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ベートーヴェン 弦楽四重奏曲第13番

2006年12月15日 10時32分17秒 | 音楽
 ベートーヴェンの12番以降の弦楽四重奏曲は、後期のピアノ・ソナタとともにぼくに限らず多くの人にとっても特別なものであると思う。ぼくはそこに歌われる音楽に、森有正の言う「祈りと慰め」を見出す。
 エンデリオン四重奏団の演奏は、大フーガを終曲と順番を入れ替えているので、自然の流れで大フーガを聴くことができ、まさにフーガとは祈りの形なのだ、と思い知る。
 フーガの最初は少し荒くし、フーガが重なるにつれ複雑なこのフーガの処理に磨きがかかってくるため、聴いている内にその祈りに引き込まれてくる。祈りとは、人間以外のものを想定してその超越者に救いや現世利益を求めることではない。むしろ自分自身への回帰、実存への回帰のことだと思う。ルオーの「郊外のキリスト」に現れる、あの小さな存在。小さな存在であると同時に歴史を作る実存する主体性、こうした実存への立ち帰りと言ってもいい。
 つまりキェルケゴールの「反復」と「祈り」とはぼくにとって同義語である。
 フーガが祈りの形であるということはそういうことだ。一つの主題が繰り返されるたびに立ち帰っているのだ。
 エンデリオン四重奏団の演奏は、この複雑なフーガにしっかりと向かい合って、素晴らしい成果を挙げている。聴き応えのある13番だった。
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