熟年の文化徒然雑記帳

徒然なるままに、クラシックや歌舞伎・文楽鑑賞、海外生活と旅、読書、生活随想、経済、経営、政治等々万の随想を書こうと思う。

ブルーベリーの花

2005年04月30日 | 花鳥風月・日本の文化風物・日本の旅紀行
   庭に3本のブルーベリーの木が植えてあり、一本はもう20年以上になる。毎年、この季節になると、馬酔木やドウダンツツジと同じ様なスズランの花に似た小さな清楚な花を付ける。
   ブルーベリーは、目に良いとのことなので、毎朝、ブルーべりージャムを楽しんでいるが、庭のブルーベリの方は、秋に実ると小鳥達が楽しんでくれる。
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ベルリンの至宝展・・・そして、東京国立博物館

2005年04月30日 | 展覧会・展示会
   上野の東京国立博物館で、ベルリンの博物館島(旧東ベルリン)のコレクション「ベルリンの至宝展」が開かれている。第2次世界大戦で散逸したとは云え、やはりドイツで、久しぶりの大型展示会である。

   絵画は、やはり、ラファエロの「聖母子」、レンブラントの「天使と格闘するヤコブ」とウフィツィにある素晴らしいボッティチェリのヴィーナスの誕生の一部「ヴィーナス」であろうか。
   彫刻や浮彫り、壷・金銀器・陶器等の工芸、コインは、先史から近代、そして世界各地の幅広い作品が要領良く展示されていて興味深い。

   私の興味を引いたのは、前14世紀エジプトのアメンホテップ3世の妃のティイ王妃頭部。ほんの5~6センチ程の胡桃の木製の頭部だが、黒光りした彫りの深い如何にも精悍で聡明な容貌で、やや厚ぼったい唇に切れ長の鋭い眼光が印象的で、屈みこんで単眼鏡で下から見上げると更に特徴が際立つ。
   アメンホテップ4世の妃ネフェルトィティの優雅で優しい雰囲気と全く違う。同じベルリンのエジプト美術館にある彩色鮮やかなネフェルトィティ頭部像を何度見て何度カメラに収めたことか目に焼きついている。今回もネフェルトィティに似た頭部彫刻が展示されていたが、これは違う。
   もう一つ面白かったのは、クレオパトラの頭部彫刻。鼻はやや鷲鼻で高いが、男顔で冗談にも、才気煥発な美人とはどうしても思えない。
   兎に角、興味深い展示品が多く、新しい発見があり、愉しませて貰える。

   私は、ベルリンの壁が崩壊する前と後の2回これ等の博物館を訪れている。ブランデンブルグ門の背後には、フンボルト大学や国立オペラ劇場等も含めて文化・文明の香りがするものは東ベルリンにあった。
   ペルガモン博物館で、壮大なペルガモン大祭壇を仰ぎながら何時間も過ごした。今回ここから来ているのは、「ライオンの装飾煉瓦壁」他数点か。
   やはり東京博物館に来ているのは、ベルリンの博物館島の至宝の片鱗だけ、今回も、その博物館に行って実際に現地で鑑賞しなければと思った。

   (追記)東京国立博物館、他の常設展示も凄い。
○特別展覧 新指定国宝・重要文化財目録   
   平成17年に指定された新国宝・重要文化財が、新国宝の熊野速玉大社の大神像等4点を筆頭に相当数の重文が集められて展示されていて圧巻である。見る機会の少ない重文の考古資料や歴史資料も興味深い。
○国宝   国宝館には、雪舟の「秋冬山水図」
      鳥獣人物戯画巻 丁巻  有名な甲巻の鳥獣戯画と違った生活観溢れる戯画。
      重文の「麗子像」

   兎に角、歩くだけでも命の洗濯、それに、近年益々美しく便利になった上野文化村での余暇もまた楽しい。   
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野の花・ケシ

2005年04月29日 | 花鳥風月・日本の文化風物・日本の旅紀行
   最近、野辺にケシの花が多くなった。民家の庭先に植えられていた花の種が、風に飛ばされて広がったのであろう。カラスのエンドウと共生しながら咲いていた。
   ヨーロッパの田舎を車で走っていると、路肩が一面に色取り取りの鮮やかなケシの花が咲き乱れているのに出くわす。日本の田舎を走っていると、路傍に色取り取りのコスモスが咲いているのに出会うが、この感動と同じである。
   北ヨーロッパのケシも良いが、ギリシャの様な荒地に咲くケシが詩情をそそる。古代の廃墟や遺跡の中に咲くケシの花は、特に、胸を打つ。
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白石加代子の「源氏物語」・・・明治座公演

2005年04月29日 | 観劇・文楽・歌舞伎
   前回は草月会館ホールであったが、今回は2回目、明治座なので一寸雰囲気が違う。
瀬戸内寂聴の現代語訳による「源氏物語」の「朧月夜、明石の君、末摘花」の活躍する部分を構成して展開されている優雅な白石加代子の一人舞台。
   
   舞台は、銀河系の天の川をモチーフにしたバックに、沢山のポールに固定された色鮮やかな50ばかりの「扇」。この扇が、庭園になったり、部屋になったり、船になったり、一人の黒衣によって巧みに操られる。
   嵐になると扇の柱が小刻みに揺れて、床に倒れる。末摘花の落ちぶれた庭になると扇が少しづつ消えて行き、華やかな舞台になると満艦飾の様に扇が輝く。金銀をバックに色々な絵模様が描かれた扇が、舞台の展開に応じて変わってゆく。

   朗朗と、抑揚豊かな白石加代子の語りを盛り上げるのがバックの音楽と擬音。笛、小鼓、小太鼓、琵琶の音に加えて、嵐や鳥や動物の鳴き声等の擬音が雰囲気を盛り上げている。
   そして、心憎いまでに抑揚の効いた照明。王朝時代の優雅さとけだるさ、悲しさを表出している。

   白石加代子の至芸と言うべきか、台本を持って舞台に立つが、この台本はあくまで小道具。白石加代子の平成の語り部としての語り、そして、豊かに情感を込めて演じる一人舞台が、源氏の華やかでどこか物悲しい王朝の夢の世界を醸し出していて、最後まで飽きさせない。
   朧月夜とのエロティックで優雅な恋、末摘花との可笑しいしかし一寸物悲しく寂しい恋、典侍とのコミカルな恋、明石の君との大人の恋、そんな恋物語をモティーフに白石加代子の語りと演技が冴えている。
2幕冒頭の須磨・明石の段の嵐の模様など、舞台展開の妙は流石で緩急自在、兎に角、2時間の舞台に、紫式部が表出した王朝文学「源氏物語」を凝縮している。

   市川海老蔵の歌舞伎も、瀬戸内寂聴訳を使用しており、この舞台も華やかで美しく、楽しませてもらったが、白石加代子の舞台は、一人舞台で、舞台セットを省略しており、語りだけでこれだけ水準の高い演技をしており、どこか、イギリスのシェイクスピアの舞台に近いような気がした。
   随分前であるが、ベニサンピットで見た、蜷川幸雄演出のシェイクスピア「真夏の夜の夢」で白石加代子が妖精の女王「タイターニア」を演じていたのを思い出した。
白石加代子、世界に通用する日本の誇るべき素晴らしい女優だと思っている。

   
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路傍の花・タンポポ

2005年04月28日 | 花鳥風月・日本の文化風物・日本の旅紀行
   野道を歩くと、暖かくなって一度に緑が深くなった雑草の間に、タンポポが黄色い花を強力に誇示して咲いている。
どんなに雑草が強くても強引に顔を出す、実に強い野の花である。
   白い種の綿帽子が実に優雅でやさしい。一度黄色い花が落ちると花びらが萎んで再び開くとふんわりとした種の花を開く。
しかし、今度は、強い風に煽られるとひとたまりもなく飛んでしまう。
   儚げに風に靡いている背の高い菜の花とは対照的に、しっかりと大地にしがみ付いている。タンポポの方が、黄色が深い。
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東アジア中世街道・・・海商・港・沈没船 (国立歴史民族博物館)

2005年04月28日 | 展覧会・展示会
   3月23日から2ヶ月間、佐倉城址にある「歴博」で、「東アジア中世街道…海商・港・沈没船」の企画展示が開かれている。場所柄か、休日以外は何時も鑑賞者が少ないので、勿体無いが平日は閑散としており、ジックリ勉強するのには都合が良い。

   この特別展は、積極的な対外政策をとって海外と交流していた南宋以降12~16世紀の東アジアの海を舞台に活躍した人々の育んだ歴史と文化の煌きを扱っている。海のシルク・ロードの東の端の部分であるが、東シナ海が丁度内海の様に海民や海商を結びつけ、東アジアに花開いた文化・文明の交流が、考古、文献、美術、民俗資料等と共に語られている。

   最初の部屋に展示されている、まだ、日本の形が定かでない地図が面白いが、もっと興味深いのは、当時の日本人の世界観には、天竺(インド)、震旦(中国)、本朝(日本)の三国しかなかった事。
19世紀までは、中国の経済力は世界最大であったし、歴史上、この三国の経済力と実力が欧米に遅れをとったのは20世紀のみで、21世紀のBRIC’sの明るい未来を想定すると、あながち間違っていないかもしれない、と思うと面白い。

   交易の途中に沈没した多くの商船に船積みされていた多くの陶磁器、銭、武具、生活用品等など、引き上げられた品々が展示されており、興味が尽きない。
日宋貿易で栄えた博多や、琉球、明、南蛮貿易で栄えた堺の港等の様子も面白いが、「舶来物への憧憬」の所で、ステータス・シンボルであろうか生活空間の中にこれ見よがしに高級磁器が飾られている様子を描いた絵などを見ていると、日本人の舶来崇拝のルーツが見えて興味深い。

   この佐倉の「歴博」、豊かな常設展をも鑑賞すると優に半日はかかるが、疲れれば、季節の花々や自然の輝きに安らぎを与えてくれる広大な佐倉城址公園を散策するのも楽しみの一つ、今、最後の八重桜が咲き乱れており、「くらしの植物苑」で季節の花々に接するのも、また楽しい。

   
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佐倉城址の八重桜

2005年04月27日 | 花鳥風月・日本の文化風物・日本の旅紀行
   久しぶりに「歴博」を訪れたが、時間があったので、佐倉城址を散策した。萌えいずる新緑が美しく、殆ど人気のない城跡は、静寂そのもので、木陰で開いた本に櫻の花びらが舞い込む。

   色々な種類の八重桜は少し盛りが過ぎて、風に誘われ花びらがヒラヒラ舞い落ちている。足下はピンクの絨毯である。

   まだ、カンザン等豪華絢爛と咲き誇っている八重桜が何本か残っていて、妍を競っている。一重の白花の櫻も残っていたが、この城址、結構櫻の種類が多い。
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日本の教育の特色・・・欧米との比較から(その4)

2005年04月27日 | 政治・経済・社会
   4番めに指摘したいことは、「役に立つことを教えるか教えないか」という点である。勿論、役に立つことを教えるのが教育であり、この指摘自身が矛盾だが、ポイントの置き方が違うのである。(ヨーロッパは、日本に近い所もあるが、今回は、アメリカに限定して比較したい。)

   例として大きな違いを感じたのが、数学に対する考え方。
   長女の高校でも、私のビジネス・スクールでも、確率、順列、組み合わせと言った統計学に近い形の授業が主体、乃至、重視されており、殆ど軽視か無視される日本とは確実に違っている。実際には、この考え方が、ビジネス・ディシジョンで重要な位置を占めており、実際の生活においても、可能性なり蓋然性の把握が極めて役に立つ。
   2次放物線や因数分解、微分積分の勉強よりは、確率等の勉強の方が必須科目と思うのだが、間違っているであろうか。
   
   ビジネス・スクールで、(昔の話だが、)日本では、マルクス経済学を勉強するのだと言ったら、異口同音に、何故そんな役に立たないモノを勉強するのだと言われたことがある。
   ウォートン・スクールでは、厳しい学期の最後の授業が終わると、教務課の職員が、教室に駆け込んで、学生に当該教授の考課表を書かせていた。その授業が、学生の将来のキャリア・アップ等の為に役に立つか、有益な教えであったかと言うことが重要項目なのであるから、教授は、ひたすら学生にとって有益な授業を心がける事となる。
   プラグマティズムの権化のようなアメリカである、役に立たない教科や授業などありえないのである。

   日本の場合は、教育の骨組みは、殆ど明治時代より変わっていないし、学際の時代でありながら、大学の学部構成も殆ど変わっていないし、いまだに教科書の政府検定がまかり通っている。
   どう生きれば良いのか、宗教や倫理・道徳教育に手を抜くから青少年の悲惨な犯罪が後を絶たないし、クレジット・カードの使い方や日常の経済生活の知恵について教えないから「振り込め詐欺」や「カード偽造現金引き出し」等にやられるのである。
   日本の学校での授業や教科が、高邁な理想の実現も含めて、本当に生きていく為の知恵を与え、人間形成と価値ある生活の為に役立つのか、考えて見る必要があると思う。

   時代錯誤だが、いまだに、高卒から大学院卒まで、専攻や専門に関係なく、新入社員を、ヨーイドンで教育・配属し、徒弟奉公的な人事政策で受け入れている会社が多い模様である。
   今の1年は、われ等中高年の新入社員の頃の10年に匹敵しており、例えば院卒の社員を他の社員と同様に扱うなど、人的資源の浪費も甚だしい。しかし、実際に会社として学歴によって仕事をさせられないと言うであろうが、それなら、院卒は院卒なりに、学卒は学卒なりに、役に立つ使い方が出来ない様な教育制度自身に問題があるのはなかろうか。
   激動の時代にマッチした教育システムの確立が急務である。
   
   
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イチジクの小さな実

2005年04月26日 | 花鳥風月・日本の文化風物・日本の旅紀行
   急に暖かくなって、イチジクの枝の先から小さな葉が出たかと思ったら、下についていた小さな実が少しづつ大きくなり始めた。2年前に植えたが、去年は、少し実がなり小鳥の餌になった。その後、食べ残した後をコガネムシが集まって食べていた。
   もう、2本、フランス輸入のイチジクの木を植えてあるが、これにも実がついている。大実で甘いと言うが、どんな実がなるか、楽しみである。
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日本の教育の特色・・・欧米との比較から(その3)

2005年04月26日 | 政治・経済・社会
   次に考えられる第3の違いは、「秀でた才能を伸ばそうとする教育と劣った教科を取り戻そうとする教育」といえるであろうか。

   日本の場合は、小中学校の場合、ある生徒が数学の出来が悪いと、先生は、「数学が遅れているので、家庭教師をつけて強化したほうが良いでしょう。」と言い、親も、数学の成績を他の学科並みに引き上げようと、必死になる。
   出来る生徒は、より以上に、出来ない生徒はそれなりに、兎に角、取りこぼしのない様に平均して全教科の成績を上げようとする、これが日本の教育ではなかろうか。
   とにかく、大学くらい出ていないと恥ずかしい、との風潮とが相俟って、特色のない平均的な互換性の利くスペアパーツの様な人間ばかりを生み出している。

   ところが、国よって差はあるが、欧米の場合は、出来の悪い学科があっても、出来るだけ早く、生徒の秀でた才能や能力を見つけ出そうとし、その特出した才能や能力を更に伸ばせられる教育環境に持っていこうとする。
   大分前に、イギリスでは、11歳で将来の進路指導が行われて、オックスブリッジ・コースなのか、専門学校か、実業か、等など、決められると聞いた事がある。無駄な詰め込み教育はしないと言うことであろうか。
   義務教育期間は、それなりに、必要な勉強をするが、その後は、兎に角、自分の才能と能力を見据えて自己を磨く。したがって、子供の素晴らしい才能を見出しそれを更に磨く環境が出来れば、その将来の職業が、親の職業と全く違っていても、親子とも、それを喜ぶ。   
   
   ウインストン・チャーチルもアインシュタインも、右脳人間なので、普通の教育感覚と基準から行けば、完全に落ちこぼれ、しかし、欧米教育の土壌があったからこそ、超天才として大成した。豊かな発想と異常な能力を持つ右脳人間の活躍あってこそ、今日のような人類の文化文明発展の歴史があったと言っても過言ではなかろう。
   
   日本でも、早稲田で一芸に秀でた生徒を入学させているが、それも結構。しかし、天才や秀才は年齢など全く超越しており、学校制度の枠を超えて、小学生でも能力があれば、東大に入学させる位の教育改革がないと、日本の英才教育など夢のまた夢であろう。
  
   とにかく、限りなき可能性を秘めた子供達の無限の才能と能力を如何に伸ばすか、この視点から教育を考えない限り、明日の日本は寂しい。
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日本の教育の特色・・・欧米との比較から(その2)

2005年04月25日 | 政治・経済・社会
   日本の教育との大きな差の第二は、「独創性を鼓舞する教育と知識蓄積を重視する教育との差」である。
   
   ご存知の様に、日本の教育は、如何に教えられたことを沢山覚えて正確に回答するか、この能力に懸かっている。
   親友が今、中小企業診断士の受験で講習会を受けているが、米国の経営論で明らかに間違っている理論を論破したら、講師は、「正解は、これです。こう答えなければ点はもらえません。試験に通ってから、そんなことは言いなさい。」と言われたと言う。
   ノーベル賞受賞者の多い某帝大系の大学では、さすが、こう言うことはなく、試験でも、自由な発想をよしとして、自由奔放に勉強させてくれたが、これなどは例外で、とにかく、日本の教育は、先生の教えたことを、寸分違わずに出来るだけ正確に答えないと、良い点は貰えない。
   
   一方、欧米は全く違う。先生の教えたことを、そのまま答えることは、スタートで、それを元にして自分が何をどう考えたかが重視される。
   長女が、アムステルダムのインターナショナル・スクール(高校)の授業の課題で、エンサイクロペディア・ブリタニカやアメリカーナ等参考書を調べて中間報告をしたら、先生に「それでは、貴方自身どう考えるのか、それを書きなさい。」と言われて振り出しに戻ってしまった。
   アメリカのビジネス・スクールでも、別な考え方はないか、と何度も教授に鼓舞され、極端な場合、自分を売り込むために、全く貧弱な理論にもならない理論を、滔々と打つ学生もいたが、とにかく、ある課題を元に、授業がドンドン展開して行き、問題意識を拡大させてゆく。
   奇想天外と言わないまでも、ユニークで独創的なアイディアを育む教育の土壌の違いを感じた。ビジネス・スクールで、それまでに慣れ親しんだ日本の教育からの頭の切り替えに戸惑いを感じ、実際には、この方が遥かに難しいことを知った。
  このように教育面では、既成観念に囚われない新発想なり新しい潮流に価値を求めようとする意識は、欧米の方があるように思える。
   
   この欧米との差が、良いのか悪いのか、価値基準に拠って判断の分かれるところだが、今、文化と文明の十字路に来ている日本の経済社会に求められているのは、豊かな発想と独創性ではないであろうか。
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佐原老舗蕎麦屋の盆栽

2005年04月25日 | 花鳥風月・日本の文化風物・日本の旅紀行
   久しぶりに佐原に出かけた。古い歴史と伝統を残すシットリトシタ良い所である。
   伊能忠敬の旧居のすぐ側、古い町並みの中に、老舗も老舗、蕎麦処「小堀屋本店」がある。その、間口二間あるかないかの門口に、何時も季節の花を付けた盆栽が置かれる。今回は、一重の清楚な櫻と桜草、暖簾と格子に映えて優雅である。
   別な老舗・酒屋の店内にも、淡い青紫の綺麗な山野草が、ヒッソリト、しかし、詩情豊かに咲いていた。
   佐原は、実に民度の高い、詩情豊かな、文化の香りのするところである。
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日本の教育の特色・・・欧米との比較から(その1)

2005年04月24日 | 政治・経済・社会
   欧米の教育システムが、必ずしも良いとは思っていないが、私なり子供達が経験した欧米での教育と比べながら、日本の教育の特色の一面を考えてみたい。
   
   まず第一は、特に米国のプロフェッショナル教育。米国には、大学院レベルの、ビジネス、ロー、メディカル、エンジニアリング等の専門学校があり、即戦力のプロを育成している。
ビジネス・スクールで、人事管理を専攻すれば、2年間に膨大なケース・スタディを含めて人事管理のみならず経営学全般も勉強することとなるので、卒業すれば、即、然るべき会社の人事部長に採用される。
   日本の場合は、大学・大学院では一般教育重視なので、卒業しても何も実業は出来ない。長い徒弟奉公期間に、コーポレート・カルチュアや実務を勉強して一人前になる、謂わば、会社が、ビジネスやエンジニアリング・スクールなのである。
   しかし、時代が変わった、そんな悠長なことを云っておれないし、まず、経済社会が変わってしまって、それに、その変化が急激で早いので、OJTを受けるにもその先生が居ないし、大げさに言えば前人未踏の世界に踏み込んで、自分自身で自分を教育し、新しい仕事にキャッチアップしなければならなくなってしまった。

   法科大学院が動き出したが、明治時代から変わらない旧態依然たる大学教育を根本的に改革し、大学院レベルのプロフェッショナル・スクールの育成、そして、もっと高いレベルの生涯教育システムの構築が必要ではなかろうか。そんな気がする。
   もっとも、その為には、自前の先生が不足するので、外国の学者に門戸を開いて、優秀な学者が自由に入国できるように、教育開国することである。明治維新のあの頃を再現する以外にない。
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ハナミズキが咲いています

2005年04月23日 | 花鳥風月・日本の文化風物・日本の旅紀行
   私の庭のハナミズキは白、大きくなるのを嫌って肥料を押さえているのが裏目に出て樹勢が弱いのか、今年は、花が少ない。
   ポトマック河畔の櫻と交換にアメリカから来たアメリカワタボウシ。アメリカで、秋には美しく紅葉した大樹を見たのを思い出すが、何故か、この印旛沼に近いこの地方、気候が合わないのか、モミジも櫻も柿も、それに、このハナミズキも、美しい紅葉を見せてくれない。
   
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MITスーザン・ホックフィールド学長の嘆き・・・もう一つの高等教育の課題

2005年04月23日 | 政治・経済・社会
   英国ファイナンシャル・タイムズ紙が、MIT初めての女性学長ホックフィールド氏に、インタビューし、興味深い記事を載せていた。「米国は、数学や科学で凋落し、テクノロジー面での活力が落ちており、基礎研究に対する支出の減少を食い止めないと大変なことになる。ワシントンに出かけて、科学ファンドの増額を要求するのだ。」と言う。
   2002年以降、米国の非軍事R&Dに対する連邦政府支出が毎年減少しており、その中でも、基礎研究、長期間に亘って商業的価値を産まない最先端リサーチに対する連邦支出の減少は特に顕著である。最も価値のあるリサーチへの資金を求めて四苦八苦している教授を見たり、科学軽視の風潮が強まると、将来の待遇を悲観して、数多の優秀なタレントがテクノロジー分野に向かわなくなる。
   最近、科学分野での米国の学者の受賞率や学術論文の掲載件数が減ってきており、物理学やエンジニアリング部門を専攻する学生数が徐々に減少している模様で、この分野での優秀な人材こそ経済に活を与え得るのであって、これは大変危険な兆候だと言う。ホックフィールド学長は、自分は、Sputnikの陰で育った世代で、あの頃は、数学や科学やエンジニアリングに没頭することが素晴らしいことだと誰もが思っていた、と言う。
   もう一つの重要なコメントは、外国人の学問分野での貢献。
MITの11人のノーベル賞学者の3分の1以上、そして、エンジニアリング分野の学者の大半は外国人である。ところが、入国ビザ取得が難しくなり国内教育重視の傾向の結果、MITへの外国からの申請者が減少し、2002年以降、50%を割った。アメリカの驚異的な活力の源泉は、外国からの優秀な人材を無尽蔵に吸収してきた胃袋の大きさだったのである。

   この記事、極めて示唆に富んでいるが、日本の場合はどうであろうか。東大生が、中学程度の数学でも70%程度しか正解を得られないと言うショックな番組をある民放で放映していたが、公文だけが気を吐いている様子では、理・科学、工学教育の現状は、お寒い限りなのではなかろうか。
一方、このバブル経済の崩壊とその後の経済不況の結果、国家も企業も国民も、目先不要不急の支出を切り、大切なものへの投資や支出を切り詰めてきた。大切なものを見失って来たかも知れない。
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