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バリケードの中のジャズ

2010年05月27日 21時33分19秒 | らくがき
 最近の田原総一朗があまり好きじゃない。政治家を前に結論ありきのような発言を繰り返すイヤなジジイになる前、昔の彼は病的に尖っていた。

田原「いろんな番組をいくつも作ってましたよ。例えば、全共闘くずれの連中の結婚式の取材に行って、列席者の男たちと花嫁がセックスをするというのを撮りに行ったの。(略)参列者は全員裸。もちろん僕ら撮影スタッフも全員裸。そしたら花嫁が「まずはディレクターとやりたい。やらないなら、この取材はなかったことに」と言い出した。(略)そのディレクターってのは僕なんだけどね(笑)。しょうがない。僕が裸になって。(略)やった。オンエアでは僕の背中とお尻が映ってましたよ。(略)しかもこれをゴールデンで放送したしね。『日本の花嫁』っていうタイトルだったね」(浅草キッド「濃厚民族」)
 吉田豪がインタビューした時、このエピソードに触れ、「だから、俺はAV男優1号なんだ」と自慢していた、という。

 今回ご紹介するのは、山下洋輔。最近スガダイローが気に入っていて、U-streamなどでライヴを見ているのだけれど、山下洋輔は彼の師匠にあたる。




田原「例えばね、山下洋輔って知ってる?(略)彼にどんなところでピアノを弾きたいか聞いたら、「弾きながら死ねればいい」と言ったの。じゃあ、弾きながら死ぬシーンを撮ろうと。当時は日本中の大学が全共闘運動で盛り上がっていた頃でバリケード封鎖中だった早稲田の大隈講堂からグランドピアノを持ち出そうってことになったの。そのピアノで法学部の地下ホールで演奏会をやろうと。そしたら学生たちが乱闘騒ぎになって、山下洋輔がピアノを弾きながら巻き込まれて死ぬだろうということで、これは面白いからやろうと。(略)実際やったんだけど、学生たちが来て乱闘騒ぎになるかと思ったら、みんな静かに聴いちゃってね(笑) これは誤算だったな~」

 この映像の7年後、ぼくはこの学校の隣の中学に入学して、電柱に「~の死を忘れるな」という水死体の写真入りアジビラを見てショックを受けることになる。
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2 コメント

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三無主義 (aquira)
2010-05-30 18:54:50
 日本は戦後、熱烈な志とその挫折をくり返し体験してきたように思います。熱狂的な天皇崇拝が戦後180度ひっくり返り、次に熱中した平和や憲法の理念は朝鮮戦争でなし崩し、学生運動は最後社会変革ではなく、殺し合いに変わっていく。
 三無主義とは、だから、ある意味で熱中に何度も裏切られてきた日本人の防衛本能のあらわれだったのかもしれません。
 日本ではあまり報道されていないのですが(なぜなら、マスコミ自身が当事者なので)、官房機密費が多くのジャーナリストたちに渡っていたそうです。「拒否したのは田原総一朗だけだった」と元官房長官が発言。このていたらく。
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皆が熱く真剣だった。 (Nancy)
2010-05-28 04:46:13
今のジャーナリストも政治家も自分の保身しか考えてないような気がします。
往年の田原総一朗はこのテのエピソードには欠かせませんね。
若い!山下洋輔。
せっかくのYoutube画像ですが、今勤務先なので音が出せずに残念です。
帰宅してから見よう。。
全共闘時代が終わると世の中の若者は三無主義とか言われてましたっけ。
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