内藤やすお|演歌十八番

内藤やすおブログ

皇國興廃在此一戦

2014年08月03日 | 日記


1905年(明治38年)5月27日の『日本連合艦隊』の『旗艦・三笠』の甲板で『東郷平八郎元帥』を中心に『秋山真之参謀』他の軍の幹部達が集まっている所の絵画です。『日露戦争』とりわけ『日本海海戦』を語る時には必ずと言っても良い程この『絵』が紹介されますよね!



昨日、ご紹介した横須賀『猿島行きの桟橋』の有る『三笠公園』に、当時の『旗艦三笠』を再現・復元して、一般に開放している公園の中央に『日本連合艦隊司令長官・東郷平八郎元帥』の銅像が建っております。



『皇國の興廃 在此一戦』と刻まれた石碑と共に…当時の『ロシア帝国』の『バルチック艦隊』と日本海対馬海峡を挟んでの大海戦で、一夜にして日本連合艦隊の数倍にも誇る敵を完膚無きまで撃滅し大勝利を収めた『日本海海戦』は、この『皇國の興廃 在此一戦』とZ旗と共に連合艦隊全艦に電報を打った時から『歴史的・奇跡的』な大勝利の海戦が始まりました。



『連合艦隊作戦参謀』の『秋山真之中佐』です。東郷元帥に『智謀如涌』と言わしめ。この戦いで勝利を導く作戦を立てた軍人…この『皇國の興廃…』の原文は『皇國の興廃繋がりて 此の佂戦に在、粉骨砕身 各員其の任務を全うせよ』と有ったのを、明瞭簡潔に書き変えて、その上、この海戦当日の荒れた天候も、『本日天気晴朗なれど波高し…』と一行加えた『名文』が、この『名参謀の名参謀』たるところ…



話しが飛んじゃいますが…私『尺八』を吹きます!ホラも吹きますが『尺八』はホントです!
なんで『尺八』を?…なんてよく聞かれますが、実はこの『東郷平八郎元帥』の率いる『連合艦隊』に私の『尺八吹き』のルーツが有ります。

時あたかも『明治38年5月27日早朝』敵の『バルチック艦隊』の発見と共に『Z旗』の掲揚と『皇國興廃在此一戦』との電文で、まさに『戦闘開始』…戦士が興奮し昂ぶる気持ちを落ち着かせる為か、おもむろに甲板に登って『尺八・千鳥の曲』を平然と吹いた『東郷元帥』…『司馬遼太郎』の小説『坂の上の雲』によると尺八を吹いたのは秋山真之参謀の同僚で、『浅間艦長の八代六郎』と言う『豪快で風流な』軍人となっています…いずれにしても『明治の軍人』は『侍揃い』でしたよね…
私もこの話を聞いて『あやかりたい』と『尺八』のお師匠さんの門をくぐった訳です。が…私の場合は『粋』『風流』どころかもし当時にこの『艦隊』私がに乗っていたら『尺八』どころか『ちょいワルおやじのセレナーデ』なんかを、これから始まる大海戦の『怖さ凌ぎに』歌っちゃっていたかも…



『皇國興廃在此一戦 各員一層奮勵努力』 

東郷平八郎元帥、直々の書です。日頃の怠慢と全く努力なしの私を自ら諫めようと、早速事務所に貼りました…貼りましたけれど…今更『グータラ生活』『他力本願』『短慮軽率』な私の性分は変わりそうも有りませんなぁ…

『本日、天気晴朗なれども 金もなし…』…『頭ぁ右ぃ敬礼!』
コメント (34)