小説家、精神科医、空手家、浅野浩二のブログ

小説家、精神科医、空手家の浅野浩二が小説、医療、病気、文学論、日常の雑感について書きます。

喘息

2019-01-29 22:27:04 | Weblog
明け方、寒くて、喘息が起こって、参っていた。

筋トレ、と、ランニング、すれば、よくなる。

ドテラを着て寝る。

筒香嘉智が僕と同じように、スポーツの「勝利至上主義」を批判

2019-01-27 23:06:56 | Weblog
DeNAの筒香嘉智が25日に会見を開き、日本の野球界の問題点について語った
若い世代に多い「勝利至上主義」に問題があるのではないかと言及した筒香
「勝つことが第一に優先されて、子どもの未来が潰れている」と指摘した

(2019年1月26日)ライブドアnews

日本のスポーツ界、特に子供たちの世代における1つの問題点を、徹底した「勝利至上主義」にあると筒香はいう。負ければ終わりの一発勝負の大会が多いことで大人側の都合、指導者側の都合が優先されているのでは、というのだ。

「大人が守らないと子供の将来は潰れると思います」

「野球界でいうと、一つの要因は若い世代に多い『勝利至上主義』が原因だと僕は思っています。どの年代も、選手の将来的な活躍よりも、今の勝利を重視した『勝利至上主義』に問題があるのではないかと思っています。プロ野球はリーグ戦で行われていますが、骨格のできていない子供たちの大会はほとんどがトーナメントで行われています。このため、どうしても選手の成長よりも今の試合に勝つことが優先されています」

「指導者は勝つことが子供に良かれと思ってやっていますが、実は子供たちの負担になっているという現状があると思います。もちろん僕自身も勝つことを否定しているわけではありません。勝つ喜び、負けて悔しがることは必ず必要なことだと思っていますが、勝つことが第一に優先されて、子供の未来が潰れているのが現状です。子供が優先されないといけないのに、大人が中心になってやってしまっているのではないかなと思っています」

 勝つ喜び、負ける悔しさは、人間として、選手として必ず必要だ。かといって、子供たちの身体や将来に目を向けず、勝利が何よりも優先される現状は好ましくないと、筒香は感じている。



僕のように、スポーツにおいて、何の権威のない人間が、「真実」、を、訴えても、「へっ。何をバカなことを、言ってやがるんだ」、と、誰も聞かないだろうが、筒香嘉智のように、スポーツにおいて、権威のある人間が、「真実」、を、言ってくれれば、世間の人間も、多少は、聞く耳をもつだろう。



ただ、僕は、筒香嘉智より、もっと、現状の、ひどさ、を、思っている。

筒香嘉智は、指導者は、子供たちに、「よかれ」、と思って、指導している、と言っているが、あれは、本心ではなく、あまり、日本のスポーツ界の指導者たちを批判しすぎるのが、こわいので、やんわり言っているだけだと思っている。

僕に言わせれば。

指導者は、子供たちに、「よかれ」、と思って、指導なんかしていない。

指導者は、自分が、チームを勝たせた、優秀なコーチ、名コーチ、という、名声を得たい、ために、脳ミソが、からっぽだから、子供たちを怒鳴りつけているだけに過ぎない。

どうすれば、個々の子供の、能力を上げられるか、ということを、考えるのは、面倒くさいし、バカの指導法は、「怒鳴る」、だけであるからである。

指導者は、自分の指導能力の無さを棚に上げ、自分の、不快感から、感情的に、怒っているのに過ぎない。

統計のデタラメはエコノミストにとって有利

2019-01-26 00:54:01 | Weblog
統計のデタラメはエコノミストにとって有利。

有能な、エコノミストは、経済予測が、当てられるエコノミスト。

無能な、エコノミストは、経済予測が、はずれるエコノミスト。

しかし、国家が、元となる、GDPなどの、基本データを、手抜き調査、していると、分かった以上。

エコノミストは、「基本的な統計データが、不正確であり、信用できませんので、確かなことは、言えませんが・・・」、と、前置きを、言うことが出来る。

エコノミストは、自分の意見を言う時、その、フレーズ、を、必ず、前置きに、言えばいい。

実際、まぎれもない事実なのだから。

だから、エコノミストの予測が外れても、エコノミストの、能力の責任とは、ならないですむ。

エコノミストの予測が、はずれても、「あいつは、無能なエコノミストだ」、と、国民は、批難できなくなる。

だから、誰でも、「私は、一流のエコノミストです」、と、堂々と言える。

自分の意見を言う時、「基本的な統計データが、不正確であり、信用できませんので、確かなことは、言えませんが・・・」、という、事実の、前置きを、言えばいいのだから。

これまでの、経済学者の、論文、そして、これからの、経済学者、や、学生の卒論、は、すべて、無効、無意味となってしまった。

大学でも、教授は、経済学を教えられなくなる。

教えてもいいが、教授は、デタラメを教えても、構わなくなる。

かくして、日本は、滅茶苦茶になる。

統計データの実態を、徹底調査しようとしない、政府、安倍政権は、当然、気が狂っている。

国会は事前通告なしにしろ

2019-01-24 15:57:11 | Weblog
国会は事前通告なしにしろ。

と、思っている。

野党の質問を、あらかじめ、内閣に知らせる、事前通告を、政治家は、当たり前のような、感覚である。

僕は、これは、間違っていると思う。

というより、こんなこと、やっているから、行政はよくならないのだ。

大臣は、ド素人でも、つとまるのである。

官僚の書いた作文を読んでりゃ、いいんだから。

小西洋之議員が、安倍晋三に、憲法クイズをして、安倍晋三は、全く答えられなかったが。

あれを、「おかしい」、という、感覚の方が、おかしいのだ。

日本国憲法なんて、たった、100条で、日本国憲法の、条文と、その内容なんて、一日で、覚えられる。

日本の総理大臣でありながら、簡単に覚えられる、日本国憲法を、覚えない、なんて、ぶったるみ過ぎている。

総理大臣は、日本の国内問題、外交、など、日本国の、すべての問題に、対応する責任があるというのに。

国民、や、政治、を、なめきっている。



もし、僕が、総理大臣だったとしたら、野党の質問が、こわいし、日本国の、すべての問題に、対応しなければならないから、一日、最低、10時間、は、勉強して、野党に何を聞かれても、答えられるように、準備する。

遊んでる時間なんて、とったら、罪悪感が起こるだろう。



で。

あと、大臣の半分は、民間人から、入閣させる、というように、した方がいい。

現行の、大臣の半分は、国会議員から、選ぶ、(つまり、半分は、民間から選んでもいい)、というのを、完全に、逆にして、義務にして、大臣の半分は、民間人から、選ぶ、という法律にした方がいい。

つまり、憲法第68条を改訂し、「内閣総理大臣は、国務大臣を任命する。但し、その過半数は、民間人の中から選ばれなければならない」、とする。

そうすれば、財務大臣なら、経済に強い、エコノミストが、財務大臣になるから、事前通告なしで、野党の質問に答えられる。

大臣を、平安時代、や、鎌倉幕府、の、大昔から、つづいている全然、進歩していない、褒美、や、党内の、力関係の、駆け引き、にしている、から、全く、国民の方を、見ていない、党内力学ばかり見ている、ド素人組閣になっているのだ。

結局、官僚が、予算、法律、行政、を、決め、内閣は、脳ミソの無い、ひな祭り、の、ひな壇、の、お雛様、になっているのだ。

まあ、官僚に、作文を書かせてもいいけど、それを、自分で、全く、検討したり、吟味したり、しないから、加計問題の獣医学部新設は2017年1月20日に知った、なんて、官僚の書いた、失敗作文を、そのまま、読んで、政治を混乱させ、自分も窮地に追い込んでいるのだ。

少しは、自分の頭を使って、自分で、ものを考えろ。

量質転化の逆は「試合」

2019-01-23 20:25:04 | Weblog
スポーツにおいて、上達するには。

量質転化、の練習、が必要。

「量質転化」、とは、一言でいって、「同じことの繰り返し」、である。

スポーツは、ある点、バカな人間でないと、上手くならない。

なぜなら、上手くなるには、おんなじ事、を、バカみたいに、繰り返さなければ、上手くなれないからだ。

空手で言えば。

正拳突き、が、上手くなるには、「正拳突き」、を、10万回(くらいかな)、熱意を持って、繰り返さなければ、「正拳突き」、が、上達しない。

前蹴りなら前蹴り。横蹴りなら横蹴り。を、10万回、繰り返さなければ、上手くならない。

(ただ、空手は体系的な運動なので、ある時、一気に、全部の技が上達する、ということはある)

空手が出来ない、空手の初心者に、いきなり組手(試合)、を、いくら練習させても、絶対、空手の技は、上達しない。

これは、誰でも、感覚的に、わかると思う。

転回運動なら。

バク転なら、バク転、を、繰り返し、練習していと、回転効率、が、良くなっていく。

バク宙、でも、前方宙がえり、でも、同じ。

その技、を、繰り返していると、回転効率が良くなっていく。



バスケットボールの基本は。

ドリブル。

ドリブルを、完全に、無意識で、出来るように、なることが、バスケットボールの基本。

バスケットボールでは、目、や、意識を、回りの状況把握に、使わなくては、ならない。

だから、ドリブルは、無意識に出来るようにならなくては、ならない。

この、ドリブルを無意識で、出来るように、なるまで、練習する、という、地味な練習をして、それを、完全に、身につけなければ、バスケットボールは、上手くなれない。



サッカーの基本は。

ボールリフティング、や、遠くへ蹴る、蹴り方、の習得も、必要だと、思うが。

やはり、サッカーの基本は。

バスケットボールのドリブルと、同じように、ボールを見ずに、目、や、意識を、回りの状況把握に使わなければ、ならないから、走りながら、無意識に、ボールを、操れるように、なることだと思う。

テニスでは、ラリーが続くこと。

なので、ひたすら、つなげるラリーの練習が、必要。



しかし。

すべてのスポーツで、「試合」、が、技の上達に、無意味、というわけではない。

野球の場合は。

テニス、や、サッカー、や、バスケットボール、などのような、絶えず、続いている、スポーツではない。

野球の試合では。

ピッチングにしても、バッティングにしても、守備、や、送球にしても。

野球の試合の場合には、間、があり、一つ一つの技術を、落ち着いてやることが、出来るので、また、(勝つこと)、ではなく、一つの、技術、バッティングなら、バッティング。ピッチングなら、ピッチング、を、いかに、上手く、投げたり、打ったり、することに、意識を使えるので、試合をすることで、技が、上達することは、あり得る。



テニススクールでは。

コーチは、フォアハンドがメインの、ラリーを続けるという、地味な、練習を、しては、コーチも、生徒、も、厭きてしまう、と思っているので、色々な、練習の組み合わせ、や、試合、を、しているが、テニスでは、フォアハンドがメインの、ラリーを続けるという、地味な練習だけが、テニスの基本が、上達する、量質転化の練習。


安倍晋三の卑劣で狡猾な政治手法

2019-01-22 23:26:38 | Weblog
安倍晋三の卑劣で狡猾な政治手法。

悪い事、を、次から次へと、数えきれないほどして、もはや、野党に、安倍政権に対する、批判を一つに絞らせない。

あれも、これも、全部、批判するのは、野党にとっても、しんどくて出来ない。

残念ながら、今さら、安保法制を、批難する人はいない。

国会でも、時間の制限がある。

なので、野党は、直近の問題を批難するしか、仕方がない。

かくして、森友学園学園問題、加計問題問題は、もう、批難されていない。

悪もつもれば時効となる。

過去の悪事は忘れられていく。

スポーツはルールに制限をつけた方がいい

2019-01-17 15:17:24 | Weblog
スポーツはルールに制限をつけた方がいい。

去年の大晦日に、キックボクサーの、那須川天心と、ボクサーの、メイウェザーの試合があった。

あれは、戦う前から、勝敗はわかっていた。

僕は、それまで、那須川天心も、メイウェザーも、知らなかった。

しかし、那須川天心は、キックボクサーの一流で、メイウェザーは、ボクサーの一流、ということは、アナウンスで知った。

一流のキックボクサー、と、一流のボクサー、が、ボクシングのルールで戦ったら、ボクサーが、勝つに決まっている。



というのは、キックボクシングは、(敵のキックを警戒するために)、後ろ足荷重で、アップライト、の構え、である。

まず。

キックボクシングでは。

手は、顔面への、パンチのための、ガードでも、あるが、ハイキックに対する、ガードでも、あるのだ。

つまり、一つのことに、専念できない、ガード技術なのである。

キックボクシングでは、相手のキック、や、膝蹴り、が、あるから、ウィービングも、あまり、使わない。し、

ウィービングを使いすぎると、キックを、食うので、危険。

パンチも、キックボクサーのパンチは、後ろ足荷重の構えから、繰り出す、パンチだから、ウェートも、あまり乗らない。

つまり、一つのことに、集中できない。

ボクサーの場合は、そのすべて、反対。

ボクサーは。キック、や、膝蹴り、の、心配がないから、クラウチングスタイルで、構えていて、手のガードは、顔面への、パンチの防御のため、だけに、専念できる高等テクニック。

ウィービング技術も、同様。

パンチも、腰の回転、や、体重移動、など、体、全部を、パンチを打つ、という目的のため、だけに、考案され、専念された、パンチだから、破壊力は、抜群。

フットワークにしても、キックボクサーでは、ボクサーの、洗練された、俊敏な、フットワークに、対応できない。

だから、一流の、ボクサーと、キックボクサー、が、ボクシングのルールで、戦ったら、ボクサーが勝つに決まっている。

キックあり、のルールでも、ボクサーが、勝つ、可能性は高い。



さて。

佐山サトル(初代タイガーマスク)、が、シューティングを始めたが。

佐山サトルは、素質(運動神経、敏捷性)、は、すごく高いが、才能も、かなり、高いが、抜群に高いとは、思わない。

佐山サトルとしては、出来るだけ、戦いに、制限をなくして、ケンカに近い格闘技を、つくろう、と、思って、シューティングをつくったのだろうが。

そうすると、パンチも、キックも、虻蜂取らず、に、なってしまうのだ。

結局、シューティングのルールで、勝つためには、相手を倒し、押さえこみ、関節を決める、という、ということに、なってしまう。

パンチや、キックは、相手を倒し、関節を決める、手段としての、パンチ、や、キック、になってしまうのだ。



それ、以外でも。

もし、サッカーで、手も使ってもいい、というルールにしたら、サッカーは、滅茶苦茶なスポーツになってしまう。



僕、個人の意見としては。

キックボクシングは、膝蹴り、は、無くした方が、いいと、思うのだが。



スポーツでは、制限を無くすほど、個々の、技の技術のレベルが低下してしまう。

里崎智也のオープンスタンス

2019-01-17 14:10:50 | Weblog
もう引退した、ロッテの里崎智也のバッティング。

彼の、打ち方は。ものすごい、オープンスタンスで構えていた。

しかし、打つ時は、普通の選手のように、スクエアスタンスに、踏み込んで、打っていた。

あれの、考察。

(どうして、そういう構えを、するのか。それは、ネットで調べれば、わかるだろうが、僕は、自分の今の、能力で考察したいので、しない。僕の、ブログの考察は、全部、そうである)

理由の一つ。

オープンスタンスで構えると、投手が投げるボールを、多少でも、横から、見ることが、出来るのだ。

ボールは、多少でも、横から、見た方が、有利なのである。

ボールのスピード、や、ボールの位置、が、つかみやすいからである。

テニスのラリーでは。

自分の、真正面に来た、ボールの方が、ボールのスピード、や、ボールの位置、が、つかみにくいのである。

少し、離れた、ボールの方が、ボールのスピード、や、ボールの位置、が、つかみやすいから、打ちやすいのである。

野球では、右打ちのバッター、は、右投げの、ピッチャーより、左投げの、ピッチャーの方が、多少でも、横から見えるから、打ちやすいのである。

右打ちのバッターは、右投げの、ピッチャーの球は、横からは、見えにくいから、打ちにくいのである。

里崎智也が、オープンスタンスで、構えていたのは、ボールを横から、見たいから、という、理由が、一番だと、僕は考察する。

それと、大きな、オープンスタンスで、構えていた方が、インコース、にも、対処しやすい。

デッドボールも、避けやすい。

まあ、デッドボールを、避けやすい、というのは、それが、目的ではなく、結果に、過ぎないだろうけど。

と、僕は、考察する。

2年ぶりにテニスをする

2019-01-16 16:02:51 | Weblog
2年ぶりにテニスをした。

小〇急テニススクール、で、である。

ここは、スポットレッスン、といって、入会しなくても、ワンレッスン、3000円、出せば、1時間30分、のレッスンに、参加できる。

なぜか、今日は、ワンレッスン、2000円、で、1時間の、コースだった。

かなり前に、右足の、内側側副靭帯を部分断裂してしまって、MRIを、とったら、軟骨が、すり減っていたので、テニスは、やめていた。

もちろん、僕は、天才的な直観力を持つから、(新陳代謝の悪い僕にとっては)ハードな、テニスは、軟骨が危ないのでは、ないかという、不安を、MRIを撮る前から、予測、心配していた。



もちろん、テニスが趣味なわけでは、さらさらない。

足腰を、鍛えるため、である。

今、極寒で、冷え性なので、小説が、書けないので、何とか、打開策を見つけるため。

僕以外、二人、いて、かなり高齢の、おじいさん、と、女の人だった。



感じたこと。

二年、やっていないが、(ラケットを握ったことがなかったが)、数分、やれば、カンを取り戻せた。

コーチ(テニスに限らず)、や、スポーツ選手、っていう人間は、10年1日の、人間なんだなー、と、可哀想に思えてきた。

そもそも、スポーツ、って、バカのやるものだから、仕方ないが。

コーチを入れて、4人なので、最後に、試合をしたが。



思ったこと。

勝とう、と、思わないこと。

絶対に。

試合でも、相手の打ちやすい、所に打って、つなげること。

テニスは、リズムのスポーツなのだから、ラリー、が、続いている時だけ、が、量質転化の、反復練習で、技術が上達するチャンスなのである。

しかし、僕以外の、すべての人間は、勝つこと、しか、考えていない。

上手くなりたいと、思っているのに?

そんなこと、してたら、そして、そんな頭脳では、いつまで経っても、上達しないぞ。

今では、You-Tubeで、いい動画、が、たくさん、あるのに、全然、見ていないのだろう。

研究心、や、向上心、など、全くないのだろう。

林修さん、も言っていたが、「失敗する人間のパターンは二つだけ」。

一つは、忘れたが、もう一つは、

「目的に到達するための方法が間違っていること」

である。

それを、聞いた時、「ああ。この人は、いいこと言うな」、と思った。

極端に言えば、テニスが上手くなりたい、と思うのなら、スキーの練習を、いくらしても、テニスは、上達しない。

あるいは、スキーでなくても、バトミントンでも、卓球でも、同じ。

別のスポーツを練習して、他の、スポーツが、上達する、ということは、あり得ないのである。

ということ。

いくらなんでも、いくらバカでも、そのくらいのことは、わかるだろう。

テニスの練習をしても、「試合の時に、勝とうという、意識を持ってしまう」、のは、「目的に到達するための方法が間違っている」、のである。

僕に、言わせれば、技術が完成していないのに、試合をするのは、10害あって1利なし、なのである。

ラリー、(クロスの方が距離が長いのでいいが、ストレートでも、いい)、をしている時、だけが、量質転化(脳で、その運動のシナプス結合が行われている)、が行なわれていて、上達する練習をしているのに。

人間は、スポーツ観戦でも、自分がスポーツをやる、のでも、「勝つこと」、だけにしか、価値観を持っていない。

スポーツ観戦は、それでもいいけど、自分が、やる場合は、「勝つこと」、だけを考えていると、いつまで経っても上達しないぞ。

それと。

コーチの教え、や、コトバは、無視すること。

今の、自分にとって、何が、必要なのかを、ラリーをしている時に、感じとること。

人間は、机上の勉強では、頭のいいヤツは、腐るほどいるが。

知識を膨大に持っているヤツは、いくらでも、いるが。

こと、スポーツと、なると、みんな、バカ。

可哀想に思えてくる。

どんなスポーツでも、初心者がおちいる失敗は、ほとんど、決まっていて。

テニスで言えば。

初心者は、振り遅れ、で、上手く打てない、ことは、あっても、早振りし過ぎて、上手く打てない初心者など、いないのである。

(テニスに限って言えば)

バク転で言えば。

頭を打って、脊髄を損傷して、一生、車椅子生活になりはしないか、という恐怖心から、飛んだ後、すぐに、背を反らしてしまって、着地のための、準備をしてしまうこと。

バク転は、高く、後方へ飛ぶこと、が必要。

着地の心配は、する必要はない。

(補助者は、いた方が、絶対いいが)

着地の心配など、しなくても、飛んだ後では、人間は、本能的な、生命防衛本能が、働くから、勝手に、手が伸びて、頭を打つことはない。

のである。

生命防衛反応とは。

道を歩いていて、前から、石が自分の方に、飛んで来たら、誰でも、石に当たらないように、サッと、反射的に身をそらそうとする。

という、きわめて、当たり前のことである。



日本のテニススクールで、レッスンでは、「試合はしません」、とか、「試合をしますが、勝つことは、考えないで、出来るだけ、つなげる試合をしましょう」、というテニスコーチが日本に、一人もいないことから、わかるように、日本のテニスコーチは、全員バカ。



もし、私が、何かの、スポーツスクールを経営するとしたら、「上達しなかったら、全額、返金します」、という絶対の条件をつけて、やる。

日本経済の立て直し方は簡単である

2019-01-14 17:12:03 | Weblog
日本経済の立て直し方。

それは、きわめて簡単で。

イソップ寓話、の、「狼が来た、の、ウソつき少年」、をやればいいのである。

つまり。

消費税を、三ヵ月後から、上げる、と、政府が言う。

10%ではなく、50%、上げる、と言う。

そうすると、消費税が上がる前に、駆け込み需要が起こるから、消費が、上がる。

しかし、消費税を上げた後では、消費は、ガクンと、落ち込むから、政府は、「やっぱり、消費税は、三ヵ月、先延ばしした後に上げる」、と言う。

すると、三ヵ月が、近づくにつれ、駆け込み需要が起こるから、消費が、上がる。

しかし、本当に、消費税を上げてしまうと、消費は、ガクンと、落ち込むから、政府は、「やっぱり、消費税は、三ヵ月後に、先延ばしして上げる」、と言う。

そうすると、消費税が上がる前に、駆け込み需要が起こるから、消費が、上がる。

この繰り返し、を、やれば、いいのである。

この経済政策を、アサノミクス、という。

アベノミクス(異次元緩和)、のバカバカしさ

2019-01-14 16:55:15 | Weblog
アベノミクス(異次元緩和)、のバカバカしさ。

アベノミクス(異次元緩和)、は、喩えるなら。

胃潰瘍を起こして苦しんでいる人(日本の大多数を占める低所得者)、に、豪華な、フランス料理を、安い料金にしてやるから、「食べろ。食べろ」、と言っているようなもの。

胃潰瘍(でなくても、胃病なら、何でもいい)、を起こしている人に、食べ物を、食べさせるのは、苦痛を増すだけ。

まず、胃病を治す(所得を増やす)ことが、一番の、優先課題。



日本銀行における国債の引受けは、財政法第5条により、原則として禁止されています(これを「国債の市中消化の原則」と言います)

中央銀行がいったん国債の引受けによって政府への資金供与を始めると、その国の政府の財政節度を失わせ、ひいては中央銀行通貨の増発に歯止めが掛からなくなり、悪性のインフレーションを引き起こすおそれがあるからです。そうなると、その国の通貨や経済運営そのものに対する国内外からの信頼も失われてしまいます。これは長い歴史から得られた貴重な経験であり、わが国だけでなく先進各国で中央銀行による国債引受けが制度的に禁止されているのもこのためです。

マネーの虎のバカバカしさ

2019-01-14 00:08:10 | Weblog
マネーの虎のバカバカしさ。

銀行が、貸し渋り、をして、どんな事業計画を立てても、金を貸さなくなった時、マネーの虎、という、個人間、(金を持ってる社長と事業を始めたいが、金が無いヤツ)、での、出資をする番組があった。

あれは、バカバカしかった。

事業を始めたい、と言ってるヤツら、は、ちょっと、考えれば、すぐわかる、簡単なことを、全く気付いていない。

それは。

「事業を始めたい、と思っているヤツラも、一人の、物やサービスを買う、消費者である」

という、当たり前の、ことである。

それを、志望者は、全然、考えてない。

まず、自分だって、物やサービスを、買うんだから、まず、徹底的、に、自分の消費行動を、直視するべきなのだ。



まず、僕の、消費行動を考えれると。

僕は、食べ物にせよ、サービスにせよ、ほとんど、いつも買っている、決まった物しか、買わない。

それは、いつも、買って、食べている物、は、味も、内容、も、カロリー、も、分かっているから、安全なのである。

また。

僕は、ファミレス、とか、ファーストフード、や、外食店、でも、食べる、所は、いつも、決まっている。

味や、値段、が、わかっている、から、安心なのだ。

見ず知らず、の、外食店で、食べることは、ほんどない。

それは、その店の、食事が、美味い、のか、まずい、のか、わからないから、まずかったら、不快だから、見ず知らずの店に入るのは、賭け、であり、決断するのに、ためらうからである。

実際、僕は、初めて入った、店で、まずい、料理を食べて、不快に思った経験が、何度かある。

そういう経験をすると、それが、トラウマになり、ますます、見ず知らず、の、店には、入りたくなくなる。

それは、他の人でも、同じ傾向があると、思う。

マネーの虎、の、事業を始めたい、という、ヤツラは、まず、一番、身近な、消費者である、自分自身の、消費行動を、直視するべきなのに、それをしていない。



しかし。

コンビニで、今まで、食べたことのない、安い物を、食べて、それが、気に入ってしまう、ということは、結構、ある。

しかし、それは、コンビニで売っている、食べ物は、大手のメーカーが、作っているんだから、まず、失敗はないだろう、という、理由からである。

その他にも、「マネーの虎」、では、色々な、社長にしても、事業を始めたいために、金を借りたい、という、ヤツラにも、おっかしいな、と、思うことが、いくつもある。

しかし、一番、おかしい、と、思うのは。

「事業を始めたい、と思っているヤツラも、一人の消費者であるのに、自分の消費行動、消費心理を、研究していない」、という点が、一番、おかしい。



実際、投資の話は、ほとんど、成立しなかったし、成立した話でも、ほとんどが、事業に失敗している。

スターリンは2000万人、無辜の人間を殺した

2019-01-11 03:38:02 | Weblog
スターリンは2000万人、血の粛清を行った。

ヒトラーは、600万人、ユダヤ人を、殺した。

あまり知られていないが、スターリンは、社会主義国家をつくるため、2000万人、血の粛清で、無辜の人間を殺した。

こういうことは、中学、や、高校の教科書に書かれていないが、一行でいいから、書いておくべきことだと思う。

ちなみに。

毛沢東は、6000万人、共産主義思想に反対する人間を殺した。

毛沢東の時は、処刑の仕方が、残酷で、公開処刑である。

中国では、今でも、政治体制は、共産主義だから、思想犯は、殺している。

痴漢冤罪の対処法

2019-01-10 13:00:39 | Weblog
電車の中で、ゴミ女に、「痴漢」、と、言われた時の対処法。

動かないこと。柱にしがみついても。あるいは、逃げること。たとえ、人に疑われようとも。決して、駅長室に行かないこと。駅長室に行けば、駅長は、即、警察に電話する。金がなくても、絶対、弁護士を雇う。(死なないためには、仕方がない)

「私の手に、女のスカートや、パンツの繊維が、付着しているはずだから、繊維鑑定をして下さい」、と、1000回、訴える。

卑劣な警察は、被疑者を、逮捕し、決めつけ、「てめえがやったんだろ。吐け」、と、恫喝し、100%、有罪。

立証責任は、日本では、被疑者にあるのだから。

警察、検察は、自分たちが、勝つことしか考えていないし、裁判官も、検面調書を信用する。

検察と裁判官は、グルだし、裁判官なんて、いい加減な、ヤツしかいない。

ともに、人間のクズ。

かくして、会社は、クビ。社会から、「痴漢者」、のレッテルを、一生、背負っていかなくてはならない。

職を失い、友人を失い、ホームレスとなり、社会的に抹殺される。

自殺するしか、他に、方法がなくなる。

裁判は無意味。

10年、弁護士を雇い、1000万、金を払って、膨大な時間と、金を、かけて、裁判をしても、有罪、実刑、執行猶予なし、になる確率は、100%。

日本は、おっかない国。



「高知白バイ事件」、でも、「厚生労働省の村木厚子事件」、でも、警察、検察、は、偽の証拠をでっち上げまでする。

冤罪事件の、「和歌山毒入りカレー事件の、無実の林真須美」、でも、わかるように、警察、検察、は、恫喝的取り調べで、被疑者の気を狂わせて、その苦しみから、ただただ、逃れさせたい、精神状態に追い込んで、被疑者に、自白させて、死刑にしても平気な狂人集団。

警察、検察、裁判官、の辞書に、「ごめんなさい」、「間違いました」、のコトバは無いのである。

あまり日本の司法の恥を世界にさらすな

2019-01-08 23:15:37 | Weblog
あまり日本の司法の恥を世界にさらすな。

カルロス・ゴーンの逮捕でも、そうだが。



嘘の被害証言で服役の男性、再審で無罪になるも国家賠償請求は退けられる

(1/8(火) 19:10MBS配信)

強姦などの罪で服役中に被害者の証言が嘘だったことが判明し再審で無罪となった男性が、国と大阪府に約1億4000万円の国家賠償を求めた裁判で、大阪地裁は男性の訴えを退けました。
大阪市の75歳の男性は、同居していた親族の少女(当時10代)に性的暴行を加えたとして強姦などの罪で起訴されました。
「(警察や検察は)『やっている』というのが前提。『なんで白状せんねん』と言うけど、やってないものはやっていない。なんぼ言われても」(男性)
男性は一貫して無実を主張してきましたが、大阪地裁は2009年「少女が被害をでっちあげるとは考えがたい」として、男性に対し懲役12年の判決を言い渡し、2年後に刑が確定しました。しかし男性が服役していた2014年、少女が突如証言が「嘘」であったと親族に告白。さらに大阪地検が再捜査したところ、少女が受診した医療機関には「性的暴行被害の痕跡はない」などと記されたカルテが残されていました。
その後、男性は釈放され、2015年の再審で無罪となりました。再審から男性を弁護してきた弁護士は、十分な捜査が尽くされず、事件が「処理」されていったことが冤罪を生んだと指摘します。
「そもそも強姦被害があったのだろうかという観点から検証していくことは、一番初めの段階から可能だった」(山本了宣弁護士)
2016年、男性はカルテの収集を怠るなど違法な捜査が行われたとして、国と大阪府に賠償を求める裁判を起こしました。しかし、8日の判決で大阪地裁は「通常要求される捜査を怠ったとまでいうことは困難」として男性の訴えを退けました。
「多くの友人も失ったし、大きな金銭的な損害も被ったし。ちょっと許せないですね」
男性は判決を不服として控訴する方針です。



無能で、貧乏な、バカ女の経済的救済策。

無能で、貧乏な、バカ女は、電車の中で、「男に痴漢された」、と言って、警察に通報しろ。

警察は、100%、バカ女の訴えを信じるから、男に、100万円の、示談をふっかければ、確実に、一日で、100万円、稼げる。