小説家、精神科医、空手家、浅野浩二のブログ

小説家、精神科医、空手家の浅野浩二が小説、医療、病気、文学論、日常の雑感について書きます。

石破茂が自民党総裁選に出馬

2018-08-14 02:30:01 | Weblog
石破茂に勝って欲しい。

自民党が悪い、というより、安倍政権が、ひどすぎるのだ。

石破茂は、安倍晋三のように、恥知らずではない。

しかし、今の趨勢を見ると、やはり、安倍晋三が勝つだろう。

翁長雄志沖縄県知事死去

2018-08-14 02:26:01 | Weblog
あーあ。

沖縄の翁長沖縄県知が死んでしまって残念だ。

氏の政府批判は、立派で、胸がスカっとした。

次期県知事は、自民党の変なヤツがなりそう。

テレ朝・小川彩佳アナ『報ステ』9月卒業

2018-08-08 23:37:23 | Weblog
テレ朝・小川彩佳アナ『報ステ』9月卒業。

ガーーーーーーーーーーン。

金槌で頭を打たれたようなショック。



僕の予想。

テレビ朝日の、「報道ステーション」の視聴率が急落。

また、復帰。



日本中の老人が自殺。

「わしゃー。報道ステーションの、小川アナを見るのが、唯一の生きがいじゃった。小川アナを見れなくなった、今、もう、この世にもう未練はないて」

酷暑、地獄の夏バテ

2018-08-05 02:29:52 | Weblog
今年は、酷暑で、まいっている。

弱音は言いたくないが。

小説でも、ブログ(ブログは、どうでもいいけど)、書きたいことは、いっぱいあるのだが、夏バテで、書けない。

東京医大の裏口入学

2018-08-05 01:48:29 | Weblog
「文部科学省の支援事業の対象校とするよう取りはからったとして、東京地検特捜部に受託収賄容疑で逮捕された文科省科学技術・学術政策局長、佐野太(ふとし)容疑者(58)が受けた便宜の見返りが、自分の子供を東京医科大(東京都新宿区)に合格させてもらうことだったことが4日、関係者への取材で分かった。」



医学部入試の不正問題だが。



それとは、別に、僕が疑問に思っていることについて書こう。



僕は、奈良県の公立医学部に入った。

そして、医師になった後、何回か、公立医学部は、県の税金で、運営されているので、その県に住所がある人は、入りやすく、他の県の受験者は、不利、ということを、何人もの医師が言っているのを聞いた。

いかがわしくない医学部入試に関する本にも、ちゃんと書いてある。

大学側としては、県民の税金で、運営している、医学部なのだから、卒業後は、大学病院に残ったり、県内に多くある、大学の関連病院で、県民のために働いて欲しい、という思いは、絶対あると思う。

泌尿器科の教授は、卒業して、他の大学の医局に行く人を、露骨に、「裏切り者」、と言っていた。

しかし、どこの医学部の教授も、「そんなことはない。合否は公平に決めている」、と言っている。

しかし、入試の点数が、同じ受験者がいたとしたら、やはり、県内に住所がある、受験生を合格させると思う。



医学部教授としては、「入試の点数が、同じ受験者がいたとしたら、県内に住所がある、受験生を合格させる」、とは、きれいごとの建前上、絶対、言えない、と思う。

それと、国公私立に関係なく、入試の点数が、同じ受験者がいたとしたら、その大学の教授の息子とか、関連病院の院長の息子とかがいたとしたら、そっちの方を、優先的に合格させていると思う。

しかし、そういう噂はすぐにひろまるから、大学側としては、「あの大学は、いかがわしい」、と世間に言われたくないから、結構、公平に、合否を決めているかもしれない。

しかし、人間は、そんな、性善的てはなく、結構、えげつないから、それも違うかもしれない。

なので、本当の所は、わからない。

内容の無いヤツほど説教したがる

2018-07-28 06:40:25 | Weblog
内容の無いヤツほど説教したがる。

安倍晋三が死んだら、私は、嬉し涙を流して、万歳三唱する

2018-07-28 06:38:44 | Weblog
安倍晋三が死んだら、私は、嬉し涙を流して、万歳三唱する。

ドコモ光の勧誘はきわめて悪質

2018-07-20 03:13:32 | Weblog
スマートフォンのことで、ドコモショップに何回か行った。

アンケート用紙を、渡されて、記入した。

やたら、ドコモ光に、変えるように勧誘する。

しつこい。

押し売り、悪質、である。

ドコモは、大手だが、大手会社だからといって、安心してはいけない。

「インターネットは、今、問題なく、使えていますから、いいです」

と言っても、しつっこーーーーーーーーーく、おっかしな、ことをゴチャゴチャ言って、契約させようとする。

それで、根負けして、契約してしまった。

しかし、あとで、ネットで調べたら、本当に、悪質だった。



ネットで、「ドコモ光 行政指導」、で、検索してみるといい。



「総務省がドコモに行政指導 光回線の広告で不適切表示」

「総務省は2018年6月8日、光回線サービスの広告において不適切な表示があったとして、NTTドコモを行政指導した。

NTTドコモやソフトバンクが展開する携帯電話回線と光回線のセット販売を巡っては、競合他社から「割引額が大きく、同じ土俵での競争は困難」との指摘が出ていた。総務省が調査した結果、割引対象は携帯電話回線であり、適正なコストを著しく下回る水準ではなかったものの、ドコモ光の広告で不適切な表示があった。

具体的には、割引対象が光回線に見えるような表示となっていた。こうした表示はユーザーの誤解を招いて不当な競争を引き起こす恐れがあり、割引対象を携帯電話回線とした約款とも異なるため、行政指導が適当と判断した。NTTドコモは問題の表示を修正済み。総務省はNTTドコモに対し、原因の究明と再発防止の徹底、類似事例の調査や報告などを求めた。」

(日本経済新聞「2018/6/11 18:00」)



当然、解約したが、ドコモのヤツらが、ごちゃごちゃ、言うので、

「うるせー」

と、怒鳴りつけて、にらみつけた。

僕は、空手が出来るので、空手が出来ると、腹から、物凄い、大きな声を出せるので、相手もビビった。

ドコモに限らず、ソフトバンクも、AU、も、勧誘がしつこく、悪質らしい。

大手だからといって、信用しないように、しましょう。

行政指導しても、奴らは、悪質な勧誘を続けています。

テニスのチャレンジって、何なの?

2018-07-15 16:14:41 | Weblog
テニスでは、「チャレンジ」、という、変なものがある。

(1)「選手は、ライン際のイン、アウトの微妙な判定に対し、ビデオ判定を要求(チャレンジ)する権利を持つ」

(2)「1セットにつき3回まで」


(1)、は、わかるけど、(2)、の意味がさっぱり、わからない。

どうして、回数制限をつけなきゃならないの?

スロービデオによる検証や、コンピューターの方が、正確なのに?



プロ野球で、セーフか、アウトの、判定では、チャレンジなんて、変なものは、ない。

スロービデオによる検証が、行われている。



どうして、テニスでは、(3回まで)、という、回数制限をつけなきゃならないのか。

その意味が、さっぱり、わからない。

人に、甘ったれるな、というヤツほど、自分は、甘ったれである

2018-07-15 05:45:26 | Weblog
「人に、甘ったれるな、というヤツほど、自分は、甘ったれである」

女性専用車両は男の身を守るためのものである

2018-07-13 07:37:04 | Weblog
「女性専用車両は男の身を守るためのもの」

である。

(日本では)、女性専用車両は、女が、男の痴漢に、あわないように、つくられたものだが。

それでも、朝のラッシュ時のときには、間に合わなくて、ギューギュー詰めの、車両に、女が、あわてて、飛び込んでくることもある。

この時が、こわい。

なぜなら、すし詰めの車両だから、この時は、男と女は、どうしても、体が接触してしまう。

この時。

女に、「痴漢されたー」、と、言われたら、男の人生は、おしまい、だから、である。

なぜなら、女に、「痴漢されたー」、と言われたら、言われた男が、自分が、痴漢していないことを、膨大な金を払って、弁護士をやとい、何年にもわたる、長い裁判で、自分の、無実を立証しなくてはならないからだ。

そして、かりに、何年にもわたる、長い裁判で、自分の、無実が立証されたとしても、女に、「痴漢されたー」、と、叫ばれた時点で、もう男は、会社は、クビとなり、世間から、痴漢した男と見なされて、人生、おしまい、だから、である。

それに、痴漢の被疑者となってしまったら、痴漢していないことを、膨大な金を払って、弁護士をやとい、検証実験して、その妥当性を証明できたとしても、裁判官の、バカで、気まぐれ、な、判決で、裁判官に認められなかったら、意味が無い。

警察官は、怠け者ばかりだから、真実を突き止めようとか、聞き取り調査なんかせず、検証実験など、もちろん当然せず、男に、「認めろ」、と、せまるだけだからである。

冤罪国家、日本の、おそろしさ、である。

上祐史浩に罪は無い

2018-07-11 05:45:43 | Weblog
上祐史浩氏は、麻原彰晃や、幹部が、女性信者を殺すのを見ていた、のに、何もしなかったことが、わかった。

ネットでは、上祐史浩バッシングが、起きている。

しかし、上祐史浩には、罪はない。

これを説明しよう。

まず、その記事。

「新たに「麻原彰晃」の女性信者殺害事件が発覚 隠し続けていた「上祐史浩」認める」

「麻原彰晃(本名・松本智津夫)ら7名に死刑が執行されるも、決着がつかないオウムの“罪”は、まだあった。麻原はじめ幹部による女性信者殺害事件。元幹部・上祐史浩氏もその場に居ながら、今日まで口をつぐんできたのである。

その隠された殺人事件についての噂が広がったのは、昨年の秋頃のこと。新実智光死刑囚が、ある余罪について告白していたという。

「教団の初期、ある女性信者が麻原教祖に首を絞められて殺されていた――というもの。これまで全く表に出ていない事件です」

と語るのは、関係者。

新実死刑囚の証言によれば、被害者は当時27歳の女性信者Yさん。金銭トラブルで麻原の部屋に呼び出され「ポア」された、自分と中川智正が手足を押さえ麻原が手を下した。部屋には故・村井秀夫、女性幹部、上祐氏もいた……という内容だ。

その上祐氏に話を聞こうと試みるも、当初は“調べてみます”などと誤魔化すばかり。ようやく口を開き、女性信者殺害の現場に居合わせたと認めた。そのうえで、“新実が取り押さえ、中川が注射器を用いて殺害した”と、新実証言とはまた異なる説明をする。

「中川は彼女の左腕に注射した。しばらく後、中川はYさんの胸に耳を当て、“心臓が止まった”と言いました。麻原はその間、ソファーにずっと座っていました」(上祐氏)

今日まで恐怖と不安で言えなかった、と上祐氏は言い訳する。時効により事件化することはないが、その罪は重い。7月11日発売の週刊新潮では、被害女性の素顔を明かすとともに、上祐氏の弁解を詳しく掲載している。」

「週刊新潮」2018年7月19日号 掲載

(「デイリー新潮」7/10(火) 11:30配信)



つまり、上祐史浩氏は、麻原彰晃が殺人をするのを見ていた、ということである。

しかし、これだけでは、罪にはならない。



以前の、押尾学事件を思い出して欲しい。

押尾学は、ホステスの田中さんに、セックスの前に、セックスの快感を高めるために、合成麻薬MDSAを飲ませた。

それで、田中さんは、セックス中に、危篤になり、死んだ。

ここで、保護責任者遺棄致死、という、法律が適応される可能性が出てきたのである。

普通、保護責任者遺棄致死というのは、親が自分の、幼い子供の、監督や保護義務を怠って、死なせた時に、問題になる法律である。

親には、幼い自分の子供の、監督、保護義務があるからである。

押尾学氏の場合は、押尾学氏の意志で、田中さんに、合成麻薬MDSAを飲ませたから、保護責任者となるのである。

田中さんが、自分の意志で、合成麻薬MDSAを飲んだのなら、押尾学氏は、保護責任者とはならない。

保護責任者遺棄致死、という罪は、感覚的には、違和感を感じる。

しかし、法律が、そうなのだから、仕方ない。



つまり。

わかりやすく言えば。

ある人、A、が、歩いていて、川で、おぼれていて、「助けてー」、と、叫んでいる子供、B、を見たとする。

この時、A氏は、何もしなくても、罪にはならない、のである。

感情的、人情的、に、考えれば、違和感を感じることだが。

携帯電話を持っているなら、警察なり、消防なりに、電話したり、あるいは、大声で、「だれかー。来てくれー」、と、叫ぶ、なり、してもよさそうなもだが。

携帯電話を持っているのに、警察、や、消防、に連絡しなくても、罪にはならないのである。

罪というのは、「自分が犯行を行った」、ということに対して、だけ、発生するものであり、「人助けをしなかった」、とか、「他人が行った犯行を、止めなかった」、というのは、罪には、ならない、のである。

つまり、どんな凶悪な犯罪を見ても、自分が関与していないのなら、「止めなかったことに対する罪」、というのは、ないのである。

感情的に考えると、違和感を感じるが、法律が、そうなのだから、仕方がない。

さらには、様々なケースを考えてみると、この法律は、あながち、間違い、とは、言えず妥当性がある。

たとえば、(いじめは犯罪じゃないけど)、いじめ、を、見て、いじめを、止めなかった生徒に罪があるとしてしまうと、この世の中は、(数100万人、か、数1000万人以上の)犯罪者だらけになってしまう。

ヒトラーがユダヤ人を迫害し、この世から抹殺するのを、当時の、ドイツ人の、90%以上は、止めるどころか、良いことだと思って見ていた。

彼らに、罪があるとすると、ドイツ人の90%以上を犯罪者として罰しなければならないことになる。

(それどころか、ドイツ国民は、ヒトラーを妄信し、ユダヤ人に石を投げたり、ユダヤ人の家に石を投げたりした。これは、完全な、犯罪、「傷害罪」、「器物損壊罪」、である)

「人は「発言する」ことにのみならず、「発言しない」ということにも責任を持たなければならない。」

とは、キング牧師の発言だが、これは、確かに、崇高な格言だが、これは、道徳のことであって、法律のことではない。



だから、上祐史浩氏が、女性信者の、手や足を押さえていた(犯行に協力していた)、というのなら、上祐史浩氏には、殺人罪が、発生するが、上祐史浩氏は、見ていただけ、なのだから、上祐史浩氏には、罪はない。

麻原彰晃と幹部の死刑執行は、安倍晋三の人気取りが目的

2018-07-07 03:22:24 | Weblog
麻原彰晃と、幹部の死刑が、執行された。

なぜ、このタイミング、時期、で、死刑執行、という政府の説明は無い。

麻原彰晃は、心神耗弱の状態であり、心神耗弱者である、麻原彰晃を死刑にするのに対して、多くの司法関係者は、反対を主張している。

また、江川紹子氏も、述べているが、オウム真理教が、若者に広まったのには、バブル景気での、うかれ、や、カルトブームで、若者が、生きる目的を、失っていたことだけが、原因ではなく、カルト宗教とは、時代を超えた普遍的なものであり、幹部は、心理学者や、精神医学者の、絶好の、研究材料であり、徹底的に彼らを、研究することが、再発防止になるからと、死刑執行すべきでない、と述べている。



江川紹子氏の発言。

「彼ら“高弟”たちはカルトによる未曽有のテロ事件の生き証人であり、今後のカルト問題やテロ事件の防止のために格好の研究対象だった。真面目な若者が心をからめ捕られ、殺人の指示まで唯々諾々と従った心理状態などを専門家が研究するなど、将来に向けての教訓を学び尽くす必要があったのではないか。
米国からは、テロの研究者が来日して死刑囚に面会したこともあった。肝心の日本でそのような動きがないまま、死刑執行により生き証人が失われるのは残念だ。」


全く同感である。

せっかく、カルト宗教に洗脳されてしまった彼らを死刑にしてしまっては、その原因解明が出来ず、カルト宗教に洗脳される原理の解明の貴重な材料が、せっかくあるのに、政府は、再発予防対策を、ドブに捨ててしまったのである。

原因が、しっかり解明されないものは、また、いつか、繰り返される。

また、麻原彰晃と幹部を死刑にしてしまったことで、アレフにとって、麻原彰晃は、キリストとなってしまった。

迫害されるほど、信仰者の情熱は、強まるのである。

麻原彰晃も幹部も、死刑が確定していても、生かしておいた方が、オウム事件を、過去の事件に風化させない効果がある。

麻原彰晃や幹部を、全員、死刑にしてしまったことで、オウム事件は、一件落着し、過去の事件となり、人々から、忘れられていく。

(オウム事件は、風化させるべきではないのだ)

アレフも、今まで以上に、危険な宗教団体になる可能性がある。

今までは、問題なく、やっていたのに。

弊害だけあって、何のメリットも無い。



では、なぜ、この時期に死刑執行したか。

それは、森友問題、加計問題、公文書の改ざん、その他、安倍晋三の暴政で、政府の支持率が、落ちるのを、回復しようという、という安倍政権の政治的意図である。

世間一般の人間は、全員、オウム、や、麻原彰晃、を憎んでいるから、死刑執行した、安倍政権を、単純に称賛する。



有田芳生氏の発言。

「一度に7人の死刑が執行されたことについても「ずいぶん思い切ったな」「異例中の異例では」と波紋が広がっている。上川陽子法務大臣は記者会見で「慎重にも慎重な検討を重ねた」と述べているが、参議院議員の有田芳生氏はツイッターで「常識的に判断してありえません。麻原彰晃の裁判資料だけでも部屋ひとつが一杯になります。まともな法相ならそれを検証します。ましてや7人。後世の検証にたえうる麻原の精神鑑定も行っていません。政治判断です」と反論している。」



また。

EUは、こう発表した。



「<EU>日本に死刑の執行停止求める」

「欧州連合(EU)の駐日代表部は6日、加盟国の駐日大使らと連名で、日本政府に執行停止の導入を訴える共同声明を発表した。死刑撤廃を加盟の条件とするEUは国際社会でも死刑廃止を目指している。
声明ではオウム事件が「日本と日本国民にとってつらく特殊な事件であることを認識している」と述べ、テロ行為を非難すると共に犠牲者や遺族に共感の意思を伝えた。その上で死刑には「犯罪抑止効果がない」と指摘し、冤罪(えんざい)による過誤も「不可逆」だとして「いかなる状況下での極刑の執行にも強く明白に反対する」と主張。日本政府に死刑廃止を前提とした執行停止の導入を訴えた。

国際人権団体アムネスティ・インターナショナル(本部ロンドン)も6日、「司法当局には説明責任だけでなく、すべての人権を尊重することが求められているが、死刑は究極の人権の否定である」と非難した。」

【ブリュッセル八田浩輔、パリ賀有勇】

(「毎日新聞」7/6(金) 18:52配信 )

スポーツ上達小説(上)

2018-06-30 09:03:28 | Weblog
「スポーツ上達小説」

という小説を書きました。

ホームページ、浅野浩二のHPの目次その2、http://www5f.biglobe.ne.jp/~asanokouji/mokuji2.html
に、アップしましたので、よろしかったらご覧ください。

(原稿用紙換算115枚)




スポーツ上達小説

山野哲也は、医師である。
彼は、奈良県立医科大学を卒業した後、Uターンして、千葉の、研修指定病院で、二年の精神科の研修を受けた。
彼は、生まれも、育ちも、関東で、関西には、馴染めなかったのである。
彼が、精神科を選んだのは、単純な理由である。
それは、精神科が、楽そうだったからである。
しかし、彼は、楽なことばかりを、求める、世の中の、その他大勢の人間とは違っていた。
彼は、大学に入学した時から、過敏性腸症候群に悩まれていたのである。
一般の人は、「過敏性腸症候群」、と、聞いても、「ちょっと、腸の具合が悪いのだろう」、程度にしか思わないだろう。
確かに、病気には、程度の差、があって、「過敏性腸症候群」、の、持病を持っていても、その程度が軽く、「ちょっと、腸の具合が悪い」、という人もいる。
しかし、彼の、病気の程度は、重く、一日中、チクチク刺すような、痛みがあり、「過敏性腸症候群」、に伴って、「不眠」、「便秘」、「うつ病」、に、悩まされてきた。
それは、大学の、学業、生活、を、著しく、困難にするほどのものだった。
実際、彼にとって、大学生活は、生き地獄そのものだった。
死ぬことも、本気で、何度も考えた。
そのため、彼は、大学四年で、休学した。
休学して、幸い、心療内科の、いい先生に巡り合えたので、彼は、1年、休学した後、復学した。
そして、ともかく、大学だけは、卒業して、医師国家試験の資格も、とっておこうと、思った。
彼は、もの凄い努力家だったので、大学も卒業し、医師国家試験にも、通った。
しかし、彼には、もう一つ、困ったことが、あった。
それは。
彼は、大学三年の時に、一介の医者として、一生を過ごすことに、むなしさ、を感じ始めていたのである。
そして、大学三年のある時、「小説家になろう」、と、決断したのである。
それは、突拍子もないことであった。
しかし、そう思い決めてからの後は、彼の創作にかける情熱は、衰えることなく、それどころか、創作意欲は、ますます、高じるばかりだった。
彼は、病気に苦しみながら、勉強に打ち込み、創作に、打ち込んだ。
千葉での、二年の研修が終わると、彼は、地元の藤沢の、精神病院に就職した。
そして、医師の仕事をしながら、小説を書いた。
しかし、彼は、創作にしか、生きがい、を、感じられず、医師の仕事には、やりがい、を感じられなかった。
そのため、医師の仕事を疎かにしてしまったため、病院は、もっと、やる気のある医師を求め、彼は、リストラされてしまった。
しかし、医師免許を持っていれば、医師の仕事は、何科を、してもいいのであり、彼は、ほとんど、疲れない、健康診断や、コンタクト眼科、などの、アルバイトをして、それを生活費の収入とした。
コンタクト眼科は、楽だった。
しかし、コンタクト眼科は、眼科医でない医者が、眼科の診療をしていることが、眼科学会で、問題になっていて、眼科医でなれけば、コンタクト眼科は、出来ない風潮になってしまった。
それで、彼は、今度は、人工透析のアルバイトを、するようになった。
人工透析の仕事も、楽だった。
それで、彼は、創作に打ち込んだか、毎日が、不眠と便秘との戦いだった。
睡眠薬を飲んでも、眠れず、便を出すのは一苦労だった。
整形外科の治療を受けると、自律神経が安定するので、彼は、ほとんど毎日、整形外科に通っていた。
彼は、医者というより、病人だった。
何とか、健康が良くなるように、彼は、色々と、健康に関する本を読んだ。
そして、色々と、健康にいい、と、言われていることを、やってみた。
それで、わかったことであるが、有酸素運動である、水泳と、筋トレ、が、健康にいい、ことが、わかった。
なので、水泳と筋トレ、が、彼の生活の中で、習慣となった。
彼は、子供の頃から、水泳が好きで、泳ぎを練習していたので、水泳は出来た。
子供の頃は、水泳が、出来るようになることが、目的だったが、大人になった今では、水泳は、健康のための手段でしか、なくなっていた。
しかし、何はともあれ、水泳を身につけていたことは、彼にとって、この上ない幸運だった。
彼の泳力は、すごく、5時間くらい、全く、疲れずに、泳ぎ続けることが出来た。
彼は、健康のため、週に、2回は、水泳をして、週に、1回は、筋トレをした。
彼は、車で、秋葉台体育館の、市営プールで、泳いだ。
アパートから、秋葉台体育館までは、一直線で、10分くらいで行ける。
水泳は、頑固な便秘に効果抜群だった。
彼は、3時間、泳ぐことに、決めていた。
しかし、プールでは、50分の遊泳時間に、10分の休憩時間があった。
彼は、50分、休みなく、泳ぎ続けた。
体を鍛えるのが、目的だから、彼は、10分の休憩時間も無駄には、しなかった。
休憩時間には、プールサイドで、脚や、腕の、ストレッチをした。
しかし、ストレッチは、3分くらいで、出来てしまう。
なので、その後は、空手のキックをした。
彼は、家でも、空手のキックをすることが、あったが、プールでは、人がいるので、華麗な蹴りを、見せることは、優越感の心地よさ、があった。
空いている方が、いいので、プールが、混んでいる時間は、避け、人の少ない時間をねらった。
ある時のことである。
休憩時間に、彼が、ストレッチしていると、たまたま、すぐ後ろのベンチに、腰掛けている女性と目があった。
彼は、彼女を知らない。
しかし、彼は、プールによく行くので、彼女は、彼を知っているようだった。
「すごく体が柔らかいですね」
女に話しかれられるのは、初めてだった。
「ええ。僕は、体だけは、柔らかいので・・・」
女に話しかれられて彼は、嬉しかった。
「でも、いきなり、無理に、開脚は、しない方がいいですよ。念入りに、ストレッチしているうちに、体が、だんだん柔らかくなっていきますから」
僕は、経験から、少し、得意になって、ストレッチに関して、話した。
「以前、体育館のトレーニングルームで、少し、無理をしたら、右足の膝が、バキッ、と音がして、内側側副靱帯を、部分断裂してしまいましたから。ストレッチは、筋トレで、筋肉をつけて、そして、いきなり、ではなく、無理をしないで、やらないと、危ないですよ」
女は、男より、はるかに、体が柔らかい。
男は、どんなに、股関節が柔らかくても、180°、開脚することは、出来ない。
しかし、女は、180°、以上、容易に開脚することが、出来る。
しかし、それは、体操や、新体操、フィギアスケートなど、柔軟性を鍛えている、スポーツ選手であって、日頃、運動など、全くしていない女では、体の硬い人もいる。
彼女は、そういう人らしく、日頃、ストレッチなどしていないのだろう、彼の柔軟性を見て、
「どうしたら、そんなに、柔らかくなるんですか」
と、聞いてきた。
「柔軟性は、ストレッチを毎日、日課にして、毎日、続けていると、柔らかくなりますよ。相撲取り、も、股割り、を毎日していますから、180°、開脚することが出来ます」
ここらへんは、続ける意欲があるか、どうか、の問題である。
彼女は、彼を、以前に見て、知っているらしく、
「空手か柔道などをしているんですか?」
と、聞いてきた。
彼が、空手の蹴りを、休憩時間にしているのを、見たことがあるのだろう。
「ええ。空手が出来ます」
空手が出来て、水泳も、きれいに、泳げて、体も柔らかい、ことから、彼女は、彼を、極めて、真面目な、人間と見ているようだった。
確かに、運動やスポーツをしている人は、そう、見られがちである。
自分を鍛えようとする、意志を持ち続けているのだから。
運動などせず、腹が出て、体は硬い、人は、面白おかしいことしか求めない、志の低い人間である、と、見なされる傾向は、確かにあるし、実際、そういう傾向はある。
なので、彼女は、彼の人格を、真面目な人と、見なして、疑わないようだった。
プールを出て、更衣室で着かえて、出口に向かうと、ちょうど、更衣室から、出て来た、彼女と、出会った。
何も話さない、というのも、無粋である。
「お住まいは、どちらですか?」
彼女が聞いた。
「湘南台です」
「どっちの方ですか?」
「市民図書館のある方です」
彼は、聞かれたことを、感情を入れず、事務的に答えた。
それが、かえって、彼女に、彼を、「安全な人間」、と、見なさせたようだ。
「さようなら」
「さようなら」
自然と、別れの挨拶の言葉が出て来た。
それは、無理もないかもしれない。
彼は、週2回、ほど、プールに行っているが、何曜日の何時に行くとは、決めておらず、今度、また、いつ、会えるか、わからない、からだ。
彼女も、プールに来る日が決まっているのか、どうかは、わからない。
彼も彼女も、よく、プールに行くが、今度、また、いつ、会えるか、わからない、からだ。
ただ、何年も、彼は、プールで、泳いでいるので、何回かは、知らないが、彼女は、彼を、見ているのだろう。

その後、彼女に、会ったのは、3週間ぶりの、日であった。
彼は、週に2回は、行くが、そして、彼女も、それくらいの頻度で、行っている様子だったが、行く日が、ずれて、会えなかったのだ。
プール場に入ると、ちょうど、休憩時間で、彼女は、この前と、同じベンチに腰かけていた。
「あっ。こんにちは。久しぶりですね」
彼女は、彼を見つけると、嬉しそうに言った。
「こんにちは」
彼も、挨拶した。
本心では、嬉しいのだが、彼は、心の中の感情を、そのまま、表現することが出来なかった。
「正しくフォームで、泳げるように、なるには、どうすれば、いいんですか?」
彼女と、今度、いつ会えるのかは、わからない。
彼女も、プールに来ても、彼と会えないのを、さびしがっていたのだろう。
彼女は、今日、会えたチャンスを、逃すまいとして、遠慮なく、積極的に聞いてきた。
彼も、今でこそ、いくらでも、泳げるが、中学生の時には、クロールで、50m、泳ぐのがやっとだった。
彼は、運動が上達する、プロセスは、知っていたので、彼も説明してあげようと思った。
「私も、中学校の時には、50m、が、やっとで、それ以上は、泳げませんでした」
彼は言った。
「水泳では、水をキャッチする、と言いますが、それは、どういうことなんですか?」
彼女が聞いた。
「そうですね。水の入った風呂に、洗面器を入れて、引くと、グッと、水の抵抗が、起こりますよね」
「ええ」
「あれと、同じ感覚ですよ。水は、流体ですが、粘生がありますよね。水は、つかめないものですけれど、水には、粘生もあります。なので、水の粘生が、起こるように、なれば、つかめない水が、あたかも、つかめるようになります。だから、水泳選手は、水を、つかんでいる、という感覚で泳いでいます」
彼は言った。
「そう出来るようになるには、どうすれば、いいのですか?」
彼女が聞いた。
「手だけを、あれこれ、動かし方を、変えても、ダメです」
「では、どうすれば、いいのですか?」
「反復練習が、すべてです。あきめず、気長に、繰り返していれば、体の方で、自然と、正しい水泳の動作になっていって、くれますよ」
「よく、泳いでいるんですが、なかなか、上手くなれなくて・・・」
「上手くなるコツもありますよ」
「どんなことですか?」
「がむしゃらに、泳いでも、疲れるだけです。かといって、ゆっくり、のんびりと、泳いでいても、上手くなりません。全力を100%、と、すれば、80%くらいの、少し、疲れる程度の力で、一定の速度で、泳ぎつづけることが、大切です。でも、80%の力で、泳いでいると、だんだん、疲れてきます。疲れたまま、泳ぎつづけると、これも、上達を、さまたげます。なので、疲れてきたら、1分でも、2分でも、少し、休みを、入れて、疲れが、とれるのを、待ちます。それで、疲れが、とれたら、また、反復して、泳ぐように、することです」
「そうですか。それで、大体、どのくらいの期間で、上手くなれるんですか?」
「それは、人によって違いますし、わかりません。しかし、1日、一生懸命、練習しても、上手くなれないと、いつまで、たっても、永遠に、上手くなれないような、絶望感が、起こってしまいますが、そこを、ぐっと、我慢して、続けていると、結構、思ったより、短期間で、泳ぎの動作に変化が、起こってきますよ。少なくとも、3ヶ月、反復練習を続けていれば、必ず、少し、今まで以上に、上手く、なれますよ。そしたら、また、反復練習です。少なくとも、1年、練習していれば、かなり、上手くなれますよ」
「そうですか」
「僕だって、初めの頃は、クロールで、50m泳げませんでしたから」
「ええー。そうなんですか。とても、そうは、思えませんが・・・」
その時。
10分の休憩が終わって、ピー、と、遊泳開始の合図が鳴った。
「あ、あの。ちょっと、よろしかったら、水中で、教えてもらえませんか?」
「ええ。いいですよ」
そう言って、彼と彼女は、プールに入った。
「ええと。どうすれば、いいんですか?」
彼女が聞いた。
「では、まずいつものように、一往復、泳いでみて下さい」
彼は、彼女の、技術レベル、が、知りたくて、そう言った。
「はい」
彼女は、全力で、泳ぎ出した。
水のキャッチは、十分、出来ていなかったが、それでも、割と速く泳げた。
彼女は、25mの向こうの、縁につくと、すぐに、ターンして、また、泳いでもどってきた。
ハアハアと、少し荒い呼吸をしている。
「疲れたでしょう」
「ええ」
「今のが、100%、の、力です。今度は、今より少し、力を抜いて、泳いでみて下さい。そうですね。今の、80%くらいの力で。私は、タイマーを見ていますから」
「はい」
彼女は、また一往復、泳いで、もどってきた。
「さっきが、25秒で、今のは、30秒です。疲れましたか?」
「いいえ」
今回は、彼女は、息があがっていなかった。
「では、今度は、今の力で、二往復してみて下さい」
2往復は、25×4=100m、である。
彼女は、一往復、泳いで、もどってくると、すぐに、ターンして、もう一往復、泳いで、もどってきた。
ハアハアと、荒い呼吸をしている。
「疲れているようですね」
「ええ。多少」
「ここで、少し、休んで、疲れが、とれるのを、待って下さい」
「はい」
彼は、彼女の呼吸が、落ち着くのを待った。
だんだん、彼女の呼吸が落ち着いてきた。
「腕は、疲れていますか?」
呼吸が、落ち着いても、腕の疲れは、とれていない、ということもあるからだ。
「少し、疲れています」
「では、腕の疲れが、とれるのを待ちましょう。疲れがとれたら、言って下さい」
「はい」
呼吸の荒れ、が、なくなるのは、見ていて、わかるが、腕の疲れ、が、とれるのは、他人では、わからない。
本人にしか、わからない。
彼は、彼女の、腕の疲れが、とれるのを、待った。
しばしすると、彼女は、
「腕の疲れもとれました」
と、言った。
「今、また、二往復できますか?」
「ええ」
「これで、あなたの、泳力がわかりました。今のように、80%の力で、二往復、つづけて泳いで下さい。そして、腕の疲れが、とれるのを、待って下さい。腕の疲れが、とれたら、また、二往復、80%の力で、泳いで下さい」
「はい」
まだ、遊泳開始から、10分も、経っていなかった。しかし、彼は、
「ちょっと、プールから、あがりましょう」
と、言った。
運動の上達の原理を説明したかったからだ。
また、彼女に、まだ、残っているかもしれない、腕の疲れを、とりたいために。
「はい」
彼女と彼は、プールから、あがって、ベンチに腰かけた。
「今のように、80%の力で、二往復、つづけて泳いで下さい。そして、腕の疲れが、とれるのを、待って下さい。腕の疲れが、とれたら、また、二往復、80%の力で、泳いで下さい」
「はい」
「運動の上達には、二つの基本的な原則があります。一つは、同じ動作の、反復です。これによって、体が、正しい動作を、覚えようと、してくれます。しかし、体か疲れていると、体が、正しい動作を、覚える、さまたげ、に、なります。反復が、大切ですが、反復運動を続けていると、体が、疲れてきます。ですから、体が、疲れないように、気をつけながら、続けて、泳ぐことが、必要です」
そう言っても、彼女は、まだ、理解できていないようだった。
それも、無理はない。
運動を、本格的にやって、運動の上達、というものを、実感した人でないと、運動の原理は、わからない。
「体が、正しい動作を、覚えてくれる、と言いましたが、本当は、体ではなく、脳の運動を、つかさどる神経細胞が、その運動に、かなった、ように、ネットワークが、つながる、ということなんです」
「そうですか」
そう言っても、彼女は、まだ、理解できていないようだった。
「運動をしている人は、ボケない、と言われていますよね」
「ええ」
それは、彼女は、理解したようだった。
「それは、運動は、頭を使っているからですよ。運動でなくても、読書でも、音楽の演奏でも、頭を刺激している、というか、頭を使っている、からですよ」
「なるほど。そうなんですね」
彼女は、少し、理解したような顔つきになった。
「この、方法で、泳いでみて下さい。まだ、わからないと思いますが、試してみて下さい」
「わかりました。その方法で、練習してみます」
どう、言葉巧みに説明しても、運動の上達を経験した人でないと、上達の原理など理解できない。
しかし、彼女は、彼が、水泳にしても、空手にしても、出来るのを、見ているので、理解は出来なくても、彼の言うことを、信じる、ことに、賭けたようだった。
「あの。今度は、いつ、来られますか?」
彼女が聞いた。
「さあ。来る日は、決まっていません。でも、週に、2回は、来ますから」
「また、お会いしたいです。また教えていただけますか?」
「ええ。いいですよ」
「あ、あの。あなたの、お名前は?」
彼女は、少し、恥ずかしそうに聞いた。
「山野哲也と言います。あなたのお名前は?」
「佐藤京子と言います」
遊泳開始から、30分、経っていた。
「でも、私に、教えて、山野さんの、泳ぐ時間を奪ってしまうのは、気が引けます」
彼女が言った。
「いえ。そんなことは、ないですよ」
「本当ですか。私に気を使って下さっているのでは、ないでしょうか?」
「それは、違います。なぜなら、運動で、教えることは、さっき言った、二つの原則だけだからです。つまり、疲れないように、気をつけながら、出来るだけ、長く反復練習する、ということ、だけ、だからです。僕は、世間の、スポーツ指導の在り方に、反発を感じています。世間の指導者や、コーチは、あれを直せ、これを直せ、と、口を出し過ぎていると、思います。細かいことを、教える、というより、注意する、というやつです。そんな、あれも、これも、色々と、注意されたら、生徒の頭は、こんがらがってしまいます。し、毎回、同じことを、注意され続けたら、嫌になってしまいます。それが、嫌になって、やめてしまう人もいるでしょう。しかし根気よく、繰り返していれば、そういう、表面的なことは、自然と、直ってくれます。水泳で言えば、バタ足は、どうだ、とか、息継ぎは、こうだ、とか、リカバリーは、こうだ、とか、肘の回内は、こうだ、とか、そんな、細かい、ことなんか、注意する必要なんかはありません。辛抱強く反復練習していれば、表面的なことは、全部、自然と、直っていきますから。だから、僕は、あなたに、かかりきりになって、教える必要もないわけです」
「なるほど」
遊泳開始から、30分、経っていた。
「では、僕も泳ぎたいので、プールに入ります」
そう言って、彼は、立ち上がった。
「では、私は、山野さんが、言った方法で、泳いでみます」
彼女も立ち上がった。
彼と彼女は、プールに入った。
そして、彼は、いつものように、ゆっくり、続けて、泳いだ。
彼女は、彼が言ったように、二往復しては、休みを入れて、また、二往復する、という、方法で、泳いだ。
ピー、と、笛が鳴った。
時計の長針は、50分、をさしていた。
彼も、彼女も、プールから、上がった。
「山野さん。私、あなたが来られる二時間前に、来ていて、これで、三時間になります。用事がありますから、お先に失礼します」
「そうですか。僕は、あと、二時間、泳ぎます」
「さようなら。また、お会い出来るといいですね」
と言って、彼女は、軽く手を振った。
「さようなら」
彼も、小さく手を振った。
彼女がいなくなると、彼は、いつものように、ストレッチを始めた。
やがて、また、10分、経って、ピー、と、遊泳開始の合図の笛が鳴った。
ので、彼は、プールに入った。
彼は、二時間、泳いだ。
それで、家に帰った。
彼は、彼女に、「また、お会い出来るといいですね」、と言ったが、それは、もちろん、本心であったが、彼は、三ヶ月くらいは、彼女に、会いたくない、そして、三ヶ月くらい、してから、会いたい、と思っていた。
それが、彼の本心であった。
というのは、運動の上達は、基本の原理を、守って、練習しても、何日とか、何週間、で、上達する、という保証は無いからだ。
しかし、原理を守って、練習していれば、三ヶ月も、すれば、必ず、少しは、上達する、からだ。
しかし、一週間、や、二週間、ていど、では、上達する、には、時間が短すぎて足りない。
なので、一週間後、くらい後に、プールに、行っても、まず、彼女は、上達していない。
運動の上達には、何ヶ月、何年、という、ある程度、長い期間を要するのである。
なので、一週間、や、二週間、ていど、で、彼女に会って、彼女に、「なかなか上手くならなくて・・・」、と、失望の言葉を聞きたくなかった、からである。
それでも、彼は、健康のため、週に、2回は、水泳をしなければ、ならなかった。
なので、彼は、それからしばらくは、最寄りの、秋葉台プールではなく、大和方面で、四駅ほど、離れた、引地台温水プールで、泳ぐことにした。
少し離れている、とは、いっても、秋葉台プールが、車で、10分ほどであるのに対し、引地台温水プールは、車で、20分、ほどだったので、さほど不便さは、なかった。
引地台プールは、25mのプールの、周りに、それを、取り囲むように、流れるプールがあり、スライダーまである、レジャープールでもあった。
しかし、25mのプールには、一方通行に区切られた二つの、コースの他に、一つの、連続して遊泳する者のための、コースがあり、彼は、休みなく泳ぐ習慣だったので、そのコースは、彼にとって、好都合だった。それに、そこのプールは、他の市営プールと違って、12時20分から1時までの、昼の休みもなく、また、休憩は、なぜか、2時間に、一回の10分で、それらも、彼にとっては、好都合だった。
なので、彼は、週2回の、水泳は、引地台温水プールで、泳いだ。
2月、3月、4月、と、日が経っていった。
大体、三ヶ月くらい経ったので、彼も、彼女の、上達の度合い、が、気になって、三ヶ月、あの練習法で、泳いでいれば、少しは、上達しているのでないか、と思って、彼は、また、秋葉台プールに、行ってみた。

5月のある日のことである。
彼が、行くと、彼女は来ていた。
彼は、彼女が、来ていた時のために、家を出る時間を、調節して、休憩時間に彼女に会うために、更衣室で、少し待った。
ピー、と、休憩の笛が鳴った。
なので、彼は、プール場に、入った。
彼女は、ちょうど、プールから上がるところだった。
「あっ。山野さん。お久しぶり」
彼女は、彼を、見つけると、声をかけた。
「こんにちは。佐藤さん」
彼の方から、(どうですか。上手くなりましたか)、とは、聞けなかった。
上達していなかったら、こわかった、からだ。
しかし、それは、彼の、とりこし苦労だった。
彼と、彼女は、ベンチに、腰掛けた。
彼女の方から、話し出した。
「山野さん。山野さんの言った、方法で、泳いでいました。はじめは、この方法で、上手くなれるのかな、と疑問を持っていましたが、だんだん、今までと、泳ぎの、感覚が違ってくるように、なりました」
彼女は、嬉しそうな様子だった。
「どんな感じですか?」
「そうですね。山野さんの言っていた、水をつかむ、っていう、感じが、何となく、わかってきました。今までは、手を水に入れたら、水は、後方に搔くもの、と思っていました。そして、水を、勢いよく、搔いていました。しかし、反復練習しているうちに、水に手を入れて、搔きだそうとすると、何か、掌に水の抵抗を、感じるように、なってきたんです。ああ、これが、水をつかむ、っていう、ことなんだなって、思いました」
彼女は、嬉しそうに言った。
「そうです。それが、水をつかむ、ということなんです」
彼は、彼女が、上達してくれた、ことが、嬉しかった。
「上手い人を見ていると、手を水に入れても、すぐには、搔き出しませんよね。手を前に伸ばしたままにしていますよね。そして、搔き出す時には、最初は、ゆっくりですが、どんどん、水を搔く速度が、速くなっていっているように、見えます。あれは、どういうこと、なんですか?」
彼女が聞いた。
「水泳は、水をキャッチする、ことが、全てなんです。クロールでは、手を前方の水の中に入れますよね。そして、水を搔き出す時には、掌に水の抵抗が、ぐっ、とかかっているんです。水を、掌で、押さえている、と言ってもいい、そんな感じです。最初に、掌で、水を、押さえたら、あとは、その、押さえた水を、そのまま、一定の力で、押さえ続けるだけです。最初は、動いてない、水を、動いてない手で、押さえますから、水を、押さえることは、容易です。しかし、そのまま、一定の力で、水を押さえ続けるためには、動いている手で、動いて、掌から、逃げようとする、水を、逃がさないように、押さえなくては、なりませんから、そのために、水を搔き出すと、速くなっていくんです」
彼は、説明した。
「浴槽に、洗面器を、入れて、動かそうとする時のことを、想像して下さい。一番、ぐっ、と水の抵抗を受けるのは、洗面器を、動かし始めた、最初の時です。なぜなら、水も、洗面器も、止まっていますから。しかし、洗面器を、そのまま、引き続けると、水が、後ろに押されますし、また、水も、手の搔きによって、乱れて、逃げようとします。だから、一定の力で、水を押さえるためには、速く搔くことになるんです」
彼は、説明した。
「物理学の慣性の法則って、知っていますか?」
「ええ。そのくらいは知っています」
「では、言って下さい」
「止まっている物体は、いつまでも、そのまま、止まっている。しかし、一定の速度で、動いている物体は、いつまでも、その速度で、動き続ける、ということですよね。そんな簡単なことは、床の上に、ボールを置いて、転がしてみれば、わかることです」
彼女は、言った。
「そうです。それが、水泳でも、言えるのです。手を水に入れて、搔き出す、最初の時は、水は、止まっています。止まっている水を、動かす時には、掌は、強い水の抵抗を受けます。しかし、水を後方に押すと、押された水には、後方への速度が、加わりますから、慣性の法則によって、水は、一定の速度で、後方に、動こうとします。だから、後方に動いている水に、掌に、一定の力が、かかるように、するには、より、速く、水を掻かなくてはなりません。だから、水を搔き出す、最初は、ゆっくりですが、搔き始めると、どんどん、水を搔く速度を、速くしなくてはならないのです」
彼は説明した。
「なるほど」
この説明に、彼女は、納得したようだった。
「本当は、手の搔き、は、一直線に後方に押すのではなく、S状です。手の位置を、横にずらしていくことによって、動いてない水を、求めていくためです」
「なるほど」
この説明にも、彼女は、納得したようだった。
「でも、意識して、手の搔き、を、S状にしようとする、必要はありません。その理由、が、わかりますか?」
「ええ」
「では、言ってみて下さい」
彼は、小学生に、教師が、学科を教える時のように、彼女に答えさせようとした。
「山野さんが、前に、仰ったように、根気よく、反復練習していれば、手の搔き、も、自然に、S状になるんでしょう」
「ええ。そうです」
彼は、彼女は、上達の原則を理解したな、と実感した。
「洗面器、や、慣性の法則、のことは、わかりました。確かに、その通りですね。では、どうして、初心者は、いきなり、そのように、出来ないんでしょうか?」
彼女が聞いた。
「それは、人間の、日常の動作を考えてみて下さい。人間は、生まれてから、育っていく過程で、日常の動作に必要な、体の動かし方が、身につきます。幼児は、箸も使えませんし、鉛筆で、字や絵を、書くことも出来ません。しかし、箸を使うことや、エンピツで、字を書くことは、生きていく上で、絶対、身につけねばならない、必要なことです。世間では、箸を使って食事をすることや、エンピツで、字を書くことは、スポーツなどと、言いませんよね。テニスとか、野球とか、サッカーとか、要するに、世間で、スポーツと言われているもの、が、スポーツであって、箸を使うことや、字を書くことは、スポーツとは、言いませんよね」
「ええ」
「しかし、僕に言わせたら、箸を使うことや、字を書くことも、スポーツなんです。なぜなら、幼児は、箸を使うことも、字を書くことも出来ません。しかし、生きていく上で、それは、絶対、身につけねばならないことですから、幼児は、始めは、箸もエンピツの、使い方も、ぎこちないですけれど、長い期間、訓練をしていくことによって、だんだん、箸もエンピツも、使い方が、スムーズになっていきます。その、運動を、毎日、反復して訓練したからです。それで、小学校に入る前の、幼稚園の段階で、箸もエンピツも、スムースに使えるようになります。だから、箸やエンピツは、使えるのは、誰でも出来ることで、世間の人間は、誰でも出来ることは、スポーツではない、と思ってしまうのです」
「ええ。そうですね」
「しかし、ちょっと、考えてみて下さい。人間は、大人になっても、利き手の、右手では、箸もエンピツも、使えますが、利き手でない、左手、では、箸もエンピツも、使えません。それは、左手では、その訓練をしていないからです。それと、日本人は、箸を自由に使えますが、欧米人は、大人でも、箸を上手く使えません。それは箸を使う訓練をしていないからです。しかし、欧米人も、箸を使う訓練を、していると、使えるように、なります。今は、海外で、日本食の店が当たり前になっていますから、和食の好きな、欧米人は、箸を使えますが、まだまだ、世界には、和食が無い国もありますし、日本食を食べない外国人は、箸を使えません。箸を使えるように、なるには、箸を使う、運動を繰り返して練習しないと、出来るようには、なれません。だから、箸やエンピツを、使うのも、その運動を反復練習した結果、身についたのであって、反復練習しなければ、いつまで経っても、出来るようには、なりません。だから、それは、スポーツと同じ原理です」
「なるほど。確かに、そうですね」
「それと、どうして、人間は、いきなり、泳げないか、という理由を説明しましょう。それは、今、言ったように、人間は、日常の動作に必要な、体の動かし方が、身についています。日常に必要な動作を考えてみて下さい。たとえは。箸を使って、皿から、食べ物をつまんで、口に持っていくこと、戸を開けるために、ドアノブに手を出して、ドアノブをつかむこと、机の上の、右にある物を、とって、左に移すこと、包丁を使うこと、雑巾で物をふくこと、などですよね。それには、手を、目標物に、正確に、持っていく、という動作が日常生活では、必要になります。正確に、手を、目標物に、運ぶ、ためには、腕は、屈筋と伸筋が、同時に働いて、調節して、動くことが、必要になります。つまり、人間は、いつも、屈筋と、伸筋が、同時に動いているんです。それが、日常生活で必要だから、です。僕は、空手が出来ますが、空手を始めた時は、非常に手が疲れました。なぜなら、人間は、屈筋と伸筋を同時に、動かしているからです。手を伸ばす時にも、屈筋と伸筋が、同時に働いています。しかし、空手の突き、では、伸筋だけを動かして、屈筋に力が、入らないように、しなければ、なりません。それには、長い期間の、反復練習が必要です。反復練習によって、屈筋に力が入らないで、伸筋のみで、手を伸ばせるように、しなれば、なりません」
「なるほど。そうなんですか」
とは、言ったものの、彼女は、まだ、理解できて、いないようだった。
それで、彼は、説明を続けた。
「走ることを考えてみて下さい。人間は、誰でも、走れますよね」
「ええ」
「確かに、人間は、全力を出せば、かなり、速く走れます。それは、鬼ごっこで、逃げるため、とか、会社や学校に遅刻しないため、とか、速く走る、必要があるから、速く走る訓練をしてきたからです。しかし、人間は、目的地に、到達するために、走っているのです。長い距離であろうと、ほんの短い距離であろうと。目的地で、ピタッと、止まらなければ、なりません。また、ただ、単に、人間は、直線に走るのではなく、障害物が、前にあったら、それを、避けるように、走らなければなりませんし、ジグザグに走ったり、急に、直角に、走る方向を変えたりしなければ、なりません。つまり、走る、という動作も、やはり、正確に足を、動かせるように、調節された、走り方なのです。そのためには、屈筋と伸筋の両方が、働いていなくてはなりません。しかし、100mの短距離走では、走り方が、普通の人の走り方と違います。100mの短距離走では、目的地は、ないし、目的地で、正確に止まる、ということも、必要ありません。いかに、一直線に、速く走るか、ということだけが、目的です。だから、ただ一直線に、いかに速く走るか、という走り方、だけを、訓練していれば、100mを、9秒台で、走れる、ということも、出来るように、なるのです。僕は、100mの、短距離走のことは、よく知りませんが、やはり、脚の、屈筋と伸筋、の、力の入れ方、抜き方、が、普通の人が、走るのとは、違う、動作になっているはずで、それも、反復練習した、結果です。テニスでは、速く走れる人が、有利です。しかし、テニスでは、たとえば、相手が、ドロップショットを、打ってきたら、急いで、ボールに向かって走りますが、ボールの近くに来たら、すぐに、急いで走った脚を止めなければ、なりません。遠くの所に来たボールには、速く、ボールに向かって、勢いよく、走り出しますが、ボールに近づいても、止めることが、出来ず、ボールを追い越して、しまったのでは、話になりません。なので、テニス選手の、走り方は、普通の人の、屈筋と伸筋が、同時に、働いている、普通の走り方です。go―stopの連続です。テニスの練習では、その普通の走り方で、脚を鍛え、速く、走っているのです」
「なるほど」
今度は、彼女も、少し、納得したようだった。
「つまり、水泳においても、それが、いえます。人間の手足は、屈筋と伸筋が、いつも同時に働いている、調節された、運動が、身についてしまっています。人間は、その動作しか、出来ないのです。なので、初心者が、泳ぐ時も、その動作で、水を搔いているのです。平泳ぎにしても、クロールにしても。そして、泳ぐ、という運動は、小学校、中学校、で、夏に体育の授業でも、やりますから、大抵の人は、平泳ぎは、出来ます。クロールも、クロールの泳ぎ方を見て、知っていますから、それを真似して、形だけは、ある程度、クロールの形で、泳げます。しかし、本当に、水をキャッチした、正しい動作は、出来ません。水をキャッチして、正しいクロールの動作を身につけるには、人間が、身につけてしまっている、屈筋と伸筋が、いつも同時に働いている、調節された、運動から、筋肉の各部位が、水泳、独自の、力の、入れ方、抜き方に、なるよう、変えなくてはなりません。変えるためには、反復練習しかないのです」
「なるほど」
今度は、彼女は、理解したようだった。
「山野さん。山野さん、が、教えてくれたように、二往復して、休む、という、ことが、以前より、やりやすくなってきました。休みの時間も、少し、短く、なりました。今度は、どんなことを、目標にすれば、いいのでしょうか?」
彼女が聞いた。
「それでは、今度は、二往復半、つまり、25mだけ、泳ぎ続ける距離を長くしてみて下さい。あるいは、距離は、二往復のままで、泳ぐ速度を、少し、あげてみて下さい。それは、佐藤さんが、やりやすい方を、選んで下さい。しかし、僕としては、速度を上げるより、距離を伸ばす方がいいと思っています」
「わかりました。では、山野さんを信用して、二往復半、泳ぐように、してみます」
その時、ピー、と、休憩時間終了の笛が鳴った。
「では、僕は、泳ぎます」
「私も泳ぎます」
彼女は、ニコッと、笑った。
二人は、プールに入った。
そして、二人は、泳ぎ始めた。
哲也は、いつものように、ゆっくり目の速度で、休みなく、泳ぎつづけた。
彼女は、彼の隣りで、彼が言ったように、ゆっくり目のスピードで、二往復半しては、ちょっと、休む、という方法で、泳ぎ出した。
水中から見る、彼女の、フォームは、以前より、明らかに、良くなっていた。
遊泳開始から、30分くらい、してから、一度、止まって、彼は、彼女に聞いてみた。
「どうですか?」
彼は、二往復に、プラス25m、加えて、泳ぐ、という、練習法を、勧めた責任から、彼女に聞いてみた。
「そうですね。たった25mなのに、距離が、増えると、最後の25m、が思ったより、ちょっと、疲れますね」
「そうですか。それでは、もう一つの方法を、試してみて下さい。つまり、泳ぐ距離は、今までと、同じ、二往復のままで、泳ぐ速度を、今までより、ほんの少し、速くしてみて下さい」
「はい」
言って、彼は、また、泳ぎ出した。
彼女は、泳ぐ距離は、二往復で、泳ぐ速度を、少し、あげた。
残りの、20分は、彼女は、その、方法で、泳いだ。
ピーと、休憩の、笛が鳴った。
彼は、プールから出た。
彼女も、プールから出た。
二人は、ベンチに腰かけた。
「どうですか。距離は、同じで、速度をあげる、という練習法は?」
「そうですね。この方法も、少し、疲れますね」
「そうですか」
「山野さん。25m距離を延ばすのと、少し速く泳ぐのと、どっちの方法で、練習した方がいいのですか?」
彼女が聞いた。
彼女は、彼を強く信頼していた。
それは、無理のないことで、スポーツを、本格的に、やったことのない人は、今の自分の技術が、練習しても、向上しないのでは、という不安におびえているからである。
これは、本人にとっては、切実な問題である。
英単語を覚えるとか、机上の勉強で、なにか物を覚えるのは、簡単である。
覚えようと、意識すれば、覚えたい時に、即、覚えられる。
しかし、忘れるのも早いが。
しかし、スポーツの技術は、机上の勉強と違って、覚えようと思っても、即、覚えられるものでは、さらさらない。
一カ月、二カ月、と、上達するか、どうか、保証のない不安におびえながら、根気よく、反復練習しなくては、ならない。
そういう点では、スポーツの技術の習得は、机上の勉強より、はるかに、厳しい。
しかし、スポーツの技術は、一度、身についてしまえば、忘れる、ということがない。
その点は、机上の勉強より、はるかに、有利であり、その人の一生の財産となる。
大学受験の勉強は、受験した時には、全部、覚えているが、二年も経てば、ほとんど、忘れてしまう。
受験勉強で覚えたことは、重要なことは、覚えていることも、あるが、多くは、忘れてしまう。
しかし、一度、自転車に乗れるようになったら、その後、10年、乗らなくても、自転車には、乗れるのである。
彼も運動神経は、普通であり、スポーツの上達には、手こずった。
彼が、空手を始めた時、彼は、はたして、自分の運動神経で、空手を身につけられるのか、どうか、非常に不安だった。
熱心に、練習し、そして、スポーツの技術の上達に関する本を書店で探して、買って読んだ。
そして、長い期間、反復練習を根気よく、繰り返すことによって、基本を身につけることが出来た。
しかし、空手が身につくまでには、かなりの期間が、かかった。
しかし、空手の習得によって、彼は、スポーツ全般に共通していえる、運動の上達理論を彼は、理解することが出来た。
なので、彼は、水泳やテニスやスキーなど、新しい別のスポーツを、始める時には、もう不安は、感じなかった。
そして、彼は、水泳やテニスやスキーなども、身につけることが出来た。
そして、それらを他人に教えることも、何度かした。
彼は、運動が、上手くなるか、どうか、悩んでいる人に対しては、こう言っている。
「上手くなれるか、どうか、なんて、不安に思わないで、ともかく、熱心に、三ヵ月、練習してみなさい。三ヵ月で、運動を、完全にマスターすることは、運動神経が普通の人には難しい。しかし、三ヵ月、熱心に練習すれば、必ず、何らかの上達が、起こっているはずだから。完全には、マスター出来なくても、上手くなった瞬間の喜びは、いいようもなく嬉しいものだからです。なので、もっと練習してみよう、上手くなれるかも、しれないから、と、始めた時と、気持ちが変わっていますから」
というのが、彼の自論だった。
それで、彼は、彼女に、
「25m距離を延ばすのと、少し速く泳ぐ、という方法とでは、どちらでもいいです。両方、やってもいいです。佐藤さん、が、やりたい方で、やってみて下さい」
と、アドバイスした。
「わかりました」
と、彼女は、言った。
「ところで、山野さんは、テニスは、やりますか?」
彼女は、話題を変えた。
「ええ。たまに、やりますよ」
「テニススクールに通っているのですか?」
「さあ。通っている、と、言えるか、どうかは、わかりませんが。・・・・でも、どうしてですか?」
「私。テニススクールに通って、テニスも、やっているんですが、なかなか、上手くなれなくて・・・」
「クラスは何クラスですか?」
「初中級クラスです」
「山野さんは、何クラスですか?」
「僕は、中級です」
「山野さんは、テニススクールに所属して、いるのですか?」
「いえ。所属していません」
「では、サークルでやっているのですか?」
「いえ。サークルにも、入っていません」
「では、どのようにして、やっているのですか?」
「小田急テニススクールで、時々、やることがありますよ。あそこは、スポットレッスン、と言って、会員にならなくても、一回、3000円、払えば、他の生徒と一緒に、やらせてくれますから」
「そうなんですか。なんで、山野さんは、スクールに入らないんですか?」
「一度、スクールに入ったことがあります。二年くらい、やりました。しかし、やめてしまいました」
「どうしてですか?」
「僕は、テニススクールのコーチの指導が間違っていると、思うからです。彼らは、コーチでも何でもないと、思っています。彼らは、自分が、テニスを上手く出来るだけで、指導者としての能力、つまり、人を上手くさせる能力は、ないと思うからです。実際、彼らは、指導者としての訓練など、受けても、学んでもいません。自分が上手く出来る能力と、他人を上手くさせる能力は、全く別のものです。テニススクールの、1レッスンを、考えて下さい。まず、ボール出しの球を打たせる、次に、生徒同士での、ラリー、最後に、ダブルスの試合、と、どこのテニススクールでも、決まりきっています。僕は、まず、これが、間違っていると、思います。ボール出し、の球なんて、死んだ球ですから、(テニスを始めたばかりの初心者なら、いいでしょうが)、初心者から、ある程度やって、相手と、打てるようになった初級者クラスでは、全く、無意味な練習だと思っています。それと、初級者クラス、初中級者クラス、では、試合は、害あって益なし、だと思っています」
「どうして、試合は、害あって益なし、なんですか?」
「水泳は、敵と戦うスポーツではありませんよね。しかし、スポーツでは、敵と、戦うスポーツも、数多くあります。テニスは、敵と戦うスポーツです。敵と戦うスポーツであるテニスの場合、まず、打つ基本の技術を身につけることが、絶対に大切です。グラウンドストロークでも、ボレーでも、まず、打つ技術を正確に、しっかり身につけなくてはなりません。打つ技術が、しっかり、身についていないのに、試合をしたら、どうなりますか?ほとんどの人は、試合では、勝とうと思っています。意識が、(勝つ)ことのみに、行ってしまいます。なので、やたら、スピンをかけたり、ドライブ回転をかけたり、する人も出てきます。それで、試合では、勝てる人もいます。しかし、試合では、勝てるが、基本のフォームが出来ていない人、試合では、勝てるが、ラリーがちゃんと続かない人、などが、出てきます」
「なるほど。確かにそうですね。私が通っているテニススクールにも、そういう人は、います。サービスは、やたら速いのに、ダブルフォルトばっかりしている人とか、ショットは速いのに、やたら、ネットやオーバーしてばっかりいる人とか、いますね」
「空手がいい例です。空手の初心者や、初級者に、いきなり、組手をやらせたら、どうなるでしょう。いつまで経っても、空手の基本の突き、や、蹴り、が身につきません」
「そうですね」
「そこで、敵と戦うスポーツでは、訓練は、二段階に、わけて、すべきなんです。始めは、技の基本が出来上がるまでは、ひたすら、地味な反復練習あるのみです。基本が身につくまでには、かなりの期間が必要です。そして、技の基本が、しっかり身についたら、その時から、組手や試合の訓練もすべきなんです。技の基本が身についていないのに、試合をさせると、生徒は、勝つことのみに、意識が行ってしまいますから、技の基本を身につけよう、という意識は起こりません。だから、初心者、初級者では、(試合は、害あって益なし)、なんです」
「なるほど」
「それと、僕は、それ以外の点でも、世の中の、ほとんどのスポーツスクールのコーチの指導が、間違っていると、思っています」
「どんな所が、ですか?」
「それは、水泳のように、一人で完成できる、スポーツと、敵と戦うスポーツに、関係なく、全てのスポーツで、言えると思います。世間の指導者や、コーチは、あれを直せ、これを直せ、と、口を出し過ぎていると、思います。手とり足とり、教える、というやつです。そんな、あれも、これも、色々と、注意されたら、生徒の頭は、こんがらがってしまいます。それに、毎回、同じことを、注意され続けたら、嫌になってしまいます。それが、嫌になって、やめてしまう人もいるでしょう。しかし根気よく、繰り返していれば、そういう、表面的なことは、自然と、直ってくれます。僕は、高校の時、同級生に、運動神経の良い生徒を、何人も見ています。彼らに、何か、今まで、やったことのない、新しい、スポーツを、やらせると、すぐに上達します。コーチだの、指導者だの、の、指導など、全く受けなくても。つまり、スポーツの上達には、コーチだの、指導者だの、極論を言えば、(教える)、という行為など、必要ないんです」
「なるほど」
「しかし、全てのテニススクールの、レッスンでは、まず、ボール出し、の球を打つ、次に、生徒同士での、ラリー、最後に、ダブルスの試合、と、決まりきっています。そして、コーチは、あれを直せ、これを直せ、と、口を出し過ぎていると、思います。そうしないと、コーチがコーチらしく見えない、という理由からです。だから、僕は、テニススクールに、所属したくないんです。実際、僕は、二年間、テニススクールに、所属して、多くのスクール生徒も、見てきましたが、所属していた、二年間の間に、上手くなっている人を僕は一人も見ていません」
「なるほど。では、テニススクールに、所属しながら、テニスが上手くなるには、どうすればいいのですか?」
「それは、コーチの言うことを、真に受けないことだと思います。しかし、うわべでは、コーチの、言うことに、従わなければなりません。コーチが、何か、言ったら、(はい)、と、元気よく、答えなければなりません。しかし、心の中では、コーチのアドバイスを無視することです。つまり、面従腹背です。それしか、スクールに、所属しながら、テニスが上手くなる方法は無い、と思います」
「そうですか。わかりました。これからは、面従腹背で、やります。でも、スクールでレッスンを受ける以上、試合も、やらなくてはなりません。そういう時には、どうすればいいんですか?」
「無理に、勝とうと思わないこと、だと思います。テニスは、リズムのスポーツですから、試合でも、出来るだけ、ラリーを、途切れさせないで、続けようと、することだと思います。試合でも、ラリーが続いていれば、反復練習になっていますから、試合でも、基本の練習は、出来ます。つまり、意識を、(勝つ)、ことでなく、(ラリーを途切れさせないで続ける)、ことに、変えることだと思います。ダブルスの試合の場合は、サーバーとレシーバーの、クロスのストロークが基本です。無理に、ボレーに出て来たり、相手の前衛の頭上を越すロブを上げようとしたり、相手の前衛の横のコーナーを狙おうとしなければ、いいのです」
「わかりました。これからは、試合では、ラリーを途切れさせない、ことを意識して、やろうと思います」
彼は、人に偉そうに、教えるのが、嫌いだったが、これらばかりは、彼の非常に強い信念だったので、謙遜的なことは、言わなかった。
「あ、あの。山野さんの、お仕事は何ですか?」
「えっ。どうして、そんなこと聞くんですか?」
「何だか山野さん、って、運動してても、理論的で、体育会系って、感じがしないですし、一体、どんな仕事をしてるのか、見当がつかないんです」
「そうですね。僕は、運動なんて、本当は、嫌いなんです。でも、僕は、頑固な便秘症で、不眠症で、毎日が、病気との闘いなんです。それで、水泳は健康にいいから、やっているんです。テニスも、足腰が鍛えられるから、そのために、やっているんです。便秘症や不眠症が無かったら、僕は、運動なんか、しませんからね」
「なるほど。そうだったんですか。では、山野さんは、何の、お仕事をしているんですか?」
「ははは。まあ、それは、いいじゃないですか。たいした仕事じゃないですよ」
と言って、彼は、彼女の、質問を、はぐらかした。
彼は、医者をしている、なんて、自慢げに、言うのが、恥知らずで、嫌だったのである。
その時、ピー、と、休憩時間終了の笛が鳴った。
「では、僕は、泳ぎます」
「私も泳ぎます」
彼女は、ニッコリ笑った。
二人は、プールに入った。
そして、二人は、泳ぎ始めた。
哲也は、いつものように、ゆっくり目の速度で、休みなく、泳ぎつづけた。
彼女は、彼の隣りで、彼が言ったように、ゆっくり目のスピードで、二往復半しては、ちょっと、休む、という方法で、泳ぎ出した。
30分、泳いだ時点で、彼は、プールから上がった。
50分、また、泳ぎ続けて、休憩時間になって、プールから、出たら、また、彼女に、色々と、あまり聞かれたくないことを、聞かれそうで、困ってしまうのではないか、と思ったからである。
それで、彼は、プールで、泳いでいる彼女に、
「では。僕は、このあと、ちょっと、用事がありますので、今日は、これで、帰ります」
と言った。
「そうですか。また、お会い出来ると、いいですね」
「ええ。そうですね」
彼は、彼女に、「また、お会い出来るといいですね」、と言ったが、それは、もちろん、本心であったが、彼は、三ヶ月くらいは、彼女に、会いたくない、そして、三ヶ月くらい、してから、会いたい、と思っていた。
それが、彼の本心である。
というのは、運動の上達は、基本の原理を、守って、練習しても、何日、何ヶ月、で、上達する、という保証は無いからだ。
しかし、原理を守って、練習していれば、三ヶ月も、すれば、必ず、少しは、上達する、からだ。
しかし、一週間、や、二週間、ていど、では、上達する、には、時間が短すぎて足りない。
なので、一週間後、くらい後に、プールに、行っても、まず、彼女は、上達していない。
運動の上達には、何ヶ月、何年、という、ある程度、長い期間を要するのである。
なので、一週間、や、二週間、ていど、で、彼女に会って、彼女に、「なかなか上手くならなくて・・・」、と、失望の言葉を聞きたくなかった、からである。
それでも、彼は、健康のため、週に、2回は、水泳をしなければ、ならなかった。
なので、彼は、それからしばらくは、以前と同じように、最寄りの、秋葉台プールではなく、大和方面で、四駅ほど、離れた、引地台温水プールで、泳ぐことにした。

彼は、一応、医者なので、医者の仕事をしている。
彼は、病院勤務もしたが、組織に属すことが、苦手で、嫌いだったので、アルバイトで、生活費を稼いでいた。
医師のアルバイト、と、言えば、コンタクト眼科、や、健康診断、や、病院当直、などだった。
ネットに、医師の仕事の、斡旋をしている会社が、たくさん、あり、彼は、その、いくつかに、登録していた。
そして、病院や、クリニックからの、仕事の募集があると、それに、応募して、それで、働いていた。
ある時、ある小規模会社の健康診断の仕事の募集があったので、彼は、それに応募した。
会社が、家に近かったからである。
そこは、東京ガスの下請け会社だった。
仕事は、事務だった。
一日中、パソコンに向かっている仕事だった。
彼のブースは、カーテンで区切られていた。
結膜で貧血をみて、顎下リンパ節を触れて、甲状腺をふれて、さいごに胸部聴診だった。
男の社員もいたが、女の社員もいて、半々くらいだった。
男子社員の聴診は、上着を脱いでもらっていたが、女社員の聴診は、ブラジャーは、つけたまま、乳房の上の、上肺野を、聴診した。
検診をやって、かなりの人数を、こなした時だった。
(はあ。もうすぐ、終わりだな)
と哲也は、思った。
「はい。次の人」
と、哲也は、呼んだ。
「はい」
と、返事がして、女の社員が、入ってきた。
「あっ」
入ってきた女性は、声を出した。
「あっ」
彼も声を出した。
二人とも、驚いた。
なぜなら、なんと、彼女は、佐藤京子さん、だったからである。
「あっ。山野さん。お久しぶりです。山野さんは、お医者さん、だったんですね」
彼女が言った。
「え、ええ。バレてしまいましたね。本当は、絶対、隠しておきたかったんですけど、もう、こうなった以上、仕方が、ないですね」
哲也が言った。
「やっぱり、山野さんは、知的な仕事だと思っていたんですけど、まさか、お医者さんだとは、思ってもいませんでした」
彼女は、言った。
彼女は、何だか、嬉しそうだった。
「と、ともかく、診察させて下さい」
「はい」
彼女は、嬉しそうに答えた。
哲也は、結膜で貧血をみて、顎下リンパ節を触れて、甲状腺をふれた。
「あ、あの。それでは、すみませんが、ちょっと、ブラウスを脱いで下さい」
「はい」
彼女は、薄いブラウスを脱いだ。
豊満な乳房を覆っている、白いブラジャーがあらわれた。
彼は、赤面しながら、彼女の上肺野を聴診した。
「はい。異常、ありません。上着を着て下さい」
と、彼は言った。
「はい」
と、言って、彼女は、ブラウスを着た。
「何か気になることは、ありませんか?」
彼は質問した。
「水泳とテニスが、なかなか、上達しないので、それが、気になっています」
彼女は、笑顔で言った。
「いや。そういうことじゃなくて、体の調子で、何か、気になることは、ありませんか?」
彼は、聞いた。
「それは、ありません」
彼女は、答えた。
「それでは、診察、終わりです。次の採血に行って下さい」
「はい」
彼女は、嬉しそうに、答えて、ブースを出た。
「はい。では、次の方、どうぞ」
彼は、インターホンを押して、言った。
男子社員が入ってきた。
そうして、会社の社員、全員の健康診断が終わった。
健康診断は、午前中だったので、終わった時は、ちょうど、昼休みの時間だった。
昼食は、タダで、食べられるので、彼は、社員食堂に入った。
今日の日替わりランチは、ハンバーグランチだった。
彼が、ハンバーグランチを乗せたトレイを、持って、席に着くと、彼女も、ハンバーグランチを、持って、彼の隣に座った。
「山野さん。お久しぶりです。山野さんは、お医者さん、だったんですね」
彼女が言った。
「え、ええ。バレてしまいましたね。本当は、絶対、隠しておきたかったんですけど、もう、こうなった以上、仕方が、ないですね」
哲也が言った。
「やっぱり、山野さんは、知的な仕事だと思っていたんですけど、まさか、お医者さんだとは、思ってもいませんでした」
彼女は、言った。
「山野さんは、どこの大学を出られたんですか。やはり東大医学部ですか?」
彼女が聞いた。
「まさか。そんなに、僕は、頭、良くないですよ」
彼は、言った。
「では、どこの医学部を出られたんですか?」
彼女が聞いた。
「まあ、いいじゃないですか。そんなこと」
彼は、答えた。
「山野さんは、お医者さんの家系なんですか?」
彼女が聞いた。
「まあ、いいじゃないですか。そんなこと」
彼は、答えた。
「山野さんは、専門は、なんですか?」
彼女が聞いた。
「まあ、いいじゃないですか。そんなこと」
彼は、答えた。
「どこの病院に勤めておられるんですか?」
彼女が聞いた。
「まあ、いいじゃないですか。そんなこと」
彼は、答えた。
彼女は、彼が、医師であることを、つきとめたので、探偵、というか、刑事のように、根掘り葉掘り、聞いてきた。
しかし、彼にとっては、非常に照れくさく、迷惑な質問だった。
「山野さん」
「はい」
「山野さんに、アドバイスされてから、テニススクールでの試合では、勝つこと、ではなく、ラリーを途切れさせない、ことを意識して、やっています」
「そうですか。それがいいと思いますよ」
「でも、なかなか上達しなくて・・・」
「運動の上達には、かなりの期間の練習が必要です。最低、三ヵ月、は、辛抱強く、反復練習しなくてはならない、と思っています。しかし、三ヵ月、反復練習していれば、必ず、何らかの変化が起こるとも思っています」
彼は、言った。
「山野さん」
「はい」
「あ、あの。もし、よろしかったら、今度の日曜日に、レンタルコートで、テニスを教えて、いただけないでしょうか?コート代は私が払います」
彼女が言った。
「ええ。いいですよ」
彼は、言った。
「場所は、ここです。××テニススクールです。ここから近いです」
と言って、彼女は、スマートフォンの地図アプリを開いた。
彼も、スマートフォンを取り出して、地図アプリを開いて、「××テニススクール」と、入れて、その場所を出した。
「じゃあ、今週の日曜の、正午から、二時間、が、空いていますから、それでいいでしょうか?」
「ええ。それでいいです」
「じゃあ、日曜日に、お待ちしています」
その時、昼休みの終わりの、1時になっていた。
こうして、彼は、その会社を去った。







スポーツ上達小説(下)

2018-06-30 08:57:51 | Weblog
さて。
日曜日に、なった。
彼は、車で、で、××テニススクールに行った。
彼女は、もうすでに、来ていた。
「こんにちはー。山野さん」
「こんにちは。佐藤さん」
彼女は、白いテニスウェアを着ていた。
「それでは、さっそく、始めましょうか」
「ええ」
「では、ベースラインに立って下さい」
「はい」
彼は、ネットを挟んで、彼女と、相対した。
「佐藤さん。それでは、ラリーをしましょう」
「ええ」
右利きの彼女に対し、彼は、左利きだったので、鏡面的になった。
それが、彼には、都合が良かった。
「佐藤さん。それじゃあ、ラリーをしましょう。ただし、フォアだけです。だから、佐藤さんは、僕のフォア側に打って下さい。僕は、佐藤さんの、フォア側に打ちます」
彼は言った。
「わかりました」
「それでは、いきます」
そうして、ラリーが始まった。
彼は、彼女のフォア側に打った。
彼女も、彼のフォア側に打った。
フォアのラリーが続いた。
しかし、彼女は、時々、コントロールを誤って彼のバックに、打ってしまうことも、あった。
彼は、バックに来た球は、バックハンドで、彼女のフォア側に打った。
しばし、ラリーをして、彼女の技術レベルを彼は、把握した。
確かに、初中級のレベルだった。
彼女は、初級者が、おちいる、典型的な、欠点に、おちいっていた。
つまり、振り遅れぎみ、である。
テークバックが、遅い。
なので、彼は、それを、何とか、直そうと、彼女を呼んだ。
「佐藤さーん」
「はーい」
「ちょっと、来てくれませんか」
「はい」
ネットを挟んで、二人は、相対した。
「佐藤さん。準備が、遅いですね。テークバックが遅いです。だから、振り遅れぎみになっています。それを、あわてて、強引に返していますから、手の力で、打っちゃっていますね」
彼は、遠慮なく、彼女の欠点を指摘した。
彼は、続けて、話した。
「そこで、ですね。一つ、提案があります」
「はい。何でしょうか?」
「振り遅れ、を、直す方法です」
「どんなことを、するのでしょうか?」
「僕は、佐藤さんの、フォア側にしか、打ちません。ですから、佐藤さんは、正面を向いて、構えないで下さい。最初から、横向きで、ラケットを引いた状態で、構えていて下さい。僕は、佐藤さんの、フォアの、一番、打ちやすい所に、ボールを打ちます。ですから、それを、フォアハンドで、打って下さい」
彼は、そうアドバイスした。
「わかりました。そうします」
彼女は、ニコッと笑って、ベースラインにもどった。
そして彼女は、彼が、言った通り、最初から、横向きで、ラケットを引いた状態で、構えた。
「では、いきますよー」
そう言って、彼は、彼女のフォアに、ボールを打った。
彼女は、それを、返した。
はじめのうちは、彼女の打ち方は、ぎこちなかった。
無理もない。
いつも、正面を向いて、構えていて、打っているのに、始めから、横向きの、構えで、打つ、など、初めてのことだろうから。
はじめのうちは、彼女は、打ちにくそうだった。
彼女も、ボールを、彼のバック側や、離れた所に、打ち返してしまった。
しかし、彼は、彼女の打った球を、全て、追いかけて、返球した。
だんだん、彼女のショットが、彼の、フォアに安定し出した。
それで、彼女は、横向きのまま、ラケットを引いた状態での構えで、彼は、正面向きで、構えて、お互い、フォアハンドストロークだけの、ラリーが、だんだん、途切れることなく、長く続くようになってきた。
20分くらい、そのラリーをした。
彼は、少し、休みが、必要だと思った。
それで、
「佐藤さん。ちょっと、休みませんか」
と、声を掛けた。
「はい」
と、彼女は、答えた。
二人は、ベンチに、隣り合わせ座った。
「どうですか。こういうラリーは?」
彼は、聞いた。
「こんな練習、生まれて初めてです」
「どうですか。こういうラリーは?」
彼は、また、聞いた。
「はじめのうちは、非常に違和感を感じました。でも、だんだん、慣れてくるにしたがって、違和感を感じなくなりました。すごく面白いです。とても、いい練習方法だと思いました」
「具体的に、どんな感じですか?」
「球を打つことのみに、集中できるように、なりました。思いっきり、球を打てるので、何だか、体全体を使って、打っているという感じが、します」
「テニスは、二つの運動要素の合体の運動です。一つは、目的地まで、行く、ということです。それと、もう一つは、体重移動と、腰の回転を使って、ボールに、ウェートを乗せた、本格的なスイング動作で、速い球を打つ、ということです。野球の場合は、バッターは、ボールの所まで走って、行く必要はないですよね。バッターボックスで、構えていて、来た球を打てば、いいだけです。しかし、テニスでは、目的地(つまり、ボールが来た所)まで、走って行かなくてはなりませんよね。しかし、ただ、早く行けばいいというものではありません。ボールのリズムに合わせて、行かなくてはなりません。そして、目的地についたら、しっかり、止まって、構えて、体重移動と、腰の回転を使った、野球選手のように、本格的に、打つ、という運動の合体です。バトミントンの場合は、球が軽いですから、手首だけで、打つことも出来ます。しかし、硬式テニスのボールは、重いですから、しっかりと、体重移動と、腰の回転を使った、野球のスイングのような本格的な、打つ動作で打たなくては、強い球を打てません。また、バトミントンの球は、ノーバウンドです。ノーバウンドの球には、リズムは、ありません。しかし、テニスは、ワンバウンドです。テニスでは、速い球もあれば、遅い球もあります。速い球であれば、こちらも速く、用意し、遅い球であれば、こちらも、それに合わせた、緩い動作で、来るボールを打つ用意をしなくては、なりません。だから、来るボールのリズムに合わせて、ボールを打つ準備をして、ボールが来る地点まで行く、という、動作と、野球のバッティングのように、体重移動と腰の回転を使った本格的に打つ、という動作の、二つの運動要素の複合である、テニスの場合、それを、分解できて、一つの運動要素のみ、を、訓練できるのなら、それをした方が、上手くなれるのは、目に見えています。打っていて、どうでしたか?」
「そうですね。打つことだけに、集中できるので、ラケットを早く引いておく、ということが、いかに、大切か、ということを、実感することが出来ました」
「僕は、不思議でした。どうして、どこのテニススクールでも、こういう練習をしないのかと。コーチは、生徒のフォア側にだけ、打つ、ということくらい、出来るはずです。そうでなくても、コーチは、相手に向かって打ちます。なら、生徒は、正面に来たボールは、回り込んで、フォアで打ってしまえばいいと、思います。トッププロや、上級者では、かなり速い球でラリーや、試合をしています。それでも、正面に来た、球は、回り込んで、フォアで打っています。よほど、速い球で、バックでしか打てない球以外、なら、フォアで打てます。ましてや、初級者なら、そんなに速い球は、来ませんから、全部、フォアで打つことも出来るはずです。さらに、極端に言うと、フォアハンドだけで、打つテニス、というのも、成り立つはずです。最初から、フォアハンドで、打つ構えをしていれば、テークバックの遅れ、つまり、振り遅れ、というのは、なくせるはずです」
「確かに、プロは、かなり速い球でも、フォアに回り込んで打つ、ということも、していますね」
彼女が言った。
「では、一休みしたので、また、ラリーをしましょう」
「はい」
「佐藤さん。一つ、アドバイスさせて下さい」
「はい。何でしょうか?」
「ラケットを持っていない手、つまり、左手ですが、僕が打ったら、ボールをつかむように、その手を伸ばして下さい」
「はい。わかりました」
そう言って、彼と彼女は、ネットを挟んで、相対した。
「では、いきますよー」
そう言って、彼は、彼女のフォアに、ボールを打った。
だんだん、彼女のスイングが、ビュッと、速くなっていった。
当然、彼女の打つ球も、速くなっていった。
だんだん、彼女の、フォアハンドのスイングのフォームが、安定していった。
20分、くらい、彼は彼女と、ラリーをした。
「佐藤さん。ちょっと、休みませんか」
と、彼は、声を掛けた。
「はい」
と、彼女は、答えた。
二人は、ベンチに、隣り合わせ座った。
「どうでしたか?」
彼は微笑して聞いた。
「テークバックを、早くする、ということの、重要性が、実感できました。今まで、漫然とやっていたので、わからなかったのですが、山野さんの、指導のおかげで、わかりました」
「そうですか。それは、良かったですね」
そう言って、彼は、続けて言った。
「なぜ、テニスで、ラリーをする時、初心者に限らず、誰でも、正面を向いて構えるのか、というと、その理由は簡単で、その方が、自然な感覚だからです。最初から、横向きに構えて、ラケットを引いている方が、よっぽど、不自然な感覚です。しかし、もう一つ、正面を向いて構える、理由があります。それは、フォアにボールが来た時、打つためには、当然、体を横向きにしますよね。そして、その時、ラケットも引きますよね。というか、体を横向きにすれば、ラケットは、自然と後ろに引かれますよね」
「ええ」
「この、正面向きから、体を横向き、にする、という動作が、コックや、ヒッチになるからです。コックや、ヒッチ、という言葉は、知らない人もいると、思います。これは、野球のバッティングで、使う言葉だからです。しかし、原理は簡単です。し、また他の、球技でも、行われています。コックや、ヒッチ、とは、球を打つ前に、力を抜くこと、と、(せーの)、と、打つ意識を、新たにすることです。つまり、打つための準備動作です。例として、バトミントンを考えてみて下さい。バトミントンでは、打つ前に、ラケットを後ろに引きますよね。テニスで言えば、テークバックに相当します。バトミントンで、もし打つ前に、ラケットを後ろに引かなかったら、強いスイングが出来ませんよね。バレーボールでは、スパイクを打つ前には、手を後ろに引きますよね。そして、打つ前には、手の力を抜きます。そして、打つ時に、ビュッ、と力を入れます。それが、コック、や、ヒッチです。つまり、球技では、ラケットのような、道具を、使うスポーツであろうと、使わない素手のスポーツであろうとも、強い球を打つためには、予備動作である、コック、や、ヒッチが必要なのです。テニスでは、正面向きから、横向きになる動作が、コック、や、ヒッチになっているのです。しかし、最初から、ラケットを引いたままだと、コック、や、ヒッチする、という感覚が起こりません。だから、思い切り、打てないような感覚になります。だから、誰も、そんなことをしないのです。しかし、最初から、横向きで、テークバックをしていても、打つ時には、必ず、コック、や、ヒッチ、をします。というか、コック、や、ヒッチが、自然に起こります。なぜなら、強く打つためには、コック、や、ヒッチが必要だからです。なので、最初から、ラケットを引いたまま構えていても、ボールが来て、思い切り、打とうと思ったら、自然と、コック、や、ヒッチ、が起こります。正面向きから、横向きになる動作は、いわば体全体の、コックや、ヒッチ、です。ですから、最初から、横向きだと、打つパワーは、確かに、少し、落ちます。しかし、それでも、打てないことは、ありません。つまり、ラケットを引いたまま、構えていても、ボールが来たら、打つ時には、(せーの)、と、言って、あらためて、打つ準備動作をしていますよ。最初は、違和感を感じるでしょうが、慣れれば、それで打てるようになります。振り遅れ、を、直すには、最初から、ラケットを引いておけば、いいのです。打つパワーは、少し、落ちますが、打てないことは、ありません」
時計を見ると、ちょうど、レンタルの2時間が経っていた。
「京子さん。もう時間ですね」
「ええ」
「あ、あの。山野さん」
「はい。何でしょうか?」
「また、いつか、コートを借りて、教えて頂けないでしょうか?」
「ええ。いいですよ」
「あ、あの。山野さん」
「はい。何でしょうか?」
「あ、あの。近くのガストで、一緒に、食事しませんか?」
彼女が聞いた。
「は、はい」
彼は、赤くなって答えた。
しかし、この場合、彼女に、こう聞かれたら、「いえ。いいです」、とは、言うことは、出来ない。
彼女に、恥をかかせてしまうからだ。
彼女を、悲しませてしまうからだ。
二人は、それぞれの車に乗って、近くの、ガストに入った。
「たまには、肉を食べたくって」
と言って、彼女は、ステーキ定食を注文した。
彼も、彼女と、同じ、ステーキ定食を注文した。
食べながら、彼は、彼女に話しかけた。
「京子さん」
「はい。何ですか?」
「京子さん。実を言うと、僕は、京子さんと、入れ違いで、会えなかったのではなくて、引地台温水プールに行っていました。スポーツの、上達は、短期間で、上手くなれるものではないので・・・。なので、一週間、や、二週間、程度、で、あなたに会って、あなたに、(なかなか上手くならなくて・・・)、と、失望の言葉を聞きたくなかった、からです」
「そうだったんですか。山野さん、て、思いやりがあるんですね」
と言って、彼女は、ニコッと、笑った。
「では。また、今度、テニスを教えてくれないでしょうか。今度は、バックハンドを、教えていただけないでしょうか」
「ええ。いいですよ」
彼は喜んで答えた。






平成30年6月30日(土)擱筆