玄文社主人の書斎

玄文社主人日々の雑感もしくは読後ノート

デイヴィド・パンター『恐怖の文学』(5)

2017年02月21日 | ゴシック論

 第4章は「ゴシックとロマン主義」。ブレイク、コールリッジ、シェリー、バイロン、キーツなどイギリスロマン派の主流詩人たちが、ゴシック小説から大きな影響を受けたと、パンターは主張している。
 私はイギリスロマン派についてまったく知らないので、この章について多くを語ることは出来ないが、パンターはロマン派詩人たちが、ゴシック小説の影響を一時的には受け入れながらも、すぐにそれを捨て去ったという通説を否定している。
「ゴシック作品の至るところに登場する三人の主要な象徴的人物――放浪者、吸血鬼、禁断の知識の探求者」が、主流派詩人の作品の中に大きく影を落としているというのである。放浪者を代表するのはマチューリンの『放浪者メルモス』であり、吸血鬼はジョン・ポリドリの『吸血鬼』、禁断の知識の探求者はメアリー・シェリーの『フランケンシュタイン』の主人公フランケンシュタイン(怪物の方ではない)である。
 そしてこの三人の象徴的人物は「不正の強力な象徴」であり、ゴシック小説流行の事実は「社会的な権力を得た中産階級が、彼等自身の上昇の状況や歴史を理解しようと努め始めた段階」を示しているとパンターは言う。
 パンターは再度階級論的なテーマを持ち出すのであるが、事実はそれほど単純なものではない。そのことには後ほど触れるが、そうでなければゴシック小説の主流小説に対する屈折や倒錯的なあり方を説明出来ないのではないか。この問題はこの本全体を巡る総括的なテーマとなる。
 
第5章は「迫害の弁証法」。この章でパンターは、彼自身が最も評価に値すると考えている三人のゴシック作家を取り上げている。『ケイレブ・ウィリアムズ』(1794)のウィリアム・ゴドウィン(メアリー・シェリーの父親)、『放浪者メルモス』(1820)のC・R・マチューリン、『悪の誘惑』(1824)のジェイムズ・ホッグの三人である。
私はゴドウィンだけは読んでいないので判断を保留するが、マチューリンとホッグについては、間違いなくゴシック小説における最も偉大な作品を書いた作家であったと断言出来る。
 この二人の作家については、この「ゴシック論」でも何回も取り上げてきたので、評価について繰り返すことはしない。ここでは私の評価ではなくパンターの評価について紹介しておこう。まずパンターは三つの作品の目的を同じものと見る。

「『ケイレブ・ウィリアムズ』、『放浪者メルモス』、『悪の誘惑』の目的は同じなのである。それは、実際に、恐怖の極限状況を〈探求する〉ことである。……この三作品は悪夢の本である。」

 そしてパンターは、その恐怖の原因を〝迫害〟ということに求めている。『ケイレブ・ウィリアムズ』は主人公ケイレブが、悪人フォークランドの罪の秘密を知り、執拗な復讐を受けるという物語であるから、迫害ということは当たっているように思う。
『悪の誘惑』も、主人公ウリンギムが悪魔の化身ギル・マーティンに執拗につきまとわれ、地獄の苦しみの中で自殺を遂げる物語である。しかもウリンギム自身も狂信的なカルヴィニズムによって、兄ジョージを迫害するのであり、ここには二重の迫害が存在する。
『放浪者メルモス』もまた、主人公メルモスが執拗な迫害を受ける副主人公アロンソと取引しようとする物語であり、サブストーリーとしても多くの迫害される人物達が登場する。そればかりでなくこの作品は、メルモスとイマリーとの悪魔的な愛の物語でもあり、単純に迫害ということで括ることは出来ない。
 だから、恐怖のよってきたるところを迫害にのみ求めることは出来ないし、この三つの作品が「恐怖の極限状況」だけをテーマにしているとも思えないのだが、パンターはこの本を『恐怖の文学』としてまとめる必要があった。
 ところで、「恐怖の弁証法」とは何なのか? こんなところに弁証法を持ち出す意味があるのだろうか。そこに正-反-合の運動があるとでも言うのだろうか。
 しかし、パンターがこの三人の作家の作品をパラノイアの文学と位置づけていることに異論はない。『放浪者メルモス』と『悪の誘惑』における語り手こそ、パラノイアに冒されているのだし、ひょっとして作者その人がパラノイアではないかと思われる瞬間すらある。それほどにパラノイアックな物語なのである。
 また、パンターが次のように書くとき、特にその近代性についての指摘には全面的に同意したい。

「三人が我々を誘う世界が、ラドクリフやルイスのそれと比べると驚くほど近代的な世界であるのは、それは三人がドストエフスキーや、特にカフカの現代的とも言うべき悪夢の世界を予期しているからである。」

コメント
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