民俗断想

民俗学を中心に、学校教育や社会問題について論評します。

戦時下精神史

2006-09-24 18:35:32 | 政治
 改憲を正面きって明らかにする総理大臣が選出された。ますます、今が戦前の感を強くする。若者なら何らかのムーヴメントをと考えられるが、この年をしたら、どうにかしてやり過ごすしかない、と思う。なんとも戦う前から情けない話だと自分でも思う。
 今が戦前とするなら、戦前の知識人の身の処し方に学ぶしかない。たまたま、本棚に昔かっておいた、鶴見俊輔の『戦時期日本の精神史』を見つける。1931~1945年の思想状況について、転向をキーワードに読み解いたものである。20年も昔に出版されたものであるが、今また読むと切実に胸に迫るものがある。カナダの大学で英語で講義したものだといい、外国人にもわかるように丁寧に書かれているので、今の若者が読んでも、理解しやすいだろう。
 いくつも心ひかれる部分があるが、中でも大東亜共栄圏会議に参加したビルマの首相、バー・モウが1968年に出版したという回想録からの引用が気にかかる。

 日本の軍国主義者たちはすべてを日本人の視野においてしか見ることができず、さらにまずいことには、すべての他国民が、彼らとともに何かをするに際しては、同じように考えなければならないと言い張った。彼らにとっては、ものごとをするには、ただ1つの道しかなかった。それが、日本流にということだった。ただ1つの目的と関心しかなかった。日本国民の利害、利益と言うことである。東アジアの国々にとって、ただ1つの使命しかなかった。それは、日本国と永遠に結び付けられた、いくつもの満州国や朝鮮となることである。日本人種の立場の押し付け、彼らのしたことはそういうことだった。それが、日本の軍国主義者たちとわれらの地域の住民とのあいだに本当の理解が生まれることを、結果としては、不可能にした

 この軍国主義者を、日本政府と読み替えたとき、あまりに今の東アジアにおける日本の政治状況と酷似していまいか。国内の論理を押し付けるばかりで、アジアのそしてユーラシアで起こりつつある協調外交に背を向け、孤立の方向に向かいつつあるアメリカの後追いばかりしているこの国。しかも、後追いに熱心の人々こそが戦勝国アメリカが押し付けた憲法を改正しなければいけないと、敵対的立場をとる。あんなに大好きなアメリカなのだから、たとえ押し付けたとしても、喜んでイラクに兵を出したように、喜んで憲法も受け入れるのがあなたがたの流儀ではないのか。目くじらをたてるのは矛盾していることに気がつかないのか。前回の戦で敗れ、彼らのいいかたをすれば、心ならずも戦犯とされた人々を処刑したのは他ならぬアメリカではなかったか。
 鶴見は結論として、こうした時代をやり過ごす生き方として、次のように述べる。
普遍的原理を無理に定立しないという流儀が、日本の村に、少なくとも村の中の住民の一人であるならばその人を彼の思想のゆえに抹殺するなどということをしないという伝統を育ててきました。目前の具体的な問題に集中して取り組むことを通して、私たちは地球上のちがう民族のあいだの思想の受け渡しに向かって日本人らしい流儀で、日本の伝統に沿うたやり方で働くことができるでしょう。それは西洋諸国の知的伝統の基準においてはあまり尊敬されてこなかった、もう1つの知性のあり方です。
 「思想の科学」を主催した鶴見らしい結論であり、民俗学を学ぶ自分にとってもうれしい結論だが、日本の村に思想のゆえに抹殺しないという伝統があるのだろうか。むしろ、抹殺されるような思想を持ち得なかった、といった方がよくないか。日々実直に生きることが思想だったのだから。