小説家、精神科医、空手家、浅野浩二のブログ

小説家、精神科医、空手家の浅野浩二が小説、医療、病気、文学論、日常の雑感について書きます。

イエス・キリスト物語、第3話 (小説)

2020-07-25 22:03:21 | 小説
「イエス・キリスト物語、第3話」

という小説を書きました。

ホームページ 浅野浩二のHPの目次その2

http://www5f.biglobe.ne.jp/~asanokouji/mokuji2.html

に、アップしましたので、よろしかったらご覧ください。

(原稿用紙換算36枚)


イエス・キリスト物語、第3話

キリストは、ナザレから、エルサレムに向かいました。
12弟子を連れて。
ある所で、キリストは、一人の、男、に、出会いました。
「こんにちはー。私は、ザアカイという、しがない大工です」
と、男、は、笑顔で、キリストに挨拶しました。
そして、男は、キリストに、言いました。
「あなたは、キリスト、という、偉い人でしょ。これから、エルサレムに行くんでしょ。噂は聞いていますよ」
と、ザアカイ、は、愛想よく言いました。
イエスは、ザアカイ、に、近づきました。
そして、こう言いました。
「あなたは、罪深い人です。悔い改めなさい。裁きの日は近いのです」
ザアカイ、は、キリストに、そう言われて、首を傾げました。
「あのー。あなたは、私が、罪深い人間だ、と、言いますが・・・・、私が、何か、悪いことをしたのでしょうか?」
ザアカイ、は、キリストに、聞き返しました。
「いや。あなたは、絶対、罪を犯しているはずです。世の中の、人間は、すべて罪深いのですから」
キリストは言いました。
「いや。そう言われても、私は、悪い事、をした、覚えは、ありません」
ザアカイ、は、キッパリと、言いました。
「いや。そんなことは、ないはずです。すべての人間は、罪深いはずです。あなたも、絶対に、罪を犯しているはずです。私は、罪深い、世の全ての人間の罪を、私が、十字架にかけられることに、よって、引き受けて、罪深い、すべての人間、を救う宿命にあるのです。あなたも、自分の胸に手を当てて、自分の、犯してきた罪を思い出してみなさい」
キリストは言いました。
「はい。わかりました」
ザアカイ、は、素直に、目をつぶり、自分の胸に手を当てて、うーん、うーん、と唸りながら、自分の、過去してきたことを、必死に、思い出そうと、努力しました。
「うーん。うーん。オレが、今まで、生きてきて、何か、悪いことを、したことがあるだろうかなー?オレは、人を殺したことなんて、ないし、物を盗んだことも、ないし、人をいじめたことも、ないし、浮気をしたこともないし・・・・」
ザアカイ、は、そう、つぶやきながら、必死に、自分が、過去に、犯した、罪は、ないかと、思い出そうと、努力しました。
1時間、ほど、経ちました。
ザアカイ、は、ヘトヘトに疲れてしまいました。
なぜなら、ザアカイは、どうしても、悪い事をした記憶、を、思いつけなかったからです。
なので、ザアカイは、キリストに、向かって、言いました。
「キリスト様。私は、今まで、生きてきて、悪い事、を、したことが、どうしても、思いつきません。申し訳ありません。良い行い、なら、いくらでも、思い出せるのですが・・・」
そう言って、ザアカイ、は、キリストに向かって、スラスラと、話し出しました。
「私は、乞食を見つけると、必ず、食事を与えてあげてきましたし。困っている人を見ると、その人の悩み、を、聞いてきましたし。自然災害で、家が壊れて、困っている人を見ると、私の家に泊めてあげて食事をあげてきましたし、そして、その人の家の、建て直しに、協力してきましたし。その他にも、良い事なら、いくらでも、思い出せるのですが・・・。どうしても、悪い事が思いあたりません。・・・・申し訳ありません」
ザアカイ、は、深々と、頭を下げて、キリストに謝りました。
キリストは、困った顔をしだしました。
キリストの弟子たちも、タラリと、冷や汗を流しました。
イエスの、弟子たちは、困り出しました。
「先生。ちょっと、失礼します」
弟子たちは、困惑した表情で、キリストと、少し離れて、集まりました。
「おい。どうする?」
「困ったなー」
弟子たちは、ヒソヒソと、キリストに、聞こえないように、相談しだしました。
それは、無理もありません。
なぜなら、キリストが、全人類、の罪を、許す、救世主と、なるためには、人間は、みな、罪深くなくては、ならないからです。
その時です。
一人の、骨と皮だけの、やせ細った浮浪者が、「ザアカイ様ー」、と、叫びながら、フラフラと、たどたどしい足つきで、こちらに、やって来ました。
そして、その場に、グッタリと、倒れ伏してしまいました。
「あの者は誰ですか?」
マタイが、ザアカイ、に聞きました。
「あの人は、元徴税人です。しかし、あまりにも多額の、税金を搾取していて、その上、その一部を、ネコババしていたのです。それが、バレてしまい、裁判にかけられて、家も、全財産も、居住権も、すべて、失ってしまって、ホームレスの、浮浪者になってしまったのです」
と、ザアカイは言いました。
「どうして、あの浮浪者は、あなたの名前を呼んだのですか?」
マタイが聞きました。
「それは・・・あの人は、時々、私の所に来るからです」
と、ザアカイは、言いました。
「しめた」
と、弟子たちは、喜びました。
「なにが、しめた、なのですか?あの、浮浪者は、時々、私の所に来るのです。それで、私が、毎回、食事をあげているのです」
ザアカイ、は、マタイに、向かって、言いました。
瞬時に、弟子たちの顔が青ざめました。
「ええっ。そんな事をしていたんですか。それは、ちょっと、困ったな」
マタイは顔をしかめました。
「どうして困るんですか?」
そう聞いても、弟子たちは、答えられません。
ザアカイ、は、浮浪者の方に、歩き出しました。
「あ、あの。どこへ行くんですか?」
マタイが聞きました。
「決まっています。いつものように、あの、浮浪者に、食べ物をあげるのです」
ザアカイ、が言いました。
「ええっ」
マタイの顔は、みるみるうちに渋面になりました。
他の弟子たちも、みな、渋面になりました。
「ザアカイさん。まことに申し訳ないが、それは、ちょっと、待って頂けないでしょうか?」
マタイが急いで制しました。
「なぜですか?」
ザアカイ、が聞き返しました。
「そ、それは・・・・」
マタイは、答えられませんでした。
弟子たちは、ザアカイ、から離れた所に集まって、ザアカイに聞こえないように、ヒソヒソと相談しだしました。
「どうしよう?」
「どうしたら、いいかな?」
「困ったことになったなー」
弟子たちは、ザアカイ、に聞こえないように、ヒソヒソと、相談していましたが、ついに、ある一つの結論に達しました。
そして、マタイが、ザアカイ、の前に、オズオズと、歩み寄りました。
そして、そっと、ザアカイ、の耳に、自分の口を、近づけました。
そして、こう、ザアカイ、に、伝えました。
「ザアカイさん。大変、すみませんが、あの浮浪者を、思い切り、殴り、蹴り、罵声を浴びせて、頂けないでしょうか?」
そう、マタイは、ザアカイ、に、言いました。
ザアカイ、は、びっくりして、目を丸くして、マタイを見つめました。
「どうして、そんな、むごい事をしなくては、ならないのですか?あなた方は、立派な人達なんでしょう?」
ザアカイ、は、マタイに、聞き返しました。
「それは・・・。その理由は、ちょっと・・・。言いにくいのですが・・・。そうして、くれないと、キリストは、全人類の罪を背負った、救世主になれなくなってしまうのです」
マタイは、そう言いました。
「そう言われたって、そんなことを、したら、あの浮浪者が、かわいそうじゃないですか?」
ザアカイ、は、マタイに、強い口調で言いました。
「そこを、何とか、お願いします。そうすれば、キリストは、世の全ての、人間を救えるのです」
マタイは、強行な口調で言いました。
「で、でも・・・・。そんな、かわいそうな事、どうしても、私の良心が許しません」
ザアカイ、は、キッパリと言いました。
「ザアカイさん。あなたは、とても心の優しい人だ。しかし、私は、浮浪者を、殺せ、なんて言っているのじゃありません。ただ、浮浪者を、殴り、蹴り、罵声を浴びせて欲しい、と言っているのです。その後は、私たちが、ちゃんと、浮浪者を介抱してやり、食事も、お金もあげてやります。ですから、どうか、心を鬼にして、それを、やってくれませんか?」
マタイは、言いました。
ザアカイ、は、「うーん」、と、うなって、目をつぶって、思案げな表情をして、少し、考え込んでいましたが、パッと目を開きました。
「そうですか。そういうことなら、お引き受けしましょう。それで、全人類が救われるのなら、私も、その方が、良い事だと、思います」
ザアカイ、は言いました。
「ありがとうございます」
マタイは、嬉しさのあまり、ザアカイの手を、ギュッと握りしめました。
「あ、あの。ザアカイ、さん」
「はい。何ですか?」
「嫌な、役目を引き受けてくれた、お礼です。どうぞ、受け取って、下さい」
そう言って、マタイは、100デナリ、を、取り出して、ザアカイ、に差し出しました。
すると、ザアカイ、は、手を振って、それを拒否しました。
「いやあ。そんな、お金なんて、いりませんよ。それより、そのお金は、浮浪者にあげて下さい」
と、ザアカイ、は言いました。
そして、ザアカイ、は、浮浪者の方を向き、歩き出そうとしました。
その時です。
「あ、あの・・・」
と、マタイが、また、制しました。
「はい。何でしょうか?」
ザアカイ、が、足を止めて、振り返って、聞きました。
「あ、あの。大変、申し訳ありませんが・・・・どうか、手加減しないで、本気で、浮浪者を、虐めて下さいませんか?」
マタイが、申し訳なさそうに言いました。
「ええ。わかりました」
「ザアカイさん。それと、もう一つ、お願いがあるのですが・・・」
と、マタイは、言いにくそうに、言いました。
「それと、何ですか?」
「それは、ちょっと、我々の口からは、言いにくいのですが・・・」
「ははは。わかりますよ。あなたが、僕に、して欲しい、お願い、というのは」
「どうして、言わないうちから、わかるのですか?」
「そりゃー。わかりますよ。言われなくたって」
「どうしてですか?」
マタイは、詰め寄りました。
「僕は、子供の時、知能テストを受けましたが、IQは、1000、を、はるかに越していました。自分で、言うのは、大変、僭越ですが、僕は、頭が非常に、良いので、ほとんどのことは、言われなくても、直観力で理解することが、出来ちゃうんです」
「そうですか。それでは。申し訳ありません。何卒よろしくお願い申し上げます」
ザアカイ、は、スタスタと、浮浪者の所に行きました。
浮浪者は、ザアカイ、が、来ると、やつれた顔を、ザアカイ、に向けました。
「ああ。御主人様。私は、10日、何も食べていないのです。血圧も、50/20mmHgと、下がってきました。このままでは、死んでしまいます。どうか、私を、あわれんで、何でもいいですので、食べ物を頂けないでしょうか?何でも構いません。残飯でも構いません。どうか、情けない、私をあわれんで下さい」
そう言って、浮浪者は、手を、伸ばして、ザアカイの服をつかみました。
「ダメだ。お前は、悪い事をしたから、乞食になったんだ。自業自得だ」
そう言って、ザアカイ、は、浮浪者の顔を蹴とばしました。
「この極悪人め。お前が、今まで、行ってきた悪事の罰を受けろ」
そう言って、ザアカイ、は、浮浪者を、何度も、思い切り、こん棒で殴り、そして、蹴りました。
「申し訳ありません。申し訳ありません。御主人様」
浮浪者は、涙をポロポロ流して、泣きながら、何度も、そう言って、ザアカイ、に、あわれみ、を乞いました。
その時です。
キリストが、おもむろに、浮浪者、を虐めている、ザアカイの所に、やって来ました。
キリストは、ザアカイ、に、柔和な眼差しを向けました。
「あなたは、どうして、この者を虐めるのですか?」
キリストは、やさしい口調で、ザアカイ、に聞きました。
「こいつは、元徴税人です。ローマ帝国の手先であり、我々、イスラエル人を裏切った極悪人です。しかも、莫大な額の、税金を搾取して、しかも、その一部を、ネコババしていたのです。それが、バレて、裁判にかけられて、家も、全財産も、居住権も、すべて、失ってしまって、ホームレスの、浮浪者になってしまったのです。こいつは、罪深いヤツです。ですから、罰しているのです」
と、ザアカイは、言いました。
「そうですか」
と、キリストは、おもむろに言いました。
キリストは、浮浪者の前に、屈みこみました。
そして、慈愛に満ちた目で浮浪者を見つめました。
「私は、今、あなたに、真実を言います。あなたの罪は、今、許されました」
と、キリストは言いました。
「うわーん」
浮浪者は、激しく、泣き出しました。
「あ、あなた様は、一体、誰ですか?」
浮浪者は、恐る恐る、顔をあげて、キリストを見て、聞きました。
「私は、イエス・キリスト、という者です」
と、キリストは、柔和な表情で答えました。
「ああ。うわさ、は、聞いております。天上の神、ヤハウェ、が、この世に、つかわした、尊い神の御子なのですね」
と、浮浪者は、言いました。
「ええ。その通りです」
と、キリストは、言いました。
「主よ。私は、10日、何も食べていないのです。血圧も、50/20mmHg、と、下がってきました。このままでは、私は、死んでしまいます。しかし、それは、私の犯してきた、罪のせいであって、自業自得と心得ています。しかし、私は、死がこわいのです。何でも、いいですから、どうか、何か、食べ物を、頂けないでしょうか?主よ。偉大なる神、ヤハウェの御子よ。どうか、どうか、罪深い私を憐れんで下さい」
と、浮浪者は、泣きながら、訴えました。
「そうですか。わかりました」
と、キリストは、慈愛に満ちた目で、浮浪者を見ました。
そして、後ろを振り返り、後ろに、ひかえている、弟子たちの方を見ました。
「弟子たちよ。今、お前たちが、持っている、食べ物を、全部、持ってきなさい」
と、キリストは、命じました。
キリストの弟子たちは皆、
「はい」
と言って、キリストの所に、駆け寄ってきました。
「さあ。持っている、すべての、食べ物を、ここに、差し出しなさい」
と、キリストは言いました。
「はい」
弟子たちは、持っている、ありったけの、食べ物、を、すべて、浮浪者の前に、差し出しました。
大量の、パン、と、魚、と、ぶどう酒、が、浮浪者の前に、並べられました。
「さあ。思う存分、食べなさい」
と、キリストは、浮浪者に言いました。
「ああ。主よ。お慈悲をありがとうございます。これで、私は生き延びられます」
浮浪者は、泣きながら、パン、と、魚、をガツガツ食べ、ぶどう酒、を、ゴクゴク飲み出しました。
それを、見ていた、ザアカイは、「ははは」、と、あざ笑いました。
「ははは。バカな事をするヤツだ。こんな罪人に、食べ物を与えるなんて」
ザアカイは、キリストを、罵りました。
キリストは、ザアカイを、悲しみの目で見ました。
「あなたに、言っておきたいことがあります」
キリストは、厳かな口調で、言いました。
「はい。何でしょうか?」
「人を裁いては、いけません」
「どうしてですか?」
「あなたが、裁かれないようにするためです」
キリストが答えました。
「よく、意味が、わかりません。私は悪い事はしていないのですよ。何で、私が、裁かれなければ、ならないのですか?」
ザアカイが聞きました。
「あなたに言っておきます。私は、自分を、(義)、とする者のために、この世にきたのでは、ありません。私は、自分の罪深さに、苦しんでいる者を救うために、この世にきたのです」
と、イエスは、言いました。
さらに、キリストは、続けて言いました。
「もう一つ、あなたに言っておきます。あなたは、兄弟の目の中にある、おが屑、は見えるのに、なぜ自分の目の中にある丸太には気がつかないのですか?」
「なに、わけのわからない事、言ってんだよ。オレの目の中に、丸太なんて、入ってないよ」
と、ザアカイは言って、ペッ、と、キリストの顔に、唾を吐きかけました。
イエスは、天を仰ぎました。
「父よ。どうか、この愚かな者に慈悲を、お与え下さい。彼は自分が何をしているのか、わからないのです」
と、つぶやきました。
「オレが愚か者だと。失敬な。だいたい、お前は、生意気なんだよ」
そう言って、ザアカイは、キリストの右の頬を、ピシャリと、平手打ちしました。
すると、キリストは、黙って、左の頬を差し出しました。
なので、ザアカイ、は、キリストの左の頬も、ピシャリと、平手打ちしました。
「オレは、あんたが、不愉快だ。だから、去るぜ。あばよ」
ザアカイは、そう言い捨てて、その場を去って行きました。
・・・・・・・・
キリストは、あたたかい慈悲の目で、浮浪者を見ました。
そして、
「あなたの罪は許されたのです」
と言いました。
浮浪者は、
「ああ。主よ。お許しくださり、ありがとうございます」
と、泣きながら、言いました。
・・・・・・・
その時です。
弟子の一人、マタイが、キリストに気づかれないよう、抜き足差し足で、その場を離れました。
そして、急いで、去って行く、ザアカイを追いかけました。
そして、ザアカイに追いつくと、
「いやあ。どうも、ありがとうございました」
と小声で言って、大きな岩の陰に、ザアカイを、誘いました。
そして、そこに、しゃがみ込みました。
「ザアカイさん。どうも、ありがとうございました。迫真の演技をしてくださいまして。心より、お礼を、申し上げます」
と、マタイは、深々と、頭を下げました。
「いえ。いいですよ。一回、悪人の役を演じただけですから。それより、私の方こそ、あなた達に、お礼を言いたい。あんなに、大量の、パン、と、魚、と、ぶどう酒、を、食べることが、出来て、あの、浮浪者は、物凄く、喜んでいます。僕も嬉しいです。僕では、あんなに、たくさんの、食べ物は、持ってないので、あげることが出来ませんから」
と、ザアカイは、言いました。
「ありがとうございます。そして、申し訳ありませんでした」
と、マタイは、また、深々と、お礼、と、おわび、を言いました。
「いえ。別に、全然、気にしていませんよ」
と、ザアカイは、飄々と言いました。
「それと・・・私が、言えなかった、お願いを、実行してくださって、心より感謝、申し上げます。ありがとうございました」
「いえ。いいですよ。あなたの、言えなかった、お願いとは、キリストを、罵り、バカにする、ということでしょう。それくらいのこと、わかりますよ」
「そ、その通りです。でも、どうして、それが、わかったのですか?」
「それは、わかりますよ。だって、人間が、キリストを、迫害しなければ、キリストは、偉大な人に、なれませんからね」
「ありがとうございます。あなたは、本当に、聡明な人だ。どうですか。あなたも、キリストの弟子になりませんか?」
マタイが聞きました。
「宗教勧誘ですか。それは、お断りします」
ザアカイは、言下に断りました。
「どうしてですか?その理由を教えて下さい」
マタイが聞きました。
「わかりませんか?」
ザアカイが聞き返しました。
「え、ええ。わかりません」
マタイは、困惑した顔つきで、首を傾げました。
「では、教えてあげましょう。弟子は、師より、聡明であっては、ならないのです。キリスト様も、(弟子は師を超えるものではない)、と、言っていますからね。僕も、その通りだと、思いますよ」
「そうなのですか。私は、先生の説く、(弟子は師を超えるものではない)、という、教えは、どうしても、理解出来ないのです」
「そうですか。でも、それで、いいのでは、ないでしょうか。先生の教えが、わからない、というのは、まさに、(弟子は師を超えるものではない)、じゃないですか」
「ああ。なるほど。そうですね。言われてみれば、確かに、その通りですね」
マタイは、わからなかった疑問が解けて、納得したという表情で頷きました。
「ところで、ザアカイ様。大変、厚かましくて、申し訳ないのですが・・・・もう一つ、お願いがあるのですが・・・」
と、マタイは、言いにくそうに、口ごもりました。
「はい。何でしょうか?」
ザアカイは、飄々とした口調で聞きました。
「このことは、どうか、内密にして、頂けないでしょうか?」
マタイは、ペコペコと頭を下げながら、頼みました。
「ええ。構いませんよ。私は、口が堅いですから・・・」
と、ザアカイが、言いました。
「どうもありがとうございます」
マタイは、深々と、お礼の頭を下げました。
「さあ。早く、仲間たちの所にもどりなさい」
ザアカイが言いました。
「はい」
マタイは、踵を返し、弟子たちのいる方に、走り出しました。
マタイは、キリストと、弟子たちの、所に戻ってきました。
キリストの顔には、「これで、私は、罪深い人類の、救世主になれる」という満足が、満ちあふれていました。
それを、弟子たちは、まざまざと、感じとりました。
弟子たちは、ほっとしました。
そして、キリストは、エルサレムに入り、罪人として、十字架にかけられ、全人類の罪を背負って、死にました。
幸い、ザアカイは、約束どおり、キリストとの出会い、を、誰にも話しませんでした。
・・・・・・・
その後、キリスト教は、博愛の、宗教として、全世界に広まりました。
しかし、その成功の陰には、ザアカイの、機転の利いた、配慮が、あったからなのです。
このことは、聖書には書かれていません。
しかし、聡明なザアカイの、対応が、あったからこそ、キリスト教は、博愛の、宗教として、全世界に広まることが、出来たのです。
その後、ザアカイも、歳をとり、そして、40歳の時、その時、世界中で流行っていた、疫病である、新型コロナウイルス、COVID―19、にかかって、死にました。
キリストの、弟子たちは、ザアカイが死んだ時、キリスト教、を、成り立たせてくれた、陰の偉大なる人、として、国葬にも、近い、手厚い、葬儀を、とり行いました。
めでたし。めでたし。


令和2年7月25日(土)擱筆




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一人よがりの少女・他5編 (小説)

2020-07-20 04:10:26 | 小説
一人よがりの少女

ある初冬の日のことである。
私は、横浜市立中央図書館に、行って、勉強した。
そして、閉館の5時に、図書館を出た。
私は、アイスティーが、飲みたくなって、近くの、マクドナルドに入った。
私は、アイスティーを、持って、二階の客席に、上がって、座った。
そして、アイスティーを、啜り出した。
二階の客席は、すいていた。
しかし、窓際の席に、一組の、女子高生と、男子高生、が、向き合って、座っていた。
客は、その二人と、私だけだった。
女子高生と、男子高生、は、彼氏彼女の仲なのだろう、仲が、良さそうで、さかんに、話していた。
二人の会話が、私の耳に入ってきた。
私は、二人の会話に耳を傾けた。
どうやら、彼女は、アイドル志望で、芸能プロダクションの、オーディションを、受けたのに、落ちてしまったらしい。
彼女は、さかんに、AKB48の、悪口を言っていた。
「高橋みなみ、なんて、大したことないじゃない。そもそも、AKB48なんて、いい加減なものよ。一人で、芸能プロダクションに、応募して、認められたんじゃ、ないわ。大勢、いるから、一人か、二人、ブスが、混じっていても、わからないじゃない。ねえ。そうでしょ」
そう言って、少女は、チキンマックナゲットを、ちぎって、バーベキューソースをつけて、男の子の口に、入れた。
「スマップにしたって、そうじゃない。あの中で、格好いいのは、木村拓哉だけじゃない。他の、稲垣吾郎、香取慎吾、中居正広、草彅剛、なんて、たいしたことないじゃない」
そう言って、少女は、チキンマックナゲットを、ちぎって、バーベキューソースをつけて、男の子の口に、入れた。
「草彅剛、なんて、たいしたことないじゃない。あれが、人気があるのは、スマップの一員だから、という理由だけじゃない。もし、草彅剛、が、一人で、芸能プロダクションに、応募したら、プロダクションは、採用したと思う?採用なんて、しっこないわ。自分の実力で、タレントになったんじゃ、ないわ」
そう言って、少女は、チキンマックナゲットを、ちぎって、バーベキューソースをつけて、男の子の口に、入れた。
「AKB48だって、そうだわ。AKB48なんて、あんな大多数のグループが、今までに無かったから、受けたのに、過ぎないじゃない。で、AKB48が、人気が出たから、グルーブに属する、一人一人、が、アイドルになれた、だけのことじゃない」
そう言って、少女は、チキンマックナゲットを、ちぎって、男の子の口に、入れた。
男の子は、ニコニコ、笑顔で、少女の、発言に、自分の意見を言う、ということは、せず、黙って、少女の話を聞いていた。
また、少女も、うつむいたまま、顔を上げず、一人で話していた。
少女は、男の子を、話し相手とは、思っておらず、自分の思いを、誰かに話したくて、一方的に、男の子に、話しているのに過ぎない。
だから、別に、少女の、お喋りの、聞き手は、仲のいい、彼でなくても、誰でも、よかったのである。
こういう女は、結構、いるものである。
私は、彼女の、一人よがりさ、が、何とも、面白く、二人の会話を、黙って聞いていた。
その時である。
外で、大きな声がした。
警察のアナウンスだった。
「こちらは、横浜中区警察署です。今、アフリカから、上野動物園に、輸送中の、ゴリラが、車のカギを壊して、脱走しました。凶暴な肉食の人食いゴリラです。この近辺にいると、推測されます。大変、凶暴です。危険ですので、住民のみなさんは、外を出歩かないようにして下さい。そして、ゴリラを見かけた方は、すぐに、警察に通報して下さい」
私は、(ふーん。ゴリラが、街中をうろついているのか)、と、思ったが、私は、自分とは、関係のない、他人事だと、思って、気にかけなかった。
それより、私は、少女の話の方に、関心があった。
「あーあ。私も、芸能プロダクションじゃなくて、AKB48のオーディションを、受ければよかったな。そうすれば、私なら、間違いなく、受かったのに」
そう言って、少女は、チキンマックナゲットを、ちぎって、バーベキューソースをつけて、男の子の口に、入れた。
男の子は、ニコニコ、笑顔で、少女の、発言に、自分の意見を言う、ということは、せず、黙って、少女の話を聞いていた。
その時である。
私は、吃驚した。
なぜなら、大きなゴリラが、マクドナルドの二階に上がってきたからである。
私は、腰が抜けてしまって、動くことが出来なかった。
男の子は、ゴリラに、気づくと、出来るだけ、物音を立てないように、注意しながら、そっと、席を立って、抜き足差し足で、二階のマクドナルドから、出て行った。
ゴリラは、少女の、席に、向き合って、座った。
ハーハー、鼻息を荒くしている。
しかし、少女は、うつむいて、独り言の愚痴を、話そうとしているので、目の前の、ゴリラに、気づいていない。
「あーあ。AKB48の、オーディションを、受けていれば、私は、受かったのに。もう、募集、締め切りになっちゃった、から、出来ないわ。ねえ。私が、AKB48の、オーディションを、受けていれば、受かったのに」
そう言って、少女は、顔を上げ、チキンマックナゲットをちぎって、バーベキューソースをつけて、ゴリラの口に入れた。
「そうすれば、私は、アイドルになれたのよ。ねえ。あなたも、そう思うでしょ」
そう言って、少女は、チキンマックナゲットをちぎって、バーベキューソースをつけて、ゴリラの口に入れた。
少女は、自分の愚痴を言うことに、関心の全て、が行っているので、目の前に、ゴリラがいる、ということも、ゴリラを、見ていながらも、気づいていなかった。
その時である。
警察官と、機動隊の数人が、そーと、マクドナルドの、二階に、上がって来た。
警察官と、機動隊は、口に、人差し指を立て、「しー」、と、ゴリラを刺激しないように、ゴリラを捕獲しようとした。
「麻酔銃を打とうか?」
「いや。それは、危険だ。ゴリラを刺激する」
「少女の命が危ない。しかし、どうして、あの少女は、逃げようとしないのだろう?」
「きっと、恐怖のあまり、足が竦んでしまっているのだろう」
「少女は何か、ブツブツ独り言、を言っているようだが、なぜだろう?」
「きっと、少女は、もうダメだと、思って、神に、祈っているのだろう」
「では、仕方がない。ゴリラを、機関銃で、射殺するしか、他に、方法がないな」
「よし。それで決まりだ。では、私が合図するから、みな、ゴリラの頭を狙って、一斉に、撃て」
そう言って、機動隊員たちが、機関銃を、ゴリラの頭に向けた時である。
「あなた。さっきから、黙ってばかりで、少しは、相槌を打つなり、自分の意見を言うなりしなさいよ。高橋みなみ、と、私と、一人の女として、どっちが、魅力的だと思うの?あなただって、イケメンだから、草彅剛、とたいして変わりないから、ちゃっかり、スマップに入れるわよ」
そう言って、少女は、怒って、顔を上げ、チキンマックナゲットをちぎって、バーベキューソースをつけて、ゴリラの口に入れた。
しかし、もちろん、ゴリラは、人語なと、わからないし、話せない。
「もう。いいわ。私、帰る」
そう言って、少女は、立ち上がって、スポーツバッグを、肩にかけ、スタスタと、その場を離れ、マクドナルドから、出て行った。
「しめた。少女が去った。もう、少女の身は、安全だ。あとは、どうやって、ゴリラを捕獲するかだ」
機動隊員の一人が言った。
その時である。
ゴリラは、立ち上がって、おとなしく、マクドナルドの二階席から、一階へ降りた。
「しめた。どういう気まぐれ、かは、わからないが、ゴリラが、外へ出てくれた。こうなれば、安全に、捕獲することは、容易だ」
機動隊員の一人が言った。
警察官と、機動隊員は、ゴリラが、マクドナルドの二階席から、出て行ったのを、後から追った。
そして、私も、マクドナルドの二階席を降りた。
警察官と、機動隊、は、何とか、ゴリラが、暴れないように、捕まえようと、輸送車の、観音開きの、戸を開けて、待機していた。
しかし、ゴリラは、自分から、輸送車に、乗り込んだ。
こうして、ゴリラは、無事に捕獲されて、上野動物園に、送られた。

平成30年11月16日(金)擱筆





少女との競泳

「ふあーあ」
大きな欠伸をして、カバンから携帯電話を取り出して時刻を哲也は見た。12時10分だった。哲也は、不眠症だが、特に、最近の熱帯夜は、クーラーをかけっぱなしにしても、なかなか寝つけない。なんせ、夜も24度もある。遅寝遅起きの生活である。この頃、体調が良くなって、小説が書けるようになったので、毎日、図書館で小説を書いている。そのため、ちょっと運動不足ぎみになっている。しかも、マクドナルドで、期間限定で、マックフライポテトがLサイズで、150円で、期間限定のブルーベリーオレオが美味いので、つい注文して食べてしまう。そのため、少し腹回りに脂肪がついてきた。彼の適正体重は、62kgで、それが健康に一番いいので、それを保っているのだが、今は、おそらく、2kgくらい増えて、64kgくらいになっているだろう。だろう、というのは、彼は、神経質なので、体重計に、頻繁には乗らないようにしているのである。月に、2~3回くらいしか、体重をチェックしないのである。彼は、図書館へ行って、小説を書こうか、それとも、プールへ行こうか、迷ったが、迷っている間に、20分、過ぎて、12時30分になっていた。
「よし。プールへ行こう」
と哲也は決断した。プールは午後一時からである。哲也がプールへ行くのは、泳ぐ楽しみのためではない。プールで一時間、休みなく、泳ぐのが、一番、手っ取り早い、健康法だからである。体調を良い状態に保たないと創作にも差し障りがある。幸い、今日は曇っている。皮膚の弱い彼にとっては、曇っている方が、日焼けしないので、ありがたいのである。
彼は、車を飛ばして、プールに行った。家からプールまで、20分くらいである。距離的には、近いが、信号が多く、GO-STOPなので、20分くらい、かかるのである。
哲也は、12時50分に、プールに着いた。
彼は駐車場に車を止め、400円のプールの入場チケットを買って、場内に入った。彼は、急いで、トランクスを履き、カバンは、コインロッカーに入れて、水泳キャップとゴーグルを持って、シャワーを浴び、屋外のプール場へ出た。時刻は、12時55分だった。手前が、子供用の大きなドーナッツ状のプールである。客は、それほど多くない。昨日の天気予報で、日本列島に台風が近づいており、今日は、午後から、雨が降るかもしれない、と聞いていたせいかもしれない。子供用のプールの奥が、一段高くなっており、そこが50mプールである。幸い、客は少ない。4~5人しかいなかった。午前中は、12時20分までで、午後の一時まで40分の休憩がある。時計が、一時にピタリと合い、監視員がピーと、入水O.K.の笛を鳴らした。哲也は、一番にプールに入った。出来る事をやっても、バカバカしいと思っている彼ではあったが、それでも、美しいフォームのクロールで、一時間、続けて泳げることは、彼の自慢だった。
「泳ぎで、オレの右に出る者はいないな」
そんなことを思いながら、彼は、ゆったりと泳いでいた。数往復した後である。プールの真ん中の25mを過ぎた辺りで、彼の、ちょうど右側を、クロールで、ぐんぐん抜いていく泳者がいた。水玉模様のワンピースの水着である。彼女はプールの壁縁に着いて立ち止まった。彼も、プールの縁に着くと、立ち止まって、ゴーグルをはずし、彼を抜いた泳者を見た。中学一年生くらいの女の子だった。
「おにいさん。遅いですね」
少女は、あどけない顔で、ニコッと笑って言った。
「なあに。僕は、ゆっくり泳いでいるだけさ。速く泳ごうと思ったら、速く泳げるさ」
彼は、自信満々の口調で言った。
「本当かしら。速く泳げないものだから、負け惜しみ、を言ってるんじゃないかしら」
少女は、ガキのくせに、そんな、生意気なことを言った。
哲也は、カチンと頭にきた。少女は、続けて言った。
「私。三歳の時から、スイミングスクールに通ってて、競泳大会では一度も、誰にも負けたことがないわ。家には、競泳大会で優勝したトロフィーが、数えきれないくらいあるわ」
少女は、ガキのくせに、そんな生意気なことを言った。哲也は、少女の、うぬぼれの天狗の鼻を折ってやりたい衝動がムラムラと沸いてきた。
「じゃあ。僕も本気で泳ぐから、競争しようじゃないか」
哲也は強気の口調で言った。
「ええ。やりましょう」
少女は自信満々の口調で言った。
もう、やる前から、勝ったも同然という生意気な顔つきだった。
その時。ピーと、休憩を知らせる、監視員の笛がなった。どこの公共プールでも、そうだが、公共プールでは、50分の遊泳の後に、10分間の休憩時間をとっている。今は、ちょうど、1時50分だった。
「じゃあ、2時から、競争しよう」
「ええ」
そう言って、哲也と少女は、プールから上がった。
少女は、胸もペチャンコで、未発達の体は、色っぽさが、全くなかった。
「ちょっとトイレに行ってくる」
哲也はそう言って、更衣室へ行った。
そして、用を足すと、すぐに、50mプールにもどった。そして少女の隣りに座った。
「あら。よく戻ってきたわね。勝つ自信がないから、てっきり逃げ出したんだと思っていたわ」
少女は、そんな生意気なことを言った。
哲也は、怒り心頭に達していた。2時が待ち遠しくなった。
ピーと2時を知らせる監視員の笛が鳴った。
「よし。じゃあ、勝負しようじゃないか。容赦しないぞ」
「ええ」
そう言って、二人はプールに入った。
「大人と子供では、ハンデをつけなきゃ公平じゃないな。君。5mくらい前からスタートしなよ」
哲也が言った。
少女は、あっははは、と腹を抱えて笑った。
「そのハンデ、逆よ。カメとウサギの競争では、カメにハンデを、つけてあげるものじゃない。あなたが、5m前からスタートしなさいよ」
少女は、そんな生意気なことを言った。
カメ呼ばわりされて、哲也は、怒り心頭に達し、彼の総髪は逆立っていた。
「じゃあ、もしも、万が一にも僕が負けたら、そのやり方で、もう一度、勝負するよ。でも、最初の勝負は、僕の言ったようにやってくれ。もし僕が負けたら、君に5万円あげるよ」
5万円という言葉が効いたのだろう。
「わかったわ。その約束、ちゃんと守ってね」
そう素直に言って、少女は、水の中を歩いて5mくらい、哲也の前に立った。そして、後ろの哲也に振り返った。
「このくらいでいい?」
少女が聞いた。
「ああ」
哲也は肯いた。
「ところで、君が負けた場合は、何をしてくれるの?」
「何をしてもいいわ」
少女は自信満々に言った。
「その約束も、ちゃんと守ってくれよ」
「ええ」
少女は、自信満々の口調で言った。その時。
「京子。がんばれー」
「負けるなよ。京子。絶対、勝てよ」
「京子が負けるはずがないさ」
プールのベンチに座っていた、三人の少年が、口々に少女を応援した。
「彼らは何物?」
哲也が少女に聞いた。
「私の学校の同級生の友達よ。みんな、私を崇拝しているの」
少女は誇らしげに言った。
「ふーん。すごいじゃない。アイドルなんだな」
「だって、スイミングスクールのコーチも、私は将来のオリンピックで金メダル確実だって言ってるんだもの」
「よし。じゃ、始めるぞ。用意」
哲也が言った。少女は、手を前に伸ばし、身構えた。
「スタート」
哲也の合図と共に、哲也と5m前の少女は、全力で泳ぎ出した。
少女は、さすが、スイミングスクール仕込みだけあって速い。しかし、哲也も本気になれば、速いのである。哲也は、全速力で、前を泳いでいる少女を追って、泳いだ。
哲也は、バシャバシャ音を立てて、泳ぐクロールを、美しくないと思っているので、ゆっくりしか泳がないのであって、本気で泳げば速いのである。第一、大人と子供では、リーチが違う。水泳もボクシングと同様に、リーチが長い方が圧倒的に有利なのである。哲也は、どんどん少女に近づいた。
そして、25mを超して30mくらいの時点で、少女のバタ足の足をつかまえた。
「ふふ。つーかまえた」
少女は、「あっ」と叫んで、逃げようとした。
しかし、5mのハンデをつけて、スタートして、追いつかれた時点で、もう、勝負あり、である。哲也は、ポケットからハサミを取り出して、生意気な少女のワンピースの競泳用水着をジョキジョキ切っていった。さっき、ロッカーに行った時、カバンからハサミをポケットに入れて戻ってきたのである。
「や、やめてー」
少女は叫んだか、哲也は、容赦しない。
負けたら何をしてもいい、と言ったので、少女に文句を言う権利はない。のである。
哲也は少女から、水着を引っ剥がした。
二人は、泳ぎながら、ゴールの縁についた。
少女は丸裸である。
少女の顔は泣き出しそうだった。
「どう。やっぱり僕の方が速いってこと、わかっただろ」
哲也は自信満々の口調で言った。
「はい」
少女はコクンと肯いた。
少女は、丸裸なので、プールから出ることが出来ないで困惑している。
「ふふ。恥ずかしいだろう。ちょっと、待ってて」
そう言って哲也は、急いでプールから上がった。そして、ベンチの上のバッグを持ってきた。
「ほら。どうせ、こうなるだろうと思ってたから、さっき、売店に行った時、水着を買ってきておいたんだ」
そう言って哲也は、ブルーの競泳用のワンピースの水着をカバンから取り出した。
「ほら。プールから上がって、水着を着なよ」
哲也に言われて少女は、プールから丸裸のまま、上がった。
少女の胸は、まだ盛り上がっておらず。陰部には、まだ毛が生えていなかった。そのため、女の恥部の割れ目が、くっきりと見えた。
「うわー。すげー。京子のマンコ、見ちゃったよ」
ビーチサイドにいた、彼女の同級生の男たちが、声を大に、驚嘆の叫びを上げた。
「み、見ないで。見ちゃイヤ」
彼女は、あわてて、彼らに背中を向けた。
「うわー。すげー。京子の尻の割れ目、見ちゃったよ」
同級生の男たちが、声を大に、驚嘆の叫びを上げた。
「ほらよ。着なよ」
そう言って哲也は、彼女に、新品の水着を渡した。
彼女は、急いで、水着に足を潜らせて、水着を身につけた。
少女は、その場にクナクナと座り込んでしまった。
彼女は、半べそをかいていた。
「ごめんね。いじわるした、お詫びとして、勝ったけど、これをあげるよ」
そう言って哲也は、少女に5万円、渡した。
少女は、それを、受けとった。
「まあ、世の中、上には上がある、ということが、これで、わかっただろ」
哲也は、そんな説教じみたことを少女に言った。
「はい」
少女は言葉には、謙虚さが籠っていた。
少女は後ろを振り向き、
「木田君。山田君。大杉君。今日の事、他人に言わないでね」
と切なそうな口調で言った。それは哀願にも近かった。
「ああ。言わないよ。でも、京子の裸、目に焼きついてしまって、たぶん一生、忘れないだろうな」
三人の同級生は、そんな告白をした。
少女は、わーん、と泣き出した。



哲也は、家に帰ると、シャワーを浴びた。そして急いで、図書館へ行った。そして、今日のことを、正確に、小説に書いた。なので、この小説はノンフィクションである。
哲也は女子中学生が好きだった。しかし、それは、あくまで制服を着ている女子中学生が好きなのである。心はまだ子供なのに、制服を着ているアンバランスさが好きだった。女子高生になると、太腿が太くなって、性格もスレッカラされてくるので、哲也は女子高生には興味がなかった。しかし、女子中学生は、体つきが、まだ華奢で、性格も、高校生のようにスレッカラされていない子供っぽさを残しているのが好きだった。靴も、運動靴なのが、子供っぽくて好きだった。そして、哲也は、女の水泳選手の姿が嫌いだった。女の魅力は、総々とした、髪の毛にある。濡れたり、水泳キャップで総々とした髪が、見えなくなってしまうのが嫌いだった。そして、哲也は、肉体では、女子中学生の肉体が好きではなかった。彼は、あくまで、膨らんだ胸と、むっちりした尻と、くれびれたウェストと、スラリとした脚の曲線美のある大人の女の肉体が好きだった。そして、哲也は女子中学生は、素直で礼儀正しいから好きなのであって、生意気な女子中学生は嫌いなのである。


平成26年8月8日(金)擱筆





精神科クリニック

純は悩んでいた。それで死のうと思った。純の悩みは、彼が死んでも、それは客観的に見ても人が納得するのに十分過ぎる苦しみだった。病気、失恋、人生の挫折、孤独、職無し。それらは相互に作用しあっていたが、病気で働けないため、収入がないのが、一番大きかった。職が無く、無収入なのだから、このままいいけば、アパートの家賃も払えず、やがてホームレスになることはわかりきっていた。彼は今まで何度も精神科クリニックにかかってた事があったが、精神科医なんて、ただ話を聞いて、薬を出すだけで、今まで純は精神科にかかって、治ったことは勿論、気休めになった事も一度もなかった。それで純は精神科医を軽蔑していた。
「あんなやつら、何もわかってないし、理解しようともしない。それで薬だけ、どっさり出す。他人の悩み事を興味本位で聞いて楽しんで、威張ってやがる。治らなくたって責任を取る義務も無い。脳外科医とか心臓外科医とかなら、大変な技術が必要で、手術も重労働だ。なのに、もし万が一ミスしたら訴えられる。それに比べると精神科医なんて、そもそも手術は出来ないし、医学知識もあやしいもんだ。あんなやつら、そもそも医者なんて呼べるのだろうか。そのくせ、世間では人の心理を分析できるインテリなんて思われている。全く鼻持ちならないやつらだ」
純の死ぬ覚悟は十分できていた。
純はビルからの飛び降りで死のうと思っていた。なぜ、飛び降りに決めたかというと、飛び降りなら、新聞の三面には載るだろうと思ったからである。
「自分の人生には何もなかった。このままでは自分がこの世に存在した意味が全くないじゃないか。せめて一度くらい世間に自分が存在したことを知られたい」
純はそう思った。とうとう彼は死を決意した。
そして死を決意した日から、毎日ビルを物色しだした。
ある日のこと、彼は、ちょうど頃合いのビルを見つけた。このビルなら確実に死ねる。高さも十分ある。彼はほっとしたような、気抜けしたような気持ちだった。帰り道にある雑居ビルの三階に、「××精神科クリニック」の看板が純の目にとまった。彼は精神科医を軽蔑していたので、ふん、と不愉快な気持ちになった。看板に、「あなたの悩み、必ず解決します」と書いてある。ほーと純は驚嘆した。
随分と自信満々じゃないか。こんなのは誇大広告だ。開業したてで患者が来ないもんだから、こんな事、書いたんだろう。あるいは、ちょっと頭のおかしい精神科医なんだろう。そう純は思った。実際、精神科医には頭のおかしいのが多いのを純は今までの経験で知っていた。
「じゃあ、死ぬ前に一度かかってみようか。それで遺書に、『無能な××精神科医を怨みつつ』と書いてやろう」
と思った。それでビルに入って三階のクリニックに入った。患者は一人もいなかった。やはり無能だから患者が来ないんだろう。受け付けの女性もいない。純は受け付けの窓口から、
「お願いしまーす」
と大きな声で人を呼んだ。すると、のっそりと一人の中年男が出てきた。白衣を着ている。
「治療を受けたいんですが・・・」
純か言うと、彼は微笑して、
「私が院長です。よくいらっしゃいました。どうぞ」
と答えた。純は診察室に入った。診察室には何もない。レントゲンも無ければ、エコーもない。何も無いのが精神科クリニックである。純は院長と向かい合って座った。純は、どうせここも無能だろうと思いつつ、生きた医者の前に座ると、どうかこの医者ならば多少なりとも生きる勇気と意味を与えてくれはしないか、との一抹の藁にもすがる思いが起こってきた。純がそっと目を上げると、院長の顔は実にやさしそうだった。
「どうしましたか?」
院長が聞いた。その、やさしい口調は相手の警戒心をなくした。あ、あの、と純は口篭った。
「遠慮しないで何でもお言いなさい。誰にも言いませんし、医者には患者のプライバシーの守秘義務があります。悩みを言う事で気持ちが少しは楽になりますよ。これは精神医学用語でカタルシスというんです」
純は半分、演技しながらも、目に涙を浮かべながら、すがるように口を開いた。
「あ、あの。先生。僕、もう死にたいんです」
純は涙をポロポロ流しながら言った。
「どうして死にたいのですか?」
医者はやさしい口調で聞き返した。
「僕はもう生きていく気がしないんです。生きていく事が死ぬほどつらいんです」
純は精一杯、訴えるように言った。
「どんなことがつらいんですか?」
院長はやさしい口調で聞いた。聞かれて、純は病気の事、収入の無い事、人生に夢の無い事、彼女にふられた事、友達がいない事、などを、正直に話した。院長は黙って聞いていた。そして純が話し終えると、おもむろに口を開いた。
「それはつらいでしょう。死にたいと思うのも無理はないと私も思います」
純は、見えすた口先だけの偽善的な共感に、やっぱり、ヤブだな、と内心、失望した。
「しかし、死にたいと思いつつもあなたは今まで生きてきた。どうして死ななかったのですか?」
「そ、それは・・・」
と純は言いためらった。
「あなたは死にたいと思いつつも、生きたいと思っていたんじゃないんでしょうか?死にたい、というあなたの思いは、何としてでも生きたいという思いに他ならないんじゃないでしょうか?」
「そ、そうです。先生」
言って純は涙を流した。
「あなたは死にたいと思いつつも、死ぬ勇気が持てなかったのでしょう。死ぬには大変な勇気が必要です」
「そ、その通りです。先生。僕は死にたいけど死ぬ勇気が持てなくてズルズル生きてきたんです」
「わかりました。では治療をします。では、こちらの部屋へ来て下さい」
そう言って院長は純を立たせた。
院長は診察室の奥にあった戸を開けた。
「さあ。お入り下さい」
純は言われるまま、その部屋に入った。そこも治療室と同じように何もなかった。ただ部屋の真ん中に何か縦長の器具のついているベッドがあった。等身大の鏡くらいの大きさだがベールで覆われているため何かわからない。
「さあ。この上に仰向けに寝て下さい」
院長に言われて、純はベッドに仰向けに寝た。純は、どうせ、たいして効果の無い森田療法か催眠療法でもやるんだろうと思った。
「もうちょっと頭を前に出して下さい」
純は何をするのか疑問に思ったが、もうどうでもいいや、と思っていたため、言われたように仰向けのまま、首を前に出した。ちょうど器具の所に首が来た時、
「はい。その位置でいいです」
と院長は言った。
「ちょっと手と足を縛らせてもらいます」
そう言って院長は純の両手と両足をベッドの脚に縛りだした。随分、おかしな事をやるものだな、と思いつつも、無気力な純は、されるがままに身を任せた。院長は純の手足をベッドに縛りつけると、サッと縦長の器具を覆っているベールをとった。純はびっくりした。顔の上に鉄の刃が重そうに吊られている。
「な、何ですか?これは?」
純は冷や汗をたらしながら聞いた。院長はおもむろに純の顔を覗き込んだ。
「ふふふ。見てわからないかね。ギロチンだよ」
「こ、こんな物に僕を縛りつけて、どうしようっていうんですか?」
「治療だよ。君は死にたいけど死ぬ勇気が持てない、と言ったね。確かにその通りだよ。死ぬには大変な決断がいる。だから僕はその決断の手助けをしてあげようというんだ」
院長は薄ら笑いしながら言った。
「ウソでしょ。冗談でしょ」
純は真っ青になって言った。
「いいや。医者は、どういう治療をしてもいいという裁量権があるんだ。だから私は、どういう治療をしてもいいんだ。君は死にたいからここに来たんじゃないか。私も君の性格では、ウジウジ悩んで、苦しみながら無意味に生きるだけだと思う。いっそサッパリ死んだ方が君のためだと思う。だから、一瞬にして楽に死なせてあげるよ」
「わ、わかった。そうやって、死ぬ時の恐怖を体験させれば、死ぬのが怖くなると思っているんでしょう。なるほど。少しは考えましたね。でもそんな一時のふざけた体験は、一時的な効果しかありませんよ。どうせ、その鉄の刃は発泡スチロールか何かの作り物なんでしょう」
「本物だよ。じゃあ、証明してあげよう」
と言って院長は近くにあった人参をとってシュッと刃に当てた。人参はスパッと切れて先がポトンと落ちた。
「どうです。本物でしょう」
「ははは。なかなか本格的ですね。しかし、人を殺したら殺人罪ですよ」
「いや。君の意志で君は死ぬのだから、殺人罪ではない。殺人幇助罪だな。しかし、それも、そもそもわからなければ、罪にはならないじゃないか」
「ウソだ。先生も冗談がすぎますよ」
純は恐怖心を隠すように平静な態度を装って言った。
「冗談ではないのだ。事実を知らないまま死ぬのは、かわいそうだから死ぬ前に本当の事を言っておこう。私も最初はきれいごとを言う一応、真面目な精神科医だった。しかし、うつ病患者を長く診ていると、いつまでも、どっちつかずで、苦しんでいるだけだ。彼らにとってこの世は生き地獄なんだ。ならいっそ、死なせてやった方がいいと思うようになってね。それに、死にたいなどとウジウジ言ってるような弱虫が私は生理的に嫌いでね。彼らのグチを聞くのも、もうウンザリだ。勿論、私だって初めは抵抗があったが、慣れてくると何でもなくなってしまうんだよ。医者はみんなそうだ。いつも人の死を診ているから、死に対して感覚が麻痺してしまうんだよ。それに私はカ二バリズムの趣味があってね。人肉を一度、食ったらもう、やめられなくなるんだよ。さあ、私の言ってる事が本当だとわかっただろう」
純は背筋がぞっとした。
「や、やめてください」
純は大声で叫んだ。
だが院長はニヤニヤ笑っている。純は必死に身を捩って暴れた。
「ふふふ。私にはサディズムの趣味もあってね。人間を殺すのが、この上なく楽しいんだよ」
純はタラリと冷や汗が出た。
『落ち着け』
と純は自分に言い聞かせた。純は忍術に関心があって、縄から抜ける練習をしてみたことがあった。何回か成功した事もあった。純は院長に気づかれないように、院長に見えない方の片方の手の縄抜けを試みた。やっとのことで何とか成功した。
「先生。わかりました。ちょっと来て下さい。死ぬ前に僕の遺言を聞いて下さい」
「ん。何だね」
と言って院長は純に顔を近づけた。院長が顔を近づけたので、純は思い切り院長の顔に頭突きをくらわした。サディストのほとんどが、そうであるように院長は弱々しく、一撃でふっとばされて転んだ。純は急いで自由になった片手で反対側の手の縄を解き、両方の足の縛めも解いた。院長がムクッと起き上がって近づいてきたので、純は院長を突き飛ばした。必死になってる人間の火事場のバガ力は強い。純は自由になると、一目散に逃げだした。走りに走った。後ろを振り返ると院長が、
「待てー」
と叫びながら追いかけてくる。純は走りに走った。
ようやく、コンビニが見えてきたので純は入った。
「いらっしゃいませー」
髪を茶色に染めた、かわいい女の店員がいた。
『ああ。人間がいる。俺はまだ生きている』
純は、その当たり前の事に感動した。
『生きよう。何としても生きよう』
そう純は誓うように思った。
結果として、純の、うつ病は、その一回の、体験で、きれいさっぱり、治った。
院長が、本当に、狂人だったのか、それとも、あれは、患者の、うつ病を治すための、芝居だったのか、それは、純には、わからない。

平成21年4月13日(月)擱筆



2013日本シリーズ物語

日本シリーズの第三戦。その日、仙台球場の巨人ナインには、どこか元気が無かった。
「今日こそは、絶対、勝つぞ」
という原辰徳の叱責も、どこか生彩を欠いていた。
「昨日、わが巨人軍の川上哲治元監督が亡くなったんだぞ。わが巨人軍の神様である川上哲治のためにも、何としても、今日の戦いは勝つんだ」
と原辰徳が選手たちに鼓舞した。
夜になって、試合が始まった。
仙台球場は満席で 、その上、観戦チケットを買えなかった、おびただしい数の東北の楽天ファン達が、球場の外におしかけていた。
先発の内海がピッチャーマウンドに立った。
楽天では、トップバッターの松井稼頭央がバッターボックスに立った。
その時である。
「かっとばせー。かっとばせー。松井―」
楽天を応援する東北の楽天ファンの凄まじい声援が一斉に起こった。
仙台球場の楽天ファンは、震災からの復興という絆で結ばれて、一丸となっていた。
「打ってくれ。稼頭央。わしゃー、震災で船も家族も無くしてしもうたけん。ぜひ優勝して、わしに勇気を与えてくんしゃれ」
と元漁師とおぼしき老人が力の限り叫んだ。
「楽天。がんばれー。僕のお母さんは震災で死んでしまった。でも、僕は、くじけないぞ。一生懸命、野球を練習して、将来、絶対、楽天のプロ野球選手になってみせる」
という子供の声援もあった。
内海の眼頭がジーンと熱くなった。
内海は、雑念を払いのけるように頭を振った。
「楽天ファンの東北のみなさん。あなた達の気持ちはよくわかる。出来れば、楽天に勝たせてあげたい。しかし、花を持たせてあげる、なんて八百長は、プロ選手として、絶対、許されないことなんだ。すまないが、僕は非情の勝負の鬼に徹する」
内海は、自分にそう言い聞かせた。そして、ゆっくりと顔を上げた。
バッターボックスの稼頭央は、いつにもない気迫で、にらみつけていた。
(さあ来い。俺達は、震災で、うちひしがれている東北の人達のためにも、死んでも、負けるわけにはいかないんだ)
にらみつけてくる稼頭央の目がそう語っているように内海には見えた。
・・・・・・・・・
キャッチ―の安部慎之介のサインは、インコース低めのストレートだった。
「よし」
内海は、大きくグローブを上げて、投球モーションに入った。
その時である。
「かっとばせー。かっとばせー。松井―」
楽天を応援する東北の楽天ファンの凄まじい声援が一斉に起こった。
内海の眼頭がジーンと熱くなった。
「い、いかん」
そう思ってはみたものの、涙腺がゆるんで涙が出てきた。阿部のミットが涙で曇って良く見えない。
内海の投げたボールはインコースには、行かず、ど真ん中に行ってしまった。
松井はそれを、のがさず、力の限り、フルスイングした。
カキーン。
ボールは、仙台球場の夜空を高々と上がり、ライトスタンド上段に入った。
ライトを守っていた長野も、ボールの軌道を眺めているだけで、一歩も動こうとしなかった。
「わあー。やったー」
球場のファンの歓喜のどよめきが、けたたましく起こった。
ファンの声援は、三塁側の楽天側からだけではなく、巨人ファンであるはずの一塁側からも、起こっていた。
その後も、内海の調子は良くなく、弱いはずの楽天打線にポカスカ打たれた。
・・・・・・・・・・
一方、強いはずの巨人打線は、一向に振るわなかった。
6回裏、三球三振にうちとられた、村田がダッグアウトに戻ってきた。
巨人のダッグアウトは、全く活気がなかった。
「どうした。村田。今のストレートは、お前なら、打てて当然の球のはずだぞ」
キャプテンの安部慎之介がそう、村田に声をかけた。
村田は、しばし黙っていたが、少しして顔を上げ、重たそうな口を開いた。
「そうだな。オレも、ボールが来た時は、絶好球で、しめた、と思ったんだが、どうしても力が入らないんだ」
そう村田は、ボソッと小声で言った。
「そうか。実は、オレもそうなんだ」
「オレもだ」
「オレも・・・」
隣りで聞いていた、高橋吉伸、坂本勇人、長野も口を揃えて言った。
「実を言うと、オレも・・・」
と内海がボソッと口を開いた。
「どうしたんだ?」
安部慎之介が首を傾げて聞いた。
「ピッチャーなら、誰だって、打たれれば口惜しい。しかし・・・」
そう言って内海は口を噤んだ。
「しかし、どうしたんだ?」
安部が催促するように強気な口調で聞いた。
「しかし・・・この日本シリーズばかりは、なぜか、打たれても、口惜しさが起こらないんだ。・・・。オレも全力投球はしているつもりだ。しかし、楽天の打者に打たれると、なぜか、ほっとした気持ちになってしまうんだ」
内海はそうボソッと小声で囁いた。
「そうか。実は、オレもそうなんだ」
と、隣りで聞いていた沢村が言った。
「そうか。実は、オレもそうだ」
隣りにいた杉内もそう言って相槌を打った。
・・・・・・
結局、巨人対楽天の日本シリーズは、楽天が勝った。
星野監督の胴上げが行われた。
その夜。
「楽天の日本一の優勝を祝って・カンパーイ」
キャプテンの松井稼頭央の音頭で、恒例の優勝のビールかけが行われた。
しかし、選手たちは、皆、なぜか、うかない表情だった。
皆、無理に嬉しそうに振舞っている、といった様子だった。
始めは、笑ってビールをかけ合っていた選手たちも、だんだん、ビールのかけ合いをしなくなっていった。
選手たちの顔には、ある寂しさが漂っていた。
(オレ達は本当に実力で巨人に勝ったのだろうか)
選手たちの顔には、皆、無言の内に、そんな思いがあらわれていた。




ダルビッシュの肘

テキサス・レンジャーズの、ダルビッシュは、悩んでいた。トミー・ジョン手術を受けるか、どうかで。トミー・ジョン手術を受ければ、一年を棒に振る。自分としては、肘の靭帯に傷があると、言われたが、自覚症状はなく、投げられそうな気がする。テキサス・レンジャーズも自分に期待している。
ニューヨーク・ヤンキースの田中将大だって、部分断裂してまでも、手術しないで、やっている。2014年の、田中将大に対する、成績に、ダルビッシュは、嫉妬していた。
「オレの方が年上で、三年連続、防御率三割台におさえ、オレは、テキサス・レンジャーズの、ひいては、アメリカ、メジャーリーグの英雄なのだ」
ダルビッシュは、そう呟いた。
しかし、2014年から、いまいましくも、年下のくせに、メジャーのニューヨーク・ヤンキースに移籍した、田中将大の活躍は、ダルビッシュ以上だった。
「くそ。あいつが、メジャーの投手の人気をかっさらってしまった」
プロ野球選手なんて、ものは、うわべは、仲良さそうにしているが、本心は、全く逆なのである。ポジション争いにせよ、戦力外通告にせよ、トライアウトにせよ、成績の差が全てで、同じチームと言えども、強者が弱者を、蹴落とす、弱肉強食の、世界なのである。
「田中将大だって、部分断裂まで、しているのに、やっている。オレにも部分断裂があるらしいが、痛みの自覚症状は無い。トミー・ジョン手術の権威者である、トミー・ジョン氏にセカンド・オピニオンを聞いてみよう」
ダルビッシュは、婚約者とも、今年、テキサス・レンジャーズを、優勝させて、結婚しよう、と言ってしまった。故障者リストでは、格好が悪い。
広島東洋カープの前田健太も、日本ハムの大谷翔平も、メジャーを狙っている。
「顔だって、オレの方が、田中将大より、断然いい。あいつは、怒ってない大魔神のようなフラットな平面的な顔なのに。アメリカの全ての女は、オレに恋しているというのに」
ダルビッシュは、いつか、ロッカールームで、テキサス・レンジャーズの仲間が、前田健太か、大谷翔平の獲得を、考えている、と、いう噂をチームメートが言っているのを、聞いてしまっていた。
ダルビッシュは、焦った。
急いで、スマートフォンで、ニューヨーク・ヤンキースの田中将大に電話した。
田中将大に聞いたところ、
「ダルさん。無理しないで下さい」
と言った。しかし、ダルビッシュは、田中のアドバイスを疑った。
「あれは、本心じゃない。ヤツは、オレの活躍を怖れているのだ」
こうして、ダルビッシュは、セカンド・オピニオンを求めるために、トミー・ジョン手術の権威である、トミー医師のいるニューヨークに、飛び立った。
「先生。どうでしょうか?」
ダルビッシュは、聞いた。
トミー医師は、MRIの画像を、見ながら、おもむろに、
「うん。これは、トミー手術を受けた方がいいな」
と言った。
「田中将大だって、部分断裂したのに、やっているじゃないですか。僕は、自覚症状がなく、投げられそうな気が、どうしてもするんです」
「ああ。確かに、私は、田中将大には、部分断裂しているが、手術しないで、大丈夫だと、私は言った。しかし、田中将大の、靭帯の断裂の、割合いは、靭帯全部の内の、10%に過ぎなかったのだよ。しかし、君の場合、部分断裂の割り合いが、15%なのだよ。トミー・ジョン手術の適応基準は、靭帯の断裂が10%以上という医学的基準あるんだ。自覚症状は、ないかもしれないが、このまま、投げ続けると、完全断裂する可能性もあるんだよ。君の場合」
「完全断裂」この一言は、大きかった。
「わかりました。先生。トミー・ジョン手術を受けます。どうか、よろしくお願い致します」
ダルビッシュは深々と頭を下げた。
こうして、ダルビッシュは、トミー・ジョン手術を、受けることになった。
それは、翌日のニューヨーク・タイムズに大きく載った。
「くそっ。田中将大のヤツめ。今頃、喜んでるだろう」
ダルビッシュは、地団太を踏んで、口惜しがった。

ダルビッシュは、ニューヨークに数日、滞在した。
ダルビッシュは、マスクをして、サングラスをかけ、帽子を目深に被り、作業服を着て、ニューヨークの街を歩いた。
自由の女神に登り、汚いハドソン河を、見て、汚い地下鉄にも、乗ってみた。
そして、マジソン・スクウェア・ガーデンで、ボクシングの試合を観た。
その後、マンハッタン通りにある、ある喫茶店に、入った。
そこでコーヒーを注文した。
すると、二人の、ニューヨーク市民が話しているのが聞こえてきた。
「ダルビッシュは、トミー・ジョン手術だってよ。これで、今季は、テキサス・レンジャーズに優勝は、無理だな」
「そうだな。今年は、田中将大のいるニューヨーク・ヤンキースが優勝するだろう」
そんな噂話が聞こえてきた。
ダルビッシュは、忌々しい気持ちで喫茶店を出た。
そして、ヤンキースタジアムの田中を、訪れた後、テキサスに戻った。
・・・・・・・・
一方、こちらは、ある日の、ヤンキースタジアム。
練習中の、田中を将大を、ニューヨーク・ヤンキースのキャプテンが呼んだ。
「おーい。田中。チームの監督が、話があるって、言ってたぜ。来いよ」
「おう。わかった」
田中は、キャッチボールをやめて、急いで、球団事務所に行った。
球団事務所では、ニューヨーク・ヤンキースの、ジョージ・スタインブレナー(オーナー)ジョー・ジラルディ監督が葉巻を燻らせながら座っていた。
「おお。田中。ピッチングの調子はどうかね?」
「はあ。順調です。球が良く走っています」
「それは、良かった。今季は、君に期待しているぞ。最高の敵である、テキサス・レンジャーズのダルビッシュが、トミー・ジョン手術を受けるから、今年は、我がニューヨーク・ヤンキースが、絶対、優勝するぞ。少ないが、これを、とっておいてくれ」
そう言って、オーナーは、カバンをドンと机の上に乗せた。
田中は、カバンをそっと、開けてみた。
びっくりした。
カバンの中には、札束が一杯、詰まっていた。
「100万ドルある。とっておいてくれ」
「で、でも。こんな・・・。まだ、シーズンが始まっていないのに・・・ちょっと、こんな大金は、受けとれません」
そう言って、田中は、カバンを、返そうとした。
「まあ。そういわず。僕の気持ちだ」
「はあ。わかりました。ありがとうございます」
そう言って、田中は、合点がいかないまま、カバンを受けとった。
「では、練習がありますので・・・失礼します」
そう言って、田中将大は、監督の部屋を去った。
途中。ある部屋で、小さな話し声がするので、田中将大は、ドアの鍵穴から、そっと中を見た。
見知らぬ、頬に傷のあるガラの悪い男と、田中将大の主治医の、トミー・ジョン医師が、話していた。
「ふふふ。ダルビッシュには、トミー・ジョン手術が必要と、言っておきましたよ。彼も納得しましたよ」
トミー・ジョン医師が、自慢そうに、長い白い髭を撫でながら言った。
「ありがとう。トミー君。一千万ドルは、君の銀行口座に振り込ませてもらったよ」
頬に傷のある訝しい男が言った。
「いや。アル・カポネさん。素人をだますこと、くらい、何でもありませんよ。ダルビッシュは、本当は、トミー・ジョン手術の必要はないんですが。素人には、MRIの画像なんて読めません。しかし、これで、今年は、ニューヨーク・ヤンキースの優勝、間違いなし、ですな」
トミー・ジョン医師が、笑って言った。
「ああ。そうして、貰わんと、我が、マフィアとしても、困る。アメリカのメジャー野球界は、マフィアの、思い通りに動いて貰わんとな。なにせ、膨大な金が動く、ギャンブルだからな」
「そうですな。アル・カポネさん」
あっははは、と二人は、笑い合った。
その時。
バーンと勢いよく、ドアが開いた。
田中将大が怒りを噛みしめて、手をブルブル震わせて、立っていた。
怒った田中将大の顔は、まさに、東映の大魔神だった。
「そういうことだったんですか。全ては聞きましたよ」
「おー。田中。今年は、お前が、優勝チームの勝利投手だ。喜べ」
オーナーが言った。
「これは、お返しします」
そう言って、田中将大は、100万ドルの入ったカバンを床に叩きつけた。
「どうしてだ?何を怒っているのだ?」
田中は、それには、答えず、急いで、ポケットから、スマートフォンを取り出して、ダルビッシュに電話した。
「ダルさん。あなたは、トミー・ジョン手術の必要はありませんよ」
「おお。田中か。何だ。いきなり」
「トミー手術の必要は、ないと、トミー・ジョン先生が、今、はっきり言いました。僕は、この耳で、しっかり聞きました」
「本当か?」
「本当です。アメリカの野球界は、マフィアに操られている、八百長です。今、僕の、目の前には、マフィアのボス、アル・カポネが、います。僕は殺されて、コンクリート詰めにされて、ハドソン河に沈められるかもしれません。その時は、FBIとCIAに連絡して下さい」
そう言って、田中は、スマートフォンを切った。
「さあ。僕を殺しますか」
田中は、堂々と、アル・カポネにせまった。
「田中。お前は、一体、何を考えているんだ。全て、お前のラッキーなように、なるんだぞ」
「僕こそ、あなた方の考えていることが、わかりません」
田中は毅然と言った。
「お前は、命が惜しくないのか?」
アル・カポネが聞いた。
「命、以上に大切な物を、我々、日本人は、持っています」
田中は堂々と答えた。
「おー。サムライ。ハラキリ。カミカゼ。日本人の考えていることは、全くわからん」
アル・カポネは、眉間に皺を寄せた。
「さあ。僕をころしますか?」
アル・カポネは、黙っている。
「トミー先生。ダルさんに、本当のことを言って下さい」
そう言い残して、田中将大は、グラウンドにもどった。

翌日、すぐさま、ダルビッシュが、テキサスから、ニューヨークにやって来た。
「田中。すまん。オレは、お前の気持ちを、ゲスに勘ぐっていた。お前は、オレの不幸を望んでいるのだと、思っていたんだ」
ダルビッシュが頭を下げて言った。
「いいんです。ダルさん。確かにダルさんは、僕のライバルです。しかし僕は、卑怯な方法では、勝ちたくない。あくまで自分の実力で、あなたに勝ちたいんです」
田中は、力を込めて言った。
「オレもだ。ありがとう」
そう言って、二人は、涙を流しながら、硬い握手をした。
翌日のニューヨーク・タイムズには、次のような四つの、大きな見出し記事が載っていた。
「テキサス・レンジャーズの、ダルビッシュ投手がトミー・ジョン手術を断った。かねがね、噂のあった、マフィアの野球賭博の関与をニューヨーク・ヤンキースの田中将大が暴露した。とうとうFBIは、アル・カポネの逮捕に踏み切った。ニューヨーク市長は、田中将大を、ニューヨークの名誉市民とすると、発表した」


平成27年3月11日(火)擱筆





理容店

 純は神奈川県のある町に住んでいる。ここは純の好きな海にも近く、東海道線で東京へも一時間かからず行ける至極便利な場所である。ある時、三省堂で本を買った帰り、ある事務手続きのため、ある駅で降りた。事務手続きが済んでさて、買ったばかりの本をどこか静かな喫茶店で読もうと思って街をぶらぶら歩いていると、小さな路地に出くわした。「××横丁」との大きな看板が門のように路地の入り口にかかっている。ここになら静かな喫茶店もあるだろうと、純は路地に入っていった。昔の面影を残している小さな店が道の左右に並んでいて、純はなんとも言えぬ心の安らぎを感じた。さらに行くと赤と青の螺旋模様の円筒がくるくる回っているのが目についた。小さな床屋である。長くなってきた髪が邪魔になって、そろそろ床屋へ行こうと思っていた時分だったので、ちょうどいいと思い、迷うことなく店の戸を開けた。チャリン、チャリンと鈴の音がなった。店員は、
「いらっしゃいませー」
と明るく大きな声を出して純の方を見た。純はびっくりした。三人の店員は皆、若くてきれいな女性である。一人の女性がレジの所に来た。
「お荷物をお預かりします」
彼女に促されて純は上着を脱いで、カバンと一緒に彼女に渡した。彼女は大切そうにそれを受けとるとレジの後ろの戸棚にそれを入れた。
「はじめてですか」
「はい」
「ではカルテをつくりますので・・・」
と言って、彼女は記載事項が書かれた記入用紙とボールペンを差し出した。記載事項には、氏名、住所、電話番号、メールアドレス、生年月日、職業、まである。何でこんなことまで書かなくてはならないんだ、と純は首を傾げつつも、記入して用紙を彼女に渡した。彼女は嬉しそうな顔で用紙を受けとると、引き出しの中にしまった。
「次回からこのカードをお持ち下さい」
そう言ってプラスチックのカードに純の名前を記入して純に手渡した。
「ではどうぞこちらへ」
そう言って彼女は調髪椅子の奥から二番目の椅子へ手招きした。純はその椅子に腰掛けた。
「じゃあ、お願いね」
彼女は床を掃いていた女性に言うと、店の奥の部屋へ入っていった。床を掃いていた女性は、
「はい」
と言って箒と塵取りを壁に立てかけて、急いで純の背後に立った。正面の鏡から彼女の顔が見える。性格温順そうな彼女の顔の口元には、かすかな微笑の兆しが見えた。きっと、さっきの女性がこの店のチーフなのだろう。
「よろしくお願いします」
と言って彼女はおじぎした。
「今日はどうなさいますか」
玉を転がすような優しい声。
「全体に二センチほど切って下さい」
「耳はどうなさいますか」
「耳は出さないで下さい」
「前はどのくらいにしますか」
「眉毛の二センチくらい上にしてください」
「はい。わかりました」
純の注文を聞きおわると彼女は整髪の準備をはじめた。首をタオルでまき、調髪用の白い絹のシーツを首に巻いた。首だけ出してあたかも、てるてる坊主である。
「お首、苦しくありませんか」
「はい」
純は目を瞑った。これからこの優しい女性と二人きりの時間が持てるのである。しかも彼女の指が自分の髪や顔を触れるスキンシップを感じながら。そう思うと純の心臓は高鳴った。
・・・・・・・・・・・
夢心地のうちに整髪は終わった。顔を剃る時、彼女のしなやかな指か純の口唇に触れた。純は気づかれないよう平静を装っていたが、それはたとえようもない極楽のスキンシップだった。
・・・・・・・・・・
料金を払って純は理髪店を出た。帰りの途、純は浮き足立っていた。ああ、あんなフェアリーランドがあったとは。(純はその理容店をフェアリーランドと呼ぶ事にした)何て素晴らしい見つけものをしたことだろう。若い女のいる床屋はある。しかし、たいてい男の理髪師も必ずいる。だから、女の理髪師にあたるとは限らない。隣の客は女の理髪師がついて、自分は男の理髪師がついた時など、隣の幸運な客に対する嫉妬心でかえって気分が不快になる。しかも、かりに女の理髪師があたっても、垢抜けていない、暗い性格の純には親愛の情を持つ女などあまりいない。いくら女の調髪を受けても、心無くば寂しく、むなしい。むしろ自分だけこの世から疎外されているつらさを感じるだけである。
しかるにあの店の理髪師達はみな優しい。険がない。自分をあたたかく受け入れてくれる。しかも全員、女だから男に当たるという事もない。確実に最初から最期まで、優しい手つきの女の調髪を受けられるのである。
・・・・・・・・
その晩、純はなかなか寝つけなかった。これからの散髪はすべてあの店にしようと思った。
・・・・・・・・・
しかし日を経るにつれ、この感激も次第に薄れていった。心地よい逢瀬とはいっても数ヶ月に一度きりの、一時間ちょっとの逢瀬なのである。しかも、あくまでも仕事の上。この絶対の条件の下に彼女らも自分を受け入れてくれるのである。
・・・・・・・・
小心な純は今まで一度も恋人というものを持ったことがない。純粋な彼は世間を知らず、恋人のつくり方を知らないのである。もちろん、「ナンパ」だの「合コン」だのというものの存在は知っている。しかし彼は女に声をかけて、断られたときの絶望を思うとそれが恐ろしくて出来ないのである。それはおそらく一生の心の痛手になるであろう。その上、純は内気で話す話題もない。女を退屈させて、結局わかれる事になるのはほとんど明らかである。

だが純の女を求める気持ちは人一倍強かった。彼にとって女は神だった。彼にとって女とは対等な関係ではなく、ひたすらひれ伏し拝むべきものだった。

純は手をつないで街を歩いている男女、レストランで向き合って、お互い笑いながら対等に延々と話しつづけている男女を見る時、居ても立ってもいられない肉体のうずく羨望を感じずにはいられなかった。
「ああ。一度、自分も恋人というものをもってみたい」
純は叫びたくなるようなほどのそんな思いが起こってくるのだった。

純は髪が伸びてくるのが待ち遠しくなった。たとえ仕事の上とはいえ、たとえ一時間程度とはいえ、あのフェアリーランドへ行けば無言のうちに女の好意を感じる至福の時間を過ごせるのである。
「さあ。いこう」
純は髪が伸びてきて、そろそろ行こうと思ってきた頃、ある日、意を決して出かけるのである。そして夢心地の散髪を受けて帰ってくる。

あの優しい女だけの床屋を知ってから彼に心地よい夢想が起こるようになった。それは正常な人間にはおぞましく思われようが、先天性倒錯者の純には、その形態の夢想こそが至福なのである。

その夢想の形態とはこうである。
彼は調髪椅子に座っている。椅子が倒される。彼は目を瞑っている。蒸しタオルが顔からとられる。彼女は散髪のときと変わらぬ快活な調子である。
「では目をえぐります」
はい、と純は答える。剃刀が彼の閉じている瞼に垂直にサクッと入る。鮮血がピューと勢いよく噴き出す。ぎゃー、と純は悲鳴を上げる。
「痛くありませんでしたか」
彼女は淡々と聞く。
「・・・は、はい」
純はダラダラ顔の上を流れている血を感じつつガクガク声を震わせて答える。
「では耳をそぎます」
剃刀が耳の付け根に入って鮮血が吹き出ながら、耳が切り取られていく。ぎゃー、と純は悲鳴を上げる。両耳が切りとられると彼女はまた温かい口調で淡々と聞く。
「痛くありませんでしたか」
純はワナワナ声を震わせながら、かろうじて、
「・・・は、・・はい」
と答える。
「では顔を切り刻みます」
垂直に立った剃刀がサクッと彼の頬に入り鮮血がピューと吹き出る。ぎゃー、と純の悲鳴。剃刀はかろやかに彼の顔を隈なく切り刻んでいく。一通り終えると彼女は、淡々と聞く。
「痛くありませんでしたか」
「・・・は、・・・はい。だ・・・大丈夫です」
純はワナワナ声を震わせながら答える。
「では、これでおわりです。おつかれさまでしたー」
彼女は快活な口調で言う。
純は顔中、血に染まった中から息も絶え絶えに答える。
「・・・あ、あ、ありがとうございました」
そうして純は死んでいく。

それが彼の至福な夢想の形態なのである。それは彼女らが罪のない天使のような心の持ち主だからである。彼女らは心に険がないからである。あんな優しい女に酷く殺されたい。酷ければ酷いほどいい。純の夢想はどんどん酷いものになっていった。

夏が来た。夏こそ彼がそのためにのみ生きている季節であったが、同時にそれはつらい季節であった。手をつないで街を歩いているカップルがことさら羨ましく見える。それを見せつけられる事は彼にとって耐え難い事だった。

ある日、彼は車をとばして海に行った。海水浴場では美しいビキニ姿の女性ばかり。女性には皆、彼がいて手をつないでいる。彼は激しい嫉妬を感じた。男一人では海水浴場に入る事すら出来にくい。
「ああ。一度でいいから女性と手をつないで砂浜を歩いてみたい」
純は夕日が沈むまで渚で戯れている男女を見つめていた。
海風が長く伸びてきた純の頬を打った。純は思った。
「よし。あのフェアリーランドへ行こう。そして一度でいいから個人的に会ってくれないか、勇気を出して聞いてみよう。もしかすると彼女に断られてしまうかもしれない。気まずい雰囲気になってしまうかもしれない。あくまで彼女が僕に好意を持ってくれるのは仕事の上、という絶対の条件があるからだろう。断られたら僕はもうあの店に行けなくなってしまうかもしれない。言わなければずっと気持ちよく、通いつづけることが出来るものを。壊してしまうかもしれない。しかし、あの子の態度を思うとどうしてもそう無下に怒るようには思えない。よし。勇気を出して告白しよう」

翌日、純はあのフェアリーランドへ出かけた。出不精でめったに電車に乗らない純には女がこの上なく美しく見える。薄いブラウスやスカートの上からブラジャーやパンティーのラインが見えてこの上なく悩ましい。
「ああ。きれいた。何てきれいなんだろう」
純は心の中で切なく呟いた。

駅に着いた。フェアリーランドに近づくにつれて心臓が高鳴ってくる。戸を開けるといつものように、
「いらっしゃいませー」
との明るい声。幸い客はいない。店員は二人いた。チーフとあの子である。最近は指名制の床屋もある。が、ここではしていない。店としても指名性をしたい、が、ちょっとそこまで露骨なことは出来ない、という所だろう。が、チーフが気を利かせて客が望んでる相性の合う店員を割り当ててくれるのである。チーフは、
「じゃあお願いね」
と言って店の奥の部屋へ行った。
純の担当は、純がはじめにカットを受けた子である。純が店のドアを開けると、いつも彼女はニコッと笑って、「いらっしゃいませー」とペコリと頭を下げる。彼女が純に好意を持っていることは彼女の態度ではっきりわかる。純はペコリとおじぎして調髪椅子に座って目を閉じた。カットがおわって顔剃りになった。椅子が倒され、ちょっとあつい蒸しタオルが顔にのせられた。少し待ってから彼女は蒸しタオルをとって、純の顔を剃りだした。一心に顔を剃っている彼女に純は勇気を出して話しかけた。
「あ、あの。お姉さん・・・」
「はい。何でしょうか」
「あ、あの。冗談ですけど、言っていいでしょうか」
「ええ。かまいませんわ」
「あ、あの。その剃刀で顔を切り刻んで下さい」
彼女はプッと噴き出した。
「ごめんなさい。変な事、言っちゃって」
純はあわてて謝った。
「いいですわ。でも、どうしてそんな恐ろしい事を考えるんですか」
「お姉さんのような、きれいで、やさしい人に殺してもらえるんなら幸せなんです」
「いや。むしろ、そうされたいんです」
「そうまで私の事、思って下さるなんて幸せですわ。でも、そんな恐ろしい事、とてもじゃないですが出来ませんわ。私達、ただでさえ、剃刀を扱う時は、ほんのちょっとの傷をお客様につけることにでも過敏になってますもの」
「そうでしょうね。僕も本当に顔を切り刻まれる事に快感を感じられるかどうかは分かりません。あくまで空想の中では、痛みはありませんからね。でも、空想の中では切り刻まれる事が最高の快感なんです」
彼女は、「ふふふ」と笑った。
「はい。おわりました」
と言って、彼女は台を上げた。そしてブラシで背中と前をはたいた。
「シャンプーとカットと洗顔で四千円です」
「はい」
純は財布から紙幣を取り出した。
「あ、あの。もし御迷惑でなければ一度、海に行ってもらえませんか」
「ええ。かまいませんわ」
純は携帯の番号とメールアドレスをメモに書いて渡した。彼女はそれを受け取ってポケットに入れた。

その夜、純は寝つけなかった。はたしてメールの着信音がビビビッと鳴った。それにはこう書かれてあった。
「純さん。今日は有難うございました。海は何処で、いつがよろしいでしょうか。私は、月、金、が休みです」
純はいそいで返事のメールを出した。
「美奈子さん。メールを下さり、有難うございます。では、今週の金曜日、××ビーチに、正午で、というのはどうでしょうか」
送信するとすぐに返事のメールが返ってきた。
「はい。わかりました。必ず行きます」

金曜になった。
純は夢のような気持ちで××ビーチに行った。客は程よく少なく、デートにはもってこいの場所である。純は日焼け用オイル、ビニールシート、ビーチパラソル、ビーチサンダル一式を揃えて待っていた。来てくれるだろうか。来てくれないだろうか。
その時、海の家からピチピチの黄色いビキニで胸を揺らせながら一人の女性が手を振りながら笑顔で、
「純さーん」
と叫びながら走ってきた。
「美奈子さーん」
純は嬉しくなって満面の笑顔で手を振った。

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山椒太夫・他8編 (小説)

2020-07-19 23:16:25 | 小説
山椒太夫

山椒太夫は森鴎外という軍医によって書かれたのだが、とてもやさしい語り口調なので私も書いておきたい。昔、安寿と厨子王という姉弟と、その母と姥の四人が海沿いに、どこかへ旅していた。どこへ旅していたのかは忘れてしまった。小説は細かいことをおろそかにしてはいけない。四人は今日の宿をどこにするかで困っていた。波は岩瀬にあたり、すぐこわれる白い帆柱をむなしく繰り返しつくっている。海鳥が夕空を舞う。つかれましたね厨子王、と姉の安寿がいうと、はい、おねえさま、と厨子王が返事するところにこの姉弟の育ちのよさがうかがえる。それは、とりもなおさず作者の鴎外の育ちのよさなのである。するとまもなく四人は、注意書きのしてある立て看板をみつけました。それにはこう書いてあります。気をつけよう。暗い夜道とあまいことば。このへんには人買いがでます。四人は、おそろしいことです、といって、身を震わせた。するとそこに、萎烏帽子に小袴の水干の男がむこうからやってきた。なぜ、この男はこういう服装をしているかというと、今、手持ちに山川の詳細日本史しかなく、少しは、芥川のようにカッコよく難しい単語の形容詞の正確なのをかきたいのだが、ひとえに勉強不足。時代考証必ずしも正確ならず。時代背景も正確ではない。男は四人に、今日のお宿はもうおきまりですか、と聞いた。母親が、いえ、まだきまっていません、というと、男は、それならば、今夜は、うちの宿へとまってはどうですか、このへんは人買いがでます。あぶないところです。私は旅人を人買いから守るために宿をかしている山岡というものです。といった。母親は、それは、ありがたい心のお人です。ちょうど、とまる宿もみえてこなく、このようなところで日が暮れてしまっては、とほうにくれるところでした、と言って、四人はその男について行った。実はこの男こそが人買いなのである。自分が人買いのくせに、人買いに気をつけましょうなどと、ウソ千万をよくもぬけしゃあしゃあと言えたものだと思うが、鴎外は、四人が気づくまで、読者にも知らせないでいるが、感のいい、ほとんどの読者は、この男が現れた時点で、この男は怪しい男では、と疑うだろう。というか、この四人がおめでたすぎるのである。渡る世間に鬼はなし、と思ってるんちゃうか。これだから街頭のキャッチセールスには気をつけたほうがいいのである。さて四人はその晩、人買いの家にとまった。人買いは、内心しめしめと思いながらも、あたかもつかれた旅人をもてなす話術はもっていた。話題がほうふなように、世間話を半分自分の創作も加えて、よーしゃべるのである。今年のセ・リーグはどこが優勝しそうだとか、何だとかである。人買い、といえども夕食はだした。これがまたひどいの何のって、メシとメザシ一匹と、みそ汁いっぱいである。しかしこの四人は、どこまでおめでたいのか、とくに安寿と厨子王は、満面の笑みをうかべて、わあーおいしそー。いただきまーす。といって、ペチャクチャたべはじめるのである。おいしいね、厨子王、と安寿が言うと、厨子王も笑って、はい。おねえさまという。その夜、四人は、スースー寝た。翌日、山岡は、この先には難所が何ヵ所かありますので船で行きなんしょ、などといって男のおしの強さに母親はことわれず、船を舫っている所につく。すると、そこに二人の船頭がいた。山岡が連れてきた四人をみると、二人の船頭は、おーう、今回は上玉だなー、という。山岡は、ざっとこんなもんよ、と、かっかっかっ、と笑って返す。母親はたおれふして、ゆるしてください。私はどうなってもかまいません。ですがこの子達はまだ年端もいかない子供です。というと山岡は、ははは。お前が気づくのがおそすぎたのだ。だました方も悪いがだまされた方も悪い、とは、よくきく標語ではないか。そうさ。おさっしのとおり、このおれ様が人買いさ。まあ宿命だと思ってあきらめな。といって、母親とばあやを一人の船頭の船へ、安寿と厨子王をもう一人の船頭の船にのせた。母親はふところの中から、安寿には守本尊の地蔵様を、厨子王には父親のくれた護刀をわたした。おねえさま、と厨子王は自分の不安を安寿の瞳の中に求めた。安寿は、私達は人買いにだまされてしまったのよ。でもどんなことがあっても、わかれわかれになっても、心の中でなぐさめあい、はげましあってがんばりましょ。それを横で聞いてた船頭は、がっははは。ガキのわりにはしっかりしてるじゃねーか、そらよっ食いなっ。といって握り飯をわたす。二人はパクパクたべた。そだちざかりなのでおなかがへるのである。呉越同舟というよりは現実認識がとぼしい。朝三暮四。場当たり的。船は越中、能登、越前、若狭、の津々浦々をまわったが、なかなか買い手がつかない。むなしく、越中では越中褌、能登では能登アメ、越前では越前ガニ、若狭では若狭塗り、を買うだけに終わった。買い手がなかなかつかなかったのは、二人は、ただでさえ弱々しいのに、わかれわかれになることを思うとつらくなって、しょんぼりしてしまい、これでは労働力にならないと思われたからである。やっと丹後の由良の港で、山椒太夫という、手広く、何でもやってる男が、その二人を買った。二人はそこでこきつかわれた。低賃金どころか賃金そのものがない。労働基準法違反である。ここで安寿と厨子王に与えられたメシもひどいものであった。われたドンブリじゃわんに大盛りのメシとメザシ一匹とナッパを一切れぶっこんだみそ汁とタクワン一切れである。これをひもじく食べる二人を山椒太夫はごーせーな料理で、がっはっはっ、と言って、貧富の差をみせつけるように食べるのである。いわば飯場の生活。カニ工船、である。山椒太夫は安寿に小唄をうたわせたり、芸者のようなことをさせる。やはり、それが山椒太夫が安寿と厨子王を買った理由だろう。原作では、安寿と厨子王が脱走の話をしているところを山椒太夫の息子にきかれ、安寿と厨子王は焼け火箸で額に十文字の烙印をされる、となっているが、これはひどい。と思ったが、原作を読み直してみると、これは二人がそういう夢をみた、ということだった。二人は自由を求めて脱走した。姉の安寿はしっかり者で地理を知っている。脱走というのはスリルがあって面白く、スティーブ・マックィーンの大脱走に限らず、よく映画でつかわれる。ハラハラ、ドキドキものである。だが安寿は女だから、途中で息がきれてしまって、厨子王に、お前一人で逃げておくれ、私はもう走れない。この先をずっと行くと国分寺があるから、そこでかくまってもらいなさい。と言う。国分寺というのは七百四十一年、聖武天皇が仏教の鎮護国家による思想から、国ごとにつくらせた寺で何人も手をだせないセーフティーゾーンなのである。厨子王は涙を流して安寿のいうようにした。山椒太夫の追手の一団が安寿をみつけ捕らえた。やい。アマ。厨子王はどうした。と言うので、知りませんと答えると、どうせこの先の国分寺の住持雲猛律師のところに逃げこんだんだろう。そうなると、ちょっと手が出しにくい。やい、女、はけ、はかんとひどい目にあわすぞ、とおどすが、安寿はキッとニラミ返し、フン、人さらい、資本主義者、オニ、悪魔、変態性欲者、といってガンと口をきかない。山椒太夫の手下達は安寿をつれてかえり、厨子王が寺に逃げ込んだことをしゃべらせるため、さまざまな責め、にかけた。そこのところの細かい描写をかくことは本論ではない。どんな風に責めたかは読者の想像にまかせる。が、安寿も貴重な労働力なので、後遺症がのこるような責めではないだろう。安寿は拷責の最中、たえず、山椒太夫に向かって、オニ、悪魔、変態性欲者、とさけんでいたということである。安寿はその数日後、入水した。厨子王は国分寺のぼうさんによって、無事、国元にかえされた。僧は武芸、修業をよくし、テングのごとく山をかけぬける脚力があった。国元にもどった厨子王は安寿の死の知らせを聞くと、もうこの世の腐敗を正すためには自分この国の権力の上にたって世を治めなくてはならないと思った。もともと頭がいい子だったために、たいへんなつめこみ教育をうけはじめたが苦にはならなかった。四書五経をオボエ、ドイツ語、英語、フランス語を学び、十九才で東大医学部を卒業し、三十一才で陸軍軍医長になったという超人的なスピード出世である。元服した厨子王は正道と名のり、丹後の国守に任ぜられた。正道は人身売買を禁じ、安寿をねんごろに弔い、尼寺をたてた。ということである。






刺青

それはまだ人々が恥という尊い徳をもっていて、恥が命より上ではないにせよ、まだその徳が人々の心に苦しい快感を十分に与えていた時だった。清吉は、大学の時、合コンで知り合った、少し腰の軽い女と結婚した。女は清吉が東大法学部を出て大蔵官僚になるのをはかりにかけて結婚したところがある。確かに彼女は純粋に清吉を好いてはいたが、結婚後、彼女が浮気をする気でいることを清吉は内心知っていた。ハネムーンに清吉は彼女とハワイに行くことに決めた。その数日前、浮かれている彼女を清吉は、あるマンションに連れていった。チャイムをおし、見知らぬ男が出てきて少し話した後、清吉は彼女の背を押すように、彼女をその男に渡した。彼女は首をかしげるというより、おびえていた。見知らぬ二人の男に連行されるように強引に彼女はその部屋の中に入れられた。清吉は外でタバコをふかしながら、いい知れぬ快感に心をのせていた。数時間後、彼女はにげるように出てきた。彼女はおびえふるえながら清吉の胸の中にもどってきた。ワナワナふるえながら、清吉の瞳の中に返事を求めている。だが清吉は微笑を返すだけだった。二人は予定通りハワイにハネムーンに行った。しかし彼女は、あのビルの中でのことが頭から離れず、おびえるように清吉の返事をまった。だが清吉の口唇は開かれない。その状態は結婚後もつづいた。それに加えて清吉は彼女と肉体的なつながりをもとうとしない。その年の夏のある休みの日のこと、清吉は彼女の前に無造作に一冊の写真集をなげ与えた。彼女はそれをみるやいなや、絶叫しそうになった。むりに清吉がページをめくってみせると、それは表紙と数ページにわたって彼女が、身になにもまとわず、実にみじめなぶざまな奇態なかたちに縛られた姿が、そのかたく握りしめられた手、ふるえる足、心までも、みすかされているように鮮明にとられている。夏季休暇、清吉は彼女をつれて、海がすぐ手前にみえる大きなホテルのあるロングビーチへ連れていった。彼女はそこで、清吉にわたされた水着を着た。それは彼女のサイズにくらべ一回り小さく、彼女はカガミの前で思わず、しゃがみこんでしまった。ほとんど裸同然だった。小さな水着は、縛めのごとく彼女の体にキビしく食い入った。彼女は座りこんだまま、出ようとしないので、清吉は彼女を無理にプールへ連れ出した。人は程よく少なくいて、休憩時間で休んでいる。彼女は清吉にゆるしを乞うよう、すがりついている。彼女は清吉の瞳の中に返事を求めている。清吉は、この時はじめて残酷なやさしさで彼女に、
「さあ。ビーチサイドを歩いてきなさい。お前はこれから死ぬまで美しい恥の中で生きるのだ」
と言った。彼女はおそるおそる、その独立の歩を前へすすめた。手をどこへおくこともできない。衆人の目がいっせいに彼女の体に向けられた。彼女は視線が自分にあつまるのは、みんながあの写真集をみて自分を知っているからだと思えてならなかった。今は歩くたびに水着が縄のように肌にくいいる。しかし徐々にいつしか彼女の心に、別の、我を忘れた、つらい美しい気持ちが起こって、ついにそれは彼女に独立して宿った。
「自分はこれから死ぬまで、あの写真の女としてみられる。買い物をしている時でさえ、私はみられている。私はこれから苦しい恥の中で生きなくてはならない」
その思いは死ぬほどつらい、死に一歩近づいた快感だった。体に大きな自分をとらえている女朗蜘蛛の刺青がしてあるかと思うほど女は自分の肉体と心に酔いしれた。






蜜柑

 四年の二学期も終わりに近づいたある日曜日の夜のことだった。私は八時二十四分発のA駅行きの最前車両の中で、近くあるⅡ病の追試のため、病理学の本の腎のところを開いて、あまりよくわからないまま、みるともなくなくみながら、列車の発車をまっていた。寒さは、ただでさえわかりにくい腎をよけいわかりにくくした。車掌の警笛がきこえ、ドアが閉まろうとする直前だった。パタパタとプラットホームをかけてくる音がきこえた。パッととびのったとたんパタンとドアがしまった。小学校五年くらいの女の子だった。女の子は何度も大きく肩で息をして呼吸が整うのをまった。一分くらいで彼女の呼吸はおちついた。少女はあたりをキョロキョロみまわしてから、サラリーマンとOLの間にあったわずかなスペースをみつけて、かるくペコリとおじぎをしてチョコンとすわった。少女は、はじめ、膝の上にかばんをのせて、それからコミックをとりだして読みはじめた。私はこの少女が電車にのった時から、なぜかこの少女にひかれるものを感じていた。少女のちょっとした一つ一つのしぐさに何かひかれるものがあった。私は病理学の本を閉じて、この少女を観察することにした。というより、そうせずにはにられなかった。少女の顔はまるで木彫りの人形のようだった。つぶらな、パッチリした目は、まるで、くりぬかれたふし穴のようだった。少女ははじめ、一心にコミックを読んでいたが、読み終わったらしく、それをカバンにしまって、顔をあげた。子供の好奇心は右となりのOLのよんでいる本に視線をうつさせたかと思うと、左となりのサラリーマンの新聞にその視線をうつした。だが内容がわからなかったのだろう。少女の視線はそのうち車両の中の人間に向けられるようになった。私は彼女と視線があうのをおそれて、時たまチラッと彼女をみることにした。私は再び病理学の本を開いた。そしてまた、わからないまま、読むともなく読んでいた。電車がB駅についた。かなりの人が降り、そして少しの人がそれと入れ替わりに入ってきた。車内はがらんとなった。私はさっきの子もおりてしまったかなと思って目をあげた。すると彼女はミカンをたべていた。少女は私の視線に気づいて私に目を向けた。私はいそいで顔を下げた。私の心臓の鼓動は早まっていた。私の視線が彼女に気づかれはしなかったか心配だった。私はもう彼女をみるまいと思った。電車がC駅についた。ほとんどの人が降りて車内はシーンとなった。私はおそれを感じながらもチラッと彼女の方をみた。すると。バチン。もろに目と目があった。彼女はミカンを口に入れるところだったが、私の方をじっと見ていたのだ。私はとっさに顔を下に向けた。頬が赤くなっているのが自分でもわかった。私の心をみやぶられはしなかったか、それがこわかった。私はもう二度と彼女を見るまいと思った。何だか同じ車両に二人だけいることが重苦しく感じられた。もしも二人の位置関係が逆だったら私はためらわず後ろの車両へ行けた。だが、この位置関係ではそれはできなかった。後ろへ行くにはどうしても彼女の前を通らなくてはならない。それが気まずかった。あと四駅目の私の降りる駅が待ち遠しかった。電車がD駅についた。これで、あと三駅、と思って私はほっとした。と、その時、私の前に短いスカートとその下にみえる血色のいい足がみえた。私は顔を上げた。あの子だった。彼女は丁寧な口調で、
「これ、よかったらたべて下さい」
と言って、私にみかんをさしだした。少女は、恐らくは、これから奉公先へおもむくのではなく、家へ帰るのであろうその少女は、わたしがみかんを食べたい、と思っている、と、思い違いをしたのだ。私はこの時、はじめて、言いようのない疲労と倦怠とを、そうして又、不可解な、やりきれない退屈な人生を僅かに忘れることができたのである。






本屋へいく少年

 ある少年がいた。その少年は、学科のシケンができた。だが少年は、心の悩みをもっていた。少年は、ある写真集をみた。それは少年にとってショックだった。心のなかで、描いてしまっていたイメージどうりのものだったからである。女が裸にされて柱に、しばりつけられて、みじめなかっこうにされ、黒子のような男が女の背後から、子供っぽいいたずら、をしている写真だった。少年はそれまで女の裸の写真をみても、何も感じなかった。しかし、その写真はちがった。少年は、その写真集をほしくてしかたなくなった。それで、少しは離れた町へ行き、小さな本屋へ行った。そこにきれいな同じ年頃の少女が店番をしていた。そこには、そういう奇矯な本が売ってあった。店には客がほかにいない。少年は、手をふるわせて、店番の少女に、その本を出し、お金をおいた。少女は口にはださずとも、少年をケイベツした心をもっていることは、伝わってきた。だが少年は少女にケイベツされることがうれしかった。少年は学校では、よく勉強したが、時々、耐えきれなくなり、その店に行き、奇矯な本を買い、少女にケイベツの心をもってみられたくなって、そうしていた。少年は、勉強熱心で、読書好きで、よく図書館へ行った。少年は文学書をよむのが好きだった。ある時、少年は、本を読んでて、ふと、顔を上げると、その少女がいた。少年は、死ぬほどあせった。心臓がとまるかと思った。途中で出ていくのもきまりがわるくて、閉館まで、いた。少女は少年に気づくと、自分に理解できない、かわった動物をみるように、少年をちょっと見てから、自分の読んでた書物に目をもどした。閉館時刻になったので少年は図書館をでた。少年がバス停で待っていると、ふと横をふりむくと、少女がいた。少女は、きわめて自然に、
「大丈夫?」
と聞いた。しばらくしてもバスはこないので、少女は、
「バス、こないわね。駅まで行くけど、ちょっと歩かない?」
と、言った。少年は少女とともに歩きだした。少女は、何かうれしくなって、少年の手を握った。少年も握り返した。少年は、うれしくなった。少女も同じだった。二人は夕やけのしずむ、太陽に向かって歩いていた。このまま、どこまでも、こうして歩きつづけられたら、と少年は思った。少年の心の病が少しなおっていた。






美徳のよろめき(銀河鉄道の夜)

 電車の中で居眠りをしている人は、夢とうつつの間の状態であり、眉を八の字にして、苦しそうな顔して、コックリ、コックリしてる。女の人だった。OLらしいが、英会話のテキストブックを持っている。きっと、海外旅行へ行くためだろう。となりには、50才くらいの、会社の中堅、(か、重役かは知らない)の、おじさんが座っている。とてもやさしそうな感じ。また、おじさんは、この不安定な状態をほほえましく思っている様子。彼女は、きっと今年、短大を卒業して就職したばかりなのだろう。まだ学生気分が、抜けきらない。おじさんは、きっと、東京から大阪の支社へ単身赴任してきてまだ日が浅い。(ということにしてしまおう)でないと物語が面白くならない。とうとう、彼女は、おじさんに身をまかせてしまった形になった。彼女の筋緊張は完全になくなって、だらしなくなってしまった。口をだらしなく開け、諸臓器の括約筋はゆるんだ状態である。脚もちょっと開いている。(とてもエロティック)おじさんは、いやがるようでもなく、かといって少しも、いやらしい感じはない。(ゆえに、この不徳はゆるされるのダ。)おじさんには、東京の郊外に家もあり、妻子もいる。子供は娘が一人で、東京の短大に通っている。(ということにしないと話がおもしろくない。)だから彼女は、おじさんの一人娘と同じくらいの年令なのである。この電車は、次の駅(A駅)で降りる人が多い。彼女も、そこで降りる人かもしれない。それで、おじさんは、彼女を少しゆすった。
「もし、おじょうさん。」
彼女は、よほど、深いねむりに入ってしまったらしく、数回ゆすった後に、やっと目をさまし、首をおこした。彼女はまだポカンとした表情で、半開きの口のまま、ねむそうな目をおじさんに向けた。おじさんが微笑して、
「だいじょうぶですか。次、A駅ですよ。」
と言うと、彼女は、やっと現実に気づいて、真っ赤になった。おじさんのやさしそうな顔は、彼女をよけい苦しめた。彼女はうつむいて、
「あ、ありがとうございます。」
と小声で言った。彼女は、ヒザをピッタリとじて、英会話のテキストをギュッと握った。彼女は、まるで裸を見られたかのように、真っ赤になっている。おじさんは、やさしさが人を苦しめると知っていて、彼女に、ごく自然な質問をした。
「英会話ですか?」
彼女は、再び顔を真っ赤にして、
「ええ。」
と小声で答えた。
「海外旅行ですか?」
つい、おじさんの口からコトバが出てしまう。彼女はまた小声で
「ええ。」
と答えた。
「ハワイでしょう。」
「ええ。」
この会話は、おじさんの自由意志、というより、ライプニッツの予定調和だった。この時、彼女の心に微妙な変化が起こった。きわめて、自然な、そして、不埒ないたずらである。彼女は早鐘をうつ心とうらはらに、きわめて自然にみえるよう巧妙に、コックリ、コックリと、居眠りをする人を演じてみた。そして、とうとう、おじさんの肩に頭をのせた。おじさんは、少しもふるいはらおうとしない。安心感が彼女をますます、不埒な行為へいざなった。彼女は頭の重さを少しずつ、おじさんの肩にのせて、さいごは全部のせてしまった。そして、おじさんにべったりくっついた。でもおじさんは、ふりはらおうとしない。彼女は生まれてはじめての最高の心のなごみを感じた。
(こんな、やさしい、おじさんと、ずーとこーしていられたら・・・)
いくつかの駅を電車は通過した。そのたびに人々のおりる足音がきこえた。しかしその足音もだんだん少なくなっていった。彼女は目をあけなかった。でももう車内には二人のほか誰もいないことは、わかった。電車はいつしか、地上の線路から浮上し、暗い夜空へ、さらにもっと遠くの銀河へと向かって行った。そして、そのまま、二人をのせた電車は、星になった。二人は現実世界では、行方不明ということになった。だが、ゆくえは、ちゃんと誰の目にも、見えるところにある。夏の夜に、よく晴れた夜空を注意してよく見て御覧なさい。多くの星の中に小さな、やさしそうな光をはなってる星が、見えることでしょう。



初恋

(ツルゲーネフ)

 それはある冬の日だった。私は近くのコンビニへいった。もちろん私は、カップラーメンにお湯をそそいでつくる以外、何も料理などつくれないので、いつものようにコンビニへ弁当をかいにいった。アルバイトの店員の女の子が二人いる。二人できりもりしている。最近は女二人で何かやるというのがはやっている。もちろん、店の服はキタない。それが逆説的に美しい。ジーパンと、ほどよく茶色にそめた髪が似合っている。私はひそかに思う。彼女の手にふれられる品物になれたらと。その店には多くの男達が出入りする。彼女達はその店で女王のように君臨する。そしてどの男をも愛さない。しかし、その氷のようなつめたさ、冷静な立ち振るまいがまた魅力的なのだ。私はカッパエビセンとカールとコーヒー牛乳とカップヤキソバと弁当の入ったカゴをレジにだす。
「あたためますか?」
と聞くので、相手をみずに、
「はい」
と答える。電子レンジがビーとまわる音がする。彼女はバーコードをチェックして、代金のボタンをかろやかなリズムでピピピのピッとおす。
「1137円です」
私は1150円わたす。彼女はまたピピピのピッとやって13円おつりをわたしてくれる。私は冬は手がカサカサになる。が、おつりをうけとる時、ほんの一瞬、彼女の手先が私の掌にふれるが、うるおいのあるみずみずしい手。私はおつりをサイフにしまって品物の袋をもって店をでる。彼女は営業用スマイルで、
「ありがとうございました」
と言う。私はポーカーフェイスをよそおっているが心の中では、
「さようなら。きれいなおねえさん」
と言っている。こうして僕の初恋はおわった。






老人の女神
(パソコンインストラクター)

 あるおじさんがいました。おじさんは、自分の専門の仕事はわかるけど、パソコンは、わからないのでした。それで勇気を出してパソコン教室へ行ってみました。今時こんなことも知らないのか、と、ひややかな目でみられ、笑われるのではないかと内心ビクビクしていました。しかしパソコンスクールの女性インストラクターは、森高千里みたいな、きれいな人で、たまをころがすようなきれいな声で、ていねいに教えてくれるのでした。人をみくだしたり、あざける心などなく、万人に平等にわかりやすく教えてくれるのでした。おじさんは、先生という職業は、仮面をかぶっているのだから、彼女が内心では、
「今時、こんなこともしらねーのか、トロイジジイ。」
と、思っているのじゃないかと心配になってきました。キーボード入力とか、ファイルの移動とか、むつかしいのでした。とうとうおじさんは、耐えられなくなり、インストラクターの前に、
「わたしは、あなたの思っているとうりのトロイジジイだ。表面的な笑顔をしつつ、心の中ではあざ笑うようなネチネチしたいじめには耐えられない。わらってくれ。」
と身をなげだしました。その時、きれいなパソコンインストラクターは、仏のような慈悲のまなざしで老人の手をとり、
「そんなことをしてはいけません。」
といって、老人をたたせ、
「どこがわかりにくいのですか?」
と言いましたそのコトバには人をみくだす心などみじんもない慈悲の心がありました。
「おお。あなたこそは仏様の生まれ変わり、弥勒菩薩だ。ありがたや。もったいない。」
と言って老人は手を合わせて拝みました。
「私はあなたのお声をいただくのももったいない。」
と言って老人が去ろうとすると、インストラクターは、
「パソコンはカンタンですからもうちょっとガンバリましょう。」
といってくれるのでした。老人は随喜の涙をながしました。そこには仏の心をもった女神がいるように老人にはみえたからでした。






蜘蛛と蝶と釈迦

 釈迦は歩く時、虫を踏まないよう足に鈴をつけていた・・・とのことである。蜘蛛の巣にかかった蝶を蜘蛛が食べようとしているのを見た釈迦はその時どうするでしょう?
(蝶も生きたいし、蜘蛛も生きたい)
蜘蛛は蝶に向かって言った。
「ゴメンネ。僕、君を食べなきゃ生きていけないんだ」
蝶は、「私も生きたい。死にたくない」と言った。
それを釈迦が憐れみの目で見ていた。蝶は釈迦にすがるように言った。
「お釈迦様。私を助けて下さい」
釈迦は言われた。
「こわがらなくてもいい。あなたは今日、やがて私も行くニルバーナに行く」
蝶は静かに、「わかりました」と言った。






テニス小説

ある海辺に近い町に一人の男がアパートに住んでいた。彼の名は岡田純。彼は、医学部を出て医者となり、ある病院に就職して働いていた。しかし彼は集団というものが苦手で、集団の中にいると緊張のため腸閉塞が起こって、呼吸が荒くなってくるのである。他の医者なら、飲み会とか、忘年会とかは楽しみだが、彼にとっては、それは地獄にも等しい苦痛だった。話す話題がないのである。また無理に話してもトンチンカンになってしまって、人から奇異の目で見られてしまった。それに彼は酒を飲めない。それで、彼は飲み会が終わってアパートに帰って、一人になると、ほっとするのである。彼は非常に観念的で、しかしそれは無理のない事で、彼ほど内向的な人間は観念的になるのは当然だった。彼にとっては、自分の観念の世界こそが、彼の本当の現実の世界であって、彼にとっては現実の社会は、人間という彼には全くわからない生物達が、うごめいている世界だった。彼にとって現実の世界は、見る対象だった。彼は人間が全くわからない、と書いたが、それは文章にインパクトを出すためであって、本当は、かなり解る部分も多いのである。だが、解らない事も確実にあった。彼は普通の人がテレビのドラマでも見るように、人間の世界を見ていた。
彼は趣味で小説を書いていた。それは当然で、小説というものは何を自由に書いてもいいのだから。小説という自分の理想の世界を創り出して、その中で彼は、登場人物にかなり自分をたくして、想像の世界で、楽しく生きていた。勿論、彼は他人の書いた小説も読んだ。彼には、書いている時と、読んでいる時だけが、心が休まる時だった。しかし他人の書いた小説の登場人物に完全に感情移入するのは、難しい。それは当然であって、小説を書く人は、その人の好みの人物を書くのだから、自分の好みと全く同じ人物というのは、他人の小説を読んでも、なかなか見つからない。だから、彼は、小説を読むより、小説を書いている時の方が幸せだった。
また、彼は現実の世界に生きられない、と書いたが、それはその通りだが、彼は過去の世界には、生きることが出来た。それは過去というものは、もう固定されてしまって、動かないのだから、今、生きている人間とは上手く喋れなくても、過去の人間に対しては、話しかけても、相手が話し返してくるという事は無いのだから、安心して話しかけられるのだった。過去の人間になら変な事を話してしまっても、相手の感情を損ねるという事に心配する必要もないのだから。
彼は、泳げて、たまにプールに行く事もあった。しかし水泳というのは、孤独な運動である。彼は、手塚治虫の、「海のトリトン」のような世界に憧れて、水泳を始めたのだが、そして本当に海で魚のように生きようと思っていたのだが、やはり現実的には、そういう事は不可能だとわかったのである。
彼は夏を愛した。夏は海の季節だからである。そして、よく海やプールに行った。それは、もちろん泳ぎたいためだが、それ以外に大きな理由があった。それは、ビキニの女性を見るということである。彼は、ビキニの女性を眺めるのが、物凄く好きだった。それ以外でも、彼は町を歩いている時、よく女性を見た。勿論、彼はスケベだが、単にそれだけの理由ではなかった。彼は女性を見ると心が落ち着くのである。彼は女性を母親のような感覚で見ているのである。これは、大人の女性は、勿論のこと、中学生の女の子、さらにはランドセルを背負った小学生の女の子にも、母親を感じていた。それは彼が優しい母親の愛を受けずに育ったからである。そのため彼は母親の愛というものに飢えていた。
またレジャープールで、親子が楽しんでいる光景を彼は、非常に羨ましい思いで見ていた。自分も、妻をめとり、自分の子供が出来て、楽しい家庭ができたら、どんなに素晴らしいだろうと彼は思った。しかし彼は、可愛い、やさしい、彼の理想の女の子が生まれてくる事を望んだが、現実には、彼の理想に合わない、性格の悪い男の子が生まれてくるかもしれない。しかも、仮に理想の女の子が生まれてきたとしても、女の子は、女の子のままではいない。すくすくと育って、やがて大人になってしまう。彼は、それが嫌だった。彼にとっては女の子は、ずっと中学生のままでいて欲しかったのである。しかし、現実には、そんな事は、ありえない。だから彼は、結婚しないのである。そして理想と思って結婚した妻も、時間とともに歳をとる。彼は、それが嫌だった。彼は時間というものを憎んでいた。さらに、彼は、今までの人生経験で、人間というものが、この人こそは理想の人だ、と思っても、長く見ていると、嫌な面が見えてきて、幻滅する経験を非常に多くしていた。ほとんど全部の人間が、そうだ、と言っても過言ではないといっていいほどだった。そのため、彼は結婚しないのである。しかし、彼は、やはり、親子連れで、プールで楽しんでいる光景を見ると、自分も結婚していれば、よかったと、つくづく思った。しかし、それは、笑顔で楽しく遊んでいる一瞬の光景だけ、つまり家族というものの理想の一瞬だけ見ているから、きっと、そういう風に羨ましがる気持ちが起こるのだろう。まあ、ともかく、そういう光景を見ると、自分も家庭を持ちたいと思い、それが強い欲求となって、小説で家庭を作ってみたりしていた。
彼女にしてもそうだった。彼はアツアツの男女のカップルを非常な羨望の目で見ていた。彼は可愛い彼女が欲しかった。しかし彼は、今までの人生経験で、この人こそは理想の女性だと思っても、長く見ていると、ほとんどの場合、嫌な面が見えてきて、幻滅してきたのである。そして彼は、男女の付き合いに、煩わされたり、自分の人生の時間を使う、ことに、わずかな時間ならいいのだが、長い時間を使う事を非常に嫌っているのだった。そして彼は、女と話したこともあるが、女と話しても退屈してしまうだけだった。むしろ、男の教養のある人や学者と学問のことを話す事の方が、彼にはずっと楽しかった。そういう人と学問の事を話すのなら、いくら話し続けても厭きなかった。それに比べ女と話しても、時間の無駄だ、と感じてしまうのだった。彼は限られた自分の人生の時間を、そんな無駄な事に使いたくなかった。そんな事をする時間は、小説を書くなり、読書するなりしたかった。そういう理由もあって、彼は女と付き合えないのである。
しかし運動をしないで、毎日、座っている生活のため、肩凝りや腰痛が起こり出してきた。また、ある時、公園の芝生で、高校の時は、出来た、肩跳ね起き、をしてみると、高校の時のようには、きれいには出来なかった。彼は筋力、体力が落ちている事を知り、愕然となった。これではいけない、と思って彼は運動をはじめようと思った。彼は市立体育館にトレーニング設備があったので、マシントレーニングをしてみたり、温水プールで泳いだりしてみた。多少は、効果はあったが、一人でやる運動というのは、マイペースで出来るので、休みたくなったら休めるので、あまり運動の効果は感じられなかった。第一汗をかかない。

それで彼はテニススクールに通うことにした。彼は高校の時、や、その後も、時々テニスをしていて、テニスはかなり上手く出来た。しかし、彼は入会して定期的に通うという事が嫌いで、また時間の制約もあって、やりたい時だけ、やれる所はないかとインターネットで探してみた。すると車で15分くらいの所に、スポットレッスンという形で、好きな時に、一回、3千円で90分のレッスンに部外者としてスクール生と共に参加する事が出来るテニススクールを見つけた。やった、と彼は喜んだ。そして、時々、そこに通うようになった。そのスクールは、土日は、男も多いが、平日は、ほとんど、おばさん、というかママさんばかりだった。彼は、土日に行くこともあったが、平日に行くこともあった。
しかし、おばさん、ばかりの中で一人、若い可愛い人がいた。勿論、彼は一目で彼女を好きになってしまった。彼女は矢沢さんと言った。

しかし彼はいい歳をしてウブで女の顔を見る事が出来なかった。そのため、彼女を見ても、その人かどうか分からず、あの人、矢沢さんかなと思って、じっと見てしまう事が、時々あった。彼女のテニスの技術はかなり上手かった。しかしフォームが小器用に完成されてしまって、もうそれ以上に伸びそうにはなかった。彼は、その人のテニスの上達が止まっているのを、かわいそうに思った。彼には、彼女にとってのテニスの位置づけが、わからなかった。もし、上達など、しなくてもよく、試合を楽しみたいのなら、テニススクールに通わなくても、友達やサークルで、コートを借りてテニスをするのではないだろうか。彼女は彼と違い、友達もいるだろうから。美人のつらさは、ジロジロ見られる事のつらさである。多くの人は、フォームが小さく完成されてしまうが、彼は大きなフォームという事が、意識にあるため、テニスの感をとりもどすと、彼女より上手くなってしまった。しかし、彼はそれがつらかった。彼にはテニスなどどうでもよかった。彼は小説を書く事が人生の目的の全てで、テニスは体を鍛えるためだった。彼は小説家としては、大きなものを目指していたが、テニスは、体力を落さないための手段に過ぎない。しかし、彼の性格はあらゆる物事において、大きく作ろうとするので、それは学問でも、小説でも、運動でも。そのため、彼は自分が彼女より上手くなってしまう事がつらかった。せめてテニスという遊びの中くらいでは、理想など高く持たずに、勝った、負けた、という事に、無心で喜べる小市民になりたかった。しかし彼は、技の上達という事が頭にあるので、試合を嫌って、試合をしている時でも、上達よりフォームの完成ということを考えてしまうのだった。

彼は、彼女に、変な誤解を与える事を心配した。彼は彼女に楽しい人生を送って欲しいと思っていた。彼は彼女がしゃがみこんだ時、彼女の裸を想像してしまった。彼女は、一体どんな生活をしているのだろう。朝ごはんは何を食べたのだろう、とか。子供の頃はどんな子供だったのだろかとか。彼はリンゴの皮むきのように、打ち合いを続けたくて、サービスも相手が打ち返しやすいように打った。試合でも、相手が打ち返しやすい所に打った。それで、とうとうコーチが、ある時、
「岡田さん。やさしすぎる」
と大声で叫んだ。実際、彼は優しかった。そのコーチは、試合で勝つ事に興味を持っていない彼の性格に少しイライラ感を持っていた。彼も、もっと小市民になれればいいのだが。そして小市民的、幸せを、せめてテニスくらいでは求めればいいのだが。彼は何事においても本質を求めてしまうのだった。

テニスは彼にとって、内向的な性格を治すメリットもあった。一人のスポーツでは内向的のままである。しかし、彼はユーモアも言った。ダブルスで、サービスの方になった時、みな遠慮する。日本人はシャイである。みな、「どうぞ」と相手に譲り合う。彼は機転が利くので、「ジャンケンして勝った方がサービスをしましょう」と言った。彼は、そういう機転が利くのである。それを彼女も、次の機会に、するようになった。彼女は策略家で、試合では勝とうとするので、優しい彼に目をつけて、彼を狙った。勿論、彼も精一杯、守った。しかし、彼は彼女のショットにしてやられると、微笑ましい喜びを感じた。彼は彼女にマゾヒスティックな思いを持っていたからである。勿論、精一杯、守って、片八百長でわざと、負けるという事はしなかったが、彼は試合で勝つ事に興味を持っていなかったので、そして、それよりフォームが乱れる事を嫌ったので、結果として、彼女にしてやられる事も時々あった。勿論、彼は、誰に対しても優しい。スポーツは人間の、いやらしさを消す。好きだの、嫌いだの、顔がいいだの、悪いだの、スポーツをしている時は、そんな人間のつまらない感情が洗い流されてしまうのである。仕事が終わったら、同僚と酒を飲んで上司の悪口を言い、会社の休み時間は他人の中傷ばかり、休日はパチンコで一日を終えるサラリーマン。それに対しスポーツをする人には、およそ、そんな人はいない。テニスを熱心にする人が、人を騙す悪い仕事をするだろうか。勿論、スポーツをする人に悪人はいない、などという極論は言えない。しかし泥棒がランニングを毎日の日課とするだろうか。確かに逃げる時の脚力を鍛える効果はあるだろう。しかしそんな事をしている泥棒など、いるだろうか。上手くても、上手くなくても、無意味な事に汗を流し、勝つ事に喜び、上達しない事に、つらさを感じ、まさに人間の本能に忠実に、そして人生という無意味なものに、真剣に生きている、それは素晴らしい人生の送り方の縮図ではないか。そして、相手と触れる事なく、相手と心が通じ合う。隠そうとしても、テニスをすると、その人の性格がわかってしまう。ある時、彼女は、彼に、「ありがとう」と言った。ラリーが続くよう、彼女が打ちやすい所ばかりに返し、彼女がオーバーした球も、全力で走って、強引にラリーが続くようにしたからだろう。
見かけから、彼女は彼がおよそニヒリストでインテリで高等な研究に打ち込んでいて、テニスなど馬鹿馬鹿しいと思っていそうな人間であることは、彼女は雰囲気から、わかるだろう。しかし彼はテニスを熱心にやった。ドロップショットも遠くの球も全力で追いかけた。彼女には彼が、なぜテニスを一生懸命やっているのか、わからなかっただろう。
しかし、彼のようなインテリが自分のやっている、つまらない事に本気で一生懸命に参加している。それは、つまり、彼女のしている事が価値のある事であると、彼女は感じたのだろう。彼女は嬉しそうだった。さらには、彼が、彼女に会いたさにテニススクールに来ている、というか、彼が彼女と会うと、顔には出さずとも、彼が嬉しがっている事も彼女は感じているだろう。その出会う回数が、月に1~2度で、それが彼がストーカーでなく、彼女に気を使っているとまで彼女は思っているだろう。何も言わなくても彼女は彼の心をかなり分かっている。言葉を交わさないで通じている心の交流だった。彼は彼女を好きだし、彼女も彼に行為を持っていた。彼は彼女に会う度ごとに、ドキドキした。
ある時のレッスンが終わった後、彼女はためらいがちに言った。
「あ、あの。また来られますか」
「え、ええ」
「うれしいです。岡田さんは優しくて打ちやすい所に打って下さるので、とてもやりやすいんです」
「ぼ、僕も、スクールに好きな人がいるので来ます」
彼は、ふざけた性格のため、時に、こういう突拍子もない冗談を言うのである。
「だ、誰ですか。その人は」
彼女は、それは自分で、彼は、愛の告白を遠まわしに言ったのだと思ったのだろう。目を丸くして食いつくように聞いた。純は焦った。
「や、山野コーチです。ぼ、僕、山野コーチが好きなんです。だからまた来ます」
彼は見えすいた誤魔化しを言った。彼女は、愛の告白を聞けずに、寂しそうに相槌を打った。
「そうでよね。あの人、面白いですから」
そんな事で彼は彼女と別れた。

ある時のレッスンの後の事である。
彼は車に乗って、図書館に戻り、小説のつづきを書こうと思った。すると後ろから誰かが声を掛けた。彼女だった。
「あ、あの。岡田さん」
「は、はい。何でしょうか」
彼は緊張して答えた。
「あ、あの。車の鍵が見当たらないんです」
「そ、そうですか。それは困りましたね。ここに来た時には車にロックしましたよね」
「ええ」
「じゃあ、この近くにあるはずです。探しましょう」
「いえ。よく探してみたんですが、見つからないんです」
「そうですか。じゃあ、JAFに連絡しましょうか」
「いえ。いいです」
「どうしてですか」
「私、JAFに入ってなくて、お金がないんです。それにドアは開けられてもキーは、貰えないでしょうから」
「そうですね」
「あ、あの。岡田さん。厚かましいお願いで申し訳ありませんが車に乗せていただけないでしょうか。家の鍵はありますし、家には車のキーの合鍵が置いてありますから」
「わかりました。じゃあ、お送りします。どうぞ、お乗り下さい」
そう言って彼は助手席のドアを開けた。彼女はラケットを持ってチョコンと助手席に座った。
「では、行きますよ。場所わかりませんので教えて下さい。そこを右とか、左とか、言って下さい」
「ええ」
「じゃあ、発車します」
彼はエンジンをかけて車を出した。彼女は、言われたように、交差点の前に来ると、「そこを左にお願いします」とか、「そこを右にお願いします」とか言った。この人間カーナビは実に便利だった。知らない商店街を通った。彼はいつも決まった場所しか行かないので、
「へー。こんな所に街があったのか」
と思い知らされる思いだった。彼女のアパートに着いた。
「ああ。岡田さん。どうも有難うございました」
と言って彼女はアパートの中に入って行った。彼は車の中で彼女を待った。彼女はすぐに降りてきた。彼女が純を見つけると、純は彼女に手招きした。彼女は小走りに純の車の所にやって来た。純はサイドウィンドウを下ろした。
「車のキーありましかた?」
「ええ」
「それは良かった。じゃあ、テニススクールまで送りますよ」
「あ、有難うございます」
純は助手席のドアを開けた。彼女は、助手席のドアにチョコンと乗った。
「じゃあ、行きますよ」
と言って純はエンジンをかけた。
「僕、道おぼえるのが弱いんで、また、右とか左とか言って下さい」
「ええ」
純はアクセルペダルを踏み込んで発車した。彼女は純に言われたように、「そこを右」とか「そこを左」とか、行く時と同じように示した。しかし、彼女に言われなくても、ほとんど道はわかった。すぐにテニススクールの駐車場に着いた。
「有難うございました」
彼女は礼を言って車を降りた。そして自分の車の所に行って、ドアを開け乗った。彼女の車はサニーだった。彼女はエンジンをかけた。車がゆっくりと動きだした。純は彼女が去ってしまってから、家に戻ろうと思っていたので待っていた。彼女が車の中から手を振って前を通り過ぎるのを、笑顔で手を振って別れるつもりだった。だが、彼女の車は純の車の前で止まった。彼女は車から降りて、急いで純の所にやって来た。そしてコンコンと窓をノックした。純は急いで窓を開けた。
「ど、とうしたんですか」
純は疑問に思って聞いた。
「あ、あの。岡田さん。本当にどうも有難うございました」
「いえ。別に」
「あ、あの。お礼をしたいんですが・・・」
「いいですよ。そんなに気を使わないで下さい」
「でも私の気持ちがすまないんです」
純はちょっと虚空を見て考えた。純は、こういう譲り合いで相手の好意を頑なに受けとらないでいる光景が嫌いだった。相手の好意はお礼を言って素直に受け取ればいいと純は思っていた。それで言った。
「わかりました。ありがたくお礼を受けとります。お礼というのは何でしょうか」
「あ、あの。どうか私の家で、御飯を召し上がっていって下さい。手によりをかけて作ります」
彼女は顔を真っ赤にして言った。
「わかりました。では行きます」
純は微笑んで言った。
「では私のあとについてきて下さい」
そう言って彼女は車に戻った。彼女が発車したので、純は、そのあとを追従した。もうこれでスクールと彼女のアパートへの道は三回目である。純は、もう道順を覚えてしまっていた。だが、彼女は途中で、ある信号のある交差点で別の道に入って行った。どうしたのだろう、と思いつつも純は彼女のあとについて行った。其処には大きなスーパーがあった。彼女はスーパーの屋上に入っていって屋上の駐車場に車をとめた。純も彼女の隣に車をとめた。彼女は車から出て、純の車の窓をコンコンと叩いた。純は窓を開けた。
「あの。純さん。お買い物をしたいんです。申し訳ありませんが、待っててもらえないでしょうか」
「ええ。いいですよ。僕に気にせず、ゆっくり時間をかけて買い物して下さい」
「あ、ありがとうございます」
そう言って彼女はパタパタと小走りにスーパーの中に入って行った。純はカーラジオのスイッチを入れた。東京FMの音楽に心を任せた。10分くらいして、彼女が大きく膨らんだビニール袋を両手に持って戻ってきた。
「あの。何にしようかと迷ったんですけど、すき焼きにすることに決めました。よろしかったでしょうか」
「ええ。僕、すき焼き、大好きなんです。嬉しいです」
「よかったわ」
そう言って彼女は自分の車を開けて、買い物袋を助手席に置いて、エンジンをかけた。車が動き出したので純も彼女の車に追従した。そして彼女のアパートに着いた。

彼は近くの駐車場に車をとめた。彼女はアパートの前の駐車場に車をとめた。彼はすぐに彼女の車の所に行った。
「荷物、僕が持ちます」
「あ。有難うございます」
そうして彼は彼女の後についてアパートに入り、彼女の部屋に入った。
「すぐに食事の用意をしますわ」
そう言って彼女は買い物袋をキッチンに持って行って、俎板の上で、豆腐だの葱だの牛肉だのを切り出した。
家の中に洗濯乾しが、かかっていて、それにパンティーとブラジャーがかかっていた。彼は思わず興奮して、そっとその間近に来て、しげしげと、それを眺めた。そこに彼女の女の部分がいつも触れいていると思うと彼は、激しく興奮した。
「女はどうせ、下着を20枚くらい持ってるだろうから、一枚くらい無くなっても分からないだろう」
彼はそう思って、そっとブラジャーとパンティーを洗濯乾しから、取り、自分のバッグの中に入れた。
「やった」
彼は家に帰ったら、思うさま、パンティーを貪り嗅いで、彼女の女の匂いを楽しもうと思った。そして家宝として、大切に一生、とっておこうと思った。彼は、女を女神様だと思っているから、手を触れるのも畏れ多くて出来ず、また、したくなく、女神様の触れた持ち物に一番、興奮してしまうのである。こういう心理はフェティシズムと呼ばれているが、彼はそれが病的に強く、まさに性欲の対象の目的が本来の物と異なっている性倒錯者なのである。

そのうちにジュージューとホットプレートの音がし出した。
「純さん。ホットプレートが温かくなりました。お食事にしますから、こちらにいらして下さい」
彼女が呼びかけた。純はキッチンに行った。食卓の上には熱くなったホットプレートが置いてある。その横に、豆腐、牛肉、白瀧、葱、白菜、うどん、などの食材と醤油、砂糖、日本酒、味醂、などの調味料が置いてある。純は卓上のホットプレートを挟んで、彼女と向かい合わせに食卓についた。
「はい。純さん」
そう言って彼女は、小鉢と生卵を純に渡した。

純は卵を割って小鉢に入れた。彼女は熱くなったホットプレートに牛脂を入れ、肉を入れた。肉がジュッと焼ける音がした。彼女は、醤油に砂糖を混ぜて、鍋に入れた。そして白菜や葱、豆腐なども入れていった。純は思わず生唾を飲み込んだ。
「さあ。純さん。肉が焼けましたよ。固くならないうちに、食べて下さい」
言われて純は焼けた肉を小鉢にとって食べた。
「おいしい」
純が言うと、彼女はニコッと笑った。
「お肉。とても美味しいですよ。矢沢さんも食べて下さい」
だが、彼女は白菜や葱ばかり食べて肉を食べようとしない。
「いえ。純さんがうんと召し上がって下さい」
彼女はそう言ってニコッと笑った。時間がたつと固くなってしまうので、仕方なく純がどんどん食べていった。結局、純が肉を全部、食べてしまった。
「あー。美味しかった。ご馳走様でした。どうもありがとうございます」
純は、腹をポンポン叩いて礼を言った。彼女は照れくさそうにしている。
「あの。純さん」
「何ですか」
「純さんのフォーム、美しくて羨ましいです」
「いやあ。そんな事ないですよ」
純は心にもない謙遜を言った。
「矢沢さんだって、テニス上手いじゃないですか」
「ええ。でも、私、上達が頭打ちになってしまって、もうこれ以上、上手くはなれません」
純は言葉が無かった。矢沢はつづけて言った。
「やっぱり、初心者から見れば、上手くて羨ましく思われるかもしれませんけど、上達が止まってしまって、フォームが、自分の満足いくような形でなく、固まってしまうと、つまらなくなってしまいます」
純は言葉が無かった。矢沢はつづけて言った。
「私、もうテニスやめようかと・・・」
「それは勿体ないです」
純はあわてて、まくし立てた。
「僕はフォームは多少、きれいかもしれませんが、体力が無くて、90分やると、もうヘトヘトです。僕がテニスをやっているのは、勿論、テニスが好き、という理由もありますが、それ以上に、体力をつけるためなんです。僕は市民体育館でマシントレーニングとか水泳とかも、たまにしますが、やはり一人でやる運動はマイペースで出来てしまうので、ダメですね。休みたくなったら、いつでも休めるんですから。その点、テニスは疲れても、90分はみっちり、やらなきゃならないですからね。いつもレッスンが終わった後は僕は汗ぐっしょりです。他の運動では、汗をかきません。僕は、子供の頃から喘息で、おばさん達より持久力がないんです。矢沢さんのように持久力がある人が羨ましいです」
「そうだったんですか。たまに練習中に岡田さんがポケットから、小さな吸入器をシュッって吸ってるので、あれ何なんだろう、何かの病気の薬なのかな、と思っていたんです」
「そうです。あれは喘息の吸入薬です」
「やっぱり、そうだったんですか」
彼女は納得した顔で純を見た。
「岡田さん。私どうしたら、もっとフォームがきれいになれるでしょうか」
「そうですね。僕は、運動では何でも、体全体の力で打とう、という意識を持っています。器用な人は、早く運動が完成しますが、小さなフォームになってしまいます。一方、神経質な人は、大きなフォームという事が頭にありますから、上手くなるまでに、それだけ時間がかかります」
「では、フォームというのは、その人の性格によって出来るんですか」
「ええ。そうだと思います」
と言って純は水を飲み、一休みしてから話をつづけた。
「それと、もう一つの要素があります」
「何ですか。それは」
「それはテニススクールの練習法です」
「どういう事ですか」
「つまりですね。スクールでは、あまりにも試合偏重の練習メニューにしてまっています。早い段階から試合をします。しかし、それはよくないと思います。試合は確かに、楽しいですし、勝つと嬉しいです。しかし、そうすると試合で勝とうという事を意識した小さな、安全な、そして、セコい打ち方になってしまいます。大きなフォームつくりを意識しながら、試合でも、勝とうとする事は、極めて困難だと思います。それなので僕はあまり試合は、好きじゃないんです。試合をする時は、勝ち負けは、どうでもいいから、フォームを崩さないようにと心がけているんです」
「そうなんですか。随分、複雑な事を考えているんですね。私なんか、そんなややこしい事、考えてませんでした」
「それと、テニスをしてもう一つ面白いことがあります。それは、一回のレッスンでは、臨機応変に、その時に最も適切な行動をとる、頭の切り替えが、要求される、ということです。一回のレッスンで必ず何かの発見があります。それはコーチのアドバイスであったり、生徒同士の打ち合いを見た時だったり、試合の時だったり、にです。発見し、考え、学び、そして、最終的には楽しい感覚が起こる。まるで僕には、人生の縮図のように思うんです。試合も結局、相手との勝ち負けではなく、自分との戦いだと思うんです。それが面白いんです」
「ふーん。そうですか。ところで岡田さん。一つ聞きたいんですけど、よろしいでしょうか」
「ええ。何でも答えます」
彼女はニコリと笑った。
「岡田さん。私の事、どう思ってたのでしょうか」
純は一瞬、真っ赤になったが、堂々と答えた。
「勿論、好きです。二人きりだから、言っちゃいますが、おばさん、ばっかりの中で、矢沢さんのような、きれいな人がいて、まるであなたはスクールの花だと思っていたんです。スクールに行く時、今日、矢沢さん、来てるかなって、すごくドキドキして、いると、やったー、と凄く嬉しかったんです」
「そう聞くと私も嬉しいです。岡田さんは、無口で何を考えているのか、わからなかったもので、最初は怖かったんです」
「ははは。僕も正直に言いますが、矢沢さんは、警戒心の強そうな人なので、きっと、そんな事、思ってるんじゃないかと思ってたんです。矢沢さんが短いスカート姿でコートにたったら、素晴らしいな、って思ってたんですけど、矢沢さんは、恥ずかしがり屋だから、そんなことは、まずありえないとも確信していました。でも、矢沢さんがいるだけで、嬉しかったでした。特に、運動の邪魔にならないよう髪を輪ゴムで束ねている顔が、とても可愛らしかったでした」
「まあ、そうだったんですか」
「ええ。女の人は、運動する時でも、お洒落する人が多いですけど、まあ自慢のロングヘアーを運動中もアピールしたいんでしょうけど、矢沢さんは、髪は運動の邪魔と思って、束ねていたんでしょうが、そういう無造作さが、可愛いなと思っていたんです。いわば髪フェチでしょうかね」
と言って純は、ははは、と笑った。
「そうだったんですか。でも嬉しいです。私、テニス上達が止まってしまって、もう止めようかと思っていたんです。でも、岡田さんと話していて、やっぱり、つづけようと思います」
「そうですよ。つづけて下さいよ。僕も矢沢さんが、やめたら、さびしいですよ。あれだけ出来れば、もう十分じゃないですか。それに、テニスはフォームがどうのこうのより、非常にいい運動になるじゃないですか。ランニングは単調で地味な運動ですけど、テニスは技術が必要で、また試合は面白いじゃないですか。上達にはさっき、試合偏重の練習はよくない、と言いましたけど。小さな事、つまらない勝負に全力を尽くして戦い、勝って喜び、負けて口惜しがる。この人間の本能に忠実に一生懸命になる、という事こそが素晴らしい事だと僕は思っています」
「岡田さんから、そういう言葉を聞くと凄く嬉しいです。岡田さんは、小説家ですから、形に残る作品を書く事だけに価値があって、テニスなんて、遊びだと、馬鹿にしているんじゃないかと思っていたんです。でも、岡田さんの今の言葉を聞いて、私もテニスをつづけようと決めました」
「そうですか。それは良かった。また矢沢さんと会えると思うと嬉しいです」
彼女はニコッと笑った。
「ちょっと待ってて下さいね」
そう言って彼女はキッチンから出て行った。

しばし、隣の部屋でゴソゴソ音がした後、彼女は戻ってきた。純は彼女を見て、うっ、と声を洩らした。何と彼女は白い半袖のテニスウェアに、短いスカートのテニスルックでラケットを持って来たからだ。髪は輪ゴムで束ねている。純は、一瞬で勃起した。
「す、素敵だ」
純は嘆息した。
「ふふふ。私も本当はこういう姿で、プレーしてみたかったの。でも、スクールには、男の人もいるでしょ。だから、恥ずかしくて、とても、そんな事できなかったの。でも、スポーツ用品売り場を通った時、思わず買っちゃったの。それで、時々、家でこれを着て鏡を見て、一人で素振りして楽しんでたの。おかしいですわね」
「いやあ。そんな事ないですよ。素晴らしいですよ。まさに矢沢さんにピッタリ似合いますよ。まるで矢沢さんのために作られたテニスウェアのように感じます。そこらの、おばさんが、そのテニスウェアを着ても全然、ダメですが、というより、むしろ目の毒というか、公害というか軽犯罪ですが、矢沢さんのような人が着てこそテニスウェアもその真価を発揮するというものです。杉山愛より格好いいですよ。テニスウェアのメーカーと提携して、テニスウェアのモデルになれば、絶対、売り上げが伸びますよ」
純は賛辞の限りを尽くした。
「ふふふ。本当は私もちょっぴり、自慢してたの。でも恥ずかしいから人前では、着れなくって。でも、こうして純さんに見てもらえて、凄く嬉しいわ」
「うーん。矢沢さん。あなたのその姿は芸術です。そんな美しい姿を誰にも見せないなんて勿体ない」
彼女は、煽てられて、ふふふ、と笑ってラケットを持ってヒュンと素振りした。スカートがめくれて、純は思わず真っ赤になった。彼女も見られても、平気というか、むしろ、セクシーさを披露しているようだった。彼女は数回、素振りをした。数回目に彼女は後ろの椅子にぶつかって、あっ、と言ってステンと転んだ。
「だ、大丈夫ですか」
純は転んだ彼女の元にすぐ行った。
「だ、大丈夫です」
彼女は言った。立っていてもただでさえ、見えそうな短いスカートである。座るとハッキリとスカートの中が見えた。思わず純は真っ赤になって目をそらした。
「でも少し、足首を捻っちゃったみたいなんです。少しベッドで休みます」
彼女は言った。
「そうですか。そうした方がいいです」
「ええ」
「では、肩を貸しましょう」
そう言って純は彼女を、そっと立たせ、ベッドに横たわらせた。ベッドはフカフカで、彼女が乗ると、その重みで少し沈んだ。それは、まるで、真珠貝の中の真珠のようだった。憧れの女性が短いスカートのテニスルックで、布団の上に横たわっている。しかも、ここは彼女の家で、二人きりである。勿論、純に激しい劣情が起こった。いっその事、ベッドに乗って彼女に抱きついてしまいたい衝動にかられた。しかし純は、女の弱みにつけ込む事が嫌いだったので、激しい劣情を我慢した。
「矢沢さん。湿布薬はありますか?」
「い、いえ」
「そうですか。それでは薬局に行って買ってきます」
そう言って純が立ち上がろうとした、その時である。

彼女はわっと泣き出した。
「どうしたんですか?」
「岡田さんのような優しい礼儀正しい人が、まだこの世にいるので嬉しいんです」
「よく意味がわかりません。何かあったんですか?」
「じ、実は・・・」
と言って彼女はしゃくりあげながら語り出した。
「や、山野コーチがプライベートレッスンをしてくれる、と言ってきたんです。絶対、上手くしてやると。私は嬉しくなりました。しかし私だけエコヒイキするところを他の生徒に見られると、よくないから、私の家でフォームを直してやる、と言ったんです。私はコーチの言う事は最もだと思ったのでコーチを家に入れたんです。コーチは初めは、膝の曲げ具合だとか、正しいスイングとが、細かくフォームの注意点を言ってくれました。しかし、だんだん、やけに太腿とか尻とかばかり触るようになっていったのです。私は、おかしいなと思い出しました。すると、突如コーチは私に襲いかかってきたんです。コーチは、まるで飢えた野獣のように私をベッドに押し倒すと、ハアハアと興奮した息遣いで、私の服を脱がせたんです。『ふふ。一度、君をこうして抱きたいと思っていたんだ』と言って、彼は私の体を散々もてあそびました。そして最後に、裸の私の写真を撮って、『ふふ。これでいつでも、この写真をネット上にばらまけるな。名前と住所と電話番号を添えて』と思わせ振りな事を言って去っていったんです。スクールに行かなければ、インターネットに私の恥ずかしい写真をばらまく、という意味でしょう。ですから私は、あのスクールに通い続けているのです」
彼女は語り終えた。純は怒りで手がプルプル震え、拳を握りしめた。
「あいつ。善人面してるけど陰ではそんな事してたのか」
純は彼女の濡れた瞳を優しくハンカチで拭いた。
「矢沢さん。僕にまかせて下さい。今度、あいつにレッスンの後、シングルスのサシの勝負を申し込みます。僕なら、あんなヤツに勝てる自信があります。勝てたら、もう二度と、あなたにそんな事をするな、と厳しく言ってやります。彼も皆の見ている前で生徒に負けたのを見られれば、もうデカイ顔も出来ないでしょう」
「あ、ありがとう。岡田さん。頑張って、ぜひ勝って下さい。私が救われる道はそれしかありません」
「まかせて下さい」
「でも、彼はウィンブルドン二連続優勝ですよ」
「ウィンブルドンが何です。僕が絶対、負かしてやります。正義は必ず勝つのです」
純は自信に満ちた口調で言った。その目は、ウィンブルドンなど、いや、どんなに強い敵であろうとも、この世のいかなる強敵をも恐れない真の男の勇気で輝いていた。


平成21年11月22日(日)擱筆

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真夏の死・他10編 (小説)

2020-07-19 22:44:36 | 小説
真夏の死

「夏の豪華な真盛りの間には、われらはより深く死に動かされる」

(シャルル・ボードレール)

そこのビーチには、毎夏、老人がビーチに来てじっと座って、海水浴客を眺めていた。老人はいつも一人だった。
京子は海が好きで、夏は休日には毎回、そのビーチに行った。前回、来た時もそうだったが、今日も老人は一人で寂しそうに座っていた。ビーチにはサザンの曲がはでに流れていた。京子がチラと老人の方を見ると、老人はあわてて顔をそらした。自分を見ていたのだな、と思うと京子の心に朗らかな笑顔が起こった。京子はビキニの胸を揺らして老人の所に行った。
「あの。おじいさん。となりに座ってもいいでしょうか」
京子が笑顔で聞くと、老人は少し顔をそむけて顔を下に向けた。それは肯定の意味に見えた。京子は老人のとなりにチョコンと座った。相手がナンパ男なら、そんな話しかける勇気は持てなかった。だが老人という存在は安全だった。それが京子に行動を起こさせる勇気を与えたのである。京子は、老人は、妻に先立たれて、若い時、この海で二人で戯れた昔を懐かしんでいるのだと思った。京子は老人から、そんなロマンチックな思い出話を聞きたく思った。
「おじいさん。少しお話しませんか」
京子は老人に話しかけた。だが老人は黙っている。
「おじいさん。この海、昔と今とどうですか」
京子は黙っている老人に遠慮なく話しかけた。だが老人は黙っている。
「おじいさんの奥さんて、すごくきれいな人だっんでしょう」
「いや」
老人はサッと首を振った。老人が、はじめて答えたので京子は嬉しくなった。京子は、「いや」の意味が解らなかった。きれい、だと聞いたから、そうではないと謙遜か本当か否定したのだと思った。京子はつづけて聞いた。
「お孫さんはおいくつですか」
「いや。わしには誰もいない。わし一人きりだ」
「ごめんなさい。おじいさん。失礼なこと聞いちゃって」
京子はペコペコ頭を下げた。
「いいんじゃよ。気になさらんでくれ」
老人は手を振った。京子は老人がどういう境遇なのか知りたく思った。だが、あまり、知られたくない事があるに違いなく、根掘り葉掘り聞くのは失礼だと思って黙っていた。その京子の思いを察したかのように老人は口を開いた。
「恥ずかしいが、私の話を聞いてくださるかの」
老人の方から京子に話しかけたので、京子は嬉しくなって元気に、
「はい」
と答えた。老人は話し出した。
「わしは、結婚はおろか、恋人も一人も出来なかった。わしは生まれてからずっと孤独で、この海を見ていた。わしは、年甲斐もなく、あんたのような若いきれいな女の人を、見に来ているんじゃよ」
京子は、聞いて嬉しくなった。
「私に話しかけてくれたのは、あんたがはじめてじゃ。あんたのような、きれいな人に話しかけてもらって、わしはすごく嬉しいんじゃよ」
京子は、きれいと言われて一層、嬉しくなった。
「でも、あんたも、素敵な彼氏がいるんじゃろ」
老人は少し恨めしそうな口調で言った。
「ううん。いないわ」
京子は元気に答えた。
「おじいさん。私でよろしかったら、今日、付き合って下さいませんか」
京子は笑顔で老人に言った。
「ありがとう。あんたのような、きれいな人と夏の海を一緒に出来るなんて、わしゃ、幸せじゃよ」
老人は涙を浮かべていた。
「あん。おじいさん。泣かないで」
そう言って京子は老人の皺の寄った瞼の涙を瑞々しい手で拭った。
「おじいさん。何か、買ってくるわね」
京子は、海の家に走った。京子は焼き蕎麦、二包みとオレンジジュースを胸の前にかかえて、小走りに戻ってきた。
「焼き蕎麦にしちゃったけれど、よかったかしら」
「ああ。ありがとう。わしは引っ込み思案で、内気で、とても、一人で海の家に入る事なんか出来んよ」
「どうして」
「夏の海は若者のものじゃから、わしは余所者なんじゃよ」
「そんなことないわ。ともかく、冷めないうちに食べましょう」
そう言って京子は焼き蕎麦とオレンジジュースを老人に渡した。二人は焼き蕎麦を食べだした。
「ああ。わしは最高に幸せじゃよ。こんなきれいな人と一緒に夏の一時をすごせるなんて」
京子は、食べながら微笑した。食べおわると、京子は空になったパックと空き缶を持って行ってゴミ箱に捨てた。そしてすぐに戻ってきた。
「おじいさん。私のビーチシートに来てくださる?」
「ああ。ありがとう」
二人は立ち上がった。京子は老人の手を曳いてビーチシートへ行った。
京子はシートの上にペタンと座った。
「おじいさんも座って」
言われて老人も京子の横に座った。
「私、少し体、焼きたいんだけどいいかしら」
「ああ。いいとも。夏はうんと体を焼いて体を丈夫にしなされ」
老人に言われて京子はニコッと微笑してビーチシートの上にうつ伏せに寝た。
柔らかて弾力のある大きく盛り上った尻がピチピチのビキニでかろうじて覆われているだけで、しかも小さなビキニは尻にピッタリくっついているだけで、ほとんど裸同然だった。京子の体は美しかった。
スラリと伸びたしなやかな脚。細い華奢なつくりの腕と肩。細くくびれたウェスト。それとは対照的に太腿から尻には余剰と思われるほどたっぷりついている弾力のある柔らかい尻の肉。それらが全体として美しい女の肉体の稜線を形づくっていた。京子は、あたかも自分の肉体を自慢して、老人を挑発しているかのように、顔を反対側に向け気持ちよさそうに目を瞑っている。老人は間近に若い弾力のある瑞々しい肉体を見て思わずゴクリと唾を呑み込んだ。
「おじいさん。オイルを塗って下さらない」
京子が言った。ビーチシートの上には日焼け用オイルがあった。老人は遠慮しがちにそれをとった。
老人の目の前には華奢な背中とビキニに包まれた大きな尻とスラリと伸びた脚が横たわっている。
老人は興奮した。京子は無防備に目をつぶって裸同然の体を無防備に晒している。老人はゴクリと唾を呑んで美しい女の体の脚線美をしげしげと眺めた。
「い、いいのかね」
老人は緊張した口調で声を震わせて念を押すように聞いた。
「いいわ。好きなようにして」
「で、では。塗らせてもらうよ」
老人は京子の華奢な背中にオイルをたらし、ぬった。
京子は気持ちよさそうに老人に体を任せて目をつぶっている。
老人の手は興奮と緊張のためブルブル震えていた。
老人が背中にオイルをぬりおわった頃、京子は目をつぶって、うつむいたまま言った。
「おじいさん」
「な、なんじゃね」
「下もお願いします」
「い、いいのかね」
老人は念を押すように言った。
「いいわ。お願い。ぬって」
京子はねだるように言った。
老人は手を震わせながら京子の脹脛にオイルをぬった。
ぬりおわった頃、京子はまた、うつむいたまま言った。
「おじいさん」
「な、なんじゃね」
「あの。太腿とお尻もお願いします」
「い、いいのかね」
「いいの。お願い」
京子は、ねだるように言った。
老人は京子の太腿にオイルを垂らし、太腿にオイルをぬった。
柔らかい太腿が蒟蒻のように揺れて、老人の頭は興奮と酩酊で混乱していた。
ぬる度に、太腿の上のセクシーなビキニにつつまれた尻が蒟蒻のように揺れる。小さなビキニからは尻が半分、露出している。
老人がどのあたりまで塗るか迷っていると、京子が、もどかしそうに言った。
「おじいさん。中途半端じゃなく、くまなく塗って」
老人はドキンとした。隈なく、ということは、肌の出ている所は全部という事だ。老人はもう、混乱した頭で無我夢中で京子の太腿にオイルを塗った。オイルを塗る度に柔らかい太腿が揺れた。老人は、激しく興奮した。
太腿を塗りおえて老人は、半分近く露出している尻にも無我夢中でオイルを塗った。
柔らかく弾力のある大きな尻が揺れて、老人の興奮は絶頂に達した。
「ああ。柔らかい。温かい。若いってことは素晴らしく羨ましいことじゃな」
老人はとうとう本心を告白した。
京子は目をつぶったまま微笑した。
京子は何か、若さの優越感を感じて嬉しくなった。
京子は気持ちよさそうな顔つきで目をつぶっている。
老人はオイルを塗りおえて京子の体から手を離した。
「ありがとう。おじいさん」
京子はごく淡白な口調で言った。
「い、いや。わしの方こそ、礼を言わにゃならん。ありがとう。お嬢さん」
京子は、しばしうつむいたまま、背中を妬いた。
「おじいさん。今度は仰向けになるわ」
そう言って京子はクルリと体を反転させ仰向けになった。目はつぶったままである。京子の体はわずかなビキニで包まれただけで、裸同然である。女の部分はビキニがピッタリ貼り付いて、ビキニの弾力のため、そこは形よく整い、悩ましいふくらみが出来ている。その布一枚下には女の、見せてはならないものがある。それを思うと老人は狂おしい苦悩に悩まされた。胸はあたかも柔らかい果実を包んでいるかのようであった。京子は気持ちよさそうに太陽に身を任せている。
空には雲一つなく、青空の中で激しく照りつける真夏の太陽は京子の体をみるみる焼いた。
老人は京子が目をつぶっているのをいい事に、京子の体を網膜にしっかり焼きつけるように見つめた。
しばしして京子がムクッと起き上がった。
「あー。気持ちよかった」
京子は眠りから覚めたようにムクッと起き上がって大きく伸びをした。
「おじいさん。来週の日曜もまたここへ来る?」
「ああ。来るよ」
「私も来るわ。じゃあ、来週、また会いましょうね」
そう言って京子は老人と別れた。

  ☆  ☆  ☆

翌週の日曜になった。
老人がビーチに座っていると約束通りビキニ姿の京子が手を振りながら満面の笑顔でやってきた。
「お嬢さん。わしはモーターボートの免許があるんじゃが、よかったら、モーターボートに乗らんかね」
「わー。楽しそう。ぜひ、乗りたいわ」
老人はタクシーをひろって近くのマリーナに行った。そしてモーターボートを借りた。真夏の海をきって走るモーターボートは爽快だった。沖に出て、海の真っ只中で、一休みと言って、老人は止めた。
「わあー。きれいな海」
京子はわざと老人を挑発するように、小さなビキニに包まれた大きな尻をことさら突き出した。老人に、襲いかかられて、「あっ。いやっ」と、軽い抵抗をして、老人に襲われる事を期待していた。だが、どうも老人が襲いかかる気配は無い。突然、京子は両手を掴まれて、背中に捻り上げられた。
「あん。いやん」
京子は、老人が、京子が抵抗しないように縛るのだと思った。老人には女を襲う腕力がない。あるいは老人にはSM趣味もあるのかもしれない、と思った。縛られて裸に近いビキニ姿を見られ、触られる事を想像して、京子は激しく興奮した。可哀想な自分にナルシズムに浸れると思った。演技して涙を少し流そうかと思った。京子は、ああん、と軽い抵抗をして、後ろ手に手首を縛られた。老人は京子の体をひっくり返して自分に向けた。老人は京子の豊満な体を寂しそうに眺めている。触ろうともしない。京子は疑問に思って老人に聞いた。
「おじいさん。どうしたの」
だが老人は黙っている。
「私を触りたいために縛ったんでしょう?」
老人はそう言われても黙っている。
「ちがう」
老人ははじめて口を開いた。
「わしがあんたを縛ったのは、あんたを殺すためじゃ」
そう言って老人は縄を出した。
「わしはこれであんたを、絞め殺すんじゃ」
そう言って老人は京子の首に縄をまいた。
「なぜ。どうして私を殺すの」
京子は少しの恐れもない口調で言った。
「私を驚かそうというんでしょ」
「そう思うじゃろ。しかしわしは本気なんじゃ」
老人の口調には真実味があった。
「どうして私を殺すの。その理由を教えて」
「当然のことだが、わしはあんたより先に死ぬ。あんたは、わしが死んだ後も何十年も生きつづける。わしは人生で何の楽しい事も無かった。わしには、わしが生きたと自慢できる物が何も無い。何も無い人生を送ったことが、わしは口惜しい。わしは若者に嫉妬しているんじゃ。それなりに満足した人生を送った者ならば、安らかに死ねるだろう。しかし、それがわしにはない。わしの死んだ後も、花が咲き、日が昇り、人々が楽しく生き、地球が存在しつづける事が、とてつもなく口惜しいんじゃ。これでわかったじゃろ。だから、あんたを殺すんじゃ。そうすれば、わしは人生で少しは幸せになれる。あんたを殺した後、わしも死ぬ」
老人は厳かに語った。京子はじっと老人の顔を見つめた。そして、少し思案した後、意を決したように口を開いた。
「わかったわ。私を殺して」
そう言って京子は首を突き出した。
「わしは本当にあんたを殺すよ」
「いいわ」
「どうしてじゃね。命が、青春が惜しくはないのかね?」
京子は、ふふふ、と笑った。
「『夏に人は最も死に魅せられる』確か、ボードレールの言葉だったと思うけど、そんなのがあったわ。確かに夏を最も充実させるのは、死ぬことね。私も、老いていくより、今、若い時、今年の夏に死ぬのも、いいわ。どうせ日本経済はよくならないし、年金は保障されてないし、私は何の取り柄も無いフリーターだし、北朝鮮はノドンより性能のいい核ミサイルを開発して、それを日本に打ち込むだろうし、それに被爆して病院に入院する人生より、おじいさんに今、殺される方がロマンチックだわ」
「わしは本当に殺すよ」
老人は目を光らせて言った。
「いいわ。それより待って。携帯を持ってきて。私の意志で死ぬんだから、今の私の言葉を録音しておいて。もし万一、おじいさんが疑われて警察に捕まった時、罪が軽くなるでしょ」
その時だった。
老人は堰を切ったように涙をポロポロ流し出した。
「ごめんよ。すまんね。こんな優しい子をどうして殺せよう」
そう言いながら老人は京子を後ろ向きにして、手首の縄を解いた。老人はモーターボートを運転してマリーナに戻った。
「さあ。お嬢さん。わしを警察に突き出してくれ」
老人は後ろめたそうな顔つきで京子を見た。
「ふふふ。おじいさん。とてもスリリングで楽しかったわ。今年は私にとって最高の夏だわ」
老人の目には涙が浮かんでいた。
「わしにとっても最高の夏じゃった。気持ちの悪い思いをさせてしまって、すまなかったね。しかしわしは、この夏、精神的に確かにあんたと精神的に心中した。生きていて、本当に良かった。素晴らしい思い出をありがとう」
老人はさびしく踵を返そうとした。
「待って」
京子が呼び止めた。
「なんじゃね」
「また会って下さいますか」
老人はじっと京子のつぶらな瞳を見つめた。
「ありがとう。生きてて、わしゃ、本当によかったよ」
そう言って老人は京子の足元にひれ伏して泣いた。

  ☆  ☆  ☆

翌週の日曜日。
老人は、少しおどおどしながら、いつものようにビーチに座っていた。
その時。
「おじいさーん」
と満面の笑顔で京子が、ビキニの胸を揺らしながら老人の所に走ってきた。

平成21年4月24日(金)擱筆




祈りの日記

父と母は私が小学生の頃、離婚して、母は、離婚するや、すぐに、ある男の人と結婚しました。その男の人と母は、以前から付き合っていたのが離婚の理由の一つらしいのです。それ以外にも、色々な理由があるらしいのですが、私には分かりません。私は母親に引き取られました。
小学二年生の時、つらい事が起こりました。ある日の放課後、同級生の男の子達が、掃除当番で残っていた私をつかまえて、「服を脱げ」と言ってきたのです。私は、彼らが怖くて、逆らったら、いじめられそうに思って、仕方なく服を脱ぎました。下着も脱いで裸になった時には怖くて泣いてしまいました。男の子達は泣いている私の裸をしげしげと眺めました。「先生に言ったら仕返しするからな」と言って、男の子達は去って行きました。
元々、内気な性格のため、友達が出来なく、私はいつも一人でした。義父は、初め、私に優しくしてくれました。内気な私もだんだん、義父に心を開けるようになって、本当の、お義父さん、と思えるようになりました。私は義父を、「お父さん」と呼ぶようになりました。しかし二度目の悲しい事が、私が中学一年生の時に起こりました。ある晩、布団の中で、何かが私の体を触っているのに気づいて、私は目を覚ましました。布団の中で私を弄んでいる手に気づいて、私は目を覚ましました。義父だったのです。私は、「やめて」と言えない内気な性格で、また、その後、義父との仲が悪くなるのを怖れて、悲しい思いで黙っていました。義父は私の体をしばし弄んでから、そっと部屋を出て行きました。翌朝、義父は、私が気づいていないものだと思ったのでしょう、何ともない明るい表情で話しかけてきました。私はそれまで部屋に鍵をかけていませんでしたが、その日から、部屋に鍵をかけるようになりました。
・・・・・・・・・・
私は、人間、とくに男の人、というものが怖くなってしまいました。街を歩いていても男の人が不潔に見えて耐えられないほどになりました。どうにも人間の世界が怖くなって、ある時、私は教会に行ってみました。牧師先生は優しい性格の人でした。
礼拝の後、牧師先生に、私の悩みを話すと、牧師先生は私の話を黙って聞いて下さり、温かい言葉をかけてくれました。聖書が私の心の支えになりました。
・・・・・・・・・・
それ以来、私は日曜日には、かかさず教会に行くようになりました。私は毎晩、聖書を枕元に置いて寝るようになりました。
元々、友達との付き合いが苦手で、趣味もなく、やること、といえば勉強だけでした。テストでいい点をとると先生に誉められます。それが嬉しくて私は一心に勉強しました。そのため、成績は、どんどん上がっていきました。模擬試験では県下で一番の進学校に入れるほどの成績になりました。私も、今の学校で、生きる目的も見出せず、漫然と勉強しているより、というより、勉強しか取柄のない私ですから、本格的に勉強してみようと思い、高校は県下で一番の進学校を受験しました。そして無事、入ることが出来ました。幸い義父は私が高校へ入った年に、大阪に転勤になりました。
こうして高校での新しい学校生活が始まりました。最初のクラスの時間。入学した時の成績が一番の岡田弓男さんという人がクラス委員長になりました。
「岡田弓男君。君が入学試験で一番の成績だ。だから君がクラス委員長になってはどうかね」
先生が言うと、
「はい。わかりました」
と弓男さんは立ち上がって答えました。
私は弓男さんの優しそうな澄んだ瞳を見た時、思わず胸の高鳴りをおぼえました。こんな気持ちは生まれて初めてでした。なにか、弓男さんのような頼れる人が、お兄さんだったら、どんなに幸せだろうか、などと私は思いました。
上級生達に、さかんに色々なクラブの勧誘されました。でも私は、運動も苦手で、趣味もなく、中学でも部活には入っていませんでした。弓男さんは文芸部に入りました。文芸部には誰も入っていなかったため、弓男さんが一年生で文芸部の主将になりました。私は弓男さんと何かつながりを持ちたくて、文芸部に入りたいと思いましたが、恥ずかしくて、とても言えませんでした。
夜、寝巻きに着替えて床についてスタンドの明かりでしばし物思いに耽るのが子供の頃からの習慣でした。そして繰り返し読んだ好きな小説を読む事が程よい眠りへの誘いでした。しかし、この頃の私はそうではなくなりました。スタンドの明かりを消すと、徐々に、やがてくっきりとある輪郭がはっきりと現れてきます。それは優しくて、頼りがいのある弓男さんの笑顔です。
ある数学の授業の時です。先生が黒板に問題を書いて、今まで解けた者はいない難問と言って、誰か解る者はいないか、と言いましたが、誰も手を上げません。
「今までの知識の応用で、ちょっと考えれば解るぞ」
「弓男。どうだ。お前もわからないか」
先生に言われても弓男さんは黒板の前に行き、しばし考え込んでいました。
弓男さんは、ある解法で問題を解いていこうとしましたが、だめでした。その時です。弓男さんが途中まで書いた解法がヒントになって、きれいな正解をくっきりと、私は見つけました。私は知らぬうちに挙手していました。控えめで、問題が分かっていても挙手しない私ですが、そうしないではいられない、強い衝動に私は突き動かされていました。弓男さんにもわからない問題。それを自分だけがわかっている。それをそのままにしてしまう事が、どうしても出来ませんでした。
「ほほう」
と、先生の驚きのまなざしの中、私はつかつかと黒板の前へ行き、無言で解答を書き、何もなかったかのように机に戻りました。
「うん。正解だ」
先生は感心したように言いました。
・・・・・・・
文芸部では、いつも部室を開けて、貸し出しノートに記入すれば誰でも本を借りていいことになっていました。
ある時、私は弓男さんがいない時に、そっと文芸部の部室に行ってみました。本がたくさん書棚に収まっています。私は書棚のある本を一冊とってみました。つい文章がぐいぐいと私を引っ張って、私は夢中で項をめくっていました。のめりこむと言うのはこういうのを言うのでしょう。その時、急にドアが勢いよく開きました。弓男さんでした。私は文芸部員でもないのに部屋にいることに後ろめたさを感じ、そっと本を閉じました。彼は屈託のない表情で、私を一瞥しました。
「はは。君か。この前の数学は、驚いたよ。天狗の鼻をへし折られたよ」
私は真っ赤になって俯きました。弓男さんは椅子に座ると屈託の無いで言いました。
「君。部は」
「いえ。まだどこにも・・・」
「よかったら文芸部に入らない」
「で、でも・・・」
「でも、何だい」
「わ、私、小説なんて書けません」
私は文芸部に入ったら、小説のような作品を書かなくてはならず、私にはその才能が無い為、入りたくても入れないと思っていました。
「ははは。そんな固く考える事なんかないよ。エッセイでも評論でもいい。日記でもいい。自分の思っている事でいいんだ。部誌を作ろうと思うんだが、なかなか原稿が集まらなくてね。部に入るのがイヤなら、それでもいいけど、なんか書いてくれたら助かるよ」
困惑している私に彼は語を次ぎました。
「君。本を読むのは好き?」
「ええ」
「じゃあ、好きな作品の感想文でもいいよ。まあ、固く考えないで」
弓男さんは優しく言ってくれました。
「僕も今、作品を書こうと思っているんだけど、なかなか着想がわかなくてね」
そう言って彼は照れ笑いしました。
「はい。合鍵。部室には自由に入っていいから。読みたい本は自由に持ち出して読んで」
彼は私に部室の合鍵を渡してくれました。弓男さんの好意に甘えて、私は、読みかけの本を借りて部室を出ました。
・・・・・・・・・
私はだんだん足繁く文芸部の部室に通うようになりました。本を返しに行く時、私の心はもしかすると弓男さんに会えるかもしれない期待に踊っていました。
本を読んでいるうちに私も何か作品を書いてみたいと思うようになりました。私は、日曜の教会の風景を素直に書いてみました。書いているうちに気分が乗ってきて、ちょっと小説風の作品にして何度も手直ししてみました。自分でも満足できる小品が出来ました。弓男さんに見せると彼はそれを大変誉めてくれました。
・・・・・・・・・・
ある時、部室へ行くと、作品もそろったので、弓男さんが部誌作りをしているところでした。私は部誌のつくり方は全くわかりません。弓男さんは中学の時から文芸部で、本の編集や、本つくりの事を知っています。弓男さんは私を見ると、
「ちょうどよかった。手伝って」
と言って、私にやり方を教えてくれました。両面コピーされた原稿を二つに折って、端を糊つけしていきます。目次を見ると、私の作品が、最初にあります。私を立ててくれようという弓男さんの心使いが、嬉しくもありましたが、恥ずかしくもありました。こうして弓男さんと協力して一つのものを作っているということが言いようもなく嬉しく、次回も文集を作るときは、自分の作品が書けなくても、本つくりをぜひ手伝おうと思いました。
「君。日曜日には毎週、教会に行っているの?」
弓男さんが聞きました。
「ええ」
私は、小声で答えました。
「じゃあ、今週の日曜日に君の行っている教会に僕も行ってみよう」
私は何だか、恥ずかしくなって俯きました。
・・・・・・・
日曜日になりました。教会へ行くと弓男さんが来ていました。弓男さんは私の隣に座りました。なにか私が弓男さんを無理矢理、教会に誘ったような気がして、恥ずかしくて緊張しっぱなしでした。礼拝がおわると二人で近くの公園を少し歩きました。ベンチに座ると私は、何を話していいのかわからず緊張しました。私は迷いましたが、思い切って弓男さんに、つらい経験を話しました。弓男さんは黙って聞いてくれました。
それ以来、弓男さんは日曜日には教会に来るようになりました。
・・・・・・・・
ある日曜日の礼拝の後、弓男さんは私の手を引いて先導してくれました。路傍に咲く花を一輪とって私の髪を掻き揚げて、耳に挿してくれました。照れくさくて私は真っ赤になりました。私達は公園のベンチに腰掛けました。
「あの。サンドイッチを作って持ってきました」
私は、カバンからサンドイッチを取り出しました。
「ありがとう」
彼は微笑しました。
私はベンチの上にサンドイッチを置きました。彼はチーズとトマトのサンドイッチを取りました。私は極度に恥かしがり屋なため、食べるところを見られのが恥ずかしくて、自分の作ったサンドイッチを一つ、掴んだままどうする事も出来ずにしばしもてあましていました。それを察するかのように彼が二つ目のサンドイッチを取ったので、私は俯いて蚕のようにモソモソと食べました。サンドイッチを食べおわると彼は黙って私の手をとって芝に連れて行きました。公園には誰もいませんでした。
彼は私をそっと草の上に倒しました。私の心臓は激しくドキドキしてきました。彼はそっと私を抱擁しました。私はつとめて人形のようにされるがままに身を任せていました。彼は私の髪を優しく撫でながら、無言の微笑で私をじっと見詰めています。私は恥ずかしくて頬を赤らめて目を瞑りました。しばし、鼻腔に入ってくる草いきれだけの時間がたちました。そっと口唇に柔らかいものが触れているのを感じました。それはあまりにもかすかな接触でした。彼はそっと私の手をとって体を起こしました。そして軽く背中についた芝を払い落としてくれました。私は恥ずかしくて膝をキチンとそろえ正座しました。彼は片手で私の手をとって片手でそっと私の肩を引き寄せてくれました。私は、甘えるように彼にもたれかかれました。

平成22年11月17日(水)擱筆


浦島太郎

うらしまたろう・・・その物語、とくにタマテバコの解釈に多くの人が頭を悩ませている。しかし事実はこうなのである。この話は、決してザンコクな悲劇ではない。うらしま・・・が開けたタマテバコは「人生の意味」・・・と言ってよかろう。うらしまは、もちろん自分の人生を悔いた。
一般に語り伝えられている、この話では、あたかも、その後、うらしまが虚無的に静かに一生を終えたかのごときに人はイメージしてしまう。しかし、うらしまは、「人生の意味」の箱・・・を開けた後、もちろん自分の人生のセンタクを悔いに悔いた。数日、彼は自分の人生が何だったのか沈思黙考した後、意を決し、自分の人生を私小説に書き始めたのである。自分の失敗談から同じあやまちをしないでほしい・・・との老婆心から。それだけではない。彼は懐かしさから竜宮城や、そこで過ごした、楽しかった日々を当時の心にもどってコクメイに美しく描いた。そしてハキョクのおとずれた時の自分の苦悩をも・・・ツルゲーネフの「初恋」以上の迫真力で。彼の書いた小説が今伝わっている「うらしまさん」・・・である。うらしまは、書いているうちに涙が出てきた。いつの間にか、もうそこには、書いている自分の存在さえなかった。手だけが勝手に動いていた。しかし、書いているうちにうらしまの心の内には、なんと言おうか・・・そう、悲壮たるこうこつさ・・・とでもいうような感情が生まれはじめていた。彼はものに憑かれたかのごとく書いた。最後のほうでは、多量のビタミン剤を飲み、喀血しながら山崎という女性に助けられながら書いた。その一遍の小説を書き終えた時、彼は、「できた」と言って絶命したのである。その話は多くの教訓を含んでいた。
少年易老学難成。
一寸の光陰かろんずべからず。
明日におしえを聞かば、ゆうべに死すとも可なり。
人生は一行のボードレールにしかない。
男子たるもの女の甘言には決然とこれを断れ・・・等である。
乙姫は、実はうらしま・・・のような男と何度も楽しい時を過ごしているのである。彼うらしまは多くのに男の一人にすぎない。乙姫は、うらしまがタマテバコを開けることによって年をとらないのだが、彼女はそれで幸せなのか・・・といったらそうではない。乙姫がこのような奇矯なざれごとをしているのは実は海の神の命令なのである。はたして彼女は幸せか? ちがう。本当は彼女は一人、かけがえなく愛し合える男と一回の実人生を送りたい・・・と思っているのである。タマテバコをうらしまが三日あけなけば彼女の命は逆に絶たれてしまうのである。「あけないでくださいね」という彼女の目には切実な悲しみがこめられている。
ちなみにカメはどうしたか。カメも海の神の命令で演じている一匹の役者にすぎない。もちろんカメはイスカリオテのユダのように首をつったりしない。なぜ海の神がこのようなことをさせているのか。それはもちろんわからない。ただ聖書にはこう書いてある。
「主なる神を試みてはならない」





サルでもわかるパソコン

さてここで私はあることを説明しておかなくてはならない。それは、サルでもわかるパソコン・・・という表現である。もちろん、これはサルを見下した表現である。サルが頭が悪いものだと決め付けている。もちろんサルでもわかる、というくらいだからサルはパソコンがわかるのである。こうしてサル社会でもパソコンが普及して、ほとんどのサルはパソコンを使えるようになった。そうなるとパソコンを使えないサルは無能だとみなされるような風潮ができあがる。そこで数少ない、落ちこぼれサルのために、パソコンに詳しいサルが、イヌでもわかるパソコンという本を書き、これがベストセラーになる。そしてイヌでもわかる、というくらいだからイヌはパソコンがわかる。そしてイヌ社会で、落ちこぼれのイヌのためにネコでもわかるパソコンがベストセラーになり、ニワトリが人間にフライドチキンにされないようインターネットで情報交換しているのは言うまでもないだろう。最近よく言われるコンピューターウイルスというのは、もう言わなくてもわかるだろう。ネコが人間のいない間、目を光らせパソコンに向かい、静かなる革命を企てているのである。



織田信長

 わたくしがのぶながさまのことをかきたいと思いましたのは、のぶながさまの人生があまりにも一点のにごりもない美しい武士の生きざまだったからでございます。おおくのひとは、のぶながさまをきしょうのはげしい短気なひとだけたと思っているのではないでしょうか。天下をとろうとした多くの武将が、いかにねちっこく人をだまし人をしばり、みじめに生にしがみついた人であったのに対し、のぶながさまは、覚悟と知性をもたれた武士の中の武士でございました。のぶながさまは生死をわける出陣にさいし、人生五十年と敦盛の舞をまわれましたが、いったい戦の前に舞をまえるものがございましょうか。しかものぶながさまは四十九歳でなくなられたのですからまさに敦盛のことば通りの生涯をのぶながさまはおくられたのです。のぶながさまは何かにたよろうとしたことはなく、あのかたのうまれつきそなわった天賦のすぐれたご気質なのでございます。死に対するおそれをまぎらわそうとして舞ったのではなく、敦盛のことば通りのご気質がのぶながさまそのものなのでございます。おおくのひとはのぶなが様を、ころしてしまえほととぎす、などといいおとしめておりますが、はたしてそうでございましょうか。人を殺すということは自分が人殺しとなることでございます。こしぬけさむらいでは、人を殺しては、殺された者のうらみの声にうなされて、ねむれるものではございません。また多くの武将が、ねちねちと弱いものを支配し、くるしまぎれの口実をさがしては自分の敵を殺し、己をあくまでいつわりの正義のたちばにおこうとしたのに対し、あのかたはご自分をいつわらぬ竹をわったようなご気性なのでございます。多くの武将が、人は殺しても己の死をおそれるこしぬけざむらいであったのに対し、のぶなが様は自分の死をおそれぬ剛の方でございました。将軍、足利義昭さまの密勅により、全国の武将を敵にまわし、八方ふさがりになったおりも少しもおくする心がございませんでした。
今川との戦いでは、十倍の敵にいどむ、おそれを知らぬ勇気と知性と決断があったのでございます。そのように己の命を惜しまず、また増長満にもならないおかただったのでございます。のぶながさまはお生まれの時より、りりしい美しいお顔だちであられ、いかなることにも涙せぬ強い気性がございました。十五歳で元服なされた折も、すでに大人の武将に引けをとらぬ気骨がございました。美濃の斎藤道三との同盟関係をつくるためにご結婚なされた道三の娘さまの濃姫さまと、十五の時ご結婚なされましたが濃姫さまはのぶながさまにふさわしい美しくきりりとしたご気性のお方でございました。まさにのぶなが様の奥方になられるのにふさわしいお方で、お二人のおすがたはまさに美しい男女の図でございました。のぶなが様は生まれつきの硬派で、女にでれでれするようなお方ではなく、色事など毛頭もなく、頭にはいくさと天下のことしかございませんでした。そんなご気性に濃姫さまも、芯の強いお方で、男にあまえ、ほれることなどなさらない、プライドの強いお方でございましたから、そういうのぶながさまのごきしょうを言わず好いておられたのでございましょう。お二人は、あまえあい、でれでれしあう間柄ではなく、きびしく強いあいだがらとでもいいましょうか。のぶなが様がご出陣のとき、濃姫様につづみをうたせ、ご自分は敦盛を舞う図は実にうつくしい戦国の武将とその妻の図でございました。
のぶながさまは本能寺で明智光秀どのに討たれましたが濃姫様は光秀さまとは、いとこで、おさななじみであったのでございますので、存命を光秀さまになされば、生きれたでございましょうに、のぶながさまと命をともにしたのでございます。
父君がなくなられた折、のぶながさまが焼香の灰を位牌になげつけたことは有名でございますが、けっしてうつけなどではなく、のぶながさまの人生観とでももうしましょうか、死んでいったものをめそめそかなしもうとする感傷的なふんいきに嫌悪をお感じなされ、過去はふりかえらず、人間というものは、死ぬのはあたりまえのことであり、生きているあいだにせいいっぱい全力をつくして前向きに自分の人生を生きるべきだ、というお考えがそうさせたのでございましょう。父上の死をおかなしみにならないはずはございません。死後まで生にしがみつき、自分の子孫の繁栄を、考える武将のおおいのに対し、のぶながさまは、みれんがましさというものをもたなかったおかたでございます。のぶながさま自身、人々にみまもられ、おしまれ、かなしまれながら死にたいなどとお考えになされる気性では毛頭ございません。親鸞聖人は自分が死んだら、葬式はせず、骨は川に流せ、といいましたが、のぶながさまも同じお考えでございましょう。人間の死というものが何であるかを誰よりも真剣に考えたのはのぶながさまでございます。
多くの武将が自分が天下をとりたいという我執にしがみついているのに対し、のぶながさまは乱世を治め、天下を統一するのが自分がこの世でなすべきこととお考えなされたお方でございます。関所をとりのぞき、楽市をひらき、古いしきたりを廃し、たえず新しいすぐれたものに目を向けておられました。むしろ我にたいする執着がなく、いつわりの善をきらい、自分を特別視せず、死ぬべきときには死ぬ覚悟をもっておられたお方でした。
のぶながさまのため数知れぬ無辜の血がながされたことはまちがいございません。しかし思いますに、ずるがしこく、残酷な人間というものを不信になって、嫌悪していたところがあるように思われます。わたくしがもし殺された人々のひとりでありましたのなら、それによって国がおさまるものならば、いつわりのないない心のかたに殺されるのであれば、さほど惜しい命ではございません。しかし、ひとをいじめ殺すことをたのしみ、ことばたくみに人をだまし、己を義とする、いつわりの心の者に殺されることは、うらみのきもちは死んでもはてることなくつづくでございましょう。ちょうど人がヘビを嫌悪するように、のぶながさまは人の心のヘビをきらっていたともいえましょう。ヘビに生まれたのならば殺されるのが宿命と思いきれます。これはわたくし個人の感じ方でありますので、それをもって人が人をあやめてもいいなどという道理はけっしてありません。同盟関係にあった美濃の斎藤道三が危機におちいいったとき、なんの打算もなく、救おうと兵を出し、人間不信に凝り固まっていた孤独な道三に人の情に涙させたのはのぶなが様ただひとりでございましょう。のぶながさまはなにか人であって人でないような近寄りがたい、澄んだ心のお方でした。あの方は恥知らずなことはしなかったお方でした。多くの人を殺しましたが、自分の命もおしまぬ、のぶながさまの一生は筋がとおっております。男らしく、弱さというものをもたぬ、休むことを知らぬ、いつも前向きに全力で、一瞬、一瞬を生ききった、すい星のように、こつぜんとあらわれ、若いガキ大将のような心のまま、人の生きることのなんたるかをするどくみつめ、語らずその手本となり、敦盛のことば通り、この世を幻の世と見ながら、幻の世を現実にせいいっぱい生き、幻のごとくこの世から去っていった不思議なお方でした。さわやかないちじんの風、つかのまのしずくのしたたりの輝きにふと気づいたときなど、わたくしには戦場でいさましく馬を馳せていたのぶなが様の勇壮なお姿が一瞬ありありと思い起こされるのでございます。のぶなが様の思い出は尽きることがありませんが、今回はこのくらいにして、またの機会にお話いたしましょう。



ネクラ

 ある小学校のことです。もちろんそこは元気な子供達でいっぱいです。図画の時間に先生が、「今週と来週は、いじめをなくそう、というテーマでみんな自分の思うところをポスターにしなさい」とおっしゃられました。そしてみんなの作品を来週、発表します、とつけ加えました。みんなはよろこんで画用紙にそれぞれの思いを込めて絵をかきました。
 さて、いっきょに二週間がたって、(小説家というずるい人間は時計の針の先に手をかけてクルクルクルッと時間を早まわししてしまうのです)ポスターが署名入りではりだされました。みんなが手をつないで笑っている絵、中には地球のまわりに、肌の色の違う子供達が手をつないでほほえんでいる絵もありました。そしてその標語には「みんな、なかよく」「差別だめ!!」・・・と明るく、そしてキビシくかいてありました。みんな絵のうまい作品をかいた子をうらやましがったり、ほめたりしていました。
 しかし、彼らの視線が、とある一つのポスターに集中した時、それまでつづいていた笑い声がピタリととまりました。そして、それと入れかわるように、険悪な感情が教室をみたしました。そのポスターはなんと、みんなで一人の弱い子をいじめている絵でした。そしてその標語に「暗いやつをいじめよう」と書かれてあります。色調も暗いもらでした。そして、その署名をみた時、彼らはいっせいにふり返り、にくしみをもった目で一人の子をみました。その子(久男、といいます)は無口でクラスになじめず、いっつもポツンと一人ぼっちでいるのでした。他の子は彼の心がわからず、今までは、はれもののように、さわらずにいました。しかし、それからがたいへんでした。その子がしずかにカバンをもって教室を出ると、とたんにディスカッションがはじまりました。
「とんでもないやつだ」
「何考えてるか、わかんないやつで、あわれんでやってたが、やっぱり悪いこと考えてるやつだったんだ」
その時、教室のうしろの戸がガラリと開いて×××という元気な子が入ってきました。その子が「何があったの」ときくと、みんながポスターのことを話しました。その子はポスターをみると「うへっ。なんでこんなこと書くの?」と、すっとんきょうな声をはりあげました。
 それからというものがたいへんでした。みんなは彼を公然といじめるようになりました。そのいじめ方は筆舌につくせぬものであり、またそれを全部書いていては、この物語はとてもおわりそうにありません。
 ある空気の澄んだ秋の日のことです。授業が終わって久男がとぼとぼと一人で歩いていると同じクラスの易という子が近づいてきました。彼は頭がよく、また、本を読んだり、作文を書いたりするのが好きでした。彼の瞳には他の子とちがった子供に不似合いな輝きがありました。易は聞きました。
「ねえ。君。何であんなことかいたの?」
その口調には、わからないものに対する無垢な好奇心がこもっていました。久男は伏せていた目を上げ、あたたかい調子で言いました。
「みんながどう反応するか知りたくてさ」
易はおもわず深い嘆息をもらしまいた。
「すごいな。君は。でも教えてくれ。君の予想はあたったのかい?」
久男の顔には、あかるさ、があらわれだしました。
「うん。予想通りだ」
易はまた深いうなずきの声をだしました。
「でも、そんなことしたら、君、生きにくくなるじゃないか」
久男は空をみあげて、はれがましい調子で言いました。
「わかってるさ。でも僕はもう命があんまりないんだ。それに・・・」
 と言って易の方にふりむきました。
「それに・・・ぼくは、将来、君が僕のことを小説に書いてくれることを確信しているんだ。なにものこらないで死ぬより、君の小説の中で生きていたい。ぼくの考えは、ずるいかい?」
易はあきれた顔で久男をみました。
「まいったな。君には。書かないわけにはいかないじゃないか」
久男はすぐに言葉を返しました。
「でも印税は君に入るじゃないか」
易はおもわず歯をこぼして笑いました。校門をでて、二人は別れました。易は快活にあいさつの言葉を言いました。久男はそれに無言の会釈で答えました。
 易は数歩あるいた後、ピタリと足をとめ、いけない、と思いながらも西部劇の決闘のようにふり返りました。罪悪感が一瞬、易の脳裏をかすめましたが、より大きな使命感、義務感、がその行為を是認しました。でも久男はふり返っていませんでした。トボトボと夕日の方へ歩いていました。でもそのかげの中には、さびしさのうちに小さな幸せがあるようにみえました。

   ☆   ☆   ☆

 翌日、みんながいつものように学校に元気にきました。でも、久男はいませんでした。でも、それに気づいた生徒はいませんでした。先生が教室に入ってきたので、みんな元気に立ち上がりました。その時、急に強い風をともなった雨が降ってきて、それは教室のうしろの開いていた窓に入ってきました。その雨粒は窓側に貼ってあった最優秀のポスターの絵にはりつきました。それがちょうど絵の中の笑顔の子供の目についたので、その笑顔はまるで泣いているようにも見えました。


信心深い銀行強盗

ある所に、信心深い、銀行強盗、が、いました。
男は、キリスト教を信仰していましたが、非常に信仰心が強く、若い頃、洗礼を受け、クリスチャンとなっていました。
大人になっても、男は、強い信仰心を持ち続け、日曜日には、かかさず、教会に行っていました。
そして、三度の食事の前には、必ず、「主の祈り」、をしていました。
男の信仰心は、それはそれは、強く、聖書を完全に暗記していました。
男の仕事は銀行強盗でした。
明日は、犯行の決行の日でした。
男は、手を組み、神に祈りました。
「神さま。どうか、明日の銀行強盗が成功しますように。アーメン」
翌日の銀行強盗は、成功しました。
幸運なことに、その日、ちょうと、隣りの街で、別の銀行強盗が起こって、犯人は犯行に成功して、逃亡して、警察官が、ほとんど駆り出されていたので、警察官の人数が、手薄、になっていたので、逃亡に成功したのです。
それでも、一台、パトカーが、逃亡する、彼の車を追いかけてきました。
男は、猛スピードで逃げました。
ちょうど、先に踏み切り、が、見えてきました。
電車が、近づいてきて、カンカンカン、と、音が鳴り、踏切りの、遮断機が、降り始めました。
男は、猛スピードで、降り始めている、遮断機を、突破しました。
しかし、追跡していたパトカーが、踏切り、の手前に来た時には、遮断機は、完全に降りてしまっていたので、パトカーの警察官は、「チッ」、と、舌打ちしましたが、止まるしかありませんでした。
こうして、男は、パトカーを振り切って、逃亡することに、成功しました。
男は、その夜、祈りました。
「神さま。銀行強盗を成功させて下さりまして、有難うございます。アーメン」
しかし、銀行員の証言から、そして、防犯カメラの映像から、彼の容貌が、犯人に似ている、と、警察に通報されました。
それで、男は、参考人として、警察に呼ばれました。
男は、前の晩、神に祈りました。
「神さま。どうか、私をお守りください。アーメン」
翌日、男は、警察官の取り調べ、を、受けました。
警察官は、眉を寄せながら、男を見ました。
「あなたは、どういう人が、ということを、近所の人に聞きました。みな、あなたは、礼儀正しく、日曜には、かかさず、教会に行く、と言って、とても、銀行強盗をするような、人間ではない、との発言ばかりだ」
そして警察官は続けて言いました。
「しかし、人が良くて、教会に行っているからといって、犯罪を犯さない、とは、言いきれない。教会に行くことによって、周りの人に、善人を装っている、可能性もあるからな。そこでだ。お前が、本当に、クリスチャンだというのなら、聖書を暗唱してみろ」
警察官は、聖書を開いて、聖書のあらゆるヵ所を、ランダムに、男に聞きました。
「マタイ伝3章24節を言ってみろ」
「ヨハネ伝4章21節を言ってみろ」
「コロサイ書3章11節を言ってみろ」
「イザヤ書5章31節を言ってみろ」
男は、それに、全て、正確に答えました。
警察官は、うーん、と唸りました。
「嫌疑不十分」
ということで、男は、釈放されました。
その晩、男は神に祈りました。
「神さま。私を守って下さって、有難うございます。アーメン」
こうして男は、銀行強盗を続けました。
犯行は、はれずに、男は、80歳まで、長生きし、家族に見守られながら、安らかに死んでいきました。

平成30年5月3日(木)擱筆


真剣士H

 あるキビしい試験前だったから、私はほとんど新聞もテレビもみる、読む、時間がなかったので、H名人という存在も七冠王という、こともピンとこなかった。私は将棋はルールを知ってて、ヘボ将棋で負けることくらいならできる。小学校の頃は少し、ヘボ将棋を友達と楽しんだ。そして橋本首相から総理大臣賞、だったかな、をうけとり、橋本首相と握手して、今総理は、住専問題でクタクタである。H名人に、何かいい手はないかね。ときいて、H名人が、将棋のことならわかりますが、政治のことはわかりません。と言った、と新聞にのってて、いかにも世人をよろこばせそうな答えであり、又、世間も彼の答えにこの上ない、安心感を、感じるのだが、あれは本心ではなかろう。彼ほどの電光石火のような思考力の人間なら、誰よりも深く世間もよめるはずだ。能ある鷹は爪を隠しているだけにすぎない。将棋小説の、真剣士、小池重明が大ヒットしたが、私には真剣士よりもプロの高段者の方がもっと真剣勝負を生きているように見える。というのはアウトローである真剣士は負けても恥にも黒星にもならなく、強気で勝負できるが、プロの高段者にとっては負けは命とりで、プロ棋士というのは耐えず命のかかった極度の緊張の綱渡りをしているように門外漢の私には見えるからだ。彼は若いのに、羽織袴に扇子をもった姿がファシネイティング。
彼がきれいな女優さんと結婚することになった。とても有名な人らしい。私はテレビをあんまりみないから、よく知らない。でも、その結婚を妨害するような電話が多くあったらしい。彼女のファンかな。よく知らない。私はこれで小説がつくれると思った。
 披露宴がおわった後、H名人は言う。
「僕、将棋のことしかわからないんです。」
彼女は、微笑んで、
「私、ドラマの演技のことしかわからないんです。」
H名人、子供っぽく笑う。
彼女、「でも私たちって、とても相性があうような気がします。」
芸能人は世俗の垢にまみれて生きてきた分、社会を知っている。役者が一枚上である。
彼女、いたずらっけがおこって、
「あなたが王座からおちたら、私、浮気しちゃおうかなー。」
と独り言のように言う。この時、H名人は、「エエーそんなー。」とはいわないのである。彼はコチコチに緊張してしまって、
「ハ、ハイ。いつまでも王座でいられるよう、ガンバリます。」
と言う。彼女はくすくす笑って、
「ジョーダンよ。ジョーダン。ジョーダンもわからないんだから。しかたない人ね。まったく先が思いやられる…・。」
「えっ。先が思いやられるってどういうことなんです?」
「いや、いいのよ。何でもないのよ。一人言よ。一人言。深よみは将棋だけにしといて。」
そう言えば、H名人は、橋本首相に、泰然自若と書いた色紙をあげたというように記憶している。人は自分のもっていないものを銘とするから、泰然自若を銘とする人は、気がちいさい。
H名人、「あんまり、いじわるいわないでください。」
という。面持ちに影がさす。いれかわるように、彼女はうれしくなる。彼女は聞いた。
「あなたは将棋について、どう思っているのですか。強い人がでてくるのがこわいのですか。あなたの将棋観を教えて下さい。」
「僕はつよい人と勝負することが好きなんです。そして、勝負している時は、もう負けたくない、とか、何としてでも勝たねば、なんて感情はありません。もう自分というものがなくなってしまってるんです。ただただ、相手の指した一手に対し、それに対する最も有効な手は何か、ということが、意志と無関係に瞬時に頭に入ってきます。一手一手が無限の勝負です。だから勝ってもそれほどうれしくないです。気がついたらいつのまにか七冠王になっていたんです。」
「あなたは絶対だれにもまけないわ。あなたなら一生日本一だわ。」
彼女は語気を強めて言った。
「どうしてそんなことがわかるんですか。強い人はこれからもでてくるでしょう。」
彼女はそれには答えず、少しさびしそうに、うつむいて、
「くやしいけど、私も勝てないわ。」
と、つけ加えた。






野田イクゼ

駅のポスターに医歯薬系の予備校「野田イクゼ」のポスターを時々見かける。その予備校出身者で国立の医学部に入り、今は某科の医者になっている30半ばの白衣のドクター姿の写真がある。何人か別の人の写真があったが、みな何か元気がなさそう。彼らがむなしさを感じるのはきわめて当然のことである。
医者なんて、なんら知性的な仕事ではなく毎日、毎日、おんなじことの繰り返し。封建制の医局の中から死ぬまで抜け出せない農奴である。領主は主任教授である。夜逃げでもしたら死罪である。毎日、ヘトヘトに疲れて、帰りに焼き鳥屋のおやじにあたる。
「おう。おやじ。医者なんてのはなー。これほど惨めな職業はねーんだぞ。わかるか。わかるめえ。息子を医者にしようなんて間違っても思うなよ」
と言うと、焼き鳥屋のおやじは首をかしげつつ、
「そんなもんですかねえ。私には大先生様に見えますが・・・。でも先生がそう言うんですからきっとそうなんでしょう」
「おう。おやじ。わかってくれたか。」
と言って野田先生はビールをがぶ飲みし、焼き鳥をやけ食いするのであった。するとおやじは、
「先生。あんまり飲みすぎるとよくないんじゃないんでしょうか」
と忠告するが、
「べらんめえ。そんなセリフはオレが毎日言っていることだ。この程度じゃアルコール性肝障害にゃあならん。オレはもう焼き鳥食って鳥にでもなっちまいたいくらいだぜ」
と、おやじにあたり、勘定を払って、千鳥足で家路に向かうのであった。
彼の家は二駅離れのところにあるマンションだった。彼は同期で麻酔科の医局に入った女医と卒後二年で結婚した。彼女は当然のことながら専業主婦になった。
ドンドンドン。
「おう。帰ったぞ。」
「お帰りなさい。あなた。また飲んできたのね。あんまり飲むと体に・・・」
彼女の忠告をよそに野田先生は、またビールを飲んだ。
「お前は侵奇で子供もできないし。生きてても教授のいいようにされるだけだし・・・生きてても酒飲むことくらいしか楽しみなんかねーじゃねえか」
野田先生は彼女に訴えるように言う。彼女もしょんぼりしている。
「お前は何のために生きているんだ」
と捨て鉢に聞くが、彼女は答えない。彼はつづけて言った。
「おう。野田イクゼのポスター、みんなから評判悪いぜ。疲れた表情してるって。オレんとこへポスターの依頼があった時、お前が勧めるもんだから、出たが、体裁悪いじゃんか。イクゼの入学希望者も減っちまうぞ。何だってオレを勧めたんだ」
と言って、グオーとそのまま寝てしまった。

   ☆   ☆   ☆

翌日になった。日曜だった。彼は昼ごろ、目をこすりながら起きてきた。食卓に着くと、そこには彼女のつくった目玉焼きとトーストと温かいミルクがあった。二人は向き合って黙って食べた。野田先生は彼女をチラと見た。そして心の中で、彼女が何のために生きているのか、また、疑問に思った。食べ終わると彼女は彼に言った。
「野田イクゼのポスターね。私の生きがいね」
と言って彼女は立ち上がり、窓に手をかけた。その口調には信仰者の持つ晴れがましさがこもっていた。
「私、思うの。きっとあのポスターをみて、私たちのことを小さな小説にしてくれる人がいると思うの。もしそうなったら、私たち、その小説の中で永遠に生きられると思うの」
彼女の頬は上気し、目は美しく輝いていた。新緑の風が少しばかり彼女の髪を乱していた。






夏の一日

 智子は男勝りな女の子である。クラスメートに青木という男の子がいた。内気で弱々しい子だった。いつも何かにおびえているような弱々しい目をしていた。智子はよく青木にいろいろな難クセをつけ、からかい、いじめた。気持ちがスッとするのである。
 もうすぐ夏休みになるというある日曜日のこと、智子は縁側に出て日向ぼっこをしていた。するとヒラヒラと一羽のきれいなアゲハ蝶がやってきて智子の目の前の芝生にとまった。智子はそっとそれに近づいてアゲハを捕まえた。アゲハはジタバタしながら必死になってもがいている。それを見て智子の心にちょっと意地悪な気持ちがおこって智子は笑った。智子はアゲハを庭の木に張ってあった大きなクモの巣にくっつけた。アゲハはジタバタさかんにもがいている。もがけばもがくほど羽は糸にからみついた。
「ふふふ」
智子はそれを見て笑った。
(早くクモが出てこないかしら)
智子はしばらくの間、もがくアゲハを、ちょうど古代ローマの暴帝のような気持ちで眺めていた。だけどクモがなかなか出てこないので智子はつまらなくなって家に入った。
 自分の部屋に入った智子は本箱からコミックを数冊とりだしてパラパラッとめくった。
 夏の日差しが強い午後だった。
 智子はいつしか、うとうととまどろみかけていた。

   ☆   ☆   ☆

 どのくらいの時間が経ったことであろう。胸の息苦しさで智子は目覚めさせられた。
「あつい!」
智子は下を見下ろした。足は宙に浮いている。そして、その下では積み上げられた薪につけられた火が激しく燃えさかっている。炎はメラメラと火の粉を上げて智子の足を焼かんばかりに燃えさかっている。
 智子は上を見上げた。太い木の枝につながれた一本の太い縄が智子の背後に向かって垂れ下がっている。智子は自分が後ろ手に縛られて宙吊りにされていることに気がついた。
「あつい!」
智子は泣いて叫んだ。
まわりを見ると一面の樹林である。その向こうにはエメラルドグリーンの海があり、その水平線のあたりは日の光を反射して美しく光り輝いている。どうやらここは南海の孤島らしい。自分は火あぶりにされているのだ。智子はそれに気がついた。智子は再び下を見下ろした。すると火のまわりではイースター島のモアイのような顔をしたこの島の原住民と思われる者達が何やら叫びながら輪になって踊っている。いけにえの儀式らしい。
 そして彼らの輪の外に一人、腕を組んで薄ら笑いを浮かべている男の子がいた。よく見るとそれはいつもいじめていた青木だった。どうやら青木が彼らに命令しているらしい。
「ああ、青木君。あついわ。やめて。火を消して」
だが青木は智子の言葉など聞く様子も泣くニヤニヤ笑ってじっと智子をながめている。
「どうしてこんなことをするの?」
智子は熱さに身を捩りながら言った。
「どうしてだって。ふふふ。そんなこと自分の胸に聞いてみろ」
「私があなたをいじめたから、その仕返しなのね。あやまるわ。ゴメンなさい」
だが青木は黙ったまま智子をじっと見つめているだけだった。
「ゴメンなさい。ゴメンなさい」
智子の目からは大粒の涙がとめどなく流れつづけた。
空には雲一つなく、その中で一点、南国の太陽だけが火のように照りつけた。

   ☆   ☆   ☆

「わあー」
智子は目を覚ました。全身が汗ぐっしょりだった。大きく呼吸を整えているうちに、だんだん心も落ち着いてきた。
 智子はさっきのアゲハ蝶のことが気になって庭に出た。クモは昼寝しているのかアゲハはまだ無事だった。アゲハはもがきつくして、もう観念したのか、ぐったりとうなだれていた。
智子はクモの巣を壊してアゲハをとり、庭においた。
智子は自分がとても悪いことをしてしまったことを後悔した。
明日、青木に会ったらあやまろうと思った。




転校生

 ある学校のことです。その学校に一人の転校生が来ました。壇上で先生が、皆に彼女を紹介すると、彼女は小さな声で、「香取美奈子です。よろしく」と挨拶しました。彼女の瞳には不可思議な神秘的な輝きがありました。彼女の体からは、何か見えない光が放たれているかと思われるほど、彼女には何か強い存在感がありました。彼女はおとなしそうに席につきました。彼女は時々、教室の窓から空を見ていました。彼女は自分からは友達をつくろうとしないので、いつも一人でいました。彼女は控え目な性格でしたが、先生が難しい質問を出して誰も答えられないと、美奈子がそっと手を上げて正解を答えました。どの科のどんなに難しい質問でも彼女は正解を答えられました。
彼女の隣の席の生徒が彼女に、わからないところを質問しました。
「どうしてそんなに勉強がわかるの?」
美奈子は微笑して、
「私は魔法使いだから」
と言いました。それがクラスにひろがって、彼女は魔法使い、とうわさされるようになりました。中間テストで彼女は学校で一番の成績でした。でも昼休みも彼女は空をじっと見ているだけで、ガリ勉、というのでもありません。それまで、学内ではいつもトップだった秀才の田代よりずっと高い成績でした。田代は生まれついての秀才の自負によって、勉強だけは誰にも負けない自信がありました。彼は口惜しくって仕方がありません。田代は家でも学校でも、誰にも負けないくらい一生懸命勉強していましたし、結果として事実、彼は学内で一番でした。田代は香取がどうも気になりだしました。もちろん、それまで学科の成績ではクラス一、だという自負が、彼女に負けたことの口惜しさ、ではありましたが、もう一つ、どうして彼女は勉強しないのに自分よりよく出来るのか、という疑問からです。彼女が自分のことを魔法使いだ、などという事を、はじめは笑っていましたが、事実、彼女はろくに勉強している様子もないのに、学内で一番の成績なのです。ある時、田代は彼女に、
「放課後、話したいことがあるから、のこっててくれ」
と言いました。さて、その日の放課後のことです。もうみんな帰ってしまって誰もいない教室に田代が行くと、彼女が一人、ポツンと自分の席に座っています。彼女は田代に黙って顔を向けて、静かな微笑で田代を見ました。
「なあに。田代君。用って?」
何か霊波のようなものを発しているような感覚を田代は彼女から感じました。田代は宇宙人だの、魔法使いだのといったものは毛嫌いして毛頭信じていなかったので、彼女が自分のことを魔法使いだ、などということが許せませんでした。田代は彼女の前に座ると、彼女に怒鳴るように、
「やい。おまえは自分のことを魔法使いだ、などと言うが、それなら本当に魔法を見せてみろ」
と言いました。すると彼女は微笑んで、
「なら私の魔法を見せましょう。でも私の魔法をみるためには少し、私の指示に従ってくれなくては出来ません」
田代は彼女の言う魔法のインチキさを証明したくて仕様がなかったので、何でも指示に従う、と言いました。すると彼女は微笑んで、立ち上がって田代の前に立ちました。彼女は田代に正しい姿勢で座るように言いました。田代がそうすると、彼女は満足したように、今度は目をつぶって、体を動かさないでじっとしているように言いました。田代は目をつぶりました。彼女は田代に、
「あなたを鳥でも魚でも何でも好きなものにしてみせましょう。何になりたいですか?」
と聞きました。田代はつくづくばかばかしいと思ったので、
「何でも君の好きなものにしてくれ」
と言いました。目をつぶってじっとしていると彼女が肩に手をかけてきました。触れているだけなのに、だんだんとその力が強くなっていくような気がしてきました。そしてついに全身が強い力で押さえつけられているような感覚になってしまいました。気づくと田代は、「右手がひざから離れなくなる」という彼女の声だけが聞こえました。彼女は何度もその言葉を繰り返します。すると田代は、自分の右手がだんだんと、そしてついに石のように重く硬くなってしまっているのを感じました。離そうとしても、どうしても離れません。彼女は同様に左手にも同じようなことを言いました。すると、左手も同じように動かなくなってしまいました。そしてついに、「体が石になる」という彼女の暗示の言葉で、彼は自分の体がまったく動かせない状態になってしまいました。いくらあせっても、体がまったく動きません。
彼女は、夜、寝床に入る時とか、春の昼、うつらうつらと居眠りしている時、というように具体的な状況を言います。すると本当にその場面が見えてきます。それから彼女は、哀しい場面やうれしい場面・・・などと言うと彼は、その場面を見て、心から感じて本当に哀しくなって泣いたり、うれしくなって笑ったりしました。彼女が田代に鳥になって大空を上昇気流に乗って飛んでいることを彼に言うと、彼は、鳥になって上昇気流に乗って飛んでいる自分に気づきました。校庭でひとり鳥となって飛んでいるのを彼女がじっと見ているのです。
「ああ。彼女がいつもじっと空を見ていたのはこうなった俺を見ていたのだ」
クラスではみんなが授業を受けています。でも自分はもう鳥となって空を舞うしかないのです。
「こんなのはいやだ。僕は人間に戻りたい」
でも彼女は田代を微笑んでじっと見ているのです。田代は教室の窓から鳥となって空を舞っている自分を見ている彼女に心から、人間に戻れるよう哀願しました。すると彼女は、
「一、二、三」
と言って手を強く打ちました。誰もいない教室に彼女が前でひとり微笑んでいます。田代はくたくたに疲れていました。ただ自分が人間に戻れたことに何より安心を感じました。
「どう。鳥になれたでしょ」
「やっぱり君は魔法使いだ」
田代は逃げるように教室を去りました。それからも彼女は相変わらず、物静かな生徒で、時々、教室の窓から空を見ています。田代は彼女に頭が上がらなくなりました。彼女は本当に魔法使いなのかもしれません。

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医者と二人の女 (小説)(1)

2020-07-19 13:52:33 | 小説
医者と二人の女

「1」

山野哲也は、週一回、日曜日に、盛岡に、コンタクト眼科の、診療に、行っている。
彼は、神奈川に住んでいるのだが、ここのクリニックの院長なのである。院長といっても、あるコンタクトレンズの小売り、の会社と、提携している、眼科クリニックで、いわば、雇われ院長である。もちろん、彼の収入は、クリニックの診療報酬だが、クリニックのテナント料が高く、経営は、もちろん、赤字だが、そこは、コンタクト会社が、業務支援金、という形で、出してくれるので、収入は、毎月、定額である。
仕事は簡単で、ややこしい人間関係もなく、精神的なストレスはないが、肉体的ストレスが、きついのである。クリニックは、10時からだから、朝、4時30分に、起き、5時に家を出て、東京から、東北新幹線に乗って、盛岡まで行く。
哲也は、胃腸の運動が悪く、すぐに腸の動きが、悪くなる。新幹線の時速、300km/hの、微細な振動は、彼の胃腸の運動を止めた。
そして、クリニックも、空調が、あまり良くなく、胃腸が動かなくなるのである。
しかし、最近、彼は、盛岡に、行くことに、密かな、楽しみを、持っていた。
それは、最近、アルバイトの女の子が、最近、2人、入ってきて、2人ともに、きれいなのである。
彼女らは、同じ大学の、友達の関係だった。
一人(順子)は、体格が大きく、肉感的で、彼女は、彼に対する、態度から、明らかに、哲也に、好感をもっているのを、哲也は、感じとった。それは、まず、間違いないだろう。哲也が、彼女に、「付き合って下さい」とか「一度、デートして下さい」と告白しても、まず、彼女は、喜んでくれるだろう。
カルテを渡す時、彼女は、必ず、「ありがとうございました」と、言って、お辞儀をする。しかし、医者である哲也は、何も言わない。それでも、彼女は、「ありがとうございます」と丁寧に言う。
もっとも、医者が、それに対して、「どういたしまして」と言うのは、全く不自然であるから、何も言えないのも、仕方がない。
もう一人(京子)は、歳は、順子と、同じなのだが、しっかりした性格である。少し、スレンダーだが、痩せては、いない。抜群のプロポーションで、アルバイトの制服である、ピンクのワンピースからも、胸の所が、隆起しているのが、はっきり、わかる。パンティーラインも、ピンクの制服の上から、見える。ピンクのワンピースの上に、紺のカーデガンを着ているのだが、その制服が、哲也には、悩ましかった。長い黒髪を、もてあますように髪留めで、止めて、明るい声で話す。それも魅力的だった。
哲也は、彼女ら2人に恋していた。二人とも、甲乙つけがたかったが、思慕の想いは、京子の方が順子より、上だった。
しかし、彼女の態度からは、彼女は、哲也には、特別な感情は、もっていないように感じられた。しかし、哲也の彼女に対する想いは、募る一方だった。
「ああ。彼女は、どんなパンティーをはいているのだろうか?」
「ああ。彼女の太腿に、しがみつきたい」
「彼女を背後から、抱きしめてみたい」
そんなことを彼は思っていた。
しかし、もし、彼が、そんなことを、言ったら。つまり、
「はいているパンティーを下さい」と言ったりしたり、背後から、抱きしめたりしたら、彼女は、どんな、反応をするだろうか。それは、わからなかった。
順子なら、背後から、そっと、抱きしめたりしたら、彼女は、嫌がらないだろう。
むしろ、喜ぶだろう。しかし。京子は、哲也をどう思っているのかは、わからなかった。
しかし、京子は哲也を、嫌ってはいない、ことは、確かだった。
彼女も、哲也が、カルテを渡すと、彼女は、「ありがとうございます」と返事するからだ。
哲也が、患者の診察を終わって、診察室の戸を開けると、彼女は、誰より、急いで走って、カルテを、とりにくるからだ。彼女らは、性格が、極めて、穏やかだった。
ともかく、哲也の京子に対する妄想は、どんどん募る一方だった。
彼は、夢想で、こんなシチュエーションを考えた。

ある、患者がいない時。
彼が、彼女の背後から、彼女を、そっと抱きしめる。
彼女は、「あっ。先生。何をするんですか?」
哲也「すまない。前から、君のことが好きで、好きで、たまらなかったんだ」
彼女「・・・・」
彼女は、黙っている。
哲也「太腿にしがみついてもいいですか?」
彼女「・・・・」
哲也「ああっ。最高の感触だ」
と言って、哲也は、彼女の太腿に頬ずりする。
彼女「せ、先生。患者さんが来ます」
と言いながらも、本心から嫌がっている様子はない。

というシチュエーションの夢想を考えていた。
しかし、実際に、その通りになってくれる、という保証はない。
万一、「やめて下さい」と言われたら、彼は、この世で最悪の、羞恥地獄に、のたうちまわり、発狂してしまう、ことは、横浜DeNAベイスターズが、セ・リーグで優勝できないこと以上に、絶対に確実なことだった。
だから、彼は、それは、どうしても出来なかった。
そのため、彼の煩悶は、どんどん激しくなっていった。
彼女らの太腿にしがみつきたい。
彼女らのパンティーを見てみたい。彼女らのパンティーが欲しい。
しかし彼は、彼女らにキスしたいとは、全く思っていなかった。

哲也は、女に、キスする、という行為を嫌っていた。もちろん、映画やテレビドラマで、超美形なハンサムな男が、綺麗な女にキスする、映画のキスシーンなら、美しいが、哲也は、劣等感を持つほど、容貌に自信が無い、わけでは、なかったが、そんなに容貌に、絶対の自信を持てるほど、でも、全くなかった。まあ、大体、普通のレベル、標準的、な顔、と思っていた。し、他人の評価もそうだった。なので、彼女に強引にキスして、嫌われるのが、怖かったのである。彼は、京本正樹ほどの、超美形なら、強引に女にキスしても、いいのだと思っていた。
それと、哲也は、フェラチオという、行為も、嫌っていた。アダルトビデオで、腹の出た、中年男の汚いマラを、美しい女が、しゃぶっている、シーンを見ると、女が可哀想で、可哀想で、仕方がなかった。彼は、ビデオの男に対して、憤怒の目で、拳を握りしめ、「やめろー」と叫んだ。実際にそれをして、彼は、テレビを壊してしまったこともある。また、一心に、男のマラをしゃぶっている女の心理もわからなかった。男のマラをしゃぶる、といっても、京本正樹ほどの美形なら、わかるが、腹の出た中年男のマラを、しゃぶる女の心理は、どうしても、わからなかった。彼は、ビデオの女に向かって、いつも、泣きながら、「お願いだから、やめてくれー。そんなことー」と、叫ぶのだった。
哲也は、本番という行為も嫌った。女に挿入して結合する、という行為が嫌いだった。京本正樹ほどの美形なら、ともかく。彼にとって、女とは美しい、鑑賞する、芸術品、人形だった。
ちょうど、美しい、絵画や、彫刻のように。
なので彼は、女にズカズカ入って行くのでなく、女をそっと、抱きしめたり、太腿にしがみついたり、パンティーを、祭壇に祭ったりと、ひたすら女を崇める、夢想に耽っていた。

「2」

ある日曜日の診療が終わった、午後5時半。のことである。
順子と、京子、の2人は、仕事が終えて、ほっとしていた。
山野院長は、タイムカードを押して、受け付けにいる2人に、「さようなら」と、言って、そそくさと、帰っていった。
あとには、順子と京子の2人が、残された。
「はあ。今日は多かったわね」
「何人きた?」
「70人、来たわ」
「帰りにマクドナルドに寄っていかない?」
と順子が京子を誘った。
「そうね。行きましょう」
こうして二人は、制服から私服に着替え、マクドナルドに行った。
時刻は、5時50分だった。
「先生は、ちょうど、今頃、上りの東北新幹線に乗った頃だわ。5時50分発の、はやぶさ号、に乗っているでしょうから」
「先生って、無口で、何を考えているのか、わからないわね」
「そうね。女に興味ないのかしら?」
「私達のこと、どう思っているのかしら?」
「女に興味を持たない男なんて、いるのかしら?」
「さあ。わからないわ」
「先生って、彼女がいるのかしら?」
「もしかしたら、きれいな彼女がいるのかも、しれないわね。だから、私達には関心がないのかも、しれないわ」
「そうかしら。私はそう思わないわ」
「どうして?」
「男って、好きな彼女が、いても、きれいな女を見ると、例外なく、その人も、好きになっちゃうでしょ」
「私達2人のうち、とっちを一番、気にいっているのかしら?」
「それは、もちろん、京子じゃない。京子は、学校でも、全男子の憧れだもん」
そう順子に言われて、京子は顔を赤らめた。
「ふふふ。実を言うとね。私は知っているわ。先生も、女が好きなのよ」
順子が言った。
「どうして。順子?」
「あのね。先生。昼休みには、いつも、駅前の、すき家に行くでしょ。先生、いつも、ノートパソコンを机の上に置いて、何か打ってるでしょ。前に、先生が、昼休みに、すき家に行っている間に、先生の、ノートパソコンを開いて見たことがあるの。そうしたら、デスクトップの上に、画像が一杯あったの」
「どんな画像だった?」
「ものすごくエッチな画像ばかりだったわ。SM写真の画像とか、ビキニ姿の画像、女子アナの画像、とか、そんなのばかりよ」
「へー。やっぱり、先生も男なのね」
「あと、先生。ホームページと、ブログを持っていて、ホームページに、小説を、たくさん、出しているわ」
「へー。先生。小説を書くの?」
「ええ。書いているわよ」
「どんな小説?」
「恋愛小説や、エッチな小説よ。山賀哲男という、ペンネームを使っていているわ」
「読んでみたいわ。先生の小説」
「じゃ、京子。スマートフォン、貸して」
「ええ」
と言って、京子は、順子に、スマートフォンを渡した。
順子は、京子のスマートフォンをピピピッと操作して、
「はい。これよ」
と言って、京子に返した。
「うわー。本当だ。すごい」
京子は、カチャカチャと、スマートフォンを操作していたが、
「あとで、じっくり読むわ」
と言って、スマートフォンをしまった。
「京子。先生があなたを一番、好きなのは、間違いないわ」
順子が言った。
「どうして?」
と京子が聞いた。
「いつかね。昼休みに、あなたが、受け付けの机で寝ていたことが、あったの。覚えている?」
「いえ。覚えていないわ」
「その時ね。先生が、あなたの寝姿を、ジーと見ていたわ。股間をさすりながら。ハアハア荒い息をしていたわ。それでね。私は、クリニックの入り口の前から、先生に、見つからないよう、少し様子を見ていたの。先生は、スマートフォンで、あなたの、寝顔を、こっそり撮っていたわ。それを、パソコンに入れたのね。その後、昼休みに、先生の、パソコンを、開けてみたら、デスクトップに、「京子」というフォルダが、あったから、開けてみたら、あなたの、寝顔の写真が、数枚、入っていたわ」
「本当?」
京子が聞いた。
「本当よ。私。USBメモリで、それを、コピーしたわ。それを、スマートフォンに入れたから。見てごらんなさい」
そう言って、順子は、自分のスマートフォンを京子に渡した。
京子は、それを受けとった。
京子の顔が真っ赤になった。
そこには、順子の言った通り、京子の寝顔の写真が、数枚、入っていたからだ。
「ね。言った通りでしょ。先生は、あなたが好きなのよ」
と、順子が言った。
「京子。あなたは、先生のこと、どう思っているの?」
「嫌いじゃないわ。優しい人だし、好感をもっているわ」
「先生は、シャイだから、自分からは、言えないのよ。あなたから、先生に、話しかけたら?」
「でも・・・」
「でも、何なの?」
「私だって、恥ずかしいわ」
「そこを、勇気を出して、言ってみなさいよ」
「何て?」
「一度、お話し、して頂けませんか、って」
「そんなの、恥ずかしいわ」
「もー。勇気が無いんだから。私だって、先生が、私のこと、どう思っているか、知りたくて仕方がないわ」
順子が不快そうに言った。
そんな具合で、順子は、しかめっ面で、マックフライポテトを、食べた。
「先生って、真面目で、いつも、文学書とか、歴史の本とか、難しい本、読んでいるでしょ」
「ええ」
「アカ抜けてないのよ。それで、女を見ると、つい、女を、意識しちゃって、それを、さとられないように、ことさら、女に無関心なように、装っているのよ」
「ふーん。でも、そんな、ストイックな態度、とっていたら、余計、ストレスがたまっちゃうんじゃないの?」
「そうよ。だから、SM写真や、ビキニの画像を、集めているのよ。それにね。私、先生のホームページの小説、読んでみたけど、すごく、エッチな小説が多いわよ。私、興奮しちゃった」
と言って順子は、さらに、
「きっと、女と話が出来ない欲求不満を、小説に書くことによって、晴らしているのよ」
と言った。
「じゃ、私も、今日から、読んでみるわ」
「私。先生のことを思うと、変な気分になっちゃうの」
順子が言った。
「どんな気分になるの?」
「先生に、いじめられたい、と思ったり、逆に、先生を、いじめたい、と思ったり」
「私も、そう思う時、あるわ。先生は、おとなしいから、きっとマゾなんじゃないかしら」
「先生も、一人でいる時、私達2人に、いじめられることを、想像して、オナニーしているんじゃないかしら」
「そうかも、しれないわね」
「先生は、きっと、言わないで、ポーカーフェイスを、装って、わざと、興奮を高めて、それを楽しんでいるんじゃないかしら」
「じゃあ、帰ったら、先生のホームページの小説、読んでみるわ」
京子は、飲みかけの、アイスティーを、一気に飲んだ。
2人は、「じゃあ、明日またね」と言って、別れた。

「3」

順子は、家に帰ると、ベッドにゴロリと横になった。
そして、順子は、山賀哲男のホームページを開いた。
エロティックな山野の小説を読んでいるうちに、だんだん、興奮してきた。
「先生は私のこと、どう思っているのかしら?」
順子は、そのことが、気になった。
山野は、京子のことを、好きなのは間違いない。
以前、昼休みに、山野が、京子の寝姿を、息を荒くして、食い入るように、眺めていて、その時、スマートフォンで、写真まで、撮っているのだから。
しかし、順子も、哲也の態度を思うと、まんざら、自信がないわけでは、なかった。
ふと思いついて。順子は、パソコンを開いて、去年の夏、京子と、二人で海水浴場に行った時の写真を開いた。
二人、ビキニ姿の写真、京子が、髪をかきあげて、ポーズをとっている写真、同じように、順子が、髪をかきあげて、ポーズをとっている写真を見た。
ふと。順子に、ある、悪戯がひらめいた。思いついた。
順子は、ふふふ、と、苦笑した。
京子には、悪いけれど、先生は、京子を好いているのは、明らかだし、だから、後で京子に、全部、話して、事後承諾をとればいい。それより、山野は、自分のことは、どう思っているのかは、全く、わからない。だから、その悪戯は、そんなに、悪いことじゃない、と順子は自己正当化した。
山野はクリニックの院長という責任者の立場なので、住所も、携帯番号も、メールアドレスも、順子は知っている。
しかし、山野は、アルバイトの、個人情報は、知らない。
だから、当然、順子や京子のメールアドレスも知らない。
順子は、スマートフォンの、メールの一覧を出した。
そして、山野のアドレスを、出した。
そして、文章を入力し出した。
「先生。突然、メールをお出しする失礼を、お許し下さい。私は、佐藤京子です。今日、先生が、以前、昼休みに、私が、寝ていた所を、先生がじっと見ておられて、スマートフォンで、私の寝顔を撮っていた、ということを、順子に聞かされました。先生が、私に好意を持っていてくださるのなら、幸甚にたまわります。(この上なく嬉しいです)私も先生が好きです。いつか、プライベートなお話をしたく、思います。去年の夏、順子と、海水浴場に行った時に、撮った、ビキニ姿の写真がありますので、添付いたします。ところで、先生は、順子に対しては、どう、お思いでしょうか。先生は、順子が好きでしょうか、それとも、関心がないでしょうか?佐藤京子」
順子は、本文に、こう書いて、去年の夏、京子と、海水浴場に行った時に、撮った、ビキニ姿の写真、10枚を、添付して、送信ボタンを押した。
ビキニの写真には、順子と京子の写真。順子だけの写真、京子だけの写真、などか、あった。
順子は、ルビコンの川は、渡られた、と思った。
つまり、順子が、京子を装って、山野哲也にメールを送ったのである。
順子は、哲也にメールを送信してから、哲也から、メールが来るかどうか、来るとしたら、どんな内容のメールなのか、に、ハラハラと興奮して、眠れなかった。
一時間くらいして、ピッと、着信メールが来た音がした。
哲也からだった。
順子は、ハラハラ、ドキドキしながら、メールを開けてみた。
本文には、こう書かれてあった。
「佐藤京子さま。メールありがとうございます。佐藤京子さま、の、方から、告白して、頂けるなどと、思ってもいなかったので、驚くと、同時に、最高の幸せです。以前、昼休みに、あなた様が、寝ていた時に、あなた様の寝顔を見て、スマートフォンで写真を撮っていたところを、順子さんが、見ていたんですね。順子さんにも、あなた様にも、恥ずかしいです。しかし、こうなったら、もう僕も本心を告白するしか、ありません。僕は、京子さんが好きです。大好きです。憧れています。添付してくださった、順子さんとの、ビキニ姿、とっても、美しいですね。僕も、京子さんと、一度、プライベートに、お会いして、お話ししたいです。順子さんについて、ですが。もちろん、順子さんも好きです。しかし、なんといっても、京子さんが一番、好きです。あなた様のビキニの写真を、頂けて、もう言葉には、表せないくらい、幸せです」
メールには、こう書かれてあった。
順子は、やはり、哲也は、京子が一番、好き、と知って、少し、さびしい思いがした。
「順子さんも」の、「も」という言葉が引っかかっていた。
しかし、哲也は、当然、メールは、京子が出したものだと思っている。
男は、女をくどく時、「あなたが世界一好きです」と言うのは、男の常套手段である。
なので、本当の本心は、わからない。
たまたま、京子が、寝ている所を、見かけたから、寝顔を写真に撮ったのであって、もし、自分が、寝ている所を、哲也に、見つけられたら、自分も、哲也に、寝顔を見つめられ、写真を、撮られていたかもしれない。
順子は、そんなことを思った。
「一度、プライベートに、お会いして、お話ししたいです」と、あるので、順子は、どこで、会おうかと、しばし、考えた。
そして、一つのいい、アイデアを思いついた。
順子は、また、哲也宛てにメールを書いた。
「先生。今度の診療日の日曜の、前日の土曜日に、盛岡に、お出で頂けないでしょうか?盛岡駅前で、待っています。土曜のホテル代は、私が、お払いします」
順子は、そう書いて、送信ボタンを押した。
しばしして、すぐに、哲也から、返信メールが返ってきた。
それには、こう書いてあった。
「はい。行きます。土曜日に。ホテル代は、コンタクト会社が出してくれるので、必要ありません。出来るだけ、早く、行こうと思います。盛岡に、正午頃に着くよう、行こうと思いますが、よろしいでしょうか?」
順子は、すぐに、
「はい。盛岡駅の到着時刻がわかりましたら、すぐに知らせて下さい。盛岡駅前で待っています。京子」
と書いて、メールの送信ボタンを押した。
順子は、京子に無断で、京子を装って、メールを送ったことが、やはり、心に引っかかった。
一時間くらいして、哲也から、またメールが来た。
それには、こう書かれてあった。
「京子さん。あなたのビキニ写真を見ていたら、いろんなことを想像してしまって、興奮して、勃起して、寝つけなくなってしまいました。あなたは、罪な人だ。山野哲也」
と書かれてあった。
「どんな想像ですか?佐藤京子」
と、順子は、すぐにメールを送った。
また、すぐに、哲也からメールが届いた。
「もう正直に白状します。京子さんの足を舐めたり、京子さんに、いじめられたり、あるいは、逆に、京子さんを、縛ったりする妄想です。僕には、SM的な性格があるんです。さらに、京子さんと、順子さんの、二人に、いじめられたり、といった、妄想です。哲也」
順子は、この上なく嬉しかった。
哲也の妄想に、自分も入っている、ということを、哲也が自発的に言ってきてくれたからだ。
哲也は、世辞ではなく、自分にも、関心を持っているのだ。
そう思うと順子は、嬉しくなった。
順子は、急いで、メールを書いた。
「先生。私も、正直に白状します。私も、先生を見た時から、変な感情に悩まされるように、なってしまいました。先生に、縛られたい、いじめられたい、と思ったり、逆に、私が、女王様となって、先生をいじめたい、といった妄想です。私、一人で、という妄想もあれば、順子と一緒に、いじめたい、いじめられたい、というような妄想です。先生の、優しい、おとなしい性格が、私に、そういう妄想を、起こさせてしまうんです。佐藤京子」
そう書いて、順子は、メールを送信した。
一時間くらいして、哲也から、またメールが来た。
それには、こう書かれてあった。
「京子さま。あなたが、私を、いじめたい、と思って下さっていたなんて、最高に幸せです。今度、お会いする時には、あなた様に、いじめられたいです。恥ずかしいですが、正直に告白します。私は、あなたのパンティーが欲しい。今度、お会いした時、あなたの、パンティーを、頂けないでしょうか?もう、我慢できません。山野哲也」
順子は、急いで、返信メールを書いた。
「私なんかの下着でよろしいのであれば、差し上げます。でも、恥ずかしいです。佐藤京子」
そう書いて、順子は、メールを送信した。
哲也から、またメールが来た。
それには、こう書かれてあった。
「ありがとうございます。パンティーは、メールや、写真と違って、すぐに、送って頂けないのが、残念です。しかし、今度、頂けると思うと、ワクワク、ドキドキします。それまで、あなた様の、ビキニの写真を見て、我慢します。おやすみなさい。山野哲也」
それからは、哲也のメールは、来なくなった。
順子は、京子に、なりすました事に、不安と興奮を、持ち出した。
明日、京子に、会ったら、本当のことを、言おうか、どうか、で、悩んだ。
どうするのが、一番、いい方法かを、順子は、考えた。
山野とメールを遣り取りするのは、楽しい。
たとえ山野は、メールの相手が京子だと思っていても。
しかし、山野は、京子と順子の二人に、いじめられたい、とも、言ってきた。
だから、山野は、順子にも、関心を、もっている。のだ。それが、メールを続けさせてしまった、要因だと順子は、思った。○○○○
結局、明日、京子に、言おうか、言わないか、決めることが出来ないまま、順子は、その日、寝てしまった。

「4」

翌日になった。月曜日である。
目が覚めた順子は、枕元にあるスマートフォンを開いたが、哲也からのメールは、なかった。
順子は、トーストと、コーヒーの朝食をして、カジュアルな服を着て、スクーターに乗って、学校に行った。
バックには、ある意図があって、パンティーを、一枚、入れておいた。
順子が教室に入って、いつもの席に座ると、ほどなく、京子も入ってきた。
「おはよう。京子」
「おはよう。順子」
順子が挨拶すると、京子は、それに、呼応するように、愛想よく返事した。
京子は、順子の隣りに座った。
「順子」
「何?」
「昨日、哲也さんのホームページの小説、読んでみたわ」
「どうだった?」
「何か、変な気分になっちゃったわ。先生を、いじめたり、いじめられたり、したいような・・・そんな変な気分になっちったの」
京子は、顔を火照らせて言った。
「そう。私もよ」
順子が言った。
「ところで、京子。話は、変わるけど。すまないけれど、あなたのアパートの鍵、貸してくれない?」
順子は話頭を変えた。
「いいわよ。だけど、どうして?」
京子が聞き返した。
「私の大切な指輪が、いつの間にか、なくなっちゃったの。色々と、探してみたんだけど、見つからないの。もしかしたら、この前、あなたのアパートに行った時に、あなたのアパートで、落としちゃったのかも、しれない可能性があると思うの」
順子は、そう説明した。
「わかったわ」
そう言って、京子は、バックからルイ・ヴィトンの財布を取り出し、財布から、鍵を出して順子に渡した。
「はい。これ。私のアパートの鍵よ」
「ありがとう」
そう言って、順子は、京子から、鍵を受けとった。
「ちょっとトイレに行ってくるわ」
そう言って、順子は、教室を出た。

順子は、スクーターに乗って、急いで、京子のアパートに向かった。
途中、コンビニ、で、順子は、A3(?)の角封筒を買った。
京子のアパートに着くと、鍵で、急いでドアを開けて、部屋に入った。
順子は、何だか、京子のいない間に、京子の部屋に入って、泥棒になったような気がした。
京子の洗濯機の横の、洗濯カゴの中には、脱いだ後のピンク色のパンティーが、入っていた。
順子は、角封筒の宛名に、山野哲也の住所を書き、差出人には、京子の住所と名前を書いた。
そして、順子は、履いていたブルーのパンティーを、脱いで、バックに入れておいた、別のパンティーを履いた。
順子は、京子のピンク色のパンティーと、自分の、ブルーのパンティーを、角封筒の中に入れて、角封筒を糊づけした。
そして順子は、京子のアパートを出で、急いで、郵便局にスクーターを走らせた。
そして、角封筒を、速達で、出した。
「今日中に着きますか?」
と郵便局員に聞くと、
「今日中には、難しいかもしれません。明日には、必ず着きます」
と答えた。
順子は、郵便局を出ると、スクーターで、大学にもどった。
「どうしたの。トイレ、ずいぶん長かったわね」
と京子が聞いた。
「いえ。ちょっとね」
へへへ、と順子は、舌を出して笑った。
その日の講義も、いつもと、たいして変わりなかった。
講師が一方的に、喋るだけで、生徒は、わけもわからず、それをノートするだけだった。
昼休みになった。
順子と京子は、硬式テニス部だった。
「京子。ちょっと、テニスコートに行って、打ち合いしない?」
順子がそう、誘った。
「どうして?」
「京子。今日は、ジャージじゃなくて、白の半袖と、スカートで、やらない?」
「どうして?」
「何となく。今日は、天気もいいし・・・」
「いいわよ」
二人は、コートに出た。
テニスコートには、誰もいなかった。
二人は、コートに出で、ストロークの打ち合いをした。
しばしして、順子が、
「ちょっと、一休み」
と言った。
二人は、ベンチに腰かけて、アクエリアスを飲んだ。
「京子。サービスしてみて。写真に撮ってあげるわ」
順子が言った。
「ええ」
京子は、ボールをトスアップして、何回か、サービスをした。
カシャ、カシャ、と、順子が、それを、スマートフォンで撮った。
午後の始業の鐘が鳴ったので二人は、教室にもどった。
そして、つまらない、午後の授業が終わった。
「じゃあねー」
と言って二人は、別れた。
順子は、スクーターで、アパートに帰った。
アパートに着くと、順子は、ベッドに、ゴロンと横になった。
そして、哲也にメールを書いた。
「先生。我慢できない、と書いてありましたので、私のパンティーと、ついでに順子のパンティーを、今日、午前中に、速達で、送りました。私の下着だけでは、恥ずかしいので、順子に頼んで、順子のパンティーも、一緒に送りました。今日か、明日には、着きます。ちなみに、ピンクのパンティーが私のパンティーで、薄いブルーのパンティーが、順子のパンティーです。それと、順子に頼んで、テニスウェア姿の私を撮ってもらったので、添付して、送ります。佐藤京子」
順子は、そう書いて、送信ボタンを押した。
順子は、自分のパンティーにも、哲也が、関心を持ってくれるか、どうか、ということに、ハラハラ、ドキドキ、していた。
すぐに、哲也から、返信メールが来た。
それには、こう書かれてあった。
「ありがとうございます。京子さま。もう、京子さまの、ことが、気にかかって、今日は、何も出来ませんでした。助かります。京子さんの、テニスウェア姿、最高に、美しいですね。感謝感激です。山野哲也」

「5」

翌日(火曜日)の、夕方に、哲也から、メールが来た。
それには、こう書かれてあった。
「京子さま。ちょうど今、速達郵便が届きました。感謝感激です。京子さまの、パンティーを鼻に当て、匂いを嗅ぎながら、京子さんの、ビキニの写真を見ながら、オナニーしています。素晴らしく、いい匂いです。山野哲也」
順子は、すぐに、哲也に返信メールを書いた。
「哲也さま。私なんかの、下着の匂いを、嗅がれてしまって、とても、恥ずかしいです。ところで、哲也さまは、順子のパンティーは、どのようにして、おられるのでしょうか?不要でしたでしょうか?」
順子は、そう書いて、メールを送信した。
すぐに、哲也から、返信メールが来た。
それには、こう書かれてあった。
「不要なものですか。もちろん、僕は、京子さま、が一番、好きですが、もちろん、順子さんも、大好きです。京子さんと、順子さんの、二人に、いじめられる、ことを、想像して、楽しんでいます。もちろん、順子さんのパンティーも、貪るように、匂いを嗅いでいます。とても、いい匂いです。山野哲也」
これを読んだ時の、順子の嬉しさ、といったら、なかった。
哲也は、京子を一番、好いている。しかし、自分は、哲也に、どう思われているのか、は、わからなかった。昨日の、哲也からのメールでの、「順子さんも、好きです」の「も」という言葉にひっかかっていた。
社交辞令、で、言っているような気がして、仕方がなく、哲也の本心を、どうしても、知りたかったのである。
哲也は、このメールの遣り取りを、京子を、相手に、している、と思っている。
ならば、本心で、京子だけを好きならば、「あなた、だけが好きです」と言った方が、相手をうっとりさせる。順子には、知られていないのを、いいことに、「順子さんは、興味ありません」と言った方が、京子の心をつかむ、には、都合がいいはずである。
しかし、哲也は、はっきりと、順子も、好きであることを、キッパリと言ったのである。
文面からは、ウソ偽りは、感じられない。
哲也が、京子を一番、に好きなのは、間違いない。
しかし、彼は、自分にも、好感を持っていてくれる、のも、間違いない、と順子は、確信できたのである。

その夜、遅く、京子が電話してきた。
京子の声は、喘ぐように、上擦っていた。
「京子。どうしたの?」
「あのね。哲也さんの小説を、読んでたら、興奮してきて、眠れなくなっちゃったの。哲也さんを、いじめてみたい、と思ったり、逆に、哲也さんに、いじめられたり、されてみたい、と思って。つい、オナニーしちゃったわ。つい、我慢できなくなって、あなたに電話しちゃったの」
京子の声は、ハアハアと、上擦っていた。
「私もそうだったわ。先生の、小説を読んだ、最初の頃は、私も、興奮して、オナニーしちゃったわ」
「そう。あなたも、そうだったの。それを聞いて、少し安心したわ。じゃあね」
そう言って、京子はスマートフォンを切った。

誰にでもは言えない、煩悶を自分に、打ち明けたことで、京子も、少し、落ち着きを取り戻し、眠れるんじゃないか、と順子は、思った。
順子は、サイドテーブルの電気を消して寝た。

「6」

翌日(水曜日)になった。
目覚めた順子は、スマートフォンのメールを開けてみた。
哲也からのメールが一通、あった。
それには、こう書かれてあった。
「京子さん。土曜日は、盛岡駅に、12時10分に着きます。お会いするのを楽しみにしています。山野哲也」
順子は、哲也と、約束した土曜日に、どうしようかと、思い悩んだ。
いっそ、全部、正直に、メールで、哲也に、話してしまおうかとも思った。
そして、京子にも、正直に話そうかとも思った。
順子は、決断できないまま、急いで、メールを書いた。
「はい。わかりました。私も、お会いするのが楽しみです。盛岡駅前で待っています。佐藤京子」
そう書いて、順子は、送信ボタンを押した。
哲也の高まった喜びを、壊したくないという思いから、つい、そう、書かずにはいられなかった。
順子は、トーストと、コーヒーを飲んで、カジュアルな服を着て、スクーターに乗って、学校に行った。
順子が教室に入って、いつもの席に座ると、ほどなく、京子も入ってきた。
「おはよう。京子」
「おはよう。順子」
京子は、すぐに順子の隣りに座った。
京子の目は、ワインを飲んだ後のように、少し、ポーと、酩酊しているような感じだった。「京子。どう。昨日は眠れた?」
「ええ。あなたに電話して、少し、高ぶった気持ちが、落ち着いて、ほっとしたわ。でも、午前3時頃までは、眠れなかったわ」
「そう」
「私。今度の日曜日。先生に会ったら、手が震えてしまいそうで、怖いわ」
京子は、神経質なので、順子は、いきなり、今までのことを、全部、正直に話したら、気が動転してしまう、のではないか、と心配した。
そのため、どうしても、順子は、言い出せなかった。
京子に無断で、京子の名前を使って、哲也と、メールの遣り取りをしていた、なんて言ったら、京子との友情も、壊れてしまいそうな気がした。
順子は、どうするのが、一番、いい方法だろうかと、思案を巡らした。

「7」

約束の土曜日になった。
前日の、金曜の夜、順子は、ドキドキ緊張して、なかなか寝つけなかった。
順子は、目いっぱい化粧して、11時30分に家を出で、盛岡駅、行きのバスに乗った。
盛岡駅には、11時50分に着いた。
しばしすると、下りの東北新幹線が、やって来るのが、見えた。
東北新幹線は、盛岡駅で、前の、秋田行きの、秋田新幹線こまち号と、新青森行きの、はやぶさ号に、分断された。そして、秋田新幹線は、西の秋田に向かって発車し、はやぶさ号は、新青森に向かって発車した。
順子の緊張は、極度に達した。
順子は、改札が見える、駅ビルの、中の、スターバックに入って、マスクをつけて、改札の方をじっと、固唾を呑んで見つめた。
順子のスマートフォンがピピピッと鳴った。
哲也からのメールだった。
それには、こう書かれてあった。
「京子さん。今、盛岡駅に着きました。山野哲也」
順子は、それには、返事のメールを出さなかった。
改札を出てくる哲也の姿が見えた。
哲也は、改札を出ると、京子を、探すため、キョロキョロあたりを見回した。
しかし、京子の姿が見えないので、駅を出て、駅前の、大きなロータリーに出た。
哲也は、京子は、駅前のロータリーにいるんだろうと、思っているのだろう。
あたりを、さかんに、キョロキョロ見渡した。
哲也は、スマートフォンを取り出して、メールを打つ様子はなかった。
京子が、少し遅れているのか、あるいは、すぐに、来るのを、確信しているようで、待つつもりの様に見えた。
順子は、胸がドキドキ破裂しそうなほど、緊張しながら、哲也に気づかれないよう、背後から、哲也に近づいた。
「あ、あの。先生・・・」
順子は、哲也の背後から、トントンと、肩を叩いた。
哲也は、すぐに、振り返った。
「あっ。順子さん」
哲也は、吃驚した様子で、言った。
「先生。京子を、待っているんでしょう」
順子が言った。
「・・・・」
哲也は、返答に窮している。
どういうことなのか、わからない、といった、疑問の顔で、順子を、見つめている。
「あの・・・。京子は来ません。私が、代わりに来ました」
そう順子は、言った。
哲也は、ますます、首を傾げた。
「タクシーで、一緒に、アパートに来て頂けないでしょうか。詳しいことは、アパートに着いてから、お話しします」
順子は、そう言って、駅前に、並んでいるタクシーの先頭のタクシーに、哲也と、乗り込んだ。
「順子さん。先生なんて、堅苦しい呼び方でなくて、いいですよ。哲也さん、で、いいですよ」
と哲也は、言った。
「ここへお願いします」
順子は、住所の書いてあるメモを、タクシーの運転手に渡した。
タクシーは、勢いよく、走り出した。
哲也は、車の中で、順子に話しかけなかった。
きっと、今、哲也の頭の中は、混乱しているだろうと、順子は、思った。
タクシーは、大通りを通って、北上川を渡って、から、右折して、路地に入って行った。
しばし、数回、左折、右折、した後、あるアパートの前で、タクシーは止まった。
哲也が、料金を払おうと、財布を取り出したのを順子が制止した。
「私が払います」
と言って、順子が財布を取り出して、料金を支払った。
二人は、タクシーを降りた。
「アパートは、ここです」
と順子が哲也に言った。
表札には、「筒井順子」と書かれている。
哲也は、それを、疑問に満ちた目で、見たが、順子が、
「どうぞ。お入り下さい」
と言うので、順子の後について、アパートに入った。
順子は、哲也を六畳の畳の部屋に案内した。
そして、座布団を差し出して、
「どうぞ。お座り下さい」
と言った。
哲也は、順子に、言われるまま、座布団に座った。
順子も、哲也の前に座った。
順子は、いきなり、
「申し訳ありません」
と言って、哲也に、向かって、両手をついて、深々と頭を下げた。
「どうしたんですか?」
哲也は、順子の謝罪の意味を聞いた。
順子は、顔を上げた。
そして、話し始めた。
「哲也さんは、今日、京子に会いに来られたんですよね」
順子が言った。
哲也は、疑問に満ちた目で、順子を見たが、すぐに、
「ええ。そうです」
と答えた。
「ははあ。京子さんが、今日、僕が京子さんと、会う、ということを、あなたに知らせたんですね」
哲也が言った。
当然の推測である。
「いいえ。違います」
順子は、首を振った。
「先生は、この一週間、京子と、メールの遣り取りをしていまたしたね」
「ええ。そうです。よく知っていますね。やはり、京子さんが、あなたに知らせたんですね。それで、京子さんは、メールの内容まで、あなたに、言いましたか?」
「いえ。違うんです?」
「何が、どう違うんですか?」
「実は、京子と、名乗って、私が、先生と、メールの遣り取りをしていたんです」
「ええっ。そうなんですか」
哲也は、吃驚して、目を皿にして、目の前の、順子を見た。
「これが、私のスマートフォンです」
そう言って、順子は、スマートフォンを哲也に渡した。
哲也は、スマートフォンを、受けとると、メールを確認し出した。
「ああっ。本当だ。京子さんと、遣り取りした、メールが、全部、入ってる」
哲也は、驚いて、目を丸くした。
「じゃあ、僕は、京子さんと、ではなく、あなたと、メールの遣り取りをしていたんですね。あはは。恥ずかしいな。でも、どうして、あなたは、京子さんの、名前を使ったんですか?」
「それは・・・。先生は、京子さんを好いているのは、間違いないけれど、私のことは、どう思っているのか、分からなくて・・・。もし、私に、関心をもっていないのだったら、恥ずかしくて、つい、京子の名前を使ってしまったんです。一度で、やめようかとも、京子に、このことを正直に知らせようかとも思ったんですけれど、つい、先生との会話が弾んでしまって、京子を装い続けてしまったんです。本当に、ごめんなさい」
と言って、順子は、深々と、頭を下げた。
「じゃあ、京子さんには、このことは、知らせていないんですね?」
「ええ。全く、知らせていません。京子が知ったら、吃驚するでしょうね」
「なるほど。京子さんが、受け付けで、寝ている姿を、スマートフォンで写真に撮ったのを、あなたに、見られてしまっていたんですね。それが、運が悪かった。もし、あなたが、寝ている所を、僕が見つけたら・・・そして、それを、京子さんに、見られていたら、問題はなかったんですね。僕は、あなたが寝ているのを、見つけたとしたら、やはり、あなたを写真に撮ったでしょう。運が悪かったんですね」
「そう言って頂けると、嬉しいです」
「僕も、あなた方に対して、シャイだったのが、シャイ過ぎたのが、悪かったと、思っています」
「あ、あの。先生。メールの相手が、京子でなく、私だと知って、絶望したでしょうか?」
哲也は、強く否定の、手を順子の前で振った。
「いえ。メールに、書いたことは、全て僕の本心です。僕は、京子さんが好きですけれど、あなたも大好きです」
「ありがとうごさいます。そう聞くと、私も嬉しいです」
「では、速達で、送ってくれた京子さんの、下着も、あなたの下着なのでしょうか?」
「いえ。違います。間違いなく、京子のパンティーです。学校で、京子のアパートの鍵を借りて、すぐに京子のアパートに行って、洗濯カゴの中にある、京子の下着をとってきましたから、間違いなく、京子の下着、と言ったピンクのパンティーは、京子の物です」
「そうですか。僕は、京子さんの下着も、あなたの下着も、大いに、匂いを嗅いで、酩酊していました」
「そう、言われると、恥ずかしいような、嬉しいような・・・」
順子は、赤面して困った顔をした。
「僕だって、こんなことを、告白するのは、非常に恥ずかしいです」
「あ、あの。先生。それと、もう一つ、言っておかなくては、ならない事があるんです」
「はい。何でしょうか?」
「実は、私。以前。先生が、昼休みに、すや家に昼食を食べに行った時、先生のパソコンを、こっそり見てしまったんです」
「そうですか。ははは。恥ずかしいな。それで、何と、何を見たんでしょうか?」
「あ、あの。デスクトップにあった、SMの画像、とか、ビキニ姿の女の画像とか、女子アナの画像とか。それと、先生のホームページも、知ってしまいました」
「そうですか。ははは。恥ずかしいな。でも、僕も、京子さんの寝顔を、京子さんに無断で、撮ってしまいましたから、僕も人を非難することは、出来ませんね」
そう言って、哲也は、苦笑いした。
「先生のホームページの小説、読ませて頂きました」
「どうでしたか?」
「とても、エッチな気持ちになってしまいます。京子にも、先生のホームページを教えました」
「彼女の感想は、どうでしたか?」
「京子も、すごく、興奮してしまって、眠れないって、私に電話してきました」
「そうですか。僕は、エロティックの表現を追求していますから、そう言って頂けると、嬉しいです」
「それと、京子には、先生が、京子の寝顔を写真に撮っていたことを、話してしまいました。すみません」
「いえ。僕も、黙って、相手の断りもなく、京子さんの寝顔を撮ったのですから、僕の方が悪い。あなたが、謝る必要は、ありません」
「先生。京子の名前を使った罰として、私を、好きなように、虐めて下さい」
順子が言った。
「順子さん。メールで言った通り、僕も、京子さんや、あなた、を、いじめたい、と、思ったり、逆に、いじめられたい、と思ったりしています。では、少し、させて下さい」
「ええ。私も、メールで言った通り、先生を、いじめたり、いじめられたい、と思っています。それが、実現できるのは、嬉しい限りです」
「こういう会話をしているだけで、もう十分過ぎるほど、あなたと、エッチなことを、したのも同然です。ところで、順子さん。ピンク色の、制服は、持っていますか?」
「はい。先生が、制服姿の私達に興奮する、と言ったので、持ってきました」
「そうですか。それは嬉しい。では、順子さん。制服に着替えて貰えないでしょうか?」
「はい。わかりました。先生。それでは、ちょっと、着替えてきます」
そう言って、順子は、六畳の部屋を出た。
順子は、キッチンで、ピンク色の、制服に着替えた。
そして、哲也のいる、六畳の部屋にもどってきた。
「ああ。素晴らしい。憧れの、あなたの、制服姿を、こうして、まじまじと、見れるなんて。夢のようだ」
哲也は、制服に着替えた順子を、見るなり、感慨した口調で言った。
順子は、クスッと笑った。
「さあ。先生。思う存分、好きなように、なさって下さい」
「じゃあ、そうさせて、貰います」
そう言うや、哲也は、立ち上がって、順子の背後に、回った。
哲也は、順子の背後から、順子を、そっと、抱きしめた。
「あっ。先生。何をするんですか?」
順子は、雰囲気を出すために、ことさら、哲也を、挑発するような、ことを言った。
「すまない。前から、君をこうして、抱きしめたい、と思っていたんだ」
哲也も、雰囲気を出すために、そう言った。
その雰囲気とは、いうまでもなく、クリニックで、仕事中の、医師と、アルバイトの検査員という、場面である。
それは、双方ともに、了解している。
「せ、先生。患者さんが来ます」
順子は、雰囲気を出すために、そう言った。
もう二人は、完全に、クリニックにいる雰囲気になっていた。
「もう、我慢できないんだ」
そう言って、哲也は、ガッシリと、順子を背後から、抱きしめた。
「ああ。柔らかい。温かい。大きなヒップ。豊満な胸。引き締まったウェスト。最高のプロポーションだ」
哲也は、そう言って、順子の体を、制服の上から、弄った。
哲也は、順子の、尻を撫でたり、腹をさすったり、胸の隆起に手を当てたり、した。
哲也は、ハアハアと息が荒くなっていった。
順子も、体の各部分を弄ばれる度に、「ああっ」と、喘ぎ声を洩らした。
哲也は、自分の腰を、順子の尻に、服の上から、押しつけた。
硬いモノが、柔らかい順子の尻に、触れる感触が伝わってきた。
哲也は、もう、ビンビンに勃起していた。
順子が制服を着たままで、あくまで、制服の上から、順子を、触っているということに、哲也も、順子も、今が、仕事中であるという、錯覚が感覚的に、作られていた。
哲也は、「ふふふ」と、笑って、
「順子さん。あなたの制服の上から、見える、パンティーラインや、ブラジャーの背中のベルトに、僕は、物凄く興奮していました」
そう言って、哲也は、順子の制服の上から、順子の、パンティーラインや、ブラジャーの背中のベルトを触った。
哲也は、順子の、太腿に、手を差し込んだ。
「ああっ」
順子は、思わず、声を上げた。
しかし、順子は、防御反応から、太腿を、ピッチリと閉じ合せた。
それが、哲也の手を、ギュッと、太腿で挟み込むことになってしまった。
これは、順子としては、仕様がないことだった。
哲也は、もう一方の手で、順子のスカートの中に手を入れて、順子の、パンティーを触った。
「ああっ」
順子は、また、声を上げた。
哲也は、順子のパンティーのゴムを、つまんで、離して、ピチンと音を鳴らしたり、そっと、パンティーの中に、手を忍び込ませようとした。
その度に、順子は、
「ああっ。嫌っ」
と、声を上げた。
哲也は、順子が、「嫌っ」と言うと、パンティーの中に、入れかけた手を、パンティーから、抜いた。
これは、パンティーの中に、どんどん手を入れて、恥部を触られるより、触られるのか、触られないのか、わからない、不安と、もどかしさ、を順子に起こす哲也の意図だったが、そのもどかしさ、に、順子は、激しく興奮した。
順子は、腰をプルプル震わせた。
哲也は、そうとう、スケベだと、順子は、思った。
哲也は、今度は、順子の、パンティーの、恥肉を収めている、盛り上がった部分に手を当てた。
「ああー」
順子は、思わず、声を上げた。
「ふふふ。ふっくらしていて、とても気持ちいい感触ですね」
哲也は、そんなことを言った。
哲也は、順子の恥肉の盛り上がりの、感触を楽しむように、念入りに、つまんだり、揉んだりした。
「ああー」
順子は、興奮してきて、だんだん、恥肉が、大きくなり出した。
女の恥肉も、興奮によって、大きくなるのである。
「先生。お願い。許して」
順子は、つらそうな顔で、そう哲也に哀願した。
「ふふふ。わかりました」
哲也は、順子の予想に反して、案外、素直に、順子の哀願を聞き入れた。
哲也は、順子のパンティーから、手を離し、背後からの、抱きしめ、も、やめた。
「あ、ありがとうございます」
順子は、自分の哀願を、聞いてくれた、哲也は、優しい性格なんだな、と、改めて感じて、お礼を言った。
しかし、それも、束の間だった。
哲也は、順子の華奢な、両手を、つかむと、グイと、背後に回した。
そして、背中の真ん中で、両手首を重ね合わせ、麻縄で、順子の手首をカッチリと、縛りあげた。
「ああっ。先生。何をするんですか?」
順子が、少し、何をされるか、わからない不安から、聞いた。
「君を、一度、こうして、後ろ手に縛ってみたかったんだ」
哲也は、興奮した口調で、そう言った。
そして、哲也は、順子の前に、ドッカと腰を下ろして、胡坐をかいた。
順子は、両手を、後ろ手に縛られているので、どうしようもない。
拘束される、恐怖感を、体験するのは、初めてだったので、順子の、恐怖感は、大きかった。
両手を、背中で、縛られているので、何をされても、抵抗することが出来ないのである。
哲也は、おもむろに、順子のスカートを、たくし上げた。
「ああっ。やめて下さい」
順子は、太腿をピッチリ閉じ、体をプルプル震わせながら、訴えた。
しかし、哲也は、順子の訴えなど、どこ吹く風と、相手にしない。
「ふふふ。順子さんのパンティーが見えてきた」
哲也は、実況中継するアナウンサーのように、また、順子に、ことさら知らせて、恥ずかしがらせるため、のように、そんな事を言った。
哲也は、スカートを、どんどん、上げていった。
順子の、パンティーが、哲也の目の前で、その全部を晒した。
「ああっ。順子さん。すごく悩ましいです。モッコリと、盛り上がっていますよ」
哲也は、そう言って、順子のパンティーを、しげしげと、見つめた。
「ああっ。先生。恥ずかしいです」
そう言って、順子は、太腿をピッチリ閉じ合せ、腰を引こうとした。
しかし、後ろ手に縛られているため、順子は、隠すことも、逃げることも、出来ない。
「ふふふ。順子さん。親指を掌の中に入れて、残りの四本の指で、親指をギュッと、握り締めてごらんなさい。たとえ、親指だけでも、隠している、という感覚が起こってくれますよ」
哲也は、そう言って、順子の親指を、残りの四本の指で握らせた。
「どうですか?」
哲也が聞いてきたが、順子は、恥ずかしくて、答えられなかった。
しかし、哲也が言った通りだった。
順子は、恥ずかしさに、耐えるために、両方の手の、親指をギュッと、握り締めた。
哲也は、パンティーの上から、順子の大きな尻を触ったり、モッコリ、盛り上がった、部分を、念入りに触ったり、つまんだり、した。
そして、弾力のある、パンティーの縁のゴムを、つまんで、離し、ピチンと音をさせたりした。
「ああっ。先生。やめて下さい」
順子は、体をくねらせて、訴えたが、哲也は、やめない。
哲也は、「ふふふ」と、笑って、順子の太腿を触ったり、ラグビーのタックルのように、抱きしめたりした。
「ああー。柔らかくて、弾力があって、温かくて、最高の感触だ」
「僕は、あなたの制服の下に見える美脚に、ずっと、悩まされてきたんです」
哲也は、順子の、太腿を愛撫しながら、そんなことを言った。
哲也は、しばし、順子の、パンティーに包まれた、モッコリと、盛り上がった部分を見ていたが、そっと、顔を近づけて、鼻先をパンティーにつけた。
「ああっ。先生。やめて下さい」
順子は、体をくねらせて、訴えたが、哲也は、やめない。
さかんに、クンクンと、鼻を、sniffした。
「ああ。いい匂いだ。順子さんが送ってくれた、パンティーでは、こうまで、生の匂いは、感じられませんでしたが、こうやって、嗅ぐと、パンティー一枚、隔てて、順子さんの、ナマの素敵な体臭が、鼻腔に伝わってきます」
そう言って、哲也は、さかんに、クンクンと、鼻を、sniffした。
「ああっ。先生。やめて下さい。恥ずかしいです」
順子は、恥ずかしさの、あまり、腰を引こうとした。
しかし、哲也は、両手で、順子の太腿を、ガッシリつかんでいるので、腰を引くことは、出来なかった。
哲也は、鼻先を当てて、しばらく、sniffした後、顔を離し、順子の、パンティーを、しげしげと、見つめ、また、鼻先を順子の、パンティーに当てる、ということを、数回、繰り返した。
充分、パンティーの上から、順子の、恥部の匂いを嗅いだ後、哲也は、順子の、パンティーから、顔を離した。
「さあ。順子さん。疲れたでしょう。座って下さい」
哲也が言った。
言われて、順子は、そのまま、腰を降ろしていき、尻を畳の上につけた。
順子は、制服姿を、後ろ手に縛られ、足を行儀よく、そろえて横に流した、横座り、の姿勢になった。
「ふふふ。順子さん。とても、素敵な格好ですよ。捕らわれた美女という哀愁があって。一度、順子さんの、こういう姿を見てみたかったんです」
哲也は、嬉しそうな口調で、そんなことを、言った。
哲也は、しばし、沈黙した順子の姿を、じっと眺めていた。
順子も、哲也に、物のように、扱われ、しげしげと、見られることに、ほんのりとした、心地よい被虐の快感を感じていた。
このまま時間が、止まってくれればいいと、順子は、思った。
しかし時間は、止まってはくれない。
否応なしに、人間に行動することを、催促する。
心いい沈黙を哲也が破った。
「順子さん。あなたが、こうなってしまったのは、あなたが悪いんですよ。あなたが、京子と名乗って、メールを出したり、黙って、僕のパソコンを、見たりと、悪いことをするから、こうなってしまったんですよ。あなたは、今、その罰を受けているんです」
哲也が言った。
順子に、羞恥の気持ちが起こって、顔が、赤くなった。
「あっ。それは、今は、言わないで下さい。恥ずかしいです」
順子は、赤らんだ顔で言った。
順子は、何もかも忘れて、心地よい酩酊に浸りたかったのである。
哲也は、笑顔で、また、順子の背後に回った。
そして、順子に抱きついた。
「ふふふ。今度は、座ったままですから、ゆっくりと時間をかけて、楽しませて貰います」
哲也は、そう言って、順子の背後から、順子の体にピッタリくっつき、腹を撫でたり、胸や、大きな尻を触ったり、と、体のあらゆる部分を、心ゆくまで、楽しむように、触りまくった。
順子は、顔を、ポーと赤らめて、黙って、哲也の、されるがままに、身を任せた。
哲也は、順子の太腿に、指を乗せて、ゆっくりと、焦らしながら、指を順子の、足の付け根の方に、這わせていった。
「ああっ」
順子は、怖さに、声を出した。
しかし、スカートの中の太腿の付け根に、近づくと、ふっと、離した。
そんなことを、哲也は、何度もした。
順子は、哲也の気まぐれな、じらし、に、激しく興奮した。
「お願い。哲也さん。そんな、じらすようなこと、やめて下さい」
順子は、言った。
じらされることは、はっきりと恥部を触られる、より、精神的に、つらかった。
しばしして、哲也は、スカートの中に手を入れて、弾力のある、パンティーの縁のゴムを、つまんでは、離し、ピチンと音をさせたりした。
「ああっ。先生。やめて下さい」
順子は、体をくねらせて、訴えたが、哲也は、やめない。
そして、順子の、恥部の盛り上がり、に手を乗せて、パンティーの上から、膨らんだ恥肉を、撫でたり、つまんだりした。
順子の、パンティーは、じっとりと濡れていた。
「ふふふ。順子さん。感じているんですね」
哲也は、そんな、揶揄を言った。
それは事実なので、順子は、耳朶まで、真っ赤になった。
「パンティーが、濡れていては、気持ちが悪いでしょう」
哲也は、そう言って、部屋の衣装引き出しを開けて、白い、洗濯ずみの、順子のパンティーを、取り出して、順子の前に、置いた。
哲也は、順子の、パンティーの縁のゴムを、つかんで、順子が、はいているパンティーを、降ろし始めた。
「ああっ。何をするんですか?」
「濡れたパンティーでは、気持ち悪いでしょう。交換してあげます」
「い、いいです」
「大丈夫ですよ。スカートを、はいているから、恥ずかしい所は見えませんよ」
そう言って、哲也は、順子の、パンティーを、スルスルと、降ろしていって、両足の先から、抜きとった。
その白いパンティーには、順子の白濁した愛液が、ベットリとついていた。
哲也は、それを、順子の、顔の前に持っていった。
「順子さん。ベチャベチャですよ。すごく気持ちが良かったんですね」
哲也は、ことさら、言い聞かすように言った。
「ああっ。嫌っ。恥ずかしいです」
順子は、顔を真っ赤にして、激しく顔を振った。
「ふふ。これは、僕の宝物として、貰います」
そう言って、哲也は、パンティーを反転させて、内側の、愛液がベットリついている二重底の、あたりに、鼻先を当てて、クンクンと、鼻を鳴らした。
「ああ。いい匂いだ。順子さんの匂いだ」
哲也が、そう言うと、順子の顔は真っ赤になった。
「ああっ。嫌っ。恥ずかしいです。やめて下さい」
順子は、顔を真っ赤にして、激しく顔を振った。
「順子さん。パンティーを、はいてないと、落ち着かないでしょう」
そう言って、哲也は、抽斗から出した、替えのパンティーを手にとった。
「あっと。その前に・・・」
と言って、哲也は、風呂場に行った。
そして、すぐに、濡れタオルを持って来た。
「順子さん。アソコが濡れていて、気持ち悪いでしょう。拭いてあげます」
そう言って、哲也は、濡れタオルを、順子のスカートの中に、入れて、恥部を、念入りに、拭いた。
スカートの中なので、恥部は、見えないが、哲也に、恥部を拭かれることに、順子は、羞恥から、顔が真っ赤だった。
拭き終わると、哲也は、濡れタオルを、取り出した。
それにも、順子の、白濁した愛液がついていた。
順子の顔は真っ赤だった。
「それじゃあ、パンティーを、はかせて、あげます」
哲也は、そう言って、白いパンティーを、順子の、両足に、くぐらせて、スルスルと引き上げて行き、スカートの中で、ピッタリと、順子の、腰に、とりつけた。
「順子さん。濡れたパンティーを、交換して、気持ちよくなったでしょう」
哲也は、そんな揶揄を言った。
着せ替え人形のように、扱われることは、恥ずかしかったが、確かに、哲也の言ったことも事実だった。
「お願いです。そういうことは、言わないで下さい」
順子は、哲也に、パンティーまで、交換されて、恥ずかしくて、顔を赤くしていた。
「順子さん。色々と、弄んでしまって、ごめんなさい。今度は、あまり、過激なことは、しません。優しくします」
哲也は、そう言って、横座りしている順子の、足をつかんで、伸ばした。
そして、自分の口に持っていって、しげしげと眺めた。
「きれいな足指ですね」
そう言って、哲也は、順子の、右の、足指を開いて、チュッと、口に含んだ。
「あっ。先生。や、やめて下さい」
順子は、咄嗟に言った。
しかし、哲也はやめない。
「僕は、女の人の足指に、すごく興奮するんです。気にしないで下さい」
「私が気にします」
順子は、そう強く訴えたが、哲也は、順子の、足指を開いて、一本一本、丁寧に、足指の付け根まで、口に含んで、舐めていった。
「ああ。酸っぱくて、とても、素敵な味だ」
哲也は、感慨を込めて、そう言った。
順子は、顔を赤くして、黙っていた。
右足の足指を、親指から小指まで、全部、舐めると、哲也は、今度は、反対の左足の足指を、同じように、一本一本、開いて、丁寧に、舐めていった。
そして、順子の、足首を、つかんで、順子の足の裏で、哲也の、口や目などの、顔に押し当てた。
「ああ。気持ちいい。こうしていると、僕はすごく、落ち着くんです」
そう言って、哲也は、順子の足の裏の感触を心ゆくまで、味わった。
初めは、恥ずかしがっていた順子も、だんだん、哲也のすることに、任せるような気分になっていった。
時計を見ると、4時を過ぎていた。
哲也は、顔に当てていた順子の足を降ろした。
「順子さん。今日は、このくらいに、しておきましょう」
哲也は、ニコリと笑って言った。
「はい」
順子も、穏やかな表情で言った。
哲也は、順子の、後ろ手の縄を解いた。
「ごめんなさい。順子さん。長い間、後ろ手に縛ったりして。つらかったでしょう」
「いえ。そんなに」
順子は、否定したが、手首には、縄の跡が、クッキリと残っていた。
「順子さん。今日は、とても楽しかったです。ありがとうございます」
「私も、楽しかったです。ありがとうございました」
順子は、ニコリと笑って言った。
「順子さん。このパンティーは、貰ってもいいでしょうか?」
哲也は、順子から、抜きとった、白濁液のついているパンティーを、手にして順子に聞いた。
「え、ええ。ちょっと、恥ずかしいですけど・・・。構いません」
順子は、顔を赤らめて言った。
「では、頂戴します」
そう言って、哲也は、順子の、パンティーを、自分のカバンに入れた。
「順子さん」
「はい。何でしょうか?」
「言い出しにくかったんですけれど・・・こんな物をもって来たんです」
そう言って、哲也は、カバンから、ゴソゴソと、何かを取り出して順子の前に置いた。
それは、丈夫な、黒い皮のTバックのTフロントのようなベルトのようなもので、しかし丁度、食い込ませる縦の皮の真ん中に、天狗の鼻のような、男のマラの形をした物が、取り付けられていた。
一見して、順子は、それが、大人のオモチャであると、わかった。
そして、哲也は、小さなリモコンのような物を取り出した。
「順子さん。これは、大人のオモチャで、ワイヤレス・リモコン・バイブレーターです」
そう言って、哲也は、リモコンのスイッチを入れた。
すると、男のマラの形をした物が、ウネウネと気味悪く、生き物のように、動き出した。
順子は、それを見て、真っ赤になった。
「パンティーを貰った、代わりに、これを、あげます。よかったら、使ってみて下さい」
哲也は、ふふふ、と笑って、それを、順子に、渡した。
順子は、「ありがとうございます」とも、「いりません」とも、言えなかった。
黙って、受け取った。
「では、僕は、駅前のホテルに行きます」
そう言って、哲也は、立ち上がった。
「あ、あの。先生」
順子が呼び止めた。
「何ですか?」
「これ、京子の、スマートフォンの携帯番号です。それと、住所です」
そう言って、順子は、哲也に、メモを渡した。
「ありがとう」
そう言って、哲也は、メモを受けとった。
ホテルは、4時にチェック・インだった。
なので、もう、チェック・イン出来る。
哲也は、タクシーを呼んで、ホテルに向かった。

「8」

盛岡駅前は、何にもない。
すき屋が、一軒あるだけである。
24時間、営業のファミリーレストランも、漫画喫茶もない。
24時間、営業しているのは、二店舗のコンビニと、すき屋だけである。
マクドナルドも、一軒、あるのだが、それは、駅続きのショピングビルの中にあって、駅前のショッピングビルは、夜の10時に、シャッターを閉めてしまうので、マクドナルドも、10時に閉店である。
そのかわり、やたら、ホテルが多い。
それは、駅の西側に、大きな、公民館があって、催しごとが、あると、どっと人が集まるので、そのために、ホテルが多いのである。
哲也は、クリニックの院長になった時は、週二日、土曜と、日曜の、二日間、診療していた。
土曜の、診療が終わると、駅前の東西インホテルに泊まった。
そこが、クリニックに一番、近いからである。
もう一つ、ホテル・ロート・イン、という、東北地方の、ホテルチェーンのホテルもあった。
ホテルの宿泊料は、コンタクト会社が出してくれるので、より、設備のいい、ホテルに泊まった方が得なのは、当然である。
東西インホテルと、ホテル・ロート・インでは、明らかに、ロート・インの方が良かった。
宿泊料金も、東西インホテルは、4980円だが、ホテル・ロート・インは、6600円である。そのため、ホテル・ロート・インには、最上階に、大浴場があって、朝食もゴージャスだった。一方、東西インホテルは、大浴場など、なく、客室についているユニットバスで、朝食も、ロート・インに比べると、質もメニューも、はるかに落ちた。
共に、「朝食、無料バイキング」などと、書かれているが、当然、これは、宿泊料の中に含まれているのは、明らかである。
哲也は、その時の気分によって、両方のホテルに泊まっていたが、安い、東西インホテルに、泊まることも、多かった。
なぜかというと、哲也は、いつも、小説を書くことを考えているので、盛岡に診療に行く時も、当然、ノートパソコンを持っていった。
しかし、彼は、肩や背中が凝りやすく、机と椅子の関係に、神経質だった。
少し、パソコンの位置が高くなると、パソコンが、打ちづらいのである。
ホテル・ロート・インの机は高く、パソコンが、打ちづらく、一方、東西インホテルの机は、低いので、パソコンが打ちやすいのである。
なので、哲也は、駅前の、東西インホテルに、泊まることの方が多かった。
東西インホテルの、受け付けの、ホテルレディーも、彼は好きだった。
しかし、冬は寒く、寒いと、創作できないので、ホテル・ロート・インに泊まった。
一年ほどして、新幹線の振動と、盛岡の寒さのため、体調が悪くなり、彼は、日曜だけ、診療して、土曜は、代診のDrに、やってもらうことにした。
今日は、どちらのホテルに泊まろうか、と迷ったが、哲也は、東西インホテルに泊まることにした。
まだ、あの、きれいなホテルレディーは、いるだろうか、と胸をドキドキさせながら、哲也は、ホテル東西インに入ったが、あのホテルレディーは、いなかった。
哲也は、ホテルにチェック・インした。
哲也は、コンビニで、弁当を買ってきて、ベッドに寝ころんだ。
テレビをつけると、野球中継をしていた。
それを、見ながら哲也は、弁当を食べた。
野球中継が、ちょうど、終わった頃である。
順子からのメールの着信音がピピピッと鳴った。
哲也はメールを明けた。
それには、こう書かれてあった。
「先生。先生が、置いていった、リモコン・バイブレーター。どんな物か、つい気になってしまって、つけて、使ってみてしまいました。とても、興奮して、エッチな気持になります。Tバックを履いたような、股間に食い込む感触も・・・。今も、着けています。そして、時々、スイッチを入れてしまいます。ああっ。何だか、先生に、犯されているような、感じがしてしまいます。リモコン・バイブレーターをつけた写真を添付します。順子」
メールには、写真が添付されていた。
それは、リモコン・バイブレーターが、取り付けられている下半身の写真で、股間の前と、尻の方から、写された、写真だった。
順子が自分で、撮ったものであることは間違いない。
装着用の皮のTバックが、尻の割れ目に食い込み、前はTフロントで、ギリギリ、女の恥ずかしい所が、隠されていた。
わざわざ、写真まで撮って、送ってくるとは、順子は、そうとう、興奮しているのだと、哲也は思った。
もっとも、これは、哲也が、最初から、予想した通りだった。
女に、ああいう物を、渡しておけば、つい、興味本位から、まず、ほとんどの女が、つけてしまうだろう。と。
哲也は、順子への返信メールを書いた。
「添付して下さった、リモコン・バイブレーターの写真、とてもセクシーですよ。お尻の割れ目に、食い込んでいて、前は、ギリギリ見えなくて。自分で、着けて、スイッチを入れて、興奮しているなんて、順子さんは、そうとう、淫乱なんですね。山野哲也」
哲也は、そう書いて、順子にメールを送信した。
その日は、その後、順子からは、メールは来なかった。
哲也は、アラームと、モーニングコールをセットして寝た。

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医者と二人の女 (小説)(2)

2020-07-19 13:50:40 | 小説
「9」

翌日、モーニングコールの音で、哲也は目覚めさせられた。
メールをチェックしたが、順子からのメールは、来ていなかった。
7時からの、ホテルの朝食を食べて、また、部屋にもどって、一眠りして、チェック・アウトの10時の、30分前に、ホテルを出た。
駅前ショッピングセンターの中にある、哲也のクリニックは、ホテルから、歩いて、5分で、行けた。
哲也が、クリニックに着くと、もう順子が来ていた。
いつものピンク色の、制服を着ていた。
「おはようございます。先生」
「おはよう。順子さん」
二人は、月並みな、挨拶を交わした。
「あ、あの。先生・・・」
順子は、言いにくそうな様子で、哲也に、声をかけた。
「何ですか?」
「あ、あの。私。昨日、先生から、貰った、バイブレーターを、着けてきました」
順子は、顔を真っ赤にして言った。
哲也は、ふふふ、と、笑った。
「どうして、わざわざ、バイブレーターを着けてきたのですか?」
哲也は、意地悪な質問をした。
「そ、それは・・・」
順子は、そこまで言って、それ以上は、喋れなかった。
「バイブレーターの上に、パンティーは、履いているのですか?」
「い、いえ。履いていません」
順子は、顔を赤くして言った。
哲也は、順子の、制服の中で、Tバックの、リモコン・バイブレーターが、順子の股間に、厳しく、食い込んでいるのを、想像して、興奮した。
昨夜、順子が、リモコン・バイブレーターを装着した、写真を見ているだけに、それは、もはや、想像ではなく、ありありと、目に見えているのも、同然だった。
「せ、先生。これ。お渡しします。好きなようになさって下さい」
そう言って、順子は、リモコン・バイブレーターのスイッチを哲也に差し出した。
哲也は、順子の意を解して、ふふふ、と笑った。
哲也は、リモコン・バイブレーターのスイッチを、受けとった。
そして、早速、スイッチを入れてみた。
「ああっ」
順子は、体をくねらせて、眉を寄せ、苦しげな表情で、体をモジモジさせた。
尻がプルプル震えている。
哲也は、リモコンを回して、バイブレーターの、振動の量を増やした。
「ああー」
順子は、一層、激しく、悶えて、体をくねらせた。
少しして、哲也は、バイブレーターのリモコンのスイッチを切った。
順子の、体のモジつきが、止まった。
順子は、ハアハアと、息を荒くしている。
すかさず、哲也は、また、リモコンのスイッチを入れた。
「ああー」
また、順子は、体をくねらせ始めた。
そんなことを、数回、繰り返した、後、哲也は、リモコンのスイッチを切った。
「どうですか。順子さん?」
「か、感じちゃいます。自分で、やっても、いつでも、自分で、止められる、という安心感が、ありますが、他の人に、やられると、いつ、スイッチが入るのかわからない、恐怖感と、いつ、スイッチを切って貰えるのか、わからない、恐怖感があります。まるで、先生に犯されているような感じです」
「ふふふ。元々、これは、そういう風にして、遊ぶためのオモチャなんですよ」

その時、京子が、「おはよー」と元気よく言って、クリニックに入ってきた。
順子も、「おはよう」と返事を返した。
京子は、順子より少し離れていた哲也を、見つけると、
「おはようございます」
と丁寧に挨拶した。哲也も、
「おはようございます」
と、挨拶を返した。
そして、そそくさと診療室(院長室)に入っていった。
京子は、哲也と、顔を合わせた時、思わず、顔が赤くなった。
無理もない。
今週。順子から、哲也が、自分の寝顔をスマートフォンで写真に撮っていた事、哲也のホームページで、哲也のエロティックな小説を読んで、興奮してしまったこと、から、哲也は、京子にとって、以前の哲也では、なくなっていた。
自分に好意をもって見ている、そして、エッチなことを考えている、哲也なのだ。
おそらく自分に対しても、エッチなことを考えているだろうと、京子は、確信していた。

それは哲也にとっても、同じだった。
今週、哲也は、京子と何度も、メールの遣り取りを哲也はした。京子から好意を告げられた。それは、実は、順子だったと、昨日、知ったが、メールをしている時には、てっきり京子だと思っていて、その時の興奮は、この上なく、激しかった。それに、順子から、京子のパンティーを送ってもらって、それを貪り嗅いだ。京子の寝顔もスマートフォンで写真に撮ったことも、京子に知られてしまっている。それに、京子が哲也のホームページの小説を読んで、興奮した、とも順子から聞いた。
哲也にとっても、京子は、それまでの京子ではなかった。

10時になって診療が始まった。
京子と順子の、二人は、受け付けに並んで座って患者が来るのを待った。
クリニックは、患者の多い日と、少ない日のバラつきが、あって、その日は、患者は少なかった。
しかし、一時間ほどして、チラホラ患者がやって来た。
診療の手順は、まず、患者に、カルテに記載してもらって、何か目の症状はないかを、聞き、使っているコンタクトレンズの度数を聞き、どのメーカーの、どのコンタクトを欲しいかを聞き、視力検査図で、大体、1・0くらいになる、度数のレンズを決定する。
1・2や、1・5まで見えるようにしてしまうと、過矯正となって、よく見えても、疲れて眼性疲労になってしまいやすいので、少し、ゆとりをもたせて、コンタクトレンズを、つけた時の視力が1・0くらいに、なるようなレンズを処方する。
医師のやることは、最初に、スリットランプで、角膜に傷がないかを調べ、結膜に、結膜炎がないかを、調べる。ことと、コンタクトレンズを決定した後、コンタクトレンズが、ちゃんと角膜にフィットして動いているかを、調べることの、二つである。
症状を訴える患者は、染色してスリットランプで検査して、角膜に傷があったり、結膜炎があったら、目薬を処方する。ことである。しかし、症状を訴える患者は少ない。
まず、トントンと、検査員が院長室の戸を外から叩くので、医師は、「はい。どうぞ」と、言って、戸を開ける。検査員が、「お願いします」と言ってカルテを医師に渡す。医師は、角膜と結膜を調べ、診察が終わったら、戸を開けて、検査員に、カルテを渡す。
そして、検査員が、患者の要求を聞いて、患者の欲しいメーカーのレンズを聞き、テストレンズで、丁度いい度数のレンズを決める。
最後に、また、検査員が、トントンと戸を叩き、「フィッティングをお願いします」と言ってカルテを医師に渡し、医師がフィッテングをチェックして、検査員に渡す。
その日。「お願いします」と哲也にカルテを、渡す時と、「ありがとうございます」と言って哲也から、カルテを受けとる時の、京子の態度は、今までと違っていた。
京子の顔は、赤くなっていた。そして、カルテを受け渡しする手は少し震えていた。
アルバイトの検査員の京子と順子は、二人で、検査も会計もやる。
患者(というか客)が来ると、検査員は、忙しくなるのだが、院長は、検査員ほどには、忙しくはならない。
哲也は、院長室の戸を、少し開けて、その隙間から、順子が、検査しているを見た。
そして、ニヤリと笑って、バイブレーターのスイッチを、入れてみた。
途端に、順子は、「ああっ」と言って、苦しそうに、体をプルプル震わせた。
振動の量を上げると、順子は、一層、激しく、体を震わせた。
順子が、そっと、診察室の方を見た。
院長室の戸の隙間から、哲也がニヤリと悪戯っぽい笑顔で順子を見ていた。のを見ると、順子の顔は、サッと真っ赤になった。
順子は、ハアハアと、つらそうに、体を震わせながら、患者にコンタクトの説明や検査をした。哲也は、あまり、順子が、つらそうになると、スイッチを切った。
そんな悪戯を、哲也は何度もした。
客は、不可解な目で順子を見た。
京子も、順子を不可解な目で見た。
やっと、客がいなくなって、二人は、受け付けに、並んで座った。
「順子。どうしたの。体の具合が悪いの?」
京子が、聞いた。
「ううん。悪くないわ」
順子が答えた。
「でも、あなたの態度、絶対、おかしいわ。体の具合が悪いのなら、休んだら?」
京子が、提案した。
「いいの。大丈夫よ」
順子が、手を振って、念を押すので、京子は、理由が、わからないまま、無理に聞くのはやめた。
そんなことで、午前中の診療が終わった。
トントンと診察室が叩かれたので、哲也は、戸を開いた。
順子が立っていた。
「ふふふ。順子さん。どうでしたか。気分は?」
「つらかったです。でも、先生に、いじめられると、変な感じの気持ちよさが、あります。すごく興奮してしまいました」
「そうされたい、ために、順子さんは、バイブレーターを着けて来たんですよね?」
「え、ええ」
順子は、真っ赤になって言った。
「でも、午後は、もう、あんまり、いじめないで下さい。お願いです」
「ええ。わかりました」
「バイブレーターを着けているだけでも、皮のベルトが、尻の割れ目に、食い込んできて、頭がポーとしてしまうんです」
順子は、顔を真っ赤にして言った。
「順子さん」
「はい」
「渡そうか、どうしようか、迷っていたんですが、渡すことに、決めました。これをあげます」
そう言って、哲也は、順子に、袋を差し出した。
「何でしょうか?」
「開けてごらんなさい」
言われて順子は、袋を開いた。
「あっ」
と順子は、驚きの声を上げた。
袋の中には、順子が、貰ったバイブレーターと、同じリモコン・バイブレーターが入っていたからだ。
「これは、構造は、あなのと、ほとんど同じですが、メーカーが異なりますので、こっちのスイッチを入れても、こっちのバイブレーターが動くだけで、あなたの、着けているバイブレーターは、反応しません」
哲也は、それを証明するように、取り出した、水色のスイッチを入れた。
袋から、取り出した、バイブレーターが、ウネウネと動き出した。
しかし、順子が、つけているバイブレーターは、確かに、動かなかった。
「二つ、くださるのに、どういう意味があるんですか?」
順子は、首を傾げて聞いた。
「順子さん。あなたは、わざわざ、着けて来るほど、バイブレーターを気に入ってくれました。だから、たとえば、好きな友達にもプレゼントするとか・・・」
哲也は、そこで、言葉を止めた。
「あっ。わかりました。ありがとうございます」
順子は、礼を言って、もう一つのバイブレーターを受けとった。
「先生。ちょっと、待っていて下さい」
そう言って、順子は、院長室を出て、受け付けに、行き、何かを持って、戻ってきた。
「はい。先生。これ。京子の大切な万年筆です」
そう言って、順子は、青い万年筆を哲也に差し出した。
「どうして、これを僕に?」
「先生。京子とも、メールの遣り取り、したいでしょう?」
「そ、それは・・・したいです」
哲也は、照れくさそうに言った。
「これを、ちょっと、保管しておいて下さい。出来れば、今日、持って帰ってくれませんか?」
「どうして、そんなことを、僕が、するんですか?」
「まあ。任しておいて下さい。京子に、先生にメールを送るよう、私が、差し向けますから。そのために、先生が、その京子の万年筆を持っておくことが、必要なんです」
「よくわからないけど、順子さんが、そういうなら、そうします」
順子に何か考えがあるんだろうと思って、哲也は、わからないまま、万年筆を受けとった。
順子は、「ありがとうございます」と言って、診察室を出ていった。
一時間の昼休みの後、午後の診療が始まった。
午後は、患者(というか客)は、あまり、来なかった。
京子と順子は、受け付けで、二人ならんで、客が来るのを待っていた。
「順子。午前中は、どうしたの。体の具合が悪かったの?」
午前中、ハアハア言っていた順子が、ケロリとしているので、京子が聞いた。
「いえ。大丈夫よ。もう、治ったから」
順子は、ニッコリ笑って答えた。
順子が、全く、何ともなくなったのを、京子は、不思議なものを見るような目で見た。
「治った、と言う所を見ると、やはり、何かあったのね。何だったの?」
「それは秘密。後日。教えてあげるわ」
順子が言った。
「何で、後日なの。何で、今じゃ言えないの?」
「まあ、いいじゃない。ともかく治ったんだから」
順子が、どうしても、言おうとしないので、京子も無理に聞くのをやめた。
しばらくすると、数人、患者がやって来た。
二人は、手分けして、検査の仕事を始めた。
京子は、順子が、また、具合が悪くなりはしないかと気にかけて、順子の様子を、観察した。
しかし、順子は、午後は、何の不調の様子もなく、通常通り仕事をした。
京子は、わけがわからず、訝しそうな目で、順子を見た。
最後の患者になった時、京子が、哲也に、カルテを渡す時、哲也は、ニコッと、今までに、見せたことのない、笑顔で、京子に会釈した。
京子は、嬉しいという感情、以上に、なぜ、哲也が、会釈したのか、わからず、驚いた。
ようやく、午後5時半になって、診療が終わった。
哲也は、白衣を脱いで、受け付けに、二人、並んで座っている、京子と順子に、
「さようなら」
と言って、クリニックを出ていった。
この時も、哲也は、京子に、心のこもった、やさしい視線を投げた。
「おつかれさまでした」
と、二人は、お辞儀した。
「はあ。やっと、終わったわね」
順子が言った。
「ねえ。順子。今日。先生。今までに見せたことのない、優しい笑顔で私に接してくれたわ。驚いちゃった」
「そう。良かったじゃない。先生は、京子の寝顔を写真に撮るほど、好いているんだから」
「でも、何で、態度を変えたのかしら?」
「さあ。何か、いいこと、あったんじゃないかしら?先生。いつも、無口、だけど、たまにハイになる事もあるわよ。あなたは、知らないでしょうけれど、私にも、前に、優しい口調で話してくれたことも、あったわ。きっと、その時、何かいいことがあったんじゃないかしら」
「そうだったの。知らなかったわ?」
「じゃあ、私達も帰りましょう」
そう言って、二人は、帰り支度をした。
「あら。万年筆がないわ」
ペンケースを開いた京子が言った。
「落としたんじゃないの。探してみたら」
京子は、床や机や引き出し、などを、一心に探した。だが見つからない。
「たいへん。あの万年筆。お父さんが、ヨーロッパに行った時、おみやげに買ってきてくれた記念の舶来の万年筆なの。順子。あなたにも、言わなかったかしら?」
「さあ。記憶にないわ」
京子は、また一心に探した。だが見つからない。
「あっ。そう言えば、昼休みに、先生が、万年筆、拾ったけれど、君の?と私に、聞いてきたわ。私のじゃありません、って言ったら。先生は、きっと、お客さんが、置き忘れていった物だろう、って、言って、預かっておく、と言っていたわよ」
「どんな万年筆だった?」
「青色の万年筆だわ」
「間違いないわ。きっと、それだわ。どこに保管しておくって言ってた?」
「それは、聞いてないわ」
「そう。残念」
「じゃあ、京子。そんなに、大切な物なら、先生にメールして、確かめてみたら?」
「でも、それは、次回、聞けば、いいことだわ」
「でも、京子にとって、大切な物なら、一刻も早く、確かめたいでしょ?」
「それは、そうだけど・・・。でも・・・」
「ても・・・何なの?」
「どうして先生は、順子には、聞いて、私には、聞いてくれなかったのかしら?」
「きっと、あなたに、話しかけるのが、照れくさかったんじゃないの。あるいは、あなたの方から、先生に、聞くことを、心待ちにしているんじゃないの?」
「そうかしら?」
「そうに違いないわよ。だって、先生は、あなたの寝顔を写真に撮るほど、あなたが好きなのよ。充分に、考えられることだと思うわ」
そう言われて、京子は、黙ってしまった。
「京子。勇気を出して、先生に、メールを出して、聞いてみたら?」
「でも、それは、来週、来た時、聞けばすむことだから・・・」
「あなたが、先生にメールを、送ったら、先生。きっと、喜ぶわよ」
順子は、京子に、哲也に、メールを出すことを、さかんに促して勧めたが、京子は、決めかねている様子だった。
「京子。あなた。先生のメールアドレス、スマートフォンに登録してある?」
「え、ええ・・」
京子は、顔を赤らめて答えた。

「10」

順子と別れて、アパートに帰った京子は、その夜、勇気を出して、哲也にメールを出してみた。
それには、こう書いた。
「先生。突然、メールを送る失礼を、お許し下さい。今日、私の大切な万年筆が、なくなってしまいました。クリニック中を探したんですけど見つからないんです。先生に、お心当たりは、ないでしょうか?佐藤京子」
京子たち、アルバイトが、哲也の携帯番号や、メールアドレスを知っているのは、別に、おかしくない。
哲也は、クリニックの院長なので、責任者として、大切な連絡などのために、受け付けに、連絡先や住所が書かれている、のは、むしろ、当然しておかなくては、ならないことである。
京子は、ドキドキして、返事を待った。
すぐに、哲也から返事が来た。
「今日、青い万年筆を拾いました。お客さんのだろうと、思って、とってあります。クリニックに、置いておいて、紛失しないように、家に持って帰りました。万年筆の写真を添付しますので、あなた様のか、確認なさって下さい。山野哲也」
メールに添付されている写真の万年筆は、まさに京子の物だった。
哲也が、家に、持って帰るのも、さほど、おかしくはない。クリニックは、土日が診療で、土曜は、代診の医師にやってもらっている。
クリニックの鍵は、店長が持っている。
なくならないよう、家に持って帰るのも、おかしくはない。
京子は、嬉しくなって、また、メールを出した。
「それです。大切な、記念の私の、万年筆です。よかったです。写真を添付して下さって、ありがとうございます。佐藤京子」
京子は、二重に嬉しかった。
一つは。万年筆が見つかったこと。もう一つは、メールで、哲也と、遣り取り出来たこと。である。
順子には、「君のかい?」と聞くのに、自分には、聞かなかったのは、順子の言う通り、哲也は、京子に、言い出しにくい、のだとも、確信できた。
なんせ、哲也は、自分の、寝顔を写真に撮るほどなのである。
哲也から、またメールが来た。
メールには、こう書かれてあった。
「それは、よかったですね。次回、持っていきます。お休みなさい。山野哲也」
手紙であるから、事務的、形式的、とはいえ、「お休みなさい」と、書かれたことは、嬉しかった。
京子も、すぐに、
「よろしくお願い致します。お休みなさい。佐藤京子」
と返信のメールを書いて送信した。

「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「2」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」

「11」

翌日(月曜日)になった。
大学の教室には、順子が先に来ていた。
「おはよう」
順子が挨拶した。
「おはよう」
京子も、挨拶を返した。
「ねえ。順子。昨日、勇気を出して、先生に、メールを出しちゃった」
京子は、微笑して、言った。
「そう。それで、先生から、返事のメールは来た?」
順子が聞いた。
「来たわ。これが、先生との、メールの遣り取りよ」
そう言って、京子は、スマートフォンを、順子に渡した。
順子は、どれどれ、と言って、京子の、スマートフォンのメールを見た。
順子は、メールを読んでから、
「よかったじゃない。万年筆が、見つかって。また、先生とメールの遣り取り、が出来て」
と言った。
「え、ええ」
京子は、嬉しそうに言った。
順子は、京子にスマートフォンを、返した。
「京子は、先生のこと、好き?」
順子が聞いた。
「ええ。もちろんよ」
京子は、堂々と答えた。
順子は、急いで、スマートフォンを、取り出し、
「先生。京子。先生とのメールの遣り取り、が出来たことを、すごく喜んでますよ。先生の方からも、京子に、好感を持っていることを書いた、メールを送ったら、京子、すごく喜びますよ。順子」
と書いて、送信した。
すぐに、着信音がピッと、鳴った。
哲也からの返信メールだった。
それには、こう書かれてあった。
「ありがとう。君のおかげだよ。山野哲也」
しばしして、京子のスマートフォンの着信音が、ピピピッと、鳴った。
哲也からだった。
それには、こう書かれてあった。
「京子さん。正直に告白します。僕は、あなたが好きです。あなたを初めて見た時から好きでした。山野哲也」
うわっ、と、京子は、大きな声を、思わず、出した。
「ねえ。順子。見て見て」
と言って、京子は、スマートフォンのメールを、順子に見せた。
「わあ。すごいじゃない。よかったわね。京子。先生が、勇気を出して、告白したんだから、あなたも、本心を言ったら?」
と順子は言った。
「そ、そうね」
と京子は、言って、カチャカチャと、スマートフォンのメールを、操作した。
「私も先生が好きです。日曜日に、クリニックで、先生と会うのが、いつも、楽しみでした。先生は、あまり話しかけて、くれないので、私のことを、どう思っているか、ということに、悩まされて、ドキドキしていました。京子」
京子は、そう書いてメールを送信した。
「ふふふ。私も、本心を、言っちゃったわ」
と言って、京子は、そのメールを、順子に見せた。
「よかったわね。これで、お互いに、想いを言い合えて」
と順子は、京子に言った。
京子は、「ええ」、と言って、嬉しそうな顔をしている。
「でも、どうして、先生。急に、こんな、大胆な告白をしてきたのかしら?」
京子は、首を傾げて、そう言った。
「そ、それは・・・」
順子は、咽喉もとまで、出かかった言葉を、出さずに、止めた。
しばしして、順子に哲也から、メールが来た。
それには、こう書かれてあった。
「ところで、順子さん。京子さんには、バイブレーターを渡しましたか?山野哲也」
順子は、すぐに、哲也にメールを書いた。
「先生。まだ、京子には、渡していません。ごめんなさい。順子」
順子は、そう書いて、哲也にメールを送信した。
しばしして、京子のメールの着信音がピピピッと鳴った。
哲也からだった。
それには、こう書かれてあった。
「京子さん。恥ずかしいですけど、正直に告白します。僕は、あなたを、見ると、複雑な耐えられない気持ちに、なります。僕は、あなたの制服姿に、ずっと、悩まされてきました。あなたの制服姿を見ると、頭がボーとなってくるのです。そして、エッチな妄想が起こってしまうんです。それは、あなたを、服の上から、後ろ手に縛って、あなたを正座させてみたいとか。そして、それとは、逆に、あなたの、足元に、膝まづいて、あたなに、いじめられたい、というSM的な妄想です。こんな、変なことを、言ってしまって、ごめんなさい。でも、もう、我慢が出来なくなってしまったので、告白します。不快な気分になられたら、ごめんなさい。あなたは、罪な人だ。山野哲也」
うわっ、と、京子は、また大きな声を、思わず、出した。
「ねえ。順子。見て見て」
と言って、京子は、スマートフォンのメールを、順子に見せた。
しかし順子は、何も言えなかった。
京子は、嬉しそうに、また、メールを書いた。
「先生。告白して下さってありがとう、ございます。では。私も、正直に告白します。私も、先生に、いじめられたい、と思ったり、いじめてみたい、と思ったり、していました。これは、本当です。先生は、私に対して、事務的なこと以外、話してくれないので、私のことを、どう思っているのか、ということに、悩まされてしまうんです。私も、正直な胸の内を告白したいけれども、でも、出来ない、煩悶に悩まされてきました。やっと告白できた、ことで、スッキリしました。佐藤京子」
そう書いて、京子は、メールを送信した。
「へへ。順子。こんなこと、書いて、先生にメール、送っちゃった」
と京子は、言って、そのメールを順子に見せた。
その日の学校では。京子は、ウキウキしていた。
一方、順子は、ほとんど、京子と口を聞かなかった。
午前中の授業が終わり、昼食の時間になった。
「ねえ。順子。元気ないわね。昨日も、何か、体の具合が、おかしかったけれど、今日もそうなの?」
「い、いえ」
順子は、首を振った。
「そうね。今日は、昨日のようには、つらそうじゃないわね。昨日。後日、教える、って、言ったけれど、今日は、その後日に当たらないの?後日って、大体、どのくらいの日にちなの?」
「・・・・」
順子は、答えられなかった。
もう、順子は、隠し事は、やめて、京子に、全て、言おうと思った。
「ねえ。京子。今日。授業がおわったら、あなたのアパートに行ってもいい?私のアパートでも、いいけど・・・」
順子は、そう言った。
「私のアパートでいいわよ。何か、わけがありそうね」
「・・・・」
順子は、その問いにも答えられなかった。
授業が終わった。
二人は、バスに乗って、京子のアパートへ行った。
二人は、六畳の畳の部屋に、座った。
すぐに、順子が話し出した。
「京子。私。あなたに、謝らなくてはならないことがあるの」
順子は、憔悴きみな顔で、重い口調で言った。
「なあに?」
京子は、キョトンとした顔で聞き返した。
「実はね。私。先週の日曜の夜から、あなたの名前を使って、先生と、メールの遣り取り、を、してしまったの。ごめんなさい」
そう言って、順子は、両手を京子の前について、頭を、畳につくまで、下げた。
「ええっ」
京子は、吃驚して、目を丸くした。
「それで、どんな、会話をしたの?」
京子が聞いた。
「はじめは、先生が京子を好きなのに、言い出せないのを、助ける、という軽い、気持ちだったの。また、先生は、京子を好いているのは、間違いないけれど、私のことは、どう思っているか、先生の本心を知りたくて・・・。それには、あなたの名前で聞いた方が、本心を聞き出せると思ったので・・・。でも、だんだん、話が弾んで、エスカレートしていって、先週の土曜日には、先生を、私のアパートにまで、来させてしまったの」
順子が聞いた。
「ちょっと、よく、わからないわ。どんなことがあったの?」
京子が聞き返した。
順子は、スマートフォンを、取り出した。
「私と先生とのメールの遣り取り、を、最初から、順番に読んでみて。そうすれば、わかるわ」
そう言って、順子は、スマートフォンを、京子に渡した。
京子は、しはし、一心に順子の、スマートフォンを、めくって見ていた。
全部、読み終わって、京子は、パッと顔をあげた。
「これによると、順子は、月曜日に、私のパンティーを、先生に、速達で送ったのね。どうやって、私のパンティーを、手に入れたの?」
京子は、案外、落ち着いた口調で聞いた。
「先週の月曜日に、私の指輪を、あなたのアパートに忘れたかも、しれないって、言って、あなたのアパートの鍵を借りたでしょ」
「ええ。覚えているわ」
「あの後、トイレへ、行くって、言ったけれど。本当は、スクーターで、急いで、あなたのアパートに行って、洗濯カゴの中にあった、ピンク色のパンティーを、盗って、私のパンティーと、一緒に、郵便局に行って、速達で出したの」
と、順子は、言った。
「そうだったの。そういえば、何だか、パンティーが、一枚、なくなっているような、気がしたけど、それ、だったのね。たかが、パンティー一枚だから、どこかで、なくしたんだろうと思って、気にしなかったわ」
京子は、飄々とした口調で言った。
「それで、土曜日に、順子は、先生と会ったんでしょ」
「ええ」
「どこで会ったの?」
「私のアパートに来てもらったの。そこで、先生に、私のスマートフォンを、見せて、全ての事を、先生に、正直に話したの」
「先生。怒ってた?」
「怒らないわよ。だって、先生は、おとなしくて、怒ることなんか、出来そうもない性格だし。それに、私が、正直に、本当のことを話したから、何も言わず、許してくれたわ」
「ねえ。順子。アパートで、先生と何かした?」
京子は、鋭い目つきで、順子を見た。
「もう、全て、正直に話すわ。先生には、内緒で、隠しビデオを、部屋の中にとりつけて、おいたから、全てが映っているわ」
順子は、投げやりな口調で言った。
京子は、早速、ビデオを再生した。
哲也が、制服姿の順子を、やさしくペッティングしている映像、順子を後ろ手に縛って、ペッティングしている映像、順子の足指を、舐めている映像、リモコン・バイブレーターを渡している映像、などの、二日前の土曜日の、順子のアパートでの、哲也が順子を、愛撫している、映像が、アダルトビデオのように、映し出された。
京子は、一心に、ジーと、固唾を呑んで、ビテオの進行を見ていた。
「順子。すごいわね。あんなことまで、もう、先生と、したのね」
京子が、言った。
「恥ずかしいわ。私が興奮して、喘いでいる姿を、見られちゃって」
順子は顔を赤らめて言った。
しかし、全てを、正直に、京子に知らせるのには、ビデオを見せるが、一番、いいと順子は思っていた。
「どう。感想は?」
順子が京子に聞いた。
「ほとんど、想像していた通りだわ。先生は、フェミニストで、あんなふうに、いやらしく、そして、優しく、ペッティングされたら、女なら、誰でも、興奮しちゃうわ」
京子は、淡々と感想を言った。
「昨日、私が、仕事中、苦しんでいたのは、私が、先生から、貰った、リモコン・バイブレーターをつけていたからなの。あんな物、渡されたら、女なら、誰でも、つい、興味本位から、つけてしまうわ。それで、私も、興奮が、抑えられなくて、仕事中に、先生に、スイッチを、渡したの。先生の、気紛れな意志によって、やられてみたい、と、女なら、誰でも思ってしまうわ。きっと、先生も、それを計算してたのね」
順子が言った。
「なるほど。そうだったの。私。てっきり、何か、あなたの、体調が悪いんだと思っていたわ。心配して、損しちゃった」
京子が、ふふふ、と、笑いながら言った。
「順子。あなたも、そうとう、淫乱なのね」
「そんなことないわよ。女なら、あんなことされたら、誰だって、感じちゃうわ」
「わかったわ。万年筆は、わざと、あなたが、私のペンケースから、盗って、先生に渡したのね。私が先生に、メールするよう、仕向けたのね」
「そうよ。ごめんなさい。京子」
「いいわよ。私。先生とメール、の、遣り取り、を、一度、してみたいと思っていたんだもの」
「ところで、京子。先生から、あなたに、渡してって、預かっている物があるの」
「何それ?」
「これよ」
そう言って、順子は、京子に、リモコン・バイブレーターを差し出した。
「なに。これは、先生が、あなたに、あげた物じゃないの?」
京子が首を傾げて言った。
「先生は、リモコン・バイブレーターを二つ、もって来ていて、一つは、わたし用。もう一つは、あなたに、あげてって、って言ったの」
そう言って、順子は、黒の、バイブレーターを京子の前に差し出した。
順子の、リモコン・バイブレーターは、茶色だった。
「先生が、あなたに、私に、渡してって、言ったの?」
「いえ。私の友達に、あげて、って言ったわ。でも、先生の意図は、あなたに、あげて、っていうのは、明らかだわ」
京子は、バイブレーターを、手にとってみた。
そして、リモコンのスイッチを入れてみた。
皮ベルトに付けられた、天狗の鼻のような、男の形の物が、畳の上で、ウネウネと動き出した。
それは、まるで、生き物のようだった。
「うわー。すごーい」
京子は、大声で言った。
「どう。京子。着けてみる?」
順子が聞いた。
「ちょっと怖いわ。それより、順子。あなたが、着けてみて」
京子が言った。
「えっ。私は、もう、着けた感覚を知っているから・・・」
順子は、ためらっている。
「順子。今、私の前で、つけなさい。私の名前を使った、罰と、私のパンティーを、盗んだ罰よ」
京子は、命令的な口調で言った。
「わ、わかったわ」
京子に、そう言われると、順子は、返す言葉がなかった。
順子は、スカートを降ろして、パンティーも脱いだ。
そして、腰に、リモコン・バイブレーターを、着けた。
順子は、上は薄いブラウスだけで、下は、リモコン・バイブレーターを、着けただけという、惨めな格好である。
順子が、バイブレーターを、つけた上から、パンティーを、履こうとすると、
「だめよ」
と京子が制した。
順子は、あきらめて、手にとったパンティーを、手放した。
尻の割れ目に、リモコン・バイブレーターの皮ベルトが、食い込んでいて、大きな尻が丸見えである。
前は、Tフロントである。
京子は、スイッチを入れてみた。
途端に、順子は、「ああっ」と、言って、体をくねらせた。
順子は、眉を寄せて、苦しそうに、喘いだ。
京子は、「ふふふ」と笑って、リモコン・バイブレーターの、振動の量を大きくした。
順子は、「ああー」と、言って、より、激しく、体をくねらせた。
京子は、それを意地悪そうな目で、順子を見ていた。
しばしして、京子は、リモコン・バイブレーターのスイッチを、切った。
順子は、ハアハアと息を切らしている。
その油断を、責めるように、京子は、また、リモコン・バイブレーターの、スイッチを入れた。
「ああっ。順子。許して」
順子は、また、喘ぎ声を出して、眉を寄せて、苦しそうに、体をくねらせた。
「だめ。私の名前を使った罰と、私のパンティーを、盗んだ罰」
そう言って、京子は、バイブレーターのスイッチを、入れたり切ったりと、何回か、繰り返した。
京子は、リモコン・バイブレーターのスイッチを切った。
「ふふふ。順子。日曜日には、こうやって、先生に責めてもらっていたのね」
京子は、悪戯っぽい口調で、言った。
「でも、どんな、感じなの?見ているだけでは、わからないわ」
「じゃあ、京子も、つけてみたら。一度、実際に体験すれば、どんな感じかは、わかるわ」
順子は、そんな誘いを京子に、かけた。
「じゃあ、試しに、着けてみるわ」
京子の好奇心が動いた。
京子は、バイブレーターを、手にとった。
「順子。ちょっと、後ろを向いていて」
京子が言った。
順子は、クルリと体を回転して、後ろを向いた。
女同士でも、着替えを、見られるのは、恥ずかしいものである。
特に、京子は、バイブレーターを、腰に、つける、なんて、ことは、初めてである。
京子は、スカートを脱ぎ、パンティーも脱ぎ、バイブレーターを、着けた。
「ああっ」
京子は、声を出した。
「どうしたの?」
後ろ向きの、順子が聞いた。
「なにか、変な気持ちに、なっちゃうわ。こんな物をつけたら」
京子が、後ろを向いている順子に言った。
「もう、前を向いてもいいわよ」
京子が言った。
順子は、前に向き直った。
京子は、スカートも、パンティーも、着けておらず、ブラウスの下に、バイブレーターだけ、という姿だった。
「京子。どうして、スカート履かないの?」
順子が聞いた。
「恥ずかしいけど、バイブレーターを、つけたら、それだけで、何か、エッチな気持ちに、なっちゃったの」
京子は、顔を火照らせながら言った。
無理もない。バイブレーターの装具は、TバックのTフロントで、ちょうど、皮の股縄であり、尻の割れ目に、厳しく、食い込んでくる、ので、女を淫乱な気分に、させてしまうのである。
「そうでしょ」
順子は、ニヤッと、笑った。
「ねえ。順子。ちよっとスイッチを、入れてみて」
京子が、おそるおそる言った。
「はいはい」
順子は、嬉しそうな顔で、リモコン・バイブレーターのスイッチを、入れた。
「ああっ」
京子は、順子と、同じように、眉を寄せて、苦しそうに、体をくねらせた。
「ふふふ。先生は、本心では、私より、あなたの方が、好きなのよ。口惜しいわ」
順子は、そう言って、バイブレーターのボリュームを、大きくしていった。
しばし、順子は、バイブレーターのスイッチを、入れたり、切ったりして、京子を虐めた。
「と、とめて。順子」
京子は、ハアハアと息を荒くして順子に言った。
しかし、順子は、ニヤリと笑って、やめない。
「いいじゃない。もう少し、味わってごらんなさい」
順子は、そう言った。
「そう。わかったわ。それならば・・・」
京子は、そう言って、順子のリモコン・バイブレーターを、手にとって、スイッチを、入れた。
「ああっ」
京子は、順子の、リモコン・バイブレーターのボリュームを、上げていった。
「ああー」
順子は、激しく体を、くねらせて、悶えた。
京子も、激しく体を、くねらせて、悶えている。
二人は、手を掴み合って、お互いの目と目を見た。
京子と順子の二人は、お互い、相手の手やブラウスを、ギュッと握ることで、つらさ、に耐えようとした。
しばし、二人は、お互いの、手や相手のブラウスを、握り締めることで、バイブレーターの、つらさに耐えた。
二人の尻は、ブルブル震えていた。
しばしの時間が経った。
「もう、このくらいにしておきましょう」
順子が、言った。
「ええ」
京子も同意した。
二人は、お互いの、バイブレーターの、スイッチを、切った。
「どう。京子。バイブレーターで責められる感じは?」
順子が聞いた。
「感じちゃうわ。ものすごく」
京子が、顔を赤くして言った。
「そうでしょ」
「もう、このくらいにしておきましょう」
順子が言った。
「ええ」
京子も、同意した。
二人は、お互い、皮ベルトのリモコン・バイブレーターをはずした。
そして、パンティーを、履き、スカートを履いた。
二人、一緒に、履いたので、今度は、京子も順子も恥ずかしくはなかった。
「私。今日は、もう、帰るわ」
京子は、立ち上がった。
「京子。それは、先生が、あなたに、渡して、って、言った物だから、あなたの物よ」
順子は、黒の皮ベルト固定式リモコン・バイブレーターを、指差した。
「わかったわ。貰うわ」
そう言って、順子は、リモコン・バイブレーターを、カバンに入れた。
そして、順子は「さようなら。また、明日、学校でね」と言って、京子のアパートを出た。
その夜。
京子は、哲也にメールを出した。
それには、こう書いた。
「先生。全てのことは、今日。順子から聞きました。先生と順子の、メールの遣り取りも、全部、見ました。先生と、順子が、二日前の、土曜日にしたことも・・・。先生は、メールの相手を私と思っていたのですから、私が、先生に、あんなに、慕われていたなんて、すごく光栄です。佐藤京子」
すぐに哲也から、返信のメールが来た。
それには、こう書かれてあった。
「京子さん。そうですか。僕は、順子さんからの、メールは、てっきり、あなた、だと、思っていました。それが、すごく嬉しかったでした。今は、もう、本当の、京子さんと、メールの遣り取りが出来て、この上なく、嬉しいです。あなたから、光栄、などと、言われると、僕も、無上に嬉しいです。あなたは僕の女神さまです。これは、本当に京子さんのメールなのですね?山野哲也」
京子は、すぐに、返信のメールを出した。
「ええ。本当に私です。先生が、私の汚いパンティーを持っていると、思うと、とても、恥ずかしいです。あまり、見ないで下さい。京子」
と書いて、スマートフォンで、自分で撮った顔写真を添付して、送信した。
すぐに哲也から、返信のメールが来た。
それには、こう書かれてあった。
「京子さん。申し訳ありません。が、京子さんのパンティーは、僕の宝物です。一生、大切に、保管させて頂きます。山野哲也」
京子は、そのメールを見て、赤面した。
哲也が自分の、パンティーを嗅いでいる姿が、想像されて、京子は、恥ずかしくなった。
順子が哲也に送った、自分のパンティーを、京子は、覚えていない。
シミでも、あったら、この上なく、恥ずかしい。
どうせ、送るのなら、使用後のパンティーでも、自分で選んで、シミの、ほとんどない、きれいな、パンティーを、送りたかった。
女の、つつましさ、たしなみ、に、大きく関わることである。
京子は、勝手に、パンティーを、送った順子に、不快な思いをもった。

「12」

翌日になった。火曜日である。
いつもの、窓際の、後ろの席には、もうすでに、順子が来ていた。
「おはよう」
順子が挨拶した。
「おはよう」
京子も、挨拶を返した。
「ねえ。順子。昨日、先生にメールを出したわ」
そう言って、さっそく、京子は、スマートフォンを、順子に渡した。
順子は、それを見て、はーと、溜め息をついて、京子にスマートフォンを、返した。
「よかったわね。京子。先生と、親しくなれて」
順子の言葉は、元気がなかった。
無理もない。
昨日、順子には、哲也からのメールは、来なかったからだ。
哲也の心が、自分から、京子に、移ってしまったようで、順子は、寂しさを感じた。
講師が来て、つまらない授業が始まった。

午前中の、つまらない授業が終わって、昼休みになった。
「ねえ。順子。テニスコートで、打ち合い、しない?」
京子が言った。
「いいわよ。でも、どうして?」
順子が聞き返した。
「まあ、いいじゃない」
京子は、お茶を濁すような返事をした。
「わかったわ」
順子が言った。
二人は、コートに行った。
コートには、誰もいなかった。
二人は、更衣室に入った。
「順子。誰もいないから、これを着てみなさいよ」
そう言って、京子は、順子に、短いスカートを渡した。
それは、京子のテニスウェアで、極めて短いスカートだった。
「は、恥ずかしいわ」
順子は、顔を赤らめて言った。
しかし、京子は、とりあわない。
「それと。これを、着けて」
そう言って、京子は、黒色の、京子の、リモコン・バイブレーターを、取り出した。
「京子。なんで、そんな物を、わざわざ、学校に持ってきたの?」
順子は、驚いて、目を丸くして聞いた。
「いいから、着けなさい。あなたは、私を装って、先生と、メールの遣り取りをしたり、私のパンティーを、無断で、盗って、先生に送ったりしたのよ。恥ずかしいったら、ないわ」
そう京子に言われると、順子は、返す言葉がなかった。
順子は、京子の、短いスカートのテニスウェアを着て、その下に、仕方なく、京子から、渡された、リモコン・バイブレーターを、着けた。
京子が順子に、バイブレーターを、つけさせる理由を、もう、順子は、聞くまでもなく、大体、予想できた。
二人は、コートに出た。
そしてラリーを始めた。
テニスの腕前は、順子の方が、京子より上手かった。
「いくわよー」
そう言って、京子は、ボールを順子に打った。
順子は、短いスカートで、しかも、その下は、パンティーを、履いてなく、リモコン・バイブレーターを、つけている、という状態である。
恥ずかしいこと、この上なかった。
あまり、激しく動いて、スカートが、めくれると、Tバックだけの尻が丸見えになってしまう。
テニスコートの、隣りのグラウンドでは、男も数人いて、サッカーや、キャッチボールをしている。
もし、万一、スカートが、めくれて、尻を見られたら、大変である。
そのため、順子は、スカートが、揺れないように、気をつけて、打ち合いをした。
しかし、テニスの技術は、順子の方が、上なので、ラリーは、続いた。
しかし、動く度に、TバックTフロントの、股縄のような、リモコン・バイブレーターの皮のベルトが、尻の割れ目に食い込んでくる。
それが、順子には、つらかった。
京子は、順子の、不自然な動きに、ふふふ、と、笑った。
「じゃあ、試合をしましょう」
少しラリーをした後、京子が言った。
「え、ええ」
京子は、順子と試合をして、今まで、一度も勝ったことが、なかった。
それも、当然で、順子は、ジュニアの時からテニスをしているのだが、京子は、中学の時、軟式テニスを、体育の授業の時に、少しやっただけで、高校では、バスケットボール部に入り、大学に入ってから、硬式テニスを始めたからである。
当然、順子にも、色々、教えてもらった。
「フィッチ」
京子がラケットのヘッドを地面につけて、回した。
「スムース」
順子が言った。
ラケットは、くるくる、数回転して、パタンと止まった。
京子は、ラケットを拾いあげた。
「残念。ラフでした」
京子が言った。
「どっちにする?」
順子が聞いた。
「じゃあ、サービスにするわ」
京子が答えた。
こうして、京子のサービスで試合が始まった。
京子のサーブは、最速でも、120km/hなので、順子と、試合をしても、サービスエースを取れたことは、一度もない。むしろ、リターンエースを取られたことは、数限りない。
あっという間に、
「0-15」
「0-30」
「0-40」
となった。
順子は、いつも、京子に手加減して、あげているのだが、それでも、京子は、順子に、勝てなかった。
手加減した上で、勝つのは、順子にとって、気持ちのいい優越感だった。
「京子―。もう後がないわよー」
京子のサービスを、待ち構えている、順子が、優越感に浸って、そんなことを言った。
「ふふふ。それじゃあ、奥の手」
と言って、京子は、ポケットの中の、リモコン・バイブレーターのスイッチを、入れた。
途端に。順子は、「ああっ」と、悲鳴を上げて、体をブルブル震わせた。
「行くわよー」
そう言って、京子は、ファーストサーブのボールを青空の中に、トスアップした。
ボールは、ポーンと山なりの緩い球だったが、サービスコートの中に入った。
京子は、サービスすると、すぐに、ポケットの中にある、バイブレーターのリモコン・スイッチを取り出して、ボリュームを最大にした。
「ああっ」
順子は、レシーブ出来ず、空振りした。
「ふふ。15-40」
京子が嬉しそうにカウントした。
その後も、
「30-40」
「40-40。ジュース」
「アドバンテージ、サーバー。つまり、私」
となり、アドバンテージも、京子が取って、京子が勝った。
「ふふふ。初めて、順子に実力で勝ったわ」
京子は、嬉しそうに笑った。
京子は、ポケットの中で、バイブレーターのスイッチを、切った。
今度は、順子のサービスだった。
「今度は、あなたがサービスよ」
そう言って、京子は、順子にボールを二つ、渡した。
「サービスなら、私は、順子が本気になったら、私は、返せないから、勝てるでしょ」
京子が言った。
そう思いたかったが、しかし、順子には、一抹の不安があった。
「いくわよー」
そう言って、順子が、ボールをトスアップした時だった。
京子は、ポケットの中の、バイブレーターのスイッチを入れた。
「ああっ」
順子は、体勢を崩し、順子の打った球は、スイートスポットに当たらず、ヨロヨロの山なりになった。
しかし、かろうじて、サービスコートに入った。
京子は、すかさず、それを、思い切り、打った。
京子のレシーブエースとなった。
「0-15」
京子が、元気よく、言った。
その後も、順子が、サービスを打とうとすると、京子は、バイブレーターのスイッチを入れるものだから、そして、いつ、バイブレーターのスイッチが、入るか、わからない不安から、順子は、ダブルフォルトしたり、本気で打つと、どうせ、京子が、バイブレーターのスイッチをいれるだろうと思って、サービスは、緩い球を打った。
その、緩い球を、京子は、思い切り、ジャンプして、「エアー京子」と、自分で名づけている、飛び上がって、打つ、打法で、目一杯、ドライブ回転をかけて打ち返した。
それが、レシーブ・エースになった。
「0-30」
「0-40」
となって、結局、京子は、ストレート勝ちした。
試合の後。
「ふふふ。初めて、順子に実力で勝てたわ。嬉しいわ」
京子は、そんなことを言った。
「あんなの。あなたの、実力で勝ったんじゃ、ないわ」
順子は、京子の、悪ふざけに、頭にきて、言い返した。
「順子は、メンタルが弱いのよ。だから、鍛えてあげたのよ」
そんなことで、二人は、更衣室にもどって、服を着替え、午後の授業を受けた。
その夜。
京子は、哲也に、メールを書いた。
それには、こう書いた。
「先生。昨日は、恥ずかしくて言えませんでしたが。昨日、順子から、バイブレーターを、貰いました。順子をバイブレーターで、いじめたり、逆に、順子に、いじめられたり、して、すごく、興奮してしまいました。今度、来た時には、この前、順子にしたように、先生に、ちょっと悪戯されて、みたいです。でも、怖いです。あんまり、虐めないで下さいね。京子」
メールには、ラリーの前、順子に撮ってもらった自分の、テニスウェア姿の写真を添付した。
すぐに哲也から、返信メールが来た。
それには、こう書かれてあった。
「京子さん。あんな物を、あなたに、渡してしまって、僕は、恥ずかしいです。あなた様に直接、渡すことは、とても、出来ないので、順子さんに、渡して、順子さんから、あなた様に、渡すよう、仄めかしたのです。もちろん、京子さんが、嫌でしたら、しません。京子さんは、僕の女神さまですから。それと、毎日、京子さんの、ことを想って、何も手につきません。京子様の、下着を嗅いで、興奮しています。山野哲也」
京子は、すぐに、返信メールを書いた。
それには、こう書いた。
「下着は、あまり、見ないで下さい。恥ずかしいです。それと、順子と同じように、今度の土曜日に、私のアパートに来て頂けないでしょうか。先生と、お話しがしたいです。それと、順子にしたような、ことも、少し、されてみたいです。京子」
すぐに哲也から、返信メールが来た。
それには、こう書かれてあった。
「京子さま。京子様に、そう言って頂けるなんて、最高に嬉しいです。もちろん、土曜日には、お伺いさせて頂きます。時間は、何時がよろしいでしようか?山野哲也」
京子は、すぐに、返信メールを書いた。
「先生は、何時がよしいでしょうか?京子」
すぐに哲也から、返信メールが来た。
「では、10時では、いかがでしょうか。朝一番の東北新幹線で行きます。僕は、盛岡駅前で、待っています」
京子は、すぐに、返信メールを書いた。
「はい。構いません。では、10時に、盛岡駅前で待っています」
しばらくして、哲也からメールが来た。
「京子さま。考え直したのですが・・・。やはり、ぼくの女神さま、である、京子さまに、順子さんに、したような事をするのは、気がひけます。来週の土曜日は、レンタカーを借りてドライブして、平泉の、中尊寺金色堂か、十和田湖か、八幡平なと、を見てみたく思います。いかがでしょうか?山野哲也」
京子は、すぐに、返信メールを出した。
「ええ。先生が、望むのであれば、そうします。先生は、ロマンチックなんですね。では、私が、手によりをかけて、お弁当を作っておきます。味の保障は、出来ませんけれど。ふふふ。京子」

「13」

翌日になった。水曜日である。
いつもの、窓際の右側の、後ろの席には、もうすでに、順子が来ていた。
「おはよう」
順子が挨拶した。
「おはよう」
京子も、挨拶を返した。
「ねえ。順子。昨日も、先生とのメールの遣り取り、をしたわ」
京子は、ウキウキした顔で言った。
「どれどれ。どんなことを、話したの。よかったら、見せてくれない?」
順子が、うかない顔で言った。
「いいわよ」
と京子は順子に言って、順子に、スマートフォンを、渡した。
順子は、しばし、黙って、スマートフォンを、見ていた。
「よかったわね。先生と、親しくなれて」
順子は、そう言って、京子にスマートフォンを、返した。
しかし順子の言葉は、元気がなかった。
無理もない。
昨日の夜、遅く、哲也から、順子に、メールが来ていた。
それには、こう書かれてあった。のである。
「いとしの順子さま。わけあって、今週は、また土曜日に盛岡に行きます。夜、遅くになりますが、また、先週の、土曜日のようなことを、しませんか?」
と書かれてあった。のである。
順子の体の中では、怒りの炎がメラメラと、燃え上がっていた。
哲也の心が、自分から、完全に京子に移ってしまった、と、順子は、感じた。
特に、哲也のメールで、「京子さまに、順子さんに、したような事をするのは、気がひけます」という所にムカついていた。そして、自分には、京子と、ドライブした後、その夜、遅く、「また、エロティックな事を、しませんか?」
などと、堂々と言ってきたのである。
京子は、哲也にとって、本命の、女神で、自分は、哲也にとっては、性欲を処理するための、セックス・フレンドとしか、哲也が思っていないのは、間違いない、と順子は、思った。
考えてみれば、自分は、そう悪くはない、と順子は、思った。
確かに、京子の名前を、使って、哲也と、メールの遣り取り、を、始めたのは、自分である。
しかし、それは、シャイで、京子を好いているのに、言い出せない、哲也を、京子と、結びつけて、あげるために、してあげた、ことなのである。
京子のパンティーを、盗んで、哲也に、速達で送ったのも、哲也が、京子のパンティーを、欲しい、と言ってきたから、その希望を叶えてあげるために、したことなのだ。
いわば、恋のキューピットの、役割り、を自分は、演じてあげたのだ。
それなのに、この、仕打ちは、一体、何なのだ。
「恩をあだで返される」とは、まさに、この事だと、順子は、隣りの席で、ウキウキしている京子の笑顔を見て思った。
順子は、考えているうちに、どんどん、哲也と、京子に対して、ムカついてきた。
多分に、えてして、概ね、女の思考というものは、こういうふうに、感情に、よって、展開していくものである。
決して、論理的、知性的、には、展開しないものなのである。
人類の歴史を見ても、哲学者というものは、男だけであって、女の哲学者というは、いない、ということが、それを、ちゃんと証明している。

「14」

さて、約束の土曜日になった。
順子は、朝7時に起きた。
そして、8時に、アパートを出て、スクーターで、急いで、京子のアパートに行った。
チャイムを鳴らすと、京子が出てきた。
「おはよう。京子」
「おはよう。順子。何の用?」
「まあ、いいから。ちょっと、話したいことがあって来たの」
「そう。じゃ、入って」
順子は、京子のアパートに入って、六畳の部屋に入った。
「順子。何なの。用は?」
京子が聞いた。
「京子。ちょっと急に、思いついたんだけど。先生に、去年、海水浴に行った時の、ビキニの写真を送ってあげたら、先生、物凄く喜んだでしょう」
「ええ。そうね」
「海水浴の時は、潮風で、髪も、乱れていたし、屋外だから、いい写真じゃないわ。もっと、髪を掻き上げたり、ヒップを上げたりと、セクシーな姿の、綺麗な写真を撮って、先生に、あげたら、きっと、先生、喜ぶと思ったの。だから、あなたの、いい写真を撮るために、やって来たの。先生も、早く、京子の、セクシーなビキニ姿を、見たくて、見たくて、仕方がないはずだわ。あなた、一人で自分では、自分の写真、撮れないでしょ。だから、私がカメラマンになろうと、思って、急いで来たの」
順子は、そう説明した。
「そんなことまで、配慮してくれるなんて、順子って、思いやりがあるのね。見直したわ」
「そんなこと当たり前じゃない。私たち、管鮑の交わり、以上の、永遠の友情を誓い合った仲じゃないの。水くさいこと、言わないで。ところでビキニは、ある?」
「あるわ。じゃ、ビキニに着替えるわ」
そう言って、京子は、箪笥の一番下の抽斗を開けて、ビキニを取り出した。
「順子。じゃあ、ビキニに着替えるわ。ちょっと、後ろを向いていて」
「はいはい」
そう言って、順子は、クルリと、体を回して、京子に背を向けた。
ガサガサと、京子が着替える音がした。
「もういいわよ」
そう京子が、言ったので、順子は、また、クルリと、体を回して、京子の方を向いた。
そこには、セクシーな黄色いビキニを着た京子が立っていた。
それは、去年、二人で、海水浴に行った時、京子が着ていた、セクシーなビキニだった。
「こんな感じで、どう?」
そう言って、京子は、長いストレートの黒髪を掻き上げて、セクシーなポーズをとった。
「そうね。もうちょっと・・・」
と言って、順子は、京子の背後に回り込んだ。
突然、順子は、京子の華奢な手首を、ムズと、つかんで、手首を縛り上げた。
「あっ。順子。何をするの?」
京子は、突然の順子の、行動に、驚いて聞いた。
「まあ。いいじゃない」
そう言って、順子は、テーブルの上に、京子を乗せた。
「な、何をするの?」
京子が聞いた。
だが、順子は、答えない。
硬式テニスを、ジュニアの頃から、始めている順子である。
体力、腕力では、京子は、とても、順子に、かなわない。
順子は、持っていた、縄で、京子の右足の足首を縛り、テーブルの右下の脚の一つに、結びつけた。
そして、左足の足首も縛り、テーブルの、もう一方の左下の脚の一つに、結びつけた。
順子は、硬式テニスの上級者だけあって、動作が素早い。
これで、もう京子は、動けなくなった。
順子は、京子の体を、倒して、テーブルの上に、仰向けにした。
「順子。一体、何をするの?」
京子が、驚いて、聞いたが、順子は、答えない。
しかし、京子も、あまり、抵抗しなかった。
管鮑の交わり、以上の、永遠の友情を誓い合った、親友の順子である。
もしかすると、ビキニ姿で、縛られた自分の写真を、撮るのかもしれない、とも京子は、思ったからである。
しかし、順子は、テーブルの上に乗って、京子の腹の上に、馬乗りに、乗っかった。
ズシンと順子の体重が、京子の腹の上に乗っかった。
これでは、京子は、抵抗しようがない。
「順子。一体、何をするの? 私たち、管鮑の交わり、をした仲じゃない」
京子は、そう、訴えたが、順子は、黙っている。
そして、順子は、京子の、手首の縄を解いた。
京子は、縄を解かれたことの、意味がわからなかった。
しかし、順子は、京子の、右の手首を縄で縛って、テーブルの四本の脚の一つの、京子の頭の上に位置する、右上のテーブルの脚に、その縄尻を結びつけた。
そして、左手の手首も、縄で縛って、左上の、テーブルの脚に結びつけた。
そして、おもむろに、テーブルの上の京子を見た。
京子は、テーブルの上で、大の字の形になっていて、両足は、大きく開かれている。
京子の両手首と、両足首は、それぞれ、テーブルの脚に、結びつけられている。
大の字縛り、である。
「京子。すごくセクシーよ」
順子は、そう言って、京子のストレートの長い黒髪を、横に揃えて流し、髪の毛の2、3本を京子の口に挟ませた。
それは、一部のマニアにとって、否、マニアでなくても、男なら興奮する、図である。
順子は、スマートフォンで、パシャ、パシャと、テーブルの上で、大の字縛りにされている、ビキニ姿の京子を写真に撮った。
「なるほど。これなら、確かに、セクシーで、エロティックなホーズね」
テーブルの上で、大の字縛りにされている京子が納得したように言った。
京子の体の曲線美は、美しかった。
順子が見ても嫉妬するほど。
スラリと伸びたしなやかな脚。細い華奢なつくりの腕と肩。細くくびれたウェスト。それとは対照的に太腿から尻には余剰と思われるほどたっぷりついている弾力のある柔らかい肉。それらが全体として美しい女の肉体の稜線を形づくっていた。
順子は、色々な角度から、パシャ、パシャと、カメラマンのように、シャッターを切った。
「もういいんじゃない。縛られたビキニの写真は。今度は、普通の、ビキニの写真を撮って」
京子が、カメラマン役の順子に言った。
「京子。もう少し、あなたの、エロチックな写真を撮りましょうよ。その方が、先生が喜ぶわ」
そう言って、順子は、部屋の隅に置いてあった、京子の、黒のリモコン・バイブレーターをもってきた。
順子は、京子のビキニの下の、横紐を、解いて、ビキニのパンティーを、はずした。
京子の、恥部の、割れ目と、陰毛が、露わになった。
「な、何をするの。順子。恥ずかしいわ。まさか、全裸の写真を撮るんじゃないでしょうね?」
いくら、女同士といえども、服を着ている順子に対し、京子は、テーブルの上で、大の字で、縛られている、姿を見られるのは、恥ずかしいものである。
ましてや、それを写真に撮られて、哲也に見られるのは、もっと恥ずかしい。
「大丈夫よ。隠す所は、ちゃんと隠すわ。私たち、永遠の親友じゃない」
そう言って、順子は、京子の、腰に、バイブレーターを取りつけた。
まず、男の形のモノを、京子の、女の穴に、挿入した。
そして、しっかりと、奥まで入れた。
はじめは、入りにくかったが、一旦、亀頭の部分を入れると、後は、スルッと入った。
「ああっ」
と、京子は、声を出した。
順子は、縦の皮ベルトを、うんと、引き絞って、京子の、尻の割れ目に、食い込ませた。
そして、腰回りのベルトの両側の、留め具をウエストのあたりで、しっかりと、きつく、引き絞って固定した。
京子の股間は、TバックにTフロント、という、極めて、エロティックな姿である。
それは、女の最低限を、隠しただけだった。
「順子。この姿を写真に撮るの?恥ずかしいわ」
「いいじゃない。とっても、セクシーよ」
「じゃあ、ついでに、これも、とりましょうね」
そう言って、順子は、京子の、ビキニのブラジャーも、はずした。
京子の、豊満な、乳房と、その、肉まんのような、柔らかい、膨らみの真ん中にある、可愛らしい、尖った乳首が、露わになった。
「ちょ、ちょっと。順子。これは、恥ずかしいわ」
「京子。下は、過激なのに、上は、ビキニをしっかり、着けているのって、かえって、アンバランスだと思わない?」
確かに、恥ずかしくはあったが、順子の言うことも、一理あるように、京子は、感じた。
「で、でも・・・」
京子は、言いかけた。が、やめた。
「京子。大丈夫よ。ちゃんと、これを、貼ってあげるから」
そう言って、順子は、二つの、ニプレスを、京子に見せた。
二プレスとは、女の乳首を隠すために、乳首に貼る円形のパッチである。
ハート型や、飾りのついたのも、あるが、順子が見せたのは、直径3cmほどの円形の、小さな、肌色のパッチだった。
順子は、それを、京子の、乳首に、貼りつけた。
京子の、胸は、かろうじて、ニプレスで、乳首が、隠されている、だけで、乳房は、もう、丸見えだった。
順子は、テーブルから、離れて、しげしげと、京子を見た。
京子は、テーブルの上に、大の字に縛られて、バイブレーターの皮ベルトの、TバックTフロント、という、女の最低限の、割れ目、を隠しているだけで、胸も、乳首が、ニプレスで、見えないだけで、豊満な乳房は、丸見え、という姿だった。
「は、恥ずかしいわ」
京子が、顔を火照らせて言った。
順子は、スマートフォンを、京子に向けて、パシャ、パシャと、色々な角度から、写真を撮った。
「京子。凄いセクシーよ。ほら。見てごらんなさい」
と言って、順子は、スマートフォンを、京子の顔に近づけて、撮った、京子の、あられもない姿、の、写真を、京子に見せた。
「は、恥ずかしいわ」
と、京子が、顔を火照らせて言った。
そこには、テーブルの上に、大の字に、縛られている、自分の姿があったからだ。
それには、ニプレスと、バイブレーターの、皮ベルトの、TバックTフロントの、姿が、写されていた。
それは、もう、ほとんど、全裸に近かった。
特に、足の方から、撮った写真は、大きく、開かれた股間や、太腿の内側や、尻の肉が、女の割れ目が、見えないだけの、物凄く、いやらしい写真だった。
「は、恥ずかしいわ」
と、京子が、顔を火照らせて言った。
順子は、洗面所から、洗面器を、持ってきた。
洗面器には、湯が満たされていてた。
そして、順子は、また、洗面所に行って、カミソリと、石鹸と、タオル、を持ってきた。
そして、それを、テーブルの下に置いた。
「な、何をするの?」
京子が、不安げな顔で聞いた。
「何もしないわ。小道具よ。こういう物を、置いておけば、エロティックでしょ」
順子は、そう言った。
そして、順子は、京子に、
「はい。あーん、と、口を開けて」
と言った。
「な、何をするの?」
と京子が聞いた。
「猿轡よ。SMでは、猿轡をするでしょ。猿轡をすると、いかにも、女が、捕らわれている、といった雰囲気が出て、エロティックでしょ。猿轡をした、あなたの写真も、撮ってあげるわ」
そう言って、順子は、京子の口に、強引に、小さな、布切れ、を、詰め込んだ。
そして、縄を、京子の、口に、挟み込ませ、グルグルと、三回、頭の後ろを、回して、きつく縛った。
京子は、これで、言葉が喋れなくなった。
京子は、喋ろうとしても、ヴーヴー、という、全く聞きとれない、唸り声にしかならなかった。
「京子。とっても、セクシーよ」
そう言って、順子は、また、スマートフォンで、猿轡をされた、京子を、パシャ、パシャと、写真に撮った。
次に、順子は、封筒を、五つ、洗面器の横に置いた。
封筒には、1、2、3、4、5、6、7と番号が書かれてあった。
そして、その上に、何か文章の書かれた、紙切れを置いた。
そして、順子は、冷蔵庫に、かなりの、マグロの刺し身を、入れた。
「それじゃ。京子。私。ちょっと、用があるから、アパートを出るわ。すぐに、もどってくるからね」
そう言い残して、順子は、京子のアパートを出た。
京子のスマートフォンを、持って。
順子は、急いで、タクシーを呼んで、盛岡駅に向かった。
タクシーの中で、京子のスマートフォンに、哲也から、メールが来た。
それには、こう書かれてあった。
「いとしの京子さま。ただいま、仙台を発車しました。あと、一時間で、盛岡に着きます。平泉の中尊寺金色堂、の、見物が楽しみですね。山野哲也」
順子も、哲也に、返信のメールを書いた。
自分のスマートフォンで。
「先生。順子です。今日の、京子とのドライブは、中止して欲しい、ということです。昨日、京子から、今日、私に、京子のアパートに来て欲しい、という、メールが、届きました。そしたら、京子は、私に、凄いことを、頼みました。私は、親友の、京子の頼みなので、仕方なく、してやりました。盛岡駅には、私が待っています。順子」
順子は、そう書いて、哲也に、メールを送信した。
すぐに、哲也から、順子のスマートフォンに、メールが来た。
それには、こう書かれてあった。
「順子さま。一体、どういうことなのか、さっぱり、わかりません。ですが、とにかく、すぐに、盛岡駅に、着きます。その時、詳しいことを、お聞きします。山野哲也」
順子は、9時45分に、盛岡駅に着いた。
順子は、タクシーを、降りて、盛岡駅の、ドトールコーヒー店で、アイスココアを飲みながら、待った。

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医者と二人の女 (小説)(3)

2020-07-19 13:48:50 | 小説
「15」

10時になった。
すぐに、東京発、新青森行きの、下りの東北新幹線が到着した。
それは、新幹線の改札を、降りてくる客でわかった。
哲也を見つけると、順子は、ドトールコーヒー店を出た。
「先生」
「やあ。順子さん。先ほどは、メールを有難う」
「いえ」
「一体、どういうことなんですか?京子さんが、あなたに、凄いことを、頼んだ、そうですが、それは、一体、何なんですか?」
哲也が聞いた。
「それは、ちょっと、恥ずかしくて、ここでは、言えません。とにかく、私が、案内しますから、京子のアパートに行きましょう」
順子は、そう言って、駅前のロータリーに、哲也と出た。
盛岡駅前は、100台、以上のタクシーが、ズラリと並んでいた。
二人は、先頭のタクシーに乗った。
「盛岡市××町の、三丁目の××アパートまで、お願いします」
順子は、運転手に、そう告げた。
運転手は、カーナビに、言われた住所を、行き先として、設定した。
「順子さん。僕は、今日、京子さんの、アパートに、行くことに、なっていたんです。京子さんが、盛岡駅に来てくれる、予定だったんです。どうして、彼女は、来れないんですか?」
「それは、ちょっと・・・。京子に会えば、わかります」
「足を、捻挫したとか、怪我とか、をしたんですか?」
「いえ。そんなことは、ありません。京子は、どこも、体の具合は、悪くはありません」
「それなら、どうして・・・?」
「とにかく、京子に、会ってみれば、わかります」
そんなことを話しているうちに、タクシーは、京子のアパートに着いた。
「先生。それでは、京子に会って、あげて下さい。私は、このタクシーで、自分のアパートに帰ります。
順子を乗せたタクシーは、走り去って行った。
あとには、哲也が一人、残された。
「あっ。そうか。これはきっと、けんちん汁とか、前沢牛のステーキとか、温かい料理と、ご飯、を、作ったから、冷めないように、盛岡駅には、来れなかったのだ」
哲也は、そんなことを、考えながら、京子のアパートに入った。
前沢牛のステーキ、前沢牛のステーキと、哲也は、繰り返して、唾を飲み込みながら。
鍵は、かかっていなかった。
「こんにちはー」
哲也は、元気に、声を出して、ガラリと、玄関の戸を開けた。
「こんにちはー。京子さん。わざわざ、前沢牛のステーキを、作って待っていて、くれて、ありがとう」
哲也は、大声で、そう言ったが、部屋は、シーンとしている。
前沢牛のステーキ、の匂いも、してこない。
首を傾げながら、哲也は、六畳の部屋の戸を開けた。
「あっ。京子さん」
哲也は、吃驚した。
なぜなら、部屋の真ん中の、大きなテーブルの上には、丸裸、同然の、大の字で、両手、両足を、放射状に伸ばされて、縛られている京子がいたからである。
かろうじて、京子の腰には、TバックTフロントの皮ベルトが、取りつけらけて、女の最低限は、隠されている。
しかし、それは、女の、割れ目を、隠しているだけで、恥部も、ふっくらした尻も、丸見えだった。
全裸より、それは、エロチックだった。
そして、京子の口は、猿轡で塞がれていた。
「京子さん。これは、一体、どういうことなんですか?」
哲也が聞いた。
京子は、哲也を見ると、声を出そうとしたが、猿轡のため、ヴーヴーという、唸り声になるだけで、何を言いたいのか、哲也には、全く、分からなかった。
机の下には、紙切れ、と、いくつかの封筒が、置かれてあった。
哲也は、すぐに、紙切れ、を拾った。
そして、それに書かれていることを読んだ。
紙切れには、こう書かれてあった。
「先生。先生が、くれたバイブレーターで、遊んでいるうちに、だんだんマゾ的なエッチな気分になってしまいました。私はもう、エッチな気分が高じてしまって、我慢できません。今、外出したら、私は、人目も、はばからず、全裸になって、オナニーしてしまいそうです。とても、ドライブを楽しむ、どころの精神状態では、ありません。今日、順子に頼んで、来てもらって、私を、こういう格好に縛ってもらいました。先生に、いきなり、こういう、恥ずかしい格好を見られたい、被虐の心理からなのです。どうか、私に、うんとエッチなことを、して、高じてしまった、私の淫乱な、気持ちを、満たして下さい。私に、何をしても、構いません。私がつらくなって、嫌っ、と言いたくなっても、先生に、うんと責めて欲しいので、順子に頼んで猿轡をしてもらったのです。猿轡は、決して解かないで下さい。しかし、私にして欲しいことを、書いて、封筒の中に入れておきました。封筒には、1から7まで、順番が書いてありますので、それに従って、その中に、書いてあることを、して下さると、幸いです。よろしくお願いします。佐藤京子」
哲也は、読み終えて、笑って京子を見た。
「そういうことだったんですか。わかりました。それでは、ドライブは、やめて、うんと、責めさせて、もらいます」

そう言って、哲也は、「1」と、書かれた、封筒を手にした。
その中には、紙切れ、が入っていて、それには、こう書かれてあった。
「リモコン・バイブレーターで、私を虐めて下さい。30分。うんと、虐めて下さい。それと、胸のニプレスは、とって下さい」
哲也は、それを読んで、ニヤリと、ほくそ笑んだ。
「ふふふ。わかりました。30分。うんと、虐めて、差し上げます」
哲也は、手紙に書いてあったように、まず、乳首に貼りつけられてある、ニプレスをとった。
二つの、乳首が露わになった。
それは、可愛く尖っていた。
そして、スマートフォンを取り出して、30分後に、アラームをセットした。
哲也は、リモコン・バイブレーターのスイッチを手にした。
「それでは、行きますよー」
そう言って、哲也は、スイッチを入れた。
スイッチを入れた途端、京子は、眉を寄せ、ヴーヴーという、唸り声を上げた。
「ふふふ。気持ちいいんですね」
そう言って、哲也は、哲也は、バイブレーターのボリュームを、どんどん、上げていった。
京子は、顔を、激しく、左右に振り、ながら、ヴーヴーという、唸り声を上げた。
京子の美しい、ロングヘアーが、それにともなって、激しく、左右に揺れた。
太腿の、付け根、のあたりの筋肉が、ピクピクと、震えている。
京子は、手を握りしめたり、開いたり、そして、足首を、伸ばしたり、曲げたり、と、拘束されて、動けない、状態で、せめてもの、自由に出来る手と足を、激しく動かした。
「ふふふ。感じているんですね」
と哲也は、笑った。
バイブレーターのボリュームを、さらに、上げると、京子は拘束されている、体を激しく、くねらせた。
「では、ちょっと、一休み」
と言って、哲也は、バイブレーターのスイッチを、切った。
激しく、くねっていた、京子の体の動きが止まった。
京子は、哲也の顔を見ながら、哀しそうな視線を、哲也に向けた。
何か、喋ろうとしているが、猿轡のため、それは、ヴーヴーという、唸り声にしか、ならなかった。
京子の額には、つぶつぶの玉の汗が、いっぱい、拭き出でいた。
「ふふふ。感じているんですね。でも、京子さんの、猿轡の顔は、とても、可愛いですよ」
そう言って、哲也は、ハンカチで、京子の、額の、玉の汗を、優しく拭いた。
「京子さんが、こんな、マゾだったなんて、知りませんでした。しっかりと、マゾの喜びを感じさせてあげますよ」
そう言って、哲也は、また、再び、バイブレーターのスイッチを入れた。
また、京子は、激しく、眉を寄せ、ヴーヴーという、唸り声を、出し始めた。
京子は、また、激しく、首を左右に振った。
そして、拘束されている、体を激しく、くねらせた。
京子の興奮が、あまりにも、激しくなると、哲也は、リモコンのスイッチを切った。
そんなことを、何回も繰り返した。
ビーと、スマートフォンの、アラームが鳴った。
「京子さん。30分、経ちました。では、バイブレーターは、終わりですね。では、次の、2、に行きます」

そう言って、哲也は、「2」と書かれてある封筒を開けた。
その中には、紙切れ、が入っていて、それには、こう書かれてあった。
「先生。バイブレーターを、はずして、私の恥毛を剃って下さい。剃る道具は、揃えてあります」
と書かれてあった。
哲也は、ニヤリと笑った。
「わかりました。京子さんの、アソコを、見るのは、もう少し、後にしたかったんですが、京子さんの、願い、とあれば、致します」
哲也は、最終目的の部分を見るのは、出来るだけ、後に、のばして、その楽しみを、待つ緊張感に興奮するのを、ストイックな楽しみと、していたので、ちょっと残念だった。
哲也は、京子の腰に取り付けられた、バイブレーターの皮ベルトを、はずした。
男の形のモノを、引き抜くと、それは、ヌルヌルに、濡れていた。
「ふふふ。京子さん。こんなに、濡れていますよ。余程、バイブレーターが気持ちよかったんですね」
哲也は、濡れた、男の形のモノを、京子の顔に近づけて見せた。
京子は、首を振って、何か言おうとした。
しかし、猿轡をされているので、それは、ヴーヴーという、唸り声にしか、ならなかった。
哲也は、バイブレーターを床に置いた。
京子は、これで、覆う物、何一つない、丸裸となった。
恥毛が、生えている、女の、恥部が、もろに露出した。
床には、水の入った洗面器、カミソリ、ハサミ、石鹸、タオルが、置いてあった。
「それでは。京子さん。毛を剃らせて頂きます」
そう言って、哲也は、ハサミをとり、京子の恥毛、を、根元から、つまんで、ジョキ、ジョキ、切っていった。
切り進むにつれて、だんだん、恥毛で隠されていた、女の、割れ目、が見えてきた。
「これは、宝物として、頂きます。神棚に祀ります」
そう言って、哲也は、ティッシュ・ペーパーを広げ、その、上に、切った、京子の恥毛を乗せていった。
あらかた、恥毛を切ってしまうと、京子の、女の割れ目も見えてきた。
しかし、恥部には、まだ、芝を、荒っぽく刈った後のように、中途半端に切られた陰毛が叢生していた。
哲也は、洗面器の水に石鹸を混ぜた。そして、泡立てて、その水を、手ですくって、京子の、恥部に塗っていった。
そうして、カミソリで、刈り残りの恥毛を、剃っていった。
カミソリで、きれいに、剃りあげる感触は、楽しかった。
京子は、激しく、眉を寄せ、猿轡された口から、ヴーヴー、と、唸り声を、出した。
哲也は、何度も、石鹸水を、京子の、恥部に塗りつけては、カミソリで、恥毛を剃った。
とうとう、京子の恥毛は、きれい、さっぱりに、剃られて、京子の恥部は、童女のように、ツルツルになった。
閉じ合わされた、女の割れ目も、クッキリと、露わになった。
「京子さん。とっても、かわいい、ですよ。割れ目が、クッキリと見えますよ」
言われて、京子は、激しく、眉を寄せ、猿轡された口から、ヴーヴー、と、唸り声を、出した。
哲也は、スマートフォンを、取り出して、全裸で、無毛の、京子を、パシャ、パシャ、と、色々な角度から、写真に撮った。
「京子さん。京子さんは、猿轡をされていて、誰だか、ハッキリわかりません。なので、これは、ネットで公開させて下さい。これほど、美しい、裸体は、もう、芸術です」
哲也は、そんなことを、言いながら、パシャ、パシャと全裸の京子を撮った。
哲也は、京子の、下から、スマートフォンを、京子の、股間の間近に、近づけて、アソコの部分だけの写真も撮った。
「それでは、2、が終わりましたから、今度は、3、に行きます」

そう言って、哲也は、「3」と書かれてある封筒を開けた。
その中には、紙切れ、が入っていて、それには、こう書かれてあった。
「私の全身を、うんと、くすぐって下さい。胸を揉んで下さい。アソコを弄んで下さい。何を、なさって、くださっても、構いません。うんと、私を弄んで下さい」
哲也は、ニヤリと笑った。
「わかりました」
そう言って、哲也は、テーブルの上で、丸裸の大の字縛りにされている、京子の、体を、くすぐり出した。無防備に開いている、脇の下の窪みを、爪を立てて、スーとなぞったり、脇腹や首筋を、コチョコチョと、くすぐったり、足の裏を、爪を立てて、スーとなぞったり、と、あらゆる、体の敏感な部分を、くすぐった。
京子は、激しく、眉を寄せ、猿轡された口から、ヴーヴー、と、一際、激しい、唸り声を、出した。
哲也は、京子の、胸を、揉んだり、乳首をつまんで、コリコリさせたり、した。
だんだん、京子の、乳首が、尖り出した。
「ふふふ。感じているですね」
哲也は、そう言って、京子の、勃起した、乳首を、口に含んだ。
そして、舌で、乳首を、転がしたり、軽く、歯で、挟んでみたりした。
京子の、乳首は、一層、尖り出した。
哲也も、興奮してきて、マラが勃起し出した。
哲也の、唾液は、性的に興奮した時に、出る、粘々した、粘稠性の唾液に変わっていった。
十分、舌で、京子の、乳首を弄んでから、口を離すと、京子の、乳首についた、哲也の、唾液は、たわみつつも、糸をひいて、離れなかった。
哲也も、だんだん、ハアハアと、興奮してきた。
哲也は、京子の、脇の下、臍、首筋、などにキスしていった。
いくら、愛撫しても、哲也の、粘々した、唾液は、あとから、あとから、泉のように、分泌されて、枯渇することがなかった。
哲也は、愛撫の矛先を、京子の、足の指に変えた。
哲也は、京子の、足指を、一本、一本、開いて、足指の根元まで、舐めていった。
小指から、親指まで、一本、一本、丁寧に舐めていった。
足指から、口を離すと、乳首の時と同じように、哲也の、唾液は、糸をひいて、京子の、足指から、離れずに、粘稠な糸を引いた。
「ああっ。京子さん。少し酸っぱくて、最高の味です」
哲也は、ハアハアと、息を荒くしながら、言った。
「もう、我慢できません」
哲也は、そう言って、京子の、きれいに剃られた、無毛の、恥部の丘、や、女の割れ目、を、ペロペロ、舐め出した。
哲也は、ハアハアと、息を荒くしながら、京子の、膨らんだ、恥部の丘、を舐めたり、女の、割れ目を、舐めたり、さらに、女の割れ目に、舌を入れたりした。
京子の、女の割れ目は、すでに、哲也の、もどかしい、愛撫のため、濡れていた。
京子は、顔を真っ赤にして、激しく首を振りながら、ヴーヴー、と、激しい、唸り声を、出した。
哲也は、一旦、京子の、体の愛撫をやめて、京子の、体をしげしげと、見た。
「ふふふ。京子さん。これで、もう、京子さんの、体は、ほとんど、全て、味わせて、もらいました。最高に、美味しかったです」
哲也は、そんなことを、満足げな、表情で言った。
「しかし、背中は、まだですね」
京子は、仰向けにテーブルの上に固定されているので、背中には、触れない。
「そうだ。仰向けでも、お尻は、触れますね」
哲也は、そう言って、京子の、閉じられた、尻の割れ目に、指を差し入れた。
そして、指先を、京子の、尻の穴にピタリと当てた。
「ヴー」
と京子は、一際、激しい、唸り声を上げた。
京子の、尻は、すぐに、ギュッと、強い力で、閉じ合わさった。
それが、結果として、哲也の指を、尻の肉で、双方から、挟み込む形になってしまった。
京子の尻が、哲也の指を、挟み込む力が、あまりにも、強いので、京子の腰は、一瞬、浮いた。
「京子さん。凄い力ですよ。京子さんの、一番、感じる所は、お尻の割れ目だったんですね」
哲也は、そんな揶揄を言った。
哲也は、ふふふ、と笑いながら、京子の、尻の穴にピタリと当てた、指を、動かした。
すると、京子は、またしても、
「ヴー」
と、激しく、叫んで、腰を浮かそうとした。
しかし、両手、両足を、カッチリと、テーブルの脚に、固定されているので、逃げようがない。
「ふふふ」
と哲也は、笑って、もう片方の手の指を、京子の、女の穴に入れた。
そこは、ヌルヌルに濡れていた。
哲也は、片方の手で、京子の、尻の割れ目を、責めながら、もう片方の手で、京子の、女の穴に入れた指を、ゆっくりと、動かし出した。
「ヴー」
と、京子は、激しく、叫んだ。
「ふふふ。気持ちいいんですね」
そう言って、哲也は、京子の、尻の穴と、女の穴の、両方を責めた。
哲也は、その責めを、どんどん、激しくしていった。
京子の、体は、激しく、ガクガクと震え出した。
「ヴー」
と、京子は、一際、激しく、叫んだ。
哲也が、京子の、女の穴から、指を抜くと、京子の、女の穴からは、激しく、大量の潮が吹き出した。
「京子さん。とうとう、いきましたね。気持ちよかったでしょう。僕は、女の人の、潮吹き、を見るのは、初めてです」
哲也は、そう言って、京子の、尻の割れ目から、手を引き抜いた。
京子は、しばらく、全身を、ガクガクと、震わせていた。
哲也は、京子の、体の汗を、拭きとりながら、京子の痙攣が、おさまるのを、待った。
京子の、激しい痙攣は、だんだん、おさまっていった。
「それでは、3、が終わりましたから、今度は、4、に行きます」

そう言って、哲也は、「4」と書かれてある封筒を開けた。
その中には、紙切れ、が入っていて、それには、こう書かれてあった。
「先生。冷蔵庫の中に、マグロの刺し身、があります。から、それで、私を女体盛りにして下さい」
哲也は、ニヤリと笑った。
そして、キッチンの冷蔵庫を開けてみた。
そこには、マグロの刺し身が、用意されていた。
哲也は、マグロの刺し身を、京子の、所に持っていった。
「ふふふ。京子さん。女体盛り、に、されたい、なんて、京子さんは、相当なマゾなんですね」
哲也は、そう言って、マグロの刺し身を京子の、体に乗せていった。
哲也は、マグロの刺し身を、京子の、乳首を中心として、放射状に、並べていった。
京子の、両方の乳房は、マグロの刺し身によって、隠された。
はたして、隠された、と、言えるのかは、疑問である。
次に、哲也は、京子の、アソコに、マグロを、並べていった。
「ふふふ。女体盛りは、本当は、拘束しないで、足も閉じていた方が、アソコが、寿司のネタで、隠されて、エロチックなんですけどね・・・まあ、仕方ありません」
哲也は、そう言って、京子の、ツルツルになった、女の恥部に、寿司のネタを、並べていった。
並べ終わって、哲也は、立ち上がって、京子を、しげしげと、眺めた。
「京子さん。とても、エロティックですよ。寿司のネタで、胸と、恥部が隠されていて・・・」
そう言って、哲也は、スマートフォンで、女体盛りされた、京子の、姿を、パシャ、パシャ、と写真に撮った。
哲也は、京子の前で、ドッカと座った。
「ふふふ。女体盛りは、本当は、食べるものではなく、見て楽しむものです。食べてしまうと、せっかく、きれいに、飾った女体盛りが、崩れていって、しまうので、興ざめです。ですが、仕方ありません」
哲也は、そう言って、まず、京子の露出している、乳首を、箸で、クイッと、つまんだ。
京子は、激しく首を振り、眉を寄せ、猿轡された口から、ヴーヴー、と、一際、激しい、唸り声を、出した。
哲也は、京子の、アソコの上に乗っている、マグロの刺し身を、一枚ずつとっては、京子の、女の割れ目に、念入りに、なすりつけて、は、食べていった。
「うん。美味しい。美味しい。まさに、京子さんの、味がします。最高の美味です」
そんなことを言いながら、哲也は、京子の、体に乗っている、マグロの刺し身を、京子の、女の所に、つけては、食べていった。
京子の、アソコから、トロリとした、白濁した愛液が、出てきた。
哲也は、ニヤリと笑った。
「ふふふ。京子さん。感じているんですね」
そう言って、哲也は、寿司のネタに、京子の愛液をつけて、食べていった。
アソコの、マグロの刺し身を、全部、食べてしまうと、哲也は、今度は、京子の乳房の上に乗っている、マグロの刺し身を食べ始めた。
京子の、愛液をつけて。
京子の、愛液は、次から次へと、ドロドロと溢れ出た。
京子は、そうとうな、マゾだと、哲也は、思った。
とうとう、哲也は、京子の体に乗っている、寿司のネタを、全部、食べた。
なので、京子は、また、丸裸になった。
「あー。美味しかった」
そう言って、哲也は、濡れタオルを持って来て、京子の体を、丁寧に拭いた。
「それでは、4、が終わりましたから、今度は、5、に行きます」
そう言って、哲也は、「5」と書かれてある封筒を開けた。
その中には、紙切れ、が入っていて、それには、こう書かれてあった。
「先生。私に浣腸して下さい。私。便秘、なんです。イチジク浣腸が、袋の中に、5本、ありますから、それを、全部、私のお尻の穴に、注ぎ込んで下さい。そして、私を、うんと、くすぐって下さい」
哲也は、洗面器の横に、置いてある、紙袋を開いてみた。
その中には、確かに、イチジク浣腸が、5本、あった。
「浣腸されたい、なんて、京子さんは、相当のマゾなんですね。わかりました。では、浣腸します」
そう言って、哲也は、イチジク浣腸をとって、キャップを外し、先端を、京子の尻の穴に挿入した。
そして、柔らかい、プラスチックの膨らんだ部分をギュッと、押した。浣腸液が、京子の尻の穴に入っていった。
哲也は、1本目の浣腸を抜きとると、2本目、3本目、と、次々に入れていった。
「ふふふ。京子さんの、お尻の穴は、とっても、可愛いですよ。でも、お尻の穴が、浣腸液を、飲み込んで、キュッと、固く、閉じているのは、まるで、浣腸液を、出すまいと、飲み込んでいるようで、とても、面白いですね」
哲也は、そんなことを言った。
とうとう、哲也は、イチジク浣腸を、5本、全部、京子の尻に穴に挿入して、浣腸液を京子の体の中に注ぎ込んだ。
「京子さん。これで、全部、入れました」
京子は、激しく首を振り、眉を寄せ、猿轡された口から、ヴーヴー、と、激しい、唸り声を、出した。
「では、くすぐります」
そう言って、哲也は、京子の、脇の下の窪み、や、脇腹を、コチョコチョと、くすぐった。
5分くらい、すると、京子は、激しく、首を左右に振って、猿轡された口から、ヴーヴー、と、一際、激しい、唸り声を、出した。
「ウンチ、を、したいんですね」
哲也が、聞くと、京子は、首を何度も、縦に振った。
哲也は、京子の腰の下にビニールを敷いた。
そして枕を、乗せて、京子の腰を浮かした。
そして、洗面器を、京子の、尻の下に置いた。
京子は、全身をガクガクさせ出しだ。
とうとう、堰を切ったように、京子の尻の穴から、ブバーと、茶色い液体や、茶色い塊が、次から、次へと、出てきた。
それらは、京子の尻の下に置いてある、洗面器の中に、入った。
「うわー。すごい」
哲也は、思わず、そう言った。
哲也は、京子の腹を、押して、京子の体の中に、溜まっている、便を全部、出させた。
そして、哲也は、京子の便の入った、洗面器を、降ろして、テーブルの下に置いた。
洗面器の中には、京子の、便の塊が、ちらほらと、茶色い液体の中に、入っていた。
哲也は、濡れタオルを、もって来て、京子の尻の穴を、丁寧に拭いた。
そして、京子の尻の下に敷いた、ビニールも取り去った。

「それでは、5、が終わりましたから、今度は、6、に行きます」
そう言って、哲也は、「6」と書かれてある封筒を開けた。
その中には、紙切れ、が入っていて、それには、こう書かれてあった。
「先生。私の、ウンチを食べて下さい。でも、先生が、嫌でしたら、しなくても、構いません。もしも、迷っていらっしゃるのでしたら、7、の封筒を開けて下さい」
哲也は、目を丸くして京子を見た。
まさか、ウンチを食べさせたい、とまで、言ってくるとは。
哲也は、しばし、洗面器の中を、覗いた。
そこには、京子の、便の塊が、ちらほらと、茶色い液体の中に、入っていた。
「どうしようかな」
と、哲也は、ウーンと唸った。
「京子さん。僕は、あなたの、ウンチなら、食べてもいいです。あなた様の、体から出る物は、全て、聖なる物ですから。でも・・・・やっぱり、ウンチとなると、さずがに、僕も勇気が要ります。でも京子さんが、望むのであれば、僕は、喜んで食べます」
哲也は、そう言って、京子を見ると、京子は、猿轡された口からヴーヴー、と、唸り声を出して、激しく首を左右に振った。
それは、明らかに、拒否している仕草だった。
「そうですか。では、とりあえず、7、を見てみます」

そう言って、哲也は、「7」と書かれてある封筒を開けた。
その中には、紙切れ、が入っていて、それには、こう書かれてあった。
「先生。猿轡を解いて下さい。でも、手足の拘束は、解かないで下さい」
哲也は、京子を見て、ニコッと笑った。
哲也は、手紙の指示に従って、京子の猿轡を解き始めた。
「もう、このくらいで、猿轡は、終わりにして欲しい、ということですね。わかりました」
そう言って、哲也は、猿轡を、完全にはずし、京子の、口の中に入っている、布切れを取り出した。
それは、唾液で、グチャグチャに濡れていた。
「先生。見ないで下さい。そして、すぐに、縄を解いて下さい」
京子は、口が自由になると、真っ先に、そう、叫んだ。
「えっ。でも、拘束は、解かないで下さい、と書いてありますよ?」
「それは、順子が書いたものです。これは、全て順子の悪戯です」
京子は、叫ぶように言った。
「そうだったんですか。それでは、拘束を解きます」
そう言って、哲也は、京子の手足の拘束を、解こうとした。
「先生。お願いです。見ないで下さい。何か、で、私の体を隠して下さい」
京子は、咄嗟に言った。
「拘束は、すぐに解きますよ」
と、哲也が言ったが、京子は、一瞬でも、全裸を見られること、が、つらいのだろう。
「はい。はい」
と言って、哲也は、あたりを見回した。
京子の恥毛を、剃った時の、タオルがあったので、とりあえず、それを、京子の、体に上に乗せた。
しかし、あまり大きなタオルではない。京子の、乳房と、恥部を、かろうじて、隠せるだけの大きさのタオルである。
これで、かろうじて、京子の、胸と、恥部は、隠された。
しかし、この姿は、エロティックだった。
「先生。早く縄を解いて下さい。お願いです」
京子は、哲也を、急かした。
「はい。はい」
と言って、哲也は、京子の、両手首と、両足首を、テーブルの脚と、つなげている、縄を解いていった。
まず、左手首の拘束を解き、次に、右手首の拘束を解いた。
京子は、手の拘束が、解かれると、急いで、体の上に乗っている、小さな、タオルの上から、隆起した、胸と、恥部を、しっかりと、押さえた。
次に、哲也は、左足首の拘束を解き、次いで、右足首の拘束を解いた。
これで京子の拘束は、全て解かれ、手足が自由になった。
手足が自由になった京子は、パッと起き上がった。
「先生。お願いです。見ないで下さい」
そう、京子が言ったので、哲也は、クルリと体を、反転させ、京子に、背を向けた。
後ろで、カサコソ京子が、服を着ている音がする。
「もう、服は着ましたか?」
哲也が聞くと、京子は、
「ええ」
と答えた。
それで、哲也は、クルリと、京子の方を向いた。
京子は、白いブラウスに、紺のスカートを履いていた。
今まで、ずっと、京子の裸を見て、京子に、ありと、あらゆることをして、弄んだ、とは、思えないほど、京子は、清楚な姿だった。
京子は、ウンチの入った、洗面器を見ると、顔を赤くして、それを拾い上げ、急いで、トイレに持って行った。
ジャー、とトイレの水洗で流す音が聞こえてきた。
そして、すぐに、六畳の部屋にもどってきた。
「先生。もう、私の、全てを見られてしまって、死にたいほど、恥ずかしいです。確かに、先生には、ちょっと、エッチなことも、されたい、とも、思っていました。しかし、それは、もっと先で、それは、先生が、順子にしたような、ソフトな、ほんのりするようなものです。女は、男の人には、全ては、知られたくないんです。秘密の部分を、残しておきたいんです」
京子は、叫ぶように言った。
「京子さん。僕は、あなたの、体を隅々まで見てしまいました。しかし、それは、あなたに対する、魅力の低下、とは、なりません。なぜなら、確かに、一度、僕は、あなたの隅々まで、見てしまいましたが、もう、これからは、見ることが、出来ません。それは、あなたの意志にかかっているからです。僕は、あなたの許可がなければ、あなたの、裸を見ることは、出来ません。ですから、最初の状態に戻っただけです。僕は、あなたの意志、許可に翻弄され続けるだけです」
哲也は、そう言って、京子を、慰めた。
「でも、一体、どうして、こんなことに、なったんですか?」
「それは、順子の、悪質な悪戯です。今朝、順子が、この部屋に来て、私を裸にして、テーブルに乗せ、大の字に縛ったんです。そして、猿轡をしたんです。封筒の中の、文章は、前もって、順子が、書いておいて、用意しておいたのです。マグロの刺身も順子が冷蔵庫に入れておいたものです。イチジク浣腸も、順子が、買っておいたのです。ひどい。許せない。管鮑の交わり、までした、親友に、こんな仕打ちをするなんて・・・」
京子の、心は、哲也に対する、恥ずかしさ、から、順子に対する、憎しみ、に代わっていた。
「でも、どうして、順子さんは、あなたに、このような、悪戯をしたんでしょうか?」
「それは、当然、私に対する嫉妬です。私が今日、先生と、二人きりで、八幡平に、ドライブに行くのを、順子は、嫉妬したんです。うー。この恨み、どう、はらして、くれりょうか」
京子は、しばし、考えていたが、
「先生。いいアイデアを思いつきました」
「どんな、アイデアですか?」
「順子を、ここに、おびきよせるんです。そして、順子にも、私が、されたような、辱めの責めをするんです」
京子は、鼻息を荒くして言った。
「先生。先生も、先生です。私を、さんざん、私を弄んで・・・。いくらなんでも、こんな、ひどい責め、なら、少しは、これが本当に、私の望んでいる、ことなのだろうか、と疑ってくれても、いいんじゃないでしょうか。そして、途中で、猿轡を、とって、私の話を聞いてくれても、いいんじゃないでしょうか?私は、さんざん、首を横に振りました」
京子は、鼻息を荒くして言った。
「すみません。京子さん。確かに、京子さんの、言う通りです。僕が鈍感すぎました。あなたを責めることに、夢中なってしまって、あなたに対する、思い遣りの気持ちを、すっかり、忘れてしまっていました」
そう哲也は、京子に謝罪した。
「では、先生。順子を責める、仕返し、を、先生も手伝って下さい」
京子は、強い口調で言った。
「わかりました。京子さん」
哲也は、京子に対して、頭が上がらなかった。
「先生。私。もう一度、裸になります。そして、テーブルの上で、大の字に、縛られます。敵を欺くためには、まず、敵から・・・です」
京子の目は、復讐の炎が燃えさかっていた。
「先生。ちょっと、後ろを向いていて、下さい」
言われて、哲也は、後ろを向いた。
背後で、ガサゴソ、京子が、着替えする音がする。
「もう、前を向いてもいいです」
京子が、そう言ったので、哲也は、クルリと、体を反転し、京子に、向き直った。

「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「3」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」

京子は、ビキニを着ていた。
京子は、スマートフォンを、手に取ると、急いで、順子に、電話した。
トゥルルルルッ。
「はい。順子です」
順子が出た。
「順子。私よ。京子よ。あなたの、してくれた、細工のおかげで、私、すっかり、マゾの喜びを知ってしまったわ。あなたが、してくれた、1、から、7、まで、たっぷり、楽しんだわ」
京子が、甘い鼻にかかった声で言った。
「そう。それは、よかったわね。それで、もう、7、が終わって、大の字縛りも、解けて、いるのね?」
「いえ。違うわ。猿轡は、先生に、解いてもらったけれど、裸で、テーブルの上で、大の字縛りは、そのままだわ。順子。私、もっと、もっと、責められたいの。あなたも、来て、先生と、二人で一緒に責めてくれない?」
「ふふふ。いいわよ」
「順子。イチジク浣腸は、ある?」
「あるわ」
「じゃあ、それを、もって来て。浣腸責め、が、特に、気に入っちゃったの。先生と、あなたの二人に、虐められたいの」
京子は、甘い、鼻にかかった声で、言った。
「わかったわ。じゃあ、それを、持って、すぐ行くわ」
そう言って、順子は、電話を切った。
順子の声は、ウキウキしていた。
京子は、テーブルの上に乗ると、ビキニのブラジャーと、パンティーを外した。
そして、両方の乳首には、ニプレスをつけて、隠し、アソコにも、ニプレスを貼って、かろうじて、女の割れ目が、見えないようにした。
また、丸裸、同然になった、京子に、哲也は、うっ、と声を出して、マラが勃起した。
京子は、テーブルの上に仰向けになった。
「先生。体の上に、タオルを掛けて下さい」
京子が、そう言ったので、哲也は、京子の体の上に、タオルを乗せた。
これで、京子の、乳房と、恥部、は、隠された。
京子は、手と足を、伸ばした。
「先生。また、大の字に、縛って下さい。でも、テーブルの脚は、しっかり、固定したまま、手首は、縛ったように、見せかけるだけで、緩く巻いておくだけに、しておいて、下さい」
京子が、そう言った。
「はいはい。わかりました」
哲也は、そう言って、テーブルの4本の脚に固定されている、縄を、京子の手首にクルクルと緩く巻いた。
それは、見た目には、縛られているように、見えた。
「先生。順子が来たら、順子を、取り押さえて、下さい。順子は、油断しているから、二人ががりで、意表をついて、襲いかかれば、取り押さえられます」
京子は、そう言った。

「16」

ピンポーン。
チャイムが鳴った。
「順子だわ。先生。タオルを、とって下さい」
京子が言った。
哲也は、京子の体の上に乗っていた、小さいタオルをとった。
京子は、乳首に、小さなニプレスを、つけて、アソコにもニプレスを、貼っただけで、丸裸、同然だった。
いや、これは、丸裸より、男を興奮させる姿である。
女の裸を、見たいのに、見れない、という、悩ましさ、が、男を興奮させるのである。
哲也は、玄関に行って戸を開けた。
順子が立っていた。
「こんにちはー」
順子は、元気よく挨拶した。
「やあ。順子さん。よくいらっしゃいました」
そう言って、哲也は、順子を、アパートに入れた。
順子は、ズカズカと、京子のいる、六畳の部屋に、哲也と、入っていった。
「やあ。京子。いい格好ね」
順子は、京子を見ると、そう言って、あはは、と大声で笑った。
順子は、テーブルの上で、女の恥ずかしい、三ヵ所を、小さな、ニプレスを貼って、隠した、裸、同然の、姿で、大の字に、縛られている。
「ふふふ。京子。ちゃんと、イチジク浣腸を持ってきたわよ」
そう言って、順子は、イチジク浣腸を、京子に見せた。
「順子。あなた。随分、手の込んだ、悪戯するのね。口惜しいけど、私。すっかり、マゾになっちゃったわ」
テーブルの上で、大の字に、裸、同然の姿で、縛られている、京子が言った。
「ふふふ。アソコも、ツルツルね。可愛いわよ」
順子は、そう言って、京子のツルツルの恥部を触った。
「ふふふ。このニプレスも、はずした方がいいんじゃないかしら?」
そう言って、順子が、京子の、胸のニプレスに手を伸ばした。
その時だった。
京子は、「えいっ」、と、順子の手をつかんだ。
縛られているはずの、京子の手が、いきなり、順子の、手をつかんだので、順子は、不意をつかれた。
「先生。早く、順子を、つかまえて」
京子が言った。
京子に言われて、哲也は、京子の言う事には、逆らえないので、背後から、ガッシリと順子を取り押さえた。
京子も、ガバッと、起き上がって、京子の体を、前から、ガッシリと、つかまえた。
「な、何をするの?これは、どういうことなの?」
順子は、焦って言った。
京子は、急いで、サッと、裸のまま、テーブルから、降りた。
そして、二人の力で順子を、哲也と協力して、テーブルの上に、仰向けに、乗せた。
「先生。順子の腹の上に乗って」
京子が言った。
「すまない。順子さん」
そう言って、哲也は、順子の腹の上に、馬乗りになった。
哲也の体重は、62kgの重さで、一方、順子は、46kgである。
とても、順子は、動くことが出来なかった。
「な、何をするの?」
順子が焦って、叫んだが、哲也も、京子も、何も言わない。
京子は、裸のまま、サッと、順子の、左足の方に行き、テーブルの左下の脚に取り付けられている、縄を、順子の、左足首に、縛りつけた。
そして、すぐに、順子の右足も、テーブルの右下の取り付けられている、縄で、順子の、左足首、縛った。
これで、もう、順子は、両足を縛られた。
京子は、順子の頭の方に回り、左の手首を、テーブルの、左上の脚に、取り付けられる縄を京子の左手首に縛り、右手首も、テーブルの右上の脚に取り付けられている、縄に縛りつけた。
これで、順子は、両手、両足を縛られて、テーブルの上で、大の字縛りにされてしまった。
京子は、急いで、パンティーを履き、ブラジャーをつけた。そして、スカートを履いて、ブラウスを着た。
「ふふふ。順子。これで、立ち場が逆転したわね」
と、京子は、勝ち誇ったように、笑った。
京子は、「ふふふ」と、笑いながら、ハサミで、順子の着ている薄い、ブラウス、と、スカートをジョキジョキ、切って取り去った。
順子は、パンティーと、ブラジャーだけになった。
京子は、ブラジャーと、パンティーも、切って、体から取り去った。
これで、順子は、覆う物、何一つない、丸裸になった。
「京子。どうして、私に、こんなことをするの?」
順子が聞いた。
「そんな、わかりきったこと、何で聞くのよ?あなたが、私をだまして、先生に、さんざん、私を弄ばせたくせに・・・。その仕返しじゃない」
京子が言った。
「そ、それは違うわ」
「どう違うのよ?」
「それは、あなたが、私に、恩を仇で返した、から、じゃない」
「何を、わけのわからない事、言っているのよ。あなたは、私の名前を使って先生と、メールの遣り取りをしたり、私のパンティーを盗んで、先生に送ったり。と、さんざん、悪さした上に、挙句の果てには、私に嫉妬して、私にさんざん、恥の極致を味あわせたり、したくせに・・・」
そう言われると、順子は、京子の言っていることが、正しいように、思われてきた。
女は、忘れっぽいのである。
多分に、えてして、概ね、女の思考というものは、その場、その場の、感情に、よって、決まってしまうものである。
決して、論理的、知性的、なものでは、ないのである。
人類の歴史を見ても、哲学者というものは、男だけであって、女の哲学者というは、いない、ということが、それを、ちゃんと、確実に、間違いなく、証明している。
順子は、言葉を返すことが出来なかった。
大の字に縛られた、順子の体は、美しかった。
スラリと伸びたしなやかな脚。細い華奢なつくりの腕と肩。細くくびれたウェスト。それとは対照的に太腿から尻には余剰と思われるほどたっぷりついている弾力のある柔らかい肉。それらが全体として美しい女の肉体の稜線を形づくっていた。
「ふふふ。順子。覚悟は、いいわね。まずは、あなたの毛を剃るわ」
京子は、意地悪っぽく、笑った。
「復讐は最大の快楽」、とは、「モンテ・クリスト伯」の作者の、アレクサルドル・デュマの言葉であるが、京子の喜びよう、は、まさに、それを表わしていた。
「先生。順子の毛を剃って下さい」
京子が言った。
哲也は、京子と、順子の、争いには、関係なく、中立の立場だったが、京子の復讐の執念を止めることは、出来なかった。
それに、京子を、さんざん、弄んでしまった、ために、哲也は、京子の言うことに、逆らえなかった。猿轡をされた、京子が、実は、やめて欲しいことを、訴え続けていたのに、それに、気づけなかった、ことにも、責任を感じていた。
さらに、裸で大の字縛りにされている順子の困惑した顔を見ているうちに、京子と、二人で、縛められた順子を、嬲ってやりたい、気持ちが、沸々とわいてきた。
「順子さん。すみません。僕は、京子さんの命令には、逆らえないんです。では、毛を剃らせてもらいます」
哲也は、そう言って、京子の時と、同じように、順子の恥毛を剃り出した。
哲也は、まず、ハサミをとり、順子の恥毛、を、根元から、つまんで、ジョキ、ジョキ、切っていった。
京子は、順子の丸出しになった、乳房を、悪戯っぽく、「ふふふ」と、笑いながら、揉んだり、乳首をつまんだりした。
「ああー。先生。やめて下さいー」
「京子。お願い。許してー」
順子は、叫んだが、哲也と、京子は、やめない。
切り進むにつれて、だんだん、恥毛で隠されていた、順子の、女の、割れ目、が見えてきた。
「これは、宝物として、頂きます」
そう言って、哲也は、ティッシュ・ペーパーを広げ、その、上に、切った、順子の恥毛を乗せていった。
あらかた、恥毛を切ってしまうと、順子の、女の割れ目も見えてきた。
しかし、恥部には、まだ、芝を、荒っぽく刈った後のように、中途半端に切られた陰毛が叢生していた。
哲也は、洗面器の水に石鹸を混ぜた。そして、その水を、手ですくって、順子の、恥部に塗っていった。
そうして、カミソリで、刈り残りの恥毛を、剃っていった。
カミソリで、きれいに、剃りあげる感触は、楽しかった。
哲也は、何度も、石鹸水を、順子の、恥部に塗りつけては、カミソリで、恥毛を剃っていった。
とうとう、順子の恥毛は、きれい、さっぱりに、剃られて、順子の恥部は、童女のように、ツルツルになった。
閉じ合わされた、女の割れ目も、クッキリと、露わになった。
「順子さん。とっても、かわいい、割れ目が、もろに見えますよ」
哲也は、そんな揶揄を言った。
「ふふふ。順子。割れ目が、クッキリと見えて、とっても、可愛いわよ」
京子は、ツルツルになった、京子の割れ目を、パシャ、パシャ、とスマートフォンで写真に撮った。
そして、テーブルの上で、大の字縛りにされている、順子の写真も、パシャ、パシャ、と、スマートフォンで写真に撮った。
京子は、スマートフォンで撮った順子の写真を、順子の顔に近づけた。
「い、嫌っ」
順子は、写真を見ると、顔を真っ赤にして、写真から顔をそらした。
「ふふ。順子。私の裸を見て下さい、筒井順子、と書いて、ネット上に、投稿しちゃおうかしら」
京子は、せせら笑いながら、そんなことを、言った。
「や、やめてー。京子。お願い。そんなこと、しないでー」
順子の顔は、真っ青になった。
「するか、しないかは、考えておくわ」
京子は、余裕の口調で言った。
「じゃあ、次は、イチジク浣腸ね」
京子は、順子の、乳房を、ピンと、はねて言った。
そして、哲也に向かって、
「先生。順子に、イチジク浣腸をして下さい」
と頼んだ。
「はい。京子さん」
哲也は、気軽に了解した。
哲也は、イチジク浣腸をとって、キャップを外し、先端を、順子の尻の穴に挿入した。
「や、やめてー」
順子が叫んだ。
「何、言ってるの。あなたは、私に、同じ責め、を、させたじゃない。人にした、ことを、自分は、したくない、なんて、ずるいわよ」
そう言いながら、京子は、順子の、ガラ開きの、腋下の窪みをくすぐった。
「先生。浣腸して下さい」
京子は、哲也に向かって、言った。
「はい。京子さん」
哲也は、柔らかい、プラスチックの膨らんだ部分をギュッと、押した。イチジク浣腸は、ペコンと凹んだ。浣腸液が、京子の尻の穴に入っていった。
「ああー」
順子は、美しい黒髪を揺さぶって、叫んだ。
哲也は、1本目の浣腸を抜きとると、2本目、3本目、と、次々に入れていった。
「ふふふ。順子さんの、お尻の穴は、とっても、可愛いですよ。でも、お尻の穴が、浣腸液を、飲み込んで、キュッと、固く、閉じているのは、まるで、浣腸液を、出すまいと、しているようで、とても、面白いですね」
哲也は、そんなことを言った。
とうとう、哲也は、イチジク浣腸を、5本、全部、順子の尻に穴に差し込んで、順子の体の中に注ぎ込んだ。
「順子さん。これで、全部、入れました」
哲也は、そう順子に、言い聞かせた。
「ああー」
順子は、美しい黒髪を揺さぶって、叫んだ。
あとは、順子に便意が起こるのを、待つだけである。
「ふふ。順子。乳首が勃起しているわよ。興奮してるんでしょう?」
京子は、そう言って、順子の、乳首をコリコリさせたり、脇の下をくすぐった。
「ああっ。順子さん。順子さんの、美脚は、素晴らしい」
哲也は、そう言って、順子の太腿を舐めたり、しがみついたりした。
二人の、もどかしい、刺激も、加わって、順子は、尻をプルプル震わせ出した。
「ふふ。順子。便意が起こってきたのね」
京子は、順子の首筋や脇腹を、爪を立てて、スーとなぞりながら、言った。
京子は、順子の尻の下に、大きなビニールを敷いた。
「お願い。京子。もう我慢できないの。洗面器を、お尻の下に置いて」
順子は、京子に憐れみを求めるように、言った。
「ふふ。いいことを、思いついたわ」
京子は、意地悪な、目で順子を見た。
京子は、大きな枕を順子の腰の下に置いた。
それによって順子の腰と尻が、持ち上げられた。
「先生。順子の尻の穴の下に、顔を当てて下さい。そして、順子の尻の穴の前で、口を開けて下さい。私を、さんざん弄んだ罰です」
京子が、哲也に言った。
「はい。わかりました」
哲也は、そう言って、上着と、シャツを脱ぎ、上半身、裸になった。
そして、テーブルの上に、仰向けに、なって、顔を順子の下に、潜らせて、順子の、尻の穴の前で、アーンと、大きく口を開いた。
「順子。この砂時計が、落ち切るまで、我慢したら、先生を、どけて、洗面器を、尻に当ててあげるわよ」
そう言って、京子は、順子の、顔の横に、砂時計を、逆さまにして、置いた。
サラサラと、砂が、細い管を通って、下の容器に流れ始めた。
哲也は、順子の、尻の下で、ちょうど、自動車修理工が、自動車の下から車の下に潜り込んで、自動車を修理するように、順子の尻の下で、順子の、尻の割れ目をグイと開いたり、尻を揉んだり、尻の割れ目を、指で、スーとなぞったりした。
そして、順子の尻の穴に、口を当てて、舌を出して、順子の尻の穴に、舌の先を入れた。
「ひいー」
順子は、悲鳴を上げた。
「や、やめて下さい。先生」
順子が叫んだ。
「順子さん。僕の口の中に、ウンチを出して下さい。僕は、順子さんが、好きですから、順子さんの、ウンチなら、喜んで、食べます。気にしないで下さい」
哲也が言った。
「わ、私が気にします」
順子は、尻をプルプル震わせながら、言った。
「ほら。先生も、ああ、言ってるんだから、遠慮しないで、ウンチを、先生の口の中に、出しちゃいないさいよ」
京子が、順子の、乳首をコリコリさせながら、言った。
順子は、横を向いて、砂時計を見た。
砂は、まだ、半分くらいしか、落ちていなかった。
「ああー。も、もう、我慢できないー」
順子は、そう、叫んだ。
哲也は、大きく口を開いて、口を順子の尻の穴の、すぐ前に、構えた。
順子の尻の穴から、ウンチが、ブバーと、吹き出した。
哲也は、順子の、ウンチを、口で受け止めた。
そして、それを、急いで、飲み込んだ。
順子の、尻の穴からは、堰を切ったように、次から、次へと、吹き出したが、哲也は、それを、全部、口で受け止めて、は、飲み込んだ。
とうとう、順子の排便が終わった。
哲也は、口を、順子の尻の穴に当てて、ペロペロと尻の穴を舐めた。
「ああっ。やめて下さい」
と、順子が言った。
哲也は、テーブルの上から、降りた。
そして、上着と、シャツを着た。
そして、濡れタオルで、順子の尻を、丁寧に、拭いた。
拭きながら、哲也は、
「あーあ。とうとう、順子さんの、ウンチを食べちゃった」
と、ふざけた口調で言った。
「どお。順子。先生の口に、ウンチを放出した時の気分は?」
京子が、順子の乳首をコリコリさせながら、聞いた。
哲也も、順子の、太腿を、爪を立てて、スーとなぞった。
「もう。全てを、晒け出したから、もう正直に言うわ。はじめは、絶対に、出さないように、と、我慢していた、けれど、いったん、ウンチを出しちゃったら、あとは、もう、先生に、私のウンチを、食べさせたくなっちゃったの。先生の口にウンチを出していると思うと、最高に、気持ちが良くなっちゃったわ」
と、順子が正直な告白をした。
「順子さん。僕も、あなたのウンチを食べることが出来て、幸せです」
と、哲也が、言った。
「京子。もう、私の負けだわ。好きなようにして。うんと、虐めて」
順子が、ねだるような口調で言った。
「ふふふ。順子。とうとう、マゾになっちゃったわね。いいわ。うんと、虐めてあげるわ」
京子が、勝ち誇ったように言った。
「先生。私たち、二人で、うんと、順子を虐めてあげましょうよ」
京子が哲也を見て言った。
「ああ。そうだね」
と哲也は言った。
哲也と京子の二人は、二人がかりで、順子を弄んだ。
京子は、順子の上半身を責めた。
首筋、や、脇の下、や、脇腹、を、くすぐったり、爪を立てて、スーとなぞったりした。
そして、順子の、乳房を揉んだり、乳首を、コリコリさせたりした。
哲也は、順子の下半身を責めた。
太腿に抱きついたり、太腿の内側を、スーと爪を立てて、なぞったり、足の裏を、くすぐったりした。
順子の息が、ハアハアと、だんだん、荒くなっていった。
「ああー。いいー。もっと、いじめて」
順子は、被虐の告白を叫んだ。
「ふふ。言われなくても、いじめてあげるわ」
京子が言った。
京子は、順子の、首筋、や、脇の下、や、脇腹、を、くすぐったり、爪を立てて、スーとなぞったりした。
そして、順子の、乳房を揉んだり、乳首を、コリコリさせたりした。
哲也は、順子の、アソコに、指を入れた。
そこは、粘々していた。
哲也は、指の先で、順子の、女の穴の中の、色々な部分を刺激してみた。
ある所を、刺激すると、順子は、
「ああー。ひいー」
と、叫び声を上げた。
「ふふふ。ここが、順子さんのGスポットなんですね」
と、哲也は、笑いながら言った。
「そ、そうです」
と、順子は、答えた。
哲也は、順子の、Gスポットを、刺激しながら、指で、尻の割れ目を、スーとなぞった。
「ひいー」
順子は、悲鳴を上げた。
咄嗟に、順子は、尻の肉に、力を入れて、尻の割れ目を、閉じ合せようとした。
それが、哲也の、指を尻の肉で、両方から、挟み込む形になってしまった。
哲也は、「ふふふ」と、笑って、順子の、尻の穴に、指先を当てた。
順子の体は、尻の肉に、力を入れることによって、弓なりに、反った。
それによって、順子の腰が浮いた。
そのため、順子の恥部は、哲也の方に向かって、突き出て、さも、見てくれ、と、ばかりの格好になった。
哲也は、順子のクリトリスを、刺激した。
尻の穴への刺激と、Gスポットの刺激と、クリトリスの刺激の、三点刺激によって、順子は、
「ひいー。ひいー」
と、髪を振り乱しながら、叫んだ。
哲也は、順子の女の穴に入れた指を、前後に、動かし出した。
「ああー」
順子は、悲鳴を上げた。
順子の、アソコが、クチャクチャと、音を立て出した。
そして、順子のアソコから、粘稠な、白濁液が、ドロドロと、出てきた。
京子は、その間も、あいかわらず、順子の顔を上から覗き込みながら、乳房を揉んだり、乳首を、コリコリさせたりしている。
哲也は、指の振動を、いっそう、激しく、速めた。
「ああー。出ちゃうー」
順子が悲鳴にも近い声で叫んだ。
哲也は、サッと、順子の、女の穴に入れていた、指を抜いた。
順子のアソコから、激しく、潮が吹き出した。
それは、放射状に、何度も、大量に放出された。
順子は、しばし、ガクガクと、全身を痙攣させていた。
「順子さんの、潮吹き、凄いですね」
哲也が言った。
順子は、しばしの間、全身をガクガクと、痙攣させていた。
京子と哲也の二人は、それを見守った。
時間が経つにつれ、順子の痙攣は、おさまっていった。
順子の全身は、脱力したように、じっとして、動かなくなった。
「順子さん。気持ちよかったでしたか?」
哲也が聞いた。
「ええ。最高だったわ。こんな快感は、生まれて、初めてだわ」
順子は、目を閉じたまま言った。
順子の顔は、エクスタシーの後の、快感の余韻に浸っているようだった。
「もっと、いじめて、あげましょうか?それとも、もう、やめますか?」
哲也が聞いた。
「好きにして」
順子が言った。
「じゃあ、いじめて、あげます」
そう言って、哲也は、また、順子の、女の恥部を弄り出した。
「ああん」
順子は、またしても、くすぐったい、喘ぎ声を出しはじめた。
「順子。あなた。ずるいわよ。自分だけ、マゾの喜びを楽しんじゃって」
京子が、不満そうな顔で言った。
こんなはずじゃなかった。自分がされた、屈辱を順子に味わせて、やるはずだった。
なのに、順子は、哲也に、ウンチまで、食べさせて、潮まで吹いて、快感を味わっている。
「そんなに、マゾの喜びを、味わいたいのなら、うんと、味あわせてあげるわ」
そう言って、京子は、ブラウスと、スカートを脱いで、ブラジャーと、パンティーだけになった。
そして、テーブルの上に乗って、順子の腹の上に、馬乗りになった。
京子は、足の裏で、順子の顔を、グイグイと踏みつけた。
「ああー」
順子は、踏みつけられて、歪んだ顔になり、京子の足の裏から、喘ぎ声を出した。
「ふふ。京子さん。順子さんの、アソコから、また、白濁液が出始めましたよ」
哲也が言った。
京子が、後ろを振り向くと、確かに、順子のアソコから、白濁液が出ていた。
「ほら。私の足の指を、お舐め」
そう言って、京子は、順子の口の中に、左足の、親指を突っ込んだ。
順子は、それを、嫌がるどころか、貪るように、京子の足指を、舐めた。
左足の指を全部、順子に舐めさせると、今度は、右足の指を順子に舐めさせた。
順子は、貪るように、京子の足指をペロペロ舐めた。
「ふふふ。いいことを思いついたわ」
そう言って、京子は、パンティーを降ろして、脱いだ。
京子は、ブラジャーだけ、になった。
京子は、体を反転させて、哲也の方に向いた。
京子は、順子とは、69の形になった。
そして、尻を順子の顔の上に、位置する所に、定めた。
「順子。大きく口を開きなさい。オシッコをしてあげるから、全部、口で、受け止めて、飲むのよ」
京子は、そう言って、アソコを、順子の口の間近に、近づけた。
「はい」
順子は、素直に返事して、京子に言われたように、口をアーンと、大きく開いた。
しばしして、シャーと、京子のアソコから、オシッコが勢いよく、放出した。
順子は、それを口で受け止めて、ゴクゴクと、飲んだ。
「はあ。やったわ。とうとう、順子に、オシッコを飲ませちゃった」
京子が、勝ち誇ったように言った。
京子は、そのまま、尻を降ろしていき、順子の顔に、尻を乗せた。
「ふふふ。どう。順子。屈辱的でしょう?」
そう言って、京子は、順子の顔に乗せた尻を揺すった。
順子は、ヴーヴー、と声にならない、呻き声を上げた。
「ふふふ。さあ。舌を出して、オシッコをちゃんと、拭きなさい」
京子は、そう言って、アソコを順子の顔から、少し、離した。
すると、順子は、京子に言われたように、顔を少し、持ち上げて、京子の、女の割れ目を、舌を出して、ペロペロと、舐め出した。
「ああっ」
京子は、ビクッと体を震わせた。
アソコを、舐められて、激しい、快感と、興奮が、京子を、襲ったのである。
順子は、毛の剃られた、京子の恥部を、舌を伸ばして、ペロペロと、舐めた。
そして、さらに、京子の尻の割れ目も、舌でペロペロ舐めた。
「ああー」
京子は、全身をガクガクと、震わせた。
順子は、舌を伸ばして、京子の、尻の穴に、舌を入れてきた。
「ああー。感じちゃうー」
京子は、ブルブルと、全身を震わせた。
激しい、官能の刺激が、京子に襲いかかった。
「も、もっと舐めて。もっと、気持ちよくして」
そう言って、京子は、手を震わせながら、ブラジャーをはずした。
全裸になって、より、淫乱になりたいために。
京子は、上半身を倒した。
京子と、順子の体が、ピッタリと、くっつき、二人は、69、の体勢になった。
京子の目の前には、順子の股間がある。
それは、恥毛を剃られて、ツルツルだった。
京子は、順子の女の恥部をペロペロ舐めた。
「ああー。京子。感じちゃうー」
順子が叫んだ。
「順子。私の、アソコも舐めて」
京子は、あられもないことを、あられもなく言った。
二人は、お互いの、女の部分を、激しく舐め合った。
順子が、京子のアソコや、尻の割れ目を、舐めると、その、京子は、その、つらい、もどかしい快感を、順子の、女の部分を舐めることによって、耐えようとした。
それは、順子も、同じだった。
激しい、興奮のはけ口を、順子は、京子の女の割れ目や、尻の割れ目を、舐めることで、耐えようとした。
こうして、二人の興奮は、どんどん加速していった。
二人が興奮するのは、単に、肉体の快感と、レズという、禁断の行為のためだけではない。
当然、二人の狂態を、哲也に、見られている、ということが、二人の興奮を高める、大きな要因になっていたことは言うまでもない。
二人のレズを、見ていた、哲也は、京子の、尻の方に、行った。
「ふふふ。京子さん。四つん這いの姿勢になって下さい」
哲也が、笑いながら言った。
「はい」
京子は、素直に返事して、順子の体の上で、尻を上げ、手を伸ばして、突っ張って、犬のように、四つん這いの姿勢になった。
京子の真下には、大の字に縛られた、順子がいる。
「ふふふ。京子さん。大きな、お尻が、クッキリと、見えますよ」
と、哲也は、京子を揶揄した。
「み、見て。先生。私の全てを、うんと見て」
京子は、あられもないことを、あられもなく言った。
そして、足を少し開いた。
そのため、京子の、尻の割れ目が、少し開いた。
哲也は、京子の、尻の割れ目に、サッと、手を入れた。
そして、尻の割れ目を、スー、と指先で、なぞった。
「ああー」
もどかしい感覚が京子を襲って、京子は、咄嗟に、大声を出した。
哲也は、さらに、指先を、京子の、女の割れ目に、持っていき、女の穴に、指を入れた。
穴の中は、粘々していた。
哲也は、指の先で、京子の、女の穴の中の、色々な部分を刺激してみた。
ある所を、刺激すると、京子は、
「ああー。ひいー」
と、叫び声を上げた。
「ふふふ。ここが、京子さんのGスポットなんですね」
と、哲也は、笑いながら言った。
「そ、そうです」
と、京子は、答えた。
哲也は、京子の、Gスポットを、刺激しながら、もう一方の手で、尻の割れ目を、スーとなぞった。
「ひいー」
京子は、悲鳴を上げた。
哲也は、京子の、Gスポットを、刺激しながら、もう片方の手で、京子の、乳房を揉んだり、乳首を、コリコリさせたりした。
京子は、全身をガクガク震わせて、つらい、しかし、脳天を突くような、激しい刺激に、耐えた。
「ふふふ。京子さん。何だか、僕は、トリマーになって、犬を、愛撫しているような、感覚になってきました」
哲也は、そんな揶揄を言った。
事実、四つん這いになっている京子を、哲也が、弄んでいる図は、トリマーが、動物の手入れをしている図と、全く同じだった。
「そうです。私は、犬です。先生。もっと、もっと、虐めて下さい」
京子は、あられもないことを、あられもなく言った。
「先生。クリトリスも、刺激して下さい」
京子は、あられもないことを、あられもなく言った。
「はい。はい」
哲也は、中指で、京子のGスポットを、刺激しながら、人差し指で、京子の、クリトリスを刺激した。
尻の穴への刺激と、Gスポットの刺激と、クリトリスの刺激と、乳房を揉まれる、4点刺激によって、京子は、
「ひいー。ひいー」
と、髪を振り乱しながら、叫んだ。
哲也は、京子の女の穴に入れた指を、前後に、動かし出した。
「ああー」
京子は、悲鳴を上げた。
京子の、アソコが、クチャクチャと、音を立て出した。
京子のアソコから、粘稠な、白濁液が、ドロドロと、出てきた。
哲也は、その間も、あいかわらず、京子の、乳房を揉んだり、乳首を、コリコリさせたりした。
哲也は、指の振動を、いっそう、激しく、速めた。
「ああー。出ちゃうー」
京子が叫んだ。
「潮吹きですか?」
哲也が、指を動かしながら、聞いた。
「はい」
京子は、ハアハア息を荒くしながら言った。
「順子。口を大きく開けて。潮も、あなたに飲ますから」
京子が言った。
京子の尻の真下には、順子の顔がある。
「はい」
順子は、京子に言われて、口を大きく、アーンと開けた。
その時。
「ちょっと、待って下さい。京子さん。京子さんの、潮は、僕が飲みます」
と、哲也が言った。
「京子さん。犬が、オシッコをする時のように、片足を上げて下さい」
哲也が、女の穴の中に入っている指を動かしながら言った。
「は、はい」
京子は、哲也に言われたように、片足を、犬が、オシッコをする時のように上げた。
哲也は、急いで、京子の、アソコの間近に顔を近づけて、口を大きく開けた。
「ああー。出ちゃうー」
京子が狂おしい叫びをあげた。
哲也は、急いで、サッと、京子の、女の穴に入れていた、指を抜いた。
その瞬間。
京子のアソコから、激しく、潮が吹き出した。
哲也は、それを、口で受け止めて、ゴクゴクと飲んだ。
潮は、次から、次へと、大量に出たが、哲也は、それを、全部、口で受け止めて、飲んだ。
全部、出し切ると、京子は、ガックリと、全身の力を抜いた。
京子は、テーブルの上で、大の字縛りにされている、順子の上に、体を倒した。
しばし、京子は、ハアハアと、荒い呼吸をしていた。
しかし、時間の経過とともに、だんだんと、おさまっていった。
京子は、何かを思い立ったかのように、ムクッと、体を起こした。
そして、床の上にある、イチジク浣腸を、一本、とった。
そして、京子は、また、四つん這いになって、自分で、自分の尻の穴に、イチジク浣腸を、差し込んで、ペコンと、膨らんだ所を、凹ませて、浣腸液を、自分の尻の穴の中に入れた。
しばしして、京子の尻がブルブル震え出した。
便意を催してきたのだろう。
「順子。口を大きく開けて」
京子が言った。
京子に命じられて、順子は、口をアーンと、大きく開いた。
その時。
京子は、哲也の方に顔を向けた。
「先生。私のウンチも、食べてくれますか?嫌なら、いいです。順子に食べさせます」
京子の発言に、哲也は、驚いた。
しかし、すぐに気を取り直して、
「京子さん。僕はあなたが好きです。ですから、あなたのウンチなら、喜んで食べます」
そう言って哲也は、大きく口を開いて、口を順子の尻の穴の、すぐ前に、構えた。
「ああー。出る―」
京子は、叫んだ。
京子の尻の穴から、ウンチが、ドドーと、出てきた。
哲也は、京子の、ウンチを、口で受け止めた。
そして、それを、急いで、飲み込んだ。
京子の、尻の穴からは、堰を切ったように、次から、次へと、ウンチが出てきたが、哲也は、それを、全部、口で受け止めて、飲み込んだ。
とうとう、京子の排便が終わった。
哲也は、京子の尻の穴をペロペロと舐めた。
「先生。ごめんなさい」
京子は、そう言って、深く頭を下げた。
京子は、テーブルから、降りた。
全裸である。
「先生。ごめんなさい。私のウンチを食べさせてしまって」
京子は、あらためて、哲也に、深々と頭を下げて、謝った。
「いえ。いいんです。僕は京子さんが好きですから、あなたのウンチを食べることは、物理的には、ちょっと、つらかったですけれど、精神的には、むしろ、嬉しかったです」
「ごめんなさい。そう言って貰えると、最高に嬉しいです」
京子が言った。
「でも、どうして、僕にウンチを食べさせようと思ったのですか?」
哲也が聞いた。
「・・・それは。順子が先生のウンチを食べたのに、私の、ウンチは、食べていない、ということに、すごく嫉妬したんです。先生は、順子のウンチは、食べても、もしかしたら、私のウンチは、食べてくれないのでは、ないだろうか、という一抹の不安が起こりました。ウンチまで、食べる、というのは、よほど、その女の人を愛していなくては、出来ないはずです。先生は、はたして、私のウンチを、食べてくれるほど、私を愛してくれているのだろうか、という不安に駆られてしまったのです。それに、こんな機会は、めったにありませんし・・・。さらに、言うと、私も、順子と同じように、先生に、ウンチまで、食べさせたい、という、サディスティックな気持ち、を、味わいたかったんです。先生の口に、ウンチを、出している時は、最高の快感でした。ごめんなさい。私って、サドなんですね」
京子は、正直な告白をした。
京子は、自分が、サドだと思われて、哲也に、嫌われるのを、おそれているような、様子だった。
「京子さん。気にしないで下さい。サドとか、マゾとかは、人間の性格の絶対的な、普遍的なものでは、ありません。サドとか、マゾとかは、相手の性格によって、変動する感情です。この人なら、いじめてみたい、と思ったり、この人になら、いじめられたい、と思ったりと、相手によって、変わる感情です。僕は、気が小さいので、京子さんが、僕を、いじめてみたい、と思う感情が、起こることは、別に変ったことでは、ありませんよ」
と、哲也は、わかりきった説明をした。
というより、京子が、哲也に、そういう説明を言わせようと、するために、京子は、自分はサドなのかもしれない、という、質問的な告白、をしたのである。
「京子さん。僕ばかりが、あなた方を、責めてしまって、申し訳ない。僕も、あなた方のような、美しい、優しい人になら、虐められたいんです。さんざん、虐めた仕返し、として、僕を、虐めて下さい」
と、哲也が言った。
「本当に、いいんですか?」
京子が哲也の心を確かめるように聞いた。
「ええ。本当です」
「先生を、虐めても、私を嫌いにならないで、くれますか?」
京子が聞いた。
「ええ。もちろんです。僕は、いじめっぱなし、というのは、嫌いなんです」
と、哲也が言った。
「じゃあ。先生。着ている服を全部、脱いで、裸になって下さい」
と、京子が言った。
「はい。わかりました」
そう言うと、哲也は、上着と、シャツを脱ぎ、上半身、裸になり、京子に背中を向けて、ズボンとパンツを脱いで、全裸になった。
「京子さん。お願いがあります」
「何ですか?」
「全裸になって、虐められるのは、いいですけれど、京子さんの、パンティーを、はかせて貰えないでしょうか?」
「どうして、ですか?」
「女の人の、裸は、美しいですけれど、男の裸は、美しくありませんから」
確かに、その通りである。

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医者と二人の女 (小説)(4)

2020-07-19 13:46:11 | 小説
美しいヌード写真といったら、それは、当然のことながら、女のヌード写真や、ビキニ姿であり、男の裸は、美の対象にならない。
しかし、ルネッサンス期の、男の彫刻、である、ダビデの像も、そうだし、鍛えられて、均正のとれた、男の肉体は、美しい、とも、言える。
そして、哲也は、筋トレをしているので、その肉体は、均正がとれていた。
しかし、女の裸は、その全てが、美しく、また、エロティックであるが、男の裸には、エロテックさが無い。女は、体の全てが、性器だが、男の性器は、股間に、ぶら下がっている、一つのモノだけである。
京子は、それを、察したのだろう。
「いいですよ」
そう言って、京子は、哲也に、パンティーを、渡した。
哲也は、京子に背を向けて、京子のパンティーを、はいた。
哲也は、パンティー一枚、履いた、だけの裸で、恥ずかしそうに、モジモジしている。
「ふふふ。先生。似合ってますよ」
京子は、そんな揶揄を言った。
京子は、テーブルの上で、大の字縛りにされている、順子の、手足の縄を解いた。
「あーあ。ひどい目にあわされちゃった。でも、気持ちよかったわ」
順子は、そう言って、大きく伸び、をした。
「じゃあ。先生。このテーブルの上に乗って下さい」
京子が、そう命令した。
「はい」
哲也は、京子に命令に従って、テーブルの上に乗った。
哲也は、恥ずかしそうに、股間に手を当てて、モジモジしている。
「先生。どうして、股間を、隠そうと、しているのですか?」
京子が聞いた。
「は、恥ずかしいからです」
哲也は、顔を赤くして言った。
京子は、ニコッと、笑った。
「順子。先生の、両足を、縛って、テーブルの脚に結びつけて。私は、先生の手を縛るから」
京子が言った。
「わかったわ」
順子は、嬉しそうに返事して、哲也の縮こまっている、足をつかんで、グイと伸ばし、哲也の左右の足首を、テーブルの脚に、取り付けられている、縄に結びつけた。
「ああっ。何をするんですか?」
哲也が焦って聞いた。
「それは、当然、先生を、私たちが、されたのと、同じように、テーブルに縛るんです」
京子は、そう言って、哲也の両方の手首を、それぞれ、右上と、左上の、テーブルの脚の縄に結びつけた。
これで、哲也は、今まで、京子や順子が、されてきたように、テーブルの上で、大の字縛りにされた。
「あっ。あの。京子さん」
哲也が、顔を赤くして、小さい声で言った。
「何ですか?」
「やっぱり、縄は、解いてくれないでしょうか?」
「どうして、ですか?」
京子が聞いた。
「やっぱり、恥ずかしいんです」
哲也は、顔を赤くして、小さい声で言った。
哲也は、必死に、足を、閉じようと、モジモジさせている。
京子は、哲也の股間を見て、すぐに、哲也が、恥ずかしがる理由を理解した。
哲也の男性器は、パンティーの中に、ギリギリ、かろうじて、納まっているが、もう、それは、限界だった。
ちょっとでも、パンティーが、ずれれば、男性器は、パンティーから、はみ出しそうな状態だった。
それは、当然で、男のブリーフは、男性器を、しっかり収めるよう、男性器の部分に、余裕を、もって設計されているが、女には、男のような、突出した、性器がないから、女のパンティーには、余裕などなく、また、女のパンティーは、男より、はるかに小さい。
だから、同じ、股間の恥部を隠すための下着といっても、男が女のパンティーをはいて、性器を隠すのには、無理がある。
「ふふふ。大丈夫ですよ。先生。ちゃんと、隠れていて、見えないわよ」
京子は、そう言って、パンティーを、グイと引き上げて、ピチンと音をさせて、離した。
「京子さん。お願いです。やっぱり、僕を責めるのは、来週にして貰えませんか?」
哲也が聞いた。
「どうしてですか?」
京子は、聞いた。
「僕にもマゾヒスティックな性格は、あります。ですから、大好きな、京子さんと、順子さんに、いじめられたいとも思っています。でも、いじめた後、すぐに、虐められる、というのは、興ざめ、だと思うんです」
哲也が言った
「どうして、ですか?」
「今日は、京子さん達が、裸になって、虐められました。僕も、裸になって、しまうと、何だか、乱交みたいになってしまいます。僕は、乱交は、嫌いです。乱交は、精神性のない、単なる、無節操な性遊戯です。あるのは、肉の快感だけです。一方、SMは、責める方が、服を着ていて、責められる方だけ、裸にして、相手を、辱める、という人間の根源的な、悪を遊戯にした精神的なものです。僕は、責めるにしても、責められるにしても、そういう、精神的な屈辱、羞恥、に興奮するんです。ですから、僕を虐めるのは、来週にして貰えないでしょうか。来週になら、どんな、責め、でも、受けます。京子さんと、順子さんの二人がかりで、僕を虐めて下さい。今日の仕返し、として」
京子は、少し考えてから、
「確かに、先生の言うことも、一理あると、思います。でも、もう、こうなってしまったんですから、仕方ないじゃないですか。まさに、俎板に乗った鯉じゃないですか」
「京子さん。順子さん。では、せめて、あなた達は、ブラウスと、スカートをはいて、貰えないでしょうか?」
丸裸の京子と、丸裸の順子は、顔を見合わせた。
「順子。どうする?」
京子が順子に聞いた。
「京子は、どうしたい?」
順子が聞き返した。
「私たち、もう、先生に、体の隅々まで、見られてしまったでしょう。だから、今さら、服を着ても、意味ないと、思うの」
京子が言った。
「そうね。私も、今は、開放的な気分になっているから、むしろ、服を着ないで、裸のままでいたいわ」
順子が言った。
「私も、そうよ」
京子も、相槌をうった。
二人は、テーブルの上の、哲也に視線を向けた。
「先生。そういうことなので、私たち、服は着ません。裸のままで、いたいんです」
と、京子が、哲也に言った。
哲也は、「しまった」と思った。
彼女らにも、SM的な、感覚はある。
しかし、彼女らのSM的な感覚は、マニア的なものではなく、一般の人でも、多少は持っている程度のものなのだ。
それに、夏の海水浴場の、セクシーなビキニ姿でも、わかるように、女には、開放的な快感を味わいたい、という、願望が、強い、のである。
哲也は、それが頭になかったことを、後悔した。
だが、もう遅かった。
京子は、テーブルの上に乗った。
そして、哲也の体の向きと、反対の向きになって、哲也の顔を跨いだ。
そして、ゆっくりと、尻を降ろしていき、ついに、哲也の顔に尻を乗せた。
「先生。ごめんなさい。でも、先生に、ウンチを食べさせた時に、先生の顔が、私の股間に、触れた時の、快感が、凄く気持ちよくて、もっと、その快感を味わいたいんです」
そう言って、京子は、マンコを、哲也の顔に、触れさせながら、尻を前後に揺すった。
「先生に、恥ずかしい所を、全部、見られてしまって、恥ずかしいわ。でも、とっても気持ちいいわ」
そう言って、京子は、マンコから、尻の穴まで、の、女の恥ずかしい部分を、哲也に、なすりつけるように、執拗に、腰を前後に揺すった。
だんだん、京子は、ハアハアと、息が荒くなっていった。
「先生。舐めて」
京子は、あられもないことを、あられもなく言った。
哲也は、京子の要求通り、舌を出して、京子の、ツルツルのマンコから、尻の穴までを、ペロペロと舐めた。
「ああー。いいー」
京子は、尻をブルブル震わせながら、叫んだ。
「先生。オシッコをしますから、口を大きく開けて下さい」
京子は、あられもないことを、あられもなく言った。
京子に言われて、哲也は、アーンと、口を大きく開いた。
しばし、京子は、尿意が起こるのを待った。
尿意を起こすには、精神をリラックスして、副交感神経を優位にしなくてはならない。
数分して、やっと、京子に尿意が起こってきた。
「ああー。出るー」
そう叫んで、京子は、大きく開いた、哲也の口の中に、シャーと、放出した。
哲也は、それを、口で受け止めて、ゴクゴクと飲んだ。
「ああー。気持ちいいー」
京子は、放尿の快感と、哲也に、それを飲ませている、という、征服感の精神的な快感から、体をブルブル震わせながら、叫んだ。
かなりの量の小水を哲也に飲ますと、京子は、尿道の括約筋をキュッと閉じた。
「先生。口を閉じて」
京子は、急いで、そう言った。
言われて、哲也は、口を閉じた。
京子は、尿道括約筋を開いて、膀胱の中に溜まっている、残りの小水を、哲也の顔に、シャーと、かけた。
「ああー。気持ちいいー」
京子は、完全な征服感から、そう叫んだ。
哲也を人間便器にしてしまうことに、京子は、嗜虐的な恍惚を感じていた。
全部、オシッコを、出しきると、マンコについている、小水を哲也の顔に、こすりつけるようにした。
哲也は、口を開いて、舌を出して、京子のマンコを、ペロペロと舐めた。
「ああっ。気持ちいいっ」
京子は、全身を、ブルブル震わせて、叫んだ。
京子は、尻を浮かせて、テーブルの上から、降りた。
「先生。ごめんなさい。私の、オシッコなんか、飲ませちゃって」
京子は、謝罪の言葉を哲也に言った。
「いいです。僕は、京子さんを、愛していますから、京子さんの、オシッコを飲むのは、幸せです」
哲也は、少しも、悪びれる様子もなく、そう言った。
「今度は、私にもさせて」
そう言って、今度は、順子が、テーブルの上に乗った。
そして、京子と同じように、哲也の体の向きと、反対の向きになって、哲也の顔を跨いだ。
順子も、ゆっくりと、尻を降ろしていき、哲也の顔に尻を乗せた。
そして、京子と、同じように、マンコから、尻の穴まで、の、女の恥ずかしい部分を、哲也に、執拗に、なすりつけるように、腰を前後に揺すった。
自分一人だけではない。京子も、やったんだ、ということが、順子に、安心感をもたらした。
「さあ。先生。口を開けて」
順子が命令的な口調で言った。
順子に、言われて哲也は、アーンと、大きく口を開いた。
「ああー。出る―」
そう、叫ぶや、順子は、シャーと、哲也の口の中に、小水を放出した。
小水を、全部、哲也に飲ませると、順子は、テーブルの上から降りた。
「先生。ごめんなさい。私の、オシッコなんか、飲ませちゃって」
順子も、京子と同じように、謝罪の言葉を哲也に言った。
しかし、しおらしく、申し訳なさそうに、謝るくらいなら、最初から、そんなことを、しなければいいのであって、どこまで、順子が、本気で、反省しているのかは、わからない。
「いいです。僕は、順子さんを、愛していますから、順子さんの、オシッコを飲むのは、幸せです」
哲也は、順子に対しても、少しも、悪びれる様子もなく、京子と同じことを順子に言った。
「私たちだけ、気持ちよくして貰った、お礼として、先生も、気持ちよくしてあげましょう」
京子が、そう言った。
「そうね。先生も、気持ちよくしてあげましょう」
順子が相槌をうった。
「じゃあ。先生。マッサージしてあげます」
そう言って、二人は、哲也の体を、手で、愛撫し出した。
爪を立てて、脇の下や、脇腹や、太腿の内側や、鼠蹊部を、スーと撫でたり、首筋や、足の裏を、くすぐったり、乳首をつまんで、コリコリさせたりした。
哲也の乳首が尖り出した。
男の乳首は、ボッチのようだが、性感帯なのである。
確かに、男の乳首は、女の乳首に比べると、小さく、また、乳房も無く、乳首を刺激された時の興奮度は、女より、はるかに劣る。だが、性感帯であることには、変わりないのである。
「ああー」
哲也は、女二人による、体中の、くすぐり、や、乳首への刺激の、もどかしい快感に、耐えきれず、喘ぎ声を出した。
「も、もう。やめて」
哲也は、苦しげに眉を寄せ、二人に哀願した。
「ふふふ。先生。もうちょっと、我慢して。気持ちよくしてあげるから」
そう言って、京子は、哲也の、はいているパンティーの中に手を入れて、哲也の金玉を、掌の中に、入れて、揉み出した。
「ふふふ。男の人の、金玉って、プニョプニョしてて、弾力のある、ゆで卵みたいで、揉んでると、とても、気持ちがいいわ」
京子は、哲也の金玉を、弄びながら、そんなことを言った。
「京子。ダメじゃない。自分が気持ちよくなっちゃ。先生を気持ちよくしてあげなきゃダメよ」
順子が、京子に、注意した。
「そうね。でも、私も、気持ちいいけど、これは、先生を気持ちよくするために、しているのよ」
そう京子は、反駁した。
順子は、哲也の両方の乳首を、両手で、コリコリさせている。
哲也の、履いている、京子のパンティーからは、もう、金玉が、パンティーの中に、収まりきらず、横からはみ出していた。
「ふふふ。先生。気持ちいいでしょ?」
京子は、もう一方の手で、哲也のマラを、つかんで、ゆっくり、しごき出した。
京子は、片方の手で、哲也の金玉を揉み、もう片方の手で、哲也のマラをしごいた。
「ああー」
哲也が、叫び声をあげた。
だんだん、哲也のマラが、激しく怒張してきた。
収縮性の強い、小さな女のパンティーは、もう、ほとんど、用をなさなくなっていた。
それは、かえって、京子の手の行為にとって、邪魔な物になっていた。
「先生。パンティーが、邪魔だわ。切っちゃっていいでしょ?」
京子が聞いた。
「も、もう。どうにでも、好きにして」
哲也は、もう、自暴自棄的な気持になっていた。
それを聞いて、京子は、「ふふふ」と、笑った。
「順子。ハサミで、パンティーを、切っちゃって」
京子が言った。
「わかったわ」
哲也の両方の乳首を、両手で、コリコリさせていた、順子は、床から、ハサミを、拾って、パンティーの二ヵ所を、プチン、プチンと切った。
パンティーは、その強い収縮力で、一気に、縮んだ。
そのため、哲也の、陰部が、もろに、露出した。
順子は、縮んだパンティーを、抜きとった。
これで、哲也は、覆う物、何一つない、丸裸になった。
「先生。立派な陰毛ね。でも、この毛は、しごくのに、ちょっと、邪魔だわ」
そう言って、京子は、順子に、片目をウインクして、合図した。
順子は、その意図を解して、ニコッと笑った。
「先生。私たちも、先生に、大切な、恥毛を剃られたから、先生の、陰毛も、剃ってあげるわ」
順子が言った。
京子は、握っていた、哲也の、マラから手を離し、弄んでいた金玉からも手を離した。
しかし、哲也のマラは、ビンビンに勃起していて、天狗の鼻のように、天井に向かって、そそり立っていた。
京子は、ことさら、
「うわー。すごーい」
と、驚嘆の声を上げた。
哲也は、真っ赤になって、顔をそむけた。
しかし、一度、勃起した、マラを、元にもどす、ことなど出来ない。
「先生。それでは、毛を剃らせてもらいます」
京子は、そう言って、哲也の陰毛を剃り出した。
京子は、まず、ハサミをとり、哲也の陰毛、を、根元から、つまんで、ジョキ、ジョキ、切っていった。
順子は、悪戯っぽく、「ふふふ」と、笑いながら、哲也の尻の割れ目に、指を入れ、尻の割れ目を、スーと、なぞったり、乳首をコリコリ、させたりした。
「ああー。順子さん。やめて下さい」
哲也は、叫んだが、哲也と、京子は、やめない。
京子は、「ふふふ」と笑いながら、あらかた、哲也の陰毛を剃ってしまった。
しかし、哲也の陰部には、まだ、芝を、荒っぽく刈った後のように、中途半端に切られた陰毛が叢生していた。
京子は、洗面器の水に石鹸を混ぜた。そして、その水を、手ですくって、哲也の、陰部に塗っていった。
そうして、カミソリで、刈り残りの陰毛を、剃っていった。
京子は、何度も、石鹸水を、哲也の、陰部に塗りつけては、カミソリで、陰毛を剃っていった。
とうとう、哲也の陰毛は、きれい、さっぱりに、剃られて、陰部は、子供のように、ツルツルになった。
「ふふふ。先生。陰毛がなくなって、男の子のように、ツルツルになって、とっても、可愛いですよ」
京子は、そんな揶揄を言った。
「ほら。見てごらんなさい」
そう言って、京子は、哲也の首を起こして、自分の陰部を見させた。
哲也は、ツルツルになった、自分の陰部を見て、顔を真っ赤にした。
「それじゃあ、気持ちよくしてあげるわ」
そう言って、京子は、また、哲也の金玉を弄びながら、マラを、ゆっくりと、しごき出した。
順子は、
「私も協力するわ」
と言って、哲也の尻の割れ目に、手を入れて、尻の割れ目を、スーとなぞった。
脳天を劈くような、刺激が哲也を襲った。
「ひいー。や、やめて下さい」
哲也は、順子の、辛い悪戯を避けようと、尻をギュッと閉じた。
しかし、それが、逆に、順子の手を、尻の肉で、挟み込む形となってしまった。
順子は、「ふふふ」と、笑いながら、指先で、哲也の尻の穴を刺激した。
「ああー。や、やめて下さい」
哲也は、耐えられない、辛い刺激に、叫んだ。
哲也は、反射的に、尻の割れ目を、ギュッと閉じた。
しかし、哲也の体は、尻の肉に、ギュッと、力を入れたことによって、腰が浮いて、弓なりに反った。
京子は、枕を拾って、サッと、哲也の尻の下に置いた。
腰が浮いて、体が、弓なりに反ることによって、腰を突き出す形になり、哲也は、激しく、勃起したマラを、京子の方に、突き出すことになってしまった。
「ふふふ。先生。もっと、しごいて、欲しいんですね。わかりました」
京子は、一方的に言って、哲也の、金玉を揉みながら、マラを、ゆっくり、しごき出した。
「ああー。や、やめて下さい」
順子の、尻の穴への、刺激と、京子の、マラのしごき、の、同時、二点、刺激は、哲也にとって、耐えられないものだった。
「先生。先生は、まだ、恥ずかしい、という気持ちを、持っているから、辛いのよ。もう、何もかも、忘れて、力を抜いてごらんなさい。そうすれば、気持ちよくなるわ」
京子が言った。
「そうよ」
と順子も言った。
順子は、片手で、哲也の尻の穴を、刺激しながら、もう一方の手で、哲也の乳首をコリコリと刺激した。
「ああー」
女二人に、拘束されて、弄ばれている、という実感が、哲也を襲って、哲也は、激しい、羞恥から叫んだ。
「あっ。順子。いいことを思いついたわ」
京子が言った。
「何?」
「私たち、二人が、一方的に、先生を、刺激しているから、先生は、つらいのよ。私たちも、一緒に、つらい思いをすれば、先生も、きっと私たちに身を任すようになるわ」
京子が言った。
「でも、どうやって、そんなこと、するの?」
順子が聞いた。
京子は、「ふふふ」と、笑って、床に置いてある、バイブレーターを拾った。
そして、それを、自分の腰に、とりつけた。
「さあ。あなたも、バイブレーターをつけて」
京子が言った。
「わかったわ」
順子も、バイブレーターを、拾って、自分の腰に、取りつけた。
京子は、パタパタと、部屋を出たかと、思うと、すぐに、もどって来た。
京子は、ペットボトルを二本、持っていた。
それは、二つとも、500mlの、オレンジジュースだった。
京子は、順子に、その一本を渡した。
京子は、ペットボトルの、オレンジジュースを飲み出した。
「順子。あなたも、飲みなさい。全部、飲むのよ」
京子が言った。
「わかったわ」
そう言って、順子は、ペットボトルのオレンジジュースを、らっぱ飲みした。
京子も、順子も、オレンジジュースを、全部、飲んだ。
二人が、オレンジジュースを、飲む意味は、明らかだった。
京子は、バイブレーターの、リモコン・スイッチを、二つ、哲也の両方の手に握らせた。
「先生。左の方が、私の方のスイッチで、右の方が、順子のスイッチです」
京子は、そう説明した。
そして、また、京子と、順子は、哲也の体を、愛撫しだした。
「今度は、私がやるわ。交代しましょう」
そう言って、今度は、順子が、哲也の金玉を揉みながら、勃起して、そそり立った哲也のマラを、ゆっくり、しごき出した。
「本当だわ。京子。男の人の、金玉って、プニョプニョしてて、握ってると、すごく気持ちがいいわ」
順子が言った。
「そうでしょ」
そう言って、京子は、今度は、哲也の顔の前に立ち、哲也の乳首をコリコリさせたり、首筋や、脇の下を、くすぐったり、した。
その時、二人は、
「あっ」
と叫んだ。
哲也が、バイブレーターのスイッチを入れたのだ。
二人は、腰をプルプル震わせた。
「ふふふ。先生。これで、対等ね」
京子は、そう言ったが、京子の笑いには、ゆとりがあった。
無理もない。
哲也は、テーブルの上で、大の字に縛られている。それを、京子と順子の二人が、責めている。哲也の手から、スイッチをとることも、出来るし、あるいは、腰にとりつけたバイブレーターを、はずすことも出来る。
しかし、哲也が、バイブレーターのボリュームを最大にしたので、女達は、プルプルと、尻を震わせ出し、「ああー」と、喘ぎ声を出した。
京子と順子は、ハアハアと、荒い息をし出した。
京子は、体を哲也の方に倒した。
そうして、自分の二つの乳房を、哲也の顔に、押しつけた。
そして、執拗に、哲也の、顔に、擦りつけた。
京子は、ハアハアと、息を荒くしながら、哲也の、脇腹を、くすぐった。
京子は、乳房を、哲也の、顔から離し、乳首を、哲也の、顔の前に突き出した。
哲也は、京子の乳首をチュッと口に含んだ。
「ああー」
京子は、つらそうな顔をして、喘ぎ声を出した。
同じく、哲也の、マラをしごき、尻の割れ目に手を入れて、尻の穴を、刺激していた、順子も、ハアハアと、どんどん息が荒くなっていった。
その、つらさ、を、順子は、哲也の、マラを、激しく、扱くことで、何とか、耐えようとした。
哲也の、怒張したマラがクチャクチャ音を立て出した。
「ああっ。出るー」
哲也が、叫んだ。
その時。
「順子。しごくのを止めて」
京子が、あわてて言った。
言われて、順子は、哲也の、マラを、しごくのを、やめた。
京子は、急いで、腰にとりつけた、バイブレーターを、はずして、テーブルの上に乗った。
京子は、哲也と、69の形になった。
京子は、哲也の、顔をまたいで、マンコを哲也の、口に向けた。
「先生。口を開いて下さい」
京子が言った。
哲也は、アーンと、大きく口を開いた。
京子は、哲也の、マラを、しごきながら、尻の割れ目を刺激した。
京子は、どんどん、しごきの度合いを速めていった。
「ああー。出るー」
哲也が、叫んだ。
「ああー。出るー」
京子も叫んだ。
二人は、同時に、いった。
哲也の、亀頭の先からは、精液が、勢いよく、ほとばしり出た。
京子のマンコからは、オシッコが、勢いよく、ほとばしり出た。
哲也は、口を大きく開けて、京子の、オシッコを、受け止めて、ゴクゴクと、飲んだ。
京子は、脱力した様子で、テーブルから、降りた。
「京子。今度は、私の番ね。もう、我慢できないの」
そう言って、順子は、腰にとりつけられているバイブレーターを、急いで、外すと、テーブルの上に乗った。
順子も、哲也と、反対向きの69の方向になり、哲也の上で、四つん這いになった。
「京子。先生の、おちんちん、を、しごいて」
順子が言った。
言われて、京子は、哲也の、マラを握って、しごき、尻の割れ目に、指を入れ、尻の割れ目に、沿って、スーとなぞったり、尻の穴に指先を当てたりして、刺激した。
「ああー」
哲也は、脳天を貫くような、つらい刺激に声をあげた。
一方、テーブルに乗った順子は、哲也の、顔の上に、尻を乗せて、揺すったり、マンコを哲也の、口につけて、擦りつけたりした。
哲也は、舌を出して、順子のマンコを、ペロペロ舐めた。
「ああー。気持ちいいー」
順子は、マンコを舐められた感触を、あられもなく叫んだ。
京子は、哲也の、マラを、しごく度合いを、速めていった。
尻の割れ目への責めも、強めていった。
順子は、自分で、自分の乳房を、揉んだり、哲也の、体を、くすぐったりした。
哲也の、マラは、また、再び、はげしく怒張し出した。
京子は、マラをしごく、度合いをさらに、速めた。
クチャクチャと、カウパー氏腺の音がし出した。
「ああー。出るー」
哲也が叫んだ。
「先生。口を開けて」
順子が、京子と、同じように、哲也に言った。
哲也は、大きく口を開いた。
順子は、マンコを、哲也の口の前の、触れるか、触れないか、のギリギリの所に定めた。
「ああー。出るー」
哲也が叫んだ。
「ああー。出ちゃうー」
順子も叫んだ。
二人の体内に溜まっていたモノが、同時に、勢いよく噴き出した。
哲也の、亀頭の先からは、精液が、勢いよく、ほとばしり出た。
順子のマンコからは、オシッコが、勢いよく、ほとばしり出た。
哲也は、口を大きく開けて、順子の、オシッコを、受け止めて、ゴクゴクと、飲んだ。
順子は、全力を出し切って、試合が終わった時の、スポーツ選手のように、完全な脱力状態で、テーブルから降りた。
「先生。ごめんなさい。私の、オシッコなんか、飲ませちゃって」
順子も、京子と同じように、謝罪の言葉を哲也に言って、深々と頭を下げた。
しかし、しおらしく、申し訳なさそうに、謝るくらいなら、最初から、そんなことを、しなければいいのであって、どこまで、二人が、本気で、反省しているのかは、わからない。
「いいです。僕は、京子さん、も、順子さん、も、愛していますから、京子さんと、順子さんの、オシッコを飲むのは、幸せです」
哲也は、しおらしく、謝罪している二人に向かって、そう言った。
京子は、飛び散った、哲也の白濁した精液を、指先で掬うと、指先を、自分の、マンコの中に入れた。
「これで、私、妊娠しちゃうかしら?」
京子は、首を傾げて、そう言った。
順子も、京子と、同じように、飛び散った、哲也の精液を、指先で掬うと、指先を、自分の、マンコの中に入れた。
「私も妊娠しちゃったかも、しれないわ。何だか、酸っぱい物が食べたくなってきたわ」
順子は、そんなことを言った。
「先生。先生は、医者なんだから、知ってるでしょう。私達、妊娠しちゃいますか?」
京子が哲也の顔を覗き込んで言った。
「そんなことしたって、妊娠なんかしません」
哲也は、毅然とした口調で言った。
「そうですか。それは、ちょっと、残念です」
京子が、ガッカリした口調で言った。
「私も残念だわ」
順子も、そう言った。
京子と順子は、服を着だした。
パンティーをはき、ブラジャーをつけた。
そして、スカートを履き、ブラウスを着た。
そして、雑巾やティッシュ・ペーパーで、テーブルや床に飛び散った、オシッコや、哲也の精液を拭いた。
二人は、哲也の手首、足首の、縄を解いた。
哲也は、ムクッと、起き上がった。
「先生。服です」
そう言って、京子は、哲也のブリーフと、ランニングシャツと、上着と、ズボンを持ってきた。哲也は、テーブルから、降りて、服を着た。
京子と順子の二人は、悪戯をした、小学校の生徒のように、気まずい顔をしていた。
京子は、順子に、ボソボソと、耳打ちした。
「先生。最後にしたことが、一番、強く印象に残ると思います。私達は、もう一度、裸になりますから、私達を、虐めて下さい」
京子が言った。
「お願いです」
順子も、頭を深く下げた。
「・・・・」
哲也は、何も言わなかった。
京子と順子の、二人は、また服を脱ぎ出した。ブラウスを脱ぎ、スカートを降ろし、ブラジャーを外し、パンティーを脱いだ。
これで、二人は、また、丸裸になった。
そして、二人は、お互いに、バイブレーターを腰に、相手に、つけあった。
そして、哲也にリモコンのスイッチを渡した。
「先生。ちょっと、待ってて下さい」
そう言って、京子は、順子の手を、背中に捩じ上げ、後ろ手に縛った。
順子は、逆らわず、おとなしく、京子に、後ろ手に縛られた。
「先生。私も、後ろ手に縛って下さい」
京子が言った。
哲也は、京子に、言われたように、京子を、後ろ手に縛った。
これで、京子と順子は、丸裸で、腰に、バイブレーターをつけて、後ろ手に縛られた姿となった。
「さあ。先生。私たちを、虐めて下さい」
京子が言った。
哲也は、言われたように、リモコン・バイブレーターのスイッチを入れた。
二人は、「ああー」と、腰をモジモジさせて、喘ぎ声を出した。
二人は、腰にとりつけられた、バイブレーターを、取り外したくても、後ろ手に縛られているため、出来ない。
二人は、ハアハアと、喘ぎながら、ヨロヨロとふらついた。
「順子。我慢しましょう。私たちは、先生を、さんざん、弄んでしまったのよ。先生が、気が済むまで、その罰を受けましょう」
京子が言った。
「ええ。そうね」
と、順子も、相槌をうった。
これを、見て、哲也が、興奮しなかったと、いったら、ウソになる。
しかし、哲也は、あくまでも、彼女たちの、罪責感を納得させるために、したのである。
20分くらい、二人は、悶えていた。
「もう。いいでしょう」
そう言って、哲也は、バイブレーターのスイッチを切った。
そして、二人の後ろ手の縄を解いた。
「京子さん。順子さん。バイブレーターをはずして、服を着て下さい」
哲也が言った。
言われて、京子と順子は、バイブレーターをはずして、また、服を着た。
「先生。ごめんなさい」
と、彼女たちは、さかんに謝った。
「いえ。いいんです」
と哲也は手を振った。
彼女たちは、調子に乗って、哲也に、オシッコまで飲ませた。
しかし、彼女たちに、そうさせたいと、思わせたのは、自分が、彼女たちの、ウンチまで、食べてしまったからであり、それが、彼女たちの、悪徳を、ふくらませてしまったのだ、と思うと、哲也は、悪い事をしてしまった、と、つくづく、後悔した。
哲也が、彼女たちと、肉体的に、深く関わらなければ、彼女たちは、悪い遊びと、関係なしに、平穏に一生を過ごせた、だろうと、思うと、哲也は、胸が痛んだ。
哲也は、他人に、悪い影響を与えて、他人の人生に、悪い影響を与えて、哲也が、関わらなかったら、起こらなかったであろう、影響を他人に与えることが、大嫌いだった。
というより、それは、哲也の信念だった。
「京子さん。順子さん。もう、こういうことは、やめましょう。僕の方こそ、本当に、悪いことを、あなた達にしてしまって、申し訳ない」
そう言って、哲也は、深々と頭を下げて、謝った。
「京子さん。順子さん。約束して欲しいんです。もう、こういうことは、やらないって」
哲也は、真顔で、二人に言った。
「はい。わかりました」
二人は、素直に承諾した。
「そもそも、僕が、あなた達にこんな物を渡したのが、悪かったのです。これは、返してもらえないでしょか?」
哲也は、そう言って、京子と、順子に、あげた、二人の、リモコン・バイブレーターを、拾った。
「わかりました。先生が、そう仰るのなら、返します」
二人は、快く承諾した。
「では、もう、遅くなってしまったので、僕は、ホテルに、もどります」
そう言って、哲也は、自分のスマートフォンを、取り出して、タクシーを呼んだ。
すぐに、タクシーが来た。
「では、おやすみなさい。また、明日」
「おやすみなさい。先生」
そう言って、哲也は、京子のアパートを出て、タクシーに乗り込んだ。
タクシーは、夜の、盛岡市内を、盛岡駅に向かって、疾駆した。
すぐに、タクシーは、盛岡駅に着いた。

「17」

哲也は、盛岡駅前の、東西イン、ホテルに入った。
その晩、哲也は、ぐっすり、眠った。
夕食は、食べなかった。ウンチとはいえ、京子と順子のウンチを食べていたので、それなりに、腹がふくれていた、からだ。オレンジジュースを一杯、飲んだ。
哲也は、その晩、ぐっすり、寝た。
翌日、哲也は、アラームの音で、7時に、起きた。
翌日、哲也は、ホテルの朝食を、おにぎり一個だけ、食べた。
そして9時にホテルを出で、9時10分に、クリニックに行った。
しばしして、京子と順子が、一緒にやって来た。
「先生。おはようございます」
二人は、いつもと、同じように、挨拶した。
「おはようございます」
と哲也も挨拶した。
哲也が、昨日、言ったことを、守ろうとしているのだろう。
京子と順子の、二人は、親しく哲也に話しかける、ということは、しなかった。
午前中の診療が終わって、昼休みになった。
「先生。お弁当、作ってきました」
そう言って、京子は、弁当箱を差し出した。
「あっ。先生。私も、お弁当を作ってきました」
と言って、順子も、弁当箱を差し出した。
哲也は、それを予想していた。
きっと、彼女らは、哲也にウンチを食べさせたことを、後悔して、嫌な印象を消すために、女らしく、弁当を、作ってくるだろうと、思っていたのである。
だから、昨日も、今日の、ホテルの朝食も、少ししか、食べなかったのである。
「二つじゃ、多いでしょうか?」
京子は、聞いた。
「いいえ。僕は、昨日から、ほとんど、何も食べていません。だから、お腹、ペコペコなので、二つとも、ありがたく頂きます」
そう言って、哲也は、二つの弁当を食べた。
「先生。昨日は、色々と、調子に乗っちゃって、すみませんでした」
京子が謝り、次いで、順子が謝った。
「いえ。僕も一度だけ、あなた達と、エッチなことを、してみたい、と思っていたんです。それが、高じて、悩みにまで、なっていましたから、悩みが解決されて、すっきりしています」
哲也は、そう言った。
「僕は、あなた達が、どんな、パンティーをはいているのか、とか、一度、背後から、抱きつきたい、と、ずっと、思っていました。その悩みが、解決されて、すっきりしています」
哲也は、そう言った。
「でも。先生。私達の、体を隅々まで見て、私たちに、もう厭きてしまって、いないでしょうか?」
京子が聞いた。
「ははは。そんなことは、ありませんよ。女性に、触るには、女性の許可が必要です。女性の許可なしには、女性に触ることは、出来ません。だから、その絶対的な制限があるかぎり、男にとって、魅力的な女性は、いつまでも、崇拝の対象です。たとえば、気に入った、エッチな、女の人の、ヌード写真でも、そうです。一度、見たら、もう、厭きるということは、ありません。その女性が魅力的であれば、何度、見ても、興奮します。音楽にしても、絵画にしても、映画にしても、本当にいい物は、何度でも、また見たいものです。それと、同じです。だから、あなた達は、これから、今まで通りになって下さい。医者と検査員という関係を守って下さい。そうすれば、僕は、あなた達に対して、また、悩まされだすでしょう」
哲也は、そう説明した。
「そうですか。それを聞いて安心しました」
そう言って、京子と順子は、ニコッと笑った。
「それと、昨日も言いましたが。京子さん。順子さん。来週の土曜は、八幡平に、ドライブに行きませんか?」
哲也が言った。
「ええ。喜んで行きます」
二人は、顔を見合わせて、ニコッと笑った。



平成27年5月14日(木)擱筆

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ビタ・セクシャリス (自分史)(上)

2020-07-19 04:23:04 | 小説
ビタ・セクシャリス

「余計な前書き・・・前から性欲に焦点を当てて自分史を書きたいと思っていた。以前に何回か書いてみたが、あれもこれも書きたいと欲張って収束がつかなくなって書けなかくなってしまった。私のような異常きわまる性欲の精神史の人生を送ってきた人間は、まずこの世に二人といないと自負している。そして、それは単なる私の属性の一つとしての性欲史ではなく、私の持って生まれた宿命、感性、意志、決断、人生に対する私のスタンス、など私の全てを規定しているものだと思っている。今回、簡潔に纏められて書けたことは無上の喜びである」


幼稚園
物心がついて記憶に残っているのは幼稚園児の時からである。私は埼玉県草加市の松原団地で幼稚園から小学校卒業まで過ごした。といっても、小学校は合計5回も転校している。小児喘息のため二度ほど、喘息の療養施設に一年半ほど、親と離れて過ごしたからである。内気で虚弱体質なため幼稚園はつらかった。私にとって幼稚園は地獄だった。別に特定の子に虐められていたわけではない。私は集団が苦手というか怖かったのである。
「幼稚園行くのヤダー」
と毎日、叫んだ。私は記憶にないのだが、私は子供の時、ホットケーキが好きだったらしく、弁当はホットケーキにしてくれれば行く、と母親に頼んだらしい。それで実際、母親にホットケーキを作ってもらって幼稚園に通っていた。昼御飯の時、アルミニウムの弁当箱を開けると、私だけ毎日、毎日、ホットケーキなので園長が疑問に思って、母親に訳を聞いたらしい。母親も正直に訳を答えた。今思うと極めて恥ずかしい。なぜだか私は幼稚園のスクールバスを泊めている後ろの物陰を怖れた。あそこに何か怖い化け物がいるような気がして、怖くてしかたがなかった。幼稚園では、ほんの数人、私同様、内気で気の合った友達は出来たが、活発に遊ぶという事はなかった。ともかく私はゲマインシャフトの光景を見るのが怖かった。友達と遊べないので、一人で絵を描いたりするのは好きだった。家でも、一人で絵を描いたり、フラモデルを作ったり、地図を写したりと、そんな事をしていた。幼稚園の時に、家で私が描いたマンガを後に見つけたのだが、これが、驚くほど上手くて吃驚した。絵は普通だが、ストーリーがちゃんとあって、駒割りもしっかりしているのである。

小学生になった。
当然、私は小学校が嫌いだった。アレルギー体質のため、いつも鼻水が出て、それを服の袖で拭いていたので、袖がテカテカに汚くなった。小学校も怖く、元気な子供の共同体が怖かった。この頃から喘息が起こり出した。父親も伯父も喘息だったため、私が喘息になるのを怖れて、親は色々と足を運んだ。ある医院で心電図を測られて、これは一体何を調べるのだろうと、疑問に思って怖くなった。学校へ行くのにも吸入器をポケットの中に持たずには行けなかった。発作が起こると止まらないからである。神奈川県の二ノ宮に喘息の療養施設があると聞いて、親は私を其処へ入れる事にした。親と離れるのは、つらく、心細かった。
小学校二年の二学期に其処に入った。しかし入ってみると、それほど怖くはなかった。みんな喘息児で虚弱体質だったからだ。入って、初めの頃は、引っ込み思案の私は一人の女の子と毎日、ベッドの下に隠れてお喋りしていた。しかし校庭で保母さんと野球をしている子達に、「入れて」と私から言う勇気はなく、彼らを羨ましげに眺めていた。ある時、みなが校庭で野球している時、保母さんが、
「浅野君も入りなよ」
と誘ってくれた。表情には出さなかったが、この時、私がどんなに嬉しかったことか。私はみなと野球をした。これがきっかけで、私はここの集団に入る事が出来た。私は、トランプを知り、将棋を知り、独楽回しを知り、友達と遊び、ふざける事を知った。そして私に性欲の目覚めが起こり出した。私は同級生に一人の静かな可愛い女の子に目をつけた。もちろん私は、空想の世界でしか女性と手をつなげない。寮では、昼に一時間、ベッドで昼寝をとることになっていた。私はこの時、彼女との夢想に耽った。
それはこんな夢想である。
ある小屋がある。そこで私は彼女と変わった共同生活をするのである。私は彼女を裸にし、柱に縛ってインディアンのように勝ち誇る。彼女の物を全部、分捕り、彼女をみじめにするのである。食べ物は食べさせてやるのである。そういう生活がしばし続く。しかし、ある時、彼女は縛めから抜け、私を捕まえてしまうのである。そして、今度は逆に彼女が私を裸にして、柱に縛り、彼女が勝ち誇るのである。その永遠の繰り返しである。もちろん私はSMなんて言葉も概念も知らなかったが、それが最高に興奮する夢想の形なのである。私は物心つく時からSM的なものにしか興奮できなかった。
ある別の可愛いちょっとボーイッシュな女の子が一年下にいた。小学一年生である。寮には、彼女より年下の幼稚園児の威張った悪ガキがいた。彼は彼女を人のいない所に呼びつけて、パンツを脱いで、まんこを見せろ、と言い寄ったらしい。彼女は彼には逆らえないため、泣きながら、パンツを脱いだそうだ。私はそれを聞いた時、女の子の裸を見た悪ガキが羨ましかったが、同時に、裸を年下の悪ガキに見られてしまう彼女になりたい、という願望も感じた。勉強はやるだけの事をやる程度だった。寮の夕御飯では保母さんが回りに立っていた。ある時、私は、一人のきれいな保母さんに目をつけて、彼女の裸を想像した。何か、してはいけない事をしている罪悪感を感じて恥ずかしくなった。
この年、伯父が喘息重積発作で死んだ事を知った。
ある時、保母さんがこんな遊びをした。それは縄抜けの遊びである。生徒を集め、
「縛ってあげるから抜けてごらん」
と言って、子供達を縄で後ろ手に縛った。子供達は楽しそうに、はしゃいで縛られて、抜けようとした。保母さんも子供達も、単純にそれを、遊びとして楽しんでいた。しかし私だけは、その、後ろ手に縛る、という行為に何ともいえないエロティシズムを感じていた。そんな事で、其処には一年半、いて、小学3年の終わりに退院した。

4年になった。
私は松原団地にもどった。そして元の栄小学校に入った。だが、元気な子供には私はついていけなかった。近くの公園で野球に加わったが、体力が無く、みなにはついていけなかった。私はまたプラモデルだの地図の模写、だの漫画の模写だのと一人で遊ぶようになった。ある時、私はこんな絵を書いたのを覚えている。
女を木に縛って、リモコンの戦車や飛行機など色々なオモチャで女を虐める、というような絵である。しかし絵は上手くなかったし、また、あまりしっくりしなかった。何となく私の意にそわない絵だと思って嫌気がさして捨てた。
勉強はほどほどにやった。成績は普通だった。ただ図工だけは、いつも良かった。
何かの機会に、安藤広重の東海道五十三次の小さな絵を見て、気に入ってしまい、それがどうしても欲しくて、秋葉原の交通博物館で売っている、と聞いて一人で秋葉原に行って買ってきた。私は欲しいものがあると、どうしても手に入れなければ気がすまない執着心が強いのである。
ある時、クラスの男が朝の通学中に拾った大人の週刊誌を教室で広げていた。グラビアには女のヌード写真があった。男も女もキャーキャー騒いだ。私はなぜ女がヌードになるのか、わからなかった。女は裸を見られたくないと思うのが普通であり、やはり金のため、しかたなく脱いでいるのだろうと思った。金のためにヌードになる女をかわいそうだと思った。
学校の掃除のグループで、ある時、こんな遊びが流行った。それは5人の生徒の内、一人だけ、理由もなく仲間はずれにして、残りの4人が、肩を組んで「うらぎり」と仲間はずれにした生徒を囃し立てるのである。別に裏切っているわけでも、何でもない。別にいじめではなく、ふざけた遊びであり、遊びが終われば、また友達となるが、この人間の本能的な悪を楽しむためだけの、目的のない原始的な遊びが私には面白かった。私はそれにエロティックを感じた。SMにも、そういう要素があるからである。
4年が終わった。

5年になる時、私は静岡県の金谷小学校に転校することになった。
金谷は大井川を越した街であり、祖父の家である。私は母とそこに引っ越した。なぜかというと、父と母は宗教的、その他もろもろの考えの違いから、父親にやりこめられ、ノイローゼになってしまい、もはや一緒に暮らすのが不可能になってしまったからである。

金谷の小学校に転校した初日。先生が簡単な紹介をした。
「今日から、転校生が来ました。浅野浩二君です」
私はペコリと頭を下げた。直ぐに、教室の、ある席があてがわれた。その時の授業は、国語で生徒が順番に教科書を朗読していた。ちょうど私の前の人が朗読を始めた時、教室の外から、他のクラスの先生が、「先生。ちょっと」と呼びかけたので、先生は教室を出た。前の人の朗読がおわって、私の番になった。転校して、まだ10分もたたないのに、いきなり、私が読むべきかどうか、という事態になった。こういう場合、まだ、クラスに慣れていない、という事でパスするか、どうか、迷う人もいるかもしれない。しかし私は、ためらわず読んだ。それは、勇気ではなく、私には、ふざけた事をしたがる性格があるのである。
一人が拍手したのをきっかけにクラス全員が拍手した。
部活は体操部に入った。
私の部屋は、母屋と離れた小さな離れだった。ここは、伯父(母の弟)が結婚するまで使っていた部屋だった。
祖父は厳しい性格だった。祖父は、私の喘息が治らないのは、私の甘えた性格のせいだと思っていた。そのため、私から、やさしい人を全部、遠ざけた。伯父は、祖父の息子とは思えないほど、やさしい性格の人だった。大学を出て、実家に戻り、川崎鉄工所に就職し、きれいな人と恋愛結婚して、車で30分くらいの所に建て売りの家を買ったのである。
伯父はよく祖父と仕事の事で実家に来た。まだ言葉が話せない、よちよちの子供を連れてきた。伯父の妻も、友働きで、パートをしていた。そのため、私が、その子のお守りの役になった。
「おい。浩二。ちょっと、出かけてくるからタケシ見ててな」
そう言って、祖父と伯父は出かけていった。子供は、私に興味があるらしく、私の方を見ていた。母屋は広かった。それで、私はよく、畳の上で片足踏み切りの練習をした。きれいな前転飛びは、空中で体が反って、フワッと浮いた後、直立で着地する。私はそんな、きれいな完成された前転飛びは、その時、まだ出来なかった。しかし、体は反っていなくても、尻もちをつかずに何とか、回転することは出来た。子供は、まだ言葉は話せないが感情はある。私の前転飛びを見てニコニコしている。私も、ちょっと自慢するように、子供の前で何度も前転飛びをしてみせた。どうせ何の影響も与えないだろうと思っていた。
すると、あとで、祖母、が、タケシが最近、でんぐり返しを、よくしてる、と聞いて、驚いた。子供は、私の前転飛びを見て、マネをし出したのだ。私はそれを聞いて、自分が誰も見ていないのをいいことに、子供に下手な前転飛びを見せていたのを知られてしまって恥ずかしい思いをした。
伯父夫婦はとても優しく、頑固な祖父は自分だけ伯父夫婦の所に行った。しかし私には行かせなかった。私が優しい人と接すると、喘息が治らなくなると思ったからである。しかし私は伯父夫婦に会う事があっても、親しげな態度をとらなかった。私は、優しい人、好きな人からは、ことさら遠ざかろうとする。私はシャイなので優しい人の中にズカズカ入り込んでいくのが嫌いなのである。私はプラトニストである。なので無口で能面を装っていた。祖父は単細胞なので、そんな私の心など解るはずもなく、何を考えているんだか、分からない子供と見ていた。

ある日の真夜中、大きな叫び声で私は起こされた。
何事かと思って、飛び起きた。吃驚した。
母が暴れているのを祖父と祖母が必死で取り押さえているのである。祖父と祖母は母が舌を噛まないよう必死でタオルを口につめ込んでいた。母は錯乱状態で、私も祖父も祖母も誰だか分からなくなっていた。つまり発狂したのである。
その翌日に母は、精神病院に入院した。
しかし私は母に愛情を感じていなかったので、何とも思わなかった。

私は祖父の車の助手席に乗ることが、たまにあったが、その時、祖父の運転を興味深く見ていた。ギアチェンジの操作が面白かった。私も車を運転してみたいと本気で思っていた。野原でなら祖父が助手席について私が少し運転しても安全だろうが、祖父はとてもそんな事をさせてくれる人ではなかった。
ある日、朝から祖父はトラックに私を乗せて、木材を運ぶ仕事に連れていった。私はトラックの荷台に乗らされた。風を切りながら外が見れて面白い。学校の間近を横切った。生徒がグラウンドで野球をしている。知ってる顔もあった。私は彼らに気づかれないよう、身を伏せた。仕事場についた。木材が山のように積まれている。祖父の命令で私は重い木材を一人で肩に担いで運んだ。その日は朝早くから、夕方まで働いた。仕事量としても大人のアルバイトと同じだろう。だが、私はそれが嬉しかった。それは働く事の純粋な喜びだった。私だって、ちゃんと仕事が出来るという事が嬉しくて、木材がかなり重くても、いや、重ければ重いほど、一人前の仕事が出来る自分が嬉しかった。働いた後の昼ごはんのおいしいことといったらなかった。その日は晴天で太陽が眩しかった。しかし夕方になると、いささか疲れてきた。

学校は可も無く不可もなかった。
ただ、みな体力があって、先生はランニングを生徒の日課にしていた。そしてランニングした距離を足していって記録につけさせていた。こればかりは、ダメだった。私がクラスでドン尻だった。
泳げなかったので、夏の水泳の時間は見学に回った。
かけっこも、やはり勝てなかった。勝てないのは、やはり口惜しい。
体育の先生は体育大学出で、百メートル走を鉄砲玉のように走る姿にびっくりした。
一度、相撲をやったことがあるが、苦戦したが、見事に勝てて、その時はとても嬉しかった。

ある日の事、私は静岡市に行った。勿論、一人で行くはずはないから、誰かに連れて行ってもらったのだが、誰だが思い出せない。何のために、静岡市に行ったのか、その理由も聞かされていなかった。何をするところかもわからない。ただ、待合室があって、ちょっと大人の週刊漫画があったので、そっと見てみた。内容はよく解らないが、男と女が砂浜を走っている漫画の一コマがやけに記憶に爽やかに残っている。私は呼ばれて、ある部屋に入った。机の向こうに女の人が座っていた。彼女は私に色々なテストをした。同じ大きさの小さい箱を三つ並べて、どれが一番重いか、とか、丸い敷地の中にボールが入ってしまったら、どういう風に探すか、とか鉛筆で書かせたりした。何でこんなテストをするのか、わからなかったが、私は特に知りたいとも思わなかった。それより、若いきれいな女の人と一対一で話しているのが嬉しくて楽しかった。
後でわかったが、それは喘息の施設に入るための知能テストだった。別に知能テストなどする必要も無いだろうが、習慣でやっていたのであろう。私の評価は、「普通」とされた。私は彼女と話すのが楽しかったので、テストはちょっと、うわの空だった。しかし本気でテストに取り組んでも、やはり評価は、「普通」だっただろう。私も知能テストはそれなりに真面目にやったからである。ただ彼女は、冷めた目で私の知能をテストしていたのだと思うと、ちょっとさびしくなった。私は彼女に淡い想いを寄せていたのに。

そういう事で5年の初夏に、二回目の喘息施設に入ることになった。
金谷小学校には三ヶ月くらいしかいなかった。二回目の施設は、静岡県の伊東からさらに行った、川奈で降りて、バスで行った所にあった。川奈臨海学校である。ここで私は小学校卒業までの一年半を過ごした。

私が勉強するようになったきっかけは、この川奈臨海学園の時からである。ここは楽しかった。それまで私は学校の成績は普通だった。特に良くもなく、特に悪くもなかった。私はそれまでムキになって勉強する必要を感じなかったから、しなかったのである。人生の目的がわからなかったし、ムキになって勉強して多少、偏差値の高い学校へ入ったからといって、たいして変わりはないだろうと思っていた。それに私は塾まで通うガリ勉がエゴイストに見えて、みっともなく感じられた。ここの施設は、一クラスの人数が少なかった。生徒はみな、喘息児である。勉強のレベルは普通の学校よりは少し低い。勉強の出来る子と出来ない子が、はっきりわかれていた。入って間もない、ある算数の時間である。先生はある問題を出した。何の問題だったかは、忘れた。私はそれが解った。
「わかる人はいるか?」
と先生が言った。クラス一の秀才の山崎が、手を上げた。彼は問題の回答を言ったが、それは間違っていた。彼は真理の象徴だったから、黙っていたら彼の考えが正解になってしまう。先生は、すぐに彼の間違いを言わず、やさしく笑いながら、
「他の意見の人は、いるか?」
とクラスを見回した。私は、手を上げて、回答を言った。正解をわかっているのは先生と私だけである。そこで先生は、生徒達に、山崎と浅野のどっちが正しいと思うか、と生徒の判断を求めた。
「山崎が正しいと思う人は?」
と聞くと、ほとんどの生徒が手を上げた。
「浅野が正しいと思う人は?」
と聞くと、誰も手を上げなかった。
「本当にそう思うか?」
と先生は何度も念を押した。山崎と私の一騎打ちになった。授業がおわる直前まで先生は粘った。みなは、問題は、わかっていないのに、山崎が秀才という理由で、考えを変えようとしない。授業がおわる直前に先生は、
「正解は浅野の方だ」
と言って、問題を説明した。先生は人格の優れた人で、私を誉めなかった。だが、私はこの時ほど嬉しかった事はない。今まで、大人数のクラスで積極的に手を上げることなど引っ込み思案の私にはなかった。クラスが少数だったということも幸いしていた。私が嬉しかったのは、クラスの秀才に勝てたこともあったが、私にはもっと嬉しい事があった。それは発見だった。先生は差別やえこひいきを嫌う性格だったので、あからさまに誉めはしなかったが、心の中で私を誉めてくれている事は十分、わかった。
私は、その時、はじめて感動をともなった発見をした。
「勉強できると先生に誉められるんだ」
「勉強できると先生に愛されるんだ」
愛に飢えていた私は、それがきっかけで勉強に打ち込むようになった。私は愛されることを求めてひたすら勉強に打ち込んだ。成績は全科目、ぐんぐん伸びていった。勉強だけではなく、運動にも身を入れた。元々、私は、持久力はないが、運動は好きだった。その他、作文や絵など学校のことには全て身を入れた。山崎が退院した。そのため、私がクラスの首席になった。選挙によって私はクラス委員長に選ばれた。だが私はカタブツではなく、友達と大いにふざけもした。

6年になった。
一部屋は、5~6人くらいで、6年生が室長になった。
勉強は、夕食後に勉強の時間が決まっていて大きな自習室でやった。ある時、横にいた友達が、おい、と言って話しかけてきた。ノートに何やら下手糞な絵が書かれている。彼は笑いながら、それでも熱心に説明した。それは様々な女の殺し方だった。
「この女は高い所から突き飛ばして殺す。この女は首吊りにして殺す」
などと笑いながら説明した。私は彼とは親しかったが、そんな残酷な事を考えていることに驚いた。それはサディズムなのか、残酷さなのか、はわからない。サディズムとは、たとえ相手を殺しても形を変えた愛なのである。しかし殺すのは女だけなので、やはりサディズムなのだろうと思った。(勿論、この時には、まだサドとかマゾとかいう言葉は知らなかった)私は自分の性欲の仲間を発見したようで、何となく嬉しかった。しかし私は、彼のサディズムには内心、大いに反発した。
「殺しちゃったら元も子もないじゃないか。捕らえて色々な悪戯をしていじめた方が面白いじゃないか」
と言いたかったが、私はノーマルな人間を演じていたので勿論、何も言わなかった。
ある時、テレビでこんなシーンを見た。男のグループと女のグループが共謀して大金を盗んだのである。山分けする約束だったが、男のグループは金を一人占めしてしまおうと、女のグループを裏切ってしまうのである。女のグループは怒って、男のグループの一人を探し出して捕まえてしまう。男は中年の、たよりない男だった。女三人は、男を女のアジトに連れて行くと、男のグループの居場所を言え、とせまる。しかし男は答えない。「じゃあ、仕方がないね。吐くまで責めるからね。さあ、服を脱ぎな」女に言われて男は服を脱ぎ、パンツ一枚にさせられる。女は三方から男を取り囲む。「さあ、裸踊りをしな」女に命令されて、男はパンツ一枚で、裸踊りをするのである。女達は笑いながら、「もっと腰をくねらせな」などと言って、男の尻をピシャンと叩く。男が吐くまで、この裸踊りの責めは終わらないので、男はいいかげん疲れてきて、「もう堪忍して下さい」と女に許しを乞う。しかし女達は許さない。
そんなストーリーだった。
私は激しい官能を感じた。私は、その男になりたい、とまでは思えなかったが、それは私が夢想で求めていた性欲の形態の、生々しい表現だった。
寮の保母さんに、わりときれいな人が一人いた。それが、男の保父さんと結婚することになった。生徒は彼をタカヤマジンと原始人のように呼んでいたことから、あまり格好いい男ではなかった。その二人が結婚したのである。これはちょっと、女の方が損をして、男の方が得をした結婚だと思った。保母さんは、タカヤマジンが、
「あまり外に行くなって言うの」
と寂しそうに語っていた。私は、その時、結婚生活というものが、どんなものか全くわからなかった。親しき仲にも礼儀あり、で、夫が妻の体に触りたい時は、「さわってもいい?」と聞いて、妻が肯いたら触るものだと思っていた。
「夜の保母」で書いた一年下のませたガキが保母さんに、「セックス」について聞いていた。私は、「セックス」という言葉は、その時、はじめて聞いた。もちろん意味などわからない。どうも男と女が裸になって何かするらしい。私は聞いただけで、生理的嫌悪を感じた。大人は、そんなおぞましい事をやるのか、と気持ち悪くなった。もちろん男と女がエッチなことをするのはいいが、そんな事は趣きがない。と思った。女が裸になるのはいいが男も裸になってしまったらエッチじゃなくなってしまうじゃないか。

小学校の頃は、テレビにせよ、漫画にせよ、私は、弱く可哀相なものが虐められる場面に、官能を感じた。
お転婆なためロケットに縛りつけられて打ち上げられてしまうコメットさん。
スカートめくりをする悪い生徒をお仕置きするため、女生徒達にスカートを履かせられてしまい、女生徒達にスカートめくりされ、困ってしまう男の子。
悪戯っ子にダイナマイトを尻尾につけられて泣きながら走っている猫。
悪戯の罰として木に縛られて一人ぼっちで空を見て溜め息をついている架空の動物。
髪の毛を何匹ものギデオンに引っぱられて困っているミクロイドSのアゲハ。
そういう弱い者が虐められて泣いているシーンに私は魅せら興奮した。

6年になり卒業が近づいてきた。ちょうどその頃、鎌倉に買っていた土地に家が建ち、松原団地から鎌倉に引っ越すことになった。中学からは鎌倉に住む事になる。中学はどこへ行くのかわからなかった。それで母の母校である東京の私立の自由学園という学校に行く事に決めた。入学試験があるので、勉強しなければ、と思った。しかし、どんな試験なのかわからない。それで、ともかく漢字の書き取りをやった。就寝時間後に勉強は出来ないので、夜中にトイレに行って、同室の一年下の子に、呼んでもらって漢字の書き取りをした。
冬になって試験を受けた。何か、いわゆる点数をつけるペーパーテストは少なく、面接も受験者全員でやる集団面接で、これが入学試験か、と驚いた。数日後に合格の知らせを聞いて嬉しかった。

中学生になった。
私は自由学園に入学した。入るや予想と違い、ひどい学校だった。雑用は何から何まで全て一年の仕事だった。寮には一年生から六年生までいて、上級生はやたら威張る。まず寮にいる上級生、全ての生徒の名前を覚えなくてはならない。一年は電話に出る役があるから上級生の名前を全部、覚えなくてはならないのである。覚えられない生徒は、「出来が悪い」生徒ということになり、いじめられる。朝食の後の掃除で、床を雑巾がけしていると、朝食に出ない朝寝坊の上級生達が部屋から出てきて、雑巾がけしている一年生を面白半分に蹴っ飛ばす。一体、何なんだ。この学校は。洗濯にせよ、一年は手洗いで、洗濯機を使ってはならないのだが、二年からは洗濯機を使っていいのである。万事、そんな調子である。学校の実態がわかるにつれ、私は失望した。
学校の体育ではクロスカントリーという4.5kmのマラソンがあった。上級生が笑って、
「地獄のクロスカントリー」
と言った。聞いてビビッた。普通の健康な人でも、地獄なら、持久力の無い私には一体どうなるのか?地獄の下は何なのだ?クロスカントリーが始まった。途中から運動誘発喘息発作が起こり出した。それでも、休むわけにはにかない。発作が起こっている時に、さらにハードなマラソンをするので、喘息はさらにひどくなっていった。呼吸が苦しく耐えられない上に、汗びっしょりで、チアノーゼとなり、足はガクガクで、頭は錯乱していた。それでも走らなくてはならない。拷問である。何とか学園にたどり着いた時は、まさに拷問が終わった時の気分だった。ちょっとこれは耐えられないと思って次回からクロスカントリーは休むことにした。
そしたら、クラスの剛のヤツがやって来て私の襟首を掴んだ。
「それじゃあ、俺達のクラスは完全出席、出来ないじゃないか」
と言ってビンタする。完全出席というのは、月の初めに男子部女子部合同の礼拝で行なわれるもので、前月、クラス全員が無遅刻、無欠席だと、よくやったと学園長やら教師やら生徒らが拍手するのである。私はとんでもない学校に入ったと思った。こんなのはナチスの全体主義いがいの何だというのだ。この学校じゃ、病気になっても休む事も許されないのか?それなら入学試験の時、体力の無い人間は不適格として落とせばいいじゃないか。そんな全体主義の教育方針なら入学式の時、徴兵検査して体力のないヤツは落せばいいじゃないか。私のような肺病は即日帰郷で落ちただろう。
学校では毎年5月に3000メートル級の登山があった。クロスカントリーも出来ないようなら、そんな登山は不可能だと思った。それで、先生に頼んで中学の三回の登山は免除してもらった。

土曜の放課後から日曜は外出、外泊が認められていた。
寮生活が嫌いな私は土曜に家に帰り、日曜の夜に寮に戻った。寮に戻る時には、たいてい駅前の書店に寄って、漫画を立ち読みした。書店の奥の暗い所に平積みされている、あるいかがわしそうな雑誌が私を激しく惹きつけた。ある時、店員の目を気にしながら、私はさりげなく、その雑誌を見た。その雑誌を初めて見た時、
「まさか」
と私は思った。その表紙はセーラー服を着た女が、後ろ手に縛られて、畳の上に正座している写真だった。私の疑問は、そういう物は、漫画や映画、その他、あらゆるストーリーの中で、エロティックさを表現するストーリーの1シーンとはなるだろうが、それ自身を目的として、つくられる程にはならないだろう、と思っていたからである。私は、その雑誌が気になって気になって仕方がなくなった。

2年になった。
二年になると生活がぐっと楽になった。二年になると、近くに住んでいる生徒は通学生となって、寮から出た。私の家は鎌倉なので、とても通学することは出来なかった。寮生活の嫌いな私は通学生がとても羨ましかった。
寮での昼食の後の食器洗いは、生徒がしていた。中学二年のある時、私と数人の同級生が当番で食器を洗った。食器洗いが済んだ後、一人の悪童(小沢)が、
「寮を探索しようぜ。吉田の部屋に行ってみようぜ」
と言って吉田の部屋に向かった。私もついて行った。なぜ吉田の部屋かというと食器洗いの一人の生徒が吉田と同じ部屋だったからである。誰もいない、静まり返った寮の探索は面白かった。人のいない間に他人の物をいじるのは、いい事ではないが、物を盗むわけでもない。吉田の部屋に入ると、三年の副室長の大きなアマチュア無線の機械などを、いじったりした。私は小沢とは親しかった。私は学校でも、よくふざける結構、面白いヤツと思われていた。実際、私は、ふざけるのが好きである。だが猥談では黙って笑っていた。私は性欲も一般的な中学生と同じような人間と装っていたし、また彼らも私をそのように思っていた。
小沢は吉田の引き出しを開けた。そして、その中から、ある妖しい表紙の本を取り出した。その本の表紙の絵は、客がレジに出す時、恥ずかしい思いをしないようにとの思いからだろう。物理的には、ただの女の顔の絵だった。しかし、厚い唇が半開きになって、背後の色使いも暗く、いかにも退廃、不徳の雰囲気が表れていた。女の顔は、見るものを妖しい悪徳の世界に呼び寄せているようだった。私は、激しい興奮に襲われた。それが、書店で見た種類の本である事には確信を持っていた。私は小沢の横で、少し後ろに立っていた。小沢は本をめくっていった。脳天を突くような激甚の興奮が私を襲った。はじめはカラー写真だったが、だんだん白黒写真に変わっていった。裸の女が、柱を背にして立ったまま縛られている写真が、項をめくるごとに次々と表れた。どの写真も基本は、柱を背に後ろ手に柱に縛りつけられているのだが、ある写真は女を辛くするために片足を吊り上げられていたり、ある写真は黒子のような男が毛筆で、柱の背後から女をくすぐっていたりしていた。
「ふふふ。なーんだ。これ」
小沢は、元気があって、助平だったので興味本位で見ていた。だが彼は、それに、ほとんど反応していなかった。それは、彼が勃起していなく、彼の口調や態度から明らかにわかった。
彼は、それを何かわからない奇態な写真と見ているらしかった。しかし私には激甚の興奮が起こっていた。それこそ私が子供の頃から求めていたものだったからだ。私の心臓は早鐘を打ち、マラは激しく勃起しズボンを押し上げていた。私は、それに興奮している事を気づかれるのを最大に怖れた。しかし、その写真から一時たりとも目をそらすことは出来なかった。それで私は腰を引いて勃起を気づかれないように、少し後ろにさがった。私は自分も小沢と同じように、奇妙なものを好奇心で見ている振りをした。結局、小沢には気づかれなかった。それが私がSM写真というものを見た初めである。それ以来、私の関心は、その写真と、その写真を手に入れることになった。
「ああ。あの写真集を手に入れて、裸で柱に縛られている女をじっくり見たい」
私は、つくづくそう思った。

通学生に三田というのがいた。彼は特にスケベだった。教室に三田がいないで、数人がいる時があった。
「おい。三田のカバン開けてみようぜ」
一人が言って三田のカバンを開けた。中にはエロ写真が入っていた。厚い紙で、女の部分は黒くモザイクで隠されていた。しかしそこを消しゴムで擦った跡がある。消しゴムで擦っても、モザイクがとれて、女の部分が見えてくるわけではない。それは単なる女のヌード写真だった。私はそれに何も感じなかった。私は単なる女のヌード写真には何も感じないし、女の其処の部分にも全く興味がなかった。
国語の時間に、古事記の伊邪那岐命(いざなきのみこと)と伊邪那美命(いざなみのみこと)が、男の余っている体の部分と女の体の足りない部分を結合して子を産むという話を聞いても私は何も感じなかった。しかし、谷崎純一郎の春琴抄の話のあらまし、で、女主人に仕える奉公人の男が、女主人のために自分の目を突く、という話のあらましを聞いた時には、何ともいえない、言い知れぬ官能を感じた。

掃除当番でゴミ燃しを三田と一緒にやるときがあった。高等科寮のゴミには、SM雑誌が入っている事がよくあった。私と三田でゴミ燃しをした時があった。高等科寮のゴミからSM雑誌が出てきた。私はそれがどうしても欲しかった。だが三田がとってしまった。とても残念で口惜しかった。三田は特にSMが好きというわけではない。エロ本なら何でも見たがるのである。
「おい。三田。お前はSM写真がどうしても欲しいわけじゃないだろう。エロ本なら何でもいいんだろ。しかし、オレにとってはSM写真は咽喉から手が出るほど欲しいんだ。どうか、くれないか」
と言いたかった。しかし三田はそれをポケットに入れて、帰ってしまった。三田が家でSM写真をじっくり見ているのを思うと、激しく嫉妬した。
物理の先生は、頭が良く、何事にも知的好奇心を持っていて、特に鳥に非常に関心を持っていた。そのため、物理の授業では、よくバードウォッチングをやらされた。私は鳥には興味が無く、もっともっと力学や電磁気学など、物理の教科書にある事をしっかり教えてほしいと思っていた。そう思っていたのは、私だけではなく、クラスの秀才の一人も、その事を先生に訴えた。まっとうな意見だと思うが、先生は、
「自由学園は詰め込み教育ではない」
の一言で一蹴してしまった。そんないささか強引な所もあるが、私は先生を嫌いではなかった。先生は自由学園を愛していて、校内を歩いている時に、ゴミがあると、それを拾うので、先生が歩いている時は、いつも両手にゴミを持っていた。
ある朝の礼拝の時である。先生は、ゴミ燃し場でSM雑誌を見つけてしまった。そして、そのことについて哀しく語った。
「今日、ゴミ燃し場で変な本を見つけた。女の人が縛られてる写真だ。そういうのは、頭のおかしな人達がつくっているんだ。生徒の中にそういうものに興味を持っている人がいるのは非常に残念だ」
高等科寮のゴミからの本だろう。生徒も、ちゃんと燃やすなり、寮に持って帰って見るなりすればいいのに、ふざけて燃やさないで置いておいたのだろう。私は先生が心を痛められたことが、つらかった。しかし、私はSMを、頭がおかしい、とも思っていなかった。SMとは異端的な性欲の形であり、また縛られた裸の女の写真には、何らかのエロティックな芸術的な美があるとも思っていた。先生とて、男の性欲や、女の裸体の美まで否定は、しまい。
寮でも学校でも、マスとかカルピスだとか、思わせ振りな口調で生徒達が言うようになった。私には何のことだか、さっぱり解らなかった。

3年になった。
私は自由学園が嫌いだったので、どこでもいいから他の高校へ行きたいと思っていた。しかし世間の高校受験とは、どのようなものなのか、わからない。世間の中学生は、高校受験にむけて、必死で勉強している様子が想像される。私は、英語、数学、物理は出来て、クラスでの成績は良かった。しかし、自由学園の勉強のレベルは世間のレベルに比べて低いだろうと確信していた。井の中の蛙である。レベルの低い学校で成績が良くても、世間のレベルでは通用しないだろうと思っていた。それに中等科から高等科へは、ほぼ全員が行く。高等科を卒業する時には、何人かが他の大学に行くが。それで、私も、他の高校を受験しようという気持ちは、全く思っていなかった。

ある時、私が求めてやまなかったSM雑誌を私はとうとう手に入れた。トイレの中にあったのである。それは写真集ではなく、小説が主だった。それでも、グラビアに数枚あった縛られた裸の女の写真には、激しく興奮した。私が、緊縛された裸の女の写真をじっくり見たのはこれが初めてである。SMの漫画もあって、それが物凄くエロティックで記憶に鮮明に残っているので、そのあらすじを書いておこう。
ある公園で一人の男がラジコンで遊んでいる。彼はアパートで一人暮らしをしている浪人生である。そこに女が通りかかる。彼女は高校の時の彼の英語の先生だった。「あっ。拓也君。こんにちは。ひさしぶり。勉強、はかどってる?」「あ。先生。久しぶり。お元気ですか?」「ええ。勉強、はかどってる?来年の受験、大丈夫?」「ええ。まあ、何とかやってます」彼はニヤッと笑う。「先生。僕のアパート近くなんです。ちょっと寄っていきませんか?」「ええ」そう言って女教師は彼について彼のアパートに行った。アパートに入って彼の勉強机を見るや、彼女は、「あっ」と叫んだ。雑誌から切り取った緊縛された裸の女の写真が壁に張りつけてあったからだ。彼は、いきなり女教師に襲い掛かり、彼女を裸にして後ろ手に縛りあげてしまった。「あっ。い、嫌っ。やめて」彼女は訴えたが、彼はニヤニヤ笑うだけである。そして、彼女の体を毛筆でくすぐったり、乳首に割り箸を取り付けたりした。男は彼女の女の中にリモコン式のローターを埋め込んだ。そして彼は彼女にパンティーを履かせた。彼は意地悪く、リモコンのスイッチを入れた。「ああっ」彼女はローターの振動に、髪を振り乱して激しく体をくねらせた。彼は、ローターの振動を一層、激しくした。そのうち、彼女に尿意が起こってきた。「お願い。トレイへ行かせて」教師は哀願したが、男はローターの振動をとめない。女は後ろ手に縛られた体をヨロヨロさせながらトイレに向かった。トイレは和式だった。女は便器を跨いでしゃがみこんだ。「お願い。パンティーを脱がして」女は顔を真っ赤にして頼んだ。だが、男はローターの振動を一層、激しくするだけだった。女教師は、とうとう我慢できず、「ああっ」と叫びながら、洩らしてしまった。その日、男は丸裸の彼女をベッドに縛りつけて、思うさま、責め抜いた。翌日、彼は彼女を後ろ手に縛ってコートを着せ、外へ放り出す。ローターの振動に耐えられず、彼女は人中で倒れてしまう。通行人達がコートを開くと、彼女は丸裸で縛られているので、人々は驚く。
というストーリーだった。
とてもエロティックだった。特に、女の方から、「パンティーを脱がして」と頼むのがエロティックだった。しかし一泊で、外に放り出してしまうのは、ちょっと勿体ないように思った。もっと、一週間くらい、監禁して、じっくりと悪戯した方がいいように思った。
しかし、その本は、湿っていて、汚かったので、とっておく気にはなれず、捨ててしまった。

中学の時には、クラスの誰とでも話せるようになっていた。私は、カタブツではなく、結構、ふざけるので、面白いヤツだとも思われていた。しかし、親しい友達というのは、出来なかった。女子部の生徒がバスケットボールの練習の時、男子部の校舎の裏を通る。ひやかしたりする生徒もいた。ひやかす、というのは、好きだからひやかすのである。しかし私は女子部の生徒には全く、関心がなかった。学校では、男女交際を禁止していた。しかし私は、むしろ、そういう規則がある事の方がいいと思っていた。
冬休みが終わると、逆パンダの顔の生徒が何人かいた。はじめは何だかわからなかったが、スキー焼けした跡だとわかった。生徒にはスキーが好きでスキーをする人が多かった。しかし、私はスキーには興味がなかった。そのかわり、私は水泳が、何とか上手くなりたいと思っていて、夏休みは、毎日、海沿いの市営プールに行っていた。由比ヶ浜から、海沿いの道を自転車で走る。由比ヶ浜海水浴場は男女で賑わっている。しかし私は海水浴場に入れなかった。男にせよ、女にせよ、みな友達と来ている。男一人で海の家に入るのは、暗いヤツだと思われそうで、そのため、海水浴場には入れなかった。
生徒の中には、授業や掃除をさぼって、寮で麻雀をするヤツも出てきた。私も一度、興味本位の付き合いで、やってみたが、全然、面白くも何ともない。勿論、私はマージャンのルールなど知らない。しかし、トランプのセブンブリッジは知っていたので、人についてもらいながらやってみた。学校でも、生徒はトランプとかマージャンとか、やっていたが、私には、全く面白いとも何とも思わない。学科の勉強の方がずっと面白い。私は彼らの退廃した精神が嫌いだったし、彼らの心理が全く理解できなかった。彼らはタバコを吸い、酒を飲むようになった。

高校生になった。
といっても、一貫校だから、試験などない。全員進学である。
「中学は義務教育だが、高校は義務教育ではない」
などと先生が、説教したが、私は勉強をおろそかにした事はないし、これからも、おろそかにする気はないので、説教される筋合いはない。たまたま、公立高校の英語の試験問題を新聞で見つけた。英熟語の試験だったが、ほとんど全部、答えられた。私は驚いた。世間の学校のレベルもそんなに高くはないんだな。こんな事なら、学園などやめて、一般の高校を受験した方が良かったと、かなり後悔した。
高校になって10人くらいの生徒が入ってきた。文部省の認める高等学校であるためには、他校からの生徒の受験を認めなくてはならない。大学部では他校からの受験生を認めないから、文部省の認める正式な大学ではないのである。
私は、その中の一人と親しくなった。名前は小高といった。彼は太ってて、つっぱってて、ませていた。彼はデブなのに、顔がひろいのである。なぜ、そんな彼と友達になったかというと、彼ほど私と正反対で人見知りしない人間はいないと思うのだが、なぜだか彼はクラスで親しい友達が出来なかったからである。学校外では、彼はたくさん、友達がいた。ロックンロールが好きなことや、オートバイが好きなことなどで、相性も合った。彼とは、たまに一緒に休日に映画を観たり、大磯ロングビーチにも行ったりした。
高校になって、はじめて登山に参加した。喘息で、体力がなく中学の時は登山は免除してもらっていた。3000メートル級の山は初めてである。前穂高に登った。予想していたほど疲れなかった。4.5キロのランニングが出来ないので、登山など、とても無理だろうと思っていたが、登山は、予想と違ってマイペースで登れたので、ランニングとは違っていた。
夏休みは、毎日プールへ行った。そして高一の夏休み中に、一週間、病院に入院して下鼻甲介の切除の手術を受けた。それまで私は、いつも鼻がつまって、口で呼吸していた。そのため、私の机の中は、噛んだ鼻紙で一杯だった。夜中、いびきがうるさいと、さんざん同室の人に嫌がられていた。それで主治医の先生の勧めで、鼻の手術を受けることにしたのである。下鼻甲介という鼻の中の肉をかなり切りとった。手術は良かった。おかげで手術後から、鼻で呼吸する事が出来るようになった。そして、高一の夏休みには、私小説「夏の思い出」で書いたように子供の工作教室に出た。あれは嬉しい思い出となった。私には、ああいうロリータ・コンプレックスもあるのである。
高等科から入った生徒にKというのがいた。彼はK建設の社長の子だった。彼には一年上と一年下に学園に入っている兄弟がいて、(学園は受験勉強をしなくても大学部まで行ける、受験勉強をしなくても遊んで過ごせる、という理由だろうと察するが)それで入ってきた。彼はスキーや運動が出来て、ハンサムだった。そしてなまいきだった。私が喘息である事を知ると、ある時、「やーい。喘息持ち」と囃し立てた。この時は、煮えくりかえるような怒りが起こった。私が喘息である事は、中学一年の時から、みな知っていた。4.5キロのマラソンが出来なかったし、登山も出来なかった。私は、瞬発力や敏捷性などでは他の生徒に劣っていないが、持久力だけは、ダメなのである。そのため、いつもポケットには発作止めの小さな吸入器(β2刺激薬)を入れていた。発作が起これば、それを吸入すれば、すぐに治まるので、私の喘息は、それほど重いものではない。中学からの悪友は、私がいつも、ポケットに吸入薬を持っているので、その事でよく私をからかった。しかし、それは悪意のないふざけなので、私も笑ってやり過ごした。しかし彼の罵りは、人を見下す悪意に満ち満ちていた。彼の本当の真意はわからない。しかし私は猛烈な憤りを彼に対し感じた。私は彼を憎んだ。この時、私は心の中で誓った。
「ちくしょう。みてろ。オレは絶対、あいつより偉くなってやる」
体力や運動神経では、彼にはとてもかなわない。しかし学科の成績では、私は彼なんか足元にもおよばないほどの優等生である。将来、どうなるかはわからないが、絶対、あいつより偉くなってやると、私は心に誓った。

数学は中学から私がクラスで一番だったので、数学の先生が、
「数学がわからなかったら浅野に聞きな。あいつはわかっているから」
と言ったらしく、夜、勉強してると、クラスのヤツが聞きにやって来た。私は丁寧に教えてやった。「やーい。喘息持ち」といったヤツも聞きに来た。私は彼にも丁寧に教えてやった。すると何だか憎しみが軽くなった。

生徒には、「あー。セックスしてえ」などと言うヤツもいたが、私はマラで女を突き刺したいという欲求は起こらなかった。私には生殖に対する嫌悪がある。病気の遺伝子がある。顔も悪い。こんな遺伝子は、この世から根絶すべきだと思っていた。あるテレビ番組で、「愛があればセックスしてもいい」の質問をボタンを押してYesかNoで答えさせて、その%を調べるのがあった。80%くらいがYesだった。私は、一般の高校生がそんな事を考えているのかと違和感を感じた。私は、
「愛があればセックスしなくてもいいじゃないか」
と思っていた。裸になって抱き合った後には、もう何もない。ベッタリくっついている何のドラマもない一組の男女となるだけである。セックスしたいけど、出来ないで苦しむ所に緊張感と面白さがあるのである。私は現実の恋愛など全く関心がなかった。勿論、女には飢えているが、それは性欲であって、恋愛ではない。

ある時、小高と晴海の東京モーターボートショーに行った。それは私の方から、行こうぜ、と誘ったのである。なぜかというと、モーターボートショーのポスターの女に恋してしまったからである。水兵帽をかぶり、ビキニで微笑んでいる彼女に私は恋してしまった。モーターボートショー自体はそれほど面白くはなかったが、ポスターがどうしても欲しく、イベントの事務所に行って、ポスターをもらった。それ以外でもポスターの女に恋する事はよくあった。現実に生きた女との付き合いはややこしい。こちらの思うとおりにならないし、理想の女性と思っても、付き合っていれば、嫌な面だって見えてくるだろう。しかし、ポスターの女は、時間と空間の中に固定されてしまって、その理想の笑顔や性格は変わらない。想像の世界で自分の好きなように付き合える。

また私はキスという行為を嫌った。他のハンサムな男が女にキスするのはいいが、私のように顔の悪い男にキスされる女は可哀相だと思った。私にとって女とは、征服すべき対象ではなく、手を触れるのも畏れ多い美そのものだった。自分には所詮、女には縁がないと思っていた。要するに私はウブで純情だった。

私の性欲は、ひたすらSMに向かった。
生殖に対する嫌悪、安直な男女の結合、何の葛藤も緊張もない男女の仲、などが嫌いだから、SMにしか関心を持てないのである。勿論、SMは女を虐めたい、という男の視点で女を見ているが、そう単純なものではなく、虐められて、惨めになっている女にも自分を感情移入している面がある。女をいじめる男にもなりたいし、男にいじめられる女にもなりたい、という両方の思いがあって、そのため、自分を特定の場所に置けない、もどかしさ、があるのである。しかし、そのもどかしさ、こそがSMの興奮なのである。
男根で女を突き刺したい、と思うようになる時、子供は大人になる。私にそれが起こらずSMでとどまっているのは、大人になりたくないからである。

休日に家に帰る時、横浜で、ある、さびしい横丁に小さな本屋にたまたま入った。そこにはSM雑誌が置いてあった。書店のじいさんは、のんびりしていたので、さりげなくSM雑誌をとって見た。裸の女が柱に縛りつけられていた。後ろ手に縛られ、乳房を挟むように、胸の上下を厳しく縛られ、女の割れ目には股縄が意地悪く食い込んでいた。何てエロティックな格好なんだと、一瞬で激しく興奮して勃起した。

SM雑誌は、表紙は暗いタッチの妖しい女の顔だった。書店のじいさんは、のんびりした様子だったので本をおそるおそる出して買った。買う時には、すごく緊張した。買った後は、最高に嬉しかった。だが、家にも寮にも置いておくわけにはいかない。もし万が一、見つかったら、死に等しい。ので、読んだ後は、残念に思いながら捨てた。だが、それほど惜しいとは思わなかった。私はまだ、自分の異常な性癖を受け入れることに、抵抗を感じていたからである。
そもそも女のアソコの部分の構造がわからない。クリトリスという言葉から、そういう物があるという事を知ったが、どんなものか、わからなかった。
SM雑誌で、クリトリスを絹糸で縛って吊る、ということを漫画でやっていた。ので、乳首のように、突起したものだと思った。
縛った女のアソコに、とろろを塗りつけて、女が、「痒―い」と悶え苦しむのもあった。すごくエロティックで、興奮させられたが、女にそんな事をするのは可哀相すぎると思った。家の食事が、とろろ御飯の時、その事が思い出されて、何とも恥ずかしく、嫌な気持ちになった。そのため、好きだった、とろろ御飯が食べにくくなった。

寮で、ある時、同級生の一人と話をしていた。たまたま、話がオナニーの事になった。
私がオナニーというものやオナニーの仕方を知らないことを言うと、彼はあきれた口調で言った。
「お前、オナニー知らないの?」
「知らない」
「知らないの、お前だけだよ。みんな、やってるんだよ。佐藤(クラスの真面目な生徒)もやってるんだよ」
「どうやってやるの?」
「エロ本見ながら、ちんちん握って、しごくんだよ」
「やってどうなるの?」
「気持ちいいんだよ」
そんな事で、よくわからないまま私はオナニーの仕方を教わった。

家に帰った時、ベッドの上で、教わったように、マラをゆっくり扱いてみた。エロ本は無い。だんだん勃起してきて、気持ちが良くなってきた。私は、しごく度合いを速めた。オシッコとは違う何かが、私の体内から出てくるのを私は感じた。
「ああっ。出るっ」
と、思わず叫んだ。白濁した液体が大量にほとばしり出た。


高校を卒業した。
私は奈良県立医科大学を受験し合格した。出来れば、近くの横浜市立大学医学部に入りたかったのだが、ここは、偏差値が高く受験したが落ちた。
その時、私は、過敏性腸症候群という、つらい病気が発症していた。私は、大学には籍は置いておいて、治療を受けたい、と父に言った。しかし、父は過敏性腸症候群が、全くわからず、また、わかってくれようともせず、ちょっと胃の調子が悪いくらいに考えていた。私は、もう言っても理解してもらえず、あきらめ、ともかく、特攻精神で、やれる所までやろうと思った。自分では、自分の体調はわかっているから、これでは、とてもストレートで卒業することは出来ないだろう。何年かで休学することになるだろうと確信していた。田舎の医科大学で、入学者はほとんど奈良か大阪だった。自己紹介の時、私が、
「東京から来ました」
と言ったら、みなが、おおーと叫んだほどである。
元々、内向的な性格である上、過敏性腸のため、クラスには全く馴染めなかった。クラスの生徒達は、みなギャーギャー、カラスのように叫ばずにはおれない生徒達ばかりだった。だが、三人、静かな生徒のグループがあって、私も内心、彼らと友達になりたいと思った。しかし、「仲間に入れて」と私の方から言う勇気はない。彼らの一人が、そんな私の気持ちを察してくれて、
「よかったら、こっち来ない」
と言ってくれた。こういう事を言うのは、勇気のいることである。私は彼に感謝した。おかげで彼ら三人と友達になれた。彼はギター部で、もう一人は写真部で、もう一人は文芸部、だった。生徒達は初めの二週間くらいは、授業に出ていたが、だんだん出なくなっていった。
私と同じように、神奈川から来た生徒がいた。彼とは同じ関東というよしみで、わりと話せた。彼は単位に関する情報を教えてくれた。
「いくら授業に真面目に出ても単位は取れない。単位を取るには、いかに、過去問と、授業のコピーをたくさん集められるか、が全てだってさ」
それで、クラスの生徒は、ほとんど、どこかのクラブに入った。クラブに入ると、先輩から過去問と、授業のコピーをもらえるからである。なら卒業するためには、クラブに入らなければならない。しかし、私は集団が苦手で嫌いだし、特に入りたいクラブもない。それに過敏性腸もあるので、クラブとの両立は無理だと思っていた。それでクラブには、入らなかった。そのため過去問を手に入れるのは、苦労した。三人の友達からもらった。

大学に入ってからは、ともかく辛い過敏性腸症候群を治してくれる医者を探して奈良県や大阪府の精神科クリニックや消化器科の医院めぐりをした。しかし、あまりいい医者はいなかった。精神科だの心療内科だのと標榜している所は特にダメである。それで、やっとのことで、割と相性の合う、頭の切れる消化器科の医院を近くに見つけて、その先生にかかることにした。奈良市にも、心療内科のいい医者を見つけて、そこにも通った。私は休日は、ほとんど奈良市の図書館に電車で行っていたので、ちょうど良かった。
しかし授業中も腹が痛く、手で腹を抓って授業を聞いていた。不安感も起こって、精神安定剤や睡眠薬を飲むようになった。友達との会話もうまく出来ない。

集団の中にいる事が苦痛で、アパートにもどり、一人になるとほっとする。親にも見つかる心配がなくなったので、SM写真集を買って、それがどんどん増えていった。緊縛された裸の女の写真を見ている時だけが、心が休まる唯一の時だった。縛られた女の写真は、いくら見つづけても飽きることはなかった。私は時間がたつのも忘れ、写真の中で様々な妄想の世界に耽った。SM写真集は、私の宝物だった。私はSM写真の中の女性に恋した。私は心の優しい人間なので、縛られている女性を見ると、虐めたいとは思わず、「お姉さん。きれいだよ」とか「痛くない?」とか「辛くなったら言って。解いてあげるから」とか、慰めるのである。ある時、SM写真集の一冊を捨ててしまったことがあった。その中に私の恋した女性がいた。私は、あせった。彼女にもう会えないかと思うと、耐えられないほどの気持ちだった。それで、それ以後はSM写真集は、捨てないことにした。SM写真集を買って、パラパラッとめくると、すぐに好みの女性が数人、見つかる。そして、彼女達に恋してしまうのである。好みでない女性は、勿論、見ないで飛ばす。しかし数ヶ月単位の時間が経って、ふと見ると、はじめに見た時に好みでなかった女性が、好みになってしまう、という事もあるのであった。それは、ちょうど縛られ方が、ある時は、胡坐縛りに惹かれていたが、いつの間にか好みが変わって、胡坐縛りには感じなくなり、柱縛りに好みが強烈に起こるようになったり、次には、吊るし縛り、に感じるようになったり、と変化することがよくあるのと似ている。また緊縛された女に対しても、ある時は、女性の乳房に惹かれていたのが、尻に惹かれるように変わったり、髪の毛に惹かれるように変わったり、と色々と変化した。
アダルトビデオも観たが、すべてSMである。私はノーマルなアダルトビデオでは、何も感じない。それでも、ペッティングのシーンなら、まだいいが、本番で男がマラを挿入し腰をゆするシーンになると、とたんに萎えてしまうのである。嫌気さえ起こる。SMビデオでも、気に入らないものの方が多いが、とても気に入るものに出会う事はあった。そういうのはダビングして、とって置いた。SMには、静と動があるが、私の好みは、静の方だが、女が羞恥に耐えている濃厚なSM的エロスが感じられるものなら、動でも良かった。
しかし私はやはり、何と言っても、ビデオより写真の方が好きだった。ビデオというのは、まさに、動いている、ものであり、静を好む私には動かない写真の方に安心を感じた。
SM小説も読んだ。どの小説もエロティックだったが、団鬼六のSM小説は、特にエロティックで文章がキラキラ輝いていた。
「花と蛇」では、静子夫人には、あまり興奮せず、ひたすら京子に興奮した。空手が出来て、勇ましく森田組に捕われた静子夫人をスパイとなって、潜入し、勇ましく暴れるが、捕らえられてしまう箇所に興奮した。あれほどの屈辱があるだろうか。
私にはSもあるがMも強くあり、私は京子に感情移入して、森田組やズベ公達に屈辱的な責めをされたいというMの興奮に浸っていた。それと団鬼六のSM小説では、「女教師」が非常に好きである。あれは、主人公の女教師がMで、氏のSM小説の中でも、マゾヒズムを特に強く感じるからである。沼正三の家畜人ヤプーは、マゾヒズム小説であるが、私はあれは好きになれない。作者に言わせると、谷崎潤一郎の作品は、うす味で、自分はもっと、女に完全征服されないと満足できないそうであり、小説も、完全なマゾヒズム小説である。私にとっては谷崎潤一郎の作品こそが完全共感する作品であり、作家である。勿論、谷崎の小説は、最後には女に征服されねば満足できないから、最終的にはマゾヒズム小説であるが、「少年」にせよ、「痴人の愛」にせよ、話の途中では女を虐めることもあり、谷崎にはSもあって、谷崎の小説はSM小説だからである。
大学に入ってからは、そういう自分の好みの小説に限らず、色々な作家の作品を片っ端から読んでいった。

それで小説を読んでいるうちに、自分でも小説を書いてみたいという欲求が起こってきて、とうとう私は書き出した。5~6作品できたので、文芸部の小山君に見てもらった。当然全ての作品が絶賛されはしなかったが、気に入ってもらえるのもあって次号の文集に載ることになった。というのは、ここの大学では、文芸部は小山君の他には部員は2~3人しかおらず、ほとんど潰れる寸前のような状態であり、また、文集は、文芸部員でなくても、誰でも作品を書いて載せてほしいと言えば、載せていたが、大学では作品を書きたいという人が、おらず、作品が集まらないと、当然、文集は作れないからである。生徒は、とにかく元気がありあまっていて、クラブは体育系や音楽系がすごく盛況していた。そもそも本を読む生徒がほとんどいなかった。つまり知性的な生徒がいないのである。その中で、小山君だけは、みなと違い旺盛な読書家で、また大学に入る前から、小説を書いていた。
それで、私の作品が載った文集が出来た。だが、活字になっても、さほど嬉しいとは思わなかった。一度、創作意欲に火がついてしまったら、もっともっと書きたくて仕方がなくなってしまったからである。しかし、それがきっかけで、小山君とは非常に親しくなった。

大学では二年間の教養課程から三年への基礎医学へ進級する時、かなり厳しい関所をつくっていた。私のクラスでは10人くらい落ちた。私は幸いにして通った。他の人は、過去問も十分持ってて、私よりはるかに有利で、私は、過去問も十分持ってないのだから、私の方が落ちるのにふさわしい人間なはずである。大学は一流ではないが、まがりなりにも公立の医学部なのだから、これは学力の問題ではない。なめていたとしか思えない。ちょうど、童話の、ウサギと亀の話と極めて似ている。

三年になると医学の勉強がはじまった。三年、四年は、基礎医学といって、病気の原理を学ぶ学問である。
三年では、組織学。解剖学第一。解剖学第二。生理学第一。生理学第二。生化学。
四年では、病理学第一。病理学第二。免疫学。腫瘍病理学。細菌学。薬理学。寄生虫学。衛生学。公衆衛生学。法医学。である。
生化学をはじめ、基礎医学の勉強は私をてこずらせた。私は理数系が得意とはいえ、数学や物理などのガチガチの理論的な勉強は得意だが、生物や化学などの大づかみな、流動的な学問は苦手である。しかし私は、負けん気が強いというか、劣等感が強いというか、自分に苦手なものは、何としてもそれを理解してやろうという気持ちが起こるので、熱心に勉強した。しかし苦手な勉強、過去問が手に入らない、過敏性腸症候群、という三重苦のため、基礎医学では単位がなかなか取れなかった。過敏性腸という、つらい病気は治るのか、はたして過敏性腸という病気を持ちながら医者という激務が勤まるのか、という事に悩まされつづけた。ノイローゼになり、それがひどくなっていった。私は、死を考え出すようになった。「葉隠れ」が座右の書となり、私は岡田有希子さんの世界に浸った。つらいことが起こると私は現実逃避して自分の世界に逃げる。こんな事なら医学部なんか入らなければ良かったと思ったりもした。親に休学したい事を話しても、相手にしてくれない。うつ病がひどくなり、とうとう四年の冬、休学した。荷物をまとめ、新幹線に乗った。いつもは新横浜で降りるのだが、東京まで行った。八重洲口に出て、タクシーに乗った。
「四谷四丁目にお願いします」
と言って、私はタクシーの後部座席のソファーにぐったりもたれた。なぜ、四谷四丁目に向かったかというと、四谷四丁目には、岡田有希子さんが、飛び降りて死んだ、サン・ミュージックのビルがあるからである。どうしても一度、見ておきたかったからである。皇居の外堀をまわり、四谷に入ると、緊張で心臓が高鳴ってきた。四谷四丁目で降りたら、コンビニの人か誰かに、サン・ミュージックの建物の場所を聞こうと思っていた。だがタクシーの中から、高橋・大木戸ビル、サン・ミュージックの看板が見えてきたのである。ものすごい興奮と感動が私を襲った。私はタクシーを降りた。ここが岡田有希子の死んだ場所だと思うと、感無量だった。人間の生まれた場所と死んだ場所とはその人にとって神聖な場所なのである。私は、岡田有希子にゆかりのある場所を見たく、何としてもビルに入りたかった。だが、誰かに見つかって怪しい者だと思われるのをおそれ、夜になるのを待った。夜になって、暗くなったので、私はおそるおそるビルに入った。そして階段を登っていった。屋上の戸は閉まっていて開かなかった。しかし、ユッコがこの戸を開けたと思うと感無量だった。私は何とかして、屋上に登ってみたくなった。それで隣のビルは屋上に登れたので、登った。私は、もし死ぬとしたら、サン・ミュージックのビルの屋上から飛び降りて、岡田有希子さんと自分の血を重ね合わせたいと思っていた。こんな事は変な考えなのだろうが、私はそれを本気で望んでいた。しかし6階では、打ち所によっては、死ねず、死に損なってしまう可能性がある。私はビルを降りた。そして、サン・ミュージックの見える近くに15階位の高層ビルがあったので、その屋上に登ってみた。下を見ると、人や車が小さく、ここなら確実に死ねる、と思った。私は、出来る事なら、できるだけ、岡田有希子さんの死んだ場所の近くで死にたいと思っていた。勿論、その時、私は、絶対、死のうと決断していたわけでは全くない。生きるか、死ぬかで迷っていたのである。勿論、生きられるものなら、何としてでも生きたかった。しかし死ぬ事を本当に考えて、ビルの屋上から下を見ると、背筋がぞっとした。ほんの一瞬ではあっても、固いアスファルトに叩きつけられる瞬間の痛みを想像すると、飛び降りは、死ぬ方法として、大変な勇気がなくては出来ない。さびしく一人電車に乗って、回りの健康な人達を見ると、自分はもはや、この社会の外の人間だと、感じられてきた。さびしかった。空が、世界が、全てが灰色に見えた。家に帰っても、父親は、うつ病を知らず、罵るだけ。
「死ぬ気で頑張れ」
「敵前逃亡するな」
と怒鳴るだけだった。私は、いざとなったら、死ねるための準備をはじめた。「完全自殺マニュアル」を買って、確実に死ねる方法を知ろうとした。それまで私は睡眠薬や精神安定剤を飲んでいたが、私の飲んでいるのは、マイナートランキライザーであり、これでは多量に飲んでも死ねないのである。メジャートランキライザーなら、致死量の目安があって、ある量のむと、死ぬ事ができると書いてあった。ので、何とか、それを手に入れよう、ある内科クリニックにかかって、メジャーを飲んでいるので、欲しいとウソを言ったが、処方してもらえなかった。家の近くの精神科にかかった。抗うつ薬が出されたが、ありがたい事に、抗うつ薬は劇薬で、致死量がある、と書いてあった。ので、精神科クリニックで、もらった抗うつ薬をためた。毎日、うつ病のため、廃人のような状態で何も出来ない。

私は、SM雑誌にのっていた、あるSMクラブに勇気を出して電話をかけた。死ぬ前に、せめて一度だけでも女の子の体に触れたいと思ったからである。なぜSMクラブかというと特別に理由はない。私は奥手で、風俗店の事は、他に知らなかったからである。別にSMをしたいわけではない。他の風俗の事を知らなかったからである。もちろんSMクラブが、どういう所かも、実体は知らない。電話をかけた。男の人が出た。
「あの。お願いしたいんですけど・・・」
私はおどおどと言った。
「Sですか。Mですか」
「Mでお願いします」
「どの子がいいですか」
「優しい子をお願いします」
「じゃあ、彩子さんが空いていますが・・・」
「では、その子でお願いします」
「何時に来られますか」
「二時間後くらいに・・・」
「では、池袋の駅についたら電話して下さい」
そうして私は電話を切り、電車にのった。
なぜMにしたか、というと、特別に理由はない。Sは3万でMは2万で、Mの方が一万円安かったからである。それに女の子を縛ったり、いじめたい、とも思っていない。
東海道線から品川で山手線に乗り、池袋の駅についた。店に電話すると、店の場所を言った。私はメモし、その場所に向かった。駅から五分とかからなかった。マンションに入り、ある一室の前でチャイムを押した。ドアが開かれた。
「どうぞ」
と男が手招きした。

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ビタ・セクシャリス (自分史)(下)

2020-07-19 04:19:28 | 小説
入ってソファーに座った。男がつめたい茶を持ってきた。だが私は飲む気になれなかった。私は奥手で風俗関係の事は全然、知らない。風俗関係の店では暴力団が関係しているのではないか、と怖れていたからである。茶に何か変な物でも入ってるのではないか、と半信半疑だった。
「女の子が来ましたのでどうぞ」
と言われて私は部屋を出た。私は女の子と歩き出した。顔は、かわいい、というか、きれいである。しかし気が荒そうな性格であることは喋らなくても、雰囲気からもろに伝わってくる。
「うわー。怖そー」
と思わず心の中で言った。優しい女の子、と言ったのに話が違うじゃないか。彼女と同じビルの別の部屋に入った。
「シャワー浴びてきて」
言われて私はシャワー室に入った。シャワーを浴びて服を着て出てくると彼女は黒いワンピースの水着のような皮の女王様ルックを着ていた。私は彼女の横の小さなソファーに座った。私は思わず、顔を廻して部屋の隅々を見た。
「ん?どうしたの。寒いの?」
彼女が聞いた。違う。部屋のどこかに隠しカメラが仕掛けてあって、プレイを撮影し、それがいい出来のものならアダルトビデオとして、販売されるのでは、という心配があったのである。もし風俗店が暴力団とつながりがあるのなら、その位の事、しかねないだろう。実際、アダルトビデオには隠し撮りしたのもしっかりある。彼女の様子から、隠しカメラは無い、と判断した。SMクラブで、どういう事をするのか、わからない。裸になるのは恥ずかしくて出来ない。しかし、きれいな女の子と、密室で二人きりになるのは生まれて初めての経験で私は最高に嬉しかった。私は彼女の顔をまじまじと見つめながら、
「うわー。きれいな人だー」
と感嘆の口調で言った。私には彼女のような人は勿体ないような気がした。別にお世辞いってるわけでもないのに、彼女は無反応である。
「SMクラブはじめて?」
「ええ」
私はおどおどと答えた。
「あの。手さわっていいですか」
「うん」
私は彼女の手を触った。柔らかい女の子の手を触るのは生まれて初めてで、私は、感動した。それは求めつづけていたが、絶対、手に入らないオモチャを手に入れた子供の喜びに似ていた。私は、心ゆくまで、柔らかい女の子の肌の感触を味わった。
「胸、触っていいですか」
私は欲が出てきて小声で聞いた。
「うん」
私は彼女の胸にそっと手を当てた。
「うわー。柔らかい」
私は、感動をことさら言葉に出して言った。はじめは触れていただけだが、少し揉んでみた。柔らかい。
「あんまり、そうされると、ちょっとダメ」
と彼女は私の手をどけた。やはり女だから胸を揉まれると感じてしまうのをおそれている様子だった。彼女は、先天的なハードなサディストだった。私を虐めたがっていたが、何をされるのか、わからず怖いので、少し話をした。彼女の言う事は一々、最もで、生まれて初めて私と同じ先天性性倒錯者と話をして、共感する所が多く面白かった。彼女は、こんな事を言った。
「私はわがままでサドだけど、マゾとかフェチとかの心理も、わかるよ」
「世の中の事は、ほとんどSMで説明出る面があるね」
「マゾは一生、マゾだから、歳をとってもやってくるよ。老人になっても老骨に鞭打って」
「お店の女の子にはマゾの子もいて、そういう子は時々みんなでいじめてあげるよ」
話すだけではつまらないので、私もだんだん彼女とプレイをしてみたくなった。
「じゃあ、鞭打ちして」
私は勇気を出して言った。私は上着を脱いだ。ズボンは恥ずかしくて脱がなかった。彼女は私の手首を縛って頭の上に上げ、カーテンのレールに縛りつけた。私は、この時、SMというより、たかが女の子。鞭打たれてもネを上げない男らしさを見せてやろうと思っていた。私は、「愛と誠」の第六巻の太賀誠が、鞭打ちのリンチを受けても根を上げない場面が好きで、それは私の座右の書の、お気に入りの場面でもあった。何か、私は憧れの太賀誠のようになれる気がして嬉しかった。
「じゃあ、いくよー」
と言って、彼女は鞭打ち出した。予想と違ってこれが痛いのなんのって。しかも彼女は全く手加減せず、思い切り鞭を振り下ろしつづける。
「うおー。うおー。うおー」
私は鞭打たれる度に悲鳴を上げた。それで方針変更して、せめて、彼女から止めてくれるまで我慢しようと思った。だが、彼女は止めない。とうとう私は我慢できず、
「ちょ、ちょっと、もう止めて」
と言った。彼女は縄を解いた。私は服を着て、再び彼女とソファーに座った。痛かった。しかし彼女はケロリとしている。本格的サディストである。
「あー。痛かった」
私は情けない口調で言った。
「でも、そうやって相手が悲鳴を上げるのを聞くのが私の快感だから・・・」
彼女はケロリとしている。本格的サディストである。しかし私は彼女ともう少し遊びたくなった。
「もっとソフトなのない?」
「じゃあ、仰向けに寝て」
言われて私は床の上に仰向けに寝た。
「膝たてて」
私は膝をたてた。彼女は私の腹の上に乗って、膝に背をもたれ、
「ふふふ。らくちん。らくちん」
と笑って言った。私は人間椅子である。
しかし、これは単調なので、しばしすると彼女は降りた。彼女はハードな事だけではなく、こういうソフトな事も好きなのである。だんだん私も慣れてきて、彼女に縛られてみたくなった。ただ裸になるのは恥ずかしかったから服を着たままでである。
「縛ってくれる?」
「どういう風に縛られたい?」
「どうでもいい」
「じゃあ、私の好きなように縛ってもいい?」
彼女は欣喜雀躍とした口調で聞いた。
「うん」
私が答えると彼女は、ホクホクと嬉しそうに赤い縄で私を縛りだした。
彼女は、仕事で嫌々SMクラブの女王様をやっているのではなく、まさに趣味と実益を兼ねているのである。彼女はホクホクした様子で、私を後ろ手に縛り、その後、前に廻して、縦横に縛った。私は、あまりゴチャゴチャした縛り方は好きではないが、縄を股にくぐらせられて、キュッと絞られた時は、うっ、と何とも言えないM女になったような羞恥が起こって頭がボーとしてきた。
縛り終えると、彼女は私を床に転がした。私は起き上がれない。
「ふふふ。芋虫みたい」
と言って彼女は笑った。
「起こしてくれない」
と頼んで私は彼女に起こしてもらった。
私は後ろ手に縛られたまま女の子のように横座りして目を閉じた。彼女は私の前に椅子を持ってきて座り、私の後ろ手の手首の縛めの縄尻をとって、私の肩にドッカと足を乗せた。私はM女になったような気分で頬が火照ってボーとしていた。しばらくこのままでいたいと思って黙っていた。
「よー。何で黙っているんだよ」
もう彼女とは会話しているのに私が黙り込んでしまったのを疑問に思ったのだろう。彼女はそう言って、縄尻をグイと引っ張った。それにつれて私の体が揺れた。
私は、いつも見ているSM写真の貞淑なM女の気分に浸っていた。生まれてはじめて味わう甘美な快感だった。出来る事なら、しばらくこのままでいたかった。
しかし時間になった。彼女は私の縄を解いた。

それが私が生まれて初めて女の体に触れた経験である。あまり優しい女の子とは言いがたいが、きれいな顔立ちだった。女の体に触れたのは、これが生まれて初めてである。世の中には、こんな甘美な世界があるのかと思うと死ぬのは勿体なくなってきた。

生きる方に私の意志が傾き始めた。
私は私を苦しめている過敏性腸を治してくれる医師を探し始めた。日本のどこかに、きっと私を治してくれる医者がいるはずだ。私は日本中駆け巡っても私の病気を治してくれる医者を探しそうと思った。それらの事は、「浅野浩二物語」や「過敏性腸症候群」に書いたので、あまり繰り返し書く気はない。しかし、それは読まずにこれだけ読む人もいるだろうから、また、これも一つの作品として完成させるために大まかな事は書いておこう。私は書店で心療内科の名医のガイドブックを買った。そして、それにのってた聖路加大学付属病院に行った。そこの心療内科の教授が、武蔵境にある、武蔵野中央病院を紹介してくれた。そこで私は、重症の吃音の診療内科医に会った。それが大変な力になり、また、その病院でやっていた集団療法も大変な力になった。私は生きようと思った。私は遅れている基礎医学の勉強に取り組んだ。決断したら、もう徹底的にやり抜く私の性格である。朝、起きてから夜、寝るまで勉強した。
テレクラというものも一度やってみた。「会って」と言ってもなかなか会ってはくれない。不思議な事に、別の二人の女の子から、全く同じような事を言われた。
「あなたは純粋すぎて、こんな所に来る人ではありません」
ある子は、「スレッカラされていない」と嫌そうな口調で言った。女はスレッカラされた男の方がいいのか?テレクラは面白くないので、その一度でやめた。
そして私は復学した。
・・・・・・・・・・・
復学したクラスは下のクラスだから知っている人は一人もいない。一人だけ、Kという入学の時、一緒で、留年した生徒がいた。私はKとは親しかった。基礎医学の単位は、ほとんど、とれていなかったので授業にも実習にも出席した。医学部は大学といっても、実習が多く、実習は、あいうえお順に決めて、席が決まり、また少数グループの実習も、あいうえお順なので、ほとんど高校のような感覚なのである。苗字で近い人に、杉山さん、という一人すごく可愛い子がいた。背が低く頬がふっくらしている。私は個室の中で、一対一でなら女の子と話せるが、集団の中では、女と話が出来ないので、彼女と話せなかった。ただ心の中では、近くに可愛い子がいた事が嬉しかった。彼女も私に好意を持ってくれていた。休学中にしっかり勉強していたので単位は全部とれた。そして無事、5年(臨床)に進級した。
5年では一学期は授業だけなので、ほとんどの人は出席しない。ポツン、ポツンと勉強熱心な人だけが出席した。もちろん私は勉強熱心なので出席した。そして授業が終わると教授や講師に質問しまくった。産婦人科の授業は、女の助教授だった。おばさんで、小さな声でボソボソ喋るので何いってんだか、さっぱりわからなかった。ただ、きれいで、やさしそうで授業する姿を見ているだけで心が和んだ。
過敏性腸の治療は関西では、豊中にある黒川心療内科に通った。黒川先生は、池見酉次郎のお弟子さんであり、池見先生が進めてくれた先生だからである。黒川先生もいい先生だった。
5年の夏休みが終わり、秋から臨床実習(ポリクリ)が始まることになった。臨床実習とは、大学付属病院で、実際の患者を診てする勉強である。ポリクリは一班が5~6人である。当然、あいうえお順に決めていく。私が入る班に彼女も入ってくれたらいいな、と内心、期待していた。ポリクリ班の組み分けの紙が掲示板に貼り出された。私の班に彼女も入っていた。ヤッター。嬉しかった。5人で彼女がちょうど紅一点である。男だけの班はわびしい。女は二人いると多すぎる。可愛い女の子の紅一点が一番いい。
「いいなー。浅野君。杉山さんと一緒で」
とKが羨ましそうに言った。私は黙って、嬉しくないよう装っていたが、内心は嬉しかった。これから一年間、あの可愛い子と一緒に勉強できるのだ。そうしてポリクリがはじまった。
ポリクリの初めは小児科で教授の外来診察の見学だった。これはショックだった。それまで、分厚い医学書や顕微鏡ばかり見ていた勉強で、つまりは机上の勉強だった。しかしポリクリはまさに苦しんでいる患者を見る勉強である。勉強であると同時に感動であり、感動をともなった勉強だった。そこら辺のところは「浅野浩二物語」に書いた。ので、あまり繰り返し書かない。ポリクリはものすごく充実した勉強だった。朝9時~午後5時くらいまでだったが、私は夜の12時まで勉強していた。おそらく日本一だろう。オーベン(上級医)の一言は宝石の価値があった。私はオーベンの話す事は全部ノートした。これも日本一だと内心、自負している。このポリクリの時には、私の価値観が変わった。それまで小説創作だけが価値のあるもので、学問はそれ以下のものだと思っていた。しかし、病める病人や、それを必死で治そうとしている、まさに生死のかかった医療。それに較べたら小説を書く事など、ちっぽけで、つまらない事のように思われた。また自分が驚くほど勉強熱心である事にも驚かされた。これは昔からそうであるが。勉強が面白くて、ほっておくと死ぬまで勉強してしまうのではないか、と思った。

ポリクリの時に、驚くべき事が起こった。
私は、アパートに、濃密なエロティックなSM写真集を何十冊も持っていた。これは、私の宝物だった。私のSM的感性は先天的なものである。私はSMという言葉を知る前から、小学生の頃からSM的なエロティックなものに、美しさを感じていた。SM的感性は、一生、無くならない私の属性だと思っていた。自分がそういう感性を持っている事に悩んだ事もあったが、大人になるにつれ、それは、人にはない、自分の個性として、心の内に誇れるほどまでになっていた。
それが、ポリクリの時、ある時、アパートでSM写真集をパラパラッと見た時の事である。それまで、そのエロティックさを美しいと思って疑った事のない写真集である。
私は思わず叫んだ。
「何だ。この写真は。変態じゃないか」
私は、そんな写真集を見てニヤニヤしている人間が、変態に思え気持ち悪くさえ思えてきた。
そして、それは、私が確固として持っていた信念が証明された事実でもあった。
私はそれまで、内向性と、SM的感性とは、絶対、関係があると信じていた。
「内向的性格とSMとは、絶対、関係がある」
という信念である。内向的な人間が、すべてSM的感性を持っているわけではない。しかし、私に関しては内向性とSMとは、はっきりと関係しているのである。
ポリクリの時には、完全な外向的な精神状態であり、その時にはSM的感性が完全に消えてしまったのである。

私は知らない人と一対一でなら、女の子と話す事が出来るが、グループの中では女の子とは話が出来ない。自然な会話が出来ないのである。人にナンパなヤツだと思われたくないからである。そのため、悪意は無いのに、ことさら杉山さんと全く話さないので、グループの他の男三人にも杉山さんにも、私が彼女を嫌っているという誤解を与えてしまった。
「杉山さん。嫌いなんですか?」
と聞かれた時には、吃驚した。考えてみれば、グループの三人の男とは普通に話すのに、杉山さんとだけは一言も話していなかった。女子医学生は真面目なのが普通なのだが、彼女はあまり授業に出なかった。ただ性格はしっかり、というか、ちゃっかりしているから単位はしっかり取る。彼女はレモンケーキを焼いて持って来てくれたり、何とカバンはベティーちゃんの大きな絵の描いてある真っ赤なカバンなのだから、ちょっとこっちが恥ずかしくなった。勉強より恋愛や遊びの方が好きなのだ。脳外科の助教授のレクチャーの時、(師は自分が文学や哲学に詳しく教養があることを自慢していた)自己紹介させられた。勿論、私は自分が小説を書いているなどとは言わない。人間、自分にとって一番、大切な物は言わないものである。それで趣味は、読書と答えた。話が哲学になったので、私は、キルケゴールが好きです、と言った。そしたら、翌週、彼女がキルケゴールの「死に至る病」を買って持ってきたので吃驚した。失礼だが、あれが彼女にわかるだろうか。キルケゴールの哲学は絶望の哲学であり、その絶望というものが捻転しているのである。ポリクリの時にはバレンタインデーもあって、その時、彼女はグループの四人にチョコレートを渡した。私はホワイトデーで彼女の似顔絵を鉛筆デッサンで描いてチョコに包んであげた。
そうして一年間のポリクリも終わった。6年の秋である。あとは卒業試験と医師国家試験である。
充実したポリクリがおわり、卒業試験、国家試験の孤独な勉強の日々にもどると、またぞろ、SM写真集のエロティシズムに美しさを感じ出すようになった。

そして私は卒業し、医師国家試験にも通った。
健康状態が悪く、医師の仕事は無理だと思ったが、親は私が医者いがいの仕事をつくのを許してくれなかった。それで、千葉県の国立下総療養所という精神病院で二年研修した。600床の精神科のみの病院である。なぜ精神科にしたかというと、精神科は楽だと思ったからである。それと、私は喘息や過敏性腸があって、心身症に興味があったので、精神科なら、心療内科とオーバーラップする疾患もあるだろう、と思ったからである。精神科というと、精神の薬を出して患者の話を聞くだけ、というイメージが一般の人にはあるのではないだろうか。確かに、開業したクリニックではそうである。しかし、病院の精神科医はそうではない。入院してくる患者は、(特に高齢者)は、内科の病気も持っている。成人病や肺炎、皮膚疾患が多い。そして向精神薬は副作用で、腸閉塞を起こしやすいのである。そして注射は勿論、高齢者は薬の副作用のふらつきによる転倒で頭を切る事もあるのである。だから傷口の縫合もしなくてはならない。胸部、腹部のレントゲンも読めなくてはならないのである。また脳梗塞など、診断はしっかり出来なくてはならないのである。患者に内科的、外科的な病気や怪我が起こると、ほとんどは近くの内科、外科クリニックに紹介状を書いて送る。精神病院にも内科医はいるが、大抵、週に二回くらいの非常勤で、それ以外の日は精神科医が対処しなくてはならず、そもそも夜の当直は一人で、当直の時、患者に内科的病変が起こったら、診断し、対処しなくてはならないのだから、病院勤務の精神科医は内科も理解していなくてはならないのである。
また、ここでもやたら勉強した。他の先生は、勉強嫌いで、私が勉強熱心なのを感心していた。しかし一年もすると、もう慣れた。精神科の患者は統合失調症がほとんどで、心身症の患者はおらず、何かよそよそしい感じがして、精神科がつまらなくなってきた。
病院では、なぜか婦長にかわいがられた。最初は女子病棟で、きれいな女の患者もいたが、かえってそういう患者の方がやりにくい。私の心は創作にしかなく、真面目だから医療も真剣にやったが、私は現実の女には関心がないのである。私は現実の世界の人間ではなく、空想の世界に生きている人間であり、ニヒリストであるからである。それに、どんなに優しそうな女も長く見ていると、スレッカラされていて、幻滅するだけだからである。半年の女子病棟が終わり、男子病棟に移ると、実に楽になった。それでも精神科は精神的ストレスがかかる。これは他科の医者より、ずっと大きい。ストレスがかかると、その発散として私はSM写真集やSMビデオを見た。SMの空想の世界が私の安住の場所だった。勿論、小説創作しか価値観にないから休日や当直では、小説を書いた。私と世間の人間とでは価値観が違うのである。この世でどんなに名を成し、社会的地位を得、金持ちになっても、死んだら何も残らない。小説とは、小さな世界であり、その世界こそが私の本当の現実の世界なのである。病院でも、飲み会とかは嫌いだった。病棟でも、上級医や看護士達と話すのは苦手だった。内向的な人間は、集団や社会に属する事が苦手で嫌いなのである。これは、もう物心ついた幼稚園の時からであることは、この作品の初めを読めばわかる。
そんなことで、二年の研修はやったが、その後つづけて病院に残るレジデントにはなれず、病院をやめる事となった。職がなくなるので、これからどうなるか収入の不安が強くあったが、あながち、やめたのは不安なだけではなく、ほっと、もした。私は厭きっぽく、十年一日の同じ事の繰り返しの仕事、というのはとても耐えられなかった。

ともかく収入が必要なので、今は医者に仕事を紹介する斡旋業者がたくさんいるので、それに頼んで、健康診断などアルバイト的な仕事をした。それを二ヶ月くらいした。白衣を着て、医者と呼ばれる自分に何か違和感を感じた。
ちょうど湘南にある精神病院で精神科医の募集があったので、週4日、当直週1日という条件で話がまとまり、千葉から湘南のアパートに引っ越した。130床のボロボロ病院である。雨漏りがして本当にボロボロである。誰かが、それを見たら誰も住んでいない無人の取り壊し前の建物と思うのではなかろうか。医療機器といったらレントゲンだけである。普通の人だったら最先端の医療に遅れるのを嫌がって来たがらないのではなかろうか。しかし私にとっては、そんな事はどうでもいい事だった。医者は院長と私の二人で、院長は院長室にいて、医局の部屋を一人で使えるので、人とのウザッたい関わりが嫌いで、孤独が好きな私にはちょうど良かった。それに私は、どうしても海に近い湘南にしか、住めないのである。これは異常なほどで、海に近ければ何処でもいい、というわけではなく、私は湘南の海しか愛せないのである。しかし、やはりここでもストレスはあった。医療は、習うより慣れろ、であり、精神科も内科も、別に医者じゃなくてもベテラン看護婦なら出来る面があるのである。医者は、ただサインをするという事が多い。ベテラン看護婦が医者より上手いのは注射だけではない。医療もかなり出来るのである。しかし縫合とか、法的に医者でなければ、やってはならない行為というものもある。それで経験10年のベテラン看護婦で性格の悪いのは、「医者の仕事なんて俺の方がうまいぜ」と思っているのが少なからずいるのである。思うだけならいいが、露骨にイヤミを言ってくるのもいるから、そういう看護婦、看護師、(特に婦長)がいるとウザッたい。私は特別な医者で、小説創作至上主義で、医者のプライドなんかないのに、露骨にイヤミを言う看護婦もいるので、そういうのはウザッたいのである。そもそも医者と看護婦は犬猿の仲なのである。それと精神科のほとんどを占める統合失調症の患者もストレスになる。統合失調症の患者の妄想は、患者にとっては現実なので、説明して納得させる事は不可能なのである。薬を出しても効かない患者は効かないのである。自分が病人だと思ってないから、精神科医を自分を不当に監禁しているニセ医者、と食ってかかるのである。それで、「退院させろ。退院させろ」と言いつづける。それが非常にストレスになるのである。精神科はもしかすると医療の中で一番ストレスのかかる科かもしれない。
小説の創作は、精神状態がいい時でないと出来ないのである。しかも私はストレスに弱く、そのため創作がはかどらず、精神科なんて選ばずに他科を選んでいれば良かったとつくづく後悔した。

休日は一日中、創作した。だが精神的、肉体的な体調が悪く書けない時は小説を読んだ。たまに女の肌が恋しくなって、風俗店に行くこともあった。だが時間も金も勿体ない。ので、好きな子が出来ても、ハマる事は厳しく自制した。だいたい1年に5~7回くらいである。行くのは五反田にあるSMクラブだった。責め具がたくさん置いてある本格的なSMクラブではなく、素人のアルバイトの女の子の、名前だけのSMクラブである。なぜSMクラブかというと特別に理由はない。特にSMプレイをしたいわけではないが、少しはSM的な遊びもしたかったからである。ホームページがあって、顔を出している子もいるが、顔を出していない子もいる。しかし、同じ人間なのに写真うつりと実際とでは、かなり違っている事がよくあるのである。どうしても女の子の肌が恋しくなると、その日は、創作は諦め、店に電話した。
「あの。お願いしたいんですが・・・」
「はじめての方ですか。会員の方ですか?」
「いえ。会員です」
「どの子がいいですか?」
「××さんをお願いします」
そう言って私は、ホームページに載っている、その日の出勤予定となっている、写真で見て気に入った女の子を指名する。
「コースはどのコースがいいですか?」
「Sコースの90分をお願いします」
「何時に来られますか?」
「×時に行きます」
「わかりました。では30分前に確認の電話をお願いします」
「はい」
そう言って、私はアパートを出る。
電車に乗って、一時間半くらいで五反田駅に着く。駅前の喫茶店に入り、アイスティーを注文する。私は神経質で遅れるのを心配するため、いつも40位前に着く。文庫本を持っていくが、勿論、緊張のため読めない。30分前になると、確認の電話をする。
「もしもし。×時に××さんに、予約をお願いした浅野です。確認の電話です」
「はい。わかりました。では30分後にいらして下さい」
これで、これから女の子に触れるという実感が沸いてきて、緊張で心臓の鼓動が速くなる。喫茶店から店までは5分で行けるので、25分、待たなくてはならない。この25分が何と長く感じられることか。ようやく5分前になると、よし、と気合いを引き締めて喫茶店を出る。狭い路地を少し歩いて、とあるビルに入り、エスカレーターで4階で降り、店の番号の部屋のチャイムを押す。
ピンポーン。中でチャイムの音が鳴っているのが聞える。ガチャリと戸が開く。
「いらっしゃいませ。浅野さんですね。どうぞ」
きれいな女の人が出てきて手招きする。その店は、以前は男が受け付けをやっていたが、いつからか、女の人に代わったのである。
「××で、Sの90分コースですね。それでは指名料とホテル代で、3万5千円です」
私は財布から4万円だして、5千円おつりをもらう。もう本当に女の子を抱けるんだという実感が沸いてくる。
「ホテルは×ホテルと○ホテルの二つがありますが、どちらにしますか?」
「部屋の広い方はどっちですか?」
「×ホテルの方が、少し広いです」
「では×ホテルにお願いします」
彼女はケースに入った手書きの地図を私の方へ向けホテルの場所を指差して説明する。
「今、ここです。出た所にローソンがありますから、そこを真っ直ぐ行って、突き当たりの左手に、茶色のビルがあります。それが×ホテルです。部屋に入ったら、部屋の番号を連絡して下さい。女の子がすぐ行きますから」
一分の距離でも私は用心深いので、メモを取り出して、地図をササッと書く。そして私は立ち上がって部屋を出て、ホテルに向かう。メモした地図は、結局いらない。一分とかからずホテルに着く。受け付けで、ルームキーを受け取って、エレベーターで、部屋に入る。部屋に入ると、ほっとする。私は携帯で店に電話する。
「今、×ホテルの部屋に入りました。部屋の番号は301です」
「はい。わかりました。では、すぐ女の子が行きます」
すぐ、といっても、だいたい、いつも10分くらいしてから来る。その10分間の待ち時間の内に私は緊張のため、心臓の鼓動が加速度的に速くなってくる。
ピンポーン。チャイムが鳴る。
部屋は鍵をしていないが、女の子は、遠慮して、自分からは開けない。そっと戸を開けると、可愛い女の子が立っている。そしてニコッと笑って部屋に入ってくる。
「はじめまして。××です」
私は急いで部屋の戸を閉める。もう、こっちのものである。私の心臓ははち切れんばかりに躍動する。この部屋の中だけが、私の唯一の、生きている事を実感できる現実の世界である。勿論、私は、普段でも人とも話す。しかし、それは、「私」という仮面をつけた演技の私に過ぎない。言うことは建て前であり、本心は心の中にガッチリと仕舞い込んで、本心の心の交流などない。しかし、今は違う。私の仮面は取られ、素顔の私の心が表れる。もはや、何も隠す物はない。私は泣きたいほど嬉しくなり、服の上から彼女をそっと抱きしめる。ちょうどテレビドラマで恋人が抱き合うシーンのように。女の子の肌の柔らかい温もりが伝わってくる。
「よかった。可愛い子で」
そう言って私は、服を着た彼女を立たせたまま、「愛してる」「好き」「可愛い」などと言いながら、女の子の髪を撫でたり、首筋にキスしたり、起伏に富んだ柔らかい温かい女の子の体を触りまくる。私はその感覚をいつまでも忘れないように貪り触る。女の子も自分が好かれていることが嬉しくて、私のこの戯事に笑いながら、つきあってくれる。しかし、いつまでも服を着たままではいられない。ある程度、時間が経つと、
「ねえ。シャワーを浴びてからにしよう」
と、擽ったそうに言う。私としては服の上から触る方が興奮するのだが、女の子はそうではないらしい。道学者なる私は女の心を知る由もない。
私はSコースで入るが、女の子を縛ったりはしない。縛りたいとも思わないし、手間をかけて縛る時間が勿体ない。縛る事の興奮は女の自由を奪い、女を怖がらせる事にある。90分で確実に開放されると分かっている以上、縛る事には何の興奮も起こらない。
私は90分という限られた時間で、女の子の体の感触を心ゆくまで楽しむ。勿論、蝋燭なども時間の無駄である。私には女とは、壊れやすい人形のように思われてならない。だから、優しく大事に扱う。そして女の子が喜ぶ事をする。だから女の子も私を好いてくれるのである。フェラチオなどは、もってのほか、である。可愛い女の子に、自分のマラを舐めさせるなど、女の子が可哀相でとても出来るものじゃない。それにフェラチオなどされても私は何も感じない。
しかし、やがて終わりを知らせるブザーがピピピッと鳴る。
「もう時間になっちゃった」
女の子は言う。私と女の子はシャワーを浴びて、服を着てホテルを出る。手をつないで、店のビルまで歩く。
「また来てね」
彼女は、満面の笑顔で手を振る。私も、
「ありがとう」
と言って、手を振ってわかれる。
帰りは、もう優越感である。仲のいいカップルを見ても、
「オレだって女の子に好かれているんた。彼女をつくろうと思えば、つくれるんだ」
という自信があるからである。しかし個室の中だけでの90分だけの彼女というのは、時間が経つと、だんだん寂しくなってくる。

好意を持ってくれるとはいえ、女の子も仕事と割り切っている。私も普通の男のように、女の子と手をつないで街を歩いたり、ディズニーランドに行ったり、一緒に海水浴に行ったり、してみたい。金銭での契約としてではなく、友達として付き合いたい。ホテルの部屋の中だけの付き合いは、現実の付き合いではなく、さみしい。しかし店外デートの誘いは禁止事項である。それでも、やはりデートしてみたい。
それで、ある時、気に入った女の子に聞いてみた。
「ねえ。一度でいいからデートしてくれない?」
すると、あっさりと、
「いいよ」
と言ってくれた。メールアドレスも教えてくれた。来週の日曜日に駅前のマクドナルドで合う約束をした。日曜日に、マクドナルドに行って待ってたら、本当に彼女がやってきた。近くのレストランで食事をした。しかし、長い時間、話していると話題につきてきて、困ってしまった。内向性は世事に疎いのである。必死で話題を探そうとすると、ヘトヘトに疲れてしまう。それで、その子とはその一回だけのデートで終わった。私も、それ以上、デートしたいとも思わなかった。所詮、私は女の子とは縁が無いのか。と、さみしく思った。

数ヶ月して、またぞろ女の子の肌が恋しくなって、店に行った。そしたら、ものすごく可愛い子だった。性格も優しい。垢抜けていなく純粋で、何か自分を見せられているような気がした。その頃、私は仕事のストレスや精神保健指定医の資格取得のことで悩んでヘトヘトに疲れていた。医療の世界は汚い。医療界は、騙しあうのが、当たり前で、そんな社会に嫌気がさして、くたびれはてていた。人をだます事に全く罪悪感を感じていない人間がザラにいる。とくに権力を持った人間は、したたか、である。彼らには、太宰治の言うところの人間としての「苦悩する能力」が欠如しているのだろう。
そんな事で、その子と抱き合っていると涙が出てきて、止まらなくなった。私は大声を出して泣いた。
「何で泣くの?」
「幸せだから」
「誰かにいじめられているの?」
「職場の上司に」
「じゃあ、私をその上司と思って、いじめて」
「できないよ。そんなこと」
私は、幸せを感じながら、その子を抱いた。時間になった。
「メールアドレス教えてくれる?」
「うん。いいよ」
そう言って彼女はメールアドレスを書いてくれた。
「これ。僕が書いたんだ。よかったら読んで」
そう言って、私は彼女に自費出版した小説集、「女生徒、カチカチ山と十六の短編」を渡した。彼女はパラパラッと本をめくった。
「へー。お医者さんで作家なんだ。すごいね」
私は照れながら彼女を抱きしめて分かれた。
しかし翌週は行かなかった。休みの日は、やはり小説を書きたかったからである。ただメールの遣り取りはした。彼女とのメールの遣り取りは心が和んだ。
一ヶ月くらいして、また彼女に会いに行った。やはり、私は彼女の優しさに大泣きに泣いてしまった。時間になった。
「家くる?」
彼女が聞いた。
「えっ」
私は吃驚した。女の子にそんな事を言われたのは、初めてである。
「家って何処にあるの?」
「近くだよ」
「う、うん。じゃあ行く」
訳がわからないまま、私は彼女とホテルを出た。歩いて二分ともかからない所に、一階がローソンになっているマンションがあった。その中の一室が彼女の部屋だった。
「ここ」
と彼女は言った。ああ、なるほど、と私は思った。私は彼女の家とは、もっと電車に乗っていく離れた所にあるのだと思っていた。客が来て、彼女を指名すると、店が彼女に電話して、彼女はホテルに直行するのだ。こんな近くなら、夜、遅くなっても終電を気にする必要もない。一階のローソンで、せんべえを一袋買った。
彼女が戸を開けたので、私は、おずおずと入った。女の子の部屋に入るのは、生まれて初めてなので気が動転してしまった。さすが女の子の部屋だけあって、きれいである。
「うわー。女の子の部屋に入るの生まれて初めてだよ」
私は感動をことさら言葉に出して言った。
「そんなに女の子っぽい部屋じゃないよ」
そうは言うが、きれいに整理されている。少なくとも私の汚い部屋とは比べものにならない。私は気が動転しているので、何をしたらいいのかわかわない。
「座って」
彼女に言われて、私は壁を背にして座った。彼女も私の隣に座った。
「お腹すいてない?」
「ううん」
彼女は嬉しそうである。まるで欲しがっていた獲物を手に入れた人のように。実際、私は無口で大人しい。私は、何を話していいんだかわからないので、気も動転していたので、精神科に関する事を夢中で喋った。少し話してから、
「こんな話、面白くないでしょ」
と聞いた。
「ううん。面白いよ」
おそらく面白くないだろう、と思うのだが、彼女は嬉しいので、話の内容なんて何でもよかったのだろう。
その時、ピピピッと彼女の携帯が鳴った。
「はい。エミです」
ちょっと話してから、彼女は、
「はい。わかりました」
と言って携帯を切った。
「ごめんね。お客さん。来ちゃった」
そう言って、彼女は立ち上がって部屋を出て行った。無理もない。彼女は、そのお店で一番かわいい子である。性格も優しい。指名度は一番だろう。彼女がいなくなって、部屋はガランと寂しくなった。女の子の部屋に入るのは、これが初めてで、おそらくもうこんな機会は無いだろうと思ったので、部屋のあちこちを探して見た。ユニットバスはピカピカで、きれい。箪笥の引き出しを開けると、かわいいお洒落なセクシーな下着が20枚ほどあった。冷蔵庫の中は、ウーロン茶と、コンビニのパックのサラダがあった。自炊はしていないように思われた。小さな座卓の上に、金属のハサミの様な物と、爪楊枝ほどの大きさの小さなブラシと、いくつかの色で仕切られた小さなコンパクトのパレットがある。
「これ、いったい何する物なんだろう」
と、私は、金属のハサミのような物を、首を傾げて見た。さっぱり解らない。あとで解ったのだが、それは、睫毛を反らせるビューラーで、小さなブラシやコンパクトはアイメイクの道具だった。カバンを開けると、財布があった。財布をおいたまま出かけるというのは、あまりにも大胆、というか、無防備すぎる。私は財布を調べた。運転免許証があったので、本籍と本名をメモした。こういう陰で人の個人情報を調べるという卑怯な事はしたくなく、罪悪感に苛まされたが、彼女ほどの素晴らしい子との出会いは、今後、無いだろう、と思っていたので、彼女との縁を持ちたかったので、すまないと思いつつメモした。そんな事をしてるうちに、私の携帯にピッと音が鳴った。彼女からのメールだった。
「いい子にしてるかな?もうすぐ戻るよ」
と書いてあった。微笑ましくて嬉しくなった。彼女は私を子供のペットのように思っているのだ。実際、私は大人しく無口である。私は彼女のペットである。ペットは、ペットらしく大人しくしてなくてはならない。私は壁にもたれ、膝組みをして、彼女を待った。しばしして、ドアが開いて彼女が戻ってきた。膝組みして座ってる私を見るとニコッと嬉しそうに笑った。やはり私は彼女のペットなのだ。彼女は私の隣に腰掛けた。私は、また話し出した。時間が経って慣れてきたので、今度は割りと落ち着いて話せた。もう夜の十二時を過ぎている。もう終電もない。今夜はここに泊まる事になる。私は、落ち着いて色々な事を話した。彼女も嬉しそうに聞いている。私は気分がのってきて、話すのが楽しくなった。しかし、ふと横を見ると、彼女は、ボーとしたうつろな表情である。彼女に睡魔が襲ってきている事に私は気づいた。
「エミちゃん。眠いんだね」
「ううん。大丈夫」
彼女は首を振った。
「エミちゃん。眠いんだね」
私は再度、聞いた。
「ううん。眠くないよ」
「寝なきゃダメ」
私は彼女の手を掴んで立たせ、ベッドに彼女を横にした。やはり相当、眠かったらしく、ベッドに乗ると、すぐに目を閉じて、グッタリとベッドに横たわった。
「エミちゃん。マッサージしてあげるよ」
そう言って私は彼女をうつ伏せにして、マッサージをした。私は足首から脹脛、太腿、腰、背骨、肩、腕と念入りに指圧した。そして、それを何度も繰り返した。
「気持ちいい?」
「うん」
彼女は目を瞑ったまま頷いた。私は黙って、黙々とマッサージをつづけた。嬉しかった。私は時間の経つのも忘れて、ひたすら、マッサージをつづけた。

疲れと、マッサージの心地良さのためか、スースー寝息が聞えてきた。頬の肉がたるんで、完全に寝てしまった。私はマッサージをやめて、そっと彼女の寝顔を見た。耐えられないほど彼女が可哀相に思えてきた。
「なぜ、こんな可愛い、優しい子が、毎日、男に抱かれなくてはならないのか。彼女は男を選ぶ権利はない。男が指名したら、どんな男にでも抱かれなくてはならない。疲れた日や、嫌な男だってあるだろうに」
そう思うと彼女が可哀相で、可哀相で耐えられなくなった。こんな、可愛い、心の優しい子が、生活のため、金のため、そんな事をしなくてはならない事が私には耐えられないほど辛かった。こんな可愛い、優しい子は、お姫様のように、毎日、好きな事だけさせてやりたい。私は人生というものを呪った。私が彼女の父親か兄になって、彼女を守ってやりたいと思った。私が彼女の父親か兄だったら、決して、こんな生活はさせない。親バカと言われようが、何と言われようが、彼女に金の心配などさせず、最高に幸福な生活をさせてやる。彼女は、心が優しいから、金に不自由しなくても、決して悪い事などしない。彼女の寝顔はまさに目の中に入れても痛くないほど可愛いかった。そうは思っても、私にはどうする事も出来ない。私はどうしようもない、いらだだしさに、なすすべも無く耐えるしかなった。

時計を見ると、もう朝の4時を過ぎていた。私は彼女に気づかれないように座卓の上に置いてあった本(武田久美子という生き方)の下に五万円札を置いて、そっと彼女の部屋を出た。近くのネット喫茶で始発を待った。一時間半、待って、五反田駅から山手線の始発で家に帰った。家に着くと、睡眠薬を飲んで泥のように眠った。昼過ぎに起きて携帯のメールを見ると、お金のお礼のメールが来ていた。

翌週になって、病院勤務が始まった。だが私は、もう世間の男に対して持っていたコンプレックスが、かなり軽減されていた。私にもエミちゃん、という彼女がいるのだ。しかも彼女は、優しい上に絶世の美女である。まあ、本当の彼女とは、言いにくいが、家まで入って、たっぷりプライベートな会話が、金銭関係ではなく、出来るのだから、「彼女」と言っても、さほど間違いではない。彼女の事を「絶世の美女」と言ったが、本当に「絶世の美女」である。彼女が週刊マンガの表紙にグラビアアイドルとして載っても何ら違和感は無い。
彼女とはメールの遣り取りをよくやった。そして、それが楽しかった。しかし携帯の電話番号までは、聞かなかったし、私も言わなかった。彼女の携帯の番号を聞けば、教えてくれただろう。しかし私はわざと聞かなかった。それは。電話での遣り取り、をするようになると、あまりに深入りし過ぎてしまい、お互いの生活や仕事に、差し障りが起こる事を慮ったからである。私は自分の生活のマイペースは崩したくなかったし、また、彼女の生活のマイペースも崩したくなかった。それで、彼女との遣り取りは、メールにとどめた。

数週間後にまた彼女の家に行った。
仕事が終わって、そのまま車で行った。
彼女がメールて、「もっと眠りたい」と言ってきたからである。それも無理はない。彼女は店の女の子で、一番かわいく、指名度は一番だろうから、毎日、仕事が多いのだ。そして他の子は出勤日を決めてて、また、家は電車で離れた所にある。しかし彼女は、店のすぐ近くだから、店から頼まれると、彼女の優しい性格から断わることが出来ない。夜、遅く指名されても終電を気にする必要もないから、店も、彼女に頼んでしまうのだ。それで夜、遅くまで、お客の相手をすることになってしまう。

彼女は、私のメールや私と会うと癒される、と言って、何と私が店に行って、ホテルで抱いた後、三万円返してくれるのである。

ともかく、大切な女の子が、「もっと眠りたい」と言ってきたので私は車を飛ばした。せめて彼女の悩みを聞いてあげて、少しでも彼女を支えたいと思った。よく考えてみれは、私は精神科医でもある。
あらかじめ、メールで、「今日、行くよ」というメールを送っておいて、私は高速を飛ばした。マンションに着いて戸を叩くと、彼女はニコッと笑って出てきた。もう夜も遅かった。
「今日は車で来た」
「車、どこに止めたの」
「マンションの前」
「駐車場にとめなよ。駐車代、私が払うから」
こんな風に、ともかく彼女は優しくて相手の気を使うのである。ふと面白い事が思いついて、私は嬉しくなった。
「エミちゃん。駐車場どこにあるか、教えてくれない」
「うん」
彼女は、私と一緒に下に降りた。私は自分のオンボロ車の助手席を開けた。そして彼女を乗せた。少し意味もなく、五反田の街を走った。助手席に女の子を乗せるのは、初めてである。彼女とのドライブである。私は嬉しかったが、彼女も嬉しそうだった。そして、車を駐車場に入れて、彼女の部屋に入った。

二回目なので、もう緊張感はなかった。彼女と色々な事を話した。彼女があまり、可愛いので、私は彼女にファッションモデルとかレースクィーンとかに、応募したらどうかと聞いた。
「エミちゃん。エミちゃんなら絶対、ファッションモデルになれるよ。応募してみたら」
と聞くと彼女は手を振った。
「私、人と話すのダメなの」
と言う。実際、彼女は、風俗雑誌に目をつけられて、インタビューを申し込まれたそうだが、話が苦手なので断わったそうなのである。彼女は、そう内気には見えず、友達も人並みにいれば、冗談も言う。メールの文章もしっかりしている。人と話せないはずはないと思うのだが、やはり内気なのか、シャイなのか、控えめなのか、で、出来ないらしい。
「分数がわからないの」
と彼女は恥ずかしそうに言った。
「何がわからないの?」
「分数の足し算が・・・」
彼女はノートにシャープペンで、ゆっくりと、
「1/2+1/3=2/5」
と書いた。
私はウーンと唸ってしまった。非常に素直な考え方をする子だなと思った。どうやったら彼女に、わかるように説明できるか、頭を捻ったが分かりやすい説明の仕方が思いつかなった。それで、月並みな説明をした。
「まず分母を同じにしてから、分子を足すんだよ」
と言って、私はノートに、
「1/2×3/3+1/3×2/2=3+2/2×3=5/6」
と書いた。しかし、こんな程度の説明では、わからせる事は出来るはずはない。分数という概念がまず解らないのだから。勿論、彼女は首を傾げている。分数の足し算がわからないのが、彼女に自信をなくさせているのだろう。
「分数の足し算がわからなくても、別に社会生活には問題ないよ」
と私は言った。彼女はニコッと笑った。
私は彼女に色々な質問をした。
「お父さんの仕事は?」
「政治家」
「兄弟はいる?」
「姉と兄がいる」
「高校は共学だった?」
「ううん。私立女子校」
「外国に行った事ある?」
「韓国とオーストラリアに行った」
「確定申告はどうしてるの?」
「適当に書いてる。でも風俗マルサってのがあるらしいんだって」
その他、色々な事を質問した。
話が途切れた時、彼女は、真剣な顔で私を見つめた。そして、
「こーちゃんと喫茶店やる」
と言った。その口調は本気だった。(私のペンネームが浅野浩二なので、彼女は私を、こーちゃん、と呼んでいた)私は思わず微笑ましくなって、朗らかな気分になった。いかにも女の子らしい、かわいい将来設計である。私がマスターで、彼女がウェイトレスか。彼女ほど可愛いウェイトレスなら喫茶店も客が多く来るんじゃないか。だが、それは私のプライドを少し傷つけた。私は、まがりなりにも医者である。それは彼女も知っている。何で医者が喫茶店のマスターをしなければならないんだ?それで私は笑いながらこう言った。
「ははは。僕は精神科医だよ。じゃあ、僕がクリニックを開業して、エミちゃんには、受け付けをやってもらうってのはどう?」
「うん。それ、いいね」
彼女も嬉しそうに言った。しかし残念な事に私はクリニックを開業する気は全くないので現実には無理である。
そんな事を話しながら、もう夜も遅くなったので寝ることにした。
私はまた、彼女を少しマッサージした。
私は彼女と一緒には寝なかった。ベッドも小さいし、そもそも彼女の家では性的な事はしないと決めていた。彼女は、毎日、男に抱かれて疲れているし、また彼女が私を家に入れてくれた好意につけ込みたくなかった。私も、少し疲れていたので、マッサージは、少しにして、壁に寄りかかった。私は神経質で人がいると眠れないし、そもそも睡眠薬を飲まないと眠れないので、その日は徹夜した。
翌日になった。大学時代から徹夜勉強は慣れているつもりだったが、かなり疲れた。他人の部屋で緊張していた事と、夏で蒸し暑かったこともあるだろう。
10時ころ彼女が目を覚ました。
また少し話しをした。彼女は携帯で家に電話をかけた。
「お母さん・・・。うん。元気だよ」
彼女の実家は仙台で、家族には旅館で働いている、と言っているらしかった。
女の子と高級レストランで食事をする事は私の夢だったので、彼女に誘った。
「エミちゃん。どこかで食事しない」
「うん。近くにイタリアンが出来て、一度、あそこで食べたいと思ってたの。でも、今日やってるかなー」
それで、彼女と一緒に部屋を出て、そのイタリアンレストランに行ってみた。マンションから一分もかからない所だった。だが、残念な事に、その日は休みだった。
それでマンションに戻った。昼近くになった。
「今日、友達の誕生日のプレゼントを買いに渋谷の109に行くの。こーちゃんはどうする?」
「もちろん行くよ」
こんな願ってもない機会はない。私は喜んで答えた。女の子と一緒に街を歩くのは、長年の夢だった。まさに夢かなったり、である。彼女は別の服に着替えだした。残念な事に何か、ズボンを履いて帽子をかぶった。彼女には、それが、お気に入りなのか、今、流行ってるファッションなのか知らないが、私には極めてダサく見えた。せめて短いスカートにして欲しかった。
「エミちゃん。もっとセクシーなのない?」
「えっ?」
彼女は、聞き漏らしたのか、意味が分からなかったのか、首を傾げた。私は、仕方がないと諦めた。それに、私は彼女の家に泊めてもらっている、という立場である。私の欲求を強く言う事は出来ない。それで、彼女と一緒にマンションを出た。五反田駅から山手線に乗った。私の嬉しさは喩えようもなかった。まさに私は彼女と一緒に人中にいるのである。普通の、簡単に彼女をつくれる男や女なら、こんな事なんでもないことだろうが、私にとっては、まさに夢が叶っている状態なのである。私は嬉しさのあまり、車内の客に向かって、「この子、僕の彼女なんです。可愛いでしょう」と自慢したくなった。私はそういう非常識な事もしかねない人間である。しかし昨夜、睡眠薬を飲まずに一睡もしなかったため、疲れていたので、そうする元気が無く、しなかった。疲れてなかったら、しかねなかったかもしれない。渋谷駅に着いて降りた。そして109に入った。
彼女は、何にしようかと迷って、グルグル109の中の店を回った。店に入ると店員が、
「いらっしゃいませー」
と元気よく挨拶する。私は大得意だった。店の人は、絶対、私と彼女を恋人の仲と見ているだろうし、実際そうである。少し驚いた事に、彼女は私となら冗談も言うが、店の人に何か聞く時には、人が違ったように、小声で真面目に控えめに聞く。笑顔を全く見せない。やはり、彼女が言った、「人と話すのが苦手」というのは本当なのだ。やっと小物のアクセサリーを買った。そして、デパートの中華料理店で、一緒にラーメンを食べた。そして電車に乗って、五反田にもどり、彼女のマンションに入った。彼女は5時からの出勤で、もう5時に近かった。
「ごめんね。私、お店行く」
彼女が言った。彼女は、家から直接、ホテルに行く事もあるが、他の子のように、店に待機していて、指名されると店から行く事もあるのである。
「こーちゃんは、眠いだろうから、寝てって」
そう言って彼女は家を出て行った。私は、少し休んでから、また本の下に3万円置いて、部屋を出て、高速を飛ばして家に帰った。

その日は私にとって最高に幸せな日だった。その後もメールの遣り取りは楽しかった。ただ、やはり私は、休日は、おちついて小説を書きたく、彼女に会いにはいかなかった。いつでも彼女に会える、という安心感で精神的に満足できた。
だが、彼女からのメールの内容が、だんだん、仕事による睡眠不足の辛さを訴えるものが多くなってきた。彼女は精神的にも弱い性格で、情緒不安定になり、精神的にもまいってきた。私は、出来る限りのアドバイスをし、また精神科クリニックにかかるよう勧めた。だが、その年の暮れ、とうとう彼女は、仕事を止めて仙台に帰る、というメールを送ってきた。私は急いで彼女のマンションに行って、彼女と話したが、彼女の決意はゆるぎないものだった。もう店の人にも辞める事を話していた。彼女が東京からいなくなって、会えなくなるのは寂しいが、彼女の人生を決める権利は彼女にあり、私には、何も言う資格はない。お別れ、を言って帰った。年が明けて、彼女は荷物をまとめて仙台に帰った。彼女は旅館で働いていると親に言っていたが、風俗店で働いている事がばれてしまったらしい。ウソがつけない子なのである。だが、メールの遣り取りは、その後もつづけた。という事で、彼女とはメル友となった。毎日の夜通しの、きつい風俗の仕事から解放されて、彼女の精神も体も健康になって、メールの内容も楽しいものになった。
彼女と会えなくなったのは残念だが、彼女との付き合いは私にとって、非常に自信となった。

それまでは夏、海水浴場にも大磯ロングビーチにも男一人で行くのは恥ずかしくて、出来なかったが、もう恥ずかしさもなくなり行けるようになった。私にはエミちゃんという恋人がいるからだ。

私がこの世で最も興奮するのは夏の女のビキニ姿である。初めて勇気を出して大磯ロングビーチに行った時は、セクシーなビキニ姿の女達を間近に見て興奮し、思わず射精しそうになってしまったほどである。勿論、露出された外見のエロティシズムもあるが、それ以上に、夏の女の解放された精神に興奮するのである。私はヨーロッパのどんな美しい風景や音楽より、夏、湘南に来るビキニ姿の女の方が好きである。否、ビキニ姿の女というより、日本の夏という季節に海水浴と称し、自慢の体を披露し、あわよくば素敵な出会いを求めにくる女が好きなのである。私の好きな女にはかなり条件がある。まず日本人であること。6月頃から、お台場や海外で焼いて、あまりに小麦色にきれいに日焼けした女は、こだわりが強すぎて嫌である。スレッカラされた女は、肉体だけを愛し、その人格を愛さない。私が最も愛するのは、東京から来たOLかフリーターで、あまり日焼けしていない、それで、夏、自分の体を自慢しに、あるいは、天真爛漫な性格の何の特技も無い普通の女である。勿論、カップルであったり、子供を連れていたりしても全くかまわない。私は観照者である。勿論、私も可愛い彼女がいて、その風景の中に組み込まれたなら、どんなに嬉しいかしれない。しかし、そうでなくてもいいのである。彼女らは知っているのだろうか。この夏の太陽と青空と焼けた砂浜が、一瞬であると同時に永遠であるということを。確かに彼女らが楽しんだ夏の青春の一時は、事実というフィルムによって撮影され、過去という保存庫に永遠に保管される。しかしそのフィルムは、物理的には存在しない。ただ写真やビデオなどなんかに撮らなくても、彼女らが夏の1日を謳歌したという事実は永遠に存在しつづける。事実は存在し、事実は永遠に残るのである。しかし存在するのは事実だけで、楽しんだ行為や感情、美しい肉体は、全て消えて無に帰する。物として残るものは何も無い。確かに写真やビデオは、残るだろう。しかし行為というものは、完全に無くなってしまうのである。行為が存在しうるのは現在の中だけである。しかもそれは微分のように限りなくゼロに近い、ほんの僅かな瞬間の時間である。しかしそれも正しい表現ではない。そもそも時間が存在しない以上、限りなくゼロに近い、ほんの僅かな瞬間の時間というものも実は存在しないのである。つまり我々は幻という現実の中に生きているのである。しかし事実は存在する。行為というものは一瞬、一瞬、消えていくものである。そして私は、美しいビキニ姿の女を見る時、悲鳴を上げて叫びだしたくなる思いに駆られるのである。
「あなた達は怖ろしくはないのか。あなた達が謳歌している、美しい青春が、跡形も無く消えて無くなってしまう事が。それとも、あなた方は、美しい行為を実体のない事実というものの中に必死で刻み込もうとしているのか」
私は行為というものが全て無くなってしまう怖ろしさを知っているから、彼女がいなくても寂しくはないのである。だから私は小説を書かずにはいられないのである。
しかし、彼女らは意識しているのか、していないのか、わからないが、青春を事実の中に刻み込む事は、何と素晴らしい事であることか。事実はたとえ地球が滅びて無くなっても、存在する。それに較べると作った小説というものは滅びないが、地球が滅びてしまえば無くなってしまう。ただし、小説を書いたという事実は滅びない。私は現実世界に生きれないから芸術至上主義者であるが、彼女らの、生きている様は美しい。生きた、という行為の事実は、たとえ地球がなくなっても、宇宙がなくなっても、永遠に決して無くなることはないのだ。

昔は私は結婚しない事は、私にとって当然の事だった。それは私の信念であった。私が自分の生存の条件と和解する事は敗北だった。私の感性、私の理想の高さ、がそれを受け入れる事を拒否した。私は顔が悪い。喘息アレルギー体質で、人づきあいが出来ない内向的な性格である。頭もさほど良くはない。もし子供を生んだら、そういう私の特質を持った子供が生まれる可能性は十分ある。私はそんな可哀相な子供を生みたくないのである。可哀相なつらい人生を送らせたくないのである。悪遺伝子は撲滅するに限る。こんな遺伝子など、この世から抹殺すべきだと昔はゆるぎない決意として思っていた。しかし実際、どんな子供が生まれてくるかは、生んでみないとわからない。私は悲観主義なので、悪い方へ、悪い方へ、と考えてしまう。しかし、もしかすると、そう顔も悪くない、健康で元気な子が生まれるかもしれない。それはわからない。賭けである。しかし、また、そして哲学者というものは、最終的に賭けないのである。

夏、子供を連れてプールに来る人を見ると羨ましい。これは夏、海やプールに、子供を連れて来る男女に限らない。歳をとるにつれて、妙に子供が可愛く見えて仕方がないのである。私は、昔もロリータ・コンプレックスがあったが、今では、それがより一層、激しくなっている。私も結婚して、子供を生みたい。自分の子供が欲しい。女の子で、学力は普通で、勉強より遊びの方が好きな、数学の問題がわからなくて机の前でウンウン唸って困って眉を寄せているような、しかし、いつも天真爛漫な笑顔で私に話しかけてくれるような、そんな子供が欲しくて仕方がない。

私も親から、結婚して家庭を持つよう、さんざん言われてきた。私は医者で、医者は収入は十分あり、社会的地位も高く、そして本当は、顔もそんなに悪くない。だから、結婚して家庭を持ち、子を生み育てる事は、十分できる。しかし、私は自分の信念に基づいて、それを頑なに断わりつづけてきた。
しかし歳をとるにつれ、やはり家庭が、子供が、欲しくなってきた。

しかし、私は、やはり生涯、結婚しないだろう。過敏性腸は生活、仕事を著しく困難にしている。仕事と小説創作と家庭の両立は出来ないからである。仕事と家庭に追われ、自分の時間がなくなり、小説を書くことが出来なくなる事には私には耐えられない。実人生の幸福と、自己実現のどちらかをとるか、という選択に迫られたら私は、自己実現の方を取る。それに、私が、家庭に憧れる度合いは、そんなに大きくはないのである。たまさか、ほのぼのとした親子の光景を見ると、羨ましいと思う程度である。そして、たまさかの、ほのぼのとした親子の光景を一瞬、見るから羨ましいと思うのであって、実際、結婚したなら、家庭生活とは、何と単調でつまらないものかも十分、想像できる。それに愛などというものは、形を変えた自己愛、アルテル・エゴに過ぎない。それに内向的人間は、自分の世界というものを持っているから、一人でいても、他人が想像するほど、孤独ではないのである。

私が性欲の形として求めるものが、SMである、という事も十分、必然性があるのである。私には生殖に対する嫌悪がある。SMでは、女の股に縄を食い込ませるが、あれでは挿入が出来ない。だから、健全な男は、股縄を、一時の遊戯として、面白がってする事は出来ても、最後には、外して、男のマラを女に挿入しなければ満足できないのである。
中学生から高校生になる頃、子供は性に目覚め、男根で女の壁を突き破りたい欲求が生まれる。それは社会という壁でもある。男根で女を突き破りたいと思うように気持ちが変わる時、子供は、精神的に親の庇護から独立して大人になる。女の体の中に放出しようとする精子のエネルギーは、男が社会に放出しようとするエネルギーである。
私には、それが起こらなかったのである。だから私はアダルトビデオでも、ペッティングには興奮するが、本番行為には嫌悪が起こるのである。つまり、大人になれないのであり、また、なりたくないのである。
子供の時は、誰でもSM的な感性を持っていた。女の裸は見たいが、自分は裸にはなりたくはなかった。そして見る事が興奮だった。しかし、セックスというものを知り、裸同士で結合することに欲求が向いて行くにつれ、SM的な感性は減っていく。女と結合したい欲求とは、社会と結合したい欲求でもある。

SM的感性の人間とは、大人になっても、女に対して、子供の性欲の感覚でしか興奮できない人間である。大人になると、子供の時にはあった、ためらいがなくなってしまうから、本能に従った、ルールの無い、えげつない、どぎついエロティックな形となるのである。
一番猥褻なものは縛られた女の肉体である、とサルトルが「存在と無」の中で言っているがまさにその通りである。

私はそういう自分の感性が、あながち嫌いではない。なぜなら、もし私がそういう、いびつな感性を持っていなかったら小説は書けなかった事は間違いないのだから。



平成21年11月10日(火)擱筆

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浅野浩二物語 (自分史)(上)

2020-07-19 04:05:53 | 小説
浅野浩二物語

「終戦の詔勅下る。多数殉忠の将士の跡を追い、特攻の精神に生きんとするに於いて考慮の余地なし」

(最後の特攻隊員)

子供の頃から不安だった。自分は何のために生きているんだろう。寄りすがれるものがない、拷問のような恐怖感。生来、体が弱く、一日というものが、まるで人生の一生のように感じられた。夕方になると、一日の疲労が出てくる。夜は死を予想させた。明日、生きてられるという保障はない。いや、明日が必ず来ることは分かっている。しかし、明日何をすればいいというのだ。今日、何をすればいいのか、という疑問が明日になれば、わかるわけではない。生きていることに対する根本的な疑問。何が楽しくて、人間は生きているのだろう。大人になると、ある快感があるらしい、ことを知っても大人というものには、何の魅力も感じられなかった。毎日、同じことを繰り返し、イヒヒの楽しみをして、何の疑問も感じず、幸福そうにしている大人というものは、たんに世間を知っている、という点を除けば、単なる満足した豚にしか見えなかった。大人の真似をして、煙草を吸う友人もバカにしか見えなかった。自分には拠り所がほしかった。
学校に入ると教科書というものがあてがわれた。それは拠り所となった。大人の中でも、学者といわれる人達が、価値があると判断して決めたものは真理だと思った。それを修得できなければ人間的欠陥があるように思われた。また、困難であるが故に戦いがいがあるものでもあった。人とのおしゃべりに心の安らぎは得られないが、勉強の方には、安らぎを感じられた。そのため、小学校は成績優秀で卒業した。勉強が出来るため、クラス委員長にもなった。しかし、だからといって、勉強だけで心の拠り所、の、悩みが解消されたわけではなかった。プラモデルから、地図をうつすこと、導線でモーターをつくること、から、運動へと、心の拠り所を求めていった。

中学になった。私は母の出た歴史の古い、明治時代に、ある女の思想家によってつくられた東京の私立の学校に入った。私は学校の寮に入れられた。私は、入った時から、この学校も、寮も大嫌いだった。
中学の時、数人の、同級生が文集をつくったり、マンガを一生懸命画いたりしていた。たいへんうらやましいと思った。が、自分にはお話しをつくる能力などない、と思っていた。文集の中には、見事におもしろい、と思う作品が一作あった。大変な才能だと思った。だが頭のいい友人が書いたお話しは、人を笑わせられるものではなかった。マンガを一生懸命、朝の礼拝の時間までかいていたが、りんかくがはっきりしない、横目でみても、読みたいとも思えるキョーミをそそるものではなかった。彼らは創作意欲は強くても、結局は自分の才能のなさに見切りをつけることとなり、一時の夢として、文集もマンガも諦めてしまった。この学校ではスポーツをやることが義務づけられていたので、テニス部に、イヤイヤ入った。この学校の、初等部からきた生徒は、幼児からスポーツで鍛えられていて、運動神経が発達していて、どんなスポーツをやっても上達が早い。私は、子供の時から、美しい運動に憧れていて、運動は嫌いではなく、側転や前転飛びは出来た。私もクラスの、特に初等部出の運動の上手い同級生に憧れて、スポーツに、心の拠り所を求めようとした。

高校になった。といっても、中高一貫校なので、クラスメートは同じである。ある時、寮のトイレで、SM雑誌を拾った。人に見つからないよう、こっそり読んだ。SM小説が、いくつかあったが、どれもエロチックで、興奮させられた。SM小説は、早読み、飛ばし読み、が出来た。同時に私はSM作家に対して羨望を感じた。人はどう思ってるか知らないが、SM作家だって、立派な作家である。職業に貴賎なし、という観点ではない。私は先天的にSMエロスに美しさを感じるのである。SM作家という職業が羨ましく、自分もSM作家になれたら、どんなに幸せだろう、と思った。しかし、それは夢の夢だった。SM的感性は、あっても、とても自分には小説を書く文章力なんてなかった。ので、それはとどかぬ夢としてあきらめるしかなかった。
ある時、天啓が突如として私に下った。
「私の学力なら、国公立の医学部にギリギリ入れるかもしれない」
こんな低レベルの学校で、何の目的もなく、付属の大学に行って、つまらないサラリーマンになるなんて、ばかげている。よし。やってみよう。こうして、私は自分の人生の目的を、医学部に入る事に決めた。さほど医者になりたい、とは思わなかった。国公立の医学部は難関だからだ。難しいから、挑戦するのだ。他のやつらみたいに、遊んで、怠けて、どっかの会社に就職して。そんな、つまらん生き方など、ばかげている。そんなの人生を棒にふるようなものだ。男の人生は、もっと、大きな志を持って、困難な事に挑戦していくことだ。入れるか、入れないか、なんて問題じゃない。困難な事に挑戦する事に価値があるのだ。こうして私は受験勉強の猛勉強を開始した。

私は医学部に入れた。出来る事なら、近くの公立大学に入りたかったのだが、入れなかった。第二志望の関西の公立医学部には通った。親の喜びようといったらなかった。
だが、入った後で、私は、すぐにまた、虚無感におちいった。医学部に入る事が、人生の目的だったので、目的を達成してしまった後には、もう目的はない。医者には、さほどなりたいとは思っていない。高校の時と同じである。医者なんて、そこらへんにゴロゴロいる。このまま勉強して、医者になって、どこかの病院に勤めて・・・。勤務医なんて、所詮、サラリーマンである。自分の仕事を毎日、繰り返すだけ。先が見えている。男の人生とは、絶えず、困難な目的に向かって突き進む、事にしか、私はその意義を見出せない。
それに学問なんて、所詮、他人のつくってくれたものを覚えるだけのことだ。私は東大を主席で卒業した人より、中卒で、面白い作品が描ける漫画家の方を、ずっと尊敬する。
内向的な性格のため、また、過敏性腸のため、クラスには馴染めなかった。
しかし、数人の同じやや内気ぎみの性格の人とは、友達になれた。
その中に、文芸部の小山君がいた。
「よかったら、君も文芸部に入らない」
そう言って、誘ってくれた。
しかし私は、とても安易に、「入る」とは言えなかった。文芸部に入るなら、小説を、書かなくてはならない。私は、創作したい、という欲求は、子供の頃から、非常に強く持っていたが、小説を書く能力などない。今まで、一度も小説など書いた事などない。自分が何を書きたいのか、何を書けるのかも、わからない。
小山君は、子供の頃からの、すごい読書家で、小説も書いていた。
数ヶ月、過ぎて、文集が出来たので渡してくれた。小山君の小説もあった。が、文章が読みにくい上に、話もよくわからない。本格的な小説の文章を書ける事は、すごいが。ちょっと、読者にわかりやすいように書こう、という配慮が無いように感じられた。これでは自己満足で書いている小説だ。
個人スポーツは、好きだったので、大学に入ってからも、テニススクールに入ってみたり、温水プールに行って、泳ぎを練習したりした。で、満足できるほど、かなり上手くなれた。が、だんだん、スポーツというものが、むなしく感じられだした。上手くなれば、やってて気持ちがいいし、自分に誇りが持てる。しかし、死んだ後には、何も残らないじゃないか。
また、大学の講義を聞いているうちに、だんだん、医学、や、医者になる事にむなしさを感じるようになってきた。学問なんて、所詮、他人がつくってくれたものを覚えるだけじゃないか。医者なんて、いくらでもいるし、死んで、いったい何が残るというのだ。
そんな思いが、意識の潜在下でどんどん膨らんでいった。
ある時、それは高校の時と同じだが、突如として、天啓が私に下った。
「小説家になろう」
それは、客観的に見れば、とんでもない思いだろう。今まで、一度も小説というものを書いたことがない上、何を書きたいのか、何が書けるのか、全くわからないのである。しかも、私は小説を書く技術を全く持っていない事には、絶対の自信を持っていた。しかし、情熱だけは、冷めるどころか、どんどん熱くなっていくばかりである。ゼロからの出発である。
その日から、私は日本の名作文学を手当たり次第に、読み出した。多読でもあり、精読でもあった。楽しむために読むのではない。小説の書き方を知るための勉強として読んだのである。

読んでいるうちに、だんだん自分も書いてみたい欲求がつのっていった。とうとう私は作品を書き出した。今まで一度も文芸的なものは書いたことがなかったので、骨が折れた。
私は自分の頭の中にある今までの経験で、美しいと思った事を、文章にしだした。もちろん、小説など、書けないから、作文である。しかし、たとえ作文であっても、必死で全力を入れて書けば、頭の中にあるイメージは、ほとんど食い違い無く、文章にすることが出来た。

5~6作品が出来上がった。学校に持っていった。
小山君に見てもらった。彼は、いつも文庫本を持ち歩いていて、「もう、この世に読む本がなくなった」と言ってるくらいの、読書家だった。
作品は、内容的には少し幼稚だな、と思うものもあったが、しっかり表現できている事には自信があった。小山君が何と言うか、ドキドキ、ハラハラものだった。
読み終わって、小山君は、作品を私の所に持ってきた。
「これと、これと、これは良いよ」
と言って、4作、認めてくれた。
その中で、特に、「忍とボッコ」を、気に入ってくれた。
これは嬉しかった。他の作品は、小説にはなっていなく、エッセイのようなものだったが、「忍とボッコ」は、理屈っぽくは、あるが、かろうじてお話になっている。私にとっても、「忍とボッコ」は、気に入っている自信作で、書き上げることができた時は最高に嬉しかった。私の小説の処女作は、「忍とボッコ」である。
私の作品がのった文集が出来た。が、たいして嬉しくはなかった。
私はプロ作家にまで、なれる自信は、全く無かったが、私の創作に対する情熱は、「忍とボッコ」の、一作で、おわりになって、満足できるほどのものでは、とてもなかった。ともかく、もっと、もっと書きたかった。
だが、書きたい、書ける、事は最初の六作で、書き尽くしてしまった観があった。他に書けるものは無かった。なので、それからは、毎日が小説のネタさがしになった。朝から寝る間際まで、小説を書くことばかり考えていた。
だが書けない。私には、小説に出来るような体験もないし、精通している小説のジャンルもない。それで、再び、文学作品を読みまくった。私にとって、小説を書けるようになる一番いい方法は、小説を読む事だと思った。精読はディテールの勉強になる。さらには、インスピレーションの降臨もある。小説の中の、何気ない一文から、小説のネタを思いつく事がある。
私は、それ以来、ノートと鉛筆を手放せないようになった。そして、ちょっとでも、小説のヒントになりそうなものが、頭に浮かんだ時は、直ぐにそれをノートにメモした。
創作熱が高まるのにつれて、大学の授業は、興味が無くなっていった。他の生徒は、自分とは価値観を異にする無関係の人達に見え出した。
「彼らは現実的、世俗的なものを求めて汲々と努力している人達で、私は精神的なものを追い求めている人間だ」
だからといって、私は医学の勉強をおろそかにする気は全くなかった。せっかく入った医学部である。もう、二年間の教養課程もすんでいる。それに、いくら価値観が創作がすべてになったからといって、プロ作家になれる自信などない。さらに、いくら、医学嫌いになったとはいえ、私は負けず嫌いであり、勉強好きである。嫌いとはいえ、勉強も、わかれば面白くもある。
四年になった。三年、四年は基礎医学といって、病気の原理を研究する学問である。

基礎医学になって、生化学をはじめ、基礎医学の勉強は私をてこずらせた。私は理数系が得意とはいえ、数学や物理などのガチガチの理論的な勉強は得意だが、生物や化学などの大づかみな、流動的な学問は苦手である。そして、医学部では、生物や化学などの勉強が得意である事が大切なのであって、数学や物理などは、全くわからなくても全く問題はないのである。
私自身、その事は医学部に入る前から、十分自覚していた。私の適正から考えて、私は理工学部に入って、本田技研に就職し、自動車の設計技術者になるのが、私の適正に合っているとは、十分わかっていた。そもそも私は医者になりたい、とは全然、思っていなかった。それなのに、なぜ医学部に入ったかというと、それは医者に対する復讐からである。
私は三歳の時から喘息で、小学校の半分の三年間は、喘息の養護学校で過ごした。私は虚弱体質で自律神経系が弱く、冬は冷え性に悩まされた。中学になっても、喘息は完治せず、成人喘息に移行してしまった。そして医学部に入る前に過敏性腸症候群という、つらい胃腸病が発症してしまった。そして過敏性腸症候群は、後天的に発症した病気とはいえ、それを発症させる過敏な体質、素因を先天的に持っていた、という点からすれば、私の過敏性腸症候群も先天的なものと言える。
つまり、私は生まれてから、今日に至るまで、そして一生、医者なしには生きていけない宿命をもって、生まれてきたのである。患者なんてみじめなものである。医者なんて、えばったヤツばかりで、患者はペコペコ頭を下げつづけるだけ。医者なんて、いばったヤツばかり。そんなやつらに、一生、頭を下げつづけなくてはならない屈辱。こんな屈辱に私が耐えられるはずがない。よし。医者になってやる。医者になって、えばった医者どもに復讐してやる。そう思って私は医学部に入ったのである。

そういう自分の適性を無視して変な動機で医学部に入った人間は、当然、入った後、苦労する。医学は、自分の適性に合わない苦手な学問である上に。私は内気で、友達も数人しかいない。日本の大学はレジャーランドなどと言われているが、文系は知らぬが、少なくとも理系、特に医学部は、けっしてレジャーランドではない。毎日、毎日、実習にあけくれ、覚える量は膨大である。
さらに、大学を卒業するのに必要なのは、頭ではない。いかに、過去問と、授業のノートのコピーをたくさん、集められるかにかかっている。そして、情報である。あの先生は、今年で定年退官だから、みな通す、とか、単位取得に関する詳しい情報である。つまりは、大学を卒業できるかどうかは、友達がいかにたくさんいるか、にかかっているのである。部活に入っている事は、絶対必要条件である。
私は、作品を発表したため、小山君とは、いっそう親しくなったが。ここの大学の文芸部は貧弱で、部員は、ほんの数人しかおらず、過去問も授業のノートのコピーも、少ししかなかった。友達がいないため、単位に関する情報も全然、わからない。
苦手な勉強の上、過敏性腸の苦痛に耐えての勉強のため、毎日ふうふう言いながら勉強していた。過去問が手に入らないため、単位が取れず、追試につぐ追試。創作したい欲求は、おさえて、嫌いな医学の勉強の毎日だった。私は医学部に入った時から、過敏性腸に悩まされつづけていた。こんな健康状態で、医者なんて出来るのだろうか。
医者になんて、たいしてなりたいとも思っていない。創作したいが、勉強の毎日で出来ない。そもそも、過敏性腸のため、生きている事そのものが苦痛なほどである。過敏性腸のため、要領が悪く実習では、みなに迷惑をかけてしまう。毎日が生き地獄だった。将来に対する不安。創作は生き地獄からの逃避でもあった。私は、死、を考えだすようになった。「葉隠れ」が、私の思想となった。
「生きて恥をかくよりは死を選ぶが武士」
私は岡田有希子に、激しく惹かれ、彼女は私にとって神に近い存在になった。
私の、岡田有希子に対する憧れは、異常なほど、激しくなっていった。
私は何とかして、彼女に近づきたいと思った。
私の生きがいは、創作だけになってしまっていたので、彼女の一生を、小説にしてみたく思うようになった。だが、小説らしいものを書く文章力がない上に、勉強、勉強の毎日で、悠長に小説など書ける時間などない。それでも、彼女の資料をもとに、何度も小説にすることに挑戦した。なかなか、上手く書けなかった。書いては、書き直しの繰り返しだった。しかし、これが文章力を鍛える練習になった。
ようやく四年の一学期がおわり、夏休みになった。夏休みといっても勉強の毎日である。しかし、集団嫌いの私にとって、夏休みは、救いだった。そもそも私には集団帰属本能というものがない。集団の中にいると、呼吸が苦しくなって、腸閉塞が起こってくるのである。私には一人でコツコツやる仕事が向いている。そういう点でも、私は作家になりたかった。
夏休みにも、ユッコの小説を書いてみようとした。だが、上手く書けない。
それで、まずは文章力を鍛えようと、高校一年の時の、嬉しかった思い出を小説として書いてみようと思った。私は、自分の経験をダラダラ書く私小説など、小説ではないと嫌っていた。そんなもの、絶対、書くまいと思っていた。
だが、文章の練習である。発表するつもりもない。それで、軽い気持ちで書き出した。書き出してみると、以外にも油がのってきた。これは、小説になる、小説として完成させたい、と思うように気持ちが変わった。また、小説に対する考えも変わった。別に私小説でもかまわないじゃないか。話が面白くて、緊張感があれば、いいじゃないか。私小説の「私」を、ある名前にかえれば、いわゆる普通の小説になる。ただ、それだけの違いじゃないか。これが、小説らしい小説を書いた私の最初の作品である。タイトルは、「夏の思い出」とした。生まれて初めて小説を書いたので、骨が折れた。だが、8割かた書けて、特に、書きたい山場を思い通り書けた時の嬉しさといったらない。私は自分に自信が持てるようになった。
自信がついたので、ユッコの小説化に、とりかかった。無理に凝らずに、軽い気持ちでサラサラッと書いたのが、かえってよかった。タイトルは、「ある歌手の一生」とした。
二つの小説を書いた後は、もう勉強一辺倒である。
四年の夏休みがおわった。二学期が始まった。また、実習と、猛勉強の毎日である。実習、実習の毎日。過去問も授業のノートのコピーもないため、勉強の要点がつかめない。友達がいないため、単位取得の情報もわからない。追試につぐ追試。
冬になった。私にとって冬は地獄の季節である。冷え性。過敏性腸の腹痛がひどくなり、耐えられないほどになる。うつ病も起こってきて、思考がスムースに出来なくなる。頭に雑念が起こって、集中力も思考力も低下してしまう。
街で、ジングルベルの歌が耳に入ると、ジングルベルの歌が頭の中で、鳴り響いて止まらなくなる。
二学期の期末試験が始まったが、単位は全く取れない。将来に対する不安が拍車をかける。もう、ノイローゼになってしまった。うつ病もひどい。もう、何を見ても感動しなくなった。感情がやられ、思考力も働かない。堂々巡りのノイローゼ状態である。
親に、休学したい旨を伝えても、相手にしてくれない。
喘息は、親の愛情を受けられなかった子供に起こるのだが、私も親の愛情を受けた事は一度もない。
私はとうとう、期末試験を無断欠席した。
そして、休学することになった。
心も体もボロボロの状態で、私は荷物をまとめ、新幹線に乗り、家に帰った。しかし、私の父親はわがままな暴君で、叱り、罵るだけ。
「いつまで休む気だ」
「敵前逃亡するな」
「死ぬ気で頑張れ」
母親は父親の横暴によって、ノイローゼになり、精神に異常をきたし、精神病院に入院したこともあるほどである。母親も自己主張が強い上、石頭で自分の考えが絶対、正しいと信じきっているような我の強い性格である。
私は父親にも、母親にも一度も愛情を感じた事がない。
家に帰った時は、うつ病がひどく、自分では何も出来ないような状態だった。本の一行を一時間かけても読めない。もう、私は、死を半分、覚悟していた。
この過敏性腸症候群では、生きていく事が出来ない。
近くの精神科クリニックに行っても、医者は何を言っても聞く耳を持たない。
私は、「完全自殺マニュアル」を買って、確実に死ねる薬と、それを手に入れる方法を考えた。薬局で、
「××を十箱下さい」
と言ったら、薬局の人は、訝しそうに、
「何で、そんなに買う必要があるんですか」
と、聞き返した。
ので、数軒、薬局をまわって、わけて買った。
毎日、確実に死ねるビルを探して、屋上にのぼってみた。とびおり、は、打ち所によっては、死ねずに、死に損なう可能性があるからだ。
ビルの屋上で、一人で膝組みしてると、涙が出てきた。
うつ病といっても、休学した時の、うつ病は、双極性うつ病といって、昼間は、廃人のように、何も出来ないが、夜になると、人が変わったように元気が出てくる。
私は、在学中にひらめいた、小説の構想、それは頭の中だけには、しっかりあるイメージを書いてみた。手が勝手に動いているという感じで、一気に書けた。
その時、書いたものは、「砂浜の足跡」、「高校教師」である。他にも書いたが、満足できるものは少なかった。
作品が書けると最高の満足感である。満足できる作品が書けると、死ぬのはもったいない気がしてくる。
自殺において、死に対する恐怖とは、自分の将来に対する判断の誤りの恐怖感である。
将来に対し、100%絶望だと、確実にわかっているのなら死は怖くない。しかし、99%絶望的でも1%でも、希望の可能性があるのなら、それを自分の判断で捨ててしまうのは、大変な勇気がなくてはできない。現在、どうにもならない壁にあたって、生き地獄であって、死んだ方がましだと思っていても、1%の希望は、もしかすると将来、10%にも20%にも膨らむかもしれない。これは、もはや、自分では判断できない事だった。
私は、自分が完全な絶望なのか、それとも、そうではないのか、正確にアドバイスをしてくれる人を探そうと思った。それは、言うまでもなく、過敏性腸症候群にくわいし専門医である。私は、書店で、心療内科の名医ガイドの本を買い、ある大学病院の心療内科の権威の大学教授に、かかった。
その先生は、あまり、やさしそうではなく、権威的で、能力もあまりたいしたものではなかった。
それまで私は私と同じ過敏性腸症候群で悩んでいる人との出会いを求めていた。同じ病気を持っている人と親しくなれたら、共感しあい、励ましあって、生きていける強い自信を持てる。病気は、症状が似ていれば、似ているほど共感性が持てる。それで、休学してから、過敏性腸の自助会を探してみた。だが、見つからなかった。「薬物中毒の会」や、「自殺防止の会」や、「神経症の会」を探して、出てみた。確かに、生き地獄で頑張って、生きている人との出会いは、力になった。しかし、みな、外向的な人ばかりで、症状も違い、あまり、仲間として励ましあえる気持ちは持てなかった。
私は先生に集団療法を受けたい、と言った。そしたら、集団療法をやっている、いい病院があるから、と言って、ある心療内科の病院を紹介してくれた。
たいして期待していなかったが、わらをもすがる思いで、その病院へ行ってみた。
診察室に入って、先生が、話し出して、びっくりした。同時に涙がでて止まらなくなった。その先生は重症の吃音だった。

ひとこと話すのにたいへん顔を真っ赤にして、てこずっている。話しベタなんてレベルではない。それは間違いなく日常生活や職業に支障をきたしている不治の病だった。ひとこと話す度に苦しみ、動悸を起こしている。その先生が今まで歩んできた苦しみの人生が瞬時に想像された。ひとこと言う度に血圧が上がっている。まさに自分の身を犠牲にして生きている。先生の吃りも、心身相関の心身症である。間違いなく、先生は自分が苦しんだ経験を役立てることが自分のミッションだと思って心療内科を選んだのだ。先生は医者の能力は特別優れているというわけではなく、普通だか、先生は確実に人を癒している。能力ではなく、その存在が、人を癒しているのである。私は大変な力を与えられた。
「こんなハンデを持った人が医者をやっている。やれている。なら私も、どんなに苦しくても頑張らねば」
重症の病気を持ちながら、医者という職業が出来るのだろうか、というのが、私の一番の悩みだったので、それに耐えて、医者という仕事をやっている先生の存在は、私の悩みを一瞬にして完全に吹き消した。
こんな素晴らしい先生にもっと早く会えていれば・・・と、つくづく思った。
その病院でうけた集団療法も大変な治療になった。みんな生きるか死ぬかで悩んでいて、まさに生き地獄の中で何とか生きようと頑張っている患者ばかりだった。集団療法はたいへんな治療になった。

一人の人との出会いが、人生を左右することがある。
私はその先生との出会いによって、もはや、迷いは無くなった。
どんなにつらくても、生きよう、生きなくては、と思った。
私は復学にそなえて、遅れている勉強をはじめた。思い込んだら、全てを忘れて一事に打ち込む私の性格である。朝おきてから、寝るまで、全ての時間を基礎医学の勉強に打ち込んだ。創作欲は、強くあったが、創作は、一時、中止した。創作欲にまかせて創作し、医学の勉強をおろそかにしてはならない、という意識が強く働いた。将来、どうなるかは、わからないが、ともかく、ちゃんと卒業し、国家試験に、通る事は、けじめとして、やり抜かねばならない、と思った。
先生との出会いや、集団療法のおかげで、病気の症状は、ありながらも、精神的な悩みは、ぐっと軽減された。
そして私は復学した。休学中に、しっかり勉強しておいたため、基礎の単位は全部とれ、無事、五年(臨床)に進級できた。五年に進級できた時は嬉しかった。他の学校は知らないが、私の学校では、五年の一学期は実習もなく、楽で、講義の出席者も少なかった。
が、私は講義には全部、出席した。講義がおわると、私は先生に質問しまくった。
五年の一学期は、余裕があった上、精神的にも落ち着いていて、楽しかった。
だが、私は医学は、けじめとして国家試験に通るまでは、しっかりやろうと思ってたが、心は創作にしかなかった。私はまた、堰を切ったように書き出した。私の書くものは、ラブコメディー的なもので、官能的な感覚を含んだものである。SM小説を書くことは、私の夢だったので、挑戦して書いてみたが、どうも子供っぽくて、本格的な大人のエロ小説は、私には書けないと、思った。ちょうど、ラブコメディー小説の募集があったので、休学中に書いた「高校教師」に手を入れて完成させ、投稿した。おちた。
五年の夏が過ぎ、二学期が始まった。付属の大学病院でのポリクリ(臨床実習)が、はじまり、医師国家試験の勉強も本格的になった。また、創作は完全な一時中止で、国家試験と臨床実習の勉強、一辺倒になった。
が、ポリクリは、私にとってショックだった。基礎医学は、分厚い医学書や顕微鏡で、医学の原理を学ぶ学問である。しかし、ポリクリ(臨床医学)は、まさに、病気で苦しんでいる病人を診る学問である。最初は、小児科だったが、診察している教授が、神に見えてきた。同時に私の手は、私の意志とは関係なく、勝手に動き出した。教授の言葉は、全部、ノートに書き写さねばならない、という衝動が、私の手を、一瞬の休みもなく、動かしつづけた。
私は、教授の診察に、人類の偉大なる歴史を見た思いがした。
「ああ。人間が、神に挑戦している」
小学五年くらいの膠原病の女の子がきた。ステロイドの副作用で顔が変わってしまっている。
「この子は学校でいじめられていないだろうか」
涙が出てきた。
「何でこの子はつらい人生を送らねばならないのだ」
「この子に何の罪があるというのだ」
ポリクリは、基礎とは違う、やりがいのある、感動をともなった勉強だった。
私は、一言もらさず、すべてをノートし、嫌がられるほど質問しまくった。
病気を持った人が、自分の苦しんだ経験を人のために役立てようと、医者を志す人がいる。夢として、諦めてしまう人もいるが、実際、医者になる人もいる。そういう人は、医者として伸びるのである。それと、おなじ原理である。
何も、全ての病気を経験しなくても、一つの病気を経験していると、病気や病人に対する見方が健康人とは変わってしまうのである。
ちょうど、車を持っている人は、自分の車との比較という視点で車を見るようになるから、全ての車に関心が向くようになる。車は一台でいいのである。しかし車を持っていない人は、車に関心を持てない。
犬を一匹、飼っている人は、どの犬を飼うかという選択の時点で全ての犬に関心が向くように。
世の中の事は、全てそうである。
私は、自分の病気の経験を人に役立てよう、などという高邁な思いから医学部に入ったのではさらさらない。しかし、結果として、そういう心理になったのである。
病気を経験している人は、間違いなく、病人の苦しみがわかる医者になれる。
ポリクリは、実に充実した勉強の機会だった。
だからといって、私は医者になろうとは、思わなかった。医学部を出て、何になるかは、わからないが、私はもう、小説を書くことにしか、生きがいを見出せなかった。ともかく、医師免許は取ろう。医師免許を持った小説家になろう、という不埒な事も考えていた。
ポリクリでは、夜の12時を越す事もザラだった。しかし、これも、医学部を出たら、もう患者を診たり、医学を学ぶ事は無いだろうから、これが、見納め、最後の機会だから、精一杯、勉強しておこう、と考えたのに過ぎない。
しかし、ポリクリは、ともかく充実していた。人生で、これほど充実し、関心が外に向いた事はない。
ポリクリの時に、驚くべき事が起こった。
私は、アパートに、濃密なエロティックなSM写真集を何十冊も持っていた。これは、私の宝物だった。私のSM的感性は先天的なものである。私はSMという言葉を知る前から、小学生の頃からSM的なエロティックなものに、美しさを感じていた。SM的感性は、一生、無くならない私の属性だと思っていた。自分がそういう感性を持っている事に悩んだ事もあったが、大人になるにつれ、それは、人にはない、自分の個性として、心の内に誇れるほどまでになっていた。
それが、ポリクリの時、ある時、SM写真集をパラパラッと見た時の事である。それまで、そのエロティックさを美しいと、思って、疑った事のない写真集である。
私は思わず叫んだ。
「何だ。この写真は。変態じゃないか」
私は、そんな写真集を見てニヤニヤしている人間が、変態に思え、気持ち悪くさえ思えてきた。
そして、それは、私が確固として持っていた信念が証明された、事実でもあった。
私はそれまで、内向性と、SM的感性とは、絶対、関係があると信じていた。
「内向的性格とSMとは、絶対、関係がある」
という信念である。
ポリクリの時には、完全な外向的精神状態であり、その時にはSM的感性が完全に消えてしまったのである。
だが、充実したポリクリがおわり、卒業試験、国家試験の孤独な勉強の日々にもどると、またぞろ、SM写真集のエロティシズムに美しさを感じ出すようになった。
内向的な人間が、すべてSM的感性を持っているわけではない。しかし、私に関しては、内向性とSMとは、はっきりと関係しているのである。

そして私は国家試験に通った。が、困った事に、それからどうしていいか、わからない。関西は、いやだったので、実家にもどった。私は小説を書く事だけが、生きがいであり、出来れば、プロの小説家になりたい、と思っていた。私の適性からして、一人でコツコツやるような、仕事にしたい、と思っていた。過敏性腸で、とても、医者の仕事が勤まるとも思えない。だが、暴君の親は、私が医者になる以外には、ゆるしてくれなかった。
そのため、しかたなく、研修医になるしか、なかった。
私は、過敏性腸に悩まされてきたのだから、消化器科か、心療内科、をなぜ、選ばなかったのか、と思う人もいるだろう。
私は医者という仕事に、生きがいを感じられないのである。医者というストレスのかかる仕事に、やりがいを感じて、やっている人は、偉いと思う。しかし、私はそういう価値観を持っていないのである。そもそも長時間の手術をする外科など、過敏性腸の身で出来るはずがない。それで、できるだけ、楽な科にしようと思った。心療内科では、東邦大学が、関東であったが、私立のため、給料、月5万。しかも、入局希望者が多く、難しい英語の論文の入局試験を課していたため、無理だった。それに、よその大学の医局に入るのは抵抗があった。ポリクリでも見ていたが、よその大学からの入局者は、余所者の観が、どうしてもある。
それで、関東の国立の精神科単科の病院に研修医として、入った。
ポリクリで、精神科は、比較的、楽だと思ったからだ。また、精神科なら、心療内科とも関係がある。
研修医になっても、心は創作にしかなく、つまらない日々だった。それに、思ったより精神科は、精神的ストレスがかかって、疲れる。二年の研修は、何とか、やれたが、レジデント(二年後の研修医)には、なれなかった。私は医療界にくわしくないので、健康診断やコンタクト診療のアルバイトをやった。しかし、定収入がないのは、こわく、しかたなく、医師の斡旋業者に頼んで、地元の精神病院に就職した。
130床のオンボロ病院である。雨漏りがして、本当にボロボロの建物である。しかし、嬉しい事があった。それは、常勤医は、院長と私一人だけであり、医局室を一人で使えるのである。物を書くには、いい環境である。
私にとって、医者の能力や技術なんて、どうでもいいのである。私は書いた。
私は、ワードで、直接書くというのが、性に合わなかったので、ノートに書いて、それをワードに変換した。休みの日も書いた。
何とか、作家になりたい、と思っていたので、文芸社に十八の短編と、研修病院でのエッセイ五編を投稿した。文芸社が、問題のある出版社である事は、出版に関する本やネットで、見かけて、知っていたが、信じて、出版契約をかわした。すぐにインチキ出版社だとわかった。
それまで、大学時代から応募ガイドは、しょっちゅう、買っていたので、自費出版の値段より、高いのは、わかっていたが、それだけ宣伝してくれるものだと思っていた。

私はそれまで、いかにすれば作家になれるかをずっと、考えてきて、「作家になるには」的な本は、ほとんど読んでいた。一番いい方法は、文学新人賞を取ることだ。それまで、応募ガイドは、学生時代から、しょっちゅう買っていて、自分の書いた作品で、当選しそうなところは、ないかと、探していた。だが、応募の規定の字数にあって、コンセプトが一致して、当選の可能性のある募集は、なかなか見つけられなかった。それに、文学新人賞に当選する作品は、現代という時代の状況に合致し、現代という時代の感性に一致した、そして今までにない奇抜な作品が、当選しやすいのである。
しかし、私の作品は、ストーリーに、奇抜さはない。現代という時代の感性から生み出されたものでもない。私の作品は、私の先天的に持っている特殊な感性、の表現である。私は、私の感性、という、味つけ、だけで勝負している。
今まで、作品は書くと、人に読んでもらっていた。もちろん、人によって感想は違うが、感性の合う人だと、すごく気に入ってもらえる。だが、私は、読者を意識して、極力、読む人に読みやすいように書く。そのため、気に入ってもらえなくても、積読されたことはほとんどない。

ペンネームは、何にするか、迷った。好きな、姓や名は、小説の中で使いたい。何か由来があるものではなくてはならない。それで、浅野浩二、というペンネームにした。なにか、あまりパッとしない、ペンネームであるが、いいペンネームが思いつかなかった。「浅野」は、小学校二年の時の喘息の施設での私の最初の主治医の先生の姓である。「浩二」は、漫画の「ドーベルマン刑事」4巻の「涙の44マグナム」で、750ccのバイクに乗って、加納錠治と勝負したバイタリティーある青年が、好きで、その青年の名前が「浩二」だったので、それにした。あまり、いいペンネームではない。
本が出来た。
「女生徒、カチカチ山と十六の短編」
だが、本は一冊も売れなかった。置いてある本屋に行ってみたが、これでは、売れるはずがない。私と同じ時期に出た本を数冊、買ってみた。表現力も面白さも、全くないダラダラエッセイが、早くも完売され、二刷になっている。
これは、ひとえに宣伝にかかっている。その時、私はまだ、ホームページもつくっていなかった。本を出版したら、当然、親や友人には報告するだろう。だから、最低でも、内容がどんなものであれ、親や友人は買うだろう。しかし、私は親や友人に、言わなかった。というより、言えなかった。私の小説集には、エロティックな作品もあり、また、私は一度決めた以上、一生、「浅野浩二」というペンネームで通そうと思っていた。これから、色々な小説を書こうと思っていたが、エロティックな小説も、たくさん書こうと思っていた。親、特に、母親は、頭が固く、私がSM的感性を持っていると知ったら、間違いなく私を一生、変態と見るだろう。大学の文集でも、エロティックなものは、書いてもださなかった。私は、SM的感性を持っている事は、親にも友人にも、隠し通している。作家として、ある程度、認められ、商業出版で、本が出せる、(つまりプロになれる)ほどになれるのであれば、そういう恥にも、十分耐えられるが、自費出版程度で、プロになれないのなら、恥だけかくようなものである。エロティックな小説も、たくさん書くつもりである。
親に知らせる事は、そういう小説を書く上で、精神衛生上、よくない。
私の創作欲は、たった一冊の小説集で、満足できるほどのものでは、さらさらない。
なので、この出版は、だまされたものとして、見切りをつけた。たった一冊の本の宣伝に時間や手間をかけるなんて、バカバカしい。
私の創作に対する思いは、ともかく、「書きたい」である。私は書いていれば幸せなのである。もちろん、プロになれたり、世間に認められたりすれば、嬉しい。しかし、プロになれなくても、一向に差し支えないのである。私にとって創作は他人との競争ではない。創作は私自身の魂に対する戦いである。ある、描きたいイメージが頭に浮かぶ。私はそのイメージを、どうしても文字という表現手段だけを使って正確に描きたくて、やむにやまれなくなる。正確に描く事は、楽しみでもあるが、非常な困難でもある。この困難に対する挑戦が、生きがいなのである。そして頭の中のイメージを、正確に描けた時の喜びといったらない。
たった一冊の本の宣伝に、時間や手間をかけるなんて、ばかばかしいので、このインチキ出版社は、完全に無視し、あらたなる創作にかかった。
それは、夏のある日のことだった。SM小説を書いてみようと、挑戦した。創作で、一番大切なものは、精神の良好なコンディションである。普通の人なら、基本的に精神は、いつも、良好である。だから、いつでも創作しようと思えば、創作できる。しかし私は、過敏性腸および、それによる肉体、精神の不調が、ほとんど一年中なので、そのため、創作がなかなか思うように、いかないのである。冬は冷え性で、うつ。夏は胃腸の具合が悪く、吐き気。春や秋の季節の変わり目は、喘息や花粉症。
創作は、私にとって勉強より厳しい面がある。というのは、勉強は、ひたすら、教科書を覚えるだけだから、肉体や精神のコンディションが、多少、悪くても、何とか、出来る。しかし、創作は、精神の状態が悪く、うつ状態の程度がひどければ、不可能である。
それは、夏のある日の事だった。蒸し暑く、体調は悪かったが、SM小説に挑戦した。構想も考えず、筆の向くまま、夢中で書いた。が、書いているうちに、だんだん調子がでてきて、満足できるものが書けた。タイトルは、「太陽の季節」とした。いささか、観念的だが、書き上げた時の嬉しさといったら、なかった。これは、いささか、観念的だか、文章が、滑らかで、ある点には、自信があった。これは、私の創作態度の基本だが、私は、複雑にややこしく入り組んだ小説、読んで肩が凝るような小説は、書きたくない。私は読者を疲れさせたくないのである。そして、滑らかな文章というのは、読んでいて気持ちがいいのである。
「太陽の季節」は、私のSM小説の処女作である。私はこれに、気をよくして自信が出て、自分にも官能小説は、書ける、という自信がついた。余人は知らず、私にとってSM小説を書くことは、夢だったので、完成させた時は、最高に嬉しかった。
小説として、お話にはなっているが、これでは投稿しても、載せてくれる、雑誌はないだろう、と思った。第一、「SM秘小説」の小説募集でも、字数は、原稿用紙50枚ていど、となっていて、字数も足りない。小説を読む人は、ある程度のボリュームがあって、腹が満たされなければ、満足できない。
数日後、秋葉原にパソコンを買いにいったついでに、近くのエロ系出版社に、作品を持って行った。採用される自信もなかったが、プロの編集者に、作品が、どう評価されるか、知りたい、という気持ちからだった。もしかしたら、万が一で、採用してもらえるかも、という思いもあった。
もちろん、出版社に、アポイントもなしの、持ち込みなど、門前払いである。そこら辺の事情は、「作家になるには」系の本を何冊も読んでいて、知っていた。が、その出版社は、エロ系では、弱小である上、私の作品も25枚程度なので、編集者の手間もとらせないので、読んでもらえるかも、という思いから門をたたいた。
「ワープロで8枚の短編エロ小説を書いたので、読んでもらえないでしょうか」
と言ったら、嫌な顔もせず入れてくれた。出版社だって、いい作品や作家は、ほしいのである。
出版社に入るのは、初めての経験である。エロ系出版社だって、普通の出版社と同じである。そこら辺の事情は、「官能作家養成講座」を読んで知っていた。エロ系出版社は、スケベな人間が、集まってつくったのではない。まず、出版社ありき、である。それから、どんな本をつくって出版社を経営していくか、である。エロ本でいく、と決めたのは、エロ本は、そこそこ売れて経営が成り立つ、可能性が強いからである。真面目な本より、エロ本は、売れるのである。だが、エロ系の出版社は、多くあり、それらと競争しなくてはならず、また、面白くなく、買い手が、少なくて、赤字になったのでは、雑誌も廃刊にしなくてはならず、真剣そのものなのである。全て、売れるか、売れないか、という視点のみなのである。また、出版社の社員も、出来れば大手の出版社に入りたかっただろうが、入れず、出来るだけ、潰れず、安定した出版社に就職したい、という理由で入社しているので、みな、真面目な人ばかりである。10人くらいだったが、みな、自分のデスクについて、パソコンを見ながら、一心に黙々と、エロ雑誌の編集作業をしている。
目の前にいた、いい年のおじさんが、エロアニメの編集を真面目にしている光景には、ちょっと笑ってしまった。編集者がなかなか来ないので、私はかしこまって、部屋の隅の椅子に座って待っていた。そしたら、きれいな女社員が麦茶を持って来てくれた。
「どうぞ」
と言って、テーブルの上に置いてくれた。彼女も、安定した出版社、という点で選んでいるので真面目そのものであり、何か、可哀相に見えた。
小説担当の編集者が来た。私が作品を渡すと、彼は一心に読んでくれた。読み終えて、彼は、
「うん。文章もしっかりしていてて、いいよ」
と言ってくれた。彼は、しばし思案げな顔つきで、頭をひねっていたが、
「うん。確かに女を鞭打ちたい、という気持ちは、ストレスがたまると、起こるかもしれないけれど・・・」
と言った。私はすぐに、「この人は、SM的感性がない人だ」と思った。女を鞭打ったり、いじめたりするのは、社会生活のストレス発散のためではない。サディズムとは、女を愛するがゆえに、女をいじめたいのである。
エロ出版社の編集者でも、SMが全くわからない人がいるのである。
「SM的感性を持った人を入れないと、潰れかねないぞ」
と思った。彼は、
「これ読んで」
と言って、その出版社が出している雑誌の小説を開いて渡した。その小説の作家はエロ小説の大家として、名前は知っていて、以前、一冊、読んでみた事はあったが、全く好みにあわず、名前だけ知っているだけの作家だった。
「これ読んで、まねして書いてみて」
と言って、その雑誌と、その出版社で、出している別の雑誌を数冊、渡してくれた。持ち込み原稿が、そのまま採用されることはまずない、ということは、「官能作家養成講座」に書いてあって、知っていたので、さほどガッカリはしなかった。そもそも、私の持ち込みは、自分の作品を、プロの編集者に読んでもらって、その反応を知りたい、という気持ちからでもあった。要するに、もっと現実的な小説を、書きなさい、という指示だ。また、もしかすると、大家の代筆を出来るようになってほしい、という要求もあるかもしれない。名前がないと、作品は、読まれにくい。逆に、大家は、それだけで、特定の読者層があるから、読まれる保障があるのである。売れてる大家は、他紙にも、多く連載を執筆したりしていて、超多忙だから、代筆がばれないほどの影武者は、弱小出版社にとって、ぜひほしいのである。そもそも、近代日本の文学は、かなり代筆制が、おこなわれていた。永井荷風は、師事した師、広津柳浪の代筆をかなりした。印税をくれないので、荷風がおこった、ということだ。横光利一の初期作品にも、川端康成が代筆したものが、いくつかある。プラトニック・セックスも、最初読んだ時は、飯島愛が、書いたものだと、てっきり思っていた。現代でも、ゴーストライターは、水面下でそうとう活躍しているのだ。
ともかく、プロの編集者に読んでもらって、反応を得られたことは、大きな自信になった。

私は官能小説に挑戦するようになった。いくつも書いてみた。私は官能小説は、普通の小説よりも、ある点、難しいと思っている。官能小説も、小説であり、ちゃんとストーリーを持っていなくてはならない。その上に、官能小説では、エロティックさ、がなければならない。エロティックさの創出は、決して容易ではない。単に男と女の交わりを、普通の小説の感覚で淡々と書いてもエロティックさは、出ない。どうしたらエロティックさを出せるか、には、考え、工夫しなくてはならない。
私は、どんどん書いてみた。普通の健康な人は、小説を書く時、小説の大まかな構想を考え、小説のはじめから書き出す人がほとんどだろう。しかし、私はそうではない。書けると思った時に、エロティックな主要場面を一気に書いてしまうのである。エロ小説は、精神がビビッドで、エロティックな気分でなければ、書けないのである。私は、いつも過敏性腸で、体調が悪く、そういう時には、とてもじゃないが、書けないのである。仮に書いても、エロティックさは出ないのである。冬は特に、うつ状態になりがちで、うつの時には当然、性欲も出なくなり、書けないのである。私が、書ける時期は、春から夏のおわりまでの、暖かい時期である。その中でも、梅雨には、体調が悪くなる。また、私は睡眠薬なしには、生きていけず、睡眠薬の副作用には、性欲の低下があるのである。あまり病気の事は、言いたくなく、病気を創作の言い訳にはしたくないのだが、事実は事実なので、書かざるをえない。私が一番ほしいものは、健康である。全く変な話だが、私は年中発情している世のスケベな健康な男達がうらやましい。
それなら、エロ小説は、やめて、推理小説とか、他のジャンルの小説に変更すればいいじゃないか、と言われそうな気もする。ましてや私は医者であり、病院や医療のことは、知っているのだから、病院を舞台にしたヒューマニスティックな医療小説を書けばいいじゃないか、とも言われそうな気もする。しかし、残念なことに、私が書きたいのは、エロティックな官能小説なのである。なので、どんなに条件が悪くても、それにしか価値を見出せない以上、つらくても、頑張るしかないのである。

それで、色々、官能的なものに挑戦しだした。ある時、何の気なしに、軽い気持ちで、M女性を主人公にしたものを書いてみた。軽い気持ちで書き出したが、書いているうちに興がのってきた。これは、ぜひとも完成させたいと、思うようになった。それまで私は体力的に長編は、書けないと思っていた。しかし、出版社が求めているのは、長編である。また、作品の性格からして長編でなければならないものだった。書いているうちに、興が出てきて、これはぜひとも完成させたい、と思うようになった。また長編を何としても書いてやろう挑戦心も起こってきた。しかし、登場人物は、「私」と、「M女性」の二人きりで、書きはじめたので、ある程度まで書いたら、ストーリーに、いきづまりを感じてきた。長編でストーリーに、いきづまりを感じた時、ストーリーをつなげる安直な方法は、新しい登場人物を出す方法である。文学で小説というジャンルは、あまりにも自由で、制限がない。何をどのように書いてもいいのである。俳句なら、5-7-5、短歌なら、5-7-5-7-7という絶対の条件がある。そして、その条件、枷の中で、作品をつくる事に困難もあり、やりがい、もあるのである。
私も、二人きりで、ストーリーをつなげていくのに、いきづまりを感じ出したので、新しい登場人物をもう一人だそうか、という誘惑にかられた。しかし、私の感覚として、この小説は、何としても二人だけで、通したく、あらたなる登場人物は、いれたくなかったので、きばって、何とか、二人きりで完成させた。完成した時の喜びは、最高のものだった。
タイトルは、「M嬢の物語」とした。

私は、これでさらに、自信がついて、あらたなる作品にとりかかった。
「官能作家弟子入り奇譚」
学生時代、小説を書きはじめた時、構想はあっても、書けない困難な事があった。それは、細部の描写である。書きたいメイン場面は書けても、小説は、最初の一文から最後の一文まで、一文をもゆるがせにしてはならない。小説を書きはじめた時は、書きにくい細部の描写は、嫌いなものでしかなかった。しかし、今やもはや、それは、苦痛ではなくなっていた。書きにくい細部の一文を、頭をひねって考える事は、苦痛ではなく、むしろ、やりがいになっていた。
完成したので、団鬼六先生のオフィシャルサイトで、官能小説を募集していたので、応募したら、採用された。
感想で、最初に、「文章が上手い」と、言われ、嬉しかった。

私の創作は、他の人とは、ちょっと違っているだろう。私は体調のいい時、特に夏に、エロティックな主要場面を先に書く。そして、小説の主要部分が書けて、あとは、はじめの部分と、手入れ、をすれば、ものになる、ものが書けたら、次の別の作品の主要部分にとりかかるのである。エロティックさを必要としない、はじめの部分や、手入れは、冬のような体調の悪い時にでも書けるのである。エロティックな所は、体調のいい時でないと、書けないのである。こうして、体調のいい夏にエロティックな部分を書いておき、冬に初めの部分や手入れをして、完成させるのである。
それが、合理的であり、それしか方法がないのである。しかし、そういう書き方には、困った問題も出てくる。主要場面が、書けると、それだけで十分、満足感が得られてしまうのである。創作の満足とは、それである。完成させることは、いつでも出来る。そう思うと、次の作品、次の作品へと気持ちが走ってしまうのである。初めの部分や、手直し、編集作業は、面白くない上、結構、面倒くさいのである。
哲学者のメルロ・ポンティーが言っているように、作家にとって、過去の作品とは、もはや墓場なのである。

ちなみに、私がエロティックな小説を書いているからといって、私自身は、エロティックな小説は、ほとんど読まない。それは、プロのエロ作家に対する嫉妬からではない。
むしろ、極力、読まないようにしてきた。というのは、同じジャンルで、優れた作品を読んでしまうと、どうしても、それに引きずられてしまう危険があるからである。この危険はどうしても回避しなければならない。だが、読まないで、自分で考えて、書けば、ストーリーは、結果、似ているものでも、自分の個性、味つけの出た、オリジナルなものが書けるからである。これは、何も、エロ小説に限らず、全ての小説において言える。そういうことから、私は、読む本には、注意を払ってきた。多読すると、自分の創作意欲が、落ちる危険があるのである。ゲーテも言っているように、「人間は知らない事だけが役に立つのであって、知ってしまった事は、何の役にも立たなくなる」のである。もちろん、エロ系作家でも、自分と全く傾向の違う作品を書く人の小説は、安心して読める。また、団鬼六先生のように、もはや、大人の域に達した人の作品は、読むのに不安を感じない。
しかし、最近では、もはや、自分の書きたいと、思っているものは、どんなに他の人の本を読んでも、自分の創作に、危険が無い、と感じるようになってきた。そのため、読書量は、ぐっと増えた。

私は、もちろん、出来れば、筆一本のプロ作家になりたい。しかし、私がプロになりたい、理由は、他の人と、かなり違っていると思う。私は小説を書いていれば、幸せなのである。プロになって、有名になりたい、とか、儲けたい、という気持ちは、全然ない。ただ、小説を書く人は、誰だって、一人でも多くの人に自分の作品を読んでほしいから、その点は、非常に大きい。そして、これが、私のプロになりたい一番の理由だが、プロになれば、創作に気合い、が入るからである。アマチュアだと、創作しなくても、誰にも叱られないし、食うにも困らない。人間は、どうしても追いつめられた状態に置かれないと、怠けるものである。私は、ともかく、たくさん書きたいのである。それに、私は、創作以外でも、やりたい事が、多くあり、ややもすると、その誘惑に負けかねない。勉強とか、スポーツとかである。やはり、たった一度の人生であり、この世には、価値のある事が無数にあるからである。出来る事なら、それらを全部やりたい。ゲーテのファウスト博士と同じ気持ちである。プロになれば、その誘惑に負けず、創作一筋に生きなくてはならなくなる、からである。
森鴎外にしたって、死後、残ったものは、鴎外の優れた、膨大な文学作品群である。
医学者としての鴎外は、脚気の原因を細菌感染と考えて、その誤った自説を最後まで撤回しなかった、という不名誉な経歴さえ残してしまっている。

私は非常に変な立場になってしまった。というのは、医師免許を持っていると、食うには困らないのである。だから、プロにならなくても、創作しながら、生きていく事は、出来るのである。もちろん、私は、医学部に入る前は、医師の世界は全くわからなかったから、ケチくさい将来に対する計算で医学部に入ったのではない。医者になった後で、医師免許が、非常に有利な資格だと知ったのである。だから、私の創作は、自分の怠け心との戦いである。別に、創作しなくても、生きていけるのである。
私は、全く変な事を考えるのだが、いっそのこと、医師免許を取り消しにしてほしい、と、思ったりもする。もちろん、本気で、そうする勇気は無いが。なぜかというと、医師免許という便利な資格がなかったら、追いつめられた立場になるから、本気でプロ作家を目指そうという、気持ちが起こるかもしれないからである。
さらに私はプロになる事に別の理由で、抵抗さえ持っている。というのは、プロになれば、作家は編集者の完全な奴隷にならなくてはならないからである。言うまでもなく、出版社は、売れる作品しか求めておらず、そのためには、作家は、徹底的な書き直しを命じられ、読者にうける作品しか、書かせてもらえなくなるからである。つまり、自分の書きたい事は、書けず、ひたすら、読者の要求に合う作品をかかなければならなくなるからである。
プロになって、書きたくもないものを書くよりも、アマチュアで、自分の書きたいものを書いていた方が、私には、ずっといい。
もっとも、文学新人賞に入選したり、文壇で不動の地位を得るまでになれば、自分の書きたい作品を自由に書けるようになるが。しかし、そこに、到達するまでの道はあまりに厳しい。

私は書いていれば、幸せなのである。自分の名前を歴史の中に残したい、という気持ちは、ほとんど無い。梶原一騎は、最後の自伝漫画、「男の正座」で、処女作の「チャンピオン太」で、原作者である自分の名前が書かれなかった事に、すごい腹を立てたそうだが、私だったら、全然、怒らなかっただろう。私は、自分の名前なんかたいして残したいとは思わない。だが、なろうことなら、自分の作品を残したいのである。もちろん、つまらない作品まで、全て、残したいとは、全く思わないが、もし多少なりとも文学的価値がある可能性のあるものなら、残したいのである。
もっとも、価値というものは、難しいもので、どんなに優れた作品でも、読者は、自分の価値観というものを持っているから、万人に認められ、好かれる作品というものは、ありえない。どんなに優れた推理小説の作品でも、推理小説に興味のない人は、買いもしないし、読みもしない。どんなに、ネット裏のいい席でも、プロ野球に興味のない人にとっては、ネット裏のいい場所の座席券は、紙クズでしかない。
私は広末涼子に全く魅力を感じていない。あの国民的アイドルに。たしかに、広末涼子は、きれいな顔立ちで、この子は、他の人の視点から見れば国民的アイドルになるだろうな、と思った。そのくらいの想像力は、容易にはたらく。しかし私は広末涼子に全然、魅力を感じないのである。その一方、私は優香さんには、ものすごい魅力を感じるのである。
文学作品や漫画においても、私の価値観は、他の人とかなり違うのである。
たとえば、漫画では、私は、あおきてつお先生の作品の、「マイ・ラブ・まなみ」という、作品は、私の宝物である。週間雑誌に載った読み切りだったので、読んだ後、捨てようかどうか、ちょっと迷ったが、切り取ってホッチキスでとめて、とっておいた。本当によかった。再読、三読しても、読むたびに、心が和らぐのである。だが、おそらく、他の人は、一読して終わりだろう。もしかすると、あおきてつお短編集として単行本に、収録されているかもしれない。また、ちょっと失礼かもしれないが、あの作品は、ストーリーは、別の人が考えたのかもしれない、と思ったりもする。あまりに、出来のいい作品というものは、原作者が別にいる場合があるのである。
他にも、逆井五郎先生の漫画は、全て私のお気に入り、である。
また、古城武司先生の、「オリバーツイスト」の漫画も、私の一生の宝物である。

これらの作品は、私の感性に完全共感するからである。
私が書いた作品も、やはり、感性の合う人には、すごく気に入ってもらえるが、感性の合わない人には、見向きもされないか、一読でゴミ箱だろう。
つまり、逆もいえるのである。大多数の人に、気に入られなくても、少数の人でも、感性の合う人には、非常に気に入ってもらえる可能性があるのである。

そういうことからも、私は、どうしたら、私の感性に合う人が、私を見つけてくれるか、その方法の模索に悩んでいるのである。が、思いつかない。やはり、勇気を出して、宣伝するしかない。のだろう。

また、私は、自分の作品を、死後、何が何でも残したい、とも思っていない。
私にとって、創作は、自分の頭にあるイメージを、正確に、作品として完成させたい、というのが、一番の私の欲求である。満足いくように書けた時の喜びといったらない。
創作は、けっして楽な事ではない。しかし、その困難の克服が私の生きがい、なのである。
ちょうど登山家が困難な山に登るのが、生きがいであるのと、全く同じである。
チャレンジスピリットである。私にとっては人生とは、自分自身との戦いである。
他人との戦い、競争ではない。
「赤と黒」の作者、スタンダールの墓碑銘だって、「生きた。愛した。書いた」である。
「生きた。愛した。残した」ではない。

さて、私は、一番、書きたいのは、小説である。だが、私は、小説でなくても、何か、まとまったもの、を書いていれば、気持ちがいいのである。エッセイや、考察文でも、書いていれば、気持ちがいいのである。もちろん、エッセイや、考察文を書いている時の喜びは、小説を書いている時の幸福感に較べると、はるかに落ちる。
やはり、医療に携わっていると、感じる事が多く、医療エッセイなら、いくらでも書ける。また、医療エッセイというのは、わりと、読まれたり、本にした場合、売れる可能性があるのである。医療の内幕、実態は、どういうものなのか、興味を持っている人は多い。
確かに、そういうものをたくさん書いて、本にするという方が、作家になる方法として賢いだろう。確かに、健康な人なら、エッセイも小説も両立できるだろう。しかし私は過敏性腸のため、両立は出来ないのである。あまり、自分の病気の事は、書きたくないのだが、私の人生において、病気の事を抜きにして私の人生は、語れないのである。ので、書かざるをえないのである。
両立できず、どちらかをとるとなると、やはり、というより、当然、一番、書きたい小説を書く事になるので、エッセイまでは、手が回らないのである。エッセイは、何かを体験して、書きたい、と思った時、一気に書いてしまうのがいいのである。しかし、残念ながら、両立は、出来ないので、エッセイは、捨てているようなものなのである。

他人とは違うだろうが、小説を書くのは、困難をともなうが、根気よく書いていると、書く事が困難でなくなってくるのである。習慣というものの力は凄い。

私は、昔は、小説しか、書きたいとしか思わなかったが、ある程度、小説を書いた時点から、もう何でも書こうという気持ちになってきた。
もともと私の気質からして、私は、小説より、粘っこい評論文を書く方が気質に合っているとは、わかっていた。内向的な人間は、物事の本質を見抜く能力が優れている面があるから、けっこう、価値のある評論文が書けるのである。
だが、エッセイと同じで、健康な人なら、小説と評論文を両立して書く事が出来るだろうが、残念な事に私は、過敏性腸のため、両立は、出来ないのである。そのため、どちらかをとるとなると、やはり、一番書きたい、小説ということになってしまうのである。
そのため、評論文は、書きたくても書けないか、体調が悪く、小説を書けない時に、書いているのである。
私の病気の事を書いた、「過敏性腸症候群」も、小説が書けない時に書いた。
これは、書く前から、これを書けば、きっと共感してくれる人が、いるだろうと思っていた。それで、体調の悪い時に、一気に書いた。ネットの「過敏性腸症候群の個人研究」のサイトの掲示板に、書き込みをしたら、好評が帰ってきた。とても嬉しかった。ワープロで8枚と、少ない。私は、もっとつづきを書きたいし、書けるのだが、どうしても、小説の方に手が回って、書く時間がないのである。私は、対人恐怖症対策とか、もっと一冊の本になる分量ほど、書ける。それは、私が医師であると、同時に、患者である、という両面を持っているからである。また、これは、結構、苦しんでる人の力になる文だと思っている。星野富広さん、のように、苦しくても頑張って生きている人の存在、というのは、同じように、苦しんでいる人にとって、とても力になるのである。なので、これも、ぜひ、もっと書くつもりである。私は、苦しみを克服した事を誇らしげに語る事なんて、大嫌いである。私は、自分が、「苦労した」なんて、言葉は一生言いたくもない。そんな事、言ったら、私が私でなくなってしまう。これは、父親の反面教師の影響も、かなりある。父親は、二言目には、「自分は苦労した」と言う。聞いてて、本当に嫌である。
確かに、客観的に見た場合、私は、相当つらい人生を送ってきた。健康な人なら出来る事も、病気のため、健康な人の出来る事の十分の一しか、出来なかった。しかし、私は医師として、もっとつらい、苦しみに耐えて、頑張って生きている人を、多くみている。
また、少なくとも私は、男というものは地獄で笑うもの、だと思っている。
私は、人生で、大切な事は、「感謝」の心だと思う。
人間の欲望には、きりがない。あれも、出来なかった、これも出来なかった、とグチをこぼす、精神だと、人生は、不幸そのものである。他人と較べるから、いけないのである。あれも出来た、これも出来た、と、いい方の事を思えば、人生は、幸福である。
私は、哲学者、数学者のパスカルが好きだが、パスカルは、生き地獄にも近い多病に悩まされた人生だった。だが、パスカルは、自分の病気を不幸だとは考えなかった。それは、「パスカルの祈り」を読めばわかる。

もっとも、創作においては、もっと、もっと、たくさん創作したいと思うのは、欲望という、悪徳ではなく、志の高さであって、美徳である。ある程度、書きたい事を書いて、満足してしまうべきではない。やる気を失わず、努力すれば、いくらでも書けるのである。

私は、戦後生まれで、戦争を経験していない。戦争を経験した人は、戦争を経験していない若者を、苦労知らず、と、軽蔑しがちである。確かに、経験していない以上、どんなに本や映像で、戦争を想像してみても、経験していないものは、本当にわかる事は、できない。(もっとも、私は、それまでに、一度、心の支えだった思想が、根底から、くずれた経験をした事があり、その時は、かなりの期間、精神が不安定になり、虚無状態になったから、感覚として少しはわかる面もあるのである)
しかし私は、戦争を経験していない者、と言われる事に、抵抗を感じるのである。
フォークソングの、「戦争を知らない子供達」の歌を、子供の時、歌わされた時、非常に違和感を感じた。
私は、小学校二年の途中から、四年まで、と、五年の途中から卒業までと、計三年、親と離れて喘息の施設で生活した。病気とは、壮絶な人生経験である。病気は、死と直結しているのである。喘息の施設では、症状の重い子もいた。二年の時の施設で、ある、かわいい男勝りな女の子がいた。彼女は、神戸から、その施設に来ていた。彼女は、それほど、重症ではなかった。そのため、彼女の強い要求もあり、退院した。しかし、その数ヵ月後、彼女が重積発作で死んだ、という知らせが来た。当時は、何とも感じなかったが、今では、可哀相でしかたがない。私も発作が起こった時は、いつも吸入器(β2刺激薬)で、症状はおさまる。しかし、一度、重積発作が起こった事があり、いくら吸入薬を使っても、おさまらないのを経験した事がある。その時は、「もう、これでオレの人生はおわりだ」、と覚悟した。すぐに救急車が呼ばれ、病院に入院し、症状はおさまった。私の伯父も喘息重責発作で死んだ。また、五年の時の施設では、若年性関節リウマチの子が、発作で、「痛い、痛い」と苦しんでいる姿もみている。膠原病の子も多くいて、ステロイドの副作用で顔が丸くなってしまっている。また、小児糖尿病の子は食事も制限されていて、十分食べる事が出来ない。病気の子は、いつ、召集令状(死)が、やってくるか、に、おびえて生きているのである。これは、戦争と全く同じではないか。
だから私は、五年の時、キャンプで、「戦争を知らない子供達」を歌わされた時、また、その歌に、違和感を感じるのである。
病人は、いつ死ぬか、わからない恐怖感を持っているから、生きる事にも真剣なのである。

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浅野浩二物語 (自分史)(下)

2020-07-19 04:04:22 | 小説
私は、中学、高校と、母親の出身校である、私立の学校に入った。私の親戚には、この学校との、つながりが多いのである。受験教育を否定し、人間教育とやら、を謳っているが、私は、この学校が、嫌で嫌で仕方がなかった。授業のレベルが低くて、まだるっこしい。生徒は、勉強しなくても付属大学卒業まで、0点でも、保障されている。だから、勉強に身を入れる生徒は少ない。いかに、怠けて、遊んで、楽に生きる事しか、考えていない生徒が多い。私はそういう根性の人間が大嫌いである。少なくとも、私は、絶対、そんな生き方なんか、したくない。そんな風に生きるくらいなら、死んだ方がマシである。これは、病気とは、関係なく、私の性格である。私は、マイホーム主義が嫌いである。私は、男の人生とは、自分の目的に向かって、わき目もふらず、ひたすら突き進むものだと思っている。体当たり精神こそが、男の精神だと思う。
私は、現代という時代に魅力を感じない。私は、昭和のはじめから、太平洋戦争、そして戦後の混乱の時代に心が惹かれるのである。
あの時代には、みな、真剣に生きていた。死の恐怖と、隣り合わせに生きていた。
人間は、死の実感を持つと、精神がビビッドになるのである。

そして、私が、どんなに苦しくても、生きなければ、と、思うのも、戦争と関係があるのである。学徒出陣にせよ、特攻隊にせよ、私は、親の知らない事まで、知っている事が多いのである。関心が向くからである。私は、学徒出陣、特攻で死んだ人達の死が無駄死に、だとは、全く思っていない。私は右翼では全くない。だが、学徒出陣。将来に対する夢も希望も持ちながら、日本国のために、死んでいった人達、自分の命を犠牲にして、日本国を守ろうとしてくれた人達の死を、絶対、無駄死に、にしては、ならない、と思うのである。単に物理的な事実だけを考えれば、特攻隊員の死は無駄死に、である。しかし、日本国を守ろうとしてくれた精神、その精神だけは、間違いなく純粋にして、気高い精神である。だから、自分の夢も希望も犠牲にして、日本国のために死んでいった人達のことを思うと、真剣に生きなくてはならない、つらくても、生きて日本国のために、尽くさねばならないと思うのである。

健康に生まれた子供は、将来、大人になって、社会人として、生きていく事が保障されている事を前提とした感覚で生きている。だから、現代という時代を考えて、安定した仕事を探そうとする。もちろん人様々だが、人生を積極的に、考えて、結婚し、子を産み、安らかな老後を送り、たいと思っているだろう。

しかし、私は病気を持って生まれたため、そういう感覚ではないのである。生が保障されていない。いつまで生きれるかわからない、のである。病弱で、顔も悪い。(本当はそんなに悪くはない)もし子供を産んだら、私の喘息内向性の遺伝子を持った子供が生まれる可能性がある。私にとって、生きている事はつらいことである。そもそも、私は集団帰属本能が無いから、ワイワイ騒ぐという、みなが楽しみである事が、私には苦痛なのである。私は、幼稚園からして登園拒否児童だった。もし子供を産んだら、そういう体質を持った子が生まれない、という保障はない。そんなつらい目になんか、とても可哀相で、あわせたくないから、子供を産む気もない。子供を産む気がないから結婚する気もない。だから私は、将来を前向き、積極的に考える事が出来なかったのである。自分は、何のために、生きるのだろうか、という事が子供の時から、どうしても、わからなかったのである。

しかし、そのために、私は生まれつき、人生のテーマを与えられて生まれてきたようなものである。医学部を選んだのも、そういう私に先天的に課せられたテーマと私の劣等感の強い性格の必然性の結果である。また、美に対する、こだわりが非常に強い。スポーツでも勝ち負けなんか、あまり興味がない。いかにフォームが美しいか、である。人との付き合いが、苦しみだから、一人でコツコツやる仕事が私には向いている。子供を産めないから、紙の上で作品の中で私の子供を産みたいのである。そういう点からも、小説家になりたい、と思ったのも、やはり必然性が、あったのだ。それに、もっともっと早く気づいて、決断力を持てていれば、よかったと、つくづく後悔している。しかし、私は20代で、小説家になろうと、決断したのだから、そう遅すぎもなかった、とも思っている。

少年の時は、こんなつらい人生からは逃げたくて、夭折の美に憧れたが、20を越してからの死はもはや美しくない。それに、自分が本当にやりたいことも見つかった。過敏性腸はつらく、年をとるにつれて、もっと悪くなるかもしれない。その可能性の方が強いだろう。そもそも、人間は健康な人でも、年をとるにつれて、体力、体の機能が低下していく。しかし、私は若い時から空手や水泳やテニスをやっていて、それが、結構、アンチエイジングに役立っているのである。体力を落とさないため、市民体育館のジムにも、行って、トレーニングしている。健康のありがたさを、人一倍、知っていて求めているから、酒もタバコも、全く無縁である。

幸い、昔、出版した本、「女生徒、カチカチ山と十六の短編」が、点字図書にも選ばれた。これは、嬉しかった。文学新人賞ほどではないが、私の作品の価値が認められた、という事である。価値の無い作品が、どうして点字図書に選ばれるだろうか。電話して、車で行って、お礼を言ってきた。そしたら、向こうの人は、逆に私にお礼を言ってきた。何か、とても、申し訳ない気がした。ボランティアの人が、一年かけて、作業してくれた、と聞いて、ますます、申し訳なく思った。点字にする作業は、かなり大変で、一度、点字にしたものを、捨てるという事は、まず考えられない。ので、私の作品は、残る可能性がある。それに、私の書く小説は、現代を描いたものではなく、普遍的なものなので、時代か進んでも、色あせるという事もないだろう。

これから、どうなるか、全く将来の事はわからないが、もう可能な限り、頑張って生きようと思う。ただ、過敏性腸が悪くなって、何も出来ず、人様に迷惑をかけるだけになったら、私は若者に年金の負担をかけたくないから自殺しようと思っている。
死ぬ方法は、大昔から決めてある。
靖国神社の前で、日本が大東亜共栄圏構想として、侵略、殺害した中国、韓国、東南アジアの諸国の人々に、土下座して、お詫びしつつ、切腹して死ぬつもりである。

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無名作家の一生 (小説)(1)

2020-07-16 04:46:18 | 小説
無名作家の一生

大学進学で、僕は、広島大学医学部を選んだ。
僕が、医学部に進学することを選んだのは、将来、医者になって、病める人々を救おう、などという、高邁な理由からでも、さらさらなかった。
高校時代、僕は、将来、自分が、何になりたいのか、どうしても、分からなかった。
それで、医学部に進学することにした。
医学部は、4年間ではなく、6年間である。
6年間のうちには、きっと、自分の、本当にやりたい事が、見つかるだろう、という、モラトリアムの心理からである。

さて、医学部に入った、最初の二年間は、教養課程で、教養課程では医学とは、関係のない、様々な、学問を学ぶことになった。
僕は、自分の天職という物を探していたので、教養課程では、そのヒントが、見つかりはしないかと、全ての、授業に出席して、真剣に勉強した。
しかし、それは、講義に出ても、なかなか見つけられず、また、見つけられそうにも感じられなかった。
それで、僕は、色々と、本を読むことにした。
小説とか、文学には、高校の時に読んで、面白くなくて、失望していたので、興味がなく、自分に、興味のある、哲学や、心理学、偉人の自伝、思想書、宗教書などを、読んでみた。
ある心理学の本を、読んでいた時のことである。
その中に、日本や世界の、偉人の、病跡学、という、項目の中で、日本の文豪である、谷崎潤一郎という、作家が、マゾヒストである、と、書かれている一文を見つけた。
僕は、それを、ウソではないかと、疑った。
高校の時、国語の勉強のために、僕は、かなり、文学書を読んだ。
しかし、それらは、全て、「人間は、いかに生きるべきか」という、真面目で、重いテーマの内容ばかりで、それらに、面白さは、感じられなかった。
ただ、国語の受験勉強の中で、谷崎潤一郎という小説家が、日本を代表する、文豪の一人で、耽美派という範疇の小説家であり、代表作は、「刺青」、「痴人の愛」、ということは、読みもしないが、知識として、覚えて、知っていた。
なので、僕は、ある日、その心理学書で、書かれている、谷崎潤一郎が、マゾヒストである、ということが、本当なのか、どうか、確かめるために、近くの書店に行ってみた。
新潮文庫の書棚の、谷崎潤一郎のプレートの所では、「刺青、秘密」、と、「痴人の愛」、の二つがあった。
「痴人の愛」は、一編の長編小説であり、「刺青、秘密」は、初期の頃に書いた、短編集だった。
文学書とは、つまらない物と思っていたので、長編小説は、読む気になれなかったので、短編集である、「刺青、秘密」を買った。
そして、読み出した。
読んでいるうちに、僕は、今まで、経験したことのない、驚き、と、興奮、と、歓喜を、感じた。
美しい文章、読者の官能を刺激せずにはいられない、美しい、マゾヒスティックなエロティシズムのストーリー。が、ページの中に、光り輝く真夏の太陽のように、あふれんばかりに、横溢していた。
僕は、貪るように、一気に、「刺青、秘密」を読んだ。
「刺青」、「少年」、「幇間」、が、特に、エロティックだったが、「刺青、秘密」に収められている、7編、の小説は、全てが、美しいエロティシズムの表現だった。
文学は、真面目な物、堅苦しい物、という、僕の先入観は、この一冊によって、粉々に砕け散った。
僕は、数日後、また、書店に行って、「痴人の愛」、を買った。
そして、読んだ。面白いので、一日で、一気に読めた。
これもまた、谷崎潤一郎という作家の、素晴らしく、美しい、マゾヒスティックな、女の美しさに、かしずく小説だった。
僕は、もっと、もっと、谷崎潤一郎の、小説を読みたくなった。
出来れば、その作品の全てを。
しかし。書店には、「刺青、秘密」、と、「痴人の愛」、の二冊しか、文庫本がなかった。
それで、僕は、書店で、谷崎潤一郎の文庫本で、手に入れられる物を、すべて注文した。市立図書館では、谷崎潤一郎全集は、あるかもしれないが、全集は、大体、本が分厚くて、文字が小さくて、読みにくいし、それに、二週間したら、返却しなくては、ならない。
僕は、本は、文庫本で、そして、自分の物として、いつまでも、死ぬまで、とっておきたかったので、書店に、注文して、谷崎潤一郎の本が、届くのを待つことにした。
待つことには、僕は、それほど、気にはならなかった。
それより、谷崎潤一郎という、小説家を知ったことによって、僕の文学に対する、見方が、180°変わってしまった。
文学には、こんな、自由奔放な、素晴らしい、作家、や、作品もあるのだ。
高校の時、国語の勉強のために、嫌々、読んだ文学書では、不運にも、それに、巡り合えなかった、だけなのだ、と。僕は、知った。
僕は、文学に対する認識を、あらためた。
僕は、谷崎潤一郎の他にも、面白い、作品や、作家は、あるだろう、と思った。
僕は、書店に行って、もっと、もっと、面白い作家は、いないか、探すことにした。
しかし、僕は、文学には、疎いので、作家や、その作品を、ほとんど知らない。
なので、いい作品、面白い作品に、出会うため、片っ端から、読んでみることにした。
三島由紀夫は、ノーベル賞候補に上がった、ことも、あるほどの、作家ということだったので、高校の時、国語の勉強のために、傑作と言われている、「金閣寺」という作品を読んでみていた。
しかし、面白くもなく、また、難解で、よくわからなかったので、三島由紀夫は、面白くない、作家だと思って、「金閣寺」の、つまらなさ、難解さ、から、拒絶反応が起こって、それ以外は、読まなかった。
しかし、新潮文庫の、三島由紀夫のプレートの所を、見ていると、「仮面の告白」という、小説が、目に止まった。
「仮面の告白」、というタイトルから、何となく、面白そうな気がした、からである。
長編小説だが、分厚くなく、むしろ、213ページと、薄い。
それで、最初の数ページを、パラパラッと、読んでみた。
すると、最初のページから、「あのこと」、つまり、セックスのことを、書いた文章に、出くわして、驚いた。
それで、もう一度、三島由紀夫、に挑戦しようと、「仮面の告白」を、買って、その日のうちから、読み始めた。
この作品は、「金閣寺」とは、違って、わかりやすかった。
ひとことで言って、三島由紀夫が、自分の性欲に焦点を当てて、書いた自伝的小説だった。
通常の男と違って、女に関心を持てない、ホモ・セクシャルであり、また、空想では、サディストであって、好きな男を、次々と殺す、夢想を楽しんでいた、ことなど、とんでもない事が、露骨に書かれていた。
谷崎潤一郎の作品と違って、陶酔するような、美しいエロティシズムは、感じなかったが、文学とは、かくも、自由奔放であり、思っていることは、何でも表現していい、素晴らしい、ものである、ということを知って、僕は、ますます、文学に関心を持つようになった。
川端康成の、「伊豆の踊子」には、素直に、感動した。
石川啄木の、短歌は、よくわからなかったが、たまたま、読んでみた小説、「二筋の血」は、啄木が、子供の頃に、一人の、女の子を好きになった体験を小説化した作品だが、それは、谷崎潤一郎の作品に、勝るとも劣らぬ、ほとの、美しく、可愛く、切なく、そして、可哀想な、無邪気な、子供の恋愛小説だった。

数日して、書店に注文しておいた、谷崎潤一郎の、文庫本が、10冊ほど、届いた。
すぐに読み始めたが、谷崎潤一郎の、作品は、どれも、マゾヒスティックな、エロティックな、小説で、ほとんど全ての作品で、心地よさを、味わえた。
しかし、僕は、谷崎潤一郎の、作品を読むのと、同時に、他にも、いい作家や、作品は、ないか、探し続けた。
僕の感性に合わない、つまらない作品で失望する小説も、多かったが、僕の感性に合う、面白い作品に出会えることも、あった。
こうして、僕は、どんどん、文学の世界の深みに、はまっていった。
文章の美しさ、文章の味、というものも、わかってきた。
芥川龍之介の文章など、実に美しい。
僕は、だんだん、自分でも小説を書きたいと思うようになっていった。
というか。正確にいうと。
谷崎潤一郎の、初期作品集である、「刺青、秘密」を、読み終えた時に、「これだ。これこそが、自分の心の内に、溢れんばかりにある、思いを、表現できるものは」、と、決定的に思ったのである。ただ、谷崎潤一郎の、作品が、あまりにも、美しく、偉大すぎたので、自分が、ああいう文章を、はたして書けるのか、どうか、ということには自信がなかったのである。
しかし、多くの、素晴らしい文学書を、読んでいくにつれ、自分でも、小説を書きたい、という欲求が、募っていって、もう、その欲求を、押さえることが、出来なくなってしまったのである。
僕の心の中には、表現したい、と思っている、思い、夢想が、無限ともいえるほど、あるのである。
それで、僕は、小説を書き出した。
最初に書いたのは、小学校6年の時のことである。
恥ずかしがり屋で、好きな女の子に、告白できないで、煩悶している、少年と、その少女のことを、ヒントに、恋愛小説に仕立てた。
お話しを書くのは、生まれて、初めてだったので、骨が折れ、とても疲れた。
しかし、多くの文学書を、丁寧に、よく読んでいたことが、文章を書くための、スキルアップにも、利していたのだろう。
それで、何とか、書き上げることが出来た。
書き上げた時の、喜びといったら、それは、言葉では、言い表せないほどのもので、あたかも真夏の太陽に向かって、自分が鳥になって、飛翔していくような、この世離れした、歓喜だった。
タイトルは、「忍とボッコ」とした。
男の名前が、「忍」で、女の子の、あだ名が、「ボッコ」、だったからである。
一作だか、小説を書き上げられると、自分にも、小説を書くことは、出来るんだ、という、自信がついた。
それで、僕は、小説を、どんどん、書いていった。
18歳で自殺した岡田有希子さんの、夭折の人生が、あまりにも美しく、その人生を、僕は、表現したいと思っていたので、彼女の人生を、フィクションも入れて、小説風に書いてみた。
タイトルは、「ある歌手の一生」とした。
次は、女子高に、来た、男子教師が、一人の、女子生徒に恋してしまう、という、架空の小説を書いた。
タイトルは、「高校教師」とした。
こうして、僕は、次々と、小説を書いていった。
ある時。
僕は、食堂の掲示板に、
「文芸部員募集。文集を作るので、作品を募集しています。文芸部員でなくても、構いません」
という、貼り紙を見つけた。
僕は、処女作、「忍とボッコ」を、書き上げた、はじめの頃は、書き上げた、ということだけに、純粋に、嬉しさを感じているだけだった。
しかし、何作も、小説を書いているうちに、だんだん、それを、自分で読むだけの自己満足ではなく、他の人にも、読んでもらいたいと、思うように、なった。
また、自分の書いた小説を、他人が読んだ時、どう感じられるのか、その感想と、そして、作品の文学的評価も知りたく、なっていった。
それは、創作する人間にとっては、至極当然の感情だろう。
ある日、僕は、勇気を出して、文系部の、部室に行った。
自分の書いた、いくつかの作品を持って。
トントン。
僕は、文芸部の、部室のドアをノックした。
「はい。どうぞ」
部屋の中から、大きな声が聞こえてきた。
ガチャリ。
「失礼します」
僕は、ドアノブを回して、戸を開けた。
部屋には、8人くらい、着ける、大きなテーブルがあって、一人の男子生徒が座って、本を開いていた。
壁際の書棚には、ズラリと、本が並んでいた。
「はじめまして。山野哲也といいます」
と、僕は、畏まって、お辞儀をした。
「はは。そんな、堅苦しい挨拶なんて、いらないよ。ここは、教授室じゃないんだから」
彼の気さくな、くだけた、態度に、僕は、精神的に、リラックス出来た。
「ともかく座りなよ」
彼に言われて、僕は、彼と向き合うように、テーブルについた。
「用は何?」
彼が聞いた。
「あ、あの。食堂の掲示板の、貼り紙を見て。小説をいくつか、書いたので、見ていただけないかと思って・・・」
僕は、少し緊張して、どもりどもり言った。
しかし、僕としては、自分の書いた小説を、人に読んでもらうのは、生まれて初めてのことなので、しかも、相手の生徒は、おそらく文芸部員で、文学に詳しいだろうから、気の小さい僕が緊張したのは、無理もないことだ。
僕は、あたかも、出版社に、小説を持ち込む、小説家をめざす、文学青年のような、気持ちだった。
「ほう。君。小説を書くの。すごいね。どれどれ。ぜひ、君の書いた小説を見せてくれない」
すごい、と言われて、僕は、照れくさく、恥ずかしくなった。
僕は、自分の書いた小説は、そんな大層なものではないと、思っていたから。
僕は、ワープロで、印刷した、小説の原稿を、カバンから、取り出して、おどおどと、彼に渡した。
「ほう。結構、書いているんだね」
そう言って、彼は、原稿を、受けとった。
「ちょっと、10分、くらい、待ってて。読むから」
そう言って、彼は、僕の書いた、小説を、読み始めた。
目の動きや、原稿を、めくるスピードが、かなり速い。
僕は、今、まさに、自分の書いた小説が、おそらくは、文学に詳しい人に、読まれている事実に恐縮していた。
顔は、無表情だが、心の中では、幼稚な小説だな、と、嘲笑っているのかも、しれない、という疑心まで起こってきて、顔が赤くなった。
大体、10分、くらいして、彼は、原稿の束を、テーブルの上に置いた。
「読んだよ。全部。なかなか面白いね。いかにも、君が書いた小説って、感じが伝わってくるね」
と、彼は、感想を言ってくれた。
僕は、なかなか面白いね、という言葉が、単純に、嬉しかった。
彼の、単刀直入な言い方から、彼が、心にも無い、お世辞を言う性格には、見えなかったので、僕は、彼の感想を素直に信じた。
「この作品の中で、一番、最初に書いたのは、忍とボッコ、でしょう?」
「うん」
「君。谷崎潤一郎が好きでしょう?」
「うん」
「君。小説を書き出したのは、比較的、最近でしょう」
「うん」
「いつから、小説を書き出したの?」
「大学に入ってから。だから、半年、前くらいから」
彼の、言っていることが、全て当たっているので、僕は、彼の炯眼さに驚いた。
「ところで君は、何学部なの?」
彼が聞いた。
「医学部です」
僕は答えた。
「何年生?」
「一年です」
「そうなの。僕は、文学部。石田誠。二年生。一応、文芸部の主将ということに、なっているけどね」
彼が、文学部だろうとは、一目、見た時から予想していた。
「どうして、一応、なんて、言い方をするんですか?」
彼が、単刀直入で、謙遜するような、性格には、見えなかったので、僕は、疑問に思って、聞いた。
「部員が少ないからさ。僕を入れて、部員は、三人しか、いないんだ。学校が、部員の数が、それだけでは、廃部にする、と言ってきたのを、僕が、必死に頼んで、何とか、学校に、残させてもらっているような状況だからさ」
なるほど、と、僕は思った。
「そうなんですか」
「他の二人の部員は、小説は、よく読んでいるんだけど、自分では、小説を書かなくてね。小説の、感想や、文学論みたいなものばかり、書いているんだ。まあ、それでも、書かないよりは、有難いけれどね。作品が集まらないと、文集を作れないから、君の小説は、文集に載させてもらうよ」
「有難うございます。でも、あの程度の、小説で、いいんでしょうか?」
「全然、構わないよ。君は、大学に入ってから、小説を書き始めた。と、言ったね。そういう人は、やむにやまれぬ思いから、小説を書き出した人が、多いから、本当に、表現したい物を持っている人である、場合が多いんだ。僕は、君の作品を読んで、君が、表現したい、情熱をもっていることを強く感じたよ。むしろ、中学生とか、あまりにも早い時期から、小説を書き出した人には、子供の頃から、小説を読むのが、好きで、趣味で読んでいて、自分も、真似して書いてみよう、という、軽い、遊びの感覚で、小説を書いている場合が、多くて、本当に、表現したい物は、実は、持っていない、という場合が、結構、多いんだ」
僕は、なるほど、そうかもしれないな、と思った。
「先輩も、当然、小説を書くんですよね?」
「うん。書いているよ」
「先輩は、いつから、小説を書き始めたんですか?」
「そうだね。高校生の時からだね。文学書を、読むのは、好きだったから、子供の頃から、よく、読んでいたけどね。高校から、自分でも、書こうと思い出して、書き始めたけれど、なかなか、満足のいくものが、書けなくてね。いくつか、作品は、書いたけれど。本当に、満足できる作品は、まだ、書けていないんだ」
彼の創作意欲は、趣味の、遊び感覚の、ものとは違う、本当の、表現欲求から、来ているのだと、僕は思った。
「先輩は、将来、小説家になろうと思っているんですか。文学部に入ったのも、そのためですか?」
僕は聞いた。
「まあ、そうだけどね。でも、なろうと思って、簡単に、なれるものじゃないからね。でも、自分が、本当に、満足のいく、小説は、書くことを、やめないで、努力して、続けていれば、きっと、いつか、満足のいく作品が書けると思っているんだ。今のところ、僕は、一生、小説を、書き続けようと思っているんだ」
「では、先輩の目から見て、僕は、小説家になれると思いますか?」
「書く、という行為を、すること自体が、もう、作家の資質があるということさ。あとは、その気持ちが、一生、続くか、どうか、だね」
そう言って彼は、紅茶を啜った。
「ところで、君は、文芸部に入ってくれるんだよね?」
先輩が聞いた。
「ええ。入ります」
僕は、躊躇なく答えた。
そのあと、先輩と、色々と、雑談した。
彼は、日本の文学は、あまり読まなくて、外国の文学ばかり、読んでいること、日本の作家では、安部公房や村上春樹が、好きなこと、大学受験では、慶応大学にも受かったけれど、親が国立である、広島大学に進学するよう強制したので、仕方なく、広島大学に入ったこと、などを、語った。
彼は、好きな作家として、外国文学の、ヘルマン・ヘッセ、トーマス・マン、フランツ・カフカ、その他、現代の、作家の名前を、いくつも、あげた。だが、僕には、そのどれも、聞いたことのない、名前ばかりだった。○○○○○○
彼は、高校時代も、文芸部で、高校時代に、出した、文集に、彼の、作品を載せたのが、あるので、それを、僕に、渡してくれた。
それと、部室の書棚にあった、安部公房の小説や、トーマス・マン、の、「魔の山」など、小説を、数冊、渡してくれて、よかったら、読むように、勧めてくれた。○○○○○○
僕は、それらを、受けとって、アパートに帰った。
文学を本気で、志している人と、会えて、また、自分の書いた小説も評価してもらえて、とても、嬉しかった。
彼の言うことは、全て、最もなことのように、思えた。
僕は、彼が、高校時代に出した、文集、の中の、彼の作品を、真っ先に読んでみた。
文章は、上手く、滑らかだが、何を言いたいのか、何となく、漠然と、わかる気もするが、やはり、よく、わからなかった。
ついでに、ヘルマン・ヘッセの、短い、短編小説を、読んでみたが、これも、何を言いたいのか、よくわからなかった。
なので、優れた文学とは、何を言いたいのか、よくわからない作品なのだという、変な理屈を持った。
外国文学は、とても、読む気がしなくなって、安部公房や、村上春樹を、読んでみたが、これも、何を言いたいのか、よくわからない。
しかし、文章は、上手い。
しかし、その程度で、僕には、外国文学は、わからない、とまでは、結論づけなかった。
いつか、わかる日が来るかもしれないと、積ん読、に、とどめることにした。
ちょうど、絵画でいうなら、ピカソの絵は、わけがわからないが、専門家の目から見ると、高尚な芸術であるらしいが、その逆に、一見して、わかってしまう、絵画は、大した価値が無い絵画、というような、理屈と同じだと、思った。
思った、というより、思うことにした、と言った方が正確である。
そもそも欧米人は、歴史的に見ても、物の考え方にしても、スケールが大きい。
それに比べ、日本は、小さな島国で、徳川時代は、260年間も、鎖国をしてきて、源氏物語や、清少納言のように、もののあわれ、や、感情の機微は、知っていても、日本の近代文学には、欧米のような、スケールの大きなものは、ない。
しかし、僕も、日本文学なら、わかる。
谷崎潤一郎だって、ノーベル文学賞候補にあがった、ことがあるほどだから、間違いなく、優れた文学であることには、違いない。
なので僕は、谷崎潤一郎の、作品を読みながら、また日本の面白い、小説を探して読みながら、同時に、自分の書きたい小説を、書いていった。

二ヶ月ほどして、文芸部の、文集が出来た。
僕の、作品二作と、石田君の、新しい作品、一作と、あと、文芸評論みたいな、作品が、数作、と、文学部四年生の学生の、卒業論文みたいなもの、が、載っていた。
僕は、五作品、石田君に、預けたのだが、残りの三作は、作品が、なかなか集まらなくて、文集を作れなくるのを、考慮して、次期、作る、文集に載せる、ための、ストックにしておく、と言った。
石田君の、小説は、文章は、上手いが、やはり、何を言いたいのかは、よくわからなかった。
自分の、小説が、活字になって、文集に載っても、僕には、それほど、嬉しくなかった。
文集は、所詮、文集で、発行部数も、たかが、200冊で、たかがしれているからだ。
そうこうしているうちに、僕は、教養課程の二年を終えた。

三年からは、基礎医学で、医学一色の勉強になった。
三年、四年、の、基礎医学は、人体の構造や、病気の原理を学ぶ、学問である。
三年では、組織学。解剖学第一。解剖学第二。生理学第一。生理学第二。生化学。
四年では、病理学第一。病理学第二。免疫学。腫瘍病理学。細菌学。薬理学。寄生虫学。衛生学。公衆衛生学。法医学。である。
そもそも、僕は、理数科系が得意といっても、数学や物理などの、ガチガチの論理的科目が、得意で、生物学は、好きではなかったので、基礎医学は、つまらなかった。
毎日、分厚い、医学書を読み、顕微鏡で、極めて薄く切り取られて、ピンク色に染色された、人体の組織を、スケッチする単調な毎日だった。
それでも、理屈がわかれば、面白かった。
僕は、基本的に、何事でも、勉強熱心である。
基礎医学の勉強は、ほとんど、遊びの、教養課程の勉強と違って、覚える量が多く、本格的だった。
なので、小説を書く、ゆとり、が無くなって、小説を、書く、時間は、取りにくくなった。
読書は、好きになっていて、小説を書く参考にもなると思っていたので、書く、より、読む、方に、うつっていった。
しかし、僕の心は、もう、小説を書くことにしか、人生の価値を見いだせず、いつも、小説の、ストーリーのヒントに、なるものは、ないかと、絶えず、それを探すように、なった。
そういう目で、世の中や、自分の身の回りを見るようになっていた。
そして、小説の、インスピレーションが、起こると、すぐに、それをメモした。
やがて、石田君の、卒業が近づいてきた。
石田君は、東京の、大手の、出版社に就職することに決まった。
就職活動では、そんなに、困らなかったという。
石田君は、文学新人賞に、作品を応募して、小説家になる、夢を持ち続けていた。
「小説、書くのをやめたらダメだぞ。オレも、一生、書き続けるからな」
と、石田君は、言った。
石田君は、僕に、どっちが、先に、小説家になれるか、競争しようと、笑って言った。
石田君は、僕の、文学での、良き友人であると、同時に、良きライバルでもあった。
冗談も、半分あるだろうが、本気も、間違いなく、あるだろう。
やがて、石田君は、卒業した。

僕は、四年の、基礎医学を終えて、五年の、臨床医学に進んだ。
臨床医学は、無味乾燥な、基礎医学と、違って、面白かった。
臨床医学とは、内科、外科、産婦人科、小児科、眼科、泌尿器科、他、つまり、全ての、医学の科目を、学ぶ学問である。
まず、教科書を選ぶ困難がなかった。
全ての科の勉強は、医師国家試験用の、教科書で勉強することが、出来たからだ。
医学生は、卒業する、約一ヶ月前に、医師国家試験を受ける。
医師国家試験は、大学の、臨床医学と、同じではあるが、大学の、アカデミズムに比べると、レベルは、少し下がり、国家試験用の、教科書は、分厚くなく、わかりやすく、使いやすかった、からである。
皆も、そうだが、臨床医学の授業は、国家試験用の、教科書で勉強していた。
そして、五年の二学期から、臨床実習が、始まった。
臨床実習とは、大学の付属病院で、実際に、患者を診る勉強である。
五人で、一組の班となって、全ての科を回っていくのである。
臨床実習の勉強は。教授回診の見学。手術の見学。大学病院の先生のレクチャー。入院患者や、課題を出されて、そのレポート書き。などである。
レポート書き、は、多少、面倒くさく、見学の方が、楽で、面白かった。
なにせ、生きて、病気と闘っている患者である。
それを、医学という、長い長い、時間の中から、数限りない、学者たちが、築き上げてきた、医学という学問が、何とか、必死で、治そうとしている、壮絶な戦いである。
しかし、臨床実習と、医師国家試験の準備の勉強で、忙しくなって、僕は、ひとまず、医師国家試験に受かるまでは、読書も、小説創作も、おあずけ、にして、勉強に、専念することにした。
それほど、臨床医学は、忙しく、また、やりがいも、あった。
そもそも、小説家になるには、若い時の、人生体験というものが、作家になってから、大きく、ものをいうのであり、若い時に、真剣に生きる、ということが、すなわち、小説を書く、訓練でも、あるのだ。
それで、僕は、臨床実習も、臨床医学の勉強も、国家試験の勉強も、精一杯、やった。
それで、僕は、無事、医学部を卒業し、医師国家試験にも、通った。
僕は、関西は、どうしても、気質が、肌に合わないので、研修は、関東でしたかった。
できれば、神奈川県か、東京都、の医学部で、研修したかった。
それで、前もって、入局願いの、手紙を、東京の、医学部に、たくさん、出していた。
関東や東京には、医学部が、たくさんある。
どうせ、ダメだろうと思っていたのだが、入局者の定員が足りない、ということで、東京大学医学部の、第一内科から、入局を、認める、手紙が、来た。
天下の、東京大学医学部、ということで、僕は、ちょっと、ビビったが、医師国家試験に通ってしまえば、研修医も法的には、立派に医者であり、医者になってしまえば、対等だろうと、僕は、思っていた。
僕は、卒業すると、すぐに東京都内に、アパートを借りて、引っ越した。
卒業してから、入局して研修が始まるまでには、一ヶ月ほど、期間がある。
ほとんどの、医学生は、海外旅行に行く。
もう、一切の受験勉強から、解放されて、僕は、小説を書き始めた。
五年、六年の、臨床医学になってからは、小説は、ほとんど、書いていなかったが、小説の、インスピレーションは、メモしていたので、あとは、それを書くだけだった、からだ。
五、六作品、僕は、一気に、小説を書き上げた。

やがて、一ヶ月して、東京大学医学部の第一内科に、入局する日が来た。
医学部に、近づくのにつれ、僕は、だんだん、足が、ガクガク震え出した。
僕も、国立の医学部を出たんだぞ、と、自分に言い聞かせ、無理して、自分に自信を持とうとしたが、相手は、天下の、東大医学生である。東大医学部である、東大理科三類の偏差値は、最低でも、駿台模擬試験で、偏差値80は、超してなければ、入れない。
東大理科三類は、日本で、一番、頭のいい人間の、上から、100人のみが、入れる、所なのである。
僕は、全身をガクガクさせ、滲み出る、冷や汗を、ぬぐいながら、第一内科の医局をノックした。
トントン。
「はい。どうぞ」
中から、声がした。
僕は、手をブルブル震わせながら、ドアノブを回した。
おそるおそる、医局の中を、覗くと、10人くらいの、カジュアルな、服を着た、僕と、同い年くらいの、男達が、タバコを吸いながら、喋っていた。
東大医学部、第一内科の、新入局者たちだろう。
僕は、もちろん、新調した、紺のスーツに、ワイシャツに、ネクタイの正装だった。
皆の目が、サッと、僕に集まった。
皆、スーツの正装で、来ているものだと、思っていたので、自分一人だけ、スーツの正装というのが、とても、ばつが悪かった。
「おめえ。誰だ?」
眼鏡をかけた、鋭い目つきをした、赤シャツを着た、男が聞いた。
「は、はい。今日から、第一内科に、入局することになりました、山野哲也と申します。よろしく、お願い致します」
僕は、コチコチに緊張して、深々と、頭を下げた。
「おい。外部からの、入局者が、いるなんて、聞いてるか?」
赤シャツを着た、男が、皆に向かって聞いた。
「さあ、知らねえな」
「そんなこと、聞いてないぜ」
と、皆は、口々に言った。
その中で、一人、青シャツを着た男が、口を開いた。
「オレ。知ってるぜ。なにか、今年は、入局者が、少ないから、特別に、他の大学から、研修医を、募集するかも、しれないって、中山信弥先生が、言ってたぜ」
中山信弥先生とは、東京大学医学部、第一内科の主任教授で、臨床医であると同時に、日本の再生医療の権威だった。
「ほう。そうか。するってえと、おめえが、外部からの研修医か。大学は、どこだ。京大か。慶応か?」
青シャツを着た男が聞いた。
「は、はい。広島大学医学部です」
僕は、小声で答えた。
「ぎゃーははは。広島大学だとよ」
皆が、腹を抱えて笑った。
「広島大学に医学部なんて、あったか?」
青シャツを着た男が、皆に聞いた。
「さあ。知らねえな」
「医学部といえば、東大か、京大か、慶応、以外は、クズだからな。知らねーな」
皆、本当に、知らないような、感じだった。
広島大学医学部にいた時、友達に、東大医学部は、プライドが高い連中ばかりだから、気をつけろ、と、言われていたが、まさか、ここまで、すさまじいとは、知らなかった。
しかし、駿台模試でも、広島大学医学部は、偏差値58の学力が、必要で、その学力があれば入れるが、東大理科三類は、偏差値80でも、合格の保証はない。
なにせ、日本で、トップの頭脳の人間、100人のみが、入れる大学なのだ。
「ところで、お前、国家試験では、何点とったんだ?」
黄色いシャツを着た男が聞いた。
医師国家試験は、60点合格の資格試験である。
僕の、国家試験の成績は、65点だった。
僕は、正直に、「65点です」、と、言おうかと、思ったが、「低すぎる」と、また、バカにされそうな気がしたので、
「な、75点です」
と、声を震わせて、ウソを答えた。
「ぎゃーはははは。75点だとよ」
東大生たちは、皆、腹を抱えて笑った。
「おい。お前、何点だった?」
赤シャツを着た男が、青シャツを着た男に聞いた。
「そんなこと、聞くまでもないだろう。100点に決まってんじゃねえか」
と、青シャツを着た男が、言った。
「そういう、お前は、何点だったんだ?」
青シャツを着た男が、赤シャツを着た男に、逆に、聞き返した。
「オレだって、もちろん、100点さ」
赤シャツを着た男は、ゆとりの口調で、言った。
「おーい。みんな、何点で、合格した?」
赤シャツを着た男が、皆に聞いた。
「オレも100点」
「オレも100点」
みんな、口々に、言った。
全員が、100点、での合格だった。
僕は、タジタジとした。
「おい。愚図野郎。医師国家試験なんて、あんな簡単な、試験はな。満点とって、当然の試験なんだよ」
そう、赤シャツを着た男が、言った。
「おい。こいつの、頭のレベルを、試してみようぜ」
青シャツを着た男が、言った。
「そうだな」
「賛成」
みな、賛同して、決まった。
「じゃあ。まず、暗算の能力だ。黒シャツ。お前が答えろ」
そう、赤シャツを着た男が、言った。
「オーケー。いつでも、いいぜ」
黒シャツを着た男が、余裕の笑顔で言った。
「では・・・・。7986+4838は?」
赤シャツを着た男が、言った。
(えーと。6に8を足すから14で、1足す8足す3だから・・・)
僕が、そう考えようとする、はるか前、黒シャツを着た男が、質問をした、直後に、黒シャツを着た男は、電光石火の如く、即座に、
「121824」
と、1秒もかからず言った。
僕は、10秒くらい遅れて、
「121824」
と、答えた。
「ぎゃーはははは。こんな暗算に、10秒も、かかりやんの」
「お前。低能といえか、知能に障害のある人か?」
東大生は、みな、腹を抱えて笑った。
「よーし。今度は、博学テストだ。お前が、どれたけ、知識があるか、テストしてやる。紫シャツ。お前が答えろ」
と、赤シャツを着た男が、言った。
「オーケー。いつでも、いいぜ」
紫シャツを着た男が、余裕の笑顔で言った。
「それじゃあ、ランダムに、いくぞ。では。ら行で・・・・」
と、言って、赤シャツを着た男が、電子辞書を取り出して、言った。
「ラーガ、とは何だ?」
赤シャツを着た男が、言った。
僕には、聞いたこともない名前だった。
なので、答えようがない。
「ラーガとは、・・・インド音楽の理論用語で,音楽構成上の主要な要素の一つ。ラーガは,音の動きによって人の心を彩るという言葉に由来する。その用語は8世紀頃現れるが,ラーガの概念はずっと以前からあったといえる」
紫シャツを着た男が、余裕の笑顔で言った。
僕は、急いで、スマートフォンを取り出して、「ラーガ」で、検索してみた。
その通りだった。
僕は吃驚した。
「じゃあ。次。今度は、は行で、・・・・ハボローネ、とは、何だ?」
赤シャツを着た男が、言った。
僕には、聞いたこともない名前だった。
なので、答えようがない。
「ハボローネとは、・・・アフリカ南部、ボツワナ共和国の首都。旧称ガベロネス(ガベローンズ)。同国南東部のリンポポ川上流にある。19世紀末にはトロクワ族の小村だったが、1966年の独立に伴って首都となり、急減に人口が増加。南アフリカ、ジンバブエと鉄道で結ばれ、交通・IT分野のインフラの整備が進んでいる」
紫シャツを着た男が、余裕の笑顔で言った。
僕は、急いで、スマートフォンを取り出して、「ハボローネ」で検索してみた。
その通りだった。
「おい。グズ野郎。わかったか。オレ達の頭の中には、ブリタニカ国際大百科事典、以上の知識が詰まってるんだ。オレ達はな、この世の中の、ありとあらゆる事を知っているんだ」
赤シャツを着た男が、自慢げに言った。
「おい。こんな白痴野郎が、国家試験で、本当に75点も、取れたのか、疑わしいぜ」
青シャツを着た男が、言った。
「そうだな。おい。お前。本当に、国家試験で、本当に75点、取ったのか?調べれば、すぐに、わかるんだぜ」
彼は、僕に、鋭い目を向けて聞いた。
僕は、全身が、ガクガク震えていた。
僕は、正直に答えた方が、身のためだと思った。
「ごめんなさい。75点というのは、ウソです。本当は、65点です」
と、僕は、言った。
「ぎゃーははは。そうだろうと思ったぜ。このウソつきの、イカサマ野郎」
そう、言って、赤シャツを着た男が、僕を、突き飛ばし、倒れた僕の顔を、皮靴で、グリグリと、踏みにじった。
他の、東大医学部生も、全員、寄ってきて、僕の顔をグリグリ、踏みにじり出した。
「おめえ、みたいな、低能人間が、身の程知らずにも、医者になろうとするから、日本の医療は、世界から低く見られるんだ。オレ達にとっちゃ、いい迷惑だぜ」
彼らは、ペッ、ペッと、僕に、唾を吐きかけながら、そんなことを言った。
「ごめんなさい。ごめんなさい」
僕は、泣きながら、謝った。
法的にも、道義的にも、謝る必要など、ないのに、謝らずには、いられなかった。
その時、ガチャリと、医局のドアが開いた。
五分刈りに頭を刈った、額の広い、キリッと、引き締まった顔つきの、年配の、白衣を着た、先生が、入ってきた。
東大医学部、第一内科の、中山信弥教授、だった。
みなは、蜘蛛の子を散らすように、サッと、席にもどった。
僕も、すぐに立ち上がった。
僕は、黙っていた。
「どうしたんだ。何かあったのか?」
中山信弥先生が先生が聞いた。
「いやー。別に、何もありませんよ」
東大生たちは、何食わぬ顔で言った。
中山信弥先生は、僕の肩に、ポンと手を置いた。
「紹介しよう。今年は、第一内科の入局者が、少ないので、入局者を募集して、外部の大学から、来てくれた、山野哲也先生だ。みな、よく面倒をみてやってくれ」
そう、中山信弥先生は、僕を紹介した。
「山野哲也です。よろしくお願い致します」
そう言って、僕は、深く頭を下げた。
「こちらこそ、よろしく」
「よろしく」
東大医学部生たちは、掌をかえしたように、恵比須のような、笑顔で、みな、明るい、挨拶を返した。
(こ、こいつら・・・)
さっきまで、さんざん、人を、コケにしていたのに。
僕は、東大生の、転身の早さに、ただただ、驚いていた。
「じゃあ。今日は、挨拶だけだ。これで、おわりだ。これから、飲みに行こう。オレが、おごってやる」
中山信弥先生が、言った。
「やったー」
「ラッキー」
東大生たちは、みな、ガッツポーズをして、喜んだ。
そして、ゾロゾロと、医局室を出ていった。
医局室は、僕だけになった。
「君は、どうする?」
中山信弥教授が聞いた。
「ぼ、僕は、いいです」
僕は、オドオドと、小さな声で、言った。
「そうか。無理には、誘わないよ。あいつら、ちょっと、プライドが、高くて、オレも、困っているんだ。わからないことがあったら、あいつらにでも、オレにでも、何でも聞いてくれ」
そう、中山信弥教授は、言って、医局室を出ていった。
(あれが、ちょっと、プライドが高い、という程度か)
と、僕は、言いたかったが、僕は、怒りと悲しみを、胸の内に、ぐっと、こらえた。
中山信弥教授の、態度も、何となく、冷たく感じられた。
僕は、憤りと、口惜しさ、で、泣き出したい気持ちを、心の中に、押さえこんで、東京大学医学部付属病院を出て家路についた。
こんな、口惜しい、思いをしたのは、生まれて初めてのことだった。
普通の人だったら、こんな時、酒を飲むのだろうが、僕は、酒が飲めなかった。
僕は、東大理科三類出のヤツラを、みんな、ぶん殴りたい気持ちで一杯だった。
だが、しかし、雲泥の、学力の差は、彼らの、言うように、僕の能力の低さに、問題があって、そして、彼らの、能力が、ズバ抜けて、高い、という、ことは、彼らの、言う通りなのだ。
彼らは、今頃、中山信弥教授と、レストランで、大いに、飲み、そして、食っているだろう。
僕には、中山信弥教授が、東大理科三類出のヤツラと、一緒に、僕を、笑い者にしている、様子が、浮かんできて、それは、いくら、振り払おうとしても、僕の頭から、消えることは無かった。
僕は、まさに、やりきれなさ、に、死にたいほどの、屈辱を感じていた。
アパートに着いた。
僕は、ベッドに、うつ伏せに、飛び乗った。
そして、心の中にある、口惜しさを、全て、吐き出すように、号泣した。
「うわーん。うわーん。うわーん。うわーん」
涙は、とめどなく、ナイアガラの滝のように、溢れ出て、枯渇する、ということがなかった。
体中の、水分が、全て、涙として、流れ出て、脱水状態になって、死にはしないかと、思った。
その時である。
ブー。ブー。
ポケットの中の、スマートフォンの着信音が鳴った。
発信者は、「石田」と、表示されていた。
石田君は、三年前に、卒業して、東京の、大手出版社に、勤めていた。
石田君が、大学を卒業してからも、僕は、しばしば、石田君と、メールや、電話の、遣り取りをしていた。
石田君の、アパートは、僕の、アパートに割と近かった。
「よう。元気か?」
石田君が聞いた。
「・・・・」
僕は、答えられなかった。
元気であるはずがないからである。
「今日から、東大医学部での、研修だろ。初日は、どうだった?」
石田君が聞いてきた。
僕は、答えられなかった。
しかし、石田君の、元気な声からは、石田君が、東京の、出版社で、バリバリ働いている、様子が、ありありと、想像された。
石田君は、外国の、難しい文学ばかり、読んでいて、また、石田君の、書く小説も、僕には、難解で、わからなかった。
その点、僕は、石田君を、文学における能力という点で、石田君を尊敬していた。
僕は、石田君に会ってみたいと思った。
「僕は、元気だよ。ところで、石田君。久しぶりに会わないかい?」
僕は言った。
「ああ。いいよ。いつ。どこで?」
石田君が聞いた。
「今すぐにでも、会いたいんだ。駄目かい?」
「いや。構わないよ。今日は、会社が休みなんだ」
「じゃあ。今から、君のアパートに、行ってもいいかい?」
「ああ。構わないよ」
「じゃあ、すぐ、行くよ」
そう、言って、僕は、スマートフォンを切った。
そして、ワイシャツを脱ぎ、カジュアルな普段着に着替えた。
そして、アパートを出た。
石田君は、世田谷区にあるアパートに住んでいて、電車で、30分で、行けた。
石田君と、メールの遣り取りは、たまに、していたが、石田君の、アパートに、行くのは、初めてだった。
最寄りの駅を、降りると、スマートフォンの、地図アプリを、頼りに、僕は、石田君の、アパートに、着いた。
トントン。
僕は、石田君の、部屋をノックした。
「はーい。ちょっと、待って」
部屋の中から、石田君の、声と、パタパタ走る、足音が、聞こえた。
ガチャリ。
戸が開いた。
「やあ。久しぶり」
石田君は、学生時代と、変わらぬ、笑顔で、僕に挨拶した。
石田君が、広島大学を、卒業してから、一度も会っていないので、三年ぶりの再会だった。
「やあ。久しぶり」
僕は、死にたいほどの、屈辱を胸の中に秘めていたので、とても、笑顔など、作れず、小声で、挨拶を返した。
石田君は、僕の、心の中の、憔悴を、見てとった、ように、僕は、感じた。
「ともかく、入りなよ」
石田君に、言われて、僕は、部屋に入った。
石田君の、部屋は、僕には、名前すら知らない、外国文学の本が、ぎっしり、並んでいた。
「石田君。小説は、書いている?」
僕は、聞いた。
「うん。書いているよ」
「会社の仕事は、忙しくないの?」
「はじめの頃は、忙しかったけれど、もう、慣れちゃったよ。社会で、働くようになって、感じさせられることが、たくさんあって、小説の創作意欲は、大学の時とは、比べものにならないほど、高まっているよ。会社が終わった後と、土日は、すべて、創作しているよ」
石田君は、元気溌剌な口調で言った。
「ところで、君は、小説、書いているかい?」
石田君が、聞き返した。
「うん。書いているよ。君の書く、小説と、比べると、幼稚な小説だけれどね」
僕は答えた。
石田君は、お世辞は、言わない性格なので、黙っていた。
石田君も、僕の、言う通りだと、思っているのだ。
「君の気質は、エンターテイメントの小説を書くのに、向いているだけさ」
石田君は、かろうじて、そう言って、僕をなぐさめてくれた。
「ところで、今日から、研修なんだろう。何か、あったのかい?」
石田君が聞いた。
僕は、黙っていた。
「東大医学部の医局の雰囲気は、どうだった?」
黙っている僕に、石田君は、さらに、聞いた。
今日の、悪夢のような、人間が耐えられる限界を、はるかに超えた、屈辱が、僕の脳裡に、一気によみがえった。
「うわーん。うわーん。うわーん」
僕は、畳に、突っ伏して、号泣した。
石田君は、黙っていた。
僕は、10分、ほど、泣き続けた。
10分もすると、ようやく、僕の涙も枯れ果てて、精神的にも、落ち着いてきた。
僕は、顔を上げた。
僕は、ようやく、今日の、出来事を語れる心境になった。
僕は、東大理科三類出の、研修医たちに、さんざん、バカにされたこと、口惜しいが、彼らの、頭脳は、事実、ブリタニカ国際百科事典を、はるかに越していること、彼らに、低能人間、呼ばわりされたこと、など、今日の、出来事の全てを語った。
「そうか。そんなことがあったのか」
石田君は、しばし、目をつぶって、黙って、腕組みして、黙然と、考え込んでいる様子だった。
しばしした後、石田君は、目を開いて、重たい口を開いた。
「山野君。気にする必要は、ないよ。東大理科三類のヤツラってのは、要するに、先天的に、記憶力と、計算力が、ズバ抜けて、優れている、だけに、過ぎないよ。彼らは、情報処理能力が、優れた、人間コンピューターに、過ぎないよ。そんなの、コンピューターで、代替が出来る。彼らに、創造力は、無いんだ。東大理科三類を出たヤツで、小説家になった人間なんて、いないだろう。人間の、頭の良さ、には、色々な、要素が、あるじゃないか。君は、小説を書けるんだから、創造力という能力では、東大理科三類のヤツラより、君の方が上さ。彼らは、秀才であっても、天才ではないんだ」
僕の感情は石田君のいったことに満幅の賛意を表した。
確かに、石田君の、言う通りなのかもしれない。
しかし、僕は、すぐに、一人の、例外を思いついた。
「でも。森鴎外は、東大医学部出で、しかも、優れた、小説家じゃないか?」
僕は言った。
「森鴎外か。・・・確かに、森鴎外は、優れた小説家だね。森鴎外の小説は、確かに、語彙も豊富だし、文章も上手い。しかし、あれは、秀才の小説さ。森鴎外の小説で、内容的に、海外でも認められている傑作の作品は、あるかい?」
石田君が、即座に、言った。
僕には、思いつかなかった。
「・・・思いつかないな」
僕は、言った。
「そうだろう。東大理科三類出のヤツラなんて、単なる、電子辞書に過ぎないんだよ。人間の、価値は、創造力の能力によって、新しい、価値の、産物を作っていく所にあるんだ。小説は、人間の、創造力によって、創り出された、この世に、二つとない、価値の産物なんだよ。君は、小説を書ける能力がある。だから、君は、東大理科三類出のヤツラより、優れているんだよ」
と、石田君は、言った。
僕は、何だか、自分に自信が出てきた。
「そうだね。彼らは、性能の良いコンピューターだけど、僕は、創造力のある、かけがえのない人間なんだね」
僕は、自分に言い聞かすように言った。
「ああ。そうさ。だから、君は、もっと、自分に自信をもつべきだ。東大理科三類出のヤツラを、心の中で、お前らは、単なるコンピューターだ、と、バカにしてやれ」
石田君は、自信に満ちた強気の口調で言った。
「ありがとう。石田君の、励ましの、おかげで、僕は、自分に、自信がもてたよ」
「そうか。それは、よかったな」
「ところで、研修は、東大医学部でなくても、他の大学でも、できるけれど、僕は、どうすればいいと、君は思う?」
「東大医学部で、研修した方が、いいと思うな。強く生きること、困難に挑戦すること、が、君を小説家として、大きくすると思うよ。そう、僕は、確信している」
石田君は、キッパリと、言い切った。
「わかったよ。僕は、創造力をもった人間として、性能の良いだけの、コンピューターと、戦うよ」
「おお。そうだ。その意気だ」
こうして僕は、東大医学部で、研修を受けることに決めた。
その後、僕と、石田君は、近くの焼肉屋に行った。
「山野君の、入局と、今後の活躍を祝って・・・カンパーイ」
と、僕と、石田君は、グラスを、カチンと、触れ合わせた。
石田君は、ビールだったが、僕は、酒が飲めないので、コーラで、乾杯した。
僕たちは、食べ放題の、焼肉を、腹一杯、食べた。

翌日、僕は、胸を張って、堂々と、東大医学部、第一内科の医局に、入った。
東大理科三類出のヤツラが、昨日と同じように、たむろしていた。
「おはようございます」
僕は、元気に、挨拶した。
東大理科三類出のヤツラは、僕を見ると、
「おおっ」
と、一斉に、驚きの声を上げた。
僕が、昨日一日で、やめて、もう来ないと、思っていたのだろう。
「信じられん」
「どういう精神構造なんだ?」
「豚は、バカだから、神経が鈍感なんじゃないか?」
彼らは、口々に、そんなことを、言い合った。
すぐに、眼鏡をかけた、白衣のドクターがやって来た。
医局長の、山田鬼蔵先生だった。
「おい。お前達。担当患者を、割り当てるから、病棟へ行け」
山田鬼蔵先生が、言った。
「はーい」
東大理科三類出の、研修医のヤツラは、みな、ゾロゾロと、医局室を出ていった。
研修医は、一つ年上の、指導医に、ついて、指導医のやることを、そのまま、真似るのである。研修は、徒弟的な面があって、大工の見習いと、似たような所がある。
特に、外科は、手術の技術の伝授なので、徒弟的な面が、強いが、内科でも、同じである。
東大理科三類出の、研修医が、みな、ゾロゾロと、医局室を出ていって、医局室は、僕一人になった。
僕も、最後に、彼らのあとについて、医局室を出ようとした。
その時。
「まて」
医局長の、山田鬼蔵先生が、僕を引き止めた。
「君は、昨日一日で、辞めた、と、昨日、研修医たちから、聞いたんだ。だから、君の、担当患者も、指導医も、決まっていない」
そう、医局長は、言った。
「では、僕は、何をすれば、いいんでしょうか?」
僕は、医局長に聞いた。
「えーと。そうだな・・・君の、担当患者と、指導医が、決まるまで、医局室の、掃除でもしていてくれ」
そう、言って、医局長は、僕に、モップを渡した。
僕は、ムカーと、天地が裂けるような、憤りを感じたが、昨日、石田君と、約束した、「つらくても我慢する」ということを、思い出して、モップを、受けとった。
そして、僕は、誰もいなくなった医局室を、モップで、磨き出した。
医局長といっても、やはり、東大理科三類出は、プライドの塊なんだな、と思いながら。
ぼくは、「ならぬ堪忍するが堪忍」と、自分に、言い聞かせて、一生懸命、医局を掃除した。
午前の診療が終わると、東大理科三類出の、研修医たちは、「あーあ。疲れたな」、と言って、昼休みに、もどってきた。
僕が、医局室を掃除していても、彼らの眼中に僕は、なかった。
まさに、傍若無人である。
「おい。豚野郎。お茶を配るくらいの、気は使え」
医局員の一人が言った。
僕は、ムカーと、頭にきたが、我慢して、皆に、冷たい、お茶を配った。
彼らは、お茶を飲むと、ゾロゾロと、職員食堂に行った。
そして、午後の研修が、終わると、「おい。今日も、飲みに行こうぜ」、と言って、医局室を出ていった。
僕は、彼らが、全員、帰ると、帰り支度をした。
その時。
医局長の、山田鬼蔵が、やって来た。
「山野君。今日は、すまなかったな。明日からは、研修に、参加してくれ」
僕の、憤りは、溶け、喜びに変わった。
「しかし、まだ、君の、受け持ち患者は、決まっていないんだ。すまないが、君の、担当患者を決めるのは、少し、待ってくれないか?」
医局長が言った。
「どのくらいの期間ですか?」
僕は、聞き返した。
「そうだな。二週間。二週間したら、きっと、君の、受け持ち患者を、決めるよ」
医局長が、言った。
「わかりました」
僕は、医局長の言うことを信じることにした。
そして、僕は、アパートに帰った。
その日は、よく眠れた。

翌日も、僕は、早起きして、一番で、東大医学部の、第一内科の医局に行った。
「おはようございます」
東大理科三類出の、研修医たちが、「ふあーあ」、と、欠伸をしながら、ゾロゾロと、やって来ると、僕は、元気に、挨拶した。
しばしして、医局長が、やって来た。
「おい。お前たち。注射の練習だ。はやく、病棟へ来い」
医局長は、あわただしい様子で、言った。
僕は、嬉しくなった。
研修医、がやることは、指導医の元で、患者の治療に、あたる、ことだけではない。
医学部を出たての、研修医は、注射も出来ない。
注射や、ナート(傷口の縫合)、気管挿管、マーゲン(経鼻胃管)、など、は、それなりに、技術が要るので、練習しなくては、出来るようには、ならない、のである。
「おい。山野。お前も来い」
医局長が言った。
僕は、嬉しくなった。
やはり、東大医学部だからといって、特別ではないんだ、と僕は思った。
研修医は、静脈注射は、もちろん、皮下注射も、出来ない。
注射の練習から、研修は、始まるのである。
もちろん、医学生の時にも、四年の時の、生理学の授業と、六年の時の、臨床実習の時に、ほんの2、3回、学生同士で、注射をしたことは、あった。
しかし、その程度では、とても、注射の技術をマスターすることなど、出来ない。
注射は、ルート確保という、点で、医者になろうとする者が、必ず、身につけなくてはならない、基本中の基本の、技術である。
僕は、医局長について、病棟に向かった。
東大理科三類出の研修医たちが、ズラリと並んでいた。
それと、なぜか、看護学生たちも、いた。
東大理科三類出の、研修医たちは、僕を見ると、ニヤリと、笑った。
何だか様子が変である。
「よし。じゃあ、注射の練習をするぞ」
医局長が言った。
すぐに、サッと、看護学生たちが、僕の腕をつかんだ。
「な、何をするんですか?」
僕は、あわてて、叫んだが、彼女らは、答えない。
彼女らは、僕のワイシャツを、無理矢理、脱がした。
そして、僕を、ベッドの上に、乗せると、ベッドの鉄柵に、僕の手首を、縛りつけた。
「な、何をするんですか?」
僕は、また、聞いた。
「だから、注射の練習だ」
医局長は、チラッと、看護学生たちの方を見た。
看護学生たちは、僕の口に、ガムテープを貼った。
僕は、声を出すことが、出来なくなった。
「では、注射の練習をする。採決する部位の、少し上を、ゴムで、緊縛して、皮下静脈に、針を入れるんだ。ある程度、しっかり、入れないと、ちゃんと血管に、入らないからな。堂々と、思い切りよくやれ」
医局長は、そう言った。
注射の練習とは、指導医が、入院患者に行って見せて、手本を見せて、研修医が、入院患者にする、ものだと思っていたので、まさか、僕が、その実験台にされるとは、想像もしていなかった。
東大理科三類出の、研修医たちは、荒々しく、僕の、上腕を緊縛すると、僕の、皮下静脈に、注射器の針を刺し始めた。
5、6人が一度に、寄ってたかって。
僕は、恐怖に、おののいて、「やめろー」と、叫ぼうとしたが、口に、ガムテープを貼られているため、声が出せなかった。
僕は、抵抗しようと、手足を、バタバタ激しく、揺すった。
すると。
「バカヤロー。患者が動いたんじゃ、注射が出来ねえだろ」
そう言って、医局長は、僕の顔を、力の限り、ぶん殴った。
僕は、抵抗することを、あきらめた。
東大理科三類出の、研修医たちは、僕の腕で、注射の練習を始めた。
彼らは、頭は、良いが、勉強ばかりして、生きてきたので、運動したことがない。
なので、運動神経は、ゼロで、手先の器用さも、全く無かった。
そのため、なかなか、注射の針が、血管に入らない。
僕は、あまりの痛さに、「ウガー。ウガー」、と、叫び続けたが、口に、ガムテープを貼られているため、声を出せなかった。
結局、東大理科三類出の、研修医たち、全員が、僕を実験台にして、注射の練習をしたが、誰も、満足に、注射針を血管に入れられなかった。
「しょうがないな。お前ら。よし。今度は、マーゲンの練習だ」
医局長が言った。
マーゲンとは、栄養を、経口摂取できない、患者に、鼻から管を入れて、胃に、栄養を流す、もので、これも、医師が身につけねばならない基本の技術である。
東大理科三類出の、研修医たちは、僕の鼻に、チューブを、入れる練習をし出した。
しかし、運動神経ゼロの、東大理科三類出の、研修医たちは、満足に、入れられない。
そもそも、キシロカインゼリーを、チューブに、着けておくべきなのに、それを忘れている。
鼻に、耐えられない、激痛が、走った。
僕は、あまりの痛さに、「ウガー。ウガー」、と、叫び続けたが、口に、ガムテープを貼られているため、声に出せなかった。
「バカヤロー。キシロカインゼリーが、ついてないじゃねえか。キシロカインゼリーを、つけて下さい、と何で言わねえんだ」
そう言って、医局長は、僕の顔をぶん殴った。
口に、ガムテープを貼られているため、声が出せないのに、なんで、僕が、殴られなくては、ならないんだ、と、僕は、東大医学部の、不条理さに、怒り狂っていた。
そもそも、叱られるべきは、キシロカインゼリーを、つけ忘れた、東大理科三類出の研修医たちで、あるべきはずであるのに。
結局、誰も、マーゲンを、入れられなかった。
「よし。今度は、尿道カテーテルの、練習だ」
と、医局長が言った。
僕の顔は、恐怖で、真っ青になった。
医局長は、看護学生に、サッと、目配せした。
看護学生たちは、僕の履いているズボンを、抜きとり、ブリーフも、抜きとった。
下半身、男の性器が、丸出しになった。
東大理科三類出の、研修医たちと、看護学生たちの、前で、下半身を露出して、男の性器を、丸出しに、されていることに、僕は、耐えられない、羞恥を感じた。
特に、看護学生たちの、好奇に満ち満ちた、視線が、耐えられなかった。
「研修医は、ダメだな。よし。看護学生。ひとつ、手本を見せてみろ」
医局長が言った。
看護学生の一人が、尿道カテーテルに、たっぷりと、キシロカインゼリーを、塗ると、僕の、陰茎を、しっかりと握り、亀頭の先端の穴に、尿道カテーテルを入れ出した。
僕は、恥ずかしさで、顔が、真っ赤になった。
いっそ、死んでしまいたいと思うほど。
なので、僕は、膝を閉じようとした。
すると。
「バカヤロー。尿道カテーテルを、入れる時は、股を大きく開かなきゃ、カテーテルを、入れにくいだろ」
と、医局長が、僕の顔を、思い切り、ぶん殴った。
僕は、仕方なく、股を開いた。
「前立腺を、通過させる時に、ちょっとした、コツがあるんだ。わかるか?」
医局長が、尿道カテーテルを、入れている、看護学生に聞いた。
「大丈夫です。わかっています」
看護学生は、目を輝かせて、欣喜雀躍とした口調で言った。
僕は、尿道カテーテルの先が、前立腺を通過して、膀胱の中に入った、のを感じた。
「わあ。入ったわ」
看護学生は、嬉しそうに言った。
そのあと、僕は、ガムテープを、はがされて、胃ファイバースコープを入れられたり、肛門から、大腸ファイバースコープを、入れられたりと、さんざん、研修医と、看護学生の、検査器具の扱い方の、練習台にさせられた。
5時を知らせる、チャイムが鳴った。
「よーし。今日の研修は、これまでだ」
医局長が、言った。
東大理科三類出の、研修医たちは、ゾロゾロと、医局にもどって行った。
「野郎の裸を見ても、面白くねえもんな」
と、言いながら。
あとには、看護学生たちが、のこされた。
看護学生たちは、目を見開いて、食い入るように、僕の、陰部を見ていた。
「ねえ。私たち。もうちょっと、男の人の体を、調べてみましょう」
看護学生の一人が言った。
「賛成」
「そうね。賛成」
こうして、看護学生、全員が残った。
看護学生たちは、尿道カテーテルを、引き抜いた。
そして、大腸ファイバースコープも、引き抜いた。
しかし、胃ファイバースコープは、そのまま、だった。
口に、胃ファイバースコープを入れられているので、僕は、喋ることが、出来なかった。
直腸診の練習をしましょう、と言って、看護学生たちは、指サックをはめて、僕の尻の穴に、指を入れてきた。
「前立腺マッサージって、こうやってやるのよ」
と、看護学生は、肛門に入れた、指を、動かし出した。
それは、気持ちが良かった。
僕の、死にたいほどの屈辱は消えて、いつしか、激しい、マゾヒズムの陶酔の感情が、起こっていた。
僕は、看護学生たちに、見られ、触られる、ことに、激しい被虐の官能を感じていた。
僕の、陰茎は、激しく怒張し、天狗の鼻のように、そそり立った。
「うわー。すごーい。男の人の勃起って、初めて見たわ」
小川彩佳に似た看護学生が言った。
「エッチな動画で、見たことは、あるけれど、実物を、こんなに間近で見るのは、初めてだわ」
背山真理子に似た看護学生が言った。
「どうして、こんな恥ずかしい姿を、見られて、興奮するのかしら?」
杉浦友紀に似た看護学生が言った。
「それは、山野哲也先生がマゾだからよ」
鈴木奈穂子に似た看護学生が言った。
「じゃあ、たっぷり、気持ちよくしてあげましょう」
生野陽子に似た看護学生が言った。
こうして、彼女らは、僕の、陰茎や、金玉や、尻の穴に、キシロカインゼリーを、塗りはじめた。
優しい手つきで。
それは、まるで、オイルマッサージのような感じだった。
そして、みんなで、寄ってたかって、怒張した、マラをしごき出した。
金玉を、揉んだり、尻の穴に、指を入れたり、しながら。
僕は、だんだん、興奮してきた。
(ああー。出るー)
僕は、心の中で、叫んだ。
しかし、胃ファイバースコープを、口の中に、突っ込まれているので、それは、ヴーヴー、という、唸り声にしか、ならなかった。
ピュッ。ピュッ。
溜まりに溜まっていた、精液が、勢いよく放出された。
それは、放物線を描いて、看護学生たちの、顔にかかった。
「うわー。すごーい。男の人の射精って、初めて見たわ」
看護学生の一人が言った。
こうして僕は、体中を、実習という名目で、隈なく、見られ、触られ、もてあそばれた。

その日。
僕は、よろめきながら、アパートに、帰った。
その晩は、東大理科三類出の、研修医どもに、された、へたくそな、無数の注射、や、マーゲンを、入れられた、気持ち悪さで、痛くて、なかなか、寝つけなかった。
しかし、看護学生に、弄ばれた、被虐の快感のために、それを思い出しているうちに、極度の、疲れも、加わって、眠りについた。

翌日も、僕は、東大医学部の、第一内科の医局に出勤した。
体中、痛かったが、石田君に、どんなに、つらいことがあっても、くじけない、と約束したことを、守り抜こうと、胸に抱きしめて、行った。
「おはようごさいます」
僕は、医局に、たむろしている、東大理科三類出の、研修医たちに、元気よく、挨拶した。
彼らは、僕を見ても、もう、黙ったまま、何も言わなかった。
僕が、どんなに、イビられても、根を上げない、根性を、もっていることを、彼らも、認め始めているようだった。
その日も、僕は、気管挿管や、気管支鏡を飲まされたり、骨髄穿刺されたり、尿道検査、されたり、と、豪気な男でも、泣き叫ぶほどの、検査の実験台にされた。
しかし、僕は、歯を食いしばって、耐えた。
東大理科三類出の、研修医たちは、運動神経ゼロで、手先も、不器用で、しかも検査や治療の手技を、覚えようという、意欲がまるで無かった。
確かに、治療、や、検査の手技は、看護婦の技術の方が上で、医者の役割は、正確な診断と、正確な、治療の指示である。
しかし、医師である以上、検査の手技も身につけていなくては、医師とは、いえない。
しかし彼らは、ひたすら、受け持ち患者の病気の、アメリカでの、最先端の英語の論文を読むだけだった。
彼らは、実際に、患者を診ようとせず、血算や生化、心電図、レントゲン、エコー、脳波、MRI、などを、見るだけだった。
彼らは、頭脳を使うことにだけに、価値があって、検査の手技の、練習は、頭を使わないので、看護婦が、やるものと、見なしているようだった。
しかし、僕は、つらい検査の実験台にされたことによって、つらい検査を受け続ける、患者の、つらさが、わかる研修医になっていた。
そもそも、東大医学部出の医者なんて、自分は、病気をしたこともなく、最先端の、アメリカの、英語の論文を読むだけで、患者の、病気の、つらさ、や、検査の、つらさ、など、まるで、わからない、頭でっかちの医者ばかりなのだ。
それに比べると、僕は、子供の頃から、喘息で、自律神経失調症で、アレルギーで、過敏性腸症候群で、病気の、苦しみを、知っていた。
医学部に進学しようと思ったのも、そのためだった。
その上、研修では、ありとあらゆる、つらい検査を、受けさせられて、検査の、つらさも、実感した。
東大医学部出の医者は、ほとんど全員が、患者を診ずに、病気だけを医学的に診る、人間不在の医者になるが、もしかすると、僕は、患者の苦しみを、わかる人間味のある、医者になれるかもしれないと思った。
僕は、病院の、つらい検査を、ほとんど全部、受けてしまった。
また、たとえば、骨髄穿刺を、受けたことによって、骨髄性白血病の、患者というものを、実感として、理解できるようにも、なった。
骨髄穿刺を受けている時には、医局長が、骨髄性白血病に、ついて、東大理科三類出の研修医に、説明するからだ。
何度も、説明を聞いているうちに、患者の側から、の視点で病気が、わかってきた。
「門前の小僧、習わぬ経を覚える」である。

そんなことで、入局して、待ちに待った、二週間が経った。
二週間したら、僕にも、担当患者を与えてくれる、と、医局長の山田鬼蔵先生が、約束してくれたからだ。
そのために、僕は、検査の練習の実験台にされるのも、耐えたのだ。
「医局長。二週間しました。約束です。僕にも、担当患者を、与えて下さい」
僕は、強気の口調で、医局長の山田鬼蔵先生に言った。
僕は、もう、東大医学部と、ケンカ腰だった。
「わかった。お前にも、患者を、受け持たせてやる。お前の、指導医はオレだ」
と、医局長の、山田鬼蔵が言った。
「よし。じゃあ、病棟へ行くぞ」
医局長が言った。
僕は、医局長と、一緒に、病棟に行った。
医局長は、患者の、カルテを取り出した。
「ほら。これが、お前の、受け持ちの、クランケのカルテだ。よく、読んでみろ」
そう言って、医局長は、僕に、カルテを渡した。
見ると、カルテの、すべてが、ドイツ語で書かれていて、しかも、文字が、ひどく崩れていた。

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無名作家の一生 (小説)(2)

2020-07-16 04:44:57 | 小説
母校の、広島大学では、教養課程の時に、医学部の学生は、ドイツ語は、必修だった。
なので、ドイツ語は、一生懸命、勉強した。
しかし、教養課程では、学ぶ科目が多く、ドイツ語は、文法を覚え、リーダーを一冊、読んで学んだ、だけだった。
しかも、その後、四年間は、完全な医学の勉強だけで、ドイツ語は、ほとんど、忘れている。
なので、とても、ドイツ語だけで、書かれたカルテなど、読めない。
しかも、字が、ひどく崩れている。
「よ、読めません」
僕が、困って、言うと、医局長は、
「バカヤロー。カルテが読めないんじゃ、研修できねえじゃねえか」
そう怒鳴って、医局長は、僕を、思い切り、ぶん殴った。
「東大医学部は、伝統的に、カルテは、全て、ドイツ語で、書く習慣なんだ。お前は、まず、ドイツ語を、マスターしろ。研修は、それからだ」
医局長に、言われて、僕は、医局にもどった。
医局室の中から、話し声が聞こえた。
東大理科三類出の、研修医たちの、会話だった。
僕は、医局の外から、耳をそばだてた。
中から、研修医たちの、会話が聞こえてきた。
「おい。何で、わざわざ、外部から、研修医を募集したか、その理由を知っているか?」
「知らねえな」
「教授の方針だよ。東大医学部は、頭は良いが、注射や、気管挿管などの、基本手技が、下手だという、噂が、ネットで、広まっているんだよ。オレ達、東大理科三類は、筆より重い物は、持ったことがないからな。患者を練習台にする、わけには、出来にくいだろ。増々、基本手技が、下手だという噂が広まってしまう。そこで、外部のヤツを、研修医という、名目で呼んで、そいつで、注射の練習をさせるというのが、目的なんだとよ」
「なるほど。そうだったのか。でも、注射の練習なんか、したくねえな。注射なんて、看護婦の仕事じゃねえか。オレ達の、やべきことは、頭を使った、病気の、診断と治療と、論文を読み、書く、という、知的なことだけじゃねえか」
「なるほど。アイツの役割は、基本手技の練習台か。じゃあ、なんで、アイツに、受け持ち患者を、もたせたんだ?」
「そりゃー。ちょっとは、患者をまかせて、研修医らしく扱ってやらないと、嫌になって、やめられたら困るからな」
「だけど、医局長が、わざと、カルテは、全部、ドイツ語で、しかも、わざと、字を崩して読みにくくしているから、アイツは、患者の診療なんて、できねーよ」
「なるほどな」
あっははは、と、哄笑が沸き起こった。
僕は、怒り心頭に発した。
バーン。
僕は、医局の戸を、思い切り、足で蹴って開けた。
東大理科三類出の、研修医たちの視線が、サッと、僕に集まった。
「話は聞いたぞ。そういうことだったのか」
僕は、鋭い眼光で、研修医たちを、にらみつけた。
一人の、研修医が、立ち上がった。
テレビ番組の、クイズ頭脳王、で、優勝したヤツだ。
「おお。そうよ。おめえなんざ、豚以下なんだよ」
そう、彼は、タバコを燻らせながら、言った。
僕の、怒りを抑える自制心が、ぶち切れた。
「この野郎ー」
ボクッ。
僕は、そいつを、思い切り、ぶん殴った。
そいつは、殴られて、吹っ飛んだ。
「おう。豚野郎の反抗だぞ。やっちまえ」
東大理科三類出の、研修医たちが、みな、立ち上がって、僕を、取り囲んだ。
キエー。アチャー。ウリャー。
僕は、襲いかかってくる、東大理科三類出の、研修医たちを、バッタ、バッタ、と、殴り倒していった。
僕は、空手を身につけていた。
東大理科三類に入るような、ヤツラは、小学校から、ずっと、塾に通っていて、家でも勉強だけの、人生であり、筆より重い物は、持ったことがない、連中なので、うらなりの、もやしの、ガリ勉ばかりで、腕力も、運動神経も、ゼロなので、僕は、全員を、ぶっ倒した。
彼らを、全員、ノックアウトするのに、1分も、かからなかった。
もう、東大医学部にいても、研修させて、もらえないことが、明白になった。
僕は、第一内科の、教授室に行って、辞表を出した。
こうして、僕は、東大医学部の研修医を辞めた。
僕は、晴れ晴れした気持ちで、アパートに、帰った。
翌日の新聞では、東京都知事の、舛添要一、の弁護士の答弁同様、「違法ではないが、一部、不適切な行為」と、三面記事に、載った。○○○○
当たり前である。
僕は、正当防衛である。
「全部、違法で、全部、不適切な行為」は、東大医学部の方である。

さて、東大医学部での研修を、辞めたのは、いいが、これから、どうしようかと、僕は悩んだ。
厚生省の方針では、来年から、二年の研修が、必須になるらしい。
二年の研修が、努力規定である、僕は、最後の年の、医学部卒業生である。
努力規定なのだから、別に、研修指定病院で、二年間、研修医をやる義務は、ない。
医学部を卒業し、そして医師国家試験合格を通ったら、どこの、病院でも、医院でも、医師の仕事をしても、法的には、問題ないのである。
しかし、実際の所は、研修は、努力規定といっても、医学生は、卒業すると、99%、もう、ほとんど、100%、といっても、いいくらい、どこかの医局に属して、研修指定病院で、二年間、研修するのである。
それは、医学生は、国家試験に通っても、注射や気管挿管などの、基本手技が、できないし、国家試験の、ペーパーテストの知識と、実際の医療では、全然、異なるし、臨床医としての、実力を身につける、には、研修医になるしか、ないのである。
特に、外科系の科目は、そうである。
国家試験の、ペーパーテストの知識が、いくら良くても、いきなり、脳手術や、心臓手術など、出来るはずがない。
それは、内科系の科目でも、同じなのである。
父親が、医者で、個人クリニックを開業していれば、父親に、手取り足取り、実際の、医療、医学を、教えてもらうことが出来る。
そして、医学部には、親が医者という生徒が多いのである。
彼らなら、医局に属さず、親父に、患者を診察するところを、見学して、手取り足取り、教えてもらう、ということが出来る。
しかし、実際の所は、医学生は、最先端の医療技術や知識を身につけたいので、MRIや、エコーなど、最先端の、医療器具がそろっていて、最先端の、治療をしている、大学付属病院や、研修指定病院で、研修するのである。
それに、全ての医者は、将来、論文を書いて、博士号を取りたいと、思っているので、これまた、99%、もう、ほとんど、100%、といっても、いいくらい、どこかの医局に属しているのである。
博士号の認定権は、教授にあり、教授が、医局員の書いた、論文を見て、博士号と、認めれば、その論文が、全く無意味な、価値のない、論文であっても、あるいは、他の医師が代筆して書いた論文であっても、教授が認めれば、博士号を貰えて、医学博士さま、と、なるのである。
これは、日本の医学界で、昔から続いている、習慣であって、それは、今でも、変わることなく、続いているのである。
そういう理由でも、医者は、みんな、どこかの大学医学部の医局に所属しているのである。
しかし。
僕の父親は、しがない会社勤めなので、一人では、実際の医療を身につけられない。
僕は、親父が医者の、医学生をうらやんだ。
僕には、最先端の、医療を身につけたい、という思いは、ないからだ。
一介の、町医者の、知識と技術があって、医療ができれば、それでいいのである。
僕は、小説家になるのが夢で、医者は、生活費のため、嫌々やるのであって、最低の、知識、技術さえ、身につければ、それでいいと、思っていたからだ。
それで、色々と、研修できる病院を探してみた。
しかし、東大医学部に、逆らってしまったことが、命取りだった。
日本の医学界は、教授を、頂点、殿様とする、封建制度であり、教授や、医局に、逆らうと、もう、医者として、アウトローとなり、さまよえる一匹狼の医者になってしまうのである。
なので、どこの、大学病院でも、研修指定病院でも、応募しても、採用してくれる所は、なかった。
それで、僕は、もう、研修医になることを、あきらめた。
幸い、パソコン、インターネットの、発達の、おかげて、医者と、病院の、仲介業者、というビジネスが、普及し始めていた。
インターネットが、ない時は、医者の、就職は、もっぱら、医局や、教授の意向で、決められ、どこの、大学医学部も、自分の、テリトリーを、広げるために、大学医学部の関連病院に、就職する、というか、させられる、のである。
医局や、教授の命令には、逆らえない。
教授の、うまみ、の一つは、研修医の人事権であり、二年、大学の医局で、研修した、後は、教授の意向によって、ド田舎の、大学医学部の、関連病院に、行くよう、命令されるのである。逆らうことは、出来ない。
医者の卵を、僻地の関連病院に、売り飛ばし、教授は、その謝礼として、何百万円かの、謝礼を受け取る。
噂によると、医者の来てのない、僻地の病院に、一人、研修医を、売り飛ばすと、400万、教授は、謝礼として、受けとる。
森鴎外も、文学者でもある、ということから、生意気だ、と、教授に、嫉妬され、小倉に左遷された。
北里柴三郎も、師の論文を、否定したため、東大から、追い出された。
北杜生も、慶応の精神科医局から、山梨の精神病院に売り飛ばされた。
それは、昔のことであるが、旧弊的な、医学界では、その、根強い、大学医学部の、封建制は、現在でも、続いているのである。
そういうわけで、僕は、インターネットの、医師斡旋業者に、登録した。
そして、健康診断や、病院当直などのアルバイトをして、食いつないだ。
ある時。
僕は、地元の、神奈川県の藤沢市で、医師募集を見つけた。
それは、精神病院だった。
130床で、ボロボロの、民間病院だった。
院長一人で、やっていたのだが、院長が、糖尿病になり、体力が無くなっなったので、一人では診療が困難になり、誰でもいいから、医者を募集する、ということだった。
できれば僕は、内科を、しっかり、身につけたかった。
その方が、あとあと、就職で、有利だからだ。
しかし、背に腹は変えられない。
それで、僕は、応募してみた。
院長は、岡山大学の医学部出で、僕と同じように、大学を卒業して、岡山大学医学部で、研修した後、地元の、神奈川に、戻ってきた、ということだった。
そのため、東大を頂点とする、関東の、大学医学部との、しがらみ、が、無かった。
僕は、採用された。
週四日、勤務という条件で。
小説を書く時間を、持ちたかったので、週三日は、自分の時間として、欲しかった、からだ。
精神科は、大学三年の、時に、一週間、民間病院で、見学したことがあり、また、六年の時の、二週間の、臨床実習でも、見た目にも、治療手技も、ほとんど、要さず、また、診断も、治療も、楽そうに、見えたからだ。
僕は、東京から、神奈川県の藤沢市のアパートに、引っ越した。
精神科は、統合失調症患者が、ほとんどで、治療と言えば、患者の話を聞き、あとは、精神科の、薬の知識がしっかりあれば、わりと簡単に出来た。
わりと、独学で、学ぶことが出来た。
病院には、医療機器といえば、レントゲンしかなく、入院患者で、起こる内科疾患といえば、向精神薬による副作用の、便秘と、高齢者の肺炎、と、風邪、くらいだった。
精神病院でも、300床を、越す、大きな病院だと、週一回、非常勤の内科医が、来て、内科疾患の患者を診てくれるのだが、ここは、規模が小さいので、非常勤の内科医は、いなかった。
なので、入院患者で、内科的疾患が発病した時には、紹介状を書いて、近くの、医院で、診てもらっていた。
また、いいことに、常勤医は、僕一人だけだったので、医局室を、一人で、使うことが、出来た。
勤め始めて、初めの頃は、精神科の薬の勉強をしていたが、慣れてくると、医局室で、小説を書くようになった。
一ヶ月くらいして、毎週、水曜日に、年配の、先生が来るようになった。

70歳と高齢だった。高橋圭介という名前だった。
彼は、前から、毎週、水曜日だけ、非常勤医、として、この病院に、来ていたとのことだった。
彼は、僕を見ると、
「やあ。山野哲也先生。はじめまして。私は高橋圭介といいます。よろしく。私は、この病院に、週一回、水曜日だけ、来ていたんだが、ちょっと、体調が、悪くなってね。休んでいたんだが、体調が良くなったのでね。また、週一回、水曜日だけ、来ることに、なったんだ。よろしく」
と、気さくに、挨拶した。
「はじめまして。山野哲也といいます。こちらこそ、よろしくお願い致します」
僕も、恭しく挨拶した。
「新しく、常勤で、若い医者が来た、ということは、院長から聞いていたよ」
と、彼は、言った。
「ところで・・・」
と彼は、前置きして、おもむろに、ポケットから、封筒を、取り出した。
「ちょっと、これを、見てくれないかね」
そう言って、彼は、僕に、封筒を渡した。
僕は、すぐに封筒を開けた。
封筒の中には、女性の写真と、略歴が書いてあった。
吉田美奈子という名前で、わりと綺麗な顔立ちだった。
「彼女は、帝都大学医学部の、女医で、僕と、ちょっと、所縁があってね。どうだい。君。彼女は、今、結婚相手を求めているんだ。見合いしてみないか?」
と、聞いてきた。
僕は、返答に困った。
「彼女は、帝都大学医学部の、二年の研修を終えて、今年で、三年目になるんだ。三年目だが、まだ、大学に残っていてね。彼女の父親は、千葉県の市川市で、昔から、内科医院を開業しているんだ。吉田内科医院というんだ。兄も医者なんだが、整形外科医でね。アメリカにいるんだ。医院を継ぐ意志は、ないらしく、このままだと、彼女が、医院を継ぐことに、なるようだが、結婚願望も強くてね。どうだい。遊びだと、思って、一度、会ってみないかい?」
と、高橋圭介先生は言った。
「・・・・」
僕は、返答に困った。
いきなり、そんなことを、言われても、答えようがない。
そもそも、僕の本命は、小説家になることであり、医者として、バリバリ働きたいという、気持ちは、全くない。
医者の仕事は、小説家になるまでの、生活費のためであり、そのためにも僕は、内科の実力を身につけたかった。
内科の実力は、大学附属病院で、二年間、みっちり、勉強すれば、大体、身につくものである。
そのあとは、十年一日の、同じことの、繰り返しである。
しかし、その二年の研修を、しなれけば、いつまで経っても、内科の実力は、身につかない、のである。
それは。ちょうど、車の運転技術の習得と、同じで、車の運転技術を習得するには、三ヶ月くらい、自動車教習所に、通って、車の運転技術を、訓練しなければ、乗れるようには、ならないのと、同じである。
だだっ広い、人のいない、グラウンドで、自由に、車を運転するのなら、三ヶ月も、訓練する必要はない。
一日で、ある程度は、運転できるようになる。
しかし、信号機や、車線変更や、右折、左折の方向指示器の出し方、などを、車がたくさん、走っている、日本のような狭い道で、交通規則に、従って、円滑に、運転できるようになるには、三ヶ月くらいの、自動車教習所での、訓練が、必要なのである。
医学も、それと、同じで、医学の習得は、そんなに難しいものではなく、二年間の研修を、みっちりやれば、内科の実力を、身につけることは、出来る。
しかし、その二年間の研修を、しなければ、いつまで経っても、内科は出来ない。
医者が、一人前になるには、六年間の医学部での、勉強と、二年間の研修の、合計8年間の、期間が必要なのである。
僕は、返答に困った。
「まあ。君も、急に言われて、とまどうのは、無理もないただろう。まあ、その気になったら、私に言ってくれ」
と、言って、高橋先生は、医局を出ていった。
彼は、僕と、彼女を、結びつける、恋の、キューピットの役割を、楽しんでいるような、感じに見えた。
僕は、彼女の顔写真を見た。
自分の顔写真を、誰とも、わからない男に、見られても、いい、ということから、彼女は、わりと、きれいな顔立ちだった。
自分に、自信がなければ、女は、人に、自分の、見合いのための、顔写真を、人に、渡して、まかせる、などという、ことは、しない。
僕は、その日から、悩むようになった。
彼女に、会ってみたいという気持ちと、会ってはならない、という気持ちの、二律背反の葛藤で。
会ってみたい、というのは、彼女は、二年の内科研修を、しているから、もう、一人前の内科医である。僕には、親はもちろん、親戚にも、医者が一人もいない。彼女と、会えば、彼女に、色々と、内科研修のことや、医学のことが、聞ける、だろう。
もしかしたら、帝都大学医学部と、関係を持って、帝都大学医学部で、内科が研修を出来るかもしれない。彼女が入局を、とりもってくれるかもしれない。
と僕は思った。
しかも、帝都大学医学部といえば、日本の私立医学部の中でも、一番、偏差値が低い。
東大医学部のように、劣等感を感じることもない。
しかも、彼女の父親は、個人クリニックの院長である。
医学を身につけるためには、どうしても、二年間の、研修が必要なのである。
僕には、医療、医学、関係の友達が一人もいない。
彼女と、親しくなれば、彼女を、コネにして、医学を学ぶ機会をもてる、かもしれない。
それが、彼女に、会ってみたいという気持ち、である。
しかし。
僕は、それと、正反対の、彼女と、会ってはならない、という、気持ちも、強く持っていた。
それは。僕は、彼女と結婚する気は、全くない。
僕は、平凡な、どこにでもいる、町医者や、病院勤務医、で、おわるつもりは、全くない。
僕の夢は、小説家になることである。
しかし、筆一本で生きるのは、修羅の道であり、医者の仕事は、食べていくための、生活費を得る手段に過ぎない。そのためには、二年間くらいの、研修が、咽喉から手が出るほど、欲しいのである。
医療、医学、を教えてくれる人が欲しいのである。
しかし、彼女は、そう思っていない。
彼女は、真剣に、結婚相手として、男の医者を求めているのである。
そういう、彼女の、純粋な気持につけこんで、彼女を、自分の目的のために、利用する、というのが、僕には、嫌だった。
僕は、誠実な人間であるつもりだ。
人をだましたり、人を利用したりするのが、僕は、大嫌いだ。
そもそも、僕は、哲学者カントの、
「人を自分の目的のためではなく、相手の目的となるよう行為せよ」
というのが、僕の信念だった。
なので、僕は、彼女に、会ってみたいという気持ちと、会ってはならない、という気持ちの、葛藤で悩むようになった。
毎週、水曜日になって、高橋先生が来るたびに、彼は、僕に、
「どうだね。会ってみる気になったかね?」
と、聞いてくる。
僕が、彼女と、見合いするのを、楽しみに、心待ちにしているようだった。
僕は、答えようがなかった。
それと、僕が、彼女と、一度、会ってみたい、見合いを、してみたい、という気持ちには、もう一つ、理由があった。
僕は、人付き合いが、苦手で、友達が、ほとんど、いない。
いつも、精神は、内面の想像の世界に、生きていて、友達と、会話をすることも、無いし、友達と、旅行に行ったり、議論したり、合コンしたり、と、誰もが、やっているような、人間との、付き合いがなかった。
親や、親戚の従兄妹とかも、付き合いを、避けてきた。
僕は、内向的な、性格であり、内向的な性格の人間は、人との、付き合いが、苦手で、人との、付き合いを、避ける傾向が強いのである。
しかし、そういう、通常の人間が、体験していることを、体験しないと、人間関係の、喜びも、苦しみも、その実感を、肌で感じる、ということが、出来ない。
菊池寛が、「小説家たらんとする青年に与う」で、言っているように、小説家を志す人間は、まず、自分が、自分の、実人生を、しっかり、生きることが、小説家になるには、大切なことなのだ。
生きた、人間との、触れ合いが、大切なのである。
たとえば、一人の女性を、熱烈に、真剣に愛したとしよう。
そして、不幸にも、その恋愛は、失敗に、終わったとしよう。
しかし、真剣に、人を愛し、そして、挫折した、という経験が、小説を書く上で、大いなる原動力となるのである。
もちろん、自分の、体験を、そのまま、正直に、書いても、優れた小説に、なるとは、言えない。
むしろ、自分の体験を、正直に書いても、面白い、人を感動させる、傑作とは、ならないことの方が多い。
川端康成の、「伊豆の踊子」などは、極めて、例外的である。
そこは、小説とは、基本的に、フィクション(作り話)であり、作者が、頭を酷使して、面白い、ストーリーを、考えて、創り出す、お話し、というのが、小説の、基本であるからである。
しかし、それには、まず小説家自身が、悩み、喜び、苦しみ、悲しんだ、という、人間との、生きた、触れ合いが、無くては、ならないのである。
そうではなく、自分が、しっかり、生きていないで、何の体験も無く、想像力のみに頼って、ストーリーを、捻り出しても、それは、ひなびた、生命の、躍動感の無い、いかにも、作り事のような、つまらない、子供向けの、漫画のような、ストーリーにしか、ならないのである。
たとえば、野球マンガを書こうと、思ったら、その漫画家は、何も、プロ野球選手になる、経験なとまで、持つ必要は、無いが、子供の時の、遊びの少年野球でも、いいし、あるいは、学生時代の野球部の部活でも、いいから、自分が、野球をやり、投げ、打ち、守り、走り、と、一生懸命、野球をした、体験が、無くては、描けない。
自分が、野球を体験した、経験が無いと、たとえば、ピッチャーを、描こうと思ったら、ピッチャーとは、何が、嬉しくて、何が、つらくて、マウンドの上では、どういう心理状態なのか、ということは、わからない。
だから、野球マンガを、描こうと思ったら、一度は、自分が、野球を体験したことが、なくては、描けないのである。
それは、漫画でも、小説でも、同じである。
小説を書こうと思ったら、まず、自分が、自分の、実人生を、しっかり生きて、一通り、人間が、体験することは、体験しておかなくては、小説は、書けない。のである。
これは、感性という点でも、言えることで。
自分が、ホモ・セクシャルでなれけば、ホモ・セクシャルの小説は、書けないし。
自分が、S(サド)やM(マゾ)、の、感性を持っていなければ、SM小説は、書けないのである。
そういった点でも、僕は、人付き合いを、避けて、一人で、生きてきて、実人生の、経験が、あまりにも、少なかった。
それで、空想力と、想像力だけに、頼って、今まで、小説を書いてきた。
大学一年生の、時から、小説を書き出して、はじめのうちは、空想力と、想像力に、頼って、小説を書くことが出来たが、もう、六年以上も、書いているうちに、だんだん、空想力や、想像力が、枯渇してきて、新しい小説が、書けなくなってきた、時でもあった。
なので、小説を書くためにも、彼女と、一度、会ってみたいと、思っていたのである。
毎週、水曜日に来る、非常勤の、高橋先生も、僕が、いつまでも何も、答えないので、だんだん、不機嫌な様子になってきた。
それで、ある時、僕は、ついに決断して、高橋先生に、彼女と、見合い、を、したいと、申し出た。
高橋先生は、喜んだ。
「じゃあ、私が、彼女に、その旨を伝えておくよ。いつ、どこで、会うかは、私が、彼女と話しておいて、決まったら、君に連絡するよ」
高橋先生は、そう言った。

翌日の木曜日。さっそく、高橋先生から、僕の、携帯電話に、電話が、かかってきた。
「やあ。山野先生。彼女に、話しましたよ。先生は、今週の、日曜日は、空いていますかね?」
「ええ。空いています」
「じゃあ、今週の日曜。12時。新橋の、××ホテルの、6階の、××レストランに、来てくれないかね?」
そう言って、高橋先生は、ホテルの住所と、電話番号を言った。
僕は、それを、メモした。
「ええ。わかりました。行きます」
僕は答えた。
「では、来てくれたまえ。私も、彼女と一緒に、行くから。楽しみにしているよ」
そう言って、高橋先生は、電話を切った。
楽しみにしている、などと、言われて、僕は、ちょっと、どころか、かなり困った。
高橋先生は、僕の、悩みなど、知る由もなく、僕の、心が、彼女に動き、見合いをする気になってみた、と、思っているのである。
高橋先生は、彼女と、一緒に来る、と、言ったが、彼女の方では、一体、誰と、来るのだろう?
彼女一人で、来るのだろうか、それとも、彼女の、母親が、ついてくるのだろうか?
僕は、見合いなどというものは、もちろんのこと、大学時代にも、皆がしている、合コンと、いうものも、一度もしたことがない。
僕は、現実の人間との、付き合いが、わずらわしかった、からである。
内気で、話題も無い。
人と喋るのが、苦手である。
なので、僕は、極力、人との、付き合いを、避けて生きてきた。
当日は、どんな服装で行ったら、いいのか。も、わからなかった。
僕は、いかなる、集団や団体に、属することも、嫌いなので、世間知が、まるで無かった。
そんなことで、見合いが、決まってからは、緊張しっぱなし、だった。

日曜日になった。
前日の、土曜日は、緊張で、ほとんど眠れなかった。
初めて、見合いで、会う女性なのだから、ネクタイをして、スーツ姿で、行くべきだと思ったが、僕は、堅苦しい格好が、嫌いで、特に、ネクタイの窮屈さが、嫌いだったので、普段着で、行った。
相手の女性も、どういう服装で、来るか、わからなかった、からでもある。
電車に乗って、僕は、新橋駅で降りて、××ホテルに、向かった。
僕は、ホテルに入った。
腕時計を見ると、12時、5分前だった。
ホテルの、ロビーには、高橋先生が、座っていた。
それと、見合いの相手である、初めて会う女性も、座っていた。
「やあ。山野先生」
僕と目が合うと、高橋先生は、立ち上がった。
彼女も、立ち上がった。
僕は、急いで、彼らの、座っている、ソファーの所に行った。
「どうも、遅れてしまって、すみません」
12時、5分前なので、遅れてはいないが、彼らの方が、先に来て、待たせてしまった、ことから、僕は、そう言って、頭を下げた。
「いや。私たちも、ちょうど、今、着いたところだよ」
高橋先生は、くつろいだ口調で、そう言った。
彼女は、礼儀正しく、お辞儀した。
「はじめまして。吉田美奈子と申します」
そう言って、彼女は、私に、礼儀正しく、ペコリと、頭を下げた。
「はじめまして。山野哲也と、いいます」
僕も、彼女に、礼儀正しく、ペコリと頭を下げた。
彼女の親は、来ていなく、彼女一人で来たようだった。
僕は、もちろん、親にも、見合いのことは、話していない。
そもそも、結婚しようという、気持ちが、全く無い、見合い、なのだから、当然である。
「では、6階に行こうか」
高橋先生が言った。
私たち三人は、エレベーターに乗って、6階に登り、イタリアンのレストランに入った。
「ご予約の、3名様ですね」
と、ボーイが言った。
私たち三人は、「リザーブド」と、書かれた、窓際のテーブルに着いた。
高橋先生が、仲人役をやって、二人での、見合いなのだなと、僕は、思った。
しかし。高橋先生は、
「さて。それじゃあ、邪魔者は、去るとするか。二人で、ゆっくりと話してくれ」
ははは、と、笑いながら、高橋先生は、立ち上がった。
そして、ボーイに、
「私は、ちょっと、用事が出来たんで、帰ります」
と告げて、レストランを出ていった。
これには、ちょっと、驚いた。
はたして、これは、誰の計画なのだろうかと、僕は、疑問に思った。
高橋先生の計画で、私と、彼女を、二人きりにしようと、考えたのだろうか、それとも、彼女が、「二人きりにさせて下さい」、と高橋先生に、頼んだのか、どちらかは、わからない。
しかし、高橋先生の提案であっても、彼女が、断らなかった、ということは、彼女も、それを、嫌ではない、ということなので、そこら辺を、あまり詮索する気は、起こらなかった。
「はじめまして。吉田美奈子と申します」
二人きりになって、彼女は、あらためて、礼儀正しく、挨拶した。
「こちらこそ、はじめまして。山野哲也と、いいます」
僕も、彼女に、礼儀正しく、ペコリと頭を下げた。
「私との、見合いを、承諾して下さって、有難うごさいます」
彼女は、礼儀正しく言った。
「いえ。僕の方こそ、あなたとの、見合いを、なかなか、決められなくて、申し訳ありませんでした」
僕は、謝った。
高橋先生は、彼女に対して、僕に関する情報は、知っている限り、告げているはずで、高橋先生が、最初に、僕に、彼女の、見合い写真を、渡して、見合いを、勧めたが、僕が、いつまでも、何も言わなかった、ことも、当然、高橋先生は、彼女に、告げて、彼女は、そのことを、知っているはずだ、と僕は、思った。
「いえ。山野さんこそ、色々と、事情が、おありになるでしょうから、迷うのは、当然です。山野さんが、謝ることは、ありませんわ」
と、彼女は言った。
高橋先生は、鈍感なのか、気づいていないのか、わからないが、彼女は、ちゃんと、気づいている。
男が、見合いを、簡単に、引き受けないのは。男だって、付き合っていて、熱い仲の、好きな彼女がいたり、見合いの相手の、顔立ちが、きれい、といっても、男のタイプではなかったり、とか、もっと、自由に独身生活を楽しみたく、結婚は、まだ考えていない、とか、などの、様々な事情があって、躊躇している場合だってあるのだ。
もっとも、それは、女にとっても、同様であるが。
「いえ。やはり、僕の方が悪いです。あなたの、見合い写真を見ておきながら、僕の顔写真は、あなたには、見せない、というのは、ずるいことです。僕は、そのことに、悩んでいました。ましてや、男女の関係では、男の方から、つきあい、や、プロポーズを、申し込むのが、礼儀であって、その反対の行為など、女性に対して失礼です。僕は、もっと早く、あなたとの、見合いを、決断するべきでした」
と、僕は言った。
「誠実で、優しい方なんですね」
彼女は、ニコッと、笑って言った。
「ところで、美奈子さん。まず、最初に、僕は、あなたとの、見合いを、決めた、理由を、あなたに、正直に述べて、まず最初に、謝らなければ、なりません。どうか、僕の失礼な、気持ちを聞いて下さい」
「はい。何でも、思っていることは、言って下さい。山野さんも気を使い過ぎないで下さい。そもそも、見合い、を、高橋先生に言って、見合い、を、もちかけたのは、私の方なんですから」
では、正直に言います、と、僕は、かしこまって、前置きしてから、話し出した。
「実は、僕は、大学一年の時から、小説を書いてきました」
「山野さんは、小説を書かれるんですか。すごいですね。でも、それが、何で、私との見合いを、承諾して下さったことと、か、謝罪をしなければ、ならないこと、とかと、どう関係があるんですか?」
彼女は、疑問に満ちた目で聞き返いた。
「僕は、できれば、将来は、小説家になりたいと思っているんです。ですが、小説家として、認められ、職業作家になるまでには、並大抵のことでは、なれません。それで、僕は、まず、医学を、ちゃんと身につけて、生活費は、医師の仕事で、得て、それで、コツコツと、小説を書いて、作家になりたいと思っているんです。しかし、僕には、家族に、医療関係の仕事をしている人がいません。しかし、実際の医療を、身につけるためには、大学医学部の、医局に所属し、医療を身につけた、ベテランの先生に、手取り足取り、教えてもらうしか、方法がありません。そこで、僕は、医療関係の知人、コネが、咽喉から手が出るほど、どうしても、欲しかったのです。美奈子さんは、大学医学部の、医局に属している、二年の研修も、終えている、一人前の医師です。そこで、何とか、医療関係の知人、コネを、持ちたい、という理由で、美奈子さんとの、見合いを、承諾したのです。本気で、結婚を、考えての、見合いでは、ないのです。ですから、見合い本来の、動機ではない、不純な、動機から、僕は、見合いを、承諾してしまったのです。ですから、そのことを、まず最初に、あなたに、告白して、あなたに、謝罪するのは、当然だと思います。ごめんなさい」
そう言って、僕は、深く頭を下げた。
「あっ。山野さん。頭を上げて下さい」
彼女が焦って言った。
しばしして、顔を上げると、彼女は、ニコッと笑って、僕を見ていた。
「そうだったのですか。私は、別に構いません。山野さんは、真面目すぎます。普通の人は、その程度の、ことは、内心で、思っていても、黙っていますよ」
彼女は言った。
「そうでしょうか?」
僕は、疑問に思いながら、彼女を見た。
彼女が、僕を、思いやってくれているのか、それとも、本当に世間の人間は、そうなのか、それは、わからないが、ともかく、他人と話すのは、自分を知る機会でもあった。
「わかりました。では、大学に頼んで、山野さんが、帝都大学医学部の医局に入れるように、教授に、頼んでみます。それと、医学、医療のことで、わからないことは、何でも、私に、聞いて下さい。私の知っている限りの、知識で、答えることが出来ることは、何でも、言います」
「本当ですか。有難うございます」
僕は、この上ないほど、嬉しかった。
歓喜が、胸の中から、湧き上がってきた。
それと同時に、僕は、気持ちが、リラックスしてきた。
話しにくいことを、話してしまい、彼女が、それを、怒るどころか、最高に親切な、対応をしてくれた彼女の寛容さが、無上に、嬉しかった。
彼女も、僕の、本心を知れて、リラックスしたようだった。
高橋先生は、僕に、彼女との見合い写真を渡した時点から、僕が、なかなか、見合いを、O.K.しないことなど、全ての事を話しているはずである。
人間は、理由がわからないと、とかく、悪い疑心暗鬼が、次々と起こってくるものである。
なぜ、僕が、彼女との見合いを、承諾しないのか、その理由を、彼女は、色々と、想像して、悩んでいたはずである。
それが、解けたので、彼女は、ほっとして、リラックス出来たのだろう。
それからは、色々と、くだけた話をした。
「山野さんは、恋人は、いますか?」
彼女が聞いた。
「いえ。いません」
僕が、答えると、彼女は、ニコッと、笑った。
なにはともあれ、僕に彼女がいないことに、彼女が喜ぶのは、彼女にとって、自然な感情であろう。
「大学の時、合コンとか、しませんでしたか?」
彼女が聞いた。
「いえ。しませんでした。僕は、内気で、話題がないですし。人との、付き合いは、疲れてしまいますので」
僕は、人付き合いは、苦手といったが、二人きりでなら、人と、話すのは、それほど、嫌ではないのである。何人もいる、集団の中で、話すのが、苦手なのである。
それは、集団の中だと、明るい、積極的な性格のヤツが、その場の話の、主導権を握ってしまい、内気で無口な僕は、何も話せなくなってしまうからだ。
だから、合コンには、参加できなかったのである。
しかし、二人きりなら、相手は、僕に話しかけるしかない。
だから、僕は、二人きりなら、女性とでも、話しても、疲れないのである。
「では、美奈子さんは、学生時代、合コンとか、したことは、ないんですか?」
僕も、彼女に聞き返した。
「2回ほど、あります。しかし、男の人って、結局は、アレが目的なんですね。2回とも、ホテルに行きませんかと、誘われました。それで、男の人に、失望してしまって、2回で、やめてしまいました」
「そうだったんですか」
「山野さんの趣味は、小説を書くことなんですよね」
「ええ」
「小説を書くこと以外で、何か、好きなことは、ありますか?」
彼女が聞いた。
「そうですね。高校の時は、色々と、スポーツも、やってみました。テニスとか、水泳とか、スキーとか」
「色々なことに、積極的に、取り組む性格なんですね」
「いえ。僕は、将来、何をしたいのか、わからなかったので、高校の時、色々なことを、やってみただけです。大学に入って、小説を書くようになってからは、スポーツは、ほとんど、やっていません」
「そうですか。山野さんは、自分の将来を、真剣に、考えて、悩まれて、生きてきたんですね、私なんて、親が医師でしたから、将来は、医師になることに、何の疑問も、もたずに、生きてきました。山野さんのように、深く考えて、生きてきた方を見ると、自分が幼稚なように、思われて、恥ずかしいです」
彼女に、誉められて、僕は、照れくさかった。
「ところで、美奈子さんの、趣味は何ですか?」
「趣味といえるほどの、ものは、ありません。海外旅行。映画。音楽鑑賞などです」
「海外旅行では、どこに、行きましたか?」
「ヨーロッパと、アメリカ、ロサンゼルスと、シンガポールと、カナダと、イタリアと、ギリシャと、インドと、イスタンブールに、行きました」
「すごく、たくさん、行っているんですね」
「山野さんは、海外に行ったことは、ありますか?」
「ありません」
「でも、海外旅行とか、映画や、音楽鑑賞などは、受け身なだけで、山野さんのように、積極的に、何事にも、興味を持って、身につけようと、努力する、ことでは、ありません」
ボーイが、料理を持ってきたので、僕と、彼女は、料理を食べた。
食べながらも、彼女とは、色々なことを話した。
「山野さん。今日、よかったら、東京ドームアトラクションに、行きませんか?」
料理を食べ終わると、彼女は、そんな提案をした。
「ええ。いいですよ」
僕は、抵抗なく答えた。

予想外のことであったが、彼女が、真面目で、おとなしく、また、彼女が、教授に話して、帝都大学医学部の医局に、入れるよう頼んでくれる、とまで、言ってくれたので、そのお礼の気持ちで、嬉しくて、彼女の提案は、断ることが、出来なかった。
それに、彼女は、騒々しくなく、おとなしい性格なので、付き合っても、疲れないように僕は、感じた。
僕は、彼女、というものを、もったことがないので、デートしたり、ドライブしたり、と、世間の、俗っぽい、享楽を楽しんでいる、男女を、うらやましく感じたことが、よくあった。
男一人では、遊園地にも、レジャープールにも、入れない。
もちろん、男が一人で、遊園地に入って、遊んでも、何ら、問題は無いが、その、わびしさ、を、想像してみたまえ。
自分は、小説家になるんだ、という高い志を持っているんだ、自分は、世間の俗っぽい人間とは、違うんだ、と、自分に言い聞かせてみても、やはり、手をつないで、無邪気に、笑い合っている男女を見ると、うらやましかった。
僕と彼女は、レストランを出た。
そして、中央線に乗って、水道橋駅で降りた。
そして、東京ドームアトラクションに入った。
それほど、混んではいなかった。
僕は、東京ドームアトラクション、および、その前身である、後楽園遊園地に入ったことは、なかった。
ほんの、小学生の頃、親と一緒に、一度、入ったきりで、それ以降は、一度も、入ったことが、なかった。
ずいぶん、様子が変わったな、と思った。
彼女は、入り口で、「大人二人、アトラクション乗り放題の、ワンデーパスポートを、お願いします」、と言って、チケットを買って、
「はい」
と、笑顔で、ワンデーパスポートを一枚、僕に、渡してくれた。
「ありがとう」
彼女の、好意を、野暮ったく、断るのは、無粋なので、僕は、素直に、お礼の言葉だけを言って、入場券を受けとった。
それに、大人一人の入場券は、たかが、3900円である。
「あれに、乗ってみませんか?」
そう言って、彼女は、スカイフラワーを指差した。
「ええ」
僕と彼女は、スカイフラワーに乗った。
地上60mからは、東京の、様子が、遠くまで、見渡せた。
なかなか、爽快な気分だった。
登山にせよ、東京スカイツリーにせよ、高い所からの、眺望は、爽快なものである。
「こ、怖いわ。山野さん」
彼女は、そう言って、個室の中で、僕に、寄り添うように、ピッタリと、くっついてきて、僕の手をギュッと握り締めた。
「どうしたんですか?」
僕は、疑問に思って、彼女に、聞いた。
「あ、あの。私。高所恐怖症なんです」
彼女は、そう言って、個室の中で、僕に、ピッタリと、体を、くっつけてきた。
怖いのなら、乗らなければ、いいのに、矛盾している、と僕は思った。
「でも、山野さんと、一緒に死ねるのなら、幸せです」
彼女は、そんなことを、言った。
次は、彼女の提案で、サンダードルフィンに乗った。
時速130km/hの、ジェット・コースターである。
これも、彼女は、
「こ、怖いわ」
と言って、僕に、抱きついてきた。
女に、抱きつかれたら、男は、女を、振り払うことは、出来ない。
握ってきた女の手を、しっかりと、握り返すしかない。
なので、僕は、彼女の手を、しっかり、握り返した。
次には、彼女の提案で、パラシュートゾーンにある、お化け屋敷に入った。
ここでも、彼女は、
「こ、怖いわ。山野さん」
と言って、何度も、僕に、抱きついてきた。
怖いなら、入らなければいいのに、矛盾している、と、思ったが、僕は黙っていた。
女には、怖いもの見たさの好奇心があるからだ。
ともかく、女に、抱きつかれたら、男は、女を、振り払うことは、出来ない。
握ってきた女の手を、しっかりと、握り返すしかない。
なので、僕は、彼女の手を、ガッシリと、握り返した。
そのあとは、ウォーターシンフォニーを見た。
水と音と光が織りなすページェントが、綺麗だった。
これは、心が和んだ。
時計を見ると、もう、夕方の7時だった。
「山野さん。今日は、楽しかったです。色々と有難うございました。教授には、私から、話して、山野さんが、医局に、入局して、研修できるように、必ずします」
彼女は、そう約束してくれた。
「有難うごさいます。僕も、楽しかったです」
と、僕は、答えた。
そう言って、僕は、彼女と、別れた。

その晩は、ぐっすり眠れた。
見合いの相手が、どういう人か、わからなくて、また、どういう、見合いになるか、わからず、会うまでは、非常に緊張していたが、相手の女性は、おとなしく、寛容であり、話していても、疲れなく、また、楽しくもあった。
彼女の、誠実な性格から、まず、帝都大学医学部の、第一内科の、教授に、頼んで、僕が、医局で、勉強できるよう、とりはからってくれる、だろう。
まだ、決まったわけではないが、彼女の、誠実な態度からして、そうなりそうな予感が、かなりして、僕は、嬉しかった。

月曜日になった。
僕は、いつものように、精神病院に、出勤した。
精神科も、もちろん、立派な、医学の一つの科目であるが、患者の話を聞くことと、向精神薬を覚えることだけで、暇なのは、いいけれど、内科の実力は、つかない。
内科疾患を、もった患者は、紹介状を書いて、近くの内科病院に行ってもらって、診てもらうだけだし、病院にある、医療機器といえば、レントゲンだけで、しかも、レントゲンを、ちゃんと、読影できるようになるには、やはり独学では無理で、やはり、研修を終えて、医学を、ちゃんと、身につけた、内科の先生に、教えてもらうしか、身につける方法が、ないのである。
そもそも、医学の基本は、何と言っても、内科である。
精神科を、やりたいと思って、最初から、精神科を選ぶ、医者も、いないわけではないが、精神科は、楽だから、という理由で、精神科を、選ぶ医者が、多いのである。
内科が、出来る医者は、独学で、ちょっと、勉強すれば、精神科も出来るようになる。
しかし、その逆は、言えないのである。
精神科医が、独学で、ちょっと、勉強したからといって、内科が出来るようには、なれないのである。
なので、精神科を、最初から、希望している医者でも、最初の一年は、内科を研修して、内科の基本的なことは、身につけてから、精神科医になる、という、医師が多いのである。
そもそも、医師免許を持っていれば、何科をやっても、いいのであり、転科ということも、出来る。
しかし、実際には、転科ということは、ほとんど行われていなく、たとえば、耳鼻科を選んだ医師は、一生、耳鼻科医をやるのである。
転科という点から、言うと。
外科や救急科を長年していた医師が、体力が、落ちて、仕方なく、精神科に転科する、ということは、結構、よくあることなのである。
しかし、その逆は、全く無い。
精神科をしていた医師が、内科医とか、産婦人科医とかに、転科する、ということは、皆無といっていいほど、無いのである。
精神科を長くやっているうちに、だんだん、医学生の時に、勉強して、頭で、理解して覚えた、医学知識も、忘れてくるので、内科医に、なろうと思ったら、また、まず、医学の教科書で、内科を勉強し直さなければ、ならない。
そして、さらに、ベテランの内科医の指導の元で、研修しなくては、ならないのである。
それは、実に、労力が要り、また二度手間でもある。
だから、いったん、精神科を選んでしまったら、一生、精神科しか、出来ないのである。
だから、医学部を卒業したら、一年くらい、みっちりと、内科を研修して、内科を身につけてしまうべきなのである。

その日の午後、さっそく、彼女から、携帯電話で、連絡が来た。
「もしもし。山野さん、ですか?」
「はい」
「私です。吉田美奈子です。昨日は、有難うございました。楽しかったです」
「いえ。僕の方こそ、有難うございました」
「今日、教授に頼んでみました。山野さんが、医局で、内科研修ができるように」
「そうですか。それは、有難うございます。それで、教授は、何と言いましたか?」
「快く、認めてくれました」
「そうですか。それは、有難い。助かります。美奈子さん。どうも、有難うございました」
「ところで。山野さん。今週の金曜日は、空いていますか?」
「ええ。空いています」
「では。今週の、金曜日、5時に、附属病院に来ていただけないでしょうか。どのような形で、研修を、するのか、山野さんの、希望を聞きたいと、言いましたので」
「わかりました。では、行きます。どうも、色々と、僕のために、骨を折ってくれて、有難うございました」
「いえ。そんなに、気になさらないで下さい」
そんな会話をして、携帯を切った。
僕は、嬉しくなった。
帝都大学医学部の、医局で、内科研修が出来るからだ。
僕は、金曜日が、待ち遠しくなった。

その週の、水曜日に、非常勤の、高橋先生が来た。
「どうだったかね。彼女との見合いは?」
高橋先生が、聞いた。
「ええ。色々と、話しました」
僕は、答えた。
「彼女は、誠実な子だからね。約束したことは、必ず、守るよ」
高橋先生が、言った。
高橋先生は、彼女と同じ医局の、歳の離れた、先輩医師という、立ち場、なので、彼女のことは、色々と知っているのだろう。
彼女が、日曜日、の、見合いのことを、高橋先生に、話したのか、話したとしたら、どこまで、具体的に、話したのかは、わからない。
しかし、「約束したことは、必ず、守るよ」、と言うからには、僕が、帝都大学医学部の、医局で、研修することは、告げているのだろう。

待ちに待った金曜日になった。
僕は、ネクタイを締め、スーツを着て、帝都大学医学部附属病院に行った。
白衣を着た、医師たちが、病院内を、行きかっていた。
アカデミズムの雰囲気が漂っていた。
医局室に、入る時は、さすがに緊張した。
トントン。
僕は、医局室をノックした。
しかし、返事が無い。
「誰か、いますか?」
僕は、大きな声で言った。
だが、返事は無い。
僕は、そっと、ドアノブを回して、少し、戸を開いた。
そして、医局室の中をそっと見た。
誰もいなかった。
「失礼します」
誰もいないが、僕は、そう言って、医局室に入り、端の方にある椅子に、背筋を伸ばして座った。
医局室の、隣りが、教授室で、医局室と、教授室は、中で、戸を隔てて、つながっている。
少しすると、賑やかな話し声と、ともに、医局室に、医師たちが、入って来た。
僕を見ると、彼らは、嬉しそうに、
「こんにちはー」
とか、
「はじめましてー」
とか、笑顔で言って、席に、着き出した。
僕も、彼らに、
「こんにちは。はじめまして」
と、言って、お辞儀して、挨拶した。
吉田美奈子さんも、入って来た。
「こんにちは。山野さん」
と、ニコッと、笑顔で。
「こんにちは」
と、僕も、挨拶した。
日曜日の、見合いの時の、スーツ姿と、違って、白衣姿の、彼女は、いかにも、大学附属病院で、日々、患者の診療に従事している、堂々たる女医に見えた。
実際、そうなのだが。
しばしして、年配の、大柄な、威風堂々とした、医師が入って来た。
第一内科の教授である。
僕は、ネットで、帝都大学医学部の、第一内科を検索して、調べておいたので、教授の顔は、知っていた。
僕は、直ぐに、立ち上がった。そして、
「はじめまして。山野哲也と申します」
と、深く頭を下げて、教授に、挨拶した。
「やあ。山野先生。あなたのことは、吉田先生から、聞きました」
と、教授は、言った。
大学附属病院では、教授も、ベテラン医も、卒業したての研修医も、お互い、相手を、「先生」と、呼びあう。
もちろん、卒後何年も経っている、ベテラン医の方が、先輩で、研修医は、まだ、実際の医療の、診断も、治療も出来ない、後輩であるが、「先生」以外の、呼び方が無いのである。
それに、卒業したての研修医は、全ての科を、細かいことまで、医師国家試験の勉強のために、全ての科の細かい知識を知っていて、知識だけは、ベテラン医より、あって、ベテラン医の、知らないことを、研修医が知っている、ということも、あるのである。
教授は、皆の方を見た。
「みんな。紹介しよう。今日から、第一内科に、籍を置くことになった、山野哲也先生だ」
と、僕を紹介した。
「山野哲也です。よろしくお願い致します」
と、僕は、あらためて、皆にお辞儀した。
皆も、立ち上がって、
「こちらこそ、よろしくお願い致します」
と、礼儀正しく、挨拶した。
ざっと見て、医局員は、20人くらいいた。その内、半分くらいの、10人くらいが、女医だった。
しかし、医局に籍を置いていて、関連病院に、出向いている医師も、多くいて、医局員、全員の数は、かなりいるのである。
「はっはは。女性の先生方。山野先生は、吉田美奈子先生の、フィアンセ(婚約者)なんだ。だから、くどこうとしても、無駄だからね」
と、教授は、笑って言った。
僕は、吃驚した。
あわてて、「違います」、と、言おうかとも、思ったが、ムキになって、主張して、その場の雰囲気を、壊すのも、出来にくかったので、僕は、顔を真っ赤にして、黙っていた。
「じゃあ、これから、山野先生の、入局祝いに行こう」
そう教授が言った。
教授は、おおらかで、親切そうな人だった。
みなは、わーい、と、喜びながら、医局を出ていった。
僕は、美奈子先生に、近づいて、小さな声で、質問した。
「美奈子さん。どうして、僕が、あなたの、フィアンセ(婚約者)ということになっているんですか?」
僕は、美奈子さんに、聞いた。
「山野さん。ごめんなさい。私も、今、知って、びっくりしているんです。この前の日曜日に、私と、山野さんが、後楽園アトラクションズで、一緒にいるのを、病院で働いている誰かに、見られてしまったらしいんです。それで、医局員の誰かが、憶測で、間違ったふうに、言いふらしてしまったらしいんです。病院の中の、医師の噂は、すぐに、病院中に、広まってしまいますから。病院の全科の医師、看護婦、看護師、や、臨床検査技師、放射線技師、臨床心理士、事務員、など、全ての人に、私と山野先生とは、そういう仲では、決して、ないことを、一人一人、納得するまで、丁寧に説得します。そして、そんな、噂を広めた人は、見つけたら、山野さんに対する、名誉棄損として、民事訴訟を起こします」
と、彼女は言った。
「い、いえ。そこまでしなくても・・・」
と、僕は言った。
誤解は、解いて欲しいが、彼女が、病院中の、全ての人に、誤解を解いてまわる、姿を想像すると、彼女が、可哀想に思えてきて、それ以上、彼女に、言うことが出来なくなってしまった。
僕と、彼女を、含めた、第一内科の、医局員は、5台の車に、分乗して、料理店に行った。
とかく、医局では、何かの理由をつけて、宴会をしたがるものなのである。
そこは、和食の店だった。
僕は、宴会の類が苦手だった。
しかし、帝都大学医学部は、東大医学部の医局と違って、温かさがあった。
「では。山野哲也先生の入局を祝って・・・・カンパーイ」
と、教授が音頭をとって、乾杯した。
皆、酒が、入ると、陽気になって、めいめい、ガヤガヤと、お喋りが始まった。
店には、カラオケが、あって、みな、歌いたくて、歌いたくて、仕方がないといった、様子で、一人が、歌い終わると、皆がマイクを、奪うようにして、別の一人が、歌った。
「先生も、歌って下さい」
と、医局員に、言われて、僕は、マイクを手渡された。
歌わないと、盛り上がった、その場を、しらけさせそうなので、僕は、仕方なく、サザンオールスターズの、「いとしのエリー」、を、歌った。
「うまーい」
パチパチと、拍手が起こった。
「先生。歌、上手いんですね」
と、医局員たちは、お世辞か、本心かは、わからないが、やたら、誉めた。
宴会、というか、お喋り、は、長く続いた。
ようやく、宴会が、終わりになった時は、もう、外は、真っ暗だった。
終電も、ギリギリか、無いか、の時刻である。
酒を、飲んでない、数少ない人が、運転して、みなを、送った。
吉田美奈子先生と、僕は、途中まで、同じ方向なので、一緒の車に乗った。
「美奈子さん。教授に、頼んで、入局の便宜をはかってくれて、有難うございました」
とりあえず、僕は、お礼を言った。
「いえ。約束したことですから、当然です。それより、山野先生が私のフィアンセ(婚約者)などと、いう噂を広めた人は、必ず、見つけ出して、山野さんに対する、名誉棄損として、民事訴訟を起こしますので、安心して下さい」
「い、いえ。そんな、ことまで、しなくてもいいです」
僕は焦って言った。
そうこうしている内に、彼女のアパートに着いた。
「山野さん。おやすみなさい」
と、丁寧に、お辞儀して、彼女は、車から降りた。
「おやすみなさい」
と、僕も挨拶した。
そして、運転していた、医局員は、僕を、僕のアパートまで、送ってくれた。
「ありがとうございました」
と、お礼を言って、僕は車を降りた。

アパートに着くと、僕は、ベッドに、ゴロンと、身を投げ出した。
やっと、ほっと、リラックス出来た。
色々なことが、あり過ぎた。
人間には、そもそも、集団帰属本能があって、人と、宴会で、笑い合うことで、疲れが、とれるのであるが。
しかし、僕のような、内向的な人間は、そもそも、集団帰属本能が、無く、集団の中にいると、逆に、疲れるだけで、一人きりになった時に、やっと、ほっと出来るのである。

翌日の、土曜日は、寝て過ごした。
僕は、今、勤めている精神病院を続けながら、金曜日だけ、研修するより、いっそのこと、月曜日から、金曜日まで、全部、帝都大学医学部で、研修したいな、と思いだすようになった。
しかし、精神病院で働き出して、まだ、二ヶ月も、経っていない。
病院の医師の募集に、応募しておきながら、二ヶ月もしないで、辞める、と言い出すのも、出来にくかった。
義理と人情を計りにかけると義理が傾くこの世の世界である。
僕は、布団の中で、そんなことを考えていた。
トルルルルッ。
その時、携帯電話の着信音が鳴った。
美奈子さんからだった。
「先生。おはようございます」
彼女が言った。
彼女は、僕の低血圧症を、知っているのか、昼過ぎなのに、そう挨拶した。
もしかすると、ベテランの医者は、多くの患者を診ているから、僕の、痩せ体質から、僕が、低血圧ぎみであると、視診だけで、ある程度、推測できるのかもしれない。
「あっ。美奈子先生。おはようございます」
僕も挨拶した。
「先生。もし、よろしかったら、月曜日から、金曜日まで、帝都大学医学部で、研修しませんか?」
彼女が聞いてきた。
僕にとっては、嬉しい誘いだった。
「ええ。でも、今、勤めている病院は、まだ、二ヶ月も、していませんし・・・。自分から、応募しておいて、すぐに、辞めるわけにも、いきにくいので・・・」
しかし、僕にとっては、嬉しい誘いだった。
「そのことで、お電話、差し上げたんです。きっと、山野さんも、迷っているだろうと思って。私。山野さんと、見合いをした翌日から、帝都大学医学部の精神科の、先生で、山野先生の、勤めている病院に、就職してくれる先生が、いたら、教えて下さい、と、精神科の教授に、頼んでおいたんです。それで、ついさっき、精神科の教授から、私に、電話があって、山野先生の勤めている病院に、常勤医として、勤務しても、いい、と、言ってくれた、精神科の先生が、見つかった、とのことです。どうでしょうか?」
彼女は、そう言った。
「そうですか。それは、願ってもないことです。とても助かります。僕もそのことで、悩んでいたんです」
僕は、ほっと、助かった思いがした。
「では、来週の月曜から、帝都大学医学部の、第一内科で、研修なさって下さい。入れ替わるように、大学の、精神科の先生が、山野先生の勤めている病院に、就職しますので」
と、彼女は言った。
「どうも、色々と、気を使って下さって、本当に有難うございます」
と、言って、僕は、電話を切った。
僕は、彼女の手回しの早さにも感謝した。
科は、違っても、同じ大学内での、教授と、医師という、関係だからこそ、出来ることである。
医学生の時に、臨床の二年間で、教授の講義を聞き、教授に質問し、臨床実習を受け、中間試験、卒業試験と、直接、話をしたりしているから、気安く、教授にも、頼むことが出来るのである。
昼食の時には、まさに、学生食堂で、同じ釜の飯を食った仲である。
部外者では、こんなことは、出来ない。
特に、女子医学生は、お喋りが、好きなので、教授とも、友達感覚で、話すのである。
教授も、生徒の、クラブ活動の、顧問をしていることが、多い。
特に、女子医学生は、顔が広くて、色々と、コネがあるのである。
そういう点、医学部は、中学校や高校的な面があるのである。
ともかく、僕は、ほっとした。
彼女には、色々と、借り、が出来てしまったな、と、僕は思った。

月曜日になった。
僕は、勤めていた精神病院を辞めた。
帝都大学医学部から、すぐに、ベテランの精神科の医師が、常勤医で来てくれることを、院長に言ったら、院長は、僕が辞めることを、快諾してくれた。
僕は、電車で帝都大学医学部に向かった。
今日から、本格的な、研修医となると、思うと、身が引き締まる思いだった。
僕の指導医は、当然のことのように、吉田美奈子先生だった。
「よろしくお願い致します」
と、僕は、あらためて挨拶した。
美奈子先生は、
「わからないことは、何でも、私に聞いて下さい。ただ、すべてのことに、答えられるか、どうかは、わかりませんが」
と、言った。
だが、吉田先生は、何でも、知っていた。
そして、何でも、教えてくれた。
まず、静脈注射の仕方から、丁寧に教えてくれた。
静脈注射は、糖尿病や高血圧の患者や、太って、皮下静脈が見えない、患者は、針を、血管に入れにくいのだが、彼女は、血管を外す、ことが、まず、なかった。
注射は、もちろん、医師より、ナースの方が、上手い。
だが、彼女は、ナースよりも、注射が、上手かった。
血管に、針を入れる、微妙なコツを、彼女は、丁寧に、教えてくれた。
僕も、何事にも、熱心なので、一生懸命、練習した。
そもそも、注射が上手い医師は、真面目で、思い遣りのある、医師の証明でもある。
針が、なかなか、血管に入らず、何ヵ所も、ブスブス、刺されれば、患者だって、痛くて、つらい。
彼女は、注射をしっかり、出来るように、ナースの仕事である採血の仕事を、ナースに代わって、率先して、やって、練習したのだと言った。
なるほど、彼女が、注射が、上手いのも、無理はないな、と、僕は、思った。
彼女は、患者の一人一人に、ついて、カルテ記載の仕方、胸部、腹部レントゲンの読影、エコー、MRI画像の読影、血算、生化、心電図の読み方、脳波の読み方、など、全てのことを、丁寧に、教えてくれた。
そして、触診、聴診、打診、の仕方から、丁寧に、教えてくれた。
それに、彼女の、カルテの字が、きれいで、読みやすかったのも、非常に助かった。
医者のカルテ記載の字は、ほとんどの医者で、崩れていて、読みにくいのである。
特に、男の医者のカルテ記載の文字は、汚いのが多いのである。
しかし、女医のカルテ記載の文字は、きれいで、読みやすいのが、多いのである。
指導医が、親切な先生か、どうかは、研修医にとって、大きなことである。
指導医が、不親切だと、研修医は、自分で、本を買って、勉強しなければならない。
しかも、医学書は、バカ高い上、本の知識からでは、実際の、医療の、知識や技術は、身につきにくい。
その点、指導医が、親切だと、バカ高い、医学書を買う必要もなく、指導医の、一言で、パッと、わかってしまう、ことが、多いのである。
わかったり、出来るようになったりすると、嬉しいものである。

こうして、僕は、毎日、彼女の指導の元で、研修に励んだ。
毎日が、充実していて、日に日に、自分の、医学・医療の、知識・技術が、身についていった。
僕も、早く、一人前の医者になりたくて、一生懸命、研修に励んだ。
入院患者の、診療が、出来るようになると、外来患者の診察もするようになった。
自動車教習所の、教官と生徒、と同じで、はじめは、吉田美奈子先生が、診察するのを、横で見学していたが、だんだん、要領が、わかってきて、吉田先生に、ついてもらいながら、僕が、診察するようになった。
彼女は、問診のコツ、も丁寧に教えてくれた。
そのおかげで、だんだん、僕も、彼女に頼らず、一人で、外来患者を診察できるようになっていった。

そんな、ある日のことである。
石田君から、電話があった。
「やあ。久しぶり」
石田君は、元気のいい声で言った。
「やあ。久しぶり」
僕も、返事した。
「ところで、君は、今、どうしてる?」
石田君が聞いた。
「今、帝都大学医学部で、研修しているんだ」
僕は答えた。
「東大医学部での、研修は、どうなったの?」
石田君が聞いた。
「あそこは、あまりにも、エリート意識が強くてね。二週間で、辞めてしまったよ。それで、研修は、あきらめて、民間の、精神病院に就職したんだ。しかし、ある事情があって、運よく、帝都大学医学部で、研修することが、出来るようになったんだ」
僕は答えた。
「そうかい。それは、よかったね」
「うん。毎日が、充実しているよ」
と、僕は言った。
「ところで、君は、小説は、書いているかい?」
石田君が聞いた。
僕は、一言で、はっと、忘れていた、初心を、思い出した。
医学の研修が、充実していたので、小説は、書いていなかった。
しかし、僕の、初心は、小説家になることで、僕の書く、作品では、筆一本では、とても、生活していけないので、臨床医学を、一年か二年、みっちり、やって、医師として、一人前になって、それで、医師の仕事は、アルバイトでして、糊口を凌ぎ、創作に、専念するつもり、だった。
僕は、それを、すっかり、忘れていた。
「ところで、石田君は、小説を書いているかい?」
今度は、僕が、石田君に、聞き返した。
「うん。書いているよ。仕事にも、もう、慣れたし。仕事が終わったら、毎日、書いているし、土日は、ほとんど、創作だけの生活さ」
石田君が言った。
僕は、石田君の、創作にかける情熱に関心した。
彼は、本当に、書きたいモノをもっているから、書き続けられるのだ、と思った。
同時に、僕は、石田君に、嫉妬した。
僕も、石田君と、同じように、石田君に対しても、そして、自分自身に対しても、何が何でも、小説家になることを、誓った。
「ところで、僕が、書いて、投稿して、入選した小説が、今日、芥川賞候補に、なっている、という知らせが入ってね。驚いているんだ」○○○○○○
石田君は、言った。
「そうなの。それは、凄いじゃない」
僕は、石田君を祝福した。
が、内心では、激しく嫉妬していた。
石田君は、文学の、良き友達であると同時に、熾烈なライバルでも、あった。
僕には、石田君の書く小説の面白さ、が、わからなかった。
だが、僕は、わからないものは、否定しない主義である。
作家には、それぞれ、自分の抜けられない、気質がある。
推理小説を書くのが好きで、推理小説は、いくらでも、思いつけて、書けるが、恋愛小説は、全く興味が無い、作家など、いくらでもいる。

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無名作家の一生 (小説)(3)

2020-07-16 04:32:20 | 小説
作家は、それぞれ、自分の、好きな、ジャンルの小説しか、書けないのである。
無理に、自分の、好きでもない、ジャンルの小説を、書いても、書けないことは、ないかもしれないが、嫌々、書いても、情熱が入らないから、面白い、良い作品とはならない。
そういう点、僕は、純文学は、書けないが、エンターテインメントの小説なら、書ける自信はあった。
さしずめ、石田君が、「芥川賞」なら、僕は、「直木賞」を、目指す、というところか。
文学は、個性の世界だから、ある作品と、ある作品の、どっちが、相対的に、優れている、ということは、言えない。
スポーツで言えば、優れた野球選手と、優れたテニス選手と、どっちが、優れているか、などということは、比較できない。のと同じである。
創作とは、つまるところ、自己表現である。
ある作家志望者が、本物であるか、どうかは、その人が、小説を書き続けたい、という情熱を持っているか、どうかに、かかっているのだ。
それを、考えると、僕は、自分を恥じた。
医療を身につけるのは、生活の資のためであり、自分の本命は、小説の創作である、と思っていた、初心を、すっかり、忘れていた自分に、恥じた。
もし、天分の作家なら、たとえ、医療の研修が、面白くても、心の中では、絶えず、創作したい、という、欲求を持ち続けているはずだ。
そちらの方に、心が引き寄せられて行くはずだ。
石田君の、芥川賞候補、の知らせを聞いて、がぜん、僕に、創作欲求が、起こり出した。
「よし。小説を書こう」
僕は、初心を思い出して、あらためて、自分に誓った。
幸い、美奈子先生の丁寧な指導と、僕の熱心な、努力によって、もう、ほとんど、内科医として、やっていける、自信が、僕には、ついていた。
医学の、習得は、やり出したら、きりがない。
上限が無いのである。内科が出来たら、外科にも、興味が出てくるし、さらには、救急科にも、そして、産婦人科にも、皮膚科にも、小児科もに、耳鼻科にも、興味が起こってしまう。
他の人は、そうでは、ないのかもしれないが、少なくとも、僕は、そういう性格だった。
何事にも、はまってしまう、のである。
医学も、パチンコや、麻雀や、競馬などの、中毒性のある、蟻地獄と似ている面がある。
パチンコや、麻雀や、競馬などは、何の価値も無い、人生を無駄に過ごす、単なる、遊びであり、全く無意味なものであり、医学は、学問であり、確かに、価値のあるものでは、あるが、中毒という点では、同じである。
僕は、医学の魅力に、ズルズルと、引きずられないように、しようと、決意した。
僕は、美奈子先生に、申し出て、そろそろ、帝都大学医学部での、研修を、終わりにしようと思った。

翌日。
僕は、決死の覚悟をもって、帝都大学医学部に行った。
「おはよう。山野先生」
医局で、彼女が、ニコッと、笑って、挨拶した。
「おはようございます。美奈子先生」
僕は、礼儀正しく挨拶した。
「先生。今まで、手取り足取り、丁寧に、医学を教えてくれて有難うございました」
僕は、彼女に恭しく言った。
「どうしたんですか。山野先生。あらたまって」
彼女は、笑顔で聞き返した。
「はい。僕は、そろそろ、この大学医学部での、研修を終わりにしたい、と思っているんです」
「ええっ。それは、また、どうしてですか?」
彼女の、驚きは、予想通りだった。
彼女は、目をパチクリさせて、僕を見て聞いた。
「最初に、お見合いした時に、言いましたよね。僕は、できれば、将来は、小説家になりたいと思っているんです。ですが、小説家として、認められ、職業作家になるまでには、並大抵のことでは、なれません。それで、僕は、まず、医学を、ちゃんと身につけて、生活費は、医師の仕事で、得て、それで、コツコツと、小説を書いて、作家になりたいと思っているんです。それで、僕も、美奈子先生の指導の、おかげで、一応、内科を身につけることが出来ました。それが理由です。先生には、感謝しても、しきれない思いです」
彼女は、しばし黙っていたが、ニコッと、笑って、顔を上げた。
「ええ。わかりました」
と、彼女は、言った。
「すみません」
と、僕が言うと。彼女は、
「山野先生。一つ、お願いがあるんです。聞いていただけないかしら」
と、言って切り出した。
「はい。何でしょうか?」
「私。一度、結婚というものをしてみたいんです。結婚って、女の憧れなんです。お願いです。山野さん。私と、結婚をして、もらえないでしょうか?」
彼女は、訴えるように言った。
「で、でも・・・」
僕は、返答に窮した。
「形だけで、いいんです。一ヶ月、したら、離婚するということで構いません」
彼女の、押しは強かった。
「で、でも・・・」
僕は、また、返答に窮した。
「山野先生には、突飛なことだと思います。でも、女には、大きなことなんです。特に、女医は、結婚できませんから。一度、結婚した、という、事実があると、これからは、ずっと、わたし、バツイチなんです、と、人に自慢することが、出来ます。それは、すごく、大きいことなんです。これから、結婚できるかどうか、わからない、私にとって。お願いです。一ヶ月したら、離婚する、という条件で。その約束は、ちゃんと守ります。結婚式を、形だけ、挙げてもらえないでしょうか。真っ白な、ウェディング・ドレス。ウェディング・ブーケ。誓いの言葉。交換し合うエンゲージ・リング。二人で入れる、ウェディング・ケーキのケーキ・カット。ああ。何て、素晴らしいんでしょう。私。子供の頃。コバルト文庫の、ティーンズハートの、恋愛小説ばかり、読みふけっていて、きっと、その悪影響だと思うんですが。ともかく、私の、憧れの夢になってしまったんです。お願いです。ダメでしょうか。決して、無理強いは、しません。山野さんが、嫌なら、ハッキリ言って下さい。私の、ワガママなんですから・・・」
彼女に、そう言われると、僕は断れなかった。
「わかりました。僕でよければ・・・。美奈子先生には、たいへん、お世話になりましたし。・・・ただ、たいへん、失礼ですし、申し訳ないですが、一ヶ月で離婚する、という約束は、守って頂けるでしょうか?」
僕は、念を押すように聞いた。
「わー。嬉しい。それは絶対、命にかけて、守ります。有難うございます。山野さん」
と、彼女は、飛び上がって喜んだ。
僕も、男にとっても、結婚は、非常に大きな経験で、それを体験しておくのは、これからの、創作においても、有利になるだろうと、考えた。
「ところで、結婚式は、どこでするんですか?」
僕は聞いた。
「それは、もちろん、町の、小さな教会です。二人きりで。どうでしょうか。山野先生?」
「ええ。そうして、もらえると、僕も助かります」
もちろん、遊びの結婚なので、誰にも知られない結婚式の方が、僕には助かった。
結婚式は、一週間後の日曜日、と、決まった。
こうして、僕は、彼女と一緒に、市役所に行って、婚姻届け、を、出した。
どうせ、結婚式の真似事、ママゴトのような、遊び、だと、思って、僕は、軽い気持ちでいた

結婚式の日曜日になった。
僕は、彼女が、レンタル・ウェディング・ショップで、借りてきた、白いタキシードを着て、待っていた。
しはしして、彼女は、タクシーで、やって来た。
彼女は、プリンセスラインの、真っ白の、ウェディングドレスを着ていた。
肩紐の無い、ビスチェ型で、肩・胸・背が大胆に露出していた。
僕は、思わず、うっ、と息を呑んだ。
彼女は、元々、綺麗だが、セクシーな、プリンセスラインの、ウェディングドレス姿の彼女に、僕は、思わず、股間が熱くなった。
「さあ。山野さん。乗って」
彼女に、言われて、僕は、タクシーに乗り込んだ。
タクシーの運転手は、嬉しそうな顔である。
僕が、乗り込むと、運転手は、車を出した。
何だか、町の教会と、行く方向が違う、ことに、僕は、途中から気づき出した。
「あ、あの。美奈子先生。これは、町の教会とは、方向が違いますが、どこへ行くんですか?」
僕は聞いた。
「あ、あの。ちょっとした事情から、結婚式は、別の所で、挙げることになってしまいまして・・・。よろしいでしょうか?」
彼女は、訥々と話した。
僕は、よく、事情が、わからなかったが、まあ、どうせ、真似事の結婚式なのだから、と、あまり気にしなかった。
タクシーは、品川の、聖マリアンナ教会に入っていった。
僕は、びっくりした。
背広姿やスーツ姿の、帝都大学医学部の第一内科の医局員達、が、わらわらと、やって来た。
「美奈子。きれいだよ」
「美奈子先生。おめでとう」
医局員たちは、口々に、祝福の言葉を、述べた。
僕は、頭が混乱した。
背広を着た、第一内科の、教授の姿まであった。
僕は、何が何やら、訳が分からないまま、タクシーを降りて、彼女と、聖マリアンナ教会の、控え室に、入った。
「あ、あの。美奈子先生。これは、一体、どういうことでしょうか?」
僕は聞いた。
「あ、あの。今朝、タクシーに乗って、山野さんのアパートに向かっていた時に、私のスマートフォンに、ヤフーメールが、届いたんです。アドレスは、知らない人なんです。これを見て下さい」
そう言って、彼女は、スマートフォンを、僕に渡した。
僕は、すぐに、スマートフォンを受けとり、彼女に来た、ヤフーメールを見た。
それには、こう書いてあった。
「美奈子先生。ご結婚、おめでとうございます。つきましては、挙式は、聖マリアンナ教会で、行う、予約をとってあります。帝都大学医学、第一内科の、医局員達、教授、および、美奈子先生の、ご両親、親戚なども、出席します。なので、どうか、そこへ行って下さい」
僕は、びっくりした。
「あ、あの。山野先生。ごめんなさい。このメールを送ったのは、医局員の誰かだと思います。私と先生の、今日の、結婚の真似事のことを、知ってしまったんでしょう。それで、医局員みんなに、話してしまったのでしょう。一体、どういう理由で、こんなことをしたのかは、わかりません。おそらく、悪いイタズラ心から、だと思います。しかし、ともかく、私は、急いで、何人かの医局員に電話して聞いてみたんです。そしたら、みんな、それを知っていて、聖マリアンナ教会に向かっている、と言ったんです。私も、大袈裟なことになってしまって、困っているんです。山野さん。どうましょう?」
彼女が聞いた。
「・・・・」
僕は、答えられなかった。
これは、極めて悪質なイタズラだと、僕も思った。
(アクドい、悪戯をする人もいるものだな)
僕は、心の中で、呟いた。
しかし、もう、ここまで、来てしまっては、今さら、キャンセルするわけにも、いかない。
「もう、今さら、結婚式をとりやめるわけにも、いきません。教授も来ていますし。ここで、結婚式を挙げましょう」
と、僕は、言った。
「ごめんなさい。そして、有難うございます。こんな、悪質な、悪戯をして、山野さんに、迷惑をかけた、犯人は、必ず、見つけ出して、山野さんに謝らせます」
と、彼女は、言った。
ホールでは、重厚なオルガンの音が鳴っている。
「それでは、新郎新婦の入場です」
司会者の声が聞こえた。
僕は、彼女と、手をとりあって、ホールに入っていった。
パチパチパチと、拍手が鳴り響いた。
僕と、美奈子さんは、手をとりあって、会場に入っていった。
僕は、吃驚した。
白い髭を生やした、白髪の、ローマ法王のような、牧師が、厳かに、立っていた。
僕と、美奈子さんは、牧師の前で、立ち止まった。
オルガンの音が止まった。
結婚の誓いの宣言の始まりである。
僕と美奈子さんは、牧師の方を向いた。
牧師は、まず、美奈子さんの方を見た。
「吉田美奈子。汝、この男を夫とし、その健やかなる時も、病めるときも、喜びのときも、悲しみのときも 富めるときも、貧しい時も、これを愛し、これを敬い、これを慰め、これを助け、その命ある限り真心を尽くすことを誓うか?」
牧師が言った。
「誓います」
美奈子さんが、頬を赤くして言った。
次に、牧師は、僕の方へ視線を向けた。
「山野哲也。汝、この女を妻として娶り、その健やかなる時も、病めるときも、喜びのときも、悲しみのときも 富めるときも、貧しい時も、これを愛し、これを敬い、これを慰め、これを助け、その命ある限り真心を尽くすことを誓うか?」
牧師が言った。
「誓います」
僕は、嫌々、仕方なく言った。
ここまできて、今さら、ノーコメントと、言ったり、「誓いません」などと、言えるはずがない。
僕と彼女は、エンゲージリングを交換し合った。
「では。誓いのキスを・・・」
牧師が言った。
美奈子さんは、両手を、僕の背中に廻して、僕を抱きしめ、僕の唇に、自分の唇を重ねてきた。そして目を閉じた。
美奈子さんは、僕の唇の中に、舌を伸ばしてきた。
そして、僕の舌に、絡め合わせた。
美奈子さんは、貪るように、僕の唾液を吸った。
500ccくらい、吸ったのではなかろうか。
普通、誓いのキスは、唇を、そっと触れ合わせるだけの、ソフトタッチのキスで、時間も、せいぜい、5秒ていどなのに、僕は、彼女の、ディープキスに驚いた。
「わー」
「きゃー」
と、皆が叫んだ。
誓いのキスは、10分くらい、続いた。
そして、ようやく、誓いのキスが終わると、彼女は、顔を離した。
「ごめんなさい。山野さん。つい嬉しくて・・・」
と、彼女は小声で言った。
「では、これにて、新郎、山野哲也と、新婦、吉田美奈子、の結婚の式は終わりとします」
と、牧師が閉式の辞を述べた。
僕と、美奈子さんは、腕を組んで、白いバージンロードを、おもむろに、歩いて、出ていった。
僕と美奈子さんは、教会を出た。
前には、タクシーが停めてあった。
運転手は、タクシーのドアを開けた。
「あ、あの。山野さん。お乗りになって」
戸惑っている僕に、彼女は言った。
言われて、僕は、タクシーの後部座席に、乗り込んだ。
彼女も、僕の隣りに乗った。
タクシーは、動き出した。
これで、ようやく、アパートに帰れるんだな、と、思って、僕は、ほっとした。
「あ、あの。山野さん」
「はい。何でしょうか?」
「あ、あの。つい、さっき、教会に着いた時、私のスマートフォンに、ヤフーメールが、届いたんです。アドレスは、さっきの人と、同じです。これを見て下さい」
そう言って、彼女は、スマートフォンを、僕に渡した。
僕は、すぐに、スマートフォンを受けとり、ヤフーメールを見た。
それには、こう書いてあった。
「美奈子先生。ご結婚、おめでとうございます。とても素敵でした。つきましては、この後、高輪プリンスホテルに行って下さい。会場を予約してあります。披露宴です。皆も、挙式が終わった後は、高輪プリンスホテルに向かいます。キャンセルするとなると、かなりのキャンセル料が、とられてしまいます。皆も楽しみにしています。どうか、高輪プリンスホテルに行って下さい」
「あ、あの。先生。どうしましょう?」
彼女が困惑した顔で聞いた。
げげっ、と、僕は驚いた。
しかし、もう、ホテルの会場を借り切って、いるし、皆も、高輪プリンスホテルに向かっているのである。
今さら、とりやめるわけには、いかない。
「わ、わかりました。披露宴も、しましょう」
僕は、ため息をついて言った。
「有難うございます。先生には、たいへん、ご迷惑をおかけしてしまって、申し訳ありません。私も、本意ではありませんが、こうなっては、もう、皆の用意してくれた、披露宴に出るしか道はないと思っていたんです」
と、彼女は、言った。
「でも、一体、大学病院の、誰が、こんなことを提案したのかしら?こんな悪質なイタズラをした人は、必ず、つきとめて、必ず、見つけ出し、山野さんに対する、名誉棄損として、民事訴訟します。一体、誰が・・・?。耳鼻科の、順子かしら。それとも、眼科の、久仁子かしら。ああ。でも、仲のいい友達を疑うのって、本当に、心が痛むわ」
と、彼女は、ため息をついて、独り言をいった。
こうして、僕と美奈子さんを、乗せたタクシーは、高輪プリンスホテルに着いた。
彼女は、裾がだだっ広くて、歩きにくそうな、純白の、プリンセスラインの、ウェディングドレスから、裾が、ちょうど、床に触れる程度の、Aラインの、純白のドレスに、着替えた。
しかし、ビスチェ型で、肩・胸・背は大胆に露出していた。
僕は、教会での、タキシードのままだった。
披露宴が始まった。
「では、新郎、新婦の、ご入場です。皆さま。拍手でお出迎え下さい」
司会者が言った。
僕と、美奈子さんは、手をとりあって、披露宴の会場に入った。
「わー」
「美奈子先生。ステキ」
会場にいる、人達が、拍手して、僕と彼女の、二人を出迎えた。
目の前には、大きな、バベルの塔のような、ゆうに2mを越しているほどの、ウェディング・ケーキがあった。
テーブルは、20席くらいあり、一つの、テーブルには、5~6人が座っていた。
「では。これより、新郎、山野哲也さんと、新婦、吉田美奈子さんの、披露宴を行います。では、まず、この結婚の仲人である、帝都大学医学部第一内科の、菊池泰弘教授に、祝いの言葉をお願いしたいと思います。菊池泰弘先生。よろしくお願い致します」
司会者は、そう言って、教授の方を見た。
教授は、嬉しそうな、えびす顔で立ち上がった。
僕は、びっくりした。
「な、何で、教授が、仲人なんですか?」
僕は、小さな声で、隣りの、美奈子さんに、聞いた。
「私にも、わかりません。今、知って、吃驚しています。一体、誰が、こんな提案をしたのかしら。教授も教授だわ。こんな役を、引き受けるなんて・・・」
と、美奈子さんは、言った。
僕と彼女の、驚きを余所に、教授は、コホンと、咳払いして、話し始めた。
「えー。この度は、我が、帝都大学医学部、第一内科の、吉田美奈子先生と、山野哲也先生が、結ばれることになり、たいへん、嬉しく思っています。吉田美奈子先生は、学生時代から、そして、卒業して、第一内科に入局してからも、医局員の中でも、一番、真面目で、明るく、私の、そして、帝都大学医学部の、誇りであります。山野哲也先生も、帝都大学医学部の第一内科に入局してからは、寝る間も惜しんで、一意専心、医学の研修に励んできました。医学にかける情熱は、吉田美奈子先生に、勝るとも劣りません。まさに、これ以上、相性の合う、男女は、この世に、いないと、私は、思っております。二人は、これからも、末永く、お互い、切磋琢磨して、いずれは、帝都大学医学部、第一内科を、引っ張っていって欲しいと、思っています。では。これを、もちまして、私の、祝辞の言葉と、させていただきます」
と、教授は、述べた。
パチパチパチ、と、会場に、拍手が起こった。
「それでは、新郎と新婦による、ウェディング・ケーキへの入刀をお願い致します」
司会者は、そう言って、僕たちに、ナイフを渡した。
僕と美奈子さんは、二人で、ナイフを持って、巨大な、ウェディング・ケーキに、ナイフを入れた。
パチパチパチ、と、会場に、盛大な、拍手が起こった。
「では。新婦の、吉田美奈子さんの、友人代表として、吉田美奈子さんの、お友達である、伊藤佳子さん。お祝いの言葉を、お願い致します」
司会者が言った。
言われて、第一内科の、一人の女医が立ち上がった。
「美奈子さん。山野哲也先生。ご結婚、おめでとうございます。思えば、長いようで、短い、六年間の大学生活でした。美奈子さんは、中間試験も期末試験も、難しい病理学の勉強も、何でも、丁寧に教えてくれました。私にとっては、難しい医学の、単位を取ることが出来たのも、そして、卒業できて、医師になれたのも、全て、美奈子さん。あなたのおかげです。美奈子さんには、一生、感謝しても、しきれません。もし、私と同期の生徒に、美奈子さんが、いなかったら、おそらく私は、難しい医学を理解できず、何年も留年して、結局、単位が取れなくて、大学を中退していただろうと、思っています。何の誇張も無く、美奈子さんは、私の命の恩人です。これからも、ご指導、ご鞭撻、よろしくお願い致します。それと。山野哲也先生。どうか、美奈子さんを、幸せにしてあげて下さい」
彼女は、涙をボロボロ流しながら言って、着席した。
「では。乾杯の音頭を、帝都大学医学部の、第一内科の、菊池泰弘教授にお願いしたいと思います」
司会者が言った。
教授が、立ち上がった。
ワイングラスを、持って。
「では、山野哲也先生と、美奈子さんの、末永い幸せを、祝って・・・カンパーイ」
そう言うや、会場にいる、皆は、手に持った、ワイングラスを、カチン、カチンと、触れ合わせた。
無数の、ワイングラスが、触れ合う、乾いた音が、会場に響いた。
「では。皆さま。教会での、結婚式から、何も食べずに、お腹が、減っていることと、思います。どうぞ、お食事を召し上がって下さい」
そう司会者が言った。
各テーブルに、豪華な、フランス料理のフルコースが、次々と、運ばれてきた。
「うわー。美味しそうー」
「お腹、ペコペコだよ」
「それでは、頂きます」
そう言って、賓客たちは、料理を食べ始めた。
美奈子さんは、司会者に、目配せされて、そっと、席を立ちあがった。
「あっ。美奈子さん。どこへ行くんですか?」
僕は、彼女に聞いた。
「あ。あの。お色直し、です」
彼女は、顔を赤らめて、恥ずかしそうに言った。
美奈子さんが、いなくなった、中座の時間に、大きなスクリーンに、映像が、映し出された。
美奈子さんの、生まれた時の写真、から、小学生の時の運動会、高校の時の入学式や、卒業式、医学部での、卒業式、などの、写真が、次々と、スクリーンに、映し出された。
皆は、食事をしながら、スクリーンを見て、
「へー。美奈子の子供の時の写真、はじめて見たよ」
とか、
「子供の時にも、今の、面影が感じられるな」
とか、
「海水浴に行った時の、ビキニ姿が無いのが、残念だな」
とか、様々なことを、語り合っていた。
10分ほどして、美奈子さんが、戻ってきた。
ピンク色の、ドレスを着て。
これも、ビスチェ型で、肩・胸・背は大胆に露出していた。
「きれいだよ。美奈子。優秀な女医とだけ、いつも見えていたけれど、やっぱり女なんだな」
男の同僚が言った。
「ステキだわ。美奈子さん」
女の同僚が言った。
色直しをして、ピンクのドレスを着た、彼女が、僕の隣りに座った。
やがて、皆、フルコースのフランス料理も、食べ終わった。
披露宴も、終わりに近づいた。
「では。美奈子さん。お父様と、お母様に、何か、お言葉を、お願い致します」
司会者が言った。
美奈子さんは、立ち上がった。
「お父さん。お母さん。今まで、私を育てて下さって、有難うございます。私は、子供の頃から、毎日、真剣に、患者の診療に取り組む、お父さんの姿を見て、自分も、医師になろうと思いました。今日、このような、嬉しい日を迎えることが出来て、何と言っていいのか、お礼の言葉が見つかりません。本当に、今まで、有難うございました」
と、美奈子さんは言って、深く頭を下げた。
彼女の、目には、涙が光っていた。
「ばか。美奈子。つまらんことを言うな。親が子供を育てるのは、当たり前のことだ」
彼女の父親が、即座に言った。
父親も、涙を流していた。
「では。これにて、新郎、山野哲也さんと、新婦、山野美奈子さんの、披露宴を、終わりと致します」
司会者が言った。
僕と、彼女は、式場の出口に並んで立った。
招待客が、一列に並んで、式場を出て行った。
「きれいだよ。美奈子。嬉しいよ。わしゃ」
彼女の、祖父母が、言った。
「山野さん。ふつつかな、娘じゃが、どうか、よろしゅう、お願いします」
と、禿げ頭の、彼女の父親が、僕に言った。
「美奈子。おめでとう」
「幸せになってね」
と、彼女の手を握って。
美奈子は、一人一人に、
「有難う」
と、握手した。
こうして、招待客の全員が、式場を出た。

やっと、披露宴が終わって、僕は、ほっとした。
不本意な、成り行き上ではあるが、披露宴なので、披露宴らしく、振舞うのは、仕方がないと、僕は、じっと、我慢していたが、内心では、困りはてていた、というか、ここまで悪質なイタズラをした、誰かに、いいかげん、頭にきていた。
「ごめんなさい。山野さん。さぞ、不快でしたでしょう。イタズラをした人は、私の、両親や、親戚にまで、告げていたんですね。私も、焦りました。しかし、こうなっては、もう、乗りかかった船で、仕方がない、と思い、披露宴は、披露宴らしく振舞おうと、思ったんです。こんな、イタズラをした人は、必ず、見つけ出し、民事訴訟で訴えます」
僕の心を推し量ってか、彼女は、そう言った。
「いえ。そこまで、しなくてもいいですが・・・。美奈子さんは、困らないのですか?だって、一ヶ月したら、離婚する、真似事の結婚式ですよ。離婚した後、皆との、関係が、気まずくなってしまうんじゃありませんか?」
僕は聞いた。
「私は、構いません。大丈夫です。山野さんは、男だから、わからないかもしれませんが。女って、結構、我慢強いんですよ。女は、月に一度の、つらい生理に、耐えて、生きていますから。それが、女の生きる宿命なんです。それに、出産の時にも、女は、苦しんで、子供を産まなくてはなりません。そのことも、いつも、女の、潜在意識に、根を張っているんです。ですから、一ヶ月後に、離婚しても、皆との、関係が、気まずくなることは、ありませんし、かりに、気まずくなっても、女は、我慢強いから、それくらいのことは、耐えられます。それに、山野先生は、私との結婚を望んでいませんが、私は、出来ることなら、山野先生と本当に結婚したいと、望んでいますので、真似事でも、こうして、山野先生と、結婚式を挙げることが、できたことは、私の、一生の、素晴らしい思い出となります。イタズラされたのは、私も、不快でしたが、今日は、本当に、楽しかったです。今日は、悪質な、イタズラをされた不快感と、でも、結果として、真似事でも、山野先生と結婚できた喜びと、そして、一体、誰が、こんな悪質な、イタズラをしたのかという、犯人の顔が、次から次へと、頭をよぎり続けた、猜疑心の、三つの思いが、頭の中でグルグルと、回り続けた、本当に、複雑な思いでした」
彼女は、言った。
「そうですか」
僕は、わかったような、わからないような、あやふやな返事をした。
「でも、山野先生にとっては、本当に、迷惑ですよね。どうして、こういうイタズラをしたら、山野先生が困る、ということを、慮ることが出来ないのかしら?一体、誰が、皆に、言いふらしたのかしら。順子かしら。久仁子かしら。それとも青木君かしら。青木君は、学生時代から、度の過ぎた、イタズラをしていましたから・・・。ああ。でも、人を疑うのって、本当に、心が痛みますわ」
そう彼女は、嘆息した。
その時、彼女のスマートフォンが、ピピピッと、鳴った。
彼女は、スマートフォンを取り出した。
「あっ。また、イタズラをした人のヤフーメールだわ」
彼女は、そう言って、メールを読んだ。
彼女は、黙って、一心にメールを読んでいた。
「ああ。そういう理由から、だったのね」
しばし、してから、彼女は、深く、ため息をついた。
「どうしたんですか。美奈子さん。今度は、どんな要求ですか?」
僕は聞いた。
彼女は、答えず、
「先生。見て下さい」
と言って、スマートフォンを、僕に渡した。
僕は、すぐに、スマートフォンを受けとり、彼女に来た、ヤフーメールを見た。
それには、こう書かれてあった。
「美奈子。ごめんなさい。あなたが、山野先生と、結婚の真似事をして、一ヶ月間だけ、夫婦になる、という噂を、聞いて知ったのは私です。それを、山野先生と、美奈子は、本当に結婚する、から、立派な、教会と、ホテルで、やって、皆で祝福してやろうと、第一内科の、医局員の数人に、メールを出したのは、私です。町の小さな教会で、二人だけで、結婚式を挙げる、のではなく、皆で、立派な所で、祝福してやろう、と、皆に、メールを送ったのは、私です。本当なら、ちゃんと、名乗り出て、言うべきですが、匿名のメールで、伝えることしか出来ない、私の憶病さを、許して下さい。私の本心を言います。私は、決して、ふざけ半分の、イタズラが動機で、こんなことをしたのでは、ありません。私は、美奈子が、山野先生と、本気で結婚したがっている、ことを、知っていました。私は、美奈子先生に幸せになって、欲しいので、もしかしたら、これが、きっかけで、山野先生の心が、美奈子に動いて、二人が本当に、結婚することに、なってくれは、しないかと、望みを託して、皆に、メールで、送ったのです。皆には、山野先生と、美奈子は、本当に結婚する、と、ウソを告げました。また、山野先生の心が、美奈子に動かなくて、一ヶ月で、別れることになっても、こうすれば、きっと、美奈子も、喜ぶと、思ったからです。美奈子。一ヶ月でも、結婚は結婚です。一ヶ月間の、結婚生活を楽しんで下さい。それと。山野先生。申し訳ありません。心より、お詫び致します。一ヶ月して、別れたら、皆に、二人の結婚の真似事を、知っていながら、あたかも、本当に、二人が、愛しあって、結婚を決めた、と、私が、ウソのメールを、皆に、送った、という、真実を全て、皆のメールに送ります。これも、匿名メールでします。ごめんなさい。離婚後、美奈子と山野先生が、医局で、気まずい仲に、ならないよう、悪いようには、しません。全て、匿名で行なう、憶病な私を許して下さい。美奈子さんの、了解もとらずに悪いことを、してしまいました。言い訳がましいですが、決して、悪意からではなく、美奈子が、幸せになって欲しいという、私の、心からの思いからしたことです」
僕は読み終えて、ため息をついた。
「そうだったのか。そういう理由からだったのか」
僕の、苛立ちは、なくなった。
「ところで。美奈子さん」
「はい。何でしょうか?」
「決めつけるべきでは、ないですけど。もしかして、ヤフーメールを、送ったのは、さっき、友人代表として、祝辞をのべた、伊藤佳子さん、では、ないでしょうか。彼女は、あなたを、すごく敬愛していますから」
「いえ。それは違うと思います。山野さんが、そう考えるのは、無理ないと思いますが。彼女は、そういうことをする性格ではありません。私は、彼女と、六年間、一緒に、大学生活をしてきたから、わかるんです。それに、もし、彼女が、ヤフーメールの、送り主であるのなら、ああいう祝辞は、述べないでしょう。だって、ああいう祝辞を、述べたら、ヤフーメールの、送り主ではないかと、疑われるのは、明らかですから」
「なるほど。確かに、そうですね。では、一体、誰が、送ったのでしょう?」
「それは、わかりません」
「ところで、山野先生。こうと、わかった以上、これから、一ヶ月は、皆の前で、新婚らしく、振舞いませんか。一ヶ月した後、離婚しても、ヤフーメールを送っている人が、本当の事を、皆に告げるのですから」
彼女は、そんな提案をした。
「そうですね。いきなり、昨日の、結婚は、ウソです、などと、皆に言ったら、皆、混乱して、不快になるでしょうし、医局が険悪な雰囲気になってしまうでしょうから。出来るだけ、穏便に、対処しましょう。」
「では。先生は、不本意でしょうが、一ヵ月間は、新婚らしく振舞って下さい。私も、そうします」
「ええ。わかりました」
こんな会話をして、僕と、彼女は、別れた。
僕が、気前よく、彼女の提案に同意したのは、もちろん、彼女の言うように、医局の雰囲気を険悪にしないためには、それが、一番いい、と思ったからだ。

翌日は、日曜日だった。
昨日の、緊張と、疲れから、僕は、一日中、寝て過ごした。

月曜日になった。
僕は、帝都大学医学部の第一内科に行った。
とても、緊張していた。
僕が、医局室に入ると、皆が、一斉に、僕を見た。
「あっ。山野先生。おはようございます」
皆は、嬉しそうに、挨拶した。
「おはようございます」
僕は、照れくさくて、小さな声で、挨拶を返した。
「先生。一昨日の、結婚式は、素晴らしかったですよ」
「先生。やっぱり結婚式は、町の小さな教会で、するよりも、盛大にやった方が、よかったでしょう?」
「ハネムーンは、どこへ行くんですか?」
「先生が、美奈子先生と、結婚を考えていたなんて、まったく気づきませんでした」
医局員たちは、それぞれに、勝手なことを言った。
僕は、何と言っていいか、わからず、返答に窮した。
その時。
ガチャリと、医局室の戸が開いた。
「みんな。おはよー」
美奈子さんが、元気な声で、入って来た。
「あっ。先生。おはようございます」
「おはよう。美奈子」
皆の関心が、彼女に、移ってくれて、僕は、助かった、思いだった。
「ところで、これからは、姓が、変わって、山野美奈子先生となるんですか。それとも、今まで通り、吉田美奈子先生なのですか?」
一人の医局員が聞いた。
「それは、もちろん、山野美奈子よ」
彼女は、嬉しそうに言った。
「じゃあ、これからは、山野先生は、山野哲也先生と、名前まで、入れて呼ばないとね」
と、医局員が言った。
第一内科の、医局の中で、「山野」の、姓は、僕一人だった。
なので、今までは、僕は、「山野先生」と、苗字だけで呼ばれていた。
でも、これからは、美奈子先生も、「山野」の姓になるので、「山野先生」と、苗字だけで呼ぶことが、出来なくなってしまう。
名前まで、入れられて、呼ばれるとなると、少し、照れくさいな、と僕は思った。
「美奈子先生と、名前で、呼んでもいいんじゃない?」
一人の女医が言った。
「そうね。その方が、呼びやすいかもね」
と、医局員が言った。
「美奈子」の、名前も、医局で、彼女一人だった。
「ところで、美奈子。ハネムーンは、どこへ行くの?」
一人の女医が聞いた。
「そうねえ・・・」
と、彼女は、上を向いて、少し考え込んだ。
その時、医局室の戸が、ガチャリと開いて、第一内科の教授が入って来た。
「おい。お前達。午前の診療は始まっているぞ。早く、外来や病棟へ行け」
と、教授は、急かすように言った。
「はーい」
皆は、ちょっと、残念そうな、口調で、答えた。
「美奈子。じゃあ、また、あとで、哲也先生と、結婚に至った経緯を色々と聞かせてね」
と言いながら。
「じゃあ、みんな。昼休みに、私と哲也さんの、結婚について、記者会見をするわ」
美奈子先生が嬉しそうに言った。
「うわー。ホント。楽しみだわ」
みなは、そう言って、嬉しそうな顔で立ち上がって、医局室を出て行った。
僕も、美奈子先生も、病棟に行った。
「あなた。予想以上の、反響ね。じゃあ、私、記者会見で、聞かれそうな、質問と、その答えを、今から、考えるわ。それを、スマートフォンで、送るから、あなたは、それを答えるだけでいいわ」
彼女は、そう言って、カンファレンス・ルームへ行った。
僕は、助かった思いがした。
所詮は、結婚の、真似事なので、僕には実感が無く、何を聞かれるかも、わからないし、また、聞かれた質問に対し、どう答えればいいのかも、わからない。
彼女は、頭が良いから、適切な、問答集を、つくってくれるだろうと、思った。
僕は、ナースセンターで、患者の病状に変化はないかを、聞いてから、病棟に行って、受け持ち患者を診察し、ナースに、指示を出した。
もう、僕は、ほとんど、一人で、内科患者は、診療できるようになっていた。
しかし、彼女に、「あなた」と呼ばれたのには、何だか、違和感を感じていた。
午前中の診療時間が、終わりに近づいてきた。
僕は、彼女の、結婚の問答集、を早く欲しくて、カンファレンス・ルームに行った。
「美奈子先生。問答集は、出来ましたか?」
僕は聞いた。
「ちょっと、待ってて。理絵がメールを送ってきて、理絵が、クラスを代表して、質問するから、と言って、質問集を、送って来たの。だから、その、答えを、考えているの」
そう言って、彼女は、スマートフォンを、カチャカチャ、操作していた。

昼休みになった。
僕と、彼女は、医局室にもどった。
ちょうど、記者会見のように、医局の机が、準備されていた。
「さあ。あなた。座りましょう」
彼女に、言われて、僕と、彼女は、記者会見のように、隣り合わせに、座って、皆と、向き合った。
皆は、もう、席に着いていた。
質問したくて、ウズウズしている、といった様子だった。
「では、これから、哲也先生と、美奈子先生の、結婚記者会見をします」
真ん前に座っている理絵が言った。
「みんなー。勝手に、質問すると、二人も答えにくいわ。ここは、私が、代表して、質問するわ。ねっ。いいでしょ?」
理絵は、後ろを、振り返って、医局員たちに聞いた。
「ああ。いいよ」
皆は、快く答えた。
理絵は、帝都大学医学部の、美奈子のクラスに、美奈子先生に次ぐ二番の成績で入学して、六年間、クラス委員長をしてきたのだった。クラスの、まとめ役だった。
美奈子先生の次に、頭も良かった。
「では、僭越ながら、皆を、代表して私が質問します」
理絵が言った。
その時、僕の、ポケットの中の、スマートフォンが、ピピピッっと、鳴った。
僕は、急いで、スマートフォンを、取り出した。
美奈子が、作ってくれた、結婚問答集だった。
ギリギリで、間に合って、僕は、ほっとした。
僕は、何も考えず、彼女の考えてくれた、答えを言えば、いいだけなのだから。
さっそく、理絵は、僕に質問してきた。
「山野先生。どうして、スマートフォンを、見ているんですか?」
僕は、美奈子先生が、書いた、その質問に対する答えを、見て、赤面した。
しかし、答えないわけには、いかないし、僕には、何と答えていいか、わからなかった。
なので、美奈子先生が書いた、答えを赤面しながら読んだ。
「それは、結婚式の時の、美奈子のウェディング・ドレス姿が、あまりにも美しいので、一刻たりとも、目が離せないからです」
うわー、すごーい、アツアツなのね、などと、皆が言った。
「ハネムーンは、どこへ行く予定ですか?」
理絵が聞いた。
僕は、また、美奈子先生が、書いた、その質問に対する答えを、赤面しながら、言った。
「すべて美奈子に任せてあります。美奈子が望むのなら、北極でも南極でも、アマゾンのジャングルへでも、構いません」
また。うわー、すごーい、アツアツなのね、などと、皆が言った。
「プロポーズの言葉は何ですか?」
理絵が聞いた。
僕は、また、美奈子先生が、書いた、その質問に対する答えを、赤面しながら、言った。
「美奈子さま。あなたは、僕の女神さまです。どうか、僕と結婚して下さい。ダメと、言われたら僕は、間違いなく、今すぐ、高層ビルから飛び降りて死にます」
また、うわー、すごーい、と、歓声が起こった。
「美奈子先生の、チャームポイントはどこですか?」
理絵が聞いた。
僕は、また、美奈子先生が、書いた、その質問に対する答えを、赤面しながら、言った。
「ふっくらした大きな胸です。太腿です。黒目がちな、つぶらな目です。お尻です。耳です。鼻です。可愛らしく、窪んだ、おヘソです。髪の毛です。首です。つまり、すべてが、好きです」
うわー、すごーい。山野先生って、見かけによらす、大胆で凄いことを言うのね、と、皆が言った。
「初夜は、どんな雰囲気でしたか?」
理絵が聞いた。
僕は、また、美奈子先生が、書いた、その質問に対する答えを、赤面しながら、言った。
「それはもう、夜が明けるまで、一時たりとも、休むことなく、激しく、燃えつづけました」
うわー、すごーい。山野先生って、見かけによらす、凄いことを言うのね、と、皆が言った。
「出産に関する計画があったら、教えて下さい」
理絵が聞いた。
僕は、また、美奈子先生が、書いた、その質問に対する答えを、赤面しながら、言った。
「一姫二太郎が、欲しいです。もしかすると、初夜に、新しい命が授かったかもしれません」
うわー、山野哲也って、凄いことを、平気で言うのね、と皆が言った。
それ以外にも、理絵の質問と、その答えは、赤面せずには、言えない答え、ばかりだった。
記者会見は、30分くらいで、あらゆることを、根掘り葉掘り、聞かれた。
「では、これで、哲也先生と、美奈子先生の、結婚記者会見を終了します」
真ん前に座っている理絵が言った。
パチパチパチと拍手が起こった。
「じゃあ、みんな。職員食堂に行きましょう。午後の診療に、遅れちゃうわ」
医局員の一人が言った。
「ああ。そうだね」
皆は、席を立ち上がって、職員食堂に向かった。
医局室には、僕と美奈子さんの二人になった。
「美奈子さん。これは、ちょっと、行き過ぎなのでは、ないでしょうか?」
僕は彼女に、聞いた。
「ごめんなさい。私も、今、考えると、熟慮が足りず、一部、不適切な所があったと、反省しています」
彼女は、そう言って、殊勝に、ペコリと頭を下げた。
(一部、不適切、なのではなく、全部、不適切だ)
と、僕は、言いたかったが、彼女に、殊勝に、謝られると、気の小さい僕は、強気に、本心を言うことは、出来なかった。

こうして僕は、あと一ヵ月間、彼女と離婚する日まで、帝都大学医学部の第一内科で、研修を続けることになった。
僕の計画では、内科が、しっかり出来れば、それで、アルバイトでの代診や、当直や、どこかの病院で、週一日の、非常勤医師として、やっていけるので、それでいい、と、思っていた。
医師の、アルバイトは、給料が、すごく、いいのである。
それで、アルバイトで、生活費を稼ぎながら、小説を書き、小説家を目指そうと、思った。
というか、小説を書きながら、医師のアルバイトで、生活費を稼いで、小説家を目指そうと、思った。
僕は、後、一ヶ月の、我慢だ、と、自分に言い聞かせながら、研修を、続けた。
医学という、学問は、無限の世界だが、町医者として、患者を、ちゃんと、診療できるようになるには、一年間、否、半年程度の、研修を、みっちり、やれば、出来るようになるのである。

彼女と、結婚して、二日くらいした日に、石田君から、電話が来た。
「やあ。久しぶり」
石田君は、元気のいい声で言った。
「やあ。久しぶり」
僕も、返事した。
石田君の声は、やけに嬉しそうだった。
「ところで、電話をかけてきた用は何?」
僕は聞いた。
「いや。どうでも、いいことなんだけれどね。この前の作品とは、別の作品を、集英社に投稿したら、すばる文学賞の、第一次選考に通ってね。それで、つい、嬉しくて、電話したんだ」
と、彼は言った。
「ええっ。ホント。それは、すごいじゃない。おめでとう」
「いや。まだ、第一次選考に、通った、というだけで、受賞したわけでも、ないんだけれど。つい、嬉しくてね」
「いやー。一次選考に、通った、というだけでも、すごいよ」
「山野君。ところで、君は、今、どうしてる?」
石田君が聞いた。
「今、まだ、帝都大学医学部で、毎日、研修をしているんだ。だけど、もう、医者として、一人でやっていける、自信も、ついたし、あと、一ヶ月で、辞めるつもりさ。そうしたら、創作一筋の生活に入るつもりさ」
僕は言った。
「そうかい。それは、よかったね。君も、早く、作家として、世に認められることを、僕も切に願っているよ」
そう言って、石田君は、電話を切った。
おめでとう、とは、社交辞令上、言ったものの、僕は、かなり、石田君に嫉妬していた。
芥川賞に、つづき、今度は、三島由紀夫賞か、と、僕は、石田君を嫉妬した。
着実に、作家としての道を歩んでいる、石田君を、僕は、嫉妬した。
石田君は、文学の、友人であると、同時に、ライバルでも、あった。
正直に言うと、僕は、石田君に対して、文学の、ライバルとして、敵意さえ持った。
もっと、本音を言うと。
(ちくしょう。石田のヤツめ。これみよがしに、自慢してきやがって。鼻持ちならんヤツだ)
と、僕は、石田を憎んだ。
しかし、石田君の、受賞や、第一次選考通過、の、知らせ、というか、事実は、僕の気持ちを、創作へ駆り立てた。
忘れていた、創作へのファイトが、再び、炎のように、僕の心の中で、メラメラと燃え盛ってきた。
僕も、早く、研修医を、辞めて、小説を書かねば、と、僕は、焦った。
(あと、一ヶ月の我慢だ)
と、僕は、自分に言い聞かせた。
僕の、石田に対する、嫉妬が、その日の内に、だんだん憎しみに変わっていった。
(無神経なヤツだ。これみよがしに、自慢してきやがって。鼻持ちならんヤツだ)
という思いが、激しくなっていった。
(あんなイヤミなヤツ、死ねばいいんだ。そうすれば、小説も書けなくなる)
と、僕は思った。
僕は、その夜、丑の刻を待った。
僕は、夕食の後、白装束に身をつつみ、顔も白粉で真っ白にした。
頭にはめる鉄輪と、蝋燭を三本用意した。
そして、藁人形を作って、それに、「石田」とマジックで書き、五寸釘と、金槌を用意した。
僕は、深夜1時に家を出た。
僕のアパートの近くには、神社があった。
僕は、車で、その神社に行った。
神社には御神木が、あった。
僕は、パトカーに、怪しまれないよう、スピードを落として行った。
丑の刻参りの、藁人形の、呪いは、不能犯であって、警察に逮捕されることはないが、職務質問で見つかると、注意され、その後、出来にくくなるからだ。
僕は、白装束に身をつつみ、顔も白粉で真っ白にした。
そして鉄輪を頭にはめると、三本の蝋燭を用意した。
僕は、御神木に、「石田」と書いた、藁人形を押し当てた。
そして、藁人形に五寸釘を垂直に当てて、
「死ねー。死ねー。石田のクソ野郎、死ねー。死ねば、小説も書けないし、小説家にもなれない」
と、憎しみを込めて、金槌で、五寸釘を、何回も、打ち込んだ。
カーン。カーン、という、呪いの音が、しんとした、森の中に響いた。

翌日。
僕が、不快な気分で、帝都大学医学部へ行くと。
美奈子先生が、僕を見つけると、血相を変えて、駆け足で、やって来た。
「山野さん。たいへん、申し訳ないのですが、父が、軽い、心筋梗塞で、倒れてしまいました。すぐ、救急車で市民病院に入院しました。医師の話によると、一週間くらいで、退院でき、仕事にも復帰できる、らしいんです。父が退院する、までの、一週間くらいだけ、うちのクリニックで、診療して、頂けないでしょうか。お礼は、はずみます」
と、彼女は、言った。
「そうですか。でも・・・。美奈子先生。あなたが、やっては、どうなんでしょうか?それが一番、いいと思うんですが・・・」
僕は聞いた。
「ええ。もちろん、それが一番、いいんですが・・・。私も、大学病院で、私の、受け持ちの患者の中で、重症患者が、何人もいます。いつ、病状が急変するか、わかりません。患者さん達は、私を頼ってくれているので、昼の診療は、もちろんのこと、ですが。患者さん達は、死ぬ時は、当直医ではなく、私に看取られて死にたい、とまで、言ってくれているんです。ですから、私は、夜も、患者さんの達の病状が悪化した時、急いで、大学病院に駆けつけられるように、大学の近くの、アパートに、引っ越したのです」
と、彼女は、力説した。
彼女の育った実家は、千葉県の市川市にある、彼女の、父親の、吉田内科医院に隣接している、彼女の家、である。
彼女は、そこから、近くの小学校、中学校、高校、大学へと、通った。
しかし、医学部を卒業して、研修医になってからは、彼女は、大学付属病院の近くにある、アパートに、引っ越したのである。
大学付属病院は、東京の都心にあり、彼女の実家の、吉田内科医院は、千葉県の市川市なので、実家から、通おうと思えば、通えないことはない。
しかし、実家から大学付属病院には、1時間30分、かかり、アパートから、大学付属病院までは10分で行ける、のである。
「そうですか」
僕は、腕組みして、考え込んだ。
僕は、彼女の頼みを、断ることが、出来なかった。
なにせ、彼女は、僕に、帝都大学医学部、第一内科への、入局の面倒を見てくれた上、手取り足取り、僕の指導医として、丁寧に、臨床医学を指導してくれて、僕を、一人前の、臨床医にしてくれたのである。
こんな、親切なことをしてくれる人は、彼女の他には、いないだろう。
「わかりました。では、僕は、どうすれば、いいのでしょうか?」
僕は、彼女に聞いた。
「本日の午前中は、休診と、クリニックの前に、貼り紙を、貼っておきました。でも、うちは、田舎な上、うちのクリニックの近くに、別の内科医院は無くて。うちの医院に通っている患者は、多くて、患者さん達が、困ってしまうと思うんです。できれば、今日の午後から、診療して頂けると、助かります」
と、彼女は言った。
「わかりました。では、今から、急いで、吉田内科医院に行きます。そして、お父さんの病状が回復するまで、一週間くらい、代診をします」
と、僕は、答えた。
「わー。助かります。有難うございます。哲也さん」
と、彼女は、言って、嬉しそうに、僕の両手を握った。
「それと、よろしかったら、医院の隣りの私の家に泊まって下さい。藤沢から、市川へ通うのは、たいへんでしょうから」
と、彼女は言った。
「わかりました」
と、僕は答えた。
僕は、急いで、総武線に乗って、市川市の、彼女の、父親の、吉田内科医院に行った。
そして、午後から、僕が、代診ということで、患者を診療した。
午前中、来れなかった患者も来て、その日の、午後は、100人くらい、患者を診察した。
翌日も、午前の診療は、9時から、始まるので、僕は、彼女の言う通り、彼女の実家に泊まることにした。
診療は、午後7時に終わった。
僕は白衣を脱いだ。
腹が減ってきて、
(さあて。夕食は何を食べようかな)
と、思っていた時である。
美奈子先生が、やって来た。
僕はおどろいた。
「山野先生。あの。先生が、一人で、何か困っていることが、ないか、ちょっと、心配になって。来てしまいました。突然、来て、ごめんなさい。夕食も、コンビニ弁当で、済ましてしまうんではないかと、思って・・・。冷凍食品では、体力がつかないと思って、すき焼き、の具材を買ってきました。今すぐ、料理します」
と、彼女は言った。
「あ、あの。美奈子先生。大学病院の、先生の、受け持ちの、患者さんは、大丈夫なんですか?」
僕は聞いた。
「ええ。今のところ、危篤になりそうな、患者さんは、いませんし。当直医を信頼することも、大切だと思ったので・・・」
「そうですか」
「では、腕によりをかけて、すき焼きを、作ります」
そう言って、彼女は、具材の入った、バッグを持って、台所に向かった。
すぐに、ぐつぐつ、具材が煮える音がし出した。
「哲也さん。すき焼き、が、出来ました。どうぞ、召し上がって下さい」
彼女の声が、聞こえてきた。
僕は、食卓に行った。
鍋の上に、すき焼き、が、グツグツ煮えていた。
僕も、腹が減っていたので、腹が、グーと鳴って、鍋を見ると、思わず、ゴクリと、生唾が出てきた。
「さあ。山野先生。お腹が減ったでしょう。すき焼き、を、一緒に食べましょう」
彼女は、僕を見ると、嬉しそうに、そう言った。
照れくさかったが、仕方なく、僕は、食卓についた。
「さあ。山野先生。すき焼き、を、うんと食べて、スタミナをつけて下さい」
そう言って、彼女は、すき焼き、の、具を、どんどん、鍋の中に入れていった。
照れくさかったが、僕は、料理が出来ない。
なので、食事は、いつも、コンビニ弁当だった。
「では。いただきます」
そう言って、僕は、すき焼き、を、食べ始めた。
久しぶりの、手料理は、冷凍食品を、レンジで温めただけの、コンビニ弁当より、確かに、美味かった。
彼女も、僕と向かい合わせに、座って、食べ始めた。
「さあ。お肉を、たくさん、召し上がって下さい」
彼女は、ほとんど、肉を食べず、シラタキや、ネギなど、野菜しか食べなかった。
なので、僕が、肉を、ほとんど一人で食べることになった。
「あなた。美味しいですか?」
と、彼女が聞いたので、僕は、仕方なく、
「ええ」
と、答えた。
「哲也さん。何だか、私たち、本当の夫婦みたいね」
と、言って、彼女は、嬉しそうに微笑んだ。
「あっと。一ヶ月間だけだけど、今は、本当に、籍を入れているんだから、本当の夫婦なのね」
と、言って、彼女は、また、クスッと、微笑んだ。
「美奈子先生。ごちそうさまでした。美味しかったです」
すき焼き、を、食べ終わると、僕は、立ち上がった。
僕は、その夜、彼女の、父親の部屋で寝た。
美奈子先生が、同じ家の中の彼女の部屋にいるので、僕は、緊張して、なかなか寝つけなかった。
夜中の11時を過ぎた頃だった。
僕が、寝室で、ベッドの上に仰向けに寝ていると、戸が、スーと開いた。
バスタオルを一枚だけ、巻いた、彼女が立っていた。
僕は、吃驚した。
彼女は、僕の前にやって来た。
そして、胸の所の、タオルの、結びを、ほどいた。
タオルが、パサリと床に落ちた。
彼女は、全裸だった。
「な、何をするんですか?」
僕は、声を震わせながら聞いた。
「あ、あの。山野さん。私、一度でいいから、初夜というものを体験してみたかったんです。ダメでしょうか?」
彼女が聞いた。
「い、いえ。あ、あの。その。ちょっと。そんな。無茶な。困ったなあ」
「私、みたいな、女じゃダメですよね。無理強いして、ごめんなさい」
そう言って、彼女は、深々と頭を下げた。
「い、いえ。あの。そういうことじゃないんです」
「では、いいんでしょうか?」
彼女が聞いた。
僕は、あまりにも、人間離れして、優しかったので、女に、恥をかかしたり、女の頼みを、キッパリと、断ることが出来なかった。
「い、いえ。つまりですね。あのですね。何というか・・・」
僕は、何と言って、いいか、わからず、返答に窮した。
「では、いいんですね。嬉しいわ」
僕が、へどもどして、キッパリと、拒否のコトバを口に出せないので、彼女は、僕の、布団の中に、入ってきた。
「嬉しいわ。山野さん。抱いて」
そう言って、彼女は、僕に抱きついてきた。
僕は、やむを得ず、彼女を抱いた。彼女は、
「ああ。夢、実現だわ」
とか、
「ああ。何てロマンチックなのかしら」
とか、
「今日は最高の日だわ」
とか、言いながら。
そんなことで、その夜は、更けていった。

翌日、彼女は、
「あなた。病院に、行ってくるわ」
と、言って、家を出て、帝都大学医学部付属病院に行った。
僕は、9時から、吉田内科医院の診療を始めた。
その日の午後の診療が終わって、ほっと一息ついている時、彼女の父親が、やって来た。
「やあ。山野君。代診を有難う。病院で検査した、結果、何も異常がない、ということで、退院になったよ。代診、ありがとう」
そう言って、彼女の父親は、僕に、かなりの多額の謝礼をくれた。

僕は、また、翌日から、帝都大学医学部付属病院に行くようになった。
僕は、また研修を熱心にやった。
町医者をやっていける程度の、医療技術や知識なら、一年くらいやれば、もう頭打ちになって、もう、それ以上は、何の進歩も、発見もない、同じ事の繰り返しの毎日になる。
つまり、つまらなくなる。
しかし、大学病院は違う。大学病院には、医療器材も、最先端の物ばかりだし、入院してくる患者も、10万人に1とかの、珍しい難病の患者ばかりである。
また、大学病院では、内科だけではなく、外科は、もちろんのこと、眼科、耳鼻科、泌尿器科、麻酔科、救急、など、つまり、医療の、あらゆる科が、そろっている。
僕は、第一内科は、それなりにマスターしたと思っていたので。美奈子先生に、頼んで、救急科を、やりたい旨を伝えた。
「あの。美奈子先生。救急科をやってみたいんですが」
僕は、彼女に言った。
「わかりました。救急科の教授に頼んで、山野先生が、救急科の研修を出来るように頼んでみます」
彼女は、快く、そう答えてくれた。
彼女は、救急科の教授に頼んでくれた。
そのおかげで、僕は、救急科の研修が出来るようになった。
やりだすと面白いのである。
なにせ、新しいことだからである。
それに、救急科が出来ると、アルバイトでも、救急科は、すごく割がよく高収入なのである。
救急科が出来ると、救急病院の当直のアルバイトも出来るようになる。
救急病院の当直のアルバイトも、ものすごく、高収入なのである。
なので身につけておくと、後々、有利なのである。
僕は、一ヶ月で、救急科を、身につけてやろうと思って、入院している、全ての患者を診て、夜、遅くまで、救急医療を勉強した。
もちろん、一ヶ月で、救急科を、完全に、マスターすることは、無理だが、熱心にやれば、かなりの知識や技術は、身につくのである。
医学は無限の世界であり、僕は、勉強好きなので、つい、あれも、やりたい、これも、やりたい、と、医学にハマってしまいそうな誘惑が起こった。
しかし、僕は、「僕の本命は、小説家だ」と、自分に言い聞かせて、面白いからといって、医学に、あまり、深くハマらないように、と、自分を自制した。

そして。ようやく、待ちに待った、一ヶ月が経った。
その日。
「美奈子先生。ちょっと、お話しがあるので、午後の診療が終わったら、医局に残って頂けないでしょうか?」
と、僕は言った。
「はい。わかりました」
と、元気よく言った。
午前の診療が終わり、午後の診察も終わった。
医局室は、僕と彼女だけの二人になった。
「山野先生。用は何でしょうか?」
彼女は、陽気な様子で聞いた。
まるで、明日が、約束した、離婚一ヶ月目の日であることなど、知らないような感じだった。
「あ、あの。美奈子さん。たいへん、申し上げにくいんですけど・・・」
「は、はい。なんでしょうか?」
「あ、あの。今日で、結婚して、籍を入れて、ちょうど、一ヶ月になります。たいへん、申し上げにくいんですけど、明日、市役所に、離婚届を出そうと思いますが、いいですね?」
言いにくいことを、僕は、キッパリ言った。
「ああ。そうでしたか。今日で、ちょうど、一ヶ月でしたか。忘れていました。夢のような楽しい日々を、有難うございました。わかりました。約束です。離婚届け、を市役所に提出して下さい。でも・・・はあ・・・山野さんがいなくなると、さびしくなってしまいますね」
と、言って、彼女は、ため息をついた。
「すみません。僕も楽しかったです。また。とても、勉強になりました。どうも、本当に、有難うございました」
「ところで、山野さん。一つ、お聞きしてもよろしいでしょうか?」
「はい。何でも」
「山野さんは、一日でも、早く、私と、離婚したがっているように、見受けられますが・・・その理由を、教えていただけないでしょうか?」
彼女が聞いてきた。
「はい。それは、あなたとお会いした時、はっきり、言った通りです。僕の本命は、小説を書きたい、できれば、小説家になりたい、ということです。そして、僕は、医局との、つながりも、なければ、医師の友人も、いません。ですから、医学の世界と、関わりを持った、あなたに、医療に関することを、お聞きしたかった。それが、理由です。医療に関することは、ちょっと、聞くだけでよかったんですが、成り行きで、随分、長く、深くなってしまいました。あなたには、本当に、感謝しています。今回、あなたと、生きた人間関係を、持てたことは、今後、小説を書く上でも、とても、役に立つと思っています。本当に、どうも、有難うございました」
と、僕は、言った。
美奈子は、しばし黙っていたが。
ハア、と、ため息をついた。
「そうですか。山野さんは、優しいから、婉曲な言い方をなされますが・・・本当の理由は・・・私みたいな、ブスで、医学しか、取り得のない女は、嫌だ、ということですよね。わかりました。でも。さびしいですわ。何だか、あまりにも悲しくて、涙が出てきたわ。ごめんなさい」
そう言って、彼女は、ハンカチを取り出して、眼頭の涙を拭いた。
「い、いえ。とんでもありません。決して、そんなことは、ありません。それは、とんでもない誤解です。あなたほど、美しい方が、何で、ブスなんですか?」
僕は、必死に訴えた。
「だって、離婚の日を、はっきり、覚えていて、それを、心待ちにして、約束の日が来たら、即、離婚したい、と言うのは、私のような、女は、身の毛がよだつほど、嫌いで、一刻も早く、別れたい、という、理由いがいに、何があるというのですか。普通の人だったら、約束の日から、一週間か、10日くらい後、に、別れるものですわ。何だか、利用されて、用が済んだら、捨てられる女の気持ち、というものが、よく、わかるような気がします」
そう言って、彼女は、ハンカチを取り出して、とめどなく、溢れ出る涙を、拭いた。
「女って、こういう、つらい、悲しい、経験をすると、それが、一生の、トラウマになってしまうんです。女って、そういう、やりきれない、つらい、悲しい、経験から、一生、男性拒絶症になってしまうんです。あっ。ごめんなさい。つい、愚痴を言ってしまって・・・」
そう言って、彼女は、ハンカチを取り出して、とめどなく、溢れ出る涙を、嗚咽しながら、拭いた。
僕は困った。
「美奈子さん。わ、わかりました。では、離婚の届け出は、もう少し、先に延ばします」
仕方なく、僕は、そう言った。
「本当ですか。嬉しいわ。女って、男の人に、そう言ってもらえる、ことが、何より、嬉しいんです」
「では、あと、何日後なら、よろしいでしょうか?」
「はあ。すぐに、離婚の、日にちの、取り決めですか。悲しいわ。やっぱり、私は、山野さんに、嫌われているんですね」
彼女は、憔悴した表情で言った。
あたかも、人生に、疲れ果てた人間のように。
「み、美奈子さん。わ、わかりました。では、届け出の日は、美奈子さんに、おまかせします」
「有難うございます。女って、男の人に、そう言って、いただけることが、最高に嬉しいんです」
「あ、あの。美奈子さん。たいへん、申し訳なく、言いにくいのですが、大体、大まかな、目安として、どのくらい、先でしょうか?」
「もう、一ヶ月、先、というのは、ダメでしょうか。山野さんに、ご迷惑が、かかるのであれば、もっと、短くても、一週間、でも、かまいません」
「わ、わかりました。一ヶ月、先で、かまいません」
「本当ですか。嬉しいわ。有難う。山野さん」
こうして、離婚の、日にちは、もう、1ヶ月、先に延ばされることになった。

僕は、伸びた、一ヶ月を、無駄にしないように、僕は、救急科の研修を、熱心にやった。
しかし、僕は、「僕の本命は、小説家だ」と、自分に言い聞かせて、面白いからといって、医学に、あまり、深くハマらないように、と、自分を自制した。

そうして、一ヶ月して、僕が、おそるおそる、彼女に、離婚の話を持ち出すと、彼女は、また、ため息をついて、同じようなことを言った。
僕は、仕方なく、もう一ヶ月、離婚を先延ばしすることにした。
それに、やり始めた救急科の実力も、日に日に身についてきて、救急科を、もう少し、本格的に身につけたいという、思いも僕にはあった。

こうして、僕は、ズルズルと、医学の面白さに、ハマっていった。
医学の面白さに、ハマると、創作したい、欲求は、薄れていってしまった。
これは、僕にだけ、当てはまる法則ではなく、人間の心理、一般に、当てはまる法則だと、思う。
スポーツとか、将棋や碁などでも、毎日、熱心にやって、日に日に、自分の技術が上手くなっていくと、その面白さに、ハマって、しまって、他の事は、考えられなくなってしまうものである。

そうして、僕は、ズルズルと、医学の面白さに、ハマっていってしまった。

そうして、ズルズルと、二年が過ぎてしまった。
ある日の様子である。
いつの間にか、僕は、吉田内科医院の院長となっていた。
僕は、彼女と、本当に結婚して、しまっていた。
彼女は、生後、三ヶ月になる、男の赤ん坊を、抱いて、幸せそうに、乳をやっている。
彼女が、初夜を求めてきた時、断らなかったのが、失敗だったのだ。
あの時、彼女は、妊娠したのである。
それから、彼女は、しばし、大学病院に近いアパートから、大学付属病院に来ていた。
しかし、しばしして、彼女は、体調が、悪くなったので、休みます、と言って、大学病院に来なくなったのである。
彼女は、アパートで、病気療養のため、休養するようになった。
医師の仕事は、激務なので、結構、体調を崩す人は、いるのである。
病気療養している、彼女に、離婚を要求するのは、可哀想な気がして、僕は、彼女との離婚は、彼女の体調が回復してから、言い出そうと、彼女に気を使ったのである。
病気で、落ちこんでいる人に、嫌なことを、要求すると、精神的に、落ちこんで、ますます、病気が悪化するからだ。
しかし、それが、まずかった。
彼女の病気は、悪化して、彼女は、近くの市民病院に入院するようになった。
入院するほどだから、かなりの病気だと思った。
何の病気かは、わからなかったが。
ある時、彼女から、「あなた。来て」、という電話があった。
僕は、もしかすると、彼女が危篤になったのでは、ないかと思って、急いで、市民病院に行った。
てっきり、内科病棟かと、思ったが、僕は、ナースに、産婦人科に案内された。
彼女は、ベッドの中で、生まれたての、男の、赤ん坊を抱いていた。
何でも、妊娠中毒症で、生命の危機のある難産だったらしい。
「あなた。見て。私と、あなたの子よ」
と、彼女は言った。
僕は、ガーンと、頭を金槌で打たれたような、ショックを受けた。
子は、男と女の、かすがい、である。
子供が、いないのなら、離婚は、難しくない。
しかし、子供が出来てしまった以上、離婚は難しい。
世間の人は、そう思わない人もいるが、僕は、そうではない。
子供が産まれてしまった以上、親が離婚したら、子供が、可哀想である。
それに、生まれた、赤ん坊は、紛れもなく、僕の子なのである。
僕は、ショックで、病院を出て、町を彷徨った。
気づくと、僕は、結局、とうとう、彼女のクリニックである、吉田内科医院に住み、クリニックの院長になっていた。
結局、僕は、彼女を孕ませ、彼女に子供を産ませてしまった責任から、彼女と本当に結婚することになってしまったのだ。
彼女も、大学病院の勤務を辞めて、育児に専念することになった。
育児が、一段落したら、吉田内科医院の仕事を一緒にやります、と、彼女は、言っている。
しかし、それも、本当かどうかは、わからない。
僕は、吉田内科医院の、毎日の、超多忙の、患者の診療に煩殺されて、毎日、疲れ果て、とても、小説を書く気力など、なくなっていた。

僕は、この頃、ヤフーメールを送って、美奈子さんと僕の結婚を、言いふらしたのは、実は、医局員の誰か、ではなく、もしかすると、美奈子さん自身なのかもとしれない、と疑うようになった。
しかし、僕が、彼女に、それを聞いても、
「なぜ、そんな荒唐無稽なことを考えるんですか?」
と即座に、眉を吊り上げ、鬼面のようになって、怒って言う。彼女は、
「私が、愛する、大切な、哲也さんに、そんなことを、言いふらして、哲也さんに迷惑をかけて、私に何の得にあるんですか?」
と彼女は、ヒステリックに怒鳴りつける。
そう怒鳴られると、気の小さい僕は、黙ってしまう。
しかし、まあ、それも、もう、どうでも、よくなってしまった。
僕は、いつか、石田君が言った、「死ぬまで、小説を書く、情熱をもっている人間だけが本当の作家だ」という言葉の真実さ、を実感している。
詩人の、ライナ・マアリ・リルケも、「もし、あなたが、書くことを、とめられたら、死ななくてはならないか、どうか、よく考えてごらんなさい」と言っている。
至言であり、石田の、言っていることと、意味は、同じである。
何と弁解しようが、僕は、小説を書かなくても、生きていけるのだ。
所詮は、僕には、死ぬ気で、小説を書こうという、情熱がなかったのだ。
小説を書くことが、僕の使命だ、と、僕は、思っていたが、それは、若者が、誰でも、一度くらいは、かかる、麻疹のようなものに、過ぎなかったのだ。
僕はこの間、ヴェルレーヌの伝記を読んでいると、あのデカダンの詩人が晩年に「平凡人としての平和な生活」を痛切に望んだという事実を知って、僕はかなり心を打たれた。
僕のように天分の薄いものは「平凡人としての平和な生活」が、格好の安住地だ。
流行作家! 新進作家! 僕は、そんな空虚の名称に憧れていたのが、この頃では、少し恥かしい。
昭和、平成の文壇で名作クラシックスとして残るものが、一体いくらあると思うのだ。
僕は、いつかアナトール・フランスの作品を読んでいると、こんなことを書いてあるのを見出した。
(太陽の熱がだんだん冷却すると、地球も従って冷却し、ついには人間が死に絶えてしまう。が、地中に住んでいるミミズは、案外生き延びるかも知れない。そうするとシェークスピアの戯曲や、ミケランジェロの彫刻はミミズにわらわれるかも知れない)
なんという痛快な皮肉だろう。
天才の作品だっていつかは蚯蚓にわらわれるのだ。
ましてや石田なんかの作品は今十年もすれば、ミミズにだって笑われなくなるんだ。





平成28年8月5日(金)擱筆

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