小説家、精神科医、空手家、浅野浩二のブログ

小説家、精神科医、空手家の浅野浩二が小説、医療、病気、文学論、日常の雑感について書きます。

柔道の投げ技禁止

2012-03-30 11:15:28 | Weblog
4月から中学で武道が必修化されることに伴い、(静岡)県教育委員会は重篤な事故が起きている柔道について、「大外刈り」を禁止し、投げ技を使った試合は行わない、などとする安全指導指針をまとめ、各市町の教委に通知した。県内では平成22年、中学の柔道部で大外刈りを受けた部員が死亡する事故が起きたこともあり、技の種類を制限する全国的にも厳格な内容の安全指針となった。(産経新聞)

投げ技を禁止したら、柔道ではなくなってしまうではないか。一度でも何か事故が起こると、教育委員会は神経質になってしまう。まあ、その心理は仕方がないと思うが。しかし、そんなことやってたら、何にも出来なくなってしまうぞ。

合気道も捻挫しやすいから危険である。ならば、組み手は禁止の、空手の型、とするか、突き禁止の剣道か。あるいは、弓道か。居合か。

カーブミラー

2012-03-24 22:45:32 | Weblog
アパートの前の駐車場の出口が見通しが悪いので、市に、カーブミラー(道路反射鏡)を電信柱につけて欲しいと頼んだが、駐車場の車の台数が15台以上でないと、ダメだと言われた。台数の問題じゃないだろ。

2012-03-23 00:28:59 | Weblog
桜が咲いていた。

「敷島の大和心を人問わば朝日に匂う山桜花」

今日から春の選抜高校野球

2012-03-21 23:28:36 | Weblog
今日から、春の選抜高校野球である。たいして興味は無いが。大阪桐蔭が花巻東に勝った。強い選手のいる学校が勝つのは、当たり前である。

ちなみに自由学園の男子部では、ミスター羽仁の思想によって、野球部を作らなかったのである。それは、サッカーは皆で協力するチームワークのスポーツだからいいが、野球は個人プレーが目立つスポーツだから、ダメという思想からである。全くそのアホさには、あきれる。当然、そんな考えを持つのだから、スポーツに関しては、ド素人である。スポーツを見た目だけで、知りもしないで、勝手に決めつけている。確かに、見た目では、野球は、投手とバッターの一対一の対決というように見える。一方、サッカーは、絶えず皆が一体になって協力しているように見える。

しかし、野球はチームワークのスポーツ以外の何なのよ。である。むしろ、一人の選手のミスが出来やすいから、「ドンマイ、ドンマイ」と声を掛け合う行為が多くなるから、チームワークの絆が作りやすいという点では、野球はむいている。というか、チームワークの精神を身につけさせたいなら野球を奨励した方がいいだろう。それに、野球の投げるという技術は、ピッチャー特有のものではない。投げるという技術は、基本的に共通であり、投げる技術を身につけている野手がピッチャーにコンバートするのは、中学、高校レベルの野球なら難しいことではない。ピッチャーが試合中に野手に変更することは、よく見られるが、その逆もしかり、であり、野手も少し練習すれば、ピッチャーになれるのである。また、体力や運動能力の違いのある生徒の集まりに、サッカーをやらせると、体力、運動能力の優れた生徒の個人プレーになりやすい。しかし、野球の場合は、参加する選手全員が公平に打者として打つことが出来るではないか。

おそらく、そんなことも、ミスター羽仁、とやらは知らないだろう。スポーツに限らず、あらゆる点で雑な考えしか、出来ない思想家である。そもそも、こんなヤツ思想家と言えるのだろうか?

春一番

2012-03-21 03:23:05 | Weblog
気象庁によると、関東地方では今年、「春一番」が観測されなかった。春一番が吹かなかったのは2000年以来、12年ぶり。(読売新聞)

残念である。何が残念かというと、春一番が吹いてくれないと、マリリン・モンローが見られないからである。

グローブ

2012-03-20 01:10:43 | Weblog
グローブを買った。壁投げのため。

自由学園の失敗

2012-03-17 23:42:22 | Weblog
自由学園とは何か?を男子部生徒は在学中に説明できない人が多い。というより、ほとんどの人は説明できない。

しかし、これは、極めて簡単に説明できるのである。自由学園は、大正10年に、羽仁もと子、という日本で初の女性ジャーナリストによって、女学校として作られた。大雑把に言って、女子を教育しようと、いう意図で作られたのである。キリスト教を思想の根底においているが、「みなで力を合わせてやろう」という教育方針なのである。その思想は、個人プレーの否定につながっていく。「みなで協力してやろう」という思想から、共産主義的な思想なのである。世間では、共産主義思想は、悪い思想だと言われているが、そうではない。それは、共産主義国家が、一党独裁の政治体制で、その思想を絶対だと、強制するから悪いのである。「みなで協力してやろう」という思想に共鳴した生徒が、自分の意志で集まってくるぶんには、いいのである。そして、女は(設立当時の)女の気質として、そういう思想に比較的、すんなりと順応しやすいのである。それは、現代でもそうである。だから、自由学園は、女子部は、成功しているのである。女子部には、まず問題が無い。一般の学校より、むしろ、お嬢様学校として、礼儀正しい生徒が多いのではなかろうか。ルーズソックスも履いていない。

では自由学園の失敗とは何か。それは、昭和10年に、安直に男子部を作ってしまったことである。男は、我を主張し(した方がいいだろう)、自分の主義主張を持ち、世に出て、何事かをなそうとする。社会に出て働くことが人生の絶対の前提である。そういう男性気質には、「みなで協力してやろう」という、おやさしい、温厚な思想は、絶対、向いていないのである。男は、(協力することも大切だが)、同級生とも、よい意味でのライバル意識を持って、戦おうとする方がいいのである。女に向いている思想を、強引に男に当てはめると、失敗するだけである。その結果、結局は、大学まで、勉強しなくても卒業できるから、必然的に、怠け、スポーツと音楽とファッションと遊び、に行ってしまうのである。

それと時代の変遷に対し、頑固に創始者の思想を敬して守っているのも、失敗である。婦人の参政権さえ、認められなかった当時には、男子部も、わりと上手くいっていたようだが、時代が変われば、それに応じて、「臨機応変」に変えていくべき所は変えていかなくてはならない。そもそも「臨機応変」は、自由学園が非常に好む思想ではないか。創立者を敬するのはいい。しかし、それを絶対視して、カリスマのようにしてしまっているから、時代に取り残された、白痴養成学校と化してしまっているのである。

学園長にしても、創立者の思想を頑なに守ることが、創立者の意志を敬し守ることだと勘違いしている。時代や価値観が変われば、それに合うよう変えていくべき思想は変えていかなくてはならない。創立者の思想を頑なに守ることを、故人である創立者は喜んでいるだろうか?むしろ悲しんでいるのではないのか。故人の思いは、理解することは出来ない。それは物理的に不可能である。しかし、創立当時の思想を頑なに守ることによって現状が悪くなっていることを、まず故人となった創始者がこの世を見ているとしたら決して喜んではいないだろう。

卒業式

2012-03-16 22:49:08 | Weblog
世間では卒業式である。いっちゃん、悲しいのは、運動靴を履いている女子中学生が、ルーズソックスで革靴でミニスカの女子高生になってしまうことである。
いっちゃん、嬉しいのは、小学六年生が、中学校のセーラー服を着ることである。
まあ、中学生も三年になると、だんだんスレてくるから、どうでもいいが。

以前、街頭の大学生のアンケートで、「人生に卒業式はない」と言ったら、「詩人なんですね」と言われた。今、考えると、確かにそういう面がある。もちろん今でも、そう思ってる。

ちなみに自由学園では、一貫教育という思想なので、中学でも高校でも卒業式をしない。(今は知らない)そのくせ、完全出席なんてショーまがいのことをやっている。羽仁もと子、なんて、立派な思想家なんかではなく、単なる傲慢な頑固ババアである。

武道の必修化2

2012-03-16 21:11:17 | Weblog
武道の必修化の意味は?
もしかすると、いじめ、と関係があるのかも。いじめ、をなくすためかも。武道は、スポーツとしてやるなら、一対一である。ウジウジいじめてるヤツらは、腕力があってケンカに強いわけじゃない。むしろ、徒党を組まなきゃ、一人じゃ何にも出来ないチンカス野郎が多い。そういうのをなくすためかも。

そりゃー、運動は必修にした方がいいが。なぜかというと、子供の頃に基礎体力をつけておくと、大人になってから、体力が落ちにくいからである。だから、サラリーマンになろうが、何になろうが、子供の頃に体を鍛えておいた方がいいのである。

そもそもバスケットボール、とか、サッカーとか、ソフトボールとか、その他、全てのスポーツは、現代において人間が持っている闘争本能を技術を要する遊びという形にしたものである。しかし、バスケットボールの試合で勝っても、いじめ、は、まずなくならないだろう。やはりケンカに近い格闘スポーツでなくてはならない。それなら、いっそボクシングを必修にすればいいとも思うが、中学生にボクシングを必修にするといのは、出来にくい。あまりにも変である。だから、そのために、日本の伝統とか文化とか礼儀とかの名目で武道を必修にしたのかも?




武道の必修化

2012-03-15 21:52:28 | Weblog
文部科学省は15日、中学校1、2年生の保健体育で2012年度から必修化される武道について、同年度に柔道を選択種目として実施する予定の学校が64.1%に上るとの調査結果を発表した。柔道については、保護者らから安全性を不安視する声が上がっているが、学校側でも指導教諭が「さらなる研修の充実」を望んでいる割合が53.6%と、過半数に達した。調査は昨年12月から今年1月にかけ、全国940校を対象に複数回答方式で実施。柔道以外では、剣道(37.6%)、相撲(3.4%)、空手(2.3%)などが続く。種目選択の理由では、「既に実施しているため」(81.1%)が最も多かった。(時事通信) 

なんなの?一体?中学生に武道を必修化させて、どうしようというの?戦時中ならわかるが。

確かに、武道は日本の伝統文化として優れたものがあるが。そんなのは、一部の物好きなヤツがやれば、それでいいじゃんか。私は、人に何かを押し付けるというのが、一番、嫌いである。

眠い

2012-03-15 18:15:02 | Weblog
冬から春になって眠くなってきた。これも、季節の変化に体がついていかないからである。何でも、かんでも自律神経のせい、と言ってしまうのも、何だけれど、やっぱり自律神経のせいである、から仕方がない。私が、自律神経が安定するのを、一番よく実感できるのは、夏になって、プールに入って、泳ぐ時である。これは、温かい水の皮膚への刺激と、ちょうどいい適度な運動による。高校の生物の授業で、自律神経は、ちょっとだけ勉強するけれど、あれだけでは、自律神経とは、何かを理解するのは、まず無理だろう。

ピッチング

2012-03-13 21:46:52 | Weblog
バッティングセンターで、転がってるボールを投げて、投げる練習をしているうちに、自分でも信じられないくらい、コントロールとスピードがついてきた。もっと、上達するのに時間がかかると思っていた。遠投でも、かなり遠くに投げられる。これは、やはり、小学校三年の一時期に、喘息の施設で野球を少しやった経験があるからだろう。子供の頃、全くキャッチボールをしなかった人が大人になって、投げる練習をしたら、そうとう手こずるのではないかと思う。子供の頃は、ちゃんとキャッチボールが出来た。

バッティングセンターの中に、小さな野球教室があって、ストライクを正確に投げられる人が天才に見えていたが、今では、そう思わなくなった。

ガストの女

2012-03-12 19:27:03 | Weblog
温かくなると、たんだん寝付けなくなってきた。寝つけなくと、車でガストに行って、何か食べて、少し本を読んで、体をわざと疲れさせる。そうすると眠れるのである。やはり、リブロステーキが美味いので、リブロステーキを注文してしまう。ガストに行くと、一人のアルバイトの女性がニコッと笑う。冬には、焼きリンゴが美味くて、何回か、注文してた。そしたら、「焼きリンゴは美味しいですか?」と聞いてきた。「おわわっ」と焦った。どうやら私に好意を持ってくれているようである。女の人は、割りと綺麗である。だが私は、感情的な関係は持ちたくない。これが、普段、行かない遠くの店なら、いいのだが。この店は、よく利用するのである。この店は、私にとって、ちょうど永井荷風が昼飯として、いつも寄っていた、浅草のレストラン、アリゾナのようなものである。だから、きまりがわるいのである。これが、普段利用しない遠くの店なら、よかったのだが。残念である。

東日本大震災

2012-03-11 22:14:59 | Weblog
今日は、東日本大震災から一年の日。

何と言うべきか。戦争で喩えると、戦争で死んだり、家や職業を失って不幸になってしまった人達に対し、運よく生き延びた人間が感じる後味の悪い感じ、としか言いようがない。

みのもんたの逆襲

2012-03-10 21:58:58 | Weblog
本当は、みのもんた、ならぬ、内向的人間の単細胞バカに対する逆襲である。これみよがしに、わざとあてつけがましい事をする。単細胞バカは、すぐに反応して、口惜しがる行動に出る。「お前の無神経さは、こういうことをしているだぞ」と単細胞バカに知らしめる。まあ、ソクラテスの使った助産法と同じである。

「汝自身を知れ」