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われはフランソワ

2006年03月13日 14時17分40秒 | 読書
「われはフランソワ」山之口洋著 新潮社

 フランソワ・ヴィヨン。パリ大学の大学士にして泥棒、人殺し。
 しかし、ヴィヨンの姿を確定する証拠はいかんせん乏しいものしかない。残された決して多くはない詩と伝説。中にはフランソワ・ヴィヨンの存在そのものを疑う人すらいる。
 とすれば、逆に彼くらい詳説向きの人物もいないわけで、断片的に残ったものを想像力で接ぎ木して、作家の力量によってはそこに見事な花を咲かせることもできるだろう。
 詩に見られるヴィヨンは、具体的な事物を詩に盛り込み現世的情念ぷんぷんたる姿をあらわしている。肉の匂いたっぷりの「太っちょマルゴー」などその典型だ。ここでのヴィヨンは客が来れば寝床を明け渡す、娼婦のヒモである。マルゴーの稼ぎが悪いと喧嘩になるが、
「ほどなく 二人は 仲直り マルゴーめ おれにむかって
 えんま虫の 放つやつより なお臭い 放屁を 一発
 にんまり笑って おれの首(こうべ)に 腕(かいな)を巻いて
 よう ようったら!と促して 股を 抓くる
 二人とも 酔っているので 独楽のよう ぐっすり 眠る
 ふと 目が覚めて マルゴーは 下腹が むずむずしてくると
 花の戸臍を 損ねじと おれの上に 婚(よば)い上がるが
 臀(いさらい)に 敷かれて おれは 音をあげて 俎板よりも 薄くなり
 飽くなきやつの 淫欲に ただ へとへと になるばかり
 おいらの 生活(みすぎ)の 拠りどころ この達磨屋で」

 ヴィヨンの新しさは、そうした自分への視線であろう。肉に溺れる自分をシニックに観察している自分、そしてそれによって表現される自分。中世が近代へと転換するポイントかもしれない。
 またその一方でヴィヨンの詩から読みとれるのは無常や諦念である。古今東西(いや、西だけか)の美女の栄華を歌い、その喪失を歌い、結局「去年の雪だってもうないじゃん」とはかなさを嘆く(そのかみの貴女のバラード)。
「われに告げてよ いずくに いかなる郷に
 ローマの 美姫の フロラは ありや
 ………中略………
 さもあれ 去年の雪や いずく」

 その諦念の出発点はやはり自分への視線である。自分なんてたいした存在ではない(その中には自分を含む人間そのものもあるだろう)。結局一時のものでしかない。
「つらつら 思うに このおれは
 日月 星辰 の 冠を 頭にいただく
 天使の 血筋なんか ではない」(遺言38)

 だから、
「たとえ あのパリースでも ヘレナでも
 死ぬものは みな 息が切れ 呼吸がとまる
 そのような 苦しみを経て 死んでゆく」(遺言40)
 
 苦しみ、無常。しかも、
「誰ひとり 身代わりに 立ってはくれぬ」

 彼の乱痴気騒ぎの原因にこうした無常はないだろうか。しかも、それでもなお、ヴィヨンは無常を感じている自分を見つめているのだ。

 こうした二面性を持つヴィヨンであるが、山之口洋の描き方は、どちらかというと前者に傾きがちな気がする。それは、主要な登場人物のひとりシャルル・ドルレアンのせいかもしれない。シャルル・ドルレアンとヴィヨンを対面させることによって、よりその違いをくっきりと明解にする必要があったからだろう。そしてこの無常を代表していたのがシャルル・ドルレアンであったので、ヴィヨンのその側面はあえて排除されたのかもしれない。したがって、ヴィヨンの歩みから無常観は払拭され、ちょっとした勘違い(セ・ラ・ヴィと言うやつだ)やルーツとなる血、人物との交流を柱に彼の人生が描かれている。
 ヴィヨンから無常観を奪ってまで成し遂げた対比は、確かにシャルル・ドルレアンの無関心、無常観、あるいは詩の技法としてのアレゴリー好きをヴィヨンと対比させ(一方のヴィヨンは生気溢れ、具体的な事物を読み込む詩の技法もオルレアン公と一対である)、シャープにその像を結んではいる。その二人の間で、生き生きとしたヴィヨンに心をひかれる若きマリー・ドルレアンというのも、だから納得できるだろう。しかし、ヴィヨンの衝動を血とするのはいかがなものか。理由付けとして安易ではないだろうか。
 中世、ベリー候のいとも豪華なる時禱書、一角獣のタピスリーってえ三題噺っぽい筋立て、ヴィヨンとマリー・ドルレアンの秘密の逢瀬、破天荒なヴィヨンを最後まで愛した父と母の姿、読ませるべきものがこの本にはたくさんあったような気がする。
 最後にも一ついちゃもん。
 歴史観が近代的すぎて、「フランス国軍」なんて言葉が飛び出してきたりする。ナポレオンの時代じゃあるまいしねえ。

 文中、ヴィヨンの詩の引用は佐藤輝夫訳を使いました。

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