坊主の家計簿

♪こらえちゃいけないんだ You
 思いを伝えてよ 何も始まらないからね

渡来人

2012年12月09日 | 坊主の家計簿
【特に問題なのは、「平和を愛する諸国民の公正と信義に信頼して、われらの安全と生存を保持しようと決意した」という部分です。これは、ユートピア的発想による自衛権の放棄にほかなりません。】
(下記リンク5ページより)


【また、権利は、共同体の歴史、伝統、文化の中で徐々に生成されてきたものです。したがって、人権規定も、我が国の歴史、文化、伝統を踏まえたものであることも必要だと考えます。現行憲法の規定の中には、西欧の天賦人権説に基づいて規定されていると思われるものが散見されることから、こうした規定は改める必要があると考えました。】
(下記リンク14ページより)

http://www.jimin.jp/policy/pamphlet/pdf/kenpou_qa.pdf


我が国の歴史、文化、伝統…
茨城県大洗には『渡来人』という名前のラーメン屋があり、港町らしく魚介系スープが絶品らしいのだが、ここの大将に「我が国の歴史、文化、伝統」についての意見を是非聞いてみたいものだ。

日本にやって来て1500年程度の歴史、文化、伝統しかない仏教に『人権』の様な言葉があるのかどうかは不勉強なので知らないが、『仏性』という言葉はある。


【この世尊が入滅したあとに、正しい教えが消滅し、正しい教えの模範の教えが消滅しはじめていて、その教誡が高慢な僧によって攻撃されているとき、サダー=パリブータという求法者がいた。いかなる理由で、この求法者がサダー=パリブータ(「常に軽蔑された男」という意味)といわれるかというと、この求法者は、僧であれ、尼僧でであれ、男の信者あれ女の信者であれ、会う人ごとに近づいて、このように言うのであった。
『紳士諸君よ、わたしはあなたがたを軽蔑しません。あなたがたは軽蔑されていない。それは何故であるか。あなたがたは、みな、求法者の修行をしたまえ。そうなさるならば、あなたがたは完全な「さとり」に到達した阿羅漢の如来になられるでしょう』と。
このようにしてマハー=スターマ=プラープタよ、この求法者は僧でありながらも教えを説くことなく、経文をとなえることもなく、会う人ごとに、たとえその人が遠くにいても、彼は誰にでも近づいて、このように声をかけ、相手が誰であれ、このように言うのであった。
『淑女たちよ、わたしはあなたがたを軽蔑しません。あなたがたは軽蔑されていない。それは何故であるか。あなたがたは、みな、求法者の修行をしたまえ。そうなさるならば、あなたがたは完全な「さとり」に到達した阿羅漢の如来になられるでしょう』と。
マハー=スターマ=プラープタよ、この偉大な志を持つ求法者は相手が誰であれ、誰にでもこのように声をかけたのである。彼に声をかけられた者は、みな怒って、彼に悪意をもっただけでなく、不快の意をあらわにして罵り、悪口を言った。
『なぜこの男は、頼まれもしないのに、われわれに対して軽蔑の心をもたないと言うのであろうか。求法者の身でありながら、われわれがこの上なく完全な「さとり」に到達するだろうと予言するのは、身のほど知らずというもの、彼は自分自身を軽んじあなどるものだ。われわれはそのような偽りの予言などを欲しがってはいない。』
こうして、この偉大な志を持つ求法者が罵られ悪口を言われながら、多くの歳月が過ぎた。しかし、彼は誰に対しても怒らず、また悪意ももたなかった。彼からこのように声をかけられた人々は、彼に土塊や棒を投げつけたが、彼は遠くからかれらに大声を挙げて、
『わたしは、あなたがたを軽蔑しない。』
と、声をかけた。彼から始終声をかけられた自尊心の高い僧や尼僧や男女の信者たちは、彼にサダー=パリブータという綽名をつけた。
(中略)
そして、かつて彼が『わたしは、あなたがたを軽蔑しない』と声をかけ、彼にサダー=パリブータという綽名をつけた自尊心の高い人々は、僧であれ、尼僧であれ、男女の信者であれ、いずれも彼の勝れた着想力と智慧の力の威力を知って、彼からの教えを聴くために、みな彼の随行者となった。彼はこれらすべての人々を鼓舞して、他の幾千万億の人々とともに、この上なく完全な「さとり」に到達させた】
(法華経・常不軽菩薩品より。但し、岩波文庫『法華経・下』133~139より)


【特に問題なのは、「平和を愛する諸国民の公正と信義に信頼して、われらの安全と生存を保持しようと決意した」という部分です。これは、ユートピア的発想による自衛権の放棄にほかなりません。】


『縄文』『弥生』と呼ばれた時代を含めて他にどの様な素晴らしい『人権』的な考え方があるのかどうか知らないが、『臣下』や、『(天皇の)赤子』というのはイヤ。
一切衆生悉有仏性というユートピア的発想の方がエエ。