昨日から、24時間テレビを放送している。
毎年この番組を見るたびに、私は大学生のころを思い出す。
当時、私は社会福祉を学ぶ大学生だった。
ちょうど、24時間テレビの第1回目の放送の日、私は初めての実習に行っていた。
これからは福祉の時代。「世の中を変えてやる」と息まいて学生運動に青春を費やしていた私が選んだのは、児童相談所の一時保護所施設の3週間実習だった。今では結構マスコミを賑わしている虐待や親に捨てられた児童を、その後の処置が決定するまで、一時的に預かる施設だった。当然、緊急避難的に保護された児童がほとんどで、多くの子どもたちは虐待の傷を身体にも心にも深く受けやってくる子どもたちばかりだった。
月曜日から土曜日までずっと泊まりこみで、日曜に帰宅。そしてまた月曜から1週間泊まりこみ、という超ハードな3週間の実習。
たばこで身体を焼かれ、食事を与えられず放置され、殴られ蹴られ・・・そうした子どもたちを目の前に、何をどうしたらいいのかさえもわからず、1週間続く夜勤をただただ無力にこなして、1週間ぶりに帰った下宿。
空腹の感覚すらなくなり、理想とはかけ離れた現実の間で、自分の無力さに打ちのめされ、ただただ眠りにつきたくて、何も考えずに眠りたくて、テレビのスイッチを入れた時、この番組が放送されていた。
「確かに愛は地球を救うかもしれない」でも現実には「今日の命すら救えない子どもたちもいる」
そんな腹立たしさや悔しさ、もどかしさを心に抱えながら、このテレビを見ていたことを思い出す。
いえ、見ていたのではなく、「見ながら寝た」が正解。泥のように寝た!丸一日何も食べずに寝続けて、そしてまた2週目の実習に向かったのだ。
3週間の実習を終えて、私に残されたものは、ただ無力感しかなかった。
先輩たちのそれなりの生き方や考え方には、正義感の塊で、年若く純粋だった自分はどうしてもなじめなかった。
24時間テレビを見るたび、その当時の映像がはっきりと脳裏によみがえり、心が凍るようなある種の動揺を今でも感じてしまう。
たくさんの人を救えなくてもいい。
ただ今、自分の目の前にいる人を救いたいという今の想いに、いつの間にか繋がっているのかもしれない。
「救う」というのは、やはり少し違うかな。
「一緒にいたい」という気持ちかな。
不安とともに生きる子どもたちと、ただずっと一緒にいたい、そんな気がしていたのかもしれない。何も言わずにただ、ずっと。
あの、親に捨てられた子どもたちの心細げで不安げな弱弱しい瞳が、年に一度、この番組とともに私の心にはっきりとよみがえってくる。
そんな、
心の痛む若い時代の思い出。
毎年この番組を見るたびに、私は大学生のころを思い出す。
当時、私は社会福祉を学ぶ大学生だった。
ちょうど、24時間テレビの第1回目の放送の日、私は初めての実習に行っていた。
これからは福祉の時代。「世の中を変えてやる」と息まいて学生運動に青春を費やしていた私が選んだのは、児童相談所の一時保護所施設の3週間実習だった。今では結構マスコミを賑わしている虐待や親に捨てられた児童を、その後の処置が決定するまで、一時的に預かる施設だった。当然、緊急避難的に保護された児童がほとんどで、多くの子どもたちは虐待の傷を身体にも心にも深く受けやってくる子どもたちばかりだった。
月曜日から土曜日までずっと泊まりこみで、日曜に帰宅。そしてまた月曜から1週間泊まりこみ、という超ハードな3週間の実習。
たばこで身体を焼かれ、食事を与えられず放置され、殴られ蹴られ・・・そうした子どもたちを目の前に、何をどうしたらいいのかさえもわからず、1週間続く夜勤をただただ無力にこなして、1週間ぶりに帰った下宿。
空腹の感覚すらなくなり、理想とはかけ離れた現実の間で、自分の無力さに打ちのめされ、ただただ眠りにつきたくて、何も考えずに眠りたくて、テレビのスイッチを入れた時、この番組が放送されていた。
「確かに愛は地球を救うかもしれない」でも現実には「今日の命すら救えない子どもたちもいる」
そんな腹立たしさや悔しさ、もどかしさを心に抱えながら、このテレビを見ていたことを思い出す。
いえ、見ていたのではなく、「見ながら寝た」が正解。泥のように寝た!丸一日何も食べずに寝続けて、そしてまた2週目の実習に向かったのだ。
3週間の実習を終えて、私に残されたものは、ただ無力感しかなかった。
先輩たちのそれなりの生き方や考え方には、正義感の塊で、年若く純粋だった自分はどうしてもなじめなかった。
24時間テレビを見るたび、その当時の映像がはっきりと脳裏によみがえり、心が凍るようなある種の動揺を今でも感じてしまう。
たくさんの人を救えなくてもいい。
ただ今、自分の目の前にいる人を救いたいという今の想いに、いつの間にか繋がっているのかもしれない。
「救う」というのは、やはり少し違うかな。
「一緒にいたい」という気持ちかな。
不安とともに生きる子どもたちと、ただずっと一緒にいたい、そんな気がしていたのかもしれない。何も言わずにただ、ずっと。
あの、親に捨てられた子どもたちの心細げで不安げな弱弱しい瞳が、年に一度、この番組とともに私の心にはっきりとよみがえってくる。
そんな、
心の痛む若い時代の思い出。