blogギター小僧の径

ギター小僧の私生活

ロックライブ

2003年04月27日 | 音楽
知り合いのデザイナーさんがロックライブをやるというので観に行った。場所は表参道からちょっと裏に入る「LAPIN ET HALOT(ラパン・エ・アロ)」というライブハウス。

写真の人。今年49歳、6月に二人目のお子さんが誕生予定。恐ろしいほどパワーフルな人だ。昔坂崎幸之助と嬬恋に出ていたりしていたらしい。ぼくがSGを愛用しているという影響で一昨年購入。やはりSGカッコイイ!

東京国際ブックフェア2003

2003年04月26日 | 仕事
ぼくが勤めている会社は東京国際ブックフェア2003に毎年出展しているので、仕事として毎年行っている。数年前幕張からお台場の東京ビッグサイトに移った。自動車やネット関連のものとは大きく違い、ブックフェアはコンパニオンが極めて少ない地味なイベントだ。トッパンや大日本などの大企業はコンパニオンにいろいろ説明させているが、主役の出版社はほとんどが零細企業、そんな無駄なことにカネはかけられない。

大崎から初めてりんかい線に乗って向かった。今年は結構賑やかだった。後輩達と今年ウリの通信販売商品のサンプルCDを渡しまくった。合間に各ブースを回る。だいたい2~3割引で本を売っているので、ぼくはこの時期なるべく本を買わず、この日に集中的に買う。『キャッチャー・イン・ザ・ライ』を買おうと白水社のブースに行ったら愕然────。これだけ定価販売。知りあいに頼んで何とか2割引にしてもらったが、それはないよ白水さん、って感じだよ。確かに今ベストセラーのこの本だから書店さんが怒るかもしれないけど────。

新入社員

2003年04月14日 | 仕事
ナント! 4月も14日にもなって新入社員が入ってきた。実は日曜に出勤した時、同じく休日出勤していた人から聞いていた。先週の月曜(7日)にうちの社長の所に電話があり、金曜(11日)に面接。そして今日月曜に入社。こんな会社あるのでしょうか? なんでも某辞典系出版社の有名編集長の御曹司。

17:30に業務を終え、会社の会議室で歓迎会をやった。当然2次会に行こうとしたら、社長に捕まり麻雀になってしまった。早々に切り上げ恐らく3次会やっているだろうと思って後輩に電話しても皆出ない。どうやらキャバクラに行ったようだ。ったく!

グアムリポート

2003年04月11日 | 遊び
従弟の結婚式に参列するためにグアムに行った。

【2003.4.8】

会社を4日間休み(こんなに有給使ったのは生まれて初めてだ!)、集合場所の日暮里の待合所に向かった。6:35発のスカイライナー。5:15に家を出た。今回の旅行のメンツは、計13人。従弟の新郎とその新婦、従妹の新郎の姉、新婦のご両親、新婦の姉夫婦。新郎の先輩3人(Y君、A君、Mさん)。A君は奥さんと4歳の子供を連れてきていた。一昨年、友人の結婚式に参列するためにハワイに行ったが、その時は「同時テロ」の直後で、空港施設は厳重警戒だった。そして今回は「イラク戦争」「SARS」でまたもや厳重警戒。どういう巡り合わせなのだろう!
 

羽田発9:45(実際は55分頃)、約3時間程でグアム空港。時差は1時間。やはり常夏の島、とても暖かいがややじめじめしていた。雨期が終わったばかりだろうか? この日はDFSを散策して時間を潰した。19:00にロビー集合ということで一度部屋に戻った。ぼくのケータイはau製のGlobal-Passportなので普通に海外でもかけられるはずなのだが、2年前ハワイから日本にかけたときうまくいかなかった。今回は説明書を持参しようと用意していたのだが、忘れてしまった。旅行会社からもらった案内に「01181」をつけ「03」の「0」を省略してかけるとうまくいくことがわかった。旅行に行くために仕事を手早く処理したために、ミスが心配だったので会社に電話してみた。通じた! とりあえず今のところ問題はないとのことだったのでひと安心。

19:00に集合し13人で夕食に行った。近所のステーキ屋だ。ハワイの経験上、量が多いことが予想できたので、トマトチキンパスタを頼んだ。やはりアホみたいに多かった。残した。新婦のご両親にご馳走になった。その後は新郎新婦含めみんなで部屋で呑んだ。新郎とその先輩たちはクルマの整備工なのだ。揃えば会社の話になるのは必然で、しばらく業界話を聞く一方だった。0:00に解散。

【2003.4.9】

今日が本番、結婚式。しかし、式は夕方からなのだという。朝9:30に新郎の先輩のY君とMさん、従妹のM子とマックで待ち合わせ。朝食後、M子の要望で実弾射撃を撃ちに行った。海外旅行は何回かしているが、初めての経験。グアムはアメリカなので、銃を撃つことが出来る。メインストリートのホテルロードには、実弾射撃の店がたくさん並んでいる。日本の温泉街の射的場のノリ。ホテルの近くの「ウエスタンフロンティアビレッジ」にいった。
 

38口径・44口径・45口径それぞれ12発で42ドル。戦争真っ最中だが、撃ってて迫力はあるがちょっと怖かった。これで人が殺せると思うとびびる。38口径はライフル(左写真)、44口径は店お薦めの「デザート・イーグル・44オートマグナム」。45口径のワルサーを撃ったが、薬莢が頬をかすめる。撃った後自動的に腕が上がる。成績は散々だった。M子はかなり嵌ったようで、この旅行中に計3回行った。日頃のうっぷん晴らしに最適らしい。お店の山本さんはお子さんが日本の大学に通っているという日本人の方なので、安心して撃てるので店選びに迷っている人にはお薦めです。

その後は海に行ってぶらぶらした。今回一応水着を持ってきたが、ついに着ることはなかった。イラク戦争やSARSのためか人は少なく、水着ギャルはほとんどいない。おばちゃんの水着姿しか見ることができなかった(残念)! 水はキレイだった。ぼくは特に正装するわけでもないのだが、女の子たちはそれなりに式に備え着替えるため一度ホテルの部屋に戻る。15:45にロビー集合でバスに乗ってヒルトンホテルのわきにあるチャペルに向かった。ほんの10分程度である。新郎新婦はもちろん白のリムジン。でも10分だけじゃ楽しめなかったのでは……。
  

M子と新郎の姉弟は両親が逝去されている。そのため両脇に両親が並ぶ式ではなくM子ひとりと新婦の両親という席並びだった。M子はカレシのお兄さんに作ってもらったという小型の開閉式の遺影を持ってきていた。それを見て感動してしまい、泣きそうになってしまったが、かろうじて堪えた。式ではバージンロード歩く父と娘の前にA夫婦の子供が先導するという趣向があったのだが子供が泣きだして中止してしまうなどのハプニングもあったが、滞りなく終了。

ぼくはロビー集合のまえにビールを呑みすぎて、少し眠かった。ホテル内のコンビニではバドワイザー1缶1.10ドル(この時期レートは125円程度だった)。教会を出て、お決まりの写真撮影。ぼくらはドラマのエキストラ如く花を投げたり、アーチを作ったりなどして、それをプロのカメラマンが写真とビデオを撮る。腹を立てたのは、新郎新婦と双方のご両親がシャンパンを乾杯するシーンの撮影。式に出ていれば(勿論事前に知っているべきだが)わかるはずなのにグラスが6個用意されている。新婦側の両親がグラスをとった後も「お父さんお母さん、グラス取ってくださ~い」なんて呑気なことを言っている。本気で怒ろうと思ったが、二人の門出にケチをつけるのも悪いと考え控えた。

その後、ホテルに戻り19時にロビー集合で「TONY ROMA'S」という店で食事をした。ホテルまでの送迎付だ。車で10分ほどの店で、ここも日本人ばかり……。店では新郎新婦のためにシャンパンを振る舞われた。「オニオンリング」が有名ということで頼みみんなで食す。わりと旨かった(左は初めての共同作業オニオンカット!)。ぼくは例によってアホみたいな量が出てくると予想し、オニオンハンバーガーをオーダー。しかし喰いきれなかった。ほとんど出てきた時と変わらないぐらい残してしまった。この店の飲食代は新郎新婦に皆ご馳走になってしまった。

帰ホテル後、M子とY君とで新郎新婦の部屋にお邪魔した。実は新郎新婦のホテルはぼくらと違うホテルでワンランク上。なので少々興味があった。しかし、冷房は故障、階数も6階と高くなく窓からの景観はイマイチ。0:00過ぎまで話した。何気なくテレビを観ていたら。ヤンキースの松井が満塁ホームランを打ったとのこと。凄いぜ、松井!

【2003.4.10】

今日はフリーで行動。AK夫婦・新婦の姉夫婦・Mさんはゴルフに行ったようだ。朝5:30の集合。ぼくは10時にホテルを出て、10時にホテルを出て、何も喰わずフリーパスのバスチケットを5ドルで購入し、バスを利用して市内観光をした。バス停にかなり苦労しが、何とか乗れた。最初に「マイクロネシア・モール」に行った。ガイドによると「120以上の店舗が軒を並べるグアム最大規模のショッピングモール」とのこと。腹が減ったので取りあえずフードコーナーに向かう「VEGGIE&CURRY」という店でチャーハンみたいなのと、炒め物をテキトーに選び、ドリンクにコーラを頼んだ。食事しながらコーラを飲むのは辛いが、これもアメリカンと割り切る。「KITCHEN ARIGATO」というふざけた店があって、「日本の味」「日本直輸入!」などのうたい文句。日本から旅行に来た人間がわざわざ行くか! 信じられないよ。
 

その後、ぶらぶら店を歩きウインドウショッピング。バスが来たので「グアム・プレミア・アウトレット」に向かった。ここは最高につまらなところ。早々に引き上げた。帰りは2階建てバスに乗った。ホテルに帰るとA君に会い、みんなはゲームセンターにいるという。そのまま部屋に戻り会社に電話した。ケータイの電源が切れてしまったので、今度はコレクトコール。上司と話すとぼくのミスによる事件が色々あったらしい。それを他部署の後輩Mに処理してもらっていたようだ。失敗した! 旅行前に慌てて諸々の仕事を片付けてしまったので所々に不備があったようだ。Mにはお土産を買ってお茶を濁すしかない。

夕飯は19時にロビーに集合してみんなで喰いに行こうということになっていたのだが、直前にキャンセル。しょうがないので、夜も単独行動。とりあえず「HARD ROCK CAFE」に行った。カウンターに坐り、腹は一杯だったのでビールだけを頼む。その後ジンライムを3杯。米軍の人間が来ていてなぜか「IRAQ WAR!」と話して盛り上がった。1時間半ぐらい居て出た。まだ呑み足りないのでふらふら歩いていると、呼び込みに誘われ怪しいバーに行った。ジントニックを頼んで煙草を吸っていると、少年が現れ、女性を紹介された。「45分80ドル」というのを英語で話しかけてきた。面白いので客になるふりして「従兄弟の結婚式で来ている」というのを英語で言ったりして少し会話した。「じゃ行こう」ということになり、表に出たがトイレに行くふりをしてトンズラした。

ホテルの部屋に戻り、帰国の準備をし、呑み過ぎで疲れたのでベッドに横になっていた。M子が部屋に現れ、少し昔話などをしてところに内線が鳴り、みんなが合流したいというので、ぼくの部屋に呼んだ。話し込んで楽しい呑みだった。新郎もいい奴らと付き合っているなぁ、と少し安心した。

【2003.4.11】

最終日の今日は買い物しなければならない。午前中DFSに行ってお土産を買った。なかなか難しく2時間ぐらいかかってしまった。今回の旅行でぼく自身に買ったものはキャップとセブンスター2カートンだけだ。

余談だけど────大学生の時にセブンスターがあまりにもニコチンとタールが高いので発売中止になるという噂が流れた。しかしその後も発売し続けている。不審に思ってはいたがそのまま吸い続けていた。ずいぶん煙草がまずくなったなぁと思っていたのだが、1993年にサイパンに行った時、その真相がわかった。ニコチンとタール値を下げて発売していたのだ。海外向けに生産しているものに関してはそのまま。サイパンの免税店で買ったセブンスターの旨いこと! ハワイでも当然のように買って吸った。JTのバカヤロー!

13:00にチェックアウトし13:50に空港行きのバスが迎えに来た。M子とぼくだけが先に帰り、残りの皆は翌日の帰国。行きはノースウエストで帰りもそのはずだったのだが、ナゼがJALに変更。怖い、ノースウエスト……。機内ではM子と結婚話ばかりしていた。高校の同級生と長いつき合いをしているM子だが、結婚するのは負けたみたいでイヤだ、という。意味がよくわからないが、女は当然結婚するもの、家事をするもの、子供を産み育てるもの等々の世間の固定概念が許せないのかもしれない。結婚を夢見み、結婚があたかも勝利のように思っている女が死ぬほどみっともなく見えるらしい。子供も好きではないようだ。まあ、カレシ(彼女は相方と呼ぶ)も結婚を強要していないのだし、好きにすればいいが、後悔だけはしないで欲しい。年取ってから子供が欲しかったと思っても、男なら作れる場合もあるが女は100%無理でしょう。

ちなみに上の写真はそのM子(プライバシーのため目線を入れてます)。うちの親戚とは思えないほどの美形。田中麗奈似で旅行中、外人にも日本人にもナンパされまくりだったようだ。ぼくと歩いているときもチラチラ見られているのを感じた。成田について、M子と別れ成田エキスプレスで新宿へ。とても速かった。

今回の旅行の感想は「グアムはハワイ・サイパンより日本語が蔓延している」に尽きる。一緒に行った連中は日本語が通じる所にしか出向かなかったようだ。ぼくは英語が通じずしどろもどろになるのが快感。そして英語を勉強しよう! と成田で誓うのが毎度のパターン。今回はなかった。次はいつ海外に行けるかわからないけど、日本語はあまり使いたくないね、外国では。

花見in砧公園

2003年04月06日 | 音楽
PIXYSのメンバーと花見に行った。場所は高校の時、カンフー映画を作ったとき以来の砧公園。西やんさんが朝6時から場所取りをしてくれたおかげでいい場所が確保できた。

夜桜の花見は経験あるが、昼間の花見は初めてだ。恐ろし程の人間たち。会社近くの上野公園もかなりキレイだが、砧公園もなかなかだ。陽気もすっかり春で半袖の人もいた。

前日もNormanさんのところでみんな呑んでいた。ぼくは起きられず15時過ぎに行った。ガキんちょの頃、庭のようだった砧公園だが、さすがによくわからずみんなの場所になかなか辿り着けなかった。やっと合流したころにはみなベロベロ。それでも楽器を取りだし歌った。カッコよかった。

島津奔る

2003年04月03日 | 想い
まったく人をバカにした話だ。

●<池宮彰一郎さん>「島津奔る」絶版に また、司馬さんと類似●
新潮社が出版した人気歴史作家、池宮彰一郎さん(79)の小説「島津奔る」に司馬遼太郎さんの小説「関ケ原」(同社)と類似した部分が複数カ所あることが分かった。同社は2日までに「島津奔る」を絶版にし、在庫の回収を始めた。3日発売の「週刊新潮」におわび文を掲載している。池宮さんの作品では昨年末、戦国時代を舞台にした「遁げろ家康」(朝日新聞社)と司馬さんの「覇王の家」(新潮社)との類似が見つかり、絶版・回収されたばかり。池宮さんは類似の事実を認めたうえで、今回の問題について「『遁げろ家康』と並行して週刊新潮に連載していた。当時は家人の病気や転居と重なり混乱していたため、参考にした文学作品と歴史資料とが混在してしまった」と謝罪している。(毎日新聞)


読売新聞によると単行本上下計26万3000部、文庫版は上下計40万7000部を発行し、1999年には第12回柴田錬三郎賞を受賞を受賞している。単行本の印税を10%、文庫版を8%と仮定すると1900円×203000部×10%+667円×407000部×8%=60,287,520円。6000万円だよ! 盗作ヤローに払われた印税。