blogギター小僧の径

ギター小僧の私生活

めぐみさん

2006年04月29日 | 想い
北朝鮮による拉致被害者、横田めぐみさん=失跡当時(13)=の母早紀江さん(70)と弟の拓也さん(37)は二十八日午前(日本時間二十九日未明)、ホワイトハウスでブッシュ米大統領と面会し、拉致問題の解決に協力を求めた。大統領は「人権を尊重し、自由社会を実現していくことを保証する」と述べ、拉致問題の解決への協力を約束した。(共同通信)

横田早紀江さんというのは、ホント、頭良さそうな人だ。米下院外交委員会の公聴会で証言もかなりのものだった。『声に出したい日本語』の斎藤孝は「稀にみる名文」と評していた。ぼくの母親は彼女よりやや下だが、こんな風に、アメリカで証言できないだろう。それに比べ、父親の滋氏は劣る。いい人だとは思うが────。ぼくが思うに、横田めぐみさんが日本に帰ってこられないのは、彼女が優秀だからだと思う。北朝鮮が離したくないのだ。あの母親の娘だ。そうとう優秀な人だと思う。それに比べ、蓮池さんや地村さん達というのは、使いようがないくらいどうでもいい人達だったのだろう。

ってなことを思いつつ、休日出勤から帰り、経堂の「符裕」に向かう途中、一字違いの「横山めぐみ」に遭遇した。彼女も経堂の住人なのか!? 「北の国から」の純(吉岡秀隆)の恋人・れいの役のイメージが強い彼女だが、調べてみると、

1995年にナレーターである大川泰樹と結婚したが、「真珠夫人」でのヒットにより横山めぐみが多忙になり夫婦のすれ違いにより2003年に離婚した。しかし、2006年東大卒の副社長と再婚することがわかった。

というが、ぼくが見た彼女は、ジャージ姿で酔っぱらっていて、頭の悪そうな男と腕を組んで、騒ぎながら、オダキューOXの前を歩いて行った。ぼくより1歳下にも関わらず、かなりの美人だった。しかし、あーゆー酔っぱらい方だと冷めるね。単なる美人のオバチャンだよ。ああ~!

新体制

2006年04月26日 | 仕事
社員に対して新社長からの新体制等の説明会を行った。社長のもう一つの会社である1998年に設立したIT企業の役員達も勢揃い。元々、ウチの会社にいた面々だ。結局、親会社を乗っ取った格好ではないか!! バカにしやがる。その役員達の挨拶がホントムカついた。偉そうにしやがって!! まだ、偉そうにしているならいい、役員一人ひとりの挨拶の時に、ナナナント、同い年のオンナは泣き出しやがった!! バカにするのもいい加減にして欲しい。そこで泣かれたら、コッチが虚しい。同情するならカネだけくれ! あ~、今日の日記は古い身内にしかわからない。

社長交替

2006年04月25日 | 仕事
社長が替わった。72歳の前社長の45歳の息子が就任。信用するとバカを見るくらいメチャクチャやり手の男だ。1998年にウチの会社から独立し、IT企業として、メチャクチャ稼いでいる。これからは両方の会社の社長を兼任する。今日は、新旧社長と主要取引先に挨拶に回った。疲れた────。

印刷見学

2006年04月24日 | 仕事
大学を出て、最初に勤めた会社は、大出版社のため自前の印刷会社を持っている。2004年04月20日の日記にも書いたが、その印刷所の営業マンが飛び込みできて、話の中で思わず親会社にいたことを漏らしてしまった。そしたら翌日、社長さんからメール。社長はぼくの元上司。天下って、印刷会社の社長になった。

入社してすぐ、総務の研修が2週間ぐらいあり、その後、この社長さんがまだ東京支社長だったころ、その下で営業の研修を半年やった。台東区と新宿区。9月から正式配属先の製作部という部署で、本作りをしていた。仕事をやっと覚え始めた頃の3年目の9月の人事異動で、営業に配属された。今となっては伝説になっている、かどうかは知らないが、配属後2か月で会社を辞めてしまった。営業がイヤなわけではないが、この会社の特殊な営業がイヤで辞めた。勤務地が東京だったら辞めなかったかもしれない、と今は振り返るが、その時の配属先は栃木県だった。入社の面接でも「一都三県以外で働くのはイヤだ」とはっきり発言している。

その後、紆余曲折を経て、今の会社に収まるワケだが、「本作り」という面では、前会社で習ったことが、大変役立っている。そして、今日、その社長さんから、「印刷見学に来ないか?」と誘われたので、夕方出かけた。JRの事故のせいで、遅刻しそうになったが、何とか定刻に間に合った。駅前に降りると、風景がすっかり変わっていて、正門に辿り着くまで、結構迷ってしまった。守衛さんに来意を告げると、とてもマイナーなぼくの会社を知っていた。なんでも、以前は書店にいたそうだ。住所も、古い全集なんかも知っていたのは恐れ入谷。

社長さんに挨拶。営業部長が案内してくれた。熟知しているはずだった子会社の工場内だが、これほどデカかったのかと驚いた。古い知り合いが、挨拶してくれるということもあった。印刷業界の中でもトップに入るこの会社は、やはり設備が違う。輪転機が以前はあったが、全部埼玉にある工場に移したようだ。一番感心したのは、オンデマンドのシステムだ。周知の通り、1冊から印刷できる印刷機。日本で一番この会社が進んでいるのだという。

一通り見学し、応接室で、社長と専務と営業部長と談笑。この会社の歴史は微妙で、社長と専務は、ぼくの生まれた昭和43年の同期入社だ。それまで出版と印刷の垣根はなかったのだが、この年、分かれ、事実上、印刷が出版の子会社扱いになった。同期の二人は、二つの会社にわかれ、待遇が変わることとなる。その辺は、知ってるだけに、発言に気をつけた。

挨拶して帰ろうと思ったら、呑みの席を用意しているという。社長の運転手付きのクルマで、池袋に向かう。東武百貨店の15階の「京懐石 美濃吉」という高級そうなお店に案内された。奥の席に坐らされ、すっかり接待される側。だいぶ年上の元上司に酌されるなんていうのは、コソバユイ感じだ。料理は美味かった。その後、短い距離なのに、社長のクルマで移動し、中国系のスナックに行き、1曲歌って、帰った。外に出ると、別なクルマが用意されていて、中に押し込まれ、そのまま経堂へ向かう。お土産にとカステラかなんか貰ったが、運転手さんにあげてしまった。どうでもいいけど、今頃、こんな接待している会社なんか、ない! 少なくとも、出版や印刷業界ではない。勘違い甚だしい。こういうところもイヤだったんだよなぁ、とクルマの中でずっと思っていた。

ちびまる子ちゃん

2006年04月23日 | レビュー
ビデオに録っていた実写版の『ちびまる子ちゃん』を観た。珍しく「きっこ」が褒めていたが、その通り、いいデキだった。最近は、アニメを実写にするのが流行っている。『タッチ』『キューティーハニー』『キャシャーン』『忍者ハットリ君』、ハリウッドでは『ドラゴンボールZ』『新世紀エヴァンゲリオン』『マッハ GO GO GO』を制作中なのだという。しかし、どれもおサムイ~感じになるのがオチだ。しかし、この『ちびまる子ちゃん』はアニメの面白さも継承しつつ、実写の良さも見事に出ていて、いい感じだった。

『ちびまる子ちゃん』は、静岡県清水市(現静岡市清水区)を舞台にした作者さくらももこ自身の小学生時代の実話をもとにした「あるあるネタ」やノスタルジー的な要素のあるエッセイ風コミック。1990年1月7日・日曜日6時にお茶の間デビューし、「平成のサザエさん」と呼ばれるほどの国民的な認知度を得るに至る。

さくらももこはぼくより3歳上ぐらいなので、時代背景が戦後の『サザエさん』と違いよく理解できる。ぼくの時代は「山口百恵」より「ピンクレディ」だったが────。しかし、ここまでブレイクしたのは、「まる子」の声優のTARAKOの喋り方、ナレーションのキートン山田、そして、なんと言っても、B.B.クィーンズの「おどるポンポコリン」(作詞:さくらももこ、作曲:織田哲郎)の影響が大きい。この歌はエンディング曲だったが、現在はオープニング曲に昇格している。

実写版の方だが、まる子役の森迫永依(もりさこえい)が、かなりよかった。顔は大人しそうな感じなのだが、演技は表情豊かで、アニメのまる子のダラダラ感やオヤジ臭いところを巧く演じていた。まる子特有の「あたしゃ~だよ」というセリフもなかなかよかった。『功名が辻』では一豊の娘のよね役で5月から登場するという。これから期待の子役だ。たまちゃん役の『僕と彼女と彼女の生きる道』に出ていた美山加恋もアニメの感じがよく出ていた。

続編はないのだろうか? 早くしないとまる子やたまちゃんが大きくなってしまう。

加藤さん

2006年04月22日 | 仕事
土曜日だが、韓国語の本の付属CDの録音にお茶の水のスタジオまで行ってきた。担当者が先生との待ち合わせの10時に都合が悪くなり、来られる時間までの繋ぎだ。かと言って、先生とは旧知の仲。ほとんど呑んだくれてるだけなのだが────。

5分前に着いたら、先生はナレーターさん2人ともう来ていて、打ち合わせ中だった。打ち合わせが長引いて、録音前には担当者も間に合ってしまった。それでもしばらく付き合い、途中で帰った。

ちょっとした用事を済まし、新宿で小田急に乗り込むと、「さんまのSUPERからくりTV」に出演している加藤淳がいた。となりが空いていたので、そこに坐った。まわりの人はチラチラ見ていた。代々木八幡で下車。メチャクチャ背が高かった。この人は、何者なのかと調べてみると、

加藤淳
プロデューサー、デザインプランナー。1961年生。1984年、株式会社日本デザインセンター入社。同社の内部専門機関、CIデザイン研究所のプロデューサーとして、日本を代表する一流企業、自治体のCI、VI、ブランドデザイン開発を40社以上担当。1998年、独立し、加藤淳事務所を設立。企業、自治体のブランドデザインを中心に活躍中。最近の主な業績=「青森アジア冬季競技大会2003」「JTB CIリメイク計画」ほか多数。


「さんまのSUPERからくりTV」に出演。クラッシクの音楽評論等も行っているそうだ。アサヒビールやジョージアのロゴも作ったらしい。さんまの番組では「フォフォフォ」と笑ったり、珍回答などが受けている。44歳らしいが、長髪でテッペンが禿げていた────。

経堂に着くと文教堂に行く。ぼくの担当だった本が店内のいいところに陳列されていた。こういう時は嬉しい。

世田谷温泉 四季の湯

2006年04月20日 | 遊び
会社はついにウルトラCを実行、その経緯を全員会議を開催し、社員に伝えた。社員はあっさりしていた。2004年にやったある事の時は騒然となったのだが────。

20時ごろ会社を出て、かねてから行ってみようと思っていた「世田谷温泉 四季の湯」に寄る。となりの駅の千歳船橋から徒歩3分ほど。入浴料400円で露天風呂、サウナもあるなんて、安い、と思っていたら、サウナは別料金。780円払うと風呂とサウナに入れるらしい。今回はシステムがわからなかったので、次回はサウナに入ってみようと思う。風呂だけでも十分汗をかいた。たまに銭湯もいいもんだ。

そのまま、城山通りを歩いて、ライフで夕飯を仕入れる。ライフは0時まで営業している。なかなかエライ!

法律事務所

2006年04月18日 | 仕事
会社でいろいろ揉めていて、顧問弁護士の事務所に他の役員と赴いた。法律事務所というのか弁護士事務所というのかわからないが、初めて足を踏み入れた。そこの事務所は、トップがいて、4~5人の弁護士を雇っていて、事務員も数人いる。メチャクチャでかくてキレイで広い。事務員おねえさんも美人だ。場所は赤坂見附にあるのだが、あの町を歩いている人はやはり上野とは違う。

豪華な机と椅子の会議室で30~40分の打ち合わせをした。顧問弁護士の先生は、丸山弁護士並みの軽い人で、会議中も愛人からかわからないが、携帯のメールのやり取りをしてたりする。こっちは、社長以下厳粛な態度で接しているのに、随分失礼な人だ。結構な料金取るし。

終わって、第2株主の社長の息子ともう一人の役員と呑む。息子はぼくとサシで呑みたかったようで、解散した後、別の店で呑み直した。いろいろ頼まれる。

その後、成城に向かう。少年時代からお世話になっている成城のお寿司屋さんが、駅前開発のため閉店するので、この日、古い仲間に招集をかけていたのだ。店主は少年野球チームの総監督で、オッサンになってしまった今もお世話になっている。20時からの集合だったが、上記のためたどり着いたのは22時を過ぎていた。相変わらずの上下関係で、しこたま呑まされた。でも、そこは20数年前とは違い、逆に先輩を呑ませ潰した。その先輩をクシーの中に放り投げ、帰宅。

浅尾美和

2006年04月16日 | 想い
先週の日曜日、浜田がやってるフジテレビの「ジャンクスポーツ」っていう番組をたまたま観たら、浅尾美和っていうメチャクチャカワイイ子が出ていた。今週も出るというので期待していたのだが、「功名が辻」を観てしまい、見逃してしまった。やはり、有名みたいで、ネットで結構写真が出回っていた。
 

浅尾美和(あさお・みわ)1986年2月2日三重県生まれ。県立津津商業高等学校時代、二度の春高出場。全国高校総体ではベスト16。高校卒業後ビーチバレーに転向。同時にタレント業も開始する。趣味は映画鑑賞/音楽鑑賞。料理は密かなマイブーム。所有資格 情報処理検定3級/簿記3級/ワープロ3級。サイズ:身長171cm 体重53kg 靴24.5cm B83cm W62cm H86cm

アスリートでこんなにカワイイ子が今までいただろうか? ぼくは基本的にはバレーをスポーツとは認めてはいないが。先週の浜田組とのビーチバレー対決はきわどいビキニに汗かいててエロかった。とてもバレーをするとはいえないビキニ。もう一人の西堀っていう子も可愛かったが、画面はほとんんど浅尾美和ばかり追っていた。

身長171cmという小柄な体格なため、バレーボールの道を諦めたのだろうか?

ダイ・ハード

2006年04月16日 | レビュー
あまりのクダラナさに、辟易とした「臨時株主総会」に出席し、軽く仕事をし、夕方、経堂に到着。文教堂を覗くと「ダイ・ハード」の1と2のDVDが999円で売ってたので、買ってしまった。ビール呑んで寝てから、夜中に1と2をぶっ通しで鑑賞した。
 

1の監督のジョン・マクティアナン、2の監督のレニー・ハーリン、主演のブルース・ウィルス共々、大出世作となった作品だ。内容は説明するまでもないほど有名。改めて観ると1より2の方が面白かった。この手のアクションものをバカにするインテリかぶれがいるが、クサッている時にはいい栄養剤だ。ありえない設定ばかりで、まるで宮崎アニメの世界だ。でもそこが、アホらしくていいじゃん。

昔は気づかなかったけど、ブルース・ウィルスの奥さん役のボニー・ベデリアって結構キレイだね、おばさんだけど。3のDVDも見つけねば!

オジャワ党首

2006年04月09日 | 想い
●A級戦犯分祀が靖国の姿 小沢氏、首相参拝を批判●
民主党の小沢一郎代表は9日、NHKなどのテレビ番組で、小泉純一郎首相の靖国神社参拝を「小泉さんの(参拝)は駄目だ」と批判した上で、「戦争を主導した大きな責任がある人たちは、靖国神社に本来祭られるべきではない」と述べ、A級戦犯の分祀(ぶんし)を求める考えを表明した。さらに「たまたま神社の形を取っているが、戦没者の慰霊のためのものだ。戦争で亡くなった人のみ霊を祭る本来の姿に戻して、天皇も首相も堂々と行ける靖国神社にすればいい」と強調した。(共同通信 4月9日)


小沢一郎が民主党の代表になったようだ。この人は、やはりアホアホマンだった。靖国へのA級戦犯の分祀は当時の国民の総意だったことを知らないのか!? 昭和28年に改正された「遺族援護法」は国会で、右派左派とも全会一致だったのだ。もう決着ついてるのだ。それを朝日操作による中国政府に取り入られたいがために、こんなことを宣う政党党首には日本を背負う資格はない。これじゃ、社民党と変わらない。社会党から引き継ぐこの政党の凋落ぶりは周知の事実だ。

そもそも、この人は我慢が出来ない人だ。ヤになるとすぐに仲間を引き連れて出て行ってしまう。裏工作の達人らしいが、政治家というのは常に個人であるべきだ。党の中で群れるのはやめて欲しい。今の自民党独裁という体制には危惧を覚えるが、民主党がこのレベルであるのなら致し方ないと思う今日この頃だ。

ヒサビサ

2006年04月05日 | 呑み
経堂で同棲中の印刷会社の営業マンカップルと符さんのところで呑んだ。土日のお昼はたまに行っていたが、夜行くのはヒサビサ。常連のMさんもヒサビサに来ていて合流。紹興酒をかなり呑んだ。こんな楽しい呑みはヒサビサ。