モーツァルトの歌劇《フィガロの結婚》のDVDを探していて、カール・ベーム指揮の古いオペラに巡り合った。
巡り合ったというのは大げさだが、私にとっては憧れの指揮者であったので、まさにそうである。
ベームのレコードは嫌と言うほど聴いてきたが、実演の舞台を観たのは、METでシュトラウスの「ばらの騎士」を、一度だけだったが、非常に感激した。
それに、このオペラは、
ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団、ウィーン国立歌劇場合唱団をカール・ベームが指揮し、演出はジャン=ピエール・ポネルと言う極上のバージョン。
尤も、実際の舞台のDVDではなくて、制作は、1976年6月 ロンドン(映像)、1975年12月 ウィーン(音声)と言う合成の映画の歌劇《フィガロの結婚》なのだが、それが、舞台以上に上出来で、満足であった。


それに、登場する歌手が、夢のような当時のトップ歌手たちで、次の布陣。
アルマヴィーヴァ伯爵・・ディートリヒ・フィッシャー=ディースカウ(バリトン)
伯爵夫人・・・・・・・・キリ・テ・カナワ(ソプラノ)
スザンナ・・・・・・・・ミレッラ・フレーニ(ソプラノ)
フィガロ・・・・・・・・ヘルマン・プライ(バリトン)
ケルビーノ・・・・・・・マリア・ユーイング(メッゾ・ソプラノ)
マルチェリーナ・・・・・ヘザー・ベッグ(メッゾ・ソプラノ)
バルトロ・・・・・・・・パオロ・モンタルソロ(バス)
バジーリオ・・・・・・・ヨーン・ファン・ケステレン(テノール)
ドン・クルーツィオ・・・ウィリー・キャロン(テノール)
アントーニオ・・・・・・ハンス・クレーマー(バス)
バルバリーナ・・・・・・ジャネット・ペリー(ソプラノ)
これらの歌手については、殆ど全て、METやロイヤル・オペラなどで実演に接してよく知っているので、往年の懐かしい舞台を思い出して懐かしさ一入であった。
それに、この映像は映画なので、実に入念にストーリー展開を追っていて、上質なシェイクスピア戯曲の舞台を観ている感じで、歌手たちの芸達者ぶりと演出の巧みさに舌を巻くほどで、オペラの醍醐味を映画芸術が増幅している。
この歌劇のメインの主題は、好色なお殿様伯爵が、奥方に飽きて来て、家来のフィガロの結婚を直前にして、その相手の伯爵夫人の侍女スザンナを、初夜権を復活してでも、ものにしたいと言う色事師のドタバタ劇。
私は、フィラデルフィアで、ドイツリートのリサイタルで、フィッシャー=ディースカウを聴いている。あの時の端正で威儀正しい姿とは、想像もつかないようなにやけた好色男の、しかし、ほどほどに威厳を保った実に芸達者な彼の役者ぶりに驚嘆した。


もう一つ、フレーニの実に瑞々しい匂うような魅力的なスザンナに魅了された。まず、歌い始めた冒頭から、ビロードのように艶やかで美しく若々しい歌声に引き込まれて、そして、最初から最後まで、豊かな顔の表情のみならず全身を躍動させて演じ切る優れた演技力には脱帽で、当代キッテのソプラノ歌手 の面目躍如である。
フレーニの舞台は、ただ一度だけだが、ロイヤル・オペラで、チャイコフスキーの「エフゲニー・オネーギン」の素晴らしいタチアーナを鑑賞した。
もう一つフレーニの思い出は、偶々、ロンドンからパリに飛ぶエール・フランスの機内で隣り合わせになったことである。話はしなかったが、下りるときに棚から荷物を取って彼女に手渡した。機内では、ずっと、「文字埋めクイズ」に熱中していて、軽食にも手を付けなかった。透き通るような真っ白な綺麗な肌が眩しかった。座席にチケットの半券を置いて下りたので、貰って本に挟んだのだが忘れてしまった。
もう一つフレーニの思い出は、偶々、ロンドンからパリに飛ぶエール・フランスの機内で隣り合わせになったことである。話はしなかったが、下りるときに棚から荷物を取って彼女に手渡した。機内では、ずっと、「文字埋めクイズ」に熱中していて、軽食にも手を付けなかった。透き通るような真っ白な綺麗な肌が眩しかった。座席にチケットの半券を置いて下りたので、貰って本に挟んだのだが忘れてしまった。
タイトルロールのフィガロのヘルマン・プライだが、ロンドンに居た頃、ハイティンクが殆どのワーグナーの楽劇を振っていたし、モーツアルトなど、ロイヤル・オペラで聴く機会があったので、あの好男子然とした舞台姿が記憶に残っている。しかし、このブログでは、「ニュルンベルクのマイスタージンガー」の公演でベックメッサーを歌ったコミカルなヘルマン・プライの記録しか残っていないのが残念である。
この舞台での素晴らしい歌唱は言うまでもなく、狂言回しの卓越した演技の冴えは群を抜いていて、フレーニとの相性は抜群である。
この舞台での素晴らしい歌唱は言うまでもなく、狂言回しの卓越した演技の冴えは群を抜いていて、フレーニとの相性は抜群である。



さて、伯爵夫人のキリ・テ・カナワだが、私にとっては、一番多くの実演に接した名ソプラノかも知れない。
一番記憶に残っているのは、ショルティ80歳記念のドミンゴとの「オテロ」でのデズデモーナ。METでの「ばらの騎士」の侯爵夫人や、ロイヤルオペラでの「ドン・ジョヴァンニ」のドンナ・アンナなどのモーツアルトもの。
この舞台でもそうだが、恋に悩む高貴なレィディの憂愁を帯びた陰影のある舞台など、しっとりとした心にしみる演技が秀逸である。



びっくりしたのは、ケルビーノのマリア・ユーイングの白鳥への脱皮ぶり。
この舞台では、METへのデビューと同時に、伯爵夫人に恋い焦がれる小姓のズボン歌手で登場し、まず、「自分で自分が分からない」を歌い出すとその素晴らしさに圧倒され、可愛い小悪魔のような軽快なコミカルタッチの演技に魅せられたのだが、
このマリア・ユーイングが、10数年後には、円熟したソプラノ歌手に成長した。
ロイヤル・オペラ(チケットが取れなくて私が鑑賞したのはケンウッドでの野外オペラ)で、プラシド・ドミンゴがカバラドッシ、ユスチアス・ディアスがスカラピア を演じた「トスカ」で、タイトルロールを歌うという、その凄い舞台を聴いて驚嘆したのである。
また、ロイヤル・オペラの「サロメ」で、タイトルロールを演じたこのマリア・ユーイングが、「7枚のヴェールの踊り」を全裸で踊りぬくという偉業(?)を遂げた。慌てて(?)、双眼鏡を外したのも懐かしい思い出である。


何故か、登場歌手の思い出談議に終わってしまったが、この歌劇《フィガロの結婚》は、誰でも知っている超ポピュラーなオペラ。
とにかく、このDVDは、記念すべき超大作であり、これほど素晴らしい作品も珍しい。