ダウンワード・パラダイス

「ニッポンって何?」を隠しテーマに、純文学やら物語やら、色んな本をせっせと読む。

ノックスの十戒/ ヴァン・ダインの二十則/SF十則 ほか

2019-12-04 | 物語(ロマン)の愉楽
 ミステリーおよびSFにおける約束事……というか、作り手と読み手とのあいだにあるべきマナーみたいなもんですね。「物語」について考えるうえで有益なので、取り纏めて、メモとしてアップしておきましょう。



ノックスの十戒


01 犯人は物語の当初に登場していなければならない。
02 探偵方法に超自然能力を用いてはならない。
03 犯行現場に秘密の抜け穴・通路が二つ以上あってはならない(一つ以上、とするのは誤訳)。
04 未発見の毒薬、難解な科学的説明を要する機械を犯行に用いてはならない。
05 中国人を登場させてはならない[註]。
06 探偵は、偶然や第六感によって事件を解決してはならない。
07 変装して登場人物を騙す場合を除き、探偵自身が犯人であってはならない。
08 探偵は読者に提示していない手がかりによって解決してはならない。
09 “ワトスン役”は自分の判断を全て読者に知らせねばならない。
10 双子・一人二役は予め読者に知らされなければならない。


[註]この「中国人」については議論があるが、一般には、フー・マンチューのような万能の怪人のことを指すとされている。フー・マンチュー博士(Dr.Fu Manchu, 傅満洲博士)はイギリスの作家サックス・ローマーが創造した架空の中国人。東洋人による世界征服の野望を持ち、西欧による支配体制を破壊すべく陰謀をめぐらせる。




ヴァン・ダインの二十則




01 事件の謎を解く手がかりは、全て明白に記述されていなくてはならない。
02 作中の人物が仕掛けるトリック以外に、作者が読者をペテンにかけるような記述をしてはいけない。
03 不必要なラブロマンスを付け加えて知的な物語の展開を混乱させてはいけない。ミステリーの課題は、あくまで犯人を正義の庭に引き出す事であり、恋に悩む男女を結婚の祭壇に導くことではない。
04 探偵自身、あるいは捜査員の一人が突然犯人に急変してはいけない。これは恥知らずのペテンである。
05 論理的な推理によって犯人を決定しなければならない。偶然や暗合、動機のない自供によって事件を解決してはいけない。
06 探偵小説には、必ず探偵役が登場して、その人物の捜査と一貫した推理によって事件を解決しなければならない。
07 長編小説には死体が絶対に必要である。殺人より軽い犯罪では読者の興味を持続できない。
08 占いや心霊術、読心術などで犯罪の真相を告げてはならない。
09 探偵役は一人が望ましい。ひとつの事件に複数の探偵が協力し合って解決するのは推理の脈絡を分断するばかりでなく、読者に対して公平を欠く。それはまるで読者をリレーチームと競争させるようなものである。
10 犯人は物語の中で重要な役を演ずる人物でなくてはならない。最後の章でひょっこり登場した人物に罪を着せるのは、その作者の無能を告白するようなものである。
11 端役の使用人等を犯人にするのは安易な解決策である。その程度の人物が犯す犯罪ならわざわざ本に書くほどの事はない。
12 いくつ殺人事件があっても、真の犯人は一人でなければならない。但し端役の共犯者がいてもよい。
13 冒険小説やスパイ小説なら構わないが、探偵小説では秘密結社やマフィアなどの組織に属する人物を犯人にしてはいけない。彼らは非合法な組織の保護を受けられるのでアンフェアである。
14 殺人の方法と、それを探偵する手段は合理的で、しかも科学的であること。空想科学的であってはいけない。例えば毒殺の場合なら、未知の毒物を使ってはいけない。
15 事件の真相を説く手がかりは、最後の章で探偵が犯人を指摘する前に、作者がスポーツマンシップと誠実さをもって、全て読者に提示しておかなければならない。
16 余計な情景描写や、脇道に逸れた文学的な饒舌は省くべきである。
17 プロの犯罪者を犯人にするのは避けること。それらは警察が日ごろ取り扱う仕事である。真に魅力ある犯罪はアマチュアによって行われる。
18 事件の結末を事故死や自殺で片付けてはいけない。こんな竜頭蛇尾は読者をペテンにかけるものだ。
19 犯罪の動機は個人的なものが良い。国際的な陰謀や政治的な動機はスパイ小説に属する。
20 自尊心(プライド)のある作家なら、次のような手法は避けるべきである。これらは既に使い古された陳腐なものである。
犯行現場に残されたタバコの吸殻と、容疑者が吸っているタバコを比べて犯人を決める
インチキな降霊術で犯人を脅して自供させる
指紋の偽造トリック
替え玉によるアリバイ工作
番犬が吠えなかったので犯人はその犬に馴染みのあるものだったとわかる
双子の替え玉トリック
皮下注射や即死する毒薬の使用
警官が踏み込んだ後での密室殺人
言葉の連想テストで犯人を指摘すること
土壇場で探偵があっさり暗号を解読して、事件の謎を解く




補足) いずれもwikipediaより。少し文章に手を加えたほかは、ほぼ丸写し。どちらも20世紀の初頭に発表されたもので、あくまでも指針であり、必ずしも厳守せねばならぬわけではない。あえてこれを破ったトリックやプロットを用いた名作も多い。その点、以下の「SF十則」のほうは、ずっと後に作られたものだけあって、「付則」がよく効いている。




 追記として。こんなのもありました。


チャンドラーの九命題


 01 事件の状況や結末には、読者を納得させられるだけの理由を付けなければならない。
 02 殺人および捜査方法に技術的なミスは許されない。
 03  登場人物や作品の枠組み、雰囲気にリアリティーを持たせる。
 04 プロットには精密さと面白さが必要である。
 05 物語の構造は読者に分かりやすい単純なものが望ましい。
 06 事件は必ず現実的に解決されなければならない。
 07 テーマは謎解きか冒険譚かのどちらか一つにする。
 08 犯人は物語終了時までに罰を受けなければならない。
 09 作者は読者に対して情報を隠してはならない。



 ……では、ここからはSFのほうに。


SF十則


01 日常の現実から多少とも飛躍した設定を基礎として成り立っていなければならない。
02 その設定は現実と全然相容れないような種類のものであってはならない。
03 その設定の上に立つ物語の展開に内部的矛盾があってはならない。
04 飛躍の次元の異なる二つ以上の設定が混在してはならない。
05 設定と無関係な小説作法上の意図があってはならない。
06 設定そのものの価値とは別途に、小説としての価値がなければならない。
07 みだりに難解な科学理論や述語を駆使し、またはそれで粉飾してはならない。
08 科学常識上明白な明白な誤りを犯してはならない。
09 夢ないしは類似の安易な解決を用いてはならない。
10 ヒューマニズムを見失ってはならない。


付則)この十則を墨守しようとしてはならない。




 石川喬司『SFの時代』(双葉文庫)からの引用。日本SF界の草分け、雑誌「宇宙塵」の39号に載った。1960年代の話である。「付則」がよく効いている。そうでなければ、筒井康隆さんの初期ブラックユーモア作品群なんてほとんどが引っかかる。なおこの十則はのちに、「ハードSF十則」として、より洗練された形に整えられた。


ハードSF十則
01 その作品は多少とも架空の設定を基礎に据えていなければならない。
02 その設定は現実世界とまったく相容れないものであってはならない。
03 その設定の上に立つ物語の展開に内部的な矛盾があってはならない。
04 作品の内部に飛躍の次元の異なる複数の設定が混在してはならない。
05 基礎となる設定とは無関係な小説作法上の意図があってはならない。
06 設定自体の価値とは別途に文芸作品として価値がなければならない。
07 難解な科学技術の理論や用語で粉飾しあるいは韜晦してはならない。
08 日常的な科学知識に照らして明白な誤りが含まれていてはならない。
09 夢ないしはそれと類似の安易な解決で物語を終わらせてはならない。
10 作者は自分の作品を読む相手が人間であることを忘れてはならない。




追記02)


ノックスの十戒やハードSFの十則に触発されて、山本弘さんが自著『トンデモ本?違う、SFだ!RETURNS』で提起した現代版シリアスSFの十戒


01 異星人は人間そっくりであってはならない
02 異星人は人間と同じように思考してはならない
03 未来を描くのに現代のテクノロジーをそのまま出してはならない
04 登場人物同士は彼らにとっての常識を口に出して説明してはならない
05 SFでなくても成立する話をSFにしてはならない
06 パラレルワールドは筋の通った社会でなくてはならない
07 SFガジェットは論理的に正しい使い方をされなくてはならない
08 使い古されたオチを安易に使用してはならない
09 未来の宇宙には日本人と白人以外の人もいなくてはならない
10 設定上の要請以外で科学的に間違ったことを書いてはならない

 この山本さんの十戒については、「なるほど。」と思うところと「うーん……。」というところが混在している。分類基準がいささか錯綜しているように思えて、ここではコメントできない。自分なりにもう少し考えてみたい。




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