フランス映画「アデル~ブルーは熱い色」(A.ケシュシュ監督)DVDを見た。3時間の長尺。でも続けて2度も見た。
きわもののレズビアン映画、監督も女優たちもストレートなのでベッドシーンが不自然、さらに無駄に長くて退屈、などと聞いていたので敬遠していたが、これはすばらしくよく出来た恋愛映画だった。それも苦い苦い恋の物語で、ラストには胸が疼く。
映画の一見悠長なまでの長さには理由がある。高校生のアデルが美大生のエマに恋して同棲して別れるという、その年月に説得性を与えるためだ。しかもその長い年月にもかかわらず、全く変わらない(成長しないとも言える)アデルの姿を描写する必要があった。
ふつうの男女でも成立する話をレズビアンと設定した理由は、それがアデルの心の壁になっているからだ。堅実な、ごく普通の家庭に育った彼女にとって、同性愛を公言するには大きな葛藤がある。
もう一つの壁は、エマを取り巻く芸術家仲間(インテリ富裕層出身で自由なライフスタイル)が眩しすぎること。アデルは幼稚園の先生になるが、それはエマにとっては恥ずかしいことらしい。だから自分まで恥ずかしくなる。作家になりなさいというエマの勧めは、アデルにとってはひどい負担だ。今の生活に満足していてはいけないのか。
やがてエマは、自作の絵が世間に認められるにつれ、知識も教養もないアデルに退屈する。アデルは捨てられる。
よくある話だ。しかし面白かったのは、これまで小説にせよ芝居や映画にせよ、こういうストーリーはほとんどインテリの側から描かれてきた。美しくて官能的だがバカな相手にしばし翻弄され、やがてそこから脱却してゆく過程で真に愛する人とめぐりあう、というような。。。
つまりこれをエマ側から言えば、短期間アデルというセクシャルな恋人を持ったが、生き方が違いすぎて愛には発展しなかった。情熱は芸術に昇華され、アデルは不要となったというだけの話だ。
ところがこの映画は、逆の側から描く。捨てられる側、本来の主人公にいっとき花を添えた程度の存在を、丹念に丹念に描く。
アデルはエマの芸術の良し悪しが全くわからないし、関心を向けようともしない。だがエマを愛することにおいては純粋そのものだ。彼女抜きの人生など考えもつかない。
通りを歩いていて初めてエマを見た瞬間の映像は、忘れがたい。アデルの頭が真っ白になったのがよくわかる見事な描写だ。これこそ一目惚れというものの本質であろう。その人を見た、すれ違ってもしかするともう二度と会えないかもしれない、その刹那、「世界は物足りなく感じられた」というやつだ(これに関して映画はちゃんと伏線をはっている)。
別れて数年後、アデルはエマを呼び出す。もう愛は終わったというエマに、アデルが恥も何もかなぐりすてて、自分の唯一の武器であるセックスをもちだす必死の場面には泣ける。そしてラスト、エマの個展へ行き、そこに自分の居場所がないことを徹底的に思い知らされる残酷。。。
この映画の最大の美点は、批判性を抑えていることだろう。アデルの向上心の無さ、エマとその仲間のいやらしいインテリぶり、逆にアデルの地に足についた生き方、エマたちの美への追求など、いくらでも強調することができたのにそれをしていない。
しないことで浮かび上がってくるのは、恋のはじめの陶酔と、身を引き裂かれるような終焉だ。どんな形であれ、恋したことのある人にそれは馴染みのものだからこそ、映画祭での受賞となったのに違いない。
興味のある方はぜひご覧ください!
☆☆☆今後の講演予定
・7月25日(土)朝日カルチャー千葉 15時半~17時「新 怖い絵」
・9月5日(土)中日新聞社・栄中日文化センター50周年記念 名古屋 14時~15時半
・10月27日(火)広島美術館メープルサロン(関係者のみ)
☆最新刊「愛と裏切りの作曲家たち 」(光文社知恵の森文庫)
☆「マンガ西洋美術史03」(美術出版)
☆「マンガ西洋美術史02」(美術出版社)
☆「危険な世界史 運命の女篇」(角川文庫)
☆「マンガ西洋美術史01」監修(美術出版社)
☆「ヴァレンヌ逃亡」(文春文庫)
☆「名画で読み解く ロマノフ家12の物語」(光文社新書)2刷になりました♪
☆「印象派のすべて」(宝島社別冊ムック)
☆「名画に見る 男のファッション」(角川書店)
☆「橋をめぐる物語」(河出書房)
☆「中野京子と読み解く 名画の謎 陰謀の歴史篇」(文藝春秋) 2刷になりました♪
☆「残酷な王と悲しみの王妃」(集英社文庫)3刷になりました♪
☆「怖い絵」(角川文庫) 単行本に新しく書き下ろし2作を加え、全22作品です。4刷になりました♪
☆「はじめてのルーヴル」(集英社)2刷になりました♪
☆「名画の謎 旧約・新約聖書篇」(文藝春秋) 4刷になりました♪
☆「怖い絵 死と乙女篇」(角川文庫) 5刷になりました♪
☆最新刊「名画と読む/イエス・キリストの物語」(大和書房) 3刷になりました♪
☆「危険な世界史 運命の女篇」(角川書店) 2刷中。
☆「危険な世界史 血族結婚篇」(角川文庫)6刷になりました♪
☆「怖い絵 泣く女篇」(角川文庫)~「怖い絵2」の文庫化~ 9刷になりました
☆『中野京子と読み解く 名画の謎 ギリシャ神話篇』(文藝春秋) 6刷になりました♪
☆「印象派で「近代」を読む ~光のモネからゴッホの闇へ~」(NHK新書)3刷になりました♪
☆「『怖い絵』で人間を読む 」(NHK出版生活人新書) 10刷になりました♪
☆光文社新書「名画で読み解く ブルボン王朝12の物語」 6刷になりました♪
☆「名画で読み解く ハプスブルク家12の物語」(光文社新書) 18刷になりました♪
☆「芸術家たちの秘めた恋 ―メンデルスゾーン、アンデルセンとその時代 (集英社文庫)
☆「おとなのためのオペラ入門」(講談社+α文庫)
2刷になりました♪
☆「恐怖と愛の映画102」(文春文庫)
☆「歴史が語る 恋の嵐」(角川文庫)。「恋に死す」の文庫化版です。
☆以下の単行本は絶版としました。文庫本をお求めくださいまし~
☆「怖い絵」16刷中。
☆「怖い絵2」、9刷中。
☆「怖い絵3」 6刷中。
きわもののレズビアン映画、監督も女優たちもストレートなのでベッドシーンが不自然、さらに無駄に長くて退屈、などと聞いていたので敬遠していたが、これはすばらしくよく出来た恋愛映画だった。それも苦い苦い恋の物語で、ラストには胸が疼く。
映画の一見悠長なまでの長さには理由がある。高校生のアデルが美大生のエマに恋して同棲して別れるという、その年月に説得性を与えるためだ。しかもその長い年月にもかかわらず、全く変わらない(成長しないとも言える)アデルの姿を描写する必要があった。
ふつうの男女でも成立する話をレズビアンと設定した理由は、それがアデルの心の壁になっているからだ。堅実な、ごく普通の家庭に育った彼女にとって、同性愛を公言するには大きな葛藤がある。
もう一つの壁は、エマを取り巻く芸術家仲間(インテリ富裕層出身で自由なライフスタイル)が眩しすぎること。アデルは幼稚園の先生になるが、それはエマにとっては恥ずかしいことらしい。だから自分まで恥ずかしくなる。作家になりなさいというエマの勧めは、アデルにとってはひどい負担だ。今の生活に満足していてはいけないのか。
やがてエマは、自作の絵が世間に認められるにつれ、知識も教養もないアデルに退屈する。アデルは捨てられる。
よくある話だ。しかし面白かったのは、これまで小説にせよ芝居や映画にせよ、こういうストーリーはほとんどインテリの側から描かれてきた。美しくて官能的だがバカな相手にしばし翻弄され、やがてそこから脱却してゆく過程で真に愛する人とめぐりあう、というような。。。
つまりこれをエマ側から言えば、短期間アデルというセクシャルな恋人を持ったが、生き方が違いすぎて愛には発展しなかった。情熱は芸術に昇華され、アデルは不要となったというだけの話だ。
ところがこの映画は、逆の側から描く。捨てられる側、本来の主人公にいっとき花を添えた程度の存在を、丹念に丹念に描く。
アデルはエマの芸術の良し悪しが全くわからないし、関心を向けようともしない。だがエマを愛することにおいては純粋そのものだ。彼女抜きの人生など考えもつかない。
通りを歩いていて初めてエマを見た瞬間の映像は、忘れがたい。アデルの頭が真っ白になったのがよくわかる見事な描写だ。これこそ一目惚れというものの本質であろう。その人を見た、すれ違ってもしかするともう二度と会えないかもしれない、その刹那、「世界は物足りなく感じられた」というやつだ(これに関して映画はちゃんと伏線をはっている)。
別れて数年後、アデルはエマを呼び出す。もう愛は終わったというエマに、アデルが恥も何もかなぐりすてて、自分の唯一の武器であるセックスをもちだす必死の場面には泣ける。そしてラスト、エマの個展へ行き、そこに自分の居場所がないことを徹底的に思い知らされる残酷。。。
この映画の最大の美点は、批判性を抑えていることだろう。アデルの向上心の無さ、エマとその仲間のいやらしいインテリぶり、逆にアデルの地に足についた生き方、エマたちの美への追求など、いくらでも強調することができたのにそれをしていない。
しないことで浮かび上がってくるのは、恋のはじめの陶酔と、身を引き裂かれるような終焉だ。どんな形であれ、恋したことのある人にそれは馴染みのものだからこそ、映画祭での受賞となったのに違いない。
興味のある方はぜひご覧ください!
☆☆☆今後の講演予定
・7月25日(土)朝日カルチャー千葉 15時半~17時「新 怖い絵」
・9月5日(土)中日新聞社・栄中日文化センター50周年記念 名古屋 14時~15時半
・10月27日(火)広島美術館メープルサロン(関係者のみ)
☆最新刊「愛と裏切りの作曲家たち 」(光文社知恵の森文庫)
☆「マンガ西洋美術史03」(美術出版)
☆「マンガ西洋美術史02」(美術出版社)
☆「危険な世界史 運命の女篇」(角川文庫)
☆「マンガ西洋美術史01」監修(美術出版社)
☆「ヴァレンヌ逃亡」(文春文庫)
☆「名画で読み解く ロマノフ家12の物語」(光文社新書)2刷になりました♪
☆「印象派のすべて」(宝島社別冊ムック)
☆「名画に見る 男のファッション」(角川書店)
☆「橋をめぐる物語」(河出書房)
☆「中野京子と読み解く 名画の謎 陰謀の歴史篇」(文藝春秋) 2刷になりました♪
☆「残酷な王と悲しみの王妃」(集英社文庫)3刷になりました♪
☆「怖い絵」(角川文庫) 単行本に新しく書き下ろし2作を加え、全22作品です。4刷になりました♪
☆「はじめてのルーヴル」(集英社)2刷になりました♪
☆「名画の謎 旧約・新約聖書篇」(文藝春秋) 4刷になりました♪
☆「怖い絵 死と乙女篇」(角川文庫) 5刷になりました♪
☆最新刊「名画と読む/イエス・キリストの物語」(大和書房) 3刷になりました♪
☆「危険な世界史 運命の女篇」(角川書店) 2刷中。
☆「危険な世界史 血族結婚篇」(角川文庫)6刷になりました♪
☆「怖い絵 泣く女篇」(角川文庫)~「怖い絵2」の文庫化~ 9刷になりました
☆『中野京子と読み解く 名画の謎 ギリシャ神話篇』(文藝春秋) 6刷になりました♪
☆「印象派で「近代」を読む ~光のモネからゴッホの闇へ~」(NHK新書)3刷になりました♪
☆「『怖い絵』で人間を読む 」(NHK出版生活人新書) 10刷になりました♪
☆光文社新書「名画で読み解く ブルボン王朝12の物語」 6刷になりました♪
☆「名画で読み解く ハプスブルク家12の物語」(光文社新書) 18刷になりました♪
☆「芸術家たちの秘めた恋 ―メンデルスゾーン、アンデルセンとその時代 (集英社文庫)
☆「おとなのためのオペラ入門」(講談社+α文庫)
2刷になりました♪
☆「恐怖と愛の映画102」(文春文庫)
☆「歴史が語る 恋の嵐」(角川文庫)。「恋に死す」の文庫化版です。
☆以下の単行本は絶版としました。文庫本をお求めくださいまし~
☆「怖い絵」16刷中。
☆「怖い絵2」、9刷中。
☆「怖い絵3」 6刷中。