函館市とどほっけ村

法華宗の日持上人にまつわる伝説のムラ・椴法華。
目の前の太平洋からのメッセージです。

戦後の国体と公共の福祉

2024年03月15日 14時54分44秒 | えいこう語る

▼国会論戦が混乱を極めているというより、無能化している。「政倫審」では、犯罪者(脱税議員)が「知らないものを知っていると言わせるのか」という、悪党が居座る国会茶番劇だ。

▼水戸黄門が、悪代官に「田舎じじいのくせに、何をほざくか。切ってしまえ」と言われている感じだ。

▼「国体」というものが、ばらばらになっているというのが、アベシンゾウの後継者を自認するキシダ政権だ。

▼私は戦前の天皇を中心とする国家「国体」は、敗戦により消滅したと思ったが、戦後も「国体」なるものは、国民の中に無意識的にだが、居残っていると考えている。

▼新憲法でも「天皇は国民統合の象徴」と、書き込まれているからだ。さらに国民の様々な権利は【公共の福祉】に反しない限り保障されるとある。

▼最近気がついたのだが、この【公共の福祉】なるものが、戦後の「国体」ではなかったのかと思い始めている。

▼戦前の天皇を中心とした国民の在り方が「国体」であったが、現憲法で天皇は象徴となった。

▼そこに代わるものとして『公共』という概念が、戦後の【国体】として、人々の規範になったのではないだろうか。

▼「公共の福祉に反してはならない」というのは「国体(公共)に反するものは非国民だ」という潜在意識が、戦後の国民も自覚したのではないか。

▼「国体」という言葉は、戦前は国家あっての国民とされていたが、戦後は「公共」という言葉で、国民は「国体護持」を無意識に維持してきたのではないか。

▼「国体」は今も国民の中にはある。だから現国会風景を見ていると、「国体」なるものの崩壊を、実感してしまうのではないだろうか。

▼もはや国会議員(脱税議員)は、公共の福祉を無視して「国体」を破壊しようとする、非国民だからだ。

▼『教育勅語』は1890年に、憲法および議会をセットとして、発布された。

▼明治天皇の名において出された『教育勅語』は、それまで封建時代を生きてきた国民にとって、馴染み深い儒教的な通俗道徳を採用することで、権利主張と要求に対して‟タガ”をはめるものとして、企図された。

▼明治レジームの運営者たちにとって、国民の権利主張は、日本が近代国家を名乗る以上、公認されるべきものではあったが、まさにそれは『国体に抵触しない限りにおいて』公認されるべきものでなければならず、そのような制約を、国民が自発的に内面化するように導くための装置として『教育勅語』は導入された。・・・この文章は、政治学者白井聡著「国体論・菊と星条旗」(集英社新書)を読み返し発見した。

▼『国体に抵触しない限りにおいて』という文章に、現憲法の『公共の福祉に違反しない限りにおいて』という字面が、重なった。

▼単純な私の脳は、異常にこの言葉に反応した。専門家からみれば、たわいのない幼稚な発想に違いないが、私は珍しく夢も見ず、熟睡してしまった。

▼目覚めてから、2012年の「自民党改憲草案」を読み返してみた。第12条だ。【この憲法が国民に保障する自由及び権利は、国民の不断の努力により、保持されなければならない。国民は、これを乱用してはならず『自由及び権利には責任及び義務が伴うことを自覚し、常に‟公益及び公”の秩序に反してはならない』とある。

▼これは『教育勅語』の趣旨と、まるで同様だ。改憲草案では「公共」を【公益及び公】に変更している。つまり「公益及び公」とは、まさしく『国体』のことではないか。

▼戦前の天皇を中心とした「国体」を、次の憲法改正では、天皇を「国家元首」とするという案だ。

▼戦後の「国体」は天皇に代わり『公共』という概念でなかったのか、という思いに至ったが、自民改憲案では、国体そのものを『国益及び公』とした。これは改正後の国家そのものを、『国体』にしようという魂胆ではないか。

▼自民の「憲法改正」の主目的は、戦前の天皇に代わって、国家(政府)そのものが「国体」になるということではないか。

▼つまり、自民党の「憲法改正」とは、民主主義国家から『全体主義国家』への「回帰作戦」だ。いや、民主主義国家の転覆だ。

▼ 夢の中ならまだしも、目覚めているうちに、こんなにも現政権政権批判になってしまった。批判は夢の中から、現実まではみ出してきたようだ。

▼「公益や公」に反しないよう、気を配ならければならない様な「国家」なら、永田町は活断層の上に立っている、相当危険な状態ではないかと思うが。