テレビでなんどか観たが、スペインに日本の意味のハボンなる姓があるとか。
なんでも、セビリアの郷土史家が「ハボン」姓のサムライの子孫説を提起して、それから関心を集めるようになったそうだ。
17世紀の「慶長遣欧使節」で、支倉常長一行のうち帰国せずに現地に居残った者たちが結婚してハボンの苗字を名乗ったのではないかとある。なるほど、これなら日本人でサムライの子孫になろう。
ものの本によると、16世紀に外国に売られた日本人奴隷がいたとあった。
実際、天正遣欧使節(1582年)の千々石ミゲルの記録に「売られて奴隷の境涯に落ちた日本人…」とあるそうだ。
また、同じ使節の原マルティノも「わが民族中のあれほど多数の男女(中略)あれほどさまざまな地域へあんな安い値でさらって行かれて売り捌かれ…」と記しているとある。
もしかして、この奴隷狩りにされた日本人がハボンの姓の先駈けではなかったか。
その奴隷の子孫と天正遣欧使節の居残り組とは接点はなかったのか。そこに興味がある。
なんでも、セビリアの郷土史家が「ハボン」姓のサムライの子孫説を提起して、それから関心を集めるようになったそうだ。
17世紀の「慶長遣欧使節」で、支倉常長一行のうち帰国せずに現地に居残った者たちが結婚してハボンの苗字を名乗ったのではないかとある。なるほど、これなら日本人でサムライの子孫になろう。
ものの本によると、16世紀に外国に売られた日本人奴隷がいたとあった。
実際、天正遣欧使節(1582年)の千々石ミゲルの記録に「売られて奴隷の境涯に落ちた日本人…」とあるそうだ。
また、同じ使節の原マルティノも「わが民族中のあれほど多数の男女(中略)あれほどさまざまな地域へあんな安い値でさらって行かれて売り捌かれ…」と記しているとある。
もしかして、この奴隷狩りにされた日本人がハボンの姓の先駈けではなかったか。
その奴隷の子孫と天正遣欧使節の居残り組とは接点はなかったのか。そこに興味がある。