内藤やすお|演歌十八番
内藤やすおブログ







24日は 『隼トシヒデ&シーバード』の生バンドによる歌の会のゲストとして参加して来ました。
この会は毎月一回の定期開催で、私は今回が三回目の出演でした。

主催は、最近私のライブ『演歌十八番』にも司会や漫談的トークでお力をお借りしている『詠ミー女史』です。彼女は司会業を中心に作曲活動も積極的にこなしー、またイベントプロデューサーとしても活躍中の男顔負けの『快女子』でもあります。



その『男顔負け』の『詠ミーさん』でございます。年齢不詳・・・・前歴も不詳!! オイオイと分かって来るのでしょうが、とにかく精力的・積極的・バリバリの人です。

この日は珍しく歌もサービスしていました。佐々木新一さんが歌っている『ふたりの故郷』って歌も彼女の作品です。この人の発案で『着物演歌五人衆』なる企画も進行中で、近い内にお披露目の会もあると思いますのでお楽しみに・・・・勿論、私『内藤やすお』もメンバーに入っております。また、先日も『中国』からも演歌の視察に来た人からの招聘を受けて『中国演歌公演』も予定されおります。これは私もハリキッテ参加決定です。これは結構高いギャラと聞いており今から楽しみな企画です。



ラッパを吹いている人が『隼トシヒデ先生』です。『長山洋子』のステージの専属バンドとして活躍しておりますが、先生の作曲・編曲している演歌・歌謡曲は100曲以上の登ります。注意して聞いてみると、アッ !この歌も『隼トシヒデ』の作・編曲だと嬉しくなっちゃいます。この『生バンドで歌う会』は一般の歌好きの―人が中心です。普段はカラオケで歌っていて『生バンド』で歌った事の無い人には、是非薦めしたいなぁ・・と思います。とても気持ち良く、多少リズムやテンポがずれてもチャンとバンドが歌い易く合わせても呉れますから・・・



先日の私主催の『屋形船ライブ』のゲストにお招きしたキングレコードの『舞さくらさん』もこの『生バンドで歌う会』のご常連です。持ち歌の『東京スカイツリーの歌』で頑張っております。勿論この日も・・・普段は着物ですがこの日は珍しくドレス姿で・・・いつも決まって追っかけの『おじさん達』を数名引き連れて来ています。綺麗なオナゴは得ですよね!!



前回は着物でど演歌でしたが、今回はタキシード姿で『ちょいワルおやじのセレナーデ』と『俺はみちのく色男』を・・・そしてもう一曲サービスに『鏡五郎さん』の『男ごころ』を歌いました。

次回の開催日は5月29日の水曜日です。初心者の方もご゛参加大歓迎です。騙された積り一度来て見たら・・・きっと歌好き倍増・上手さも倍増間違いなしですぞ!!参加費も格安で3500円。


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『 名残りつきない はてしない 別れ出船の 鐘がなる 思い直して あきらめて 夢は潮路に 捨ててゆく・・・ 』

『田端義夫』の『別れ船』と言う歌です。
この歌を私が初めて歌ったのは何年前だったでしょうか・・・この歌は戦時たけなわ昭和15年、私の生まれる5年も前に出来た歌ですから私達戦後生まれの子供時代から自然と耳にしており、気が付くと良く口ずさむ様になっておりました。 まだカラオケも無い時代でした。私は今でも『別れ船』は愛唱歌の一つでもあります。今になって思うに、この歌は軍歌なんですよね、所謂『出征兵士』を戦地へ送る歌なのです。

『 さようならよの 一言は 別れなりゃこそ 強く言う 肩を叩いて ニッコリと 泣くのじゃないよは 胸の内・・・ 』

この歌を歌った『田端義夫・バタヤン』が25日に逝きました。94歳でした。



『田端義夫』は『バタヤン』と言う愛称で呼ばれ、ステージでは『オース!』と愛用のギターを抱えて登場し、独特の『田端節』で戦中・戦後、そしてついこの間まで変わらぬスタイルで歌謡フアンを魅了しておりましたよね。

私の大好きな『別れ船』の他にも、代表作となった『波の背の背に ゆられて揺れてェ・・・』の『帰り船』 『あれをご覧と 指差す肩にィ・・・』の『大利根月夜』 『真帆かた帆 歌を乗せて歌ァう・・・』の『ふるさとの燈台』 『赤い蘇鉄の 実も熟れる頃ォ・・・』の『島育ち』 『私が 貴方にィ 惚れたのはァ・・・』の『十九の春』など、みんなイイ歌ですよね! 全部殆どソラで歌えます。



『バタヤン』は三歳の時に父親を亡くし、子供の頃からそれはもう大変な『赤貧生活』を強いられて『栄養失調』で『片目の視力』が殆ど無くなってしまった様です。歌手になってからは天性の明るさと気取らない人柄で、出す歌出す歌が大ヒット。病魔で倒れるまで『歌一筋』の人生でしたね。時代と共にこの人の歌を歌う人も少なくなりましたよね、残念です。

『小林旭』や『ドリフターズ』も歌ってヒットした『ズンドコ節』の元祖も『田端義夫・バタヤン』だったは・・・昨日初めて知りました。 今日は『田端義夫』を偲んで『バタヤン』の歌を全部カラオケで歌います。戦争を知らない人達も『バタヤン』の歌を歌い繋げて欲しいものです。

ご冥福をお祈り致します・・・・『合掌』


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22・23日と一泊で箱根宮城野温泉に行って来ました。

サラリーマン時代の、健康保険組合の保養施設です。ここの健康保険組合から企業年金も頂いており、この保養所を利用するのも一泊只みたいなもので利用しない手はありませんよね。

日頃からお世話になっている方達を誘っての箱根旅行、東京から車で1時間と少しで箱根宮城野温泉郷まで、何度も行っているのでちょっとしたドライブですアッと言う間に着いちゃいます。。日頃の行いも良いのでしょう、前日雨・強風もピタッと止み快適な東名高速、そして箱根・強羅宮城野温泉へ!

ここの保養所はちょっとした高級ホテル並み、料金の割には食事も部屋も温泉も最高です。



芦ノ湖畔の『箱根園』の『大島桜』です。樹齢100年以上の一本の桜の樹に左右50メートル位の見事な枝に満開の桜の花を咲かせていました。芦ノ湖は海抜700メートル、この桜は今年の温暖のせいで例年より一週間も早く満開を迎えたそうです。丁度、私達の箱根遠征に合わせた様に・・・・おりしもTBSテレビでこの『大島桜満開』のニュースが流れたせいか、デジカメを持った花見客でイッパイでした。



仙石原から静岡に向かって『乙女峠』を登った処にある『茶屋』から見る『富士山』は私的には『日本一の絶景』です。なにしろお山の左右の裾野まで一望に臨める、内緒にしておきたい『富士』と対面場所です。天気の都合でこの様な全景はナカナカ見られませんが、やはりこれも『日頃の行い』が良いせいか、丁度も、この『茶屋』に付いたころ、山超に罹ったいた雲も流れて、綺麗な稜線がはっきりと、実はこの写真が撮れるまで三回も『乙女峠』に挑戦しちゃいましたが・・・



大涌谷の名物、『黒玉子』です。五個入って五百円。箱根に行くと必ずロープウエィに乗って大涌谷にこの『黒玉子』を買いに行きます。この大涌谷の噴火蒸気で茹でた『黒玉子』を一つ食べると、寿命が七年も伸びるそうです。私なんかは、行くたびに食べていますので、何年も何年も寿命が・・・合計50個は下りません、恐らく死ぬまで寿命も延びるでしょうね!!



ちょっと贅沢かなぁ・・・箱根湯本の高級ホテルの中にある『ステーキの鉄板焼き』です。
ここにも、良く寄ります。昼のステーキランチが美味しくて、目の前でコックさんが肉を焼いてくれます。程良い処でワインを肉に掛けてパッと炎を・・・このパフォーマンスが料理を更に美味しくしてくれます。



このステーキ屋のちょっと先には・・・



『玉簾の滝』と言うパワースポット・『縁結びのスポット』もあります。ここも箱根湯本の高級ホテルの庭園内にあって、知る人ぞ知る箱根観光スポットの一つです。今さら『縁結び』には『縁』も無い私ですが、箱根遠征の最後には必ず立ち寄る所です。

温泉と上手い料理・お酒で贅沢もチョッピリ・・・さぁて頑張って歌でも歌う事に致しましょう!!


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このCDを知っている人は相当な演歌ツウでしょう・・・

あの一世を風靡したデュエット曲『麦畑』のCDです。 もう20数年も前になります。
この『麦畑』は未だにカラオケで皆さん『デュエット』で盛り上がっておりますよね。一般的には『オヨネーズ』のデュエットソングが有名ですが、競作で『麦ふみスターズ』というコンビもCDを出しているのです。そのCDがこれなんです。何でも発売以来30万枚も売れたそうです。

『おヨネさん』と『松ッァン』の麦畑のなかでの微笑ましくも純な掛け会いがうけたのでしょうね!!



ご本人は内緒にしている訳でもないのでしょうが、実はその『麦ふみスターズ』の『松ッァン役』は、私がいつもラジオ番組でお世話になっている『北川圭二さん』なのです。私のブログにもチョクチョクご登場していますが、『北川圭二』の他に『渡辺勝彦』と言う歌手名で活躍もしており、知る人ぞ知る名物歌手でもあります。ラジオ番組も『ラジオ日本』『南日本放送』『熊本放送』『長崎放送』『北陸放送』『信越放送』『新潟放送』『茨木放送』と演歌番組を中心にプロデューサーとして、パーソナリティとして大活躍中です。軽妙なオシャベリとゲスト歌手を上手く乗せる話術は凄いものがあり、私のトークの先生でもあります。私は『北さん』のお世話で『ラジオ日本』の『内藤やすおの童謡ナイト』のパーソナリティで話術を鍛えられております。『北さん』の歌手人脈は幅広く、大体のメジャー歌手も一度ならずお世話になっている筈です。飾りっけのない、柔らかいモノゴシがこの人の魅力でしょう・・・・



1997年には歌手名『渡辺勝彦』として『日本エンカフォン』から名曲の『流れて津軽』とカップリング曲『ふたり坂』を出してもおります。一度聴いた人は、その歌い方・歌声の魅力に取りつかれる程の上手さがあります。それもその筈です、実は歌手歴も45年にもなり、あの『あぁ上野駅』を唄った『井沢八郎』の兄弟弟子として名匠『大沢譲二先生』の門下生だったのですから・・・・



私のライブ『演歌十八番』のゲストとして何回か来て歌ってくれました。持ち歌の『流れて津軽』や『ふたり坂』は勿論ですが、井沢八郎さんが歌っていた『北海の満月』は絶品中の絶品です。一度、皆さまに聴いて戴きたい渡辺勝彦の『演歌の真髄』です。

また機会をみて、私の『演歌十八番ライブ』のスペシャルゲストにお招きしたいと思っております。その際には是非とも『中野芸能小劇場』にお越し下さい!!



歌声は聴けませんが、せめて格好だけでも・・・

長年の歌手生活にラジオ番組のプロデューサー稼業の『北川圭二・北さん』です。歌謡界・演歌界の生き字引です。 案外『ヨイショ』も効く処もある、私の『お師匠さん』でございます。

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演歌歌手の『嶋三喜夫さん』です。

先日、中野ブロードウエイにあるCDショップ『中野名曲堂』に3月に出した新曲『ふるさとが聞えるcw月の渡り鳥』のキャンペーンに来ました。

ご承知の事と思いますが『嶋三喜夫』さんは、三橋美智也の歌に感銘を受け、付き人として15年間も『三橋美智也』に使えて、46歳と言う高齢で『夜汽車は走る』で歌手デビューをした苦労人です。

歌声も『三橋美智也調』で独特の高音と節回しが売り物です。



『嶋三喜夫先輩』とは、2011年の11月に『鏡五郎コンサート』のゲストとしてご一緒のステージに上がった時から親しくお付き合いをさせて頂いております。当時は、体調も壊して二年間のブランクの後、インディーズとして本名の『島田あきお』での出演でした。・・・が、歌声は少しも衰える事もなく往年の『嶋三喜夫そのもの』でした。楽屋もご一緒で、その飾らないお人柄には、『その他大勢・大部屋歌手』の私には感銘したり・勉強になる事が沢山ありました。

『夕焼け慕情』で日本クラウン移籍第一弾で、何と30万枚も売り上げ、そして第二弾の『ふるさとが聞える』をもって只今キャンペーンにステージにと頑張っています。この日もキャンペーンが始まる前から、咽喉の調整か大声で持ち歌を唄っておりました。

初めて聞いた話ですが、子供時代は暫らく『養護施設』で暮らしていたそうです。こんな苦労話をさも懐かしそうに話していた『嶋三喜夫さん』・・・ふるさと演歌・叙情演歌の心が歌えるのは、そんな過去があったかからか知れませんね! とにかく『人懐っこい人』『飾り気のない無垢な人』って感じの歌手です。




歌手らしくない地味な衣装でのキャンぺーンでしたが、歌には絶対の自信があるのが横で聴いていて良く分かりました。 師匠の『三橋美智也』や同じ年代の『春日八郎』の歌も、この人ならではの『味』で集まったお客さんに大サービスで歌っていました。




キャンペーン会場の『中野名曲堂』に私が居るのが不思議に思ったのか、歌の合い間には何度も私の名前や出会いの経緯なんかを喋っておりました。

髪の毛は真っ白ですが、私より二歳年下の今年65歳!髪も染める事なく『地』のまま『自然体』が『嶋三喜夫先輩』の持ち味なのでしょうね・・・・

『内藤ちゃん・・・今度一緒に仕事をしようね』なんて言ってくれたりして、ひょっとして、私のライブ『演歌十八番』のゲスト出演も実現するかもね・・・乞う・ご期待です!!

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