨人IBMに、セカンド・ソーシングを廃止し独占供給することを提案し、一か八かの賭けに出た。
   当時、パソコン市場を押さえていたIBMが認めなければ、インテルの386は屑も同然となる筈であったが、この時も、強運のグローブに神風が吹いた。
   当時、IBMのクローン製品が多く出回っていたのだが、コンパックが、インテルの次世代チップ80386を搭載した高性能パソコンを発売して市場を席巻してしまったのである。
   これは、主導権がIBMからインテルに移ってしまった瞬間を画した事件で、業界の変化のスピードを決めるのは最早IBMでなくなったことを天下に示した。

   もう一つの戦略変曲点での厳しい選択は、RISC対CISCアーキテクチャーである。
   ラジアル・タイヤのケースが典型的だが、従来のビジネスモデルを覆すような新技術が登場すると、既存企業は新規参入企業を否定し、結局、最後にはイノベーション戦争に負けて駆逐されてしまう。
   この場合には、いわゆる、スライウォツキーの「ダブルベッド戦略」を取っていたのだが、悩み抜いた末に、CISCアーキテクチャー一本に絞る決心をして波に乗った。

   グローブの経営を支えていたのは、時代の流れを適格に読み取る時流の風を感じる嗅覚の鋭さにあるのだろうが、それ以上に、戦わずして負けるよりも絶対に勝負に打って出て戦うべきだと言う激しい敢闘精神にある。
   IBMへの独占供給戦略に不安を漏らした次期CEOの有力候補だったデイビッド・ハウスを、この時、切ってしまったのも、このグローブのパラノイアとも言うべき決断力と決断を死守しようとする激しい気迫である。
   常に、退路を絶って排水の陣を敷いて戦略を打って来たグローブの妥協を許さない経営、これがインテルの今日を築き上げた。

   グローブと言えども、結構、失策も重ねており紆余曲折のインテルの軌跡が興味深いのだが、これらの一か八かの戦略変曲点での賭けにおいても、失敗しておれば、恐らく、今日のインテルはなかった筈で、これらを無事に乗り切れたのも、やはり、その転換点で決断し企業を牽引したグローブの経営学への造詣と経営に対する卓越した手腕にあたことは間違いなかろう。
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NHK:何時まで大分教員汚職のつまらぬ放送を続けるのか

2008年07月23日 | 政治・経済・社会
   大分で、30年以上も続いていたと言う教員採用や昇任試験での、点数水増し、口利きなどと言った教員汚職が、連日、TVニュースで、トップ扱いで報道されている。(やや下火になってきたので、報道されていたと言うのが正しいかも知れない。)
   はじめに断わっておくが、私は、戦後教育を受けた世代で、同時に、アメリカで大学院教育を受け、欧米等で永年生活をして、それなりに、日本に対する思いには、バランス感覚があると思っているのだが、
   本件の遠因にあたる根本的な問題は、戦後処理政策で、マッカーサーが実施した日本の教育システムに対する改革、特に、教育勅語(良し悪しは別に考えたい)を廃止して、歴史・地理・道徳(修身)教育をないがしろにするなど、徹底した愚民化政策を強いて、日本人の歴史文化伝統と精神的支柱を断ち切ってしまったことにあると思っている。
   日本人とは一体何者なのか、日本人としての誇りと人間の尊厳、生き行くための道徳・倫理、教育の価値、等々、日本人を支えてきた精神的支柱を根こそぎ否定された新生日本への転換である。

   確かに、アメリカ型の民主主義による日本の戦後復興、そして、経済大国への転進には、素晴らしいものがあるが、しかし、その代償として、日本人として最も大切な筈の日本人としての精神的アイデンティティを失ってしまったのである。
   先年、高校で必須科目の世界史が、大学入試科目ではないので、スキップして教えない学校が多かったと問題になったことがあるが、世界史がこの体たらくであるから、必須ではない日本史や日本地理に対する軽視は言うまでもない。
   私は、世界中を歩き回っていて、ある程度の教養人で、日本人ほど、自分達の歴史や地理は勿論、祖国日本そのものを知らない人々に接したことがない。

   アメリカは世界一の覇権国ではあるが、新しい国なので、アメリカとしての精神的基盤は希薄で、実利主義的な側面が濃厚だが、彼らの祖国であるヨーロッパでは、歴史と伝統に裏打ちされた精神文化と価値観が極めて重要な位置をしめており、経済社会は勿論、日常生活においても、規範として市民社会を統べている。
   ここに、人々が営々として築き上げてきた歴史と伝統の偉大さがあり、まして、日本は、ヨーロッパ列強には全く引けを取らない素晴らしい歴史と文化が、息づいている。
   この歴史と文化伝統によって培われてきた日本人としての根本的な価値観、日本人としてどのようにして誇りを持って生きて行くべきか、と言う人間として最も大切な価値基準、生きる指針を失ってしまえば、行き着く先は、明白であり、大分の教員汚職である。

   大分では、日本社会を統べていた「世間」と言う価値基準、道徳的倫理観が完全に欠如してしまっていたのであろうか。
   NHKは、大分市民の慙愧に耐えないと言ったコメントを白々しく放映しているが、市民が知らない筈がなく、このような教員汚職が日常茶飯事の常識であったと言うのが正しい筈で、当事者のモラルの欠如と罪の意識なしと言うのは悲しいけれど、それを温存していた自浄作用欠如の市民社会の方がもっと問題である。

   NHKの報道だが、極めて低劣な事件を、何度も何度も同じことを微に入り細に入り報道しているが、ことは、日本の義務教育に係わる教員の不祥事と言う根幹の問題である。
   HNKについては、報道が何たるかと言う使命を忘れたような報道が結構多いが、この問題については、極論すれば、もっと、社会を正しく明るい方向に向かうべく報道内容を考えられないであろうかと思っている。
   ニュースの軽重や社会へのインパクトなどを十分考慮して、野次馬根性を満足させるような視聴者迎合型の報道ではないやり方があるであろうし、これこそが公共放送の使命ではなかろうか。

   今、経済のグローバル化で、原油や食料品、天然資源などの原材料の値上がりや、為替や株価の乱高下など、スタグフレーションの足音さえ忍び込む等、国民生活を圧迫しているが、もっともっと、ニュース報道の中で、このような根本的な問題を易しく丁寧に報道すべきなのだが、あまりにも低俗なニュース報道で公器電波がハイジャックされているとしか思えないのが現状である。

   
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日立製作所大丈夫か?イノベーションからリノベーション?・・・篠本学副社長

2008年07月21日 | イノベーションと経営
   uVALUE CONVENTION 2008 の基調講演「新たな協創がひらく情報社会ルネサンス」で、日立製作所の篠本学副社長が、”新たな協創”のかたちと言う日立の戦略の一つとして、「イノベーションからリノベーションへ」と言うタイトルを打ち出した。
   日立の情報誌Uvalere11号の、篠本氏と、このアイデアをインスパイアした建築家の隈研吾氏との対談で、リノベーションと言う言葉をカッコ書きで、刷新、改修と言う説明がなされているので、googleで検索すれば、分るように、日立の認識も、中古住宅やマンションのリフォーム・改修に近い概念のようである。
   この肝心のリノベーションと言う言葉について、篠本氏の説明も、この小冊子の説明も、何を意味するのか判然としないのだが、建築分野で言うリノベーションは、普通にはリフォーム・リモデリングに近い概念である。
   建築家の隈氏の場合には、20世紀の力で押し切ってきたアメリカ型の近代的な新開発や能動的設計手法に対する反発に近い古い価値観を取り戻そうとする、いわゆる、再生、よく言えばルネサンスと言った感じの考え方で分らない訳ではない。
   しかし、これに近い概念であっても、リノベーションを、イノベーションよりも上位に置いた経営を日立が志向すると言うのであるから、話が全く違ってくる。

   イノベーションよりリノベーションと言う説を本格的に論じた経営学書は、ニュー・コークを打ち出して一敗地に塗れた元コカコーラのCMOセルジオ・ジンマンの「そんな新事業ならやめてしまえ! RENOVATE BEFORE YOU INNOVATE」であると記憶しているが、これについては、本ブログ2006.4.18で論じた。
   この論旨とは、ニュアンスが相当異なっているものの、このジンマンの戦略ならまだしも、
   ハイテク日立が、それも、ユビキタスIT社会を目指して経営戦略を打とうとしているグローバル企業日立が、イノベーションを軽視して、刷新、改修を企図したリノベーションを首座に据えた経営を志向すると言うのは、正気の沙汰とは思えない。

   誤解のないように、前述の対談記事から、篠本氏の説の概説を試みると次のようになろうか。
   IT分野のモノづくりでは、イノベーションによって過去からの流れを一旦断ち切って、全く新しいモノで市場を席巻してゆく戦略が主流で、個々の製品を考えて行く上では、過去の発想を変えて、全く新しいモノをつくるイノベーションが大切である。
   しかし、これからは、一社や一製品だけが市場を制覇するのではなく、社会にある多様な製品・技術と融合しながら、人々の役に立つITが求めれており、IT事業の形も、社会の歴史や周囲の環境との連続性を大切にするリノベーションが重要になる。
   人に意識させずに安全や安心、快適さなどの価値を提供出来て初めてITは本当に人に役立つのであって、ITを意識させるのは、IT本来の有り方ではない。
   イノベーションにより市場を独占しようとして生まれたモノ単体ではなく、周囲との繋がりの中で、社会にある多様な技術や製品と融合した新しい価値を生み出して行くことが大切となり、ビジネスのあり方も、エンクローズ社会を超えて、企業が協調しながら働く協創型、農耕社会型へと転換して行く。

   問題は、笹本氏の問題意識はほぼ同意出来るのだが、肝心のイノベーションとリノベーションの言葉の意味、認識が、全く常識はずれと言うか、分っていないところにある。

   まず、イノベーションを、過去の流れを断ち切った新しい発想の全く新しい製品で、これが市場を占拠・独占する所に問題があると言っているのだが、これは、恐らく、インテルやマイクロソフトなどを考えてのことであろうが、IT産業は、弱肉強食で生き馬の眼を抜くような果てしないイノベーションの連続で発展し、これらのイノベイティブな企業あってこその今日のIT産業と繁栄したグローバル社会である筈。
   それに、イノベーションとは、何を意味するのか、このブログでも随分論じてきたが、シュンペーターやドラッカーを読めば、イノベーションとは、あらゆる新機軸の融合・集積等による創造的破壊であって、人類の繁栄も、国家の繁栄も、企業の繁栄も、須らくこのイノベーションが根幹であることが分る筈だし、
   そして、この変転極まりないグローバル時代において、イノベーションを企業戦略の首座に据えて経営を行えないような大企業があるとするなら、天然記念物だとしか思えない、と言うコメントだけで十分であろう。

   リノベーションについては、篠本氏が論じている手法が、何故、リノベーションと呼べるのか、どんな辞書や事典を引いても該当せず、全く、意味不明である。
   ジンマンは、リノベーション(本業の見直し・改善etc)とは、既存の資産と事業能力を利用して何か別のことをするのではなく、顧客が本当に望む商品やサービスを提供し、企業のコア・エッセンスと顧客との間に確立された関係を活用して、それらの経営資源を利用して優れたことをすること、企業の基本的な部分には手をつけないでグレードアップすることである、と言っている。
   ジンマンは、イノベーションの典型だと言われているiPodをリノベーションの成功例としており、このあたりの経営戦略・戦術等の考え方で、イノベーションとリノベーションの境が不明瞭だが、
   リスクの高いイノベーション戦略を取るより、企業の持てるコア・エッセンスである強みを活用してリノベートすべきだと言う経営論は注目に値する。
   (しかし、あくまで、アグレッシブなブルー・オーシャン型企業戦略ではない。)

   尤も、篠本氏の論旨は、「新たな協創のかたち」の中で、イノベーションからリノベーション、勝つ建築から「負ける建築」へ、情報社会ルネサンス、へと話が展開しているので、あくまで、コラボレーションによる価値の創造と言うところに重点があるのだろうが、これだけ、世界中がイノベーション、イノベーションと熱狂している時代に、イノベーションを企業戦略から外して、意味不明のリノベーション論を掲げてIT社会を論じるなどは、やはり、情報・通信部門だけに天然記念物である。
   

(追記)この後、数回にわたってインテルの経営について、テドローの著書を引いて書くが、日立のリノベーション構想が如何に、敵前逃亡、消極的かと言うことが分って貰えると思う。
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新日本フィル定期公演・・・崔文洙のショスタコーヴィッチ「ヴァイオリン協奏曲第2番」

2008年07月20日 | クラシック音楽・オペラ
   今回の演奏会は、アルミンクの標題シリーズ「抵抗」の最終公演で、ショスタコーヴィッチのヴァイオリン協奏曲第2番を、コンマス崔文洙が熱演した。
   ヴァイオリン協奏曲第1番は、結構聴く機会があるが、この第2番は珍しいようで、私も初めてではあったが、オイストラフに奉げられたとかで、ソ連で学んだ崔にとっては、直伝に近い自信からか、実にダイナミックで朗々と歌わせていて感動的であった。
   尤も、ショスタコーヴィッチもオイストラフも1975年と74年に亡くなっているので崔との直接的な出会いはなかったであろうが、崔の言葉によると、その頃のソ連の音楽教育は、ショスタコーヴィッチの理解と言った次元ではなく、「心の叫び」の代弁であったと言うから凄い。

   ただ、ショスタコーヴィッチの音楽を聴くと何時も思うのは、作曲者の本当の命の叫びや発露ではなくて、イデオロギーなど訳の分からない論理で捻じ曲げられた音楽ではないかと思ってしまって、どこか痛々しさが拭いきれず冷めた気持ちで聴いてしまうことである。
   実際に、ショスタコーヴィッチの場合には、何度も権威筋から書き直しを命じられているし、西に亡命したロストロポーヴィッチ等の本を読んでいると、如何に、音楽に対する政府の介入が酷かったか、暴露されていて痛々しい。
   私の場合、オイストラフの演奏を実際に聴いたのは、兵庫県の宝塚劇場であったが、幻のピアニスト・リヒテルのコンサートを聞いたのもずっと後であったし、モスクワ音楽院で出来の悪かったのが文部省の役人をしていたので、卓越したソ連音楽家に対する嫌がらせが熾烈を極めたと言う。

   あのアドルフ・ヒットラーが、2度までウィーンの美術学校の入学試験に落ちたようで、残っている絵の出来も極めて稚拙だが、このヒットラーが絵画については変質狂で、豊かなユダヤ人達等から絵画を略奪するのは序の口、また、パリなどヨーロッパ各地、それに、スターリン等とは凄まじい絵画略奪戦を行ったが、何故か、芸術は権力と戦争には限りなく弱い。

   ところで、このショスタコーヴィッチのヴァイオリン協奏曲だが、やはり、金管や打楽器が咆哮する派手な、大向こうを喜ばせるような曲想で、オーケストラのダイナミズムの面白さと音の饗宴には、それなりの楽しさがあるが、アルミンクが「抵抗」の演題に選択した気持ちが分るような気がした。

   崔のヴァイオリンは、やはり、盟友のアルミンクの指揮で、それに、気心を知りすぎた同僚のバックによる演奏で、最初から最後まで、水を得た魚の如く自由奔放に駆け回って、正に、熱演であった。
   崔のソロについては、これまでも、コンサートのヴァイオリン・ソロのパートを何度も聴いているので慣れているが、やはり、新日本フィルをバックにすると冴え渡る。
   この後、万雷の温かい拍手に気を良くして、崔文洙は、アンコールで、バッハの「無伴奏ヴァイオリン・ソナタ第1番 フーガ」を実に丁寧に演奏した。
   これは、崔の新日本フィルの熱心なファンに対する心からのお礼と感謝の気持ちが籠もっていて感動的でさえあった。

   私は、昔のフィラデルフィアでのオーマンディの定期演奏会風景を思い出した。
   フィラデルフィア管弦楽団の本拠地アカデミー・オブ・ミュージックでの演奏家は、オーマンディにとっては特別な気持ちの演奏会で、何時も、熱烈な支持をしてくれているホームグラウンドのお客さんに対して、日頃の研鑽を披露して楽しんで貰うと言う思いが強かったように思う。
   良く演奏会後に、楽屋に出かけて、オーマンディに話を聞いたりサインを貰ったりしていたが、詰め掛けた熟年のファン達に対する好々爺ぶりとその交流は実に感激的であった。

   ところで、この日は、ウィリ作曲「永劫~ホルンとオーケストラのための協奏曲」が、ベルリン・フィルのシュテファン・ドールのホルン・ソロで、日本初演された。
   最後は、アルミンク指揮によるベートヴェンの「交響曲第2番 ニ長調 作品36」。
   素晴らしい演奏であったが、神妙な面持ちでジッと客席の反応を確かめるように見ていたアルミンクの顔に、無事、シーズンをやり終えたと言う安堵の気持ちが静かに浮かんで丁寧にお辞儀をしたのが印象的であった。
   5年のシーズンを終えたアルミンク。お辞儀の仕方も、日本の女性のように膝に丁寧に手を置いて深く腰を折るようになっている。



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イノベーションは物語づくりから・・・黒川清内閣特別顧問

2008年07月18日 | イノベーションと経営
   INNOVATION SUMMITで、黒川清氏が、「持続的成長と日本の課題」と言うテーマで、自論のイノベーション立国を熱っぽく語った。
   在米経験が長く、卓越した医師と言うバックグラウンドで幅広く国際的な活躍をしながら、日本学術会議会長まで歴任した最高峰の知識人で、科学者でありながら、グローバル時代の世界経済を、これほどまでに適格に把握して展望できる人は、恐らく、社会科学系にも少ないであろうと思えるほどの論客で、何時聴いても、パンチが利いた迫力のある講演は楽しい。
   これほど、卓越した逸材が、イノベーション25戦略会議座長として取りまとめた日本のイノベーション戦略が、殆ど鳴かず飛ばずの状態にあるのは、それだけ、日本の官僚機構の抵抗と、政治の貧困さに問題があるのであろうか。

   3月に出したPHP新書「イノベーション思考法」を読むと黒川氏の論点が、良く分かるが、重要な時代認識の中に、フラット化したこれからの時代は、偉大な卓越した個人の時代で、これらの巨人によって世の中が一挙に新展開すると言う強烈なメッセージがある。
   一人の偉大な人財(Human Capital)のアイディアが、世界を一変させる、そんな時代になったと言うのである。
   従って、黒川氏は、互換性の利いたパーツ人間ばかり育成してきた過去の教育を否定して、出る釘を叩くのではなく、出る釘を如何に見つけ出して伸ばすかと言うことを強調する。

   また、イノベーションについては、技術革新ではないと強調し続けており、今回も、物語を作ることだと力説した。
   技術的に優位である筈のソニーが、何故、スティーブ・ジョブズのiPodに負け、任天堂のWiiに負けたのか、技術一辺倒で、物語性に欠けるからで、消費者は、新しい組み合わせのコンセプトに乗ったのである。
   これが、強烈なブランドを形成し、他の競合商品の追随を許さなくなり確固たる地歩を築いた、これこそ、今日あるべきビジネス・モデルだと言う。

   日本の工業製品は世界に冠たる品質を誇っているが、いくら3Gで世界最高だと言っても世界に通用しない日本の携帯電話は、日本製品のガラパゴス化を促進しただけで、その閉鎖社会も、アップルのiPhone一発で、革命騒ぎを起こしてしまった。
   日本の環境重視の省エネ製品は、中国やインドは勿論、台頭著しい世界の新興中産階級の垂涎の的であり、かっての盛田昭夫さんのように、世界に打って出て果敢に売り込むべきだと黒川氏はハッパをかける。

   黒川氏が、時代を画している言葉として次の言葉を列挙した。
   グローバル化、イノベーション、人財(人材ではない)、クラスター、コアコンピタンス、フラット化。
   これに、ブランド、マーケティング、オープンソース&コラボレーションによるビジネス・イノベーションを加えれば、ほぼ、黒川氏の主張する日本の産業のあるべき姿が見えてくる。

   ところで、先日の片山知事の指摘のスマイルカーブによる「川中」製造業の悲劇からの脱却が、ものづくり日本を活性化する最も重要なテーマであるような気がしている。
   片山氏は、15,000円するワコールのブラジャーが、鳥取の下請工場では、ハギレを買って来て完成品に仕上げても800円しか貰えない現実を語っていたが、このことは、川中を主体としている日本の製造業の殆どが抱えている問題ではないかと思う。
   川上である筈の原材料においても、iPodやノキア等の携帯電話の部品の大半が日本製であるにも拘わらず、利益の大半は持って行かれてしまっている。
   トヨタは別として、世界最高の製品を製造して世界に貢献している筈のソニーや新日鉄などの利益率が、何故、良く分らない新興ソフトウエア産業に劣るのか、日本製造業のビジネス・モデルの根本から考えてみる必要があるように思っている。

   ところで、先の新書を読んでいて強烈な印象を受けたのは、日本で開発中のリニア新幹線の話である。
   リニア新幹線が実用化されると、東京ー大阪間は1時間以内の移動距離となり、更に、必要エネルギーは半分、CO2排出量は70%減少すると言う。
   これが、ワシントンーニューヨーク間等世界の近距離大都市間に交通システムとして採用されれば、殆ど完全に、飛行機が必要なくなり航空路線が消えてしまう。
   航空機が、どのような帆船効果を現出するのか興味のあるところだが、シュンペーターの言う駅馬車から鉄道への創造的破壊が起こる。
   このようなイノベーションは、経済社会環境が悪化し社会のニーズが逼迫すればするほど生まれ出で、早晩、産油国も、泣く憂き目に遭う事となるかも知れない。

   
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二世議員や世襲経営者が日本の活力を削いでいる・・・慶大片山善博教授

2008年07月17日 | 政治・経済・社会
   前鳥取知事片山善博教授が、INNOVATION SUMMITの「地方からの再生と日本の将来」と言うテーマの講演で、知事は2期8年で十分であり、やり残した事は殆どないが、唯一出来なかったことは、地域格差の解消、すなわち、地方経済の再生、活性化であったと言って、その原因は、まず、地域経済の構造的特徴にあると語り始めた。
   その特徴とは、
   ・根強い官依存体質―土木建築業、中小企業、農業などは典型的
   ・地場産業の下請け体質―スマイルカーブの「川中」
   ・経営者の世襲による進取の気性の衰退―有能な人材が地場の企業に就こうとしない だと言う。

   元々自治省入省の自治官僚であるから、政府役人の立場と地方行政トップとしての立場を知り尽くしているので、全般に亘って極めて迫力のある論述が展開されて、非常に明快であった。
   結論としては、戦後の欧米へのキャッチアップ戦略・戦術として効果のあった役人天国とその施策が、成熟した今日の日本社会においては、悉く足枷となり、日本の経済社会の発展を阻害していると言うこと、この古いレジームからの脱却なくして日本の再生はありえないと言うことであろうか。  

   地方の経済主体を「経営のプロ」ではなく「補助金もらいのプロ」に仕立てた政府の産業政策、
   特に、市場を見ないで補助金などの政府の施策の動向ばかりを見てきた農家・農業団体を育ててきた農政、
   補助金の「受け皿」と化した商工団体の中小企業政策などのひどさは、地方産業の自立自活力を大きく削いでいる。

   自治体の「土建化」と「借金漬け」を進め、「貧困の罠」に陥らせた地方財政対策や、
   自治体を「すずめの学校」にしようとする総務省の「行政指導」、
   自治体を断片的に支配し、各省別々に従属させる行政が、トータルでものを考えることを妨げるなど、
   自治体から「考える力」を奪い、「愚民化」を勧めてきた政府の施策が、地方を益々疲弊化させて活力を削いできた、と言うのである。

   社会保険庁や厚労省の役人の不正、財務省役人の居酒屋タクシー、国交省の談合体質等々、毎日のように役人の不祥事がメディアの話題をさらっている等、高い公僕としての志を失くした官僚の体たらくが、これほどまでに揶揄されることも珍しいが、やはり、市場原理が働かなかった日本の官僚制社会主義体制に、根本的な欠陥がビルトインされていたのかも知れない。

   片山教授は、良かれと思ってやった政府の施策が裏目に出た結果だと優しく言っていたが、私自身も、志の高い有能な役人がいることを知っており、総て役人が悪いとは思っていないが、現状を考えれば、国会議員の数も含めて、役人の数を半減するなど、むしろ、役人の仕事を極力減らして、規制や統制等徹底的に緩めた方が日本のためになると思っている。
   ところが現実は、個人情報保護や内部統制など法制度も含めて、逆に、どんどん日本人の活動や行動を締め上げる方向に進んでいて、益々、役人の仕事や裁量を増やしており、歯車の逆行も甚だしい限りである。

   話がそれてしまったが、私が問題にしたかった片山教授の論点は、地方産業の経営者の世襲による進取の気性の衰退と言う問題で、
   はっきりとは言わなかったが、最近の総理大臣は、森さんを除いて、また、国会議長や副議長の過半も、総て2世議員であり、このことが、極めて日本の政治の質を低下させているのではなかろうかと言う問題の指摘である。
   
   現実には、国会議員の相当数が、2世議員である現状だが、これは、日本の選挙、特に、地方有権者の指向性が色濃く反映されており、跡継ぎとして議員の子孫を当然視する風潮による。男子がいなければ、政治のセも知らないような立候補選挙権を得たばかりの娘を擁立し、これを、また、嬉々として応援して選出すると言う日本国民の民主主義とは程遠い政治感覚と言うか、村政治の延長が問題である。
   結局、国民、選挙民が賢くならない限り抜け出せない罠であるが、決して褒められない日本だけの傾向ではなかろう。

   片山教授は、地場産業では、どうせ息子が跡を継ぐので、優秀な人材が地元に残らないと言うことだが、これは、地場産業に限ったことではなく、地方の大学を卒業した若者は、殆ど、その地方から離れて行く現実を見れば、地方に活躍の場がないからである。
   このグログでも書いたが、同族企業やダイナスティ企業については功罪があり、同族企業にも極めて優れた利点があり、その為に隆盛を誇っている内外の優良企業が結構あるのである。
   しかし、ビジネスに関する限り、余程の準備とセットアップがない限り、子孫が、創業者のようにイノベイティブで、企業家精神旺盛で優秀な後継者となるケースは稀であると考えた方が現実的かも知れない。

   片山教授は、機会の均等を金科玉条とする義務教育の世界で、世襲制を企図するような破廉恥な大分の事件は言語道断だと切り捨てる。

   恐れ多い話で例証するのは気が引けるが、天皇制度は有史以来の伝統だから貴いのだ、絶対に変えてはならないと言う議論もある。
   
   
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七月大歌舞伎・・・「義経千本桜」

2008年07月16日 | 観劇・文楽・歌舞伎
   今月の歌舞伎座の昼の部は、「義経千本桜」の源九郎狐の物語を通しで上演しており、猿之助の指導を受けて海老蔵が狐忠信を演じているので、当然、「市川海老蔵宙乗り狐六方相勤め候」と言うことになり、若くて溌剌とした美しい海老蔵の狐が花道の上空を舞う。

   元々、浄瑠璃から歌舞伎に取り入れられた演目で、最近、文楽で、勘十郎の狐忠信が初音の鼓にじゃれ付きながら宙を舞って客席上空に消えて行く感動的な舞台を見たのだが、歌舞伎では、猿之助と音羽屋系とがあるようで、猿之助が舞台を遠ざかってからは、菊五郎も勘三郎も宙乗りを演じていない。

   静御前を守護した忠信が、実は、狐であったと言うことが明らかになり、狐にかえるのは「川連法眼館」の場だが、けれんみを重視する猿之助の演出では、宙乗りの採用は当然として、早替わりにしても、狐手、狐言葉など狐の動きにしても、非常に工夫が凝らされていて、これを、若くて元気な海老蔵が演じているのであるから、眼の覚めるような鮮やかな舞台で、非常に視覚的でもあり、やはり、吉野山も桜と同じで、実に美しい花のある舞台となっている。
   御殿正面の欄間からひらりと飛び降りる狐の登場など、正に、軽業師で、海老蔵の凛とした狐言葉も中々冴えていて素晴らしく、芸の若さは否めないが、その若さと新鮮さ爽やかさが、本来の狐忠信の本領であったのではないかと思わせる。

   海老蔵は、他の劇場で狐忠信を演じているのだけれど、私は始めて見るのだが、今回の「鳥居前」での登場から、玉三郎との華麗な「吉野山」、それに、最後の「川連法眼館」まで、かなりバリエーションのある忠信を演じているが、夫々に華があって、この悲劇的である筈の吉野への義経の舞台を、ある意味では吉野の桜を介して花の美を演出している歌舞伎の舞台には、非常にぴったりの役者ではないかと思って見ていた。
   吉野山で兄継信の戦死の様子を語る凛々しさ、本物の忠信の威厳と風格、それに、後半の親狐の皮を張られた初音の鼓から去りがたくて行きつ戻りつ逡巡する哀切の情の表現等々、奇を衒うことなくストレートに演じていて気持ちが良い。

   「吉野山」と「川連法眼館」での静御前は、玉三郎が演じており、私は、夫々一回づつしか見ていないのだが、文句なしに素晴らしい舞台で、海老蔵には、正に偉大な助っ人と言う感じであった。
   口幅ったいことを言わせて頂ければ、話題性には良いのだが、一寸、玉三郎では勿体ない感じがして、歌舞伎の世界では無理ではあろうが、ここで、先の「鳥居前」で、中々魅力的な静御前を演じた春猿に、続けて演じさせてみるのも面白かったのではないかとフッと思った。

   今回の義経千本桜の舞台は、海老蔵や静御前の玉三郎ほかを除いて、猿之助一座の役者で固められているが、これが、また、新鮮な印象を与えていて中々良い。

   とにかく、義経に題材を取りながら、知盛やいがみの権太や狐忠信などを主人公にして、義経は刺身のツマと言った形の歌舞伎だが、千本桜と言うのであるから、吉野の桜もこの舞台の華なのであろう。

   ところで、平家を討伐した義経だが、平家物語には、最後の方に、義経都落ちと言うくだりで、大物の浦から船出して、平家の怨霊に祟られて嵐にあって住吉に漂着したことが語られていて、その後、住吉の浦に泣き叫ぶ女房ども10余人を捨て置いて、静だけ召し具して吉野に向かったと書いてある。
   吉野山をも落ち、その年は都ほとりに忍び給いけるが、文治2年春の頃、秀衡を頼みて、奥州へ落ち行かれけり。と語られて、義経は舞台から消えている。
   諸行無常である。
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村井重俊著「街道をついてゆく」を読んで

2008年07月15日 | 書評(ブックレビュー)・読書
   久しぶりに、司馬遼太郎の書物に出合った。
   晩年の6年間、「街道をゆく」で司馬番を勤めた朝日新聞の村井重俊氏の思い出ルポルタージュ本で、司馬遼太郎の街道を行くの裏話のみならず晩年の事情などが紹介されていて面白い。
   大変な小説家であることは夙に知っていたが、実際に、私が司馬遼太郎を意識して読み始めたのは、20数年前のことで、オランダに住んでいた時、上司が置いて行ってくれた街道をゆくの「南蛮のみちⅠ&Ⅱ」であった。
   その後、すぐに、海外関係の「オランダ紀行」から読み始めて、奈良や京都、滋賀などと言った若い頃に良く訪れた地方の街道を行くへと少しづつ広げて行った。

   勿論、その後、NHKで放映された番組も見たし、NHK出版からの同放送のドキュメント本「司馬遼太郎の風景」も総て読んだし、ヨーロッパから帰国してからは、司馬遼太郎の新しく出版される本は片っ端から読んだ。
   しかし、肝心の小説については、読んだのは、「空海の風景」と最後の作だと言われている「韃靼疾風禄」程度で、後は、NHKなどのドラマによる知識しかないので偉そうなことは言えない。
   私は、同じ作家の作品でも、新しく出版される本を追っかける傾向が強いので、街道をゆくにしても、殆ど晩年の作品が多いのだが、最後の未完に終わった「濃尾参州記」の小冊子のように薄くなった本を手にとって、これで終わりかと思うと無性に寂しくなったのを覚えている。

   司馬遼太郎は辺境が好きだと行っていたが、村井氏は、司馬さんがハンガリーを書きたいと言っていたと書いている。
   ハンガリーについては、先日もこのブログで書いたが、非常に興味深い国で、マジャール人の国だが、その前に、アッチラ時代の匈奴系のフン族が支配しており、13世紀には、モンゴル人の来襲を受け、色濃くアジア人の血を引いており、名前は、日本人と同じで、姓名の順序であり、それに、蒙古斑を持っている。
   トインビーが、挑戦と応戦、文明の十字路である辺境から文化文明が伝承して行ったと壮大な文明論を展開しているが、ハンガリーは、正に、アジアとヨーロッパの文明の十字路で、司馬遼太郎の「フン族への道」などと言った街道をゆくが実現していたら、さどかし素晴らしい司馬文明史観が展開されていて興味深かったであろうと思う。

   帰国してから10年ほど、仕事の関係で日本全国を回っていたので、街道をゆくの故地をあっちこっち歩く機会があって、それなりに楽しむことが出来たが、私にとって興味深かったのは、やはり、街道をゆくも海外版で、愛蘭土紀行や台湾紀行、ニューヨーク散歩などであった。
   残念ながら、イギリスに長く居ながら、岩盤しかない大地に海草の土を作って畑を耕すと言うアラン島にはとうとう行けなかったが、イギリスの圧制に苦しんできたこの愛蘭土が、IT革命の恩恵を受けて経済成長を成し遂げ、イギリスは勿論凌駕し、日本の一人当たり国民所得の1.8倍もの豊かさを誇る素晴らしい国に変身してしまっているのを、司馬さんが知ったらどう思うであろうか。
   日本の没落を予言して亡くなった司馬さんだから、当然だと頷くであろうか。
   公的な人類共有の財産である筈の土地のバブルで、狂奔する日本人の馬鹿さ加減を、田中直毅氏との対談「日本人への遺言」で慨嘆していたが、資本主義の悲しいサガについて憂いながら逝ったピーター・ドラッカーとどこか良く似ている。
   
   私が、非常に勉強になったのは、NHKの放映番組と出版による『「明治」という国家』と『「昭和」という国家』であった。
   日本歴史学と言うか大学では学べない壮大な司馬史観のエッセンスの開陳で、感激しながら、TV放送を見、本を読んで復習した。

   私が、一番最初に、司馬遼太郎の本を読んだのは、30年ほど前の「長安から北京へ」で、今、手元に、井上靖との共著「西域をゆく」があるが、やはり、京都での大学生活の影響もあり京大関連の中国やアジア史学関係の本からアプローチしたようである。
   教養部の宮崎市定教授の授業に感激して影響を受けたのだが、当時は、少しづつ、シルクロードへの道が開放され始めて、井上靖や京大の学者達が敦煌や楼蘭などロマン溢れる話題を提供し始めていた。
   司馬さんは、当然、その仲間に入って論陣を張っていたのである。

   村井重俊氏の本は、非常に軽妙なタッチで書かれたもう一つの街道をゆくの別伝で、久しぶりに司馬遼太郎を思い出させてくれた。
   

   
   
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