栄光イレブン会

栄光学園11期卒業生の親睦・連絡・活動記録

ブログ開設:2011年8月23日

きよちゃんのエッセイ (139) ”音の風景”(Okubo_Kiyokuni)

2021年10月01日 | 大久保(清)

 音の風景

NHKであったと記憶しているが、土地、土地の懐かしい音を録音し、そこに繰り広げられているはずの風景を聞き手の目裏に映し出させてくれるラジオ番組がある。けたたましく騒ぎまくり、テンポが速すぎる今様のテレビ番組に愛想がつきはてた老リスナーにとって、これは何とも心地よく、からだの中をさわやかな風が吹き抜ける、一服の清涼剤のような番組である。放送に聞き耳を立てていると、時々、音が途絶えるときがある。この沈黙の時間、その音の余白を頭の中で埋めてゆく、しばし、想像の世界。また風がそよぎ始めたのか、風鈴の音、その音色の向こうにむかし馴れ親しんでいた光景がゆったりと映し出されてゆく。

初夏の強い陽射しを浴びて、川の土手道を散歩していたときに、これとおなじような雰囲気を味あわせてもらったことがある。ラジオからではなく、はるか先の高台にある中学校のスピーカーから風にのって聞こえてくるとても懐かしいブラスバンドの響き。

そろそろ運動会が始まるのだろうか、予行演習かもしれない。しばらく勢いのある演奏が続いていたが、力強い行進曲のリズムを押しとどめるように、少し緊張した、歯切れのよい女の子の声が聞こえてきた。

「ぜんたーい~、とまれ」、その号令にあわせて軽快なマーチがなりやむと、一瞬、沈黙の時間、やがて、その静寂をそっと押し開くように、

「前へ~ならえ・・・・なおれ!」 と、落ち着いた声が続いた。

耳にする機会から遠ざかってから久しいが、今でも、この号令が耳をかすめると、胸の内がざわつき始め、なぜか、肩に力はいってくる。散歩の足を止め、次に発せられる掛け声に聞き耳を立てているうちに、少年時代の運動会のシーンがふっと蘇ってきた。

スピーカーから流れでる音楽に乗って、小さな手押し車で校庭に白線を引いていた。ツーンと鼻先に感じた、あの石灰のにおい。グニャグニャと曲がってしまった白線が校庭に眩しく光っていた。なんとも言えない、懐かしい運動会の朝の光景だ。

 もう一つ、音の風景。家の近くの小学校まで戻ってきた時のことだ、気合の入ったかけ声が頭上から降ってきた。コンクリ擁壁の上にあるグランドの様子は見ることができないが、体育の時間だろうか、ここでも予行演習をしているらしい。若い女の先生の声が聞こえてくる。何度もおなじ号令を繰り返している。

「いちについて~・・・、よーいどん」、パタパタと小さな可愛い足音が聞こえてくる。

一拍おいて、また、「いちについて~・・よーいどん」。

幼稚園では、お遊戯の延長の、のんびりとしたかけっこだったかもしれないが、小学校では本格的な徒競走だ。まるで、新馬を無事に発走させるスターティングゲートの練習のように、熱の入ったかけ声が、何度も何度も、グランドに響いていた、聞いているうちに、汗だくの先生の顔が目に浮かんできた。

コメント
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