2021年12月27日(月) 子守歌のこと 続続き
先日、当ブログに、日本の子守唄に関し、下記記事を投稿した。
子守歌のこと (2021/12/23)
更に、世界の子守唄に関し、下記記事を投稿した。
子守歌のこと 続き (2021/12/25)
今回の投稿で、これら一連の記事の締めくくりとしたい。
*子守歌は、言うまでもなく、子供を寝かす歌である。
通常は、母親が、子供をあやしながら歌うものだ。家族が、母親に代わって、お守をすることもあろうか。そんな中で、前々稿に出てきた、野上彰作詞の「子守歌」は、母親と子供が会話する、ユニークなスタイルになっていて、明るく楽しい、微笑ましい歌である。
*また、子守歌にはテンポがゆっくりで、揺り籠を揺らすような、抱っこしながら体を動かすようなリズムが多い。
*日本には、「子守奉公」という、慣習があった。ネット情報によれば、江戸時代以降、貧しい農家の子女が、食い扶持を減らすために、あるいは、年貢米を納める代わりに、町家などに子守の奉公に出るのである。少女の年齢は、7歳ころから、14~5歳ころまでだったという。(子守奉公とは - コトバンク 参照+)
日本の子守歌には、子守自身が、歌の中で、わが身の不幸を嘆くだりが多いのだ。以下の歌のように、さびしいものが多い。
五木の子守歌、 島原の子守歌、江戸の子守歌
筆者の記憶だが、以前、NHKの朝ドラ(?)で、子供をおんぶしながら、学校で学んでいる少女がいたのを覚えている。 時代背景は定かではないが、奉公ではなく、家事の手伝いだったのかもしれない-------。
*子守歌についてネットで調べていたら、偶然に、大阪市北区の天満南公園内に、下図の子守の立像が建っているのを知った。健康そうでしっかりした少女である。
子守歌は、古くから、大阪地方で歌われた、「天満の市」という歌のようだ。
ネットで、下図の、挿絵入りの歌詞が見つかった。子守歌と思わせるのは、冒頭だけで、大阪らしく、川を利用した、船の往来の様子が歌われている。歌詞の後半では、かもめが亀になったり、竹が網になったりすることもあるようだ。