小説家、精神科医、空手家、浅野浩二のブログ

小説家、精神科医、空手家の浅野浩二が小説、医療、病気、文学論、日常の雑感について書きます。

民主党

2009-11-30 00:11:52 | Weblog
民主党はどうせダメである。いつまで持つかの問題である。そもそも高速道路の無料化というバガげた事をやめるべきた。野党にいた時は無責任だから、自民党の批判しているだけでよかった。自民党のする事は、たとえ妥当な事でも、小さなアラを探して、全部、批判していればよかった。そして選挙に勝つために国民うけするマニフェストを高らかに宣伝していればよかった。見かけのイメージがよくなるからである。しかし、そのマニフェストは与党になった場合の現実を見据えて、熟考して作ったマニフェストではない。高校の無料化などもやるつもりらしいが、金を湯水のように使って国民の生活を豊かにしようと見せかけるのはいいが、その金は一体、誰が出し、財源をどこから持ってくるのか。まず日本がかかえている846兆円もの莫大な借金をどうするというのか。国債でまかなうというのか。これ以上国債を乱発するというのか。まず政府がやらなければならない事は財政再建である。これ以上、日本の借金を増やしてしまったら、一体どうするというのだ。若者や将来につけをまわすというのか。無責任な立場で作ったマニフェストを守るということに、とらわれているから有言実行でマニフェストで言った事は実行しなくては、国民の信頼を失うという不安からマニフェストにしがみついているが、これは堂々と選挙前の公約を破っていいと思う。政治家なんて所詮、偽善者であることは誰でも知っている。国民もそれはわかっている。国民が期待したのは、利権の構造の自民党に嫌気がさして、民主党に一縷の望みをかけたのに過ぎない。だから与党になった今、利権政治でない政治、あるいは利権の少ない政治をやってくれれば、それでいいのである。政権公約、マニフェストなど完全に無視してかまわない。政権とったんだから堂々と、今、本当にやるべきだと思うことをやればいい。国民の支持率や党のイメージが下がることなどにビクビク怯えるべきではない。それは政権を確実に長期に維持したいという党の利益である。国民の利益を優先させて考えて欲しい。それにしても鳩山は頼りない。あれが日本の首相か、と疑いたくなる。安部もそうだった。総理大臣はクソ度胸がなければダメである。菅か岡田や小沢なら、度胸はある。しかし民主党には小沢という陰の大物がいる。さてはて、どうなることやら。

天皇制

2009-11-29 00:43:04 | Weblog
天皇論。「論」というほど大げさなものじゃないが、私の天皇観などを書いておこう。基本的に私は天皇制はつづけた方がいいと思っている。なにしろ古事記に書かれてある天照大神の神話の世界から続いている日本の伝統だからである。伝統は壊さない方がいい。今、世界の中でエンペラーがいるのは、日本とイギリスだけである。結論から言うと私は天皇制というものより、第二次世界大戦の昭和天皇を人格的に尊敬している。天皇制自体は、左翼がむきになるのなら、極論を言えば無くなってもさほど構わないと思っている。さてこういう天皇観は三島由紀夫の天皇観とは正反対である。氏は天皇の人格を問題にせず、天皇制という制度の強化を訴えた。しかし、三島の天皇観は、あまりにも不謹慎である。一言でいって、三島はエロティシズムの対象としての絶対者が、氏の個人の好みとして欲しかったのである。つまり、ロイヤリティーの対象として、絶対者が必要で、その絶対者は、天皇でなくても何でもよく、そのロイヤリティーに忠誠をつくすエロティシズムに酔いたい対象が欲しかったのである。これは、三島の文学のほとんどとは無関係で、文学の必要のためではない。ただ、「憂国」と「奔馬」だけは、絶対者としての天皇がモチーフになっている。ただ三島由紀夫という人間を考えると、無神論で理想が高く、天皇にしか心の拠り所がなかったのは、仕方がないとも感じる。そもそも武士道とは、君主のため死ぬ事であるから、ロイヤリティー、絶対者というものがなくてはならないのである。しかし個人の好みで思っている分にはいいが、自分の好みを政治的な制度にしようというのは、何たる不謹慎なことか、と思う。三島の天皇論はさておく。私は昭和天皇を人格的に尊敬している。開戦の時も、御前会議で右に血気盛んな陸軍がいて、左には、現実主義の内閣がいて、議論し、最後に天皇の言葉を仰ぐこととなる。開戦の時、天皇は、明治天皇の歌を謳った。
「四方の海、みな同胞と思う世になど波風の立ち騒ぐらん」
(世界の国々を仲間だと思うなら、どうして争いが起こるのだろう)
天皇は戦争に反対したのである。そして、東条英機は、その晩、自分ははじめて天皇の御心に逆らった事に痛恨の思いで涙した。そして終戦前の御前会議でも同じである。右に血気盛んな陸軍がいて、左には、現実主義の内閣がいて、陸軍は、原爆を落されたあとでも、一億層玉砕の戦いを主張した。陸軍は実に口が達者である。しかし、天皇は、「自分の身はどうなってもいい。日本民族を絶やしてはならない。この戦争を終わらせるべきである」と言った。あの発言があったからこそ、口の達者な陸軍も仕方なく納得した。もはや日本に勝ち目の無いことは陸軍もわかっていた。陸軍は、もはや、精神主義、意地だけになっていた。もし、天皇のあの発言がなかったら、日本は第三の原爆を落されていたかもしれない。一億層玉砕までは、いかなくとも、戦争をつづけていれば、もっと悲惨なことになっただろう。開戦時に戦争に反対し、そして、ポツダム宣言を受託して戦争を終わらせたのは、天皇だからと思うからである。今の皇室を見ていても、何とも感じない。ただ左翼の中には天皇制をなくせ、という人もいるが、天皇制があるから、日本の平和が保たれているという面はある。昭和天皇の戦争責任について言えば、私は、
「天皇には戦争責任がある。しかし、それは責められるべき責任ではない」
と思っている。まあ、天皇制が無くなる事はないだろうから、天皇制、云々を語ることは意味がない。

オウム真理教

2009-11-28 00:35:56 | Weblog
オウムの地下鉄サリン事件が起こった時、その後、連日のようにテレビではオウム報道関係のニュースだった。私は、あの時、オウム報道にかじりつかなかったし、あまり見たくなかった。私は、あの時、レッツ・ダンスの名高達郎さんと大高たか子さんを見ていた。オウムの幹部は学歴が高い人が多く、女は美人が多かった。多くの人は、そういう人達の人生が潰されていくことに、非常に喜びを感じるのである。やっぱり学歴があってもダメなのよ、と安心感を感じるからである。他人の不幸は鴨の味でもある。そういう人はやることの無い暇人である。暇なおばさんは、やる事が無いから、そういうものにかじりつくのである。私は、そういうものにかじりついて他人の不幸を楽しむのが嫌いなのである。しかし、弁護士の青山にせよ、腰痛治療のため、オウムと関わり、そのうちにはまってしまった人が結構いた。もし腰痛がなければ、オウムと関わらず、あんな事にはならなかっただろうに。
しかし、麻原の実態がわかり上祐もそれに気づいた後の彼のある点は嫌いだった。それは、遠くから狙撃されないように、外に出る時は必ず、防弾チョッキを着て、ヘルメットをつけるようになった姿を見た時である。あれは、ニセモノだと思った。命が惜しい宗教者などニセモノだと私は思う。江戸時代のキリシタンは、想像に絶する拷問を受け、そもそも死を全く怖れていない。あれこそが宗教者といえると思うのである。

患者を「面白い」という表現

2009-11-27 00:12:26 | Weblog
大学の臨床実習の時、「面白い」という言葉を使う先生が多い。単純に考えれば、病人は死ぬほど苦しんでいる。その人を、面白い、という見方でみるのは、不謹慎である。先生も意地の悪い先生は、ことさら、学生を試すように、面白い、という言葉を使う人もいた。しかし、それは、言って差し支えのない言葉であり、また、むしろ、面白くならなければいけないのである、と私は思う。臨床に通っても、なぜか基礎医学がわかっておらず、先生の話をポカンと聞いている生徒がいるのである。しかし私は面白かった。なぜなら基礎医学をしっかり勉強しておいたおかげで、病気の理屈がわかるからである。何事でも、そうだか物事は理屈が分かると面白いものである。そして理屈が分かるという段階では、まだ傍観者の立場だが、そこから次に、その病気をどうやったら治せるか、という治療を考えるようになった時、それは患者にとっての救いとなるのである。だから、病気は、まず、面白く、ならなくてはならないのである。

早く買う

2009-11-26 06:59:11 | Weblog
さてデフレの時は、物を買っても、その価値が下がるので、あまり物を買わないようにしようとする対象は土地や株だけではない。しかし私は金が少し貯まって少しでも余裕が出来たら、早く買う主義である。というのは金があると、つい使ってしまい、金がなくなると、節約する生活になるからである。そういう感覚があるから、金がある時に、25万のパソコンを買ってしまう。今まで、そういう経済感覚でやってきた。預金通帳の残高が、これから、どう生活するかの指標なのである。そのためパソコンは5台持っている。しかし、パソコンでは困ったことがある。それは、パソコンは日進月歩で新しいのが開発されるから、パソコンは出来るだけ最新のを買った方がいいのである。私はパソコンはワードとインターネットとメールくらいしか使わない。だから、ゴテゴテした機能がついても、そんなのはどうでもいい。パソコンはコンパクトなポータブルで、しかも家でも使える物を買う。コンパクトになると、キーボードが小さくなり、打ちにくくなる。大きくなると、持ち運びが出来なくなる。それで、その両方の条件を満たす物を買っている。しかし、新しい機種が出ると、結構、使いやすいのが、見受けられて、それが残念である。

私は一年単位で生きている

2009-11-25 11:48:29 | Weblog
多くの人は人生設計をしっかりして、何をするにも金銭感覚が頭にある。就職、転職、結婚、ローンで土地と家を買う。子供を生んだら育てる養育費。老後の退職金、企業年金、国民年金(これは、どうせ今後は、まず当てにならない)。退職後の趣味、第二の人生、そして息子と共に住むか、どうか。病気になったら、設備のいい老人ホーム、などなど。と、しっかり人生の計画を立てている。しかし、私はそんなものは、全く考えないで生きている。私は過敏性腸で生活が苦しく、まず平均年齢までは、生きられないと今の感覚では思うからである。もしかすると、あと、5年、健康に生きられるかどうかもわからない。これは健康な人には分からない感覚だろう。いわば、大げさに言えば、癌で、あと10年の命と宣告された人のような感覚で生きているのである。もっとも、そう簡単にも死なないだろうとも、思ってもいるが。健康に関しては将来の事はどうなるか、全く予想が出来ない。若い頃は、過敏性腸の腹の痛みが激しくて、将来が真っ暗だったが、歳をとると、若い頃活発だった体の機能が低下して、過敏性腸の痛みも軽くなったのである。これは予想もしていない事だった。また体力の低下を自覚して運動するようになったのも、幸いしている。そのため将来、どうなるか、わからないので私は一年計画で生きている。人生が、あと一年だと思って毎年、生きているのである。死ぬ時は、三島由紀夫のように演説して、割腹自殺したら新聞にのって、Whikipediaにも名前が残るかもしれないから、そしたら私の小説が注目されて、死後、読まれるようになるかもしれなので、健康状態が悪くなって小説が書けなくなったら、演説して割腹自殺でもしようかと思っている。

創作

2009-11-24 21:04:01 | Weblog
いよいよ冬になる。温かいものに嗜好が変わって、汁粉と肉まんを食べるようになった。柿も旨い。

エロティシズムは寒くなると起こりにくい、と思っていたが、眠れるようになって、体調が良くなって、結構、書ける。真夏は、夜、眠れないので、不眠だと当然、小説は書けない。

作家の島田雅彦氏の本の中に、全てを書き尽くした後に作家が始まる、と書いてあった。至言である。つまり、自分が書きたい事の全てを書き尽くしてしまった後に、それでもまだ書き続ける意欲を持っている人が作家である、という意味である。

私は、今まで、全てを読みつくした後にそれでも書きたい人こそが作家である、と思っていた。つまり、どんな作家の素晴らしい作品を読んでも、それでも、まだ満足できず、どうしても書きたいものを持っている人こそが作家である、と思っていた。母親は、詩とか短歌とかを、やっていた時期もあったが、今ではやめてしまった。母親は、三浦綾子の「氷点」を読んで、自分の書きたいと思っていた事を三浦綾子が書いたので、自分が書かないでも満足した、と言っている。

田原総一郎は、作家になりたいと思ってたが、大江健三郎の小説と、石原慎太郎の「太陽の季節」を読んで、自分は作家にはなれない、と諦めた。

ちなみに石原慎太郎の「太陽の季節」は単なるアプレゲールの作品ではない。と私は思っている。マラで障子を突き破る事は、別に大した問題ではない。それよりも「太陽の季節」の中で、母親に対する愛情の考察を懸命に書いている所があるからである。アプレゲールの勝手気まま、無思想の自由奔放を描こうとしたなら、ああいう考察は書かないはずである。そもそも戦後のアプレゲールの無思想の時代にあって、懸命に生きる意味を考えようとしたからこそ、小説を書いたのではないか。そもそも小説を読むのは、誰にでも出来るが、小説を書くには、しっかりした動機と意志がなくては出来ない。

差別語2

2009-11-24 07:57:54 | Weblog
研修病院で働いていた時は、週一回、県のはずれの150床くらいの精神病院にアルバイトで当直に行った。初めのうちは車を持っていなかったので、電車で行って、駅からも距離があるので、タクシーで行った。タクシーに乗ると、「××病院にお願いします」と言った。運転手は、ほとんどは話しかけてこない。が、ある時、ある運転手が話しかけてきた。「××病院にお願いします」「××病院は何科ですか」「精神科です」「それで何の用で行くのですか」「当直に行くんです」「では先生ですか」「そうです」私は少し、先生と言われて少しくすぐったい快感を感じた。「精神科というと、患者はキ○ガイの人ですね」私は、おわわっと焦った。思わず、私は、「それ。差別語ですよ」と言わなくちゃならない衝動が起こった。しかし言えなかった。なぜかというと、その運転手は、あまりにも人がよく、差別心など、この人には無いのではないかと思ったほどだからである。そのため、その人に、注意じみた事を言ったり、恥をかかせたりする事が、可哀相に思ったからである。結局、私は言わなかった。こういう差別心が無い人というのも、まれにいるのである。しかし、それは百人に一人くらいの割り合いでしか、いないだろう。差別語をなくそうという人は自分に差別心があるから、自分や人間の心を嫌って、差別語をなくそうと思うのである。差別心というものが無い稀有な人は、差別という概念がそもそも無いから、差別語に抵抗を感じずに平気で言ってしまうのである。

差別語

2009-11-24 07:45:48 | Weblog
差別語をなくす運動が行なわれている。それは昔からあったが、時代が進むにつれ、それは一層、強まっている。もちろん私も、差別という事には反対である。しかし、言葉狩りに対しては、むしろ反対である。なぜ、言葉狩りをするか、というと、それは当然、差別をなくすためである。つまり、言葉狩りとは、差別をなくすための手段であって、目的ではないのである。では、はたして、差別語をなくしてしまえば差別はなくなるか。といったら私は疑問に思うのである。私は差別語をなくすという意見には反対である。差別語をなくせば差別がなくなるという考えはあまりに単純すぎる。むしろ差別語をなくしてしまうと、表面的には、差別がなくなったように見えても、かえって、自分達は差別をなくす運動をしっかりやっているだ、という事実のもとにに安住してしまって、水面下で、陰湿な差別的行為が増してしまう可能性もあると思うのである。実際、昔と較べて、現在の、いじめは昔より陰湿化している。いじめ、そのものも増えて社会問題となっている。きれいごとをお題目のように唱えるより、差別というものから目をそらさず、直視する事こそ差別をなくすことに効果があると思うのである。そもそも、ほとんどの人間には差別心はあり、差別心そのものをなくす事は不可能である。それともう一つは、歴史、文化、伝統の問題がある。差別語の語源をたどると、実に日本の、歴史、文化、伝統と関係が深いのである。むしろ、差別語の語源を調べていったら、日本の歴史がどんどん分かって面白くなり、日本の歴史に関心を持てるようになると思うのである。差別語を無くすことは、そういう歴史、文化、伝統の認識を希薄にする。それは学力の低下にもつながってしまいかねない。実際、学力の低下は日本の社会問題である。そして徳川幕府が作った士農工商エタ非人、という差別によって、世を治めるという方法の何と巧妙で、ずる賢い方法であることか。力で百姓を抑えるためには、支配者は数ではかなわない。そのため非人には、職業を持つという事を禁止し、百姓の怒りが一揆を起こさないように、その怒りを非人に向けさせたのである。歴史とは、基本的に人間の悪知恵の歴史である。だから歴史を学ぶ時には差別を抜きにしては学べない。そして私がもう一つ、差別語について思うことだが。昔は差別が公然とあった。いじめがあった。まれに、温かく慰める友達もあった。つまりドラマがあった。それは子供にとっての非常に大きな体験である。その体験は子供にとって貴重なものだと思う。悪くはたらくケースより、よく影響するケースの方が多いと思うのである。例をあげれば、野口英世などはいい例である。彼は、不自由な片手を、「てんぼう」とけなされた。しかし、けなされた口惜しい思い、劣等感が、野口英世を昇華させ、そのため彼は、けなしたヤツを見返してやろう、偉くなってやろうという高い志が起こったのは間違いない。もし、野口英世が、不自由な手を、皆からけなされなかったら、日本が世界に誇る細菌学者、野口英世は、生まれなかったかもしれない。しかし、野口英世が劣等感を昇華させる事の出来る優れた人格があったからで、全ての人に当てはまることではない。

テニス小説

2009-11-23 06:58:41 | Weblog
「テニス小説」

という小説を書きました。ホームページにアップしましたので、よろしかったら御覧下さい。

テニス

2009-11-22 18:04:22 | Weblog
テニスをした。最近よく行く。だが、憧れの可愛い人と最近、出会えなくて、さびしかった。しかし、今日はその人が来ていた。最高に嬉しかった。しかし、その人は別のコートだった。さびしいなー、と思いながらも、レッスンがおわった後、一時間後に、またレッスンがあったので、それにも出る事にした。そしてら、今度は、その人もまた来て一緒のクラスでレッスンした。最高に幸せだった。その人とのラリーは最高に気持ちがいい。実を言うと、今、その人をモデルにした、テニス小説を書いているのである。近くアップします。

レーシック

2009-11-22 01:01:33 | Weblog
私はアルバイトでレーシックの手術の手伝いを少しした事がある。それは、以前に書いた。レーシックとは、角膜をレーザーで削って、近視を治す手術の事である。これは、勿論、保険が利かないから、自費診療である。両目で、大体、20万円くらいである。そして、手術時間は20分くらいである。一人で一日に、30人以上は手術しているから、一日に20×30=600万円、以上、稼いでいることになる。一日、働けば、もう一年間分の収入になる。だが、これは単なる数字だけの事である。手術機器が高くて、一台、何億円もし、その手入れにも、相当な金がかかるのである。また、手術前には目の検査を色々しなければならず、その機器も高く、また検査員の社員も10人以上いて、その人件費なども考えると、手取りの収入はぐっと減ってしまう。それでも、高収入であることは、明らかである。この人はワンマンだった。説明会、診察、手術、経営、全てを一人でやっていた。レーシックに関する本は、この人が日本で一番多く出している。もちろん医師免許は持っているが、それ以前に、防衛大学と東京大学を出ていて、その後、医学部に入ったので、医学部を卒業し、医師免許を取った時は、かなりの年齢になっていた。
目の手術をするのだから、当然、眼科医だと世間では思うだろう。では眼科医とは何か、と言えば、眼科専門医の資格を持っている人と言っていいだろう。眼科専門医の資格を取るためには、5年、眼科の診療経験があり、その上で、日本眼科学界の行なう専門医の試験に通らなくてはならない。(そこまでしなくても、一年、眼科を診療すれば、手術を別とすれば、大抵の事はわかり、診断できるようになると私は思うのだが)しかしその先生は眼科専門医の資格は持っていないのである。白内障や緑内障などの手術も出来ない。はたして眼科医院を開業しても、やっていける実力があるか、どうかもわからない。つまり、一人前の眼科医ではないのである。眼科に限らず、医者は自分の専門に関してはプライドが高い。そのため、眼科学会は、レーシック手術は眼科専門医がやるのが相応しい、とガイドラインを決めたのである。これは、一般の人が聞いても、納得することだと思う。角膜を削る手術である以上、それをやる人は眼科学に詳しい人がやるべき、という考えは誰が聞いても妥当だと思うだろう。しかし学会で決めたガイドラインは法律ではない。なので、その人は、眼科専門医でないのにレーシックの手術をしているのである。レーシックは、ほとんど眼科専門医がやっているので、そのため、ネットなどで見ると、レーシックをしている眼科医達は、その人を批判しているのである。しかし私は、その批判は必ずしも妥当だとは思わない。白内障や他の眼科の手術とレーシックの手術は、全然といっていいほど違うのである。レーシックの手術は角膜を100ミクロン程度と超、薄くレーザーで削って、きれいに元に戻して、角膜にくっつけるのである。手先の器用さが一番、大切なのである。その人は、米粒に200文字書く、ことが出来るほど手先が器用なのである。レーシックの手術も、実に器用で上手い。
さて、ここで大切だと私か思う事は、当たり前の事であるが、人はたくさんの能力を持っていても、何かある事をしている時は、その事しか出来ない、という当たり前のことである。たとえば野球とサッカーが出来る人がいたとする。その人がサッカーをしている時は、その人が野球が出来るなんて事は何の役にも立たない。サッカーをしている時は、サッカーの技術のみが大事なのである。野球なんて出来なくてもいいのである。野球も出来るという事は、サッカーをしている時は、野球の能力は宝の持ち腐れである。これが、レーシックについても、全く同じように言えるのである。レーシック手術の時にはレーシック手術独特の手先の器用な高度な技術が要る。それは眼科一般の幅広い知識や技術とは、全く関係がない。確かに眼科医は白内障の手術も出来る。しかし白内障の手術とレーシックの手術は、全然、違うのである。レーシックの手術では薄い角膜を扱うデリケートな手先の技術の上手さが一番大切なのである。眼科の知識や技術は、レーシックをしている時は、言わば宝の持ち腐れ、なのである。そこで眼科医でレーシックをする人は、手術後のフォローを宣伝、売り、にする。しかし、別にそれはレーシックをした人だからといって特に利点があるわけではない。眼科医なら、誰でも適切な診断、治療が出来るだろう。そもそもレーシック手術は、一回で完成の手術であり、その後は何もしなくてもいい、というのがレーシック手術なのではないか。アフターフォローなど無くても良く、また手術後に、何か問題が起こってきてアフターフォローが必要になるようでは問題なのである。しかし一般の人は、そういう事を知らないから、レーシックは眼科医がやるのが当然であり、また眼科医の方が眼科の白内障の手術など難しい手術が出来るのだから、レーシック手術も当然、上手いと思ってしまうのである。また眼科学会がレーシックは眼科専門医がやるのがふさわしい、というガイドラインを作ったのも、レーシックという儲かる手術を眼科医だけの特権にしたい、という思いもあるだろう。

医者の斡旋業者

2009-11-21 00:54:34 | Weblog
今は民間の医者の斡旋業者が非常にたくさんある。インターネットの発達のおかげである。昔は、なかったから、医者の就職や転職は、大変だった。結局、大学の医局に属し、教授に田舎の関連病院に売りとばされるしかなかった。父親が医院を持っていれば、有利であり、二代目の若先生にすぐなれる。あとは、医事新報の医者の求人欄、か友達や親戚とのコネで探すしかなかった。この斡旋業者という仕事が儲かるらしいのである。ある本に書いてあったが、一人常勤医を紹介すれば、400万らしい。今では、もっとその金額は減っているだろう。教授のうま味の一つも関連病院への医者の派遣である。教授は人事権を持っているのである。あとは博士号認定権である。医局員を医者がいなくて困っている僻地の田舎の関連病院に派遣する見返りに、教授がお礼を受けとるのである。この金額も100万以上だろう。研修医は教授の命令には逆らえない。私立医学部では、これは当たり前の事として行なわれている。しかし国公立だと、それは出来ないのである。国公立の教授は公務員という立場だからである。しかし陰では秘かに行なわれているだろう。私の母校も、以前、これがばれて、新聞で大きく報道され、警察の手入れまで入った。

嫌な看護教育

2009-11-20 08:41:14 | Weblog
研修病院の時、付属看護学校の生徒達が、しばしば実習で病院に見学に来た。この時、看護婦の偉いのが、色々、指導するのだが、それが何とも見ていて嫌だった。統合失調症の患者の妄想を単純に否定してはいけない、だとか、妄想の事を話してはいけないだとか、細かく注意するのである。これは大学の臨床実習の時も、そういう事を注意された。私は人を教育するなどという事が嫌いである。相手が分からない事を質問してくれば、教えるのは好きだが。私は人の自由を制限する事が嫌いである。看護学校の生徒は、患者と自由に話していいと思う。そもそも統合失調症の患者は、家族や、今までの人生で、自分の妄想を何百回も、間違っていると厳しく注意されつづけてきている。看護学生が、仮に一度、患者の妄想を否定したからといって、別に何も変わるわけでもない。そもそも、看護学生は、おとなしく、患者の妄想を治してやろうなどと思っている人は、ほとんどと言っていいほど、いない。それより患者は、妄想のため、家族からも見放され、孤独でさびしがっており、人との会話、触れ合いを求めているのだ。堅苦しくない自由な話が患者にとって、どれだけ嬉しいことか。その方がずっと、治療になる。また、妄想が強い患者では、ずーと個室で誰とも話さず、過ごしている患者もいる。そういう患者に、新聞とか週刊誌とかを見せると、妄想が体系化された患者では、新聞の記事から妄想が助長される事がある、と言って、新聞も禁止している看護士長もいるのである。これも私は、行き過ぎ、というか、おかしいと思う。まず、新聞の記事から妄想が助長される、という事が全く無いとは言えない。しかし、あってもそれは、非常に軽度なものである。翌日になれば忘れてしまうだろう。しかし、誰とも話さず、何も見ず、一日、何もしない生活しない生活というものが、どんなものだと思っているのだろう。そんなの人間の生活ではない。てめえが、そういう生活にはたして耐えられるのかと言いたくなる。しかしナースに物申す事は出来ないので黙っているしか、仕方がない。精神科の治療のゴールは、患者の妄想をなくす事ではない。妄想を持ちつつも、わからないまま、薬を飲まなければ、ならない事を納得させ、妄想を持ちつつも、家族とケンカせず暮らせるようにする事が、統合失調症の患者の治療のゴールなのである。

携帯SM小説

2009-11-19 10:13:08 | Weblog
「携帯SM小説」

という小説を書きました。ホームページにアップしましたので、よろしかったら御覧下さい。