栄光イレブン会

栄光学園11期卒業生の親睦・連絡・活動記録

ブログ開設:2011年8月23日

きよちゃんのエッセイ (49)”散髪” (Okubo_Kiyokuni)

2016年03月05日 | 大久保(清)

散髪

 

 台所に新聞紙を敷き、小さな丸椅子に腰を掛ける。使い古したネッカチーフを肩にかけ、顎の下で結び背筋を伸ばすと、おもむろに家内の鋏が動き出す。家の散髪屋さんにお世話になってからもう何年経っただろうか。街の理髪店に出向いて髪を刈ってもらっていたが、毛髪の処理単価が著しく高くつくようになり、年金生活者に見合った対策を家内共々工夫しあって今にいたっている。

 散髪が終わり、新聞紙の上に薄っすらと白く積もった、糸くずのように細い髪の散らばりを拾ってみても、指先でつまめるほどしかない。―この分量で大人の一般料金を支払っていたなんて、馬鹿みたいーと少し得した気持を家内と共に分かち合う。

 昔は、若作りの茶髪のおじさんを指名し髪を刈ってもらっていた。最初に訪れた折りに感じもよく、とても丁寧に対応してくれたので、それ以来の付き合いである。

当初は、鋤きバサミで全体を大胆に鋤き落とし、一度、床に積もった髪の毛を掃除し終えてから、おもむろに髪を揃える作業に入っていた。やがて、側面を睨みながら、探るように慎重に鋏を入れ、数ミリずつ念入りに切っていく。

額と頭頂部は見向きもしなくなった。所定の時間をこなすかのようにマッサージの手も念入りだ。しばらくこの状態が続いたが、一ヶ月に一度の散髪が、やがて2ヶ月に一度になる頃、自宅の散髪屋に代わることになったのだ。

 家内の散髪は大きな裁ちはさみを片手に、指で髪をひっつかむようにして、部分、部分をバサッリと切っていく。いつも心配になり鏡を覗くが、不思議に面が揃って切られており、人前に出てもおかしくない。大バサミで切り終えるとシェーバーを使い、もみあげ用に刃先を調節し、簡易バリカン風に襟先を揃えていく。

 当初、7:3に分けていた髪は、サッカー言葉で言えば、サイドよりセンターへのパスがとどかない状況になり、8:2、そして9:1まで追い詰められた。これにあわせて、側面も短めに、短めに調整し、全体で薄めの感じになってきたが、ここで思わぬ副産物が飛び出してくる。いつものように、頭頂部は目もくれず側頭部を刈り上げていた家内が、少し嬉しそうな声を上げた。

―あんた、つるつる頭にうぶ毛が生えだしているわよ、これ本物みたいだから、大事にしないとー、それを見ていた息子も覗き込み、嬉しそうに頭をさすってくる。

 三面鏡の前に立ち点検すると、確かにうぶ毛は密度を増し、これからの楽しみが一つ増えた気もする。失うものがあれば、得るものもあるのだ。高年期障害なのか、七十肩でリハビリに通っている身だが、老人に夢を与えてくれたうぶ毛の成長を、これからの楽しみに、家内共々じっくりと見守っていくつもりだ。

コメント
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