無敵木村美濃伝説についての第2回、花田長太郎八段vs木村義雄名人の棋譜を見ていきます。1941年の対局で、「木村・花田三番勝負」と銘打った対局だったようで、その第2局です。
花田長太郎八段は実力制での第1期名人位を決める争いで好敵手だった相手。木村義雄が名人になったので、花田が下手での木村名人との香落ちの対局も何局も指されているわけです。
花田長太郎は24手目に仕掛けました。「速攻」型です。
▲1四歩△同歩▲同香△3一金▲1八飛△1六歩、と進んで次の図の局面となります。
前回の萩原淳戦では、下手萩原がじっくりとまず中央で形を整える将棋を紹介しました。その場合は、木村名人にも十分に戦型を整えることができるので、例の「木村美濃」を組んで7三桂とこれを攻めに使える形にして、そこから木村先攻ということになりました。そういう「中央での決戦」になってしまうと下手は「香落ち」のストロングポイントである1筋の利を生かせないことになりがちです。
そういう意味では、この将棋の花田八段のように「速攻」というのも、理にかなった指し方と言えます。しかしうまくいくのでしょうか。
△1六歩。こういう手が用意されているんですね。取れば△2五銀でしょう。香落ちならではの面白い攻防ですね。
ところで、上手の右銀の形、「6二銀型」は、木村名人が愛用した形で、これが機を見て「木村美濃」に発展することになります。これはとても勝率がよく、「木村不敗の陣」などと恐れられたわけなんですが、木村名人はこの6二銀ばかり用いていたわけではないです。8二玉として7二銀とする普通の「美濃囲い」と半々くらいで使い分けていました。その場合は大体手がすすむとよく見られる「高美濃」になります。でもたぶん勝率では、6二銀型の方がよかったのではないでしょうか。なんとなくの印象ですが。
“相手に研究の的を容易に絞らせない”というのはプロ棋士の常用手段ですね。とくに名人のような「狙われる立場」では。単純に“同じ将棋ばかりでは飽きる”ということが、あるいは真実かもしれませんが。
それと、「3四銀型」が木村名人の特徴です。
升田幸三の講座や解説を読むと、香落ちの将棋の話になると必ず触れていることが、「上手に3四銀型をつくらせてはいけない」ということです。心の中心に「打倒木村義雄」がずっとあった若き日の升田幸三は、木村の「3四銀型」を打倒のために研究してそういう結論になったのかと推察します。角落ちや香落ちでまず勝たないと平手では格上の強者とは対局できない時代ですからね。
上の図の局面ですが、下手花田の香車は1一に成りこみましたが、まだ戦果は得られていません。それで花田、元気よく▲4五歩と行きました。しかしそれだけで攻め切れるはずもなく、遅れて右銀を進出させます。下手としては、タイミング良く2一成香と桂馬を取りたい。それをいつ取るかは下手の権利で、そこが「1筋速攻」の主張点。
(このあたりの棋譜は省略していきます。)
△6四歩 ▲3五歩 △4四飛 ▲6四銀 △5六歩 ▲7五銀 △7四歩
▲6六銀 △6五歩 ▲同銀 △5七歩成 ▲同銀 △同香成 ▲同金 △7三桂
木村名人、△6四歩と突き上げました。これを前から狙っていたんですね。これは意表を突きますよね、まさかこんなあっぶなっかしいことを読みに入れているなんて。「読み」の自信がなければできない。
ですが、指されてみれば、「なるほど」の一手。▲6四同銀と取らせて、△5六歩とすれば、5一の香車と、3七馬とが同時に働いてくる。そしてよく見れば先手の飛車(竜)は1三にいて、この瞬間はものすごく働きが悪い。そういうタイミングでの「6四歩突き」です。うまいもんです。
ここで予告しておきますと、上手の6二の銀、これを木村名人は最後に捨てて下手花田玉を詰上げることとなります。木村名人にとっては振り飛車の「右銀」は“攻め駒”なのかもしれません。その発展型が「木村美濃」ということです。
▲5六銀 △同銀 ▲同金 △4八歩成 ▲1二龍 △5八と ▲3二龍 △6九と
さあ、名人は銀取りに7三桂と跳ねました。大好きな玉側の桂跳ねです。(ここが大山将棋との大きな違いですね。) このあたりは上手駒得で馬も守備に効いているし、上手優勢かなあと私でも感じますが、さて。
花田▲1二龍。飛車を働かせたい。対して木村が3二金をすんなり取らせて△5八とと攻め合いを選んだのは、「これで勝ち」というはっきりした自信があったからなのでしょうか。そうでなければいったんは3一歩と、金取りを防ぎますよ、普通は。△3一歩には▲同角成があるのでしょうか。(いやあ、ないよね。) たぶん、木村名人は△3一歩で手を渡すと下手花田の何か‘好手’を見つけて、それを嫌ったのかと僕は思いました。
▲6三銀 △同玉 ▲6四香 △同馬 ▲同角 △7九と ▲同玉 △4九飛成
▲6九桂 △5四歩 ▲4六角 △6四香 ▲2七角 △4六龍 ▲同金 △6七香成
▲7八金 △6六銀 ▲6八歩
▲6三銀△同玉▲6四香から、花田八段猛攻するのですが、その攻めが1手あくと△7九と▲同玉△4九飛成と名人、飛車を成りこむ。で、△5四歩。これは受けの手で、2七角からの王手飛車取りの防ぎ。花田が▲4六角と角を引いて次の6四香をねらうが、木村は逆に△6四香と打って攻防にきかす。
このあたりから最後まで、ものすごく面白い応酬です。ぜひ盤に並べて鑑賞されることをおすすめします。
だけどこれを木村名人とはいえ、さすがに「これで勝ち」と読み切っていたとは思えません。やっぱりここはたぶん、優劣不明なんだと思います。(この棋譜のプロの解説は残念ながら手元にありません。)
△7八成香 ▲同玉 △5八銀 ▲6七香 △同銀上成 ▲同歩 △5三香
▲5五金 △6四金 ▲同金 △同玉 ▲4三龍 △5六金 ▲6八金 △4七角
▲8八玉 △6九銀成 ▲4四飛 △3六歩 ▲7八金 △5八角成 ▲5九歩 △5七馬
▲3六角 △7九銀 ▲9八玉 △8八金 ▲9七玉 △8五桂 ▲8六玉
力強い、迫力のせめぎ合いが続きます。名人の△5三香が参考になる受けですね。ここでは「5四」を守ることが大事なんですね。続く△5六金、△4七角など玉を安全にしながら攻め味をつくっていく。
花田八段も、三枚の大駒で上手玉に迫っていく。
木村名人は、持駒の金銀を全部使って花田玉を追う。
△7三玉 ▲5四飛 △5二歩 ▲6五銀 △7八金 ▲7四銀 △8二玉
▲8五銀 △6八馬 ▲7七桂打 △5四香 ▲同龍 △8八銀不成
で、こうなった。この時代の木村名人の香落ちの将棋はこんなのばっかり。「裸玉vs裸玉」。
ここで木村名人は△7三玉と玉を早逃げした。もしこの手で△7八金としたらどうなっていたか考えて見ました。これは次に△7五金からの詰みの狙いですが、名人がそう指さなかったというのは、そう指すとこれは上手が負けになるんでしょうね。僕なりに出した結果は、△7八金には、▲5四飛△7三玉▲6四銀△8二玉▲5三飛成で下手勝ちというもの。
ということで名人は△7三玉と早逃げをして、▲5四飛には△5二歩。花田の▲6五銀に、このタイミングで△7八金と金を取る。
▲5六龍 △7七銀不成 ▲同桂 △同馬 ▲7五玉
木村は△8八銀不成から7七地点の強行突破をはかる。
花田、▲5六龍。持駒の少ない花田は角筋を通しながら金を取る。
▲7五玉と花田八段が指した手は、なんと170手目。 さあ、結末は―――?
△7四歩 ▲6五玉 △7三桂 ▲7四玉 △4四飛 ▲5四香
△6三銀 ▲同玉 △5三金 まで179手で上手の勝ち
ここで下手花田玉は詰んでいるんですね。持駒の「飛金桂桂桂歩」をぴったり使って木村名人は玉を詰めます。
△7四歩を同銀は、8四金、6四玉、7四金、同玉、8四飛以下の詰み。
投了図
△6三銀▲同玉△5三金、で花田長太郎、投了。
先に予告した通り、最後に△6三銀と捨てる手が出ました。これまた美しい手順で収束です。
投了図以下は、7四玉、6二桂、7五玉、6三桂までの詰み。6二銀が消去されたことで、そこに6二桂と打てて詰むのですね。いやあ、凄い。名局だ。
ところで、木村名人の△4四飛に花田八段は▲5四香合いとしたのでこの詰み手順になりましたが、“▲5四銀合い”だったらどう詰めればよいのか? 僕はそれを10分考えて頭が疲れてギブアップ、ソフトにかけて答えを教えてもらいました。興味があれば考えてみてください。これも駒が余らず詰みになります。それほど難しくはないんですが、本譜よりやや長くなりその分複雑です。
このように、木村名人の香落ちは、とにかく強い。結局のところ、読みぬく力がダントツにすごかったのだと思いますが、しかし挑戦する七段、八段のプロ棋士たちは平手対局以上に悔しいことでしょう。いくら名人が強いとはいえ、理論的には下手が初めから有利なはずの香落ち下手で勝てないのですから。
香落ち下手の、わずかな有利を、実質の「勝ち」に結びつけるにはどうしたらよいのか。そういうことで、研究好きの高段者は打倒木村のために香落ちをとことん研究したのです。
花田さんに関しては、たまたま木村義雄との対局で3つ負け将棋ばかりを紹介して申し訳ない。この対局は「木村・花田三番勝負」の第2局ですが、その第1局は「平手」戦で相掛りの戦いを花田長太郎八段が勝っています。残念なことに、その第3局についてはまだ情報がありません。
それと、木村名人との「香落ち」戦でも、花田さんが木村さんに勝った将棋もわりと多くあります。花田長太郎は、才能があることは認められていて、相掛りでは花田定跡というものもあるのです。ただお酒が好きだったのと、身体が丈夫でなかったことで、木村名人ほど成績が安定しなかったようです。
花田長太郎の名人への夢は叶いませんでしたが、1947年、花田の弟子塚田正夫がついに木村義雄から名人位を奪取することとなります。また、この年1947年から、プロ棋士の「駒落ち」対局の廃止が実施されることとなったようです。
次で「無敵木村美濃伝説」の記事は最後ですが、升田幸三対木村義雄の香落ち対決を紹介します。
手合割:香落ち
下手:花田長太郎
上手:木村義雄
△3四歩 ▲7六歩 △4四歩 ▲2六歩 △3五歩 ▲2五歩
△3三角 ▲1六歩 △3二銀 ▲1五歩 △4三銀 ▲4八銀
△3四銀 ▲6八玉 △4二飛 ▲7八玉 △6二玉 ▲9六歩
△9四歩 ▲5八金右 △7二玉 ▲4六歩 △6二銀 ▲1四歩
△同 歩 ▲同 香 △3一金 ▲1八飛 △1六歩 ▲2八飛
△1五角 ▲2七飛 △2二金 ▲1七歩 △同歩成 ▲同 飛
△3三角 ▲1一香成 △1五歩 ▲4五歩 △同 銀 ▲1四歩
△4一飛 ▲2四歩 △3四銀 ▲1五飛 △2四角 ▲1八飛
△1二歩 ▲2一成香 △同 金 ▲4七銀 △3二金 ▲5六銀
△4五歩 ▲1六飛 △5四歩 ▲6八銀 △5一香 ▲1七桂
△4六歩 ▲4八歩 △5五歩 ▲6五銀 △4五銀 ▲7七角
△4四飛 ▲8六角 △3四飛 ▲1三歩成 △同 歩 ▲4七歩
△3六歩 ▲4六歩 △同 角 ▲3六歩 △3七角成 ▲1三飛成
△4七歩 ▲4九歩 △6四歩 ▲3五歩 △4四飛 ▲6四銀
△5六歩 ▲7五銀 △7四歩 ▲6六銀 △6五歩 ▲同 銀
△5七歩成 ▲同 銀 △同香成 ▲同 金 △7三桂 ▲5六銀
△同 銀 ▲同 金 △4八歩成 ▲1二龍 △5八と ▲3二龍
△6九と ▲6三銀 △同 玉 ▲6四香 △同 馬 ▲同 角
△7九と ▲同 玉 △4九飛成 ▲6九桂 △5四歩 ▲4六角
△6四香 ▲2七角 △4六龍 ▲同 金 △6七香成 ▲7八金
△6六銀 ▲6八歩 △7八成香 ▲同 玉 △5八銀 ▲6七香
△同銀上成 ▲同 歩 △5三香 ▲5五金 △6四金 ▲同 金
△同 玉 ▲4三龍 △5六金 ▲6八金 △4七角 ▲8八玉
△6九銀成 ▲4四飛 △3六歩 ▲7八金 △5八角成 ▲5九歩
△5七馬 ▲3六角 △7九銀 ▲9八玉 △8八金 ▲9七玉
△8五桂 ▲8六玉 △7三玉 ▲5四飛 △5二歩 ▲6五銀
△7八金 ▲7四銀 △8二玉 ▲8五銀 △6八馬 ▲7七桂打
△5四香 ▲同 龍 △8八銀不成▲5六龍 △7七銀不成▲同 桂
△同 馬 ▲7五玉 △7四歩 ▲6五玉 △7三桂 ▲7四玉
△4四飛 ▲5四香 △6三銀 ▲同 玉 △5三金
まで179手で上手の勝ち
花田長太郎八段は実力制での第1期名人位を決める争いで好敵手だった相手。木村義雄が名人になったので、花田が下手での木村名人との香落ちの対局も何局も指されているわけです。
花田長太郎は24手目に仕掛けました。「速攻」型です。
▲1四歩△同歩▲同香△3一金▲1八飛△1六歩、と進んで次の図の局面となります。
前回の萩原淳戦では、下手萩原がじっくりとまず中央で形を整える将棋を紹介しました。その場合は、木村名人にも十分に戦型を整えることができるので、例の「木村美濃」を組んで7三桂とこれを攻めに使える形にして、そこから木村先攻ということになりました。そういう「中央での決戦」になってしまうと下手は「香落ち」のストロングポイントである1筋の利を生かせないことになりがちです。
そういう意味では、この将棋の花田八段のように「速攻」というのも、理にかなった指し方と言えます。しかしうまくいくのでしょうか。
△1六歩。こういう手が用意されているんですね。取れば△2五銀でしょう。香落ちならではの面白い攻防ですね。
ところで、上手の右銀の形、「6二銀型」は、木村名人が愛用した形で、これが機を見て「木村美濃」に発展することになります。これはとても勝率がよく、「木村不敗の陣」などと恐れられたわけなんですが、木村名人はこの6二銀ばかり用いていたわけではないです。8二玉として7二銀とする普通の「美濃囲い」と半々くらいで使い分けていました。その場合は大体手がすすむとよく見られる「高美濃」になります。でもたぶん勝率では、6二銀型の方がよかったのではないでしょうか。なんとなくの印象ですが。
“相手に研究の的を容易に絞らせない”というのはプロ棋士の常用手段ですね。とくに名人のような「狙われる立場」では。単純に“同じ将棋ばかりでは飽きる”ということが、あるいは真実かもしれませんが。
それと、「3四銀型」が木村名人の特徴です。
升田幸三の講座や解説を読むと、香落ちの将棋の話になると必ず触れていることが、「上手に3四銀型をつくらせてはいけない」ということです。心の中心に「打倒木村義雄」がずっとあった若き日の升田幸三は、木村の「3四銀型」を打倒のために研究してそういう結論になったのかと推察します。角落ちや香落ちでまず勝たないと平手では格上の強者とは対局できない時代ですからね。
上の図の局面ですが、下手花田の香車は1一に成りこみましたが、まだ戦果は得られていません。それで花田、元気よく▲4五歩と行きました。しかしそれだけで攻め切れるはずもなく、遅れて右銀を進出させます。下手としては、タイミング良く2一成香と桂馬を取りたい。それをいつ取るかは下手の権利で、そこが「1筋速攻」の主張点。
(このあたりの棋譜は省略していきます。)
△6四歩 ▲3五歩 △4四飛 ▲6四銀 △5六歩 ▲7五銀 △7四歩
▲6六銀 △6五歩 ▲同銀 △5七歩成 ▲同銀 △同香成 ▲同金 △7三桂
木村名人、△6四歩と突き上げました。これを前から狙っていたんですね。これは意表を突きますよね、まさかこんなあっぶなっかしいことを読みに入れているなんて。「読み」の自信がなければできない。
ですが、指されてみれば、「なるほど」の一手。▲6四同銀と取らせて、△5六歩とすれば、5一の香車と、3七馬とが同時に働いてくる。そしてよく見れば先手の飛車(竜)は1三にいて、この瞬間はものすごく働きが悪い。そういうタイミングでの「6四歩突き」です。うまいもんです。
ここで予告しておきますと、上手の6二の銀、これを木村名人は最後に捨てて下手花田玉を詰上げることとなります。木村名人にとっては振り飛車の「右銀」は“攻め駒”なのかもしれません。その発展型が「木村美濃」ということです。
▲5六銀 △同銀 ▲同金 △4八歩成 ▲1二龍 △5八と ▲3二龍 △6九と
さあ、名人は銀取りに7三桂と跳ねました。大好きな玉側の桂跳ねです。(ここが大山将棋との大きな違いですね。) このあたりは上手駒得で馬も守備に効いているし、上手優勢かなあと私でも感じますが、さて。
花田▲1二龍。飛車を働かせたい。対して木村が3二金をすんなり取らせて△5八とと攻め合いを選んだのは、「これで勝ち」というはっきりした自信があったからなのでしょうか。そうでなければいったんは3一歩と、金取りを防ぎますよ、普通は。△3一歩には▲同角成があるのでしょうか。(いやあ、ないよね。) たぶん、木村名人は△3一歩で手を渡すと下手花田の何か‘好手’を見つけて、それを嫌ったのかと僕は思いました。
▲6三銀 △同玉 ▲6四香 △同馬 ▲同角 △7九と ▲同玉 △4九飛成
▲6九桂 △5四歩 ▲4六角 △6四香 ▲2七角 △4六龍 ▲同金 △6七香成
▲7八金 △6六銀 ▲6八歩
▲6三銀△同玉▲6四香から、花田八段猛攻するのですが、その攻めが1手あくと△7九と▲同玉△4九飛成と名人、飛車を成りこむ。で、△5四歩。これは受けの手で、2七角からの王手飛車取りの防ぎ。花田が▲4六角と角を引いて次の6四香をねらうが、木村は逆に△6四香と打って攻防にきかす。
このあたりから最後まで、ものすごく面白い応酬です。ぜひ盤に並べて鑑賞されることをおすすめします。
だけどこれを木村名人とはいえ、さすがに「これで勝ち」と読み切っていたとは思えません。やっぱりここはたぶん、優劣不明なんだと思います。(この棋譜のプロの解説は残念ながら手元にありません。)
△7八成香 ▲同玉 △5八銀 ▲6七香 △同銀上成 ▲同歩 △5三香
▲5五金 △6四金 ▲同金 △同玉 ▲4三龍 △5六金 ▲6八金 △4七角
▲8八玉 △6九銀成 ▲4四飛 △3六歩 ▲7八金 △5八角成 ▲5九歩 △5七馬
▲3六角 △7九銀 ▲9八玉 △8八金 ▲9七玉 △8五桂 ▲8六玉
力強い、迫力のせめぎ合いが続きます。名人の△5三香が参考になる受けですね。ここでは「5四」を守ることが大事なんですね。続く△5六金、△4七角など玉を安全にしながら攻め味をつくっていく。
花田八段も、三枚の大駒で上手玉に迫っていく。
木村名人は、持駒の金銀を全部使って花田玉を追う。
△7三玉 ▲5四飛 △5二歩 ▲6五銀 △7八金 ▲7四銀 △8二玉
▲8五銀 △6八馬 ▲7七桂打 △5四香 ▲同龍 △8八銀不成
で、こうなった。この時代の木村名人の香落ちの将棋はこんなのばっかり。「裸玉vs裸玉」。
ここで木村名人は△7三玉と玉を早逃げした。もしこの手で△7八金としたらどうなっていたか考えて見ました。これは次に△7五金からの詰みの狙いですが、名人がそう指さなかったというのは、そう指すとこれは上手が負けになるんでしょうね。僕なりに出した結果は、△7八金には、▲5四飛△7三玉▲6四銀△8二玉▲5三飛成で下手勝ちというもの。
ということで名人は△7三玉と早逃げをして、▲5四飛には△5二歩。花田の▲6五銀に、このタイミングで△7八金と金を取る。
▲5六龍 △7七銀不成 ▲同桂 △同馬 ▲7五玉
木村は△8八銀不成から7七地点の強行突破をはかる。
花田、▲5六龍。持駒の少ない花田は角筋を通しながら金を取る。
▲7五玉と花田八段が指した手は、なんと170手目。 さあ、結末は―――?
△7四歩 ▲6五玉 △7三桂 ▲7四玉 △4四飛 ▲5四香
△6三銀 ▲同玉 △5三金 まで179手で上手の勝ち
ここで下手花田玉は詰んでいるんですね。持駒の「飛金桂桂桂歩」をぴったり使って木村名人は玉を詰めます。
△7四歩を同銀は、8四金、6四玉、7四金、同玉、8四飛以下の詰み。
投了図
△6三銀▲同玉△5三金、で花田長太郎、投了。
先に予告した通り、最後に△6三銀と捨てる手が出ました。これまた美しい手順で収束です。
投了図以下は、7四玉、6二桂、7五玉、6三桂までの詰み。6二銀が消去されたことで、そこに6二桂と打てて詰むのですね。いやあ、凄い。名局だ。
ところで、木村名人の△4四飛に花田八段は▲5四香合いとしたのでこの詰み手順になりましたが、“▲5四銀合い”だったらどう詰めればよいのか? 僕はそれを10分考えて頭が疲れてギブアップ、ソフトにかけて答えを教えてもらいました。興味があれば考えてみてください。これも駒が余らず詰みになります。それほど難しくはないんですが、本譜よりやや長くなりその分複雑です。
このように、木村名人の香落ちは、とにかく強い。結局のところ、読みぬく力がダントツにすごかったのだと思いますが、しかし挑戦する七段、八段のプロ棋士たちは平手対局以上に悔しいことでしょう。いくら名人が強いとはいえ、理論的には下手が初めから有利なはずの香落ち下手で勝てないのですから。
香落ち下手の、わずかな有利を、実質の「勝ち」に結びつけるにはどうしたらよいのか。そういうことで、研究好きの高段者は打倒木村のために香落ちをとことん研究したのです。
花田さんに関しては、たまたま木村義雄との対局で3つ負け将棋ばかりを紹介して申し訳ない。この対局は「木村・花田三番勝負」の第2局ですが、その第1局は「平手」戦で相掛りの戦いを花田長太郎八段が勝っています。残念なことに、その第3局についてはまだ情報がありません。
それと、木村名人との「香落ち」戦でも、花田さんが木村さんに勝った将棋もわりと多くあります。花田長太郎は、才能があることは認められていて、相掛りでは花田定跡というものもあるのです。ただお酒が好きだったのと、身体が丈夫でなかったことで、木村名人ほど成績が安定しなかったようです。
花田長太郎の名人への夢は叶いませんでしたが、1947年、花田の弟子塚田正夫がついに木村義雄から名人位を奪取することとなります。また、この年1947年から、プロ棋士の「駒落ち」対局の廃止が実施されることとなったようです。
次で「無敵木村美濃伝説」の記事は最後ですが、升田幸三対木村義雄の香落ち対決を紹介します。
手合割:香落ち
下手:花田長太郎
上手:木村義雄
△3四歩 ▲7六歩 △4四歩 ▲2六歩 △3五歩 ▲2五歩
△3三角 ▲1六歩 △3二銀 ▲1五歩 △4三銀 ▲4八銀
△3四銀 ▲6八玉 △4二飛 ▲7八玉 △6二玉 ▲9六歩
△9四歩 ▲5八金右 △7二玉 ▲4六歩 △6二銀 ▲1四歩
△同 歩 ▲同 香 △3一金 ▲1八飛 △1六歩 ▲2八飛
△1五角 ▲2七飛 △2二金 ▲1七歩 △同歩成 ▲同 飛
△3三角 ▲1一香成 △1五歩 ▲4五歩 △同 銀 ▲1四歩
△4一飛 ▲2四歩 △3四銀 ▲1五飛 △2四角 ▲1八飛
△1二歩 ▲2一成香 △同 金 ▲4七銀 △3二金 ▲5六銀
△4五歩 ▲1六飛 △5四歩 ▲6八銀 △5一香 ▲1七桂
△4六歩 ▲4八歩 △5五歩 ▲6五銀 △4五銀 ▲7七角
△4四飛 ▲8六角 △3四飛 ▲1三歩成 △同 歩 ▲4七歩
△3六歩 ▲4六歩 △同 角 ▲3六歩 △3七角成 ▲1三飛成
△4七歩 ▲4九歩 △6四歩 ▲3五歩 △4四飛 ▲6四銀
△5六歩 ▲7五銀 △7四歩 ▲6六銀 △6五歩 ▲同 銀
△5七歩成 ▲同 銀 △同香成 ▲同 金 △7三桂 ▲5六銀
△同 銀 ▲同 金 △4八歩成 ▲1二龍 △5八と ▲3二龍
△6九と ▲6三銀 △同 玉 ▲6四香 △同 馬 ▲同 角
△7九と ▲同 玉 △4九飛成 ▲6九桂 △5四歩 ▲4六角
△6四香 ▲2七角 △4六龍 ▲同 金 △6七香成 ▲7八金
△6六銀 ▲6八歩 △7八成香 ▲同 玉 △5八銀 ▲6七香
△同銀上成 ▲同 歩 △5三香 ▲5五金 △6四金 ▲同 金
△同 玉 ▲4三龍 △5六金 ▲6八金 △4七角 ▲8八玉
△6九銀成 ▲4四飛 △3六歩 ▲7八金 △5八角成 ▲5九歩
△5七馬 ▲3六角 △7九銀 ▲9八玉 △8八金 ▲9七玉
△8五桂 ▲8六玉 △7三玉 ▲5四飛 △5二歩 ▲6五銀
△7八金 ▲7四銀 △8二玉 ▲8五銀 △6八馬 ▲7七桂打
△5四香 ▲同 龍 △8八銀不成▲5六龍 △7七銀不成▲同 桂
△同 馬 ▲7五玉 △7四歩 ▲6五玉 △7三桂 ▲7四玉
△4四飛 ▲5四香 △6三銀 ▲同 玉 △5三金
まで179手で上手の勝ち
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