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無敵木村美濃伝説とは何だったのか 1

2012年11月13日 | しょうぎ
 今日は「木村美濃」について。

 上の図は、これから紹介する棋譜、萩原淳八段vs木村義雄名人の香落ち戦(1941年)です。

 1938年に木村義雄新名人が誕生したのですが、この時代は段位に差があると「駒落ち」がふつうに適用されていましたので、「名人」と「八段」とではやはり“格”に差がありますから、「香落ち」対局の棋譜も多く残されているわけです。このあたり、僕は詳しくは知りませんので、正しくはないかもしれませんが、おそらく、「名人」と「八段」とでは、“半香”の差になるかと思います。「平手」と「香落ち」の中間が“半香”です。つまり2対局に1局が「香落ち」となる手合いです。ですから、木村名人と各棋戦で対戦する場合、それまでは同じ「八段」として木村と「平手」で指していた花田長太郎、土居市太郎、萩原淳という強豪棋士たちも、みな名人木村義雄との対局では、その半分は「香落ち」下手で指すことになりました。
 ところがこの「香落ち」で負けないんですね、木村名人が。木村名人の相撲の双葉山と並び称された“不敗伝説”は、「八段が香落ちでぶつかっても勝てない!!」という驚きが根底にあった気がします。

 上の図の上手の構えが「木村不敗の陣」などと呼ばれた構えです。
 そういう“木村無敵伝説”が、振り飛車の囲いの、「6三銀、7二金」の金銀の形を「木村美濃」と呼ばせるようになりました。これ自体はもともと数百年前の昔からある平凡な囲いですけれど。

 数年前『将棋世界』誌の勝又清和六段の講座のなかの振飛車党座談会で、佐藤和俊五段が「木村美濃は囲いじゃない!」という発言をしていたと僕の記憶にありますが、これは、「木村美濃はうすすぎて勝ちにくい」ということを表現したものと思います。現代では、「木村美濃」という囲いについての評価はそのようになっています。平たく言えば「うすいからダメ」と。
 同じ金1枚銀1枚ということで振り飛車の囲いをつくるなら、銀冠美濃(ぎんかんむりみの、「ぎんかん」と略して呼ぶことも多い)の方が堅い、と。
 実際にそれを理屈で示すと下のようなことになります。

木村美濃     銀冠美濃

 左が「木村美濃」。 先手に攻める手がまわって「5三と」とすればもう、美濃囲い側は困っています。銀が取られますし、先手に飛車でもあれば、「5三と~4二飛~6三と」で詰めろがかかります。こうなると受けなし近い。(後手の持ち駒によるが)
 右の「銀冠美濃」。 同じように「5三と」としてもなんてことない。もう1手指して「6三と」と指しても、後手は「同金」でもよいし、放っておいて、次に「4二飛」と打たれてもまだ詰めろじゃない。

 このような戦いになったときには、明らかに「銀冠美濃」が堅い。「堅さ」では圧倒的に「銀冠美濃」が優るわけです。
 ところが案外、このことが認知されて実戦されるようになったのはここ10年くらいのことで、角交換型の中飛車系の将棋になった時、2枚の金銀で玉を囲うのに、佐藤康光さんや山崎隆之さんというところが頻繁にこの「銀冠」を使うようになってその優秀性が広まった、と僕は理解しています。(この場合の「銀冠」はあくまで金銀2枚での囲いの場合です。)


 それじゃあなぜ木村十四世名人は「木村美濃」を使ってあれほど、「無敵」(実際には負けもあるけれど)と呼ばれるほどに勝てたのか。どういう将棋だったのか、ということを見ていきたいと思います。


 ということで、まず、萩原淳八段vs木村義雄名人の香落ち戦(1941年)

▲5五歩 △同 歩 ▲同 角 △4三金 ▲5六銀直 △5二飛 ▲8八角 △6五歩
▲5五歩 △5一飛
 香落ち将棋は、上手に左香がないのだから、その弱点を突いて1筋を攻めるのが基本。しかしそううまくはいかないので、この将棋は速攻しないで、下手がまずじっくりと組み上げようとした場合。1筋から攻める前にまず中央を厚くするという考え。
 というのは、1筋から攻め込んでも、その反動で中央からやられると、振り飛車の攻めの方が下手の玉に近い場所なので、結局やられてしまうということになりがちだから。
 ここで下手5五歩。5筋の歩を交換して、▲5六銀直から▲5五歩と中央位取り。このあたりは定跡手順のようです。 

▲5七金直 △5四歩 ▲同 歩 △同 金 ▲5五歩 △6四金 ▲1六飛
 この下手の形というのは江戸時代から伝わっている形。とても美しいですね。
 この局面、あなたはどちらを持ちたいですか?
 僕が木村名人の香落ち上手の将棋を約20局くらい並べて思ったことは、ここではすでに上手が優勢なのかもしれない、ということです。少なくとも、木村義雄はそう思っていたと感じました。
 そして5筋の位を取った下手側も、「これならいける!」と自信があったと思います。けれども結果はほとんど上手勝ち。これはつまり、「下手もこれでやれる」という目測が誤りだったのではないかということです。この下手の中央に位を張った姿は美しく堂々としています。でもだからその美しさに惚れすぎていて、実際にはそれほど堅くないのではないか。
 “相性”の問題なんです。上手の木村名人の陣形は、「木村美濃」で玉がうすく見えるし、3四の銀は遊んでしまうかもしれない。下手はそう思っているかもしれませんが、実際には下手の5筋位取りの陣形は木村義雄の手にかかるとあっという間に崩壊してしまいます。とにかく上手の木村の陣形がこの下手陣を崩すのに、抜群の相性を発揮する。

 さて、上手木村名人は△5四歩と歩を合わせ、△6四金と金を移動させました。

△4五歩 ▲同歩 △5四歩 ▲4四歩 △同角 ▲5八金引 △5五歩
▲4五銀 △同銀 ▲同桂 △6六歩 ▲同角 △6五金
 下手萩原淳八段は▲1六飛としました。いよいよ1筋から攻めようということです。
 しかしその機先を制し、△4五歩▲同歩△5四歩と、木村の方から仕掛けました。
 この「木村不敗の陣」は、超攻撃的布陣なのです。飛車角はもちろんですが、3四の銀、6四の金、7三の桂を使って襲いかかる、そういう布陣です。中央で戦いになってその闘いを制すれば、左香がないことなど、まったく関係ない勝負になります。
 じつは「木村美濃」の特徴の「6三銀」は、そういう中央の闘いのバックアップとしての役割も演じていまして、場合によってはこの銀までも「攻め」に使おうというのが「木村美濃」の意味なのです。「銀冠」にはない「木村美濃」の特性がここにありました。

▲5三歩 △6六金 ▲同 歩 △2七角 ▲4六飛 △3七銀 ▲5二銀 △4六銀成
▲同 銀 △4九飛 ▲6三銀成 △同金 ▲5二銀 △4六飛成 ▲3四銀
 木村名人は、前線の銀と金を鮮やかにさばき、ついに飛車を奪って打ち込みます。
 萩原八段も▲5二銀から攻めます。しかし△4五角成と桂取りで王手になると下手いけないので、萩原、▲3四銀。これはしかし――。

△6七歩 ▲同金右 △5二飛 ▲同歩成 △5六銀 ▲同 金 △同 歩
 しかし3四銀しかないのでは苦しいですね。
 この図で、2七の角が遠く6三にまで利いていることに留意。これが後で受けに効いてきます。(こういうのが‘名人芸’なんですね。)
 木村名人は勝ちをおそらくここで読み切ったのでしょう。△6七歩~△5二飛で決めにきます。

▲7二銀 △同玉 ▲4二飛 △5七歩成
 ▲7二銀という手は、いかにも工夫した手ですね。僕には意味がよくわかりません。取っていいのかどうか…。(いや、取らないと8一飛から詰みますね)
 名人は、これを△同玉。これで1手勝ちということでしょう。萩原、▲4二飛。木村名人、平然と△5七歩成。

▲5三と △6二金打 ▲6三と △同玉 ▲5三金 △同金 ▲同桂成 △同玉
 なんという怖い形。
 この局面になるずっと前に「これはだいじょうぶ」なんて名人は読み切っているんだと思うけど、それでもこんな形は避けそうなところ。現代ならもっと安全な勝ち方を選択する方が多い気がします。


▲5七金 △6八金 ▲同玉 △5七龍 ▲同玉 △6五桂 まで113手で上手の勝ち
 一見、4三飛成で上手玉は詰まされそうだけれど、2七の角がしっかり守ってくれている。
 萩原八段、▲5七金。ここは5七同竜でも上手勝ちのようですが、名人は緩みません。△6八金からわかりやすく詰め上げます。 
投了図
 最後は「木村美濃」の7三の桂馬が跳ねて、詰み。後は並べ詰――とはいえ、なんと美しいフィニッシュでしょう。


 要するに木村名人は、こういう玉のうすい、いわば「裸玉と裸玉の闘い」を勝ち抜く自信があって、実際に勝ってきたのです。
 現代の「まず玉を固める(安全にする)」という思想が、戦前まではあまりなかったのですね。穴熊ブーム以前ですから。
 それと、戦前までは、「駒落ち」対局が棋士の半分以上を占めていたというのも影響があると僕は見ました。今は「駒落ち」というと、アマチュア相手の練習将棋ですが、昔はそうではありません。下手には自分の出世がかかっていますし、上手にとっても「勝負」の場なのでした。若手になめられないためにも。角落ちや飛車落ちになると、上手は金や銀をフルに使って攻めなければ強い下手相手には勝てません。ですから金銀が気合よく前に出て行く。必然、玉はうすくなる。そういう駒落ち将棋で鍛えられた将棋指しの男たちの中から、木村十四世名人のような「うすい玉」を平気で指しこなす名人が現れたのは、そう考えれば自然なことと思えてきます。
 あと、時間のこともあります。戦前の対局は、八段くらいの対局では持ち時間10時間以上の2日制、名人戦になると持ち時間15時間の3日制でした。こういう長い持ち時間があればこそ「うすい玉」同士の複雑な終盤を、もし(木村名人のように)その能力があればですが、きっちり読み切って指せていたのではないでしょうか。今の順位戦は持ち時間各6時間ですが、そうなるとさすがのプロでも終盤は時間がなくなり読み切るのは難しいということで、逆王手などの複雑な技のかかりにくいような形、「穴熊」等の堅い玉型が勝負術としては好まれ、有効になってきているのかもしれません。アマチュアにとってもその方が真似しやすい。


 第1回目はここまで。この木村名人の香落ち将棋についての記事は、全部で3回の予定です。次回は、花田長太郎八段戦をご紹介します。


 
手合割:香落ち 
下手:萩原淳
上手:木村義雄
△3四歩 ▲7六歩 △4四歩 ▲2六歩 △3五歩 ▲2五歩
△3三角 ▲1六歩 △3二銀 ▲1五歩 △4三銀 ▲4八銀
△3四銀 ▲6八玉 △4二飛 ▲7八玉 △6二玉 ▲9六歩
△9四歩 ▲5八金右 △7二玉 ▲4六歩 △6二銀 ▲6八銀
△5二金左 ▲5六歩 △5四歩 ▲5七銀左 △6四歩 ▲4七銀
△6三銀 ▲3六歩 △同 歩 ▲同 銀 △3五歩 ▲4七銀
△7四歩 ▲3七桂 △8二玉 ▲2六飛 △7二金 ▲6八金上
△7三桂 ▲5五歩 △同 歩 ▲同 角 △4三金 ▲5六銀直
△5二飛 ▲8八角 △6五歩 ▲5五歩 △5一飛 ▲5七金直
△5四歩 ▲同 歩 △同 金 ▲5五歩 △6四金 ▲1六飛
△4五歩 ▲同 歩 △5四歩 ▲4四歩 △同 角 ▲5八金引
△5五歩 ▲4五銀 △同 銀 ▲同 桂 △6六歩 ▲同 角
△6五金 ▲5三歩 △6六金 ▲同 歩 △2七角 ▲4六飛
△3七銀 ▲5二銀 △4六銀成 ▲同 銀 △4九飛 ▲6三銀成
△同 金 ▲5二銀 △4六飛成 ▲3四銀 △6七歩 ▲同金右
△5二飛 ▲同歩成 △5六銀 ▲同 金 △同 歩 ▲7二銀
△同 玉 ▲4二飛 △5七歩成 ▲5三と △6二金打 ▲6三と
△同 玉 ▲5三金 △同 金 ▲同桂成 △同 玉 ▲5七金
△6八金 ▲同 玉 △5七龍 ▲同 玉 △6五桂
まで113手で上手の勝ち
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