小説家、精神科医、空手家、浅野浩二のブログ

小説家、精神科医、空手家の浅野浩二が小説、医療、病気、文学論、日常の雑感について書きます。

今日は8月最後の日

2008-08-31 22:12:47 | Weblog
今日は8月最後の日。しかも日曜である。しかも降りつづいていた雨がやんで晴天である。明日からは9月である。どの海水浴場の遊泳期間も8月31日までである。そのため今日は海に行った。うんと泳ぎ、ビキニ姿の女の人を見てきた。もちろん一人である。泳ぐのが目的なのか、ビキニ姿の女の人を見るためか、といったら、やはり後者が目的だろう。私は別に彼女がいなくて一人でもいいのである。ナンパしたいともさほど思わない。セクシーなビキニ姿の女の人を見てるだけで十分なのである。
チャチな遊泳区域を一周しようと泳いでいたら、うざったい監視員がやってきた。沖ではクロールで泳いでいたので、クロールだと前が見えないから方向を誤って沖に出すぎてしまったのだ。ウザッたい監視員が注意しにきたので、「こんなチャチな海、10往復できますよ」と言い返した。私はプールにせよ、海にせよ監視員が嫌いである。あまり自分の特技をひけらかすような事は目立つからしてなかったが、もう今日で今年の海が最後だと思うと気分が開放されて、空手のキックや側宙などをした。
しかし誰とも話さないというのは、やはりさびしい。女に声をかける勇気などない。
砂浜を歩いていると、本を読んでるアメリカ人がいた。一人で来ている様子である。それで、アメリカ人に話しかけた。嬉しい事に彼は日本語が全く出来なかった。私は彼が日本語が出来ない事を望んでいた。日本語が出来なければ英語で話す事になるからだ。私は彼と英語で色々な話をした。彼は27才の英語教師だった。会話は一時間くらいしたが、ほとんど会話できた。私は外国に行った事など一度もないし、医局にも所属してないから英語の医学論文を読むこともない。英語を使うのは大学受験いらいである。それでも会話は、ほとんど問題なく出来た。色々な事を聞いた。
「どこに住んでるのですか?」
「日本の女性をどう思いますか」
「ブッシュに関してどう思いますか?」
「日本の首相の福田康夫についてどう思いますか?」
「フロリダとここの海のどっちの方が好きですか?」
その他、好きなアメリカ映画、好きな日本料理、スポーツ、など、色々な事を聞いた。
彼はハイスクールでは、スペイン語を習った、政治の事はわからない、スポーツはバスケットが出来る、横浜に住んでいる、車ではなく電車で来た、日本人の恋人はいない、箸は使える、日本に関しては何でも興味ある、今年、海に来たのは今日が二回目、その他さまざまな事を言った。
アメリカ映画について、私はアメリカン・グラフィティーが好きだ、と言ったら彼もアメリカン・グラフィティーは知っていた。私はアメリカン・グラフィティーの音楽が好きで、ほとんど全部、歌詞を暗唱できるほどである。私はチャック・ベリーのJohnny B goodやビーチボーイズのサーフィンUSAなどを歌ってみせた。彼も知っていて笑った。
私が長々と彼と話していたので監視員は、私をアメリカ人と誤解したらしく私に、「アメリカ人ですか?」と聞いてきた。私はアメリカとは全く関係がなく、アメリカかぶれ何かもしていない。私は日本の文化や伝統が一番、好きである。私は日本人である事に誇りを持っている。
彼が、「アメリカ人の女性はどうですか?」と聞いたので、私は、「アメリカ人の女性には魅力を感じません」と答えた。今年の夏の出会いは、彼一人である。さほど嬉しかったとも思わないが、英語でアメリカ人とすんなり会話できた事は嬉しかった。

インスピレーションについて

2008-08-29 05:28:36 | Weblog
インスピレーションは、努力によって起こる。
さて、インスピレーションというものは、何か自力や自分の努力とは関係ないもののように、とらえられているような傾向があるように思われる。しかし、それは違う。インスピレーションは、自分の努力と関係が大いにあるのである。自分の努力によってインスピレーションは起こりうるのである。無考えに生活していれば、インスピレーションは、起こらない。しかし、いつも、小説のネタを探そうと、強い情熱を持っていれば、何かのきっかけにインスピレーションが起こる事がある。小野道風の柳にとびつこうとする蛙の話と同じである。

何のために小説を書くか

2008-08-29 05:18:40 | Weblog
何のために小説を書くか。
さて、人は何のために小説を書くのか。自分の思想を小説という形で表現したいため。エンターテイメントで、読者を面白がらせたいため。色々、理由はある。しかし、私は小説を書きたい根本に、もっと深いものがあると思う。一言で言うなら、小説を書く動機の根本に、作家は、「自分とは何か」を知るために、小説を書いているところがある。もちろん、小説は、たくさんの登場人物が出てくる、お話である。そして、作家は、お話を面白くしようという意識を持って、小説を書いている。しかし、やはり、小説を書きたい根本の動機には、作者にも意識されていない潜在下で、「自分とは何か」を知りたい欲求がある。書きはじめのうちは、それが、わからない。だが、あるていどの量を書くと、自分とは何かが、わかってくるものである。

挿絵について

2008-08-29 05:13:59 | Weblog
挿絵について。
私は個人的に小説には、挿絵を入れるべきではない、と思っている。小説の面白さは、読者が、想像力を働かせて、読めるところにある。挿絵を入れてしまうと、その絵に引っ張られて、読者の想像力を失わせてしまうからである。これは、表紙一枚の絵でも、言える。
こう書くと、イラストレーターの仕事を減らしてしまうようで、イラストレーターには、悪い気がする。ただ、全ての小説に、それは言えないのである。小説のなかには、ストーリーも、しっかりしているのに、どうしても、主人公が見えてこない小説もあるのである。そういう小説には、たった一枚でも、適切なイラストを入れる事によって、主人公のイメージが挿絵に引っぱられてイメージされるのである。

太宰治

2008-08-29 05:07:53 | Weblog
勝つか負けるかの、おののき。
太宰治は、死の前に書いた、エッセイ、「如是我聞」で激しい志賀直哉批判をしているが、その中で、太宰は、小説の醍醐味は、勝つか負けるか、の、おののき、だと主張している。そして、実際、太宰の小説には、そういう作品が多い。いい例か、誰でも知っている太宰の代表作、「走れメロス」である。
確かに、太宰の主張は一理ある。おののき、は、小説に緊張感を持たせ、読者をハラハラさせる。しかし、私が思うのに、名作とは、おののき、が、作者の意図によってつくりだされたものではなく、小説の必然から、生み出されたものが、名作であると思う。こういう小説は、作者がつくった、というより、小説の神が作者の筆を動かして書かかせた小説である。インスピレーションの降臨であり、こういう小説は、容易には書けないものである。

梶井基次郎

2008-08-29 02:38:51 | Weblog
梶井基次郎
作家の個別の批評は、別に書きたいと思うが、梶井の文学について書いておきたいと思うので少しにとどめたい。
そもそも、梶井の作品は小説と呼べるかどうか、疑問である。「これが小説だ」という定義がないからだ。梶井は、よく天才といわれる。一言で言って、梶井は自分の感覚を表現することに徹した作家である。今まで、そういう作品を誰も書いたことが無かったからだ。
だが、梶井は、頭をひねって、そういうジャンルを開拓したのではない。梶井は結核に悩まされていて、また、梶井は、あらゆる物事に対して、非常に感覚が鋭敏な感性を先天的に持っていたのである。そのため、梶井がああいう作品を書いたのは、梶井にとっては、必然だったという面がある。梶井の作品を読んでも、小説に面白さを求めている人には、全然、物足りないだろう。梶井は、読者を楽しませる小説を書いているのではなく、自分が表現したい感覚を、小説という形式を使って書いているからだ。梶井の小説は読者を面白がらせようとするエンターテイメントの小説でもなければ、何か自分の思想を主張しようとする作品でもない。だから、梶井の作品に、積極性というものは無い。
また、梶井は、一生懸命、自分の感覚を表現しようとしているが、もちろん、読者は、梶井の感覚を理解することは出来ない。それは、ちょうど、喘息でない呼吸器科の医者が、喘息の感覚が、一生、わからない、のと同じである。
ただ、梶井の作品でも、「器楽的幻想」のように、誰でも体験できる感覚は、理解できる。

夢十夜

2008-08-29 02:18:08 | Weblog
第一夜
 こんな夢を見た。
小学校二年の時の同級生の少女(十歳で死んでしまった)が、苦しんでいる。
彼女は変わった病気に苦しめられて、うめいている。
彼女は月一度、何かを産むのである。それは奇形児だった。産気が近づくにつれ彼女の苦しみは激しくなる。月一度なのだが、奇形児は次から次へと生まれ、彼女の苦しみは絶える事がない。
彼女のこの病気の原因は男を知らずに死ぬという彼女の運命にあった。
女は男と結ばれてはじめて正常な人間を産むことが出来る。
そんなことを暗示している夢だった。



第二夜
 先日、高校時代のダチの結婚式に行って来た。小高といって、太って、突っ張ってて、面白いやつだった。
えらいどしゃぶりの日で、披露宴は品川のえらい高級なホテルだった。嫁さんはえらいべっひんで、性格もえらいしっかりしたパーフェクトな女性だった。五年ぶりに会った同級生達にはえらい冷やかされた。
数日後こんな夢を見た。
一人の女性が片手で顔を覆ってシクシク泣いているのである。よく見るとそれは小高の嫁さんだった。となりには小高が胡坐をかいて座っている。小高は、「根性焼き」と言って、彼女の腕にタバコの火を押し付けている。何でも彼女が何かヘマをやったため、そのお仕置きらしい。オレはあわてて小高に駆け寄って言った。
「バカ。女に根性焼きやってどうすんだよ」
だが小高はニヤニヤ笑っているだけだった。
その時目を覚ました。
俺は誰よりも小高の性格を知っている。
あいつは太っているけど社交的でユーモラスな奴だ。彼女が惚れたのもきっとそのためだろう。
だがオレは小高との付き合いが長かったから、あいつの欠点も知っている。あいつはちょっとかったるいところがあるのだ。
彼女はおそらくそれは知らないだろう。
彼女は小高とうまくやっていけるだろうか。
だが高校卒業以来もう五年になる。小高の性格もひょっとするとかわったかも・・・。
ともかく正夢にならなければいいが。



第三夜
 こんな夢を見た。どうやら私はサスケらしい。あるお城の弱々しいお姫様をどこかに送りとどけるのが私の任務らしい。私は鎖帷子に身をかため、忍者の七つ道具を用意した。ヌンチャクも腹にはさんだ。「忍者はヌンチャクなんか使うのだろうか」
私たちは出発した。
目的地へ行くためには途中、八百万の魔物が住むという、魔の山、巻雲山、を越さねばならなかった。そ予想通り巻雲山では、さまざまな魔物たちが私たちに襲いかかってきた。魔物たちは藪の中から、いきなり飛んで出てきては、その鋭い、角、爪、嘴、で私たちに襲い掛かった。私は持っていた半月刀で魔物たちの攻撃に対抗した。魔物達の武器は刀ほどの硬さと鋭さを持っているらしく、彼らが攻撃してくる時、その武器は森の樹木の間から入ってくる微かな木漏れ日に反射して時折鋭い光を放った。私の半月と彼らの武器がぶつかり合い、何度も激しい火花を散らした。ようやくのこと私は何とか姫を守って巻雲山を抜け出ることが出来た。そしてつづら折の林の中をかなりの時間歩いた。林を抜け出ると、そこには小さな川が流れており、丸木を三本わたした橋がかかっていた。私は敵がひそんでいないか調べるために橋の袂に身をひそめた。
姫が橋を渡るのが見えた。両手で顔を覆っている。姫は裸だった。魔物達の手によって着物は引き裂かれてしまったのだ。姫の体は美しかった。端の先にはさらに大きな川があり、広い河原があった。その川べりでじゃぶじゃぶと着物を洗っている老婆が一人いた。姫は老婆に気づくと大声をあげて走り出した。老婆も姫に気づいて、振り返って立ち上がった。
二人が抱き合うのを至福の思いで見ながら私は帰りの途についた。



第四夜
こんな夢をみた。四人で大磯ロングビーチへ行ったのである。オレと級友の男の友達と同級のA子さんと夕子さんとである。オレは泳ぎに自信があったので夕子さんの前でオレの力泳を見せたくて仕方がなかった。
 チケット売り場の時計は四時三十分を示していた。ここは六時閉館だからあと一時間半しかない。夏ももう終わりに近づいていた時期だったのでプールの客はそれほど混んでいなかった。夕日を浴びて体を焼いたり、泳いだりしていた。
 脱衣場ではやけに時間がかかった。
 持って来た金はカツカツだったので、カバンはコインロッカーに入れずにビーチサイドに置いておくことにした。
 途中でシャワーを浴びねばならなかった。オレは困った。カバンの中には図書館から借りてきた羽仁もと子著作集がいっぱいあったからだ。やむを得ずカバンを持ったままシャワーを浴びた。羽仁もと子著作集がぬれなかったか心配だった。やっとの思いでビーチサイドに出た。三人はひと泳ぎした後らしくビーチパラソルの下で休んでいる。オレはこれでやっとオレの泳ぎを披露できる、特に夕子さんに見てもらいたいと思った。夕子さんは黒のワンピースの水着の胸元をわざと少し見えるような媚態を示しながら銀色のミラーのサングラスをかけて椅子に脚を交差させて座って笑っていた。オレはますます彼女にオレの力泳を見せたくなった。オレは荷物を彼らの近くに置いた。
(さあ、これでやっとオレの泳ぎを夕子さんに見せることが出来る)
と思い、意気揚々とプールへ向かった。
と、その時目が覚めた。
くやしい。オレの泳ぎを見せたかった。



第五夜
こんな夢をみた。
オレは島に来ていた。テレビドラマ「俺たちの勲章」のロケがそこで行われるので、その見物についていったのだ。ロケ隊一行が藪の中の道を行くとやがて道の真ん中に何かの動物をかたどった石碑があり、その両側にくぼんだ道がつづいていた。オレは空手の三角跳びをした。まず林の根もとを蹴り、続いてその石碑を蹴った。ロケは無事に行われた。今回だけは中村雅俊がいなかったのでオレがその役をやることになった。出演者は同ドラマの第三作「姉妹」と同じような気がした。姉役の女優も。
ロケは無事おわった。
帰りがけのフェリーの中でオレはそのことが気にかかっていたので、隣に座っていた妹役の女優に聞いてみた。
「今回の出演者は「第三話」の出演者が多いみたいですね」
妹役の女優は答えた。
「だってそうですわ。今回の出演者は「第三話」の出演者でやるのが監督の方針ですもの・・・。でも私は違います。第三話の妹役の女優さんに似てはいますが違う人間です」
オレは心にあった疑問がとけて嬉しかった。と同時にオレはもう一つのことに気がついた。というのは今回だけでなく、今後も最終話までオレが中村雅俊の役で、以前とまったく同じドラマを撮ることになっているらしいのだ。
オレの心には至上の喜びがわきあがってきた。
ああ。あの憧れの松田優作と共演で、あの憧れのドラマに出演できるのだ。
オレはまだそのドラマを見ぬうちから想像のうちで自分の刑事役を想像した。
すばらしいことだ。
役者って何て素晴らしいものなのだ。
松田優作とは駅のステーションビルの地下で別れた。別れぎわ彼は、例のグラサンの下でニヒルな笑いを浮かべ、
「まあ、お前も大変だろうが、しっかりやれや」
と言った。
彼と別れた後、オレはステーションビルの中を無我夢中で歩いた。
嬉しかったから頭の中が少々、混乱していたのだ。
ステーションビルを出ると、そこは、一面、雑草の生い茂った空地だった。
オレは空を見上げた。
夏の強い日差しがギラギラと雲一つない空の中からオレの顔に照りつけた。




第10夜
こんな夢を見た。私は何かの用である町の旅館に泊まっていた。用がおわって、家に帰る日が来た。早朝、私は旅館を出て、最寄の駅に向かった。いなかの駅であったが、そこから出る電車は大きな都会へ行けるのである。二車線のレールと平行しているいなか道を私は歩いていた。鉄線でむすばれた古い木の柵がレールへの進入を禁止していた。初夏かと思わせるほどのカラッと晴れた空の中で早春の太陽がサンサンと地上の生物に活力を与えている。その光と熱によって活気づけられた、澄んだ空気を私は意識して吸い込んだ。光と熱によって活気づけられた、澄んだ空気とは、生きようという活力を、そして、生きているという実感を私に与えた。私は一歩一歩踏みしめて歩いている自分の体の重みを地球の重さの反動として感じていた。そんな心地よい、そして、ちょっと苦しいスイミン薬からむりやり起こされてしまった私の意識が私の関心をあちらに移し、そしてこちらに移した。私は線路沿いに生えている名もない雑草へ目を移した。それは朝日をうけて、自分の存在をしっかり主張していた。あたかも雑草は、私に、
「私だって生きているのですよ」
と、語りかけていた。私は夜、宿をとる事ができる。しかし彼らは夜になっても天を屋根とし、冷たい夜風に吹かれながら、起きていなくてはならない。だが雑草も朝がくればうれしいはずである。夜がくれば、さびしいはずである。私の中にある子供じみた心が私の感性をくすぐった。道の右側は空き地で、その中にポツン、ポツンと建て売りの家があった。それもまた、日の光をうけて、今日の活動のために、大きな欠伸をしていた。道路はゆるく右へ曲がるカーブをしており、私はなかなか見えてこない目的の駅の方と、一戸建ての家とを見ながら歩いた。駅に近づけば商店街が見えてくるはずである。だが、一向にその気配はない。もしかするとここはゴーストタウンなのかもしれない。そんな不安がよぎった時、背後からピーという甲高い警笛が聞こえた。私は振り返った。電車が遠くに見える。そして、それはこちらへ向かっている。私はここが別世界でないという安心感でほっとした。気づくと前にはさびしい無人の駅が見えた。あの汽車に乗らなくては永久にここを出られないような不安が起こって私は小走りに走った。

海外旅行

2008-08-28 15:41:21 | Weblog
海外旅行

私は外国に行った事が一度もない。さほど行きたい所も思い当たらない。一度くらいハワイに行ってみようかとも思っている。だが、飛行機代がもったいない。私は泳ぎには自信があるので泳いでいこうかとも思ったりする。だが、途中で体力が尽きたり、鮫に食われたりする可能性もあるだろうから、やっぱり飛行機で行った方が無難だろう。
私が、ぜひ見たいと思うのはブラジルのリオのキリスト像とアメリカの自由の女神の像である。あと、ニューヨークの汚い地下鉄にも一度のってみたい。あと地中海のきれいな海も見てみたい。あと、「ドラゴンへの道」のローマのコロシアムも見たい。あとサイパン島に行ってみたい。あと硫黄島にいってみたい。あとパリの凱旋門とベルサイユ宮殿とシャンゼリゼとルーブル美術館も見てみたい。こう考えてると、やっぱり、行きたい所はたくさんある。

今年の夏

2008-08-28 01:29:51 | Weblog
今年の夏

今年の夏を記録しておこう。

今年は、一月からの滑り出しはよかった。小説の筆も進んだ。今年は絶好調の年になると思った。しかし、6月5日(木)に大きなミスをしてしまい、パニック状態になった。それ以降、毎日、死ぬ事ばかり考える日々になった。今年で死のうと本気で考えた。
しかし、逗子マリーナに、高校以来、久しぶりに行って、やっぱり死を思いとどまった。
高校の時は、自転車でよく行ったが、今ではもはや車が下駄がわりになってしまっている。ので車で行った。それで、死ぬのを止めにしようと思った。私は逗子マリーナと小坪漁港の景色が大好きである。プールでよく泳いだ。日焼けした。食べ物がやたら偏った。冬は苺ばかり食ってた。8月になって、6月のミスが解決されて、ほっとした。鰻めしを、よく食ったが、途中で厭きて食わなくなった。それと入れ替わるように、焼き鳥にとりつかれて、毎日、焼き鳥を食った。平塚七夕祭りには行かなかった。なぜか、蜜柑ゼリーが好きになって毎日、食った。祭りは二回、見た。大磯に行った。大磯の次の駅の二ノ宮に、私の小学二年で入った喘息の施設がある。今はもう無くなった。高校の時は、二ノ宮から平塚まで海を見ながら歩いた。ダイドーのメロンサワーが美味かった。小妻容子氏の「刺青美浪漫」を三冊買った。「刺青恋縄」を四冊買った。私は小妻容子氏の美しいSM絵画が好きである。それで、「刺青恋縄」を毎日、緊縛されている女の人を可哀相に思いながら見ていた。何とか助けてあげたいと思った。You-Tubeをよく見るようになった。8月からスランプ脱出して、再び、絶好調になった。ミスした、といっても、それほど大したものではない。医療行政の大きな変化のとばっちりを受けたという事である。むしろ、私はその被害者である。この先、医療行政が、どう動くかに私の命はかかっている。けど、生きようと思う。スランプ脱出して再び、小説がかけるようになった。高校野球もオリンピックもほとんど観なかった。高校野球は大阪が優勝したらしい。読書はあまりしなかった。去年は、よく読書した。一晩で長編小説、五冊も読むこともあった。横浜パレードには行かなかった。市民体育館のトレーニングジムに何回か行ってトレーニングした。去年、ボクササイズを教えていた人がトレーニングジムの監視員になっていた。ボクササイズは、5回くらい出たが、つまらなくなって、厭きてやめた。本当のボクシングだったら、やるのだが。春は自律神経微熱に悩まされて、食べられず、点滴の毎日だった。が、真夏になって、完全に治った。今年は花粉症が起きなかった。アパートを大掃除した。外食が減り、コンビニ弁当の毎日になった。研修の必修化によって、医療界が大きく変化している。医局入局者が少なくなり、大学は入局者を募集するようになった。医師の斡旋業者がやたら増えている。二月に車の車検が切れたので、オンボロ車を買い替えようかと思ったが、車検13万だったので、乗りつづける事にした。当然、ガソリンの値上げは痛い。いらない本はブックオフに売った。たいした金にはならないが、捨てるよりは、リサイクルになるし、たとえ千円程度でも金が手に入ると嬉しい。預金通帳の残高が、こわくてなかなか見れなかった。勇気を出して見た。節約して生活すると、結構、預金の減り具合が少ないのがわかった。ホームページにのせてある小説、「ドラゴン怒りの鉄拳」のような事はしなかった。プールに行って小説のアイデアが沸いた。9月は残暑がつづいてほしい。検察が横暴だなんて事、昔っからわかってることじゃないの。日本で最難関の試験である司法試験に通ってるから、検察官はプライドが高いというか、態度がデカイのだ。刑事事件は検察と裁判官の癒着による検察官の出世のための裁判である。アパートから、江ノ島へ出て、国道134号線を海を見ながら走って、由比ガ浜に行って海を見るというのが私のパターンである。日が暮れるのが早くなってきて、さびしい。秋に自律神経がくずれないよう願いたい。今年の冬を乗り越えられる事を切に願っている。

側宙

2008-08-27 16:07:23 | Weblog
側宙
私は側宙が出来る。
カポエラで言うところのAu Sem Mao(アウ セン マウ)である。

You-Tubeでカポエラを見ると、二人が向かい合って戦いのような舞踊をする形のものと、完全なアクロバットのみのものがある。カポエラのアクロバットはすごい。体操選手もカポエラのアクロバットな技を取り入れていくだろう。
私もカポエラをみると、もっとアクロバットな技を身につけたい誘惑にかられる。

去年の夏、ダイビングプールで、飛び足刀蹴りで飛び込んで、肋軟骨にヒビが入ってしまい、三ヶ月くらい、しばらく痛かった。
そのため、今年の夏はダイビングはやめた。ダイビングもかなりやってきたが、何がわるかったのだろう。飛び足刀蹴りの形で飛び込んだ事が悪かったのか、それとも私の肋軟骨が弱いのか。私は喘息のため、胸郭が少し変形してる。そのためなのか。

私は、変人で、かなり危険な冒険をしてしまう性格である。海で沖に出すぎて死にかかったことも数回あるし、中型バイクで転倒した事も数回ある。以前、日比谷公園の中をホンダのBAJA(250cc)で走り回った事もある。

肋軟骨骨折を機会にもう無茶は控えようと思っている。
死んだり、大怪我したら小説が書けなくなってしまう。
小説を書くために私は絶対、死ぬわけにはいかない。

水泳上達法1

2008-08-27 14:26:36 | Weblog
水泳上達法1

今年の夏はよくプールへ行った。50mのプールの一往復が100mだから、それを考えると、一時間に10往復は優にクロールで泳いでいるので、一時間に1km以上、泳いでいる事になる。
私はクロールで泳げるが、形はきれいで、もし私の泳ぎを横から水中撮影したら、上級者の泳ぎ、と見えるだろう。しかし、私は速くは泳げなかった。泳者にもピンからキリまであり、ひとかきで進む距離は人によって違う。ちょうど転回運動で、バク宙や前宙で、回転効率が人によって違うのと同じである。しかし私は長時間つづけて泳げれば、それでよかったので、別に気にしてなかった。また私は水泳は持久力をつけることが目的になっていたこともある。
今年の夏はよく泳いだが、色々な発見をした。まず、泳ぎが確実に上達したのである。
結論から言うと、クロールは速く泳いだ方がいいのである。クロールでは水をキャッチするのだが、ゆっくり泳いでいたのではキャッチした水がストロークの間に動いて逃げてしまうのである。速く泳ぐと動かない水をキャッチ出来、ストローク中も水が動かないのである。つまり速く泳ぐと動かない水をつかむ事が出来るのである。速く泳ぐと腕が疲れるのではなく、逆に腕の疲れが減るのである。

なお、速く泳ぐ、といっても無理やり力づくで泳ぐのはよくないのである。自分のいつものスピードに少し、速さを加えてみる程度ならいいだろう。しかし、それも、正しくはない。全ての運動に言える事だが、運動の上達は、体が正しい動きに変化してくれるのを待つしかないのである。であるから、体が正しい運動になるように気を使う事が上達に一番大切なのである。体を正しい運動にするためには、反復する事が全てなのである。しかし、長時間、反復していると、当然、腕が疲れてくる。この疲れた状態での無理な反復では、租協調が起こらないのである。反復と疲れ、この二つは両立できず、むしろ矛盾するのである。これを解決するには、50mのプールより25mのプールの方がよく、また、疲労を無くすためには、25m泳いだら、疲れがとれるよう、一分でも休みをとる事がいいのである。

目をつぶって泳ぐ
こんな事は、どの水泳教本にも書いてないのではないか、と思う。クロールでは目をつぶって泳ぐ事が有効な上達法だとわかった。もちろん、ずーと、目をつぶりっぱなしではなく、時々は目を開かなくてはならない。クロールでは、水中のラインの上を真っ直ぐ泳がなくてはならい。真っ直ぐ泳ぐのは、体の軸をぶれさせないためである。体の軸がぶれるのは、よくないのである。目を完全につぶらなくても、薄目でもいい。なぜ、目をつぶった方がいいかというと、目を開いていると水と体や手の位置関係が見えて、それを頭で感じてしまうからである。クロールは、水と体との位置関係が正しくなる事が必要なのである。
この水と体の位置関係は、目を開けているより、目をつぶっていた方が体で感じることが出来るからである。薄目もいいのである。なぜ薄目がいいかというと薄目にすると、頭から意識を消す効果があるからである。これはテニスでも言える。

なおクロールでは足の動きに神経を使う必要はない。ほっとけば、かってに足は6ビートになっているだろう。私の場合、ビート数はわからないが、何となく6ビートというより4ビートという感じがする。ただ、2ビートの場合は例外で、2ビートにするためには足の運動を意識して練習しなくてはならない。

バタフライを練習する(本当は練習しなくてもいい)
私はクロールと平泳ぎは出来るが、バタフライは出来ない、というより出来ないだろうと決め込んでいて、やったことがなかった。だが、バタフライをやってみたら、25mは泳げたのである。もちろん、私のバタフライは、きれいではなく、25mが限界である。ただ昔はバタフライは、全く出来なかった。やってみたら、出来たので驚いた。私はバタフライには、さほど魅力を感じない。だからやらなかったのである。私はクロールさえ上達すれば、それでいいのである。バタフライにはクロールにはない、腰と脚を滑らかに動かす特異な運動要素がある。クロールが速く泳げないのは、クロールの練習だけしている事が原因ではないかと思ったからである。バタフライの特異な動きを身につけたら、クロールが上達するのではないか、と思ったからである。
しかし、これは違うということに気づいた。それは、クロールでは速く泳がなくてはならない、という事に気づいたからである。

サザンビーチ海水浴場での烏帽子岩までの遠泳が、いつの間にか無くなってしまったのが残念である。あれに一度参加してみたかった。また、江ノ島から七里ガ浜までの遠泳も、申し込むのが遅れて、参加できなくて残念だった。私は海では2kmや3kmなど簡単に泳げる。プールと違って海水は塩分が含まれているため、容易に体が浮くのである。昼間は監視員がいて、庭のようなチャチな小さな囲いの遊泳区域が決められていて、あんなのがあったのでは、海で泳いでも面白くないのである。うざったい監視員がいない夜中に遠泳をしようかとも思ったが、面倒くさいのでしなかった。夜は視界が悪く危険でもある。また、もし人に発見されたら入水自殺者と勘違いされる可能性もある。

なお水泳に関しては、ホームページの中の、「武道・スポーツ上達法」で、以前、私見を書いたので、水泳に関心のある人は、よろしかったら御覧ください。

岡田有希子

2008-08-23 14:48:07 | Weblog
今日は、岡田有希子さんの生まれた日の翌日。私の誕生日も8月で、ユッコさんと10日も離れていない。私は乙女座で、ユッコさんは獅子座。熱田神宮は、織田信長が、今川義元と桶狭間の戦いをした時、願をかけた神社。なぜ、信長は熱田神宮に願をかけたか。それは、当然、近いから。ユッコさんが生きていたら、今は41才。

岡田有希子

2008-08-22 20:06:56 | Weblog
今日は、岡田有希子さんの生まれた日。私の誕生日も8月で、ユッコさんと10日も離れていない。私は乙女座で、ユッコさんは獅子座。熱田神宮は、織田信長が、今川義元と桶狭間の戦いをした時、願をかけた神社。なぜ、信長は熱田神宮に願をかけたか。それは、当然、近いから。ユッコさんが生きていたら、今日で41才。
ユッコさんをモデルにした小説、「ある歌手の一生」ホームページにありますので、よろしかったら読んで下さい。

意志

2008-08-19 23:37:18 | Weblog
自分の感情を正直に言ったり行動にする事が、誠実さ、だと勘違いしている人がけっこういる。いい歳をして、まだ、そんなことを考えているのかと、そういう人を見るとあきれる。人間の多くは善と悪を両方持っている。私は、性善説だの性悪説だのでウロウロしてる人が阿呆に見える。青年の反抗期では、偽善を嫌って、自分の心の悪をことさら言ったり、行動したりすることがある。いじめ、も、そういう心理から起こっている場合がある。ニーチェが、「善悪の彼方」の中で、己の悪を凝視することを青年に進めている箴言がある。
私も人に意地悪をしたいという感情が起こった事がある。大学の時である。その人は二年から三年への進級で落ちて、私のクラスに入ってきた人である。その人は、内気でおとなしい人だった。その人が、私に似た所があったから、私は嫌悪感を感じてしまったのである。人間は、自分に似た人間を見ると嫌悪感を感じる事がある。また、留年者に対しては、いじめたい感情が起きやすいものである。私も四年の時、休学したため、復学した下のクラスでは、かなり意地悪された。あまりにもウジウジした、いじめだったので、ポリクリの時、皆の前で、椅子を思いっきり蹴っ飛ばした。それが利いて、グチグチは、ピタッとなくなった。
私は聖人君子ではさらさらない。愚劣な人間である。
人間において、一番大切なものは、その人の「意志」である。人生においてもしかり。
その人が何を感じたか、ではなく、どんな行動をしたか、が、その人の全てを決定する。
心の中では、どんな愚劣な事を考えてもいいのである。心など美しくなくてもいいのである。心の中で、どんなに愚劣な感情が起こっても、「意志」の力によって、相手にもわからないよう振舞うことは出来るのである。
この「意志」の力で自分を自制するか、「意志」を放棄して感情の赴くまま行動するか、が、人間の全てを決定する。

医師の過労死

2008-08-07 22:57:39 | Weblog
医師の7割超が、過重労働による仲間の医師の辞職や休職、死亡を経験していることが、「勤務医の労働環境を考えるシンポジウム実行委員会」などが実施したアンケート調査で明らかになった。医師の過重労働を原因とする医療ミスなどについては、回答者全員が「あると思う」と答えており、同実行委などは「医師をはじめとする医療従事者の労働環境を直ちに改善すべきだ」と訴えている。(医療介護CBニュース)

私の出身大学でも、私より後に卒業した人で死んだ人が8人もいる。これは二年前の卒業生名簿での、「逝去者」であるから、今では、もっといるだろう。死ななくても過労で倒れてる人は非常に多い。
医者なんて、「ほっちゃれ」みたいなものなのである。