熟年の文化徒然雑記帳

徒然なるままに、クラシックや歌舞伎・文楽鑑賞、海外生活と旅、読書、生活随想、経済、経営、政治等々万の随想を書こうと思う。

経営コンサルタントの倒産

2025年04月06日 | 経営・ビジネス
   東京商工リサーチが、
「2024年度「経営コンサルタント」の倒産が過去最多専門領域の分散化で“経営のプロ”の生き残り競争が激化」と報じた。
   “経営のプロ”のはずのコンサルタントだが、事業再生やDX支援、M&Aなど、専門領域の分散化と顧客ニーズが高度化し、最近のコンサルは差別化と専門性が求められている。資料集めや情報の整理などはAIに取って代わられ、単純な手続き代行や財務指導など、過去の経験則だけで生き抜くことは難しい。と言うのである。

   さて、私自身も、現役引退後に、日銀に居た大学の後輩と二人で、経営コンサルタントを立ち上げて、しばらく運営していたので人ごととは思えない記事である。

   経営コンサルタントの倒産は、原因別では販売不振や赤字累積などの「不況型倒産」が7割近くを占め、形態別では、「破産」が構成比96.0%と大半を占めている。また、資本金別では、1億円未満が同98.6%と大半を占めた。さらに、従業員数別では5名以下の小規模事業者が同94.0%だった。コンサル業界は1人でも、少ない開業資金でもスタートでき、参入障壁は低い。ただ、人脈が途切れたり、継続的な案件取引が突然なくなるリスクもあり、中小コンサルタントの足元はぜい弱な企業が少なくない。 
  「経営コンサルタント業」の実績は、コンサルタントの経験や人柄、人脈などで大きく左右される。属人的な性質が強い分、如何に優秀な人材を確保し、顧客に高付加価値を提供できるかを問われている。後継者不足やDX支援など、中小企業が直面する課題は多様だが、高度化する顧客ニーズへの対応には、それ以上の専門的な知識が必要になる。このため、コンサル業界の生き残り競争が加速し、特色を打ち出せないコンサルの淘汰が続く可能性が高い。と言うことである。

   ところで、我々のコンサル会社について、
   まず、私のキャリアだが、世界屈指のビジネススクールで経営戦略論を専攻してMBAを取得して帰国して、その後長くヨーロッパの現地法人を設立して経営に携わった。帰国後は、関連事業の総括を担当して、色々な業種業態の子会社の管理監督および経営指導に当たり、続いて、一部上場の関係会社の監査役に就任した。監査と言う任務以外に、全国の事業所を駆け回る機会を得たので、個別事業の管理運営指導や戦略戦術の議論などコンサルに軸足を置く仕事にも注力した。
   相棒のゼミの1年後輩の日銀マンも、海外は勿論錚々たるキャリアを積んでおり、経営コンサルタントとしては、二人とも、まずまず、資格があると考えた。
   しかし、この考えが甘かったのである。

   二人とも、多くの頼もしい素晴らしい人脈に恵まれおりながら、頼らずに独立独歩で歩こうと決めて走り出したのだが、如何せん顧客が掴めない。最初は、私の大学の非常勤講師の謝礼や相棒のコンサル業務のフィーなどで、ほそぼそとスタートしたが、鳴かず飛ばず。
   実際には、コンサルを頼りにしたい中小企業は、生きるか死ぬかの瀬戸際であり、高邁な理論など論外であって、もっと泥臭い、死地を彷徨いながら泥を被って打ち込む実業に長けたコンサルに頼りたいはずだったのである。

   さて、経営コンサルタントは言うなれば、病院や医師に近い業務だろうが、今や、ICT革命、AIの驚異的な進歩で、知的高級職の弁護士や会計士さえ駆逐しつつあるように、同様に、業務の多くがAIに代替されて更に高度化して業態が大きく変化している。
   しかし、ミンツバーグが説くごとく、経営はアート、
   豊かな創造性と、高度な経験と知見に裏打ちされた鋭敏な感性が求められ、経営コンサルは、そのはざまにあって、難しい仕事である。
   いずれにしろ、MBA感覚では、個人的な経営コンサルタントなど務まる筈はない。
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Amazonで買うのは当然であろうか

2025年04月05日 | 経営・ビジネス
   実店舗で買わないときの買い物は、結構、Amazonでネットショッピングすることが多い。
   買いたい商品をAmazonで検索すると、一気に多くの関連商品が画面に現れる。
   全くまちまちの商品が出てくるのだが、大抵市販よりも安いので、その中から、価格や信用度などを勘案して、適当に選んで買う。

   先日、Amazonを使っていて、気付いたことが2点あるので、記してみたい。
   まず、1点目は、価格が異常に安い時があるということである。
   口絵写真は、その一例で、
   Nikon D7100とパソコンとを連結する接続ケーブル
   として、買ったのは、
   オーディオファン ニコン用USBケーブル UC-E6互換 データケーブル ブラック ノイズ対策用 フェライトコア付き 約104.5cm 
   送料込みで、250円である。
   類似製品の価格は、1000円前後から、純正品だともっと高いし、バラツキが大きい。
   単純な接続ケーブルなので、品質にそれ程差があるとは思えないし、故障してもまた買い替えればよいような程度なので、買ってみた。
   線が切れて使えなくなった元の純正品と変わりなく機能している。
   マーケットプレイス商品なのだが、心配したのは、ヤマトの送料がいくら安いと言っても、この価格では、利益など出るはずのない商売だということである。
    「出品者に対する評価を投稿」で、満点評価してお返ししておいた。

   もう1点は、返品が容易であること。
   SDカードをパソコンに転送するカードリーダーを買おうとして、
   UGREEN カードリーダー USB 3.0 高速 SD TF カードリーダライタ 2スロットカード同時読み書き可能
   を購入した。
   価格が999円で安いの機能が簡略化していて、意図した機能が不能であったので、その旨評価すると、返却対応指示が表示された。
   理由を書いてメールを送ったら、ヤマトの引き取り手続きを取ってくれて、翌日ヤマトに渡したら、数日で返金されてきた。
   全て無料で、厄介なこともなく、処理できたのだが、不都合などで交換することもあったが、この場合も手間暇がかからなかった。電話もルートさえ踏めばすぐに繋がる。
   
   もう、言わなくても分かることだが、大企業や優良企業と言えども、日本の企業のカスタマーサービスの悪さは特筆もので、まず、電話が何番何番と盥回しにされて、繋がったと言いきや何十分も待たされて、トドノツマリハ、ケンンモホロロ。
   お客様は神様、お客様第一などと、トランプのように、社是を唱えているが、カスタマーサービスの質を上げれば、一気に業績が向上するはず。これが、日本企業に必須の経営戦略戦術の要だと言うことが分からないお粗末さが、フジテレビのように迷走する。
 
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カラヤン:マスカーニ: 歌劇《カヴァレリア・ルスティカーナ》

2025年04月03日 | クラシック音楽・オペラ
   先日レビューした「道化師」とカップリングのマスカーニ:歌劇《カヴァレリア・ルスティカーナ》も素晴らしいカラヤンのオペラ映画である。
   キャスト等は、
サントゥッツァ……フィオレンツァ・コッソット(メッゾ・ソプラノ)
トゥリッドゥ……ジャンフランコ・チェッケーレ(テノール)
ルチーア……アンナ・ディ・スタジオ(アルト)
アルフィオ……ジャンジャコモ・グェルフィ(バリトン)
ローラ……アドリアーネ・マルティーノ(メッゾ・ソプラノ) 
ミラノ・スカラ座合唱団・管弦楽団
指揮:ヘルベルト・フォン・カラヤン
演出:ジョルジオ・ストレーレル
監督:オーケ・ファルク
制作:1968年5月、6月 ミラノ・スカラ座

   イタリアの小説家ジョヴァンニ・ヴェルガの小説 を基にした、シチリアの山間部の貧しい村人たちの物語で、三角関係のもつれから起きる愛憎劇と決闘と殺人を描いた切ない、しかし、美しいオペラである。
   

   ストーリーの概略は、
   復活祭の朝。トゥリッドゥは、許嫁であった美しい女ローラが、彼の兵役中に馬車屋のアルフィオと結婚してしまう。除隊後帰郷したトゥリッドゥは、仕方なくローラを忘れようと、村娘サントゥッツァ(サンタ)と結婚したが、アルフィオが馬車での外出が多くて留守がちなのを幸いと、ローラと寄りを戻して逢引きを重ねる。これを知ったサンタは、トゥリッドゥに泣き崩れて哀願するが蹴り飛ばされて、その身勝手さに怒りのあまり、二人の関係をアルフィオに告げてしまう。アルフィオは激怒し復讐を誓ったので、サンタは事の重大な展開に後悔し悩む。
   




   (美しい間奏曲)
   復活祭のミサが終わり、教会から出てきた男たちはトゥリッドゥの音頭で、母ルチアの酒場で乾杯する。アルフィオはトゥリッドゥの勧めた杯を断って捨てる。事の次第を理解した二人は決闘を申し合わせ、アルフィオは裏の畑で待つと場を去る。トゥリッドゥは酒に酔ったふりをしながら母に「もし自分が帰って来なければサンタを頼む」と別れを告げる。トゥリッドゥが酒場を出てしばらくすると「トゥリッドゥさんが殺された」という女の悲鳴が響き、幕。
   







   1時間少しの短編オペラらながら、
ママも知るとおり Voi lo sapete, o mamma (サントゥッツァ)やお母さん、あの酒は強いね Mamma, quel vino è generoso (トゥリッドゥ)などの感動的な美しいアリアや村人たちの合唱など、聴かせて魅せてくれる。

   ゴッドファーザー映画を彷彿とさせるシチリアの田舎の素朴な教会風景が、牧歌的であり詩情豊かである。
   このオペラは、何といっても主役はサントゥッツァであり、フィオレンツァ・コッソットは、東西随一のイタリアのオペラ歌手、
   歌唱の素晴らしさは言うまでもなく、演技の細やかさは抜群で、目の表情などアップでも躍動しており感動的である。
   名前をよく覚えているので、METかロイヤル・オペラで聴いたことがあるのかも知れないが記憶にはない。

   トゥリッドゥは、二枚目の一寸線は細いが良い男、アルフィオは、剛直で一本気の野武士風の田舎男、
   チェッケーレも、グェルフィも実にうまい。
   マルティーノのコケティッシュなローラ、スタジオの二人の苦悩に戸惑う母親ルチアの助演も役を得て好演。

   さて、演奏のスカラ座が凄いのは当然だが、やはり、カラヤンのオペラは群を抜いている。
   私がクラシックに興味を持って聴き始めたレコードは、トスカニーニやブルーノ・ワルターだが、その後、カール・ベームやカラヤンに移った。
   通ぶってカラヤンをこき下ろす輩が多いのだが、私は、カラヤンは最高の指揮者だと思って聞き続けてきた。
   実演を聴いたのは、ベートーヴェンの「運命と田園」と「合唱つき」のたった2回だけだが、貴重な経験であった。
   「運命」の指揮途中に、指揮棒が折れて飛び、その後、指揮棒なしの華麗な指揮姿となったのだが、このオペラでは、まだ指揮棒が踊っている。
   


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カラヤン:レオンカヴァッロ: 歌劇《道化師》

2025年04月01日 | クラシック音楽・オペラ
   古いオペラのDVDを探していて、カラヤンの「カヴァレリア・ルスティカーナ 」と「道化師」のスカラ座版を見つけた。
   



   歌劇《道化師》のキャスト等は次のとおり。
カニオ……ジョン・ヴィッカーズ(テノール)
ネッダ……ライナ・カバイヴァンスカ(ソプラノ)
トニオ……ピーター・グロソップ(バリトン)
ペッペ……セルジオ・ロレンツィ(テノール)
シルヴィオ……ロランド・パネライ(バリトン)
ミラノ・スカラ座合唱団・管弦楽団
指揮:ヘルベルト・フォン・カラヤン
演出:ポール・ハーガー
監督:ヘルベルト・フォン・カラヤン
制作:1968年5月、6月 ミラノ・スカラ座

   マスカーニ:歌劇《カヴァレリア・ルスティカーナ》では、フィオレンツァ・コッソット(メッゾ・ソプラノ)が、素晴らしいサントゥッツァを好演しており、カラヤンの「間奏曲」はさすがに美しくて感動的。

   さて、私が、この「道化師」を実際のオペラ劇場で鑑賞して、印象に残っているのは、まず、METでのアンナ・モッフォがネッダを演じた舞台である。
   記録を残していないので、METのHPのアルカイーブをチェックすると、1974年のクリスマスシーズンで、 
ネッダ:アンナ・モッフォ
カニオ:ジェイムス・マックラッケン
指揮:ジョン・ネルソンであった。
   カヴァレリア・ルスティカーナのサントゥッツァは、グレイス・バンプリー。
    丁度、ブラジルへの赴任途中に、ニューヨークへ立ち寄った時である。
   とにかく、モッフォは、天が誤って二物を与えてしまった凄い美人のオペラ歌手で、感動した記憶だけは残っている。

   他で観たのは、ロイヤルオペラとケンウッドの野外オペラで、同じキャストの舞台を鑑賞した。ピエロ・カップチャルリとエレーナ・オブラツオバの凄い舞台に感激した。
   ずっと後になって、このオペラ・ハウスで、ドミンゴ指揮の「パリアッチ道化師」を観たのだが、この時は、この演目だけの舞台であったが、記憶はそれくらいで、あまり鑑賞機会はなかった。 

   オペラの概略は、ウィキペディアを参考に、
   祭日で着飾った村人たちが待ち焦がれる旅回りの座長カニオの一座がやってくる。カニオは「今晩23時から!芝居を観に来てくれ」と宣伝し、ペッペや村の男たちと居酒屋に行く。カニオの妻・ネッダは独り残って自由を楽しんでいるところへ、彼女に思いを寄せるせむしの道化役者トニオが、物陰から現れて口説くが、鞭で打たれて逃げ出す。入れ違いにネッダの愛人である村の青年シルヴィオが現れて愛を交わし駆け落ちの相談をする。それを見たトニオは、仕返しの好機とカニオを呼んでくる。ネッダがシルヴィオに「今夜からずっと、あたしはあんたのもの」と言うのを聞いてカニオはついに逆上、シルヴィオは慌てて逃げ出し、ネッダはカニオに男の名を明かせと責められたが拒む。ベッペが戻ってきてカニオを鎮め、芝居の仕度を促す。カニオは、怒りも悲しみも隠して道化芝居を演じ、客を笑わせなければならない役者の悲しみを歌う。
   



   村人が待ちかねた芝居が始まる。ネッダ扮するコロンビーナが恋人アルレッキーノを待ちわびているところへ、下男タッデーオが現れ言い寄るが蹴り飛ばされる。アルレッキーノとコロンビーナがやっと逢引を始めるところに、タッデーオが「パリアッチョが帰ってきた!」と急を告げる。パリアッチョを演ずるカニオは、コロンビーナが逃げ出すアルレッキーノに向かって「今夜からずっと、あたしはあんたのもの」と言うのを聞いて、それが先ほどと同じ台詞であったので、芝居が現実に暗転して憤怒を呼び起こして狂乱状態に陥る。「やつの名を言え。おれはもう道化師ではない」と狂気して叫ぶカニオの迫真の演技に、村人は拍手喝采する。ネッダは危険を悟り逃げ出そうとするが、カニオは、彼女を刺殺し、いまわの際に「助けてシルビヴィオ」と名を明かしたので客席で見ていたシルヴィオも殺害する。トニオが「喜劇は終わった」と口上。カニオは舞台から転げおち、村人たちが大混乱の中、で幕。
   









   とにかく、超一流のオペラ歌手でありながら、ジョン・ヴィッカーズやライナ・カバイヴァンスカなど主役級だけではなく、どの歌手も歌唱のみならず演技がうまくて舞台俳優や映画俳優に引けを取らないほど素晴らしく、その上、監督がカラヤンだというからびっくりする。
   一部オーケストラパートではカラヤンの指揮が登場するが、完全に映画版のオペラであり、楽しませてくれる。
   半世紀以上も前のオペラであるが、音響も画像も気にならないくらい上質である。
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椿:トムタム咲く、椿が満開

2025年03月30日 | わが庭の歳時記
   外辺が白覆輪のピンクの千重咲き椿トムタムが咲きだした。
   トムタムは、バラのように派手な大輪の多い洋椿にしては珍しくコンパクトな中輪なのが好ましい。
   咲き始めは、底地のピンクが濃くてコントラストが鮮やかだが、満開になるとピンクの綺麗な花になる。
   







   急に寒くなって雨模様だったが、今日は天気が良くなって少し暖かくなった。
   近所の桜しか見ていないが、鎌倉の桜もほぼ満開だとか。
   近所の桜並木が明るく華やぎ始めた。
   わが庭では、一気に椿が開花して咲き乱れている。
   




  


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トヨタ株をナンピン買いする

2025年03月28日 | 
   昨27日は、株式の権利確定日なので、株価は上昇傾向だったのだが、トランプの自動車への25%関税が正式に決まったので、権利落ちの今朝は、自動車株がかなり下落するのではないかと考えた。
   思ったほどの下落ではなかったが、案の定、トヨタは100円以上下落している。

   前に買っていた株価を割り込んで、評価損が出てきたので、ナンピン買いを試みた。ナンピン買は、保有している取引銘柄の価格が下がった際に、追加でその銘柄を購入することによって平均取得価格を下げる取引手法である。
   まだ、これまでのトヨタ株の最低価格には程遠いのだが、これからの株価推移など分からないので、とにかく、野村を叩いて、1単位NISA成長枠で成り行きで購入した。
   零細投資家の取れる方法と言えば、その程度なのである。

   さて、トランプの関税政策など愚の骨頂であり、グローバル経済を縮小させるばかりではなく、ブーメラン現象を引き起こして、益々、米国経済を疲弊させて窮地に追い込む最悪の経済戦略であり戦術であるのは火を見るより明らかで、すでに、国家経済が軋み始めている。
   単純な話、関税によって膨大な国家収入が入るとトランプは嘯いているが、税金を支払うのはアメリカ側であり、その分物価が高騰して企業や国民生活を直撃するのみならず、国際競争力さえも棄損する。
   言うまでもなく、世界中は、同盟国から率先して切り捨てるアメリカを見限って、アメリカ抜きの経済圏構築に始動し始めようとしている。EUやアジア諸国、BRICSなどが、中露などの専制国家との新しいグローバル経済システムを志向して、動き出すことは必定であり、硬直化しつつある米国経済よりもダイナミズムを期待できる。

   ところで、日本政府は、外交交渉などによって関税や貿易規制などを回避できると目論んで、トランプ政権に擦り寄っている。しかし、MAGAが金科玉条の利己主義に徹したトランプはそんな軟な相手ではなく、徹底した弱肉強食の権化。いい加減に日本も目を覚まして、自分の足で立って、少なくとのEU並みに、真面に戦う覚悟を決めてアメリカに対処すべきである。


   アメリカの閉鎖的な自国完結型の国家経済の再構築がどうなるかは時間の問題だと思うが、
   いずれにしろ、国際経済が無茶苦茶に混乱し始めたことは事実である。
   吉と出るか凶と出るか、新しいグローバル経済の均衡を待つ以外に仕方がない。

(追記)31日、期末朝に、更に日経平均が、1200円以上下げて25000円台に突入して、トヨタもさらに100円近く下がった。ナンピン買いが早すぎて、ダメだったということであろう。トランプ関税の影響は大きい。

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椿:王昭君、ジュリア・フランス

2025年03月27日 | わが庭の歳時記
   わが庭では、赤い椿が先に咲きだしたが、一気に暖かくなって来てから、ピンクの椿が咲き始めた。
   まず、楽しませてくれたのは、淡いピンクが匂うように美しい千重咲きの王昭君である。
   王昭君は、和親政策のため匈奴の王に嫁がされた悲劇の女王として興味深い逸話が語られれているのだが、『後漢書』によると、彼女は選ばれて後宮に入ったにもかかわらず元帝から何年も顧みられず、自ら匈奴に嫁すことを望んだ。話が決まってから王昭君を初めて見た元帝は、その美しさに大いに驚き手放すのを惜しんだ。  と言う。
   絵師に、賄賂を渡さなかったので、醜い似顔絵を描かれたので選ばれたという話が有名だが、いずれにしろ、中国きっての絶世の美女であったことは間違いなさそうである。
   とにかく、美しい椿である。





   ジュリア・フランスは、フランス作出の椿。
   やはり、フランスの花であるから、どこか、バラの雰囲気がにじみ出ていて華やかである。
   ただ、花弁が淡いピンクで華奢なので、春の嵐にあうと可哀そうである。
   







   
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椿:至宝が一気に咲きだした

2025年03月24日 | わが庭の歳時記
   わが庭には、かなりの種類の椿が植わっているのだが、一番気に入って大切に育てているのが「至宝」である。
   イギリスから帰国した春に、長い間留守にしていたにも拘わらず、主を待ちわびていたように綺麗に咲き乱れた「乙女」椿に感激して、椿を育て始めたのだが、この「至宝」は、乙女椿そっくりのポンポンダリヤ様の千重咲き椿である。清楚なピンクの乙女とは違って、渋い感じの赤紫色なのだが、京都の雅をイメージさせてくれる優雅さが良い。
   


   至宝は、かなり、花付きが良くて沢山蕾を付けるのだが、咲く花の形が歪になったり、木が弱るのを防ぐために、摘花している。
   また、咲き始める気候条件や時期によって、紫色が濃くなったり青みを帯びたり、微妙に変化するし、花の形もバリエーションがあるので、完璧に咲かせるのは非常に難しい。
   




   この椿は、店頭に出ることは殆どなく、通販でも品薄で、結構高価である。
   素晴らしい名花であり、挿し木も容易なので、沢山、増やせばよいのだろうが、全くそんな気にならないのが、椿ファンの心境ではないかと思う。
   気にいった椿は、出来ればスペアが欲しいので、1本だけは、挿し木苗を育てているが、あくまで、庭植えせずに、鉢植えで維持している。
   

   
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エレガンス・シュプリーム咲き始める

2025年03月22日 | わが庭の歳時記
   優雅な洋椿エレガンス・シュプリームが咲きだした。
   タキイから買った時には、20センチにも満たない小苗で、10年でも1メートルくらいしか伸びないと説明されていたので、用心して育ててきた。
   確かに、半坪庭に植えた親苗は、まだ、1m少しだが、途中で挿し木した子苗は、順調に生育して花を咲かせ始めた。
   椿を植え始めた頃には、侘助など清楚な日本椿が主体だったが、ヨーロッパに長くいて、バラに影響されたのか、日本に帰ってからは、複雑で派手な椿を植え続けている感じである。
   



   久寿玉が、派手に咲きだして散り始めている。
   この椿は、枝替わりで花が変化していて、楽しませてくれる。
   


   菊冬至も咲きだした。
   斑入りの中輪椿で、八重咲の整った花形が端正で好ましい。
   


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映画:真夏の夜の夢1999年版

2025年03月20日 | 映画
   シェイクスピアの「(真)夏の夜の夢」の舞台を観ようと思って、DVDを探したのだが、見つからなくて、映画版を見ることにした。
   ロンドンとストラト・フォードでRSCの舞台を観たのを皮切りにして、その後、来日したRSCの舞台を2回観ており、お馴染みだが、
   鮮明に覚えているのは、ベニサンピットでの蜷川幸雄演出の「真夏の夜の夢」で、竜安寺の石庭風の舞台のバックが開くと、倉庫の向こう側の道路が見えて車が走っており、俳優達が道路に出て演じていた光景。秀逸は、 白石加代子が演じた女王「タイターニア」で、ロバの頭に変えられた職人ボトムとの妖艶なラブシーン。とにかく、赤い花の媚薬に翻弄されて展開される若い恋人たちの恋のドタバタ騒ぎが面白い。 

   前に書いたブログの「夏の夜の夢」の筋書きを借用すると、
   恋人との結婚を許されず、死か尼寺かと追い詰められた娘が恋人と森へ駆け落ち。それを許婚が追いかけて森へ、その彼に恋する乙女がまたこれを追って森に行き、4人の若者が森に入る。
   森を支配する妖精の王オベロンと女王ティターニアとが、インド人の子どもをめぐって仲違い。王は、妖精のパックに命令して、起きた時に最初に見たものを恋すると言う惚れ薬の薬花を取りに行かせて、王女と仲違いの恋人達に振りかけるよう指示する。 
   パックは、公爵の結婚祝いの祝典劇の練習の為に来た職人ボトムの頭をロバの頭に変えたが、ティターニアはこの怪物を最初に見て恋に落ちる。
   一方、若者の方は、間違って媚薬を振り掛けられたので、恋愛関係が逆転して、相手にされなかった乙女が二人の男に追いかけられてドタバタ喜劇。
   王が、媚薬解凍用の薬を振り掛けて各々正常な恋愛関係に戻ってめでたしめでたし。
   公爵と2組の結婚式の祝宴に、職人達がドタバタ悲劇を演じて祝福して幕。 
   惚れ薬と言えば、これで運命を狂わせたワーグナーの悲劇「トリスタンとイゾルデ」、えらい違いで面白い
   




 


   夢か現か幻か、この戯曲は、幻想的な美しい森の中の妖精の世界が舞台で、2組の若者たちに取っては夢物語なのだが、
   トリックスターの いたずら好きの小悪魔妖精パックが、オベロンの命令の早とちりや勘違いから間違って媚薬を塗ったために、登場人物たちを混乱させることになった。
    


   ところで、イングランドの森は、あのドイツの「黒い森」のように一歩踏み込むと外に出られないグリム童話の世界のように恐ろしい森ではない。外国には行ったことのないシェイクスピアのイメージする森だが、故郷ストラトフォード・アポン・エイボン近くのウオーリックシャーの森も牧歌的で実に美しかったし、イギリスの田園地帯は何処もなだらかでコンスタブルの絵画のように絵になっていた。
   「人生は劇場」と言わせた「お気に召すまま」の森も、「ウインザーの陽気な女房たち」でファルスタッフを降参させた森も、シェイクスピア劇では重要な舞台だが、それぞれの戯曲で、美しい演出の森の風景を見られる機会が多い。
   しかし、今回のように妖精の世界が舞台となり、それに、映像技術を駆使して縦横無尽に幻想的な演出が加わると夢のようなシェイクスピア劇となる。

   さてこの映画、「真夏の夜の夢A Midsummer Night's Dream」
   監督脚本  マイケル・ホフマン
   配役
    ニック・ボトム - ケヴィン・クライン
    タイタニア - ミシェル・ファイファー
    オベロン - ルパート・エヴェレット
    パック - スタンリー・トゥッチ

   とにかく、ファイファーの妖艶で美しいタイタニア の魅力、クラインのボトム の軽妙洒脱さ、それに、コミカルタッチで愛嬌のある狂言回しのトゥッチのパック、伊達男の エヴェレットのオベロン、それに、準主役の2組の恋人たちなど脇役陣の活躍も素晴らしい。
   舞台とは違った新鮮なシェイクスピアドラマである。
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椿:たまありあけ、桃太郎咲く

2025年03月18日 | わが庭の歳時記
   タマ仲間で、最後に咲き始めたのは、たまありあけ。
   アメリカ生まれのタマ兄弟ほど派手さはなく、中輪のしっとりとした日本の花で、親似の白覆輪の淡さが良い。
   タマグリッターズは、派手に咲き続けている。




   
   淡いピンクの椿桃太郎が咲いた。
   まだ、1mほどの小木なので、花付きは少ないが、優雅である。
   少し、花弁が薄くてか弱いので、すぐに傷むのがかわいそうである。
   至宝なども咲き始めてきて、少しずつにぎやかになってきた。





   下草には、クリスマスローズが一斉に咲きだしてきた。
   蕗の薹も芽を出したので、天ぷらにして頂いた。春の味わいである。
   




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根室駅:日本最東端の駅になった

2025年03月16日 | 学問・文化・芸術
   毎日のデジタル版が、
   「日本最東端の駅、64年ぶり「復帰」 根室駅にフォトスポット」と報じた。
   JR花咲線の東根室駅が廃駅になったのに伴い、根室駅が「日本最東端の駅」になった。駅舎には15日、北海道にたくさんの花が咲いたような図案の新たなフォトスポットが設置された。口絵写真である。
   根室駅は、14日に廃駅になった東根室駅の開業(1961年9月1日)までは日本最東端で、64年ぶりの「復帰」となった。 と言うのである。

   もう60年も以上も前になるが、学生時代に、北海道一周旅行に出て、JRで根室まで出て、バスで納沙布岬に行き、貝殻島や水晶島を仰ぎ見た。
   根室駅は、根室本線(花咲線)の主要駅であったので、ターミナル駅として立派で賑わっていた記憶はあるが、1990年代に訪れた時には非常に質素で小さな駅舎になっていて、往時の面影は全くなく寂れていたのでびっくりした。昔のことなので記憶違いかもしれないが、釧路から小車両の電車に乗って根室に向かったのだが、途中の駅は無人駅で、乗客も殆どなく、衰退の激しさに、日本の縮図を見た感じがした。
   同じ時期に、6年間、仕事の関係で北海道の各地を毎年一回回ったのだが、好景気で賑わっていた稚内駅の 衰退ぶりもこれに輪をかけたような状態で激しく、ロシア語の看板の多さにびっくりしたり、留萌の街など駅前通りがことごとくシャッター通りと化すなど、北海道の過疎化現象の激しさにショックを受けたのを覚えている。
   しかし、この話は、30年前の話であるから、現在は、もっと状況は深刻なのであろうと思う。

   さて、私が、ここで問題にしたいのは、2点。
   一つは、日本の過疎化対策、地方再生
   これは、問題が深刻なので、後日論述する。
   もう一つは、若者に日本国中を格安に意欲的に旅が出来るようなシステムを構築すること。
   私が学生の頃、もう60年以上も前のことになるが、JRなどの超格安の学割周遊券があり、格安のユースホステルがあったりして、貧乏学生でも、10日くらいの北海道や九州周遊旅行が出来たので、学生たちは挙って旅に出た。
   手段は色々あるであろうが、政府の強権の行使なり抜本的な補助などで、交通費と宿泊費を格安に誘導して、若者に日本中を駆け回らせることである。
   首都圏や京阪神圏に住んでいて何不自由なく便利な文明生活にどっぷり漬かって、太平天国を決め込んでいる若者に、北海道や地方の過疎状態の深刻さや無視され切り捨てられ続けてきた政府の無為無策の成長開発政策の惨状などを見せれば、これ以上の教育はない筈。落差の激しさを知らしめるだけでも効果がある。

   蛇足ながら、大阪万博が開幕する。
   万博は、まさに、科学芸術を筆頭に現代最先端の文化文明を糾合して指し示す博覧の雄であり、珠玉のような知識情報の詰まった坩堝である、
   千載一遇のチャンスにも拘わらず、悲しいかな、後ろ向き、先取先行の気風を失った日本人の性なのか、軽視し無視する日本人が多くて不人気だという。
   これも、政府財界、丸抱えでも良いから、学生生徒を送り込めばよいのである。
   私など、70年大阪万博に通い詰めて世界に目を開かれて、その後、長い間、地球上を縦横無尽に思う存分歩き続けてきたので、一層、そう思っている。
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椿:フルグラントピンク咲く

2025年03月14日 | わが庭の歳時記
   小輪ながら沢山花をつけるフルグラントピンクが咲きだした。
   茅ケ崎の氷室椿園には、正門横の主木としてかなり大きなフルグラントピンクが植わっていて、満開時には圧倒的な存在感で美しい。
   わが庭では、門扉から並行して玄関口に通じる花壇に植えてあるので、それ程大きくは出来ないのだが、もう少ししたら咲き始める門扉横の小輪椿のエレナカスケードと対を為すので満足している。
   ずっと以前に、千葉の庭で、優雅な小輪椿のさくらを植えていたのだが、いつの間にか消えてしまって、忘れてしまっている。



   もう少しすると桜が咲き始める。
   少し早く、わが庭のサクランボ暖地が満開である。
   小さな実をつけ始めると、ヒヨドリが食べてしまうので、まともに、サクランボを見たことがない。
   


   3期咲きと言うのか秋から咲き始める桜エレガンスみゆきが咲き続けている。
   庭植えして、もう、7~8年経つであろうか、大分花付きが良くなって、メジロやシジュカラが頻繁に訪れている。
   



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PS:ジョセフ・ナイ教授「世界秩序の未来 The Future of World Order」

2025年03月12日 | 政治・経済・社会時事評論
   プロジェクトシンジケートのジョセフ・ナイ教授のトランプ政治への疑問、The Future of World Order
   我々は、まったく新しいアメリカの衰退期に入っているのであろうか、それとも、アメリカの世紀を定義した機関や同盟に対する第 2 次トランプ政権の攻撃は、単なる周期的な混乱なのであろうか。「世界秩序」は程度の問題なので、2029 年までわからないかも知れない。
   トランプ大統領は、戦後の国際秩序の将来に深刻な疑問を投げかけている。最近の演説や国連での投票で、彼の政権は、平和的な隣国ウクライナに対して征服戦争を開始した侵略者であるロシアの側に立っている。彼の関税脅しは、長年の同盟と世界貿易システムの将来に疑問を投げかけており、パリ気候協定と世界保健機関からの彼の離脱は、国境を越えた脅威に対する協力を弱めている。
  これらの反動的だと思えるようなトランプ政策が、世界秩序の未来に暗雲を漂わせていると言うことであろうか。

   帝国自体は、ハードパワーとソフトパワーの両方に依存していた。中国は、強力な共通規範、高度に発達した政治制度、相互の経済的利益によって結びついていた。ローマ、特に共和国も同様だった。として、
   ローマ帝国崩壊後のヨーロッパには、教皇制や王朝君主制という制度や規範があったと説き起こして、
   16 世紀と 17 世紀のプロテスタントの台頭、ローマ カトリック教会内の分裂、国家間の競争の激化により、宗教的熱狂と地政学的野心から生まれた戦争、そして、18 世紀末のフランス革命、その後のナポレオンの帝国、1815 年のウィーン会議で近代国家制度を創設する最初の意図的な取り組み、ビスマルクのドイツ統一のためのさまざまな戦争、その後第一次世界大戦が起こり、続いてベルサイユ条約と国際連盟が成立したが、その失敗が第二次世界大戦の舞台となった。その後の国連とブレトンウッズ機関 (世界銀行、国際通貨基金、世界貿易機関の前身) の創設は、20 世紀で最も重要な制度構築のエピソードとなり、米国が支配的プレーヤーであったため、1945 年以降の時代は「アメリカの世紀」となった。1991年の冷戦終結により、一極的な権力の分配が生まれ、WTO、国際刑事裁判所、パリ気候協定などの機関の創設や強化が可能になった。と、現在までの世界秩序について詳述している。

   トランプ以前から、一部のアナリストは、このアメリカの秩序は終わりを迎えつつあると考えていた。21世紀には、権力の分配に新たな変化がもたらされ、通常はアジアの台頭(より正確には回復)と表現されている。アジアは1800年には世界経済の最大の割合を占めていたのだが、西洋の産業革命後には遅れをとって、そして他の地域と同様に、西洋の軍事技術や通信技術が可能にした新たな帝国主義に苦しんだ。
   現在、アジアは世界経済生産の主要源としての地位を取り戻しつつある。最近のアジアの成長は、米国よりもヨーロッパの犠牲によってもたらされた。しかし、米国は衰退するどころか、1970年代と同様に、依然として世界のGDPの4分の1を占めている。中国は米国のリードを大幅に縮めたが、経済的にも軍事的にも、また貿易面でも、米国を上回ってはいない。
   国際秩序が崩壊しつつあるのなら、米国の国内政治も中国の台頭と同じくらい大きな原因である。問題は、米国がまったく新しい衰退期に入っているのか、それとも第二次トランプ政権によるアメリカの世紀の制度や同盟国への攻撃が、新たな周期的な落ち込みとなるのかということである。
   しかし、その帰趨は、2029年まで分からないかもしれない。
   と結んでいる。

   トランプ政権は、ウクライナではなく侵略者のロシアに味方し、関税脅し(tariff threats)で、長年の同盟関係と世界貿易システムの将来に打撃を与え、パリ気候協定と世界保健機関からの離脱は、国境を越えた脅威に対する協力を弱めるなど反動政策を行っているが、
   アメリカの世界的覇権を確立しパクスアメリカーナの維持、すなわち、アメリカの世紀を定義してきた虎の子の機関や同盟に対するこの第 2 次トランプ政権の攻撃は、単なる周期的な混乱なのであろうか、 Are the second Trump administration’s attacks on the institutions and alliances that defined the American Century just another cyclical disruption?
   ナイ教授は、2029年まで分からないとしているが、問題意識は、極めて明確である。
   歴史的なアメリカの衰退に加えて、第2次トランプ政権の施策が、MAGAではなく逆に、更に、アメリカの退潮に追い打ちをかけるのではないかと危惧させるような論調である。

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プラトン:男女は完全に平等である

2025年03月09日 | 書評(ブックレビュー)・読書
   プラトンの「国家上」の第5巻で、「子供と妻女の共有」や教育について論じていて、その中で、もうすでに、古代ギリシャ時代に、
   プラトンは、男女は平等であると宣言しているのである。

   自然本来の素質が同じであるから、男性と女性の場合にも、もしある技術なり仕事にどちらか一方が特に向いていると分かれば、そういう仕事をそれぞれに割り当てるべきである。
   したがって、国家を守護するという任務に必要な自然的素質そのものは、ただ、一方は比較的弱いというだけで、女のそれも男のそれも同じであるから、国を守護する任に適した女を作り上げるために、男と同じように教育すべきで、音楽・文芸と体育、戦争のことなど、守護者としての哲学教育を与えなければならない。と言う。
   女の守護者も、男の守護者同様に、あらゆる仕事を共通に引き受けなければならないのは当然であって、軍隊の指揮官にもなれるということであろう。

   面白いのは、当時、ギリシャでは、男性は裸で体育を行っていたので、プラトン説が採用された場合、おかしく見えるのは、女たちが裸になって、相撲場で男たちと一緒になって体を鍛錬している情景だろうね?それも若い女性だけではなく、・・・とスパルタまで引きあいに出して、一くさり裸談義を展開していることである。

   さて、驚嘆すべきは、このプラトンの男女平等論。
   今から2500年前に宣言した驚天動地の卓見である。

   世界中で、ジェンダー問題が、話題になって、後ろ向きの末梢的な議論ばかりが展開されている。トランプアメリカの何倍も先を行くプラトンの凄さが胸を打つ。

   悲しいかな、日本で婦人選挙権が認められたのは1945年、実際に投票したのは1946年。
   現在では、ベルリン・フィルでもウィーン・フィルでも、女性奏者が結構いるが、カラヤンが、女性クラリネット奏者ザビーネ・マイヤーの入団問題で悶着を起こしたのは半世紀前。
   世界中では、いまだに女性蔑視の風潮が強くて、男女平等など、まだまだ程遠い夢の世界。
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