小説家、精神科医、空手家、浅野浩二のブログ

小説家、精神科医、空手家の浅野浩二が小説、医療、病気、文学論、日常の雑感について書きます。

野村克也

2014-09-30 21:34:18 | Weblog
日本の野球では、キャッチャーが、バッターを観察して、ピッチャーに配球を求める、キャッチャーリードの野球である。もちろん、自分の体調を一番よく知っているのは、投手だから、キャッチャーに、変化球を求められても、今日は、その球を投げる自信がない、ならば、ピッチャーは首を振る。こうして、ピッチャーとキャッチャーの協力で、ピッチャーは投げる。

古田敦史、矢野燿大ら、捕手の対談によると、野村克也氏は、コーチや監督の時、バッターに打たれた時、「どういう球を求めた?」と聞き、「その球を選んだ根拠は何だ?」と聞いたそうだ。

これは、非常に良い指導法だ。「それをした根拠は何だ?」と聞かれると、聞かれた人は、嫌がうえでも、自分を内省することになる。自分で考えることになる。

これは、頭ごなしに、「こうしなきゃダメじゃないか」というような、強引に、人間を自分流の型にはめようとする、指導法とは、正反対の、指導法である。

ケバブの失敗

2014-09-29 23:58:20 | Weblog
以前、テレビの、「マネーの虎」で、日本で、ケバブのファーストフードを開きたい、と言って、希望額の1800万円を、見事に獲得した、二人のトルコ人がいた。

私は、あれは、絶対、失敗すると確信していた。二人のトルコ人には多くの未熟すぎる考えたが多すぎる。それを、出資者は、見抜けないのか?ならば、出資者も見抜く目がない。

いくつも、未熟な点があるが、一番、大きな点は。

マクドナルドを例に出すと。マクドナルドは、食べ物屋ではないのである。では、何かというと、高校生、大学生、社会人、が、気軽にお喋り、できる、喫茶店なのである。中学生以下は、入りにくいだろう。マクドナルドは、高校生が、放課後、帰りがけの一休みのお喋り、や、クラブ活動の相談、などをする場所なのである。大学生でも社会人でも同じである。軽いお喋りや、重要な相談、商談まで、すべてに使える。それと、学生が勉強する場所なのであり、色々な国家試験の勉強をする場所なのである。それと、知らない人や知ってる人、同士が、(たとえばメル友で始めて二人が会う待ち合わせ場所)なのである。「××駅の西口のマックで会おう」ってな具合である。それと、夏、買い物で、疲れて、クーラーの効いた涼しい場所で、アイスティーを飲んで、一休みする場所なのである。別に、マクドナルドのハンバーガーが美味くて、ハンバーガーを食べたくてマクドナルドに入っているわけではないのだ。むしろ、マクドナルドのハンバーガーは、高い。ダブルチーズバーガ一ひとつの340円で、牛丼屋の牛丼が食べられる。牛丼の方が、ずっと、腹が一杯になる。

ちょうど、政治家や実業家が、重要な話し合いをする場所といえば、赤坂の高級料亭になる、しかない、のと同じである。まさか、政治家がマクドナルドで、密談するわけには、いかない。別に、赤坂の高級料亭を食べたくて、入っているのではない。

一般の喫茶店では、セルフサービスではなく、「いらっしゃいませ」と言われ、「ご注文は何になされますか?」と聞かれ、出る時、レジで勘定しなくてはならない。その堅苦しさから、三時間、喫茶店で勉強してねばる、ということは、出来にくい。し、あまり、くつろぎすぎた長話し、も出来にくい。

そして、会話や勉強のため、マクドナルドに入ったら、さすがに、何も注文しない、という、わけにはいかない。さすがにマクドナルド以外の食べ物を持ち込んで食べると、店員に注意される。

そして、会話や勉強していると、だんだん、腹が減ってきて、咽喉も渇いてきて、つい、マックフライポテトや、チキンマックナゲットやコーラやシェイクなどを、注文してしまうのである。

マクドナルドは、何かをする場所なのである。しかし、食べ物屋である面も確実にあり、朝マックや、昼食時に、手軽に腹を満たす場所でもあるのである。

そういう二面性、(これは、そうしようと緻密に考え抜いた結果ではなく、たまたま日本人の気質に幸運にも偶然に、に合っていた)、から、マクドナルドは、経営が成り立っているのである。

それが、一番、大きな理由である。他にも、大きな二つの理由がある。

二人のトルコ人(留学生)には、三つの大きな、考え方の、お粗末さがある。

第一点。彼らは、学園祭で、ケバブを出店して、2万人以上の人が、彼らのケバブを食べて、その中で、ケバブはおいしくない、マズイ、と言った人は一人もいない、と自慢げに言っていた。それがケバブが日本で売れる根拠としていた。この思考は、お粗末すぎる。ケバブでなくても、焼きトウモロコシでも、焼きそば、でも、綿菓子でも、食べて、美味しくない、マズイ、という人は、一人もいないだろう。百歩ゆずって、食べて、あまり、美味しくないと思った人がいたとしても、正直に、マズイ、美味しくない、と言ったら、売ってる人がかわいそうと思うから、正直な感想など言わないものである。それが、お粗末な思考の一つ、である。私自身、ラーメンでも、カレーでも、スイカでも、メロンでも、要するに、この世の全ての食べ物は、農家から始まって、売れる美味しい食べ物になるようにと、必死に努力して作っているのだから、マズイ食べ物というものは、何一つ思いつかない。腹が減っている時には、私は、何を食べても、本心から、美味しい、というだろう。そして私自身、飲食店の人に、マズイとか、美味しくない、とか、言ったことは、人生で一度もない。大昔、一度、十分、煮えていない、生煮えの牛丼を食べて、マズイと思った経験はあるが、店の人に、「おい。これ。マズイよ」とは、もちろん言わず、心の中で、「まあ、店の人も忙しいから、千回に一回くらいは、失敗することもあるだろう」と思っただけである。

第二点.彼らは。「人通りのいい所に店を出せば、きっと売れる」と言ったが、この考え方も、お粗末すぎる。店は、どこかのビルの、空いている一室を借りることになるのだろうが、「人通りのいい所」なら、地価がバカ高いから、当然、ビルのテナント料も、バカ高くなり、バカ高いテナント料に達するほど、一日中、客が、ひっきりなしに来て、休む暇もなくケバブが売れなくては、テナント料さえ払えず、赤字経営で、やっていけない。彼らは、テナント料が、タダのような感覚である。

第三点。さらに、学園祭で、ケバブ店を出店して、よく売れて、自信をつけてしまったことが、二人の失敗の元なのである。学園祭は、お祭りであり、客は、食べたことのない、めずらしい食べ物を食べたがっている。そして、トルコのケバブと書いてあり、肉が回って、それをそいでいれば、トルコのケバブとは、一体、どんなものなのだろうと、少し値段がくても、興味本位で、客は食べてみたくなるものである。人間は、毎日、同じ、ありきたりな、日常の生活にあきあきしているから、未知なる物を求めるのである。だから、連休には、国外の見知らぬ土地に旅行にいくのである。しかし、学園祭のケバブにせよ、連休の海外旅行にせよ、それらは、あくまで興味本位、が動機なのである。旅行で行った未知の国を気に入ったからとって、本気で住もうとは、言語、文化、仕事、住居、他、などの様々な現実的理由から出来ないし、しないのである。ケバブも、それと同じであり、毎日、高い金を払ってでも、食べたいとは思わないのである。学園祭でケバブが売れるのは、珍しい異国の料理を食べてみたい、という興味本位が動機で売れているのである。その認識が、二人のトルコ人にはない。

ケバブは、お祭りの屋台で、食べる、わた飴、や、チョコバナナの類なのである。

そもそも出資者の社長たちを、私は賢いとは、全く思わない。事業なんて、軌道に乗るまでが大変なのであって、一度、軌道に乗ってしまえば、たいして頭は使わない。もちろん世の中の動向や同業者の動向には、目を光らせていなければならないが。大企業になって、管理職が多い所なら、そこがブレインとなるから、社長の中には、社長室で鼻クソをほじくっているだけの社長もいる。

結膜炎

2014-09-29 21:33:12 | Weblog
プールで泳いでいたら、ゴーグルの不具合が起こって、目に塩素を含んだプールの水が入って、結膜炎になってしまった。目が痛くて、開けられない。失明するかと思った。が、何とか治りかかった。

プールで泳いでいると、小説のストーリーが思いつくことが、よくある。

藤沢市民まつり

2014-09-27 20:13:37 | Weblog
たまたま体育館に行ったら、お祭りをやっていた。

ケバブ屋があったので、ケバブを買って食べる。所詮、ケバブは、焼きトウモロコシや、リンゴ飴、や、チョコバナナのように、お祭りの時、くらいに食べるのがちょうどいい。毎日、食べたいとは、思わない。日本人は、そもそも、体質的に、肉が主食ではないから、あまり肉ばかりは、食べられないのだ。

体育館の中では、子供たちが、リズミックな体操、というか、ダンスをしていた。

あれはエアロビクスの効果があっていい。子供の頃から、ああいうふうに、体を動かし、柔軟性を鍛えておくと、のちにスポーツする時のためにいい。

体で覚える2

2014-09-22 07:53:39 | Weblog
さて、スポーツの技術は、体で覚える(体が覚える)ものであるが、一度、覚えた技術は、その後、練習していなくても、一生、忘れない。自転車と同じである。

ただしこれには条件があって、一度、技術の基本が完璧の域に達っして、の話である。

完璧に達していない技術は、練習しないブランクが長くあると、技術のレベルが落ちることがあるのである。

スキーを例にして言えば。(スキーは、一年間で冬しか出来ない)スキーの技術は、一度、スキーが、完璧のレベル(SAJの検定で一級。膝から下でのスキーの、ウェーデルンが正しく出来るレベル)まで、到達していれば、スキーというものは、一年間で、冬に、一回か二回、程度しか、やらなくても、技術のレベルは落ちないで、出来るのである。その冬、一度もやらなくても、さらには何年も、やらなくても、技術が一度、完璧の域にまで達していれば、ある冬、いきなりスキー場に行っても、技術は、落ちておらず、完璧に滑れるのである。

しかし、技術が完璧の域にまで、達していない場合は、練習しないブランクが長くあると、技術のレベルは、落ちることがあるのである。

ただ、これも一概には、言えない。大抵の人は、子供の頃、夏の水遊びによって、水の中で遊んでいるうちに、水泳というか、泳ぐ、というか、水に浮いて、平泳ぎ的な、泳ぎ方は出来るようになるものである。ただ、これは、本格的な、平泳ぎではない。本格的な平泳ぎは、水のキャッチ(水をグッととらえること)が出来て、泳ぎの効率がいい。そういう点からすれば、一般の人の、平泳ぎは、完璧のレベルの技術ではない。しかし、だからといって、一般の人が、何年も、泳いでなくて、いきなり、泳いでみても、子供の頃、覚えた、ゆったり平泳ぎは出来るものである。




体で覚える

2014-09-21 22:58:12 | Weblog
スポーツの技術は、反復運動によって、体で覚えるものである。体で覚えるといっても、手や足の神経が覚えるわけではない。あらけずりに言うと、脳の運動を司る小脳のシナプス結合を鍛えているのである。正確に言うと、脳は、機能局在は、あるのだが、脳は、脳全体として反応することがほとんどなので、運動の技術は小脳だけ鍛えているわけではないのである。スポーツで技術を覚えるというのは、体が覚えるのではなく、脳の神経細胞のシナプス結合によって覚えるのである。つまり、スポーツの技術の練習は、脳を鍛えているのである。ただ、脳も人間の体の一部であるから、スポーツの技術は、体で覚えるもの、といっても、言葉として、間違いとは言えない。そして、さらに、スポーツの技術は、体で覚える、という表現の方が、感覚的に良いようにも思う。

脳の神経細胞と神経細胞のシナプス結合が出来ることが、技術が上達する、ということである。

ここで、驚くべきことは、ブルース・リーは、あらゆる運動のメカニズムを、研究して、その通りのことを、知っていたことである。

どうして練習すると上手くなるのか、さっぱり、わからない、などと言っている、本など全く読まない、世の中の多くの、バカコーチやバカトップアスリートが多い中で、ブルース・リーの研究熱心さ、などカケラもないだろう。

ブルース・リーの書いた文章を以下に引用しよう。

「間違えてはいけない。統合を習うには神経組織の訓練の問題であって、筋肉の問題ではない。まったく不統合な筋肉を完璧に統合された筋肉へと変えるのには、神経細胞内の関係を発達させる以外にない。心理学者や生物学者の説によると、神経細胞内の何兆という数の分子は、各々が直接に接触はしないが、ひとつの神経細胞の繊維は他の細胞の繊維と極めて接近して絡み合っているので、刺激は、一つの細胞から他の細胞へ「誘導作用」によって伝えられる。この刺激が一つの神経細胞から他の神経細胞へ伝えられる接触点は「イロン連接」と呼ばれる。ボールを見て全く不統合な反応しか示さなかった乳児が、やがてすばらしい野球選手になりうるのは、このイロン連接のおかげなのである。どうすれば神経細胞内に正確な接続を結ぶことが出来るかといえば、それは訓練によるしかない。一定の行動は実行されるたびに関連する接続を強化し、次の実行を容易に、より確かに、より敏捷に出来るようにする。一つの動作を繰り返し行うことで、その動作は正確に、自然になる。実行すること、練習すること、繰り返すこと、によってのみ、我々は技術を得ることができるのである」

(ブルース・リー「魂の武器」より)

この中で、イロン連接、誘導作用、などは、神経細胞のシナプス結合のことである。

その他にも、ブルース・リーは、サイドキックを身につけるために、人体の構造を学んだり、合理的な、筋肉の作り方、そして、筋肉を作るための、プロテインを研究し、独自に作り出したプロテイン飲料を、飲んでいた。

さらには、日本の、空手、柔道、合気道なども、本で読んで理解していた。

それらは、全て独学である。その研究熱心さには、驚かされる。彼は間違いなく、天才中の天才である。

バッティング

2014-09-21 21:59:14 | Weblog
バッティングセンターで、右でばかり、打っていて、左で打ってみたら、左打ちで、長打が、打てるようになった。(私は左利きである)

右でばかり、ボールを投げていて、左で、投げてみたら、かなり速い球が投げられた。

利き手でない方の手で、投げたり、打ったり、していると、利き手の技術、が上がるのかもしれない。その理屈は、わからない。

王貞治は、スランプの人に「自分の技術を上げるのに、方法がわからず、どうやっていいか迷っているのなら、色々なことを、なんでもやってみればいい」と言っているが、それは、至言である。

空手

2014-09-21 21:48:21 | Weblog
五年くらい、久々に、日曜の体育館でやっている空手の組織に出た。震災の年、2011年から、わけあって、日曜の夜は、仕事があった。

久々に汗をかいた。久々にポカリスエットがうまかった。水泳と、筋トレだけでは心肺機能の強化にはならないと、わかった。もっとハードな運動をしなければ。

心肺機能

2014-09-21 01:04:28 | Weblog
疲れが、とれない。いつも、疲れている。心肺機能を向上させねばならない。

蓮花院

2014-09-18 23:47:15 | Weblog
初詣は、群馬県の、前橋市の、厄除け大師、蓮花院に行きましょう。

富岡宥心さんという、剃髪しても、綺麗な尼僧がいます。

美人すぎる尼僧である。

素人マッサージ店

2014-09-18 23:47:15 | Weblog
運動すると筋肉痛になることがあって、素人の、一時間、3000円のマッサージ店に行くことが、あるが。素人だけあって、下手である。マッサージなんて、誰でも出来るはずなのに、よくまあ、下手なことだ。下手なマッサージで、疲れがとれるどころか、体が痛くなってしまったこともあるくらいである。

ネット喫茶の、マッサージ機の方が、まだマシで、素人マッサージ店より、疲れがとれる。

バッティング

2014-09-18 23:45:47 | Weblog
バッティングは、もう右打ちも、左打ちも、同じように出来る。

何のために、そんなこと、やっているのか。

腰痛(冷え症からくる)が右だけ起こるのは、左打ちばかりしていた、ためではないか、と思ったから。

高校野球でも、プロ野球でも、左打ちが多いが、バッティングセンターでは、右打席だけの、ボックスが、やはり多いから。

息抜きのため。

たいした運動にはならないが、全力を出し切る瞬発力の運動にはなる。

便秘が、ひどく、運動によって、便意が起こることがあるから。

人間(私)の反射機能、運動能力の研究のため。

ちなみに、バッティングは、容易に、スイッチ出来るが、投げるのは、利き手でない方で投げれるようになるのには、バッティングのように、容易には、出来ない。


著作権3

2014-09-18 23:30:49 | Weblog
齋藤孝氏の「声に出して読みたい日本語」などの類は、日本の代表的な、文学の一部を、寄せ集めて、大きな字にしただけで、何の創作性もない。し、そういうものを思いつく発想などというものも、誰にでも思いつける。なのに、著作権が出来て、著者の作品ということになるのだから、本など、誰にでも、作れる。それが結構、売れて儲かるのだ。

ランニング

2014-09-18 23:16:48 | Weblog
街でランニングをしている人を見ると、偉いな、と思う。私も、最低、週一回は、トレーニングジムへ行き、筋トレし、トレッドミルで、ランニングもしているが、それは自分の健康のために、やっていることなので、別に、偉いとも何とも思わないが、他人が、ランニングをしているのを見ると、偉いと思ってしまう。

スマートフォン

2014-09-18 23:07:26 | Weblog
携帯電話からスマートフォンに切り替えたが、スマートフォンでは、何でも出来て便利だが、たいしてスマートフォンのアプリが、面白いとは思えない。電車の中では、9割の人が、スマートフォンをピコピコやっているが、何をやっているのか?