小説家、精神科医、空手家、浅野浩二のブログ

小説家、精神科医、空手家の浅野浩二が小説、医療、病気、文学論、日常の雑感について書きます。

孫悟空

2011-07-30 23:23:53 | Weblog
孫悟空は五百年、三蔵法師が来るのを石の中で待った。私だって、このまま、いつまでも笑顔が戻らないはずがない。(最も五百年なんて生きられっこないが)ただ、私なら身動きしないで五百年待つことは出来るような気がする。普通の人なら、間違いなく発狂してしまうだろうが。私にはフロイトの言う、「死の欲求」がない。いついつまでも死ななくても、手塚治虫の「火の鳥」のように、死にたくなったりはしないような気がする。

鈴木その子

2011-07-30 23:23:11 | Weblog
我こそは真実を説く者なり。という態度で他者からの非難を敵視する者は、実は自説に自信がないものが多い。

そもそも学問というものは、自説だの他説だのの区別なんてものはないのである。本当の学者はむしろ自説に対する反対意見を大歓迎するものである。他者を排斥し自説にしがみつこうとする者は学者ではない。単なる我っぱり屋である。

ガリ勉と情熱家

2011-07-28 02:03:19 | Weblog
さて、ガリ勉と情熱家の違い。どんな分野の学問でも、本当の研究者というのは、寝食を忘れるほどに一日中、一心に机にかじりついている。し、そうしなければ学問という、とてつもなく厳しい扉は開いてくれない。また、高校までの基礎勉強は、というより、勉強というものは、そもそも詰め込み勉強であり、受験勉強でなくてはならい。もちろん、試験が終わると、忘れていく事が多いが。しかし、ある時点で、それまでの勉強を全部、頭の中に記憶させることは大切なことだ。まず、忘れるといっても、何度も繰り返して覚えたことは、忘れにくいというメリットがある。また、忘れてしまっても、後で、読み返そうとすると、それが容易に出来やすいメリットがある。つまり、一度しっかり記憶に定着させたものは、それを読みこなせるようになれる。

さて、ガリ勉と情熱家の違いであるが。

ガリ勉とは、子供の頃から、スレッカラされていて、世の中を知っていて、将来、一流大学を出て、官僚とか一流企業に入って、楽をする目的で嫌いな勉強をしている人である。将来、楽するために。そういう人は、官僚や一流企業に入ってしまえば、つまり勉強する必要がなくなれば、もはや怠けて、嫌いな勉強をしなくなる。

情熱家というのは。勉強したり研究したりすることが面白くて面白くて仕方のない気質の人である。だから、そういう人は、親や他人に、勉強しろ、などと言われなくても勉強しないではいられない人である。

さて自由学園

文芸評論

2011-07-28 01:24:23 | Weblog
体調が悪く小説を書けない時でも、こうしてブロクは書ける。ならば文芸評論文も書きたいとも思うのだが。もちろん、作品の意図を一番よく知っているのは、作品を書いている作者本人である。だから文芸評論家は存在価値がないかと言えば、そうは言えない。というのは、作者も自分の作品の意図を言う人も結構いるが、作品の事で、どうしても自分では恥ずかしくて言えないこと、とか、自分が言っては興ざめになるので言えない事など、というのがあるからだ。それを見抜いてズバリと言ってくれる眼力のある文芸評論家というのは、作家にとって嬉しいものである。し、その文芸評論文も価値のあるものとなる。しかし、それにはまってしまうと、書き手ではなく、読み手の文芸評論家になってしまうので、それは、したくない。

多発性硬化症の東大生

2011-07-28 00:59:56 | Weblog
女の東大生で、東大文科Ⅲ類に入ったが、弁護士になりたいために、文科Ⅰ類に入りなおした人がいる。しかし、かわいそうなことに、多発性硬化症が発病してしまった。多発性硬化症は、大学の時、神経内科でその病気の患者がいた。やっかいな病気で、視力が落ちたり、ステロイドを使わなくては生きていけない。そしてステロイドを使うと、その副作用があまりにも強いのである。彼女は司法試験に通る能力はあるのに、司法試験には病気のため、まず通れないだろう。私も同じような(彼女の方が私より遥かにつらい境遇だろうと察する)境遇なので共感するところが強い。

ジャッキー・チェンの映画

2011-07-28 00:49:03 | Weblog
他の人は、ジャッキー・チェンのアクション映画を楽しんで見れるのだろうが、私はジャッキー・チェンの映画を観ると、かえってストレスになるので、不愉快になる。というのは、私がアクションをやりたいからだ。別にヒーローでなくても一向に構わない。悪役でもカラミの役でもいい。子供の頃は、テレビのスタントマンに憧れたものだ。

イライラ

2011-07-26 23:17:50 | Weblog
どうも、睡眠が十分とれないので、机に向かっていても小説を書けない。書きかけで、ストーリーも思いついているから、ストーリーを思いつけない苦しみではない。やはり、体調が良くない時に書くと、文章の質が落ちてしまう。で、書けない書けない、と言って何も出来ないで一日、机の前に座っているより、体を鍛えようとプールに行った。結局はそれが良かった。しかし、書けない時ほど書きたいという創作の欲求が強くなる。スポーツなど基本的には無意味でバカにしている私だが、体調だけは如何ともしがたい。病気と闘って生きるのは、何かを創造することはないが、生きる意義があると思う。仕方がないものは仕方がない。もうすぐ高校野球が始まるが、人生は野球と同じで、9回裏で9対0でも、諦めてはいけない。どんなに苦しくても、あきらめないで頑張って生きている人は、やはり素晴らしく見える。

高くつくぜ

2011-07-26 01:50:02 | Weblog
「高くつくぜ」

太賀誠と浅野浩二をただでコケにできると思うなよ。高くつくぜ。

スポーツ上達法

2011-07-25 23:07:02 | Weblog
一番、テニスを早く上達させるには、どうすればいいか。それはテニススクールに通うことでは決してない。テニススクールは無駄な練習が多すぎる。特に球出しの球なんて、死んだボールなので、そんなものをいくら練習しても上達しない。コーチは思考力がないから、振り遅れていると、「振り遅れてる」「振り遅れてる」と外見だけ見て注意するが、無意味な、球出しの練習とか、試合での勝ち方のパターンの練習とか、全く無駄な練習ばかりさせて、一番大切なラリー(生きたボールの打ち合い)の練習を少ししかしないで、注意してるが、実にバカげている。

テニスで一番、早く上達したいなら。初級者、中級者あたり、つまりラリーが続くラリーパートナーを見つけて、ひたすらラリーの練習をすることである。別に、コーチとか、上級者とか、上手い人とラリーをする必要は全くないのである。多くの人は誤解しているが、弱い人と練習しても、上手くならないとは決して言えないのである。むしろハードヒッターと練習すると、それに対処するのが精一杯となって、スイングの基本が身につかないこともありうる。振り遅れは、反復するラリーの中で、だんだん岩が雨水に穿たれるように、振り遅れのない正しいフォームに変わっていくのである。プロ野球でも、バッティングフォームの乱れを調整するために、二軍のバッティングピッチャーに適度なスピードの球を投げさせて、それを打ってフォームを整えているではないか。

「私がいいたいのは、必ずしも強い相手と練習しなくても、当人さえその気になれば、いつどこででも練習はできるということである」
(天才柔道家、木村政彦)
「強い相手と練習するのが、本当の練習だと思っているのではないか、ということである。が、本当の練習というのはそういうものではない。もちろん、強い人とやるのも結構だが、弱い人、たとえ白帯の人とやっても、決してそれは無駄にはならないのである。弱い人とやるときには、自分の得意でない技を使用できる。これが累積されて、やがて自分の得意技に躍進する。また相手に裏をとる程の力量がないので、自分の掛け技の経過を見極めることができる。私はそこに弱い人との練習の意義を見出すのである」

また、練習は、ある程度の汗をかいても、体に何か変化が起こるほどの時間、それは人によって違うが、ある程度の時間つづけてやることが必要である。それを週2~3回くらいのペースでやる必要がある。週一では駄目である。週一のペースだと、ほとんど元に戻ってしまう。それと、あとは、本人のやる気の問題である。それと、スキーに限らず、全てのスポーツはイメージトレーニングが出来るので、一人きりでも練習することは出来るのである。それは相手の必要な柔道などでさえである。

今の日本のほとんど全てのテニススクールの、週一の無駄が多すぎる練習では、一年間、練習しても、ほとんど上達は望めない。実際、私はテニススクールで多くの生徒を見ているが、上達している人を一人も見ていない。否。たった一人だけ上達している人がいる。それは当然のことながら、もちろん私である。私はコーチから、「信じられない上達ぶり」と奇跡のように驚かれた。

サーフィン

2011-07-25 20:17:19 | Weblog
サーファーの気持ちが分からなかった。が、わかった。私もバッティングセンターに、ちょっと中毒になりかけている。空振りは、ほぼゼロ。一回24球で半分くらいは芯で捕らえられる。芯でとらえられると気持ちがいいのである。腋をしめ、ちょうどテニスで「ラケットに仕事させる」というのがあるが。そんな感じである。手首は返さない。バットの先に遠心力をつけて、当てるだけである。振りぬくスイングではない。つい気持ちがいいからやってしまう。運動にはならないが、まあ、気分転換にはなる。便秘が悪い時には、運動が便意を起こしてくれることもある。しかし、所詮は遊びである。はまり過ぎないように自制しないと。

今までサーファーの心理が分からなかった。が、わかった。それはけっしていいものではない。つまりは、サーフィンも出来るようになると面白くなって、はまってしまうのである。しかし、これは、ちょっと、ちょっと、である。サーフィンが好きで湘南に住み、人生を遊びに使ってしまうなんてバカげている。遊びという点では、サーフィンもバッティングもパチンコも麻雀も同じである。

やはり男の人生は、芸術か、学問か、事業か、仕事かに命がけで努力することだと思う。サーフィンが好きでサーフィンをするために海に近い湘南に住んでいる人は阿片中毒患者とかわりない。アルコール中毒患者と同じように精神病院に入院させた方がいい。

江ノ島

2011-07-25 20:16:41 | Weblog
今日、今年はじめて海に行った。ビキニのギャルが結構いた。なんか、夏は最低、三回はビキニ姿の女を見なくてはならないような呪縛にとらわれている。嬉しいはずのものが義務になっている。私にとって夏の通過儀礼のようなものだ。だが年々、初めの頃の初々しい興奮は感じなくなってきた。ような気もする。浜辺で無邪気に遊んでいるマッスルマンもいる。ああいうのが生きるということなのだかろうか。女はみなプロポーションがいい。というより、プロポーションの悪い女は海に来にくい。夏の海は官能的なものがある。坂口安吾の「私は海を抱きしめていたい」も官能的である。

市橋達也

2011-07-21 23:00:07 | Weblog
市橋達也の裁判が行われた。こういう言い方は、あまりよくないが、彼のような知的犯罪者には好感が持てる。人格的にも、知性的にも。整形をし、沖縄のオーハ無人島に住み、時々、本土に戻って住み込みでアルバイトして、二年半も一人で自力で生活していたのは、すごい。そもそも警察官がウジャウジャいる日本で警察に二年半も捕まえられなかったというのはすごい。これは普通の人間ではほとんど不可能である。留置所で手記を書いて、当然売れるだろうが、当然売れて、1100万の印税だから、これはベストセラーである。しかも、被害者の親族が受け取らなかったら、公益に寄付するというのだから。生きたいというのは、氏の生、自由を求める本能が強いからだろう。無期懲役は厳しすぎるような気がする。まあ、おそらく服役態度が良好で何年かで出所できるだろうが。一回の性欲で我慢できず犯してしまった暴行が、一生を台無しにしてしまった悲劇とも感じる。

最近は、人格もなければ、知性もない低級な犯罪が多い中、彼のような知性的な犯罪者は、こういう言い方はあまりよくないが、好感が持てる。

犯罪も、ある点、芸術性がある。三億円事件もそうだし、ルパン三世もそうだし。金閣寺放火事件のおかげで三島由紀夫は最高傑作の文学作品を書けた。金閣放火事件がなかったら、三島由紀夫は、名作「金閣寺」を書けなかった。

海。夏祭り

2011-07-21 22:32:45 | Weblog
今日、今年はじめて海に行った。6時頃である。今日は、曇り空で、寒かったせいもあり、ビキニ女は一人もいなかった。残念。そもそも私が湘南に住んでいる目的は、海が近く、夏にビキニ姿の女を見たいのも目的の一つである。ただで、一番見たいものが見られる。

白幡神社で夏祭りをやっていた。今日が最後の日だった。ギリギリセーフである。焼き玉蜀黍を食べたかったが、売っていなかった。金魚すくいをした。ようやく夏を味わった感じがした。カットパイナップルと焼き鳥とラムネとチョコバナナと綿菓子を食べる。

ダイエットは独身の方が有利

2011-07-21 00:27:13 | Weblog
ダイエットには独身の方が圧倒的に有利である。一昨年、久々に自由学園の同窓会に出たが、高校の時はスポーツ万能だったのに、すさまじく太ってしまったヤツがいた。他のヤツもだいたい太って老けている。結婚して家庭をもつと、食事は家族と一緒にするから、妻や子供が、楽しそうに腹いっぱい食べているのを見ると、自分ひとりだけ食べなかったり、少なめに食べるというのは出来にくい。だから、ダイエットしたくても極めて出来にくい。運動したくても、子供と遊ばなきゃならないし。自分のペースで生きるというということが出来にくくなるのだ。子供の成長が生きがいになるから、自分の事はだらけやすい。

独り者だと、マイペースで生活できるから、カロリーコントロールも出来やすいし、運動もしやすい。そもそも料理がつくれないから、コンビニで食べ物を買って食べているが、食品には全て、カロリー数が書いてあるから、わかりやすい。食品のカロリーに興味を持てるようになるのも面白い。

私も高校の時、父親がコレステロールが高く、コレステロールの低い食事となったが、なんで、コレステロールが正常値で、育ち盛りの私まで、低コレステロール食を食べなきゃならないんだ、と不快に思った。だが、一人だけ別の低コレステロール食にするというのも、出来ない。単身赴任ともなれば、マイペースで生きられやすいが、サラリーマンは、仕事が終わってからの、付き合いとかが多く、酒も飲むし、やはりダイエットは不利である。

10km泳ぐ

2011-07-20 23:03:43 | Weblog
4時間で10kmくらい泳いだ。一時間で10分休みがあるから、正確には50分×4で。50分連続で泳ぎ続けて、一回でだいたい2kmくらいだから、極めてゆっくりと泳いでいる。今日は曇りなので、日焼けしなし、人は少ないし、睡眠不足だったので、書けないし、ちょうど良かった。ほとんど誰もいない。全部クロールである。だが、全然つかれない。かえって天気の悪い日の方が、日焼けしないし、人も少ないし、私には都合がいいのである。泳ぐと上腕が見る見る太くなる。2kg痩せる。ちょうど目標体重となる。水泳がダイエットには一番いい運動である。水泳を身につけておいてよかった。実は水泳は、中学の頃、手塚治の「海のトリトン」に憧れて、魚になりたかったからである。ついに魚になってしまった。昔、中学の頃、50mプールを休みなく泳いでいる人を見て、すごく羨ましかったが、自分がそれが出来るようになっても、たいして嬉しくはない。自由学園では、水泳の授業がなかった。そもそも予算がないので、プールもない。みな、スキーばかりしていた。が、私は水泳を熱心に練習した。スキーは位置エネルギーというエンジンがついているから、レジャースポーツの面が強い。水泳はエンジンがついてないからスキーのように面白くないから、やらないのだろう。泳いでいて、北杜夫の「とっちゃんは大変人」のオリンピックの所を思い出して、思わず、笑ってしまって、泳げなくなりそうになった。

夜、80分テニスをする。

マシントレーニングはつまらなくて続かない。やはり、やって面白いものじゃなきゃ駄目である。運動が習慣とならない。テニスで足を鍛えると、ランニングが出来そうになってきた。実はランニングは私の憧れている運動である。いつでも、どこでも出来るし、金もかからない。ランニングも単調な運動だが、走っている人は格好いいのである。私は走ると過敏性腸の腹痛が起こってきて、走りたくても、あまり走れないのである。