小説家、精神科医、空手家、浅野浩二のブログ

小説家、精神科医、空手家の浅野浩二が小説、医療、病気、文学論、日常の雑感について書きます。

スポーツ上達小説(上)

2018-06-30 09:03:28 | Weblog
「スポーツ上達小説」

という小説を書きました。

ホームページ、浅野浩二のHPの目次その2、http://www5f.biglobe.ne.jp/~asanokouji/mokuji2.html
に、アップしましたので、よろしかったらご覧ください。

(原稿用紙換算115枚)




スポーツ上達小説

山野哲也は、医師である。
彼は、奈良県立医科大学を卒業した後、Uターンして、千葉の、研修指定病院で、二年の精神科の研修を受けた。
彼は、生まれも、育ちも、関東で、関西には、馴染めなかったのである。
彼が、精神科を選んだのは、単純な理由である。
それは、精神科が、楽そうだったからである。
しかし、彼は、楽なことばかりを、求める、世の中の、その他大勢の人間とは違っていた。
彼は、大学に入学した時から、過敏性腸症候群に悩まれていたのである。
一般の人は、「過敏性腸症候群」、と、聞いても、「ちょっと、腸の具合が悪いのだろう」、程度にしか思わないだろう。
確かに、病気には、程度の差、があって、「過敏性腸症候群」、の、持病を持っていても、その程度が軽く、「ちょっと、腸の具合が悪い」、という人もいる。
しかし、彼の、病気の程度は、重く、一日中、チクチク刺すような、痛みがあり、「過敏性腸症候群」、に伴って、「不眠」、「便秘」、「うつ病」、に、悩まされてきた。
それは、大学の、学業、生活、を、著しく、困難にするほどのものだった。
実際、彼にとって、大学生活は、生き地獄そのものだった。
死ぬことも、本気で、何度も考えた。
そのため、彼は、大学四年で、休学した。
休学して、幸い、心療内科の、いい先生に巡り合えたので、彼は、1年、休学した後、復学した。
そして、ともかく、大学だけは、卒業して、医師国家試験の資格も、とっておこうと、思った。
彼は、もの凄い努力家だったので、大学も卒業し、医師国家試験にも、通った。
しかし、彼には、もう一つ、困ったことが、あった。
それは。
彼は、大学三年の時に、一介の医者として、一生を過ごすことに、むなしさ、を感じ始めていたのである。
そして、大学三年のある時、「小説家になろう」、と、決断したのである。
それは、突拍子もないことであった。
しかし、そう思い決めてからの後は、彼の創作にかける情熱は、衰えることなく、それどころか、創作意欲は、ますます、高じるばかりだった。
彼は、病気に苦しみながら、勉強に打ち込み、創作に、打ち込んだ。
千葉での、二年の研修が終わると、彼は、地元の藤沢の、精神病院に就職した。
そして、医師の仕事をしながら、小説を書いた。
しかし、彼は、創作にしか、生きがい、を、感じられず、医師の仕事には、やりがい、を感じられなかった。
そのため、医師の仕事を疎かにしてしまったため、病院は、もっと、やる気のある医師を求め、彼は、リストラされてしまった。
しかし、医師免許を持っていれば、医師の仕事は、何科を、してもいいのであり、彼は、ほとんど、疲れない、健康診断や、コンタクト眼科、などの、アルバイトをして、それを生活費の収入とした。
コンタクト眼科は、楽だった。
しかし、コンタクト眼科は、眼科医でない医者が、眼科の診療をしていることが、眼科学会で、問題になっていて、眼科医でなれけば、コンタクト眼科は、出来ない風潮になってしまった。
それで、彼は、今度は、人工透析のアルバイトを、するようになった。
人工透析の仕事も、楽だった。
それで、彼は、創作に打ち込んだか、毎日が、不眠と便秘との戦いだった。
睡眠薬を飲んでも、眠れず、便を出すのは一苦労だった。
整形外科の治療を受けると、自律神経が安定するので、彼は、ほとんど毎日、整形外科に通っていた。
彼は、医者というより、病人だった。
何とか、健康が良くなるように、彼は、色々と、健康に関する本を読んだ。
そして、色々と、健康にいい、と、言われていることを、やってみた。
それで、わかったことであるが、有酸素運動である、水泳と、筋トレ、が、健康にいい、ことが、わかった。
なので、水泳と筋トレ、が、彼の生活の中で、習慣となった。
彼は、子供の頃から、水泳が好きで、泳ぎを練習していたので、水泳は出来た。
子供の頃は、水泳が、出来るようになることが、目的だったが、大人になった今では、水泳は、健康のための手段でしか、なくなっていた。
しかし、何はともあれ、水泳を身につけていたことは、彼にとって、この上ない幸運だった。
彼の泳力は、すごく、5時間くらい、全く、疲れずに、泳ぎ続けることが出来た。
彼は、健康のため、週に、2回は、水泳をして、週に、1回は、筋トレをした。
彼は、車で、秋葉台体育館の、市営プールで、泳いだ。
アパートから、秋葉台体育館までは、一直線で、10分くらいで行ける。
水泳は、頑固な便秘に効果抜群だった。
彼は、3時間、泳ぐことに、決めていた。
しかし、プールでは、50分の遊泳時間に、10分の休憩時間があった。
彼は、50分、休みなく、泳ぎ続けた。
体を鍛えるのが、目的だから、彼は、10分の休憩時間も無駄には、しなかった。
休憩時間には、プールサイドで、脚や、腕の、ストレッチをした。
しかし、ストレッチは、3分くらいで、出来てしまう。
なので、その後は、空手のキックをした。
彼は、家でも、空手のキックをすることが、あったが、プールでは、人がいるので、華麗な蹴りを、見せることは、優越感の心地よさ、があった。
空いている方が、いいので、プールが、混んでいる時間は、避け、人の少ない時間をねらった。
ある時のことである。
休憩時間に、彼が、ストレッチしていると、たまたま、すぐ後ろのベンチに、腰掛けている女性と目があった。
彼は、彼女を知らない。
しかし、彼は、プールによく行くので、彼女は、彼を知っているようだった。
「すごく体が柔らかいですね」
女に話しかれられるのは、初めてだった。
「ええ。僕は、体だけは、柔らかいので・・・」
女に話しかれられて彼は、嬉しかった。
「でも、いきなり、無理に、開脚は、しない方がいいですよ。念入りに、ストレッチしているうちに、体が、だんだん柔らかくなっていきますから」
僕は、経験から、少し、得意になって、ストレッチに関して、話した。
「以前、体育館のトレーニングルームで、少し、無理をしたら、右足の膝が、バキッ、と音がして、内側側副靱帯を、部分断裂してしまいましたから。ストレッチは、筋トレで、筋肉をつけて、そして、いきなり、ではなく、無理をしないで、やらないと、危ないですよ」
女は、男より、はるかに、体が柔らかい。
男は、どんなに、股関節が柔らかくても、180°、開脚することは、出来ない。
しかし、女は、180°、以上、容易に開脚することが、出来る。
しかし、それは、体操や、新体操、フィギアスケートなど、柔軟性を鍛えている、スポーツ選手であって、日頃、運動など、全くしていない女では、体の硬い人もいる。
彼女は、そういう人らしく、日頃、ストレッチなどしていないのだろう、彼の柔軟性を見て、
「どうしたら、そんなに、柔らかくなるんですか」
と、聞いてきた。
「柔軟性は、ストレッチを毎日、日課にして、毎日、続けていると、柔らかくなりますよ。相撲取り、も、股割り、を毎日していますから、180°、開脚することが出来ます」
ここらへんは、続ける意欲があるか、どうか、の問題である。
彼女は、彼を、以前に見て、知っているらしく、
「空手か柔道などをしているんですか?」
と、聞いてきた。
彼が、空手の蹴りを、休憩時間にしているのを、見たことがあるのだろう。
「ええ。空手が出来ます」
空手が出来て、水泳も、きれいに、泳げて、体も柔らかい、ことから、彼女は、彼を、極めて、真面目な、人間と見ているようだった。
確かに、運動やスポーツをしている人は、そう、見られがちである。
自分を鍛えようとする、意志を持ち続けているのだから。
運動などせず、腹が出て、体は硬い、人は、面白おかしいことしか求めない、志の低い人間である、と、見なされる傾向は、確かにあるし、実際、そういう傾向はある。
なので、彼女は、彼の人格を、真面目な人と、見なして、疑わないようだった。
プールを出て、更衣室で着かえて、出口に向かうと、ちょうど、更衣室から、出て来た、彼女と、出会った。
何も話さない、というのも、無粋である。
「お住まいは、どちらですか?」
彼女が聞いた。
「湘南台です」
「どっちの方ですか?」
「市民図書館のある方です」
彼は、聞かれたことを、感情を入れず、事務的に答えた。
それが、かえって、彼女に、彼を、「安全な人間」、と、見なさせたようだ。
「さようなら」
「さようなら」
自然と、別れの挨拶の言葉が出て来た。
それは、無理もないかもしれない。
彼は、週2回、ほど、プールに行っているが、何曜日の何時に行くとは、決めておらず、今度、また、いつ、会えるか、わからない、からだ。
彼女も、プールに来る日が決まっているのか、どうかは、わからない。
彼も彼女も、よく、プールに行くが、今度、また、いつ、会えるか、わからない、からだ。
ただ、何年も、彼は、プールで、泳いでいるので、何回かは、知らないが、彼女は、彼を、見ているのだろう。

その後、彼女に、会ったのは、3週間ぶりの、日であった。
彼は、週に2回は、行くが、そして、彼女も、それくらいの頻度で、行っている様子だったが、行く日が、ずれて、会えなかったのだ。
プール場に入ると、ちょうど、休憩時間で、彼女は、この前と、同じベンチに腰かけていた。
「あっ。こんにちは。久しぶりですね」
彼女は、彼を見つけると、嬉しそうに言った。
「こんにちは」
彼も、挨拶した。
本心では、嬉しいのだが、彼は、心の中の感情を、そのまま、表現することが出来なかった。
「正しくフォームで、泳げるように、なるには、どうすれば、いいんですか?」
彼女と、今度、いつ会えるのかは、わからない。
彼女も、プールに来ても、彼と会えないのを、さびしがっていたのだろう。
彼女は、今日、会えたチャンスを、逃すまいとして、遠慮なく、積極的に聞いてきた。
彼も、今でこそ、いくらでも、泳げるが、中学生の時には、クロールで、50m、泳ぐのがやっとだった。
彼は、運動が上達する、プロセスは、知っていたので、彼も説明してあげようと思った。
「私も、中学校の時には、50m、が、やっとで、それ以上は、泳げませんでした」
彼は言った。
「水泳では、水をキャッチする、と言いますが、それは、どういうことなんですか?」
彼女が聞いた。
「そうですね。水の入った風呂に、洗面器を入れて、引くと、グッと、水の抵抗が、起こりますよね」
「ええ」
「あれと、同じ感覚ですよ。水は、流体ですが、粘生がありますよね。水は、つかめないものですけれど、水には、粘生もあります。なので、水の粘生が、起こるように、なれば、つかめない水が、あたかも、つかめるようになります。だから、水泳選手は、水を、つかんでいる、という感覚で泳いでいます」
彼は言った。
「そう出来るようになるには、どうすれば、いいのですか?」
彼女が聞いた。
「手だけを、あれこれ、動かし方を、変えても、ダメです」
「では、どうすれば、いいのですか?」
「反復練習が、すべてです。あきめず、気長に、繰り返していれば、体の方で、自然と、正しい水泳の動作になっていって、くれますよ」
「よく、泳いでいるんですが、なかなか、上手くなれなくて・・・」
「上手くなるコツもありますよ」
「どんなことですか?」
「がむしゃらに、泳いでも、疲れるだけです。かといって、ゆっくり、のんびりと、泳いでいても、上手くなりません。全力を100%、と、すれば、80%くらいの、少し、疲れる程度の力で、一定の速度で、泳ぎつづけることが、大切です。でも、80%の力で、泳いでいると、だんだん、疲れてきます。疲れたまま、泳ぎつづけると、これも、上達を、さまたげます。なので、疲れてきたら、1分でも、2分でも、少し、休みを、入れて、疲れが、とれるのを、待ちます。それで、疲れが、とれたら、また、反復して、泳ぐように、することです」
「そうですか。それで、大体、どのくらいの期間で、上手くなれるんですか?」
「それは、人によって違いますし、わかりません。しかし、1日、一生懸命、練習しても、上手くなれないと、いつまで、たっても、永遠に、上手くなれないような、絶望感が、起こってしまいますが、そこを、ぐっと、我慢して、続けていると、結構、思ったより、短期間で、泳ぎの動作に変化が、起こってきますよ。少なくとも、3ヶ月、反復練習を続けていれば、必ず、少し、今まで以上に、上手く、なれますよ。そしたら、また、反復練習です。少なくとも、1年、練習していれば、かなり、上手くなれますよ」
「そうですか」
「僕だって、初めの頃は、クロールで、50m泳げませんでしたから」
「ええー。そうなんですか。とても、そうは、思えませんが・・・」
その時。
10分の休憩が終わって、ピー、と、遊泳開始の合図が鳴った。
「あ、あの。ちょっと、よろしかったら、水中で、教えてもらえませんか?」
「ええ。いいですよ」
そう言って、彼と彼女は、プールに入った。
「ええと。どうすれば、いいんですか?」
彼女が聞いた。
「では、まずいつものように、一往復、泳いでみて下さい」
彼は、彼女の、技術レベル、が、知りたくて、そう言った。
「はい」
彼女は、全力で、泳ぎ出した。
水のキャッチは、十分、出来ていなかったが、それでも、割と速く泳げた。
彼女は、25mの向こうの、縁につくと、すぐに、ターンして、また、泳いでもどってきた。
ハアハアと、少し荒い呼吸をしている。
「疲れたでしょう」
「ええ」
「今のが、100%、の、力です。今度は、今より少し、力を抜いて、泳いでみて下さい。そうですね。今の、80%くらいの力で。私は、タイマーを見ていますから」
「はい」
彼女は、また一往復、泳いで、もどってきた。
「さっきが、25秒で、今のは、30秒です。疲れましたか?」
「いいえ」
今回は、彼女は、息があがっていなかった。
「では、今度は、今の力で、二往復してみて下さい」
2往復は、25×4=100m、である。
彼女は、一往復、泳いで、もどってくると、すぐに、ターンして、もう一往復、泳いで、もどってきた。
ハアハアと、荒い呼吸をしている。
「疲れているようですね」
「ええ。多少」
「ここで、少し、休んで、疲れが、とれるのを、待って下さい」
「はい」
彼は、彼女の呼吸が、落ち着くのを待った。
だんだん、彼女の呼吸が落ち着いてきた。
「腕は、疲れていますか?」
呼吸が、落ち着いても、腕の疲れは、とれていない、ということもあるからだ。
「少し、疲れています」
「では、腕の疲れが、とれるのを待ちましょう。疲れがとれたら、言って下さい」
「はい」
呼吸の荒れ、が、なくなるのは、見ていて、わかるが、腕の疲れ、が、とれるのは、他人では、わからない。
本人にしか、わからない。
彼は、彼女の、腕の疲れが、とれるのを、待った。
しばしすると、彼女は、
「腕の疲れもとれました」
と、言った。
「今、また、二往復できますか?」
「ええ」
「これで、あなたの、泳力がわかりました。今のように、80%の力で、二往復、つづけて泳いで下さい。そして、腕の疲れが、とれるのを、待って下さい。腕の疲れが、とれたら、また、二往復、80%の力で、泳いで下さい」
「はい」
まだ、遊泳開始から、10分も、経っていなかった。しかし、彼は、
「ちょっと、プールから、あがりましょう」
と、言った。
運動の上達の原理を説明したかったからだ。
また、彼女に、まだ、残っているかもしれない、腕の疲れを、とりたいために。
「はい」
彼女と彼は、プールから、あがって、ベンチに腰かけた。
「今のように、80%の力で、二往復、つづけて泳いで下さい。そして、腕の疲れが、とれるのを、待って下さい。腕の疲れが、とれたら、また、二往復、80%の力で、泳いで下さい」
「はい」
「運動の上達には、二つの基本的な原則があります。一つは、同じ動作の、反復です。これによって、体が、正しい動作を、覚えようと、してくれます。しかし、体か疲れていると、体が、正しい動作を、覚える、さまたげ、に、なります。反復が、大切ですが、反復運動を続けていると、体が、疲れてきます。ですから、体が、疲れないように、気をつけながら、続けて、泳ぐことが、必要です」
そう言っても、彼女は、まだ、理解できていないようだった。
それも、無理はない。
運動を、本格的にやって、運動の上達、というものを、実感した人でないと、運動の原理は、わからない。
「体が、正しい動作を、覚えてくれる、と言いましたが、本当は、体ではなく、脳の運動を、つかさどる神経細胞が、その運動に、かなった、ように、ネットワークが、つながる、ということなんです」
「そうですか」
そう言っても、彼女は、まだ、理解できていないようだった。
「運動をしている人は、ボケない、と言われていますよね」
「ええ」
それは、彼女は、理解したようだった。
「それは、運動は、頭を使っているからですよ。運動でなくても、読書でも、音楽の演奏でも、頭を刺激している、というか、頭を使っている、からですよ」
「なるほど。そうなんですね」
彼女は、少し、理解したような顔つきになった。
「この、方法で、泳いでみて下さい。まだ、わからないと思いますが、試してみて下さい」
「わかりました。その方法で、練習してみます」
どう、言葉巧みに説明しても、運動の上達を経験した人でないと、上達の原理など理解できない。
しかし、彼女は、彼が、水泳にしても、空手にしても、出来るのを、見ているので、理解は出来なくても、彼の言うことを、信じる、ことに、賭けたようだった。
「あの。今度は、いつ、来られますか?」
彼女が聞いた。
「さあ。来る日は、決まっていません。でも、週に、2回は、来ますから」
「また、お会いしたいです。また教えていただけますか?」
「ええ。いいですよ」
「あ、あの。あなたの、お名前は?」
彼女は、少し、恥ずかしそうに聞いた。
「山野哲也と言います。あなたのお名前は?」
「佐藤京子と言います」
遊泳開始から、30分、経っていた。
「でも、私に、教えて、山野さんの、泳ぐ時間を奪ってしまうのは、気が引けます」
彼女が言った。
「いえ。そんなことは、ないですよ」
「本当ですか。私に気を使って下さっているのでは、ないでしょうか?」
「それは、違います。なぜなら、運動で、教えることは、さっき言った、二つの原則だけだからです。つまり、疲れないように、気をつけながら、出来るだけ、長く反復練習する、ということ、だけ、だからです。僕は、世間の、スポーツ指導の在り方に、反発を感じています。世間の指導者や、コーチは、あれを直せ、これを直せ、と、口を出し過ぎていると、思います。細かいことを、教える、というより、注意する、というやつです。そんな、あれも、これも、色々と、注意されたら、生徒の頭は、こんがらがってしまいます。し、毎回、同じことを、注意され続けたら、嫌になってしまいます。それが、嫌になって、やめてしまう人もいるでしょう。しかし根気よく、繰り返していれば、そういう、表面的なことは、自然と、直ってくれます。水泳で言えば、バタ足は、どうだ、とか、息継ぎは、こうだ、とか、リカバリーは、こうだ、とか、肘の回内は、こうだ、とか、そんな、細かい、ことなんか、注意する必要なんかはありません。辛抱強く反復練習していれば、表面的なことは、全部、自然と、直っていきますから。だから、僕は、あなたに、かかりきりになって、教える必要もないわけです」
「なるほど」
遊泳開始から、30分、経っていた。
「では、僕も泳ぎたいので、プールに入ります」
そう言って、彼は、立ち上がった。
「では、私は、山野さんが、言った方法で、泳いでみます」
彼女も立ち上がった。
彼と彼女は、プールに入った。
そして、彼は、いつものように、ゆっくり、続けて、泳いだ。
彼女は、彼が言ったように、二往復しては、休みを入れて、また、二往復する、という、方法で、泳いだ。
ピー、と、笛が鳴った。
時計の長針は、50分、をさしていた。
彼も、彼女も、プールから、上がった。
「山野さん。私、あなたが来られる二時間前に、来ていて、これで、三時間になります。用事がありますから、お先に失礼します」
「そうですか。僕は、あと、二時間、泳ぎます」
「さようなら。また、お会い出来るといいですね」
と言って、彼女は、軽く手を振った。
「さようなら」
彼も、小さく手を振った。
彼女がいなくなると、彼は、いつものように、ストレッチを始めた。
やがて、また、10分、経って、ピー、と、遊泳開始の合図の笛が鳴った。
ので、彼は、プールに入った。
彼は、二時間、泳いだ。
それで、家に帰った。
彼は、彼女に、「また、お会い出来るといいですね」、と言ったが、それは、もちろん、本心であったが、彼は、三ヶ月くらいは、彼女に、会いたくない、そして、三ヶ月くらい、してから、会いたい、と思っていた。
それが、彼の本心であった。
というのは、運動の上達は、基本の原理を、守って、練習しても、何日とか、何週間、で、上達する、という保証は無いからだ。
しかし、原理を守って、練習していれば、三ヶ月も、すれば、必ず、少しは、上達する、からだ。
しかし、一週間、や、二週間、ていど、では、上達する、には、時間が短すぎて足りない。
なので、一週間後、くらい後に、プールに、行っても、まず、彼女は、上達していない。
運動の上達には、何ヶ月、何年、という、ある程度、長い期間を要するのである。
なので、一週間、や、二週間、ていど、で、彼女に会って、彼女に、「なかなか上手くならなくて・・・」、と、失望の言葉を聞きたくなかった、からである。
それでも、彼は、健康のため、週に、2回は、水泳をしなければ、ならなかった。
なので、彼は、それからしばらくは、最寄りの、秋葉台プールではなく、大和方面で、四駅ほど、離れた、引地台温水プールで、泳ぐことにした。
少し離れている、とは、いっても、秋葉台プールが、車で、10分ほどであるのに対し、引地台温水プールは、車で、20分、ほどだったので、さほど不便さは、なかった。
引地台プールは、25mのプールの、周りに、それを、取り囲むように、流れるプールがあり、スライダーまである、レジャープールでもあった。
しかし、25mのプールには、一方通行に区切られた二つの、コースの他に、一つの、連続して遊泳する者のための、コースがあり、彼は、休みなく泳ぐ習慣だったので、そのコースは、彼にとって、好都合だった。それに、そこのプールは、他の市営プールと違って、12時20分から1時までの、昼の休みもなく、また、休憩は、なぜか、2時間に、一回の10分で、それらも、彼にとっては、好都合だった。
なので、彼は、週2回の、水泳は、引地台温水プールで、泳いだ。
2月、3月、4月、と、日が経っていった。
大体、三ヶ月くらい経ったので、彼も、彼女の、上達の度合い、が、気になって、三ヶ月、あの練習法で、泳いでいれば、少しは、上達しているのでないか、と思って、彼は、また、秋葉台プールに、行ってみた。

5月のある日のことである。
彼が、行くと、彼女は来ていた。
彼は、彼女が、来ていた時のために、家を出る時間を、調節して、休憩時間に彼女に会うために、更衣室で、少し待った。
ピー、と、休憩の笛が鳴った。
なので、彼は、プール場に、入った。
彼女は、ちょうど、プールから上がるところだった。
「あっ。山野さん。お久しぶり」
彼女は、彼を、見つけると、声をかけた。
「こんにちは。佐藤さん」
彼の方から、(どうですか。上手くなりましたか)、とは、聞けなかった。
上達していなかったら、こわかった、からだ。
しかし、それは、彼の、とりこし苦労だった。
彼と、彼女は、ベンチに、腰掛けた。
彼女の方から、話し出した。
「山野さん。山野さんの言った、方法で、泳いでいました。はじめは、この方法で、上手くなれるのかな、と疑問を持っていましたが、だんだん、今までと、泳ぎの、感覚が違ってくるように、なりました」
彼女は、嬉しそうな様子だった。
「どんな感じですか?」
「そうですね。山野さんの言っていた、水をつかむ、っていう、感じが、何となく、わかってきました。今までは、手を水に入れたら、水は、後方に搔くもの、と思っていました。そして、水を、勢いよく、搔いていました。しかし、反復練習しているうちに、水に手を入れて、搔きだそうとすると、何か、掌に水の抵抗を、感じるように、なってきたんです。ああ、これが、水をつかむ、っていう、ことなんだなって、思いました」
彼女は、嬉しそうに言った。
「そうです。それが、水をつかむ、ということなんです」
彼は、彼女が、上達してくれた、ことが、嬉しかった。
「上手い人を見ていると、手を水に入れても、すぐには、搔き出しませんよね。手を前に伸ばしたままにしていますよね。そして、搔き出す時には、最初は、ゆっくりですが、どんどん、水を搔く速度が、速くなっていっているように、見えます。あれは、どういうこと、なんですか?」
彼女が聞いた。
「水泳は、水をキャッチする、ことが、全てなんです。クロールでは、手を前方の水の中に入れますよね。そして、水を搔き出す時には、掌に水の抵抗が、ぐっ、とかかっているんです。水を、掌で、押さえている、と言ってもいい、そんな感じです。最初に、掌で、水を、押さえたら、あとは、その、押さえた水を、そのまま、一定の力で、押さえ続けるだけです。最初は、動いてない、水を、動いてない手で、押さえますから、水を、押さえることは、容易です。しかし、そのまま、一定の力で、水を押さえ続けるためには、動いている手で、動いて、掌から、逃げようとする、水を、逃がさないように、押さえなくては、なりませんから、そのために、水を搔き出すと、速くなっていくんです」
彼は、説明した。
「浴槽に、洗面器を、入れて、動かそうとする時のことを、想像して下さい。一番、ぐっ、と水の抵抗を受けるのは、洗面器を、動かし始めた、最初の時です。なぜなら、水も、洗面器も、止まっていますから。しかし、洗面器を、そのまま、引き続けると、水が、後ろに押されますし、また、水も、手の搔きによって、乱れて、逃げようとします。だから、一定の力で、水を押さえるためには、速く搔くことになるんです」
彼は、説明した。
「物理学の慣性の法則って、知っていますか?」
「ええ。そのくらいは知っています」
「では、言って下さい」
「止まっている物体は、いつまでも、そのまま、止まっている。しかし、一定の速度で、動いている物体は、いつまでも、その速度で、動き続ける、ということですよね。そんな簡単なことは、床の上に、ボールを置いて、転がしてみれば、わかることです」
彼女は、言った。
「そうです。それが、水泳でも、言えるのです。手を水に入れて、搔き出す、最初の時は、水は、止まっています。止まっている水を、動かす時には、掌は、強い水の抵抗を受けます。しかし、水を後方に押すと、押された水には、後方への速度が、加わりますから、慣性の法則によって、水は、一定の速度で、後方に、動こうとします。だから、後方に動いている水に、掌に、一定の力が、かかるように、するには、より、速く、水を掻かなくてはなりません。だから、水を搔き出す、最初は、ゆっくりですが、搔き始めると、どんどん、水を搔く速度を、速くしなくてはならないのです」
彼は説明した。
「なるほど」
この説明に、彼女は、納得したようだった。
「本当は、手の搔き、は、一直線に後方に押すのではなく、S状です。手の位置を、横にずらしていくことによって、動いてない水を、求めていくためです」
「なるほど」
この説明にも、彼女は、納得したようだった。
「でも、意識して、手の搔き、を、S状にしようとする、必要はありません。その理由、が、わかりますか?」
「ええ」
「では、言ってみて下さい」
彼は、小学生に、教師が、学科を教える時のように、彼女に答えさせようとした。
「山野さんが、前に、仰ったように、根気よく、反復練習していれば、手の搔き、も、自然に、S状になるんでしょう」
「ええ。そうです」
彼は、彼女は、上達の原則を理解したな、と実感した。
「洗面器、や、慣性の法則、のことは、わかりました。確かに、その通りですね。では、どうして、初心者は、いきなり、そのように、出来ないんでしょうか?」
彼女が聞いた。
「それは、人間の、日常の動作を考えてみて下さい。人間は、生まれてから、育っていく過程で、日常の動作に必要な、体の動かし方が、身につきます。幼児は、箸も使えませんし、鉛筆で、字や絵を、書くことも出来ません。しかし、箸を使うことや、エンピツで、字を書くことは、生きていく上で、絶対、身につけねばならない、必要なことです。世間では、箸を使って食事をすることや、エンピツで、字を書くことは、スポーツなどと、言いませんよね。テニスとか、野球とか、サッカーとか、要するに、世間で、スポーツと言われているもの、が、スポーツであって、箸を使うことや、字を書くことは、スポーツとは、言いませんよね」
「ええ」
「しかし、僕に言わせたら、箸を使うことや、字を書くことも、スポーツなんです。なぜなら、幼児は、箸を使うことも、字を書くことも出来ません。しかし、生きていく上で、それは、絶対、身につけねばならないことですから、幼児は、始めは、箸もエンピツの、使い方も、ぎこちないですけれど、長い期間、訓練をしていくことによって、だんだん、箸もエンピツも、使い方が、スムーズになっていきます。その、運動を、毎日、反復して訓練したからです。それで、小学校に入る前の、幼稚園の段階で、箸もエンピツも、スムースに使えるようになります。だから、箸やエンピツは、使えるのは、誰でも出来ることで、世間の人間は、誰でも出来ることは、スポーツではない、と思ってしまうのです」
「ええ。そうですね」
「しかし、ちょっと、考えてみて下さい。人間は、大人になっても、利き手の、右手では、箸もエンピツも、使えますが、利き手でない、左手、では、箸もエンピツも、使えません。それは、左手では、その訓練をしていないからです。それと、日本人は、箸を自由に使えますが、欧米人は、大人でも、箸を上手く使えません。それは箸を使う訓練をしていないからです。しかし、欧米人も、箸を使う訓練を、していると、使えるように、なります。今は、海外で、日本食の店が当たり前になっていますから、和食の好きな、欧米人は、箸を使えますが、まだまだ、世界には、和食が無い国もありますし、日本食を食べない外国人は、箸を使えません。箸を使えるように、なるには、箸を使う、運動を繰り返して練習しないと、出来るようには、なれません。だから、箸やエンピツを、使うのも、その運動を反復練習した結果、身についたのであって、反復練習しなければ、いつまで経っても、出来るようには、なりません。だから、それは、スポーツと同じ原理です」
「なるほど。確かに、そうですね」
「それと、どうして、人間は、いきなり、泳げないか、という理由を説明しましょう。それは、今、言ったように、人間は、日常の動作に必要な、体の動かし方が、身についています。日常に必要な動作を考えてみて下さい。たとえは。箸を使って、皿から、食べ物をつまんで、口に持っていくこと、戸を開けるために、ドアノブに手を出して、ドアノブをつかむこと、机の上の、右にある物を、とって、左に移すこと、包丁を使うこと、雑巾で物をふくこと、などですよね。それには、手を、目標物に、正確に、持っていく、という動作が日常生活では、必要になります。正確に、手を、目標物に、運ぶ、ためには、腕は、屈筋と伸筋が、同時に働いて、調節して、動くことが、必要になります。つまり、人間は、いつも、屈筋と、伸筋が、同時に動いているんです。それが、日常生活で必要だから、です。僕は、空手が出来ますが、空手を始めた時は、非常に手が疲れました。なぜなら、人間は、屈筋と伸筋を同時に、動かしているからです。手を伸ばす時にも、屈筋と伸筋が、同時に働いています。しかし、空手の突き、では、伸筋だけを動かして、屈筋に力が、入らないように、しなければ、なりません。それには、長い期間の、反復練習が必要です。反復練習によって、屈筋に力が入らないで、伸筋のみで、手を伸ばせるように、しなれば、なりません」
「なるほど。そうなんですか」
とは、言ったものの、彼女は、まだ、理解できて、いないようだった。
それで、彼は、説明を続けた。
「走ることを考えてみて下さい。人間は、誰でも、走れますよね」
「ええ」
「確かに、人間は、全力を出せば、かなり、速く走れます。それは、鬼ごっこで、逃げるため、とか、会社や学校に遅刻しないため、とか、速く走る、必要があるから、速く走る訓練をしてきたからです。しかし、人間は、目的地に、到達するために、走っているのです。長い距離であろうと、ほんの短い距離であろうと。目的地で、ピタッと、止まらなければ、なりません。また、ただ、単に、人間は、直線に走るのではなく、障害物が、前にあったら、それを、避けるように、走らなければなりませんし、ジグザグに走ったり、急に、直角に、走る方向を変えたりしなければ、なりません。つまり、走る、という動作も、やはり、正確に足を、動かせるように、調節された、走り方なのです。そのためには、屈筋と伸筋の両方が、働いていなくてはなりません。しかし、100mの短距離走では、走り方が、普通の人の走り方と違います。100mの短距離走では、目的地は、ないし、目的地で、正確に止まる、ということも、必要ありません。いかに、一直線に、速く走るか、ということだけが、目的です。だから、ただ一直線に、いかに速く走るか、という走り方、だけを、訓練していれば、100mを、9秒台で、走れる、ということも、出来るように、なるのです。僕は、100mの、短距離走のことは、よく知りませんが、やはり、脚の、屈筋と伸筋、の、力の入れ方、抜き方、が、普通の人が、走るのとは、違う、動作になっているはずで、それも、反復練習した、結果です。テニスでは、速く走れる人が、有利です。しかし、テニスでは、たとえば、相手が、ドロップショットを、打ってきたら、急いで、ボールに向かって走りますが、ボールの近くに来たら、すぐに、急いで走った脚を止めなければ、なりません。遠くの所に来たボールには、速く、ボールに向かって、勢いよく、走り出しますが、ボールに近づいても、止めることが、出来ず、ボールを追い越して、しまったのでは、話になりません。なので、テニス選手の、走り方は、普通の人の、屈筋と伸筋が、同時に、働いている、普通の走り方です。go―stopの連続です。テニスの練習では、その普通の走り方で、脚を鍛え、速く、走っているのです」
「なるほど」
今度は、彼女も、少し、納得したようだった。
「つまり、水泳においても、それが、いえます。人間の手足は、屈筋と伸筋が、いつも同時に働いている、調節された、運動が、身についてしまっています。人間は、その動作しか、出来ないのです。なので、初心者が、泳ぐ時も、その動作で、水を搔いているのです。平泳ぎにしても、クロールにしても。そして、泳ぐ、という運動は、小学校、中学校、で、夏に体育の授業でも、やりますから、大抵の人は、平泳ぎは、出来ます。クロールも、クロールの泳ぎ方を見て、知っていますから、それを真似して、形だけは、ある程度、クロールの形で、泳げます。しかし、本当に、水をキャッチした、正しい動作は、出来ません。水をキャッチして、正しいクロールの動作を身につけるには、人間が、身につけてしまっている、屈筋と伸筋が、いつも同時に働いている、調節された、運動から、筋肉の各部位が、水泳、独自の、力の、入れ方、抜き方に、なるよう、変えなくてはなりません。変えるためには、反復練習しかないのです」
「なるほど」
今度は、彼女は、理解したようだった。
「山野さん。山野さん、が、教えてくれたように、二往復して、休む、という、ことが、以前より、やりやすくなってきました。休みの時間も、少し、短く、なりました。今度は、どんなことを、目標にすれば、いいのでしょうか?」
彼女が聞いた。
「それでは、今度は、二往復半、つまり、25mだけ、泳ぎ続ける距離を長くしてみて下さい。あるいは、距離は、二往復のままで、泳ぐ速度を、少し、あげてみて下さい。それは、佐藤さんが、やりやすい方を、選んで下さい。しかし、僕としては、速度を上げるより、距離を伸ばす方がいいと思っています」
「わかりました。では、山野さんを信用して、二往復半、泳ぐように、してみます」
その時、ピー、と、休憩時間終了の笛が鳴った。
「では、僕は、泳ぎます」
「私も泳ぎます」
彼女は、ニコッと、笑った。
二人は、プールに入った。
そして、二人は、泳ぎ始めた。
哲也は、いつものように、ゆっくり目の速度で、休みなく、泳ぎつづけた。
彼女は、彼の隣りで、彼が言ったように、ゆっくり目のスピードで、二往復半しては、ちょっと、休む、という方法で、泳ぎ出した。
水中から見る、彼女の、フォームは、以前より、明らかに、良くなっていた。
遊泳開始から、30分くらい、してから、一度、止まって、彼は、彼女に聞いてみた。
「どうですか?」
彼は、二往復に、プラス25m、加えて、泳ぐ、という、練習法を、勧めた責任から、彼女に聞いてみた。
「そうですね。たった25mなのに、距離が、増えると、最後の25m、が思ったより、ちょっと、疲れますね」
「そうですか。それでは、もう一つの方法を、試してみて下さい。つまり、泳ぐ距離は、今までと、同じ、二往復のままで、泳ぐ速度を、今までより、ほんの少し、速くしてみて下さい」
「はい」
言って、彼は、また、泳ぎ出した。
彼女は、泳ぐ距離は、二往復で、泳ぐ速度を、少し、あげた。
残りの、20分は、彼女は、その、方法で、泳いだ。
ピーと、休憩の、笛が鳴った。
彼は、プールから出た。
彼女も、プールから出た。
二人は、ベンチに腰かけた。
「どうですか。距離は、同じで、速度をあげる、という練習法は?」
「そうですね。この方法も、少し、疲れますね」
「そうですか」
「山野さん。25m距離を延ばすのと、少し速く泳ぐのと、どっちの方法で、練習した方がいいのですか?」
彼女が聞いた。
彼女は、彼を強く信頼していた。
それは、無理のないことで、スポーツを、本格的に、やったことのない人は、今の自分の技術が、練習しても、向上しないのでは、という不安におびえているからである。
これは、本人にとっては、切実な問題である。
英単語を覚えるとか、机上の勉強で、なにか物を覚えるのは、簡単である。
覚えようと、意識すれば、覚えたい時に、即、覚えられる。
しかし、忘れるのも早いが。
しかし、スポーツの技術は、机上の勉強と違って、覚えようと思っても、即、覚えられるものでは、さらさらない。
一カ月、二カ月、と、上達するか、どうか、保証のない不安におびえながら、根気よく、反復練習しなくては、ならない。
そういう点では、スポーツの技術の習得は、机上の勉強より、はるかに、厳しい。
しかし、スポーツの技術は、一度、身についてしまえば、忘れる、ということがない。
その点は、机上の勉強より、はるかに、有利であり、その人の一生の財産となる。
大学受験の勉強は、受験した時には、全部、覚えているが、二年も経てば、ほとんど、忘れてしまう。
受験勉強で覚えたことは、重要なことは、覚えていることも、あるが、多くは、忘れてしまう。
しかし、一度、自転車に乗れるようになったら、その後、10年、乗らなくても、自転車には、乗れるのである。
彼も運動神経は、普通であり、スポーツの上達には、手こずった。
彼が、空手を始めた時、彼は、はたして、自分の運動神経で、空手を身につけられるのか、どうか、非常に不安だった。
熱心に、練習し、そして、スポーツの技術の上達に関する本を書店で探して、買って読んだ。
そして、長い期間、反復練習を根気よく、繰り返すことによって、基本を身につけることが出来た。
しかし、空手が身につくまでには、かなりの期間が、かかった。
しかし、空手の習得によって、彼は、スポーツ全般に共通していえる、運動の上達理論を彼は、理解することが出来た。
なので、彼は、水泳やテニスやスキーなど、新しい別のスポーツを、始める時には、もう不安は、感じなかった。
そして、彼は、水泳やテニスやスキーなども、身につけることが出来た。
そして、それらを他人に教えることも、何度かした。
彼は、運動が、上手くなるか、どうか、悩んでいる人に対しては、こう言っている。
「上手くなれるか、どうか、なんて、不安に思わないで、ともかく、熱心に、三ヵ月、練習してみなさい。三ヵ月で、運動を、完全にマスターすることは、運動神経が普通の人には難しい。しかし、三ヵ月、熱心に練習すれば、必ず、何らかの上達が、起こっているはずだから。完全には、マスター出来なくても、上手くなった瞬間の喜びは、いいようもなく嬉しいものだからです。なので、もっと練習してみよう、上手くなれるかも、しれないから、と、始めた時と、気持ちが変わっていますから」
というのが、彼の自論だった。
それで、彼は、彼女に、
「25m距離を延ばすのと、少し速く泳ぐ、という方法とでは、どちらでもいいです。両方、やってもいいです。佐藤さん、が、やりたい方で、やってみて下さい」
と、アドバイスした。
「わかりました」
と、彼女は、言った。
「ところで、山野さんは、テニスは、やりますか?」
彼女は、話題を変えた。
「ええ。たまに、やりますよ」
「テニススクールに通っているのですか?」
「さあ。通っている、と、言えるか、どうかは、わかりませんが。・・・・でも、どうしてですか?」
「私。テニススクールに通って、テニスも、やっているんですが、なかなか、上手くなれなくて・・・」
「クラスは何クラスですか?」
「初中級クラスです」
「山野さんは、何クラスですか?」
「僕は、中級です」
「山野さんは、テニススクールに所属して、いるのですか?」
「いえ。所属していません」
「では、サークルでやっているのですか?」
「いえ。サークルにも、入っていません」
「では、どのようにして、やっているのですか?」
「小田急テニススクールで、時々、やることがありますよ。あそこは、スポットレッスン、と言って、会員にならなくても、一回、3000円、払えば、他の生徒と一緒に、やらせてくれますから」
「そうなんですか。なんで、山野さんは、スクールに入らないんですか?」
「一度、スクールに入ったことがあります。二年くらい、やりました。しかし、やめてしまいました」
「どうしてですか?」
「僕は、テニススクールのコーチの指導が間違っていると、思うからです。彼らは、コーチでも何でもないと、思っています。彼らは、自分が、テニスを上手く出来るだけで、指導者としての能力、つまり、人を上手くさせる能力は、ないと思うからです。実際、彼らは、指導者としての訓練など、受けても、学んでもいません。自分が上手く出来る能力と、他人を上手くさせる能力は、全く別のものです。テニススクールの、1レッスンを、考えて下さい。まず、ボール出しの球を打たせる、次に、生徒同士での、ラリー、最後に、ダブルスの試合、と、どこのテニススクールでも、決まりきっています。僕は、まず、これが、間違っていると、思います。ボール出し、の球なんて、死んだ球ですから、(テニスを始めたばかりの初心者なら、いいでしょうが)、初心者から、ある程度やって、相手と、打てるようになった初級者クラスでは、全く、無意味な練習だと思っています。それと、初級者クラス、初中級者クラス、では、試合は、害あって益なし、だと思っています」
「どうして、試合は、害あって益なし、なんですか?」
「水泳は、敵と戦うスポーツではありませんよね。しかし、スポーツでは、敵と、戦うスポーツも、数多くあります。テニスは、敵と戦うスポーツです。敵と戦うスポーツであるテニスの場合、まず、打つ基本の技術を身につけることが、絶対に大切です。グラウンドストロークでも、ボレーでも、まず、打つ技術を正確に、しっかり身につけなくてはなりません。打つ技術が、しっかり、身についていないのに、試合をしたら、どうなりますか?ほとんどの人は、試合では、勝とうと思っています。意識が、(勝つ)ことのみに、行ってしまいます。なので、やたら、スピンをかけたり、ドライブ回転をかけたり、する人も出てきます。それで、試合では、勝てる人もいます。しかし、試合では、勝てるが、基本のフォームが出来ていない人、試合では、勝てるが、ラリーがちゃんと続かない人、などが、出てきます」
「なるほど。確かにそうですね。私が通っているテニススクールにも、そういう人は、います。サービスは、やたら速いのに、ダブルフォルトばっかりしている人とか、ショットは速いのに、やたら、ネットやオーバーしてばっかりいる人とか、いますね」
「空手がいい例です。空手の初心者や、初級者に、いきなり、組手をやらせたら、どうなるでしょう。いつまで経っても、空手の基本の突き、や、蹴り、が身につきません」
「そうですね」
「そこで、敵と戦うスポーツでは、訓練は、二段階に、わけて、すべきなんです。始めは、技の基本が出来上がるまでは、ひたすら、地味な反復練習あるのみです。基本が身につくまでには、かなりの期間が必要です。そして、技の基本が、しっかり身についたら、その時から、組手や試合の訓練もすべきなんです。技の基本が身についていないのに、試合をさせると、生徒は、勝つことのみに、意識が行ってしまいますから、技の基本を身につけよう、という意識は起こりません。だから、初心者、初級者では、(試合は、害あって益なし)、なんです」
「なるほど」
「それと、僕は、それ以外の点でも、世の中の、ほとんどのスポーツスクールのコーチの指導が、間違っていると、思っています」
「どんな所が、ですか?」
「それは、水泳のように、一人で完成できる、スポーツと、敵と戦うスポーツに、関係なく、全てのスポーツで、言えると思います。世間の指導者や、コーチは、あれを直せ、これを直せ、と、口を出し過ぎていると、思います。手とり足とり、教える、というやつです。そんな、あれも、これも、色々と、注意されたら、生徒の頭は、こんがらがってしまいます。それに、毎回、同じことを、注意され続けたら、嫌になってしまいます。それが、嫌になって、やめてしまう人もいるでしょう。しかし根気よく、繰り返していれば、そういう、表面的なことは、自然と、直ってくれます。僕は、高校の時、同級生に、運動神経の良い生徒を、何人も見ています。彼らに、何か、今まで、やったことのない、新しい、スポーツを、やらせると、すぐに上達します。コーチだの、指導者だの、の、指導など、全く受けなくても。つまり、スポーツの上達には、コーチだの、指導者だの、極論を言えば、(教える)、という行為など、必要ないんです」
「なるほど」
「しかし、全てのテニススクールの、レッスンでは、まず、ボール出し、の球を打つ、次に、生徒同士での、ラリー、最後に、ダブルスの試合、と、決まりきっています。そして、コーチは、あれを直せ、これを直せ、と、口を出し過ぎていると、思います。そうしないと、コーチがコーチらしく見えない、という理由からです。だから、僕は、テニススクールに、所属したくないんです。実際、僕は、二年間、テニススクールに、所属して、多くのスクール生徒も、見てきましたが、所属していた、二年間の間に、上手くなっている人を僕は一人も見ていません」
「なるほど。では、テニススクールに、所属しながら、テニスが上手くなるには、どうすればいいのですか?」
「それは、コーチの言うことを、真に受けないことだと思います。しかし、うわべでは、コーチの、言うことに、従わなければなりません。コーチが、何か、言ったら、(はい)、と、元気よく、答えなければなりません。しかし、心の中では、コーチのアドバイスを無視することです。つまり、面従腹背です。それしか、スクールに、所属しながら、テニスが上手くなる方法は無い、と思います」
「そうですか。わかりました。これからは、面従腹背で、やります。でも、スクールでレッスンを受ける以上、試合も、やらなくてはなりません。そういう時には、どうすればいいんですか?」
「無理に、勝とうと思わないこと、だと思います。テニスは、リズムのスポーツですから、試合でも、出来るだけ、ラリーを、途切れさせないで、続けようと、することだと思います。試合でも、ラリーが続いていれば、反復練習になっていますから、試合でも、基本の練習は、出来ます。つまり、意識を、(勝つ)、ことでなく、(ラリーを途切れさせないで続ける)、ことに、変えることだと思います。ダブルスの試合の場合は、サーバーとレシーバーの、クロスのストロークが基本です。無理に、ボレーに出て来たり、相手の前衛の頭上を越すロブを上げようとしたり、相手の前衛の横のコーナーを狙おうとしなければ、いいのです」
「わかりました。これからは、試合では、ラリーを途切れさせない、ことを意識して、やろうと思います」
彼は、人に偉そうに、教えるのが、嫌いだったが、これらばかりは、彼の非常に強い信念だったので、謙遜的なことは、言わなかった。
「あ、あの。山野さんの、お仕事は何ですか?」
「えっ。どうして、そんなこと聞くんですか?」
「何だか山野さん、って、運動してても、理論的で、体育会系って、感じがしないですし、一体、どんな仕事をしてるのか、見当がつかないんです」
「そうですね。僕は、運動なんて、本当は、嫌いなんです。でも、僕は、頑固な便秘症で、不眠症で、毎日が、病気との闘いなんです。それで、水泳は健康にいいから、やっているんです。テニスも、足腰が鍛えられるから、そのために、やっているんです。便秘症や不眠症が無かったら、僕は、運動なんか、しませんからね」
「なるほど。そうだったんですか。では、山野さんは、何の、お仕事をしているんですか?」
「ははは。まあ、それは、いいじゃないですか。たいした仕事じゃないですよ」
と言って、彼は、彼女の、質問を、はぐらかした。
彼は、医者をしている、なんて、自慢げに、言うのが、恥知らずで、嫌だったのである。
その時、ピー、と、休憩時間終了の笛が鳴った。
「では、僕は、泳ぎます」
「私も泳ぎます」
彼女は、ニッコリ笑った。
二人は、プールに入った。
そして、二人は、泳ぎ始めた。
哲也は、いつものように、ゆっくり目の速度で、休みなく、泳ぎつづけた。
彼女は、彼の隣りで、彼が言ったように、ゆっくり目のスピードで、二往復半しては、ちょっと、休む、という方法で、泳ぎ出した。
30分、泳いだ時点で、彼は、プールから上がった。
50分、また、泳ぎ続けて、休憩時間になって、プールから、出たら、また、彼女に、色々と、あまり聞かれたくないことを、聞かれそうで、困ってしまうのではないか、と思ったからである。
それで、彼は、プールで、泳いでいる彼女に、
「では。僕は、このあと、ちょっと、用事がありますので、今日は、これで、帰ります」
と言った。
「そうですか。また、お会い出来ると、いいですね」
「ええ。そうですね」
彼は、彼女に、「また、お会い出来るといいですね」、と言ったが、それは、もちろん、本心であったが、彼は、三ヶ月くらいは、彼女に、会いたくない、そして、三ヶ月くらい、してから、会いたい、と思っていた。
それが、彼の本心である。
というのは、運動の上達は、基本の原理を、守って、練習しても、何日、何ヶ月、で、上達する、という保証は無いからだ。
しかし、原理を守って、練習していれば、三ヶ月も、すれば、必ず、少しは、上達する、からだ。
しかし、一週間、や、二週間、ていど、では、上達する、には、時間が短すぎて足りない。
なので、一週間後、くらい後に、プールに、行っても、まず、彼女は、上達していない。
運動の上達には、何ヶ月、何年、という、ある程度、長い期間を要するのである。
なので、一週間、や、二週間、ていど、で、彼女に会って、彼女に、「なかなか上手くならなくて・・・」、と、失望の言葉を聞きたくなかった、からである。
それでも、彼は、健康のため、週に、2回は、水泳をしなければ、ならなかった。
なので、彼は、それからしばらくは、以前と同じように、最寄りの、秋葉台プールではなく、大和方面で、四駅ほど、離れた、引地台温水プールで、泳ぐことにした。

彼は、一応、医者なので、医者の仕事をしている。
彼は、病院勤務もしたが、組織に属すことが、苦手で、嫌いだったので、アルバイトで、生活費を稼いでいた。
医師のアルバイト、と、言えば、コンタクト眼科、や、健康診断、や、病院当直、などだった。
ネットに、医師の仕事の、斡旋をしている会社が、たくさん、あり、彼は、その、いくつかに、登録していた。
そして、病院や、クリニックからの、仕事の募集があると、それに、応募して、それで、働いていた。
ある時、ある小規模会社の健康診断の仕事の募集があったので、彼は、それに応募した。
会社が、家に近かったからである。
そこは、東京ガスの下請け会社だった。
仕事は、事務だった。
一日中、パソコンに向かっている仕事だった。
彼のブースは、カーテンで区切られていた。
結膜で貧血をみて、顎下リンパ節を触れて、甲状腺をふれて、さいごに胸部聴診だった。
男の社員もいたが、女の社員もいて、半々くらいだった。
男子社員の聴診は、上着を脱いでもらっていたが、女社員の聴診は、ブラジャーは、つけたまま、乳房の上の、上肺野を、聴診した。
検診をやって、かなりの人数を、こなした時だった。
(はあ。もうすぐ、終わりだな)
と哲也は、思った。
「はい。次の人」
と、哲也は、呼んだ。
「はい」
と、返事がして、女の社員が、入ってきた。
「あっ」
入ってきた女性は、声を出した。
「あっ」
彼も声を出した。
二人とも、驚いた。
なぜなら、なんと、彼女は、佐藤京子さん、だったからである。
「あっ。山野さん。お久しぶりです。山野さんは、お医者さん、だったんですね」
彼女が言った。
「え、ええ。バレてしまいましたね。本当は、絶対、隠しておきたかったんですけど、もう、こうなった以上、仕方が、ないですね」
哲也が言った。
「やっぱり、山野さんは、知的な仕事だと思っていたんですけど、まさか、お医者さんだとは、思ってもいませんでした」
彼女は、言った。
彼女は、何だか、嬉しそうだった。
「と、ともかく、診察させて下さい」
「はい」
彼女は、嬉しそうに答えた。
哲也は、結膜で貧血をみて、顎下リンパ節を触れて、甲状腺をふれた。
「あ、あの。それでは、すみませんが、ちょっと、ブラウスを脱いで下さい」
「はい」
彼女は、薄いブラウスを脱いだ。
豊満な乳房を覆っている、白いブラジャーがあらわれた。
彼は、赤面しながら、彼女の上肺野を聴診した。
「はい。異常、ありません。上着を着て下さい」
と、彼は言った。
「はい」
と、言って、彼女は、ブラウスを着た。
「何か気になることは、ありませんか?」
彼は質問した。
「水泳とテニスが、なかなか、上達しないので、それが、気になっています」
彼女は、笑顔で言った。
「いや。そういうことじゃなくて、体の調子で、何か、気になることは、ありませんか?」
彼は、聞いた。
「それは、ありません」
彼女は、答えた。
「それでは、診察、終わりです。次の採血に行って下さい」
「はい」
彼女は、嬉しそうに、答えて、ブースを出た。
「はい。では、次の方、どうぞ」
彼は、インターホンを押して、言った。
男子社員が入ってきた。
そうして、会社の社員、全員の健康診断が終わった。
健康診断は、午前中だったので、終わった時は、ちょうど、昼休みの時間だった。
昼食は、タダで、食べられるので、彼は、社員食堂に入った。
今日の日替わりランチは、ハンバーグランチだった。
彼が、ハンバーグランチを乗せたトレイを、持って、席に着くと、彼女も、ハンバーグランチを、持って、彼の隣に座った。
「山野さん。お久しぶりです。山野さんは、お医者さん、だったんですね」
彼女が言った。
「え、ええ。バレてしまいましたね。本当は、絶対、隠しておきたかったんですけど、もう、こうなった以上、仕方が、ないですね」
哲也が言った。
「やっぱり、山野さんは、知的な仕事だと思っていたんですけど、まさか、お医者さんだとは、思ってもいませんでした」
彼女は、言った。
「山野さんは、どこの大学を出られたんですか。やはり東大医学部ですか?」
彼女が聞いた。
「まさか。そんなに、僕は、頭、良くないですよ」
彼は、言った。
「では、どこの医学部を出られたんですか?」
彼女が聞いた。
「まあ、いいじゃないですか。そんなこと」
彼は、答えた。
「山野さんは、お医者さんの家系なんですか?」
彼女が聞いた。
「まあ、いいじゃないですか。そんなこと」
彼は、答えた。
「山野さんは、専門は、なんですか?」
彼女が聞いた。
「まあ、いいじゃないですか。そんなこと」
彼は、答えた。
「どこの病院に勤めておられるんですか?」
彼女が聞いた。
「まあ、いいじゃないですか。そんなこと」
彼は、答えた。
彼女は、彼が、医師であることを、つきとめたので、探偵、というか、刑事のように、根掘り葉掘り、聞いてきた。
しかし、彼にとっては、非常に照れくさく、迷惑な質問だった。
「山野さん」
「はい」
「山野さんに、アドバイスされてから、テニススクールでの試合では、勝つこと、ではなく、ラリーを途切れさせない、ことを意識して、やっています」
「そうですか。それがいいと思いますよ」
「でも、なかなか上達しなくて・・・」
「運動の上達には、かなりの期間の練習が必要です。最低、三ヵ月、は、辛抱強く、反復練習しなくてはならない、と思っています。しかし、三ヵ月、反復練習していれば、必ず、何らかの変化が起こるとも思っています」
彼は、言った。
「山野さん」
「はい」
「あ、あの。もし、よろしかったら、今度の日曜日に、レンタルコートで、テニスを教えて、いただけないでしょうか?コート代は私が払います」
彼女が言った。
「ええ。いいですよ」
彼は、言った。
「場所は、ここです。××テニススクールです。ここから近いです」
と言って、彼女は、スマートフォンの地図アプリを開いた。
彼も、スマートフォンを取り出して、地図アプリを開いて、「××テニススクール」と、入れて、その場所を出した。
「じゃあ、今週の日曜の、正午から、二時間、が、空いていますから、それでいいでしょうか?」
「ええ。それでいいです」
「じゃあ、日曜日に、お待ちしています」
その時、昼休みの終わりの、1時になっていた。
こうして、彼は、その会社を去った。







スポーツ上達小説(下)

2018-06-30 08:57:51 | Weblog
さて。
日曜日に、なった。
彼は、車で、で、××テニススクールに行った。
彼女は、もうすでに、来ていた。
「こんにちはー。山野さん」
「こんにちは。佐藤さん」
彼女は、白いテニスウェアを着ていた。
「それでは、さっそく、始めましょうか」
「ええ」
「では、ベースラインに立って下さい」
「はい」
彼は、ネットを挟んで、彼女と、相対した。
「佐藤さん。それでは、ラリーをしましょう」
「ええ」
右利きの彼女に対し、彼は、左利きだったので、鏡面的になった。
それが、彼には、都合が良かった。
「佐藤さん。それじゃあ、ラリーをしましょう。ただし、フォアだけです。だから、佐藤さんは、僕のフォア側に打って下さい。僕は、佐藤さんの、フォア側に打ちます」
彼は言った。
「わかりました」
「それでは、いきます」
そうして、ラリーが始まった。
彼は、彼女のフォア側に打った。
彼女も、彼のフォア側に打った。
フォアのラリーが続いた。
しかし、彼女は、時々、コントロールを誤って彼のバックに、打ってしまうことも、あった。
彼は、バックに来た球は、バックハンドで、彼女のフォア側に打った。
しばし、ラリーをして、彼女の技術レベルを彼は、把握した。
確かに、初中級のレベルだった。
彼女は、初級者が、おちいる、典型的な、欠点に、おちいっていた。
つまり、振り遅れぎみ、である。
テークバックが、遅い。
なので、彼は、それを、何とか、直そうと、彼女を呼んだ。
「佐藤さーん」
「はーい」
「ちょっと、来てくれませんか」
「はい」
ネットを挟んで、二人は、相対した。
「佐藤さん。準備が、遅いですね。テークバックが遅いです。だから、振り遅れぎみになっています。それを、あわてて、強引に返していますから、手の力で、打っちゃっていますね」
彼は、遠慮なく、彼女の欠点を指摘した。
彼は、続けて、話した。
「そこで、ですね。一つ、提案があります」
「はい。何でしょうか?」
「振り遅れ、を、直す方法です」
「どんなことを、するのでしょうか?」
「僕は、佐藤さんの、フォア側にしか、打ちません。ですから、佐藤さんは、正面を向いて、構えないで下さい。最初から、横向きで、ラケットを引いた状態で、構えていて下さい。僕は、佐藤さんの、フォアの、一番、打ちやすい所に、ボールを打ちます。ですから、それを、フォアハンドで、打って下さい」
彼は、そうアドバイスした。
「わかりました。そうします」
彼女は、ニコッと笑って、ベースラインにもどった。
そして彼女は、彼が、言った通り、最初から、横向きで、ラケットを引いた状態で、構えた。
「では、いきますよー」
そう言って、彼は、彼女のフォアに、ボールを打った。
彼女は、それを、返した。
はじめのうちは、彼女の打ち方は、ぎこちなかった。
無理もない。
いつも、正面を向いて、構えていて、打っているのに、始めから、横向きの、構えで、打つ、など、初めてのことだろうから。
はじめのうちは、彼女は、打ちにくそうだった。
彼女も、ボールを、彼のバック側や、離れた所に、打ち返してしまった。
しかし、彼は、彼女の打った球を、全て、追いかけて、返球した。
だんだん、彼女のショットが、彼の、フォアに安定し出した。
それで、彼女は、横向きのまま、ラケットを引いた状態での構えで、彼は、正面向きで、構えて、お互い、フォアハンドストロークだけの、ラリーが、だんだん、途切れることなく、長く続くようになってきた。
20分くらい、そのラリーをした。
彼は、少し、休みが、必要だと思った。
それで、
「佐藤さん。ちょっと、休みませんか」
と、声を掛けた。
「はい」
と、彼女は、答えた。
二人は、ベンチに、隣り合わせ座った。
「どうですか。こういうラリーは?」
彼は、聞いた。
「こんな練習、生まれて初めてです」
「どうですか。こういうラリーは?」
彼は、また、聞いた。
「はじめのうちは、非常に違和感を感じました。でも、だんだん、慣れてくるにしたがって、違和感を感じなくなりました。すごく面白いです。とても、いい練習方法だと思いました」
「具体的に、どんな感じですか?」
「球を打つことのみに、集中できるように、なりました。思いっきり、球を打てるので、何だか、体全体を使って、打っているという感じが、します」
「テニスは、二つの運動要素の合体の運動です。一つは、目的地まで、行く、ということです。それと、もう一つは、体重移動と、腰の回転を使って、ボールに、ウェートを乗せた、本格的なスイング動作で、速い球を打つ、ということです。野球の場合は、バッターは、ボールの所まで走って、行く必要はないですよね。バッターボックスで、構えていて、来た球を打てば、いいだけです。しかし、テニスでは、目的地(つまり、ボールが来た所)まで、走って行かなくてはなりませんよね。しかし、ただ、早く行けばいいというものではありません。ボールのリズムに合わせて、行かなくてはなりません。そして、目的地についたら、しっかり、止まって、構えて、体重移動と、腰の回転を使った、野球選手のように、本格的に、打つ、という運動の合体です。バトミントンの場合は、球が軽いですから、手首だけで、打つことも出来ます。しかし、硬式テニスのボールは、重いですから、しっかりと、体重移動と、腰の回転を使った、野球のスイングのような本格的な、打つ動作で打たなくては、強い球を打てません。また、バトミントンの球は、ノーバウンドです。ノーバウンドの球には、リズムは、ありません。しかし、テニスは、ワンバウンドです。テニスでは、速い球もあれば、遅い球もあります。速い球であれば、こちらも速く、用意し、遅い球であれば、こちらも、それに合わせた、緩い動作で、来るボールを打つ用意をしなくては、なりません。だから、来るボールのリズムに合わせて、ボールを打つ準備をして、ボールが来る地点まで行く、という、動作と、野球のバッティングのように、体重移動と腰の回転を使った本格的に打つ、という動作の、二つの運動要素の複合である、テニスの場合、それを、分解できて、一つの運動要素のみ、を、訓練できるのなら、それをした方が、上手くなれるのは、目に見えています。打っていて、どうでしたか?」
「そうですね。打つことだけに、集中できるので、ラケットを早く引いておく、ということが、いかに、大切か、ということを、実感することが出来ました」
「僕は、不思議でした。どうして、どこのテニススクールでも、こういう練習をしないのかと。コーチは、生徒のフォア側にだけ、打つ、ということくらい、出来るはずです。そうでなくても、コーチは、相手に向かって打ちます。なら、生徒は、正面に来たボールは、回り込んで、フォアで打ってしまえばいいと、思います。トッププロや、上級者では、かなり速い球でラリーや、試合をしています。それでも、正面に来た、球は、回り込んで、フォアで打っています。よほど、速い球で、バックでしか打てない球以外、なら、フォアで打てます。ましてや、初級者なら、そんなに速い球は、来ませんから、全部、フォアで打つことも出来るはずです。さらに、極端に言うと、フォアハンドだけで、打つテニス、というのも、成り立つはずです。最初から、フォアハンドで、打つ構えをしていれば、テークバックの遅れ、つまり、振り遅れ、というのは、なくせるはずです」
「確かに、プロは、かなり速い球でも、フォアに回り込んで打つ、ということも、していますね」
彼女が言った。
「では、一休みしたので、また、ラリーをしましょう」
「はい」
「佐藤さん。一つ、アドバイスさせて下さい」
「はい。何でしょうか?」
「ラケットを持っていない手、つまり、左手ですが、僕が打ったら、ボールをつかむように、その手を伸ばして下さい」
「はい。わかりました」
そう言って、彼と彼女は、ネットを挟んで、相対した。
「では、いきますよー」
そう言って、彼は、彼女のフォアに、ボールを打った。
だんだん、彼女のスイングが、ビュッと、速くなっていった。
当然、彼女の打つ球も、速くなっていった。
だんだん、彼女の、フォアハンドのスイングのフォームが、安定していった。
20分、くらい、彼は彼女と、ラリーをした。
「佐藤さん。ちょっと、休みませんか」
と、彼は、声を掛けた。
「はい」
と、彼女は、答えた。
二人は、ベンチに、隣り合わせ座った。
「どうでしたか?」
彼は微笑して聞いた。
「テークバックを、早くする、ということの、重要性が、実感できました。今まで、漫然とやっていたので、わからなかったのですが、山野さんの、指導のおかげで、わかりました」
「そうですか。それは、良かったですね」
そう言って、彼は、続けて言った。
「なぜ、テニスで、ラリーをする時、初心者に限らず、誰でも、正面を向いて構えるのか、というと、その理由は簡単で、その方が、自然な感覚だからです。最初から、横向きに構えて、ラケットを引いている方が、よっぽど、不自然な感覚です。しかし、もう一つ、正面を向いて構える、理由があります。それは、フォアにボールが来た時、打つためには、当然、体を横向きにしますよね。そして、その時、ラケットも引きますよね。というか、体を横向きにすれば、ラケットは、自然と後ろに引かれますよね」
「ええ」
「この、正面向きから、体を横向き、にする、という動作が、コックや、ヒッチになるからです。コックや、ヒッチ、という言葉は、知らない人もいると、思います。これは、野球のバッティングで、使う言葉だからです。しかし、原理は簡単です。し、また他の、球技でも、行われています。コックや、ヒッチ、とは、球を打つ前に、力を抜くこと、と、(せーの)、と、打つ意識を、新たにすることです。つまり、打つための準備動作です。例として、バトミントンを考えてみて下さい。バトミントンでは、打つ前に、ラケットを後ろに引きますよね。テニスで言えば、テークバックに相当します。バトミントンで、もし打つ前に、ラケットを後ろに引かなかったら、強いスイングが出来ませんよね。バレーボールでは、スパイクを打つ前には、手を後ろに引きますよね。そして、打つ前には、手の力を抜きます。そして、打つ時に、ビュッ、と力を入れます。それが、コック、や、ヒッチです。つまり、球技では、ラケットのような、道具を、使うスポーツであろうと、使わない素手のスポーツであろうとも、強い球を打つためには、予備動作である、コック、や、ヒッチが必要なのです。テニスでは、正面向きから、横向きになる動作が、コック、や、ヒッチになっているのです。しかし、最初から、ラケットを引いたままだと、コック、や、ヒッチする、という感覚が起こりません。だから、思い切り、打てないような感覚になります。だから、誰も、そんなことをしないのです。しかし、最初から、横向きで、テークバックをしていても、打つ時には、必ず、コック、や、ヒッチ、をします。というか、コック、や、ヒッチが、自然に起こります。なぜなら、強く打つためには、コック、や、ヒッチが必要だからです。なので、最初から、ラケットを引いたまま構えていても、ボールが来て、思い切り、打とうと思ったら、自然と、コック、や、ヒッチ、が起こります。正面向きから、横向きになる動作は、いわば体全体の、コックや、ヒッチ、です。ですから、最初から、横向きだと、打つパワーは、確かに、少し、落ちます。しかし、それでも、打てないことは、ありません。つまり、ラケットを引いたまま、構えていても、ボールが来たら、打つ時には、(せーの)、と、言って、あらためて、打つ準備動作をしていますよ。最初は、違和感を感じるでしょうが、慣れれば、それで打てるようになります。振り遅れ、を、直すには、最初から、ラケットを引いておけば、いいのです。打つパワーは、少し、落ちますが、打てないことは、ありません」
時計を見ると、ちょうど、レンタルの2時間が経っていた。
「京子さん。もう時間ですね」
「ええ」
「あ、あの。山野さん」
「はい。何でしょうか?」
「また、いつか、コートを借りて、教えて頂けないでしょうか?」
「ええ。いいですよ」
「あ、あの。山野さん」
「はい。何でしょうか?」
「あ、あの。近くのガストで、一緒に、食事しませんか?」
彼女が聞いた。
「は、はい」
彼は、赤くなって答えた。
しかし、この場合、彼女に、こう聞かれたら、「いえ。いいです」、とは、言うことは、出来ない。
彼女に、恥をかかせてしまうからだ。
彼女を、悲しませてしまうからだ。
二人は、それぞれの車に乗って、近くの、ガストに入った。
「たまには、肉を食べたくって」
と言って、彼女は、ステーキ定食を注文した。
彼も、彼女と、同じ、ステーキ定食を注文した。
食べながら、彼は、彼女に話しかけた。
「京子さん」
「はい。何ですか?」
「京子さん。実を言うと、僕は、京子さんと、入れ違いで、会えなかったのではなくて、引地台温水プールに行っていました。スポーツの、上達は、短期間で、上手くなれるものではないので・・・。なので、一週間、や、二週間、程度、で、あなたに会って、あなたに、(なかなか上手くならなくて・・・)、と、失望の言葉を聞きたくなかった、からです」
「そうだったんですか。山野さん、て、思いやりがあるんですね」
と言って、彼女は、ニコッと、笑った。
「では。また、今度、テニスを教えてくれないでしょうか。今度は、バックハンドを、教えていただけないでしょうか」
「ええ。いいですよ」
彼は喜んで答えた。






平成30年6月30日(土)擱筆








キックボクサー柳井育夫

2018-06-25 03:13:12 | Weblog
キックボクサーの柳井育夫、という人を、You-Tubeで知った。

自身、現役の選手であると、同時に、キックボクシングのジムも、経営していて、キックボクシングを教えている。

関西の人である。(関西弁で喋っているので)

しかし、塗装屋として働いているというので、自身のランキングも、世界クラスとかではないだろうし、キックボクシングのジムも、それほど、大きなものではないのだろう。

しかし、You-Tube、で、色々、キックボクシングの技術とか、その他、色々なことを、説明しているが、実に、わかりやすい。

今まで、ボクシングの技術の解説の動画を見ても、いまいち、よくわからなかった。

しかし、氏の解説は、非常にわかりやすい。

それと、「護身術として格闘技を習った方がいいか」、とか、「格闘家とケンカ」、など、非常に正論を言っている。

優れたファイターであると同時に、優れた指導者である。

安部政権が終わる日が日本の独立記念日である

2018-06-23 11:10:39 | Weblog
「安部政権が終わる日が日本の独立記念日である」

いつになるかは、知らないけれど、安部政権が終わる日が、安倍一族が支配する独裁国家、日本の独立記念日である。

それまで、我慢。

いつかは、必ず、終わりがくる。



自衛隊の中から、クーデターが起こってくれるかもしれないし。

青年将校 「安倍晋三。神罰を受けろ」

安倍晋三 「まて。話せばわかる。ていねいに説明する」

青年将校 「お前のそのウソはもう通用しない。問答無用」

ズキューン。

尾木氏、加計理事長の会見に怒り「バカにしてる」

2018-06-20 15:17:03 | Weblog
「尾木ママこと教育評論家の尾木直樹氏(71)が、学校法人「加計学園」の加計孝太郎理事長が19日に行った会見について、「完全にバカにしてる」と厳しく批判した。尾木氏は同日、「加計学園もいい加減で『笑い者』大学なのかしら?」のタイトルでブログを更新。加計理事長が、獣医学部新設をめぐり15年2月25日の安倍晋三首相との面会が「愛媛県文書」に記載されたのは、虚偽の発言をした事務局長の判断だったとの認識を繰り返すなどしたことに「はっきり言ってとても恥ずかしくなりました! これが大学の記者会見??って激しく動揺しました!」と不信感をあらわにし、「これで説明責任果たしたとでも考えているのでしょうか?」と疑問を呈した。
さらに翌20日のブログでは、問題が発覚して以来、沈黙してきた加計理事長が急きょ、大阪の地震やサッカーワールドカップ等に世間の関心が集まっている最中に会見を行ったことに「ワンチャンスだとばかりに[幕引き]会見に打って出た」と疑いの目を向け、「国語の教師として、言葉と表情をよく見聞きすると 完全にバカにしてる 記者たちを見下している ってとても残念!! 教育機関の大学がやってはいけない会見です」と批判した。」

(「日刊スポーツ」6/20(水) 11:12配信 )



でも、これで、いいじゃない。

これで、加計孝太郎の人間性が、はっきりと、わかり、安倍晋三の、加計学園、関与が証明されたんだから。

もう、安倍晋三の政治家生命は終わりです。

太田充理財局長の答弁の意図

2018-06-19 20:44:20 | Weblog
「太田充理財局長の答弁の意図」

森友学園の公文書の提出を求める、共産党の、小池晃氏に対して、財務省の太田充理財局長は、

「(警察の)捜査にどのような影響が出るか、わかりませんので、答弁は、控えさせて頂きたいと思います」

と、同じ答弁を何度も繰り返した。

この答弁の意図は簡単で。

言い換えると。

「もしかすると、警察、検察、が、公文書の改ざんを、隠蔽してくれるかも、しれませんので、それまで、警察、検察、の判断を待ちたいと思います」

である。



警察、検察、なんて、いい加減な、組織だし。

取り調べ、なんて、机をぶったたいて、強引に自白させる、か、検察官の面前調書なんて、デッチあげの、いい加減なものだし、(三井環事件がいい例)、その逆に、伊藤詩織さんの、レイプ事件のように、事件があっても、検察が、不起訴にすれば、事件がなかったことにも、出来るし。

そもそも、法務大臣は、安倍晋三が、決めるのだから、警察、検察が、安倍政権を忖度するか、逆に、政府が、司法に圧力をかけることも、あり得る。

トランプにふられた安倍晋三

2018-06-18 10:55:22 | Weblog
「トランプにふられた安倍晋三」

安倍晋三は、日米同盟さえ、守っていれば、アメリカが、何でもやってくれる、と思っていた。

そこが大きな誤算。

考えが、甘いんだよ。

アメリカに、甘ったれてんだよ。

アメリカは、自国第一主義、と、そもそも最初から言っていたじゃないか。

アメリカは、大国、中国、のことが、頭の中を占めていて、日本は、どーでもいい、と思っていた。

米朝合意で、北朝鮮は、非核化を約束したが、非核化の撤去費用、200兆円、は、日本が出せ、と、冷たく突き放された。

拉致問題も、これは、日本と北朝鮮の問題なんだから、日朝で、対話するしかない。

安倍晋三は、アメリカが、日本の拉致問題にも、手を貸してくれると、甘ったれた誤算をしていた。



トランプ大統領の口から、日本の拉致問題のことを、世界に、一言、言ってもらった、対価は、アメリカからの、莫大な金額の戦闘機の購入。



どこの国でも、外交では、自国の利益しか、考えていない。

外交とは、武器なき戦争なのである。

ヘコヘコ、へつらってりゃ、アメリカが、何でもやってくれる、と、安倍晋三は、甘ったれていた。



北朝鮮は、アメリカに、体制の保証を約束させた。

体制の保証とは、金一族による、独裁政治である。

北朝鮮は、アメリカに、独裁国家のお墨付きをもらったのである。

さて。

拉致問題は、どうなる?

仮に、北朝鮮が、拉致問題に前向きな姿勢を見せても、それは、北朝鮮の、一方的な、発表に終わるだろう。

日本の警察が、北朝鮮に、乗り込んでの、合同捜査、など、出来っこない。

なにせ、相手は、独裁国家である。

しかも、アメリカの後ろ盾のある独裁国家である。

しかも、安倍晋三は、北朝鮮を悪、とアピールすることを、政治利用してきた。

安倍晋三は、森友学園問題、加計学園問題、で、自分は、真実を明らかにしないで、ひた隠しにしているのに、他国には、真実を明らかにしろ、と言う資格があるのだろうか?

本田宗一郎と僕

2018-06-15 04:23:24 | Weblog
本田宗一郎は、物を作るのが、好きで、そして、自動車が好きで、東京に出て、自動車修理工場アート商会、に、丁稚で働いて、自動車の修理の技術を身につけた。そして、浜松にもどって、自動車修理工場をつくった。社員も増え、会社の経営も、順調に行っていたのに、本田宗一郎は、自動車修理工場を、社員の大反対を押し切り、やめてしまい、ピストン・リングの製造工場に切りかえてしまった。

こういう性格は、僕と、全く同じなのである。

以下、本田宗一郎の文章。

「修理は、所詮、修理に過ぎない。経験さえ積めば、誰にでも出来る仕事だ。
だから、これに、一生を費やすのは、実にばかげている。人間と生まれている限り、どうせやるなら、自分の手で何かをこしらえよう。工夫し、考案し、そして社会に役立つものを作るべきであろう。他人さまの制作したものを修繕するなどという、いわば、人の尻馬に乗った商売なんか、犬に食われてしまえ。そうだ、自分のこの手で何か作ってやろう」
やろうと決心したら、せっかちで、向こう見ずな私の性格である。
そこで、私は、自分の決意の命じるところに従い、工員50人ほどの修理工場にのびていた工場をあっさりやめて、こんどは、ピストン・リングの製造工場に切りかえてしまった。」

(本田宗一郎「スピードに生きる」)

僕も、

「医学や、医者なんて、他人の作ってくれたもので、経験さえ積めば、誰にでも出来る仕事だ。だから、これに、一生を費やすのは、実にばかげている。そんな、人の尻馬に乗った仕事なんか、犬に食われてしまえ。」

そう思って、僕は、医学部三年の時、小説家になることが、自分の実存である、と気づいたのである。

それ以来、僕は、小説を書き続けてきた。

一生、書き続けるだろう。

空手の寸止めは殺人予備罪となってしまう

2018-06-14 09:13:04 | Weblog
「空手の寸止めは殺人予備罪となってしまう」

空手家は、寸止め、が出来る。

寸止め、の、ルールの、試合は、日本中で行われている。

素人でも、寸止め、は、出来るが、空手家の方が、圧倒的に、上手く出来る。

さて。

街中で、言いがかり、を、つける、チンピラを、黙らせるため、威嚇の目的で、寸止めの、パンチを出して、警察官が、その場にいたら、「殺人予備罪」、と、なってしまう、だろう。

寸止め、では、相手は、全く傷つかない。

空手家は、傷つける意志も、持っていない。

しかし、空手家が、寸止めパンチを出す動作を始めたら、ほんの数秒しか、時間がない。

なので、警察官は、空手家が、寸止め、する気だったのか、本当に殴る気だったのが、判断している暇などない。

なので、空手家が、警察官に、取り押さえられたら、「最初から寸止めして威嚇するだけのつもりだった」、と言っても、「殺人予備罪」、に、されてしまう。

「殺人予備罪」、とまでは、いかなくても、「傷害未遂罪」、にされてしまう。

「寸止めするつもりだった」、と言っても、警察官に、「オレが、やめろ、と言ったから、やめたんだろう」、と決めつけられて、一件落着。である。

なぜなら、警察には、立証義務などないし、空手家に、立証義務があるからだ。

(ホントは、逆のはずなんだけどね)

日本の司法は、狂っているから。

「殺人予備罪」、さえ、非常に慎重に、行使しなくては、ならない。

ましてや、共謀罪(テロ等準備罪)、など、キチガイ法律である。

自衛隊は暴力装置である

2018-06-14 04:29:34 | Weblog
「自衛隊は暴力装置である」

以前、民主党政権の時、仙石由人が、自衛隊を、「暴力装置」、であると言ったが、その通りじゃねえか。

政府は、イラク戦争、や、南スーダンでの、自衛隊の活動を、把握していなかったじゃねえか。

安倍晋三も、防衛大臣だった、稲田朋美も、自衛隊の日報(活動)、を、把握していなかったじゃねえか。

政府が、自衛隊の活動を把握していない。

これは、まさに、シビリアンコントロール(文民統制)が、出来ていない、ということじゃねえか。

政府が、自衛隊の活動を把握していないのだから、自衛隊が、政府の指示ではなく、自衛隊の上層部の指揮官、か、誰の指示かは、知らないが、かってに活動していた、ということじゃねえか。

だから、「自衛隊は暴力装置である」、というのは、事実じゃない。

だから、丸川珠代は、今度の、参院選で、絶対、落選させねばならない。

米朝合意に安倍晋三は、ガッカリ

2018-06-13 14:30:46 | Weblog
米朝合意に安倍晋三は、ガッカリ。である。

なぜなら、安倍晋三が、主張したい所の、仮想敵国(北朝鮮の軍事脅威)、が、なくなってしまったからだ。

安倍晋三の本心は、世界最大の軍事国家、アメリカとの、軍事同盟を強化して、アメリカと共に、武力で、世界を征服したい、というのが、安倍晋三の本心だからだ。

最大の仮想敵国(北朝鮮の軍事脅威)、が、なくなってしまった以上、(日本を攻めてくる国がなくなってしまった以上)、辺野古に強引に米軍基地を作る大義名分も、なくなってしまった。し、憲法改正して、9条に、自衛隊を明記することも、出来にくくなってしまった。

Jアラートも無意味になった。PAC3も、無意味になった。

安倍晋三は、北朝鮮の軍事脅威を最大限の政治課題として訴えることで、(煽り立てることで)、森友学園問題、加計学園問題、を、何とか、そらそうとしてきた。

しかし、それも、出来なくなった。



北朝鮮の金正恩の、本心は、わからない。

しかし、韓国との、南北会談、アメリカとの米朝合意など。

一年前では、信じられないことだった。

確かに、米朝の共同声明では、完全な、不可逆的、非核化、は、明記されてなかった。

しかし、韓国の文在寅と、抱き合い、トランプ大統領と、会って、握手し、会話までした。

これが、すべて、お芝居で、金正恩が、非核化の行動を起こさない、としたら、金正恩は、トランプ大統領の、強気で、単純で、直情径行の、性格を理解しているから、トランプ大統領を、激怒させる、ことは、わかっているから、トランプ大統領を、裏切る、なんて、そんな、ふざけたことは、とても、するとは、思えない。



そもそも、金正恩は、学があり、世界情勢を知っている。

人間が、悪人の改心を喜ぶ心理、を利用して、わざとミサイルを打ち続けてきて、一挙に、態度を変えた、とも、北朝鮮の専門家は言っている。

さて。軍事しか能のない、安倍晋三は、軍事的脅威がなくなった、これから、どうするか?



金正恩は、アメリカに、体制維持、を、交換条件にさせた。

これも、非常に賢いし、必然性がある。

なぜなら、独裁国家が、民主化する場合、クーデターが起こり、独裁者は、革命軍によって、処刑される、からだ。(あるいは国外逃亡)。

フランス革命しかり。ムッソリーニしかり。ヒトラーしかり。東条英機しかり。歴史上、あらゆる独裁者は、民主化する時、民衆や軍に、最悪な方法で処刑される。

民主主義国家でも、金正恩は、隣国の韓国の、パククネ元大統領の悲劇を見ている。

一応、民主主義国家ということになっている、日本の独裁者の、あわれな、なれの果て、も、見ている。

軍事大国アメリカ、世界の警察アメリカ、に、独裁国家の体制維持を、約束させた、金正恩の外交は、賢い。(クレバーなのか、ワイスなのか、は、わかんないけど)



これは、すべて、金正恩の妹の、金与正(キム・ヨジョン)、の助言のおかげ、なのである。

歴史は、すべて、女がつくる。

金与正 「お兄ちゃん。もう、世界から孤立するのは、やめようよ。トランプ大統領は、本気だよ。もし、アメリカが、攻撃してきたら、私たち一族は、全員、処刑されちゃうわよ」

金正恩 「うん。そうだね。じゃあ、どうすれば、いいの?」

金与正 「アメリカと話し合って、非核化と交換に、体制維持を約束してもらうのよ」

金正恩 「なるほど。それがいね。それしか方法がないね。わかった。そうするよ」

安倍晋三は、なぜ安倍昭恵の証人喚問をやらないか

2018-06-11 20:29:21 | Weblog
安倍晋三は、なぜ安倍昭恵の証人喚問をやらないか。

その理由は、簡単。

安倍昭恵の、証人喚問でなくても、参考人招致でも、記者会見でも、それを、行うと、安倍内閣が総辞職しなくてはならないからである。

総辞職どころか、政治家も辞めなくてはならない、からだ。

解散しても、安倍晋三は、立候補も出来なくなるからだ。(政治家もやめます、と言ったから)

「(森友問題で)私や妻が、関わっていたら、総理も政治家も、やめますよ」、と、安倍晋三が、軽はずみに言ってしまったからである。

「1」。安倍昭恵が、籠池氏に、100万円、渡した、と、正直に言ったら、妻が、森友学園に関わっていたことになり、安倍晋三は、総理も政治家も、辞めなくてはならなくなる。

今後の出馬も出来なくなる。

政治家生命が、終わりになる。

出馬すれば、安倍晋三は当選できるので、安倍晋三は、何としても、権力にしがみつきたい。

「2」。安倍昭恵が、籠池氏に、100万円、渡していない、と、言ったら、安倍昭恵は、ウソをついたことになり、安倍昭恵は、偽証罪で、逮捕される。

逮捕され、検察の取り調べ、によって、結局は、安倍昭恵が、籠池氏に、100万円、渡していることが、わかり、これも、安倍晋三の政治生命の終わり、である。

さて。そこで。安倍晋三は、内閣人事局で、法務省の人事で、安倍晋三の言うことを聞かせる、忖度検察まで、作り出せるか、どうか、が、問題となる。だろう。

籠池夫妻を、10ヵ月も、不当拘留させていた、大阪地検特捜部である。

そこは、私は、わからない。

つまり、安倍昭恵に発言させても、発言させなくても、安倍晋三の政治生命は、終わり、である。



なので、安倍昭恵は、記者会見さえ、出来ない、し、したくないし、安倍晋三も、絶対、安倍昭恵に、しゃべらせない。



しかし、法務大臣も、自民党議員の中から、安倍晋三が決めるのであり、役職をもらった大臣は、安倍晋三に感謝するから、当然、安倍晋三の御意向を忖度するだろう。

当然、自民党議員は、安倍政権、自民党政権を守ろうとする。

法務大臣の指揮権発動も、あり得る。

それに、そもそも、検察なんて、いい加減な組織だから、やっかいな問題は、やりたくないから、安倍昭恵を、起訴するか、どうか、疑問である。

それに、安倍晋三は、共謀罪(テロ等準備罪)、刑事訴訟法の改悪、という、検察に、とって、非常に、おいしい法律を作ってあげた恩人であるし。

僕と他者の関係

2018-06-11 00:39:28 | Weblog
僕は、他人との、つきあい、が、苦手である。し、嫌いである。

なので、極力、人と、つきあわない、ようにしている。

一人きりの方が、何と、気持ちが、やすらぐ、ことか。

孤独こそが、僕の安住の地である。

それでも、社会人である以上、どうしても、他人と、付き合わなくてはならない時もある。

僕は、根が、ものすごく、おとなしく、自己主張をしない、性格なので、他者との関係においては、他人は、僕を、無口で、おとなしく、自己主張をしない人間と見なす。

そうすると、他人は、僕の、「人の良さ」、に、つけこんで、だんだん、僕を利用しようと、つけあがってくる。

それでも、僕は、我慢するが、他人は、さらに、どんどん、つけあがってくる。

なので、僕は、とうとう、キレる。

そうすると、「おとなしい」、と、思っていた人間が、突然、「キレる」、ので、「あいつは、二重人格だ」、とか、「あいつは凶暴な人間だ」、とか、「あいつは、わけのわからない人間だ」、とか、「あいつはキチガイだ」、とか、言われる。

その繰り返し、である。

まあ、他人が、僕を、どう見ようと、僕は、そんなこと、気にしないけどね。



しかし、これは、まさに、映画、「シェーン」、や、ブルースリーの映画、の主人公と同じである。

シェーンは、争いごとを嫌う、善良な、素晴らしい人間である。

なので、悪人どもが、からんできても、シェーンは、じっと我慢する。

しかし、シェーンが、おとなしくしていると、悪人どもは、どんどん、つけあがっていく。

それで、仕方なく、シェーンは、キレて、相手と決闘する。



ブルース・リーの映画も、主人公のブルース・リーは、悪人どもの、無法に、我慢に我慢をかさねる。

しかし、そうすると、悪人どもは、どんどん、つけあがっていく。

なので、ブルース・リーは、仕方なく、キレて、悪人を、やっつける。



僕と全く同じである。

サド哲学に対する反論(人間性の開放の危険さについて)

2018-06-09 02:47:37 | Weblog
サド哲学に対する反論(人間性の開放の危険さについて)。

(これは、以前書いたメモ。後日もっと、ちゃんと、書きます)

サド哲学。人間性の解放。
文学者・哲学者の、サドは、人間性の解放が、いかに危険か、ということを、小説で説いている。サドの系譜につながる、バタイユも、それを小説や評論で書いている。
しかし、僕は、「人間性の解放が、いかに危険か」、という命題に、そもそも矛盾を感じる。
三島由紀夫が、「文化防衛論」、と、題した、You-Tube、で、早稲田の学生にそれを説いている。一見、何となく、聞いていると、もっともだ、と思ってしやすい。
しかし、僕は、三島由紀夫の考えに、異論を唱える。
「人間性の解放が、いかに危険か」という、テーゼは、「国家や、社会という、秩序を、とっぱらってしまった時、人間は、どう行動するか」、という問題と同じだと思う。
つまり、「ある一定の数の人間の集団をアナーキズム(自由奔放)の状態にして、行動することを許したら、どうなるか?」と言ってもいい。

僕は、人間性というものは、年齢的には、非常に早期に形成される、と思っている。
し、実際、そうである。
子供(幼稚園児)は何と礼儀正しいことか。
僕は、人間性というものは、社会(で守るべきルールの自覚)によって、形成されるのではなく、親子関係によって、形成されるものである、と思っている。
第一、人間性が形成される3歳から4歳ころの子供、は、社会とか、国家とかの概念なんて、わからない。し、幼稚園という集団にも、属していない。
人間性は、親子関係によって形成されると僕は思っている。
(特に、母親)
子供は、母親から、自然と、言語を覚える。言語を身につける、ということが、すでにもう人間性を90%以上、獲得した、といってもいいほどである。ぜならな、言語を獲得した、ということは、母親に限らず、全ての人間と、会話できるからである。
しかし、言語を獲得した、だけでは、まだ、人間性が、100%、形成された、とは、いえない。なぜなら、その程度の、子供(自分の思いを伝えられるようになっただけの人間)は、自分の欲求だけを、母親に訴えるだけで、他人を慮ったり、社会のルールを守らなくては、という意識もない。
母親との関係は良好で、幼い子供は、母親を愛する。
しかし、すべて、自分の、やりたい欲求を訴えるだけで、社会的な人間とはいえない。
しかし、さらに、成長するにつれ、ワガママを言うと、母親から注意される。
していいことと、してはいけないこと、を、日常の親子関係の中から、経験的に知っていく。
もちろん、経験的に知っていくだけではなく、その理由も、わかるようになる。
こうして、幼稚園に入るまでには、もう、人間性というものが形成される、と、僕は思っている。
幼稚園の子供は、もう、すでに、社会的人間である。
社会人としての、ルールを知っている。
礼儀を知っている。
自我にも目覚めている。
だから、幼稚園に入って、好きな女の子を見ても、いきなり、抱きつく、ということもしないし、(してはならない、という社会的ルールを知っているから)。
他人の物を、横取りする、ということも、しない。(これも、社会的ルールを獲得しているからである)

それ以前の、母親との会話で、言語を身につけただけで、「あれして欲しい。これして欲しい」、だけしか、訴えられない、ほんの幼い幼児は、まだ、人間性を獲得していない、と僕は考える。つまり、言語と、自分の欲求だけの人間。である。

そういう幼児を、体だけ大きくして、そういう人間たちを集めて、アナーキズムの集団にしたら、サドや、バタイユの、言う所の、完全に、人間性が解放された、行為が行われる、可能性は非常に強いと思う。
つまり、男は、好きな女をつかまえ、女が嫌がっても、女に好きなことをし、また、他人の物を平気で、奪うだろう。
しかし。
僕は、ここに、サドやバタイユの矛盾を感じるのである。
なぜなら、好き勝手なことをしている、彼らは、まだ、「人間性を身につけていない」のだから。
だから、こういう仮説の実験が、仮に成功したとしても、それは、
「人間性の解放がいかに危険か」、ということの証明には、なっていない。と僕は考える。
なぜなら、彼らは、(繰り返し言うが)、「まだ、人間性を獲得していない」のだから。
つまり。
「人間性をまだ獲得していない、人間に、人間性を完全に解放させる事がいかに危険か」
という、のは、日本語の文章として、おかしいのは、誰でも、わかると思う。

さて。
それでは。
本題に入るとしよう。
もっと成長して、母親から、しつけ、されて、していいことと、していけないこと、の分別がわかるようになった、(つまり、社会的ルールを知った)、つまり、人間性を獲得した、人間(子供でも大人でも)、を集めて、自由に好きなことをしていいよ、という、アナーキズムの集団をつくったら、どうなるか?
サドやバタイユや、三島由紀夫は、人間性の解放を危険視しているから、そういう集団では、男が女を犯し、男達が、女を輪姦し、人殺しが起き、略奪が起き、メチャクチャな集団になる、と、思っているようだが。
僕は、そう思わない。
確かに、そういう集団が出来た、初期には、強姦も、輪姦も、殺人も、略奪も、かなり起こるだろう。
(今、思いついたが、食べ物、と、住居、と、衣服、のある無人島に、多くの人間が、流れ着いた場合を考えてみればいい)
しかし、人間には、良心の無い人間だけではない。
人間には、良心のある人間もいれば、おとなしい人間、物事を深く考える人間もいる。
そういう人間が、好き勝手なことをしていたら、この集団は、下手をすると、全員、滅んで、死んでしまうかもしれない、という危惧をもつ、と僕は思う。
そして、信頼できる人間を、リーダーにし、彼に、集団が滅びないよう、守るべきルールがつくられる、だろう。
しかし、時間が経って、リーダーが好き勝手なことをするようになったら、また、無秩序の社会になり、そして、また、新しいリーダーが選ばれたりするだろう。

それは、歴史が証明している。
人間は、原始の頃は、国家も法もない、無秩序な人間の集団の集まり、だった。
しかし、それで、個人個人が、好き勝手なことを、していたら、全員、死んでしまう、という恐怖感から、人間は、ルールというものを思いついた。

十五少年漂流記。は、フィクションの小説だが、実際に、ああいうことは、起こりうることである。あの場合、15人の少年、少女は、まさしく、法も社会も無い、(アナーキズム)の集団だが、彼らが、自分の欲求のまま、行動するはずがない。そんなことをしたら、全員、死んでしまうからだ。

ソドムの市、でも、ゴモラの市、でも、ルールはあったはずだ。
なぜなら、ソドムの市、でも、ゴモラの市、でも、人々は、好き勝手なことだけを、していたはずはない。
そんなことをしていれば、食料の生産も行われなければ、住居も無い、(大工という職人がいないのだから)
だから、そんな社会は、すぐに滅びてしまうはずだ。


世の中の、全てのことは、正規分布に従う。
良い人もいれば、悪い人もいる。

サドの人間認識の誤りは、人間を、みな、同一、と見なしている所にある。
しかし、人間性の悪の一面を、しっかり見て、それを世間に訴えたサドの功績は大きいと思うが。

僕は、人間性を知るには、多数の人間の、寄せ集め、の集団より、個人を見た方がわかりやすいと思う。
独裁者の国家の、元首が何をするか?
それは、北朝鮮を見れば、一目瞭然である。
独裁者は、国家に反抗する人間を殺し、元首は、たらふく食い放題。
独裁者の性癖にもよるが、快楽殺人を楽しんでいた独裁者もいるだろう。
アラビアンナイトは、おとぎ話だか、王様は、一日に、一人の女を殺していた。
ああいうことは、古代の暴君、ネロ、その他、数えきれないほどの無数の暴君によって、平然と行われていた。



人間性について、書いているうちに、色々と、書きたいことが、出てきた。



しかし、とりあえず、サド哲学に関して結論を言うならば。

「サドにとっての、「人間性の開放の危険」、という思想は、サドの好みの入った、極端に誇張された、サドにとってのユートピア的仮想思想である。しかし、それには、確かに、人間性に関する、間違いない真理の一面を含んでいる。」

と言えると思う。



僕は、人間性は、どんなに汚くても、恥を知っている、という感覚があることが、人間性の開放に、ブレーキをかけている、と思う。

なので、安倍晋三のような、「恥知らず」、な人間にこそ、人間性の完全な開放の危険さ、を、まざまざと、見ている思いがする。

日大フェアプレー物語(小説)

2018-06-06 05:31:47 | Weblog
「日大フェアプレー物語」

という小説を書きました。

ホームページ、「浅野浩二のHPの目次その2」、http://www5f.biglobe.ne.jp/~asanokouji/mokuji2.html
にアップしましたので、よろしかったらご覧ください。

(原稿用紙換算75枚)




日大フェアプレー物語

日大、女子野球部と、関西学院大学、女子野球部は、日本を代表する、実力チームである。
2018年(平成30年)5月6日、日大、女子野球部と、関西学院大学、女子野球部は、定期交流試合を行った。
日大女子野球部では、内田監督は、絶対権力者だった。
選手は、内田監督の言うことには、逆らえず、というより、内田監督に、話しかけることは、恐れ多いことで、選手は、内田監督には、絶対服従だった。
内田監督が、コーチに試合の采配、起用、練習内容、その他、全てのことを決めて、コーチに命じて、選手は、コーチの言うことに従うのだった。
それが、日大女子野球部の組織構造だった。
2018年(平成30年)5月6日、日大、女子野球部と、関西学院大学、女子野球部は、定期交流試合が行われた。
試合は、関西学院大学が先攻に決まった。
試合前、日大の、エース、宮川京子に、井上ピッチング・コーチが、こう命じた。
「関西学院大学、の3番の、奥野康子さえ、抑えれば、我が野球部は勝てる。お前は、奥野康子をデッドボールで、つぶせ」
と、井上ピッチング・コーチが、命じた。
「ええー。そんなこと。出来ません。井上コーチ」
宮川京子は、驚いて言った。
「これは、内田監督の指示だ。もし、奥野康子を、つぶさなかったら、お前は、もう、試合に出さないからな」
と、井上ピッチング・コーチが、念を押した。
宮川京子は、悲しい思いで、マウンドに向かった。
(こんなこと、スポーツウーマンシップから、考えたら、狂っている。でも、奥野康子さんを怪我させなかったら、私は、試合に出してもらえない)
宮川京子にとって、野球は、生きがい、そのもの、だった。
彼女から、野球を、奪うのは、彼女の命を奪うのと、同じほどの意味を持っていた。
ウーウーウー。
試合開始のサイレンが鳴った。
関西学院大学女子野球部の、1番バッターが、バッターボックスに入った。
宮川京子は、大きなワインドアップの動作に入って、投げた。
1番バッターは、三球三振で打ちとった。
2番バッターも、三球三振で打ちとった。
なにせ、宮川京子は、女子なのに、小学生の時から野球を始め、リトルリーグでは、全国優勝したほどである。
彼女の球威は、物凄く、最速、時速160km/hのストレートを投げることが、出来た。
彼女が、本気で、デッドボールを投げたら、打者は、とても、よけられるものではない。
3番の、奥野康子が、バッターボックスに入った。
「京子。久しぶりね。今日は、絶対、負けないからね」
と、奥野康子は、微笑んで言った。
宮川京子は、手加減して、スピードも、少し遅くして、あまり、怪我の程度が、少ない、お尻へ、デッドボールを投げようと思った。
その時である。
井上ピッチングコーチが、「タイム」、をかけて、マウンドにやって来た。
そして、宮川京子を厳しく、にらみつけた。
「いいか。本当に、やらなきゃ、意味ないぞ。やらなかったら、お前は、もう、試合に、出さないからな」
と、念を押して、ダッグアウトに戻って行った。
宮川京子と、奥野康子は、幼い頃から、友達で親友でもあった。
小学校も、中学校も、高校も、関西学院大学の付属の同じ、学校で過ごした。
大学は、宮川京子は、危機管理学部があり、女子野球部もある、日大に、行くことにしたのである。
奥野康子は、そのまま、地元の、関西学院大学に進学した。
(野球は私の命だわ。康子。ゴメン。許して)
宮川京子は、泣きながら、第一球から、バッターボックスの、奥野康子を、狙って、思い切り、投げた。
投げた直後、宮川京子は、「康子。お願い。よけて」、と、心の中で、叫んだ。
しかし、時速160km/hのストレートである。
打者に届くまで、0.2秒もない。
よけようと思って、よけられるものではない。
「あっ」
奥野康子は、とっさに、声を出して、危険を回避しようと、身をかわそうと、したが、宮川京子の剛速球は、よけられなかった。
ボールは、奥野康子の、頭に当たった。
ヘルメットをかぶっている、とはいえ、その衝撃は強く、奥野康子は、倒れてしまった。
「康子!!」
宮川京子は、あわてて、マウンドから、倒れている、奥野康子の元に駆けつけた。
「康子!!。ゴメンね。しっかりして」
宮川京子は、泣きながら、奥野康子を、ゆすった。
球場医が、すぐに、駆けつけて来た。
「頭部外傷の場合、頭を動かすのは、危険です。診察しますので、離れて下さい」
球場医が、言った。
なので、宮川京子は、泣きながら、奥野康子から離れた。
「今のは、危険球と見なします。宮川選手は、退場処分とします」
と、主審が言った。
宮川京子は、泣きながら、奥野康子を見守った。
球場医は、倒れている、奥野康子の診察を始めた。
「奥野さん。奥野さん」
と、球場医は、何度も、大きな声で、呼びかけた。
しかし、反応が無い。
医師は、奥野康子の、胸骨を、グリッと、力一杯、押した。
しかし、反応が無い。
「意識消失のレベルは、JCS300です」
医師が言った。
次に医師は、ペンライトを取り出して、奥野康子の、瞼を開け、対光反射を調べた。
「対光反射は、正常です」
医師が言った。
次に、医師は、奥野康子の口に顔を近づけて、呼吸を確認し、次に、手首で脈を調べた。
「呼吸と脈も、正常です」
医師が言った。
「一過性の脳震盪だと思います。やがて意識を回復すると思います。しかし、これだけの検査では、確定的なことは、言えません。MRIの撮影、その他、精密検査が必要です。すぐ、日大病院に搬送して下さい」
医師が言った。
「わかりました」
日大女子野球部の、ヘッドコーチが言った。
奥野康子は、担架に乗せられて、球場に用意されていた、救急車で、日大病院へ搬送された。
「私も、同行させて下さい」
宮川京子が救急隊員に言った。
「あなたは、この負傷者と、どういう関係なのですか?」
救急隊員が聞いた。
「この人を負傷させてしまった、加害者です。ライバルですけれど、幼馴染み、の、かけがえのない友人でもあります」
と、宮川京子が、言った。
「わかりました。いいでしょう」
救急隊員が言った。
こうして、宮川京子は、救急車に、乗り込んだ。
ピーポーピーポー。
救急車は、サイレンを鳴らしながら、神宮球場から、日大病院へと向かった。
移動中、宮川京子は、意識の無い、奥野康子の、手を、握りしめた。
(神様。どうか、康子ちゃん、が、無事でありますように)
と、宮川京子は、祈った。
宮川京子は、大学は、日大だが、小学校も、中学校も、高校も、関西学院大学の付属の同じ、学校だった。
クラスも、奥野康子と同じになったこともある。
二人は、休みの日には、京都、奈良の、お寺を回ったり、一緒に、勉強したりした、昵懇、の間柄だった。
関西学院大学および、付属の、小学校も、中学校も、高校も、ミッションスクールで、キリスト教が、教育理念の根本にあった。
毎日、朝には、礼拝があった。
宮川京子は、信仰心のあつい生徒だったので、高校の時、洗礼を受けて、クリスチャンになっていた。
奥野康子も、同様に、信仰心が、あつく、高校の時、宮川京子と、一緒に、洗礼を受けて、クリスチャンになっていた。
彼女は、将来は、牧師になろうと、関西学院大学の、神学部に進学していた。
搬送中、宮川京子は、一心に、神に祈った。
(神様。どうか、康子ちゃん、が、無事でありますように)
救急車が日大病院に着いた。
病院では、救急科の医師、数名と、看護師、数名が、病院の外に出て、負傷者の到来を待っていた。
救急隊員は、奥野康子の乗っているストレッチャーを、降ろした。
「頭部外傷です。意識レベルは、JCS300です。が、バイタルは、問題ありません。どうか、よろしくお願い致します」
救急隊員が言った。
「わかりました。ご苦労さまです」
救急科の医師が言った。
看護師たちが、奥野康子の乗った、ストレッチャーを、病院に運び入れようとした。
「先生。康子ちゃんは、助かるでしょうか?」
宮川京子が、医師に聞いた。
「あなたは誰ですか?」
医師が聞いた。
「康子ちゃんを怪我させた、加害者です」
宮川京子が、言った。
「そうですか。バイタルは正常ですが、確定的なことは、精密検査してみないと、わかりません。あなたも、動揺しているでしょうが、落ち着いて下さい」
そう言って、医師と看護師たちは、ストレッチャーを、病院の中に、運び入れた。
奥野康子は、放射線科の、MRI室に、運びこまれた。
「撮影中」の、ランプが、点灯した。
宮川京子は、MRI室の、前に、ひざまずいた。
そして、手を組んで、神に祈った。
(神様。どうか、康子ちゃん、の、無事をお守り下さい)
しばしして、「撮影中」、のランプが消えた。
医師が、出てきた。
「先生。康子ちゃんは、どうですか?」
宮川京子は、医師に駆け寄った。
「大丈夫です。大きな怪我はありません。後遺症も残りません。しかし、危なかった。ヘルメットには、ひび、が、入っていました。もし、当たる場所が悪かったら、脊椎を損傷して、車椅子になっていたかも、しれませんな。ボクサーのパンチは、凶器と言いますが、あなたの剛速球も、一歩、間違えば、凶器となりますな」
ははは、と、医師は、笑った。
宮川京子は、ほっと、安心した。
そして、心の中で、神に祈った。
(神様。康子を救って下さってありがとうございます)
「今、康子は、意識があるんですか?」
宮川京子が聞いた。
意識があるのなら、すぐに、話しかけたかったからである。
「今。意識が、回復中です。呼びかけに対して、かろうじて、(はい)と、答えています。しかし、今は、あまり、話しかけない方がいい。あなたも、精神的に疲れているでしょう。もう、今日は、帰った方がいい。お帰りなさい」
医師が言った。
「はい。わかりました」
宮川京子は、素直に、返事した。
そして、医師の言う通り、病院を出た。

その翌日。
宮川京子は、日大の、市ヶ谷キャンパスに登校した。
その日の昼休み。
女子野球部員のほとんどが、宮川京子の所にやって来た。
「京子。昨日、救急車に乗って、病院にまで、行ったんだってね」
捕手の、嶋宏子が聞いた。
「ええ。行ったわ」
京子が答えた。
「相手の選手、の具合、どうだった?」
同じピッチャーの、菅野智子が聞いた。
「大きな怪我はなかったわ。後遺症も残らないって、先生が、言っていたわ」
京子が答えた。
「それは、よかったわね」
菅野智子が言った。
「京子。昨日のこと、むしかえしちゃうようで、悪いけれど、どうして、昨日、あんな、暴投をしたの。私は、アウトコースの低め、のカーブを要求したのに?」
捕手の、嶋宏子が聞いた。
その時、宮川京子は、「わっ」、と、泣き出した。
「どうしたの。京子。何か、事情がありそうね。よかったら、話してくれない?」
菅野智子が言った。
「じ、実は。試合が、始まる前に、井上ピッチングコーチが、私に、奥野康子を、つぶせ、って、言ったの。やらなかったら、私を、もう試合に出さないって、言って・・・」
宮川京子は、泣きながら話し出した。
「そうだったの。やはり、あの暴投には、何かあるな、と、私も思っていたの。私も、以前、井上ピッチングコーチに、デッドボールを投げろ、って、言われたことがあるわ」
菅野智子が言った。
「それで、智子は、どうしたの?」
宮川京子が聞いた。
「井上ピッチングコーチの言うことは、絶対だわ。というより、本当は、内田監督の指示だわ。それを、井上ピッチングコーチが、伝えているだけだわ。内田監督の指示には、逆らえないでしょ。逆らったら、干されるから。だから、仕方なく、デッドボールになるよう、投げたわ。ただ、ちょっと、スピードを落としたわ。だから、バッターは、よけられたわ」
菅野智子が言った。
それを聞いて、宮川京子は、「わーん」、と泣き出した。
「智子。あなたは、スピードを落としたのね」
宮川京子は、確かめるように聞いた。
「ええ」
菅野智子は、答えた。
「私は、全力投球したわ。あなたは、良心があるわ。私は、スポーツ選手失格だわ。私は、自分の野球生命と、相手の、選手生命の、ギリギリの選択で、私の、野球生命の方をえらんでしまったんだもの」
そう言って、宮川京子は、「わーん」、と泣き出した。
「京子。そう自分を責める必要はないわ。人間、そんな、極限状態の選択を迫られたら、頭が混乱して、冷静な判断なんか、出来なくなってしまうわ」
菅野智子が、なぐさめた。
「そうよ。内田監督に逆らったら、何をされるか、わからないわ。私なんか・・・私なんか・・・」
と言って、捕手の嶋宏子は、「わーん」、と、泣き出した。
「どうしたの。宏子?」
4番の安打製造器の異名をもつ内川聖子が聞いた。
「実を言うと、私、試合で、ミスをしたことが、あったでしょ。法政大学との試合の時」
嶋基宏が話し出した。
「ええ。あったわね」
内川聖子が言った。
「あの時、試合の後、内田監督に呼び出されたの。私は、こわかったわ。それで、内田監督の部屋に入った時・・・」
と言って、嶋宏子は、「わーん」、と、泣き出した。
「どうしたの。宏子?私たちは、チームメートよ。一人で悩まないで、何でも、吐き出して、しまいなさいよ。そうすれば、気分が、スッキリするかもしれないわよ」
内川聖子が言った。
「じゃあ、言うわ。私。内田監督の部屋に入ったの。そうしたら、内田監督が、私を往復ビンタしたの。そして、服を、全部、脱げって、言ったの。私は、服を全部、脱いだわ。内田監督は、ズボンのチャックを開けて、マラを突き出したの。そして、しゃぶれ、って言ったの。私は、無我夢中で、内田監督のフェラチオをしたわ。その後、内田監督は、私を床に、倒して、ズボンと、ブリーフを脱いで、私の、胸を荒々しく揉みながら、怒張したマラを、私に、突き刺したの」
嶋宏子は、泣きながら言った。
「宏子。知らなかったわ。そんなことがあったの。さぞ、つらかったでしょう」
内川聖子が、宏子の肩に手を掛けた。
「実を言うと私も・・・」
「実を言うと私も・・・」
みなが、勇気を持って発言しだした。
大方の部員が、内田監督に、犯されているようだった。
「みんな。もう、内田監督に呼び出されても、行かないように、しましょう。私たちが、団結して、試合を、ボイコットしてしまえば、内田監督も、パワハラが出来なくなるわ。チームあっての監督だもの」
「そうね」
「そうね」
みなは、同意し合った。

翌日。
宮川京子は、奥野康子の入院している、日大病院に、見舞い、と、謝罪に、行った。
トントン。
宮川京子は、病室の戸をたたいた。
「はい。どうぞ」
中から、声が聞こえた。
京子は、病室の戸を開けた。
「やあ。京子。見舞いに、来てくれたの。有難う」
「ご、ごめんなさい。康子ちゃん」
「いいのよ。野球に、デッドボールは、つきものだわ。コントロールが乱れちゃったんでしょ」
「ちがうの」
「どう違うの?」
「あれは、わざと、康子ちゃん、を、ねらって投げたの」
「ええー。本当?でも、一体、どうして?」
「ごめんなさい」
そう言って、宮川京子は、「わっ」、と泣き出した。
そして、デッドボールは、内田監督と井上ピッチングコーチのコーチの指示で、行ったことを話した。
「そうだったの。日大の内田監督は、絶対権力者だということは、聞いていたけれど、そこまで、するなんて、ちょっと、スポーツウーマンシップを逸脱しているわね」
奥野康子が言った。
「康子ちゃん。ごめんなさい。償いをしたいの」
宮川京子が言った。
「いいわよ。内田監督の指示には、逆らえないでしょ。京子のせいじゃないわ」
奥野康子が言った。
「でも、私は、スポーツ選手失格だわ。私は、自分の野球生命と、相手の、選手生命の、ギリギリの選択で、私の、野球生命の方をえらんでしまったんだもの」
そう言って、宮川京子は、「わーん」、と泣き出した。
「京子。そう自分を責める必要はないわ。人間、そんな、極限状態の選択を迫られたら、頭が混乱して、冷静な判断なんか、出来なくなってしまうわ」
奥野康子がなぐさめた。
「康子ちゃん。償いをしたいの」
宮川京子が、また言った。
「私がいいっ、て、言ってるじゃないの」
「でも、それでは、私の気持ちがすまないの」
「それじゃあ、裸になって、土下座して、謝りなさい」
あまりの京子の誠意に、ほだされて、康子は、クスッと、笑って、冗談めいた口調で言った。
しかし、京子は、康子の申し出た冗談を真に受けてしまった。
「はい。わかりました」
と、言って、宮川京子は、服を脱ぎだした。
京子は、ブウラスのボタンを外して、ブラウスを脱いだ。
「あっ。京子ちゃん。今のは冗談よ」
と、康子は、あわてて制止しようとした。
しかし、京子は、聞かなかった。
「いえ。せっかく、康子ちゃんが、満足する謝罪を言ってくれたんですもの」
そう言って、京子は、ブラウスを脱ぎ、スカートも脱いだ。
そして、ブラジャーと、パンティーも脱いで、丸裸になった。
「罰っせられない罪ほど、つらいものはないわ」
京子が言った。
「京子は、真面目なのね。わかったわ」
康子が言った。
京子は、床に座って、康子に向かって、土下座して、
「康子。ごめんなさい」
と、床に頭をこすりつけて謝った。
「わかったわ。京子。許す。許す」
康子が言った。
「で、でも。これだけでは、私の気がすまないわ。私をぶって。蹴って。思い切り」
京子が言った。
「そんなこと出来ないわ。京子は、昔から、誠実すぎるわ。じゃあ、罰として、私の足をなめて」
康子が、冗談まじりに言って、ベッドから、ニュッと、右の素足を突き出した。
「はい」
京子は、真面目に返事して、康子の足指を、親指から小指まで、口に含んで、一本、一本、丁寧になめ出した。
そして足指の付け根まで、口に含んで、ゆっくり、往復させた。
「ああっ。気持ちいいっ」
康子は、冗談から言ったのだが、京子の愛撫に、興奮してしまったのである。
康子は、今度は、左の足を、京子の顔の前に、突きつけた。
「さあ。左足もなめて」
康子が言った。
京子は、康子の左の足指を口に含んで、一本、一本、丁寧になめた。
足指の付け根まで、親指から小指まで、ゆっくり、往復させた。
「ああっ。気持ちいいっ」
康子は、虚ろな表情になり、ハアハアと、喘ぎ出した。
「京子。私は、もう少しで、頚椎損傷で、車椅子になるところだったのよ」
康子の態度が、強気に変わった。
「ご、ごめんなさい」
「じゃあ、罰として、私の言うことを聞く?」
「はい。何でも、聞きます」
「じゃあ、私と、レズセックスして。私。前から、あなたと、レズしてみたかったの」
奥野康子が言った。
「わ、わかったわ」
宮川京子が言った。
康子は、ベッドから、起き上がった。
そして、パジャマを脱いで、パンティーも、脱いで、全裸になった。
二人は、ともに、裸になって向き合った。
「さあ。京子。始めましょう」
康子と京子の二人は、体が触れ合わんばかりに向き合っている。
二人の目と目が合うと、弾かれるように、二人は目をそらしたが、二人とも顔は激しく紅潮していた。
二人は、お互い、相手に向かって歩み寄った。
柔らかい女の肉と肉が触れ合った。
二人は、お互いに両手を相手の背中に、そっと回した。
二つの柔らかい肉と肉がピッタリとくっついた。
二人は、お互いを、黙って、じっと抱きしめ合った。
しばしの時間が経った。
「さ、さあ。京子。キスしましょう」
「で、でも。康子・・・」
康子は、ためらっている京子の唇に自分の唇を近づけていった。
京子は、咄嗟に目をつぶった。
康子は京子の唇に自分の唇を触れ合わせた。
その瞬間、京子の体がビクッ、と震えた。
康子は京子が逃げないように両手で京子の頭をしっかり掴んだ。
そして康子も目をつぶった。
二人の康子京子は唇を触れ合わせた。
しばしの時間、キスしていた二人は、唇を離した。
京子は、サッと頭を後ろに引いた。
二人の顔と顔が向き合った。
二人は目と目が合うと、恥じらいから、すぐに視線を相手からサッとそらした。
しかし、二人の顔は激しく紅潮していた。
「ああっ。康子。わ、私。頭がおかしくなってしまいそうだわ」
京子が言った。
「京子。わがまま言わないで。私を男だと思って」
康子が言った。
「で、でも・・・」
「京子。好きなの。もう、とことん、おかしくなりましょう」
「・・・わ、わかったわ」
そう言って二人は、また唇を重ね合わせた。
しばしの時間、二人は唇を触れ合わせたままでじっとしていた。
「京子。ディープキスしましょう。舌を絡め合って、唾液を吸いあいましょう」
康子が言った。
「は、はい」
京子が言った。
「京子。中途半端な気持ちで、いないで、いっそのこと、開き直って、行き着くとこまで行きましょう」
康子はそう言って、再び、京子の唇に自分の唇を触れ合わせた。
康子の喉仏がヒクヒク動き始めた。
康子は京子の唾液を貪るように吸った。
しばしして、京子が、康子から顔を離して、プハーと大きく呼吸した。
「ああっ。康子。わ、私。頭がおかしくなってしまいそうだわ」
京子はハアハア喘ぎながら言った。
「ふふふ。京子。もう、とことん、おかしくなりましょう」
康子が言った。
「京子。本当言うと、私、京子に嫉妬していたの。だって、京子の方が、私より、ずっと、きれいでしょ。男子生徒から、京子は、毎日、ラブレター、100通以上、もらっていたでしょ。高等部の野球部でも、関西学院大学高等部の野球部が強かったのは、京子の、おかげだわ。だから、うわべは親しくしていたけど、内心では、京子に嫉妬していたの」
康子が言った。
「京子。今度は、乳首の擦りっこをしましょう」
康子が言った。
康子は、そっと豊満な胸を近づけた。
康子と京子の二人の乳首が触れ合った。
「ああっ」
京子が苦しげに眉根を寄せて叫んだ。
「どうしたの」
康子が聞いた。
「か、感じちゃうの」
京子が顔を紅潮させて、小さな声で言った。
「我慢して」
そう言って康子は京子の肩をつかみながら、二人の乳首を擦り合わせた。
二人の乳首は、まるで、じゃれあう動物のように、弾き合ったり、押し合ったりした。
だんだん二人の乳首が大きく尖り出した。
二人の呼吸はハアハアと、だんだん荒くなってきた。
「や、康子。わ、私、何だか変な気持ちになってきちゃった。な、何だか凄く気持ちが良くなってきちゃったわ」
京子が虚ろな目つきで、半開きの口で、ハアハアと息を荒くしながら言った。
「わ、私もよ。京子」
康子が言った。
二人は、体をくるらせながら、しばらく、もどかしげに乳首を擦り合わせていた。
「京子。今度は乳房を擦り合わせましょう」
康子が言った。
「ええ」
京子は逆らわずに肯いた。
二人は乳房を擦り合わせた。
二人は乳房を押しつけたり、擦り合ったりさせた。
まるで、お互いの乳房が相手の乳房を揉み合っているようだった。
時々、乳首が触れ合うと、二人は、
「ああっ」
と苦しげに喘いだ。
京子と康子の二人の顔は目と鼻の先ほどにある。
二人の目と目が合った。
暗黙の了解を二人は感じとった。
二人は、そっと顔を近づけていった。
二人の乳房はピッタリと密着して、平べったく押し潰された。
二人は、お互いに唇を近づけていった。
二人の唇が触れ合うと、二人は無我夢中でお互いの口を貪り合った。
康子は、両手を京子の背中に回して、ガッチリと京子を抱きしめている。
しばしして、二人は唇を離して、ハアハアと大きく深呼吸した。
二人は恥じらいがちにお互いの顔を見つめ合った。
「ああっ。康子。感じるー」
京子が言った。
「京子。私もよ」
康子が言った。
二人は再び、尖って大きくなった乳首を擦り合わせ出した。
二人は、これでもか、これでもかと、さかんに乳房を押しつけ合った。
そして、唇をピッタリと合わせてお互いの口を貪り合った。
「ああー。感じちゃう」
京子が大声で叫んだ。
「私もよ。京子」
康子も大声で叫びました。
超えてはならない禁断の一線を越えた二人はもう一心同体だった。
「京子。胸だけじゃなく、アソコもお互い愛撫しあいましょう。女同士なら、どこが感じやすいか、男よりよく知っているわ」
康子が言った。
「わ、わかったわ。康子」
京子が言った。
「京子。もっと気持ちよくしてあげてるわ」
康子が言った。
康子は、京子のアソコを、触り出した。
「ああっ」
京子は、反射的に、腰を引いた。
「京子。ダメ。腰を引いちゃ」
康子は、叱るように言って京子の腰をグイと自分の方に引き寄せた。
しかし京子は足をピッタリと閉じ合せている。
「京子。もっと足を開いて」
康子が言った。
「はい。康子」
言われて京子は、素直に閉じていた足を開いた。
康子は京子の女の穴に中指を入れた。
京子のアソコは、もう、じっとりと濡れていたので、指はスルっと入った。
康子は、ゆっくりと、京子の女の穴に入れた中指を動かし出した。
「ああー」
京子が眉根を寄せて大きく喘いだ。
京子のアソコがクチャクチャ音を立て出した。
白い粘っこい液体が出始めた。
「ああー」
京子は体をプルプル震わせて叫んだ。
「京子。私のアソコも触って」
康子が言った。
「わ、わかったわ」
京子がハアハアと喘ぎながら答えた。
京子はハアハアと苦しそうに喘ぎながら、自分も右手を下に降ろし、正面の康子のアソコに手を当てて、しばしアソコの肉を揉んだり撫でたりした。
そして中指を康子の女の穴に入れて、ゆっくり動かし出した。
「ああー」
康子もプルプル体を震わせて、喘ぎ声を出した。
康子のアソコもクチャクチャと音を立て出した。
康子のアソコからも白濁液が出てきた。
康子は、一心に京子のアソコに入れた指を動かした。
「京子。もっと激しくやって」
康子が言った。
「ええ。わかったわ」
京子は、指の蠕動を速めていった。
「ああー」
二人は、指責めの辛さのやりきれなさを相手にぶつけるように、お互いの女の穴に入れた指の蠕動を、一層、速めていった。
京子と康子は、抱き合って、乳房を押しつけながら、お互いの口を激しく吸い合った。
「ああー。いくー」
ついに京子が叫んだ。
「ああー。いくー」
康子も叫んだ。二人は、
「ああー」
と、ことさら大きな声を出して全身をガクガクさせた。
まるで痙攣したかのようだった。
二人は同時にいった。
二人は、ペタンと床に座り込んで、しばしハアハアと荒い呼吸をした。
「京子。今度は69をしましょう」
康子が言った。
「ええ」
京子は真っ赤になって言った。
「私たち、もう他人じゃないわ」
康子が言った。
「わ、わかったわ。康子」
京子が相槌を打った。
「じゃ、じゃあ、私が下になるわ」
康子はそう言って、床の上に仰向けに寝た。
「さ、さあ。京子。四つん這いになって私の上を跨いで」
康子が言った。
「わ、わかったわ」
そう言って京子は康子と反対向きになって、四つん這いになって康子の上に跨った。
京子の顔のすぐ下には、康子のアソコが触れんばかりにある。
一方、康子の顔の真上には、京子の、アソコが触れんばかりにある。
「ああー」
二人は、耐えられない恥ずかしさに思わず、声をあげた。
四つん這いの京子は、尻の穴までポッカリ康子に晒している。
「ふふふ。京子。尻の穴が丸見えよ」
康子が揶揄すると、京子は顔を真っ赤にして、
「ああー」
と叫んだ。
京子が、必死で尻の穴を窄めようとしたので尻の穴がヒクヒクと動いた。
「さあ。69を、しましょう」
康子が言った。
「は、はい」
京子が相槌を打った。
「京子。もう、こうなったら、中途半端じゃなく、何もかも忘れて、徹底的にやりあいましょう。中途半端な気持ちでいると、かえって辛いわ。いっそのこと、開き直って、行き着くとこまで行きましょう」
康子が言った。
「そ、そうね。私達、もう禁断の一線を越えてしまったんだから」
京子が言った。
京子は膝を立てて足を開いている。
「京子。すごく形のいい太腿ね。私、いつも、うらやましく思ってたの」
そう言って康子は、京子の太腿のあちこちに接吻した。
「ああっ」
康子にアソコをキスされて、恥ずかしいやら、気持ちいいやらで、京子は喘ぎ声を出した。
京子も手を伸ばして康子の尻を優しく撫でた。
康子の方が下なので、寝たままで両手を自由に使える。
康子は車体の下から上を見上げながら車の底を修理する自動車修理工のような体勢で、京子の股間を色々と、弄った。
アソコの肉をつまんだり、大きな柔らかい京子の尻に指先を軽やかに這わせたり、ただでさえ開いている尻の割れ目をことさらグイと開いたり、尻の割れ目をすーと指でなぞったりした。
尻の割れ目をなぞられた時、京子は、
「ああー」
と叫んで、反射的に尻の穴をキュッと窄めようとした。
「どうしたの。京子」
康子が聞いた。
「そ、そこは反則だわ」
「野球部の監督が、京子の、ここを責めろって、言ったの。関学も監督の命令は、絶対なの」
康子が言った。
「う、ウソだわ。関学の監督は、フェアープレーの精神をモットーにしているはずだわ」
京子が言った。
「京子。セックスに、ルールなんて、無いわ」
康子が言った。
康子は、京子の尻の割れ目をすーと指でなぞった。
「康子。そ、そうやられると、感じちゃうの」
京子が、ハアハアと息を荒くしながら言った。
「京子の一番の性感帯は、肛門なのね」
康子が言った。
「違うわよ。そんな所、触られたの生まれて初めてだもの。誰だって感じちゃうわ」
京子が言った。
康子は、ふふふ、と笑った。
康子は、まるで相手の弱点を知って得意になっているようだった。
康子は、京子の大きな尻を軽やかな手つきで、指を這わせた。
そして、時々、すーと尻の割れ目を指でなぞった。
「ひいー」
京子は尻の割れ目をなぞられる度に悲鳴を上げた。
康子は、ふふふ、と悪戯っぽく笑った。
「康子。わ、私も遠慮しないわよ」
京子はそう言って、康子の女の割れ目に舌を入れて舐め出した。
「ああっ。京子。か、感じちゃう」
康子は、激しく首を振って言った。
だが、京子は康子の言うことなど聞かず、唇で小陰唇やクリトリスをペロペロ舐めた。
康子は、
「ああー」
と羞恥と快感の声を上げた。
康子は京子の小陰唇を、手で開いて、右手の中指を入れた。
「ああっ」
と京子が声を出した。
康子はゆっくり指を動かし出した。
「ああっ」
京子が苦しげな声を出した。
京子のアソコはすでに濡れていて、指はヌルリと容易に入った。
康子は、穴に入れた指をゆっくり動かしながら、左手で、京子の尻の割れ目をすーとなぞった。
「ああー」
敏感な所を二箇所、康子に、同時に責められて、京子は、眉を寄せて苦しげな喘ぎ声を出した。
京子も負けてなるものかと、中指を康子の女の穴に入れ、ゆっくりと動かし出した。
「ああー」
康子も眉を寄せ、苦しげな喘ぎ声を出した。
女同士なので、お互い、どこをどう刺激すれば感じるかは知っている。
だんだんクチャクチャという音がし出して、ネバネバした白っぽい液体が出始めた。
二人は愛撫をいっそう強めていった。
「ああー。い、いくー」
京子が叫んだ。
「ああー。い、いくー」
康子が叫びんだ。
「ああー」
と、二人は、ことさら大きな声を出して全身をガクガクさせた。
まるで痙攣したかのようだった。
二人は同時にいった。
康子は、尻の穴と、アソコを責めていた手を、離した。
そしてハアハアと荒い呼吸をした。
京子は康子の体の上に倒れ伏し、ハアハアと荒い呼吸をしながら、虚脱したような状態になった。
二人はしばし、ハアハアと荒い呼吸をしていた。
二人は床の上で、グッタリしている。
しばし、二人は、虚脱したような状態のままでいた。
しかし、だんだん二人は呼吸が落ち着いてきた。
「京子。看護婦さんが来るわ。服を着て」
「はい」
京子は、下着を履き、スカートとブラウスを着た。
「京子。このままでは、あなたが、世間から非難されるわ。本当のことを、世間に言った方がいいわ」
「で、でも・・・。そんなことしたら、私、野球部をほされてしまうかもしれないし・・・」
「内田監督がこわいのね」
「ええ」
「でも、日大女子野球部の、みんな、は、内田監督の独裁を悪いと思っているんでしょ」
「ええ」
「それじゃあ、記者会見して、本当のことを、言った方がいいわよ。その方が、日大女子野球部のためだわ」
「わかったわ。私。勇気を出して、記者会見するわ。日大女子野球部の、チームメイトのほとんどは、内田監督に、呼び出されて、犯されているんですもの」
「ええー。それ。ホント?」
康子は、目を白黒させて言った。
「ええ。本当よ」
「ひどい監督ね。なら、絶対、記者会見した方がいいわよ」
「じゃあ、私、勇気を出して、記者会見して、全てのことを正直に話すわ」
その時。
トントン。
「奥野さん。夕食ですよ」
部屋の外で看護婦の声がした。
「じゃあ、康子。今日は、これで、帰るわ」
と、言って、京子は手を振った。
夕食を持って、入ってきた、看護婦と、入れ替わるように、宮川京子は、部屋を出た。

翌日。
宮川京子は、今回の試合の、デッドボールについて、明日、記者会見する、と、マスコミに伝えた。
そして、その翌日、宮川京子は、記者会見を開いた。
そして、デッドボールは、内田監督と井上ピッチングコーチのコーチの指示で、行ったこと、の経緯を詳しく話した。
内田監督の、独裁制、パワハラ指導は、世間でも、知られていたが、まさか、そこまで、ひどい、ことになっている、とは世間は知らず、世間は、憤った。
二日後。
宮川選手が、突然に、記者会見をしてしまったので、内田監督と井上ピッチングコーチは、あわてて、記者会見を、開いた。
しかし、内田監督と井上ピッチングコーチは、あくまで、「全力でやれ」、という指示を、選手が、取り違えた、という、見え見えの、誤魔化し弁解に徹した。
関学女子野球部への、コメントも、同じく、コーチと選手の、見解の相違という、趣旨の不誠実なコメントしか、出さなかった。
故意のデッドボールを受けた、奥野康子の父親の、奥野正一郎は、大阪市議会議員であり、この不正に、怒り、日大のスポーツ部の、独裁権力体質の是正と、日本のスポーツ界の、行き過ぎた、パワハラを、無くすために、徹底的な真相解明のために、内田監督と井上ピッチングコーチを、刑事告訴しようとした。
しかし、大阪府警は、加害者を、故意のデッドボールを投げた、宮川京子にしないと、告訴を受理しないと、言った。
なので、父親の奥野正一郎は、悩んだ末、仕方なく、宮川京子選手も含めて、告訴した。
しかし、宮川京子選手は、内田監督と井上ピッチングコーチに、命令されて、故意のデッドボールを投げたのであるから、宮川選手が、記者会見を行ったことで、彼女は、十分な、社会的な制裁を受けている、として、奥野正一郎は、警視庁に、寛大な処分を求める6348通の嘆願書を提出した。
非常に異例のことであった。
関東学生野球連盟は、この問題の真相解明を行い、日大の女子野球部員、そのOG、その他、多くの関係者に、実情を聞いた。
そして、記者会見を開き、内田監督と井上ピッチングコーチを、一番、大きな罰である、除名処分(永久追放)にした。
一方、直接の加害者である、宮川京子選手とは、30万円の支払い、で、和解した。
宮川京子選手は、勇気を持って、正直に、日大女子野球部の真実を述べたことで、世間から、勇気ある、誠実な女子学生選手として、注目を浴びた。
そのため、プロ野球から、巨人―阪神、戦で、始球式をやって欲しいと頼まれた。
宮川京子は、これを快諾した。

試合当日。
宮川京子は、ピッチャーマウンドに立った。
バッターボックスには、巨人の一番の、坂本勇人が立った。
坂本勇人は、お祭り気分で、嬉しそうに笑っている。
それを、宮川京子は、キッ、と、にらみつけた。
「坂本勇人さん。私。本気で投げるわよ。これは、お祭りごとじゃないわ。真剣勝負よ。打てるものなら、打ってごらんなさい」
試合開始のサイレンが鳴った。
宮川京子は、160km/hのストレートを、低めに投げた。
坂本勇人は、空振りした。
坂本勇人の顔が、マジになった。
二球目、宮川京子は、150km/hの、スライダーを投げた。
坂本勇人は、これも空振りした。
三球目、宮川京子は、120km/hの、スローカーブを投げた。
坂本勇人は、これも空振りした。
三球三振である。
女子野球選手に、三球三振したとあっては、巨人の威厳に関わる。
なので、二番の、長野久義が、真顔で打席に立った。
しかし、二番の長野久義も、三球三振にされた。
さらに、三番の陽岱鋼も、バッターボックスに立った。
これも、宮川京子は、三球三振に打ちとった。
三者凡退である。
巨人の面目は、丸潰れ、である。
なので、巨人の強い申し出で、今回の試合は、公式試合ではなく、急遽、変更して、宮川京子から、一安打、打つまでの、変則試合となった。
一回の裏、阪神の攻撃となった。
一番の、糸井嘉男が、動揺している、巨人の先発ピッチャーである、菅野智之の投げた球をホームランにした。
つづく、二番の鳥谷敬も、ホームランを打った。
一回の裏、阪神は、10得点した。
そうして、やっと、スリーアウトをとった。
2回の表、また、宮川京子が、マウンドに立った。
しかし、巨人打線は、160km/hの、ストレートと、変化球を、おりまぜた、宮川京子を打つことは、出来なかった。
阪神の攻撃は、毎回、大量得点した。
結局、45対0で、宮川京子は、パーフェクトゲームを達成した。
当然、宮川京子に、世間の注目が集まった。
日本野球機構は、野球規則を変更して、女子選手の入団も、認める、と、発表した。
その年の、ドラフト会議で、宮川京子は、巨人から、一位指名された。
一方、奥野康子は、阪神タイガースに、一位指名された。
こうして、宮川京子は、巨人に入団し、奥野康子は、阪神に入団した。

年が明け、平成31年になった。
オープン戦が始まった。
巨人―阪神、戦の第一戦。
巨人の先発は、宮川京子だった。
阪神の一番は、奥野康子だった。
奥野康子が、バッターボックスに立った。
「プレイボール」
審判が、試合開始を告げた。
宮川京子は、ニコッと、奥野康子に、微笑んだ。
「康子。フェアープレーで、真剣勝負でいくわよー」
宮川京子が、言った。
「さあ。来なさい。京子」
奥野康子が、グッ、と、バットを握りしめて、宮川京子を見つめた。
雲一つ無い晴天の中、宮川京子は、大きく振りかぶって、全力で、第一球を投げた。




平成30年6月6日(水)擱筆