栄光イレブン会

栄光学園11期卒業生の親睦・連絡・活動記録

ブログ開設:2011年8月23日

きよちゃんのエッセイ (154) ”音の風景(2)”(Okubo_Kiyokuni)

2022年10月02日 | 大久保(清)

音の風景(2)

この歳になると、むかし耳に馴染んでいた音がとても懐かしく思えてくる。最近、切符を切る音を耳にしない。こちらが通勤していた時代、よく見られていた光景だが、駅では切符にはさみを入れていた。改札の柵の中で視線を宙に泳がしたまま乗客を待つ改札係のおじさんの手の中で、カチカチカチッ、カチカチカチッと鳴り続けていたリズミカルな音が、一瞬、ピタリと止まり、乗客の差しだす切符をつかむや、カチッという、小気味よい音にかわる。今は自動改札の世界、効率化で人が消え、音も消えた。もう少し昔の音を探してみよう。特急、急行の長距離列車の指定券を購入する際は、指定された国鉄の駅のみどりの窓口に行かねばならなかった。係員がこちらの希望する列車名を入力し、さらに、日付、乗車区間などの情報を入れるべく操作盤に小さな棒のようなものが差し込まれてゆく。その様子をカウンター越しに聞き耳を立て、息をつめたまま見守っているが、操作盤は沈黙したまま何も反応しない。残念ながら希望の指定券は完売しているのだ。だが、運がよく、希望列車の切符がとれた時、カタカタ、カタカタ、と小気味よい連続音が鳴りだすと同時に、ソロソロ、ソロソロと、指定席券が吐き出されてくる。この幸せの、カタカタ音はいまだに耳の奥に残っている。切符にまつわる音はもうないだろうか、と耳をすましてみると、また見つけた。出発の慌ただしい時間も過ぎ、指定席に収まった乗客たちが窓の外の景色を眺める余裕がでてきたころ、車内検札のために車掌さんが通路を歩いてくる。各人が切符をみせると、手に取り、チラッと眺め終わると、検札用のはさみで切符に刻印を打ち込む。ここでは切符を切らず、押すだけなので、プチッと弱々しい音が聞こえる。

この検札の時間に発せられるもう一つの音がある。これは自信に満ちた大きな音だ。急行券を持たずに列車に乗り込んだ時、また、行き先を変更する場合も、車内で発券作業が必要になる。車掌が、駅名が記された細長い路線図の束を取り出すと、二枚を重ねて、乗車駅から降車駅まで、途中の通過駅も確認しながら、その駅名の上にパチン、パチンと穴をあけていく。料金表の欄にもパチン、パチンとはさみを入れる。これで、中途半端な無賃乗車の気分から解放され、穴があけられた駅名をなぞりながら、さて、どこで駅弁を買おうか、と旅行気分に浸り始める。ここまで書き綴ってきたら、また、列車の旅をしたくなってきた。そして、もう一度あの懐かしい切符の音を聴いてみたい。

コメント
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