小説家、精神科医、空手家、浅野浩二のブログ

小説家、精神科医、空手家の浅野浩二が小説、医療、病気、文学論、日常の雑感について書きます。

子供のスポーツ

2011-11-30 11:42:33 | Weblog
フィギアスケートは。体が軽くて。成長ざかりの体格が、一番技術の最高に達することの出来る時期のようだ。これは女子体操でも、そうである。当然、コーチの指導も、練習も厳しい。しかし幼少(10代)で人生のピークに達して、後は、下り坂の人生である。二十歳なら、まだ何でも出来る。新しいことに挑戦することだって出来る。しかし幼少でエネルギーを使い果たしてしまうと。あとはもう隠居した人生である。天下り的に、無能なスポーツ指導者になるか、解説者になるか、名前が世間に知られているから、タレント崩れになるか、平凡な主婦になるか、になるのだろう。これは、いわば、猿回しのサルみたいなもんである。そんなのなら、なまじっか金メダルなんか取らない方がいいと思う。二十歳なら、まだまだ何でも出来る可能性がある。ピアノを習って、ピアニストになろうとか、作曲家になろうとか、本気で取り組めば、なれる可能性は十分ある。何も、世界一だの、金メダルだのじゃなくたっていいじゃねえか。私は人生とは自分との(自分の怠け心との)戦いだと思っている。だから私は、幼少の時に、一つの芸など、仕込まない方がいいと思っている。

五つ神童。十で天才。二十歳過ぎればただの人。

スポーツ選手と怪我

2011-11-30 11:32:48 | Weblog
スポーツ選手と怪我。そもそも、スポーツを応援するだけで、自分はやらない、というスポーツファンが私は嫌いである。他人に寄生した人生じゃねえか。プロのトップレベルでなくても、草野球とかで、自分の出来るレベルでやることは出来る。応援するのはいいが、負けたチームや選手にケチつけるのは、みっともない。自分だって社会人として、頑張ってる一人前の人間なんだから、応援しているチームを誉めたり、ケチつけたりする権利は当然あるんだ、なんて考えは私は嫌いである。
さて、スポーツ選手は、相手チームとの戦いであると同時に、怪我との戦いでもある。骨折や肉離れしたりしたら、スポーツ選手にとっては、命取りである。しかし試合では全力で戦わなくてはならない。そして、そのハッスルプレーは美しくもある。しかし、怪我というのは、そういう無茶な、ハッスルプレーの時に起こりやすい。これは何もプロスポーツだけじゃなく、アマチュアのスポーツでも同じである。私はプロスポーツ選手は、自分の体調を考えて、無理にハッスルプレー、全力発揮する必要は全くないと思う。それを手抜きとは考えない。特にチームの柱になっている選手は、怪我をして試合に出れなくなったら、チームにとっての戦力がガタ落ちとなる。そんなのは根性ではなく、無考えの猪突猛進に過ぎない。特に、リーグ戦で何回も戦う場合は、最終的に勝てばいいのである。一回の美しいハッスルプレーで怪我をして、その結果、勝てなかったというのは、戦略的にバカである。

フリーターはプー太郎

2011-11-28 20:40:20 | Weblog
今や、若者の感覚も変わって、平気で自分のことをフリーターなどという時代になってしまった。恥じることなく。フリーターなんてプー太郎である。(何か、夢とか、やりたい事があって、正社員として就職しないというのならわかるが)それを不況のせいだとかにすべきではない。

金がないから、何かが出来ない、などというのも言い訳に過ぎない。本当にやる気があって、実際、努力して東大にでも入ってみろ。親は驚いて子を見直して、何とか学費や生活費の工面の協力は、必死になって、してくれるものだ。金は後からついてくるものだ。司法試験や他の国家資格なら、金などかからない。このような不況の時代には資格がものをいう。大学生の内定率も65%とかあったけど、不況だから仕方がない、だとか、現状のせいにするのも言い訳に過ぎない。現状に、受身で流されて生きているだけである。雇用がないなら、自分が世の中を研究して、世の中のニーズを知り、世の中のニーズに合うような事業をするなり、すればいいじゃねえか。現状が悪いのなら、現状をオレが変えてやる、というような覇気のあるヤツなどおるまい。

そもそも商売というものは一度やったら面白くなって、やめられなくなるものである。

フリーターは、仕事に責任がないから、仕事が終われば時間はあるじゃねえか。その時間を、ゴロ寝してテレビ見てないで、プラプラ遊んで過ごさず、何かの国家資格をとろうと勉強することだって十分、出来るじゃねえか。そうすればフリーターから脱出できるじゃねえか。

私が研修医の始めの時、統合失調症の措置入院で入ってきた患者の主治医になったけど、彼女は、重症なのに、働きながら宅建の資格を取った人だっだぞ。

島田神助は好きじゃないけど、彼の事業に対する、本気のやる気は、すごい。

人間、本当にやる気があれば、大抵のことは出来てしまうものである。

オウム真理教

2011-11-28 01:12:57 | Weblog
オウム真理教の事件が、かたづいた。麻原は沈黙しつづけたらしい。沈黙することで、謎の人物として、十字架にかけられたキリストのように、なれると思っているのだろう。私から見れば、あんなのはドチンピラである。

それにしても、死刑となったオウムのトップの奴らは、可哀相でもある。
頭が悪くて死刑にされる人生なんてシャレにもならない。

私なんか、幼少の頃から聖書を読まされ、キリスト教の洗脳をうけつづけてきたが、イエス・キリストなんて人間を莫迦にした卑劣で狡猾なヤツに洗脳なんか、されてないぞ。

宗教を知らずに否定するのは無知であり、宗教を知って否定するのは超越である。

物事の本質を理解できる人間だけが、宗教を知った上で、宗教を否定できる。

女よ。うぬぼれるな

2011-11-27 22:37:10 | Weblog
女よ。うぬぼれるな。男はみな、女を、生きた宝石だと思っていると思うなよ。男は女を見たら、セックスすることしか考えてないと思うなよ。そこらへんの十派一絡げのガラクタ男なら、いざしらず、オレ様は例外だからな。女は生理があって、月経の時、子宮内膜が剥がれてドバーと血が出る。その汚さは喩えようもない。頭はカラッポで、ファッションしか頭にない下等動物に過ぎないだけだ。そして、本当の優しさは、男にある。女には本当の優しさはない。薄っぺらなメッキの優しさは、すぐばれる。本当の母性愛は男にある。女の唯一のとりえの外見の美なんてものは時間によって壊される。

矛盾2

2011-11-27 06:24:12 | Weblog
ある親「誰がここまで育ててやったと思ってるんだ」
その子「誰がオレを生んでくれと頼んだんだ」

矛盾

2011-11-24 22:02:31 | Weblog
あるコーチ「球出しのボールが上手く打てても、球出しのボールは死んだボールてすから打ち合いでは、その通りには打てません」
ある生徒 「では、なぜ死んだボールの練習をさせるんですか?」

少年と或る女

2011-11-22 19:33:04 | Weblog
「少年と或る女」

という小説を書きました。

ホームページにアップしましたので、よろしかったらご覧ください。

(原稿用紙換算230枚)

ソフトバンク優勝

2011-11-20 22:40:25 | Weblog
ソフトバンクが日本シリーズで優勝した。内川聖一が移籍したのが、要因の一つでもあるように思う。

内川選手は、優勝の狙えるチームに入りたい、と、優勝の感動を味わいたいために、横浜ベイスターズからソフトバンクに移籍したらしいが、見事、その夢が叶った。

しかし私なら、そうは思わない。私なら、むしろ、かえって弱いチームに入りたい。そして、このオレの力でチームを優勝させてやる、と鬼となって猛練習するだろう。

これからシーズンオフだが、シーズンオフを遊ぶような選手には興味ない。シーズンオフに鬼となって練習するようなヤツが私は好きである。しかしプロ野球選手にそんなヤツいるのだろうか。何億だか貰ってんだろ。私は、結果は関係なく、強がってて、鬼となって人一倍努力するヤツが好きである。

柔道の木村政彦は、「三倍努力」が信念であり、実際、人の三倍努力した。

天才とは努力家の異名である。


老人とテニス

2011-11-18 04:46:08 | Weblog
テニススクールで、かなりの高齢の人が、休み休みテニスをしている。もう技術云々、以前に、体力がなく、十分動けず、山なりのゆるいボールでもミスしている。腰痛もありそうだし、太っていて膝も弱っていそうである。こういう人は、テニスはやめた方がいいと思うのだが。運動も自分のコンディションを考えないと害になるだけである。転んで、大腿骨頚部骨折したら、どうするというのだ。テニススクールの人も、やめるようすすめた方がいいと思うのだが。まさか、若い時はウィンブルドンに出ていた名選手とも全く見えない。趣味など、持とうと思えば、他にいくらでもあるではないか。手っ取り早く、読書がいいのでは、と思ってしまう。しかし、本を読むのが好きでない人には、読書は面白くないようだ。私の父親も定年になって、趣味を持とうと、夏目漱石を読み出したが、三日坊主でやめてしまった。読書の面白さは、わかっている人なら、わかるが、本を読むのが嫌いな人もいるようだ。読書は、言葉の味というものを、あじわえる味覚がないと、面白くないのではないか。それで、テレビにもどってしまう。しかし。

テレビばかり見ていると確実にバカになる。

日本シリーズ

2011-11-18 04:26:31 | Weblog
去年まで野球に無関心だったので、日本シリーズが11月に行われることを、初めて知った。

バッティングセンターで打つのが厭きてきた。バッティングの技術も頭打ちになってきた。バットの芯に当たって気持ちよく打てても、野手正面だったら、フライになるだけである。じゃあ、野球選手は、140km/hのストレートや、変化球などを、野手のいない所に狙って打っているということか。

だが、バッティングセンターに厭きてきたことは、私にとっては、いいことである。一回、200円なので、一日、9回やることもあって、そうすると一日、1800円もかけていたからだ。

侮辱

2011-11-18 04:19:05 | Weblog
私は人を侮辱したくないし、侮辱されたくもない。しかし軽率な人間には、どうしても子供だましをせずにはいられない人間がいる。そういう人間に、正面から食ってかかるのは、大人気ない。そういう人間には、相手が満足するようにだまされた振りをすればいい。神の視点から見れば、本当にウスラバカなのは、子供だましをして満足している人間なのだから。

芸術、読書、運動の秋

2011-11-14 22:11:10 | Weblog
まさに、芸術、読書、運動の秋である。小説創作も順調に進んでいる。読書も運動も。眠れるようにもなった。

公務員の給料

2011-11-14 22:09:55 | Weblog
公務員の給料や公務員の定数の削減が問題となっている。私は、公務員、特に、官僚の給料を下げることには、慎重にすべきだと思っていた。今、世間で、なりたい仕事の一番は、官僚、らしい。これはまあいいことだと思う。官僚になるには、東大や一流大学を出なくてはならない。それは子供も知っている。だから子供のうちから勉強に励む。途中で方針変更して、官僚になりたいと思わなくなっても、学力の向上は日本の経済にとってとてもいいことだ。しかし、もし官僚の給料が低くなってしまったら、官僚になりたいと思う人が減ってしまうのではないか、と思っていたからである。それは学力の低下につながりかねない、と思っていた。

しかしよく考えると、進学校で医学部に入りたいと思う人は減らない。彼らが医者の人生の実態を知っているのか、知らないのかは、わかわない。医者になるには、大学を出た後、二年間、研修しなくてはならない。研修医の給料は300万円くらいで、それほど高給ではない。しかし研修の期間は二年間だから、これはたいしたことではない。その後は、民間病院に就職すると給料はいい。(しかし仕事はしんどいのも多い)しかし、大学に残って、医局員→助手→講師→医局長→助教授→教授、と権力の座を目指そうとすると、教授になるまで給料は、かなり低い。しかし、それでも一部の人間は、権力街道を進む。これは、給料より権力欲の方が魅力があるからなのだろう。医学部に入るのも、医学部は偏差値が高いから、という理由でなっている人が多いだろう。医学部に入れる学力があれば、入らなきゃ勿体ない、と思っているのだろう。

これと同じことが、官僚、でも当てはまると思う。日本を実質的に動かしているのは官僚である。東大を出て、社会的地位の高い、日本の権力の座につきたい、というプライドの魅力のため、給料は、少し低くなっても、やはり、彼らは、官僚になりたい、と思うのではなかろうか。

つまり、社会的名声と給料では、社会的名声の方をエリートは優先させるのではないかと思う。やはり人間は、せっかく、なれるものなら、ならなきゃ勿体ない、という心理に動かされてしまうのではなかろうか。

バッティングのテークバック

2011-11-11 07:04:52 | Weblog
バッティングセンターで、かなり長打を打てるようになった。スクエアスタンスで構え、クローズスタンスにはしないが、あらかじめ腰を捻っておいて、溜めをつくり、打つ時、それを開放することによって腰の回転力を出している。

ちなみに、バッティングでも、打つ直前にテークバックをする、と何かで言っていた。つまり、構えの姿勢から、そのまま打たないで、スイングする前にテークバックして、打つらしい。確かに、打つ動作では最大の力を出すためには、テークバックした方が大きな力を出せる。大山倍達が手刀でビール瓶を切断する時は、大きく腕を引いて(テークバックして)溜め(というか反動)をつくってから手刀のスイングをしている。しかし野球では150km/hものスピートの球を打たなくてはならない。とてもテークバックしている余裕などないとも思うのだが。ピッチャーのモーションに合わせて、しているということなのだろうか。だが長打を打つためには、明らかにテークバックした方が力が出せる。バッターはこの技術が身についている、ということなのだろう。なかにはテークバックしないで打つという人も、聞いたような覚えがある。もちろん私はテークバックなどしていない。その技術がないからだ。しかし、実際のところは、テークバックしていないと思っていても、長打を打とうとすると、体がかってに、多少なりとも、打つ前に、テークバック(というか、引きの動作)をしている可能性はあるだろう。