ダウンワード・パラダイス

「ニッポンって何?」を隠しテーマに、純文学やら物語やら、色んな本をせっせと読む。

宇宙よりも遠い場所・論 52 宇宙よりも遠い場所 10

2019-01-18 | 宇宙よりも遠い場所
 「ブリザードの夜」での報瀬とキマリの対話から(あのシーンではキマリの顔がさかさま、すなわち報瀬視点だった)、「青春できた!」を転機に「南極青春グラフィティ」ふうの麗しいスケッチへと移り、報瀬のナレーションで残りの旅程をきれいにまとめて、ついに一行は「内陸基地」に到着する。

 「49 内陸基地とはどこなのか?」で述べたとおり、がっしりしたリアリズムで補強されてはいても、この「最後の旅」は、あくまでも報瀬が「喪の仕事」を執り行うための「象徴の旅」だ。だから到達点であるこの基地も、けして、こと細かには描かれない。
 名称を示す看板は半ば雪に隠され、その外観も、周辺のようすも、はっきりとは描かれないのである。
 そしてじつは、ここはまだ「宇宙(そら)よりも遠い場所」ではない。いわばその入り口にすぎない。




かなえ「久しぶりね」
藤堂「待たせた。まだまだ待たせるけどね」
黒い帽子は弔意であろう


 たしかに……これは先が長そうだ。「大丈夫なんですか? それで」と訊く日向に、かなえは「大丈夫なわけないでしょ。このあと土台直して建物たてて、一個一個部品運んで望遠鏡つくって」と答える。
 そして藤堂は、「小淵沢天文台ができるのはそうとう先だけど……でも」と呟くようにいって、


涙を流す


 それを見た報瀬。この顔でぽつりと、


思い出してるんだろうね……お母さんと見たときのこと


 藤堂にはこの場において想起しうる貴子との思い出がある。報瀬には何もない。
 これではだめだ。あのとき食堂で、「もし行って何も変わらなかったら、私はきっと、一生いまの気持ちのままなんだ」といった、「一生いまの気持ちのまま」の表情ではないか。何も変わっていないではないか。
 これではいけない。そして、これではいけないということに、3人が気づかぬはずもない。
 とりわけこの人。







 キマリの泣き顔から、次のカットはいきなりジャンプしてこれだ。11話の流れるような「連係プレー」も素晴らしかったが、こちらはそれとはまったく対照的な、しかし負けず劣らず鮮やかな編集といえる。





 そしてここが、この場所こそが「宇宙よりも遠い場所」にほかならない。冥府。あるいはそれこそ記紀神話をすら彷彿とさせる「根の国」のイメージ。櫛の歯に灯した火のかわりにランプを掲げ、軽々と閾(しきい)を突破して、3人はそこに駆け込んでいく。おずおずとその後を追う報瀬は、手に何も持ってはいない。
 結月の「友達が欲しい」が一人ではできなかったように(当たり前だが)、日向が一人では「過去との訣別」を果たせなかったように(それが自分の課題であるとも意識していなかった)、キマリの「青春、する。」が一人では為しえなかったように(4人で共に在ることのすべてが、キマリにとっての「青春」だ)、報瀬もまた、一人では「喪の仕事」に取り掛かることができなかったのだ。



 報瀬「お母さんの物なんて見つかるわけないでしょ。もう3年も前なんだし」



 キマリ「わからないよ!」



 日向「そうだぞ、逆にいえば、3年前からだれも来てないってことなんだから!」



 報瀬「いいよ、見つかるわけないよ」



 キマリ「諦めちゃダメだよ」



 キマリ「なんでもいい。一コでもいいから」

 報瀬「いいよ……」



 日向「よくない!」
 
 報瀬「見つからないよ」
 
 結月「なんで言い切れるんです?!」



結月は手袋を脱ぎ捨てる



 報瀬「いいよ……ここに来れただけでじゅうぶん」



 報瀬「ちゃんと目的は達成したから。お母さんのいるところに来れたから。……ありがとう。だから……もう」



 キマリ「よくない! ここまで来たんだよ! ここまで来たんだもん。一コでいい。報瀬ちゃんのお母さんが確かにここに居たって何かが……」





 日向「キマリ!」
 結月「報瀬さん!」



 駆け寄るキマリ。



 日向「これ!」


 おそらく日向と結月が同時に見つけたパソコン
 貴子と報瀬とを媒介するその通信器具が




 まずキマリに手渡され




 キマリの手から
 


 報瀬にわたる




 ふかい吐息。






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