小説家、精神科医、空手家、浅野浩二のブログ

小説家、精神科医、空手家の浅野浩二が小説、医療、病気、文学論、日常の雑感について書きます。

剖検

2015-03-30 22:21:48 | Weblog
「千葉県がんセンター(千葉市中央区)の腹腔鏡(ふくくうきょう)手術問題を巡り、県の第三者検証委員会が30日に公表した報告書案は死亡事例が11人と相次いだ理由を「担当医師の見解を尊重し、原因究明や再発防止に向けた取り組みを行わなかったため」と結論づけた。県についても「問題の重大性を考慮すれば、センターを厳しくチェックする必要があった」と批判した。」

(毎日新聞 3月30日(月)22時22分配信)



剖検とは、手術で死んだ患者の、原因や、体の状態を解剖することである。これは、基礎医学の病理学の研究者がやっている。

もちろん、これによって、手術の結果が、より、はっきり、わかる。し、合併症は、なかったか、の検証も出来る。

基礎医学の病理学の人達が研究のために、やっているのである。

手術をするのは、臨床医学の医師である。

この時、剖検によって、ミスや問題があっても、それは、執刀した臨床医学の医師には、伝えるが、外部には、言わない。

これを、内部隠し、とか、隠蔽とか、言うのだろうか。

手術は、臨床医が責任をもって行う。

病理学の研究者は、自分は、手術しないで(出来ないで)、批判だけする、ということに、自分の立場を理解しているから、責任をもって手術を行っている臨床医には、批判はしないのである。結果を、告げて、今後の参考にして下さい、と言うのである。

だから、病理学の研究者と臨床医の間には、対立は行われないのである。

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井上あさひ

2015-03-30 21:24:41 | Weblog
NHKのニュースウォッチ9で、井上あさひ、さん、が見られなくなってしまった。残念である。

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杉浦友紀

2015-03-29 21:57:21 | Weblog
サンデースポーツは、スポーツの内容より、杉浦友紀さんに目が釘づけになってしまう。

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田中信也

2015-03-28 21:13:32 | Weblog
以前に、「いちばんやさしいテニスレッスン」という本を買った。著者は、田中信哉である。

別に、内容が気に入ったからではなく、女のモデルが、きれいで、スカートも短く、パンツも、ちょっと、見えてる写真もあったからだ。

田中信哉氏は、サービスは高い打点で打っては、いけない、と書いていた。しかし、その論理的な説明がない。

ストロークでは、膝は曲げてはいけない、とも、書いているが、これまた、その論理的な説明がない。

論理的な説明がないのは、論理的に説明できないか、あるいは、自分の発見を特許にするために、もったいぶっている、としか、思えない。

私は、出したら減るような程度の、頭の人間なんか、たいしたことはない、と思っている。

私の考え。

サービスにおいて、ボールを、うんと高く上げて、落ちてくるのを、じっと待って、落下速度の速くなった、ボールを打つと、ドライブ回転が、かかってくれるのだ。

それが、低い打点で、打っても、コートに入ってくれる理由の一つだと思う。

腕を伸ばし切らないことによって、肘の使い方に、ゆとりが出来て、肘を止めることでも、ドライブ回転を、かけやすくなる。

大体、サービスにおいては、プロや上級者は、みな、ジャンプして打っている。しかし、これは、打点を高くとるためではなく、スイングのパワーである、後ろ足で、思い切り地面を蹴る、という動作の延長としての、ジャンプなのである。

他にも、要素があるのは、間違いないが、それほど、深く、スポーツには、関心をもっていない。

2010年6月16日の、ブログで、本のことを書いている。

田中信哉氏のYou=Tube=https://www.youtube.com/watch?v=yvPiDLWfxIk

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日本は独裁国家である

2015-03-28 03:34:53 | Weblog
「元経済産業省官僚の古賀茂明氏(59)が27日、テレビ朝日系「報道ステーション」に生出演し、番組を“ジャック”した。古舘伊知郎キャスター(60)と自身の番組“降板”を巡って、口論のような形に発展した。」
「古賀氏 これまで本当に多くの方に激励していただいた。一方で菅官房長官をはじめとして、官邸のみなさんのバッシングを受けてきた。それを上回る応援で楽しくやらせていただきまして、本当にありがとうございました。」
「しかし、その後も「自分で作ってきました」と、「I am not ABE」と書かれた手製の紙を広げた。古舘は「番組ではこれまで川内原発に対する指摘や、辺野古の問題についても取り上げてきたじゃないですか」とたしなめると「私もツイッターでぜひ見てほしいと書きました。でも、それを作ってきたチーフプロデューサーが更迭されます」と反論。これには古舘も「更迭ではない。私は人事のことまでわからないけど、それは違う」と否定した。」

(日刊スポーツ 3月28日(土)0時22分配信)

日本は、独裁国家いがいの何物でもない。

政府に反論するヤツを葬ることなど、何でもない。

官僚、自民党、財界、の圧力によって。韓国に劣らす腐敗しきっている。

マージン(利益)か、テリブル(恫喝)によって。

NHKは八百長だが、民放も、ひねりつぶすのは、わけがない。

マージンで言えば、「立派なビルをどこかに建ててやる」であり、

テリブルで言えば、「国策捜査の対象にするぞ」とか、「お前のデマゴーギをマスコミにリークするぞ」とか、「記者クラブから追い出すぞ」とか、「お前とは、今後いっさい付き合わないぞ(取材には応じないぞ)」とか、無数の方法がある。

なので、4月12日の選挙では、決して、自民党に票を入れては、いけません。

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サッカー

2015-03-27 23:04:37 | Weblog
バヒド・ハリルホジッチ氏(62)が日本の新監督になった。

単純な疑問。

なぜ、監督を、言葉の通じない外国人にするのだろう?。監督としては、優秀なのかも、しれないが、言葉が通じなければ、指示も、アドバイスも出来ない。通訳を使っているのか、身振り手振りで、指導しているのかは、知らないが。それに、日本選手のことに、詳しいのは、当然、日本人のサッカー関係者だと思うのだが。

そもそも、サッカーの試合は、監督なんて、三流でも、いなくても、出来るし、誰がやったって、似たようなもんだと思うが。

ちなみに、子供の頃から、ボールリフティングなどして、いると、運動神経、反射神経を鍛える効果がある。

自由学園の初等科の生徒は、みな、運動神経がいいが、自由学園は、初等科の頃から、サッカーを、義務的にやらせているかららだ。


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飛行機墜落

2015-03-27 02:56:33 | Weblog
ドイツの旅客機が墜落した。

単純な疑問。

ジャンボジェット機には、パラシュートを入れていないのか?

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覚醒剤の執行猶予

2015-03-25 02:02:10 | Weblog
日本では、覚醒剤の使用者に対して、有罪だか、数年の、執行猶予つきの判決が、圧倒的に多い。

これは、覚醒剤は、他人を害するものではないから、罪も重いものではない、という考えからだろう。それは、まあ、妥当な考えである。

確かに、罪と罰、という点から見れば、それは妥当である。

しかし。覚醒剤の薬学的性質から、考えると、これは、妥当とは、言えないと思う。

なぜなら、一度、覚醒剤の味(多好感、、Euphoria)を経験してしまった人間は、自力で、それを、やめる、ことは、ほとんど不可能に近いくらい困難だからだ。どうしても、手を出してしまうのである。

だから、覚醒剤の使用の場合、本人のためにも、執行猶予なしで、ダルクとか、精神病院に入院の義務を付す、というような、条件をつけた方がいいと思うのだが。

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叔父からの手紙

2015-03-24 21:26:46 | Weblog
今日、叔父からの手紙が来た。3月12日(木)に、叔父と会って、色々、話して、私は、15作くらいの小説を入れた、フラッシュメモリを渡して、叔父は、さかんに、私の写真を撮った。

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叔父との再会

2015-03-24 02:57:41 | Weblog
3月12日(木)に、叔父(母親の弟)が来た。
叔父は、去年の秋、自由学園の同窓会に出で、川崎の多摩ニュータウンに親しくなった人が、出来たので、その人に会いに行くついでに、「久しぶりに話さないか」と言ってきたのである。
私は、叔父が、かなり好きだったので、二つ返事で了解した。叔父は、静岡の大井川を越した金谷に住んでいる。私も叔父も、中学、高校は、自由学園なので、結構、話が出来るのである。また、私は、小学校の四年の時、半年くらい、金谷で過ごして、金谷小学校に通ったので、その時、叔父とは、多少、話す機会があった。(その辺のことは、自分史、ビタ・セクシャリス、で書いている)今年の正月に、叔父から年賀状が来た。10年前に、叔父と会う機会があって、「何してるの?」と聞いてきたので、「小説書いてる」と言ったら、見せて欲しい、と言ったので、フラッシュメモリに、15作くらい、無難な、小説を入れて、渡した。叔父は、私の小説を読んでから、私を、見直すようになった。小説なんて、たいした物じゃないだろうと、おそらく先入観をもっていたのだろうが、確かに、たいした物じゃないけど、私は、軽い気持ちで、いい加減に書き流す小説なんかは、書かない。大袈裟な言い方をすれば、全身全霊を込めて、必死で書いている。だから、ちゃんとストーリーにも、なっていて、読みやすいし、読み応えもあるのである。叔父の年賀状には、「まだ、小説を書いているのなら、ぜひ読みたい」と書いてあった。なので、叔父が来た時、フラッシュメモリに、15作くらい、無難な、小説を入れて、渡した。叔父は、10年前に会った時は、かなり、老けていたが、今回、会ったら、思ったより、老けていなかった。ノルディック・ウォーキングをしている、と、聞いていたので、かなり、鍛えているのだろう。近くの和風レストランに入った。久しぶりに再会なので、叔父は、豪華な料理を注文するかと思ったが、とろろ蕎麦しか注文しなかった。食生活もカロリーを考えているのだろう。私は、聞き手になろうか、話して、になろうか、と思ったが、聞きたいことの方が多かった。叔父は、恋愛結婚で、きれいな人と結婚した。どういう機会に、どういう経緯で知り合ったのか、それが知りたかった。面白ければ、脚色して、創作も加えて、小説にしたいと、思っていた。大体、小説家なんて、ものは、絶えず、小説になるネタを探しているのである。しかし、叔父は、恥ずかしがって、あまり話してくれなかった。話は、たわいもないものばかりだった。ただ、沖縄に住んでいる私の父親が、叔父にも、沖縄に住むよう勧めている、ということを知った。叔父は、なぜ、沖縄なのか、わからないようだった。私は、もちろん、すぐに分かった。私の父親は、横暴で、わがままで、「他人に厳しく、自分に甘い」人間なのである。あんな、わがままな人間は、めったに、いるものではない。父親は、楽なこと、楽しいこと、面白おかしいことを、求めることしか、考えていない、だらけきった人間なのである。そして、もちろん、バカである。叔父は、母とは兄弟なので、母に対する認識は正確である。しかし、叔父は、父に対しての認識は、あまり正確ではない。私は、「私は、体調、健康が悪くて、病気との戦いの人生だから、将来の計画など立てていない。いつ死ぬかわからない。だから、毎年、今年一年、必死に生きることが、私の人生設計で、来年のことは、考えていない」と言った。そしたら、叔父は、「なるほど。そうだったのか」と、私の人生観を理解したようだった。また、私は、結婚や子供を生むことに関して、「世間では子供が生まれると、諸手で喜ぶだけだが、私はそうは思わない。なぜかというと、子供が、病弱でなく、健康で、顔も、かわいくて、頭も良ければいいが、そうでなかったら、可哀想だから、私は慎重なので、そういう危険な賭けはしない主義」と言った。叔父は、2500ccの、富士重工の、立派な車で来た。それは、なぜだか、わからない。定年で年金暮らしなのに。私なんかは、1000ccの中古車だが、燃費がかかるので、前、車、買う時、660ccの軽自動車にすれば良かったと、つくづく後悔している。

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石原慎太郎

2015-03-22 01:35:43 | Weblog
石原慎太郎は、好きなことして、嫌われて死にたい。と言った。
嫌われて死にたい、という気持ちは、わからない。
私も、氏と同じではないが、人に惜しまれて死にたい、とは、さらさら思ってない。
そういう、めめしい考えが嫌いだからである。
めめしいし、センチメンタル的な考えが私は嫌いだからである。
しかし、ことさら、人に嫌われて死にたい、とも思わない。
もっとも、私の死を、惜しむ人なんか、いないだろうし、別に、惜しまれたくなんかない。

また自殺するなら、ダイナマイトを腹に巻いて、暴力団事務所に、殴り込みをかけて、暴力団事務所を爆破して死にたい。

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映画「MISIMA」

2015-03-22 01:09:02 | Weblog
アメリカと日本で共同で作った、「MISIMA」という映画がある。
緒形拳が、三島由紀夫を演じている。
まあ、事実関係は、正確だが、一つ、全然、違う所がある。
あれを見た、欧米人は、三島由紀夫に対して誤解をもってしまう、と思う。
それは、緒形拳の演技である。緒形拳は、映画の中で、三島由紀夫を真面目な性格のように演じている。しかし、実際の三島由紀夫は、文学においても、生活においても、諧謔家なのである。いつもシニカルなユーモアを言っていた。
これは、単に、ユーモラスな性格、とは違う。
三島由紀夫にとって、「笑い」は、三島由紀夫の思想だった。
三島由紀夫は、弱音を正直に告白する太宰治を嫌っていた。
三島由紀夫は、子供の頃から弱音を言うことを嫌っていた。
三島由紀夫は、学習院の初等科、や、中等科、では、かなり、いじめられたのに、それらは、いっさい小説やエッセイで書いていない。そして、彼らを知性で、バカにしていた。
そして精神的に強がった。「強がる」というのは、悪い行為のように、思われやすく、強がらない人間が、謙虚で誠実な人間と、思われている。しかし、武士道の思想である、「葉隠」の思想は、まさに、「強がる」ことなのである。
心の中で、弱気になりそうな気持があっても、笑うことによって、決して、それを、おもてに出さなかった。
三島由紀夫の母親は、三島が自決するまで、三島を溺愛した。母親から真の愛情を受けれたことが、三島由紀夫が、自立心の強い人間になった原因である。
また、三島由紀夫は、ジョージ・バタイユ論を書いたほど、バタイユの思想を敬していた。
バタイユの思想は、自分と他人の区別を、しっかり分けた、思想であり、それが自立心の強い三島由紀夫の思想と共鳴したのである。また、バタイユの哲学では、「笑い」を重視している。今でこそ、医学が進歩して、笑う、と、リンパ球のNK細胞が活性化して、健康に良く、ガンにも、なりにくい、とわかっている。だから、バタイユの、「笑い」の思想は、医学的にも、妥当なのである。

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オウム真理教2

2015-03-21 18:09:55 | Weblog
昨日は、オウムがサリンを撒いた日の、20年目、ということで、テレビでも、新聞でも、オウムの特別番組をやっていた。

私が研修医の時、最初の、おおらかな先生は、オウムの、林郁夫の話になった時、「あんなヤツ死刑で当然だよねー」と、言っていた。

なんか精神科医らしくないなー、と思った。

精神科医なら、難しい顔をして、「あの時の彼の深層心理は・・・」とか、「マインドコントロールとはね・・・」とか、難しい、精神の理論を言う方が、精神科医らしい、と思うのだが。

なので、私が思う所を少し書こう。

麻原は、つかまる前に、「天皇は、凡夫・・・だけどね、そう言ったら、麻原、死刑だからね」と言っていたが、これは、おかしい。何を勘違いしているのか。別に、死刑なんかになりはしない。戦前なら、特高警察につかまって、拷問されるが、今は、戦後である。

作家で水平社の住井すゑ、さんは、堂々と「天皇は悪人」と言っている。

私は、テレビで、オウムがサリンを撒いた、ということは、サリン事件の、一か月後くらいまでは、信じられなかった。サリンを撒いて、オウムに何の得があるのか、それが、わからなかったからだ。立花隆のオウムの「ポア」という概念を聞いて、初めて、ああ、なるほど、と、わかった。しかし、原始仏教では、シヴァ神は破壊を司る神である。旧約聖書でも、ノアの箱舟、というものがあり、仏教でも、仏は時として、阿修羅として現れる、とも、仏教聖典に書いてある。

私は、オウムの事件は、バブルだとか、現代という時代、とかとは、全く関係ない、と思っている。

麻原のような、特殊な人間は、数十年に、一人は、出てくるものだ。

麻原の、こわい所は、単なる、業が深い性格な、だけではなく、本当に、宗教的な精神をもっている所だ。だから、アレフが続いているのだ。

ちなみに、上祐の「ひかりの輪」は、麻原とは、全く関係なくなった。だから、「ひかりの輪」を、警察は、危険宗教と見なすべきではない、と思っている。監視する権利もない、と思う。

アレフをつぶすには、というか、アレフが潰れるには、麻原が、自分の口で、「私が間違っていた。私は、選挙に負けてから、国家に対して被害妄想を持ってしまった」、と自分の口で、言えば、アレフは、潰れるだろう。

しかし、それも、絶対、とは、言えない。

仏教においては。釈迦が、40歳の時、言ったことが真実である、とか、50歳の時、言ったことが真実である、とか、60歳の時、言ったことが真実である、とか、そういう考え方があるからだ。

釈迦は一人だが、仏教には、いろんな宗派があって、各宗派が対立している。のは、言うまでもない。

これは、難しいことでも何でもなく、日常的によくあることで、

人の心というものは、変わる(諸法無我)ものであり、まあ、大体、権力を手にすると、人は、わがままな性格になっていくが、そんな人でも、権力を手にする前の、若い時には、優しい、思いやりのある人だった、ということは、いくらでもあることである。

麻原も、教団が大きくなって、権力を手にしてからは、どんどん、わがままになっていったが、オウムの規模が小さく、オウム神仙の会、の頃、あたりの、麻原の性格や、言うことは、信者に対して、優しく、思いやり、があったのでは、なかろうか。

麻原だって、ヨガ教室を開いた時点では、サリンを撒こうとは、絶対、思っていたはずがない。

また。東大受験して、落ちたことを、彼の学力が低かった、などと考えるのは、全く、間違っている。

彼の東大受験は、ひやかし受験ではない、だろう。代々木ゼミナールで一生懸命、受験勉強したのだろう。

そして、模擬試験で、合格の見込みがある、という、判定が出たから、東大を受験したのだろう。そして、受験は、水物だから、合格する実力があっても、落ちることは、いくらでもある、のは、みなの知る所である。

ともかく麻原は、偉くなりたい、という上昇志向の、理想が高い人間だった。目が不自由なのに、柔道も熱心に練習して黒帯までとった。

つまり、まとめると。麻原は、理想の高い、上昇志向の人間だった。そして、仏教や、原始仏教や、キリスト教、などの宗教を一心に独学で学んだ。そしてヨガ道場を開いた。そして、ヨガを受けにくる生徒の悩みに、誠実に答えた。そのため、ヨガの生徒が、どんどん増えていった。そして、ついに、オウム真理教という宗教団体にまで、膨れ上がった。しかし権力を持ったことで、傲慢な性格になっていった。また、自分を慕う信者が、どんどん増えていくので、自分に自信を持ち出して、それが高じて誇大妄想になってしまった。しかし、選挙で負けた。それで、国家が大物である自分を敵視して、潰そうとたくらんでいる、という被害妄想を持ち出した。そしてサリンを撒いた。

と私は推測する。

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創作雑感

2015-03-21 17:33:47 | Weblog
小説を書いていて、いつも、思うことだが、もっと書き続けようと、思えば、書き続けられるのだが、どうしても、次の作品に、熱が入っている時は、そっちの方を書きたいので、やむなく、きりのいい所で、終わりにしてしまう。それは、残念なことである。

「ダルビッシュの肘」も、書こうと思えば、もっと書き続けられるのだが、今、気分が乗っている作品を、いくつか書いているので、どうしても、そっちの方を書きたくなってしまう。そのうちの一作は、原稿用紙で100枚を越している。

私は、さわやか(でなくてもいいのだが)な、青春野球小説を(というか、も)書きたいのである。

しかし、なかなか、書けない。

それは、「魔球」を思いつけないからである。

一つの、「魔球」さえ、思いつければ、野球小説が書けそうな気がするのだが、どうしても、思いつけない。

梶原一騎は、「巨人の星」で、よく、大リーグボール、一号、二号、などの、「魔球」を思いついたものだ、と感心する。

現実的には、デタラメだが、漫画の中では、ちゃんと理論になっている。それで、その理論で、ストーリーを作っていっている。

読むのは、簡単だが、ああいう、魔球、を思いつくのは、「天才」でなければ、思いつけないような気がする。

なので、梶原一騎は、天才である。

今日、選抜高校野球が始まった。しかし、見ていない。

それより、今日、「打撃王」という、1942年の、野球映画を見た。

ルー・ゲーリックは、鉄人ルー・ゲーリックとして、ベーブルースに次ぐ、名選手という、ことだけは、知っていた。

そして、ちょっと、野球小説のヒント、が思いついた。

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ダルビッシュの肘

2015-03-19 16:30:04 | Weblog
「ダルビッシュの肘」

という小説を書きました。

ホームページにアップしましたので、よろしかったら、ご覧ください。

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