今日は母の実家である南相馬市に行って来ました。
地震後初です。
6号線を通って行ったのですが、
宮城県山元、福島県鹿島、新地辺りは、
道路の近くまで津波が来た痕跡があり、
海なんか見えなかったのに丸見えでした。
鹿島では道路の側に船がいくつも・・・
まさかあんな状態になっているとは思いませんでした。
母の実家は自主避難区域なので、
祖母と伯父夫婦は避難せずに家で生活してます。
伯母夫婦の家は前にも言ったように、
津波で住めないので未だ避難中です。
その伯母の家がどんな状態になっているのか見て来ました。
車では入って行けないと思い、
近くに止めて歩いて行ったんですけど、
車を降りた瞬間からニオイが違ってました。
海臭いというか、ドブ臭いというか・・・
道路は泥が乾いたものなのか砂だらけ。
そして見た光景は・・・
家の1階部分が津波でやられてました。
窓ガラスも当然ありません。
家の中は親戚の人が少し片付けてくれたらしいです。
畳が剥がされて外に置かれてました。
↑ 玄関から目の前を撮ったもの。
右側には剥がされた畳。
そして中央左側には井戸が。
家やら木やらいっぱいで向こう側なんて見えなかったのに、
ホント何もなくなって奥には海が見えました。
海なんて見えたことなかったのに・・・
自衛隊の車両と自衛隊員が沢山いて、
瓦礫とかの片付けをしてました。
仙台では自衛隊車両や隊員は
今はあまり見ることはなくなったのですが、
山元から南相馬にかけては多かったです。
南相馬に向かう道路(6号線)はかなり空いてました。
ってか、殆ど車が通ってません。
それもこれも原発のせいなんでしょうね。
原発さえなければ復旧ももっと進むだろうに・・・
TVで見た被害と実際見るのとでは全然違うものでした。
なんともいえない衝撃です。
復旧したとしてもその後どうしたらいいのか・・・
取り敢えず進むしかないんでしょうけどね。
いや、でもホント凄い状態でした。
早く復興することを祈るばかりです。
もうなんて言っていいのか分からないですね。
伯母さんたちは家に帰って来れないので、
前に進もうって感じではないかもしれません。
今月末に仮設住宅の抽選があるらしいです。
当たればいいけど・・・
外れたらアパート借りると言ってました。
取り敢えずかなりの倍率ですけど、
仮設住宅が当たることを祈ります。
幸いにもその人の家は無事だったらしいんですが、本当に周りの家は大変な事になっていて、とにかく臭いが酷かったと言っていました。
そして、ボランティアをしなくても良いから、一度東北を見て下さいとも言っていました。
言い方が適切じゃないかもしれないですが、僕はマカさんの記事で、今回の震災を一番リアルに感じているし、忘れちゃいけない事だと思っています。
少しでも早く、普通の日が戻ってきますように。
普通の日が戻ってきても、この事を忘れないようにしたいです。
うまく言えませんが、これからもブログのお付き合いを、お願いします。
津波被害の恐ろしさ、言葉も出ません。
根こそぎ破壊して(大切な物)流してしまったのですね。
ただただ一日でも早い復興をお祈り申し上げます。
伯母さん、住宅申し込みの抽選、通りますように!
確かにボランティアをしなくてもいいから、
1度実際に見てみた方がいいかもしれません。
自分の目で見る衝撃はやっぱり違います。
ホント、早く普通の日が戻ってくることを祈るばかりです。
まさかここまでとは・・・
約2ヶ月経ったのに未だこの状態で、
ホントなんて言っていいのやら・・・
仮設住宅当たるといいんですけどね。
祈るばかりです。