栄光イレブン会

栄光学園11期卒業生の親睦・連絡・活動記録

ブログ開設:2011年8月23日

ちょっと悲しい近況報告(Nakazawa_Masatoshi))

2013年02月15日 | 中澤・長島・野崎

 水彩画をやっています。絵を描いているなんて言うと、のんきに鼻歌交じりでやっている姿を想像するでしょうが、実は故あって吐息ため息で描いているのです。

     清里スケッチ旅行

 

 ちょっと長くなりますが、事の次第をお話ししましょう。退職してから、友人に絵手紙を出そうと思いました。中学以来五十年ぶりの水彩絵の具は水ににじんで素晴らしい発色をしたのに驚きました。咄嗟にこれなら蕪村のような絵がかけそうだと思いました。蕪村の絵に雪に埋まった京都の町の夜景を描いたものがあるのですが、暮れなずむ薄墨色の夜陰の中に、家々の窓からぼううと明かりが漏れる、なんとも詩情あふれる絵なのです。まさに枯淡の境地です。枯淡の絵を描きたい!…と思ったのが水彩を始めた動機です。

  会社の先輩で若い時、一緒にスケッチに行ったことのある人が、やはり退職後に水彩を始め、画家に習っていると言いました。私は六十歳にもなって、今更他人に習うなんて馬鹿げたことをするなあ…と思いました。この歳までに自分なりの美意識なり鑑識眼を養っていなかったのか…と考えたからです。何といっても、私には、枯淡の絵を描く…という確固たる信念がありましたから。

 

 旅行会社のやっているスケッチツアーには度々参加するのですが、この旅行会社はカルチャー事業もやっていて、事務所の廊下に絵画教室の指導をする画家達の絵を展覧します。受講希望者は自分の好みの絵を描く先生の教室に申込みます。work shop と言うんですかね、先生が一時間程で絵を描いて見せます。生徒はこの間に先生の技法なりテクニックを学びとらねばなりません。職人や調理人は親方や先輩の仕事を盗み見しながら技を身につけると言いますが、まさにそれです。書籍を読むことで知識を得るという習慣を長く続けてきた者にとっては、これはつらい。あれよあれよという間に絵は完成してしまうのです。

  展示してある絵の中に不思議な絵が目にとまりました。風景画なのに何故か色気があるのです。この色気が何に由来するのか究明したくなって、この画家の教室を受講することにしたのです。先生は画家になる前はヤマハの技術者だったそうです。授業は遠近法の講義で始まりました。本を読むと遠近法は近世になってから、ヨーロッパで発見された…と書いてあるのですが、私は自分は生まれた時から、遠くのものほど小さく見えていたけどなあ…と不思議に思っていました。先生はホワイトボードに何やら描いて、「ここが視点で人がこう立っていると消失点はどこですか?」っと、いきなり私にマジックを渡しました。消失点とはまっすぐな道に立った時、道の延長線や両側の家並の延長線が一致する点のことです。私はマジックを持ったまま棒立ちでした。

消失点を発見したのはブルネレスキというイタリアの建築家だそうです。この人はフィレンツエのドームを作ったので有名です。ドームを作るには工事中のドームを支える支柱が必要で膨大な費用がかかるのですが、彼は一定の角度でレンガを積み上げていけば支柱はいらない…と安い工事費で入札に成功しました。高層ビルの建築では資材を地上から上まで上げるスピードが非常に重要だと聞いたことがあるのですが、ブルネレスキの凄いところは起重機も発明しているのです。馬が動力なのですが、歯車を組み合わせて、レンガを上の作業現場まで持ち上げます。荷物を下ろす時は、馬を後ずさりさせずに、ギアを切り替えてできたそうです。レオナルド・ダ・ヴィンチが見学にきたそうです。こんな大天才の発見を私にできるわけないですよね。

机を道に見立ててテープを使った消失点の実在を証明する実験をやりました。その次は右脳を使えばもっといい絵が描けると左手で描いたり、絵を逆さまに描いたり、陰影を6段階に分けて黒白で描く練習や筆以外の割りばしやスポンジをつかって描く実習をやりました。私は技術系の人が芸術をやるとこうなるのか…と面白かったのですが、受講者は半減してしまいました。事務所に注意されたらしくて、先生が「皆さん、何をやりたいですか?」と聞くので、「人物!」と言って手を上げました。

もう二人男性が手を上げたので人物を描くことになりました。人物と言えば、当然“裸婦”ですよね。モデルさんは若く美人でスタイルもよくおっぱいはツンッと上を向いていました。私のやる気は満々となりました。まず先生がお手本のデモンストレーションをやります。この最中にモデルさんがくしゃみをし始めました。部屋の温度が低いというのです。事務所に部屋の温度を上げてもらってくるとすっぱだかの上にたった一枚のコートを羽織ったままで、モデルさんは「事務所は何階ですかあ」と叫びながらエレベーターに飛び込んで行きました。湯上りに浴衣をひっかけて、温泉町をふらつくのとは違います。新宿の高層ビルの中で、noパンで、ですぞ。

「いい根性しているなあ」と私の彼女への好感度は上昇しました。部屋の温度は一向に上がりませんでした。受講生のおばさん達は「ホッカイロを買ってこよう!」とか「マットを足の下に敷け!」とか「足温器を事務所から借りてこよう!」といろいろ具体的な意見を言うのですが、こういう時、男は駄目ですねえ。ボウとしているだけなのです。とうとう受講生たちが描く時にはモデルさんの腰に毛布を掛けることになりました。いったい、へそから下のない女とはどういうものか、皆さん想像がつくでしょう。私のやる気は見る見るうちにしぼんでしまいました。このような私の意欲の減退もあって、「色気」の原因究明はなかなか進捗しません。

最近、私と同年配の御婦人が教室に加わりましたが、のっけからめっぽううまいのです。私より上手で、先生が「だいぶ描かれていますね?」と訊くと、「いいえ、始めたばかりです。」と答えるのです。そして自分よりずっと下手な人の絵を「まあ、お上手!」と褒めるのです。女はどうして、このような無用の嘘をつくのでしょう。私はこの女には負けたくない!と思うのです。それで、週に三枚描こう…と決意しました。ところがこれがとんだ難行なのです。

水彩といえば、サラサラと描いて、絵の具が乾いたら出来上がり!とお思いでしょうが、wet in wet とかwet in damp と技法は奥が深いのです。紙の湿り具合を常に注意しながら絵の具を置かねばならず、毎日描かねばならない羽目になってしまいました。ため息吐息の出る所以はかくなる次第なのでした。

 えっ、枯淡の絵はどうした…ですか? そうそうそうでした。未熟なんですねえ。

  清里スケッチ旅行                         

 

コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする