▼腕白=子供がいたずらで言うことをきかないこと。わがままで悪さをすること。(広辞苑)。こういう意味であれば、学校側としては困った生徒ということになる。戦後生まれの私たちはとにかく周囲に子供が多かった。、親は忙しく働き、子供の面倒などみる余裕のない時代だった。子供は集団で遊んでいたが、何ものにも興味を懐き、挑戦する気持ちがあったが、年上の言いつけを守り、怪我のないよう遊んでいたように思う。リーダー役は腕白と言われる元気な子が、采配をしていた。
▼私は小さな漁村に生まれた。家は漁師ではなかったが、周囲が漁師だったので、イカを干す手伝いや、昆布干しなど労働に携わった。夏の思い出は、海で遊ぶことだ。その頃はウニをとっても叱られなかった。泳げて潜ることができる子供はウニをとってきた。泳げない子供は、流木を集め焚き火の役目だ。ウニのへそと言われる部分を繰り抜き、他のウニの実を取り出して詰めて焼きウニにした。その香ばしさは今でも脳裏に焼き付いている。それらは腕白な子供が、小さな子供に対しても親代わりで、目を行き届かせていたようだ。
▼それから半世紀以上が過ぎた。先日、夏休みの子供の生活を、地域の大人も協力してほしいとのことで、町会長として学校の会議に参加した。私の地域の小・中学校の生徒数は、合わせて50人ほどだという。いつの間にか前浜は遊泳禁止となっている。それでも大人同伴であれば泳げたが、今は川や海が一番危険だから、遊ばせないようにして欲しいというのが、学校側の意向に聞こえた。あれもだめこれもだめという、がんじがらめの生徒指導だ。これでは個性や新たな能力の発見など不可能ではないかと思う。小学校の時、流木を組んで周囲に浮きになるようなものを付け、筏を作ったことがある。何人かで乗って沖にでたが、海岸に戻れなくて筏を放棄し、泳いで帰ってきたこともある。そんな子供の創造力や冒険心をふくらませる、学校環境ではなくなったようだ。
▼発言することなど、憚れる雰囲気が漂っていた。「私たちの子供時代は、子供は海の子と呼ばれたのですが」という発言しか出来なかった。さて、子供の可能性を見出す学校ではなく、管理教育で発想の貧弱な子供を作り出す体制が整ってきたのではないかと危惧する。文部省は「道徳」の教科化で、日本人としてのあるべき思想を植え付けようとしているようだ。我が国は1945年の敗戦により、帝国憲法から現憲法へ、教育勅語から教育基本法へと変わった。だが、戦後70年の昨年、安保関連法が成立し、いよいよ衆参両議院の与党の3分の2の勢力確保で、改憲派の憲法改正が現実味を帯びてきた。
▼教育基本法は戦争に負けた結果、成立した経緯がある。「子どもたちを二度と再び戦場に送ってはならない」。この言葉は教育者全員が心に刻んだ思いだったに違いない。小子化で子供の安全・安心な環境を守るのが学校の役割になったのだろうが、戦争はしてはならないというのを、先生たちが徹底して子どもたちに伝えるのが、今の教師として一番大切な道徳教育ではないだろうか。現憲法が帝国憲法への回帰になり、教育基本法が道徳教科の行き過ぎで、教育勅語の精神を色濃くしては、先の戦争で、国家のためと命を捧げた教え子たちは、靖国神社で号泣するに違いない。
▼教育とは健全な人間と健全な地域社会をつくることだということを、もう一度考え直してしてもらいたい、地域の教育現場での感想である。