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中川流4二玉戦法、その後

2012年12月31日 | 横歩取りスタディ
 2004~2005年の『将棋世界』に、山岸浩史『盤上のトリビア』という連載がありまして、これが大変、楽しかった。
 その中に、中川大輔の将棋を採り上げる回がありました。そこで注目された将棋が、本ブログで前回から書いている“中川流4二玉”の将棋でした。
 本来この戦法は、先手の「横歩取り」を誘ったものですが、前回記事で書いたように、羽生新手「5八玉」が現れて、その対策が後手に必要となりました。


 中川大輔
 八段、44歳、宮城県生まれ、米長邦雄門下


 今日見ていく将棋棋譜は次の6つ。

(1)高田尚平‐中川大輔 2001年
(2)丸山忠久‐中川大輔 2002年
(3)郷田真隆‐中川大輔 2003年
(4)青野照市‐中川大輔 2004年
(5)金井恒太‐近藤正和 2012年
(6)米長邦雄‐内藤国雄 1979年

 「横歩取り中川流」の棋譜です。(いやこれらの棋譜はもはや「横歩取り」ではないのですが。)
 「横歩取り」というのは、後手が誘って先手が‘横歩’を取ることによって始まる戦型。工夫するのは後手の方で、なので「横歩取りは後手番の戦法」という認識がある。後手の立場でいえば「横歩取らせ戦法」というのが正しいかもしれない。先手の方も、「横歩を取らない」という選択肢もあるが、現代では「取る」という場合が多い。‘横歩’を取ることで「一歩得」を主張するのです。
 2000年に生まれた“中川流”も、やはり後手番の戦法。
 “中川流4二玉”と、“中川流破り、羽生5八玉”との闘いです。


羽生善治‐中川大輔 2001年
 初手より、7六歩、3四歩、2六歩、8四歩、2五歩、3二金、7八金、4二玉、5八玉と進んだのが2001年の羽生‐中川戦。
 「4二玉」が中川流。(そのねらい等は前回記事参照のこと。)後手中川大輔は、そこで先手が2四歩から3四飛と‘横歩’を取ってくることを想定しての「4二玉」なのだが、先手羽生善治は「5八玉」と工夫の新手。次に2四歩から‘横歩’を取ろうというのだが、これが優れた構想で、中川大輔、困った。ふつうに‘横歩’を取られて先手に「一歩得」をされては「4二玉」がまったく生きず面白くない。羽生戦では後手も8五歩から「相横歩取り」に出たが、これは後手不利と判明した。
 「4二玉はだめなのか…?」 
 あきらめきれない中川さんは、考えました。


高田尚平‐中川大輔 2001年
 羽生‐中川戦の半年後。先手の高田尚平、羽生新手の「5八玉」を採用した。
 中川は、「1四歩」。
 これは何でしょう? 先手が2四歩といくとどうなるのでしょうか。
 2四歩、同歩、同飛、2三歩、3四飛なら、8八角成、同銀、4五角という意味ではないかと思います。もしそこで「1四歩」が突いてなかったら、3五飛、2七角成、1五角(王手)、3三桂、3六歩から成角を捕獲する筋があります。それが、「1四歩型」なら、2七角成が実現します。
 そこで高田尚平、1四歩に、「3八金」。 今度は‘横歩’を取っても、4五角~2七角成はありません。
 中川大輔の次の手は――


 「3三角」が中川さんの工夫でした。以下、「3三角成、同金」。


 3三同金のところ、同桂は、やはり先手に‘横歩’を取られて後手が悪い。先手に備えられている以上、もはや‘横歩’は取らせたくないのであります。
 中川大輔はこの「3三金」の形をなんとか面白くできないかと考えました。
 一般に、3三金の形はよくないとされています。3二金と引けば通常の形に戻りますが、一手損ですし、通常の形で指すのならそもそも「4二玉」の中川流に意味がなくなります。


 ということで、あくまで“3三金型を生かす”ために、後手の中川さんが組み上げたのがこの陣形。

投了図
 この将棋は中川大輔の勝利。 “新中川流”、成功!


丸山忠久‐中川大輔 2002年
 次は丸山忠久戦。後手の6五桂に、丸山は4五桂と反撃。
 「3三金型」で頑張れば、このように4五桂がある。(それを防いで4四歩と突くと、4五歩の攻めが生じる。)
 後手の7七桂成よりも先手の金取りの方が厳しいので、中川は3二金と引いた。以下、5五角、4四角、6四角、8一飛、6六銀、6三金、5五角、8六歩、同歩、5五角、同銀、8六飛、8七歩、7六飛、7七歩、7五飛、8二角、8八歩、6四銀…

投了図
 丸山忠久の勝ち。

 「3三金」の位置は、先手の右の桂馬に跳ねられた時に「あたり」になって、どうもマイナス要素が多い。
 そこで中川大輔、さらに考えた。



郷田真隆‐中川大輔 2003年
 こうして、「3五歩~3四金」が生まれた。
 確かに、これなら、「3三金」の手を生かしている。


 ここまで組めれば、中川さんも“満足”でしょう。しかしそれで形勢はどうかといえば、まだ不明。なにしろ他に実戦例がない。
 後手は7五歩から仕掛けました。


 後手の7五歩からの仕掛けを利用して、郷田、「7二歩」。
 この7二歩が「と金」になって、8一の桂馬を取り、そして――


 その桂を「2六桂」と打つ。うまいですね、後手の「3四金型」を逆用する桂打ちです。この桂を狙いとしての、先の「7二歩」なんですね。


 さらに、9一とで香車を取って、「3四香」。
 5二歩、3三歩、同銀、同香成、同玉、3四歩、4二玉、3三銀以下、この将棋は先手郷田真隆勝ち。


青野照市‐中川大輔 2004年
 2004年、順位戦(B1)、青野照市戦。この将棋が『盤上のトリビア』で採り上げられた将棋。


 “中川流”の3四金に、青野さんは「5六角」。 中川さんはこの金取りをどう受けるのか。
 「3三玉」と受けた!!


 「5六角」に、「3三玉、2七銀、3二銀、2六銀、4四歩」と進行。
 ここから先手青野、「3四角」。 以下、「同玉、4六金、4三玉、3五銀、5四歩、2四歩、4一角」で次の図。


 いやあ、苦しげな受けですが――、でもこれで勝てばかっこいい。頑張れ中川玉!!!


 先手は「と金」ができた。以下、3七角成、2四飛、1五馬、2九飛、3七桂、2八飛、4九桂成、3二と、2五桂、1六歩…


 先手は飛車を敵陣に侵入させました。後手、耐えられるか?


 ついに後手玉は9二へ。 しかし後手は8二の飛車が働く展開にならず攻めが遅れているのがつらいですね。

投了図
 嗚呼、8五で捕まった。 先手青野照市の勝ち。


 中川さんは、今ではあまり“中川流4二玉戦法”を指していません。どうも「勝ちにくい」と判断されているように思われます。
 今紹介している羽生流の「5八玉」だけでなく、先手が3四飛と横歩を取って、後手の2五角に「3六飛」とする作戦を選んだ場合も、だんだん後手中川さんの勝率が悪くなってきたようです。


 ところが面白いことに、この“4二玉戦法”、時々ですが、使う人がいるんですね。
 あの「ゴキゲン中飛車」の近藤正和さんも、何局かこの“4二玉戦法”を指しているのです!  (最近の近藤さんは、ふつうに居飛車も指すんです。創造派の近藤さんとしては、中飛車だけではもうつまらなくなってきたのかもしれません。)
 ということで、次の対局はその近藤正和の今年の9月の順位戦(C1)の対局。金井恒太戦。

金井恒太‐近藤正和 2012年
 「5八玉、1四歩、3八金」でこの図。
 ここから3三角が“中川流”でしたが、近藤正和は「8八角成、同銀、2二銀」
 以下、2四歩、同歩、同飛に、2三銀。これで“横歩を取らせない”。
 後手から角を交換すると「一手損」になります。それだけを見ると後手が損なのですが、それと引き換えに、“先手に「5八玉、3八金」型を強要した”ともいえるわけです。


 で、こうなった。先手は「中住まい玉」、後手は「銀冠美濃」。
 後手近藤さんの3三桂に、先手の金井さんは2五歩。以下、桂馬を持ち合います。桂と角とを手に持てば何か攻め筋があるかもしれない。
 余談ですが、金井恒太さんはウィーン生まれです。


 金井、7一角から8三桂と手をつくりました。


 先手が優勢と見られていましたが、近藤さんが力を発揮して、形勢不明の終盤に。

投了図
 金井恒太の勝ち。


 さて、「4二玉~2三歩」という“横歩取り中川流”を最初に指したのは、実は中川大輔ではなく、内藤国雄である、というのが次の話。1979年、米長邦雄‐内藤国雄戦。

米長邦雄‐内藤国雄 1979年
 「クニオ」同士の、「クニオ挙げての闘い」です。
 「4二玉」そのものは、前に触れたように“小堀流”として、小堀清一さんが指していましたし、それを時にまねする棋士もいたわけです。しかし、8五歩を保留して、2四歩、同歩、同飛に「2三歩」と打った最初の棋士がたぶん、内藤国雄。(もともと“小堀流”の中に、含みとしてこの筋もあると知られていたと思いますが、小堀さんは実際にはこうは指しませんでした。)
 対して、先手米長は、‘横歩’をとって、2五角に、「3二飛成」。 (この時代は、「3六飛は先手つまらない」、という評価だったのでこうなります。今は「3六飛」も多い。) この3二飛成を、「同玉」と取れるのが、この「横歩取らせ4二玉戦法」の主張です。


 米長が、4五歩、同歩、同桂と攻めた時、内藤は「3七歩」。 
 以下、3三桂成、同桂、3七銀、2九飛、1六角、1九飛成、4四金、4三香。


 5四金、同歩、3五歩、1七竜、2七角打、8七歩、同玉、2五桂、1八歩。


 先手は後手の竜を捕獲。
 以下、ちからの籠った戦いが続きますが、ずっと後手がすこし苦しめの展開のようです。
 先手米長邦雄の勝ち。




 今年は今日で終わりです。
 また来年、お会いしましょう。

 (これから蕎麦を買って来よう。余談ですが、日本で作られる蕎麦の原材料の「そば粉」そのほとんど全て輸入物だそうですね。僕が今年知ってショックだったことの一つです。)



 小堀流4二玉戦法の記事
  『横歩を取らない男、羽生善治 3
  『横歩取り小堀流4二玉戦法の誕生
  『小堀流、名人戦に登場!
  『「将棋の虫」と呼ばれた男
  『その後の“小堀流”と、それから村山聖伝説
 中川流4二玉戦法の記事
  『横歩を取らない男、羽生善治 4
  『中川流4二玉戦法、その後
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2 コメント

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奇手妙手にあり (taq-yabow)
2013-01-25 21:53:10
横歩取りスタディシリーズ いいですねとても勉強になってます
ところで25歩(85歩)を決めない(飛先保留型)って
考えてみるとありとあらゆる戦型に応用できるんですね
極端にいえば25歩を決めない指法がメジャーになれば
もう横歩取り相掛かりそのもの自体埋もれた戦法になりかねない 
といった仮説が成り立ってしまうかも
居飛穴の組み方も序盤10手あたりまでの新研究が水面下で進行しているやと
でも将棋の醍醐味は序盤ではない最終盤の奇手妙手にあり
と痛感している昨今で  
ではこれにて ご自愛下さい
返信する
Unknown (Unknown)
2013-01-26 19:32:14
>でも将棋の醍醐味は序盤ではない最終盤の奇手妙手にあり
>と痛感している昨今で 

そのとうり! と思います。
「強くなる」ためには、序盤研究はあまり関係がない。
序盤の研究は“趣味”のようなもので、横歩取りの将棋の、気になっていたことを今調べています。4一玉とか。

もう少し続けますので、よろしくお願いします。
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